P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
213回国会参議院2024/02/14

国民生活・経済及び地方に関する調査会 第2号

発言数
70
登壇者
11
会派数
7
開催日
2024/02/14

会議録

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) ただいまから国民生活・経済及び地方に関する調査会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  昨日までに、天畠大輔君が委員を辞任され、その補欠として木村英子君が選任されました。     ─────────────

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 国民生活・経済及び地方に関する調査を議題といたします。  本日は、「誰もが取り残されず希望が持てる社会の構築」のうち、「社会経済、地方及び国民生活に必要な施策」に関し、「若者への教育支援」について三名の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。  御出席いただいております参考人は、東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長小国喜弘君、NPO法人あなたのいばしょ理事長大空幸星君及び一般社団法人日本ケアラー連盟理事・一般社団法人ケアラーワークス代表理事田中悠美子君でございます。  この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。  本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。  皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。  次に、議事の進め方について申し上げます。  まず、小国参考人、大空参考人、田中参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、午後四時頃までを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。  また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度会長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。  なお、御発言は着席のままで結構でございます。  それでは、まず小国参考人からお願いいたします。(発言する者あり)小国参考人、挙手をお願いいたします。  小国参考人。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) どうぞよろしくお願いいたします。(資料映写)  私どもは、インクルーシブ教育の定例研究会というオンラインの研究会を毎月開催しております。大体二千人から三千人が毎回参加しております。そこの中では、親たちの、やはり自分の子供を普通学級に入れたいのにやはり先生から行けないと言われた、その点数では駄目だと言われた、担任ではないけれども、周りの先生からやはり汚いとか気持ち悪いと言われた、そのような様々な声が飛び交っている状況がございます。先生方は先生方で、非常にしんどい思いをされている先生方がもう一方でたくさんいらっしゃいます。もっといろんな子供と一緒に育てたいのに学校の方針でできないであるとか、そういった悩みをそれぞれが抱えていらっしゃる。  その個々の保護者の方とか教師の方に、何かそれぞれが本当に、その地域ではばらばらに孤立していらっしゃるという感じで、それがつながれていない、学校の中ではもう本当に何とかしたいという思いを持ちながらもという、そんなお声をたくさんいただいています。特別支援教育で満足していらっしゃる保護者の方も当然いらっしゃるわけですけれども、そうでない保護者の方もいらっしゃるということを前提にして少しお話をさせていただけたらなというふうに思っています。  先生方もよく御存じのように、この平成二十四年から例えば令和四年を取ってみますと、全体の数は少子化で九〇%になっているわけですけれども、特別支援教育の対象児童生徒というのは大体二倍になっているという状況がございます。  ここで見方が分かれているんだと思います。つまり、特別支援教育が充実をしてきてそれが認知をされ、希望者が増えているということによってこの数が増えているんだという、それはむしろメインの説明になっているように思います。  もう一方で、マイナーな説明としてあるのは、実は学校というのが非常に閉塞感を強めていて窮屈な場になっていると。少しでも違っていたらその違いが目立つようになってしまい、で、検査を受けたらどうですかというような形で検査を受けさせられる。そうすると、発達障害という診断が付いて、それが特別支援学級に措置される一つの理由になっていく、こんなことはよく耳にします。  医師にお話を伺いますと、やっぱり自分たちは仕事で、目の前に困っている人が来て何とかしてくれと言っていると、自分ができることというのは症名を付けることと薬を出すことしかないんだと。そうしたら、やはりそこの目の前にいて何らかの問題を訴えているわけですから、その問題に対する対処としては、症名も付くし、薬も出ると。これが本当にその人の、脳の機能障害というのはこれ一種の仮説でございまして、本来、脳の機能障害なのかどうかというのは、実は医学的には実証されていないとおっしゃるお医者様の方がマジョリティーだと思うんです。  ところが、脳の機能障害という言葉が独り歩きしてしまうと、やはり、それは脳の仕組み的に定型ではないのだから障害なんだという形になってしまいますが、例えば、我々でもそうですよね、すごいしんどいこととか、もう本当につらいことが起きると、やはり、感情が表に出なくなったりとか、一緒になって笑えなかったりとか、言動がちょっと変になってしまったりとか、時には人に当たってしまったりとか、そういうことってどうしても起こりがちだと思うんですけれども、それが、学校に来ると、何でこの子はそうなっているんだろうと思わずに、他害傾向の例えばある子というふうにみなされることになるわけです。  それが、医者に連れていかれますと、確かに暴力傾向を持っているわけですから、ただ、それは本来的に脳の機能的に暴力傾向を持っているわけでは必ずしもなくて、本当につらい中でそれをどうにかしてくれという大人たちへの悲鳴なんかもいっぱいあるわけですけれども、そういうことが丁寧に聞き取られずに症名が付けられていく、こんなことがいっぱい起きているような気がいたします。  もう時間もありませんので、ずっと見ていただきたいと思いますが、特別支援学校も特別支援学級も、それから通級による指導もずっと増え続けているという現状でございます。これが、学校が閉塞感を強めているんじゃないかということの背景になるのは、間接的な証拠になるのは、例えば、不登校の児童生徒もこの間ずっと増えているわけですよね。学校に行けない子供たちは、この二年間連続で毎年二〇%ずつ増えているという非常に深刻な状況かと思います。いじめの問題も増えています。それだけではなくて、実は、学校というのは、本来、先生にとってみたら、子供と出会って、一緒に何か教育活動をして、子供の成長を喜び合えるというのは本当に本来は幸せな仕事のはずなのですが、その幸せが十分に実感できないような環境になっていて、休職をしている先生方がいっぱいいらっしゃる。  これらを総合して見ますと、やはり、学校全体が閉塞感を強めていて、様々な問題が派生している。その中に特別支援教育の対象児童生徒もいるんだというふうに見ることはできないのだろうかということでございます。やはり気になりますのは、この間、教育施策は非常に充実してきておりまして、不登校特例校であるとか学校内の居場所の設置であるとか、また、特別支援教育の充実というのもその一つだと思いますけれども、そういう形で教育施策は充実しているんですが、実は問題は、通常学校の通常学級のところでしんどさが起きているにもかかわらず、そこに手を入れるような施策が打たれず、実は対症療法として、何かそこからこぼれた子をどうやってすくい取るかということが検討されているような気がいたします。  その意味において、例えば、特別支援学校とか特別支援学級を、今結構、保護者が積極的に、自分の子供のですね、かぎ括弧付きですけど、障害程度がそれほど重くないという感じに見える子であっても積極的に、うちの子はもう普通級は無理なのでといって特別支援学級とか特別支援学校に措置する例というのはすごく多いというふうに先生方からも本当に聞いております。  その一つの背景は、やはり、自分たちの子供は普通学級で暮らせるのは無理だ、あんな競争が入っていて、テスト漬けになっているあんなところに自分の子供を置くのは無理だとか、置かせたくないという理由も非常に増えているという実態をまずは御報告したいというふうに思います。  そうなってきますと、やはり、学校の慣習であるとか文化であるとか制度であるとか授業の仕方などが抱える問題のやっぱり根本的解決というものを志向すべきなのに、必ずしもそれが志向されていないのではないかという現状を感じてしまいます。  先生方、これもよく御存じのように、二〇二二年の九月には、障害者権利委員会が日本政府に対して行った勧告の中で、特別支援教育を分離特別教育という名称で呼び、それの廃止に向けた行動計画を立てるべきだという勧告を行いました。これ、私、国連のこの文書を見て、あっ、自分の認識が甘かった部分があるなと思った文章があったので、今日、先生方にも共有をさせていただきたいなと思ってお持ちをいたしました。インクルーシブ教育の利点を議論するというのは、奴隷制の廃止、アパルトヘイトの廃止の利点を議論することと等しいというふうに、ユネスコなんかのインクルージョンと教育とかという報告書の序文なんかを見ますともう明確に書いてあるんです。  日本の議論は、例えば教育関係者と議論をしますと大抵こういうふうに言われます。インクルーシブ教育が大事だというのは僕は分かりますと、校長先生なんか皆さんおっしゃいます。だけど、率直に言って、インクルーシブ教育をやると、だって、できない子とできる子を一緒にするんだから学力下がるよねとおっしゃる先生は本当に多いです。ですけれども、奴隷制の廃止をした方が社会の安全性が高まるでしょうかとかアパルトヘイトを廃止した方が社会の生産性が高まるんでしょうかという議論をするということ自体がこれは差別だということは誰しも分かること。それと同じ文脈で海外ではもう考えているんだということなんだと思います。  これ、男女共学というのを戦後始めたときに、あのGHQの指令で始めたわけですよね、国内の教育関係者はすごく議論したんです。それは何かといいますと、女性と一緒にすると男子学生の学力が下がるということです。これを差別とも思わずに、いや、もう新聞なんかを見るとその手の記事にあふれ返っているという実態があるんです。今その話を聞いたら、もうここにいらっしゃる先生方、皆さん誰一人残らず、それは差別だよね、七十年前っていかに人権意識低かったんだろうとおっしゃると思うんです。そのことの言わば障害者版が今起きているというふうにお考えいただくと、この問題は非常に理解しやすい問題なんだろうと思います。  何をもって障害とみなすのかというのは社会によっても違ってくると思いますし、例えば、私なんかの同僚の星加良司という、これは全盲の研究者ですけれども、その研究者が言うのは、もし日本が車椅子ユーザーの国であったら、むしろ二足歩行している人の方が障害者だよねというふうに言います。そうすると、天井はもっと低くなるはずで、その低い天井に合わない背丈を持っているのであれば、みんなむしろ車椅子の生活になるような手術をした方がいいんじゃないかという極論まで、これは極論であることによってそのおかしさに気付いてもらいたいというための極論で、ちょっと語弊もある比喩になっているかもしれませんけれども。  そういうことを考えますと、やはり社会の中の常識を変えていくということが大事ですし、教室の中の常識を変えていくということがすごく大事なんだというふうに思って、今日出席をさせていただきました。  余り時間もないのでこちらのスライドにさせていただきますけれども、やはり日本で考えているインクルーシブ教育というのは、現状、非常にその範囲が狭いように思います。  まず、先ほど申し上げたように、海外でインクルーシブ、これは日本でも言われているわけですけれども、共生社会をどうつくるのかという原体験をするのが学校なんだと、だから学校はインクルーシブにしなきゃいけないんだという、ここまでは言われるわけですけれども、実は日本の教育の議論というのは、これはお恥ずかしいことに授業の問題だけを論じるんです。授業で一緒に学べるか学べないかだけなんですね。  だけれども、先生方も御記憶をたどっていただけたら、例えば、それは当時の担任の教師の人たちは一生懸命授業をされたと思うんですけれども、必ずしも先生方がいい授業をお受けになったから今のような知見をお持ちになられたということでは更々ないんじゃないかと思います。やっぱり、むしろ友達同士との出会いであるとか、時には深刻なけんかをしたり、いじめてしまったりいじめられたり、いろんなそのコンフリクトがあるということを御経験される中で人間として成長されたり、知的に興味を抱かれて御自身で勉強されたりという側面があると思います。  そういう意味において、例えば本来的には地域の構成員が参画をしていくであるとか、それから教職員がその声を拾われていくであるとか、それから生徒会なんかがその自治として参加することですとか、そういったことが非常に重要なはずなんですが、そういった問題をインクルーシブ教育の問題として議論する研究者というもの自体がほぼいないというお寒い現状がございます。これは、教育学のお寒い現状、我々の問題でございます。  さらに、海外では、性差、民族差、経済格差、能力差など多様な差異が問題になるんですけれども、ですから、取り出しなんというのも、海外では例えば天才児も取り出すわけですよね。ところが、日本は、かぎ括弧付きですけど、障害児だけを取り出すので、差別の問題と非常に密接に取り出しが絡んでしまうという問題が起きているように思います。そういった問題の中で、日本では障害のみに焦点が当たっているということです。  それから、障害の社会モデルが重要なんですが、日本では障害の医学モデルを前提としているので、障害の克服とか軽減という問題にばっかり焦点が当たりまして、もしかしたら、何ですかね、子供たちの表れをより深刻なものにしている学校の慣習だとか文化とか授業のやり方には関心が向かないというところがございます。  日本はこれがインクルーシブ教育システムということになっておりまして、障害の程度に応じて学びの場を連続的に準備し、最適なところにということになるわけですけれども、これが結果的に見れば、例えば学校なんかでも、行ってみると特別支援学級と普通学級の間に交流があるところというのは非常にまれです。交流が行われていても、結局、その特別支援学級の子供が普通級に入っていたら、それはお客様になっているという例がほとんどです。だから、友達になれて一緒になって学んでいるということがどこまで実質化されているかというと、極めて微妙な状況にあろうかと思います。  もう時間も余りなくなってきたので、このようなところが日本の非常に大きな問題、限界になっているような気がするわけです。  医学モデルをそういう意味では社会モデルとか人権モデルにどう転換していくのかというのが日本の学校で問われているところで、そのために少し先生方に共有をさせていただきたい論点を四点、いや、五点だったかもしれません、済みません、一生懸命準備したので、ちょっと忘れておりますけれども、準備させていただいたので御説明させていただきます。  一つは、やはり過剰な医療化が進行しているという。やはり医師とつなぐ、専門家とつなぐということは大事なんですが、医師とつないだ時点で、これは発達障害の研究をしているお医者さん自体が非常に後悔をされているのは、発達障害という症名を付けることによって、先生方がその背景にあるものは何だろうかということを丁寧に探り始めると思っていたというふうに書いていらっしゃる方、何人もいらっしゃいます。  現実に起きたのは何なのかというと、医師に任せておけばいいというので、医師につないだ時点で、それから特別支援学級に措置した時点で自分の問題ではないという形で放り出してしまう先生方が本当に増えた。背景は、やっぱり探らないことによって薬の処方だけがされているということの大きな問題があるという、この問題でございます。この問題は、早い段階から国連の子どもの権利委員会から日本政府への勧告の中で取り上げられてきたものです。  もう一つが、これ、実は日本のやっぱり学校教育のなかなか難しい問題だと思うので共有をさせていただきたい、法律の問題がございます。今インクルーシブ教育で一番ネックになっているのは、この義務標準法なのではないかと思うんです。つまり、三十五人子供がいればそこに一学級ができて一人の教師を配置できますよというのは、全国に均質、比較的平等な教育条件を整えるのには非常に効果的だったと思います。  ところが、様々なことで手厚いケアが必要になる子供たちが増えていったときに、教師を安定的に増やす方法というのは、実は特別支援学級を増やすということにおいてしか実現ができないというのが学校関係者の認識になってございます。  さらに、そういう形で、特別支援学級で、じゃ、その数を増やさざるを得ない、そうすると、その増やした人はつまり特別支援学級の教員なので、それ以外のことで働くのは違法だという形でございます。これは昨年の四月二十七日に文科省で出された通知の中でもそういったことが改めて確認をされておりますし、通級による指導なんというのは本当に微妙だなと思うんです。  通級による指導って今目玉施策になっておりますけれども、これは十三人に一人で基礎定数化をやはりしていただいたわけですよね。基礎定数化することによって通級指導教室で指導しなくてはいけないというのは、この義務標準法の恐らく縛りだろうと思うんですね。  つまり、ソシアルトレーニングとかそういうことであれば、カナダのインクルーシブ教育なんかであれば、全校生徒に対してソシアルトレーニングとかをしているというわけです。ところが、障害のある子供だけに、しかも十三人に一人の基礎定数化ですから、特別な教室でやらなきゃいけないことになっています。  何が起きているかといいますと、これはLDの子なんかが疑われる場合が多いので、算数とか国語で取り出すんですね。そうすると、御存じのように算数とか国語は続き物教科ですから、週四時間のうちの大抵一時間ずつ取り出したりするケースが多いです。そうすると、算数を一時間ずつ毎週取り出されたらどうなるかといえば、つまり、そもそもLDを疑われて通級指導の対象になる子というのは勉強の苦手な子が多いわけですから、勉強の苦手な子が授業を十分に受けられずにより勉強ができなくなるという。  ですから、その通級指導の対象になったことによって落ちこぼれになって、学校に行くのが嫌になって不登校になったみたいな相談事例も私どものところには寄せられたりしている、そんな状況がございます。  ですから、その通級による指導で充実するというのはすごいいい話なんですけれども、是非、これはその運用を柔軟化していただけるような通知をむしろ文科省さんに出していただけるような働きかけをしていただけると、この子供の不幸というのは随分、先生方がそもそも通級による指導を充実させようという法律を作ってくださったのは、やはり一人残さず子供を幸せにしたい、社会で取り残される子供を少なくしたいという、そういう思いからだということは疑っておりません。だけれども、それが現場でこの法律どおりに運用されてしまうと、実は分離を促進したり、落ちこぼれを促進したり、つまり学校を通して希望を喪失せざるを得ないような子供が今増えているのではないかということを率直に感じざるを得ないというのは深刻な実態のように思っております。  それから、非常に不思議なことがございます。子どもの権利条約というのは一九九〇年代半ばに日本でも批准をしておりますが、当時、文部省さんで通知を出されました。児童の権利に関する条約についてというこの通知の中で、この子どもの権利条約というのは、法律が整備されていない途上国を対象としたものであると、だから、先進国である日本が必ずしも法整備の必要とかもないし、これに対して特に対応する必要がないというようなお墨付きを与えるような印象のある通知が出ております。この通知は、確認をしていただきますと、現在でも生きているという状況だそうでございます。  不思議な気がいたしますのは、通知というのは、実は時代に合わなくなると廃止されている事例がございます。学園闘争が大変深刻だった一九六九年には、高等学校における政治的教養と政治活動についてということで、高校生の政治活動を禁止する、そういう通知が文部省から出されました。ところが、十八歳選挙権が実現するに当たって、文部省は平成二十七年にこの通知を廃止するというそういう新しい通知をわざわざ出しているわけです。  そうしますと、日本政府としては、こども基本法までお作りになった、改めて子ども権利条約というものを遵守する国をつくろうというふうな、そういう体制をお整えになった。そうであるとしたら、是非そのことを、ですけれども、この話は学校現場には率直に申し上げましてほとんど落ちていません。ほとんどの学校がこども基本法によって何も変わっていないというのが現状だろうと思います。やはり、権利のないところに子供のしんどさとかは表れるんだと思います。  ここに引用させていただきました高校生の声、これは雑誌「教育」に載ったものでございますけれども、やはり、子どもの権利条約を知っていたら、子供が意見を言えるようになると思います、学校現場でそういう環境がつくれたら、社会に出て意見が言える大人が育つのではないかというふうに書いてございます。  何か、こういう道筋の中で是非学校に子供の権利を入れていけるような、これはやはり文科省さんがその一九九〇年代半ばの通知を廃止するという一点を出してくだされば、かなり学校現場はぴりっと変わっていくのではないかという気がいたします。  結局、インクルーシブ教育って何なのかといえば、その成員の中でマイノリティーとされてしまって十分に権利を認められていない子供、若しくは、成員の中では無意識かもしれないけれども現実としては差別を受けてしまっているかもしれない子供、そういう子供の権利擁護をしよう、権利保障をしよう、それからエンパワーメントをしよう、ここのところが基本なのだと思いますので、インクルーシブ教育を充実させる一丁目一番地は、まずはこのやはり子どもの権利条約をしっかりと学校の中に入れていく。せっかくこども基本法といういい法律を作っていただいたので、あの法律をちゃんと、今までは国際法だから国内法がそれに優先するんだみたいな言い方の中で、必ずしも子どもの権利条約は日本の学校教育の中に入っていっていなかったと思いますけれども、今回は国内法ができたということでいえば、なぜ今学校の中にこども基本法を意識した教育実践が生まれていないのかということ自体が極めて不思議なんですが、もう一方で通知も生きているという、そういう現状が問題なのではないかと思うところでございます。  済みません、時間があるのだろうと思うので……

