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京都大学経済研究所所長参議院衆議院
総発言数
63 件
直近の所属会派
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直近の役職
京都大学経済研究所所長
直近の発言日
1993/05/14

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 63 件の標本
  • 環境委員会22 件・35%
  • 国土・環境委員会14 件・22%
  • 文部科学委員会10 件・16%
  • 産業・資源エネルギーに関する調査会9 件・14%
  • 国際・地球温暖化問題に関する調査会8 件・13%

※ 全 63 件のうち直近 63 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

63 件中 20 件を表示
京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 それでは、意見を述べさせていただきます。お手元の資料を読ませていただきます。 一、環境基本法に対する評価 地球環境問題への関心がやにわに高まりを見せ始めたのは、今から五年前の一九八八年夏のことであります。この年の六月、カナダのトロントで先進七カ国サミットが開催され、地球環境問題が議題の一つに掲げられました。そして、サミットが終了して一週間後に、同じトロントで地球環境問題をめぐる国際会議が開催され、地球温暖化による海面上昇に…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 簡単にお答えさせていただきます。 経済と環境というのは、いわゆるトレードオフの関係、つまり孝ならんと欲すれば忠ならず、忠ならんと欲すれば孝ならずという平重盛の心境のような関係にあるかのようにしばしば言われるわけですが、私は必ずしもそうではないというふうに思います。例えば、先ほどちょっと話題に出しました、何らかの経済的措置を講ずればそれによって経済成長が低下するという懸念が当然のように言われるわけですが、私は決してそんなこと…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 戦後日本の文明というのは、一言で申し上げれば、それはフロー文明だったと思うのです。つまり、GNPにせよ消費にせよ、あるいは所得にせよ投資にせよ、そういったフローの量を大きくすること、あるいはその成長率を大きくするということに関心が注がれてまいったと思うのです。特に、私が先ほど地球環境問題が我々に何を問うているのか、それは大量生産、大量消費、大量廃棄の二十世紀型工業文明の見直しだというふうに申し上げましたが、実はこの二十世紀…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 まず、政府ないし行政は、そういった新しい文明の方向へ事業者及び国民を誘導するような、そういう措置なり施策なりを講じることを期待申し上げたい。と同時に、事業者、国民、そしてまた地方公共団体は、最近政治学の文脈の中で百花繚乱ということがよく言われるのです。英語で言えばレット・ア・サウザンド・フラワーズ・ブルームというわけです。百花繚乱。これはどういう意味で使われるかといいますと、要するに、やるべきことにプライオリティー、優先順…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 まず最初の御質問ですが、少なくとも私どもは市場経済の世界に生きているわけですから、市場経済のもとでは、おっしゃるとおり見えざる手というものを頼りにせざるを得ないわけですね。その場合に、しかし、全く市場経済に任せておけば環境が保全されるかといったら、決してそうではないわけです。やはり何らかの人為的な手段を講じなければいけない。 そのときに、例えば環境税を課するということは何を意味するのかというと、結局その相対価格に人為的に変…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 大変難しい質問なのですが、難しいから簡単に答えさせていただくというのは変な言い方ですけれども、手短に答えさせていただきます。 確かに、伝統的な日本の文化というものがメタボリズム的であるということはおっしゃるとおりだと思うのです。しかし、先ほど先生がおっしゃいましたとおり、近代産業社会に入ってからといいますか、とりわけて戦後四十数年間の過去を振り返ってみますと、むしろ我々日本人はそういう文化的な伝統をどこかに置き忘れて、それ…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 環境庁の地球環境に関する経済システム検討委員会の座長を務めておるわけでございますが、そこで出しました中間報告におきましては、今お触れになりましたように、CO2対策に一体どれだけの費用が必要なのかということ、そしてまた、その資金をどういう形で調達すべきかということについては必ずしも触れておりませんが、例えば仮に環境税の導入というようなことで対処しようとするならば、それが一体経済成長率に対してどの程度の成長率の削減効果が見積も…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 炭素税なり環境税なりの一つの難しい点というのは、今PPPとおっしゃいましたけれども、例えば二酸化炭素を排出する企業なりあるいは排出してつくられたものを消費する消費者というのが、みずからがポルーターである、汚染者であるという意識を持っていただくことが大変難しいということだと思うのですね。例えば、SOxやNOxを出すということになれば、おまえはポルーターだと言われれば、そのとおりですということになるわけですけれども、二酸化炭素…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 それは二通りの考え方があると思うのですね。環境税あるいは炭素税というものを徴収して、それで環境特別会計なるものをつくるということ、そしてその特別会計を財源にして、例えば技術開発の促進のための補助金に使うとか、例えば個人が住宅投資をする、家を建てるときに断熱材を装てんするということに対する補助金を支給するとか、あるいはその一部はまた途上諸国への環境ODAとして使うとか、そういう特別会計にするというのも一つの考え方です。この場…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 私は、結論から申しますと、ある意味で楽観しておるわけですね。 どういう意味かといいますと、要するに、このライフスタイルというのは、ちょっと話が違うと思いますが、よく真善美という言い方をしますね。日本人というのは、真か偽か、あるいは善か悪かということよりも、美か醜かということを非常に気にするわけです。ですから、特にライフスタイルというのは、何が格好いいかということなんですね。 もともとこの国におきましては、質素倹約とか質実剛…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 教育というものも大変重要だということについては、全くおっしゃるとおりだと思います。それは単に学校教育だけではなくて、やはり家庭教育というのですか、少なくとも私が子供のころだと、さっき申し上げましたように、質素倹約なんということが大変とうといことであるというふうに学校でも家庭でも教えられましたし、そういうライフスタイルというものが、少なくともぜいたくは慎むというようなことが当然のようにして育ってきたわけでございますが、今の子…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 大変難しい質問で、なかなかうまくお答えできる自信がございませんが、何というのでしょうか、やや唐突な言い方になりますが、アメリカなんかは、私はアメリカで四年ほど生活した経験があるわけですが、その経験から推しはかることでございますけれども、経済学のABCのようなことが本当に日常的な常識になっているわけですね。 ですから、例えばそういう税金を課する、何のために課するのか、こういうためだ、ではそれに対してはどういう効果が期待される…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 ちょっと私、質問の意味がよくわからなかったのですが、要するに関経連の言うようにというのは、すべての人間が程度の差こそあれ被害者であると同時に加害者である、そういうことを原点に据えるべきなのかどうかということでございますね。 私もさっき申し述べました意見陳述の中で同じようなせりふを使ったのですが、その意味するところは、例えば二酸化炭素とかフロンという地球環境を汚染する物質の場合は、例えば今ここで電気を使っていますね、そうする…

