木村武雄
会議録に記録された「木村武雄」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 1,765 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1972/10/11
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 宇宙4 件
- 社会保障・年金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 建設委員会99 件・99%
- 本会議1 件・1%
※ 全 1,765 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 無理なものは無理ですから、そいつは、私は、徐々に、そういう方面で事務、政治の意見の統一をはかっていきたい、そして政治を事務に納得してもらいたいという考えでありますが、ただ、沼田ダムが不可能だとすれば、ほかに幾つか集めればそれと同じようなものがつくれるんじゃないかと思うから、そういう点でもっといろいろなことを勉強してみなさい、言いかえれば代案のようなものを考えてみなさい、と、こういうように言っておりまするから、一生懸命でい…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 ありがとうございます。その点では、私、いまのことばは感謝を申し上げます。私が大臣になったときに、木村が大臣になったのは論功行賞だと、こういうふうに書いた新聞が相当あったのですが、それに対して、私自身は非常に不愉快に感じたものなのであります。ほんとうのことを言いますと、ですな。そうでありまするから、それに対しては一つの抵抗を自分は持っておったのであります。その抵抗が別な形になって発言された、と、私は、自分ではそう思っておる…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 全くごもっともでありまして、あそこに集まっておった大衆は、おじいさんやおばあさんが非常に多かったものですから、私は、ものをわかりやすく話をしてみようという考えで、非常にリラックスな気持ちで話をしたのですが、たとえそうであったとしてみても、そういうような別な印象を受け取ったとすれば、これはやはり改めなければならないと思いまして、以後はずっと改めておりまして、二級品ということばを使っておりませんし、付録なんということばも使っ…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 そういう発言をいたしまして、それがきっかけとなって、やっぱりことばというものは慎んでまいらなければならないものであるということがわかりましたから、以後慎んでまいりまして、そして、慎みながらこれからやっていきたい、こう思っております。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 そのことばは、山口さんを通しておわびを申し上げます。 私は、あのときは、こういう発言をしたつもりだったのですよ。共産党、社会党は別ですが、血を流し、人を傷つけたりする連合赤軍というものは、と、別ですが、というようなことばを私は入れたつもりでおったのであります。ところが、あとから記者諸君がおいでになりまして、そうしてそれが入っていなかった、と、こういうことだったものですから、それについては、たいへんなことだと思って、そうで…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 このことについては、おわびする以外に方法はありません。私は、何といいますか、東北生まれのものですから、舌足らずのところが、ことばの回りの悪いところが非常にあるのですよ。それから、全国なんか回って歩きまして、休みなしのときには、非常に疲れも出て、言い足りないことも非常にあるんじゃなかろうかと思っておりまして、たとえば、群馬で発言したことは、それなりに身にこたえて、そして慎んでおりますけれども、それ以外のことなんかについても…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 そういう気持ちがあったからそういうことばが出たんだろう、したがって、その考えておることを述べろとおっしゃいますけれども、全然ないのです。私は、ほんとうにないのです。それで、私としては、社会党、共産党は別として、と、こういうことばを使ったつもりでおったのですけれども、それが使われなかった、聞こえなかった、こういうことでしたから、自分がそう言ったつもりでおりましても、相手が聞こえなかったということであったら、それでは聞こえな…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 大津で警察官の前で話をいたしましてから、こういうことを言ったということで新聞記者の人が三人くらい見えて、話があったのです。そのときに、私は、社会党、共産党は別として、と、別として、ということばをおれは入れたつもりであったのだ、しかし、そっちのほうで聞かないということであったならば、そいつは取り消さしてもらいますと言っているのです。新聞記者にははっきりと、そういう、別として、ということばを言ったはずだけれども、それが言わな…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 山口委員にもお答え申し上げましたとおりに、全く舌足らずで、誤解を受けるようになりまして、全く遺憾である。おわびを申し上げます。ほんとうにおわびを申し上げる気持でおります。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 私は、謝罪する以外に道はない、こう考えまして謝罪を申し上げております。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 いまは持っておりません。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 いま与えられた職務に一生懸命、忠実に働くのが私の責任だと思っております。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 前のことなのでありますけれども、それは逆なことばを使うこともあるというわけで、何ということなしにそういうことを申し上げたのであります。ただ、そういう気持ちを持っておったのだということを私が申し上げたのであります。 それから、あとの問題は、ほんとうに考えてもみなかったことで、別として、ということばを自分は言ったつもりになっておったが、言わなかったのだ、向こうは聞こえなかったのだ、こういうことでありますから、私は、それは取り…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 ありがとうございます。いまのおことばは、ほんとうにうれしくお聞きいたしました。ありがとうございます。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 そのことについて申し上げたのでありまするが、私は、社会党、共産党は別として、ということばを入れたつもりでしゃべったのだけれども、それが聞こえなかった、入っていなかったという話でしたから、そうだとすれば、それは取り消しさしてもらいます、こういう話をしたのでありまして、新聞記者の人は言ったとおっしゃるのであります。そうでありまするから、言ったということを前提にして、別として、ということばは入れたつもりだったのだけれども、入ら…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 その真意と言われますると、しからば、どこででもその共産党、社会党ということばは使っておったのかといえば、使ってもいなかったのです。あちこち聞いてみたところが。そうですから、ことさらに私がそういうことばを使ったとすると、京都なんかでいろいろな騒ぎがあって、その騒ぎの中で、警察官と連合赤軍なんか対決しておって、そのために平和という概念が曇るといけないというような気持ちが私に一つあったんではないだろうか。そのときに、共産党、社…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 そうなると、私はわからなくなるのですよ、あなたがおっしゃることが。あのとき、三人の新聞記者の人がお見えになったと思いますが、その話は私はしたと思いますが、しかし、新聞記者の人はそういうように、社会党、共産党は騒いだり、人を傷つけたり、それから連合赤軍のほうは人を殺したり、そういうように言ったということになってまいりますると、私は、そのときの内容がほんとうにわからなくなってくるのですよ。それですから、私のものの考え方という…
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 訂正された、というと、どういうことですか。訂正された、というのは……。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 私が一番最初に警察でそういう話をしたのは、始まりは北海道だと思うのです。北海道が初めだと思うのです。
第69回 衆議院 地方行政委員会 第4号
○木村国務大臣 言っておりません。だから、ほんとうは、本心がそういう意図であったならば、私は最初からそう言いますよ。言っておりません。どこでも言っておりませんよ。どこでもそれについて指摘されなかったのですよ。滋賀県で指摘されたわけです。それですから、そういう点で、そんなことを特別に言ったとすれば、私の心の中に、京都に行くんだからと、そういうようなものの考え方があったんじゃないだろうか。それがたまたまそういうことばで出たんじゃないだろうか…