松野頼三
会議録に記録された「松野頼三」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 4,296 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1979/05/24
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛70 件
- 社会保障・年金22 件
- 労働・賃金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 航空機輸入に関する調査特別委員会73 件・73%
- 安全保障特別委員会27 件・27%
※ 全 4,296 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 最初に使いに来たのは海部八郎君だと記憶しております。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 その次と言われると困りますけれども、要するに、海部八郎君と島田三敬君と、高畑さんも直接お目にかかったこともありますから……。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 四十……(大出委員「二年の秋と言いました」と呼ぶ)正確にそこは私もわからないのです。私はもっと——四十二年の選挙が終わって、高畑さんの電話で来たのは、私は四、五月ごろに海部君が来たのじゃないかと思うのですよ。だから、秋と言われる記録があるかどうか知りませんが、私の印象は、選挙が終わって二、三カ月して高畑さんが、海部君を差し上げるから会ってくれと言われたのは、少なくとも四、五月か六、七月じゃなかったかと思いますね。それは、必ず…
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 高畑さんの私に対する趣旨は、恐らく海部八郎君はあの時代、次の社長候補です。高畑さんの子飼い、子供同然である。それが私に対する紹介です。したがって、恐らくあの当時の社内の状況は社長候補でしょうね。航空機部の部長ではなしに、社長候補として私に紹介を受けた、これは私の認識は少しも変わっておりません。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 長いことあなたとは防衛問題で議論して、非常にお詳しい。いまのおっしゃることは全部そのとおり。一点違います。空幕長の在任は約二年経過していました、そのとき。海幕長も二年経過しているのです。陸幕長は一年半です。二年経過するというのは交代の時期なんです。陸幕長だけ、実は一年半で短かった。なぜかと言えば、その陸幕長は統幕議長になりますから、別に短くても賛成ですね。三軍が賛成したのです。陸海空の三軍のユニホームが賛成をした。その取りま…
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 空幕人事は、私が在任の一番後半です。私が一年二カ月おる、一年二カ月のうちに、後の残りの四カ月ぐらいがちょうどその時期です。その前に内定したという、その内定文書というのは私は見たことないんです。じゃだれが内定したのか、いまお読みになったのは。大臣が知らないものをだれが内定したのか、これが一つの疑問。もう一つは、陸海空の制服の人事は制服組の中で決めるべきだというのが私の思想なんです。内局がゴボウ抜きすべきではないと私は三輪君に言…
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 海原さんというのは非常にできた、才能ある方です。やや才能過ぎるところが欠点なんです。そのために防衛庁内では海原支持派、海原、反海原派という時代だったと私は思います。私はいずれにしても海原君の人事には触れませんでした。印象的には触れたいと思ったことあります。それはあなたが一番御承知の、私が防衛長官になったときは三次——三矢研究問題というのがあったのです。その後私が引き継いだ。そこで何とか人事一新をしろというのは、その当時から私…
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 選挙及び政治活動に使いました。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 私はだれにもインタビューをされたことはないのです。その毎日の方は、大体どの方かわかりますが、インタビューに来られたんじゃないのです。私に激励に来られた。そしていろいろな雑談をしただけです。名前も、多分その方だと私は思いますが……。私は一度もインタビューをしたことはありません。恐らくその方の主観がほとんどになっているのじゃないでしょうか。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 私に対する政治献金ですから、私の判断で使いました。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 いまのほかの外人の方は、残念だけれども全然記憶がないのです。ただ、いま言われますと、チータムさんが私の事務所に来たときに別な外人の人がおりました。その方は盛んにメモをとっておって一言も発言しなかった。そういう方がおりました。私はそれは秘書か何かと思ったのですが、あるいはいまのアンダリンさんか何とかだったかもしれません。その記憶はその程度です。 もう一つは、グラマンの工場をチータム氏に誘われて昼飯を食べに参りました。その趣旨は…
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 相手方がどう判断したか知りませんので、それは恐らくグラマンの方でお決めいただかないと、本当にわからないことなんです。あるのかないのか、私に意識がないのです。だから、SECの報告をお書きになったグラマンの方でお決めいただかないと、私であるかないか、それは大変私は自信がないことです。 それからいまのお話の海部、島田と一緒に会ったというのはずいぶん後です。それは島田君が通訳で来たのです、海部と一緒に。そのときはどちらかと言えばチー…
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 私がずいぶん後だと言ったのは、チータムさんがたしかグラマンをおやめになった後、こういう意味であります、たしか二年間ぐらいですから。そういう意味で、ずっと後という意味ではありません。その時間的なものはそう私は印象にない。 私も国民の皆さんに、世間をお騒がせしたことは非常に反省しております。自分の態度についてどうしようか、私はやはり国民及び有権者の意向というものに自分のことを任せるのが一番正しいのじゃなかろうか。また、こうやって…
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 検察庁の発表に任せたいと思います。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 事柄が捜査のことですから、捜査当局からお聞きしていただきたいと思います。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 高畑氏の御意向により海部、島田君を通じて四年間、数回と思います。いろいろ政治情勢もあったから、いつ、何月とはわかりません。不定期でありました。定期じゃありません、不定期でありました。金額も不定であります。不定というのは一定の金額という意味じゃありません、不定であります。順次受け取りました。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 という発表を私は仄聞しておりますが、私の真意は政治献金であります。それに、各所においてそのことは私は自信を持っております。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 四十七年以降はほとんどありません。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 気持ちの上は小林さんと私も同じです。私もそう思いたい。ただ、四十七年から内閣がかわり、政治情勢が変わり、田中内閣になりました。恐らく私に対する評価か政治の流れを見られたのか、または経済的に政治献金をする経済事情が許さなかったのか、それはわかりません。
第87回 衆議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 第6号
○松野証人 十年一昔と申しますが、十年前のことですから、その当時私も覚えておったと思います。しかし、十年間の間に衆議院選挙が四回、たしか参議院選挙が四回、地方選挙が三回。大体お互い政治家は選挙から選挙、前の選挙までは覚えておりますけれども、その前の選挙になると覚えにくいものです。その前の前となるとなお覚えにくいと私は思うのです。したがって、私の記憶では選挙、政治活動以外には申し上げるだけの記憶がございません。