環境委員会 第10号
- 発言数
- 228 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 9
- 開催日
- 2024/05/23
会議録
○委員長(三原じゅん子君) ただいまから環境委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、関口昌一君及び石井準一君が委員を辞任され、その補欠として藤井一博君及び赤松健君が選任されました。 ─────────────
○委員長(三原じゅん子君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 環境及び公害問題に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣府大臣官房審議官原典久君外十名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(三原じゅん子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(三原じゅん子君) 環境及び公害問題に関する調査のうち、水俣病問題等に関する件を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○加田裕之君 おはようございます。自由民主党の加田裕之でございます。 水俣病問題に関する件につきまして質問をさせていただきたいと思います。 水俣病問題は環境省の原点である、これは大臣も何度も何度も答弁をされております。私もそうであってほしいと願っております。 五月一日、水俣病関係団体との懇談における環境省の不適切な対応については、深い反省の下に、課題に対して真摯に、そしてまた患者の皆様方に寄り添う姿勢でしっかり向き合うべきであると思っております。 今回、質疑を通しまして、改めて、環境省に対しまして、本件に対する対応状況や大臣の意気込みを、そして寄り添う姿勢を確認したいと思っております。 まず、五月九日の参議院環境委員会におきまして、大臣自身が水俣を訪問いたしまして、そして直接謝罪したと答弁をされておりました。私も、あの問題、あれ見まして、すぐに水俣の方の皆様方を訪問されまして、そしてまた謝罪をされ、そしてまた真摯に向き合ったということにつきましては評価するものではありますが、今回のその後の事案について具体的にどのように対応したのか、大臣にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) お答え申し上げます。 私自身がお伺いした御意見、御要望を踏まえ、水俣病問題への対応力を高めるため、五月十日付けで前田審議官を新たに水俣病担当とし、省内横断的な体制での水俣病タスクフォースを設置いたしました。 その後、十六日から十七日にかけて前田審議官を水俣に派遣して計七団体との面会を行い、改めて懇談の場についての御要望等をお伺いしました。同様に、二十一日に前田審議官を新潟に派遣して計六団体との面会を行ったところでございます。 現在いただいた御要望を踏まえて、改めて懇談の場を開催することに向けて調整を進めているところでございます。
○加田裕之君 大臣の先ほどの答弁のように、新たにタスクフォースを立ち上げられましたが、このタスクフォースの目的というものは何なのか、これについて大臣にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 水俣病タスクフォースは、五月一日の懇談及び八日の面会で私自身がお伺いした御意見、御要望を踏まえ、環境省全体でこの水俣の問題に取り組んでいく趣旨で立ち上げました。水俣病関係団体との改めての懇談の場の開催に向け、御意見、御要望を誠実かつ真摯に検討し、損なわれた関係団体、現地との関係性を修復することを目的としております。 タスクフォースによって強化された体制により、職員の頻繁な現地出張を行いつつ、懇談内容の充実に取り組んでまいります。
○加田裕之君 それでは次に、今回の、先ほど大臣が答弁ありましたように、水俣病の対策専属担当といたしましての前田審議官にお伺いしたいと思うんですが、五月十六日、十七日に早速水俣を訪問されたということ、そして五月二十一日に新潟水俣病患者の皆様方のところへ訪問したということですが、どういう形でどのようなやり取りがあったのか、お伺いしたいと思います。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 五月十六日、十七日の二日間、水俣を訪問し、七団体の方々とお会いし、改めての懇談の場についての御要望等をお伺いいたしました。 初日十六日は、水俣病関係の六団体との意見交換を行いました。意見交換の場では、聞きおく場ではなく双方向で意見交換する場にしたい、個別のテーマに分けて実務レベルでも議論したい、タスクフォースは水俣病対策全般を見直す組織にしてほしいといった御意見、御要望をいただいたところでございます。 翌日十七日には、オンラインで一団体と意見交換を行い、要望事項に関して検討経緯を含めて迅速に回答してほしい、これまで水俣に職員が通って築いてきた関係が今回のことで壊れてしまうことは残念だと、今後幅広い層のもっともっと多くの環境省職員を水俣に派遣して組織全体で信頼関係を構築してほしいといった御意見、御要望をいただいたところでございます。 また、五月二十一日には、新潟を訪問し、六団体の方々とお会いし、懇談の場についての御要望等をお伺いしたところでございますが、懇談の場はできるだけ長く時間を取ってほしい、水俣病問題が早く落ち着くことを願うといった御意見、御要望をいただきました。 いずれの意見交換におきましても、今回は御意見を持ち帰り、懇談の場の在り方につきましては改めて環境省から提案することとなっております。 答弁は以上です。
○加田裕之君 早速そうやって前田審議官がいろいろ行かれて、そして様々な声を聞かれた。そして、先ほど来お話ありますように、水俣病問題は環境行政の原点であるということ、これは本当に、今まで先輩方が、環境省の、環境庁時代からもですけど、積み上げてきた蓄積がやはりあると思います。そうしたものが、やはり今回、私は一番やはり問題というのは、寄り添う姿勢というものが不足していたんではないか、そういうものに対して思いというものを受け止める姿勢というものが問われているんではないかと思っております。 そして、ちょっとこれ質問なんですけど、前田審議官にですけれども、現地の関係者からの声をお聞きになられて審議官としましてはどういうふうに受け止められたのか、システム的な話とかそういうものではなくて、審議官のこの率直な気持ちをお伺いしたいと思います。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 五月一日の環境省の会議運営につきましては厳しいお叱りの声を多くいただき、改めて謝罪を行ったところでございます。改めての懇談会の設置の仕方につきましては、設け方につきましては、双方向の意見交換や出席者の健康状態への配慮、進め方など、様々な御意見をいただいたところでございます。こうした御意見、御要望を踏まえ、改めての懇談の場に向けた調整を進めてまいりたいと考えております。 また、先ほど申し上げました点も、少し繰り返しになりますが、これまで水俣に職員が通って築いてきた関係が今回のことで壊れてしまうことは残念という声もあったところでございまして、改めての懇談の場の開催、職員の水俣への派遣等を通じ、損なわれました信頼関係の修復に取り組んでいく必要があると私としては強く感じたところでございます。 答弁は以上です。
○加田裕之君 ありがとうございます。 やはり、積み上げてきた信頼関係というものをしっかりと取り戻すには、やはり何倍もの私はまた努力が必要であると思っております。 五月三十一日、新潟水俣病が公式確認された特別な日でございます。これは報道ベースで見ますと、現地の皆様方が、これ大臣に是非とも御出席してほしいという声がありましたが、実際、国会開会中ということですので、国定政務官が行かれるということでございます。是非そのときにも事情というものをしっかりと説明していただいて、そして閉会後速やかに大臣がやはり新潟の方にも行っていただいて、もちろんですけれども、時間も取っていただく、そしてまた、いろいろな皆様方の御意見を真摯に聞いていただく、寄り添う姿勢というものを私は示していただきたいと思っております。 先ほど来、こういった対応をされてきました前田審議官からの御報告を受けて、改めて伊藤大臣の決意と、そしてまた思いをお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 審議官が訪問した際に水俣病の関係団体の皆様から、これまで水俣に環境省職員が築いてきた関係が壊れてしまうことへの懸念が寄せられたと承知しております。今回の件の深い反省、これに基づき、損なわれた関係団体、現地との関係性の修復に取り組んでまいりたいと思います。 まずは、改めて懇談の場について、五月一日の懇談及び八日の面会で伺った御意見、御要望を踏まえて、出席される方の御意見を丁寧にお伺いする場として設定してまいりたいと考えております。
○加田裕之君 是非、やはり丁寧に、そしてまた寄り添う姿勢で御意見を聞いていただきたいと思います。もちろん、式典のその部分というのは、国会の制約、これは我々の院の方での制約もありますから大臣は出席はできないんですけど、先ほど言いましたように国定政務官が行かれるということで、大臣、そして副大臣、政務官始め環境省が一つのチームとなりまして、そしてまた、今回のこの水俣の事案につきまして、本当に患者の皆様方、関係団体の皆様方に寄り添う姿勢で臨んでいただきたいと思っております。 これはやはり環境省の信頼関係を取り戻すという意気込みで頑張っていただきますようよろしくお願い申し上げまして、私の質問を終わります。 ありがとうございます。
○田島麻衣子君 立憲民主・社民の田島麻衣子です。本日はよろしくお願いいたします。 大臣、環境大臣、私たち立憲民主党の議員団は、大臣、いいですか、二十日に水俣市を訪問しました、片道六時間ほど掛かりましたけれども。そこで、患者の方々、団体の方々の話を聞きました。もちろん、マイクを切るようなことは一切しませんでした。向き合ってまいりました。 大臣に見ていただきたいんですけれども、これは、患者の団体の話を聞く前に歴史考証館に行きまして、その中で購入した本であるんですね。(資料提示)映画「MINAMATA」の題材にもなったユージン・スミスさんの写真集であるんですけれども、この中に、過去の誤りをもって未来に絶望しない人々にささげるというふうに書かれています。同じように、この絶望的な現実の目の前で未来に絶望しない、私もそうありたいと思ってこの質疑をしたいというふうに思うんですね。 これ、中見てみますと、とてもとても胸を痛めずには見れない、見れるものではない写真がたくさんあるんです。この智子ちゃん、母胎感染で生まれてきているんです。水俣病なんですよ。これを理解しない大人たちのためにこの智子ちゃんを連れて、見て触って、この被害を実際に理解しろと、これを患者の皆さん言っているんですね。私は、この前の、歴史考証館に行ったときに、どうして患者の皆さんがあれだけ怒ったのか、その理由を私なりに理解することができた。 大臣に最初に伺います。大臣は、なぜ五月一日、患者の団体の皆さんがあれだけ怒ったのか、その理由はどこにあるというふうに認識されていますか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) お答え申し上げます。 五月一日の水俣病関係団体との懇談において、時間を経過した一部の方について発言の途中でマイクの音量を切るという運営をしたことについては大変遺憾であり、発言された方に対して大変申し訳ない思いでございます。発言の途中でマイクの音量が切られて、環境省は話を聞く気がないのかとお怒りを感じられる、当然だろうと思います。申し訳ございません。
○田島麻衣子君 このときに答弁書を読んで答えるという、大臣、私は自分の言葉でしっかり話すべきだと思いますよ。なぜ皆さんは怒ったのか、もう一回お願いします。答えていないです、大臣。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 六十八年間に及び、この水俣病が公式認定されてから長い間、いろんな意味でお苦しみがあり、またいろいろな意味での葛藤なり、そういう気持ちの蓄積もあり、そして今回の環境省の対応は大変不誠実であったということでお怒り、また感情がそのような形になったというふうに私は考えております。
○田島麻衣子君 五六年の公式確認以降、行政は確認されながらも汚染を放置してきた。そして、損害賠償請求権を放棄させるような少額の見舞金の契約書を結ぶことによって村人たちは声を上げることができなくなった。また、水銀をろ過する装置、実際には機能していなかったんですけれども、そうしたものを造って、大丈夫なんだと村の人たちに言ってきたわけですよね。彼らは何度も何度も裏切られ続けてきているんですよ。また、大臣がマイクを切ったことによって、彼らはきっとまた裏切られたと思ったに違いない、私は彼らの理解を、そういうふうに理解しました。 今、大臣、やっぱりもう少し、水俣市もう一回行って、私は、この歴史考証館にも足を運んで、こうした方々の苦しみや怒りというものをしっかり理解するべきだというふうに思っております。 こうした三分間の時間制限、ほかにも設けているというふうに私は聞いております。今後、こうした環境省管轄の患者、被害者懇談会において時間制限を設ける、これやめるべきだと思いますが、いかがですか。質問通告は四番になります。
○国務大臣(伊藤信太郎君) まず、五月一日の懇談の場において、発言の途中でマイクを切ったという、大変不適切だと考えております。私は、そもそも今回の一団体当たり三分間という時間は短過ぎるというふうに考えております。水俣病関係とも改めて懇談の場を設置しますけれども、御意見を丁寧に、十分に伺う運営をしてまいりたいと思います。 今後の公害関係団体との意見交換についても、各団体と御相談しつつ、御意見を丁寧に伺うことができるような運営方法を検討してまいりたいと思います。
○田島麻衣子君 我々立憲民主党の議員団は、水俣市を訪問しまして、その後、議員立法、これ新たな救済方法というのを提示したいということを考えております。 大臣は国会答弁の中で、例えば五月十日、衆議院の環境委員会で、水俣病について、救済について、現行法制で足りなければ、それをどういうふうにするかも含めて検討してまいりたいと思いますと述べておられます。これは山下議員に対しても同じことをおっしゃっているんですが、大臣が考えます現行法制で足りない部分、これは一体何になるのか、お答えいただきたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 水俣病については、歴史の中で、公害健康被害補償法に基づいて三千人が認定を受けて補償を受けられるとともに、これまで平成七年と平成二十一年の二度にわたり政治救済が行われてございます。 平成二十一年の水俣病被害特措法は、超党派の議員立法によって成立して、地域における紛争を終結させ、水俣病の最終解決を図ることを規定しております。こうした二度の政治救済により、合わせて五万人が、五万人以上が救済対象となってございます。特措法が超党派の議員立法により制定された経緯を踏まえ、その立法趣旨を最大限尊重して、制度を運用すべきものだというふうに考えております。 環境省としては、こうした歴史と経緯を十分踏まえつつ、現行法の丁寧な運用、医療、福祉の充実、地域の再生、融和、振興などに取組を進めてまいりたいと考えております。
○田島麻衣子君 いやいや、大臣、誠実に答えていただきたいです。こうした事件が起こったわけですから、質問に誠実に答えていただきたい。 大臣は、足りなければとおっしゃっているんですよ。足りない部分はどこですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 現時点で即答することはちょっとできないと思います。
○田島麻衣子君 即答することはできない。 認定要件の緩和ですとか、環境影響評価、これをしっかりやる、こういったことを足らざる点だというふうに考えてはいらっしゃらないですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) この間、関係団体あるいは関係団体以外の皆様からも、多様な意見、また多岐にわたる御要望をいただいております。 その中には、今御指摘のところもありますけれども、それ以外のところもございます。こういったものをよく精査して、現行法でできることを最大限にやっていくというのが環境省の立場だとございます。
○田島麻衣子君 私たちが向き合った患者団体の方から質問を一つ承ってまいりました。聞いていただきたいというふうに言われたんですけれども、七十年近く水俣病が解決されなかった理由を環境大臣はどのように把握されていますか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 水俣病が公式認定されてから六十八年たつわけでありますけれども、その理由を一つに絞って言うことは難しいと思いますけれども、まずその六十八年の歴史をたどれば、まずは当初の対策の遅れが被害を拡大したこと、それから環境や健康への深刻な被害は回復が容易でないことがあるのではないかと考えております。
○田島麻衣子君 そのとおりですね。一回疾患してしまったらそれは治すことというのは難しい、不可能だというふうにおっしゃっていましたので、正しいと思います。 それから、やはり私は、政府の水俣病患者の方々に寄り添う思い、こうしたものが欠けていたんじゃないのかなというふうに私は思います、七十年近くそのままになっていたわけですから。 環境省が考える水俣病の最終的な解決とは何でしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 平成二十一年に制定された水俣病被害者の救済及び水俣病の問題解決に関する特別措置法、いわゆる特措法ですが、これは、前文において、地域における紛争を終結させ、水俣病問題の最終解決を図り、環境を守り、安心して暮らしていける社会を実現すべく、この法律を制定すると示しております。 環境省としては、そうした最終解決の実現を目指し、現行法の丁寧な運用や、医療、福祉の充実、地域の再生、融和、振興などの取組を進めてまいりたいと思います。
