法務委員会 第10号
- 発言数
- 76 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2021/04/06
会議録
○義家委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、少年法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 これより質疑に入ります。 本日は、本案審査のため、参考人として、東京大学大学院法学政治学研究科教授川出敏裕君、少年犯罪被害当事者の会代表武るり子君、被害者と司法を考える会代表片山徒有君及び駒沢女子大学人間総合学群心理学類教授須藤明君、以上四名の方々に御出席をいただいております。 この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。 本日は、御多忙の中、御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。本日はよろしくお願いいたします。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、川出参考人、武参考人、片山参考人、須藤参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。 それでは、まず川出参考人にお願いいたします。
○川出参考人 皆さん、おはようございます。 本委員会で意見陳述をする機会を与えていただきましたことに感謝いたします。 私は、この改正法案の基となりました法制審議会の刑事法、少年法部会に委員として参加いたしましたので、部会での議論を踏まえて、本法案の内容のうち、少年法の適用対象年齢を維持している点、その上で、十八歳、十九歳を特定少年として、それに対する保護処分に関して特別な取扱いをしている点、さらに、原則逆送制度の対象事件を拡大している点の三点について意見を申し上げたいと思います。 今回の少年法の適用対象年齢の引下げの議論は、公職選挙法や民法において選挙権年齢や成年年齢が十八歳に引き下げられたことに対応して始まったものでして、十八歳、十九歳の年長少年に少年法を適用することに実質的な不都合があったことによるものではありません。 むしろ、少年法の下での手続及び保護処分に付された者に対する処遇が、十八歳、十九歳の非行少年の改善教育と再犯の防止のためにも有効に機能してきたということについては、部会のメンバーの間でも意見の一致がありました。 そして、そうであるがゆえに、十八歳、十九歳の者を少年法の適用対象から単純に外すということになれば、その改善教育と再犯の防止の観点からは問題があるということも、部会での共通認識でした。 そのため、部会での議論は、第一に、公職選挙法や民法において選挙権年齢や成年年齢が十八歳に引き下げられたことが、少年法の適用対象年齢を十八歳未満に引き下げる根拠となるのかどうか、第二に、仮にそれを十八歳未満に引き下げた場合に、十八歳、十九歳の者に対してその改善更生と再犯の防止のためにいかなる措置が考えられるのかという点を中心として進められました。 このうち、第一の点については、一般的な法律において大人として取り扱われることになる年齢は一致する方が国民にとって分かりやすいという指摘もありましたが、人の成長発達過程というのは生物学的にも社会的にも連続的なものですから、年齢による線引きというのは、特定の目的に基づく政策的な判断にほかなりません。 そうである以上、何歳を年齢の区切りとするかは、それぞれの法律ないし制度が、ある年齢に達した者に対して、権利義務を含めていかなる地位を与えようとするかによって決められるべきものです。 したがって、少年法の適用対象年齢が、公職選挙法の選挙権年齢や民法の成年年齢と当然に連動しなければならないものではないと思います。 ただ、その一方で、それぞれの制度において、一定の年齢に達した者を、そうでない者と異なる取扱いをする根拠に共通性がある場合には、その間の整合性を取ることが求められることになります。 こうした観点からは、民法の成年年齢が十八歳に引き下げられたこととの関係をどのように考えるかが結論の分かれ目となるポイントでして、部会においても、その点が引下げ賛成論と反対論の最大の対立点でした。 つまり、少年法は、少年が未成熟で可塑性に富むということを根拠に、その改善教育を図るという観点から、保護原理、パターナリズムですが、に基づく、国による後見的な介入を認めています。 具体的には、少年が犯罪行為を行っていなくても、少年に虞犯事由と虞犯性が認められれば、少年院送致を含む保護処分に付することができますし、また、犯罪少年について、その要保護性が認められる限り、犯した罪に見合った責任を超える保護処分に付することもできるというふうに考えられています。 他方、民法においても、未成年者は親の監護権に服するものとされていまして、その点で、少年と未成年者の地位には共通性があります。 そうしますと、民法上成年となり、親の監護権に服さなくなった十八歳、十九歳の者を、少年法上は少年として扱い、保護処分の対象とすることができるのかということが、少年法における介入原理が保護原理、先ほど申し上げた保護原理であることとの関係で、問題となってくるわけです。 少年法の保護原理というのは、未成熟な少年の健全な成長という少年本人の利益を図るために、国が後見的な介入をすることを認めるものであるわけですが、その場合に、何歳までの者について未成熟であるとして国家の後見的な介入を認めるかということは、一義的に定まるものではありませんで、政策的な判断になります。 そして、少年の健全な成長を図るために後見的な介入を行う要請というのは、少年法の領域に限らず、他の法領域にも妥当するものですから、その政策的な判断には法制度全体を通じた整合性が求められることになりますが、この意味での後見的な介入を認めるかどうかの判断に当たって、その基本を成すのは、人の基本的な地位や権利義務を定めた民法の領域であると考えられます。 そうしますと、今般の民法改正において、立法者は、成年年齢を二十歳から十八歳に引き下げ、十八歳、十九歳の者については、親権に服させる必要がないものとしてその対象から外し、自律的な判断能力を有するものとする政策的判断を行ったわけですから、そのような位置づけがなされた十八歳、十九歳の者について、一般的に、少年法の保護原理に基づき、健全な育成を図るためという理由で、国家による直接的な権力行使として、権利、自由の制約を伴う保護処分に付することができるとするのは、法制度全体としての整合性という観点から疑問があるのではないか。私自身は、そのような理由から、少年法の適用対象年齢は引き下げるべきであろうというふうに考えておりました。 もっとも、今申し上げたことは、民法上成年とされた十八歳、十九歳の者については、保護原理に基づく処分、すなわち権利の制約ができないということを意味するにとどまります。十八歳、十九歳の者が、二十歳以上の者と比較して、類型的に未成熟で可塑性に富むということは間違いないところですので、それを考慮して、犯罪を行った十八歳、十九歳の者に対して特別な手続や処分を定めることは、これは十八歳、十九歳の者が少年法の適用対象から外れることと何ら矛盾しませんし、また、それは、最初に申し上げました、十八歳、十九歳の者が少年法の適用対象から外れることによる問題点、弊害をできる限り解消するという点から望ましいものです。 そこで、部会では、それに対応する措置として、罪を犯した十八歳、十九歳の者を家庭裁判所に送致し、家庭裁判所が、刑罰でも保護処分でもない新たな処分に付すという仕組みを考えました。その対象事件が、当初は起訴猶予となった事件に限られていたのを、その後に提案された別案では全事件に拡大しましたが、いずれの案においても、その対象となるのは犯罪を行った者のみであって、虞犯は対象とされていませんでしたし、その処分というのも行為責任の範囲内でのみ課し得るという限界が設けられていまして、これは保護原理が適用されないということが前提となっていたわけです。 また、家庭裁判所に送致された後の手続は、現行の少年法による手続とほぼ同様になっていましたけれども、これは、十八歳、十九歳の者に少年法が適用されるというわけではなくて、十八歳、十九歳の者の特質に対応して、いわば少年法の手続を準用するという考え方に立っていたと言えると思います。 この別案の段階に至って、その制度の枠組みは、十八歳、十九歳の者を、刑事司法制度上、二十歳以上の者とも、また十八歳未満の者とも異なる、それらの中間層ないし中間類型として位置づけるものにほかならないという考え方が示されまして、それが今回の改正法案にも引き継がれているわけですが、少なくとも、この別案が出された段階では、私は、十八歳、十九歳の者を中間層と位置づけるということは、少年法の適用対象からは外すということを意味すると考えておりました。それは、少年法の適用対象として残すのであれば、既存の少年法の保護原理が妥当することを認めることになるだろうというふうに考えていたからです。 これに対して、改正法案では、少年法の適用対象年齢を維持し、十八歳、十九歳の者をなお少年としつつ、それらの者を特定少年と位置づけた上で、虞犯は対象とせず、また、保護処分は、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において行わなければならないものとされています。つまり、特定少年に対する保護処分は行為責任の範囲内で行わなければならないということでして、これは、犯罪を行った十八歳、十九歳の者に対して、一般的に、保護原理に基づく介入を行うことはできないとする考え方によるものと言えます。 こうした改正法案の考え方によりますと、十八歳、十九歳の特定少年に対する保護処分というのは、同じ保護処分という言葉が使われていても、十八歳未満の者に対する保護処分とはその正当化根拠を異にするものであるということになりますので、その点でやや分かりにくい面があることは確かですが、少年法が適用されることと保護原理が適用されることを切り離すということを認めるのであれば、このような立法も一つのあり得るものであろうと思いますし、また、特定少年について、少年法の手続が準用されるのではなくて、それが直接に適用されると説明できる点においては、むしろ分かりやすいものと言うこともできると思います。 このことに関連して、特定少年にも少年法一条の健全育成の理念が適用される以上は、保護処分の正当化根拠が異なるのはおかしいのではないかという意見もあります。ただ、これは、健全育成の意味をどう捉えるかというところに関わる問題でして、健全育成の意味というのが、少年を改善教育し、再犯、再非行を防止するということにあるとすれば、特定少年に対する保護処分の目的が、刑罰とは異なり、応報ではなくて、対象者の改善更生を図り、再犯を防止するということにある以上は、その健全育成というのが特定少年にかかってきても矛盾はないということになろうかと思います。 最後に、原則逆送の対象事件を拡大するとしている点について意見を申し上げます。 この点については、被害者が死亡している事件とそうでない事件では事件の質が異なり、極めて重大な犯罪を対象とする既存の原則逆送制度の趣旨に反するという批判ですとか、強盗を想定すれば明らかなように、短期一年以上の懲役又は禁錮に当たる罪の事件には犯情の幅が極めて広い事件類型が含まれるので、それについて検察官送致を原則とすることは不当な結果を招くとする批判があります。 まず第一の批判ですが、そもそも、いかなる範囲の事件を原則として検察官に送致して刑事処分を行うべき重大事件と見るかについて、定まった基準があるわけではありませんで、それは最終的には立法者の判断に委ねられる問題です。実際、現行法においても、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件が原則逆送の対象事件とされているわけですが、それにも行為時十六歳以上であるという限定が付されていまして、これは、行為時十四歳、十五歳の少年については、類型的な責任非難の低さということを理由に、原則逆送の対象から除外しているというものです。 その観点から見ますと、今回は、十八歳、十九歳の者は中間層と位置づけられたことによって、十八歳未満の者と比べて、短期一年以上の懲役、禁錮に当たる罪の事件という同じ犯罪行為を行った場合であっても、より刑事責任を問われるべき法的な地位にあるという前提で、その対象が拡大されたということになります。こういった帰結が論理必然的に生じるものではありませんが、これも政策的判断としてはあり得る選択肢であろうというふうに考えております。 それから、第二の批判については、これは、犯情の幅が広い事件類型が含まれることになるというのはそのとおりですけれども、原則逆送制度には例外が認められていますので、裁判所が、犯情の幅が広いことを踏まえて、検察官送致すべきでないと判断される事件については、検察官送致ではなくて保護処分の決定を行うということが想定されておりますし、また、仮に検察官送致がなされずに保護処分に付されるということになった場合ですが、特定少年については、先ほども申し上げましたように、行為責任の枠内という制約がかかりますので、刑事処分が科される場合とそれから保護処分に付される場合とで、極端に違いが生じないということになりますので、その点からも、必ずしも、この原則逆送の対象事件の拡大というのが不当な結論をもたらすということにはならないのではないかというふうに考えております。 以上で意見陳述を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○義家委員長 ありがとうございました。 次に、武参考人にお願いいたします。
