竹下登
会議録に記録された「竹下登」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 16,209 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1993/02/17
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛93 件
- 社会保障・年金39 件
- 住宅・不動産11 件
- 労働・賃金7 件
- 半導体4 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 予算委員会100 件・100%
※ 全 16,209 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 今のお話でございますが、要するに、六日、中曽根当時総裁よりも前の時間に行こうと決断したのは、まさに長谷川信先生のお電話があったからでございます。私は実は割に前後を気にします。だから、少なくとも現総裁が前だなという感じを持っておったわけでございますので、その点はまさに長谷川さんのお電話でお話をした。しかしそのとき、門前払い食ったらぶざまだなというようなものは、今正森先生おっしゃった三つ目の葛藤というのはちょっと私も今指摘されて…
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 加藤幹夫氏もその後亡くなられましたが、事実でございます。
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 そのとおりでございます。
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 竹萌会という会は今でも続いておりますが、大部分は今お説のとおりこの新喜楽でございます。ただ、吉兆でも時々やっております。 この場合は、確かに総裁になるという、総裁予定者になった時期でございますだけに、三十一日が党大会でございますから、その前でございますから、やはり私は、その加藤さんなどがまあお祝いのつもりで集まったらと、じゃあ、いや私の方でお礼のつもりでお集まりください、こんなやりとりの中に設定したというふうに思っております…
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 私は、今正森先生からも追及されておりますのはいわば政治的道義的責任と。裁判が私にはございません。しかし私は、それは先生とはいわば意見を異にしておりますよと、こう申しておるわけでございます。 そして、「万死に値する」という言葉につきましては、ちょうどお隣にお座りになりました中野先生から、あなたの生きざまの中にいろんな人が犠牲になったりしておると、そういう私の人生の生きざまに対しての、これを前提としたお尋ねでございましたので、そ…
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 今のお話でございますが、最終的には、私は、参議院の予算委員会と決算委員会でお話がありましたその直後だったと思いますが、青木氏にお話ししたことがございます。そのときにその会った事実を申しておりましたから、会ったという事実は、私はそのとおりだと思います。 それから、電話が何回かかったとかいうことはわかりませんが、今もおっしゃったように、被告の身であられる、裁判受けている方のことでございますけれども、直通電話の番号も聞いたというよ…
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 これは、最終的にはこれは私の責任になるわけでございますが、私は大蔵大臣をやめます前でございましたから六月でございますか、双方の頭取と社長がお見えになって合併の報告を受けたのは私でございます。そしてまた、金融問題については、信用秩序の維持と預金者の保護、これをいつも念頭に置いておくわけでございますけれども、私自身が完全な専門家とはどうしても言えませんので、この問題につきまして、私自身が、かくあるべきだという結論を指示したという…
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 確かに、私も大蔵大臣長いことやりました。で、金融、いわゆるこの預金者保護と金融秩序という問題を絶えず考えますから、検査等におきましても信頼関係がないといかぬから、それに捜査権があるわけじゃございませんから、大変苦労しながら銀行の、ある意味においては監督というものはやってきております。そういうさなかで、人材がおるということもございましょうが、いわゆる今おっしゃった天下りみたいな感じでOBの方がそれぞれのポストにいらっしゃってお…
第126回 衆議院 予算委員会 第10号
○竹下証人 いつもお話ししますように、大変丁寧なお話であったということは今でも明快に覚えておりますが、その一つ一つの言葉につきましていわゆるQアンドAのような形で整理整とんすることは、私自身には難しい問題だというふうに思います。 ただ、今おっしゃった論理は、私は論理として、高揚したからいろいろな話もしたでございましょう。そしてそれに相づちも打たれたかもしれません。が、しかし、その話自身は大変丁寧なお話であったという印象だけは強く残ってお…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) はい、竹下登であります。
