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参議院の会参議院
総発言数
5,067 件
直近の所属会派
参議院の会
直近の役職
—
直近の発言日
1985/05/23

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 対フィリピン経済援助に関する調査特別委員会62 件・62%
  • 外務委員会26 件・26%
  • 予算委員会12 件・12%

※ 全 5,067 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,067 件中 20 件を表示
参議院の会1985/05/23

第102回 参議院 外務委員会 第13号

○秦豊君 田邊社会党書記長がピョンヤン滞在中、きのうの会談で、午後だと言われていますが、北朝鮮側の要人にただしたところ、ただしたということは、シリアは経由地にすぎないんだ、目的地はお国なんだという観測もあるんだがそれについてはどうでしょうねと、こうさらっと聞いたら、政府都内で検討してお答えすると。いきなりにべもなく切って捨てないで政府部内で検討して社会党にお答えする、こういうことを言っておりますので、それはもちろんわかりません。当面はダ…

参議院の会1985/05/23

第102回 参議院 外務委員会 第13号

○秦豊君 安倍外務大臣、これまだ私もよく勉強する必要があるんですけれども、日本外交ないし日本の行政の選択としまして技術協力は二〇%ラテンアメリカにやっているわけですが、ODAが八・三から九・二、三、一〇%内外ですね。そうすると、行政選択として私は国費を支出する金額は三億七千百万円、そう大きくないじゃないか、日ソ漁業の問題に比べたらこれは小さいじゃないかという印象は否めないんですよ。だけれども、行政選択としてより賢いまた誠実な対応としても…

参議院の会1985/05/23

第102回 参議院 外務委員会 第13号

○秦豊君 それから、アメリカとニカラグアのことをちょっと確認しておきたいんですけれども、今のところアメリカ議会のブレーキがかなり強力でして、ホワイトハウスも独走はもちろんできない。したがって、周辺で演習を強化するぐらいのことは、デモンストレーションは軍事的、政治的に行えるけれども、なかなかあれ以上は僕はできないだろうと。またそう期待したいんだけれども、アメリカ・ニカラグア関係について専門職としてはどういう感触を持っていますか、今後の見通…

参議院の会1985/05/23

第102回 参議院 外務委員会 第13号

○秦豊君 終わりましょう。

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 本論はアジア問題に絞りますけれども、SDIはしたがってきょうは休みたいと思います。 本論に入る前に、領事部長、さっき同僚議員に、岡本公三に絡んで、リビア以外の可能性がむしろ大きいと思うという答弁をされましたね。あの根拠は、警察庁が述べた日本赤軍の分布状況等をも勘案したお答えですか。

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 わかりました。 外務大臣にちょっと一つだけ伺いたいんですが、さっき同僚議員が言われたカンボジアの撤退問題ですね。あれはある日の委員会で、たしか木内アジア局長時代に私が、秦豊氏が聞いたときに、おやっと思う答弁としてあの部分撤退云々の感触がこぼれたので、僕は非常に印象に残って、奇異だなと思って覚えているんですが、それは別として、今マレーシアあたり、まあマレーシアではないかと思いますがね、そこで、それにしても円借款凍結解除の条件とい…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 国連総会含めてですね。

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 これは、去る四月二日の当委員会におきまして私が少し指摘をいたしました米朝間のチャネルに関連して、吉林省図們を舞台にした米朝間のある意味の情報交換、ある意味の接触あるいはオブザベーションという問題について述べて、安倍外務大臣はたしか「おもしろい分析」云々という答弁をちらっとされましたけれども、それがその二、三週間後にアメリカ国務省での記者会見におきまして国務省高官がいわゆる図們説を裏づけております。 同じく四月二日、安倍外務大臣…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 図們はワン・オブ・ゼムです。小ちゃな起点です。