○武参考人 私たち少年犯罪被害当事者の会は、少年の犯罪により、最愛の子供そして家族を突然に奪われた遺族の会です。個人や家族だけでは受け止め切れない悲しみや苦しみを分かち合おうと、一九九七年に発足し、現在、三十五の遺族で活動を行っています。 私は、その代表をしていて、二十三年になります。本日は、このような貴重な場所で意見を言える機会をいただいたことに心から感謝をしています。ありがとうございます。 私は、今回の改正案で少年法の適用年齢が十八歳に引き下げられなかったことについて、十分な結果だと思ってはいません。 どんな事件でも、まずは全てを家庭裁判所に送るということは、改正民法で十八歳、十九歳は大人として認めるのに、国は、罪を犯したときだけ子供として扱うことです。 逆送の範囲が広がるということですが、家庭裁判所は、少年には保護処分がよいとの判断を下す意識が高いところなので、逆送の範囲が広がっても逆送しないケースが出てくるのではないかと心配をしています。だから、十分とは思っていません。 でも、今回の改正は大切な一歩であるとは思っています。 なぜ、私たちは、これほどまでに少年法にこだわり続けるのか。それは、事件が起きてからいつも言われてきた、少年事件だからです、との一言でした。 私たちは、子供を殺された後もずっと、加害少年は可塑性に富んでいる、加害者はこれから先も生きていかなければいけない、将来があり、未熟だから保護しなければならない、そんな言葉を何度も何度も聞かされてきました。 私たちは、そのことを全部否定したいわけではありません。大切なことだとは分かっています。でも、そのことを理解するには大切なものが欠けていると思うのです。 被害者側の視点です。加害少年の罪の裏側には被害者がいることが多いです。命を奪われたり、傷つけられたりして、被害者が紛れもなくいるのです。生きたかったのに生きることができなかった子供たちがいるのです。 それにもかかわらず、加害者が自分の罪と向き合い、その重さを分かること、そして責任を果たしていくことがなされていないのが問題なのです。 未熟だから保護処分になった加害少年、将来があると大人より減刑された加害少年、ほとんどが謝罪もなく、賠償責任も果たしません。再犯もしています。一方で、少年が少年法で守られているために、親の責任を追及しようとして民事訴訟を起こしても、十八歳や十九歳は親の責任が認められない例も多いです。 私たちの経験していることは、加害者も親も逃げ得が許され、誰も責任を取ろうとしない姿なのです。だから、少年法改正を言い続けているのです。 今回の改正案に盛り込まれてほしかった適用年齢十八歳引下げのことですが、私たち会の人たちの事件を見ると、多くの加害少年たちは、自らが少年法で守られ、刑が軽くなることを知った上で罪を犯しているケースが目立ちます。 例えば、今日一緒に出席をしています、千葉県で起きた沢田さんの事件の加害少年を見ても、そう思います。 当時十九歳の少年が、保護観察中に、誰でもよかったと、見ず知らずの沢田さんの息子を死なせた事件では、取り寄せた調書の中で分かったことですが、日頃の遊び仲間、その遊び仲間も犯罪の経験があります、その仲間との話の中で、少年事件は軽く済む、このぐらいの事件ではこのぐらいの処分で済むんだと話をしていて、お互いにいろいろなことを学んでいたのです。その少年は、沢田さんの加害少年ですが、その少年は、自分が罪を犯しても軽く済むと思っていたのです。 このことが分かった沢田さん夫婦は、この少年は自分が少年法に守られていることを知った上で罪を犯したのだと確信したのです。少年法が抑止力になっていないどころか、犯罪の引き金になっているケースもあるのです。 凶悪犯罪を起こした少年ですら少年法で許されると思うのですから、軽微な犯罪を起こした少年であれば、なおさらその気持ちは強いのではないかと思います。 このことから、今回、強盗、放火、強制性交などが原則逆送の範囲に加わるということは、とても大切で大事なことだと思います。必ず入れてほしいことです。 今回の改正案で、起訴後は基本的に大人と同じ扱いになること、顔写真、名前を出すことも可能になることは当然のことであり、よかったと思っています。それは抑止力につながると思うからです。 会を設立して二十四年間、殺された子供たちにもせめて加害少年並みの権利を下さいとずっと訴えてきました。それは、悔しい思いをたくさんしてきたからです。 命は貴い、命は地球より重たいと言います。でも、被害者である子供たちの命はとても軽く、簡単に扱われたと感じ、悲しく、悔しくて、かわいそうでなりませんでした。 あのとき、事件を大人と同じように刑事裁判にしてもらっていたなら、罪に見合った罰が与えられていたなら、そして、加害者から心からの謝罪があったら、賠償責任がきちんと守られていたなら、きっと私たちはもっと違った人生があったのではないかと思っています。 二十四年間の中で、たくさんの人たちが被害者や遺族になり、会に入ってこられました。みんなが突然に大切な人の命を奪われ、それだけでも一生背負う苦しみなのに、加害者が少年というだけで、少年法で何度も壁にぶつかり、さらに、背負い切れないほどの苦しみを抱えさせられていました。 さらに、この二十四年間の中で出会った会の仲間の八人を、今日までに亡くしました。八人とも、平均寿命から考えると早過ぎます。全てが事件が原因とは言いませんが、大きな影響はあると思っています。みんな、命を削っているのです。 一緒に頑張ってきたのに、悔しさを残して死んでいった仲間たち、そして主人のことを思います。そして何より、突然に命を奪われた子供たちは、悔しい、死にたくない、加害者が憎いとも言わずに死んでいったんです。私は、いつもその無念を思います。 だから、これからも言い続けなければならないと思っています。 私たちは、今回も、これからも、少年法が改正になったとしても、自分たちの事件では取り戻すことができないです。でも、現在も、減少しているとはいっても、悲しいことに少年犯罪は起きていて、そこには、心細い思いをしながら泣いている被害者が存在しています。私たちのような苦しみを、これからの被害者に絶対味わわせてはいけないのです。私たちは、被害者の苦しい現状を知っているから黙ってはいられない、だから、言い続けていくのです。 私たちにできることは、これからも精いっぱい頑張ります。ですが、法律のことは、関係機関の方々、専門家の方々、そして何より、国民の代表である皆様に、きちんと考えてもらわなければならないのです。法律が被害者を更に苦しめることがあってはならないと願っています。 これから先、どこで事件が起こるか、誰が被害に遭うかは分かりません。もしかしたら皆さんの大切な人かもしれないのです。そのときに、こんな法律になってよかった、きちんとした法律だと言えるものであってほしいと、私は願うばかりです。 繰り返しになりますが、これからは小学校でも、十八歳になったらもう大人になるということを教えていくわけです。選挙権もできるし、義務と責任などの自覚をしっかり持つ大人になるための教育をしていくわけです。それなのに、罪を犯したときだけは、未熟だから少年として扱うということを、どう教えられるのでしょうか。考えてください。 私は、二十四年間、一家族で悩まないでと、会のみんなで頑張ってきました。一緒に悩み、泣き、怒り、今も話をし続けています。できることは何でも頑張っています。でも、みんなの胸の奥にある一番苦しい思い、どうしてもそれを和らげることはできないのです。それは、この少年法で生まれた苦しみだからです。どうぞ、この苦しみを、少しでも軽くしてもらえないでしょうか。 私は、真面目で正直でおとなしい被害者の人たちが、何も悪いことをしていないのに、苦しい思いをして生きている姿をたくさん見てきました。本来守られるべき人たちが、守られていないのです。 少年法が改正されることは、決して厳罰化ではありません。時代に合った適正化なんです。 議員の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。 ありがとうございました。(拍手)
○義家委員長 ありがとうございました。 次に、片山参考人にお願いいたします。
○片山参考人 皆さん、こんにちは。 今日は、こういう機会をいただきまして、ありがとうございます。片山徒有と申します。 私は、一九九七年の十一月に、息子の隼という男の子を交通事故で失った被害者遺族になります。その事件については、当初不起訴だったものを、いろいろな方のおかげで目撃者を捜し、再捜査に持ち込み、最終的には有罪処分、有罪判決を受けたという経験を持つ、ちょっと変わった手続を経た交通事件の被害者遺族でございます。 いろいろなことをそのとき考えました。どうして被害者は生まれてしまったんだろう、そして、被害者を少なくするためにはどうしたらいいだろうということを一生懸命考えました。そこで注目したのが、日本の犯罪白書、そこに見る、いわゆる一般的に言う再非行、再犯という数値だったんです。日本の再非行、再犯の数値、再入所ともいいますけれども、私の思っているよりも非常に高かったという現実がございました。 そこで、日本の矯正教育について関心が芽生えました。一度目の犯罪あるいは非行によって出てしまった被害者は致し方がないとしても、きちっとした矯正教育を施すことによって、二度目、三度目の非行は出なくなる、つまり被害者が出なくなるんじゃないかなというふうに考えたわけです。 非常に御縁をいただきまして、いろいろな少年院、刑務所から、指導者として関わってみないかというお話をいただきまして、約二十年間、今まで四十施設にわたる少年院、刑務所にお邪魔させていただきました。 全体講話もありますけれども、グループワーク、グループ指導といった形で個々の内面に潜む問題を一緒になって考えるというケースも担当させていただきました。もちろん、個別指導もございます。その中で、当初は、被害者を出してしまった人なのだから、当然、凶暴だろう、あるいは悪質だろうという思いがあったわけですけれども、実際に会って話を聞いてみると、そういう当初の予想は本当に間違いだったということを、自分を恥じ入りました。子供たちは、純真であり、誠に純粋過ぎるからこそ非行に至ってしまうんだということが分かってきました。 少年法は甘いのではないかという指摘があります。私も当初はそう思っていたこともあります。ところが、そうではありません。少年法は心の中まで入ってくる法律だというふうに言われています。 