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民社党衆議院
総発言数
2,471
直近の所属会派
民社党
直近の役職
直近の発言日
1959/02/13

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 交通安全対策特別委員会99 件・99%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,471 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,471 20 を表示
日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 これは重大な問題でして、向うの下院の決議案などを見ると、やはり日本側支払者という言葉が使われておるのです。日本側の支払者ということになると、商談をした商社ではなしに、これを支払った日本政府ということになるわけでして、日本とフィリピンとの間にそれらの委員会が設けられたということは、近来まれに見る大へんな問題だと思うのです。そこで私は日本とフィリピンとの関係について、賠償の問題に入る前に、日本とフィリピンとの鉄鉱石を中心とする非…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 賠償問題と関係のあるなしではなしに、これに対して百八十万ドル輸出入銀行がいつ貸し出して、そうしてその返済状況はどうなっておるかということを聞いておるのです。

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 木下商店に貸し出したその百八十万ドルの内訳は、フィリピンの会社との契約書を見ると、百六万五千ドルが、これが機械、資材の日本から向うへ送る資金として円為替で渡してあります。それから二十五万ドルは、フリー・ドルを必要として、この現金を米国へ送り、米国で機械を購入してフィリピンの会社に送るということになっております。残りの四十八万五千ドル、これはフィリピンへ現金を送金するということになっております。そこで輸出入銀行から貸し出された…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 これはあとで非常に複雑怪奇なこの問題を解明して参りますが、この二十五万ドルの金がアメリカに送られてはおらぬのです。私は輸出入銀行はまことに監督不行き届きと言わなくちゃならぬと思います。とにかく木下商店のやることならば、あるいは鉄鋼三社がやることならばどんな無理でも通っておるという一つの事実を、この委員会を通じて提供をしたいと思うからこれを聞いておるのです。四十八万五千ドルをフィリピンに現金送金するということになっておるが、こ…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 そこでこのフィリピンの会社と契約をいたしました明細書を見ると、可能な限り安くララップの鉱石を日本に入れるためにこの借款をやっておるわけです。そこで機械の方なんですが、約百六万ドルの機械が、それでは一体フィリピンに、その後契約の通り行っておるのかどうか、少くとも四億円からの金を貸し出して、それで作った機械が、一体フィリピンに行っておるのかどうか。私実は大蔵省の方の資料を調査しましたが、あなた方の方で作った各メーカーの機械の調べ…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 これは五年か六年の契約で、契約してから、もう三十、三十一、三十二、三十三、三十四、五年もたっておって、その機械がいまだに向うに行っておらぬとすれば、輸出入銀行が国の金を木下商店に貸し付けて、これがアメリカにも送られておらぬ。これはアメリカへ送るという約束で貸したのだが、送られておらぬ。四十八万ドル、フィリピンに送るという約束で貸したのだが、これも送られておらぬ。しかもプラント輸出でフィリピンに送られるべきそのプラントもフィリ…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 為替局長、あなたはそう言うけれども、大蔵省はこの木下商店とPIMの関係書類については、局長以外の人にさわらせないようにして直しているじゃないですか。しかも、これは私が特前のルートで手に入れたあなたの方の資料だけれども、それによると価格と注文日と出荷の日があって、製造メーカーの名前もちゃんと載っているじゃないか。どうしてあなたはそれが答弁できないのですか。しかもこの名前の載っている製造メーカーに一々当って私は調べたのですよ。機…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 それじゃ休憩して……(「答弁にならないじゃないか」「休憩しなさい」と呼びその他発言する者あり)それでは私質問を続けますから、そう無理は言わぬから、その間に資料を調べて一つ答弁してもらいたい。

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 それでは、今の百八十万ドルについては、私はこんなでたらめなのはないと思うのです。これはどうせこれらの製鉄所の人々と……。 〔発言する者多し〕