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) 証言をいたします。 まず、私の当時の心境でございますが、率直に申しまして、街頭宣伝等で私を総裁にすべきだという街頭宣伝がありました。で、これがいかなる遠因があるだろうかということに全く関心がなかったわけではございませんけれども、言論の自由ということからいたしまして、それについて深くせんさくするという立場にはございませんでした。 二番目の、何かおびえたことがなかったかという御尋問でございます。 この点につきましては、私…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) まず、田中邸訪問、そして葛藤という表現についてお答えを申し上げます。証言をいたします。 この田中邸訪問というものは、今委員長からも申せられましたように、私自身、内閣官房長官としてお仕えしたのが田中角栄先生、幹事長としてあるいは大蔵大臣としてお仕えしたのが中曽根康弘先生、今現存していらっしゃる方、私がそういう立場で仕えた方はお二人でございますしたがって、私は少なくとも決意表明までにはごあいさつをすべきだということを考え…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) 今、御氏名を申されました浦田さん、また長谷川信さん、また衆議院議員である小沢辰男さん、この方々はかねてそのようなことを申しておられたことは事実でございます。それは十月五日よりはかなり前の段階であったかと思いますが、いや、私もそのような考えを持っておるから、適当な、一番適当な時期、私が考えておったのは、五日の日に決意表明をしましたのでその前にという気持ちがあったことは事実でございます。お二人の方にはごあいさつに伺う考え…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) 十月二十九日というのは私のこの思い違いであったと、日にちそのものが。このようなことでございます。 それはなぜならば、十月二十九日は私はそのとき、十月三十、自由民主党党大会前日と誤解をしておりました。したがって前日は、私が総裁に初めて就任するわけでございますから、まあ私なりに立派なあいさつもしなきゃならぬし、とてもそういう時間がないということを断定してしまったところに間違いがございました。しかし、正確に調べますと、党大…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) 今申されたことはそれぞれ私もうなずけるものでございます。私自身は、私の側から見れば誤解であり風間であり憶測であるという点がもとよりないわけではございません。しかし、今それらが政治不信というものの大きな理由になっておるということを前提に置きますならば、まずは誤解を解き、そして真相を解明していく、その努力が私自身に課せられた使命であると、このように思います。 二番目には、これは言論の自由とともに人権というものは民主主義社…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) 私は、その際も申し上げましたが、いわゆる世に言われる皇民党問題とそして私の総裁選任との問題については、何らかかわりのない問題であるということを繰り返し繰り返し申し上げて今日に至っております。
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) 先ほど申しましたように「吉兆」の日にち、失礼、東プリの日にちの十月五日、この日にち自身は訂正いたしておりません。「吉兆」における十月二十九日、この問題は訂正をいた促しております。申し上げたとおりでございます。私の党大会の日取りを間違えた大きなこれはミスでございます。 そしてこの予約、代金支払い、私は常日ごろ、会費制度の場合は別としまして、飲み食いに関するものは可能な限り支払うようにということを事務所にも申しております…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) 自由民主党の総裁公選規程に基づきまして、私ども三人が立候補し、そして締め切られたのは十月八日の日でありますしたがって、十月八日の締め切りによって予備選挙がなくなり、そして国会議員による選挙が行われるという状態が確定をいたしました。 指名をいただこうということにいたしましたのは、たしかその後三者会談等をたびたび行いました。また、当時の政調会長であられました伊東正義さんを中心としてのいわば話し合い選出の議論が行われました…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) もとより立候補いたしますときには、どなたも必勝の信念でお立ちになると。私も必勝の信念でおったと思います。 五日という日は私が決意表明をいたした日でございますので、平素自分を高揚させないようにすることを常としておりますが、幾らか高揚しておったと思います。したがいまして、一層総裁に選ばれるであろうという確信を強くしながらおった時期ではなかったかというふうに思うわけでございます。 ただ、私自身、先ほど来申しますように、本当…
第125回 参議院 予算委員会 第4号
○証人(竹下登君) まず、金丸さんの証言で出てきた中尾さん、青木さん、この二人についてでご ざいますが、青木氏は昭和三十三年以来五十一年まで私の公設秘書または官房長官秘書官二回、建設大臣秘書官、そしてその後は竹下事務所の責任者という立場にありましたので、私自身の人生観とでも申しますか、これはみずから体の中にもうしみ込んでおったと思います。 したがって、私がかねて学生時代聞いた言葉でございますけれども、体制側にある者は言論の自由に対してい…