実際に、少年院では、様々な作文を書かせたり、いろいろな指導の中で、二十四時間、法務教官がつきっきりでその子たちのことを考えています。表面上の謝罪や言い逃れはできないような仕組みになっておりまして、非常に厳しいプログラムがそこにあるということは、是非先生方にも御理解いただきたいというふうに思います。厳しいといっても、暴力を使うとか、そういうことはないわけですけれども、あくまで個々の問題性に照らし合わせて一番ふさわしいプログラムを書く。 例えば、日本の少年院は、いろいろありますけれども、少年院の特性に合わせたスポーツの種類を考えてみたり、あるいは作文の種類をいっぱい書くような少年院をつくってみたり、いろいろな形で少年院は工夫をして、再非行をしないように、それから、少年たちが健全育成をするようにということを心がけていることが私もよく分かってまいりました。 最初私が訪れた少年院というところは、いわゆる中等少年院というところでございました。粗暴犯、中には人に大変な重傷を負わせてしまった子供たちもいたわけですけれども、私は一生懸命、自分の子供、あるいは近所の子供たちが同じような目に遭ったらどういう気持ちになるだろうということを考えました。何回も通っているうちに、自分の子供がここにいたらどういう気持ちになるだろうというふうに変化してきました。つまり、その子たちの問題というのは、その子だけの問題ではなく、社会市民である私たちの問題でもあるということに気がついたからです。 そこで、実際に、子供たちの親代わり、兄代わりとなっている法務教官と一緒になって、立ち直り教育について一生懸命努力させていただくようになりました。法制度が変わって、刑務所でも教育ができるようになりまして、法務教官が教育専門官となって刑務所でも行われるようになってきました。少年刑務所でも同様です。 刑務所と少年院の違いを端的に申し上げますと、人数の違いが圧倒的に違います。少年院には、十人、二十人という施設もあれば、四十人というところもあります。せめてそのぐらいの人数が少年院の規模です。ところが、刑務所になりますと、一千人あるいは二千人という定員のところもございます。私が今担当させていただいている刑務所は、いずれも千人規模のところでございます。 被害者の視点を取り入れた教育というプログラムがございまして、被害者問題についての理解、それから内省を深めさせるようなプログラムがございますけれども、少年院でごく少数で行うものと千人を対象に行うものとでは、当然、内容も質も異なるものでございます。ですから、表面的には確かに刑務所での更生教育も効果を上げていることと推測はいたしますけれども、もっともっとやり尽くしたい、もっともっと手をかけたいという問題があるわけでございます。 今回、法制審議会では自由刑の在り方についても議論されたというふうに承知をしておりますけれども、一日も早く、今の刑務所、刑務作業よりも教育を優先していただけるような仕組みをつくっていただきたいというふうに考えております。 私個人としては、そのようなところから、少年事件は、年齢を引き下げるよりも引き上げた方が好ましいのではないかというふうに考えるようになりました。この理由は単純です。人間の平均寿命が長くなっていること、人生百歳時代だというふうに言われている中で、二十歳が成人として果たしてふさわしいかどうか。確かに、民法の規定からいって十八歳になるというのも一つは理解できるわけですけれども、海外では、様々な事柄について個別に成人年齢が違うことが普通だということも聞いたことがあります。 一般的に考えて、大学を卒業する二十三あるいは二十六歳ぐらいまでを少年として見た方が、むしろすんなりと理解ができるのではないかなというふうに思っております。現に、医療少年院では二十六歳まで収容できるということになっておりますので、あながちこれは不適当な答えではないというふうに考えております。 また、今回の法改正には、日本弁護士連合会を始め、元裁判官、元家裁調査官、元少年院長、日本児童青年精神医学会、それから少年法改正に反対する刑事法研究者の方々も反対声明を上げておられます。つまり、専門家の方々が自ら声を上げるということは、これまでに余りなかったことです。それほどまでに、少年法の持つ保護主義を大事に思ってほしい、少年を粗末に扱わないでほしいということの表れではないかというふうに思っております。 あと、被害者支援と少年の立ち直りは両立できるのかという問いがよくあります。私は両立できるというふうに思います。 被害者支援でいいますと、私は今、あひる一会という自助団体の代表も務めさせていただいておりますけれども、日常生活が送れるようになるところが一応エンドラインというふうに見ております。どのような方でも、当初は大変落ち込んでおられ、社会を非常に不信感で見ておられた方でも、時とともに回復に至るということが一般的だというふうに思います。 その中で、少年事件であれば、四十九日審判と言われている、極めて短時間で審判が終わってしまうために、自分の意見が言えなかった、情報が開示されなかったなどの不満点、不審点はあろうかと思いますけれども、その後もケア、サポートすることにより、例えば、修復的司法的なアプローチで被害者と少年との間を取り持つこともできますし、様々な形で回復軌道に乗せていくことは可能だというふうに考えております。 それから、被害者感情も多様であるということは、是非御理解いただきたいというふうに思います。被害者というのは、誰が被害者になるか分かりません。ですから、同じ御遺族の中でも意見相違というのはいっぱいあります。御家庭の中でお父さん、お母さんが意見が違うということも多々ありますし、お子さんが亡くなった場合、そのごきょうだいがまた違う意見を述べられることもよくあります。そういうことから、世間で言われているような被害者像というのはとても強固で、悲しくて、つらくてということが前面に出てくるわけですけれども、その陰に隠れて、そういうことではないことをアピールしたいという被害者もいるということを、是非御理解いただきたいというふうに思います。 ある支援事例で申し上げますと、私たちは、大々的に被害者支援キャンペーンをして、加害者が見つからない事件だったものですから、何とか情報提供をというふうに思ったわけですけれども、御遺族の中から反対意見が出ました。就職を控えている、結婚を控えている、そういう御家族がおられたものですから、なるべくそういうことはやらないでほしいというふうに言われました。ですから、なるべく穏やかな形で支援をするように心がけまして、何とか無事に支援活動は継続することができました。 実際、長期間にわたる被害者支援をしておりますと、様々な問題が起きるものだということは是非御理解いただきたいと思います。 具体的に、法案について少し触れさせていただきたいというふうに思います。 今回、法制審議会で三年以上にわたる議論がありまして、私も注目しておりました。 当初は、引下げではなく引上げにしてほしいという要望書を出したわけですけれども、実際に法案になってみたものを見ますと、いろいろ問題となる部分が多いのではないかというふうに気がつきました。 対象事件については、少年法六十二条で見られるように、組織的詐欺などの事案が含まれるというようなことが書かれておりました。これは、暴力団や組織的なグループの中で、末端の少年が使い走りをしているうちに含まれてしまうものだというふうに理解しております。 もちろん、安易にアルバイト感覚で応募してしまう少年にも落ち度があるわけですけれども、それを例えば検察官送致にする、そして実名報道をするということは非常に問題となっていくのではないかというふうに思います。 それから、虞犯少年の切捨て、少年法の六十五条に相当するものだと思いますけれども、これも大変問題ではないかというふうに思います。虞犯少年というのは、社会の中で居場所がない、あるいは家庭の理解がないというようなところから、僅かな非行を繰り返し、あるいは何かの形で反社会的なことをしてしまうことにより虞犯として処分をされる、保護されるというケースがあると思います。 これは、はっきり言って、被害者としても認めてあげてもいいぐらいに気の毒な方々が多いと思います。実際に、私も少年院で虞犯で入ってきた少年と触れ合ったことがありますけれども、今までよく生きていたなと思うぐらいにつらい経験をされてきたお嬢さんでした。 それから、今回の法案で一番の問題だなというふうに感じたのは、推知報道禁止の解除でございます。これは、少年法六十八条に相当するものだと思いますけれども、一度報道された情報は消えることがありません。新聞社はきちんとした対応をされるんだと思いますけれども、いわゆるSNSを中心とした新聞記事を一部引用したような形でのサイトは、一生消えることがないんじゃないかと思います。 御存じのように、SNSを中心とした報道によって自殺をする人まで出ている時代ですので、情報の公開については是非禁止をしていただきたいというふうに思います。非常に、こういうことはレアケースという形でごまかしてはいけないわけでございまして、誰一人取り残さない方針で、たとえ少数だとしても、五十五条移送で少年院に帰ってくる少年もその中には必ず含まれているわけですから、問題性をやはり共有していただきたいなというふうに思っております。 あと、職業制限につきましても、これは前科前歴がつくということも踏まえて、問題が多いのではないかというふうに考えております。 少年は希望を持ち、将来就きたい仕事を見つけます。私もついこの間、日本看護師協会様に電話をして、こういう形で看護師希望になった人が将来看護師に就けるのでしょうかというふうにお尋ねをしたところ、前科前歴がついてしまうということは、看護師資格の受験資格はあるかもしれないけれども、免許は与えられないだろうというお答えでした。 将来希望をする仕事に就けないということできちんとした道を歩めないことは、大変悲しいことでございます。そういう悲しい少年を一人でも増やさないようにするのが少年法一条の精神だというふうに私は思います。 行為責任についての考え方についても少しお話をしたいと思います。 これは、シンプルな話として、少年は子供だからゆえに少年非行を犯してしまうんだと思います。 国が、あるいは社会が子供の親代わりとなって面倒を見ていくということがどれほど大事なことなのか。これは、例えば東日本大震災も含め、コロナウイルス感染症の事柄も含めて、地域がきずなを持って支えていく日本ということを考えますと、非常に重要な視点だというふうに思います。子供たちを切り捨てることによって達成できる正義というものは、あり得ないというふうに思っております。 少年事件の根本は少年法にあると思いますけれども、その原点である保護主義の理念を変える必要は全くないというふうに私は思います。少年が加害者であったとしても、よい出会いの下に、未来を見据えていく人として立ち直ることができます。結果として、心からの謝罪、これも生まれてくるだろうというふうに思います。 私の経験で言いますと、少年審判の頃までに内省が深められている少年は、まずおられないのではないかと思います。少年院に入って、そこで頭を冷やして内省を深めて、法務教官との出会いがあり、様々なことを考えることによって、初めて謝罪、反省ができていくんだと思います。 そういうことも踏まえまして、是非、厳罰主義ではなく、保護主義で少年法を完結していただきたいというふうに私は強く切望いたします。 以上で終わります。ありがとうございました。(拍手)
○義家委員長 ありがとうございました。 次に、須藤参考人にお願いいたします。