○田島麻衣子君 最終的な解決のためには本当に真摯な姿勢と努力が必要であるというふうに思うんですが、私は、大臣の国会答弁を聞いていてどうしても分からないことがあるんですね。質問通告二番になるんですけれども、お配りしている資料を皆さん御覧ください。これは、伊藤環境大臣の答弁を取ってきております。 まず、左側見ていただきたいんですが、大臣は、五月一日についてこのようにおっしゃっています。各団体のお話はまず全て、全てです、全て聞こえておりましたとおっしゃっているんですね。右側の方を見ていただきたいんですが、ここにはこう書かれています。御指摘のマイクを切らないでくださいという御発言そのものは聞いていないというふうにおっしゃっているんです。 私にはこの二つは矛盾するように思えます。全て聞いているのであるならば、マイクを切らないでくださいという御発言そのものも聞いているはずなんですよね。何でここだけ聞いていないんですか。どちらかが虚偽答弁なんじゃないですか。いかがでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) まず、懇談会当日、各団体の話は私には全て聞こえておりまして、発言の途中で、後で分かったことですけれども、マイクの音量が切られてしまった方お一人については、団体として全体で七分程度お話しされ、全てお伺いしました。 懇談会の退出の際、環境省の職員がマイクを切ったことについてどう思うかという趣旨の質問がございました。マイクを切ったのか、切ったとしても誰がマイクを切ったのか、事実関係が分からなかったので、マイクを切ったことは認識していないと申し上げたところでございます。 そして、その発言の途中、マイクを切らないでとかマイクの音量を下げないでという発言そのものは聞いておりません。また、私は、松崎さんのお話を聞くことに集中しておりましたので、松崎さんの話はしっかり聞いておりました。
○田島麻衣子君 いやいやいや、その答弁は非常に苦しいですよ。全て聞いていたのに、なぜかマイクを切らないでくださいというところだけ聞いていないんですから、腕章をした方がマイクを取るところだけは見ていないんですから。 こうしたところにやはり誠実性というのが、皆さん見ていくと思うんですよね。こうした環境大臣で本当に水俣行政大丈夫なのかなと私思うんですけれども。 その他の団体に対して、これまで環境省が直接抗議を受けるような対応をしてきたことというのはありますでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 私自身は、大臣就任以来、直接抗議を受けるような場面はございませんでした。 一方、これまで、患者、被害者団体の御要望に関し、環境省側の回答が要望を満たすものでないことについて抗議を受けることはあったと承知しております。 皆様の御意見、御要望、多岐にわたっております。それを丁寧に分析して、環境省として皆様に寄り添って真摯に対応していくことが重要と考えてございます。
○田島麻衣子君 今回マイク切りをした司会の方ですが、前任の石綿被害でも患者団体が抗議しているという、患者団体から抗議されているという記事が出ています。これは同様のものなんじゃないんでしょうかね。内定していた医療関係者のヒアリングが一時、メールで突如中止されていると。非常に似ていると思うんですが、いかがですか。
○政府参考人(前田光哉君) 御指摘の点につきまして、この度の水俣に行ったとき及び新潟に行ったときも同様の指摘をいただいたところでございます。そういった実情も踏まえた上で、現在のこのタスクフォースに入って尽力していただきたいというふうに私としては答えたところでございます。 以上でございます。
○田島麻衣子君 時間が来たので終わりますが、全く審議は尽くされていないですよ。余りに時間が少ない、これを申し上げて、私の質疑を終わらさせていただきます。
○川田龍平君 立憲民主党の川田龍平です。 伊藤大臣、一昨日、私この議場でお渡ししましたこの「みな、やっとの思いで坂をのぼる 水俣病患者相談のいま」という本、大臣、お読みになりましたでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) その日のうちに全文読まさせていただきました。
○川田龍平君 ありがとうございます。大変すごく読みやすい本で、すぐ読めるだろうと思ってお渡ししました。本当にありがとうございます。 私は、この著者の永野三智さん、大臣も覚えていらっしゃると思いますが、松崎さんの隣で、女性の方で、大臣に臆せずはっきり患者の意見を伝えていた方です。 十年以上ですね、十数年以上、もう患者相談の窓口でずっと患者の相談を受けてきた方で、私も、彼女が水俣病の問題に関わる前、元の出身ですけれども、彼女が日本中放浪しているときに出会った方なんですけれども、本当にその方のこの本に書いてあるように、この水俣病を通じて多くの人々と出会い、その言葉に揺れ動いてきた。その揺らぎを日記としてつづってきた。この本に収録された文章の大半はそうやって書かれたものだ。この本は聞き書きの資料集でも、水俣病事件の正史でもない。しかし、こういう形でしか伝えられない水俣病の現実があると感じている。この揺らぎと、日常の中に必ず続いている水俣病が全ての当事者に伝わることを願ってつづったのがこの本だということで、私は是非これ大臣に読んでほしいと思ってお渡ししました。 この本には本当に歴史には残らないようなことが書いてあります。 公的検診では医師につまようじでつつかれ、感じるだろうと聞かれ、分からないと答えたら、これでもこれでもと執拗に突かれる、自宅に帰ってから下肢が赤く腫れ上がり、足指が黒くなり、うみが出たという方もおられます。医療の基本である患者と医師との信頼関係はこの検診のどこにあるのでしょうかとかですね。本当にこの本には、溝口さんがチッソよりも私は熊本県を恨んでおりますとかですね。なぜこの行政をそこまで不信になったのか。そこには、申請したにもかかわらず患者側からの検診拒否が始まったのは、このように一方的な判断条件が作られたからです。判断条件は行政が作ったものであり、検診拒否自体も未処分者の増加も行政の責任と言われても仕方ないでしょう。理不尽な行政のやり方に対抗して被害者の運動が起こり、結果、認定申請者が急増しました。もし行政がチッソではなく被害者の側に立って施策を実施していれば、申請者の急増もなく、検査や認定の遅れもなかったはずですとあります。 最後に、人の話は何年も掛けて何度も何度も聞いていかねばならないと思う。未熟な自分が経験を重ね、違う視点から同じ物事を見られるようになるかもしれないから。そして、相手も同じように同じ物事を違う視点から見るようになっているかもしれないから。私の中での水俣病は尽きることがありません。水俣病患者とは誰か、そして水俣病の終わりとは何かをまた考えていますということで、彼女はずっとここと向き合いながら仕事をしているわけです。 私は、やっぱり、この水俣病の判断基準の在り方、特に平成二十六年の新通知と救済の在り方についてお聞きします。 公害健康被害補償法上の水俣病判断基準について、国が昭和五十二年に発出した「後天性水俣病の判断条件について」は、四肢末端の感覚障害のほか複数の症候があることを要件とするものでした。厳しい判断基準から漏れた被害者による認定訴訟が相次ぎ社会問題化したことを受け、平成七年、九五年ですね、政治的解決によってこの公害健康被害者の補償等に関する法律、いわゆる公健法で水俣病と認定されなかった被害者のうち、四肢末端の感覚障害を有する約一万二千四百人を対象に救済が行われました。 ところが、平成十六年、政治的解決に参加しなかった被害者らが提起していた関西水俣訴訟の最高裁判決において、判断基準から外れる原告について患者認定がなされたことで再びこの認定をめぐる訴訟が増加し、平成二十一年には二度目の政治的救済として議員立法による水俣病被害者特措法が成立し、新たに公健法の枠外の被害者救済が行われました。 さらに、この平成二十五年、溝口訴訟において感覚障害以外の症候の組合せがない場合であっても総合的な検討により水俣病患者と認定される余地のある旨の最高裁判決が出されると、政府はその翌年、平成二十六年三月、症候の組合せがない場合の総合的な検診の在り方を整理した通知を環境保健部長名で発出しています。これがいわゆる新通知と呼ばれています。 当然、これまでの最高裁判決を踏まえ、柔軟な判断ができるようになり、認定患者数も増えるものと期待されていましたが、実際はこの総合的検討の名の下に、むしろ基準が厳格化されました。最高裁判決を素直に解釈すれば、昭和五十二年判断基準は水俣病の患者認定には不十分な基準であるとして否定されたものと解釈できるところを、国は両判決について昭和五十二年判断基準を否定するものではないとの姿勢を崩さない姿勢を示しています。 患者認定をめぐっては今なお争いが続いていますが、昨年九月のノーモア・ミナマタ第二次訴訟大阪地裁判決では、原告百二十八名全員が水俣病患者として認定をされました。今年三月の熊本地裁判決では原告百四十四名のうち二十五名が、今年の四月の新潟地裁判決でも原告四十七名のうち二十六名が患者認定されていて、水俣病特措法がうたうあたう限りの救済が実現できていないということがこれで分かります。 日本弁護士会も、昨年十二月十四日に、水俣病認定審査業務に関する環境省の審査基準の改定並びに不知火海沿岸及び阿賀野川流域の住民を対象とした健康調査を求める意見書に続いて、今月九日に、水俣病問題についての各地での判決を受けて、水俣病被害者の早期かつ全面的な救済を求める会長声明を発表しました。その中で、公健法による水俣病被害者の救済が機能していない実情があると訴えています。 すなわち、平成二十五年四月の最高裁判決によって感覚障害という一症例しかない場合でも認定され得ることが確定したものの、さきに示したとおり、認定患者がほとんど出ておらず、公健法が機能しておらず、その原因が環境省が発した平成二十六年度の過度に厳格な認定基準を求めている新通知に原因があるとしています。 環境大臣にお聞きしますが、国がこの昭和五十二年の判断基準や平成二十六年の新通知をかたくなに変えないとする理由はどこにあるのか、判断基準を変えるに当たり何がネックとなっているのか、さらにはこうした乗り越えるべき課題についてどうしても乗り越えられない部分、限界値があるのであるとするならばどこなのかを環境大臣の見解を伺います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 平成二十五年、この最高裁判決においては、現行の認定基準である昭和五十二年の判断条件は否定されていないというふうに承知しております。 一方で、総合的な検討の重要性が指摘された最高裁判決を踏まえ、昭和五十二年判断条件が、判断条件に示されている総合的検討をどのように行うかを具体化した通知を平成二十六年に発出いたしました。 各県市において、この平成二十六年通知も踏まえ、個々の申請者の暴露、症候、因果関係について総合的検討が行われておるというふうに認識しており、引き続き密に連携しながら公健法の丁寧な運用を積み重ねてまいりたいと考えております。
○川田龍平君 私は、認定されるべき人が認定されていないというこの認定基準の問題は、やっぱりまだまだこれしっかり検討をして、やっぱり変更するべきだと思います。 次に、胎児性、小児性水俣病患者の救済について、補償とこの社会保障の関係についてお伺いします。 水俣病患者の方々には二つの仕組みが課題としています。それは、被害補償の制度と高齢者に対する介護保険制度というのが混じり合っている点です。この昭和三十一年の水俣病公式認定から既に六十五年が経過している現在、ほぼ全ての認定患者がこれら二つの制度に関わっています。この問題をひもとくためにも、野澤淳史東経大の准教授ですけれども、「環境と公害」という雑誌での論評も織り交ぜながら考えていきたいと思います。 最も若い世代とされる胎児性、小児性水俣病の方々は、六十五歳を過ぎて、高齢者と呼ばれる世代であり、かつ水俣病患者であるという現実があります。本来ならば、介護サービスも医療補償もその費用の全額をチッソが負担しなければならないことは理解できます。認定患者であったとしても、介護が必要と判断された場合には介護保険制度を利用することができますが、高齢化に伴い介護の必要頻度が増す場合には、補償の世界で対応するのか、それとも社会的保障制度の下で保障されるものなのかという問題が出てきます。 胎児性、小児性水俣病患者の加齢に伴う身体機能の低下に加え、介護を担ってきた母親の高齢化にも直面する状況下で生活を送ることへの変化もしてきました。まさに介護保険制度と公健法による介護手当給付との関連性はどのようになるのか、二つの制度が整合性を保つことができるのかという点です。別の言葉で言うならば、本来環境省が担う事業が厚労省所管の制度に位置付けられているとも言えます。 そこでお聞きしますが、胎児性患者の方々は被害者と高齢者のボーダーライン上で生活しており、もはや社会的対策を抜きに議論することはできないと思われます。水俣病患者の加害者としての国の負担の在り方について環境省はどのように考えるのかを説明を求めます。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 水俣病患者への補償につきまして、一般的には原因企業と認定患者との間の補償協定に基づいて医療費等が支払われることとなってございます。一方、介護保険の給付など、これらの補償と重複しない範囲で社会保障制度による給付も行われると認識をしてございます。 以上です。
○川田龍平君 胎児性水俣病の人たちの話を聞くと、やっぱりこのランク変更、特に三十代で車椅子になってしまったと、六十代になってとか介護の必要が生じてから歩けなくなったとかいうことではなく、胎児性、小児性の水俣病の方たちが、やっぱりランク変更の基準それから判定の過程、これが明らかにされていないということで、やっぱりこのランク変更の件についてもやっぱりしっかり取り組んでいただきたいと思います。 次に、この一九七九年に、済みません、水俣病の被害を受けてきた、済みません、次の質問に行きます、被害を受けてきた側の保存している資料について伺います。 三月二十二日のこの環境委員会で同じような質問をいたしました。このすなわち公害関係の資料というのは、地域における問題が解決されると、関係者が表舞台から退場すると同時に、急速に消滅してしまうという傾向にあるということです。公文書以外であっても、先ほどもこの本の中の引用もありましたけれども、個人や民間団体などにおいて収集された関連資料などは同様の価値があり、過去の暗い歴史を隠すのではなく、同じ過ちを繰り返さないための未来への財産として資料の収集や保存を進めていく必要があることを環境大臣に先日も伺いました。 環境大臣は、個人や民間団体などが保有している資料も含め公害に関する資料の保存、収集を進め、公害の経験を次世代に引き継ぐことは、悲惨な被害や犠牲を二度と繰り返さない、そのために大変重要であるというふうに考えておりますと答弁されています。また、環境省では、国立水俣病総合研究センターにおける企業や患者団体からの様々な主体から提供された資料の保存や、イタイイタイ病の患者団体が保有する資料を保存するための電子化の支援によって、個人、民間団体らが保有する公害関係の資料の保存などに取り組んでおりますとも答弁されました。 先日、先ほど田島委員も言いましたけれども、党の環境部会を中心に九名で水俣病患者の方々と意見を交換するために水俣を訪れました。そのときに水俣病歴史考証館を訪ね、水俣病が目先の利益のために命と環境、様々な生物、生命を犠牲にしてきた結果だということを認識することができる展示物がありました。その展示物の中には猫を実験に使った猫の小屋というのがそのまま展示されていますが、大臣、御存じでしたでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 猫の小屋そのものについては存じ上げておりません。
○川田龍平君 細川医師が有名なあの四百号の猫ということを発表されましたけれども、大臣、これ是非、猫を私も家族同様に飼っていますけれども、本当に、その細川医師も語っていますが、やっぱり本当に、それを食べさせて実験をしてきた本当につらい思いを細川医師も語っています。それが実は隠されてきたんですね。そういったこの歴史をやっぱりしっかりと残していくことが大事なことではないかと思います。 この公害教育、これは環境教育の柱であること、この認識、これに立つならば、都合のいいところだけを並べて真実を隠そうとするような展示であってはなりません。公害教育の原点は、事実関係が伝わることが大切です。水俣の患者の方々や関係者の方々が集められた事実関係が伝わる民間資料、これの収集や保存についても公的な保存、収集が求められると考えますが、大臣の見解を伺います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 個人や民間団体が保有している資料も含め公害に関する資料の保存、収集を進め、公害の経験を次世代に引き継いでいくことは、悲惨な被害や犠牲を二度と繰り返さないために重要であるというふうに考えております。 環境省では、水俣病に関連するものとして、環境省が所管する国立水俣病総合研究センターにおける企業や患者団体からなどの様々な主体から提供された資料の保存をしております。また、水俣市立の水俣病資料館における資料収集、データベース化への支援も行っております。こういったことも含め、個人や民間団体が保有する水俣病関係の資料の保存等にも取り組んでまいりたいと思います。 引き続き、公害に関する様々な資料の保存と活用を積極的に進めてまいりたいと考えております。
○川田龍平君 一九七九年に設営された国立水俣病総合研究センターの活用について聞きます。 先日、水俣病患者の方々との意見交換で受け取りました要望書の中に、この活用というのがありました。このことについては、所長が常駐していないということで、そして、水俣病研究の一環としてリハビリテーションが存在しているのですが、未認定患者の患者は対象になっていないということで、リハビリテーションセンターとしての機能をもっと果たしてほしいという要望でありました。 そこで、大臣に聞きますが、一九七三年に当時の三木武夫環境庁長官が、水俣病の研究として国の事業で設立されましたが、なぜ未認定の患者を対象にしてこなかったのか。それは、当時の環境庁が未認定者には使わせてはならないという意図で設立されたのか、お答えください。
○国務大臣(伊藤信太郎君) お答え申し上げます。 国立水俣病研究センターは、この水俣病が我が国の公害の原点であること及びその複雑な歴史的背景と社会的重要性、これを考え合わせ、水俣病に関する研究の推進に役立つように、総合的医学研究を実施し、水俣病の患者の医療の向上を図ることを目的として一九七八年十月に熊本県水俣市に設置されました。 その後、国立水俣病総合研究センターに改組し、水俣病に関する国際的な調査研究、社会科学的、自然科学的な調査研究及び水俣病に関する国内外の情報収集、整理、提供を行ってございます。 御指摘のリハビリテーションについては、調査及び研究を行う中で認定患者を対象に実施しているところでございます。未認定患者を直ちに対象することは困難でございますが、委員の御指摘を踏まえ、しっかり受け止めてまいりたいと思います。