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 小国参考人、陳述時間が過ぎておりますので、簡潔におまとめください。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) 分かりました。  あと、じゃ、二点だけ。  もうこれは学習指導要領の基準性というもの自体も是非見直しの対象としてお考えをいただけたらと思います。  それから、やはり現場に行きますと、もう先生方がどこの自治体でもおっしゃるのは、テスト漬けになっていて、もう子供たちがかわいそうだという話です。やはりテストを上げるのにどうしたらいいかといいますと、実は、できない子供を一人特別支援学級に移せば平均点は数字のマジックで上がってしまうという、そういう隠れ技がございますので、そういう意味において、是非これは、学力調査は悉皆調査ではなくて、やはり抽出調査にしていただくということが、本当にいろんな子供たちが、そこの場で穏やかにゆったりと過ごせる、いろんな間違いをしながらもその中で育っていける、そんな教室を実現するための重要なきっかけになるのではないかと思ってお話をさせていただきました。  時間超過いたしまして申し訳ありませんでした。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) ありがとうございました。  次に、大空参考人にお願いいたします。大空参考人。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) あなたのいばしょの大空と申します。  本日は、こうした貴重な機会をいただきましたことを、会長始め理事、先生方皆様に感謝申し上げたいと思います。  本日は、困難や生きづらさを抱える子供たちということで、子供や若者が今置かれている現状を、我々のその相談支援の現場から見えてきた声ということも御紹介をしながら、具体的な、最後、対策までお示しできればなと思っております。(資料映写)  簡単に自己紹介させていただきますと、私、大学在学中にこのNPO法人あなたのいばしょというのを立ち上げまして、先日二十五歳になりましたので、NPOの中では比較的若手ということになろうかと思いますが、現場のNPOの活動と行政の活動と発信をしていくというようなこともやっております。  私どものNPO法人あなたのいばしょが何をやっているのか。簡潔に申し上げると、これはチャット相談の窓口です。いのちの電話さんとか、皆さん、先生方はお聞きになったことあると思いますが、こうした伝統的な電話相談窓口に対して我々のようなチャット相談窓口というのは、これ、基本的には電話を余り使わない子供や若者たちに向けたセーフティーネットということになります。これは厚生労働省の自殺防止対策事業として実施をされておりますけれども、自殺に限らず、いじめや不登校、貧困、恋愛相談、ペットロス、もうありとあらゆる相談というのが日々寄せられています。  二〇二〇年の三月、まさにパンデミックの一番初期に、当時大学に在学をしていて、私自身の過去のいろんな原体験からこの相談窓口をつくりましたが、もうすぐ四年たちます。四年間で相談件数は九十万件です。今、一日千から千五百件、多いときでは三千人以上の子供が一日相談来るわけですね。非常に大規模な相談窓口、これだけ需要があるということになりますけれども、それは当然、これだけ悩みや困難を抱えている若年層がたくさんいるんだということを示しているわけです。  我々、今、心理士さんそれから看護師さんを含めた専門職の職員と合わせて約一千名の市民ボランティアの相談員を抱えています。もちろんしっかり研修をやっています。この市民ボランティアの相談員は、今世界三十二か国に住んでいます。世界中に何でいるか。今二十四時間やっている相談窓口、まだまだ少ないんです。チャット相談窓口でいうとほとんどありません。ただ、一番相談が増えるのは、これは夜から朝方にかけてなんです。自ら命を絶つ方が最も多い時間帯というのも、不詳を除くと午前零時から二時の時間帯と言われています。人は夜悩みを深めるんですね。例えば、昼夜逆転生活を送っていて生活リズムが乱れている方というのは、当然、夜間非常に孤独を感じやすいということも指摘をされています。でも、この時間帯、行政の窓口もやっていないし、民間の相談窓口もほとんどやっていない。これは、人手不足、高齢化といった慢性的な問題がこうしたセーフティーネットには存在しますから、開けたくても開けられないというのが現状です。  ただ一方で、私たちはチャット相談窓口ですから、実際の相談員の活動、全てオンラインなんですね。これは、書類選考、面接、研修、そして実際の相談対応までパソコン一台あれば自宅からできるという体制を取りました。こうすることによって、私たちは、世界中にいる、これ在外邦人、今百三十万人いると言われていますけれども、海外に住む日本人、それから日本語話者の方、こうした人たちが相談に入ります。一番相談が増える夜間から早朝の時間帯、主に北米とかヨーロッパに住んでいる相談員、これは朝方とか昼間ですから相談対応できるんですね。要は、時差を使うことによって二十四時間対応が可能になったと、そういうアプローチを我々は取っています。  これやることによって、良かった点があります。相談員不足とずうっと何十年も言われてきました。でも、これ相談員になりたいという人がいないのではなくて、なりたいけれどもなれないというのが現状だということが分かってきたわけですね。というのも、やはり既存の相談窓口のように、若しくはいろんな行政のボランティアもありますけれども、じゃ、事務所に月に何回か行って、夜勤までやってください、これはやっぱり時間的にも金銭的にも余裕のあるシニアの方しかできないということで、相談窓口、高齢化しているわけです。  でも、今、例えば就職活動にしても、これはガクチカといいますけれども、学生時代に力を入れたこと絶対聞かれるわけですね。エントリーシートには必ず書くんです。AO入試、推薦入試、これだけメジャーになりました。高校時代から社会活動をやるということが、今の子供たち、若者たち、もう当たり前になっています。それは就職のため、進学のためという何か目的があるかもしれませんけれども、手は動かしているわけですね。ということは、やはり社会的に参加をしていくと、ボランティアに参加をしていくということに対しては物すごくこれポピュラーになってきたと言えるんだと思います。  そうした状況の中でパンデミックが起きました。DVや虐待が増えたという報告がたくさん出ました。メディアでも自殺が増えましたというようなことが報道されました。何か自分もしたいという人たちがやっぱりこの社会にはたくさんいるんですね。  そうした人に対して、我々のように、例えば、じゃ、月に四時間、パソコン一台あればボランティアできますよというような体制を整えると、物すごい数の応募があるんです。今、一年間に約四回、我々、相談員の採用をやりますけれども、四回それぞれごとに五百人から七百人ぐらいはこれやりたいという方々がいらっしゃるんです。そのうち我々採用するのは約百名程度ですから、かなり厳選はしますけれども、やりたい人というのは今も途切れることなく応募が続いているという状況です。  ですから、ボランティアとか誰かの支え手になりたいという人たちはたくさんいるという前提の下で、体制をどうやって構築をしていくのかということが我々セーフティーネット側にも求められているということなんだろうと思います。  どういう仕組みでやっているか簡単に御紹介しますと、ほとんどは相談者はスマホで相談に来ます。ほとんど、残りは何かというとゲーム機です。ゲーム機と、そして学校のパソコン室、あとはGIGAスクール構想の一人一台端末、こうした端末を使うことによって相談来れます。というのは、親がお子さんに携帯を買い与えていない御家庭、これまだまだたくさんあります。  今、いろんな行政がSNS相談窓口ってつくるんですけれども、ほとんどこれSNSを使うわけです。例えばLINEとかですね。これは携帯の電話番号の登録が必要、すなわち親が子供に携帯を買い与えている家庭でしか基本的にこういった窓口は使えないんです。でも、今そこにどんどん予算が付いているという現状もあります。  我々は、SNS相談窓口ではなくてチャット相談窓口、ウェブのページに埋め込んでいますので、電話番号の登録も必要ありませんし、メールアドレスの入力も必要ありません。必要なのはデジタル端末だけ。そして、日本は、これはほかの国とは違って間違いなくアドバンテージなのは、一人一台端末配ったわけですね。もう今年は更新の自治体もあるそうですけれども、これはほかの国と比較してもなかなか珍しい事例になるわけです。経済的な状況にかかわらずデジタル端末を有する今の日本の子供たち、若者たちにとって、チャット相談というのは実は最もアプローチしやすい、リーチしやすい相談手法だということが最近分かってきました。  ただ一方で、リーチしやすいということは、それだけ相談が逼迫をするということです。今、物すごい数の相談が来る中で、我々、正直申し上げて、全ての相談に瞬時に対応することはできません。これは我々のみならず、世界中どの相談窓口も全ての相談返せるというところは前提としてないと思います。  ない中でどうするか。我々はやっぱりリスクの高い方を最初に応じるということをやらなければいけないわけですね。例えば、一日の相談窓口の中で、今駅のホームに立っていて、これから飛び降りようと思いますというお子さんからの相談、こうした相談毎日あるわけですけれども、一方で、今日は学校の部活でちょっと嫌なことがあった、急いでいないけれども話を聞いてほしい、こういうお子さんもいらっしゃるわけです。同時に相談来ます。どちらを優先するかというと、当然前者を優先しなければこれはならないと、セーフティーネットとしての役割がありますから、我々はそれをやるわけですね。  どうやるか。目視でやるわけにはいきません。もう何千件も相談来ます。我々は独自の自動化のシステムを持っていて、相談の一番最初はAIのチャットボットと会話をしてもらっているんですね。人間の相談員とつながるのはその後です。AIのチャットボットと会話をしてもらうことによって、我々百万件の膨大な相談データを持っていますから、リスクの高い人が使う言葉みたいなものを分かっているわけですね。それを自動的に判別をしていきます。リスクの判定を自動化していくことによって、リスクの高い人を専門職の相談員が、そうじゃないのを市民のボランティアが、こういうふうに振り分けをします。この振り分ける機能を持っていることで、より多くの市民ボランティアがこの相談窓口に参画できていけるような仕組みをそもそも持つことができると、そういうことで我々は構造としてやっています。  今いろんな数字が出ます。例えば、不登校の子供の数は、令和四年度三十五万九千六百二十三人で過去最多。これは、虐待の相談対応件数、いじめの認知件数共に令和四年度、過去最多なんです。  これは、やっぱり政治の現場では深刻に捉えていただく必要はあるんですが、ただ同時に、これまで、じゃ、無理やり学校に行かなきゃいけないと思っていたお子さんが、無理して学校へ行かなくてもいいよというようなことをいろんな大人たちが言うようになったことによって、不登校、要は学校へ行かないという選択をしたということもこの数字には含まれているんですね。ですから、必ずしも一〇〇%ネガティブな数字というふうに捉えるのではなくて、問題は顕在化したんだけれども、同時に、声を上げられるようになったからこそ、例えば一八九に電話できるようになったとか、不登校という選択をできるようになったとか、そういう少しポジティブな側面もやはり我々は同時に見ていかなきゃいけないんだろうと思いますね。  これ、余り過剰に、不登校、虐待、いじめ、大変だ大変だと言ったときに、じゃ、支援者側は、学校は無理して行かなくてもいいよというようなことを言うわけです。無理して行かなくてもいいと言った結果として不登校の子供の数が増えて、それまた大変だと。これどんどんどんどん繰り返しているだけですから、やっぱりこの数字を扱うときには、声を上げられるようになってよかったねと、ただ、この数字の中で抱えている問題というのをしっかりと捉えていこうと、そういう議論の仕方をしなければいけないんだろうと思います。  一方で、子供の自殺に関する数字は別です、これは特殊です。二〇二二年は五百十四人の子供が自ら命を絶ちました。これは過去最多。そして、先日出た最新の数字だと、二〇二三年は五百七人の子供が自ら命を絶っています。これは速報値ですから、恐らく確定値が出る三月にはもう少し積み上がるだろうということが言われています。少子化の中で出生数が激減しているにもかかわらず、子供の自殺というのはこれまで全く減らなかった、むしろ過去最多を記録し続けているというのはまさに異常事態なんですね。  そして、先ほど申し上げた、不登校とか虐待とかいじめ、この数字と何が違うか。亡くなった子供は生き返らないということですね。今年五百十四人だったとしたら、その年、次の年にまたその子たちが生き返るわけではありませんから、これ積み上がっているんですね。それを考えると、この十年間で約四千人の子供たちが自ら命を絶っている。これ、亡くなった子供だけですから、未遂、これ少なく見積もっても倍以上あると言われています。こうした自殺未遂をしている子供たち、オーバードーズというのも最近増えているという報告もあります。こうした子供たちというのは今現状増えていると。これは深刻に捉えなきゃいけない問題です。  一方で、行政も国も何もしていないかというと、それは全く間違いで、いろんな支援を講じてきたのが現状です。  例えば、スクールカウンセラー、これ平成七年、約二十七、八年前ですけれども、百五十四か所しか全国に設置されていなかったんです。今は三万か所以上に配置されています。約三十年弱でスクールカウンセラーの数というのは実は二百倍に増えている、増やしてきたんですね。  一方で、全国で百五十四か所しかスクールカウンセラーが設置されていなかったときの子供の自殺は百三十九人なんです。三万か所以上に配置をした令和四年の子供の自殺は五百十四人。この間、繰り返しになりますが、当然出生数は減っています。スクールカウンセラーの数二百倍に増やしながら、子供の自殺の数は実は三・七倍に増えているんですね。これが現状です。  今どうしても、我々のような分野はどうやって支援者を増やそうかというような議論に終始してしまいがちです。相談窓口を拡充するとか支援者を増やすとか、それは絶対重要です。やらなくてはいけませんが、やってきたけれども残念ながら結果が出ていないということはやっぱり重く受け止めなければならないわけですね。何で結果が出ていないか。例えば、今スクールカウンセラーの予約を取るのに担任の先生経由じゃなきゃいけないような自治体がいっぱいあります。担任の先生との関係で悩んでいるのにみたいな、そういうことが起こっているわけですね。また、これやっぱり対面です。そして、いろんな掛け持ちをしているスクールカウンセラーさんもたくさん多いと。匿名で気軽に話せるような相談窓口というのが重要だったわけです。  子供たちからの相談を聞いてみると、こういうことで悩んでいますというよりも、こういうことで相談してもいいんでしょうか、自分は悩んでいていいんだろうか、心配掛けて申し訳ないというような声が多く聞かれます。頼ることが恥ずかしいとか相談することは負けだといったような、これは英語でスティグマと呼ばれますけれども、いわゆるためらいのようなものがあるわけです。支援を増やすのであれば、同じぐらいのコストを、相談することは恥ずかしくないというような文化をつくることにお金を掛けなきゃいけないんですね。  これは、例えば、相談窓口を広報するときに、相談してくださいとしか我々支援者や行政は言いません。でも、例えば、洗剤を売っている民間の企業は、洗剤買ってくださいとはCMで打たないんです。この洗剤を使ったらこれぐらい汚れが落ちますと言ってCMを打っているわけですね。  要は、相談につながるとどういった効果が得られるのか、どういった変化が起きるのかというのを悩みや困難を抱えている人たちには見せていかなきゃいけない。相談することによってちょっと気持ちが軽くなるとか、支援につながったことによってこういう生活の変化がありましたよというような相談のその先を見せていくという、これは広報の仕方を今まるっと変えるということですね。今でもポスターでは相談窓口の表示に基本的には終始してしまいがちですけれども、そうしたコミュニケーション方法を変えるだけでもこのスティグマという文化を変革していくことにつながるんだろうと思います。  今起きている現状というのは、若年層が支援にたどり着いていないということです。これは様々な要因がありますけれども、非常に子供たち、若者たちの問題が矮小化されているんだと思います。  例えば、子供の自殺と聞いて、今でもいじめが大きな原因なんだろうと思っておられる方はたくさんいらっしゃると思います。ただ、いじめを原因とする子供の自殺というのは失恋の三分の一以下なんですね。これはやっぱり、いじめというのは、加害者の存在がありますから、メディアでもセンセーショナルに報道されますし、やはりこれは人間の感情として、許せない、こんなことはあってはならないと思うわけです。  一方で、失恋で亡くなった子供、毎年三十人ちょっといますけれども、そうした報道を見たときに、何で恋愛なんかで亡くなるんだってきっと多くの方は思うと思うんですね。でも、子供の場合は自分の見えている世界が当然これ全ての世界ですから、大人がそれもいい経験だよなんと言っても、これは何の意味もないわけです。  やはり、いじめだろうが失恋だろうが無気力だろうが、子供たちが抱えている問題というのを正面から深刻に捉えていくというのがまず最初のステップ。それを考えたときに、今の仕組みというのは明らかにおかしい。例えば、いじめを原因とする自殺については、これは調査していくわけですね。それでも不十分ですし暗数もありますが、でも調査されるんです。ただ、これは、いじめ防止対策推進法が議員立法によって成り立っているわけですから、当然これはやっていきます。ただ、先ほど申し上げた失恋とか部活動の悩みとか、こういうことを原因とする自殺というのはほとんど調査されていないのが現状です。いじめ以外の要因というのが残念ながら無視されてしまっていると言ってもいいんだと思います。子供たちの自殺は五百人ですよ。五百人、一件一件調べるのにそんなにコストは掛からないはずです。  複合的ということなんですね、背景は。一つの自殺、これは平均して四つ以上の背景や要因があると言われています。一つだけで、限定的な要因で苦しんでいるということではないんです。学業不振があれば、そのことを誰にも相談できないということもこれまた一つの悩みなわけです。幾つも重なっていきます。例えば、私たちの相談窓口を見ていくと、将来に対する漠然とした不安とか、勉強意欲の低下とか、無気力、これは不登校の要因として一位ですけれども、こうしたものが挙げられてくるわけですね。今の仕組みは、いじめとか、この後御紹介あると思いますが、ヤングケアラーとか不登校、虐待とか、個別の問題に特化し過ぎているんですね。こういう漠然とした不安とか無気力に対しては全く今なすすべがないと、現状よく分からないというのが実態だと思います。そのためにも実態を把握しなければいけないということになります。  これは、私たちの相談窓口で使われた言葉の大きさ、要は使われた回数が多ければ多いほど大きく表示している。これを緊急事態宣言ごと、これ東京の期間ですけれども、四回あります。一回目の緊急事態宣言の期間というのは、最も相談窓口で使われた言葉というのはコロナという言葉なんです。それが二回目、三回目、四回目の緊急事態宣言に移っていくにつれて、コロナという言葉は消えました。代わりに死という言葉、死にたいというような言葉が最も多く使われるようになりました。この背景には、学校のことで悩んでいる、親のこと、友達のこと、不安、いろんな要因というのが重層的になっていったということが読み取れるわけです。ですから、問題を限定的に捉えないということは非常に重要ということです。  今の支援というのはほとんど、次のページにありますが、川のようになっているというふうに捉えると下流なんです。対症療法なんですね。虐待が起きた後どうするか、不登校になった後どうするか、引きこもりになった後どうするか。それは、もちろん個別の対症療法は重要なんですが、もっと上流へのアプローチがあるはずなんです。  それは、悩みを抱えないという子供はいないということです。これは、孤独・孤立対策、我々も一生懸命やってきましたけれども、例えば不登校で悩んでいるお子さん、まあ学校ちょっと行きたくないなという段階が最初にあるはずなんです。学校に行きたくないなということを誰にも相談できないことによって、今度不登校になります。不登校というのがどんどん続いていくことによって、今度は引きこもり、これは約、引きこもりの二割ぐらいは不登校経験者です。そして、引きこもりの御家族もまた悩みを抱える。ちょっとしたもやもや、誰にも相談できないということが実は新たな社会問題を生んでしまっているんですね。ですから、源流へのアプローチというのが大事。この源流というのが、誰にも頼れない、頼りたくても頼れないんだというような、いわゆる望まない孤独に当たる部分です。  悩まない子供がいないという中で、子供たち、何で支援しづらいか。客観的に見えません。孤立している子供というのはほとんどいないです。これ、何でかというと、子供たちには学校や家庭が基本的にはありますから、社会や地域で孤立しづらいんですね。むしろ、家族や友達がいるお子さんの方が、心配を掛けちゃいけない、迷惑を掛けてはいけないということで、相談できていないという現状が今あります。  どちらかというと、こちらの方が問題です。やはり、センセーショナルに報道される非常に深刻なケースも大切なんですが、もう少し源流の段階で、もやもやするけれども心配掛けちゃいけないな、ここにどう対処できるか、アプローチできるかというのが新たな社会問題の発生を防ぐことにつながるんだろうと思います。  じゃ、どうするのか。一つはやっぱり居場所なんです。居場所という概念は非常に曖昧です。もし何か立法措置とるのであれば、この居場所という概念を僕は整理しなければいけないと思っていますけれども。  居場所、こどもの居場所づくりに関する指針、こども家庭庁で審議会の中で私たちも去年議論してきましたけれども、子供たちに限って言ってもなかなか難しいです。これは、子供の居場所をつくろうとすると、これ、今度は大人を排除するという性質も生まれます。でも一方で、悩みを抱えている親もまた悩みを抱えていたりするわけですね。だから、親の居場所をつくろうとすると、それ、今度は子供にとって居場所じゃなくなることもあるし、大人たちが想定していないオンラインゲームとかSNSがもう立派な居場所になっているということもあるわけです。ですから、こうしたことを解決をしていくためには、やはり居場所という概念をもう一度整理していく必要があります。  そして、日本は、大変すばらしいのは既存のリソースがあるんです。一つは民生委員です。子供、若者民生委員という民生委員を若者たちがやるという仕組みを今我々はずっと提言をしてきました。今の民生委員さん、一生懸命頑張っておられますが、約九割が六十歳以上なんです。全国で九十歳代の方もいらっしゃるそうです。これはすばらしいんですけれども、例えば、SNSのネットいじめに悩んでいる中学生がスマホを持っていない高齢の民生委員さんには相談できないというのが現状なんですね。  やはり、最初、冒頭申し上げたことと同じで、民生委員さんやりたい人がいないわけではありません。僕、地元の東京江東区に住んでいますが、江東区の民生委員やろうと思っても僕はなれないわけですね、やはり推薦されませんから。なりたい人はいます。でも、なれる仕組みがないということなんです。子供たち、若者たちがオンラインで同じ地域に住んでいる同世代とかちょっと年下の子供たち、若者たちを支援するという子供、若者民生委員の仕組みをつくって、やはりこれは同世代同士の支援ということを進めていく。この子供、若者民生委員、何の問題もなく務め上げた方を既存の民生委員、児童委員の仕組みに入れていくということができれば、民生委員の大幅な若返りもできるはずです。  新しく何かを、ゼロから一をつくるんじゃなくて、既にある、この日本の百年続いているすばらしい民生委員制度の仕組みを百年後も持続化させていくためにアップデートをしていくというような取組も居場所づくりにとっては重要ですので、是非、今のものを見返しながら、検証しながらということで進めていただくというようなことも一つの案として御検討いただければと思います。  以上になります。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) ありがとうございました。  次に、田中参考人にお願いいたします。田中参考人。