○須藤参考人 駒沢女子大学の須藤でございます。本日はよろしくお願いいたします。 本日、このような機会を与えていただいたことに大変感謝しております。 お手元にパワーポイントのレジュメ資料を用意してございますので、それを御覧いただきながら聞いていただければというふうに思っております。 私、長らく家庭裁判所の調査官の仕事をしておりまして、二〇一〇年から現在の大学の方で大学教員をしております。大学の方に移りましてからは、刑事事件の心理鑑定、専門的には情状鑑定と申しますけれども、情状鑑定を通じ、少年の刑事裁判にも幾つか携わっている経験がございます。 そんなところを踏まえて、今回の改正案について家庭裁判所の実務にどのような影響が出るのだろうかと、特に特定少年をめぐる調査と処遇を中心にお話をさせていただきたいというふうに思います。 最初に、現在の、現行法の仕組みをある程度確認させていただきますけれども、少年法の目的そのものは、少年の性格、環境に関する調査を通じて非行の原因を明らかにして、それに相応する処遇を講ずるということで、将来の再非行を防止し、その健全育成を期するということになっているかと思います。そのために、非行事実だけではなくて、その背景にある様々な事情、そこをきちっと調査し、しかも科学的に調査するということで、家裁調査官の社会調査及び少年鑑別所の心身鑑別というのが行われているということです。そうした科学的知見が教育主義とか個別性を基本原理とする少年審判で活用されているというのが、現状ということになります。 では、社会調査はどういうことなのかということですが、社会調査というのは、少年に対してどのような処遇が最も有効、適切であるか、これを明らかにするため、つまり要保護性に関する判断のために行われる、これが少年法の実務講義案ということで、研修所のいわゆる教科書的なものとして使われているものですけれども、そういうふうに言われております。 要保護性につきましては伝統的に三つの要素があるというふうに言われておりまして、再犯危険性、矯正可能性及び保護相当性ということになっております。こうしたことについて、科学的な犯罪危険性の予測、それから教育的可塑性、教育的な働きかけによって変わり得る可能性、それから少年の持つ将来の可能性、ここについては、本人の問題だけではなくて、本人の持っているポテンシャリティーというか長所というか、そういったところも踏まえてアセスメントをしていくということになるわけです。 調査の指針につきましては、少年法の九条に記されているように、人間行動科学の知見を活用するということと、少年鑑別所の鑑別結果、これは心身鑑別といいますけれども、これを活用するということになっておるということです。 社会調査の基本的な方法としては、面接というのが基本となっているわけですけれども、その中で、外形的な事実、それから心理的な事実、本人の主観的な事実、様々な事実を多面的に捉える事実の調査を行うということになります。ただ、それだけではなくて、その面接調査の中で、本人が行った非行行動、それから、被害者又は被害者の御遺族に与えた影響、そういったところも考えさせるというアプローチもしております。これを教育的働きかけとか教育的な措置というふうに呼んでおります。その中で、ケース・バイ・ケースですけれども、心理テストを行って、本人の中の様々な傾向とか問題点、若しくは本人の長所、そういった点についても明らかにして、その点を本人に伝えるといったことも行ったりもします。 それから、面接調査のほかには、社会奉仕活動等の様々な教育的プログラムが家庭裁判所には用意されておりまして、法務参考資料、こちらの百五十五ページに東京家庭裁判所のプログラムが示されているかと思います。 それから、保護者の監護能力を高めるような働きかけもしております。いろいろな働きかけがありますけれども、例えば、指導に自信を失っている保護者、疲弊している保護者等もいらっしゃいますので、そういった保護者に対しては十分ねぎらったり、あと、保護者の御努力の中でとても有効かと思われるところを拾い上げ、エンパワーメントしていくというような形で保護者に関わったりもしております。 それから、教育的措置は、試験観察の中でも行われております。試験観察といいますのは、中間的な処分と言われておりますけれども、一定期間、本人の様子を見て、要保護性の判断をしていくために用いられるということです。通常、三、四か月で、最終的には審判で結論を決めるということになります。 次に、少年鑑別所の心身鑑別でございますけれども、少年鑑別所には、心理を専門とする法務技官、それから、監護を担当する法務教官、こういった専門家がおりまして、面接や心理テスト、それから行動観察、さらには医師の診断、こういったことを総合的に勘案しまして、鑑別結果通知書というのを作成し、それを家庭裁判所に提出するということになります。 家裁調査官が行う結果を少年調査票という報告書にまとめられ、さらには、そこに鑑別結果通知書が来る。これらは、一冊のファイル、ファイリングされまして、それを社会記録と呼んでいます。こういったものが裁判官の要保護性判断の重要な資料となっているということです。保護処分となった場合には、執行機関にこの社会記録が引き継がれるということです。次の七ページを見ていただきますと分かるように、執行機関の間をこの社会記録が行き来するということでございます。 さて、特定少年に関する実務上の問題点について申し上げます。 十八歳及び十九歳の者につきましては、従来の家裁への全件送致、これを維持する一方で、原則逆送事件を拡大しております。それから、保護処分の選択においては、犯情を考慮するといった刑事事件の量刑概念が持ち込まれているわけです。これまで、犯情という概念は、家裁の実務の中ではなかった概念です。 この十八、十九歳の者が十分に成熟しておらず、可塑性を有する存在と位置づけながら、こうした特定少年としての特例というのは、現行法における少年の問題性に応じて処遇していく、そういう柔軟さを失わせる、つまり硬直化をもたらすものではないかというふうに考えております。この点について、後でまた申し上げます。 それから、この犯情概念等々含めてですけれども、社会調査とか心身鑑別にも影響を与えていく。更に言うと、教育的措置や試験観察といった機能を後退させるおそれもあるというふうに考えております。 まず、原則逆送事件の対象の拡大ですけれども、いろいろな方から御指摘が出ているかとは思いますけれども、非常に、対象事件の非行態様とか、それから原因というのは多種多様でありまして、いわゆる犯情の幅が広いという言い方をされるんでしょうが、こういったことからすると、現在の非行の実情から申し上げますと、その処遇効果というのがとても疑問が出てくるということです。 それから、ただし書によって保護処分もあり得るということになっておりますけれども、いわゆる平成十二年改正の少年法二十条二項の実務からある程度明らかになっておるんですけれども、いわゆる犯情といった外形的な事実、これが重視されまして、ただし書の解釈も、特段の事情というくくりで限定的になっている現状があります。 それから、社会調査とか心身鑑別に関して、これは弁護士等からですけれども、内容面の形骸化とか個別性の軽視という側面が生じているという指摘もございまして、同様の問題が生じる可能性があるかなというふうに私も思っております。社会調査に関しては、全てがそういう形骸化しているとは私は思ってはいませんが、刑事事件の鑑定を通じて、実際の現在の社会調査の少年調査票を拝見する機会が数多くありますけれども、残念ながら、そういう指摘が当たっているような報告書も散見されるというところがあります。 対象事件について、現状を若干触れさせていただきますと、強盗については、いわゆる押し入り強盗というのは少なくて、万引きやひったくり、こういう事件の関連で被害者に傷害を負わせてしまったため、そのために強盗の認定になったというケースがございます。 それから、強制性交ですが、性衝動や怒りのコントロールなどが主たる要因となっておりますけれども、その背景になっているのは、不適切な養育環境や親子関係、例えば虐待とか、そういった背景があって、それゆえに発達上の課題を抱えている少年が数多くおります。 次に、現住建造物等の放火に関しては、知的な問題や未成熟さ、これが背景にある事例が多いわけです。こういう知的な問題、それから精神的な未熟さ、これに刑事罰がどの程度対応できるのか、甚だ疑問であるということです。 次に、保護処分における犯情概念の導入です。 犯情は、成人の量刑、つまり刑事責任の軽重を基礎づける概念です。一方、少年司法における保護処分というのは、非行事実を踏まえた上で、要保護性を基準として決定されるということになります。先ほどの試験観察もそうです。そうした保護処分の本質と犯情概念は本来相入れないものではないかというふうに思います。 犯情の概念が処分の上限を示すものであって、実質的に変化はないと見る考え方があるかもしれませんけれども、要保護性の観点が後退するのは明らかであろうというふうに思われます。 社会調査や心身鑑別において、これがどうなるかということですけれども、実務家は、与えられた法の枠組みで最善を尽くすというふうに努力すると思います。ただ、従前と変わらぬ適切な分析がなされたとしても、それが調査官の処遇意見とか少年鑑別所における心身鑑別の判定意見にダイレクトに反映されるとは思えないわけですね。つまり、分析結果と意見の乖離が生じるだろうということです。結果として、社会調査と心身鑑別の形骸化をもたらすのではなかろうかというふうに懸念を持っています。 仮に、犯情の調査の方に社会調査や心身鑑別がシフトするとすれば、それは、内容は従来のものから相当貧弱なものにならざるを得ないというふうに思われます。 犯情に基づいて、保護観察とか少年院の期間が限定されるわけです。これも大きな問題で、処遇の柔軟性が失われていくというふうに思います。 ここで例を挙げますと、例えばということで、帰住先の調整に時間を要する少年がいる、そういった場合に、現行では、収容継続によって仮退院中の保護観察期間を確保して、スムーズな社会復帰が図れるような対応がなされているということになります。重大事件の少年の多くは相当環境上の問題を抱えていて、実際の少年院の教官からも話を伺うと、帰住先の調整というのは非常に困難だということです。社会的な受皿が、現在、そういう社会的なインフラと申しましょうか、そこが十分でないような現状において、こういったことが非常にできないまま社会に戻すということが起きかねないのではなかろうかというふうに思っております。 その他、十八、十九歳に対する試験観察や教育的働きかけの減少といった問題も生じる。更に言うと、これは余りこれまで指摘されてはいないと思いますが、十八歳に近い十七歳の少年の調査と処遇、そこにも影響を与えてくるということです。 ちょっと図示しました。次のページを見てください。特定少年の試験観察は減少するのかということです。 試験観察は、本来、要保護性の判断をするため、分かりやすく申し上げますと、少年院か保護観察か、どちらがふさわしいだろうと、迷うケースもあるわけです。そういったケースを、社会生活を送らせながら調査官が定期的に面接し、必要な教育的な働きかけをする。その結果として要保護性が判断されて、保護観察なのかそれとも少年院なのか、こういったことが最終的な審判で決定されるというのが現行の仕組みです。 ところが、審判では犯情の軽重を考慮してということで、このところが連続性がないわけですよね。そうすると、十八、十九の少年については試験観察が行われなくなるのではなかろうかというふうに思うわけです。 更に言うと、下を見ていただくと、十八歳近い十七歳、例えば十七歳十か月、この十七歳十か月の少年が、十七歳のうちに審判を受けるのであれば従来の形で処分が決まっていくということになりますけれども、この本改正案だと、処分時の年齢が十八、十九であればということになっておりますので、十七歳例えば十か月、十一か月の少年に対して試験観察を果たしてするんだろうかという、こういったところにも影響が出てくるというふうに考えます。 最後に、虞犯を対象から外したことについて申し上げます。 法務省の矯正統計二〇一九年版、それによると、虞犯で少年院に入所したのは、男子で十八歳七人、十九歳七人、女子で十八歳三人、十九歳一人というふうになっております。 それから、法務委員会の資料の百九十一ページに虞犯事件の処分が出ていますけれども、八六・八%ですかね、保護観察を含めた、少年院若しくは保護観察、いわゆる保護処分ですね、保護処分に付された虞犯の少年は八六・八%と極めて高い割合になっています。これはどういうことかというと、それだけ様々な手だてを加えなくちゃいけない問題を抱えている少年が多いということです。 