P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
無所属議長衆議院
総発言数
4,544
直近の所属会派
無所属
直近の役職
議長
直近の発言日
1988/03/09

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 本会議100 件・100%

※ 全 4,544 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,544 20 を表示
自由民主党通商産業大臣1988/03/09

112衆議院 予算委員会第六分科会 第1号

○田村国務大臣 今、広報活動ということをどういう意味でお受けとめいただいたか私もしっかりわかりませんが、いわゆるいいかげんな宣伝という意味じゃないので、国民に知っていただくための広報活動を十分にすべきである、残念ながらその活動に欠けるものがあるということを申し上げたわけであります。これは非常にまじめな気持ちを申し上げているわけです。 同時に、先ほども申し上げましたように、原子力発電というものの位置づけにおいては肯定者が過半数ではあるけれ…

自由民主党通商産業大臣1988/03/09

112衆議院 予算委員会第六分科会 第1号

○田村国務大臣 これは何新聞ですか。

自由民主党通商産業大臣1988/03/09

112衆議院 予算委員会第六分科会 第1号

○田村国務大臣 大変申しわけありません。私、まだこれを読んでおりませんが、ただ、私がブリックス事務局長の話を聞いたりあるいは内田さんの話を聞いたり、また専門家の話を聞くところによれば、我が国の原子力発電を進めることについて、安全性というものには自信を持たれたらよかろう、こういうことでございます。先送りというのがどういう理由でそうなっておりますのか、私、実は読んでおらぬものですから、今ちょっと読む時間を与えていただけぬでしょうか。

自由民主党通商産業大臣1988/03/09

112衆議院 予算委員会第六分科会 第1号

○田村国務大臣 まず、先ほどの新聞のことですが、これは拝見しました。先送りした国は八カ国で、「このうちイタリアとエジプト、デンマーク三国はチェルノブイリ事故を背景としたもの」「この三国以外は、財政難や需要の低迷などが理由という。」というふうに書いてございます。「チェルノブイリ事故が欧州諸国の多くの国で原子力に対する国民の信頼に少なからず動揺を与えたことは否めない」と書いてあります。 それから、これは私が受け取っているものでございますけれ…

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 予算委員会 第17号

○田村国務大臣 経済の国際化の進んでおる中で、日本だけでありませんけれども、日本からの帰国留学生が日本で習得したいわゆる知識、識見を生かして母国で活躍するということは、これは非常に重要なことでございます。裏返して言えば、外国へ留学した日本人が日本で外国企業に就職して活躍をするあるいは外国企業を相手にして活躍をする、いずれにしても重要なことであると考えます。 ただ理屈からいえば、企業の従業員に対する待遇あるいは条件というものは、個々の従業…

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 予算委員会 第17号

○田村国務大臣 私は経済協力について勉強するたびに思うのでありますけれども、経済協力というものを施しと考えるがごときは絶対にこれはすべきでない。むしろ経済大国であり大きな黒字国としての崇高な国際的責務であるというふうに考えるべきだ。だからその意味において、ODAでもそうでありますけれども、いろいろな面で一層の内容の充実、つまり受ける側の立場に立ってのことを考えるべきだ。特にこのような円高のときにはなおさらでありまから、そういう点は十分に…

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 予算委員会 第17号

○田村国務大臣 いろいろと海外でマルコス疑惑を初めとして問いただされておるものもあります。当然のこととして姿勢を正して取り組むべきであると思うし、また人道上の見地から、この海外援助がいやしくも人道に反するようなことに使われてはなおさら困るわけでありまして、より効率のよい、波及効果が出ますように心得るべきであろうと思う。国民の貴重なお金でもあるわけでありますから、その点は十分の配慮をすべきだと思います。

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 予算委員会 第17号

○田村国務大臣 私は経済担当相でありますから、経済という言葉を使いました。これはおわかりいただけると思います。海外援助と経済協力というものは、私どもの担当する立場で言えばしょせんは同じものであって、その中における仕分けの問題、私はそういうふうに考えております。

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 商工委員会 第3号

○田村国務大臣 中小企業対策予算のうち都道府県を通じました補助事業につきましては、都道府県の財政事情などからその消化状況が必ずしもよくないものがある、これは御指摘のとおりだと思います。通産省としましては、地域に根差しましたきめ細かな中小企業対策を展開する上で、都道府県の果たす役割は極めて重要であると考えております。今後とも都道府県と十分密接な連携を図りながら、中小企業対策予算が十分活用されるよう懸命の努力をいたしてまいりたいと考えており…

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 商工委員会 第3号

○田村国務大臣 政策的に中小企業者のニーズに幅広くこたえていく必要がある一方、信用補完制度の健全な発展を図るとの観点から保険収支にも留意していく必要があることは当然でございます。両者はバランスを持って判断すべきと思います。これらを踏まえまして、今回の法改正を実効あるものとするために、今後より一層制度の弾力的運営に努めてまいりたい、このように考えております。

