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日本社会党北星学園大学経済学部助教授衆議院参議院
総発言数
5,368 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
北星学園大学経済学部助教授
直近の発言日
1952/12/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会34 件・34%
  • 外務委員会18 件・18%
  • 議院運営委員会国会審議テレビ中継に関する小委員会12 件・12%
  • 総務委員会11 件・11%
  • 災害対策特別委員会9 件・9%
  • 内閣委員会6 件・6%

※ 全 5,368 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,368 件中 20 件を表示
元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 西洋館と日本間のところは、幅は狭いのですから。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 そうです。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 茅ケ崎といつたつて、あそこのところも何もわかりませんです。それというのは、とにかく来てくれというので、自動車に乗つて、どんなところだかわからないので、それじや一ぺん見学に連れて行つてもらおうというわけで、ボイラーもたかなければならないし、とにかく人はいないのだから、女も使わないから、それで何もかにもやつてもらわなければいかぬというわけで、まあできるかできないか、年もとつているから、めんどうな仕事はやらせないから来てみてくれと…

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 行先はわからないのです。どこだろうと言つたら、横須賀の近所だろう。それじやあ横須賀の近所なら行つてみようという気があつて、車で送つてもらつたわけです。どこまで行つても——横須賀というところは汽車では通つたけれども、自動車道はちつとも知らないから、こういうところかなあ、ああいうところかなあと思つて見て来たが、とんでもない、方角が違うと思つたら、江の島が見えました。江の島が見えたから、これはとんでもないところじやないか、横須賀と…

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 一度目に行くときと二度目とは違いますから……。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 初めは将校に連れて行かれました。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 藤本といいますがね。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 二世です。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 二回目はブロビオとばかり言つておりますが、どういう名前ですかね。私たちはブロビオブロビオと呼んでおりましたがね。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 そうです。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 それが連れて行つて、荷物をおろしてちよつとたつたら、もうぼくは帰るからあとは頼むよと言つた。いや、じようだんじやない。食事も何にもないのですから、これじやいけない、だめだよ、どうすればいいのだよと言つたら、いや、そこらをあけたらカン詰があるから、あけて食べていると言つてさつと行つちやつた。そうしたところが、知らない土方みたいな職人で、井戸がえしている男が三、四人いて、あとは自分一人です。これじやしようがない。しかし腹もこしら…

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 川田というのです。それが来て、とてもお腹がすいてこうこうというわけで、ハンを買つて来た、パンを食べないかと言つたら、いいよいいよ、ぼくは食べているからいいや、もう二人ならば大丈夫、さびしくないというので、その日一晩とまつて、その次の日になつたら山田さんが来たのです。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 そうです。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 茅ヶ崎には七月二十日までおりました。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 ええ、私はもうボーイの方もコックの方も、何にもかも手を出してやつておりましたのですからね。それで朝の食事をしまして、皿を洗つているうちに、東京から光田かだれかが帰つて来ておつた。それで外にいて、三人でもつてペシャペシャ話し込んでいた。食器を洗いながら見ましたが、何をしやべつているのかなと思つていたら、三人ともどつと中に上つて来て、川田が、おい、齋藤帰ろうよというので、食器はまだ半分洗いかけていたから、何だ、どうしたのかといつ…

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 そうです。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 兵隊ですか。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 使用人は私一人。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 山田さんは大月八日か十日ごろ……。

元岩崎別邸使用人1952/12/10

第15回 衆議院 法務委員会 第10号

○齋藤証人 そうです。それから山田さんが帰つてかう、河村という本郷ハウスにいたときにボーイをしていた男がおりました。それをちよつとでいいから、一週間か二週間でいいからといつて、連れて来てもらつたのですが、それが二週間だかいたわけです。