虞犯の多くは、家庭的な問題を抱えて、薬物に依存したり、時には暴力団の被害者になったりする事例も散見されます。 御承知のように、十八歳になりますと児童福祉法の適用が離れます。こうした少年たちを保護する手だてとして、現行の少年法がある意味最後のセーフネットとして機能していたわけですけれども、これを失うことになるのではなかろうかというふうに思います。むしろ、これは弊害が大きいというふうに考えます。 最後に、保護処分は、教育を柱として、社会的なつまずき、その他の問題を抱えている少年たちの健全発達を促すものであると同時に、犯した罪に向き合わせていく作業でもあります。決して、その罪を許すとかというものではないということです。少年法は甘いという言説が流布されがちではありますけれども、決してそうではないということを是非御理解いただきたいなと思います。 当然、非行は加害行為でありますけれども、その一方で、多くの少年というのは、被虐待経験とかそういった被害者的な歴史を背負っているということです。少年院に収容された、虐待を受けた経験がある少年というのが、例えば男子少年は二八・三%です。女子少年は四三・六%と、極めて高いパーセンテージを示しています。 したがって、こういうことを踏まえますと、いわゆる厳罰化だけ、責任を問うだけのアプローチは効果がないと考えていますし、この効果測定については世界的にも様々な研究がございますけれども、私が知り得る限り、厳罰の効果があるという研究のエビデンスはありません。ですから、少年の中にある被害者性も十分取り扱っていくことが必要であるというふうに考えます。 これは、誤解していただきたくないのですが、決して加害者の面を許容せよと言っているわけではなくて、そうしたことを通じて、それが真の意味での反省に結びついて、被害に遭われた方や御遺族への贖罪につながるというふうに考えるからです。刑罰が決して子供たちの成熟を促進するわけではないということです。こういった点も踏まえて御審議していただければ幸いです。 ありがとうございました。(拍手)
○義家委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の方々の御意見の開陳は終わりました。 ―――――――――――――
○義家委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 なお、一時より衆議院本会議がありますので、申合せの時間、答弁の時間も含めて、考慮していただきますよう、よろしくお願いいたします。 質疑の申出がありますので、順次これを許します。中曽根康隆君。
○中曽根委員 自由民主党の中曽根康隆でございます。本日は、質疑の機会をいただきまして、ありがとうございます。 また、四名の参考人の皆様、大変御多忙の中、お越しいただきまして、また、今大変貴重な御意見をいただきましたこと、まず御礼を申し上げたいというふうに思います。 今回の少年法の改正案というのは、結局のところ、十八歳、十九歳をどう見るかという非常にセンシティブな問題でありまして、今お伺いした皆様の御意見も、どれも当然納得できるものであります。どの視点に、どの立場に立って見るかによって結論も変わってくるという、様々な観点から総合的に考える必要がある問題であるというのを改めて今感じたところでございます。 過去の経緯を考えてみますと、既に公選法の改正で選挙権は十八歳以上に与えられており、また、民法の改正で、来年の四月、成人年齢が十八歳に引き下げられるということになっている。平成二十八年に施行された改正公選法の附則には、このように書いています。少年法と民法については必要な法制上の措置を講じると明記されているわけでありますけれども、現在のこの十八歳、十九歳を取り巻く社会情勢の変化を踏まえてみますと、本来は少年法も民法に合わせて線引きをそろえるべきであるという意見も多数あります。 今回のこの特定少年の位置づけというのは、民法上は親の監護権を離れた成年であるにもかかわらず、少年法においては、先ほどから出ていますけれども、保護原理に基づく、国による後見的介入を認められている少年となるわけです。要は、処罰対象としての成年になるのか、又は更生対象としての少年になるのか、ここが非常に曖昧であり、中途半端な位置づけになっていると感じている人も多いと思いますし、ここが恐らく一番の意見の分かれ目の基というか、考え方の違いにもつながっているんだというふうに思います。 民法上の成人で、選挙権も与えられて、契約も自由にできるような立法で、罪を犯したときだけ少年と扱われる。この十八歳、十九歳は、先ほどから述べているように、一体大人なのか、子供なのか、ここが極めて中途半端な扱いになっているのが現状だというふうに思います。こういった状況を、被害者、そしてその御家族の皆様、また国民がちゃんと納得するかというのは、ちょっと懐疑的なところも正直あります。 この適用年齢の引下げには、十八歳、十九歳の更生、これを阻害するという反対意見ももちろんありますけれども、一方で、先ほど武参考人もおっしゃいましたけれども、二十歳未満なら少年法に守られるし、名前も顔も報道されないからといって、犯罪に手を染めるケースもあるわけです。これを大人と同じ扱いにすれば抑止力につながるという考えも、当然あるわけであります。 そこで、川出参考人そして武参考人に質問させていただきますけれども、今述べたように、法制度全体を通じた整合性を考えれば、この少年法の適用年齢も成人年齢に合わせて十八歳未満に引き下げるのが妥当という議論もあります。近年の世論調査を見てみても、七割、八割という方がこれに賛成しているというデータも出ている。このような状況で、あくまでも将来的に、この適用年齢の引下げを、継続してやはり検討をしっかりしていかなきゃいけないというふうに思いますけれども、これについての御意見を伺いたい。 特に、武参考人においては、やはり推知報道の一部解除とか、又は逆送の拡大、これが一部抑止力につながるということは評価していただいているというふうに先ほどお伺いいたしましたけれども、やはり、民法上成人なのに罪を犯すときだけ少年になること、又は少年法を利用している少年がいるという、その憤りというのは消えないというふうに思うんですね。 そういった意味でも、少年犯罪の被害者として、今後の適用年齢の引下げ、そういったことも含めて、率直な御意見をいただきたいというふうに思います。
○川出参考人 先ほど申し上げましたように、民法の成年年齢が十八歳になったということとの関係で考えると、少年法の保護原理が適用されないということですので、そこからすると、少年法の適用から外すというのが、私自身は、最初はそれが論理的だろうと思っておりました。 ただ、先ほども申し上げましたように、少年法の適用対象とした上で、しかし保護原理が適用されないということを認めるのであれば、一つの法形式としては今回の改正法案というのはあり得るだろうということですので、その上で、じゃ、今後、何というんですかね、法形式として少年法の適用対象から外すかどうかということは、更に国会で考えておいていただくべきことであろうというふうに思っています。
○武参考人 私も先ほど申したように、民法が十八歳に年齢引下げになりますし、もちろん選挙権はもう数年前からありますので、罪を犯したときだけ少年法で扱われるというのは、どうしても納得できないんですね。 私も、法務省でありました法制審議会、少年法の改正の話合いの中で、三年半出席していまして、最初は年齢は引き下げるのが当然だという流れで、だけれども、十八歳、十九歳の少年であってもまだ未熟な子がいる、だから、その少年たちをどう救い上げるかという話で進んでいたわけです。 ところが、どうしても年齢までは触れないということになりまして、仕方なく、正直なところ、仕方なく納得をしないといけないという状況になっていました。 だけれども、今回の改正をまず一歩として、これがないことには先に進めないわけなので、この法案を通していただくことによって、私は、数年後には年齢引下げもできるというか、あり得るというか、絶対してもらいたいというか、そういう思いでいっぱいです。 加害少年たちはよく知っています。どこを知っているかというと、自分は犯罪を起こして、十八歳だから守られるのか、いや、顔が出るのか、名前が出るのか、その見える部分だけをよく分かっているんです。少年法の中身をすごく分かっているわけではないです。罪が重くなるのか、いや軽くなるのか、すごく分かりやすいところ、私も、自分の息子が事件に遭うまではそうでしたが、何というんですかね、大きな部分しか分からないんです。 だから、やはり年齢を引き下げるということには、顔も出る、名前も出る、責任を自分に持たなきゃいけないという、大きな抑止力に私はなると思います。もちろん、でも教育は大事だと思います。刑罰だけを与えてほしいと言っているわけではないです。加害者に、その責任である刑罰を与えた上で、教育もしっかりしてくださいと言っています。そして、加えて言えば、被害者の視点を取り入れた教育も、その施設に入ったときから入れていただきたいということ、これにつながるということを信じています。 ありがとうございました。
○中曽根委員 ありがとうございます。 適用年齢引下げの議論は、これで終わりじゃなくて、引き続きやっていかなきゃいけないですし、やはり被害者の視点というものを第一に考えて、これからも議論していかなきゃいけないというふうに思います。 次に、片山、須藤両参考人に質問させていただきますけれども、今回の改正では、この逆送の対象拡大が行われることによって、少年の非行性が除去されないとか、また更生の機会が与えられないまま社会に戻されるというような意見もあります。その一方で、今回、少年の改善更生そして立ち直りに一定の機能を果たしてきた家庭裁判所の調査又は審判機能というのをしっかりと十八歳、十九歳にも活用していくために、引き続き、少年法をこの十八、十九には適用して、家庭裁判所への全件送致の仕組みが維持されることになりました。 このことについての評価を、お二人から一言ずつお伺いしたいと思います。
○片山参考人 よろしくお願いいたします。 私は、検察官送致対象事件が拡大されたことについては反対の立場を取っております。そもそも少年事件は少年審判で終わるべきだというふうに私は思っておりまして、わざわざ検察官送致にして大人と同じ刑事裁判を送るルートをつくることが、少年のためにもならず、ひいては被害者自身のためにもならないというふうに考えております。 なぜかといいますと、大変時間がかかるからです。少年審判というのは、大変時間を迅速に終えて、早く回復軌道に乗せるというのが特徴だというふうに聞いております。中には、四十九日審判と言われるぐらいに、とても早い時期に審判が終わる、そして更生プログラムに乗せていくんだということがうたわれております。 これは私も最初はびっくりしたのですけれども、実際に施設に行ってみると、それが非常に機能的に行われていることがよく分かってまいりました。 ところが、検察官送致になって、また刑事裁判が始まり、あるいは、今回、五十五条移送といって、また家庭裁判所に戻ってくるルートも残っているわけですけれども、そういったことを繰り返していくと、とても、実際の立ち直りまでに時間がかかってしまいます。 ですから、少年事件に限っては少年審判で最初から終わらせるということが全く妥当だというふうに考えております。 以上です。
○須藤参考人 ありがとうございます。 全件送致が維持されたということは大変評価しておりますけれども、先ほど申し上げたように、その犯情概念というのをどのように取り扱うのかというのは、大きな問題になると思います。 家庭裁判所では、従来の社会調査をしっかりやってというような言い方をよくされますが、ただ、社会調査というのは、要保護性の調査だということを先ほど来申し上げています。ですから、犯情をどのように考えていくのかということと要保護性の調査というのが、一概につながらないわけですね。 そうすると、結局は、外形的な事実、つまり手口とか結果とか、そういったことで処分の枠組みが決まっていくことになるのではなかろうか。そうすると、相対的に、要保護性の調査という価値が下がっていく。 だから、先ほど申し上げた二〇〇〇年、平成十二年の改正で、若干その社会調査について批判を受けているのも、その辺りの構造的な問題が実はあるんだろうというふうに考えております。その点が一番懸念をしております。
