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民主社会党参議院
総発言数
4,926
直近の所属会派
民主社会党
直近の役職
直近の発言日
1949/05/06

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会50 件・50%
  • 大蔵委員会45 件・45%
  • 本会議5 件・5%

※ 全 4,926 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,926 20 を表示
日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 分りました。次にはさような立場において先程読みましたように、あなたが彼の参謀として、これは参謀としてという点だけはそうでなくなつたということは分りますが、最初は相当口を利いたろうと思います。そこで相当初めに口を利いた当時において刑罰を命じたり、中國人と結託して兵隊を規定外の作業に出されたということは、こういつたようなことはありますか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 そうすると先程の幹部会議というところで例を上げればどのような御相談がなされましたか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 そうすると、その幹部会議においてどういうことをされましたか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 では質問を変えまして、吉村隊長は作業の量とか、或いは食糧等について何とか改善したいというようなことで努力されておつたかどうか。努力というのは結局それによつて蒙古側に折衝するとか、そのようなことがあつたかどうか、あなたは少くとも將校室におられたのですから、相当吉村隊の動向というものを御存じだろうと思うので質問いたすわけであります。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 では石切作業、一番ノルマがきつかつたという石切作業にあなたは出られたか。出られたならば尚詳しく分ると思いますが、若し出られないにしましても、この作業の仕事の量、つまりノルマがどういうふうに変つて行き、それらの仕事に從事しておりました人達はどのような苦しみをしておつたかという点を簡單にお申述べ願いたいと思います。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 あなた自身は石切作業をやりましたか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 そのときに今のお話をお聞きになつたのですか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 そうした吉村の言うことを聞く立場に、あなたは相当自由であつたと。こういうふうに了解していいのでありますか。あなたは石切作業にやられなくなつても、吉村隊長が現場の班長なりそうした監督者にいろいろな命令を下すということを聞いておつたとおつしやるのですから、作業に出ずして、そういうことを聞いておられる自由な立場であつたか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 次に吉村隊の処罰、特に「曉に祈る」と言われている処罰でありますが、この処罰をあなたが直接見られたならば、その概況、それからそれが如何なる命令系統、つまり確かに蒙古側の命令によつてそういう処罰をやつたか、その中には吉村隊長のリンチ的なものによつてやられたものがあつたのかなかつたのか、この点を聽きたいと思います。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 何十人とか何百人、そういうことは……

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 ではあなたは石切作業場へ若干行かれた、こう言つているのでありますから、その現場におきまして、現場の監督者、これらが隊員に制裁その他の処罰を加えたということを現認されたことがありますかどうか。或いは現認はしないが、自分と一緒に働いておつた者に聞いたとか、或いは最後まで將校室におつたのであるからして、そうした処罰を目で見なくても確かに科したということが証明できますかどうか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 では、あなたは將校室において、直接吉村隊長がそうした作業から遅れて帰る、つまり皆が帰るまでにノルマが上らない、そういう人が遅く帰つて來た場合に、お前はいわゆる屋外留置、つまり「曉に祈る」とか、或いは清心寮に入れるとか、こういう刑罰の申渡しをするところを聞いたことはございますか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 それらの命令は、結局蒙古側から命令されましたか。又は確かに吉村が独断でやつた、こういうふうにお考えでございますか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 質問を変えます。あなたが承徳におられまして、その民團の副團長をしておつた。この副團長当時に、そこに菊地七郎という人があられましたか、御存じでありますか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 では、吉村隊に入りましてから、つまりウランバートルに着かれましてから、民團から入つた菊地七郎という人がおるということは御存じでありますか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 では、石切作業場で制裁を受けまして、收容所に帰つた後で死んだと言われておる人がいるのですが、それは山本義明、菅野清、こう言われております。これらの人達について、あなたの知つている点を一つお述べ願いたいと思います。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 ちよつと待つて下さい。今二人の名前を挙げましたが、この山本義明並びに菅野清、この二人の方を御存じですか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 では、將校室にあなたがおられて、そこへ作業場から帰つて來て間もなく死んだ、或いはその名前は知らなかつたけれども、二人の者が非常に弱り果てて今にも死にそうで帰つて來たというようなことがあつたかどうか。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 私がお聞きしますのは、いつでもノルマが完遂できずして帰つて來るのであるから、相当遅い時間に違いないと、そこですでにあなた方はもうちやんと自分の宿舍に帰つておられる時分に、それらの人が帰つて來て、病氣で医者にかかるとか、そういうことが起きておる筈だと思うのです。或いは処罰を命ぜられる場合もあると、そういう工合に考えられるので、そうした事実があるかどうか、御存じであるかということを伺つておるわけです。

日本社会党1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○天田勝正君 次に、あなたは渡辺廣太郎という今日証人に呼んでおる人を知つておりますね。