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前運輸事務次官衆議院
総発言数
2,243 件
直近の所属会派
—
直近の役職
前運輸事務次官
直近の発言日
1976/05/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • ロッキード問題に関する調査特別委員会100 件・100%

※ 全 2,243 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,243 件中 20 件を表示
運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 先ほど申し上げましたように、競争関係がございますので、同じ機材であれば非常に安定するわけでございます。そういう意味からベターであるということを申しておるわけでございます。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 反発するようで申しわけございませんけれども、かつて727で統一したときは機材の数もそう多くございませんで、したがって、日航なら日航、全日空なら全日空それぞれでもってフリートを持ってやるということは非常に不経済だったわけでございます。しかし、今度四十五年のとき以降の問題になりますと、両方の会社が相当大きくなっておりまして、したがいまして、全日空は全日空、日航は日航と相互に国際線あるいは国内ローカル線との関連を考えながらやった…

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 いろいろな考え方もあると思います。ただ、私といたしましては、先ほど先生がおっしゃいましたとおり客観的に事実を申し上げたということが主体でございますから、その行政がうまかったとか下手だったということは別問題といたしまして、私どもはそういう考え方からそういうふうな行政を進めた、初めからベター論でもって終始しておるというふうに私は考えております。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 後半じゃないです。前半からです。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 いまおっしゃいましたのは、まだ私が着任以前の話でございます。私が着任いたしてからは国会でもそう申し上げておりますし、それから周囲に対しても宣明しておったわけでございます。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 先ほど申し上げましたように、私が就任して以来、私の考えといたしましては、あくまでこれは航空会社が航空会社の責任において選ぶんだということを考えておりました。したがいまして、むしろこちらからいろいろ干渉がましいことは申しておりません。したがいまして、結果としてこういうものに決まりましたということを報告を受けたというふうなことが実情かと思います。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 いろいろ御見解もございましょうし、また、御不審にお思いになるかもしれませんが、事実を申し上げますと先ほど私が申し上げたとおりでございまして、少なくとも、私の記憶といたしましては、決まってから報告を受けたということでございます。それまで私は客観的に公平に科学的にやれよやれよということだけを申し続けてきたというのが実情だと思います。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 いろいろ御議論がおありかと思いますけれども、率直に申しまして、私が申し上げたとおりなのです。と申しますのは、認可というものは全日空の場合に必要ないのです。日航の場合には、新たに買う場合には、資金計画がありますから、そこでもって資金計画を認可するという問題はございますけれども、全日空の場合にはそういうものは全然ございません。したがいまして、最終的に事業計画に入れる場合に、これを入れたい、いいか悪いかということの判断がございま…

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 ございます。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 調べました。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 これはたしか後で楢崎先生に口頭で御報告してございますが、当時ああいう質問が国会で出まして、当時は機種選定をもっぱら委員会でもって一生懸命検討しているというふうな段階であったろうかと思います。その際もうすでに全日空とダグラスとが何か話ができておって、もうすでに予約番号がとれているんだというふうな趣旨の御質問で、したがいまして私は大変驚きまして、こういうふうに客観的にいろいろと審査をしている最中にもうすでにそういうことがあると…

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 そういう意味の関心を持っていたことは当然なんです。と申しますのは、私はあくまでも客観的、公平に委員会でもって科学的に審査せよということを言っているわけです。それを続けているとばかりこっちは思っているわけです。したがいまして、全日空でも委員会でもっていろいろ議論、討議をし、まだ決まらぬけれどもいろいろ研究しているという段階でございましたから、にもかかわらず、仮に、そういうふうなことが単に形の上だけであって実際はダグラスとの黙…

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 したがって、私は初めからあくまでも客観的に技術的に科学的に十分審査して、会社の責任で公平に決めなさいということを主張し続けてきたわけです。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 それは率直に申し上げますと、両方あると思います。機種選定というものはやはり会社の運命を決するものでございますから、どういう機種を使ってどうやったらいいかということは会社の命運にかかわるものです。したがいまして、それは会社が本当に会社の責任においてやるべきであるということが一つと、それから、これは他からのいろいろな干渉によって動かすべきものではない、あくまで技術的、科学的見地から会社が自主的にその責任において決定することが至…

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 それは先ほど申し上げたように、その当時対象になっていた機種は、ボーイング747、ロッキード一〇一一、DC10の三つでございます。いずれにいたしましても、アメリカの方の耐空証明と申しますか、安全性の基準には合格しているものです。それはこうしなければいかぬというような致命的な欠陥があるわけではない。したがいまして、一長一短はいろいろありましょうけれども、その一長一短をどういうふうにあわせて考えるかということになりますと、これは…

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 先ほど申し上げましたように、ノータッチにしろということが無責任ではないかといろいろな御批評はあるかと思います。しかし、事実を申し上げますと、私は着任して以来そういうものは局は絶対干渉してはいかぬということを部内にも厳しく言ったわけです。したがいまして、それは守られていると思っております。いい悪いは別の問題です。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 私も、その当時の記憶ですから余り正確には覚えておりませんけれども、私が知る限りでは、委員会でまだ依然として検討しております。こっちの機材あっちの機材といろいろ検討しておりますというふうな話は聞いていると思います。しかし、いずれの機材に決めたというふうなことは最終に決まるまでは報告がなかったというふうに私は記憶しております。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 私もその辺になると非常に記憶があいまいなんですけれども、私どもとして率直に申し上げますと、延期するとか延期しないとかいうことではなくて、ともかく時期については慎重に客観的情勢によって決めるべきだろうというふうな感じが強かったと思うわけです。したがいまして、この答弁でもエアバス導入ということは必要であろうということを述べていると思いますけれども、「ただし、その時期とかあるいは機種決定ということについては、なお、空港整備の状況…

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 私の気持ちとしては、急ぐべきであるとか急ぐべからずということではなくて、その時期というものは、いつ入れるかということは、需要供給のバランスを見て入れなければいかぬということもございますので、そういうときにいかにしていつ入れたらいいかということはやはりそういうことも考えて慎重に検討すべきであるという意味でございます。

運輸事務次官1976/05/12

第77回 衆議院 運輸委員会 第9号

○内村説明員 先ほど来のお話でございますが、つまり、閣議了解でもってジェット化、大型化という文章はございますが、先ほど申し上げましたように、その前に、その辺はその前の運輸政策審議会でいろいろ議論されたということでございます。運輸政策審議会ではどうしてそういう議論になったのかと申しますと、将来の航空需要というものを見通しまして、たしか昭和五十年度には国内線の旅客は四千万でしたか、それから昭和六十年度には一億二千万程度になるであろう、国際線…