○川田龍平君 ありがとうございます。 時間ですのでまとめますが、本当にありがとうございます。是非、未認定の方も使えるようなリハビリテーションセンターにしていただきたいと思います。 本当に今回の一件で、本当に患者、被害者の失望、本当に大きかったと思います。期待していたんです、大臣に。だから、是非大臣にはしっかり頑張っていただきたいと思っています。本当に汗をかくということをやっぱり是非していただいて、大臣が患者そして被害者の当事者の立場に寄り添った立場でやっぱりこの問題解決に臨んでいただけるよう、よろしくお願いします。 そして、一議員として、大臣終わってからも是非この水俣病との関わりをしっかり持って取り組んでいただきたいと思います。 ありがとうございました。
○谷合正明君 公明党の谷合です。 五月一日に環境大臣が水俣市を訪問し、水俣病犠牲者慰霊式に参列するとともに、水俣病関係の八団体との懇談を行いました。懇談では、持ち時間を超過した二名について、発言の途中でマイクの音量を切るという不適切な運営が行われたところであります。 これに対しまして、一般紙の社説は大変厳しい指摘が相次ぎました。朝日新聞の社説の見出しは、役所の原点に立ち返れ、そして、暴挙というほかない。毎日新聞、環境行政の原点忘れたか、あり得ない行為だ。産経新聞、思いやりの心はないのか、会議に出ているだけなら閣僚の職責は果たせまい。日経新聞、環境省は真摯な水俣病対応を、非常識な対応である。読売新聞、被害者との対話は形だけか、余りに非礼で身勝手だ。大変手厳しい論調でございます。また、国民の皆様も、私自身もそのように感じた一人であります。 改めてまず冒頭に大臣にお伺いしたいと思いますが、本件被害者へのお言葉と、五月八日に大臣から責任者へ厳重注意を行ったところでありますけれども、一連のこの対応、大臣御自身の責任に対する認識と今後の信頼回復に向けた決意について伺いたいというふうに思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) お答え申し上げます。 五月一日の水俣病関係団体の懇談において、時間を超過した一部の方について発言の途中でマイクの音量を切るという運営をしていたことは大変遺憾でございます。発言されていた方に対して大変申し訳ない思いでございます。 環境省の責任者として、私自身が五月八日に水俣に出向き、七つの団体の十名以上の方々とお会いして謝罪するとともに、参加者お一人お一人から御意見、御要望を伺ったところでございます。また、発言中にマイクの音量を切られてしまった方お一人については、奥様の位牌に御焼香させていただいた上でお話をお伺いし、お話をさせていただいたところでございます。 こうした中で、改めて懇談の場をつくってほしいという御意見、御要望がありまして、今その場をつくるために調整を進めているところでございます。 五月一日の懇談及び八日の面会で伺った御意見、御要望について誠実かつ真摯に検討し、改めて懇談の場を開催し、失われた関係団体との、皆様の関係、現地との関係性の修復に取り組んでまいりたいと、そのように考えております。
○谷合正明君 マイクを切るという非常識な対応が起きたその原因、これ、一室長の問題でもなく、また一室の問題でもなく、個人というよりは組織としてどういう問題を抱えていたのかという根本的な背景、根本的な原因というものを探っていかないといけないというふうに思っています。 そこで、今回なぜこうした事案が生じたのか、大臣自身の御認識を伺いたいというふうに思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) この五月一日の懇談の場において発言の途中でマイクの音量を切るという運営になった原因としては、発言される方に敬意を持ちつつ、その発言に真摯に耳を傾けるという姿勢が不足し、スケジュールの進行を優先させたことであると考えてございます。 今後、今回の深い反省の上に立って、発言される方に敬意を持ちつつ、発言に真摯に耳を傾け、改めて懇談の場に臨んでまいりたいと、そのように考えております。
○谷合正明君 いや、私がお伺いしたいのは、スケジュールを優先したとかいうことじゃなくて、なぜそういう、じゃ、スケジュールを優先するような組織文化が生じていたのかという、もう少し根本的な、行政として抱えているうみというのは何だったのかということをお伺いしたいというふうに思っております。これ、大臣自身のお言葉で結構なんですけど。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 私も環境大臣になってまだ日が浅いんですけれども、役所の中でのいろいろな、何ですかね、意思決定なり在り方にそういう土壌があったのではないかと思います。そういう土壌は私としては是正してまいりたいと、そのように考えております。
○谷合正明君 役所の中にそうした土壌があったのではないかということであるんですが、今回、省内横断的なタスクフォースを立ち上げられました。このことによって、具体的に何がどう変わるのかということはまずお伺いしたいというふうに思っております。 そして、タスクフォースは、私が理解しているところ、二十九名から成る省内横断的なんですが、今回、水俣病に関わる環境省の組織だけの問題じゃなくて、環境省全体として問題を取り組んでいかないといけないと思っておりますので、この際、役所の中にそういったうみとなるような土壌があったのではないかというお話があるんですが、若手職員の声をしっかりと聞いていただいて、改革に向けた、何だろうな、議論をちゃんとしていただいた方がいいんじゃないかというふうに思っているんですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 環境省では、五月十日付けで前田官房審議官を新たに水俣病担当にするとともに、省内横断的な体制で水俣病タスクフォースを設置しました。 このタスクフォースは、今御指摘ありましたけれども、若手職員も含め総勢二十九名の体制でございます。水俣病関係団体との改めての懇談の場の開催に向け、御意見、御要望を誠実かつ真摯に検討し、損なわれた関係団体、現地との関係性の修復を目的としております。このタスクフォースによって強化された体制によって、職員の頻繁な現地出張を行いつつ、懇談内容の充実に取り組んでまいります。 そして、御下問の分でございますけれども、やはり環境省が、水俣問題もそうでございますけれども、環境省が所管する全ての政策課題に対して真摯に向き合っていくということが重要だというふうに考えております。
○谷合正明君 タスクフォースの中には当然若手職員が含まれているんですけれども、私は、タスクフォースのチームにとどまらず、そうした若手職員の声を聞いていく、この際聞いていくべきではないかというふうに思っている次第でありますので、その点もよく検討していただきたいというふうに思っております。 そもそも、平成八年から患者団体との、関係団体との懇談会というのは始まっていると思いますが、そもそもこの懇談会の目的は何なんでしょうか。環境省としてどうこの懇談会を捉えているんでしょうか。そして、今後、来年以降見直しをしていかれると思うんですけれども、そうした見直しの検討の方向性とその狙いというのはどういうものなんでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 水俣病関係団体との懇談は、今までの流れをまず申し上げますと、水俣病犠牲者慰霊式の開催の日に合わせて環境大臣が直接関係団体の皆様の声を聞く機会として開催されてきております。 五月八日、私が現地で団体の皆様に謝罪し、御意見をお伺いする中で、改めて懇談の場を設けてほしいという御要望があり、改めて懇談の場を設けることとしまして、現在、具体的な時期や方法について前田審議官を中心に調整を進めてございます。 来年以降といいますか、それ以降の懇談については、改めて懇談の場の後に検討していくことになりますけれども、今委員の御指摘も含め、しっかり踏まえて、御発言の時間を十分に確保して丁寧に御意見を聞けるような運営の仕方をよく検討してまいりたいと思います。
○谷合正明君 社説の見出しには、被害者との対話は形だけかというふうに指摘があるわけです。ですから、今回の、今回というか、そもそもこの懇談会の目的って何だったということをよくわきまえ、わきまえるというか、よく胸に刻んでいただかないと、本当に、じゃ、形だけの見直しになってもこれは駄目ですから、しっかりそこは何のためにこの懇談会やっているかということをもっと深く捉まえていただきたいというふうに思っております。 そうした、懇談会なんですけれども、過去、じゃ、平成八年からどういう懇談会やってきたのかなというふうに、私もちょっと調べようと思っていろんなホームページ見ているんですけれども、なかなかその実績とか詳細というのは出てこないんです。懇談会そのものはマスコミにフルオープンでやっているというふうに承知しているんですけれども、今後、この主催の環境省側としても、相手側の意向も踏まえる必要があると思いますが、可能な範囲で、例えば、この議事録というんですか、要旨などを残して、国民に広く、この懇談会の趣旨や内容というものを広く知らしめていくべきではないかと思っておりますが、こうした広報の観点からの私の質問に対するお答えがあれば、よろしくお願いしたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 御指摘のとおり、この水俣病関係団体の懇談については、マスコミフルオープンとして幅広くお伝えいただき、報道いただいているところでございます。今の時代ですから、ネットでも全容を動画で御覧いただくこともできると思います。 他方で、委員の御指摘もあって、この懇談会を含めた水俣病に関する国民の皆様への情報発信の強化については検討してまいりたいと思います。
○谷合正明君 これは是非よろしくお願いしたいと思います。 それで、五月三十一日には新潟水俣病の式典がございます。先ほど加田委員の方からの御質問もありましたけれども、国会の状況もあり、政務官の出席だという話なんですけれども、五月三十一日にこだわることなく、是非大臣にも新潟に足を運んでいただき、お話を伺っていただきたいというふうに思います。 その点について大臣のお言葉をいただきたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 五月三十一日の新潟市での式典には国定政務官が出席する方向で調整しております。 別途、私自身が新潟の皆さんの声を聞く機会を持ちたいと思っておりまして、いつ、どのような形でするかについて調整を行っているところでございます。
○谷合正明君 よろしくお願いします。是非、早期にお会いしていただきたいというふうに思っております。 さて、私自身にとっての水俣病の関わりですけれども、私が小学二年生ぐらいでしょうかね、七歳か八歳か、一九八〇年か八一年の頃なんですけれども、水俣病を取材していた母が水俣に、水俣も行くんですけれども、行ったんですけれども、そのときに一緒に付いて春休みに一週間ほど現地に行った記憶が、記憶というか思い出があります。何に行ったかというと、水俣実践学校、水俣生活学校というところがあるんですけれども、そういったところに寝泊まりをいたしました。 この水俣実践学校というのは、公害運動支援者の方々ですとか、学者でいうと宇井純先生とか原田正純先生といった方々が医学や法学、歴史学、社会学あるいは世界の公害問題について講義、レクチャーを行っていくと。水俣という地方で起きた問題と矮小化されることなく、国や県あるいは社会全体で考えていくべき公害として水俣病を伝える活動を行っていった、そういう舞台であります。一九七〇年代後半から一九八〇年代にかけて行われた、実践的に取り組まれたものであります。責任追及の運動というよりは、伝えていくということをもう少しやっていたという活動でございます。 春休みには多くの学生も来ておりました。もちろん、何か勉強する場だけじゃなくて、実際、水俣病の患者の方の聞き取りもありましたし、農作業といった共同作業も行っているんです。なぜ農作業やるかというと、頭だけで水俣病を知ろうとしても駄目だと。農民がなぜ農薬を選んだかというと、やはり草取りはきついと、害虫取りはきついということを体で知っていたからだと。それが工業化、産業化へ向かわせ、チッソを支えてきているのだから、農作業の体験なしに水俣病を知ろうとしたらいけないんだというような、そういうことも言われていたんですね。 そういう中で、私の幼心の中に、水俣湾のコンクリート壁には貝殻がしがみついていて、ただ、既に猛毒水銀というのは除去されているんだというお話があったということは何となく記憶があります。私自身の公害問題を考える上で、また水俣病を考える上で、当時の経験というのは貴重な、大切な原点となっております。 そこで、大臣にとって水俣病との最初の関わり、また公害問題への関わりという原点は何なのかということをお知らせ、お伝えいただけないでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 私自身、一九六〇年代はまだ少年時代で、非常に多感というか、自分で言うのもなんですけど、多感な時代でございました。この時期、学校教育あるいは報道で公害問題の特集もあり、そういうものを見た記憶があります。それが多分一番初めの関わりだったと思います。その後、ドキュメンタリー作品、映画、また、それに関連する資料や本なども読んだこともあります。 そういう過程を経て、環境大臣に就任してからは、環境省の原点とされる公害問題について、そういう経験や教訓をしっかり継承し、国の内外に伝えていかなければならないという思いを強くしているところでございます。
○谷合正明君 先ほど田島委員の方からも写真集のお話がありましたが、水俣病の問題というのは、病気の症状だけでなくて、生活がめちゃくちゃになったと、買物に行っても直接スーパーの方がお金を受け取ってくれないんだと、またあるいは偽患者だと言われたと、そうした社会的差別にも苦しんだという、いろんな体験、経験があるんですね。 そうした中で、大臣、水俣病は環境省発足の原点だと言われておりますが、では、もう少し具体的に、何がどういう原点なのか、そうした原点を環境省職員にどう継承しているのかということについてお伺いしたいというふうに思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 我が国では、昭和三十年代の頃から水俣病を始めとする激甚な公害、これが全国的な問題となりました。それまで複数の省庁で分かれてそれに対する対応をしていたわけでありますけれども、一元的に対処する行政主体の設置が必要となったと。このために、昭和四十六年、一九七一年に各省の公害対策行政を一元化し、それを一手に担う組織として環境省の前身である環境庁が設置されました。これが水俣病等の公害問題が環境省の原点と言われるゆえんでございます。 とりわけ水俣病に関しては、その歴史を継承するため、環境省では毎年職員に対して水俣病に関する研修を実施しております。講義のほか、実際に現地を訪問し、関係者との意見交換も行っているところでございます。 他方、今回の一件、やっぱり水俣病に取り組む省内の体制が十分でなかったということの表れだと思います。改めて、環境省の職員一人一人が水俣病の歴史と経緯を踏まえつつ、関係の皆様にできる限り寄り添って対応できるように省を挙げて取り組んでまいりたいと、そのように考えます。
○谷合正明君 そういう意味では研修や勉強会というものをいま一度見直していただいて、拡充していただきたいというふうに思っております。 原点と言うからには、水俣病に携わる職員のみならず、環境省全体でこれを共有していかなきゃいけないわけですね。 そこで、今日は農林水産省の方から来ていただいておりますが、私が農水副大臣を経験したときに、農林水産省にはビジョンステートメントなるものがあるということを当時私は気付きました。名刺にもしっかり印刷しているんですね、職員。会社や組織にはこうした、何というかな、それぞれの組織の設立の目的、ビジョンというものがあるんだと思います。それは職員、スタッフが常に立ち返るものであります。 そこで、農林水産省のビジョンステートメント、いわゆる規範というんですか、これはどういう経緯で、どういう目的で、誰がどのように作成したのか、また今職員はそれをどう胸に刻んでいるのか、また役に立っているのかということについて確認したいというふうに思っております。
○政府参考人(松尾浩則君) お答えいたします。 農林水産省のビジョンステートメントは、食と安心して暮らせる環境を未来に継承するという農林水産省が担う使命でございますとか、職員の職務に対する基本姿勢を明確にするものとして平成十九年に決定されたものでございます。 これは当省が担う使命感が不明確であったことや職員が組織に対して閉塞感を抱いていたことを背景にいたしまして、一般の方々に対するインターネット調査を基に原案を作成し、約一年を掛け、省内幹部から若手職員まで部門を超えた議論をした上で決定したものでございます。 ビジョンステートメントは、職員の一人一人が決して見失うことなく、常に立ち返ることができる原点として現在も引き継がれているということでございます。
