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独立行政法人日本スポーツ振興センター理事長参議院衆議院
総発言数
7,408 件
直近の所属会派
—
直近の役職
独立行政法人日本スポーツ振興センター理事長
直近の発言日
1948/08/03

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教科学委員会30 件・30%
  • 内閣委員会、文教科学委員会連合審査会29 件・29%
  • 予算委員会28 件・28%
  • 文部科学委員会13 件・13%

※ 全 7,408 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,408 件中 20 件を表示
1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) 政令違反の方は昨年の選挙の際に、当時の自由党の公認候補者に対して自由党の應援者の某氏から政治資金を贈呈したのです。たまたまその自由党の公認候補者が私の友人が多数おつたものでありますから、それらに対して言付けをして欲しい、援助をしたいからという申出がありましたので、その候補者が私のところへ挨拶に見えた際に、その言付けを傳えたということが政治活動だという疑があるということで、今勾留中、こういうことであります。

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) 僞証事件の方は、只今の資金を贈呈することについて不当財産委員会についてその事実の有無について、事実があつたことをなかつたとしたことについて僞証だというので、その指示を受けている。

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) それ以外に実は檢事局、若しくは警察において取調べられたことは一度もありません。資格審査委員会によつて再調査、若しくは問合せ等を受けたことは一度もありません。

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) パージになりましたことは、ちよつと二、三分間を拜借しますが、詳細に申上げた方が誤解がないと思いますが、一昨年の六月、当時の内閣の書記官長から、私が昭和十五年でありましたか、確か十五年と記憶しますが、二月の某日に衆議院の予算総会においてなしたる質問中に誤解を招く用語がある。その用語について資格審査委員会の方に申出があつた、それについて再調査をするということになつたから、それについての弁明書を提出して呉れということが内…

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) ありません。未だ曾つてそういうことが、それを書かなかつたことが問題になる云々ということは、そういうことを聞かれたということは初めてであります。これをするならば、曾つての貴衆両院議員全部ここにお呼び出しになつて、お調べにならなければならんと思うのであります。

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) それは恐らく裁判所がいかんというならば、曾つての貴衆両院議員全部いかんという……全部資格審査表を不実記載でやらなければならないと思います。書いた人は恐らくないと思います。書かんでよろしいと言つたのですから。

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) 私はもうここに松村さんも長年の私の先輩として尊敬しておるお方ですが、これは私凡そ二十数年來の先輩ですが、松村さんも隨分頑固な私と似たような人ですが、その思想において、私はいつでも戰爭中でも常に憲兵の尾行を受けておつたし、反軍思想といわれておつた。私は決して反軍という考えは持つておりませんけれども、飽くまでも恐らく日本で今度の戰爭に反対して、直接行動に移した者の中で、私が一番活溌に動いたろうと私としては思つております…

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) 尚こういうことがあります。一つ落しましたが、本年の一月の二十何日かに、日も忘れましたが、内閣の資格審査委員会から事務局長の名において、連合國の命により資格申請書二通を至急提出相成りたしという文書が私に参りました。それから私は直ちに資格申請書を二通作成して、そうしてその資格申請書のときには前回出したと勿論同樣のものでありますが、別にこれは記載する必要のないことでございますが、パージになつたのはこういうことでパージにな…

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) ただ先程も申上げました通り、そういう誤解はいたしませんが、決定されましたことが、ここへ出頭を求められて、本人の意見を聞いた上で、外部に洩れるとすればそのときに洩れるように、又洩れることは今日の時代でありますから仕方がない。ただ洩れるにしても正しく洩れるようにして貰いたい。そうでないと非常に迷惑しますから、又君資格審査にやられるのかと、方々でそういうことを言われて、非常に迷惑している。たまたまその後新聞で、暫らく経つ…

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) 議長とか、事務総長が発表するのですか。

1948/08/03

第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号

○証人(河野一郎君) 呼出の書類が出て……、新聞に出ましたのはそれが出る前ですよ。私が書類を頂戴して、三日に出頭せよという書類を頂戴する前に新聞には出ておる、その新聞には恰も記載洩れがあるというような新聞の記事が出ておる。それはおかしいなと思つておつたら、それから書類を頂戴した。それから暫らく経つたらラジオで放送した。ラジオの放送は新聞と同じものにしましても、新聞に出ることはとにかく事務総長が新聞に洩らすのか。洩らすのもいいでしよう。た…

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 そうです。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 終戰の年の十一月から翌年の六月までです。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 よく知つております。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 どういう人というお尋ねのことがよくわかりませんですが……。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 私もそう思います。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 今申し上げたような意味で関係があるでしようね。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 私が幹事長時代にはたびたび多額の金を出したという事実はありません。私が幹事長時代には直接強力な、党を動かすというような発言をした事実も私は認めません。その後は私は関係しませんからわかりません。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 そういうふうに、世間が言うように私も考えるということをさきに申し上げたので、ただ具体的の事実については、私が幹事長として直接衝に当つたときのことは今申し上げた通りです。

1948/04/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第12号

○河野証人 長年非常に親友であつたと思います。