田中悠美子一般社団法人日本ケアラー連盟理事/一般社団法人ケアラーワークス代表理事

○参考人(田中悠美子君) よろしくお願いします。  一般社団法人日本ケアラー連盟理事の田中悠美子と申します。  本日は、貴重な機会をいただきまして、本当にありがとうございます。  ヤングケアラー、家庭支援について、現状、課題、そして課題に対しての展望についてお話しさせていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。(資料映写)  まず、私が所属しております一般社団法人日本ケアラー連盟について御紹介をいたします。  ついついケアをしている人は自分のことを後回しにして、ケアが必要な人のことを大切に過ごしています。ケアラーも、健康で文化的な生活を送り、一人の個人として自分の人生を自分らしく自分で選択しながら生きる権利があると思います。私たちが大切な人をケアするあなたも大切な一人ですという意識を持つこと、社会がケアをしている人を支える仕組み、法制化をしていくことを目指して、御覧の四つの事業を展開しております。  また、本日別紙で配らせていただきましたヤングケアラープロジェクトにおいては、ヤングケアラー経験のある方、研究者、そして支援者が集い、協働しながらヤングケアラーの支援体制づくりに健闘しております。  また、私は、東京都の府中市と協働してヤングケアラーと家族を支援する自治体モデルづくりに取り組んでおります。ヤングケアラーコーディネーターという立場でも活動しておりまして、今回は、ヤングケアラーの支援の現場の声、子供と家族を一体的に支えていくこと、そのための体制整備の必要性についてお話ししていきます。  まず、ケアラーとは何か。改めてなんですけれども、私たちの連盟では、心や体に不調のある人へ介護、看護、養育、世話、気遣いなど、ケアを必要とする家族や近親者、友人、知人などを無償でケアする人たちのことを指しています。この言葉が十年ほど前に出た頃はケアワーカーと混同されることがありました。無償でケアをしている人たちのこと、ケアする人たちのことをケアラーというふうに呼んでいます。ケアする相手の病気や障害、続き柄にかかわらず、ケアラーに焦点を当てて横串に刺すものとして考えています。  総務省の調査によりますと、介護をしている人は六百二十八万八千人に上っており、大人も子供も誰もがケアをする時代になってきています。日本には、家族のケアは家庭内の問題、課題であるために、家族で何とかしなければならないという考えがあるかと思います。大人側もSOSを出しづらいというところがあると思います。また、デリケートなことでもありますので、周囲の人が家庭内を見ることは難しさもありますし、入っていくことも容易ではないと思います。ただ、ケアをしている子供たち、若者の未来を考えたときに、生きづらさを感じているような場合があれば、やはり見過ごすことはできないというふうに思います。  ヤングケアラーという言葉がこの三年ほどで社会に浸透しつつあると思いますが、子供たちが家族のお世話や介護をしている現状は昔から存在していると考えます。今は大介護時代と言われるようになっていて、深刻な少子高齢化が進む中、認知症の方が増えたり、精神疾患を持つ方も増えているということで、ケアを必要としている人は増えているという状況がございます。  ケアは、個別の、個人の問題ではなくて、社会的な課題として捉えていくことが重要だと思います。ケアが必要な人に対しては支える法制度が整いつつあります。しかし、大人も含めたケアをする方に対しての支援やサービスの法整備化はなされていないという現状です。ケアをすることを求められて、自分の人生や生活、健康が奪われている状況がございます。  ケアラーの悩みは尽きません。誰に相談していいのか分かりません。場所も知りません。そもそも、介護をしている人の生活や進路、仕事、子育てなど、ケアラーさん自身の悩みを誰に相談していいのか、そもそも相談していいのというふうに思う方もいらっしゃいます。また、家族がいるからヘルパーの利用ができないなど、一律的にそういったサービスができないという判断がされてしまう実情もあったりします。家族の状況を十分に把握、アセスメントしてもらう機会がございません。ケアラーは、孤独を抱え、心身共に疲れ、社会的に孤立しがちになってしまいます。  また、昨今の医療的ケア児の支援法や認知症基本法などでは、家族支援ということが位置付けられてきています。それはとてもすばらしいことだと思います。ただ、個別の制度ごとに対策が検討、実施なされていて、自治体においては、相談窓口の設置ですとか人材確保に苦慮している状況もあります。なので、自治体単位で総合的に対応できる、例えばケアラー支援センターのような、そういった横断的かつ包括的な対応が必要ではないかというふうに考えています。  ヤングケアラーがしているケアは、こちらのイラストにあるように多岐にわたっております。家族に病気や障害があってケアを要する場合に、大人が担うようなケア責任を引き受けて、家事や家族の世話、介護、見守り、感情面のサポートなどを行っている十八歳未満の子供という概念を指しています。家族構成や、いつから誰のケアをしているのか、また、家計の状況は困窮しているのかどうか、共働き世帯なのかなど、様々なグラデーションがあります。そして、ケアを必要とする人もケアをする人も、時間とともに状況はどんどん変化をしていくという特性もございます。  そして、ヤングケアラーの悩みもこのように多岐にわたっています。お手伝い、とても推奨されることだと思いますが、その線引きというのも難しさが大変あります。ヤングケアラーは、いわゆるお手伝いの範囲を超えた大きな責任を伴う場合があります。子供の年齢や成熟度に見合わない過度な負担を背負うことは、本来あるべき子供自身の健康や生活に大きな影響を及ぼします。国の調査の結果、ケアを担う子供たちの多くが家族のお世話を優先するために自分の時間が取れないと訴えています。ケアすること自体はもちろん悪いことではありません。ただ、ケアによる問題や悩みが発生する前の気付きというのが大切になると思います。  では、どのようなまなざしで子供たちを見ていけばよいかというところでは、ヤングケアラーは、ケアラーである前に成長途中にある子供というふうなまなざしが大事だと思います。その子に関わりのある人たちが認識を高め、見る角度を少し変えてみるだけでも、その子の状況や気持ちに気付いて寄り添うことができるのではないでしょうか。支援が必要な場合も想定し、子供の声をしっかり聞くということが大切になります。こちらには、学校の先生始め、子供や若者の関わりのある身近な人たちを掲載してみました。  そして、ヤングケアラーについて、現在、法令上の定義はなく、国が示している概念はこちらのとおりです。本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子供、さらに、子供自身がやりたいことができないなど、子供の権利が守られていないと思われる子供というふうに示されています。  令和五年度からこども家庭庁ができ、ヤングケアラーの施策が厚労省からこども家庭庁に移管されたということもあり、子供からまた更に若者というふうに広げて政策がなされているというのはとてもすばらしいことだなというふうに思っています。  また、十二月の下旬に、こども家庭庁が児童虐待防止対策部会の方でヤングケアラーに関する制度改正について示しています。改正のイメージ案としては、子ども・若者育成支援推進法のところにおいて、家族の介護その他日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子供、若者と定義して、国や自治体が各種支援に努める対象にヤングケアラーを明記することとしてはどうかというふうに示されています。  また、全国で二十か所ですね、自治体のケアラー支援条例という制定の動きがございます。国内で一番最初に制定された埼玉県においてはこのような定義となっています。ケアラーは、高齢、身体上又は精神上の障害又は疾病等により援助を必要とする親族、友人その他身近な人に対して、無償で介護、看護、日常生活上の世話その他援助を提供する者というふうにして、ヤングケアラーは、ケアラーのうち十八歳未満の者としています。  また、北海道のケアラー支援条例においては、定義とともに基本理念というものを出しています。ケアラー支援においては、全てのケアラーが個人として尊重される、夢や希望を持って暮らすことができるように行わなければならない、ヤングケアラーの支援においては、ヤングケアラーの意向を踏まえつつ適切に行われるとともに、子供の権利及び利益が最大限に尊重され、心身共に健やかに育成され、適切な教育の機会が確保されるように行わなければならないとしています。  国の定義において、過度に行っていると認められる子供、若者という程度を示している状況なんですが、先ほどの埼玉県や北海道の定義よりも、そうするとこれでは狭い概念や定義になってしまうのではないかと思います。過度というのはどの程度を指すのかも難しいことだと思いますし、同じ量のケアや内容でも、その子供さん自身の受け取り方によっても変わってきてしまうと思います。また、過度にならないように支援するということも大切になります。また、過度な状態の子供、若者イコールヤングケアラーというふうにしてしまうと、過度でないけれども、そういった状況だけれども、心理的に負担やもやもや、葛藤を感じているような子供、若者の方は支援の対象外になってしまいます。定義につきましては、是非慎重な議論をしていただきたいというふうな思いがございます。  そして、国が行った実態のところについて御紹介ですが、ケアをしている子供たちの人数、中学二年生の場合で十七人に一人、高校二年生では二十四人に一人という状況が分かってきています。そして、ケアに割り当てる時間を見てみますと、多くは、三時間未満というところが多い傾向にあります。中には一日七時間以上という子供さんも一割ほどいることが分かりました。  そして、家族のお世話をしている子供たちが相談について、相談経験について確認をすると、ないという回答が六七・七%という状況でした。ないの理由としては、誰かに相談するほどの悩みではないという考えが七割、また、相談しても状況が変わるとは思わないという声も二割ほどの方が感じています。また、相談をしたことがある人は、身近な御家族や友人に相談したという状況のようです。  そして、ケアをすることの若者への影響ということも生じています。ケアが優先となり、進路を変更したり受験の準備が十分にできなかったりします。また、十八歳以降もケアを継続する場合、ケアと高等教育との両立に悩んでしまったり、就業の機会を逃し経済的に困窮してしまうということも考えられます。疲労やストレスを感じ体調不良に悩み、不安を抱きながら生活することにもあって、若者ケアラーは、ケアラーである前に自分の人生を歩み始めたばかりの若者たちです。ケアをすることで二十代、三十代で経験するライフチャンスが得られないことがないようにするということが大事だと考えます。  そして、若者ケアラーの実態として少し御紹介ですが、就業している二十代の若者、介護者のうち、非正規職員の方は四六・四%に上っているという状況です。様々な背景から、職業の選択の中で非正規職員を選択している状況があります。  また、介護や子育てを同時期に行うダブルケアという状況の方、最近の分析データでは二十九万三千七百人というように言われております。  周囲の人が気付きにくい特徴や背景があるということ、見ようとしないと見えてこないというところをまず認識することが大事だと思います。ケアをしている子供たち自身、若者自身が、家族のことは自分たち家族でしなければならないと思っていたり、当たり前となっていて子供自身がケアの負担にも気付きにくいというところ、また、自分の役割、使命感を持って担っている場合もあります。障害や病気の家族のことを隠している、言いたくないという思いもあります。相談できることを知らないというそもそもの状況もあったり、大人のケアラーの陰に隠れて見えないということもあります。  一方、大人や支援者側は、子供がケアをしていると思っていなかったり、子供を介護力とみなして期待しているという場合もあります。  まずは、そういったケアをしている子供たちの存在を知っていくということが大事になると思います。  そして、子供のしているケアの内容、役割について確認し、それによる影響についても考えることが重要です。やはり、身体的なケアというところはとても分かりやすい部分あると思いますが、見守りや感情面のサポートもケアの重要な関わりだと思います。ヤングケアラーかどうか厳密な判断にとらわれず、将来に負担を抱えるかもしれない可能性の段階から、ヤングケアラーと思われる時点で見過ごすことなく対応すること、また、過度な負担にならないように予防的な支援も必要だと思います。そして、丁寧に状況を把握する、アセスメントをするということ、子供の声を聞くということ、そして、十八歳以降、また子供と違った異なる生活ニーズが有していますので、そういったところも含めた体制を築いていくことが大事だと思います。  国において、ヤングケアラー支援施策の動向ということでまとめてみました。  二〇二一年の三月から、本当にすさまじいばかりの勢いで施策を展開してくださっています。私たちの活動、本当に背中を押してもらっているなというふうに感じます。また、地方自治体においては、こちらに記載のように①から⑥までいろいろな施策が取り組まれております。  私は東京都や埼玉県の委員にも入らせていただいて、こういった支援マニュアルやハンドブックというものも制作が昨年度されている状況です。  この数年でヤングケアラーという言葉が広まり、施策は急速に進んでいるというふうに感じますが、一方で課題というところもいろいろと感じています。  まず、ヤングケアラーと知られたくない、認めたくない、そういったヤングケアラーという言葉への抵抗感を抱いている子供たちも、当事者の方もいらっしゃいます。また、そこまで大変ではないわということで、そういう思いもあり、ネガティブな印象を抱いているという側面があります。いろいろな普及啓発がありますが、当事者の立場から見ると、とても難しい状況、ネガティブな感情を抱いています。  また、親や家族が責められているような思いになったり、SOSが出しにくい、虐待やネグレクトと誤認されてしまっているような状況もあると思います。  そして、施策が進む中で、やはり、どこがヤングケアラー施策を所管するのか、とても難しさを抱えている自治体もあると思います。自治体内の、組織の内外で協力できる基盤がまだまだ弱い、根深い縦割りの弊害もあるのではないかというふうに感じているところです。  右側に少しポイントを書かせてもらいましたが、そういった課題を考えると、本人の意思を尊重できる継続的な関わり、つながり続ける機会ということも大事だと思いますし、課題解決の視点だけではない、理解や配慮のある、そういった対応も求められると思います。そして、分野横断で相談体制をつくる、子供、若者と接する支援者、また教育者も含めた、そういった方への支援、サポートというのも大切だと感じます。  そして、子供にとって信頼できる人やつながりたいタイミング、一人一人違うと思います。ですので、地域の中、身近な地域の中で、話してもいいんだと思える環境、安心して話せる相手や場所に出会えることが重要ではないかと思います。  そういう意味では、学校という場は子供たちが長い時間を過ごす場所でもあります。先生方にヤングケアラーについて正しく理解をしていただき、子供たちの様子を見守り、変化に気付いていくことが大切だと思います。  学校教育の現場でヤングケアラーについて知ってもらうための取組というものが埼玉県で活発に行われております。また、先生方が気付いた後の対応の中で、子供たちに寄り添い、子供自身がどんな状況、この状況をどう思っているのか、またどうしたいと思っているのかということを、子供の思いや希望をきちんと聞いていただきたいなという思いがございます。  では、本当の意味でヤングケアラーの心に寄り添うにはどのようにしたらよいのでしょうか。私は以下の三つの視点が大事になると考えております。  まず一つ目は、子供の権利を守るという視点です。先ほど来も出ておりますけど、子供の権利、教育を受ける権利ですとか意見を表す権利、その子供の権利が脅かされていないかを確認しながら、権利が奪われている場合は改善をしていく対応が求められると思います。また二つ目に、子供のウエルビーイングという視点です。子供の幸せ、心身の健やかな成長や発達、そして自立が図られるように子供たちを支えていくことも大切になります。そして、家族全体を見るという視点です。子供に影響が生じているというと、大人自身にも時間や心の余裕がなく困っている場合があると考えられます。ケアを必要としている家族、大人のケアラー、そして子供を一体的に支援していくことが求められると思います。  では、具体的にというところで少し御提案ですが、認識が持ちにくい特性を踏まえた関わり方を提案、提供していくというところですね。ケアは生活の一部として当たり前であるために、支援が必要という自覚は持ちにくい場合があります。また、家族も子供に頼っていることや、分担をして生活が成り立っている場合もありますので、周囲から指摘が入るとやはり抵抗感を感じると思います。子供や若者が困っていても、大人がイエスと言わなければサポートが受けることが難しい場合もあります。そのような場合は、まずは子供として守られる権利や配慮してもらえる権利、機会があるということを説明し、自分の状況を理解したり、支援について知れるように関わるということから始める必要があると思います。また、情報共有する際に、誰に知らせてよいのか確認や同意を得たり、偏見を持たれないように配慮をするということも大切になります。  そして、課題解決のための支援のみならず、傾聴や心理的支援が求められるという点です。ついつい、相談支援の現場にいますと、早期発見や早期介入といった、困っていることを課題解決するんだというような関わりがなされていきます。もちろん、それは負担を軽減をしていくという意味では重要なことだと思うんですが、その同時期に、一方で課題解決とは違う、話を聞くという関わりや心理的な支援を行うという関わりも大切になります。改めて自分の将来を考え、自分の人生を歩むことができるよう、定期的に話ができる機会や心が安らぐ居場所、一緒に考えたり気持ちを話せるような機会が大事になると思います。  そして、ヤングケアラーやその家族に情報提供や共有をして選択肢を広げるという関わりも大事になると思います。ヤングケアラーやその家族、また関係者に正しい情報を提供するということも大切なサポートです。自分に必要な支援を考える時間ですとか、気持ちを整理するためにも情報というものは大事になると思います。  最後、まとめに代えて、ヤングケアラーの施策が動き出して三年間、言葉が広がりつつ認識も高まっているんですが、ヤングケアラー、若者ケアラーがかわいそうというような印象を持たれているケースもあるかと思います。決してかわいそうな人でもないですし不幸な人でもないと思います。そんなこと他人が決めることではないというふうに思います。家族が苦しんでいるのを放っておけず、自分よりも家族を大切にする優しい人で、我慢強く責任感が強いような、そんなパワーのある方々だなと私は思います。その子供や若者が、自分が望む進路や人生、自分の将来もしっかりと大切に歩んでいけるように、家族全体を支えながら、学校を始め地域、頼れる人が身近にいる環境を整備し、その子自身が、分かってくれる人がいる、話してみようかなと安心感を持って一歩踏み出せるような関わりが大事だと思います。  最後に、誰もがケアをする時代になります。子供、若者、そしてケアをしている人、あらゆる世代を支えるために、分野を超えて具体的な支援体制、法制化が必要です。是非、参議院の議員の皆さんに一緒に考えていただきたいという思いがあります。  本日はどうもありがとうございました。以上で終わります。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) ありがとうございました。  以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。  これより参考人に対する質疑を行います。  本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。  まず、各会派一名ずつ指名させていただき、一巡後は、会派にかかわらず御発言いただけるよう整理してまいりたいと存じます。  発言は着席のままで結構でございます。  また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくようお願いいたします。  なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますように、答弁を含めた時間が一巡目はお一人十五分以内となるよう御協力お願いいたします。  これより一巡目の質疑を行います。  質疑のある方は挙手を願います。  山本啓介君。