○谷合正明君 結構さらっと答えられましたけれども、当時、職員のいろいろなその閉塞感だとか、あるいは農水省を取り巻くいろいろな事案の中で、どちらかというと農水省が行政としてのこの責任がいろいろ追及されるような場面もあったというふうに伺っております。 そうした中で、農林水産省が、今一年掛けてと言われましたけれども、原点を見失わないために職員全員が関わってビジョンステートメントを作ってきたということであります。これは、今回の事案を考え、今回の水俣病の事案を考えますと、大変示唆に富んでいる取組だと思っております。 環境省というのは一言で言うとどういう役所なんでしょうか、大臣。環境省という、何か環境という言葉があるから何となく分かるんですけれども、所信表明演説でも何か皆さんから結構片仮名が多いとかいろいろなことを指摘されているんです。何か、環境省って一言で言うとどういう役所なのかというと、ばしっと答えていただきたい言葉が、ばしっと答えていただきたいんですけど、何かはっきりしないんですよね。 例えば、公明党というのは、今年結党六十年を迎えますけれども、どういう政党かと言われれば、大衆とともにというのが立党の精神だと答えるんですよ、みんな、三千人いる地方議員も含めて。 そういう言葉がやっぱり必要じゃないかなというふうに思っておりますが、この際、環境省として、ビジョンステートメントを参考にしながら、大臣のリーダーシップの下、規範性、指針というものを作るべきじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 環境省においては、農林水産省のビジョンステートメントに相当するものはございませんが、まず、環境省設置法について、環境省は、地球環境保全、公害の防止、自然環境の保護及び整備その他の環境の保全並びに原子力の研究、開発並びに利用における安全の確保を図ることを任務とすると定めてございます。 私は、今回の国会の所信表明において、人の命と健康を守る、済みません、人の命と環境を守ることこそが環境省の使命であり、その使命を肝に銘じ、公害健康被害対策等に真摯に取り組む旨を申し上げております。 この所信で申し述べたとおり、人の命と環境を守ることが環境省の使命、ミッションと考えており、職員にもこれを肝に銘じて取り組んでもらいたいというふうに考えております。
○谷合正明君 人の命と環境を守るという、分かりやすい言葉だと思います。それを、大臣答弁今ありましたけれども、もう少ししっかり、何でしょうかね、大臣が替われば、じゃ、その言葉がまた薄らいでいくということはあってはいけないと思いますから、もう少しこの規範性として永続的に省の中で職員がしっかりと原点として胸に刻めるように、そういうこの体制というか、指針作りを是非していただきたいということを申し上げまして、私からの質問といたします。
○梅村みずほ君 日本維新の会・教育無償化を実現する会の梅村みずほです。本日もよろしくお願いいたします。 水俣病に関する質疑、まず一つ目の質問をさせていただきます。 これまでに、水俣病と認定された患者の数と、うち水俣市、市外の在住者の内訳を教えてください。またあわせて、現在認定を申請している方々の数及び水俣市、市外の在住者の数を伺います。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 水俣病の認定審査を行う熊本県への聞き取りによりますと、認定患者数につきましては、個人情報保護の観点から平成六年時点の数値となりますが、水俣市が千四人、市外が七百六十六人と聞いてございます。 また、認定申請者数につきましては、先月末時点で、水俣市が二十七人、市外が三百六人と聞いてございます。 答弁は以上です。
○梅村みずほ君 ありがとうございます。 県からいただいた数字で、平成六年の段階の数字ということで、プライバシー配慮でかなり前の数字にはなりますが、認定された方というのは水俣市に在住の方が圧倒的に多く、また今申請されている方というのは水俣市外に在住されている方が圧倒的に多いということを教えていただきました。 やっぱりこのお魚に由来するものですので、水俣市の中で認定されるのはもちろんなんですけれども、様々な流通経路があってお魚を口に運ぶ方々がいらっしゃるわけです。患者と認定された方々の大半が水俣市を中心とした地理的な因果関係が認められた方々なんですけれども、魚は、先ほども言ったように、山手にも運ばれますし、いろんなところにもあります、売られます。沿岸部を離れたところで発症するということも多いということがこの三百六名という数字になっているのではないかというふうに思います。 また、メチル水銀中毒症の症状というのは、工業地帯であれば全国どこでも起こり得るんだというふうに熊本の方から私もお伺いをしております。実際に四大公害と言われております新潟水俣病も類似の症状が出ているということで、じゃ、日本のその新潟と熊本以外になかったかといったら、それは厳密に調査してみないと分からないところもあるのではないかというふうに思っております。 その熊本の方が言うには、この水俣病というふうに地名を付けたということによって、実はメチル水銀中毒の本質を見失わせてしまった側面があるのではないかと、こういうふうに地名を付けることによってむしろ対象者の範囲を狭めてしまったのではないかという声が根強くあるとお伺いしております。 大臣にお伺いしたいんですけれども、この水俣病というふうに病名に地名を含めたことについての適否について、どのように振り返られますでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) お答え申し上げます。 この水俣病については、発生当時、原因が明らかではなくて、地名が病名として使われ始め、使用され始め、これが定着した結果であると承知しております。 水俣病という病名については、水俣地域に対する差別や偏見を生じることから病名を変更すべきだという御意見や、水俣病を後世に広く伝えていくために変更すべきでないという御意見など、様々な御意見があるというふうに承知しております。
○梅村みずほ君 病名に地名を含めることの適否については、その個人個人によって判断が違うのであろうというふうには思いますけれども、やはり市外の方で、私は水俣病患者なんですという方の救済がなされていたら、やはりこの地名がネックになっていたのではないかという御批判も避けられたのではないかなというふうには思っております。 この救済の枠組みが揺らいでいるのは、国が被害の全容を明らかにするための調査を進めなかったからではないかというのが背景にあると私は思っているわけなんですけれども、この患者か否かを判定するに当たっては、海産物の流通経路と消費の状況把握というものが広範になされなければならない、こういった健康調査が国として必要だったと考えるのですが、そうした調査は当時、国としてどの程度なされていたのでしょうか。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 例えば、熊本県と鹿児島県によりまして、昭和四十六年、一九七一年から健康被害の広がりを把握するために、住民約十一万人を対象とする健康調査が実施されたと承知してございます。 この調査におきましては、委員御指摘のとおり、魚介類の喫食状況等につきましても確認していたと承知をしてございます。 答弁は以上です。
○梅村みずほ君 そうですね、県としてというのは調査するの当然だとは思うんですけれども、やはり早期に国の主導で調査がなされていたらよかったなというふうに悔やまれてなりません。 また、次の質問をさせていただきますけれども、この二〇〇九年に成立しましたいわゆる水俣病被害者特措法ですけれども、こちらに基づく健康調査の実施状況について教えてください。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 水俣病の健康調査につきましては、水俣病被害者特措法は、第三十七条第一項で政府が健康調査を行うことと規定するとともに、同条第三項でそのための手法の開発を図るものと規定してございます。 これを踏まえまして、環境省といたしましては、まずはこの第三項に基づく手法の開発が必要であると考えまして、脳磁計とMRIによる手法の開発を進めてまいりました。この手法の開発が一定の精度に達したということから、昨年度、その在り方を御検討いただく研究班を立ち上げ、一年目の研究におきましては、調査実施に当たっての考え方や課題などが検討されたところでございます。その内容を踏まえまして、今年度は、脳磁計やMRIの研究を継続いたしますとともに、研究班においても課題と整理された点などについて更なる研究の深掘りを進める予定でございます。 こうした専門家による議論も十分に踏まえながら、できるだけ早く検討を進めたいと考えているところでございます。 答弁は以上です。
○梅村みずほ君 ありがとうございます。 特措法ができたのが二〇〇九年で、昨年からその研究を始めていただいたということなんですけれども、この前段にある手法の開発の段階で十四年ほど掛かっているということなんですね。じゃ、この調査研究が終わるまでにまたどれぐらい掛かるんですかというところなんです。既に高齢となっている被害者の皆さんにとっては、結局、じゃ、こういう調査結果が出ましたから、救済をこれに基づいて行いましょうというときにはみんなこの世にいるかどうか分からないと、悠長なことを言っていないで、すぐさま結果を出してほしいんだというお気持ちを是非酌み取っていただきたいというふうに思います。 皆様のお手元に配らせていただいた参考資料なんですけれども、こちらは厚労省のホームページにも載っております。水俣病とはまた関係のないところでもあるんですけれども、「これからママになるあなたへ」ということで、妊婦さんに対して、お魚は体に良いものです、でも妊娠中はちょっと注意が必要ですというふうに注意喚起をしているリーフレットになります。 こちら、かわいらしい絵が描いてあって、下のちょっと濃いオレンジになっているところですね。お魚は食物連鎖によって自然界に存在する水銀が取り込まれています。お魚などを極端にたくさん食べるなど、偏った食べ方をすることで水銀が取り込まれ、おなかの中の赤ちゃんに影響を与える可能性があることがこれまでの研究から指摘されていますということで、赤ちゃんは自分の体にたまった水銀というものを排出することができませんので、非常に大きな影響を受けます。 私も二人の子供を産むときに大変お魚の摂取に関しては気を遣っておりまして、そのほか、葉酸を取らなくてはいけないであるとか、いっぱい散歩をしなくてはいけないだとか、お薬も飲んではいけないですし、様々なことに気遣って、胎児のことを考えて生活を送るわけです。こういったことを考えると、私は、他の委員からも御指摘のありました、胎児性、小児性の患者の皆さんのことを考えるわけです。 宝子と呼ばれる患者の方々がいらっしゃいました。赤ちゃんに水銀が、全部とは言いませんけれども、大部分行ってしまって、お母様は症状としては軽いものの、生まれてきた胎児に重い症状が出てきてしまったと。母親の立場からすると、一生自分を責め続けてしまう。あなたのせいではないよと言われても、ずっと自分を責め続けてしまう、そういった病であろうというふうに思っております。 今年の五月一日に、胎児性の患者の方が文章をつづられて発表されていました。この世に誕生したそのときから、多くの苦難を背負ってきました。水俣病事件の六十八年は私たちの命の重みの上に積み重なっています。私たちを案じ、先に逝った父や母、同じ胎児期の被害を受けながら、幼い日に、あるいは青春の真っただ中で無念の死を遂げた仲間たちに誠をささげます。この悲劇を希望と未来につなげる日まで私たちは生き抜きますというふうにおっしゃっています。 胎児のときに水銀をため込んで症状を発症した患者の方々、そして小児性の方々も、やはり子供はお魚を自分で食べられませんので母親が買って調理して与えたわけです。同じような苦しみというのをきっとお母様、お父様は抱きながら、ひょっとしたら御他界された方も多数いらっしゃると思います。 そんな胎児性、小児性の方々に、ああ、命を懸けてきてこの問題を訴えてきた、こういうような結論を得ることができて、やっと生涯を終えることができるというふうに結果を導いていくのは伊藤大臣の役割であろうと思っております。 今、例えば、先ほど他の委員からも御指摘のありました、BランクからAランクへ是非変えてほしいというふうに変更の申請をされているような方々もいらっしゃいます。そういったランク変更も含めて、認定その他求めていらっしゃる、国に求めていらっしゃる方々というのは今高齢となっていらっしゃいます。高齢となってからでは、症状が水俣病由来のものであるのか年齢的なものであるのか、判断が難しい状況になっています。 この長年の苦しみというのは、環境庁、環境省による不十分な調査や分析、そして誠意を感じさせない決断によるものなのではないかと思っておりますが、環境大臣はいかがお考えでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) この水俣病対策については、昭和三十一年の公式確認、その後の原因究明に始まり、公害健康被害補償法の施行、平成七年の政治解決や、水俣病特措法の立法等、多くの方が多大な努力をされてまいりました。 しかし、この長い時間が経過した現在もなお、公害健康被害補償法の認定申請や訴訟を行う方が多くいらっしゃるという事実は重く受け止めております。
○梅村みずほ君 ありがとうございます。 その受け止めを是非、今も裁判で争って、見えない出口を探し求める患者の方々に対して答えを出すという結果に結び付けていただきたいというふうにお願いを申し上げます。 毎年五月一日に慰霊式が行われており、ですので伊藤大臣も現場に足を運ばれているわけなんですけれども、地元熊本の木村敬知事も、調査の早期実施を訴え続けるというふうに今年おっしゃっています。また、二年前には、当時の知事でいらっしゃいます蒲島知事が祈りの言葉の中で、先ほど大臣からは環境省の原点は水俣病だというような御発言もありましたけれども、蒲島元知事も、私にとって水俣病は政治の原点ですと、私は初動対応の遅れで被害拡大を防ぐことができなかった水俣病に対する悔やみ切れない反省と自戒の念を持って県政の課題に対応していますというふうにおっしゃっています。 補償の多寡という問題もあろうかとは思いますけれども、それよりもむしろ、水俣病だったとやっと国が認定してくれた、そういった結果が患者の皆さんに重い荷物を下ろさせて、残りの人生を前向きに送ってもらうことに重要な意義を持つと考えますけれども、伊藤大臣のお言葉をいただきたく思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 公害健康被害補償法、これに基づく水俣病の認定をめぐっては、審査の際に、関係自治体の認定審査会において、申請者お一人お一人につき当時の魚介類の食事の状況や病状、そして、それらの因果関係について総合的な検討を丁寧に行っているものと承知してございます。 環境省としては、引き続き、関係自治体と連携しながら公害健康被害補償法の丁寧な運用を積み重ねてまいりたいと考えております。
○梅村みずほ君 是非ともよろしくお願いいたします。 熊本の方々からは、五月一日の懇談会のあのマイクの件で、やっぱり、マイクを切らないでという女性の声は大臣にも聞こえたはずなんだよと、次の方が私の三分もどうぞと言ってくださった方もいるんだよというふうに、大臣には真正面から受け止めてほしいという言葉いただいております。 最後の質問になります。公害や薬害は、薬害はまた別のセクション、厚労になりますけれども、こういった問題というのは共通しているところがあります。初動が命だと思っております。水俣病の反省をどのように生かしていくか、環境大臣からお言葉をいただきたく思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) この水俣病は、環境が破壊され、大変多くの方が健康被害に苦しまれてきた、我が国の公害、環境問題の原点となる問題だと考えております。 水俣病の反省としては、一旦環境が汚染されてしまうと、広範な被害が発生し、その修復は容易ではなく、また地域社会に深い対立を生じさせてしまうおそれがあることだと思います。 こういった反省を踏まえて、環境省としては、科学的知見の充実の下、環境保全上の支障が未然に防がれることを旨として、公害対策、環境再生に取り組んでまいりたいと思います。
○梅村みずほ君 大臣が涙をこらえて、言葉を詰まらせていただいたこと、是非とも結果につなげていただけると信じております。 以上で質疑終了します。ありがとうございました。
○串田誠一君 日本維新の会・教育無償化を実現する会の串田誠一です。 本年三月二十二日に熊本地裁で水俣病の判決が出されました。水俣病であるという認定をされていながら、除斥期間を理由として請求を棄却したというのは事実でしょうか。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 本年三月二十二日のノーモア・ミナマタ熊本訴訟の熊本地裁判決では、原告百四十四名のうち二十五名について、水俣病と認定した上で除斥期間を理由として請求を棄却し、その際、除斥期間の効果を制限すべき法的根拠や特段の事情があるとは認められないとされたものと承知をしてございます。
○串田誠一君 上記裁判は、この裁判はいつ提起されたものでしょうか。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 本年三月二十二日に熊本地裁で出された判決に係る訴訟は、平成二十五年六月二十日に提起されたものと承知しております。 以上です。
○串田誠一君 その除斥期間というのはどのようなものでしょうか。
○政府参考人(松井信憲君) お答え申し上げます。 権利関係を確定することを目的として一定の期間内に権利を行使しなければその権利が消滅することを法が定めている場合に、その期間を一般に除斥期間といいます。 除斥期間は、一定の時間の経過に権利消滅の効果を認めるという点で消滅時効と共通いたします。もっとも、消滅時効については更新や完成猶予の規定が設けられており、一定の事由があれば期間の経過によっても権利の消滅という効果が生じないのに対し、除斥期間については基本的にこれらの規定の適用はございません。 また、消滅時効は当事者が援用しなければ裁判所がこれによって裁判をすることができないのに対し、除斥期間については当事者による援用がなくても裁判所はこれによって裁判をしなければならず、債権者において除斥期間の適用が信義則違反や権利濫用に当たると主張することもできないと解されているところです。
○串田誠一君 ちなみに、今件に関する除斥期間は何年でしょうか。
○政府参考人(松井信憲君) 現行の民法の、平成二十九年の改正前の民法の適用のある事案だと承知しておりますけれども、そこでは、民法七百二十四条の後段では二十年とされているところでございます。
○串田誠一君 大臣にお聞きをしたいんですが、水俣訴訟、これ原告が行うに当たっての因果関係、あるいは、御自身がどのような症状がこれから続くのかというようなことを証明するというのは、ほかの事案と比べて、いろんな事案、難しいのもあると思うんですが、この水俣病に関して、因果関係とかそういったようなものを含めて、これは証明しやすいと思いますか、大変難しいと思いますか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 決して証明しやすい事案ではないというふうに考えております。
○串田誠一君 公害事件とかこういったようなものって、本当に、なぜこんなになってしまったんだろうというのが、因果関係証明するのは大変難しいと思いますし、自分が一体どういうような症状になっていくのか、治るのか治らないのかというようなことも非常に想定しにくい事案だと思うんですね。 そして、国や県がこの事案に関してどれだけ補償なり対策をしてくれるのか、これ迅速に行われましたか。
