塩出啓典
会議録に記録された「塩出啓典」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 7,599 件
- 直近の所属会派
- 公明党・国民会議
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1980/11/13
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 宇宙28 件
- 防衛7 件
- 社会保障・年金6 件
- 半導体2 件
- 労働・賃金1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 法務委員会40 件・40%
- 税制問題等に関する調査特別委員会27 件・27%
- 予算委員会24 件・24%
- 社会労働委員会6 件・6%
- 本会議3 件・3%
※ 全 7,599 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第93回 参議院 大蔵委員会 第2号
○塩出啓典君 これは、私のつき合う人の中ではそうでない人が多いわけでありまして。(笑声)しかしこれは非常にわかりやすいんですね、国民の皆さんに。教科書は無償になっている、わかりやすいわけですけれども、国民の見えないところにいろいろな補助金もあるわけでありまして、私は、見えやすいところのものだけじゃなしに、国民の知らないところにあるところのものにも灯を当てて、そしてそういう全体観の中に補助金の整理合理化にも努力をしてもらいたい、これを要望…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 青森県のむつ市の大湊港が定係港として昭和四十二年の九月、政府が青森県知事、むつ市長に要請をし、同年十一月に大湊港に定係港を設置することに青森県、むつ市の同意を得ておるわけでありますが、この定係港というのはどういう条件が必要であるのか。また政府がこの大湊港を当初定係港に選んだ理由は何なのか。またその当時いろいろな候補地があったけれども、どういう理由でむつを選んだのか、そのあたりのいきさつを簡単で結構ですから御説明をいただきた…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 その当時この大湊港というのは、そういう条件に最も適した場所であったのか、その点どうなのか、ほかにたくさんあった中の一つであったのか、その点どうなんですか。
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 これはじゃ、原子力船事業団が中心になって選んだわけなんですか。
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 科学技術庁はこのときはどういう見解だったんですか。むつ市の大湊港については、これは日本で一番いい場所であるという見解であったのか、あるいは事業団任せで関係はなかったのか、その点どうなんですか。
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 それで四十九年の十月十四日にいわゆる四者協定ができて、その協定の中にはもうむつを撤去する、言うなれば長年かかっていろいろ検討してきた大湊港を放棄をすると、こういう四者協定になっておるわけでありますが、この四者協定につきましては、原子力船事業団は四者には入っていない。現総理の鈴木善幸氏が政府代表として入っておるわけでありますが、この四者協定については、当時科学技術庁としてあるいは原子力船事業団としてはもろ手を上げて賛成をした…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 この協定は、六ヵ月以内に新定係港を決定をし、さらには二年六ヵ月後以内には撤去を完了すると。もちろんほかにもたくさん項目があるわけでありますが、この四者協定を結論的には科学技術庁としても事業団としても認めたわけでありますが、そのときに新しい定係港を探すということに本当に見通しはあったのかどうか。ということは、いままでいろいろ苦労して大湊港を決めてきた。そういう経緯から一番いい場所は大湊に決まっておるわけであって、それをやはり…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 事業団の方、どうですか。
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 これは長官に私は伺っておきたいと思うんでありますが、大湊港を選定するという、そういう困難の中にいろいろ検討して、そうして一番の条件を備えた大湊港に白羽の矢が立って、そして港ができたわけでありまして、私はこの四者協定で鈴木善幸さんが向こうへ行って、まさかそんなに簡単に大湊港を放棄するというようなことは、実は私は想像もしなかったわけであります。そしてあの大湊港を放棄するといったときに、ここで本当に踏ん張れないようならば、全国ど…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 それで、あのとき原子力船「むつ」の出力上昇試験で放射線の漏れた量は、〇・二、ミ・リレントゲン・パー・アワーであったと、これについてはいろいろな人の意見があります、一回のレントゲンで百ミリレントゲンじゃないかと、レントゲン写真を撮った場合ですね。したがって、この〇・二ミリレントゲン・パー・アワーというのは、その上に二十日間座っておってレントゲン一回の量ではないかという意見もあります。また、一方では試験なんだから、そういうこと…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 いま「むつ」改修してますね。今回は遮蔽工事だけではなしに、いわゆる補修工事、最近の設計姿勢を取り入れて、そうして安全性、信頼性をより一層向上させるための補修工事も実施するとあるわけですが、今度これを実施してでき上がった船については自信はありますか。
