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国土交通省大臣官房審議官参議院衆議院
総発言数
264
直近の所属会派
直近の役職
国土交通省大臣官房審議官
直近の発言日
1949/05/06

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 在外同胞引揚問題に関する特別委員会84 件・84%
  • 地方創生及びデジタル社会の形成等に関する特別委員会5 件・5%
  • 内閣委員会4 件・4%
  • 外交防衛委員会3 件・3%
  • 経済産業委員会2 件・2%
  • 地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会1 件・1%

※ 全 264 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

264 20 を表示
1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 分りません。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 それは全然うちの收容所には入れません。そうして收容所の表問の傍で一時間ぐらい待つていました。話は、お前どうしたのか、そうして今のような話でした。飯を食べていない。それではかあいそうだから御飯を食え。歩哨の了解を得てパンを食わせました。立入つた話はしておりません。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 いろいろ噂は入りましたですが……

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 入りました。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 何か外へ立たして置くのだという……。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 はい。そういうことでありました。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 收容所に対する命令系統と作業場に対する命令系統は違います。但しその両方を纏めて捕虜大臣が待つております。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 一番上が捕虜大臣、その下に大きく分けて三つ、第一は作業そのものの監督をする系統、第二が收容所の生活を律する系統、それから第三が給與を担任する系統、この三つに分れております。で我々の生活はこの三つの系統がおのおの勝手に動くので非常に困つたのであります。詳しく申しますと、もう一つございますが、衛生の系統がございます。一つの例を申しますと、衛生系統は收容所では五%以上の患者を認めません。從つて溢れた患者は作業場に参ります。作業場に…

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 そうではありません。隊で受理すべき全体量はそれだけは減るのです。ただ苦樂を共にするという趣旨から平等に食べた。こういうことであります。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 軍隊組織そのものであります。ただ作業場に、私大隊長でありながら出ましたので、留守の機構は別に、留守と申しますと收容所の留守を守る機構、これだけは別に作りました。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 そうであります。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 そうであります。但し技師がソ連人でありまして、実際はそのソ連人が相当な発言権を持つておりまして、それが采配を揮つた、実情はそうであります。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 あつたかも知れませんが、私は示されません。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 その都度示されました。間違いました。処罰せよということでありましたので、具体的な点は私の方で考えました。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 そうです。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 今のお話の程度までは行つておりません。概括して申しますと、この表で申上げます。そのグラフで大体蒙古の給與態勢ができたのが、收容所の受入態勢ができたのは二十一年の九月と概観いたします。それまでは輸送機関の整備ができていない、経理の運用も馴れていないというので九月頃まではひもじくて、ひもじくてたまらないという状態であります。あとは勿論捕虜でありますので、絶えずひもじいのでございますが、まあ何とかやつて來れたという程度であります。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 博打はなかつたと思います。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 会合の機会は蒙古側で取計らつて呉れましたのは二回でございますが、その他はございません。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 私は出席いたしませんでしたが、代りに主計の少佐の方に行つて頂きましたが、その報告によりますと、何故成績が上らないのだという、その問題の檢討らしくあります。

1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○小林証人 そうであります。そこで向うはどうしてノルマができないのだ。捕虜の方は食わせないからだと、結局それで水掛論見たいなことで終るらしいのです。