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自由民主党参議院
総発言数
3,954
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
直近の発言日
1967/05/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • ロッキード問題に関する調査特別委員会97 件・97%
  • 公職選挙法改正に関する特別委員会3 件・3%

※ 全 3,954 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,954 20 を表示
自由民主党文部大臣1967/05/24

55衆議院 文教委員会 第9号

○剱木国務大臣 これは管理局長から先ほど申されましたように、教育大学自体、いまあそこの、小石川のあの地帯は非常に狭隘でございまして、付属学校を除きますと、本学のほうは非常に発展性がないところでございますので、大学自体がどこかに移転したい。これはもう大学自体の御要望でございまして、それで今度ちょうどいい場所がありますから、筑波山ろくにどうだということでお話が進んでおるわけでございますが、ただ、これだけは予算を削るとかつけないとかいうことで…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55衆議院 文教委員会 第9号

○剱木国務大臣 おそらく大学当局と私との話し合いの重点も、そういったような問題に触れるのじゃないかと私、想像をいたしております。いままでの教育大学という形以外のものを何か大学当局でお考えになっておるのじゃなかろうかと思います。これはひとつ、私どもと大学とじっくり話してまいりたいと現在思っております。

自由民主党文部大臣1967/05/24

55衆議院 文教委員会 第9号

○剱木国務大臣 まあそれは筑波へ参りますれば、やはり都市計画としまして、あらゆる交通機関が東京との間に近接する状態ができると思います。しかし、教育大学の場合を考えますと、私は——これは私個人の考えをこういうところで申し上げて相すみませんけれども、大学がずっと東京を離れまして筑波に移転するという一つの意味は、東京の過密化を多少防ぐという意味があると思います。そういう意味におきまして、大学が立ち去ったあとに相当稠密な人口を必要とするような施…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55衆議院 文教委員会 第9号

○剱木国務大臣 これはせっかく広範なあの地域に参るのでございますから、たとえば住宅問題とかその他教授の問題、あるいはまた学生の寮とか、そういったような問題につきましては十分計画を進めまして、移転をしてきたことが後悔されるような状態には絶対持っていきたくないと考えております。

自由民主党文部大臣1967/05/24

55衆議院 文教委員会 第9号

○剱木国務大臣 これは各省で予算を編成いたしますときに、相当広範な参照表をつくっておりますが、私はいまお聞きしておるところでは、これは国会にいままで資料としてお出ししたことがないと実は思っておるのでございます。何も秘密書類じゃございませんから、出すのはあれでございますが、しかしまあ非常に事務的なこまかいことを積算の基礎で書いておりますので、それでまた数を、印刷とかそういうことになりますと、こういうことを申し上げて悪いのですが、先生がもし…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55衆議院 文教委員会 第9号

○剱木国務大臣 ごらんに入れるようにいたしますから……。

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 昭和四十二年度文部省所管の予算案につきまして、その概要を御説明申し上げます。 まず、文部省所管の一般会計予算額は五千八百四十五億八千六百二十九万円、国立学校特別会計の予算額は二千二百七十二億八千六百四十八万一千円でありまして、その純計は六千二百二十九億六千九十二万八千円となっております。 この純計額を前年度当初予算と比較いたしますと、およそ八百三億円の増額となり、その増加率は一四・八%となっております。 以下、…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) きのう閣議の終了後に私、記者会見をいたしましたが、その際にクラブの方とお話をいたしましたのは、閣議で例のインターンの問題がございまして、インターンの問題で総理から、特に司法研修制度ですか、それから医者の研修制度、並びに、同じようなことが教育者にもあるのではないか、それで、そういうことはひとつ関連して文部省でも研究したらどうかという話がございました。私は、それはまことにごもっともですから、研究をいたしますというこ…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 私は、マルクス主義並びにこの階級闘争理論によって成り立っておるということははっきり申し上げました。

