細川護煕
会議録に記録された「細川護煕」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 2,575 件
- 直近の所属会派
- 改新
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1994/02/22
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛19 件
- 社会保障・年金7 件
- 半導体1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 予算委員会100 件・100%
※ 全 2,575 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 その辺はちょっと定かに覚えておりません。即答であったか、あるいは結構でしようと言われたのか、あるいは検討させてくれと言われたのか、その辺はちょっと覚えておりません。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 それは担当者があちらの窓口と折衝する過程で出てきた話であるということでございます。私はそういうことは申しておりません。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 刀のつばを、これもあくまでも正確かどうかわかりません、記憶をたどっての話でございますからその辺はそのように御理解をいただきたいと思いますが、刀のつばを担保とし、あわせて湯河原の別荘を担保とするとともに、湯河原の別荘を賃貸することによって融資を受けることになったということでございます。 しかし、その辺の細かい経緯につきましては、同一の機会でございますからどちらが、今申し上げたのは三点ございました、つばとそれから湯河原の…
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 できるだけ早くというニュアンスを込めて申し上げたと思います。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 その後の折衝につきましては、すべて事務所の職員が東京佐川の担当の窓口としておりますので、その数回の交渉を経て決まっていったということでございますから、まあ半年後ぐらいになるわけですが、そのとき別にせっついたという記憶もございませんし、そういうことで、やはりそれだけのものを貸していただくわけでございますから、それなりの時間がかかるんだろうなというふうに多分思っていたんだろうというふうに思っております。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 その辺の細かいことは、恐らく事務担当者が話し合う中で、それじゃ金利はどのくらいにしましょうとか、そういった話はそこでの話で決まったことだと思っております。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 多分、私一人ではなかったかと思っております。はっきりこれも記憶にはございません。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 私の事務所の職員が東京佐川の方と数回交渉を、そのトップ会談、いわゆるトップ会談の後いたしました。いつ、だれとというのはちょっとわかりません。私の方はわかりますが、相手側はわかりませんが、とにかく昭和五十七年の九月二十九日に刀のつばを父の承諾を得て担保提供をいたしました。(白川委員「いいんです、そこはまた後で聞きますから」と呼ぶ)その辺はよろしいですね。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 私の事務所の深山秘書にそのことを話したというふうに思っております。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 おっしゃるとおりでございます。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 実印はいつも私自身が所持しておりますので、そういうことであったろうかと思います。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 渡す場合もございます。今でも私が持っておりますが、事務所の責任のある者に預けて、そして目の前で押してもらうこともございますし、また、本当に信頼をしておりますから預ける場合も今でもございます。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 記憶はございませんが、これだけの大事な問題でございますから、多分目の前で判こを押してもらったか、あるいは自分で押したか、そのどちらかではないかと思います。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 私の字でございます。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 大体今おっしゃったようなところだろうと思います。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 一言で言えば、ほとんど任せていたというふうに申し上げていいかと思います。相続した土地の代金を株などで運用していたわけでございますが、どのような株式の運用をしていたか、一々細かくは記憶をしておりません。そうした点はすべて任せておりました。 そのほか、株式の運用でありますとか借入金の返済、そういったような業務は主として深山秘書が担当しておりましたが、そうした業務の大まかな報告は、大事な問題については当然それは受けていたと…
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 多分事務所の方にすべて一度集めるという形、それからまた受け取るという形をとっていたというふうに記憶をしております。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 おっしゃるように、腹の中でいつごろから思ったか、正式に表明をしたのがいつであったか、ちょっとその辺のことも今私も定かではございません。それはその当時の記録を見れば、いつ出馬表明をしたか、いつごろから新聞等で話題に上るようになったか、その辺は調べてみればわかることだと思います。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 それはちょっとわかりません。どの辺の時点でそのことをお話をしたか、お話はしていると思います。していると思いますが、どの辺の時点であったかということはちょっとわかりません。
第129回 衆議院 予算委員会 第3号
○細川内閣総理大臣 ちょっとその辺は全く覚えておりません。政治に関心のある方ですから、多分頑張れぐらいのことは言われたんじゃないかという気はいたしますが、あるいは応援しようと言われたかもしれません。しかし、それはちょっと記憶にはございません。