京都大学経済研究所長1993/05/14

第126回 衆議院 環境委員会 第11号

○佐和隆光君 例えば七〇年前後というのは、水俣病のようなああいう公害病が放置されていたりというようなことで、あの当時の方が公害の被害者というのは多かったと思います。そういう意味では、多いか少ないかという点に関しては七〇年前後の方が多かった。大気の汚染にせよ水質の汚濁にせよ、今よりは圧倒的にひどかったというふうに私も記憶しております。実際そういったものによってこうむる被害も大きかったし、そして被害をこうむる人の数も多かったと思います。

京都大学経済研究所所長1993/02/26

第126回 参議院 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号

○参考人(佐和隆光君) 京都大学の佐和でございます。 二十一世紀に向けた地球環境問題とエネルギーに関する件ということでございますが、お手元の資料のタイトルはちょっとそれとは違っておりますが、三枚とじの資料に沿って、これをほとんど読むような格好で話させていただきたいと思います。 まず、今なぜエネルギー問題が問われるのかということから考えたいと思います。 御承知のとおり、一九七三年の十月に第一次オイルショックが襲来した、そしてまた一九七九年…

京都大学経済研究所所長1993/02/26

第126回 参議院 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号

○参考人(佐和隆光君) 私さっき、今二十世紀型文明が問い直されている、二十世紀型文明とは何なのかというと、大量生産、大量消費、大量廃棄を旨とする文明だというふうに申し上げましたが、それにはただし書きが必要でありまして、大量生産、大量消費という文明は、二十世紀の初めに、要するにフォード自動車のヘンリー・フォードがつくり出した文明だというふうに言うことができるかと思うんですね。最近ではフォーディズムというよう宣言葉も登場いたしております。 …

京都大学経済研究所所長1993/02/26

第126回 参議院 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号

○参考人(佐和隆光君) 私、まず一つ最初に申し上げたいのは、経済発展と環境保全ということが必ずしも二律背反ではないということですね。例えば日本を見ましても、戦後復興から高度成長期の初期のごろにかけて経済発展をしたから、例えば上下水道も完備し、そしてまた脱硫・脱硝装置をつけることもできたと。同時にまた、環境マインドの高揚もあったということで、ある程度までの経済発展というのは環境保全のためにも必要だということ。 それから、その資金の流れに関…

京都大学経済研究所所長1993/02/26

第126回 参議院 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号

○参考人(佐和隆光君) 電力の逓増料金というのは、これは限界費用を反映して、限界費用が逓増していくということから逓増料金というのは導入されたんだと思っておりますが、確かにそういうことが必ずしも周知されてないということはおっしゃるとおりです。 それと、電力料金に関しては日本では銀行のあれは自動振りかえになっていますね。つまり、アメリカの場合はすべての人が電力料金はチェックに書くわけですね。ですから、そうすると、今月はどれだけ使ったというこ…

京都大学経済研究所所長1993/02/26

第126回 参議院 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号

○参考人(佐和隆光君) これは本当に実際に電力会社にとって受け入れがたいものなのかどうかということはさておくことにして、次のような法律をつくったらどうかと思うんですね。 要するに、例えば私の家の屋根に南向きに非常に広い面積があって、そこに太陽電池を取りつけたいと思う。そうすると、私は京都なものですから、関西電力に電話をかける。関西電力はそこに太陽電池をつけることを義務づけられるわけです。ただし、その設備は関西電力がつくったのだから関西電…

京都大学経済研究所所長1993/02/26

第126回 参議院 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号

○参考人(佐和隆光君) まず、アメリカに関しましては、私は明らかに、実際にクリントン政権が今までのエネルギー・環境政策を大きく変えることに対してはさまざまな抵抗があることはむろん予想されるわけですが、相当な変化が見込まれるというふうに思っております。特に、さっきも繰り返し申し上げましたように、ゴア副大統領というのが大変な環境派であるということも手伝って、かなり目に見える変化が起こり得ると思います。 それから、国際的な日本に対する評価とい…