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無所属副議長衆議院
総発言数
2,037 件
直近の所属会派
無所属
直近の役職
副議長
直近の発言日
1970/04/09

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 本会議100 件・100%

※ 全 2,037 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,037 件中 20 件を表示
自由民主党1970/04/09

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第11号

○鯨岡委員 時間をかけてもう少し国民の素朴な感情を訴えて外務大臣にもお考えを願いたいと思うのです。いまのお話を聞いていてわかりませんのは、いつごろでしたか、しばしばにわたって銚子の沖合いなんか、もう目に見えるところまでソ連の船が来て魚をとっているということが一方に新聞に出ている。そうかと思うとすぐに日本はカムチャッカ半島のほうではつかまってしまうというようなことを見ると、日本ばかりが三海里、三海里といっていて、どこもみんな十二海里になっ…

自由民主党1970/04/09

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第11号

○鯨岡委員 外務大臣、それが私にはよくわからないんですね。何か従来主張していたことが弱くなってしまうのじゃないかと思うのです。変な例をとってまことに恐縮ですが、愛知揆一という人の家を私が不法に占領して、そこへ住んじゃって、それで鯨岡君、それを返せと愛知さんが幾ら言われても私は返さない。そこで愛知さんは、それじゃしかたがないから、君の家へときどき立ち寄って水を飲むだけは許可せよというようなことを言う。ああ、そうですか、それは水を飲むぐらい…

自由民主党1970/04/09

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第11号

○鯨岡委員 これで最後の質問になります。いまのお話を承って現実はよくわかるのですが、何かお魚をとれないという損失、現実にお魚をとることを業としている人たちの問題のことを考えればよくわかるのですけれども、これだけ経済が発展してきたのですから、それらの人には別な方面で補いをつけても、姿勢はきちんとして、当面の損得でもってものを考えるべきではないと私は思いますので、申し上げておきたいと思います。 松本俊一さんが北方領土復帰期成同盟の会長として…

自由民主党1970/04/09

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第11号

○鯨岡委員 ただいま議題となりました沖繩・北方対策庁設置法案に対する附帯決議案について、自由民主党、日本社会党、公明党及び民社党の四派を代表して、その提案の趣旨を御説明申し上げます。 まず、案文を朗読いたします。 沖繩・北方対策庁設置法案に対する附帯決議案 政府は、本法の施行に当つては、次の事項について配慮せられたい。 一、本法第四条第三号における沖繩の経済及び社会の開発、発展を図るための基本的な施策を策定するに当つては、沖繩代表を含む…

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 きょうは湊副長官おいでですから、湊副長官並びに特連局長からお答えをいただきたいと思います。 いろいろいままでにも議論のあったところでありますが、この際あらためて、総理府の外局としてこの対策庁を設置しようとする根本の理由についてやや詳細にお述べ願いたいと思います。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 山野さんに伺います。 いま、質量ともにというお話がありましたが、確かに政治的には沖繩の問題について真剣に取り組むという意味で、これは非常に大きな効果があると私は思うのです。仕事だけを言えばどうなんでしょう、人が足らなければ人を入れたということだけではだめなんですか。根本的に外局として沖繩・北方対策庁というものをつくらなければ非常に不都合があるということを、具体的に何かあったらお伺いしておきたいと思います。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 重ねてお伺いしますが、いまアメリカ並びに日本の外務省等でいろいろ詰めていることもありま吟。それから、いまるるお話があったような沖繩県づくりの問題についても、ずいぶんいろんな事象が煮詰まっているようであります。いまお話しのようなことをやらなきやならぬということで、この対策庁をつくるということになると、その対策庁を、まああなたの腹づもりでは——これは委員会でいろいろ審議を慎重になさなければなりませんから、別にあなたの腹づもりに合…

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 先ほど副長官からもお話があったのですが、これをいろいろ、審議している過程の中で、いろんな方の意見が出たんですが、副長官からもお話があったように、沖繩は返還の時期が一九七二年中にときまったわけであります。ところが、北方領土のほうは、別に返還の時期がきまったわけではない。これは、しばしばソ連側が言うように、もう解決済みの問題、こんなものをいまごろ問題にするのはおかしい、こう言っている問題で、全然質が違う。なぜ一緒の外局としての沖…