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 長官に私お尋ねしたいわけでありますが、ある学者が原子力の平和利用というものは大丈夫だ大丈夫だという人が運転すると非常に危険だと、危ない危ないという人が慎重に運転して辛うじて安全であると、こういうことを言ったことがあるんです。私はなるほどなと思ったんです。余り政府が安全だ安全だ、絶対自信があるなんて言って、そんなことはいまの科学の世界にはないわけですから、余り安全だ安全だと言うもんだから、ちょっと〇・二ミリレントゲン・パー・…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 私はひとつ慎重に進めていただきたいことを強く要望しておきます。 それと大事なことは、やはりコンセンサスを得るということですね。じゃ、コンセンサスを得れば危険なものでもやっていいかというと決してそういうものではない。やっぱりコンセンサスが得られてもやってはならないものもあるし、あるいはコンセンサスが得られなくてもやっていかなきゃならない問題もあるかもしれない。だからコンセンサスというものは絶対的な条件ではないと思うんですけれ…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 科学技術庁はいま、私は十七歳よという女性がテニスをしているそういうポスターをつくって、私の部屋にも張っておるわけでありますが、何年か前には、若い男女がお互いに抱擁しているところで、まあ無関心という、そういうようなポスターがいろいろ話題になったわけでありますが、科学技術庁としてはあれは非常に成功したと考えていますか。
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 そういう感覚が問題なんですよ。第一、田舎の方に行けばあんな大きなポスターを張るような掲示板がないんです、第一。だから、自衛隊の募集はあの四分の一ぐらいの大きさです。あれならば町の掲示板に張れるんです。あんな大きなものを持っていったって、どこに張るかという場所もない。やっぱり私はポスター一枚つくるにしても、原子力行政の第一線で市町村の担当者等がいろいろ苦労しながらやっている人もいるんですから、少なくともそういう人たちの気持ち…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 今回の法案は、この原子力船事業団というものが研究開発事業団になり、そして昭和六十年の三月末までにどこかと統合する、こういう内容でありますが、私はこの法案を国会に出すまでに、やっぱり統合先というものもはっきり決めて、統合するのにはいろいろ問題点もあるわけですから、そうしてその上で新しく研究開発事業団となったものが昭和六十年の三月末でこれはなくなる、こういうようにすべきではないか。その行き先もわからないのにもう終わりを決めると…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第7号
○塩出啓典君 私が主張したいのは、結論を出さなければならない問題をどんどん後に回して、そうして何年かたつともう長官もかわってしまったと、原子力局長もかわってしまったと、こういうようなことでは責任ある原子力行政あるいは科学技術行政はやっぱり進まない。そういう長期展望に立ち、そして責任ある行政、そして石橋をたたいて渡ってやると決めたことは必ずやるという、こういう行政を目指してがんばっていただきたい、このことを長官に要望し、その点の決意をいた…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第6号
○塩出啓典君 まず最初に、原子力商船の実用化の動きというものが顕在化に至っていない、こういう現状について政府としてはどのように認識をしておるのかお尋ねをいたします。 〔委員長退席、理事後藤正夫君着席〕
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第6号
○塩出啓典君 この原子力船開発事業団が設立されたのは昭和三十八年、その当時は原油価格も恐らく二ドル前後で非常に安定をしておった時代だと思います。それが昭和四十八年の油ショックあるいはまた第二次石油ショック等を通して、恐らく昭和三十八年当時われわれが予想しておった以上に油の価格というものが高騰してきておるわけですね。そういう点で考えれば、昭和三十八年あるいは四十年当時の予測よりも、もっと早く原子力商船の実用化の時代が来なければならないよう…
第93回 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第6号
○塩出啓典君 昭和三十八年ごろあるいは昭和四十二年に、原子力開発利用長期計画というものを科学技術庁の原子力局が出しているわけでありますが、これはたしか昭和四十二年だったと思うんですけれども、四十三年一月発行ですね、これでも十年後には想定した原子力開発が実現すれば、三十ノットの高速コンテナ船及び五十万トンの巨大輸送船において十分競合し得ると考えられると。確かに油はこのときに比べれば、舶用油はもちろん原油の価格にそのまま比例するわけではない…