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日本社会党・護憲共同内閣法制局第四部長参議院衆議院
総発言数
6,253
直近の所属会派
日本社会党・護憲共同
直近の役職
内閣法制局第四部長
直近の発言日
1979/05/22

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 国際平和協力等に関する特別委員会63 件・63%
  • 地方行政委員会10 件・10%
  • 土地問題等に関する特別委員会7 件・7%
  • 建設委員会,地方行政委員会,農林水産委員会,商工委員会,逓信委員会,土地問題等に関する特別委員会連合審査会7 件・7%
  • 厚生委員会4 件・4%
  • 商工委員会3 件・3%

※ 全 6,253 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

6,253 20 を表示
日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 藤樫さんという方がお書きになっている「皇室事典」というのがあるんですが、この皇室事典によると、勅使というのは「天皇の公式使者というわけで侍従、掌典などが使命をおびて公儀に臨む場合である。」と、こういうふうに書かれているわけですが、これとはちょっといまの次長の答えは違うんですね。その点どうなんですか。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 私的か公的かということは、国民の方から見ればこれはわかりませんね。だから、「神社新報」なんかを読むと、大きな見出しで、天皇の勅使が参拝され、幣帛を献じ云々というようなことが出てくるし、ことしの四月二十二日の靖国神社の例大祭のときにも勅使が行かれていますが、あなたの方の説明ではこの公的と私的ということを使い分けているような説明ですけれども、国民の目から見れば、これが公的であるか私的であるかということはちっともわからない。勅使が…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 ことしの四月二十二日、靖国神社に勅使は行かれたわけですね。この点はどうなんですか。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 宮内庁ではそのときには、A級戦犯を去年の秋に靖国神社に合祀をしたということは大きく新聞で報道されていたわけですが、そのことを承知の上で勅使を派遣する措置をとられたわけですか。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 いや、質問をしたことに答えていただきたいんです。A級戦犯が合祀をされていることを承知の上でそういう勅使を派遣をする措置をとられたわけですか。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 そのことを承知をした上で勅使派遣、こういう措置をとられるということは、これは公的か私的かということは国民の目からはわからないわけですがね。公的であろうと私的であろうと、これはまた機会を改めて大平総理にも聞かなければならないことなんですけれども、そういう措置がとられるということは、これはやはり国民の目からすれば相当数の者は、あの第二次世界大戦の侵略思想、これによって戦犯という指定を受け処刑をされたその人たちの行為をあの大きな戦…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 つまりA級戦犯の人たちがあそこに合祀されていても全くこだわりは感じていないと、慣行は慣行としてやっていくんだと、こういうことなんですか。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 総務長官の見解を伺いたいと思うんです。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 あの人たちは戦争の犠牲者ではないんですよ。加害者なんですよ。そういう人たちが合祀されているところへ総理大臣なりあるいは天皇が参拝されるなり勅使を派遣される、現にそういう行為については先日の参議院の本会議でも問題を感じるということで他党からも質疑がなされていますし、私もやはり疑問を感じているし、相当数の国民が疑問を感じているわけなんです。憲法上の政教分離というたてまえからいっても、あるいはあれだけ国民に犠牲を強制した、言うなら…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 宗教団体ですからね、宗教団体自身がやられることにわれわれがかれこれ口を差しはさむこと、これはやはり政教分離の精神に反するから、そこを私は問題にしているんじゃないんです。A級戦犯の人たちが合祀されたところへ、憲法上の定めてある政教分離という定めがある中で、憲法上の地位にある天皇あるいはその代理の方あるいは総理大臣、そういう立場にある人が参拝をすることが現に国民の間に議論を引き起こしている、そのことが問題ではないですかと、結果的…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 どうもすりかえのような気がしますがね。 別の問題で、宮内庁長官も見えたようですから伺いたいと思いますが、先ほど天皇の行為について、国事行為とそれから私的行為と、その間に公的行為というのがあるんだとおっしゃったわけですが、その国事行為と私的行為の間の公的行為というのが、実はこれが往々にしていろんな面で利用されている向きがあるんじゃないかと思います。ヨーロッパ旅行をされたこと、あるいはアメリカへ旅行されたこと、これは三つの区分か…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 国事行為については憲法で例記をされているわけです。そこでその国事行為でない私的行為でもない公的行為、この私的行為と公的行為の区分というのは一体どこの判断でどういう基準でなされるわけですか。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 植樹祭というのが毎年ありますね。これ天皇が参加されておるわけですが、これはやはり公的行為、こういうことに考えていいわけですか。

