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日本共産党参議院
総発言数
930 件
直近の所属会派
日本共産党
直近の役職
—
直近の発言日
1949/05/06

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 在外同胞引揚問題に関する特別委員会50 件・50%
  • 建設委員会27 件・27%
  • 本会議16 件・16%
  • 水産・外務連合委員会7 件・7%

※ 全 930 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

930 件中 20 件を表示
日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 それは再々やりましたか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 それではノルマ遂行について、あなた方の隊ではひどく無理してやつて健康を害ねたということはなかつたのですか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 若しノルマその他について兵隊が困る場合には、あなた方は泣寢入しておられたのか、或いはそれを堂々と向うへねじ込んで行かれたのか、どつちなんです。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 そうして向うが理不盡に押えるということはやりましたか。道理のあることは承知しましたか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 すると道理のあることは、どんどん押せば幾らでも押して行けるわけですね。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 場合もあるし、いい場合もあるというわけですか。そこで長くなりますが、最後に一つ、あとでお伺いする機会もありますが、病人が沢山出た方ですか、出ない方ですか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 どういうわけで出ましたか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 併し蒙古人は野菜を食わずにやつておるわけですが、食物についてその土地に合うようなことは工夫しなかつたためですか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 病人が出たということは野菜の不足が大きいのですか、労働の過重から來ておりますか、どちらですか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 更にその場合に外科的な傷害で、傷害で病院に入つた者が多いか、或いは内科のことで入つた者が多いか……

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 つまり栄養失調なり、何かそういうことですか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 今委員長の言われた中に、四口五郎と言われたのは四國五郎です。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 永井証人にお伺いいたしたいと思いますが……、委員長、あの一問一答で高橋、小林証人にまで及びたいのですが……

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 永井証人は吉村隊でも年長者であり、先程の証言の中でも重んぜられておられたという方であるが、吉村隊の残虐なやり方というものは目に余る程のものでありますが、あなたはその場合將校室におられて、何故この池田隊長に御意見なさらなかつたか。それから又いろいろの事件について、余り知つておられんようなお言葉でありますが、それがちよつと解しかねるのでありますが、どういうわけでこういう残虐なることを前にして何も言われなかつたかということをお伺…

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 それにいたしましても、周囲に起つた出來事というものは大変なことでしよう。そのえらい事件に対して、あなたは年長者でもあり、何回にも亘つて、一回は駄目でも二回、三回と押して行くことはできなかつたわけですか。それともそういうことをやつたのでは身が危いと思われたのですか、どうなんです。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 何故絶交状態になられたわけですか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 敬遠したにしましても……

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 併し何でしよう。人情から言うても、正義感から言うても、どうも堪えられた状態であつたことは、過日の証言ではつきりしておるのでありますが、あなたが、そういう場合にも拘わらず辛棒なさつたということについては、身でも危なかつたのでありますか。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 いや、それならばそれでよろしうございます。

日本共産党1949/05/06

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○細川嘉六君 大きいつもりですが……。それからあなたは先程からの質問に対して、大抵はお分りだろうと思うことが、見なかつたとか、聞かなかつたとか言われるので、委員長も先程注意なさつたことですが、私等にもどうも解しかねるのですがね。隊員としてばかりでなしに、將校室におつて、どつちかというと、他の者よりも隊長及びその身辺とは親しくして生活されたらしいですがね。尤も記憶が、その当時の記憶が薄らいだと言われるならば別ですけれども、見たり、聞いたり…