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日本赤十字社副社長衆議院参議院
総発言数
1,706 件
直近の所属会派
—
直近の役職
日本赤十字社副社長
直近の発言日
1955/07/14

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会46 件・46%
  • 法務委員会31 件・31%
  • 決算委員会15 件・15%
  • 予算委員会8 件・8%

※ 全 1,706 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,706 件中 20 件を表示
厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 引揚委員会の方で、関係係官から一応実情について御説明があったと思うのでありますが、軍人という身分が与えられるためには、召集または入営ということが必要でございます。召集または入営をするためには、少くとも第二国民兵役に編入されておらなければならない、こういうことでございます。問題は、当時沖繩等の学徒隊を編成するに当って、どういう手続で、またどういう話し合いのもとに行われたかということを、一応調べておく必要があると思うのであり…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 今現に二人行っておりますが、十分こまかな点まで指示をいたしまして資料も集め、研究もさせ、またそれをすぐ中央の方へ連絡するように申し伝えてございますので、もうしばらく時日をかしていただきたいと思います。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 満州の青少年義勇隊の問題については、死亡当時の状況がいろいろ非常に違っております。開拓訓練本部に配属になっておって、それから終戦まぎわに各方面に動員された。中には軍需工場に動員されて協力していた者もございまして、終戦になりまして引き揚げを待っている間に、病気等によって死亡された方もございます。また中には、仰せの通り辺境地帯において戦闘行動によって死亡した方もございまして、いろいろ状況が違っておりますので、沖繩方面とにらみ…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 入営応召途上にいて空襲等で死亡された事例については・私も聞いておりますが、今どれだけそれがあるかという資料を持っておりませんので、後日調べましてお答え申し上げたいと思っておりますが、現行法であります外地から内地へ帰還して郷里に帰るまでの間の問題でございますね、これは実は終戦後の復員のやり方の特殊な過渡的な時代に対する措置でございます。ほんとうから申しますと、外地から復員して来た方々は、部隊を組んで郷里に帰られるわけであり…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 軍属の場合は、指定された工場とおっしゃいますと内地だろうと思います。これは援護法ではなしに、共済組合法の方で扱っております。外地の場合には、軍属になっておりますから、外地に行く船の中で、すでに雇用人、軍属たる身分が発生しておりますから、これはもう当然該当すると思います。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 それは軍人でも同じでございまして、軍隊に入って部隊を編成して宇品なら宇品から輸送船で戦地に向う途中で沈没しますと、当然これは公務上の死亡になる。それから徴用された軍属が、輸送船で戦地に向う途中でやられましても、同じであります。問題は、召集を受けた方が、入営応召する途中において空襲等で死亡した場合、これは現行法の解釈としては、従来の取扱いでは、公務つまり軍人ではまだないという取扱いになっておるわけであります。その点は、軍属…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 確実な数は知っておりませんが、こういう例は私承知しております。広島に御両親がおられるわけです。それで広島市以外の土地にお勤めになっておった、それが召集令状が来ましたので、応召する前にお父さん、お母さんのところで少し静養してから入隊したいということで、工場の方から休暇をいただいて、そしてうちへ帰って栄養をとっておられたといいますか、休養しておられた。それで入隊までにあと二週間ぐらい日があるときに、広島の原子爆弾でなくなられ…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 昨年から、遺族会からも、また各方面からも、援護法の不備を指摘されまして、改正するようにという御要望があったわけであります。当委員会におきましても、どなたがどういうことを具体的に要望されたということを私はよく覚えております。今回改正案を出した中にも、これはどなたの非常な熱烈な要望かということが、よく頭に入っているくらいであります。従いまして、今後国家財政の状態等ともにらみ合せまして、各方面の均衡ということも十分考えながら、…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 理論的には、そういうことが十分考えられます。しかし、国家財政その他のことを十分考えた場合に、一体国家補償としてなすべき範囲いかんという問題は、別途起るわけでありまして、これは今日の国家財政の現状からした場合には、この程度でやむを得ないのではないか、こういう考えを持っております。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 これは援護法の制定以来のことをよく御承知でございますすので、申し上げませんが、援護法を作るときには、実は軍人恩給が復活するのか、しないのかわからなかったのであります。われわれの事務的な立場からいいますと、非常にその点は苦労いたしたのであります。