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 アジア局長、そうおっしゃるならば具体的に聞きたいことが一つだけありますが、もちろんアメリカの国務省は声高に言う時期じゃないんです。ならば、それを一つ一つつぶしていきますとあなたの答弁が少し真実から離れるのではないかということのために例証を一つだけ挙げますが、例えば四月中旬の段階、日にちは私はもちろん外務省の公館じゃありませんので、そういう公電を見る立場にない一野党議員ですから。しかし、四月十五日から四月十七日にかけて北京の日本…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 わかりました。では、アジア局長の記憶を鮮明にしていただきましょうか。つまり、北朝鮮労働党中央委員労働新聞主筆金己男氏とアメリカ国務省東アジア担当次官補ウォルフォビッツ、正確にはウォルフォウィッツですかね、北京で接触をした可能性について触れた内容の公電がたしか数ある公電の中で入っているわけなんですよね。この場合、私は一議員として質問する前提は、このことが日本の安全保障や日本の国家機密には全く関係がない、明らかにしたところで日米間…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 十五日からですね。

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 お立場ですからね、直接話法はとれない、間接情報があなたの宿命かもしれないが、これはアメリカの国務省にも入っているんですよ、この報告が。報告したのは北京駐在アメリカ大使です。あなたは間接的に認められたが、ウォルフォビッツ氏と金己男氏は北京で会っているんですね。しかも十五日から十七日の間なんですよ。公電が入っているはずなんで、そういうことぐらいは僕は率直に実は、たまたま見過ごした中にあったかもしれませんとか、メー・ビー・ソーとか、…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 では調べて回答していただきますが、待望しますけれども、そんなものをたくさんある公電の、百本来ませんから、北京—東京は。あなたはちゃんと覚えていらっしゃるはずで、余り否定されなくともよろしいんじゃありませんか。確実に調べて、じゃそういう可能性については、たまたまタイミングも合うし否定はできないでしょう。

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 不思議ですね。

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 わかりました。 わざわざ補っていただいて恐縮だったんですが、私はこれを米朝、日朝、米韓、それから中朝、こういう四つの位相が非常にこの五月に、安倍外務大臣が言われたように、南北会談の進展を焦点にしてかなり大きく四月から五月にかけて動意があったという一つの証左として私なりの観測を申し上げているわけなんです。 そこで、さっき同僚委員がお触れになりましたが、バンドンの会議のときに伊東正義元外相が北朝鮮側と接触をされた際に、私は東京の北…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 これ安倍外務大臣に伺いたいんですが、私も日朝議連のメンバーですし、いろんな方がかかわっていらっしゃいます。今社会党はたしか田邊さんですか、団長で行っていらっしゃるんでしょう。 そこで、今ピョンヤン側といたしましては、日朝議連とか一部野党ではなくて、それはもちろん尊重いたしますけれども、より政権中枢に影響力を行使し得るハイレベルの人物の訪朝、正式訪朝を待望しております。これは在京の最も高いランクにある朝鮮筋の私に対する会話の中で…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 いろんな正常化の場合に、ちょうど僕は日中国交回復を一言論人としてやった場合と議員になってからといろいろありましたけれども、やっぱり無数の積み重ねが必要なんですよね。それからタイミングよく一番適当な方が訪問をし、それに一国の外交当局がシグナルを託する、意思を託するということはよくあるケースですから、もし仮に伊東訪朝がこの時期に実現をしたら活用をしていただきたいというのは一人の委員の希望です、これは。 ちょっと観点を変えますけれど…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 今度田邊訪朝団もテーブルに出すんですけれどもね、実は。特派員の相互交換、対等原則、これははっきり出します。一人一人の団員が一つのオプションでやりますから、同時多発にやりますね。だから短い時間でもかなり煮詰まる。僕は、もうそろそろジャーナリストの交換あたりから始めて、貿易事務所という名前にこだわらないで、そういうものをピョンヤンー東京、それ的なものを、初期の日中貿易であったように、麹町にあったように、ああいうものをそろそろ具体的…

参議院の会1985/05/21

第102回 参議院 外務委員会 第12号

○秦豊君 もちろん初めは野党外交、民間外交、総合としての政府間交流、打開、こうなるわけですから、言葉を選ばれる時期であるとは思いますけれども、しかし、官邸だ霞が関だでなくて、安倍外交ですから、私は、はっきり正面から見据えて日朝の打開というものにかける意欲はやはり大臣も相当強く持っていらっしゃる。しかも、それを考えるにしては、構想するにしては、具体化するにしては、そう悪い周辺環境ではないというふうな考えはお持ちですか。