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 商工委員会 第3号

○田村国務大臣 今おっしゃったとおりでありまして、今の日本は余りにも急激かつ大幅な円高によって経済というものが大きく分かれております。一般論で言えば、日本経済は非常に底がたい動きを示しております。しかしながら、経済の二面性というものが浮き彫りにされてまいりました。そうして輸出型の製造業、その中でもとりわけ中小企業、下請企業の苦しみはひとしおのものがあります。 我が国は、今おっしゃいましたように諸外国に比べて非常に大きな経済の特徴、産業面…

自由民主党通商産業大臣1988/03/02

112衆議院 商工委員会 第3号

○田村国務大臣 率直に言いまして、弱い中小企業が体を寄せ合って強く生きていくように、こういうことが基本的な考え方でございます。大企業でございますと、いろいろな間口を広げておりますから、例えば、重厚長大型の会社といえども、時宜に適した分野を開拓してそれに対応することは自力で可能であります。けれども中小企業はそうはいきません。 そこで、中小企業が構造転換を遂げていくためには、こうした新たな経済的環境に即応した新分野を開拓する、そうして新分野…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 予算委員会 第16号

○田村国務大臣 今工業技術院長が申しましたことで尽きておるわけでございますが、技術開発の進展のための必要な成果、これの公表などは、やはり安全保障を理由に過度に規制することは厳に戒むべきことだろうと思います。戒めねばならないと思います。このようなことを考えますと、日本が、我々の進めておるところでございますが、やはり基礎技術を中心に技術開発にもっともっと熱心になっていくということが必要であろう。この政策は今後強く進めていきたいと思っておりま…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 商工委員会 第2号

○田村国務大臣 ただいまの御質問は、プラザ合意以降の円高というものを中心にして、今後の経済運営に対する取り組み方あるいは現状の認識はどうかということと、構造調整の進捗状況あるいは今後の見通しということについての御質問だと思います。 さきおととしになりますか、昭和六十年秋のプラザ合意以降の急激そして大幅な円高の進行は、輸出の減少、企業収益の悪化、設備投資の低迷、失業率の上昇など、我が国経済に非常に深刻な影響を及ぼしましたけれども、最近の経…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 商工委員会 第2号

○田村国務大臣 今、後段の御質問は、材料は私がつくらせました資料に基づくものではございましたけれども、経企庁長官から答弁をしていただくということで、中小企業について私の気持ちを述べてみたいと思います。 先ほども申しましたように、また御指摘がありましたように、経済の二面性というものを一番強く食らっておるのが中小企業であります。とりわけ輸出型の下請であります。でございますし、また同時に、日本の産業の特殊性とは何か。それは、中小企業が絶対多数…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 商工委員会 第2号

○田村国務大臣 アメリカの議会はいわゆる包括貿易法案につきまして、昨年九月に両院協議会を設置はいたしましたけれども、ほとんど審議が行われませんでした。御承知のとおりであります。去る二月十七日に、両院協議会の中心となる第一分科会における審議が再開されたばかりであります。 今後の包括貿易法案の見通しにつきましてはいろいろな見方はございますけれども、昨年のいわゆるブラックマンデー、これで株式は暴落、為替レートは大変動ということがあったわけです…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 商工委員会 第2号

○田村国務大臣 まず、新アジア工業化総合協力プラン、いわゆるニューAIDプランについてでありますが、これは昨年の一月、私がバンコクへ行きましたときに、アジア諸国の外貨獲得産業の早急な育成への協力を図るために提唱したものであります。このプランというのは、アジア諸国におけるインフラ整備などハードな面での協力、それから人材育成、製品開発、経営指導、マーケティング等ソフト面の協力、また民間セクター育成への資金協力、我が国企業の直接投資の促進とい…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 商工委員会 第2号

○田村国務大臣 私の母校から私の性格、考え方までお尋ねでございますが、私が学びました慶応義塾といいますのは、自由主義と民主主義を基本的な理念としておるわけであります。「人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」、これが慶応義塾の福沢先生の教えであります。その教えは生涯持ち続けたいと思っておりますが、それが私が余り出世しないゆえんかもしれません。権力主義に余りそぐわないかもしれません。 それはそれといたしまして、通商産業大臣として総理大…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 商工委員会 第2号

○田村国務大臣 石橋内閣ができましたのは、私の記憶が間違っていなければ昭和三十一年であったと思います。そのとき私は一年生代議士でありました。私は初当選が三十年の二月でございまして、社会党でいえば石橋政嗣君と同期生でございます。年も同い年であります。 それで、私は当時石橋湛山先生に非常なあこがれを抱いておりまして、総裁選挙において、本来私の立場からいえば石井光次郎先生の応援をしなければならぬ立場であったかもしれませんけれども、私は石田博英…

自由民主党通商産業大臣1988/03/01

112衆議院 商工委員会 第2号

○田村国務大臣 石橋湛山先生という方は、経済学者であると同時に、かつ偉大な経世家でありました。 先生は、常に私たち若い者に対してこういうことを教えられた。それは、過去においては軍事力ということで大国、小国を決めた、これからの時代は、文化の香り高い経済国のその力をもって国の力の大小を判断しなければならぬ、決して軍事力を誇るような国にしてはならないのだということを教えられました。私は、先生に教えられたその教えというものは今でもしっかりと胸に…