山本啓介自由民主党

○山本啓介君 自由民主党の山本啓介でございます。  発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。  また、参考人の皆様方におかれましては、それぞれの専門で大変な御尽力をいただいておりますことに、まずもって心からの敬意と感謝を申し上げたいと思います。そして、今日、この場に御出席をいただき、詳細にわたるお話をいただきましたことも御礼を申し上げたいと思います。誠にありがとうございます。  総じて三名の方々のお話が、若年層や子供たちにおける環境について、まず定義がない事柄が我が国には少し多いのかなということを印象として感じました。さらには、それらについて、やはり既存のシステムや構造というものをアップデートできずにいる、そのことから、小国参考人の場合は、海外から入ってくる情報とか国連の取組などを通じて、価値観というものが我が国の今とちょっと異なるところが大きいと、そういったお話であったと思います。  まず、小国参考人にお尋ねしたいんですけれども、カリキュラムに子供を当てはめるという言い方がちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、今、日本の教育の形はそういったところで様々な教育環境はつくられているところもあるのかなと、で、そういったものを少しずつ緩和していく。参考人のお話は、十分今の現状の中でバランスというものを意識しながら御発言をされていたというふうに理解をするんですけれども。  その中で、国連の取組にもあるように、海外は、それでは特別支援学級やそういった学校がないというわけではないと思うんですよ。ありながらも、その後、インクルーシブの考えから社会と融和していきながら取り組んでいる部分が多分にあると思うんです。そういった部分、日本ではこうだけれども、海外はこうではなくて、海外にも特別支援学級という施設はありながらも、どのような教育環境が構築されているのか、その辺りについて少し詳しくお尋ねさせていただきたいと思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) 山本先生、ありがとうございます。  やはり我々は、ともすると、私の説明の仕方もそんなふうになっていたかもしれないんですけれども、海外は良くて、何か日本は悪い、遅れているみたいな、そういう説明の仕方をしてしまうことがよくあって、何かそういうところを先生、補足していただいたのかなと思って、有り難く拝聴いたしました。  これ、海外で、例えば研究をしたり、それから我々のオンラインの会なんかですと、結局オンラインですので、それこそ海外でリアルタイムに参加してくる人たちがいまして、例えば、イタリアのフルインクルーシブ教育について日本の研究者が説明をすると、ともすると非常にきれいな説明をしてしまうんですけれども、そこに海外に住んでいる人が、いや、イタリアにも差別がありますとか、イタリアにも特別支援学校があるんですというような、そういう話がございます。  海外の場合、実は見えやすいのは、様々な移民が顕在化している中で、移民の持っている特性として排除すると、これは民族差別に明らかになってしまうので、これを一種、障害の問題と変換して、障害者差別として排除、周縁化するという、そういう形の差別が非常に深刻化しているんだそうです。ですから、一番そういう意味では取り上げにくい差別が障害者差別というふうになっていて、その問題がまずは違いがあるということだと思います。  それから、海外にもそういう意味での差別がありますので、当然生きにくい子供がいたり、それから、日本の方が進んでいるというのは、医療的ケア児なんかのインクルージョンという意味でいうと、実は日本の方が進んでおります。海外の場合は、意外とそういう重度の医療的ケアが必要なお子さんが普通学級で学べるという例は少ないというふうなお声も聞いたりしております。  いずれにせよ、やはり海外との違いという意味で、一番我々にとって重要なのは、やはりその差別をどう克服するのかという認識の中で学校を運営するということと、日本は一応差別がないということが前提として学校生活が営まれてしまっているために、差別を議論するということ自体が何か決定的なことを議論するかのような構えになってしまって、もうその日常的な改善のサイクルの中に入れないという、何かその問題は非常に大きいのかなという気がいたします。  それともう一つは、やはり日本は一斉授業が非常に機能しております。海外は、やはりグループワークであるとか探求学習みたいなものがもっと中心になっておりますので、それぞれがそれぞれなりに取り組みやすいような部分がございます。  山本先生おっしゃってくださったように、やはりその日本のシステムというのは、第二次産業の中で工場労働者をどうつくるのかという中でかなり発展してきた部分がございまして、ですから、遅刻について厳禁になっておりますし、先生の言うことは聞かなくてはいけないことになっておりますし、聞いたことは最後までしっかりやり遂げなくてはいけない。これは工場労働者としては非常に重要な資質ということになっていることに先生方どなたも御異論のないところだと思うんですが、今、そういう労働自体が非常にしぼんでいたり、工場でも様々な労働能力が必要になっているという状況がありますし、そもそも労働能力を養成することが学校の目的なのかということ自体が問われなくてはならない状況の中で、やはり高度経済成長の日本とは、我々が今いる現在というのは違うということの中でやっぱり学校を考えていかなくちゃいけないと、そういうことを山本先生からの御指摘の中で今考えさせていただきました。  ありがとうございます。

山本啓介自由民主党

○山本啓介君 ありがとうございます。私も遅刻は多かった方なんですけれども。  その現状に即してどうするかというよりも、子供というか、その子に対してどうするか、そういう環境づくりが重要だということは今日の話を通じて非常に感じたところであります。ありがとうございました。  次に、大空参考人にお尋ねしたいと思います。  参考人におかれましては、自由民主党の不安と寄り添う政治の勉強会や、又は孤独・孤立対策増進法の成立等々にも大変な御尽力をいただきました。本当に心からの敬意を表したいと思います。  その上で、私もいろいろとお話を伺った経験がありますので、今日もまた改めて聞かせていただいてからの質問をさせていただきたいと思うんですが、具体的に言えば、大変なお取組をいただいていると。  どのような理由があれ、命を落とした子たちがいる、確実に毎年いらっしゃる、十年で四千人に上ると。非常に厳しい現実がそこにあるのと同時に、本人たちが大変悩まれた、そういった人生があったんだなということを感じます。  その上で、一人一人に向き合おうと努力されている参考人の組織の取組はこれNPOでされていますね。それは、非常に限界というか、活動に苦労が多いんだと思うんですけれども、ただ、今、参考人がされている取組がなければどのような結果がまた別に生まれるかといえば、大変恐怖を感じる。このNPOという取組を通じての現状について何か説明があればお願いしたいと思います。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) ありがとうございます。  私たちの活動は、NPO法人としての法人格を持ってやっている活動でありますが、今、例えばNPO法人のこの経営者の平均年齢というのは六十五歳を超えていると言われているんですね。こちらもまた高齢化しています。  起業する若者は増えています。これ、政府もスタートアップ支援をやっています。社会問題に関心を持っている若者たちは、今、NPOを選ばずに株式会社を起業していくわけですね。それは、十年前、十五年前と比べると、VC、ベンチャーキャピタルとか様々な個人投資家、若者にも投資をしていくという土壌が間違いなくできています。  政府も後押しがあります。例えば、先日、株式会社の代表の住所、個人の住所はこれ登記する際に公開しなくていいというようなことで、起業しやすいような環境になりましたね。でも、これは、実はNPO法人は入っていないんですね。株式会社だけを対象にしています。やっぱり株式会社を、平たく申し上げると優遇するということをやってきています。  一方で、今起きている問題というのは、我々には、セーフティーネットは、これ経済合理性が全くありません。ですから、市場の中で経済合理性の外にあって、ただ、問題の普遍性が高いので、また解決も難しいのでやらなければいけないということをこの非営利セクターが担っているわけですね。  でも、今の社会の環境は、間違いなくその非営利セクターへ行く人がいません。ですので、我々は、NPO法人として、例えば、これは、じゃ、行政からの補助金を受けるときにNPO法人とか非営利型の一般社団法人じゃなければいけないみたいな事務的な話はありますが、もう少しマクロな話で、このセーフティーネットを誰が担うのかといったときに、やはり経済合理性を株式会社というのは原則として追い求めていかなくてはならないわけで、そうした組織体では、このNPO法人がやっているような経済合理性のない分野では活動ができない、すなわちセーフティーネットは担えないという我々としては感覚を持っています。  ただ、この数年、我々は非常にNPO法人が行うこのセーフティーネットの活動にはもう限界を感じております。というのは、昨今、先生方御承知のように、様々な不祥事もありました。NPO法人に対して非常に厳しい目が向けられていると思います。ただ、株式会社が何か不祥事を起こしたときに、株式会社が悪いとはならないわけですね。でも、NPOの場合は、とあるAというNPOが仮に何か不祥事があった場合には、NPOが悪いんだということで、NPOには寄附をしてはいけないというような、そういう話が今急速に広がっているのが現状です。  やはり、元々、小さな地域のボランティア団体に法人格を与えようということで、阪神・淡路大震災の後に様々な先生方の御尽力でNPO法ができたはずですけれども、こうした社会を広く捉えていくような、要は地域という概念を超えたセーフティーネットを担っていく、すなわち何億も必要です。従業員もたくさん抱えなくてはいけません。そうした大きなNPOが出てくる、メガNPOみたいなのが出てくるということは、既存のNPO法が恐らく想定をしていなかったんだろうと思うんですね。  一方で、株式会社というものがあるということで、これ非常にこれから重要なのは、株式会社とNPOのやっぱり中間の組織なんですね。これは、様々な、パブリックカンパニーとかいろんな呼び方がありますけれども、株式会社という法人格、NPOという法人格はおいておいてですね、経済合理性のない、すなわち無料でのセーフティーネットみたいなものを支えていきつつ、寄附以外の、すなわち様々な事業によって収益を上げて、その収益の一部を常にこの非営利部門、相談窓口の運営などに充てていくということを株式市場も認めるし、投資家も認めるし、株主も認めるんだというようなことは、やっぱりこれ社会の合意形成が必要ですので、これから検討していかなくてはならない。非常に、非常に厳しいというのが今の感覚ですね。

山本啓介自由民主党

○山本啓介君 ありがとうございます。  ちょっと委員会の場ではありますけれども、非常にちょっと抽象的な言い方になって恐縮ですけれども、少し緩やかな、官民の緩やかなつながりというか、そういったハイブリッドな組織体というのが必要なのかなというのを今の説明で伺って感じました。  その上で、恐らく、そうはいうものの、先ほどから百年の歴史のある民生委員制度の話もしていただきましたし、地域の誰かがその存在を知る、それは障害者の方々の暮らす世界でもそうですし、恐らくケアラーの方もヤングケアラーの方もそうだと思いますし、そういう地域にいらっしゃる、日本に暮らす方々がそういったもの、情報を知るということも恐らく重要なのかなというふうに感じました。  最後に、田中参考人にお伺いしたいと思います。  私は、長崎の小さな島を出身としているものですから、非常に、包括ケアの方々が綿密な計画を立てて家族の方の負担が軽減されるような状況をつくっていただく、又は介護の在り方を、快適に過ごせる環境づくりにも非常に親身になって計画を作っていただける、そういう実体験があります。  その上で申し上げれば、各都道府県や自治体で行われているこのケアラー条例、これがそれぞれで行われているところに、全てを見られているわけではないかもしれませんけれども、凸凹があると暮らす場所によって考え方や価値観というのが異なるような状況が生まれるんじゃないか、そういうことも考えますし、もう一つは、今日、支える人を支えるという説明がありましたけれども、その支える人を支えるための聞く場所、傾聴する場所、そのカウンセリングのスキルとか、そういったものも今後重要になっていくんだと思いますけれども、そういった部分について、何か加えて説明があればお願いしたいと思います。

田中悠美子一般社団法人日本ケアラー連盟理事/一般社団法人ケアラーワークス代表理事

○参考人(田中悠美子君) 御質問ありがとうございます。  条例が二十か所の自治体でできて、様々な先進的な取組がなされて、計画に基づいて予算や人が付いて展開されていくってとっても重要だなというふうに感じております。  特に、私、埼玉県の事業に関わることが多いんですけれども、やはり、先ほどの学校での出前講座というところも、本当に、子供たちにも伝えてまず知ってもらうという取組もありますし、先生方にも職員会議の一部を使って研修をするなんということもあるので、条例があることで本当に具体的に進んでいくんだなというふうに思いますが、やはり、凸凹といいますか、この地域ではどんどん進んで、じゃ、一歩この境でこっちに行くとそういった支援が得られないというようなことも生じてしまうので、もっと広くやっぱり法制化というところが求められるというふうに思っています。  あと、その支える人を支える、支援者支援、ケアする人を支えるというところもあるんですけど、支援者支援のところというところですよね。こちらも、やはり子供の、府中市においては、要保護児童対策地域協議会の方と連携しながらヤングケアラーさん、若者ケアラーさん支えていく仕組みがあるんですけど、そもそもその虐待の対応なさっている方のワーカーさんが本当にお忙しい状況もあると思います。その中で、新たなまた視点が入って、またちょっと緩急付けながらサポートをしていくことも求められるので、虐待の対応と同様に話を進めてしまうと関係がなかなか構築できなかったりという問題もあるのかなと感じています。  そうすると、ケアマネジャーさんですとかそういった立場の方も含めて、やはりこのたくさんのケースの方と向き合いながら、本当にお忙しい中で家族のことも目くばせしてというのは限界があるのではないかなというふうに思うので、そういったその支援者の方を支える機会、研修等だけではなくて、本当に人員体制ですとか介護報酬ですとか、そういったところの検討というのはもう本当に必要だなというふうに感じております。  以上です。

山本啓介自由民主党

○山本啓介君 ありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。  終わります。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 田名部匡代君。

田名部匡代立憲民主・社民

○田名部匡代君 立憲民主・社民の田名部匡代です。  三名の参考人の皆様、今日はお忙しい中、本当にありがとうございました。  まだまだ時間が皆さんにとっても足りなかったのではないかなというふうに思いましたし、聞いている私ももっとお話を伺いたかったなという思いで聞かせていただきました。限られた時間ですけれども、何問か質問させていただきたいというふうに思います。  まずは、小国先生にお伺いをいたします。  私も、こうした教育の現場におけるある意味分断というものが、結果として社会全体の終わりのない分断につながっていくことがあってはならないというふうに思っています。ただ一方で、先生が冒頭おっしゃったように、障害児を持つ保護者の側も特別支援学級を求めてきているという事実もあるわけですよね。  私も、障害児を持つ保護者の方とお話をさせていただく機会、これまでも何度かありました。普通の、通常の学級に通いたいと言って断られたケースももちろんあります。例えば、車椅子には対応していませんだとか、ちょっとひどいなと思うような断られ方したケースもありますし、逆に言うと、普通学級に通わせることは不安、また、何か差別やいじめを受けるんじゃないだろうか、学業に、その授業に付いていけないんじゃないだろうか、だとすれば、そうではない形で学びたいという方も、まあいろいろ考え方はあると思うんです。  しかしながら、先生が様々これまでも御指摘されているように、日本におけるそのインクルーシブの教育の考え方は、やはり国連とはちょっと違いがある。誰もが同じに、一緒に学べるような環境をつくっていきましょうねということではなくて、まあ聞こえよく言えば、一人一人に対応できる学びの場を提供するのが我々の役割じゃないかというのが日本のある意味考え方なのではないかなというふうに思っています。  これを解消していくためには、例えば教職員の働き方の改革もそうですし、競争だとか効率というものを優先する教育の在り方の問題も変えていかなければならないというふうに思いますし、当然、社会全体の意識というものも変えていかなければならないというふうに思っています。  様々な課題が山積する中で、やはり先生はどういったことにまずは我々が取り組んでいくべきだと、政治の側で取り組んでいくべきだということをお考えなのかということと、あわせて、資料の十七ページ、過剰な医療化の進行ということについて一言だけお伺いしておきたいと思いますが、「子どもの心とからだ」という日本小児心身医学会雑誌、これ先生の御講演を掲載されたものだと思いますけれども、そこの結びの部分にも書かれているんですが、医療と教育が新たな協働関係の下で子供の生育環境を再検討する課題というものが浮かび上がってきているのではないかということをお話しになっておられます。是非、この過剰な医療化の問題に対して今後どういう取組をするべきなのか、その医療と教育の協働という、どういう形で何を再検討していくべきだとお考えなのか、伺いたいと思います。(発言する者あり)

