P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ ☆
民社党衆議院
総発言数
7,250 件
直近の所属会派
民社党
直近の役職
—
直近の発言日
1969/03/03

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 外務委員会39 件・39%
  • 予算委員会31 件・31%
  • 国際連合平和協力に関する特別委員会27 件・27%
  • 本会議3 件・3%

※ 全 7,250 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,250 件中 20 件を表示
民主社会党1969/03/03

第61回 衆議院 予算委員会 第17号

○永末委員 これで終わりますが、大蔵大臣、大体わが国の防衛構想というものは、先ほど私が質問を通じて明らかにしたごとく、あいまいな点がたくさんあるわけだ。しかし、現実に予算は出ていくわけです。そこでやはりわが国の防衛構想ははっきりと国民に国防白書等をもって出さねばならぬ。これは総理大臣の責任ですが、大蔵大臣としては、この多くの国民の税金を防衛に使うためには、その防衛の効果と、あなたがお出しになる費用というものを勘案する、これは単に防衛に関…

民主社会党1969/03/03

第61回 衆議院 予算委員会 第17号

○永末委員 終わります。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 愛知さんは、この前ジョンソン駐日大使と会われたときに、B肥の嘉手納飛行場からの撤去を申し入れられましたか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 嘉手納飛行場の近所に嘉手納中学がございますが、その中学の一年生の島袋さんというお嬢さんが作文を書きました。その作文の中で、あの十一月十九日の墜落爆発事故のときに、私はもう死ぬんではないかと思った、こういう思い詰めたことを書いておられます。そしてその作文の最後に、私たちも同じ人間です、それなのになぜ沖繩の人たちだけ苦しまなければならないのですか、これを全国の人たちに言いたいのです。これほど思い詰めてお嬢さんが書いておられる。こ…

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 そうだといたしますと、外務大臣としてB52の撤去をアメリカ側に要求するおつもりがございますか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 話が、愛知さん、ぼけてくるのでございますが、状況をつくるといいましても、現在の沖繩におけるB52がベトナム爆撃に行っておること、これはそのように外務大臣としては承知しておられますか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 ベトナム戦争の終結等については、残念ながら日本政府としてなし得る点はきわめて少ないと思うのです。そこで、いまのような状態がなくなるような条件をつくりたいとおっしゃったけれども、そういうことではなくて、端的に嘉手納飛行場におけるB52、この駐留をやめさせる、やめてほしい、こういうことを日本政府の主張としてアメリカ政府に申し入れるということ、これが条件をつくる一番大きな道ではないか、ストレートな道ではないかと私は思いますが、大臣…

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 B52は何機ぐらいあそこにおるとお考えですか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 外務大臣、ひとつ外務省にお命じいただいて、もっと詳しく実態を見ていただきたい。私が行きましたときでも、もっとたくさんの飛行機がおったと私の目には映りました。 そこで、B52というのは、最初、なぜ、何の目的で嘉手納に来たとお考えですか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 プエブロが北朝鮮に拿捕された直後、アメリカは、B52の嘉手納に行くということを発表いたしました。そのときには、いわゆるテト攻勢はまだ始まっていなかった。だといたしますと、その時間的な流れから考えますと、私は、B52の最初の嘉手納にやってきた目的は、朝鮮半島を向いておると思いますが、いかがですか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 そこで、問題は、恒久的ではないと言いつつもすでに一年近くになっておる。そこで、あなながジョンソン大使と話し合われたときに、恒久的ではないというのは、一体、両三年ということばが佐藤・ジョンソン声明で使われましたが、時間的にはどれくらいと、あなたは印象を受けられましたか、アメリカ側があれを自発的に引き揚げるとしてですよ。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 B52がこの前爆発事故を起こしましたが、その爆発事故の原因は、日本政府としてはわかっておりますか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 今後起こらないという安心感を日本政府は持っておられますか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 アメリカ側が何も事故を起こそうなんて考えていると私は思いません。そんなことは普通あり得ないことです。しかし、B52が今後事故を起こさないという安心感を日本政府が持たなければ、これはそのままB52の滞留を認めるわけにいきませんね、どうでしょう。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 望ましくないことではありますけれども、もしこの次に同様の事故が起こった場合には、日本政府は責任を感じますね。何も撤去せしめ得ずして同様の事故が起こった。そうしますと、すでにこの問題で、撤去してくれ、こういう沖繩県民の意思が、主席を通じ、あるいはまたその他の人々を通じて表明せられておる。それは政府の御承知のところである。しかるにもかかわらず、撤去せしめ得ないままに再び事故が起こったという場合には、日本政府は沖繩県民の命の安全に…

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 これは十分ひとつ責任を感じて処置を願いたい、強く要望しておきます。 さて、B52というのは、もともとが核弾頭を積んで常時警戒するというのが主たるB52の任務であると私は承知しております。外務大臣もそのように承知しておられますか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 沖繩に核弾頭の倉庫があるとお考えですか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 沖繩には現在F105という戦闘爆撃機があります。それからナイキハーキュリーズという地対空ミサイルがある。これらはすべて核弾頭を使用し得る兵器であります。それはそのように御認識ですか。

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 私がこれを伺っておるのは、いままで沖繩の返還の問題について、基地の態様だとか、核つきとか核抜きとかいうことが実際に国会の論議の場で言われておる。ところが一体日本政府は、そこに核はあるのかないのか、この判断をはっきり国民にしていただかなければならない。いままで答えられないという前提——あるかないかわからないですね、五分五分でしょうね。しかし、それならば核つきとか核抜きとかいう議論をすることがどだいおかしいではないか、こういうこ…

民主社会党1968/12/18

第60回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

○永末委員 私が接触しました限りでは、アメリカ側の一つの意見は、現状、つまりアメリカは沖繩における軍事基地の現状、これはあまり変えたくないという意見が非常に強い面がございます。したがって、いま大臣が言われるように、これからの問題ではなく、いまある状態についてどうするかということが、私は議論の焦点ではないかと思います。たとえばメースBにつきましても、これはアメリカの国防長官が一九七一年までは少なくとも置いておくということを議会で言明してお…