一川保夫
会議録に記録された「一川保夫」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 2,126 件
- 直近の所属会派
- 民主党・新緑風会
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 2011/11/29
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛12 件
- 宇宙1 件
- こども・子育て1 件
- 労働・賃金1 件
- エネルギー1 件
- 住宅・不動産1 件
- 社会保障・年金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会43 件・43%
- 予算委員会26 件・26%
- 農林水産委員会23 件・23%
- 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会8 件・8%
※ 全 2,126 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第179回 参議院 外交防衛委員会 第4号
○国務大臣(一川保夫君) それは、私自身も今おっしゃったことについては同感でございますし、基本的には、国会の中の審議をどういう形で行うかということは、国会の中で決めていただければ、それに我々はしっかりと対応したいというふうに思っております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第4号
○国務大臣(一川保夫君) その話は細かく私は承知しておりません。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第4号
○国務大臣(一川保夫君) ちょっと事前にそういうお話はございませんでしたけれども、まだ私自身も、その辺りのことについてはいろいろと自分なりにまた整理させていただきますけれども、今ここでちょっと即答はしかねるというふうに思っております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第4号
○国務大臣(一川保夫君) 我々は、昨年末の大綱、中期防の考え方の内容に即して今予算要求もさせていただいておりますし、そういうことで、我が国の安全保障の任務をしっかりと果たしてまいりたいというふうに思っております。 今、先生がお話しの米海兵隊のオーストラリアにローテーション的に駐留するというような話題も、我々は当然関心は持っておりますけれども、その問題と直接、在日米軍との関係がどうなるかということは、我々は今そういう関係はないというふうに…
第179回 参議院 外交防衛委員会 第4号
○国務大臣(一川保夫君) それは、従来、基盤的防衛力と言われた時代からもう当然その動的な、そういう考え方というのは私はそれはあっただろうというふうに思います。今回は、そこをもっと運用面に重視した、そういう動的防衛力というところにシフトした考え方を取り入れたというふうに聞いております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第4号
○国務大臣(一川保夫君) 今先生御指摘の件については、私自身もその報道に接しました。大変正直言ってショックでございます。 先生今御指摘のように、我々も今回、沖縄のいろんな課題はたくさんありますけれども、中でもその普天間飛行場の移転問題というのは最重要課題だというふうに認識いたしております。その第一線で、防衛省の出先機関の責任者でもありますし、また環境影響評価業務の策定作業の責任者でもございます。そういう面では、その者がそういう発言をした…
第179回 参議院 外交防衛委員会 第4号
○国務大臣(一川保夫君) 今ほど先生から御指摘のあったことについては、我々も、今、先生から人権の問題も含めて幅広い指摘がございましたが、しっかりと受け止めさせていただいて、今、田中防衛局長の問題については、先ほど私が言いましたように、分かりやすいことはもちろんでございますけれども、事実関係をしっかりと押さえる中で厳しい対応をしてまいりたいというふうにも思っておりますし、また、引き続き我々は、沖縄県民の皆さん方には今回の件で大変こういうこ…
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 私も今外務大臣が述べられた考え方と基本的には同じなんですけれども、私自身も十月二十五日、パネッタ国防長官との話合いの中でも、アジア太平洋地域におけるこういった米軍のプレゼンスを維持強化したいというアメリカ側の意思表示も当時からございました。そういう中にあって今回具体的にそういう発表がなされたという面では、アジア太平洋地域における平和と安定という観点からすれば、我が国の防衛上からしても歓迎すべきことではないかなと…
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 中国が近年大変な経済成長を遂げてきたことは事実でございますし、そういう中にあって、先ほど先生の方から話が出ましたような、東シナ海なり南シナ海等に向けて大変いろんな活動が活発化してきたというのは事実でございます。 そういう中で、沿岸の諸国といろいろとトラブルが生じてきているというような情報も我々も接しておりますけれども、そういう中にあって、今回の、特に東アジア・サミットと称していいような会合が今回持たれたと思いま…
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 今ほどの先生が御指摘になった、ブータン国王の宮中晩さん会の折の私の言動については深く反省いたしております。 今からそういった言い訳めいたことを一切言うつもりもございませんけれども、私自身も、そういう面では、ブータン国王の宮中晩さん会に欠席をするという届けを出すときが若干早過ぎたというようなことも含めて反省すべき点があったと思いますし、またその会場での発言についても深く反省いたしております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) それは、何というんですか、そういうことに対する回答は即ちょっと難しい判断ですけれども、私は、非常に国会の日程等が流動的であったというようなことも含めて、突然にこういう行事に欠席するということが逆に失礼に当たるということで欠席の届けを出させていただいたというのが今回の対応でございます。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 直接宮内庁の方にはそういう謝罪ということは行っておりません。官房長官の方からも厳重な注意を受けておりますし、その場では深く反省の意を表してございます。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 国王には直接そういった謝罪は行っておりませんが、近いうちに、こちらにあるブータンの領事館ですか、に訪問はしたいという気持ちは持っております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 今先生が御指摘になったことをしっかりとまた受け止めさせていただいて、そういうことを考えていきたいというふうに思っております。 また、衆議院本会議場でのブータン国王の演説はしっかりと私も聞かせていただいておりますので、そういうことも含めて、またお手紙を出させていただきたいというふうに思います。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 済みません。ワンチュク国王と思います。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 先生の御指摘のあったことも含めて、先ほどこのブータンの、こちらの領事館というふうにちょっと聞きましたけれども、そちらの方に御挨拶に伺っておわびをしたいと思っておりますし、また、宮中行事を扱っている方にもその旨をお伝え申し上げていきたいと。そしてまた、先生御指摘のように手紙を出すということも含めて、しっかりとした対応をしていきたいと、そのように思っております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 今御指摘になったようなことを、私自身も大臣に就任して以来いろんな御指導をいただいておりますんで、しっかりとまた反省をしながら職務を全うしたいと、そのように思っております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 先生今御指摘のその文言というのは私は正確には記憶しておりませんけれども、いろんな会談のやり取りの中で、私は小松基地の周辺で生活をしている一人ですから、航空機のいろんな騒音とかそういうことで悩み、苦しんでいる方々の気持ちはそれなりに理解できますというような趣旨のことはやり取りしたというふうに思っております。
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) ちょっと先生の私のその発言というのは、私は知事さんから、その後何回か話合いをしておりますけれども、そういうことで知事さんから直接私自身に何かお話がされたことは一回もございませんというふうに私は思っております。割と有意義な会談をさせていただいているというふうに思っております。 ただ、先生がおっしゃられたように、小松基地と米軍基地と違うというのはそれはもう当然のことでございますから、ただ、私はその騒音の問題について…
第179回 参議院 外交防衛委員会 第3号
○国務大臣(一川保夫君) 私もそんなに詳しいことは今ここで述べるまだあれは持っておりませんけれども、普天間基地の周辺は、終戦当時、大変な、いろんな地域の住民も含めて苦しまれた地域だというふうに記憶しておりますし、また、その普天間基地を当時、米軍が造成する段階では相当地元の皆さん方といろんなトラブルがあったというふうには聞いております。