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自由党衆議院
総発言数
1,332 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1949/07/15

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会69 件・69%
  • 法務委員会公聴会30 件・30%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 1,332 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,332 件中 20 件を表示
民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 あなたはそこから外出することもできなかつたわけですか。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 つまり一種の監禁されたような状態にあつたわけですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 それから歌を歌つたというのはどういう歌ですか。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 それは一種の樂しいようなリズムか、あるいは非常に圧迫するようなリズムか。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 あなたのほかに助役もおつた、その助役の人がどつかへ行つてしまつて見えなくなつたというのはどういうわけですか。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 拉致されたわけじやないのですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 中島君というのはただ二人だけを紹介したが、あとからあなたの方の許可を得ずしてどやどや入つて來たわけですね、その室に……。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 そうすると、中島はなにか特定の政党にも属している人ですか。共産党でもあるのですか。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 その部外者の人たちに対して、中島という車掌は、区長が先頭に立たなければこれはどうも解決しないのだ、区長から旧交番制をとるようにしなければならぬというようなことを言つたのですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 その場合に大いに喝采したのですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 これを忌憚なく言えば、外部者が非常に煽動し、あるいはあおつて氣勢を揚げてあなたを圧迫したということは事実なんですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 あなたが十六時三十分ごろまで、ともかく命令であるからと言つてがんばつた。これを最後にやむを得ず旧交番制でやろうというのは、先ほどの同僚の質問に対して答えがありましたが、疲労困憊した。そのほかにまた恐怖感に襲われて、いわゆる脅迫されて、自分の意志に反してやむを得ずそういうことを言つたのですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 それから生命に危害を加えられるおそれがあつたのですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 そうすると外部の人はどういうことを……(「誘導じやないか」と呼ぶ者あり)

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 部外者というのはおもに共産党員ですか。朝鮮連盟という人は何名ぐらいいましたか。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 おもにあまり直接関係のない人が……。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 もしそういうような外來者が來なければ、旧交番制度が新交番制度に穏便に解決したはずですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 そういう外部の煽動者が來たためにいろいろな問題がこんがらかつて、そうして遂にストにまで行くような状態になつたわけですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 そうして自由意志で発言するような人も、彈圧のために自分のほんとうの意思を発表できず、やむを得ず新交番制をやめなければならないということになつたのも確かですね。

民主自由党1949/07/15

第5回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○安部委員 六月の六日ですか、あなたがちようど休んでおられたときに大会があつたのですね。そうして百十三対二十七でもつて、旧交番制でやろうということが決議されたのですね。そのときなんですが、自由意思でもつてみんなそういうふうに決議したのですか。もしくは外部の圧迫が激しいためにそういうふうな決議になつたのですか。