山中貞則
会議録に記録された「山中貞則」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 10,050 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- 通商産業大臣
- 直近の発言日
- 1971/09/29
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛27 件
- 社会保障・年金14 件
- 経済安保5 件
- 宇宙5 件
- 住宅・不動産3 件
- 半導体2 件
- 労働・賃金2 件
- エネルギー1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 石炭対策特別委員会35 件・35%
- エネルギー対策特別委員会30 件・30%
- 商工委員会30 件・30%
- 税制改革に関する特別委員会4 件・4%
- 本会議1 件・1%
※ 全 10,050 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 防衛庁の土地収用法の特例というものについて御意見を述べておられることが核心だろうと思いますが、そのことについては私の見解は差し控えます。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 これは私の食言でも何でもなくて、いまそのことを一生懸命やっておりまして、もし国会にお出しをした資料の中身と最終的に、これは大蔵も含めて事前に詰めなければならぬ問題が多うございますから、それが違う場合もありますし、現在はその作業中でございまして、その意味で、国会が始まったら当然そういうようなものは出さなければならぬことは、今回の政府にゆだねる場合でも、政令の中身もなるべく書くということで作業も命じておりますから、政令も皆さ…
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 私が国会をなめているかなめていないかは各人の判断によるところでありますが、私自身は、主観的に全くそういうつもりはありません。したがって、私の手もとでいま最終的に毎晩おそくまで詰めておりますから、おおむねの見通しが立ったら、国会開会前でも国会に提出させるようにいたします。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 きょうの委員会開会中には間に合わないと思いますが、すみやかにそうさせます。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 その資料をどこらあたりまでという要求のしかたもあると思うのですが、おおむねこういう法律でございますというので、ずっと並べてお出しするくらいなら、今夜中仕事をさせればできると思いますが、そういう程度の資料でよろしゅうございますか。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 名前だけでいいということですから、単なる手続だけのようなものを除いて、なるべく数多く出させるようにいたさせます。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 ただいまの御質問は二点に分かれておりますが、要するに沖繩側の要請というものに沿うか沿わないかということについては、沿うという方向で作業中であるということを申し上げておきます。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 私は、記者会見でそのようなことを言った覚えはありませんが、そういうふうにとられた記者があるいはおられたかもしれません。これは私の関知せざるところであります。すなわち、それはいつどういう方法でやりますということを言ったら、それはできないことになるということは前から申し上げておりますので、少なくとも私が言えることは、沖繩側の要請である復帰前にも円とドルとの交換をすみやかに実施せられたい、その際には、一ドル三百六十円の基本レー…
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 これは前提条件によって話が違ってくるわけでありますが、沖繩側の要望しておられる条件、復帰前に切りかえて三百六十円で行なえということが実現をすれば、そのことはもう要らなくなるわけですね。そのお金は要らなくなるわけでありますが、しかし、それがいつになるかということが言えないとすれば、じゃあその金で足りるかということになりますから、それは明らかに足りなくなるだろうと思います。現地で琉球政府の首脳部、議会等ともお会いをしまして、…
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 先ほど國場君に答弁いたしましたが、基本的な公共施設、すなわちダムとか海底送水管とかあるいは伏流水のくみ上げとかいうようなもの等については、補正予算でことしじゅうにも着工できるようにして、来年心配ないようにしたいということを申しましたけれども、その他のいわゆる災害復旧に対する緊急に必要な支出については、これは補正を待つまでもなく、別途足らなければ、本土の一般会計の予備費等の使用等を念頭におきながら、十分に琉球政府と打ち合わ…
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 新規の水資源の開拓その他も含めて、これは基本的には、ダムとか基本送水管は本土政府の全額負担でありますけれども、一切の管理あるいは運用の権限が琉球政府に移るということであります。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 現在米軍の管理下にあります公社以外の水道施設については、返還協定の取りきめの中で、水道にかかる部門はポンプ場等も含めて、全部水道公社に復帰前に移管をされておりますので、したがって、復帰いたしますときには、沖繩における全水道関係施設は水道公社に一元化されておりますから、それをそのまま琉球政府が受け取って全部の権限を執行いたしますから、そこで軍のほうへ別に残るというようなことはあり得ないことであります。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 そのとおりでございます。したがって、提供施設としてAリストに載っておる地域の中にある軍の水道施設であっても、その場合においては、やはりポンプその他の名称をその基地の中で移管する旨が明記されておりますので、水道施設に関する限り、提供される基地内にたとえ残ったとしても、それは沖繩県営水道の中に完全に管理、運営は一元化されるということにおいて変わりはございません。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 資料の提出は、委員長の御命令であればそういたします。 ただいま読み上げました代表的な個所をあげながらのものは、全部今回米側が所管しておりましたものを復帰前に公社のほうへ移管する個所でございますから、したがってそれは全部含まれるということでございます。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 私の感想ということになれば、わざわざ復帰前にそんなことをしなくてもいいじゃないかと思います。ただ、経理状況その他を見れば、計算上は料金値上げにまたざるを得ない範囲もあるように見えますけれども、しかし政治的に考えれば、何をいまこの段階になってそういうことをしなければならぬのかという気は私の感想としてはあります。他面、したがって、水道料金を増徴される関係の市町村は、不払いをするということを申し合わせておられるようでありますか…
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 これは御心配されてはいけないから、復帰対策要綱にそのとおり書いてございますから、間違いなく、働いておる人々が移管されたことによって職を失うとか、失職するとかいうようなことは絶対にありませんし、電力供給のための新しい特殊法人についても同じことを言っておるわけであります。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 これは、布令第百十六号第十三条に基づく、ストライキ権を禁止されておる職場につとめておる方々、これは米側から見れば、一、二種雇用と同じ仕事の内容を持っているものと解釈して、そのような措置をとっておるのでありましょうから、そこに限界を引くという点では、琉球政府側とも意見が一致いたしておりますので、それらの人々を、復帰の時点において、これまでもらわれた退職金は差し引くという条件は両方で合意しておりますし、その条件のもとに一九五…
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 事柄が国の基本的な問題でございますから、私の立場で、いまここで私自身の考え方を述べることは差し控えたいと思います。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 防衛庁に聞いていただきます。
第66回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会公聴会 第5号
○山中国務大臣 本土においては、かつて沖繩がまだ戦火に巻き込まれる前、第二次大戦の最中に入っていたかと思いますが、昭和十七年ごろに沖繩振興法というものをかつての日本がつくったことがあります。それが事業計画が実施に移されないで大戦に突入して、全土焦土と化して、多くの無事の住民の方が巻き添えになられた。そしてサンフランシスコ講和条約において、なお沖繩のみが残されて、翌年に奄美が復帰したといえども、今日まで日本本土と一緒の生活ができなかった。…