伊藤茂
会議録に記録された「伊藤茂」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 3,085 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 国土交通省海事局長
- 直近の発言日
- 1950/03/10
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 住宅・不動産14 件
- 防衛6 件
- 半導体3 件
- 社会保障・年金3 件
- 労働・賃金2 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 国土交通委員会35 件・35%
- 外交防衛委員会20 件・20%
- 海賊行為への対処並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会9 件・9%
- 東日本大震災復興特別委員会7 件・7%
- 経済産業委員会7 件・7%
- 外務委員会6 件・6%
※ 全 3,085 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 二十二年三月末かと思います。それまで足かけ三年勤めたかと思います。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 とにかく終戰前は、喜連川の笹沼さんといいますと、羽振りのきいた家でございます。これは喜連川の人はみな知つております。それでは結局、そこへ勤めておれば肩身が広いような気がするのです。それだけ終戦以前までは勢力があつたわけです。それが終戦となると同時に、だんだん町の信用がなくなつて参りまして、小さな三つ子までも一口にやみ清とか、こういうふうに言われるようになつてしまつたのです。私としても、どうもその中里一次さんの牛舎の火災事件な…
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 別にタバコの方は動機になりませんでした。タバコの方ももつぱら評判になりましたから、それでタバコも笹沼清一がやつたんじやないか、こういう頭も持ちましたし、それから牛舎の放火事件それも笹沼清一さんがやつたというようなもつぱらの評判でありました。それじや清一がやつたんではないか、こういう頭を持ちました、
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 そういう気持になりましたものですから、よしました。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 私、記憶いたしておりません。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 そうですな、倉庫は三棟か四棟ございましようか。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 当時はありませんでした。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 正門です。入口にございます。現在もございます。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 さようでございます。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 私が持つて来るときには、別にとがめませんでした。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 それは確かにとがめませんでした。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 そのところは私わかりません。当時は別に今日のタバコ盗難事件というような問題が起きるとは毛頭だに思つておりませんでしたから、気やすい気持で、言いつけ通り四、五俵積んで、ガラガラやつて来ちやつたようなわけで、別に管理人もとがめませんでした。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 一人で四、五俵かと思います。それが澁江さんが持つて来たのが前か、あるいは私個人でやつたのがあとか、その点よく記憶、ありませんが……。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 私個人でやりましたのが四俵……。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 三俵かと思います。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 そういうことになります。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 さようでございます。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 はあ。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 それが、澁江君から言われるまで私気がつかないでいましたものですから、はつきりいたしません。かすかながら、それじや運んだのかなあ、こういう程度でございます。
第7回 衆議院 法務委員会 第14号
○伊藤證人 私の場合は、先ほど申しました通り、和久という常人夫が現場におりまして、その方が見てくれまして、持つて来ました。澁江さんと持つて来た際は、よく記憶がありません。もちろん常夫の方が見てくれたかと思うのです。