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全日本空輸株式会社社長衆議院
総発言数
1,414 件
直近の所属会派
—
直近の役職
全日本空輸株式会社社長
直近の発言日
1976/03/01

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会100 件・100%

※ 全 1,414 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,414 件中 20 件を表示
全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 お答え申し上げます。 去る十六日の当院における予算委員会における証言終了後、運輸省におきまして記者会見をいたしました。 その際に出た問題の一つは、DC10についての予約があったのではないかという記者団の質問でございます。これにつきましては、当日は私はもちろん、副社長であります渡辺君も同様に、そういう事実は全くありませんということを当院におきまして証言いたしました。しかし、当時記者会見の席上で、そういう問題、あなた方はそう言う…

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 先日の証言でも申し上げましたとおり、私は昭和四十五年の二月に全日空の新機種選定準備委員会の調査団長としてアメリカへ参りました。この前も申し上げましたとおり、準備委員会は四十五年一月に結成されておるわけでございますが、二月に担当者十数名をもってアメリカへ参りまして、ボーイング社、それからダグラス社、ロッキード社、三社を回ったわけでございます。そうしまして、二月の末に帰ってまいりまして、三月にはその資料を整理しておりました。これ…

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 最初、昭和四十七年四月から導入したいということを一応両社で相談いたしておったことは事実でございます。その後、先日の証言でも申し上げましたとおり、昭和四十五年の万博終了後の輸送需要が急激に低下してまいりました。万博の輸送需要を賄うために、昭和四十五年度には全日空としては十五機のボーイングを導入しているわけでございますが、万博の輸送が終わりますと、そのロードファクターが非常に下がってまいりました。同時に、その年から就航しましたボ…

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 大庭さんからDC10に関する話、引き継ぎというものは一切ございません。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 先ほども申し上げましたとおり、昭和四十五年二月に調査団がアメリカへ参りまして、今後設計されるべき飛行機についてダグラス、ロッキード両社について詳細な調査をいたしました。ジャンボにつきましてはすでにできておりましたので、その具体的な調査をいたしております。したがいまして、帰りましてその資料を調製しておる段階でございまして、しかも先ほど申しましたようにまだ設計段階でございます。そういうものについてオプションをするとかしないとかと…

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 そういうことを聞いた事実は全くございません。 大変恐縮でございますけれども、一言説明さしていただきますれば、私あるいは他のだれか、社内のだれかが聞いておればその実態はわかったわけでございます。先ほど先生もおっしゃいましたように、必ずしも法律的な義務の出るものじゃないというお話でもございますし、われわれも、先ほども申しましたように、DC10というものは初めから候補機の除外して考えるというようなことは毛頭考えておりません。したが…

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 大庭さんから引き継ぎを受けたことは全くございませんけれども、三井物産の方あるいはダグラスの方から、とにかく全日空の飛行機を注文していただければこういう時期にできますとかというようなことを聞かされたわけでございます。そういう点について、これはおかしいということで、一体何が行われたのか、何かあったら出していただきたい、私たちはこれから真剣に選定作業にかかるわけでございますが、その場合にそういう事実を明らかにして選定いたしませんと…

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 内部的にそれぞれの部局によりまして部局の会議がございまして、社内的には常務会という常設的な、週一回必ずそこへすべての問題をかけるという機関がございます。それから、それで決まったものにつきまして月一回——先ほどの常務会、週一回でございます。それから月一回の取締役会がございます。それに必ずすべての問題をかけておるというのが現状でございます。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 それは議事は全部残っております。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 そういうことは一回もございません。大庭さん在任中にはまだDC10はでき上がっておりません。設計段階でございますので、そういう話があるということは考えられませんし、現実に私たちはそういうことを聞いたことは一度もございません。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 私の記憶でございます。しかし常務会の記録を検討した上で、あるいは提出して御検討いただけるということでございますれば、それはすぐわかるわけでございます。決してそういうことが議題になったということはございません。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 外部的に見れば、代表権を持った社長でございますから、そういうことは私は決してできないことではないというふうに考えております。ただ、常識的に新しい機種の選定というのは会社の命運を左右する問題でございますから、大きな組織の中で十分検討した上で結論が出されるべきものであって、軽々しくその製造番号を押さえるというようなことをやるべき問題では私はなかったろうというふうに考えております。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 そのような事情は全くございません。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 そういう問題が常務会で議論されたことは一度もございません。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 そのとおりでございます。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 試験飛行その他は別といたしまして、アメリカ政府の型式証明というものを得られたのは四十六年の七月ごろではないかというふうに考えております。その型式証明をとって初めて外国へ売却できるわけでございます。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 恐らく最初の実験的な飛行、これは四十五年の暮れに初めてダグラスの場合はできたんじゃないだろうか。ロッキードはそれから二、三カ月おくれてできておるだろうと思います。したがいまして、四十五年の秋までは、先ほど申し上げましたように、ボーイング747だけが候補機種の中では飛んでおったということであろうかと思います。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 大庭前社長からそういう引き継ぎを受けた事実は一切ございません。

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 先ほど申しましたように、二月にアメリカへ参りまして二月末に帰ってまいりまして、三月いっぱいは資料の整理を各担当員がやっておりまして、四月からその具体的な報告が始まったわけでございます。したがいまして、その段階におきましてどの機種がいいというような断定ができるものでは決してございません。私と大庭さんの証言が違うというお話でございますが、私たちには、常識的にそういうことがあり得るということは考えられないということで、現実にまた一…

全日本空輸株式会社社長1976/03/01

第77回 衆議院 予算委員会 第20号

○若狭証人 機種選定に入ったばかりの段階でございますので、そういう結論を社長が持っているとは夢にも考えておりませんでした。