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民主社会党参議院
総発言数
4,926
直近の所属会派
民主社会党
直近の役職
直近の発言日
1949/05/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会50 件・50%
  • 大蔵委員会45 件・45%
  • 本会議5 件・5%

※ 全 4,926 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,926 20 を表示
日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 そうするとこうした俸給を貰うということは收容者でなくして、逆に要するに向うの役人としての待遇を受けておつたと、こういうふうに考えてよろしいですか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 最後はあなたは昨日の証言で青行隊の発会式云々と、こう申されておりますが、この青行隊に入る基準、思想の点は勿論でありましようが、年齢とか、その他そうした制限がありますか、又あなたの收容所において発会式と言いますから、恐らく数名以上あつたと思うのですが、何人ぐらいそれに該当する人がおりましたか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 何人ぐらいおりましたか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 それからこれは極く簡單なことですが、第四收容所、これは普通今まで各証人がお話になりましたのは第一、第二、第三とこう段階を踏みまして第三收容所から帰つて來る。事実は第四收容所がある。この第四收容所というのは第一收容所と同じような役割で、この第四收容所を出て今度第二、第三と、こういうふうに行くというふうに理解していいですか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 阿部証人は結構でございます。次は増渕証人に伺います。まず質問の第一点は、生産闘爭、この中には突撃隊とかいろいろあろうと思います。青行隊、ナホトカにおいての青行隊は別でありますけれども、他の收容所ではこの青行隊が率先してこの生産闘爭をやつた、こういうような例もあろうかと存じますので、これらを含めて生産闘爭の実例についてあなたが目で見られた点はどういう例があつたか、その点を伺います。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 分りました。質問の第二、あなたはホルモリン地区から引揚げて参りまして、十月二十三日より信陽丸に乘りました丸山政治、野見山雄治、石垣鑄見、志賀芳夫、椎野計重、酒井俊雄、藪中信、これらの人達を知つておられますかどうか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 それではこれらの人達が舞鶴上陸に際しまして、いわゆる過去の民主グループの覇絆と申しまするか、そういうことを清算したという事実を御存じでありますか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 質問の第三、あなたはマルシャンスクにおられまして、先程の証言の中に、反フアシスト委員会の点にも触れましたが、この結成は先程証言された生産闘爭と結びついての結成でありますか、又阿部証人が言われました政治教育の指導によつて、できたのでありますか。その構成がどういうことになつておつたか、お知らせ願いたいと思います。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 さつきのはマルシャンスクでありますか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 分りました。こちらでも調べてあるの、その確認をするためにお聽きしておるのでありますから、結構であります。質問の第四、反米宣傳ということがたびたび言われておりますが、その反米宣傳というものは、実際には一体どういうことなんですか。つまり壁新聞に書くという程度のものでありますか。 〔理事草葉隆圓君退席、理事岡元義人君委員長席に著く〕

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 質問の第五は、民主グループとソ連当局との関係でありますが、これは沢山ございますので外の証人にも聞く点がありますので、あなたにお聞きする点は次の二点でありまして、民主グループの結成をソ連側から要求、勧告された、或はこれを許可をされた、こういう事実があるかということと、その指導幹部の選挙を要求、或は指名をされた、こういう事実があるか、これだけお聞きします。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 その選挙は誰々というふうに指名をされたという事実を御存じですか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 その指名がAならAという候補者を出して、これに対するイエスかノーかというやり方の選挙をやりましたか。こういうことを聞いております。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 質問の第六は、私がこれから機構を申上げますので、若し違つておりましたら、その違つておる点だけ御指摘願いたいと存じます。 ナホトカにおきまして組織部と指導部、こういう二つのものによつて民主グループが構成された。但しその組織部というのは当初は指導部と言つておつた。それから管理部の方は最初は民主グループと何ら関係なしに、無関係で作られておつて、この仕事はいわゆる旅館勤務、宿屋の泊り場所の世話をするとか、衣服の世話をするものである…

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 つまり管理部と組織部は並列であつたけれども、段々管理部は結局組織部の指導下に置かれるようになつた、こういうわけでありますか。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 尚これについての細かい点をここにおられます証人の中、どなたが一番よく知つておられますか、あなたは御存じですか。私はあなたが一番詳しいものと思つて実はお聞きしたのですが、今お聞きした項目についてあなたは、例えば名前はどういうふうになつたか分らんとかいうわけで、それ以上にあなた以上に知つておられる人があれば、お聞きしておいてあとで聞きたいと思います。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 質問の最後は昭和二十三年の一月に、モスクワからナホトカの收容所を檢閲に参りまして、そこでそこに行なわれておりますいわゆる民主運動、天皇制の問題につきましても、一言であえばあくどいビラを貼つてある。又階級章を、実はスーチャンなんかでは着けても一向差支えなかつたものが、着けていけない、こういうようなことを、いわばやり過ぎておつたということを指摘されて、当時の民主運動の幹部が替えられた、こういうことを本員は聞及んでおるのでござい…

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 委員長、大変長い時間を委員長の許しを頂きまして申訳ありませんでしたが、実はまだ細川、中村証人にまだ五点質問いたしたいと思いますが、時間が遅れましたので午後に又一應お聞きします。

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 どこへ移轉したという地名、場所を……

日本社会党1949/05/12

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○天田勝正君 何ですか……