○中曽根委員 ありがとうございます。 ちょっともう時間が来ていますので、最後に一問だけ、武参考人にお伺いしたいんです。 推知報道についてなんですが、先ほどから申し上げているとおり、一定の抑止力にはなると。ただ一方で、先ほど片山参考人からもありましたけれども、今の時代、ぶわっとネット上で拡散されて、半永久的に残ると。そういったことによって、加害少年に与える影響も非常に大きいですし、その子が反省したとしても、社会復帰の機会というのを大きく損なう可能性もあると。 こういったことについて、被害者の会を代表されている立場でどのようにお考えか。特に、これはもう少年としてでなく、成年として、犯した罪の代償というふうに割り切られているのかどうか、そこら辺、お伺いしたいと思います。
○武参考人 推知報道のことですが、顔写真が出たり名前が出たりすると就職がしにくい、そして、立ち直りの機会を奪ってしまうということをよく言われて、もちろん、そういうことはあると思います。悪いことをして、何かを起こした少年であるわけですから、ハンデはあると思うんですね。だったら、やはり悪いことをしたんだから、より努力が大事だと思うんですね。それを教えていないことに問題があると思います。 私は、いつも思うことは、名前が出たら就職がしにくい、自分は立ち直れないという、それを理由にさせていると思っているんです。それを理由にさせてはいけないと思います。あなたは悪いことをしたんだ、それだけのことをしたんだから、より努力をしなさい、それでなければ社会は受け入れないんですよという厳しさを、やはり教育の中で取り入れるべきだと思うんですね。それが、私は、欠けているので、理由にさせてしまっていると思っています。 もう一つ言えば、被害者側、皆さんも御存じのように、少年犯罪の被害者の名前、どんどん出ます。もちろん、社会的に大きな影響力のあるような事件であれば、被害者の名前をどうしましょう、出した方がいいのか、いや、出さない方がいいのか、考えていただく機会があります。でも、私たちの会の人、みんな最初から出ています。うちの場合は出してくださいとお願いしましたが、やはり出せない人もいるんです。でも、どんどん出て、ネットにも載ります。事実だけが載るわけじゃないです。誹謗中傷もあります。そして、女の子であれば、本当に面白おかしく報道されているんです。 でも、その中で、私たち被害者はどうしているかというと、事件のせいにしている暇なんてないというか、事件のせいに本当はしてもいいはずなのに、そうじゃなく、一生懸命、頑張って生きているんです。 犯罪に遭ったことで、私たち遺族の側でも、仕事になかなか行けなくなり、休みがちになると、職を失う人もいる。いろいろな人がたくさんいるんです。しんどいことはたくさんあります。でも、それを理由にしていないんです。私はいつも、私たちの会の人、被害者の人、すごいなと思います。それを理由にせず、物すごい思いで頑張っているんです。 その反対の加害者はどう言うかというと、先ほど言ったように、このせいで自分たちは社会に出られないとか仕事に就けないとか言うわけです。いや、就けます。法務省の中では、加害少年を受け入れる会社もたくさん集まっていて、プロジェクトができています。だけれども、続かないことが多いんです。 だから、もっともっとそういうことを加害者に教えるというか、そういうことが足りていないことが原因だということを分かっていただきたいです。 ありがとうございました。
○中曽根委員 以上で質問を終わります。 参考人の皆様、ありがとうございました。
○義家委員長 次に、吉田宣弘君。
○吉田(宣)委員 公明党の吉田宣弘と申します。 今日は、四人の参考人の皆様に、本当に貴重な御意見をいただきました。本当に心を打つ御意見をいただきました。本当にありがとうございます。 私は福岡県に住んでおりますが、昨年の八月に少年事件がありました。どのような事件かと申しますと、福岡市の商業施設で、事務のアルバイトの女性、二十一歳の女性なんですが、この方が刺殺をされました。行為をした人は中学生、十五歳でございます。 現時点でどのように手続が推移しているかといいますと、家庭裁判所に一応送られた後に、検察官送致をされて、現時点では裁判員裁判の下、一般の成人と同じ裁判手続が進められているとお聞きをしております。 この被害者のお母さんが次のようなコメントを、弁護士を通じて出しておられるんですね。どういうコメントかというと、娘に会いたい、声を聞きたい、帰ってきて。娘をあやめた犯人が許せませんと。 そして、少年に接見をした弁護士から少年の反省の言葉をお聞きするわけでございますけれども、その言葉に対しては、上辺だけの反省を述べているようにしか感じられません、ただただ厳罰を望みますというコメントを出されておられるんですね。このただただというところに、私は、本当に被害者家族の本当の心情が込められているんじゃないのかなと思います。 そういった事件、突然紹介をして恐縮でございますが、同じ犯罪被害者の御家族であられる武参考人と、同じく片山参考人に、受け止めをちょっとお聞かせいただければと思います。それぞれ、お願いいたします。
○武参考人 済みません、話に聞き入ってしまって、もう一度お願いします。質問ですか。(吉田(宣)委員「感想を」と呼ぶ)感想ですか。その事件の感想でいいんですか。(吉田(宣)委員「はい」と呼ぶ) 私、その事件のことをよく知っていました。その少年は多分、前に犯罪を起こしていて、退院直後に起こした事件だと思うんですが、その事件を見たときに、ああ、またこういう事件が起きたかと思って、本当に悲しい思いでした。 そのときにいつも思うことは、被害者はどうしているんだろうなということをいつも思っています。今は犯罪被害者等基本法もできましたので、支援が進んでいますが、それでも被害者の人は心細い思いをしているんじゃないかと思って、とても心配をしていました。 それで、今のお母さんの話なんですが、よく理解できます。分かります。ただただ厳罰を望むという、本当に心からの思いだと思います。 ただ、私は、その厳罰化という言葉、この数年、もう何年もですね、余り使わないようにしているんですね。もちろん心の奥底はあります。加害者が憎いです。許せないから、厳罰化にしてほしいと大きな声で言いたいんですが、その被害者の感情を言ったときにどんなことが返ってくるかというと、厳罰化を望んで本当にいいんですか、少年ですよということをいつも言われてきたんです。だから、言えなくなってきたんですね。でも、私は、心の底には同じような思いを持っています。 ただ、皆さん、例えば、法律を考えてもらうとき、いろいろなことを考えてもらうときには、決して、遺族であるんですが、何とかして死刑にしてほしいとか厳罰だけを言っていると、そこだけを取り上げずに、もっと大事なことを言っているんです。例えば、教育のことも言っていれば、罪に見合った罰を与えてくださいとか、内容のことを言っているので、そこをやはりしっかり聞いていただきたいなと思います。 でも、私は、堂々と厳罰化と言ったときに、ああ、被害者は当然言っていいんですよという社会になってはいただきたいです。 ありがとうございました。
○片山参考人 私からお話をさせていただきます。 大変胸の痛い事件だというふうに思っております。実は、私は、被害者支援の団体のあひる一会という団体の代表を務めさせていただいております。そこの団体は、事件当日から被害者支援に入ったこともある、早期支援団体ではないのですけれども、極めて迅速に被害者支援をしたいというふうに考えている団体です。そこで様々な出会いがあるわけですけれども、確かに、今先生のお話しになったような生々しい御発言をされる御遺族も当然いらっしゃいます。 また、これは私の経験なんですけれども、メディアは、悲しいこと、つらいこと、許せないこと、この三つに絞って報道したがる傾向があります。ついちょっと口にしただけなのに大きな見出しになってしまうことも多々あろうかというふうに思います。大事なのは、継続的な支援、それから、早く介入する、危機介入の支援だというふうに思います。 もちろん、少年についても、事件直後ということでまだまだ本当のことをしゃべれる段階にないということは想像ができます。しかし、必ずや、少年矯正のレールに乗って、立ち直りレールに乗ることがあれば、例えば本当に私個人が担当になることができれば、きっとその少年の心を開いて、一緒になって考えていきたいというふうに考えております。 以上です。
○吉田(宣)委員 本当に真心からのお答え、本当にありがとうございます。 今般の少年法の改正の審議の前提として、法制審でこのことが議論されたとお聞きをしております。武参考人もそのメンバーということですけれども、私は川出参考人にお聞きしたいのですが、このように、法制審議会のメンバーの中に犯罪の被害者がおられるということの意義について、御所見をお聞かせいただければと思います。
○川出参考人 この法制審の刑事法関係の部会に、犯罪被害者の、遺族の方ですとか関係の方が入られるようになったのは、そんなに昔からではなくて、割合近年からなんですが、私はその被害者の方が入られる前の法制審も出ておりますけれども、やはりそこでの雰囲気というのはかなり違うものがあります。 やはり実際の御体験された方から話をお聞きするというのは、我々、全くそういうところに無知な人間にとっては非常に大きな参考になりますし、また、議論が抽象的な法律家の間だけの議論にならないという意味でも、非常に意味のあることだというふうに思っております。
○吉田(宣)委員 ありがとうございます。 今般の法案の審議にあって、私も法務委員会のメンバーということで、多くのお手紙といいますか御意見を賜りました。ほとんどが反対をするという御意見でございまして、大切な大切な法案でございますので、一つ一つ目を通させていただきました。 そこで、私が一番最初に思ったことです。そのお一つお一つの御意見の中に、被害者の皆様のお立場の御意見というものはほとんど皆無でございました。ありませんでした。これはどういうことなのかなというふうに私なりに考えると、やはり、少年法というものの歴史的な、生まれから、推移から、経緯から、これは犯罪を犯した少年をしっかり立ち直らせるため、何がそこで審判されるか、それは少年の要保護性について一番中心課題として審査される、そういったことからなのかなというふうに思っております。 しかし、今般の改正案についても広く国民の皆様から支持いただくためには、やはり犯罪を受けた被害者の遺族の方、若しくは御家族の方、関係の方の御意見もしっかり踏まえて進めなければ、私は広く国民の理解は得られないものだというふうに感じております。そういった意味においては、法制審の中で、武参考人、またメンバーに加わられて様々な御意見をお述べになられたことというのは、大切な大切な意義があると私は感じております。 そういった中でも、今般の改正案については、先ほど来、重々お話がありますが、十八歳、十九歳の方、この方も少年法のたてつけの中でしっかり対象としていく、そして、全件、家庭裁判所に送致をする。一方、原則逆送の範囲というのは拡大をしたものの、必要的逆送ということではないということ、これは大切だと思っています。 そういった今回の法案のたてつけになっていることについて、少し雑駁なお話でございますが、川出参考人に、その意義について、またお教えいただければというふうに思います。
○川出参考人 一つは、必要的逆送になっていないということですけれども、今の原則逆送制度でも、やはりただし書で、重大な事件であっても保護処分にする余地は残しているということですので、結局それは、やはり少年については、成人とは異なる形で、その要保護性に応じて改善教育それから再非行の防止という観点から対処するという、大きな枠組みというのは維持しようということですね。今回も、そこは譲れない線として法制審では議論したということです。 それで、先ほどの話に関わりますが、改正法案はちょっと違って、法制審のある段階までは、十八歳、十九歳については少年法の適用対象から外すというような方向の議論がなされていたわけですが、そこも含めてこの改正法案では、やはり少年法の枠内で対処しようというところをより強く維持されて法案を出されたというふうに評価しております。