結局、復活すれば復活して差しつかえないように、万一復活したい場合で毛差しつかえないようにということで最初立法した関係上、当初の立法は非常に窮屈になっておりました。その後、政府の方針…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 戦傷病者戦没者遺族等となっておりますのは、内地の場合をとってみますれば、戦傷病者でなく、あるいは戦没者でなくても、公務上の負傷者、傷病者がございます。戦傷病者戦没者というのは、戦争の際の傷病でございますから、極端に申しますと戦地という観念が入るのが戦傷者の観念でございますが、内地における場合も、やはり公務の場合は入れるということになりますので、内地で公務上死んだ方及び内地で公務上けがをした方一もこの法律の対象になるわけで…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 法律の表題の「等」というのは、なぜ等という言葉を使ったかという御質問でありましたので、戦争に関係のない時代の内地における傷病者も対象になっておりますから、こういうふうになっておるということを申し上げたのであります。その問題と、それから今あなたのお話しになった第二の問題は、直接関係のない問題だと私は思います。援護法の根本の建前として、同じく戦傷病者、同じく戦没者でありながら、軍人軍属以外の者を何ゆえ対象にしないのか、援護法…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 法律の名前と第一条、第二条とは食い違っておるのじゃないかという御質問でありますが、戦傷病者、戦没者という言葉だけにいたしますと、これが大部分ではございますけれども、そういう概念に入らない方もあるということを申し上げたのであります。従って、非常に正確を期する意味において「等」という言葉を使ったわけであります。戦争が全然なかった時期におきまして、内地等におきまして服務のために公務上死亡された、あるいは公務上傷病にかかった傷病…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 ただいま御指摘になられました点につきましては、政府部内としても十分慎重に検討をいたしまして、また当委員会におきましても十分の御審議をいただいたのでありまして、これはこの法律の対象とすることが至当であろう、こういう結論になったわけであります。本意であるも本意でないもこうしなければ均衡を失するということなのであります。というのは、法律を最初に作るときに、純然たる軍人恩給の暫定措置という立場もとり得たわけであります。従って、内…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 船員につきましては、船舶運営会の運航する船舶乗組員と相なっておるわけでございます。当時、当然船舶運営会に所属すべきはずであった船というものはあります。個個に当ってみますと、それは何らかの手続等においておくれておったというような事例もあるようでありまして、私は個々の認定に当りましては、同様の事情にあった者は同様に処理するという見地から、そうやかましいことを言っていないつもりでございます。ただし、その純然たる会社所属の船であ…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 法律の解釈が許す限り、できるだけ実情に即するように運用をして参りたいと考えております。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 援護法と恩給法との関係は、これはいきさつをずっと申し上げれば、自然に御了解願える問題でございまして、二つを比較してどうこうということは、できない問題になってきておるわけであります。そこで私は、その立場というものは、先ほど申し上げた通りの立場でおるのでございまして、これに関連してのお尋ねだと思いますが、先ほど山下先生に申し上げましたのは、現在、戦争中に年金の対象になっておらない人は、一時金でがまんをしていただくということに…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 私はそういうことを申し上げておるわけではなく、戦争中の犠牲者に対しまして、せめて弔慰金を一時金として支給するというお気持は、われわれも全く同感でございます。こういう立法をされた場合に、資料がないからお断わりするということも、あまり狭隘な考えである、そのような立法は歓迎すべきだと思います。しかし、資料がないという現状も、われわれとしてつらい点で、しかし出た以上は、役所で善処して、妥当な措置をしなければならぬ責任がある。従っ…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 私は理論的な立場からは、そういう立場が一つ成り立ち得るけれども、そうでなくてもよろしいという理論的立場もあり得ると思います。理論的な問題といたしましては、私は両方あると思います。また三十四条関係の中におきましても、いわゆる国家の要請の強度あるいは権力発動のあるなしという点におきましては、微妙な相違がございます。非常に強度なものがあるし、きわめて要請の弱いものもございます。一がいに言えないと思います。ただ援護という立場から…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/14

第22回 衆議院 社会労働委員会 第41号

○田邊政府委員 私は、理論上そういう考え方が成り立つということを、否定するものではございません。しかし、国家の要請の度合いと申しましても、三十四条関係を取ってみた場合に、いろいろ違います。たとえば、ことに国民義勇隊という言葉を使っております。これは広島の原子爆弾でなくなった人で、疎開作業に従事しておった人々を言うわけです。これらの中には隣組に似たようなものもあるという印象を強く受けるわけです。しかし、これも国家から強い要請があったことは…