島清
会議録に記録された「島清」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 2,849 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 農林事務官(食糧庁業務第二部長)
- 直近の発言日
- 1950/04/06
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛3 件
- デジタル行政1 件
- 社会保障・年金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 農林水産委員会30 件・30%
- 外務委員会多国籍企業等国際経済に関する小委員会16 件・16%
- 厚生労働委員会12 件・12%
- 内閣委員会9 件・9%
- 青少年問題に関する特別委員会9 件・9%
- 予算委員会公聴会5 件・5%
※ 全 2,849 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 その消印の問題は聞きたいでしようけれども、消印は何と押してあつたか、それはそれを自分が見せた人も知つておりますから、これからでも、あくまでも知りたいというのでしたら、自分が持つて歩いてそのはがきを見せた人に、あのときの消印はどうだつたかを聞いて確めてもらつてもいいと思います。しかし自分としてはその消印の話が出たまでの、そういつたはがきなんですが、はつきりお答えできないのであります。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 そのはがきは——自分が拾つたというのは、自分あてに来たやつでも何でもないのですから——あれは九分所に、前におつた者の、とにかく皆引揚げて帰つてしまつたそのあとへわれわれが行つた。われわれに来たはがきはわれわれが持つて来た、あれはわれわれに来たのではない。日にちを気にしておられますが、要するにそれは前におつた人間に来て、そしてしかも便所のところで拾つたというのは、そこの所が前に帰つた者のちり捨場になつておりまして、そこの所から…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 ありません。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 将校あたりは、さしあたり軍編制のままで作業隊長をやりました。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 自分もその階級のままのもとに兵隊を持ちました。小隊長をいたしました。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 自分たちの收容所では、最初やはり直属上官とか、あるいはそういつた人にほんとうに短期間だつたですが、若干ほんとうに懇意の者がやつたという程度です。あとはとにかくタシケントの第一收容所においては、そういうことはなかつた。たちまち敬礼というのもなくなつてしまいました。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 自分たちの收容所では、将校が兵隊に敬礼を強要する、相かわらずさせるというようなことは、大体将校側の方で頭の切りかえが早かつたわけで、非常にその点ではスムースに行きました。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 初期においては、三、三の将校に対してそういつた声が若干上つて来ました。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 タシケント第一收容所では、兵隊の点呼のときにあまりにだらしがないやつ、あまりに見苦しいやつ、そういう者にはびんたをくれた例があります。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 それは自分がそういつた言葉を使うというのは、なぐられても、兵隊側の方で、これは当然なぐらるべき状態と認められる、それを言うわけであります。だから過去の軍隊当時におけるように、命令を実行せぬためになぐる、あるいは感情でもつてなぐつた例も昔はありました。そういう意味ではない。要するにそのときのびんたというのは、捕虜になつてからのびんたである。それは明らかに收容所でやつたやつをあれしても、これは兵隊の非常に不満を買つてしまつたとい…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 最初の点呼のときには階級章はみなつけておりました。週番肩章をつけました。そんなものをつけてもしようがないと言つておりましたが、私物検査のときにあれが出まして、週番のときにつけるのだというと、それはロス側の方で、それをつけておくと呼ぶのに非常に都合がよいというので、いまさらと言つても、向うが重宝がつてつけさせました。そういうわけで相当の時日週番肩章というものはつけておりました。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 たたくことに関してですか、別に許可など受けずに……。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 自分の考えを申し上げます。反軍闘争というのが、民主運動を始めるにあたつてそれから始まつて、職場闘争とか何とか言つております。しかし自分の知つている範囲では、この第一分所、最初捕虜になつた当時の收容所では、何度も言うように非常にスムースに行つていました。つまり軍刀をさげて階級章をつけてというぐあいに——軍刀はつつておりませんが、そういうことになつたならば、そしてしかもなぐられた場合は、確かにそこに反抗心も起きたでしよう。しかし…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 自分にスペイをつけた、今スパイ、スパイと言われますと、非常に陰険な気持になります。それで要するにスパイという言葉を訂正しましよう。というのは、スパイという言葉でもいいのでしようが、要するに自分が反動的な気持をまだ持つておるかどうかとか、その後反動的なことを言いふらしておるかどうかとか、そういうようなことをタッチさせる人間がおるわけなんです。それが今友だちであるだけにスパイなんというのはおかしいのです。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 見習士官、ポツダム少尉。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 任官は八月一日です。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 見習十官は終戰前の十九年十二月になつております。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 終戦のときはまだ見習士官でありました。下命は八月一日付であります。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 航空兵。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号
○小島証人 飛行機の方です。 〔「簡単明瞭にやれ」と呼ぶ者あり〕