○吉田(宣)委員 ありがとうございます。 最後の質問をさせていただきますけれども、この質問は須藤参考人にお答えいただきたいんですけれども、この法案が実施をされたら、今、川出参考人からもお話がありました、決して必要的逆送ではないというふうなところにおいて、家庭裁判所が果たす役割というのは極めて重いというふうに私は思っております。 あくまでこの法案を前提としたお話でございますので、恐縮ですけれども、この法案を前提としたときに、家庭裁判所が国民の期待を担うという意味で、家庭裁判所への期待というものについて、御所見がありましたら、お教えいただければと思います。
○須藤参考人 ありがとうございます。 御指摘のように、家庭裁判所の果たす役割というのは極めて大きいとは思っておりますけれども、ただ、この法のたてつけによって、現に持っている家庭裁判所の様々な機能というのが十分に発揮できるのかどうかということについては、大いに疑問に思っているわけでございます。 簡単に申し上げれば、十八歳、十九歳について、少年法の枠組みでありながら、刑事司法化を図っていっている。それに伴って、家庭裁判所の調査機能、それから少年鑑別所の鑑別機能というのがどこまで発揮できるんだろうか。 つまり、先ほど来申し上げている犯情の概念を導入することによって、刑罰の軽重という観点で処遇が決まっていくということからすると、本当の意味で保護処分というのが今までのように有効に機能するのかどうか。むしろ、いろいろな形で支障が出てくるのではないかといったところが私の問題意識でございまして、総論としては大事だというのは分かりますけれども、その何を大切にして、何を実行するのかというところが全く見えないというふうに思っております。
○吉田(宣)委員 四人の参考人の皆様、貴重な御意見をありがとうございました。 これで質問を終わります。
○義家委員長 次に、串田誠一君。
○串田委員 日本維新の会の串田誠一です。今日はどうもありがとうございます。 私のところにもいろいろ陳情をいただくわけでございますが、そこの中でよく言われる執行猶予の件について、まず川出参考人にお聞きをしたいと思うんです。 川出参考人の少年法の現在と未来にも、今回の改正は保護処分と刑事処分の間の関係を見直し、従来よりも刑事手続及び刑事処分の比重を高めるべきというものがあって、その中で、応報や一般予防を重視するものであると言えるということになっているんですけれども、よく陳情へ来られるときに、強盗罪に関して、二十歳、二十一歳の執行猶予率が五二・一%ですか、本来であれば少年法で適用されているところ、普通の一般事件として回されると、執行猶予になってしまってすぐに出てきてしまう、そうすると、更生の、矯正機会というのがむしろなくなってしまうんじゃないかというのを、陳情に来られる方がよく言われるんですが、その点について、参考人としてはどのようにお考えでしょうか。
○川出参考人 強盗で、従来であれば少年法の下で少年院送致になっていたものについて、それが逆送されて刑事処分になると執行猶予になる可能性がある、それはそのとおりだと思います。ですから、逆送を増やすということになれば、そういう結果が出てくることは間違いないだろうと思います。 ただ、先ほども申し上げましたが、じゃ、逆送の対象にしないで保護処分にしたという場合であっても、今回の法案ですと、それは犯情を考慮して相当な範囲内でということになりますので、今までのように、じゃ、少年院送致にできるかというと、必ずしもそうでもないと思うんですね。ですから、そこの差というのは、特定少年については違ってくるだろうということを思います。 ただ、そこは犯情の軽重を考慮して判断するという場合に、どの範囲で犯情の軽重というのは考慮されてどういう処分になるのかというのは、これから恐らく裁判所の方で検討されることになると思いますが、そこ次第で変わってくる面はありますけれども、従来と同じように考えることは多分できないだろうというふうに思います。 それから、さらに、執行猶予になってしまうということなんですが、ここはまた今回、別建てで法案が出ると思うんですけれども、その執行猶予の方の改革というのを考えていて、特に、保護観察を執行猶予の場合に今つける割合は非常に低いんですけれども、それがよりつけやすくなるような改正もありますので、そういうところで対処していくということになるのではないかと思います。 以上です。
○串田委員 執行猶予に関しては武参考人にもお聞きをしたいんですけれども、この法制審議会、少年法の、武参考人の発言におきまして、裁判所で裁判官の前でした約束というのは守らなければならないはずです、国は守らせる義務があると思うのですということで、謝罪を前提に刑が決まったりとか処分が決まっているにもかかわらず、裁判所ではそういう謝罪の姿勢を示しながら、その後連絡も取れないとか、そういうようなことが書かれていて、本当に、気持ちとして非常に私も察するところでございます。 その中で、今、陳情の中で、執行猶予という、本来、少年法であれば少年院とかでずっと矯正されるんですけれども、一般の事件になると今度、執行猶予と。まさにそのときに、裁判官の前で、いや、本当に反省していますというようなことを裁判官が酌んで、ならば執行猶予という判断をされた後に何も連絡も来なくなってしまうというようなことも想定されるような気も私はするんですが、その点に関して、武参考人としてはどのようなお考えでしょうか。
○武参考人 今おっしゃったとおり、少年審判の中でも、刑事裁判になったときでも、そして民事を起こしたら民事裁判の中でも、謝ります、加害少年は、一生償うと言います。そして、一生謝り続けると言うんですが、必ずどの少年も言うんですが、守られないです。 私は三十五家族の遺族の人たちと連絡を取り合っていて、加害少年が大体、集団暴行が多いので、百五十人以上いると思います。その中で、本当に悪かった姿で謝罪に来た少年を、まだ一人も聞いてはいないです。もちろん、言われて仕方なく来た少年は、数人ですが、います。でも、それで傷ついています。そして、何もないから、遺族から連絡を入れて、なぜ来ないんだ、約束が違うということで、またそれで仕方なく来ることはあります。だけれども、本当の姿で来る少年を見たことが、まだないです。 その少年たちは、少年院に行っていた少年もいます。少年刑務所に行っていた少年もいます。少年院の教育がよかったのか、少年刑務所の教育が足りないのか、そういう話ではなく、どちらも足りないということなんですね。だから、これは、これから考えていただく問題だと思います。 そして、もちろん、今まで少年院でやっていた犯罪が、今度、大人と扱われて、執行猶予になるということはたくさん出てくるというのを私も聞いています。だけれども、私がいつも思うのは、区別が大事だと思うんです。それは、分かりやすい区別です。自分は保護されるのか、いや、それとも刑事裁判になって公の場所で考えられるのか、その区別は大事だと思うんですね。その区別によって、どこかに歯止めができると私は信じています。 だから、もちろん、執行猶予になったら教育ができないじゃないかという意見はたくさん聞いています。だけれども、それは、先ほど川出先生がおっしゃったように、その後の別の問題で、保護観察をどうするのか、加害少年にどう教えていくのか、どう接するのか、期間はどうするのか、いろいろ考えられていますので、まず区別が、私は大事だと思います。 ありがとうございました。
○串田委員 これは本当に、少年法を改正するしないにかかわらず、裁判所で誓った約束を守るというのは、これは本当に必要なんだろうと思います。 次に、片山参考人にお聞きをいたしますが、この二〇一八年の要望書の中に、改善更生する機会を多様に準備する必要があるという御主張がありました。これは、いわゆる成人よりも若年者の方が多様な機会というものを特に用意するということが必要であるのかどうか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
○片山参考人 法務省では様々なプログラムを用意しておりまして、例えば、少年院ですと、被害者の視点を取り入れた教育というのは既に行われております。また、コレワークみたいな形で就労支援もしておりまして、様々な形で進んでいることは進んでいるんですけれども、更に進めて、被害者問題に特化して、いろいろな取組をしていただきたいということを考えております。 私は、施設内での処遇というのはある程度職員ができるわけですけれども、社会内処遇というのはまだまだこれからではないかなというふうに考えているんですね。 特に、私が今行っている修復的司法というのがありまして、被害者と、被害者を出してしまった人、それから地域住民が、一緒になってその問題を考え続ける、一定の答えが出るまで何度も何度もセッションを繰り返すプログラムがあるわけですけれども、それのように、少年が一度謝罪をするということが極めて困難な状況であったとしても、実現できるようなプログラムを導入していただきたいなというふうに考えているところです。 あとは、たまたま私は研究にも少し関わっているところもあって、海外の社会復帰施設を見学に行ったことがあるんですけれども、職業訓練をするような形で、ダイバージョンというんですけれども、罪を償う、立ち直りのプログラムを昇華する施設が民間にもございまして、かなり成功しているようにも見えました。そういうことを是非日本でも取り組んでいっていただきたいなということを考えているところでございます。
○串田委員 次に、須藤参考人にお聞きをしたいんですが、この「実務から見た少年法適用年齢の引下げ」というものの中で、先ほどもちょっとあったんですが、法定刑を厳罰化すると逆の結果になるという話を、説明もしていただきましたし、文面にも書かれているんですけれども、具体的な原因、なぜ厳罰化すると逆効果になるのかというのをもう少し、ちょっと教えていただければと思います。
○須藤参考人 ありがとうございます。 幾つか要因があると思いますけれども、これはいろいろな世界的にも研究がございまして、保護処分と刑事処分と、同じような罪で受けたときに、例えばアメリカですと、州によって十六歳と十八歳と違ったりしますので、近い州で、同じ例えば強盗とかをした場合の少年たちの、その後の再犯率とかというのを比較した場合に、むしろやはり保護処分の方が再犯率が低いということになっています。 先ほど申し上げましたように、一つは、少年たちというか、私は刑事裁判で成人の鑑定も行っていますので、共通して言えることとしては、非常にいろいろな被害者的な、先ほども述べました被害者的な歴史を一方で背負っている。被害者性といいますけれども、そういう被害意識を持っている方というのはかなり多くて、その被害意識が本人の反省を邪魔しているというふうに感じることがあります。実は、反省とか謝罪というのはとても大事だと思っていますけれども、その反省、謝罪をさせるということが非常に道のりとして大変だというところがあると思います。 ですから、そういったときに、罰を与えるだけだと、本人の中にある被害者的なものをより強めてしまって、結果的に効果が上がらない。ですから、反省を強いるということと、あと、心の底から反省をするということは全く違う。だから、そのときのアプローチをきちっと考えないと逆効果になるということを十分検討しないと、犯罪者及び非行少年の更生ということを考えたときに、そこはとても大事な視点だと思っています。これは刑事罰でも少年院での教育でも共通だと思っております。 以上です。
