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日本社会党衆議院
総発言数
6,887 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
—
直近の発言日
1953/08/04

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会100 件・100%

※ 全 6,887 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

6,887 件中 20 件を表示
日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 それはどこにおつたのですか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 そうすると、本郷のキヤノン機関の事務所のあつた岩崎邸に住んでおる山田のところにあなた自身が持つて行つたんだね。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 そうすると、あなたはその岩崎邸へたびたび出入りしましたか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 そうすると岩崎邸なるものには、どういう人がおつたかあなたは知つておりますか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 そのおやじという男は、どんな背かつこうのどういう風貌の男ですか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 それはキヤノン中佐という人でなかつたか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 山田からも聞いたことはないか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 それからいま一点。昭和二十七年十二月八日に、あなたは二世の平井という男に会つて、それから国警に自首することになつた、こういう話であるが、そのときに会合したのは、平井のほかにだれかまだいたんじやないか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 八日だか、五日か、六日か、七日かわからぬが、国警へ出る前に、だれかにあなたは相談して出たと思われる。これはある程度裁判所にも出ております。平井に会つたことは裁判所でもわかつておるが、そのほかの人にどういう人に会いましたか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 それはだれです。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 平井のほかにもう一、二名……。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 その席上に日本の警察の人はいなかつたか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 そこでその十二月八日か、自首して出る前に、平井そのほかもう一人の人と会つてどういう話をしました。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 あなたは自分の身の保護を頼んだわけだが、向う側からあなたにどういうことを言うたかということです。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 先ほどの話にちよつと出たのですが、あなたはG大佐、ガルシエー大佐という人に会つたことがありますか。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 会つたことはない……。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 さきの証言に、あの人がG大佐なのかといつたような証言があつたと思うのですが……。

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 あなたの二重スパイについては、いろんな疑問があります。それをいえば数限りないのです。ソ連大使館なるものがあつて、短波を備えておるものが、何がゆえにそんな妙なかつこうをして、諜報をソ連側へ報道したかというようなこと、これははなはだ奇怪なることであるが、それはまあいいといたしまして、なおあまりに私ども奇怪なことは、あなたの先ほどの証言でも、昭和二十七年の十二月二十三日にソ連の代表部に行つて、あなたはとまつて来ておりますね。行つた…

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 そうするとあなたはとても恐るべき豪傑だと思う。普通の人間はできないことだと思うのです。まあそれは豪傑とほめ上げておくだけにしておきますが、(笑声)ソ連がこの鹿地のつかまつたのをまつたく知らなかつたということも、何という間抜けであるか、これも実に私どもは奇怪千万である。あなたは知つているかどうか知りませんが、もう昭和二十七年の七月か八月には、鹿地の行方不明問題などについて英文の怪文書なるものが相当多数ばらまかれておる……。 そ…

日本社会党(左)1953/08/04

第16回 衆議院 法務委員会 第30号

○猪俣委員 知らない。これも異常な神経だと思うのだが、とにかく昭和二十七年十一月二十五日以来行方不明になつた人、あなたは鹿地という名前は知らなかつたにしても、その十一月二十五日にあなたが立ち会つたとするならば、常識上ピンと頭に来るものがなければならない。そうして行方不明になつていると新聞に出ている。 なお、お聞きしますが、同年の十一月十九日に週刊朝日に鹿地の失跡事件が大々的に取上げられておるが、これをあなた見たか。