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 木下社長は約束を履行しておらないし、輸出入銀行は非常にこれはずさんです。これは重大な問題で、こういうものがしまいに今度フィリピンの支払い能力がなくなると、これが賠償に組み込まれて、それで焦げつき債権として賠償にまた入ってくる。こういうケースが多いから、これは賠償に関係ないどころの騒ぎじゃない、大へんな関係があるのです。 そこで高碕さんに私は伺うが、このフィリピンの鉱石は日本の木下商店がほとんど独占しておるのです。そしてフィリ…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 あなたはそう言うけれども、私はフィリピンの商務参事官から日本側に対して、そうPIMだけを相手にしないで、フィリピンの中小企業育成のためにも、ほかの中小の山から買ってもらいたい、どうしてPIMばかり買うのかという向うから照会状が来ている。これに対する日本側の返事を見ると、イット・イズ・アワ・プリンシプルと書いてある。これはわれわれの取りきめである。このフィリピンの会社で、近所で五ドルくらいで安くできるのをみんなかき集めて、そう…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 他の業者からも買ったということは、国会答弁用に事務局が作ったもので、実績はないのです。フィリピンはPIMだけを中心にほとんどこれから買い上げておるのです。私はなぜこのララップの問題をこうしつこく聞くかというと、大体岸さんは戦時中軍需省の統制の実権を握っておったときに、木下さんは第二次製品統制会の理事長です。永野さんは鉄鋼統制会の、これも役員です。稲山さんもこれまた当時の岸さんと官財相握ってやった、早く言うならば、これは昔から…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 私は少くともこういうフィリピンと日本との鉄鉱石の取引、これを取り扱っておる木下商店の急激な膨張、そして木下商店と鉄鋼三社との関係、今日インドネシア賠償の背景にもあるいはフィリピン賠償の背景にも、とにかく木下商店が出てくる。これからそれらの問題については具体的な話をお伺いしますが、しかもアメリカに送るといって約束しておいた金もアメリカに送っておらない。輸出入銀行は何も言わない。フィリピンに送るという金もフィリピンに送っておらな…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 それではもう一問だけ質問をして、その間に答弁ができなければこれは仕方がないのですが、永野重雄氏は木下さんとは前からの親友ですよ。その永野さんのお兄さんが今運輸大臣でいらっしゃる永野護さん、あなたです。あなたは、この間志免炭鉱のことで何か社会党にどうとかこうとかいうことがあったが、社会党のだれが言ったかちょっと聞きたいですが、あなた今度のインドネシヤ賠償についても船舶十隻のうち九隻を木下にやって非常な疑惑を生んでいる。それから…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 私はその田村久史という運転手を調べてみたが、これは残業料を込めて月給三万九千円、この人が昭和二十六年から今日まであなたに奉仕したその労力、それから自動車を木下が買ってあなたに提供しておる金銭、あなたの家のそばに車庫があって、その車があなたのところの人を乗せて歩いているところを現に確認をして、しっかりと見てきたんですから、あなたはそう言うけれども、あなたが担当の大臣として賠償その他をやっておきながら、しかも自分は木下商店提供の…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 だから言っているじゃないですか。さっきからのララップの問題だって岸さんの問題だって長い間の友だちですよ。それは長い間の友だちの間でどういうことがあったか、金銭の授受なんということは、一介の代議士が自分の力で調べろといったって、検察が国家の予算を何億使ってもわからぬものが、なおわからぬでしょう。わからぬでしょうが、一例を氷山の一角としてあげればかくのことしですよ。運輸大臣、あなたは何ですか、逃避的なその責任感のない答弁。永野さ…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 永野護氏の家は、鉢山町四十五番地、運転手さんの家は鉢山町四十六番地ですからね。これはたまたま私はそばにと言うのじゃないのですよ。そういうあなたの心境で、何をやろうと勝手次第ということではもう何おか言わんやです。 永野さんは、岸さんがフィリピンへ行かれた一九五七年の第二次東南アジア訪問で、岸さんが濠州からマニラに立ち寄ったのですが、そのときあなたはまだ民間ではあったが、ライオンズ・クラブの団長として東京から行かれている。そのと…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 十二月十三日からライオンズ・クラブの会議は始まったのに、あなたは岸さんと一緒に、ライオンズ・クラブの会合に出ないで帰っているじゃないですか。あとで湯川大使が諸外国から非常に抗議を受けて、その収拾に困っているのに、あなたの言うことと違っているじゃないですか。一体どういうことですか。

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 私はあなたの身辺を出入国の登録の記録で全部調べてみたが、およそライオンズ・クラブの十三日からの総会には出ないで、あとで湯川さんが困っているフィリピンの情勢も詳しく私は手紙をやって調べております。とにかくさっきの自動車といい、こういう問題といい、私はもう少し今の内閣の施政というものは十分締めてやってもらわなければいかぬと思う。私は、永野さんの身辺にからんでいる今の自動車の話一つにしても、これはけしからぬ問題です。 これからイン…

日本社会党1959/02/13

31衆議院 予算委員会 第10号

○今澄委員 もうそれは最初私がここでずっと並べて言った通りなんで、問題のアメリカに送金した金がいつ送られているか、フィリピンに送ったのがいつか。これはそういうことを条件に借りているのですから、これはあなたが調べてわからぬということはないでしょう。どうしてもそういうやつも一つ調べて報告してもらいたい。これを聞いているのです。