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 天皇の植樹祭、この公的行為について地元の地方自治体は大変なこれは負担をさせられておりますね、天皇が行かれるために。たとえば道路の改修、舗装その他ずいぶんな負担をさせられているわけです。それはそれとして、昨年の植樹祭の場合を考えてみると、この植樹祭で高知県に行かれて、そして植樹をされる現場の途中で高知県の護国神社へ参拝をされている。公的行為の途中で神社に参拝される、これは政教分離の精神に少し問題を感じるわけですが、その点いかが…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 これは富田長官、ちょっと私は詭弁だと思うんですよ。一般の公務員の場合は特別公務員であろうと一般の公務員であろうと、出張のために平常勤務の場所から、たとえば東京から広島なら広島へ行って帰るまでが、これが出張という行為で、途中でどういうことがあろうともすべて出張ということにみなされているわけです。天皇は公的行為――植樹祭に参加をされるというのは、これはやはり宮城――皇居を出発されてからお帰りになるまでの一連の行為が植樹祭というこ…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 いまの太陽暦の実施に当たっての政府の発行された、いま読まれた点、そしてその次にこれは文部省の天文局発行の太陽暦というのがそれに続いてありますね。これを見ると「神武天皇即位紀元二千五亘二十三年」そしてその下に「明治六年太陽暦」こうなっていますね。つまりこの当時年代をあらわすものとしては、政府自身も、明治六年のことですが、神武天皇即位紀元二千五百三十三年太陽暦、こういうふうにして、むしろ皇紀年の方を先に大きく使っておりますね。こ…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 これはここへ現物がありますから、なんでしたら総務長官も……。 〔資料を手渡す〕 そこにあるように、皇紀が先に大きく表示されているわけです。だから先ほど午前中にも指摘をしたわけですけれども、ごじゃごじゃに使われているわけですよ。皇紀を使ったり、それから一世一元の明治とか大正を使ったり、ごじゃごじゃに使っているわけですから、あなた方が言われるように一世一元というのは連綿としてそれだけが日本で千三百年も使われてきたというものではな…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 この太陽暦というのは、確かにおっしゃったように外国で始まったものですね。私の資料では、これはグレゴリー十三世という人によってつくられた。当初はグレゴリー暦、こういうふうに言われていて、これが十九世紀から二十世紀の間にカソリック教国だけではなくてプロテスタントの諸国にも普及して、そして全世界に普及して世界の基準暦となった、こういうふうに言われているわけです。したがって、日本が太陽暦を実施をした一八七三年、明治六年、この日をもっ…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 要するに太陽暦の採用というのは、明治に入っていわゆる鎖国政策を解いて外国との交流をするようになった、そういう状態の中で日本の旧暦というものが国際的に通用しないから、そこで早々と太陽暦に変えざるを得なかったわけですね。古来からの伝統を固執するのであれば陰暦を使っていればいいんですが、陰暦を使っていると先ほど言ったように四年に一遍は役人に十三カ月も月給を払わなきやいかぬからこれは大変だと、こういうようなことも別の面ではあったよう…

日本社会党1979/05/22

87参議院 内閣委員会 第8号

○野田哲君 いまお話がありましたように、そのころに日曜を安息日とする、つまりこれは聖書に由来したものです。その制度を取り入れた。先ほど来の太陽暦と同様に、やはり年月日、それから週、このサイクルを世界のサイクルに合わす。こういうことで、やはり日本に長い間続いていた制度というものを、明治時代でさえも大胆に改めていっているわけなんです。日本古来から続いている伝統を守りたいなら、いまでも子の刻、丑の刻と言えばいいんであって、そういうことなんです…