○政府参考人(前田光哉君) 今回の水俣病の係る課題につきましては、初動対応が非常に遅かったということで、迅速ではなかったということが一つの反省点であったというふうに考えてございます。 以上です。
○串田誠一君 これまでの答弁でも、当初の体制が遅れていた、あるいは体制が十分でなかったというのは大臣もお答えになっている。 そういう中で、二十年間という期間の経過をしているから、あなたは水俣病ですよと認定しながら二十年もたっているので請求は認めませんよという判断、これ、大臣、今までのお答えの中で、水俣病だと認定されながら除斥期間で切ってしまうという、こういう判断、大臣としてはどのようにお考えですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) まず、この六十八年たった今でも訴訟を行う方がいらっしゃるという事実は非常に重く受け止めております。 三月二十二日のノーモア・ミナマタ熊本訴訟の熊本地裁判決では、先ほどから答弁があったとおり、除斥期間を理由に結論として原告の請求が棄却されました。司法の判断の子細に対し、環境大臣としてちょっと見解を申し上げることは差し控えたいと思います。 なお、国際的な科学的知見に基づかない理由等により原告を水俣病と認めていること等、判決の中には国の主張が認められていない部分もあると承知しておりまして、こうした点を含めて、控訴審において国としても必要な主張、立証を行っていくことでございます。
○串田誠一君 かわいそうだなと、もう本当に気の毒だなと思うのは、除斥期間というのは申立てをした時点で二十年経過していると該当するという。ところが、今、先ほどあったように、平成二十五年、十年以上前に提起された裁判のその時点でもう除斥期間であるということが分かっているんだと思うんですよ、客観的に。ところが、その間、十何年も自分が水俣病であるということを証明をし続けて、そして見事証明がかなったんですよ。なのに、除斥期間、申立ての期間はもう二十年たっていますよということで、除斥期間で請求棄却をした。じゃ、その十何年希望して、自分が水俣病だと認定されて、希望をしながら一生懸命訴えをして証明をした人たちに対して、大臣、これ裏切ったことになるんじゃないですか。 そして、もし控訴審であるなら、これ最高裁でも、除斥期間を認定しなかった最高裁判例あるんです。著しく公正や正義に反する場合には認定しない。国の方から除斥期間を採用しないでくださいと控訴審で言ってください。大臣、いかがですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 先ほどの御答弁の繰り返しになりますけれども、行政府として司法の判断の子細に対して見解を申し上げるということは差し控えたいと思います。
○串田誠一君 いや、それは、司法に圧力を掛けるわけじゃないですよ。国の姿勢として除斥期間を主張することはしないんだと、水俣病を認定された場合にはしっかり補償するんだ、国の姿勢であるということを私から申し上げて、質問終わりにしたいと思います。 ありがとうございました。
○浜野喜史君 国民民主党の浜野喜史でございます。 環境大臣にまずお伺いいたします。 温室効果ガス排出量についてお伺いいたします。 五月十五日の資源エネルギー・持続可能社会に関する調査会におきまして、我が国の温室効果ガス排出量の減少は、産業部門の経済活動量が減少したことが主な原因ではないかという経団連の公表と同様の認識に政府も立つべきと質疑をさせていただきました。政府からは、減少要因については業種ごとに違いがあることも踏まえ、今後、産業部門、それから、それ以外の部門も含めて詳細な要因分析を進めてまいりたいと答弁がありました。 産業部門の空洞化は我が国の経済にとって大変重要な問題であるにもかかわらず、政府はなぜいまだに要因分析ができていないのか、説明をいただきたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 委員御指摘の五月十五日の政府答弁については、温室効果ガスの排出量の減少に関する詳細な要因分析のうち、最新の二〇二二年度に関して今後実施していくという趣旨で申し上げたと承知しております。 他方、二〇二一年度までの詳細分析は完了しておりまして、二〇一三年度から産業部門の排出動向については、生産額の増加など経済活動要因で約四千七百十万トン増加した一方、電力の脱炭素化などによって約三千九百八十万トンの減少、エネルギー消費効率の改善によって九千七百五十万トン、約ですね、の減少となっており、生産額が増加しつつ部門全体としての排出削減が実現しているというふうに理解しております。 先ほど申し上げたとおり、二〇二二年度の要因分析は現在精査中でございますが、二〇二一年度と比較し、産業部門のうち排出量シェアが大きな業種について、鉄鋼業では生産量と二酸化炭素排出量がいずれも減少している一方、化学工業と機械工業は、生産量が前年に比べて〇・六%、一・四%増加しているのにもかかわらず、二酸化炭素排出量はそれぞれ三・六%、三・三%減少しており、業種ごとに違いがございます。 産業部門の他の業種や運輸部門、家庭部門についても目下データを精査しながら分析を進めており、昨年と、昨年度と同様の詳細な要因分析は昨年のスケジュールよりも早い六月中に公表したいと、そういうふうに考えております。
○浜野喜史君 関連して環境省にお伺いいたしますけれども、本年四月十二日に二〇二二年度の我が国の温室効果ガス排出・吸収量を公表しております。温室効果ガス排出量減少の要因分析ができていない中にもかかわらず、本公表におきまして、我が国の温室効果ガス排出・吸収量は二〇五〇年ネットゼロに向けて順調な減少傾向ということが示されております。 こうした見解は要因分析を実施した上で公表すべきと考えておりますけれども、見解をお伺いいたします。
○政府参考人(秦康之君) お答え申し上げます。 順調な減少傾向という表現につきましては、二〇二二年度までの排出削減の傾向が、二〇一三年度排出量の実績値、二〇三〇年度四六%削減目標、そして二〇五〇年ネットゼロをつなぐラインに沿って着実に進捗しているということを表したものでございます。 御指摘の詳細な要因分析についての結果を示すためには、個別の産業等におけます膨大なデータを分析する必要がありますことから、一定期間の時間を要します。まずは本年四月に排出・吸収量の公表と、それから全体のトレンドを説明するものとして総論的な要因分析をさせていただいたものでございます。 今し方、大臣からも答弁申し上げたとおり、目下詳細な要因分析の作業を進めているところでございまして、昨年度と同じレベルの詳細な資料を六月中にもお示ししたいと考えております。
○浜野喜史君 私の問題意識は、仮に経済活動量の減少が排出減の主な要因であるならば、手放しで喜べないということだと思うんですね。したがって、しっかりと要因分析をしていただいて公表をしていただくということを求めておきたいと思います。 次に、四月十二日の環境省の温室効果ガス排出・吸収量の公表におきましては、環境配慮型コンクリートについてJ―クレジット化の検討を予定ということも示されております。コンクリートは、使用中に中性化することでCO2を吸収、固定化する作用を持つことから、脱炭素化に向けて一層の普及促進が必要であり、環境性能の高いコンクリートの普及に向けて大変効果的な施策であると考えております。 J―クレジット化について、いつの導入を目途に検討をしているのか、説明をいただきたいと思います。
○政府参考人(鑓水洋君) お答えいたします。 環境配慮型コンクリートの普及は吸収源対策として大変重要と考えてございます。こういった技術を持つ企業の脱炭素化投資を促進いたし、国内での資金循環を促す観点から、J―クレジット化は有効な方策だと認識してございます。 環境配慮型コンクリートのような新たな技術のJ―クレジット化に当たりましては、その信頼性の確保の観点から相応の手続が必要となります。まず、J―クレジットにつきまして、我が国の排出削減、吸収に資する技術ごとに適用範囲、排出削減や吸収量の算定方法及びモニタリング方法等を詳細に方法論として規定してございます。新たに方法論を策定する、その上で有識者で構成される運営委員会による承認を得る必要がございます。これまでの実績を踏まえますと、方法論の検討を開始してから運営委員会の承認を得るまで少なくとも一年程度を要することが想定されているところでございます。 また、あわせまして、J―クレジットを創出するには、事業者が具体のプロジェクトの登録等を申請するに際しまして第三者審査機関による申請内容の審査を受ける必要がございます。環境配慮型コンクリートは、審査機関にとりまして新たな除去系のクレジットとしての審査分野となりますので、方法論を踏まえました審査体制の整備にも相応の時間が必要になると考えてございます。 J―クレジットの導入までには今申し上げましたような準備が必要となりますけれども、いずれにいたしましても、できるだけ早期に環境配慮型コンクリートのJ―クレジット化ができるように、関係省庁、関係業界とも連携して検討を進めてまいります。
○浜野喜史君 引き続き精力的な検討を求めておきたいと思います。 次に、内閣府に再エネタスクフォースについてお伺いいたします。 再エネタスクフォースは、法令に基づき内閣府に設置された規制改革推進会議とは別に、再生可能エネルギー等の導入拡大に向けた規制等の具体的な改革策を検討すべく、河野太郎規制改革担当大臣の下で設置された組織でありますが、設置の経過や人選などに問題がある組織だと認識をいたしております。 四月九日の本委員会におきまして資料要求をした結果、四月十九日付けで配付のとおり回答がありました。 規制改革推進会議の下にワーキンググループを設置しなかった理由及び経緯が分かる資料の本委員会への提出要求についての回答を読み上げていただきたいと思います。
○政府参考人(稲熊克紀君) 読み上げさせていただきます。 令和二年十月二十六日に、当時の菅総理が二〇五〇年カーボンニュートラルの方針を表明したことを踏まえ、様々な省庁にまたがる再生可能エネルギーに関する規制等を網羅的かつ横断的にスピード感を持って見直す必要があった。このため、同年十一月に、規制改革推進会議とは別に、規制改革担当の内閣府特命担当大臣が、再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース、いわゆる再エネタスクフォースを同大臣自身の主宰により開催することを決定したもの。 以上でございます。
○浜野喜史君 その上でお伺いいたしますけれども、様々な省庁にまたがる再生可能エネルギーに関する規制等を網羅的かつ横断的にスピード感を持って見直す必要があるため議論をする場を別に設けたということであります。 私は、議論をする場として規制改革推進会議の下にワーキンググループを設置するのが自然かつ正当であるというふうに考えております。 規制改革推進会議令及び運用規則に基づくワーキンググループの設置では対応できなかった制度上の理由があれば説明をいただきたいと思います。また、ワーキンググループの設置では迅速に対応できなかったなどの理由があれば説明をいただきたいと思います。
○政府参考人(稲熊克紀君) お答えをいたします。 繰り返しとなり恐縮でございますけれども、令和二年十月二十六日に、当時の菅総理が二〇五〇年カーボンニュートラルの方針を表明したことを踏まえまして、様々な省庁にまたがる再生可能エネルギーに関する規制等を網羅的かつ横断的にスピード感を持って見直す必要がございました。 このため、同年十一月二十日に、十月五日から既に審議を開始しておりました規制改革推進会議とは別に、関係府省庁にまたがる再生可能エネルギー等に関する規制等を総点検し、必要な規制見直しや見直しの迅速化を促すことを目的に、規制改革担当の内閣府特命担当大臣が、再エネタスクフォースを同大臣自身の主宰により開催することを決定したものというふうに承知をしております。
○浜野喜史君 そういうもう鉄板答弁なんですけどね。 これ、関連してもう一回聞きますけれども、網羅的かつ横断的にスピード感を持って見直す必要があるためということなんですけれども、こういう理由があったがためにワーキンググループで対応できなかったという制度的な理由及びその運用上の理由はなかったというふうに答弁されているというふうに理解してよろしいですか。
○政府参考人(稲熊克紀君) お答えいたします。 もちろん、委員も御指摘のとおり、その運営規則では、制度上そのワーキンググループというのを設置することも可能でございますけれども、規制改革担当大臣、担当の内閣府特命担当大臣が関係府省庁にまたがる再生可能エネルギー等に関する規制等を総点検し、必要な規制見直しや見直しの迅速化を促すことを目的に再エネタスクフォースを同大臣自身の主宰により開催するということを決定したというふうに承知をしております。
○浜野喜史君 精いっぱい御答弁いただいたというふうに思いますけれども、制度上はワーキンググループでも設置が、対応できたんだというような御説明であったというふうに私は理解をさせていただきたいと思います。 更にお伺いいたしますけれども、再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォースの報告を規制改革推進会議の答申に掲載することとした際の意思決定の経過が分かる資料の本委員会への提出要求についての回答を読み上げていただきたいと思います。
○政府参考人(稲熊克紀君) 読み上げさせていただきます。 再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォースは、再生可能エネルギー等に関する規制等を総点検し、必要な規制見直しや見直しの迅速化を促すことを目的に規制改革担当の内閣府特命大臣が自身の主宰により開催することを決定したものであり、内閣総理大臣の諮問機関である規制改革推進会議とは別の会議体である。 規制改革推進会議の答申は同会議での議論を取りまとめたものであるが、いずれの規制改革に関する議論も規制改革担当の内閣府特命担当大臣が担当しているところ、規制改革の取組を国民に分かりやすく示す観点から、答申そのものではない、あくまで参考として同タスクフォースの取組を紹介しているところ。 なお、規制改革推進会議の中間答申に参考として掲載された事項は、再エネタスクフォースの議論を踏まえつつ、事務局が各府省と協議の上、合意した規制改革事項であり、再エネタスクフォースの議論の結論を記載したものではない。 以上でございます。
○浜野喜史君 その上でお伺いいたしますけれども、参考とはいえ、タスクフォースの取組について、総理大臣の諮問に応じ調査審議する会議体の答申において紹介をする必要性は何なのか、説明をいただきたいと思います。
○政府参考人(稲熊克紀君) お答えをいたします。 繰り返しになりますが、規制改革推進会議の答申は同会議での議論を取りまとめたものでございますけれども、規制改革推進会議また再エネタスクフォースのいずれの規制改革に関する議論も規制改革担当の内閣府特命担当大臣が担当しておりますところ、規制改革の取組を国民に分かりやすく示す観点から、答申そのものではない、あくまで参考として同タスクフォースの取組を紹介しているところでございます。
○浜野喜史君 そういうまた御答弁になるんですけれども、関連してお伺いしますけれども、とすれば、このタスクフォースの取組を紹介したということなんですね。とすると、タスクフォースの取組と推進会議の答申に関係性があるのかどうかですね。例えば、推進会議から調査してくださいという要請がタスクフォースに対して行われたとか、逆にタスクフォースが推進会議の場で何らかの意見提起をしたとか、そういう関係性があるのかどうか、それを説明いただきたいと思います。
○政府参考人(稲熊克紀君) 済みません、繰り返しとなって恐縮でございますけれども、両会議はあくまで別の会議体でございます。それぞれ、今回参考に書いたのは、規制改革の取組を国民に分かりやすく示す観点から、参考として取組を紹介したものということでございます。
○浜野喜史君 私が例示したような実績はありますか。私が申し上げたように、タスクフォースに何か検討してくださいと要請が推進会議の方からなされたとか、逆にタスクフォースの意見提起が規制改革推進会議でなされたとか、そういうことの実績はあるのかないのか。どうですか。
○政府参考人(稲熊克紀君) 規制改革推進会議の方では、会議の場でも再エネタスクフォースの議論について注視しているというような御発言があったというふうに承知をしております。
○浜野喜史君 基本的にこれそれぞれ別の会議体で関係性がないということだと思うんですね。であるにもかかわらず、わざわざそのタスクフォースの取組を紹介するという目的のために参考資料として掲載するというのは、やはり私、不可解であるというふうに言わざるを得ないということを申し上げておきたいと思います。 それと、読み上げていただいた回答の中で、なお、規制改革推進会議の中間答申に参考として掲載された事項は、再エネタスクフォースの議論を踏まえつつ、事務局が各府省と協議の上、合意した規制改革事項であると、こういう説明なんですけれども、この合意した規制改革事項というものが何らかの会議体で確認されたというようなものなのかどうか、説明いただけますか。
○政府参考人(稲熊克紀君) これは、何らかの会議体ではなくて、あくまで規制改革担当の特命大臣の下で作業したものでございます。
○浜野喜史君 指示の下で作業をして何らかの場でオーソライズされたものかどうか、それはいかがですか。
○政府参考人(稲熊克紀君) あくまで、規制改革担当大臣の下でその報告をさせていただいてオーソライズされたというふうに承知をしております。
