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日本社会党衆議院
総発言数
2,081
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1953/08/05

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会53 件・53%
  • 予算委員会45 件・45%
  • 商工委員会2 件・2%

※ 全 2,081 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,081 20 を表示
日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 そうするとこう承つていいですね。最初に行つたときに二週間おつた、石の牢であつて、水がたまつておつて寝られなかつた、そこに入れられておつた、こう承つていいですね。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 それから東川クラブに行かれてから、先刻委員長からのお尋ねに、手錠をはめられた、一方の腕に手錠をはめ、鎖で鉄の寝台にゆわえつけられておつたと言われておりましたが、そういう状態に置かれたのはどのくらい続いたのですか。それからその当時どういうような生活ぶりに置かれたか、もう少し詳しくお聞かせください。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 それはどのくらい続いたのか、それを承りたい。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 そうすると最初は福本が手錠をはめるところを山田に教えて、山田にかけさせた、そうすると証人は当時は山田に対していい感情を持たなかつたろうと思うのですが、山田との関係はどういうことになつておりましたか。その当時のそういう点を承りたい。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 それから証人は身の危険を感じて飛び出して来てから山田君に会つたのは、いつどこで会つたのですか。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 そうすると鹿地事件の発表会が衆議院の会館であつて、新聞に出た、それからその後三橋の裁判を聞きに行つて、帰つて来て私のところへ電話をかけたところが、私が会えないというので猪俣先生の控室に行つたところが、山男に会つてやあくあくと言つた。山田君から二十六年の十二月の十七日に東川クラブで光田から聞いた当時の病人というのは鹿地さんであつたというような話が行われたというようなことは、あなたは聞いておりませんか。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 最後にもう一度、一番大事な点ですから念を押すのですが、昭和二十六年十二月十七日に東川クラブいわゆる川崎の新丸子の東銀クラブ、そこで光田と魚を持つて行つて御飯を食べたときに、うちにおるお客さんが自殺未遂をして、自分は忙しくて困るということを聞かされた、これは間違いないでしようね、その点はつきり念を押します。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 終りました。

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 さつき証人は、十二月十七日ごろにすずきとぼらを持つて板垣が東川クラブに来た、自分が料理して二階へ持つて行つて光田と御飯を食べた、五、六歳の子供を連れて来た、こういうことを言つておりましたが、前十五国会における当法務委員会において、鹿地君が自殺未遂をいたしまたあと自分が食事を運んでおつた、こういうことを証人が言つていました。その当時鹿地が自殺未遂をして東川クラブに病人として収容され、監禁されたというが、そこにおつたのが鹿…

日本社会党(左)1953/08/05

16衆議院 法務委員会 第31号

○古屋(貞)委員 念を押しますが、十二月十七日の板垣が来たときに東川クラブで自殺未遂後の病気で寝ておつたというのは鹿地君であつたということは間違いありませんか。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 議事進行。三橋君にお尋ねいたしますが、三橋君はソ連の代表機関と秘密通信をする約束をされて、無電機を渡されたというのが昭和二十四年四月ごろだとおつしやつておりますが、渡された人の名前並びにソ連との秘密通信をする約束をされた相手方並びにその条件はどういうものであつたかをお尋ねしたい。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 ソ連の代表と秘密通信をするに至りました前提となる約束は、どういう約束であつたかを私は聞いておる。東京における約束はどういう約束であつたか、その内容を御答弁願いたい。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 しからば承りますが、佐々木克巳という人を仲介にして、秘密通信をやつたという御説明がございましたが、佐々木克巳という人を中に入れなければならなかつた理由、それから佐々木克巳からどういう指示を受けて、どういうような秘密通信をやつたか、その具体的なことをひとつ御説明願いたい。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 どうも私は証人の言うことが解せないのですが、一体ソ連の代表機関というものは東京のまん中にあるのですけれども、あえて三橋のところで受信され、それがソ連の代表の方ですか何か知りませんが、ソ連側に渡されるということがわからないのです。第一に三橋さんは、かようなことをすれば、その結果どうなるか、いろいろな複雑な関係が発生して、いろいろ不利益をこうむるということは常識的に考えられることなんです。特にソ連の秘密通信をする場合におい…

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 ただいま私が伺つておるのはアメリカ軍との関係ではない。ソ連との関係を承つておるのです。米国との関係はそのあとからつくりたのです。ソ連との関係のことをお甘え願いたい。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 占領軍はソ連じやない。ソ連の方から言われて日本人が自分の欲しないことを強要されて断れないはずはないのであります。その点を承りたい。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 私は、帰つてからソ連側から機械を渡されてやれといつたときのことを承つておる。ソ連との誓約なんか百万べんしても、日本の国へ帰つて来ればさような不自由なことを強要される必要はないし、自由に断われる。その点を承りたい。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 その当時は占領軍は日本の支配をしておりますから、占領軍に堂々と申し出れば、一切が解決するわけです。特にソ連のスパイになれなどということを命ぜられた場合に、われわれの常識から考えても当時の状況から考えても、占領軍に行けば全部片づいたのです。それが片づけられない、どこへ行つてよいかわからぬというような、相当のインテリがそういうわからぬことをいうのは納得が行かない、その点をはつきりしてください。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 もう一つ、CICから命ぜられてアメリカのスパイをやつたわけですが、二重スパイをやつた当時の心理状態を知りたいのです。それが本件の三橋証言の信憑力の重大なことです。人間として、日本人として、両方に平気でやられ、平気でここで証言される、その心理やその当時の心理状態をはつきりとここで述べてもらいたい。

日本社会党(左)1953/08/04

16衆議院 法務委員会 第30号

○古屋(貞)委員 もう一点で終りますが、当時の占領軍の最高司令官は日本におつたはずです。それはソ連の命令などは一挙にして拒絶ができる。司令部へ行つてこういうわけですといえば断れる。なおアメリカのCICから命ぜられて、いかなることをしても罰せられぬぞといわれたと自白しております。それにかかわらず今度はアメリカのいう通りになつて、アメリカにもスパイし、ソ連にもスパイしたというところに私どもあなたの心理状態を疑うのです。そうすると、ただいまの…