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) 済みません、無礼を申し訳ございません。もう本当に慣れていなくてごめんなさい。本当に非常に、何かその田名部先生が今御質問いただいたことの、すごい本質的で難しい問題をいただいた、その興奮で手を挙げるということすら忘れてしまうような状況でした。  もう本当にそのこと、まずは、これはやっぱり、まあいろいろあり得る、政治の、先ほど申し上げたようなことの一つ一つが政治で取り上げていただけたら有り難いなと思ったことなんですけれども、例えば、その施策として言いますと、その学力調査を悉皆から抽出に落としていただくとか、この辺りは予算の削減にもなると思いますし、本当に今全ての学校が競争しなきゃいけないのかということの中でやはり取り組んでいただければ。  それから、やはり子供の人権の問題、この子供の人権が毀損されている状況の中に、実は教師の人権も毀損されているという、何かそういう問題が隠されているように思いますので、これやっぱり学校は、子供が、一人一人の子供がその子らしく育ったり学んだりできる、そういう場であるべきだということは誰しも疑わないのだとすれば、やはり子供の学習権が保障されるべきであり、それはひいてはやっぱり子供の人権が学校の中で守られるということが何か一番大事で、ここが、本当に我々は、そういう意味で、工場労働者を育てるかのように様々な規制を、学校教育は社会とはちょっと違う特別な訓練機関であるかのようにして正当化してきたという現状があるような気がいたします。是非、子供のこの基本法が学校生活の中でどういうふうに具体化されればいいのかということがあるような気がします。  もう一つ余計なことを申し上げますと、これお叱り受けるかもしれませんが、やはりインクルーシブ教育を文科省の特別支援教育課が所管してしまっているということの限界は意外なほど大きいと思います。やはり、特別支援教育課が所管してしまえば、障害児教育の問題にしかならないわけです。ですから、この所管をやっぱり変えていただくということは、これは是非お取り組みいただけたら有り難いなというふうに思っているところです。  もう一つ、医療と教育のというところで、私が講演させていただいたところの香川県の牛田先生という医師の方は、もう投薬を中心にするのではなくて、実は発達障害の、その先生は、八割が社会的障害、二次的障害だというふうにおっしゃいます。今の時代でいえば、お母さんが非常に社会的に、それは近所の目であったり、おじいちゃん、おばあちゃん、香川ですから、やっぱり三世帯が多いんだそうです。おじいちゃん、おばあちゃんの目であったり、旦那の、そういう配偶者の目であったり、いろんな目の中でもうしんどい思いをしているそのしんどさが、やはり子供に抑圧移譲になってしまっていると。子供がやはり思うとおりにならないということが自分の失敗であるかのように責め立てられることが問題を複雑化している。  だから、お母さんをまず呼んで、お母さんが少し距離を取って子供と対せるようなそういうトレーニングプログラムを一年間のものを作っていらっしゃいまして、それは、香川であるにもかかわらず、全国から患者さんが押し寄せてなかなか予約も取れないという状況になっているそうですが、今度は、なかなかやはりそれは医学界の中で認知されるかというと、これも、済みません、語弊があったら恐縮ですが、国連の子どもの権利委員会も日本に対して勧告する中で、発達障害の研究をやっぱり製薬会社と切り離して行えという勧告をしております。この問題がもう一つ、実は非常に複雑な問題をはらませているのではないかというふうに危惧するところです。  出させていただいたその学会は、三日間、私、オンラインだったので視聴しましたけれども、こんなことを国会で申し上げたらお叱りを後で受けるのかもしれません、済みません、これはもう個人の体験ということで一つの事例としてお伝えしたいんですけれども、薬害について研究発表している事例は一件もございませんでした。薬の効能について研究している研究発表はたくさんございました。で、ふと見ると、実は学会のパンフレットなんかにはその製薬会社が協賛しているという、そういうものがあるわけです。  ですから、やはり製薬会社がいろんな形で医学界を支えてしまっているというこの現状が、恐らくこれはアメリカも同じ問題が起きているというふうに伺っていますけれども、やはりこういう問題の背景にある可能性があるということは、幾つも本も出ている状況ではあるんですけれども、そんなことも少し共有をさせていただきたいなと思いました。

田名部匡代立憲民主・社民

○田名部匡代君 大変貴重な御意見伺わせていただきまして、ありがとうございました。  次に、大空参考人にお伺いをしたいと思います。  二年前でしたでしょうか、現場、私たち視察に行かせていただいたときもいろいろお話を聞かせていただきました。  非常にほかと違う大事なところは、今、国も予算をたくさん付けていろんな相談窓口をつくっています。ただ、五時で終わってしまう。まさに働いている人たちはなかなかそんな時間には相談できないし、帰ってきて一番悩みを相談したい時間にはもう窓口が開いていない。それを二十四時間三百六十五日対応できる、そういう環境をつくったというのは、本当に私は命を守るという意味においても必要だというふうに思っています。  それで、朝日新聞のこれインタビューの記事に、去年の八月ですね、相談支援が制度化されていないことも大きな課題だと感じるというふうに御意見述べられているんですね。ちょっとこのことについて具体的にお伺いをしたいのと、相談員を相当数抱えていらっしゃる。これは専門性を、何というか、高めるというか、専門的な知識を持った人材を育てるために何らかの特別な、何というかな、対応されているのか。人とつながる、相談をする場所があるということが大事なんだと思うんですけれども、それを受ける側の相談員への支援であるとか教育であるとか、そういったことはどんなふうに取り組んでいらっしゃるのかという、ちょっと具体的なことを教えていただければと思います。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) ありがとうございます。  制度化されていない、相談支援がというのは、頼ることが恥ずかしいとか相談することは負けだといったいわゆるスティグマをどうなくしていくかというような議論の中出てきた話なんですね。  というのは、例えば介護について、間違いなく半世紀以上前には、家族以外がケアをすることなんというのは近所の人に知られたら恥ずかしいとか、やっぱりそれはあり得ないというようないわゆるスティグマが間違いなくあったはずなんです。ただ、介護保険事業という制度ができたことによって、今、例えば、じゃ、ケアマネさんが入ってくる、ヘルパーさんが入っているのを、ちょっと公園とかどこか遠くに止めて歩いてきてください、見られるの恥ずかしいんでみたいなことは恐らくほとんど起きていないはずなんですね。これは、制度ができたことによってスティグマがなくなったという非常にいい例だと思います。  ほかにも、例えば年金をもらうのに恥ずかしいと思っている人は恐らくほとんどいないはずです。これは、自分たちが負担をしていって、そして当然制度として受けていく、受益者としてその制度を享受していくんだというような感覚があるからです。  ですから、スティグマをなくす、その頼ることが恥ずかしいとか相談できないんだ、これだけ支援制度があっても届かないという問題を解決するというときに、文化的なアプローチとやっぱり制度的なアプローチがあって、その制度的なアプローチといったときに、今、例えば具体的な不登校支援とか、ヤングケアラーもそうかもしれませんけれども、その個別の問題については、これはやっぱりある程度制度的に対応されていって行政が入っていくわけですけれども、それらはやっぱりあくまで非常に重層的なものであって、我々のようなこのボランタリーベースの相談窓口というのは、実は一番最初の入口と最後の出口というのを残念ながら担っているという現状があって、ここは完全にもう市民がボランティアでやって、それにあくまで行政が毎年単年助成で取りあえず補助をしていただくと、そしてそれも当然足りないよというような現状がもうずうっと続いてきたわけですね。  これを解決していくためには、例えば単年助成からの脱却ということもあるでしょうし、今度、これは例えば、じゃ、国民が負担してとかという話になると、またそれは議論が大きくなっていきますので、そうではなくて、自分たちが相談窓口を実は、金銭的かもしれませんけど担っているんだというような感覚を多くの人に持っていただく必要あるんだろうと思うんです。そのためには、やはり、相談窓口というのが何をやっているのか、どういう効果を出していてどういう役割を果たしているのかって、やっぱりもっと明確にするべきなんですね。  今、相談窓口幾つかあります。でも、例えば、これは具体的な例ではありませんけれども、じゃ、一年間に三十万件相談に応じているAという団体と、一年間に三千件応じているBという団体、これは、実はBという団体とAという団体は全く同じ金額、若しくはBという団体の方が多く予算をもらえるというような今仕組みになっているわけですね。ですから、効果がどこにあるのか、役割が何なのか、いま一度しっかり定義するべきです。  我々も、自殺防止対策事業という厚生労働省の予算でこの窓口をやっていますが、でも、その中には、当然、文科省の所管のものもあればこども家庭庁の所管のものもあれば、若しくは、今、在外邦人といって海外に住んでいる日本人からの相談も毎月四百件程度ありますから、これは今度外務省の所管になるわけですね、こうしたものも受けていく。だから、一体何の役割を果たしているのかなというところをやっぱりもっと明確に示して、効果を示していかなきゃいけないんだろうと思います。  その延長で、じゃ、具体的に相談員にはどういったスキルが求められているのかなというこのスキルセットが初めてそこで可能になってくるんですね。  今は、チャット相談窓口というのは、座間市で数年前に起きました、二〇一五年だったと思いますが、九遺体殺害事件と、犯人の白石という男は、SNSで死にたいとつぶやいている若者や子供たちに声をDM、ダイレクトメッセージで掛けて、家に連れ込んで九人殺害したわけですね。あの後からSNS相談というのは発展してきたんです。ですから、本当に十年もたっていないわけですね。なので、チャット相談やSNS相談、この文字を使った相談で一体どういった傾聴のスキルとかカウンセリングの技術が必要なのかなって、これはまだ確立したものはありません。  なので、私たちは日々、例えばこれは精神科医の方もそうです、SNS相談のある程度研究をされておられる研究者の方もいらっしゃいます、そうした方々をお招きをしてこの我々の研修の制度というのを監修をしていただくんですね。  今は、書類選考があって、そして面接があって、その後には我々はこのオンデマンドのオンラインの研修があります、これを大体四十時間ぐらいやっていただいて、その後実地研修に入っていくみたいな、そういう一連のプロセスの中でどんどんどんどん我々としては必要なスキルというのを探し出して、授けていって、そしてどんどんアップデートしていくということを今繰り返しているという。  だから、非常に各団体も、全く教えている内容も違うし哲学も違う。例えば我々だと、傾聴もそうだけれども、地域へのつなぎ、児童相談所へのリファー、こういったこともやらなきゃいけないと思っていますけれども、同じように相談窓口やっている団体さんでは、やっぱり傾聴で終わらすべきだというところもあるんです。  だから、同じこの例えば厚生労働省の予算を受けている団体の中でも、役割も違うければやっていることも目的も全然ばらばらと。それがいいという御意見もあると思いますけれども、やっぱりこれ、予算が入っている以上は明確にしていく必要があるんだろうとは思いますね。

田名部匡代立憲民主・社民

○田名部匡代君 済みません、ありがとうございました。  田中参考人、ごめんなさい。時間がなくなってしまって、質問準備していたんですけど、また最後、時間があったらお伺いしたいと思います。  ありがとうございました。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 三浦信祐君。

三浦信祐公明党

○三浦信祐君 公明党の三浦信祐でございます。  参考人の皆様には、本当に貴重なお話をいただきましたことに心から感謝を申し上げたいと思います。  大変直截的なお話であったので、適切な質問ができるかどうかというのもちょっと考えながらではありますけれども、何点か教えていただきたいと思います。  まず、私自身、障害に特化したこの日本の制度があるというところはもうよく感じるところです。  一方で、インクルーシブ教育というのは何かのきっかけがやっぱり必要だということもあって、私自身も、地元の横浜で、障害があるお子さんが車の中で、学校へ通っている、友達もたくさんできていると。で、フロアが中学校の中なのでバリアフリーじゃなかった。そういうときに、今度その重たい車をみんなで持って、そして授業のインターバルが短いけど、重いのをみんなで手伝って次の階へ行って、一人取り残さないなんというのは、大人がわざわざ言わなくてもそういうもんだという構築ができていた。今度、そこにエレベーターを付けるということに携わらせていただいたら、スピードがもう全然変わる。そうすると、逆にいろんなことをその子から学んだりをする機会が増えるということで、大人が思っている以上にきっかけ、機会をつくるということはとても大事だなということをあらゆるところで今学ばせていただいていると思います。その上で、先ほどの学校の閉塞感という言葉は大変苦しい思いに立つところであります。  そういう中にあって、教育という部分で考えると、先ほど田名部先生もありましたけれども、学びというのは当然いろんな学問的要素、これもやることも大事だと思いますけれども、これ、学ぶということは、生きるために必要な学問、例えば、何かあったときに行政のシステムがありますよ、何かあったときに相談というのができるんですよ、何かあったときに本当にみんなで助け合うということが大事なんですよとか。また、加えて、金融政策、将来の自分の設計という部分もあるんですよと。これ全部学校の先生がやるというのはなかなか大変ではありますけれども、本来、生きていくために、伸び伸びと、どのような状況でも生きていくための社会をつくるというのは、それこそが教育の一端でもあると思います。  そういう問題意識はありながら、一方で学習指導要領というこのがっちりしたシステムがあって、それが日本の経済も支えてきたということもあるんですけれども、この辺を今後どう開いていったらいいか、またそれが将来のお子さんにとっても、また我が国にとってもいいんではないかと私は思うんですけれども、これについて先生のお考え方を伺いたいと思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) ありがとうございます。  三浦先生、ありがとうございます。  やっぱり、今先生から御質問いただいた問題が、学校教育の中の一番非常に、何ですか、固い、何とも変わらない部分になっているような気がいたします。  不思議な気がいたしますのは、憲法であるとか教育基本法のレベルであると、必ずしもその学力を付けなさいという話はないんですね。ところが、学校教育法辺りになると、その改正されたところに少し出てきている感じがありまして、それでも、やはり憲法とか教育基本法を引き継ぐ形で、やはり生きる力といいますか、先生がおっしゃってくださったような、そういう友達と協働しながら生きていくような力を付けるということが意義付けられていると思うんですけれども、これが学習指導要領になると、総則のところでは出てくるんですが、細則のところになると、当然教科に分かれていてというところでは全く消えてしまうという。つまり、目的としては、既に日本の社会の法体系の中にもそういう共に生きるみたいな話は位置付けられているにもかかわらず、細則に落ちれば落ちるほど、実はその教科の意識でがんじがらめにされていて、そこからでは全く、うまくそのそういう生きる力みたいなものは育めないと。  もう一方で、実は日本の学校教育は海外と比べて学校行事というのが比較的盛んな国でして、済みません、時間はあれですよね、ごめんなさい。そういう意味で、実はそこの部分が今回、やはり二〇〇七年からの全国学テの中で、やっぱり授業が教育の全てで行事はなるべく短縮してという、この流れに入ってしまいました。それから、休み時間も、本来子供の権利の中には遊ぶ権利とか休息する権利というのがあるはずなのに、もう単なる授業と授業の間の準備時間になってしまいました。  こういう閉塞状況みたいなものを揺り戻すだけでも随分うまくいく部分はあるんじゃないか。だから、今の学校がもう全くうまくいかなくなったとも思わない部分も、何かまだ信じたいところがございまして、それは、本来的な法の趣旨に、それこそ憲法の趣旨ですとか、そういったところに戻していくということだけでも随分やれるところがあるのではないかなという気がしております。  ちょっと答えになったかならないか、済みません、不安なんですが。

三浦信祐公明党

○三浦信祐君 大変重要な指摘をいただいたというふうに思います。  その上で、三人の参考人の方々に共通していたキーワード、言葉は一致はしていませんけれども、共有していることがあると思います。まず、予防的措置、予防的支援、これとても重要なことだと思います。例えば、学校の現場で学びだけをしてくれる先生になってしまったら、学校での相談の仕方ということができなくなってしまうということもあると思います。  その上で、私も実はメンタルヘルスケアのことのずっと取組をしているものですから、このメンタルヘルス・ファーストエイドという取組をする中で最も重要なのが聞く力、と同時に相談の仕方という、この二つがリンクすることが大事だと。どう相談したらいいかが分からないというのが実は大きな課題になると思います。  なので、学校で本当は、友達がこうなっているけれどもどう相談したらいいかというのも大事ですし、自分のことがどうなっているのかというのを相談するということ、これがとても大事だなというふうに思います。ただ、相談の仕方はなかなか教えてくれないという課題にも直面していると思います。また、相談されたときにどうやって受け止めればいいかというのが分からないというのも、実は我が国の今現状だというふうに思います。  先ほどあった発達障害の方で、子供のうちに気付いた場合にはいろんな相談支援があっても、大人になって、あっ、もしかしたらということの位置付けになったときに、上司がそのことを言われたらどう対応したらいいか分からないと、これが実態でもあり、もしかしたら教育現場でもそうなっているのではないかなというふうに思います。ですので、この予防的措置をいかに我が国の中でより多くの方々が、家庭も親も含め、そして社会も企業も含め広めていくということは私は大事だなと改めて痛感した次第であります。  そういう面では、多くの相談を受けられたところから見たときに、大空参考人そして田中参考人が、この聞く力をどうやって付ければいいか、そういう社会を構築するために改めてどうしたらいいかということについて御知見をお述べいただければというふうに思います。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) どちらからにしましょう。

三浦信祐公明党

○三浦信祐君 大空参考人から。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) もう三浦先生おっしゃるとおりだと思いますね。相談をどうしたらいいか分からないと、相談の仕方が分からないということはあるんだろうと思います。ただ、そのもう一つ前の段階があると思うんですね。それは、要は自分が相談していいのかどうか、要は相談する対象なのかどうか、要は自分の問題に御自身すら気付いていないと。  例えば、二十九歳以下の自殺というのは、これ三人に一人、原因が分からないんですね。何で分からないかというと、遺書も残っていないし周りの人も気付かなかったから、後から警察が調べても分からない、学校が調べても分からないと。要は、御自身も、これは相談窓口見ていくと、何に悩んでいるか分からなくて、もうあふれ出てくる感情をどんどんどんどんもう長文で書く方というのが非常に多いです。こういうことで悩んでいますではなくて、こういうことがあってああいうこともあってと、ずらっと長文、これが多くの相談者の書きぶりなんですね。  ということを考えると、幾つもの重層的な悩みがあって、それについて、まずは自分で気付くということも同時に必要だと思います。やっぱり御自身が何に悩んでいるかというのも、基本的にはこれ、悩んでいる段階というのはもう分からないものだというふうな前提の上でどうやるかというと、やっぱりこれはもう調べなきゃいけないですね。  例えば、反復横跳びとか、握力の検査というのは半年に一回学校では義務的にやっているのに、ストレスチェックは子供たちは義務的にはやってこなかったわけですよね。大人はストレスチェックって企業でやっているのに、子供たちの精神状態の健康診断って全員がやっていたわけじゃないわけです。やっぱり、少なくても半年に一回、できれば二か月に一回ぐらいの頻度で、やはりこれは、子供たちがどういった状況なのかというのを意図的に自分で気付く機会をつくる、これがやっぱり大人の役割だろうと思いますから。  今、昨年から政府も検討を進めていただいていると思いますが、GIGAスクールの端末を一人一台配ったわけですから、これを使って、子供たちのメンタルヘルスの状態は、全員の子供が必ず健康診断、身体的な健康診断と同じようにチェックするということをもう早急に体制として構築をしていって、結果がやはりこれは非常に芳しくないという子供たちをこれはもう相談窓口につなげていくんだということを有機的な連携でやらなければいけないと思います。

