渡辺秀央
会議録に記録された「渡辺秀央」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 1,567 件
- 直近の所属会派
- 民主党・新緑風会・日本
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1992/12/03
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- デジタル行政5 件
- 半導体3 件
- 社会保障・年金1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 経済産業委員会96 件・96%
- 政府開発援助等に関する特別委員会2 件・2%
- 本会議2 件・2%
※ 全 1,567 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたします。 小針さんのお誘いだったように記憶をいたしております。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたします。 そんなに詳しい話ではなくて、金丸先生も竹下先生も見えるし今晩どうかねという電話がその日にあったんではなかったかと記憶しております。どうも余り定かではないんですけれども、たしかその程度の話でございました。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたしますが、確かに大政治家の先生方がおいでになるしと言われたら、私、疑問に思う前に何か非常に冥利に尽きまして、行かなきゃいかぬなという気持ちの方が先になったことは事実であります。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) 私は前にも本会議場で御答弁させていただきましたけれども、実はそんなに詳しく佐川の経営危機ということについては承知をいたしておらなかったのでございます。そんな感じで、私は、何か再建会議というふうに先生おっしゃっていますけれども、そういう意識で伺ったわけではございません。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたしますが、これも本会議場でも御答弁申し上げましたが、いろいろ大変だという程度の話でありまして、これ、全く具体的な話はなかったんです。私は記憶にないんです。ですから、私は再建会議というふうなことを言われることに当たる金なのかなという感じはいたしております。ほんのわずかの時間話して、後は食事で雑談という会でありました、そのときの会は。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) 先生がおっしゃるのは、六月の初めごろに何か新聞に出たという意味でおっしゃっているんではないかと思うんです。ところが、私は、実はそれ、後で、本当にその新聞もつい先ごろ資料の一つとして実は秘書に見せられたことでして、私はその当時も、つい先ごろまでそういうふうに六月、私が声をかけられて出かけたときの意識には実はないんです。 ただ、うわさの中で、ちょっと佐川の方がいろいろ大変のようだねという話はちまた、だれからどこでと…
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) それは新聞にも出ましたので私実は調べて見ましたが、確かにそんなことの企画はありました。しかし、その当日、金子知事が朝、とても夜遅くなると間に合わないのでということでこの会は実は見送ったのでございます。確かに計画はありました。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) 三人だけの会は全く記憶にございません。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたしますが、私は実は渡邊社長の御自宅というのを承知しておらないのでございます。ですから、恐らくそれは何かの間違いではないかと思います。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) 自民党の方の候補者という意味でしょうか。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) 社会党さんの方はそこにおられる志苫さんが候補者でございました。それから、私どもの方は、一本化されました金子当時副知事、それから当時県議会議員の岩村卯一郎氏、それから国会議員で高鳥修氏、それから前の新潟県の教育長の有磯氏の四人が立候補の意思を持っておられました。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) それは私は承知しておりません。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) 今突然そういうことを言われまして、私、おやと思ったんですが、もし私が間違っていたら後で訂正しますけれども、君さん亡くなったのは今先生がおっしゃったそれ以後だと思うんです。私どもは、君知事がよもや退陣あるいはまた病死されるというような状態は全く、実はそんな状態だと思ってなかったんです、つい本当に亡くなられる直前といっていいぐらいまで。私自身は少なくともそうだったんです。ですから、君さんから病床から電話があって、体…
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたしますが、今の私の記憶では、個別で実は一人の人に対しての交渉あるいはまた相談は私は本当に一切やっていない。非常にそれほど微妙なことでございました。みんなそれぞれ政治生命にかかわることでございましたので、非常に慎重に私は次の県連会長と事を運んで、しかもまだ民主的に運んでいったという自負を持っております。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) 東京佐川から資金提供があり強力に応援してもらうことになるぞというような話は、私は一人ではそんな話をしていませんし、次の県連会長と二人で全部当たってきましたが、全く私も記憶にないことで、今初めてそんな話を承りました。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたしますが、私は一切関知いたしておりません。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたしますが、長谷川信先生も大変なことを言われているのかという気もしますが、私も実はそれ以上に大変なことを言われているわけです。今、先生がそういう疑念の中で私に対して質問をしているということは、極めて迷惑な話であるということを申し上げておきます。 もう一つは、全く、長谷川信先生と二人で会社あるいはほかのところへ訪問をしたというような事実は一切ございません。
第125回 参議院 予算委員会 第2号
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたします。 全くございません。
第125回 衆議院 予算委員会 第6号
○渡辺(秀)国務大臣 お答え申し上げますが、私は、本会議で御答弁さしていただきましたように、実際に経営危機に陥っているというような事態は実は把握しておりませんでした。しかし、大変だ、何かこう、ちょっと大変のようだということは聞いておりました。これはうわさの範囲です。 それから、今和田先生おっしゃいました三日ですか、私が訪ねたという一部報道ございましたが、実は私も、本当に訪ねたんだろうかと、前の話ですから、日程を繰ってみましたが、その近辺…
第125回 衆議院 予算委員会 第6号
○渡辺(秀)国務大臣 お答え申し上げますが、私は、本会議場で答弁をさせていただきましたのは、経営の実情、状況についての話は出たように思いますというところまでは申し上げているのですね。ですから、その再建策というのはどこまでの範囲を指して申し上げるのか、そこはそれぞれの解釈だろうと思うのでありますが、しかし、私の申し上げたかったことは、具体的に一部報道されましたように、だれが何をするみたいな、何か役割を担ったみたいなふうに報道が一部ありまし…