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自由民主党参議院
総発言数
1,460 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 国際問題に関する調査会対外経済協力に関する小委員会43 件・43%
  • 総務委員会18 件・18%
  • 沖縄及び北方問題に関する特別委員会12 件・12%
  • 国際問題に関する調査会10 件・10%
  • 予算委員会10 件・10%
  • 内閣委員会6 件・6%

※ 全 1,460 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,460 件中 20 件を表示
ハバロフスク地区引揚者1950/04/12

第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号

○板垣証人 ソビエトの人民というものは非常にいわゆる民族的な差別がない、民族的な偏見がない、そういうことを感じます。特にこれは單に人がいい、だから、だれでもそういうふうになつかしむというのじやなくして、そこにやはりたとえばロシヤ人がこういうことを言います。自分たちがもし日本に捕虜になつたらひどい目にあわされるかもしれぬ。しかしロシヤ人はそういうことをやらない。われわれはそういうなぐつたり、ひどい目にあわせない。それからそうやつて戰争に出…

ハバロフスク地区引揚者1950/04/12

第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号

○板垣証人 ソビエト人は現在社会主義社会を建設し、戰後の経済を復興して、さらに社会主義社会を共産主義に向つて建設して行く。そういう意味において平和的な建設ということに熱烈な希望を持つてやつております。それで、われわれには戰争は必要はない。どのロシヤ人に聞いた場合にも、われわれには戰争は必要はない。われわれは非常に平和を愛している。しかしひとたびもし敵が侵入して来た場合には、これに対してはあのドイツのようにわれわれは必ず団結してこれを倒す…

ハバロフスク地区引揚者1950/04/12

第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号

○板垣証人 私が申し上げたのは、その当時にそういう気持を持つていた。そう申し上げたのであります。

ハバロフスク地区引揚者1950/04/12

第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号

○板垣証人 私がかつてそういう気持を持つていたということを申し上げたのです。

ハバロフスク地区引揚者1950/04/12

第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号

○板垣証人 当時そういう考えを持つていたということを申し上げたのであります。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 私の入ソ後の経歴について申上げます。私は昭和二十年の三月の終りに士官学校を卒業しまして、北鮮の咸興の側にあるところの教育飛行隊ここに行きました。ここで教育を受けておりまして、そのまま任官し、八月に停戦になつたわけであります。そうして輿南から艦に乗りましてポシェット、ここに行きました。ポシェットに一ケ月ぐらいおりました。それから汽車に乗りまして梯団を編成し、十二月の初め約一ケ月汽車に乗りましてキスネルという駅で降りまし…

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) エラブカにおきましては、大分前のことになるのではつきり記憶にありませんけれども、この作業というものは、いわゆる自活作業であります。自活作業というのは、収容所の生活のための伐採、薪を伐る、それから「いも」を作る農耕、そういうような面において作業をやつておりました。これは作業に出るとか出ないとか、いろいろな問題がありましたけれども、私の現在の心境として、当時のエラブカ收容所における雰囲気というものは、昔の天皇制軍隊、それ…

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 申上げます。エラブガにおりました当時は、私は通訳をやつておりまして、そういう関係で若干のロシア人と話す機会もありました。それからハバロフスクにおいても若干そういう機会には恵まれましたが、今言われました通り、飽くまでこれは鉄條網の中の生活でありまして、我々が全部ロシアを見て来たと、そういうことは言えないわけであります。又人によつてはいろいろな事実を見、事実を掴んで来ておられる人がおります。そういう人に比べれば、自分はい…

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) はい。自分も船が来ないのは、日本人が寄越さないのであると、そういうことを信じでおりました。現在の心境としましては、引揚問題というものが非常に複雑な問題になつております。この真実という心のは軽々には分るものではないし、国際的な問題でありますから、これは本当のところはまだ誰にも分つていないの、じやないかとそういうふうに思います。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) そのことに関しては今申上げたように、この問題は非常に複雑な問題である。事実この引揚問題というものが、非常に大きな問題になつておるし、速かにこの引揚をやりたい、やらなければならない。そういう全国民的なこの運動が行われております、この意味におきまして、この事実に関しては、この引揚問題に関して、本当に国を挙げてやつておるので、そういうことを認めます。(「議事進行」と呼ぶ者あり)

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 知つております。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 引揚問題にせよ、又いろいろな船の問題、そういう問題にしても、これはその問題一つ一つ勿論これは重大な問題でありますけれども、この一つ一つに神経を過敏にし、神経を尖らして非常にこういうことによつて冷静を失う、これは非常な危険なことであると思います。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 自分は分らないという外はないのです。(「議事進行、次の証人に行つて下さい」と呼ぶ者あり)

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 今言われましたこの事実は、事実として自分も認めます。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) そういうことについて私は開いたことはありません。事実は分りません。でこの際一つこの停戰後において、入ソしてからいろいろな人が沢山犠牲になつてこくなられている、これは事実であります。又こういう事実に対して、私はこれは確かに日本が戰争に負けたということによつてもたらされているところの一つの悲劇であります。これはその本質においては、あの幾多有為な青年が爆弾を抱いて特攻隊になつて出て行つた、そうして死んで行つたのと本質におい…

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) それはよくも悪くもなかつた。捕虜として扱われて来たと思います。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 読みました。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 確かに変つておるし、進歩していると思います。終ります。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) ナホトカを出発する時に、ナホトカには千五百名くらい残つておりました。その外は確実な数字を把握しておりません。

1950/02/06

第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第10号

○証人(板垣正君) 署名しております。