斎藤正
会議録に記録された「斎藤正」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 5,368 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党
- 直近の役職
- 北星学園大学経済学部助教授
- 直近の発言日
- 1948/07/20
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 労働・賃金6 件
- 社会保障・年金4 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会34 件・34%
- 外務委員会18 件・18%
- 議院運営委員会国会審議テレビ中継に関する小委員会12 件・12%
- 総務委員会11 件・11%
- 災害対策特別委員会9 件・9%
- 内閣委員会6 件・6%
※ 全 5,368 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 看板はそうだつたですね。春日町におつた時代は、東洋商事株式会社という看板だけは出ていたです。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 実体は存じません。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 上げておりません。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 結局は、燒跡整理、土木建築工事、人夫請負という見出しで、肩書きは関東二次眞木組とはめ板に書いてありました。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 関東三次眞木組。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 勿論自分の自宅にかけたわけですから……。眞木が書かせなければ、ひとりでかかるわけははないから恐らく眞木がやらしたのでしよう。それは第一回の選挙のときすでに書いてあつたのです。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 恐喝事件ですか。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 毛頭ございません。私は、言つちや失礼ですが、眞木さんに対してとにかく相当強硬に、年配も私の方が上ですし、やはり眞木さんは彼は前科者である。だけれども、彼は前科者であるが故に、往々にしてひがむ。併し、そういうことじやいかん。前科者であろうと、はつきりと自分が清算した以上は、とにかく正々堂々と大道闊歩できるのだし、自分が例えば衆議院に打つて出ようという氣持があつて、更生しようという氣持が自分にあるとすれば、喜んで應援し…
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 眞木さんですか……。私の知つておる範囲では、寧ろ自分のほうから恵んでやるくらいだつたです。但し、あそこに私が行つた選挙の当時、どうもあまり風体の感心しない連中が多少出入りしておつたことは事実です。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 勿論もらつております。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 結局は、新鋭大衆党の運動を活溌にするまでは、戰災者更生会の職員としての俸給であり、あの二・一ゼネスト反対運動を展開してから後は、戰災者更生会の職員兼新鋭大衆党の何といいますか演説やというような肩書きで、どつちの報酬であるかその限界ははつきりしておりませんが、もらつたことは事実です。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) いや、毎月もらいました。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 一番最初は二百円であります。一昨年の四月下旬、戰災者の更生会の職員になつて二百円、それからその年(昭和二十一年)の十月頃まで二百円が三月ばかり続きまして、あと五百円に上りまして、十一月から今度千円に上りました。昨年の四月頃から二千円に上りまして、昨年の觧散当時、私は月三千円もらつておりました。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) そうです。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 一回も行きません。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) え、ありません。彼は、私が行かないでも、先程申しますように、自由クラブの連中の中には弁護士の肩書を持つた人もおり、いろいろ知つておる人もありますから、私が何もそういうことを斡旋しないでも彼自身でできますから、傍聴には一回も参りません。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 面会には行きました。一回警視廳に拘置内には一回も行きません。それは警視廳におつた当時、十二月の俸給を職員に出さなければならんので、どういうふうにしたらよいのかという相談には行きましたが、それ一回きりです。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 健康ですか。健康は、髯を生やしておりましたし、何だか痔が惡いと盛んに言つておりましたけれど、食欲の点におきましても、普通のように私は見受けられました。但し顔は相当青くなつておりました。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 留守宅には私眞木さんか勾引されてからたびたび行きました。
第2回 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉会後第4号
○証人(齋藤正久君) 会いました。