○浜野喜史君 またこれ改めて確認させていただいてもいいんですけれども、大臣の下で指示されて調整しましたと、事務局の責任で何らかの整理されているのかも分かりませんけれども、事務局の手で整理されたものを、総理大臣の諮問に基づいて、そして法令に基づいて設置された推進会議の答申の参考資料であったとしても、それを掲載するというのは極めて不可解というふうに言わざるを得ないというふうに思います。 私は、この関係取り上げさせていただいている問題意識は、河野大臣が自身の考えに近い方々を集めて規制改革推進会議に外から不適切なプレッシャーを掛けるなどしていたのではないかという疑念がかねてより拭えないからであります。現在、財団の、自然エネルギー財団の調査も進めておられるということですけれども、それが調査結果が公表された上で、また質疑をさせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○山下芳生君 日本共産党の山下芳生です。 今日は、水俣病問題の歴史と国の責任について伊藤環境大臣と議論したいと思います。 一九五六年五月一日に水俣病の発生が公式確認されたことを踏まえ、毎年五月一日には水俣病犠牲者慰霊式が開催され、環境大臣が出席しています。私は、慰霊式には、一つ、公害の原点である水俣病を二度と再び起こさない決意を新たにする、二つ、差別や偏見、偽患者扱いされ、苦しみながら亡くなられた犠牲者に哀悼をささげる、三つ、六十八年たってもいまだに苦しんでいる全ての被害者の全面解決への思いを酌み取るという深い意義があると考えます。 ところが、その慰霊式後の懇談会において、環境省は被害者の発言を制限し、マイクのスイッチを切るという暴挙を行ってしまいました。 一週間後、伊藤環境大臣は謝罪されましたが、改めて水俣病慰霊式の意義に照らして伊藤大臣が謝罪された意味を大臣御自身の言葉で真摯に語っていただきたいと思います。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 五月一日の水俣病関係団体の懇談において、時間が超過した一部の方について発言途中でマイクの音量を切るという運営をしたことは大変遺憾であり、発言されていた方に対して大変申し訳ない思いでございます。 環境省の責任者として私自身が五月八日に水俣に出向き、七つの団体の十名以上の方とお会いして謝罪するとともに、参加者お一人お一人から御意見、御要望を伺ったところでございます。また、発言中にマイクの音量を切られてしまった方お一人については、奥様の位牌に焼香させていただいた上でお話をさせていただいたところでございます。 こうした中で、改めて懇談の場をつくってほしいといった御意見、御要望があり、そうした場をつくるために現在調整を進めているところでございます。 五月一日の懇談及び八日の面会で伺った御意見、御要望について誠実かつ真摯に検討し、改めて懇談の場を開催し、損なわれた関係団体の皆様や現地との関係性の修復に取り組んでまいりたいと考えてございます。
○山下芳生君 それは今まで何度も聞いた話なんですけど。 私は、五月一日の慰霊式の深い意義に照らして謝罪せざるを得なくなった、そして謝罪された、そのことの深い意味を大臣自身のお言葉で語る必要があると思って聞いたんですよ。もう一度どうぞ。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 委員御指摘のとおりだと考えております。
○山下芳生君 もっと肉声を聞きたいと思うんですよ。 時間がないので、次行きます。 伊藤環境大臣は、五月九日の当委員会で水俣病は終わっていない問題、行政から水俣病と認められていない多くの方がいらっしゃると答弁されました。ならば、環境大臣として、いまだ多くの救済すべき被害者を残している国の責任を自覚し、全面解決へ向けて決意を固めること、そして、被害者の声と要求、科学者の意見をよく聞いて、全面解決のために何が必要かを見定め、大臣としてリーダーシップを発揮することが求められています。それが私は大臣として謝罪した責任だと思うんですね。 その上で、私は、大臣としての決意とリーダーシップ発揮の土台となるのが水俣病問題の歴史を事実に基づいて一つ一つ大臣自身の胸に刻み込むことだと思いますが、その点、大臣、御認識いかがですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 委員御指摘のとおりだと思います。 五月一日からだけではありませんけれども、私は日々、水俣関係の資料に目を通し、また読み、また文献も探り、また関係の映像や写真も拝見して、また関係者と、また、大臣の職責いろいろありますのでそれだけに二十四時間は使えませんけれども、皆さんの御意見も拝聴しているところでございます。
○山下芳生君 大事なことだと思います。 そして、水俣病の歴史を胸に刻まなければならないのは、私は大臣だけではないと思います。水俣病問題の全面解決に向けての極めて重要なこの局面において、私たち政治に携わる者、そして官僚の皆さんなど行政に携わる者、皆が水俣病問題の歴史を胸に刻む必要があると思うんです。 そこで、以下、水俣病問題の歴史の中で重要ポイントだと思われる出来事について一つ一つ確認していきたいと思います。 まず、加害企業チッソのメチル水銀垂れ流しによる健康被害の拡大を防がなかった国の責任を認めた二〇〇四年の関西訴訟最高裁判決について確認したいと思います。 水俣病公害の責任が加害企業チッソにあることは当然ですが、国の責任もまた重大であります。国の責任の最大の一つが、加害企業チッソの生産活動を容認し、不知火海へのメチル水銀の垂れ流しによる健康被害の拡大を防止しなかったこと、そして不知火海の汚染と被害拡大の全容解明の調査を患者の掘り起こしにつながるなどと拒否し続けたことだと思います。 こうした健康被害の拡大の防止を怠った国の責任は二〇〇四年の関西訴訟最高裁判決で厳しく断罪されていますが、環境省、この判決の要旨を簡潔に述べてください。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 平成十六年、二〇〇四年十月十五日に言い渡されました水俣病関西訴訟最高裁判決におきましては、国にはいわゆる水質二法に基づいて、熊本県には熊本県漁業調整規則に基づいてそれぞれ対策を講じる義務があったにもかかわず、それを怠った責任があると判示されたものと承知してございます。 以上です。
○山下芳生君 この判決を受けて当時の環境大臣が談話を出されました。談話では、どのような反省の弁を述べていますか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 水俣病関西訴訟最高裁判決を受けた環境大臣談話において、この判決を厳粛に受け止め、水俣病を発生させた企業への対応に長期間を要し、その被害の拡大を防止できなかったことについて真摯に反省し、このような悲惨な公害を決して再び繰り返してはならないとの決意を新たにしております。また、苦しみと無念の思いの中で亡くなられた方々に改めて深い哀悼の念をささげ、本訴訟の当事者の方々を始め多年にわたり筆舌に尽くし難い苦悩を強いられてこられた多くの方々に対し、誠に申し訳ない気持ちでいっぱいでありますと述べられていると承知しております。
○山下芳生君 伊藤大臣、当時の環境大臣が真摯に反省された国の責任、すなわち被害の拡大を防止できなかった責任について、今の環境大臣としてどのように受け止めておられますか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 当時の環境大臣と同じ気持ちでおります。
○山下芳生君 私は、被害の拡大を防止できなかった国の責任を自覚されて、伊藤環境大臣が前回述べられたように、いまだに行政から水俣病と認められていない多くの方がいらっしゃることに向き合っていただきたいと、そう思います。 水俣病公害での国の最大の責任のもう一つが、加害企業チッソの生産活動を擁護し、認定患者の補償をできるだけ少なくするために、公健法などによる極めて厳しい判断基準、認定基準と極めて狭い対象地域、出生年で、大量の被害者、患者を切り捨ててきたことだと思います。 環境省、これまで公健法による認定申請者数はどれだけあったのか、そのうち認定された患者数はどれだけか、お答えください。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 公害健康被害補償法に基づく水俣病の認定申請件数は、熊本県、鹿児島県、新潟県の三県合計で約三万五千件でございます。ただし、このうち一万件以上は取下げとなっており、また、これには過去に棄却処分を受けた申請者からの再申請も含まれてございます。また、認定患者数でございますが、三県合計で三千名でございます。 以上です。
○山下芳生君 申請した人というのは一部なんですね。二十万とか四十万とか潜在患者はいるんじゃないかと言われております。 このように大量に被害者を切り捨ててきた背景にあるのが、先ほどあった昭和五十二年判断条件と呼ばれた認定基準です。この五十二年判断条件は、環境庁環境保健部長の「後天性水俣病の判断条件について」という通知で示されました。 環境省、通知の概要を簡潔に述べてください。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 いわゆる昭和五十二年判断条件は、当時、水俣病の認定申請者の症候について判断が困難である事例が増加したことや医学的知見の進展を踏まえ、医学の専門家による検討を行った上で取りまとめられたものでございます。 この中では、水俣病の症候の例を掲げ、その症候と水俣病との関連性を検討するに当たって考慮すべき事項を示した上で、水俣病の症候はそれぞれ単独では一般に非特異的であることから、水俣病の判断に当たっては高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に判断する必要があること、そして、暴露歴を有する者であって一定の症候の組合せのあるものにつきましては、通常その症候は水俣病の範囲に含めて考えられることなどが示されたものと承知をしてございます。 以上です。
○山下芳生君 今の通知は、今後の認定業務の推進に当たり参考にされたいというふうにあると思うんですが、あくまで参考だということでいいですか。
○政府参考人(前田光哉君) 参考ということでございますが、実際にはその判断基準に沿ってこれまで認定がされてきたものというふうに認識してございます。
○山下芳生君 あくまで参考なんですよ。ところが、今おっしゃったように、国はこの認定基準をまるで金科玉条のように扱い、これに固執し、大量の被害者が切り捨てられました。 しかし、二〇一三年の水俣病の認定義務付け訴訟における最高裁判決は、五十二年判断条件が示した症候の組合せが認められない場合についても水俣病と認定する余地を排除するものとは言えないと述べています。 環境省、間違いありませんね。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 御指摘の平成二十五年、二〇一三年の最高裁判決におきましては、昭和五十二年判断条件は、一般的な知見を前提としての推認という形を取ることによって多くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとしてその限度での合理性を有するとした上で、御指摘のとおり、症候の組合せが認められない場合についても、経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を総合的に検討した上で、個別具体的な判断により水俣病と認定する余地を排除するものとは言えないと判示されてございます。 以上です。
○山下芳生君 おっしゃったように、この判決で、事実上、国の二つ以上の症候の組合せによる判断条件での認定を退けて、感覚障害のみの一つの症候であっても水俣病と認定したということです。また、それが排除されるものではないと述べています。にもかかわらず、国はその後、二〇一四年、環境保健部長通知を出して、水俣病の認定における総合的検討といいながら、対象地域外の申請者に汚染された魚介類を多食した証明を求めるなど、新たな高いハードルを設けて被害者を切り捨ててきました。 伊藤環境大臣に伺います。 最高裁判決で二つ以上の症候がなくても、一つの症候でも水俣病と認定することはあるとされたのに、一片の部長通知で被害者が証明することは極めて困難な条件を付する、そんな水俣行政ではいつまでたっても行政から水俣病と認められていない多くの方がいらっしゃるという状況は変わらないんじゃないかと、そう思いますが、いかがですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 五十二年の判断基準が最高裁で否定されているわけではないと思いますし、その後の通知についても、最高裁の判断に基づき、総合的に検討するという形で通知されたものというふうに認識されております。
○山下芳生君 元に戻っちゃいましたけどね。 そこで、確認しますけど、さっき言ったように、五十二年の判断条件が最高裁判決で否定されたわけではないと言うんですが、なら聞きましょう。その五十二年判断条件は二つ以上の症候の組合せのあるものについては水俣病の範囲に含めて考えられるという通知なんです。 その意味するところは何かということを聞きたいんですが、二つ以上なら水俣病と考えられる確度、蓋然性は一つよりも高いという意味なのか、それとも、いやいや、一つでは水俣病とは考えてはいけないんだという意味なのか。前者か後者か、どちらですか。
○政府参考人(前田光哉君) 一般的に、症候が二つ以上あった上で、それがメチル水銀の摂取による神経症状かどうかというふうな診断を行う上で、二つ以上の症状があった方が蓋然性は高いというのが一般的な考えでございます。 以上でございます。
○山下芳生君 今の答弁にあったように、二つ以上あった方が蓋然性が高いという判断基準であって、一つでは駄目だという基準では元々なかったんです。大臣、そのことはよろしいですか、それで。
○国務大臣(伊藤信太郎君) そのように理解していると思います。
○山下芳生君 したがって、この最高裁判決はそのことを改めて確認した。一つでも認定することはあり得るということを述べたわけです。ところが、さっき言ったように、一つでもいいのに更に一つ、魚食べたかどうか領収書示しなさいみたいな、そんなことを付けるから認められない人がずうっと残り続けたということなんですよ。それを大臣にお聞きいたしました。 その点、そういうことをやっていたらいつまでたっても救えないじゃないかということについて、大臣、やっぱりよく、これから本格的に、スイッチ切ったことを反省するんだったらそういうことも反省して、これから対策考える必要があると思いますが、いかがですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 御指摘を踏まえて更に思慮を深めてまいりたいと思います。
○山下芳生君 私は、こうした切捨ての歴史にもう終止符を打つべきときだと思うんですね。 その重要性を示したのが昨年の大阪地裁判決、そして今年の熊本地裁、新潟地裁の判決です。とりわけ大阪地裁判決は、これまでの国側の主張を全面的に退けて、原告百二十八人全員を水俣病と認めました。 環境省、大阪地裁判決の要旨を簡潔に述べてください。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 昨年、令和五年九月のノーモア・ミナマタ近畿訴訟大阪地裁判決は、原告百二十八名全員が水俣病に罹患していると認定し、被告、国に対しては、このうち百二十二名に対して、一名につき二百七十五万円の損害賠償及び遅延損害金を支払うよう認めたものと承知してございます。 以上です。
○山下芳生君 そのとおりなんですが、画期的判決なんですが、いろいろ、控訴を国は残念ながらされたんですけど、その控訴理由は後の熊本地裁判決などで全部覆されているということも指摘しておきたいと思うんですが、大阪地裁判決の画期的特徴の一つは、疫学による科学的知見を証拠として採用したことにあります。疫学による科学的知見は今後の全面解決においても重要な要素になると考えます。 そこで、伊藤大臣は前回の質疑で、全く新しい法律を作るのか、あるいはこれを改正するのか、そういういろいろな検討も必要と答弁されました。 そこで、私から幾つか提案したいんですが、第一は全面救済のための手法とその内容についてであります。 現行法の改正ならば、公健法の認定基準や対象地域等の抜本的な見直しが必要となると思います。また、特措法の改正では、新たな申請を認め、対象地域などの差別などを見直すことが必要になると思います。また、新法ならば、不知火海沿岸に居住し、不知火海の魚介類を多食し、水俣病の知見のある医師等の診断で水俣病と認められた被害者を対象とする恒久的な救済制度をつくることが必要になると思います。 こうしたことも念頭に、是非、全面解決につながる制度を早急に構築する必要が大臣のイニシアチブとして必要だと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) いろいろ御指摘をいただきました。 ちょっと繰り返しになって恐縮ですけれども、水俣病の問題については、公害健康被害補償法に基づいて三千人が認定を受けて補償を受けられたとともに、これまで平成七年と平成二十一年の二度にわたる政治救済により合わせて五万人以上が救済されてございます。 こうした歴史と経緯を十分に踏まえつつ、関係の皆様にできるだけ寄り添って対応するとともに、現状を分析しつつ、現行法の丁寧な運用や、医療、福祉の充実、地域の再生、融和、振興などの取組をしっかり進め、水俣病対策に全力を尽くしてまいりたいと考えております。
○山下芳生君 前回の質疑にまた戻った感じがするんですけど。それでは救済されていないわけですから。しかし、現行法の中でも救済できる余地はありますよ。認定基準見直せばいい。そういうことをやる必要があるんじゃないかと具体的に私、提起しました。そういうことも考えるのか、それとも考えずに今までの枠の中で切捨てを続けるのか、どっちですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 御指摘もいただきました。 この水俣病対策については、繰り返しになって恐縮ですけれども、歴史と経緯を十分に踏まえつつ、関係の皆様にできる限り寄り添って対応できるように、現状を分析しつつ、現行法の丁寧な運用、この丁寧な運用でございます。医療、福祉の充実、地域の再生、融和、振興などの取組をしっかり進め、環境省全体として水俣病対策に全力を尽くすこととしております。
○山下芳生君 時間参りました。 現状を分析されるのは結構です。切り捨ててきた現状を直視していただきたい。そして、初動が大事です。熊本大学医学部の研究班が、これはメチル水銀に汚染された、あっ、メチル水銀はまだ分からなかった、水俣湾の魚が共通の原因だということをもう公式確認の翌年には疫学によって見抜いているんですね。ところが、それがそのまま食中毒として扱われずに、ずっと原因が分からなかった。 そういうこともしっかり踏まえて、そして切り捨ててきた現状も踏まえて大臣に考えていただきたいということを申して、終わります。