田中悠美子一般社団法人日本ケアラー連盟理事/一般社団法人ケアラーワークス代表理事

○参考人(田中悠美子君) ありがとうございます。  聞く力をどう育てていくのかというところで、今、大空委員もおっしゃったんですけれども、私はやっぱり信頼関係というところが大事だなと思っていて、やっぱり話をしてもいいんだと思えたり、聞いてもらえる安心感や絶対的な安全地帯といいますか、そういった環境の中で自由に自分の思いを話せるというふうに展開できるかなと思うので、そういう信頼関係をどういうふうに構築するか。やっぱり大人側も先生側も、家庭の中でも頑張り過ぎている大人が多いなと思うので、大人が面白がって楽しんだりとか、楽しい場の中で自由に発言ができるような機会を大人から見せていくですとか、そういうのも大事だなと日々思っています。  学校の現場の中でも、とある千葉県の校長先生が、子供たちがSOSを出せるような授業を展開していますというのを伺ったことがあります。いろいろなシミュレーション、可視化された情報の中で、こういった場合だとどうするとかというような何かシチュエーションを出しながら、SOSを出す場面とか出していい人を考えるような、そういった時間を持っていらっしゃるようなことを伺いました。  ヤングケアラーのその現場でも、実は小学生の皆さんに伝えるときに、寸劇とかを用いて見える化されたその状況というのを、ケアの状況、なかなか目に見えづらいのもあるので、それを可視化した形で、こういった状況だったらどう思うとか、あなただったらちょっと話してもいいですかと言えますかというのを考えてもらうような、そういった機会をつくることを積み重ねていくことなのかなというふうに思っています。  以上です。

三浦信祐公明党

○三浦信祐君 今、大変重要なお話をいただいたと思います。  まず、GIGAスクール構想の中で一人一台というところは、学問用にということのアプローチというのは、これは当然だと思います。このデジタル化社会の中ではもうデジタルネーティブになっている世界だと思います。  ですが、私も、実はこのメンタルヘルスの視点から見たときに、今、相談の仕方といっても、なかなか実は教員自体が相談できないのに、なぜ子供に相談だというふうに言えるかという大きな課題も抱えていると思います。  一方で、人に見られたくない、だけど自分の鏡が欲しいといったときに、タブレットでアプリケーションでチェックするということってとてもやりやすいですし、ここにチャットボットがあると、より何となくリアルタイム性があるというのはとても重要なことだということで、KOKOROBOというのも、これ厚労省の皆さんと一緒になってつくってやってみたところ、やはり大きなジャンル分けができて、即応性と、あとはむしろAIの中だけで整理をした方がいいということ、無理してわざわざ医療にかからなくてもいいということが、トリアージが自分でもできるという機会があったと思いますので、これは教育現場においてもそれを推進するという御意見というのは大変重要だと思いますので、今後に生かしていきたいと思います。  最後に、小国参考人に直球の質問をさせていただきたいと思います。  その上で、やはり教員の皆様が、先ほどありましたように、楽しくやっていれば子供も楽しくなるという、人間と人間とのやっぱり磨き合いということでもあると思います。ですので、インクルーシブ教育とか、先ほどからもあるように、スティグマの問題とかいろいろあってギャップもあると思いますけど、それを乗り越えていける本当に存在で、子供が好きでとか、教育をしてこの国をとか、その御家族を、その未来をと思っている先生が伸び伸びと教育現場で活躍ができるような社会をつくるためにやはり必要なことは何かということだけ、是非御意見をいただきたいと思います。(発言する者あり)

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) 済みません、失礼しました。何かもう先生方から興奮するような質問ばかりいただいて、済みません。  本当に難しいです。本来は、先生方は、教員になる人たちは子供が好きで、子供と一緒に遊びたいと思って教壇に、教師になる。だけど、一旦入ってみたら遊ぶ時間もない。それから、本当に、決まりを押し付けなくてはいけない。自分がやりたいと思っていなくても隣の教室でやっているからやらなければいけない。隣の教室でやっているのに自分がやらなければそのことで批判をされてしまう。で、すぐに、校長から下手すると指導力不足教員みたいなレッテルを貼られて転勤のときに不利な処遇をされるかもしれない。様々な恐怖の中で駆られていると思うんです。  そういう意味では、やっぱり子供が自由に遊べるような環境をまずは保障すると、先生方もそこで一緒に、例えば、休み時間遊ぶなんというのはクラスのそういう心理的安全性をつくるためにも重要ですけど、教師にとっても非常に重要なことだと思います。  その上で、これもお叱り受けるかもしれませんけど、教育基本法の第六条だったかと思うんですが、その改正教育基本法の中では、規律ある態度みたいなものを教室の中に入れなきゃいけないという話が入っているんですね。あの話が、やっぱりあれができて以降、随分、だんだん、徐々になんですけれども、やはりその規律ある、それを一つの口実にしてというんですか根拠にして、つまり、地方のレベルの教育計画であるとか教育目標の中にそういう規律という問題が入っていって、様々なスタンダードと言われるアメリカ由来の様々な拘束まがいのルールが教室に入り、今や、聞き方名人、発言名人、それから、例えば、背はぴん、背中はぴんですね、足は床にぺったんことかですね、変なうたい言葉のようなせりふの中で、教室の中の座っている姿勢まで望ましいものが決められてしまっていて、それが教室に貼られているみたいな光景も普通にあるんですね。  ですから、これなんかもう子どもの権利条約違反なんだと思うんですけれども、だけど、もう一方で、やっぱり教育基本法に規律ある生活か規律ある態度みたいな話が入ってしまっていることによって、学校現場ではそれが正当化されてしまっているという状況がございますので、是非、もし可能なのであれば、その教育基本法のところのその、若しくは、そういう意味ではないんだということなのかもしれないですよね。規律あるの規律というのはもっと高尚な意味であって、その日常生活を縛れという意味ではないということでもいいんですけれども、ただ、教室ではそういうふうに人口に膾炙しているという状況がございますので、是非その辺りのところにお力をいただけたら有り難いなというふうに思う次第です。

三浦信祐公明党

○三浦信祐君 終わります。ありがとうございました。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 高木かおり君。

高木かおり日本維新の会・教育無償化を実現する会

○高木かおり君 本日は、お三方の皆様、参考人の皆様、本当に貴重なお話をありがとうございました。大変、私自身も心をえぐられるような思いで聞いておりました。  ちょっと順番を変えて、田中参考人の方から伺っていきたいと思います。  今日はいろいろとお話を聞かせていただきまして、やはり、実は私自身が地域に、私の娘のお友達に当たる子が、まさにこの今でいうヤングケアラーということで、その当時、十年以上前です、そのときはこういった言葉すらまだまだ浸透していない状況の中で、決してその子は、自ら助けてという助けを求めることもなく、ただ、お母様は車椅子で大変精神的にも身体的にも厳しい状況で、いつも車椅子を押しながら一緒に買物、学校を帰ってきてから買物に行くという、そういった光景を見る中で、この助けを求める、そしてまた、今日お話にあったお手伝いとの線引き、これが大変難しい。そして、当事者だけではなくて周りも大変厳しい、それをどういうふうに関わっていけばいいのかというところが、本当に十数年前はどうしていいか分からないというのが、本人それから地域の皆さんの率直な感想だったというふうに思います。  そこから時を経て、今こういった政府も取組を始めたという中ですけれども、やはりまだまだこの地域でどのように関わっていくのか、そして、今この少子高齢化、核家族化していっています。都市部と地方のこの温度差、これもあると思います。  こういったところで、やはり具体的に経験を現場でされている中でどのような違いを感じているか、都市部と地方であるとか、また、過去と今とどういった違いを感じるのかというところの点を少しお聞きをしたいということと。  もう一つ重ねて伺いたいと思いますが、やはりこの地域の関わりというのは大変重要だと思うんですが、今日も学校現場の話が何度も出てきています。やっぱり子供たちが一番身を置く場というのは学校であると。もちろん、そこから取りこぼされて不登校という大変な状況になっているお子さんもいますが、やはりこの学校現場というのは大変重要だと思っています。  そういう中で、この先生方の働き方、大変さ、こういったことも言われておりますが、やはりこの学校の先生方、今結構、世代交代といいますか、ベテランの先生方もいるんですけれども中堅どころがちょっと少ないという中で、新人の先生方、大変苦労しておられます。子供たちを支えたいけれども、そういった点でなかなか支えにくいというような、そういった現状の中で、今日出てきていた、タブレットで子供たちを見守っていく、先生方のちょっとなかなか技術的にも子供たちを見守るスキルが少し足りなくても、そういった今の新しい技術を使って子供たちを取りこぼさない、また、なかなか人と人、人対人で言いづらい、そういったところもこういったタブレットなんかを使って自分の気持ちを外に発信をしていく、こういったところを自治体ではやり始めているところもあると。  やっぱりこういったことを広げていくということは重要だと思うんですが、この二点についてちょっと伺いたいと思います。

田中悠美子一般社団法人日本ケアラー連盟理事/一般社団法人ケアラーワークス代表理事

○参考人(田中悠美子君) 御質問ありがとうございます。  まず一点目の、その地域の特性に踏まえた体制づくりにつながるのかなと思っているんですけれども、やはり都市部とそうじゃない地域では、やっぱり元々の地域のつながりだったり住居、タワーマンションが多い地域ですとか、その住居の特性によってやっぱりつながりの度合いが違ってくると思います。  元々地元でずっと家があって、家族の状況も周りの方も知っているというところだと、おばあ様がお病気になられて認知症になられたとかなると、周りの方も知っていて、何か支え合うようなコミュニティーというのはあると思うんですけれども、ふだんからつながりがない地域だと、やはり、まあそのまま言わなくて済む状況もあるんですけれども、困ったときに、又は災害など有事のときとかにも、助け合うというような環境がそもそもないというところもあるかなと思います。  そういった地域の特性によって、ケアは本当に生活の一部だと思いますので、差が出てきてしまったり、その支える社会資源というところもやはりいろいろな特徴はあって、民間や民生委員さんですとか、学校関係だと主任児童委員さんですとか、そういった方々が学校とつながりながら、気になるお子さんを目くばせ、地域の中で気に掛けて声を掛けたりというようなところも、それは全国的なところの仕組みで主任児童委員さんなど御活躍なさっているなというふうにも感じます。  なので、その社会資源、その地域にどういう資源が必要なのかというのも、やっぱり、住民の方の声を基にすくい上げるというかキャッチしていく必要があるなというふうに思います。それを形にするとかつないでいく、コーディネーションしていくというところの機能がどこが担うのか。公的なところなのか、そういうコミュニティーソーシャルワーカーのような立場の方、社会福祉協議会のような立場の方なのかというところも、本当、地域によっていろいろなパワーバランスの中で取り組まれているなというふうに今状況を感じています。  二つ目の学校のところでは、タブレットの話もありましたが、ある地域では、自治体の悩み相談と学校で配っているタブレットをひも付けしていて、バナーのところにチェックを入れるといろんな相談のテーマが出てきて、それを選びながらつながっていく仕組みを持っている自治体もありますね。そうでない自治体が多いので、ひも付いていたりとかというと、連携しやすくなっていくというような特性があると思います。  あと、匿名性があるというのも利点だなと思っていて、取りあえず気持ちを吐き出したいという気持ちも、まず受け止めてもらえる人がいるのかいないのかはおいておいても、まずは吐き出したい思いもあったりすると思います。そういうときには、言いっ放しでいい環境というのはつくっておく必要があるなと思うと、そこで、リアクションがなくても言える場というのをタブレット等で活用できるかなと思います。  私自身も東京都の補助金を活用したこういったSNS相談をしていますが、そこはどっちかというとデジタルを使っていますが、中には、中の人がいて、アナログで対応していくというようなことをさせていただいています。  学校において、もう一点お伝えしたいのは、そのスクールソーシャルワーカーさんの役割というところも期待されるところですが、やはり先ほどおっしゃった、先生に、校長先生のゴーサインがないと申請ができない申請型もあれば、巡回型、滞在型、様々な形があると思うんですけど、子供たち自らが学校の中で保健室以外で話せる人みたいなところもあってもいいのかな、先生以外で話せるような立場の方がいてもいいのかなというように思うことと、先生方がそういった学校外といいますか、関連する他職種の方とつながりやすい環境づくりというのも大事だなと思っています。  以上です。

高木かおり日本維新の会・教育無償化を実現する会

○高木かおり君 大変詳しく教えていただきまして、ありがとうございます。  続きまして、大空参考人に伺いたいと思います。  本当にすばらしい取組をされているというふうに思います。やはり、先ほど田中参考人からもいろいろとお話しいただきましたけれども、やはりこういった匿名性というところは、今の子供たち、若者には本当に必須アイテムなんだろうなというふうに感じているところです。  そういった中で、たくさんお聞きはしたいんですけれども、ちょっとこの、私、本当にすごいなと思ったのが、この民生委員さん、既存のリソースを使うという。今本当に自治会というのも廃れていってしまったり、高齢化でちょっともうその機能自体がなかなか存続不可能というような、私は今年からちょっと自治会の地元の班長になって、もうこれ大変だなというふうに思っているところで、そういった中に、既存のリソースを使ってこの子供、若者民生委員という、こういったものを取り込んでいくというこの考え方が、発想がすごいなと思ったんですが、今のこの既存のところに具体的にどのように、くっつけていくというか連携をさせていくというイメージなのか、単体で、そしてその後、卒業した後に今の既存のところにつながっていくというイメージなのか、その点、少し具体的に教えていただければ有り難いと思います。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) ありがとうございます。  自治会とか町会を既に廃止しているところもあるにもかかわらず、民生委員になるのに今度自治会の推薦が必要みたいな、ないのに推薦が必要みたいになっているところもあったりして、じゃ、どうやるんだみたいなところがやっぱりあるという現状ありますよね。  やっぱり欠員が、僕の地元の江東区も、やっぱり欠員が出ているにもかかわらず、やっぱり推薦が、湾岸部なんかは推薦が必要ですと。いや、でも湾岸部に自治会なんかないわけですね、高層マンションばっかりのところに。やっぱりそういう現状が今、いまだにあるということだと思います。  本来は、この今の民生委員さん、児童委員さん、主任児童委員さんの枠組みの中に若い人が入ればいいだけの話なんです。ただ、とはいえ、百年たって、例えば様々な認証業務がありますね、民生委員さんは。具体的な対面の支援だけじゃなくて、やっぱり公的な仕組みですし、当然これは厚生労働大臣の任命で、天皇陛下から勲章もいただけるというような、そういう仕組みになっていますから、なかなかやっぱりこの既存の民生委員さん、児童委員さん、主任児童委員さんからしても、今のその仕事を若い人がやるというのは無理だろうというような感覚は分からなくもないと。  となったときに、必要なのは、やはり今、子供たち、若者たちが抱えている悩みに寄り添う存在です。この存在として本来例えば児童委員さんなんかができてきたはずが、じゃ、児童委員さん、主任児童委員さん、民生委員さんと同じ人がやっているというケースがほとんどだろうと思うんですね。これは、でも、制度としてはまた別の制度だったりするわけで。やっぱりそうしたことを考えると、子供たち、若者たちに関する悩み、その地域に住んでいる者、それに関しては、少し年上の世代の例えば二十代が三年から四年の任期でやると。  これは、やはり最初は対面じゃなくてオンラインでやったらいいと思うんです。例えば、民生委員さんがやっている仕事の中には、その認証業務以外にも、相談業務であるとか援助業務であるとか情報提供であるとか状況把握みたいなことがあるわけですよね。地方だったら、どこどこのおばあちゃんはこういう家族構成でこうだよってやっぱり知っているわけですね、民生委員さんは。こうしたものをやっぱりまずは一部、子供、若者は切り離してオンラインでやっていくと。  というのは、今DXの崖って我々呼んでいるんですが、今、医療もDX、社会福祉もDXです。こうしたチャット相談窓口は、間違いなく今後二十年間でもっと急速に広がります。これは人口が変わっていきますから。そうなったときに、今、この広域的な相談窓口、オンラインの相談窓口がぐっとできます。今度その次が、急に地域に移行したときにこれ対面になるんですね。なので、広域的なオンラインの相談窓口の次は本来は地域のオンラインがあって、その次に地域の対面があると。この崖ではなくてなだらかな坂にしなければいけない。今その中間がすっぽりありません。  なので、私たちが、じゃ、相談受けました、地域に流します、急に対面です、やっぱり行けませんと、こういう現状が生まれてしまう。その地域に住んでいる、まあ学区単位なのか自治体単位なのかはちょっとこれ議論が必要ですけれども、住んでいる子供、若者を支援できる二十代というようなところを、これはやっぱり公的な仕組みとしてやっていく。  また、あわせて、例えば不登校にしても、その前に保健室登校とかいろんな選択肢があるわけですけれども、じゃ、シングルマザーのお母さんが平日の朝、子供たちに付添い登校して学校行けるかというと、やっぱりこれは行けないわけですよね。やっぱりこれを何で、民間のボランティア団体勝手にやればいいという話ではなくて、行政のこの、こういった政治の場でもお話しさせていただいているかというと、やっぱりこれは行政のエッセンスを入れないと、不登校の付添い登校とかはできないんですね。また、やっぱりこれは行政との連携も必要ですから、情報提供とかを円滑にしていくためには、やはりこれは国が制度としてしっかり設けていくべきものだろうという素案としてお話をさせていただいているということです。

高木かおり日本維新の会・教育無償化を実現する会

○高木かおり君 ありがとうございました。  ちょっと時間も少なくなってまいりましたので、小国参考人に最後伺いたいと思います。  私、党でダイバーシティ推進局長を務めさせていただいておりますが、やはりこのダイバーシティーを推進していくというのは、この生きづらさを感じている方々一人一人、本当に私たちみんなで受容をしていくと、そして共存していくということ重要だと思っているんですが、このインクルーシブという言葉の持つ意味、これ重要性を、今日は障害を持っている方々からの立場からだけではなくて、まさにこの健常者の立場からこの重要性ということについてお聞かせをいただきたいと思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) ありがとうございます。  もう何かすごく高木先生からも大事なお話をいただいて、結局、ベネッセと東大の社研で二万人の子供たちにパネル調査をしましたら、四〇%は実は友達に相談ができない。今日の話と連続するんですけれども、三〇%は先生に聞けないという、こういうことがあります。  ですから、やはりその周りの子供たちにとっても、ある意味気軽に相談できたりみたいな、それから、失敗して失敗から学び直したりとか、そういったことがやはり安心してできるような環境をつくるということ自体が、それがやはりそういうマイノリティーの人たちの生きやすさというものをつくり出すような施策をすることによって周りの人たちも結果的に生きやすくなるという、そこのところがある意味インクルーシブ教育の非常に重要なところだと思いますし、それから、やっぱりそういう中にいることによって、じゃ、そのしんどい思いをしている人たちから何を学ぶのかということにおいて、ある意味周りの人たちは、子供たちはすごく成長できるというところがあるので、その辺のところがインクルーシブ教育の非常に重要な魅力なのかなというふうに感じております。  以上です。