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 私も小林委員御承知のとおり、終戦後ずっと日教組との交渉を持ってまいりました。倫理綱領を日教組が草案を発表いたします段階におきまして、あの当時の客観的な事情並びに倫理綱領草案作成の顧問団の方々の顔ぶれ、その他内容に盛られておりますところを全体として、私はマルクス主義及び階級闘争理論の上に成り立っておると、これは全体としてそう私は感じておるのでございまして、どの部面がどうだという問題ではないのです。でございますから…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 私も学生時代に相当そういう書物を調べたこともございますし、どういう思想でどうだということについては、ある程度の判定力を持っておるつもりでございます。でございますから、一つの字句をつかまえてマルクス主義だとか、そういうものでないということは、これは小林さんも御承知のことと思います。一つの字句を、こういう字句を使っておるからそれはマルクス主義だ、そういうものではないと思います。その書きました文章の中に流れております…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) これはここで私が全般的にとらえてそう解釈しておる、こう申し上げて、こまかい点についていまここで論議をしようとは思いません。ただ、私は率直に申しまして、小林さんも、あの当時の事情から推しまして、倫理綱領がこの顧問団によって草案がつくられましたときの事情からいって、日教組のこの草案作成の首脳部の中に共産党の方もおられましたし、また、そういう方が加わってこの草案が作成されたということだけはお認めになると思うのでござい…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) これは私は個々の例証をもって、学問的に例証するということを申し上げるような場でないと思うのですが、日教組の倫理綱領につきまして、それはいろいろな人が、学者がいろいろと論及をいたしております。たとえば私の信じております高山岩男先生なんかの書いた論文の中には、はっきりとそういうことが書いてあります。これは私だけが——高山岩男さんが言っておられることが、これだけが真実ではないじゃないか、これも一つの学説じゃないかと言…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) これは私の独断だけではなしに、相当新聞論調におきましても、また、学者の学説におきましても、私と同じような説をなしておるのが相当たくさんございます。これをあげろと言えば、幾らでも資料として提出してもけっこうでございますが、私はその学説を信じて、その学説によって動かされて私はそう考えていると申し上げているのじゃございません。私の考えておるような学説を持っている方が相当いるということでございます。でございますから、私…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) まあ私ども、最近はいろいろこの倫理綱領解説とか、詳しいことを読んではおりませんが、しかし、かつては相当この問題につきましては研究もいたし、よく読みもいたしました。それで、私の今日の記憶しておるころでは、倫理綱領と解説を合わせまして、私どもは大体その理解をいたしておるつもりでございます。

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 私は特に小林委員に申し上げたいと存じますが、いまこの倫理綱領理論だとか、文部省の過去に言ったことはどうだとか、また、そういうことを蒸し返して論議するときではなしに、私はむしろ、前向きに向かって教育者と私どもが手をどうして握っていくか、こういうことで私どもは考えていかなければならぬときが来ていると思うのです。でございますから、この以外にも——むしろ、まあ私はそう考えております、これはマルクス的な考え方によってつく…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 実は、これは年度ははっきりいま記憶しておりませんけれども、実は私がたぶん文部次官の当時であったと思いますが、地方教育公務員ですね、いわゆる小中義務教育諸学校の先生の俸給を全額国庫負担とする法律を国会に出したことがございます。これは不幸にして特に私どもが考えておりましたのと逆に、日教組の非常な反対に会いまして、ついに国会を通過するに至らず廃案になったと覚えております。実は私の基本的な考え、思想でございますが、やは…

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 調べれば、実際はもうわかっておることでございますから、私どもは故意に隠そうという気持ちはございませんけれども、しかし個人の名前を発表することは、ただいま小柳委員も申されましたように、現在の混乱より以上に教授諸君に対しまするいろいろな問題も起こりまして、大学の混乱を来たすというようなことがあり得ると存じますので、私どもとしましては、ひとつ文部省のほうで発表するということはお許し願いたいと思っております。

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 実際上新聞にも一部出ましたし、また民間報道機関等がお調べになりまして出される分は、これはとめるわけにはまいらないと思います。

自由民主党文部大臣1967/05/24

55参議院 予算委員会第四分科会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) この日本が終戦後におきまして、まず六三制を採用いたしまして、通常の状態でございます六三制の完成ということに相当今日まで重点を置かれてまいりました。したがって実際いま申しますように、この特殊教育につきましては、むしろ非常に立ちおくれておるということは率直に認めなければならないと思います。しかし実際教育上の問題で、私ども考えますのは、教育の機会均等という面から見ますと、むしろこういったような私は地理的関係、僻地とか…