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自由民主党・改革クラブ衆議院
総発言数
3,260
直近の所属会派
自由民主党・改革クラブ
直近の役職
直近の発言日
1992/06/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会47 件・47%
  • 農林水産委員会25 件・25%
  • 財務金融委員会19 件・19%
  • 郵政改革に関する特別委員会9 件・9%

※ 全 3,260 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,260 20 を表示
自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 このPKO法案審議の貴重な時間において、私個人の問題で時間を使われる状況になっておりますことは、私としても遺憾に存じます。しかし、その点につきましては私の個人のことでございますのでお答え申し上げます。そういうつもりで御審議をいただければと思います。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 佐藤三吾議員の際に私が申したのは、議事録にもあると思いますけれども、一つは政治的な責任の問題、それからやはりもう一つは、政策の判断ミスが我々にあったんではないかというようなことをそのとき答弁したと思います。 そして、その一番の政治的な問題につきましては、選挙が終わって大体それは決着ついたものと思うけれども、今後とも自戒していかなければいけないという気持ちを申し上げたのでございます。やはりリクルート事件は、私にとって大変大…

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 そういう資料があるということがこの間の新聞の報道にございましたけれども、私たちの方の資料にはそういうものはございません。また、私の記憶にはそういうものはございません。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 その破産管財人の方とそういう資料との関係がどういうことなのかは、法律的には私にはよくわかりません。ただ、そういう一千万を私が受け取ったということは記憶にございません。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 法科を出ておったから全部法律わかるわけではないのでございますが、そういう詳しいことはわかりません。 ただ、我々は、先ほど高沢先生おっしゃいましたように、リクルート事件の教訓といいますか、あれに私は懲りましたから、私自身がいわゆる政治資金に直にタッチするということは絶対しないようにしておりました。したがって、そういう意味で、そういう事実はありませんし、そういう記憶はございません。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 うちの事務所には、尋ねましたが、そういうことはありませんでした。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 先ほど申しましたように、リクルート事件というのは大きな教訓でございまして、そういう意味で私は、政治資金というものに私自身がタッチすることはしないようにあれからしております。そういうわけですから、そういう記憶はございません。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 そういう記憶は定かでありません。と申しますのは、私は新宿の三つのホテル、あの区別がつかないのです。ちょっと、何といいますか、幾つか高いのがございますね。そういうところに、ああいうところにいろいろ会議がありますから行ったり来たりはしますけれども、どこのホテルにいつ何日にどう行ったかということを覚えるだけの能力はありません。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 政治家ですから、そういう新宿のあの三つの大きなホテルのどれかにか行っているということはしょっちゅうあると思います。 それから、水町氏は私の友人でありますし、ある後援会の会長でありますから、彼のクリニックには一、二度行ったことはございます。しかし、それはいつ、どのときに行ったかということを言われても、それは覚えておりません。行っていることは事実でございます。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 私が選対責任者でございました。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 これは本当にどうお答えしていいかわからないような質問でございますけれども、私は私のことについて今お答えいたしているわけでございます。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 高沢先生がいろいろ個人で御推定なさることについてどう思うかと言っても、コメントのしようがございません。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 そう答弁いたしました。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 大分前の話でございますので定かではないのですけれども、そのとき、佐藤三吾さんからお聞きされた前後、そういう話題がございましたので調べましたところ、岩手県にいたはずでございます。――間違えました。岩手県ではなくて宮城県でございます。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 選挙の期間でございますので、全国飛び回っていたと思います。八日、九日につきましては、多分四国、九州方面にいたんだと思いますが、そこは今調べて、再調査いたしております。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 確かに首相官邸の記者会見か懇談で、三日ほど時間をいただいて調べたいということを申しましたけれども、その後いろいろ徹夜みたいな状態の後の疲れもございますし、それからもう一つ、当時選挙期間中であったので、私のスケジュールコントロールが東京の議員会館だけではなくて、選挙区の選挙事務所で行われておりました。したがって、その資料を、二年半前、特に選挙の選対本部長の本部のプレハブの住宅の中でやられておった資料をどこかかき集めて、そし…

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 東京にいたら何をやっているかわからないみたいな御議論は、どういうことかと思いますよ。それで、それはいろいろ問題があったとおっしゃる方が、何日どうしていたかということを尋ねられる挙証の責任は、そちらにあるのじゃないかと思います。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 選挙の期間中に私がどうしていたかということを全部示さなければならぬということは、プライバシーの問題もあります。それから、政治的には本来応援に行かないべきところにも行っているというケースもあるわけでございまして、派閥の関係とか、そこまで全部言わなければならぬということは、それはちょっと困るところがあるのです。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 さっき言いましたように、八日、九日、十日ですか、それの日程等につきましては、できるだけ早く調べて御報告いたします。

自由民主党内閣官房長官1992/06/10

123衆議院 国際平和協力等に関する特別委員会 第4号

○加藤国務大臣 八日、九日、十日につきましては、ちょっとまだ時間がかかると思いますけれども、できるだけ正確にお答えし、また御報告いたします。(発言する者あり)