○山本太郎君 れいわ新選組、山本太郎です。 国って謝らないんですね。間違いを認めないんですよね。人間って間違う生き物なのに、間違ったときには、間違ったというふうにやっぱり方向転換すべきだと思うんですね。 最近でも、例えば冤罪ありましたよね。袴田さん、これ四十七年七か月投獄されていたという冤罪事件ですよ。釈放されてから十年だけど、五十八年間、人の人生奪い続けてきたのに、再審ということになったときに検察側は死刑を求刑したと。本当に恥を知れと言いたいです。 水俣病に限らず国策で被害が拡大した事例というのは数多いわけですね。その国策被害に対して、国は、まともに向き合わないだけじゃなくて、被害者を放置して疲弊させ、被害者の高齢化、寿命が尽きるのを待つというやり方、死に待ち、これ繰り返してきたわけです。 例えばですけれども、死者十万人、被害者百万人以上を出した一九四五年三月十日の東京大空襲、これ政治の間違った判断で国民を戦争に巻き込んで命を守らなかった国策の犠牲者ですよね。空襲から八十年、この空襲被害者やその遺族に対して、責任者である厚労大臣は直接懇談の場を設けたことすらありません。 ほかにも、国は多数の薬害を引き起こしてきた歴史もあります。最近では、国策でワクチン接種を進め、これまでにない規模で薬害を拡大させた懸念があるのがコロナワクチン。今年四月時点までで四億三千万回以上接種されたコロナワクチン。ワクチン接種後の健康被害を訴える声は増えて、ワクチン被害救済申請数はコロナ前の三十倍に増加。インフルエンザワクチンに比べて、百万回接種当たりの死亡件数は約三十五倍。それでも国は被害をほとんど認めない。厚労大臣が被害者と直接懇談する場も設けていない。 このような薬害、公害に対して、因果関係がはっきりしなければ認めないという国の死に待ちという常套手段ではなくて、苦しむ人々を一刻も早く救うために、疑いの時点で積極的に救済するのが、私、政治や国の務めではないかなというふうに思うんですけれども、大臣も同意していただけますか。イエスかノーかでお願いします。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 人の命と環境を守るということが環境省として一番大事なことだということで御回答申し上げたいと思います。
○山本太郎君 環境省以外の問題に関してはなかなか言えることではないけれども、環境省の問題に関しては同意方向でお答えをいただいたのかなというふうに思います。 資料一。独立行政法人環境再生保全機構ホームページ、環境庁の発足、一九七一年。公害問題について今後の最重点課題として取り組むことを一九七一年の施政方針演説で表明した佐藤栄作内閣総理大臣の強力なイニシアチブの下、それまで厚生省、通産省など各省庁に分散していた公害に係る規制行政を一元的に所掌するとともに、自然保護に係る行政を行い、あわせて政府の環境政策についての企画調整機能を有する行政機関として一九七一年に環境省の前身である環境庁が発足しましたと。 大臣、公害被害に責任を持って対応するということは、環境省にとって発足以来の最重要使命ということでいいですよね。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 最重要使命の一つでございます。
○山本太郎君 ありがとうございます。 人間には誰にも間違いがあります。五月一日の水俣病被害者団体との懇談の場で環境省職員が三分で発言を遮り、マイクを切った件。大間違いの対応ではありましたが、これに対して大臣は何度も謝罪をしてくださいました。真摯な反省に立って今後どう行動するか、どう実際に被害者救済に本気で取り組むか、言葉でなく行動で示していただくことが大切だと思います。 資料の二。五月九日、本委員会において私から、被害者一人当たり三十分の発言時間を確保して大臣自ら繰り返し懇談を行うおつもりはあるかと聞いた際に、大臣は、その気概はあると明確に答弁をくださいました。 大臣、この言葉にうそはないですよね。
○国務大臣(伊藤信太郎君) そのとおりでございます。
○山本太郎君 大臣は、被害者一人当たり三十分の発言時間を確保して、繰り返し懇談を行う気概があると言ってくださいました。 大臣、その気概というのは、懇談するのは熊本県の被害者のみ、あとは切り捨てる、そういう意味ではないですよね。そういう意味ではない、そういう意味ではある、一言でお答えください。
○国務大臣(伊藤信太郎君) そういう意味ではございません。
○山本太郎君 資料三、三B。五月十日、新潟水俣病の被害者団体は、今月末、新潟市で開かれる水俣病についての集いに環境大臣の出席などを求める要望書を提出。 資料四。それを受けて、新潟県の花角知事は、定例記者会見で、五月三十一日、新潟県で開かれる県主催の新潟水俣病の式典に熊本と同様の対応をお願いしたいと、伊藤大臣の出席を求めました。 資料五、五B。五月二十一日には、環境省の前田審議官、新潟市を訪れ、新潟水俣病の被害者団体から環境大臣に宛てた被害者救済を求める要望を受け取っております。 資料六。大臣は、新潟でも懇談の場は持つ意向とのことですけれども、五月三十一日の式典に参加できるかどうかというのは、まだ約束をされていないということでいいですよね。ありがとうございます。 資料の七。五月十三日、衆議院決算行政監視委員会では、大臣は、この日はまだ国会会期中でございます、ですが、そこも含めてこの日に限らず、私が新潟の皆さんのお声を聞く機会を事務方に既に指示して探らせているところでありますと、自ら式典に参加することに少し何か後ろ向きになっているんじゃないかなというふうにも取れるような発言をなさっているんです。式典に出席しない理由は五月三十一日という日がまだ国会会期中だからというものだとは思うんです。 一方で、四月二十八日、国会会期中でしたけれども、大臣はイタリアで行われたG7環境大臣会合に出席なさいました。だから、このままだと、行きたい会合であるならば、会期中であっても、たとえ海外であっても日程調整はする。一方で、環境省発足の理念であるはずの、公害被害者救済に関わる水俣病被害者の式典のためには日程調整しないんじゃないかというふうに受け取られてしまう可能性がございます。 資料八。大臣が五月三十一日の式典出席に消極的に発言をしている、そのようにも受け取れるようなことを受けて、被害者側は記者会見で、新潟にはなぜ来ないのか理由を聞きたいと憤りを示されております。被害者側によると、環境大臣が来県し、新潟水俣病の行事に出席したのは二〇一五年の式典以降ないといいます。 資料九。新潟水俣病被害者の会会長は、新潟市で記者会見、同じ水俣病なのに、なぜ九州の方だけ大臣が出席するのかと怒りをあらわにしたとも報じられています。 恐らく、大臣としては、委員会が開かれてそこで答弁を求められる、出席しなきゃいけないということになった場合、国会終盤に式典に行くというのは事前になかなか約束しづらい、スケジュールがちょっと見えないということもあると思うんです。 一方で、衆議院では、環境委員会で行われる今国会提出法案の最後の審議が終わり、あとは採決を残すのみです。参議院では、温暖化対策法の審議一本のみ。この法案の衆議院での審議時間は六時間ですから、通常国会終わりまでのスケジュールを考えても、必ずしも参議院で五月三十一日に本委員会を開く必要性というのはないと思うんです。公害問題に真摯に向き合うために誕生した環境省の歴史を鑑みても、この場面で新潟の式典には出ないという選択は避けるべきだと思うんですね。 今日出席されている委員の皆さんにお聞きしたいんですよ。五月三十一日、新潟水俣病被害者の集いに伊藤大臣が参加することに反対されるという方、いらっしゃったら挙手いただけます。いかがでしょう。今のうちに言ってくださいね。どうでしょう。まあ、今の時点ではそういう方いらっしゃらないなと思うんです。 自民党の筆頭理事にお願いがあるんですけれども、大臣が新潟の式典に出席できるように、五月三十一日には本委員会を開かないという調整を是非野党筆頭とともに話し合っていただけないでしょうか。一言、是非調整するということを言っていただければと思います。
○委員長(三原じゅん子君) 山本君、後刻理事会で協議いたしますので。
○山本太郎君 それ、委員長が引き取るということでいいんですか。私は筆頭理事に一言いただきたかったんですけど。
○委員長(三原じゅん子君) 筆頭理事はお答えできません。
○山本太郎君 いいんですか。じゃ、委員長が引き取ってくださるということで、分かりました。 ということで、ある意味で、環境大臣の環境委員会出席ということに関しては、参議院としては問題がないだろうということをお伝えいたしました。後刻理事会で話し合っていただけるということになりました。 一方で、国会日程が合わずとも、式典に出られなくても今後新潟において懇談の場を設ける可能性を、大臣は何かにおわせるような発言されています。要は、国会で無理だったとしても、後々そういうタイミングを持つよというようなことを言われているわけですけれども。水俣市の懇談の場でのマイク切り、これについて大臣は謝罪をされたわけですから、ほかの地域でも機械的に時間を区切ってマイクを切るような同じ運用、今後繰り返すことは許されません。 大臣、五月一日の水俣市でのマイクを切る運用というのは、この手法は、別の地域、別の懇談の場でもいつもやられていたというわけではないですよね。いかがですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 私の知る限り、マイクを切ったということはお聞きしておりません。
○山本太郎君 資料十。新潟水俣病阿賀野患者会の酢山事務局長によると、十年ほど前、五分程度でマイクが切られ、抗議したことがあったというんですね。 大臣は、この事例について承知されていますか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 今御指摘の二〇一五年の新潟市での当時の望月環境大臣と関係団体との懇談の場の進行について、過去の担当者への聞き取りにより、司会が会議全体の時間調整について発言したところ、打ち切るのはおかしいとの声が上がり、追加で被害者の発言を受けたということがあったということは確認してございます。
○山本太郎君 この案件以外にそのほかの事例というのを御存じでしょうか、大臣御自身は。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 私が知る限り、ございません。
○山本太郎君 ありがとうございます。 委員長、これ、ごめんなさい、過去に同じような問題がなかったのかということを徹底調査して再発防止するというのが基本だし、当たり前のことだと思うんですね。これ、今から確認しますねというのでは対応が少し遅過ぎて、真剣さが疑われる部分ではあるんですけれども、これはやるべきだと思っています。 委員長、水俣病に限らず、環境汚染や公害の被害者との懇談、意見交換の場で今回のような不適切な発言時間制限などの対応がこれまでどう行われてきたか、過去に遡って徹底調査し、その内容を本委員会に再発防止策として併せて提示するように求めます。
○委員長(三原じゅん子君) 後刻理事会で協議いたします。
○山本太郎君 資料十一。五月九日の委員会で、大臣という立場にある間に大臣としての力を使って全員救済を目指すというお気持ちはあるんですよねとお聞きしました。大臣からは、目指す気持ちがあると頼もしい答弁をいただきました。 大臣、このお言葉にうそはないですよね。
○国務大臣(伊藤信太郎君) その気持ちのとおりでございます。
○山本太郎君 大臣という立場にある間に大臣としての力を使って全員救済を目指す気持ちがあるという大臣。その意味でいうならば、原告全員の被害を認め、国に救済を求めるような司法判断には忠実に従うべきだと思います。 資料十二。先ほどもお話が出てきましたけれども、二〇二三年九月、大阪地裁は、原告全員の水俣病を認め、国に賠償を求める判決を下した。全員救済を目指すと断言した大臣から見れば、歓迎すべき判決であると思うんですね。この判決のとおりにまず早期賠償しないといけないな、そう考えます。 しかし、判決の直後、昨年十月十日には、国は、原告全員水俣病認定、国の賠償責任を認める判決を不服として控訴しました。 資料十三。その際の関係閣僚の発言。今回の判決は、国際的な科学的知見、最高裁で確定した判決の内容と大きく相違する、上訴審の判断を仰ぐ必要があると判断した、そう言っているんです。被害者を踏みにじるむちゃくちゃな発言だなって。これ伊藤大臣の御発言なんですね。 先日、自分が大臣のうちに全員救済を目指す気持ちがあるとおっしゃった伊藤大臣の考え方とは真逆、真逆の見解と考えます。人は間違える生き物ですから、去年から今年までの間だったり、いろんなことがあって、大臣のお心の中にも変化が様々あったんだろうというふうに私は受け止めたいんですね。 資料十四。環境省五十年史、これによれば、公害健康被害補償法では疑わしきは救済の考え方が適用されると述べられているんですよ。疑わしきは救済なんですね。環境省の五十年史、振り返ってみれば、そういうような考え方というのがベースにあるんですね。 大臣、科学的に因果関係が、済みません、そういうカンニングペーパー、もしもし、前田さんでしたか、どなたかはちょっと忘れましたけど、ペーパーもう一回戻してください。官僚の保身のための作文をここで読み上げる会にしたくないんですよ。これまでの環境庁から来て環境省になってというようなところでずっと自分たちで決めてきたこと、そのポリシーをゆがめるようなことをやらないでくださいよ。紙、もう一回回収してください、今。駄目ですよ、そんな。はいはいじゃなくて、回収してください。そんなこと求めていませんよ。 大臣、科学的に因果関係が証明できなくても、環境汚染の影響が疑われる被害については広く救済する、この環境省の理念は重要だと考えますよね。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 理念は重要だと考えております。
○山本太郎君 被害が長年放置され、網羅的な疫学調査も行ってこなかった状態で、十分な国際的、科学的知見など確立しようがないじゃないですか。だからこそ、疑わしきは救済が必要なんですよ。疑わしきは救う、これが環境省の公害被害救済の基本理念なんですね。 自分が大臣のうちに全員救済を目指す気持ちがあるとおっしゃった大臣、まずは、大阪地裁判決に対する国の控訴取り下げていただけますよね。いかがでしょう。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 今なお訴訟を行う皆さんがいらっしゃることは非常に重く受け止めております。 他方、昨年九月のノーモア・ミナマタ近畿訴訟の大阪地裁判決については、国際的な科学的知見や最高裁で確定した近時の判決の内容等と大きく相違する、このことから、上訴審の判断を仰ぐ必要があるというふうに判断してございます。
○山本太郎君 水銀による被害を科学的に測ることというのは非常に難しい状態であると。どうしてかっていったら、体外に排出されるという期間が物すごく短いわけですよね、早くに排出されてしまうと。もちろん、だからこそ、疫学調査を今やらなくていいかといったら、そうではなくて、やらなきゃいけない、記録は残さなきゃいけない。けれども、当初にそういうものが行われてこなかったことによって、これはなかなか難しい状況にあるというのが当然じゃないですか。 今のお答え、自分が大臣のうちに全員救済を目指す気持ちがあるというところからは随分後退しているような気がするんですよ。全然そんな気概が感じられなくなっちゃったんです。どこ行ったんですか、あの気持ち。 自分が大臣のうちに全員救済、これはその場しのぎのリップサービスですか、それとも本心ですか。いかがですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) そういう気持ちは今も変わりません。 ただ、この水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法、これは前文において、地域における紛争を終結させ、水俣病問題の最終解決を図り、環境を守り、安心して暮らしていける社会を実現すべく、この法律を制定するとうたってございます。こうした最終解決の実現を目指し、現行法の丁寧な運用や、医療、福祉の充実、地域の再生、融和、振興などの取組を進めてまいりたいと考えております。
○山本太郎君 いつまでそれ続けるんですかということですよ。最終解決というのは死ぬの待ちでしょうということなんですよ。何年引っ張ってきているんですかということなんですよ。もうこの段階においては、これは疑わしきは救うというところに移行していかなきゃいけない問題でしょうということなんですよ。 だって、環境省の、環境庁の、これ元々の理念じゃないかということなんですよ。リップサービスじゃないっておっしゃいましたね、本心だっておっしゃいました。裁判で長期間争って高齢化した被害者が亡くなるのを待つ、環境省、政府の常套手段ですよ。 伊藤大臣は、この死ぬの待ちに加担するおつもりですか。イエスかノーかで。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 司法の判断、日本の司法制度は尊重しなきゃならないと考えております。
○山本太郎君 尊重してくださいよ。何控訴しているんですか。出たじゃないですか、全員救済って。尊重するんでしょう。全員救済しなきゃいけない場面じゃないですか。 先日と同じこと聞きますよ。伊藤大臣が大臣という立場にある間に大臣としての力を使って全員救済を目指すというお気持ちはありますか。あるかないか、一言でお答えください。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 気持ちはございます。
○山本太郎君 気持ちはある、気持ちは変わらないんですね。リップサービスでもないとさっきおっしゃった。だとしたら、大阪地裁の判決に対する国の控訴を取り上げていただけますよね。当然じゃないですか。司法の判断に従うっておっしゃったのに、判断出ましたよ。最高裁までやるんですか、これ。最高裁までやるつもり。認めないっていう。駄目ですよ、そんなペーパー挟んじゃ。自分が言ってきたことに対して、その場しのぎの言葉で逃げようとしないでくださいよ、努力するとか検討するとかこれまでもありましたけど。気概があるとか気持ちがあるってさんざん言ってきているんだから。有言実行、救ってくださいよ。 大阪地裁判決に対する国の控訴取り下げていただけますね。いかがでしょう。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 日本の司法制度というのを尊重して適切に判断してまいります。
○山本太郎君 司法制度を尊重してじゃなくて、自分たちが間違っていた、負けるということを避けるために司法制度を利用しようとしているわけでしょう。次行って、次行こうとしている。最高裁までに全員生きていないだろうって考え方じゃないですか。駄目なんですよ、それじゃ。だから、疑わしきは救うんですよ。それが環境庁の理念じゃないですか。それをもう撤回するんですか。いかがですか。