高木かおり日本維新の会・教育無償化を実現する会

○高木かおり君 時間が参りましたので、終わります。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 舟山康江君。

舟山康江国民民主党・新緑風会

○舟山康江君 国民民主党の舟山康江と申します。  今日はどうもありがとうございました。  本当に重要な御指摘をたくさんいただきまして、この場は立法府の調査会ということで、与党、野党全ての政党が入っております。そういった意味では、今日の御提言等を、これ本当に今後の施策にもしっかり生かしていかなきゃいけないということを強く感じました。  インクルーシブ教育、なるほど、特別支援教育課が所管というところが問題だと、本当にそうですよね。その一部のいわゆる障害というところだけではなくて包摂的なものをどうつくっていくのかという観点からすると、まさにこの原点のところの御指摘もいただきましたし、それから、本当、若者、民生委員という発想も、本当にこれからの在り方に対して、やっぱり私たち立法府の人間として、この調査会でも何らかの形で提言できればと本当に強く思いました。その上で、私からも幾つか質問させていただきたいと思います。  まず、小国参考人にお聞きしたいんですけれども、私、多分同級なんですね、同い年だと思います。ですので、育ってきた多分、社会的背景とか教育的なこの当時、その特徴というんですかね、同じような背景の中で育ってきたのかなというふうに感じています。  そう考えると、自分の子供の頃、確かに教室にはうるさい子供とか落ち着きない子供とかそういうのがいて、ちょっと勉強のできる子が、あなた面倒見てあげてねなんということで、割と緩やかな包摂的な社会だったのかなと思います。もちろん、やはり、このいわゆる特別支援学級とかもありましたけれども、そうじゃない人は結構クラスで一緒に学んでいたということだったのかなと私は記憶しているんですけれども。  そういう中で、今、特別支援教育対象児童が増えていると。恐らくこれは国としては善かれと思って分離してきたのかなって気がするんですけれども、今日の資料にもあるとおり、国連等では、やはりこの分離教育は廃止しろということが言われております。  まず、あと一方で、予防措置ということを考えたときに、もしかしたらある程度早い段階から予防の意味で分離した方がというような考えがあったのかどうなのか。  ただ、世界の流れとかこういった国連の勧告なんかを考えると、やっぱりできるだけ、まさにインクルーシブ教育の中でみんなで一緒に教育していくことが重要なんじゃないのかなと思うんですけれども、その考え方の背景ですね、背景と、やっぱり見直すべきだというその辺りの先生の御所見をお聞かせいただきたいと思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) 舟山先生、ありがとうございます。  舟山先生の御質問、非常に難しい御質問をいただいていて、あっ、その前に一つだけ。  文科省が特別支援教育課でインクルーシブ教育を所管すると、実は県の教育委員会でも特別支援教育課でインクルーシブ教育を所管しまして、市区町村でもみたいな形で、実はこの問題が地方政治にも影響しているんだというのを最近気付きまして、そのことをちょっとだけ付け加えさせていただきたいと思います。  その上で、ですから、これは障害児教育自体は、家の中で閉じ込められていた子供たちを引っ張り出して教育を与えるんだという非常に重要な使命を持ち、さらに、そこには、職業にやはりどうにかして、やはりこれ貧困、昔から貧困の問題と障害の問題というのは隠れた形でリンクしておりましたので、その意味で、職業的訓練をどうにかして学校の中でして職業的自立につなげるというこの発想が非常に強い中で制度化されてきたんだと思います。  ただ、その問題が今残っているんですが、そのこと自体が妥当なのかという問題になるんだろうというふうに考えています。  我々の周りにいる保護者の方であると、すごい悩みは、友達をつくって共に学ぶために普通学級に行くのか、それは諦めてもうその訓練を受けた方がいいという。特別支援学校の先生はやっぱり、この子は早くから訓練を受けなかったからもう人生駄目になるみたいな言い方をするわけですよね。だから、そういう話を聞いていると、やっぱり早めに訓練を受けた方がいいのかという。共になのか訓練なのかというこの二項択一になっておりまして、これ自体が差別、国連が言うところの、一方でいうと合理的配慮が提供されるものが、他方に行ったら提供されないという。  つまり、これふと考えると不思議な気がしますのは、何で特別支援学校に行かないと訓練が受けられないのか。つまり、学校に行った後の放課後の生活の中で訓練受けたっていいじゃないかと。そうすれば、共にと訓練を両立させられると。  何か、共にを選んだら訓練を否定したかのように言われて、特別支援教育に通わせている保護者からも孤立するみたいな話もありますし、本当に非常に複雑な対立を生んでしまっているのが、そういう特別支援教育が訓練を事実上独占するような、そこが専ら担うような形で、独占という言葉は良くないんだと思いますけれども、専ら担うような形で制度化されてきたということの弊害なんだと思います。  そういうものをもっと、普通学級に行っても訓練をしたい人たちには訓練が受けられる、そういうような環境に変えていくということが、まずは今の段階でいうと非常に重要なことなのではないかというふうに考えているところです。  以上です。

舟山康江国民民主党・新緑風会

○舟山康江君 ありがとうございました。大変参考になりました。  また、今の学校が抱える問題というのは、いわゆる今言及いただいたような、障害というんですかね、障害を持っている方のみならず、まさに普通教室に行っている子供たちの不登校、いじめ、場合によっては自殺といったいろんな問題がかつてないほどに大きく広がっているというふうに言えると思うんですね。  その背景というんでしょうか、まさに教育の在り方なのか、家庭なのか制度なのか、その辺のいわゆる問題の背景、考えられる背景、要因について、小国参考人と大空参考人にそれぞれお聞かせいただければと思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) ありがとうございます。  非常にもう本当に深刻な話になっているんじゃないかと思います。その特別支援教育を、特別支援学級とか特別支援学校を選ぶ親たちは、やはり少しでも子供たちに能力とか技能を付けさせたい。それは、やはり地域社会の中で助け合って生きていけるということの実感が描けない。だから、自分の子供を少しでも能力を付けさせて、若干でもいいから生き残れるような、そんなことをさせたいという、もう本当に悲鳴のような思いが背景にはあると思います。  そういう意味において、やはりその労働規制緩和の中で非正規労働が増えて貧富の格差が広がってみたいな、この中で起きていることが非常に深刻になっていると思いますし、他方で、パワーカップルと言われるような裕福な階層においても、やはり子供に対する教育期待が今度は強過ぎて、教育で学歴を付けさせないと自分たちの階層を再生産できないということですよね。自分たちの子供が同じような生活するためには、何かハーバードへ行かせなきゃいけないとか、今では多分そういう海外みたいなことも目に入るんだと思いますけれども、そういうところの中での非常に強い圧力が、今、ですから、教育虐待とか教育ネグレクトという言葉が最近はやるようになってきていまして、それは、家庭の中で善かれと思って子供を結果的に虐待しているんではないかという問題であるとか、それが、ですから、これはもう完全な抑圧移譲で、大人の社会がしんどい、そのことの抑圧の移譲が家庭の中で起こる、さらに学校の中でも同じように起こるという、こういう問題なのかなというふうに感じております。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) まず、子供の自殺や虐待や不登校が何で増えているかということは、分からないというのが答えだと思いますね、分かりませんということです。それは、あらゆる対策や政策が効果検証できる形では設計されていないわけですね。  ですから、例えば、じゃ、日本の自殺者数というのは一時期三万人台を超えていたのが今二万人台まで大幅に減少しました。これはもちろん、例えばライフリンクの清水さんとか、自殺対策基本法の法律もできたし、様々な方が御尽力されましたが、だから自殺が減ったかということを決定的に言えるわけではないわけです。それは雇用の状況もいろいろあります。  ですから、今いろいろ議論をしていただいて、また同時にいろんな施策を打っていただいていますけれども、それがどう効いたのか、どうやってアウトカムにつながったのかというのが分からない。そもそも、アウトカムというのをそもそも政策として設計、設定をしていない場合が非常に多いわけですね。子供の自殺対策は、間違いなく自殺者数が減ったかどうかというのがアウトカムのはずなのに、じゃ、相談窓口がどれだけ相談件数受けたかということとそのアウトカムというのは、先ほど申し上げたように決して結び付いているわけではないわけですから、分からない。なので、あくまでこれは個人の考え方とか哲学とか、まあ主観ですよね、それによって論ぜざるを得ないというのは非常に残念な現状。  ですから、特に子供たち、若者たちの政策もそうですけれども、アウトカムを設定してロジックモデルをちゃんと構築して、予算が一円でも付く政策は、どうやって結果に基づいたのか、効果が出たのかどうかというのを調べていかないと再現性が生まれませんので、多分もう一回、じゃ、日本が一万人自殺を減らすことができないのは、なぜ一万人減ったかということが分からないからですね。なので、やっぱり残念ながら、そこを断定的に論ずることはできない。  ただ、その上で、個人的な考え方を簡潔に申し上げさせていただくと、間違いなく、いわゆる自己責任というような考え方は二〇〇〇年代以降に広まったというふうなことは様々な研究結果でも言われているところだろうと思います。自己責任というのが悪いわけではなくて、これが懲罰的自己責任と我々呼びますが、非常に自業自得に近いような自己責任の考え方というのが子供たちにまでもう蔓延してしまっているというのが現状なんだろうと思います。それは、制度的、文化的な背景様々あると思いますけれども、やはり頼ることが恥ずかしい、それは自分が抱えた悩み、自分の問題というよりも、自分が悪いんだというふうに思い込ませてしまっているような現状があるんだと思うんですね。  生まれたばかりの赤ん坊の頃からスティグマを抱えている子は恐らく誰もいないんです。成長していく過程で、男の子なんだから泣くなとか、母は強くあれと言われているのを見ているとか、何かそういう様々な言葉、文化によってスティグマというのが急速に形成されていくというのが二〇〇〇年代以後分かってきたことだろうと思いますから、それは文化的なアプローチというのも当然必要なので、コミュニケーション方法の工夫であるとかといったことがなおのこと重要になってくるんだろうとは思います。

舟山康江国民民主党・新緑風会

○舟山康江君 ありがとうございました。  やはり今は、学校の在り方とかいわゆる教育の在り方とかですね、その辺の問題もこういった子供たちが抱えている心の問題につながっているのかなという思いで大空参考人にもちょっと今お聞きをさせていただきました。  そういう中で、チャット等で相談を受けているということなんですけれども、やっぱりその入口のところの相談体制が、本当に気軽にできるというのは非常にやっぱり子供たちにとっては大変有り難い存在だと思いますけれども、なかなかその相談窓口だけで解決できない問題もあると思うんですね。その次にどこにつなげるのか。  その際に、先ほども少しお話ありましたけど、やっぱり行政だったり国の制度だったり、そういうことの中でやっぱり今一番必要だと、ここがやっぱり一番足りないというところがもし、まあいっぱいあると思いますけれども、あれば教えてください。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) ありがとうございます。  もういっぱいありますが、今、つなぎ先がほとんどないというのが現状です。私たち今何やっているかって、個別の自治体と連携協定を結んでいきます。今も四つか五つ結んでいますけれども、残り千七百あるわけですね。これ、個別の自治体と連携協定を結ぶと、その自治体にある機関の中で匿名のチャット相談窓口から流入してくるお子さんや若者を受け入れる体制を整えていただくんです。これを一個ずつやっていきます。でも、それ以外の自治体は基本的にはありません。これは、こども家庭センターというのも一つあるでしょうし、いわゆる第三者機関をやっぱり本来は設置をしてそこにつなぐということも、想定としては我々当時は持っていたということもございます。  また、児相とか警察はリファー先としてなるんですけれども、じゃ、例えば児相とか、もう当然逼迫をしているわけですし、警察に至っては、地方の県警の本部に我々必ず電話を掛けますが、チャット相談って何というところから始まっていくわけですね。それを一から全部説明をしていくわけです。警察庁から通達も出されていますけれども、やっぱりそれでもなかなか非常に厳しい現状があります。  また、匿名相談という性質がありますので、それを今度地域にどうつなぐか。要は、個人情報をどうやって把握するかといった問題もあって、これは法律の様々な問題もあるんですが、これは通信事業者に対して照会を掛けていって、これ警察経由で掛けていきますけれども、これもやっぱり、警察も事件性がないとなかなか照会掛からないので、今、駅のホームにいて飛び降りますみたいな人はなかなかこれ厳しいですし、早くても十時間ぐらい掛かりますんで、もうその間に亡くなってしまうというケースも非常に多いのが現状です。  これをどうやって円滑化していくのか。個人情報の取扱いみたいなところも今大きな課題としてありますから、自治体にそれぞれの連携先をつくるということと、その連携の手続の中で起こる様々な個人情報の取扱いに関するこの問題と、主に二つが今喫緊の課題として浮かび上がってきているところかなと思います。

舟山康江国民民主党・新緑風会

○舟山康江君 ありがとうございました。  若干逆説的な部分もあるかもしれませんけれども、やっぱりタブレット、チャットで相談ということは、本当にこれ、受皿があるのは大事なんですけれども、一方で、やっぱり対面でのコミュニケーション能力をどうやって育んでいくのか。言えないじゃなくて、やっぱり言える、そういった体制をどうつくっていくかというところも必要なのかなというところを実は小国参考人にお聞きしたかったんですけれども、時間がもう来ちゃったみたいなんで、やめます。  ありがとうございました。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 山添拓君。

山添拓日本共産党

○山添拓君 日本共産党の山添拓です。  今日は、三人の参考人の皆さん、大変ありがとうございました。  小国参考人にまず伺いたいと思います。  現在の特別支援学校、学級をめぐる課題として、設置基準の問題というのが指摘をされてきたかと思います。特別支援学校に通う子供は増えたのに学校数は増えないと。そういう下で、各地で課題になり、過密になり、教室が足りなくて更衣室で勉強しているですとか、カーテンで仕切って勉強せざるを得ないと、あるいは窓がない倉庫を学習室にするような、そういうことも伺ってきました。これは、二年前にようやくその設置基準の一部が施行されましたが、既存校には適用されないというような課題もあるということも伺っています。  こうした点も含めて、特別支援学校、学級の現状について、それ自体の現状について認識を伺いたいということと、同時に、その今日御紹介いただいた国連の勧告というのは、特別支援教育の中止ということ、分離教育の中止ですね、これは今、インクルーシブの目指すべき方向だと思うのですが、現状のその特別支援学校や学級が大変劣悪な環境だということを考えると、かなり距離があると思うんですね。ここを進めて、そこへ進んでいくための条件整備というのは何が必要なのかという辺りを、是非御意見伺いたいと思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) ありがとうございます。  山添先生の御質問に対して、ちょっと何か斜めから答えるような形になってしまったら恐縮なんですけれども、ある意味、現状で、特別支援学校とか特別支援学級が非常に劣悪な環境であるにもかかわらず、そこに行かざるを得ない、ある意味消極的なのかもしれないけれども選ばざるを得ない保護者がいるということの背景には、実は普通学級がもっと悲惨な場になっているという側面があるような気がするんです。  そういう意味において、やはり例えばその特別支援学校の先生方に伺うと、手帳のない子もたくさん来ているんですと。何であの子が支援学校で学ばなきゃいけないのかって思うんだけれども、そういう子たちが学んでいるんですというような、そういう、そのことでむしろぱんぱんになってしまっているという実態がある。本当に私たちが手を掛けて育てるべき子以外の子も実は選択して入ってきてしまっている。  その背景に何があるかといえば、多分、特別支援学校では提供されるけれども、普通学校とかに行ってしまったら提供されないという合理的配慮というのがもしかしたらあるのかもしれないという、こういう制度の問題が一つはあるんだと思います。  もう一つは、もう本当にテスト漬けになっていて、これは本当に今、私の知り合いの普通学級の先生たちは、もう本当に子供はかわいそうだと。すごくテストがある。つまり、全国学テの点数を上げるために、それ用に目指して準備テストをたくさんやっているらしいんですね。場合によっては全国学テのテスト業者が練習問題を売っているというケースも、これ、今は違うのかもしれないんですけれども、過去にはあったということなのかもしれませんが、そういうような状況もあって、そういうものをその学校の経費で買っていっぱい学習していると、そういう状況がございます。ですから、やっぱりその辺りが変わっていくということの方がむしろ重要なのではないか。  これ、私の試算なので間違っているのかもしれないんですが、小学校の普通学級って、特別支援学級を含めて二十七万学級あるんですね。そのうち五万学級が特別支援学級です。そうすると、二十二万学級が普通級で、二十二万人の担任の先生がざっくり言えばいらっしゃって、特別支援学級の先生が五万人いらっしゃって、恐らく私の試算では特別支援学校の小学部の先生が二万人いらっしゃるんです。そうすると、これって、二十二万対、単純計算でも七万になっておりまして。  ですから、もう一方で、人的なものとしていえば、特別支援学校、特別支援教育は非常に潤沢な部分もあるのかもしれないと思ったりもするんですね、生徒の割合はそんなには当然ないわけですので。そういうような問題が何かなかなか見えないところがございまして、つまり、本当にこの国では特別支援教育に幾ら掛かっているのかというのが、率直に言うとなかなか分からない状況もございます。  例えば、教員の人件費として一括されてしまって国としては出てくるので、そうすると、国全体で特別支援教育関係でどれぐらい予算が付いているのかみたいな。地方の自治体に行きますと、支援教育の支援員みたいなのを市町村費で雇ったりしているケースもあるので、恐らく日本は、特別支援教育系にかなりの予算を掛けてきているという実態もあるのではないかという気もしているところです。  だけど、先生がおっしゃるような状況もあってという、何か複雑な問題を、何だというふうに、ですから、そこを是非充実させるべきだと私も思いますって言いたいところもあるんですが、何か普通級の方がもっと悲惨なんじゃないかという気もしてしまいまして、何かそちらをまずはどう変えるのかということを提起したいなと思っているところです。済みません。