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 山野さん、いまのお話で、きわめて常識的なことでわかるのですが、北方領土問題の現状、それから対策庁として今度新たに発足した場合に、これからやろうとすること、これからいま考えておることがあったら、ひとつお述べをいただきたい。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 ことばじりをつかまえるわけではないのですが、山野さん、いま北方領土問題に対する調査研究というおことばを使われた。それから、正しい国民世論ということばも使われた。外務省とも一致させてとも言われた。北方領土というのはどこをいうのかということが何かまだよくわかっていないから、これを外務省と一致させて、正しい国民世倫というのは、国民の中に北方領土というのはどこだというのがまだ未確定だから、これを正しく一致させて、調査研究というのは一…

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 そうすると、政府はこの前の総務長官に対する私の質問でも、あのときはっきりお答えになったのですが、歯舞、色丹、国後、択捉、この四つがいままで一ぺんも他国の領土になったことばない。だからあの平和条約にも関係ない。これは日本古来のものだから、これをソ連が領有しておることは間違いである。これは返しなさい。これがいわゆる北方領土問題である。もちろんその他の北千島や樺太の問題は、これは平和条約でもって権利、権原を放棄したが、それにソ連が…

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 これまた山野さんにお尋ねいたしますが、きょうから返還準備委員会発足ですか。——対策庁ができますと沖繩事務局ができますね。いまの名前は何と言いましたか。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 沖繩事務所が沖繩事務局になります。沖繩事務局と返還準備委員会との関係ばどういうことになりますか。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 そうすると、沖繩返還準備委員会というものが一つあって、日本代表と高等弁務官、それから主席が顧問、これがあって、沖繩事務局があって、琉球政府、これは顧問ですが、琉球政府というものがある。 琉球政府と沖繩事務局との関係ということはどういうふうにいったらいいですか。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 この三者、琉球政府、準備委員会、沖繩事務局、この関係などについては、一ぺんわかりやすい何か表のようなものをつくって、それで一目してわかるような資料をつくっておいていただけるといい。それから日本と向こうとの東京の連絡があるでしょう。これらを、それぞれ機関を一表にまとめたようなものをつくってもらえると参考になると思いますが、これを要求しておきます。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 そこで、いま話を承っていますと、対策庁というのは一九七二年じゅうに返還になった後はどうなりますか。そのときにはもう終わって店じまいですか。それとも何か形が変わって残るのですか。あわせて、沖繩事務局などはそのときにはどういう形になるか。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 山野さん、沖繩・北方対策庁というんですからね。やっぱり聞いた感じでは、復帰という重大な問題を前に控えてどうするかということを対策を立てる役所、そんな感じがするんですね。返ってきちゃったあとも対策庁ですか。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 もうあと一、二問ですが、佐藤総理大臣が、沖繩が一九七二に返ってくるが、それは行政上形だけ返ってきたことをもって復帰とは言わない。そうじゃなしに、沖繩の豊かな沖繩県づくりというものができたときに初めて沖繩は復帰したのだ、そういう考え方で私はやっていきたいというようなことをいずれかの機会に言ったと思いますが、これはどうですか、山野さん聞いておりますか。

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 そうしますと、皆さん方のせっかくの努力で沖繩県というものの一つの形は一九七二年までにはできると私は思うのです。ところが総理大臣の言う豊かな県民生活のできるような形において初めて復帰ができたということを、それをめどにするということになると、私もいささか関係していただけに、なかなか容易ではないなという感じがするのですがね。山野さん、これは簡単に言えないことでしょうが、行政上県庁ができるという、その組織はどうするかというようなこと…

自由民主党1970/03/24

第63回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○鯨岡委員 あのお話が出ましたからちょっと承りますが、大阪会議のメンバー、それから主要なるテーマ。——あなたは三日間出られたのですか。それに出られた感じをちょっとかいつまんで話してください。