○委員長(三原じゅん子君) 申合せの時間が来ております。おまとめください。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 繰り返しになって恐縮ですけれども、今回の判決、国際的な科学的知見や最高裁で確定した近時の判決内容と大きく相違することから、上訴審の判断を仰ぐ必要があるというふうに判断したところでございます。
○山本太郎君 時間が来たので終わりますけれども、ちょっとあり得ないですよ。全く寄り添っていないし、元々の理念さえも覆そうとしている。救ってくださいよ、大臣しか救えないんだから。これまでの活動の中で何を爪痕残したんですか。救ってください。 終わります。
○ながえ孝子君 愛媛県選出のながえ孝子です。 今回の問題で、環境省、水俣病担当の審議官を新設して、水俣病タスクフォースを設置したとのことです。 先ほど質問出たとは思うんですけれども、もう一度確認させてください。この審議官、そしてタスクフォース、何をするんですか。何がミッションですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 前田審議官から追加で御発言いただけると思いますけれども、まずは、今回、五月一日、五月、環境省が不適切にマイクを切ったということを深く反省し、そしてまた、その後、五月八日に水俣に謝罪にお伺いした際に、是非再懇談の場を設けてほしいという御要望があり、私の決断で再懇談をすることになりました。 したがいまして、まず、この再懇談の場を、ゆっくり皆さんの御意見、御要望をお聞きし、この問題の解決に向けて有意義な懇談になるように設置するというのがこのタスクフォースの目的でございます。
○ながえ孝子君 タスクフォースの目的は、その次なる懇談会を有意義なものにするために設けたんですか。
○政府参考人(前田光哉君) お答えいたします。 本タスクフォースにつきましては、まず、水俣病の関係団体との改めての懇談の場を開催すると、そして損なわれた関係団体、現地との関係性を修復するということが大きな目的でございまして、体制の強化を行い、職員の頻繁な現地出張、懇談内容の充実に取り組むというものでございます。 以上です。
○ながえ孝子君 正直言って、私、今すごく驚いています。普通、何かタスクフォースとかそういうものを設けるときというのは、必ずその問題を解決しようという目的があるはずなんですね。そういう意思を持ってつくられるものだと思っていたので、信頼関係を取り戻すため、それはタスクフォースつくらなくてもできることだし、そのために毎日皆さんお仕事されているんじゃないですかと思って、ちょっとすごくびっくりしています。 もう一度お伺いしたいんですけれども、あえてこのタスクフォースをつくって、そして審議官までちゃんとつくって、この問題に向き合おうという姿勢の表れだと私は理解したんですね。何を目指していらっしゃるんですか、大臣。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 今回の事案を受けて、やはり環境省全体でこの問題に省庁横断的に向き合うということが必要だというふうに考えます。そして、そのために、まず今回の懇談でマイクが途中で打ち切られたという問題がありますので、懇談を行い、そして懇談を行うことは究極の目的ではありませんけれども、その懇談を有意義に行うことによって、私を含め環境省全体でこの問題に対してしっかりと対応していくということが大事だろうと考えております。
○ながえ孝子君 大臣のおっしゃった究極の目的は何ですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 環境省の所掌の範囲において、この水俣問題を解決するために全力を挙げるということが目的だと思います。
○ながえ孝子君 何か、何で、この所掌の範囲においてとか、それから救済については現行法の中でとか、そういう言い訳が先に立つのか。多分、当事者の皆さんにとって、まず言い訳が先に来るほど何か心を固くするものはないと私は思うんですよね。 それで、ちょっと確かめさせていただきたいんですが、いろいろ審議もお聞きしていまして、救済に当たりたいというのはこれまでも御答弁の中で大臣答えられてきました。でも、現行法の枠内でとかそうおっしゃると、分からないんですよ。というのは、それまでの現行法の枠内でこぼれ落ちてしまった方を助ける、その方に向き合って、その方に寄り添ってしっかりとそれを何とか問題解決に行こうとするときに、制度やルールや法律やいろんなものを変えないで、どうやってそれに向き合って問題解決に向かっていくんですか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) この間、五月一日にしても、五月八日にしても、またそれ以外の機会においても、直接あるいはペーパーを通じて本当に多岐にわたる御要望をいただいております。 ですから、その御要望の中で、現行の枠と言うとまたあれですけれども、今の制度の中でできることは私はあると思うんです。ですから、それをやっぱり一つ一つ精査して、スピード感を持って具体的な施策で進めていくということをしたいと思います。
○ながえ孝子君 究極の目的についてはもう少しお聞きしたいんですけれども、ちょっとおいておきまして、できることがいろいろあるとおっしゃいました。 私、前回も質問させていただいたんですけれども、こういった意見交換会あるいは当事者の皆さんとの懇談会、議事録取っていますよね。それはどう取り扱うんですか、そこで出た意見はどういうふうに処理されていくのか、環境省のルールを教えてください。
○政府参考人(前田光哉君) 五月一日の熊本水俣での懇談会の際に要望書も御提出いただきました。その要望書の内容を今度、再懇談の場できちんと対応、返せる答えを回答していくということと、五月一日に出された御意見も含めて、可能な範囲で環境省で回答を作って回答していくというものでございます。 以上です。
○ながえ孝子君 是非、それは、私は前回も申し上げたんですけれども、省内だけではなくて是非国民の皆さんがしっかり見えるように、見える化を図っていただきたいなと思っているんです。 今回のことで、私、ホームページ、環境省のホームページでどれだけ議事録、水俣病に関して公開されているかというのを検索を掛けました。私の検索方法がまずかったのかもしれませんけれども、出てきたのが水俣病問題に係る懇談会、平成十七年から平成十八年にかけてのものだけなんですよね。 でも、結構丁寧な議事録でして、平成十七年七月に被害者団体の皆さんと行われた意見交換会では、一団体三十分の持ち時間が示されておりました。かなり丁寧に向き合っていらっしゃるなと。そして、当時は、この懇談会において発言があった主な事項というのをしっかりまとめ上げて公開をしているということなんですね。 環境省の皆さん、先輩方は実に丁寧な真摯な仕事をしていらっしゃったんだなと思うんですけれども、いつからこういうことをしなくなったのかなと思うんですね。それは振り返ってみないと今すぐにはお答えになれないとは思うんですけど。 やっぱり人間、慣れって怖いものですよね。時間は怖いものだと思います。いつからか目的と手段が入れ替わってしまう。本来、手段だったはずなんですよ、意見交換会とか皆さんの声をお聞きする、意見をお聞きするというような、要望を。それが何か、その手段を使って解決に行くんではなくて、その手段が目的化してしまった、開くことが目的だみたいなことになってしまったんではないかと思います。 先ほども、谷合委員からすごいいい御指摘がありましたよね。環境省としての姿勢とかミッションとか、もう一度再確認していくというところはすごく大事だなと思っています。人の命と環境を守る、大変重要な仕事だと思いますので、これでもう一回、省内の引締めといいましょうか、伊藤大臣、向き合っていただきたいんですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) 委員からも大変重要な御指摘いただいたと思います。 人の命と環境を守る、この環境省の大事なミッションを果たせるように、環境省全体を引き締めて前に進んでまいりたいと、そのように思います。
○ながえ孝子君 お願いをいたします。 水俣病と同じ健康被害で、石綿、アスベストの健康被害問題があります。水俣病と同じく、国による救済制度はできたものの、認定が進まなかったり、あるいはこの制度からこぼれ落ちてしまったりして、今も苦しんでいらっしゃる方が大勢全国におられます。水俣病と同じ状況ですよね。 続いては、石綿被害の救済法関連で質問をさせていただきたいと思うんですけれども、まず大臣の認識をお聞きしたいんです。 この石綿、アスベストの問題、国の救済制度もできたので、もう解決済みだよという方もおられるんですよね。大臣の御認識はいかがでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) この石綿関連の疾患については、石綿の暴露から発症まで三十年から四十年という長い期間を要するとされておりまして、現在でも石綿健康被害救済制度では年間一千件を超える認定が行われております。 現在も申請及び認定がされているということは、石綿による健康被害で苦しんでおられる方がおられるということでございまして、引き続き、救済制度の安定的な運用により、石綿健康被害の救済に取り組んでまいりたいと考えてございます。
○ながえ孝子君 大臣、そのとおりなんですよね。 この石綿、アスベストの問題、潜伏期間が長いので、石綿を吸ってから中皮腫、肺の膜に腫瘍ができるという中皮腫、二十年から五十年たってから発症する、それから肺がんは十五年から四十年たってから発症するというので、静かな時限爆弾と呼ばれています。仕事も辞めてもう何十年か何年かたった後に発症するという可能性は大いにあるんですね。 私も地元で患者団体の皆さんにお話をお聞きいたしました。すると、まずお声が上がったのが、広く呼びかけてほしいということなんですね。例えばアスベスト中皮腫、さっき言いました肺の表の膜に悪性の腫瘍ができるというものなんですが、毎年死亡者数というのは登録されているんです。そのうち何人の方が労災認定されているかというのも分かるようになっています。最近の数字で見て、毎年千五百人から千六百人の方々が亡くなられています。そのうち労災認定されている方は五百人程度、残りの一千人の方々は何の救済も受けないまま亡くなられているということなんですよね。 中皮腫は深刻な健康被害ですから、中皮腫と診断されて申請すれば九〇%以上認められる、そういう高い確率になっているんですね。それにもかかわらず、なぜ申請していなかったのかというと、一つは制度があることを知らなかったというケースがあります。それともう一つは、申請のハードルが高い、ないしは申請の仕方がもう分からない、それで、する前に諦めてしまったというケースの方もいらっしゃるということなんです。 ですから、今からでも、働いていた方々に、あるいは御遺族の方々に、労災ないしは石綿救済制度にある、その救済の道がきちんとあるんだよということを呼びかけてほしい、知らせてほしいということなんです。 環境省としては、自治体を通じてやっているというんですね。確かにそれはされているとは思いますけれども、やっぱり国から呼びかけることって伝播力が全然違います。ですので、しっかりそれを呼びかけていただきたいと思うんです。 今日はちょっと資料を用意しました。 これ、石綿の救済制度に、労災とは違います、救済制度の方ですね、環境省が所管しています。これにどのぐらいの方が毎年申請を出して認定を受けているかということなんですね。それぞれ、療養者、あるいはもう申請しないで亡くなった方とか、ジャンルに分けているんですけれども、割合のところ、何人の方が申し込んで認定がどのぐらいあったかというパーセンテージ出しています。このパーセンテージがもう全部一〇〇になることを望むんですけれども、これ見ていただいたら、時々一〇〇を超えている数字があるんです。 例えば、青でマーキングしました直近の令和四年度、ここ三二〇%、これは申請手続自体が前の年から残ってしまって、元々母数が少ないのでぱあんと跳ね上がっただろうと思うんですけど。その上に行ってください、一番上の青い網を掛けたところ、二二九%というのがあるんですね。調べましたら、この平成二十一年度には、国がキャンペーンといいましょうか、周知事業をやったということが載っていたんですけれども、どんなものだったのか、ちょっと教えていただけませんか。
○政府参考人(神ノ田昌博君) お答えいたします。 平成二十年に実施をいたしました個別周知事業では、人口動態調査の死亡小票を用いて、中皮腫によりお亡くなりになり特別遺族弔慰金の対象となる可能性がある方の御遺族に制度の個別周知を行っております。
○ながえ孝子君 だから、そうやって丁寧にもうプッシュ型でちゃんとやる、ないしはちゃんとキャンペーンを張って国を挙げて呼びかけると効果が上がるということだろうと思います。 アスベスト問題の当事者の方って一人親方が多いんですよね。ですから、つつましやかに暮らしてこられた、御遺族も今も苦労していらっしゃるケースというのも多いので、これからも労災、救済制度併せて国として、もうこれ省庁別だなんて言わないで、ちゃんと環境省が責任持って呼びかけていただきたいなと思っています。 地元で私がお話をお聞きした方は、肺がんを患われているんですね、アスベストで。かつて、電気工として長く建築現場で働いてこられまして、電気の仕事なんですけれども、配線工事で天井裏をはうことが多いので、吹き付けてあったアスベストを吸ってしまったということなんです。四十六年現場で働いてこられて、仕事を辞めて二年後です、今から五年前にこれ肺がんが見付かったんですね、静かな時限爆弾と言われるところですけれども。それもたまたま受けた健康診断で肺がんが見付かったと、レントゲン撮ったら見付かったということなんですけれども。 だから、この例から考えるに、早期発見されて早期治療を受けると、これはちゃんとすごくその方の命を守ることに直結をしてまいります。ですから、命を守るためには思い当たる人に早く健診を受けてもらうことが大事なんですけれども、大企業の場合は離職する際に必ず健診を受けるとか仕組みがもう設けられています。でも、一人親方の場合は漏れてしまう人が多いんです。 その手当て、環境省としてはどう考えて、何をしていますか。
○政府参考人(神ノ田昌博君) お答えいたします。 環境省では、平成十八年度より石綿の健康リスク調査、平成二十七年度より石綿暴露者の健康管理に係る試行調査、令和二年度より石綿読影の精度確保等調査を実施してきたところであり、一人親方を含む地域住民を対象に、自治体の既存健診の機会を活用をして、石綿関連疾患の早期発見をできる体制の整備等に努めてきたところでございます。 引き続き、関係自治体と連携をし、石綿関連疾患の早期発見及び早期救済につなげてまいりたいと存じます。
○ながえ孝子君 細やかに、スピードを上げて進めていただきたいと思っています。 石綿健康被害について、救済は二本柱になっています。さっきも申し上げましたが、一つは労災認定ですね。もう一つは石綿救済法による制度、こちら環境省が統括しているということなんですが、この石綿救済制度については労災に比べて不十分だということがかなり多くのところから指摘をされています。例えば、労災だと、亡くなられた場合、千二百万円から千三百万円の給付金というのがあるんですけれども、救済制度では給付金は三百万円だけということになります。ですから、この石綿救済法についての救済も労災と同等の救済になるように改善をしていただきたい。ここは、環境省、環境大臣頑張っていただきたいんですよね。 それともう一つ、やっぱり亡くなってしまって、幾らこの給付金もらっても報われないと私は思うんです。やっぱり早く見付けて早く治療して回復をすると、命を守るためにはそこが大事だと思っていまして、この救済制度そのものも改善の余地があろうと思っています。 まず、申請のハードルが高い。私もどういう申請書類が要るのかなというのを見てみたんですけれども、かなりこれはしんどいなと思っています。それと、救済制度はかなり症状が重くならなければ救済されないということになっています。受け付けられない、認定されないということになっていますので、早く回復するサポートを、回復をサポートする制度になるように、ここは改善を求めたいと思うんですが、大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊藤信太郎君) この石綿健康被害救済制度は、労働災害に対する損害の補償を行う制度ではなくて、そもそも民事上の責任と切り離して社会全体により迅速な救済を図ることを目的としてございます。労災補償の対象とならない方々について広く救済の対象としているため、石綿健康被害救済制度に基づく給付内容については、こうした制度の性格、また類似する制度との均衡を考慮しながら設定されてございます。 このように、石綿健康被害救済制度は、労災保険制度とはその制度の性格が大きく異なるため、委員御指摘のように給付の内容等も異なっております。 委員から今御指摘いただいたので、検討を進めてまいりたいと思います。
○ながえ孝子君 是非、私は、強化していただきたい、改善していただきたいのは、早く受けて早く治療、治療費が支給されるんですよね、救済制度だと、そこをしっかりやっていただきたい。命を救うため、命と環境を守る環境省として頑張っていただきたいなと思っています。 ずっと今日質疑をお聞きしていて、やっぱり水俣病も、この石綿、アスベストの問題も、国が知っていながら放置してしまったその責任は重いということですよね。ですから、その責任をちゃんと背負って解決に取り組んでいただきたいんです。寄り添う姿勢も大事だけれども、やっぱり解決するという意思がすごく大事だというふうに思っています。 私は、その表れとしてタスクフォースも設けたんだろうと思っていて、今日はちょっと最初からずっこけてしまったんですけれども、是非そういうふうに省内全体を締めていただきたいと思いますし、タスクフォース設けられるんであれば、水俣病だけではなくて、石綿、アスベストの問題ですとか、公害問題、あるいは未解決の健康被害問題のタスクフォースも是非やっていただいて、後から見たら、あのとき潮目が変わったねと、あのとき環境省変わったね、伊藤大臣のときだったねって言われるように是非頑張っていただきたいと思っています。 私は雨降って地固まるという言葉が好きなので、大臣、どうぞよろしくお願い申し上げて、質問を終わります。
○委員長(三原じゅん子君) 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後零時五十五分散会