山添拓日本共産党

○山添拓君 ありがとうございます。  もう一点、小国参考人に伺いたいのですが、今のお話でも、普通級そのものが悲惨な状況があると。それは、例えば、先生たちの長時間労働ですとか競争、管理教育の下で大変だということや、もうとにかく先生の配置が間に合わなくて新学期そろわない、あるいは産休に入った先生がいるとき代わりが入れないと、そういう話もどこでも伺います。これを子供たちに目が行き届くようにして先生自身も心身の健康を保っていくためには、これはもう解決策としては、やはり少人数学級と先生の数を抜本的に増やしていくということしかないと思うんですね。それは普通級も含めてと。  ちょっとこの点について、現状やあるいは課題ですね、先生の方で御認識のことを伺いたいと思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) ハレーションもあることを覚悟で申し上げれば、何か教師が足りないというようなその本の中でたしか見ましたけれども、朝日新聞で全国調査をしたときに、その幾つかの自治体なんですけれども、やっぱり支援級に、支援教育に教師の人数が掛かり過ぎているというふうに答えているところもございます。  ですから、この教師不足の背景に実はそういうものが隠されているんではないかということもちょっと疑ってみる必要があるような状況に実は入ってきているということがあるような気がいたします。  やはり、先生たちにもっと、これ、ですから、例えば今回、渋谷区で特区を取られて、午前中に教科の時間を固めて午後は探求学習を中心にみたいに、渋谷区はいろんな企業があるからというような特殊状況もあるのかもしれませんけれども、やはりその先生たちが創意工夫を生かせるような場と時間をもっと設定すると。  つまり、今の非常に悲惨なしんどい状況は、その長時間労働をさせられているということだけではないと思うんです。意味のある、働きがいのある長時間労働ではなくて、自分は意味があるとは思えない、何かその、それから、子供にこれが役に立つとは思えないことで長時間労働を強いられてしまっているという、この実態をやっぱり、状況を改善するということが大事なんだろうと思っておりまして、これはもう本当に、学力テストを悉皆から抽出に変えていただくだけでも随分やっぱり。  つまり、今、〇・五点全国平均よりも高いだけで、学校の校長先生はもううはうはされている学校は多いです。〇・五点低いだけで、もう何かうちの学校はぼろぼろですとおっしゃるかのような印象で語る先生もいらっしゃるんですね。この〇・五点というのは、まさに二十点の子が一人外れるか入るかで、教育改善なしに変わる点数だとも思います。小規模校も増えているので。  先生方は悪気でそんなことをやっているとは思いません。学習指導要領に準拠した教育が、これが最低基準ということになっていますと、それに到達しない子供であれば、特別支援学校用の学習指導要領に準拠するというのが法的な考えだということになるので、ある意味、この子にふさわしい教育の場は特別支援学級ですよねということを法的に正当化されてしまっているという、そういう状況なんだと思います。  是非その辺りのところにメスを入れていただけると、もう全国の学校の先生たちはすごくもっと生き生き仕事ができる、子供たちももっと生き生きする、そんな環境が可能なんじゃないかと思っております。

山添拓日本共産党

○山添拓君 ありがとうございます。是非参考にしたいと思います。  次に、大空参考人に伺いたいと思います。  取組について本当に敬意を表したいと思います。今日、幾つかの角度からお話をいただいていますが、例えば不登校の問題、あるいはいじめなど、いろんな背景があると思うんですが、その不登校の直接の要因というのは様々あり、それは子供に丁寧に寄り添っていくことが大事だと思うのですが、子供たちや保護者のいろんな声から考えると、先ほど小国参考人にも伺ったような競争の激しい社会や教育、その中で子供の人権が守られていないという問題についても御指摘あったと思いますが、そういう背景もうかがえるかと思います。  教育や社会の在り方との関わりで、実際に受けておられる相談内容から御指摘、ちょっと指摘をいただける、紹介をいただけるような観点がありましたらお願いしたいと思います。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) ありがとうございます。  例えば、今、じゃ、自殺を見ていったときに、当然生活困窮に関する相談というのは非常に多いわけで、それを原因とする自殺も非常に多いのが実態です。国の政府統計の孤独、孤立の実態把握を見ても、やはりこれは仕事がないとか生活に困窮をしておられるという方、そうした方々の孤独感というのがほかの状況に置かれている方よりも高いというのはもうこれは分かってきているところです。私たちの相談窓口でも、例えば親御さんの世帯年収とか、仕事があるかないかとかといったところと、お子さんが抱えておられる例えば孤独感みたいなところというのは、これはある程度関連をしてくるんだろうというような見方というのも持っています。  そうした状況の中で何が起きているかというと、これは、非常に難しいのは、例えば不登校とか虐待もそうかもしれませんし、子供たちにまつわる悩みや困り事というのが非常に、いわゆる社会の中でかわいそうな人たちが抱えている問題なんだというようなレッテルが貼られてしまうと、これは更に声を上げづらくなってしまうので、アプローチの仕方は、やはりこれは全ての人の問題なんだということは大前提として持っておかなくちゃいけないんだというのがまず最初のステップとしてあると思うんですね。  だから、その上で、例えば教育にしても、これは、じゃ、塾に通っているお子さんも、塾に通わせる、なかなか経済的に厳しいというお子さんも、両方不登校になっていくわけですね。なので、なかなかその属性とか家族の状況で、データとしては見えてくるんだけれども、それを、じゃ、どこまで扱うか、どういうふうな発信の仕方をするのかというのは、やっぱりこれはすごく気を付けなければいけないとは思います。  ただ、今の既存の教育の在り方の中で、なかなか子供たち自身が発信することができない、悩みを話すことができない、それは先ほど三浦先生もおっしゃいましたけれども、じゃ、スクールカウンセラーに子供たちが通わないんですと相談してくる学校関係者の方がたくさんいますけれども、じゃ、皆さん、カウンセリング行ったことあるんですかというと、誰一人としてないわけですね。先生たち御自身もカウンセリングの経験なんかないのに、結局子供たちには相談をせよということを言わせてしまう。  それは、これだけいろんな社会問題が深刻ですよ、顕在化していますよといって対策を講じてきて、そのしわ寄せは当然学校現場に行って、学校の先生たちも、学校現場で虐待を見付けなきゃいけない、いじめも防がなきゃいけない、自殺も止めなきゃいけないと。言わざるを得ないわけですね、相談してね、何かあったら言ってね。  やっぱり御自身の、自分たち自身のケアというか、メンタルケアも含めてですけれども、そうしたところに割く余裕がないというところがまず根本的な問題であって、そこを解決しない限り、どれだけ学習の在り方が変わったり、学校が変わったり、多様化しても、恐らく同じような問題というのは起きてくるんだろうと思います。

山添拓日本共産党

○山添拓君 ありがとうございます。  最後に、田中参考人に伺いたいと思います。  家族のケアのために困難に直面している子供が社会的に見えにくい、この大きい要因は家庭内の問題だとみなされるという、そういう風潮があるかと思います。  今日のまとめで強調されていた、家族全体を支える視点を持って対応するというのは、これは家庭の責任ということとは違う意味だと思うんですね。その辺り、もし詳しく御意見をお聞かせいただければ有り難く思います。

田中悠美子一般社団法人日本ケアラー連盟理事/一般社団法人ケアラーワークス代表理事

○参考人(田中悠美子君) 御質問ありがとうございます。  家庭全体を支えるというのは、ケアが必要な方の使っているサービスを見直すですとか整えていくというようなところの側面もあると思います。  やはり介護保険制度は、その認定された度合いによって利用の限度があったりですとか、やっぱり家族がいると利用が制限されてしまうような誤解もあったりとかする中で、既存のサービスのそのありようというのをもう一度見直しをして、適切にそのケアが必要な方のサポートを、サービスを提供していくことでそのケア、大人のケアラーさんの負担軽減につながっていって、よってその子供たちのケアの負担の軽減につながるという間接的な場合もあると思います。  あとは、その親ですが、子供さんと直面している、例えば精神的な悩みがある御家族さんに、病院になかなか行きにくいというところ、アクセスしにくいというところもあるので、例えば家庭訪問などをして、そういった、誰が気付くかにもよるんですけれども、例えば産後のうつですとかそういうところもあったとすると、家庭訪問しながら御家族さんを支えていく、あるいは疾病を抱えて、それで病院につなぐですとか、そういった家族さんを支えていく中で子供さんが安心につながっていくというところもあると思い、家族全体の支援という話をさせていただきました。

山添拓日本共産党

○山添拓君 ありがとうございます。  時間ですので終わります。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 木村英子君。

木村英子れいわ新選組

○木村英子君 れいわ新選組の木村英子です。本日は、参考人の先生方のお話をお聞きする機会をいただきまして、ありがとうございます。  まず、インクルーシブ教育について小国参考人にお尋ねしたいと思います。  私は、幼いときに施設に預けられて、小学校から高校まで、障害児だけが集められた養護学校で学びました。施設や養護学校では、医者や看護師、教師など、健常者の大人たちの中で育ち、健常者の友達ができたのは十九歳で地域へ出てからでした。そして、初めて一人で地域へ出たときに、電車やバスの切符の買い方などが分からないどころか、社会のことを全く知らない自分に愕然としました。その上、地域へ出て何よりも私を苦しめたのは、駅の階段を上げてもらいたくても、トイレや食事の介護をお願いしたくても、親や職員以外の人とのコミュニケーションが取れていなかったということでした。  分けられていたことが当たり前になってしまった習慣は、地域で生活していくときの大きな弊害になっています。失ってしまった子供時代をもう取り戻すことはできませんし、また、子供のときに子供同士の関係の中で培われる社会性とかコミュニケーション力というものが十八年間すっぽり抜けているんです。今、自立生活を始めて四十年たった今でも、その経験を取り戻すことは容易ではありません。  私のようなこんな経験を、これから子供たちに社会に出たときにやっぱりしてほしくないという思いでインクルーシブ教育の実現に向けて取り組んでいるところですけれども、それでも、現在、やはり特別支援学校を希望する親御さんが増えています。やはり特別支援学校は、設備の面にしても、それから教員の専門性にしても安心ということで実際に多くなっていると思いますけれども、やはり社会の中に障害者を受け入れる、あるいは家族を受け入れる受皿というもの、そして、学校の中にもやはり障害者を、障害児を受け入れる土台というのがつくれていないということが挙げられると思います。  そういう中で、小国参考人が今までインクルーシブ教育に取り組んでこられた経験に基づいたその思いというか、そういうものをまずお聞かせしていただきたいということと、それからまた、新たに東大で教育学研究科が、自治体やそして当事者団体との協定を結ぶという取組をされていると聞いております。これがどのような形でそういう協定を結び付くということに至ったのか、また具体的な提案があれば、その思いをお聞かせください。お願いします。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) どうもありがとうございます。  すごい本質的な御質問をいただいて、僕がなぜインクルーシブ教育が大事だと思っているのかということをまず一つは話せというふうにおっしゃっていただいたというふうに理解しました。  私自身は、余り時間がないですからあれですよね、大阪の実は小学校に行ったときに、自分の価値観が全く変わる思いをいたしました。その学校は、障害を個性とみなして、様々な子供が、全ての時間、全ての子供が一緒に学ぶということを基本にした学校でした。  そこに行くと、例えば朝御飯食べさせてもらえていない子供がいて、なかなか朝起きられなくて、それを事務職員の人が迎えに行って、一緒になって手を引きながら、場合によっては地域のおじさんやおばさんが一緒に学校に連れてきてくれる。学校に来たら、やはりそういう子たちは、その子の場合は、すごく家でしんどい思いをしているので、やはり人を殴ってしまったりなんかする、攻撃性があるというふうに言われそうな子供なんですけれども、そういう子供たちの背景を、子供たちが丁寧に丁寧に一緒になって、じゃ、この子がどうしたら安心するのかということをみんなで一緒に考えたり、この子は暴力を振るっているけど本当は何を伝えたかったんだろうということを先生が一緒になって子供と考えたり、何かそんな空間でした。  予防措置という意味では、おせっかいなおじさんやおばさんがいっぱい入っていまして、そのことが、やっぱり子供の小さな変化みたいなものに本当に早い段階で気付けるようなそういう関係を学校の中につくっていたりしました。そのことによって、そこは団地の地域でしたけれども、地域の関係ができるということにも気付きまして、やはり今、子供たちは、地域で大人と出会っても、不審者かもしれないみたいな話になってしまってなかなか安全に出会えなくなってしまっている難しい時代なんですが、学校の中で出会っていると、実は地域で出会っても、こんにちはとかいろんな関係がつくれるという。だから、学校の中をどうそういうおせっかいなおじさん、おばさんとの出会いにするかというのは、実はその子供のトータルなウエルビーイングにおいて大事なんだみたいなことも学びました。  まさに、今日のこの会の趣旨に本当に何かばっちりする、そういう、その子供たちが本当に笑顔になって人間らしく育っていくということの意味をやっぱりもっと多くの学校で実現したいというのがこのインクルーシブ教育というものに懸ける思いということで、同時に、木村英子先生を始め、僕らは、またオンラインの会なんかを始めとして、いろんなしんどい保護者の方、いろんな差別の体験、当事者の方のお声を聞いてきています。やっぱりそんなことを二度と体験しないで済むような、そんな社会をつくりたいという思いからこの活動を続けさせていただいております。  その中で、やっぱり気付きましたのは、それぞれが分断されていると、ニーズを持っている人たちが分断されているということと、それから知識がつながっていってないという問題です。  その知識がつながっていってないということを二つ申し上げたいんですが、実は介護等体験という、これも是非お願いできたら有り難いんですけれども、つまり、教師になるためには障害者の生活を知らなきゃいけないというので介護等体験というのが義務化されているんですね。ところが、これが施設見学しか法的には許されてない状況にございまして、つまり、本来、インクルーシブ教育の教師を育てようと思ったら、地域で木村英子先生のように自立生活をしていらっしゃる、それから、今日来てくださった三井絹子さん、国立市の三井絹子さんも来てくださっているようなんですが、そういう方のような生活をやっぱりもっと我々が知らないと、学校の中でこんな力が必要だという、こんな力のイメージが実は付かないところがございます。  にもかかわらず、実は自立生活のところが介護等体験の対象に入らない、どう法律を解釈しても現状の法律では。これは、だけど、文科省の告知か何か、通知か何かのようなので、比較的文科省がその気になってくださればすぐに変わる程度の話らしいんですが、ただ、私どもには非常にバリアがあるという状況がございます。  そんな中で、やはり当事者団体が持っている知識とか当事者団体が持っている経験をもっと学校とつないでいかなきゃいけないという思いを持っています。それから、やはり我々が持っている知識なんかをもっと自治体と一緒に連携することで様々な実験ができたり、グッドプラクティスをつないでいったり、そんなことをしていきたいなと思っております。  ですから、なるべく今後、いろんな当事者団体とも提携をし、そしていろんな自治体とも提携をし、そして今、インクルーシブ教育の研究者も協力研究員として集めているような状況があって、我々のセンターがそういうこの運動のハブになれるような、そんな取組ができたらなと思っているところです。  以上です。

木村英子れいわ新選組

○木村英子君 ありがとうございます。  次に、三人の参考人の先生方に質問したいと思います。  私は、幼少期の頃、親に、親からですね、自分が死ぬときにはおまえを連れていかなければならないと言われて、とても怖い思いをした記憶があります。そして、親は重度障害者の私を育て切れずに施設に預けました。  障害者だけではなく、様々な支援の必要な高齢者、子供たちに対して、行政は十分な制度の保障がされていないというふうに私は考えています。それで、家族だけに責任を負わせることで社会から孤立させてしまって、ヤングケアラーの方や、自殺そして心中などが起こるような悲惨な現状を生み出していると思います。  こうした背景には、やっぱり自助というものが強調される現状の中で、どうやったら家族だけに責任を負わすことなく生活をしていけるか、それにどういう取組が必要なのかについて、参考人の方にお考えを聞きたいと思っております。  田中参考人の方から、是非お考えを教えてください。

田中悠美子一般社団法人日本ケアラー連盟理事/一般社団法人ケアラーワークス代表理事

○参考人(田中悠美子君) 御質問ありがとうございます。  既存の制度では、特に介護保険制度で感じるのは、やはり家族のケアありきの制度設計が当初あり、今もなおそれが続いているなというふうに感じているので、今の既存の制度の中で、家族支援を位置付けていく認知症基本法ですとかでき始めていますけれども、ケアラーを支えるための、それを軸としている法制化というのが必要だというふうに思っています。  以上です。

大空幸星NPO法人あなたのいばしょ理事長

○参考人(大空幸星君) ありがとうございます。  非常に難しい御質問だなと思って聞いていたのは、家族関係が非常に良好であるがゆえに自ら命を絶つという子供たちが非常に多いという現状がある以上、やはりこの家族とどう捉えるかと。やっぱり家族が、家庭というのは安全な場所であるべきだし、ただ同時に、安全、安心な場所であるからこそ相談できない、心配掛けちゃいけない、迷惑を掛けちゃいけないというような発想が生まれてしまうという背景があるので、やっぱりこれは個別の事例に対処できるような制度を持っておかなきゃいけないんだとは思います。一方で、やっぱり家族にとらわれない、家族が安全ではない人たちが家族以外の場所に頼れるようなそうした仕組みというのが今十分かというと、間違いなくそれは不十分なんですね。  ですから、そうした体制を、それはこども家庭センターもそうかもしれませんし、こういうチャット相談窓口もそうかもしれませんし、拡充をしていただくということに尽きるのかなというふうには思います。

小国喜弘東京大学大学院教育学研究科教授・教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター長

○参考人(小国喜弘君) ありがとうございます。  やはり学校としては、地域で自立生活を安心して送れるような体制とどうつながった学校教育を構想するのかということ自体が非常に重要なことだというふうに思います。そのためには、一つは、特別支援学校では提供されるけれども特別支援学級では提供されないとか、特別支援学級では提供されるけれども普通学級では提供されないみたいな、そういう話をなくした方がいい。この話はやはり国連の勧告の中にも既に出てきている話ですので、是非そういったものが充実していくといいなというふうに思います。  それから、やはり今、学校教育自体の、これ不思議なんですけれども、障害者の自立概念というのは七〇年代か八〇年代ぐらいに転換したというふうに伺っておりまして、それまでは身体的、身辺的自立であるとか経済的自立というのが重要だったのが、人間というのはそもそも依存的な存在だから、依存先を増やすということがむしろ自立なんだと。健常者というのは、健常者と言われる人は依存先が多い人で、依存先がある意味特定の資源に集中してしまう人が障害者と言われる人なんだ、だからこそ、安心して頼れるようなそういう関係を育てていかなきゃいけないんだということが障害者運動では当たり前なんですが、不思議なことに、これ悪口ですけれども、特別支援教育の、特別支援教育では自立活動というのが中心概念なんですが、この中心概念である自立活動の理念は、いまだに身辺的自立と職業的自立なんです。  ですから、そういう意味で、何かその、こんな話はもうすぐにアップデートできるはずの、つまり知識のベースの話ですので、そういったもの自体が、実は特別支援教育においては何か旧態依然のままに、いつの時代なのというふうにその関係者に聞いてみたくなるようなことがずっと続いているという状況がございまして、何か関係者の方が聞いておられたらお叱りを受けるのかもしれないと何かびくびくしてきました。そういう状況でございますので、是非その辺りを変えていただくのもすごく大事なことかなというふうに思います。そのこと自体が非常にむしろ特別支援教育の今ネックになっているのではないかという気がします。  結果的に見れば、特別支援教育が、それこそ木村先生おっしゃっているように、施設生活にしかつながっていないんではないかという疑義があるかと思いますが、そういう問題をやっぱり解消していくというためには、そういうカリキュラム自体もアップデートしていかなくてはいけないということかと思っております。  以上です。

木村英子れいわ新選組

○木村英子君 参考人の先生方、ありがとうございました。終わります。

福山哲郎立憲民主・社民

○会長(福山哲郎君) 以上で各会派の一巡目の質疑は終了いたしました。  他に御発言もなければ、参考人に対する質疑はこの程度とさせていただきます。  参考人の皆様に一言御礼を申し上げます。  皆様には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、おかげさまで本質的かつ活発な議論ができました。誠にありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  本日はこれにて散会いたします。    午後三時五十九分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