○串田委員 私も、本会議のときの質疑の中で、国連からも指摘されているんですが、日本の少年の貧困化というのがありまして、貧困というその境遇が、自分が今こういう状況になっているんだということで、そこの部分を理解してもらえないまま厳しい刑罰だけが科せられていくというのはどうなんだろうかというのも正直あるんですけれども、そういったようなことなのかなとちょっと思ったんです。 須藤参考人に最後の質問なんですが、家庭裁判所のプロベーション機能の低下というのがあって、余り聞き慣れない言葉だったんですけれども、要は、刑を科すのではなくて別の対応をするということなんでしょうけれども、この低下ということはどういうことが法改正によって行われていくのか、最後にお答えいただければと思います。
○須藤参考人 プロべーションというのは、いろいろな訳がありますけれども、試験とか、元々は、起源的には、犯罪を犯した人をある靴職人の方が引き取って、その人を更生させた結果、それを裁判所が考慮して処分を決めたというのがプロベーションの起源ということで、これはアメリカなんですけれども、典型的なプロベーションと申しますと、試験観察というところに特徴があると思うんですね。 つまり、非行を犯しました、そのときに、少年院なのか保護観察なのか、そこを見極める。そして、その結果として処分を決めていくという、これがまさに家庭裁判所におけるプロベーションですし、それから、少年の社会調査において、調査をする中で、いろいろ働きかけをする。一回こっきりの調査とは限らない。中には二回目、三回目と調査する場合もあります。そういうときに、本人に課題を与えて、生活の問題があればこの点の生活を改善しよう、どうだろうかということで、じゃ、頑張りますと。じゃ、二週間後、三週間後、もう一度来てね、そこでいろいろ話をしようというような、そういうのを見極めながら、最終的な調査官の集合意見を出すということをするわけです。だから、それもまさにプロベーション的な関わりということになります。 ですから、そこに犯情という、最終的な処遇が犯情の軽重によって決めるというものが入ってくれば、このプロベーション的な関わりというのはどうしても薄まっていく。それは結果的に後退だろうということで、プロベーション機能の後退につながるというふうに思っております。
○串田委員 大変参考になりました。ありがとうございました。
○義家委員長 次に、寺田学君。
○寺田(学)委員 寺田です。 質問の機会をありがとうございます。そしてまた、四名の参考人の方、本当にお忙しい中、このような機会に参加していただきまして、本当にありがとうございます。各それぞれの御専門、そして御経験の中で出されるお言葉に、本当に重い感想を抱きましたし、今回の少年法の改正は本当に大きな改正だと思っていますし、それに関わる方々の人生を大きく左右するものだと思っています。 今日、四名の方からお話を聞きましたけれども、委員長も稲田理事も階理事もそうですけれども、やはり、この法案の質疑をやる上で、国会としてどのような方から話を聞いたのかというのは非常に大事なことだと思います。個人としても様々お話を今伺っているところですが、例えば少年院に入った本人だとか、あとは脳科学をやられている方。あと、個人的ですが、多分、委員長もかなりいろいろなお考えがあると思うんです。ヤンキー先生として、本当に、いや、笑い事じゃなくて、不良少年と向き合われて、どうその子たちの心を開けていったかということが政治のきっかけだということは、ホームページも拝見しましたけれども、しっかりと当事者、関係者の方からお話を聞いて物事を進めていくことが大事だというふうに思いますので、両筆頭、委員長を含めて、御配慮をいただければと思います。 少年法は元々、元々というか、元来は、先ほど皆さんがお話しされるとおり、加害、犯罪を犯した少年の教育であったり、また、その少年自体が再犯を起こしてまた犯罪数が増えないようにというか、社会的な意味も含めたことが立法の根幹にあると思いますが、ただ、今日お越しくださいました武参考人そしてまた片山参考人からお話をいただいたとおり、加害少年及び、まあ少年に限らず、被害を受けた側の視点というものが余りにも抜け落ちているのではないかということのお話もいただきました。 武参考人がお話しされていることも、かなり自分なりにメモを取ったりして、お話をされたのをちょっと書き留めているんですが、被害者の視点が余りにも欠けているということ、そしてまた、その被害者が持つ、被害者及び被害家族が持つ苦しみを解放してほしいということをお話をされました。 資料としていただいた新聞記事等も含めたあれなんですが、家庭裁判所においてかけられた言葉であったり、警察の段階でかけられた言葉であったり、記事の紹介をすると、家裁では、これは家裁として当然の役割だとは思うんですが、ここは事件の事実関係を扱うのではなくて、少年が今後生きていくことを考えるところだと言われてしまったと。私も息子がおりますけれども、同じ立場になったときに、このような声をかけられたときに、行き場のないというか、自分の子供を忘れ、被害に遭って命を落とした子供が軽んじられているかのような言葉になっているなということ、家裁がいい、悪いではなくて、本当にそういう意味ではお言葉を重く受け止めますし、警察では、少年犯罪は点数にならないから捜査に力が入らないとはっきり言われたという話。けしからぬことだと思うんです。 なので、今回議論する上で被害者の視点というのは非常に大事だと思うんですが、法案のみならず、それを囲む環境というものがどのようなものであるのかということが被害者の視点にとって一番大事なことというか、大事なことの大きな一つでもあるなというふうに思っています。 武参考人が今日お話をされていた中で、加害少年に対して、しっかりと責任を果たしてほしいと、そしてまた、再犯を減らして、同じ苦しみを持つような人をできるだけ減らしてほしいというお話をされました。まさしく今回のこの少年法の改正が、武参考人が言われたような責任をちゃんと果たせるような仕組みになっているのか、誘導する形になっているのか、そしてまた、再犯を減らして、同じ苦しみを持つ人を一人でも減らすことに結果としてつながるのかというのが、今回の少年法を考える上で、被害者の視点に本当に寄り添っているかどうかということだと思うんです。 責任を果たしてほしいとお話をいただいた中で、人に言われるのではなくて、心からの謝罪をしてほしいと。先ほどもお話の中でありましたけれども、多くの加害少年の例を出される中で、人に言われて仕方がなくではなくて、心から反省して自ら謝罪に来た少年は一人もいませんでしたというお話でした。 今回の少年法の改正自体が、本当に被害者の立場に寄り添って考えるのであれば、一人でも多くの罪を犯してしまった少年が被害者及び被害遺族に対して心からの反省を述べられるか、その気持ちに立てるかどうかが大事なことだと思うんです。そういう意味で、私自身は、この少年法の改正が、被害者家族及び被害者の方々にとってそのような責任を果たすような誘導ができるかどうかという点では、私は非常に心配をしています。 いろいろ、私も、犯罪を犯した当事者及び少年院に入っていた方々の話を聞くんですが、記事の中で、戦慄かなのさんという、多分芸名だと思いますけれども、お話をされていました。 十六歳から二年間、女性ですけれども、女子少年院に入っていました。少年院では、内省、自分を省みるということですから、内省という自分と向き合う時間がすごく多く、それを文章にしますと、先ほどお話ありましたけれども。ここからが私は本当に大事な言葉だなと思ったんですが、少年院を楽な刑務所という人がいますが全然違います、ある意味少年院の方がつらいと思う、自分の行動や自分と嫌でも向き合わなくてはならないから、刑務所は満期になれば出られるけれども、少年院は内省できないと無理です、私は非行に走りましたが、法律は抑止力になりませんでした、法なんて気にしなかったことがあります、少年法の改正をする前にと、いろいろな言葉をつながれています。 先ほど言われたとおり、本当の意味で心から反省をし、被害に遭われた方々に心からのおわびをする、それが通じるかどうかは様々だと思いますが、そのような導きができるかどうかが、私は、少年法にとって、今回の改正にとって最も肝の部分だと思っています。 片山参考人にお話をお伺いしたいんですが、少年院と刑務所、先ほど簡単にお話をいただきましたけれども、どのような違いがあって、本当の意味で心からのおわびを導き出す誘因というのはどちら側にあるのかということを、是非とも、サポートする活動をされる中で導き出された結論というか、お考えを述べていただければと思います。
○片山参考人 ありがとうございます。 私の経験では、刑務所、少年院、どちらも伺っております。 特に少年院で記憶に残っているのは、まさに心からの謝罪ができるかどうか、このテーマを最初に考えたのが少年院でした。個別の事例はともかくとして、多くの少年の人生を見ていく中で、普遍的なテーマは何かということを考えたんですね。それは、その子たちが幸せになること、つまり、少年法第一条の精神にのっとって健全育成がなされることだというふうに私は理解をしました。 一方で、刑務所でも同じような被害者の視点を置くということで、協力を担当させていただいています。多い施設が千九百人、中ぐらいの施設でも千人を対象に教育を行います。私一人で一遍に千人、一遍に千九百人はなかなか難しいのですけれども、それでも職員の方と工夫をしながら様々な教育をしています。 特徴が違うのは、年齢層が違うことです。二十そこそこの方もいます、少年事件から逆送になって刑務所に入ってくる人もいます、八十、九十の御高齢の方もいらっしゃいます。それぞれの方にやはり同じように、これからの人生、幸せに生きるためには何が必要なんだろうと問いかけをします。その中で、やはり可塑性の高い少年、つまり少年院にいる少年たちに語りかける言葉と成人の施設で語りかける言葉では、質と内容は大きく違います。 あと、刑務所ですと刑務作業が主になりますので、その空いた時間を使って教育活動をすることになります。そのほか、入浴の時間、運動の時間、様々な決まりがありますので、網目をかいくぐるように教育の時間を確保していただいているのが現状です。少年院ですと、一日中教育に時間を使うことができますので、例えば、グループワークができたり、別の形で個別指導ができたりというような形で様々な教育をすることができます。この取組は大きく違います。 あと、職員の質も違います。刑務所は保安が大事ですので、夜間は、教育専門官は自宅に帰って、施設にはおられません。少年院は、二十四時間体制で法務教官が終始見守りをして指導をします。夜中でも、困っている子供があれば声をかけることもあると聞きます。 そのような形で、二十四時間、子供たちのことを考え指導をする、立ち直りを願う施設と、何千人という多くの方と一緒に暮らす中で教育を考える教育とは、全然質が違うというふうに思います。 以上です。
○寺田(学)委員 ありがとうございます。 少年法の法改正のその他もろもろたくさんの部分はこれから行われる審議の中で議論をしたいと思うので、今日は、本当に、来ていただいた皆さんからお話をと思っています。 あと、武参考人の方から、先ほど、責任を果たすという言葉の中で、本当に、もう一個具体的に、いろいろ、今、心からの謝罪をちゃんとしてほしいんだということをお話もありましたし、あと、もちろん、お金で解決する問題であるとは全く思っていませんけれども、ただ、それの一つの形としての賠償金をしっかり払うということもままなっていないと。 今回の少年法の改正自体が、心からの謝罪であったり、そしてまた、本質的とは言わないまでも、一つの形である賠償金をしっかり被害に遭われた御遺族の方にお支払いをしていくということが担保されるのか、より拡充されるのかというと、甚だ、私は今回、本当の意味での被害者の、武参考人の述べられたお言葉をおかりする中で、果たしていけるのかなと。 賠償金の話も、私も十分存じ上げている立場ではありませんけれども、明石市の方が賠償金の立替えの制度をつくったりと。 なので、私個人としては、本当の意味で被害者の立場に立ち、置き去られたその立場というものをしっかりと回復していく、少しでも寄り添っていくためには、今回の少年法の改正自体が十分それの役割を果たすとは思えませんし、時によっては、心からの謝罪を導き出すまでもなく、また社会に戻ってしまうのではないかなということの強い懸念があります。 このような懸念に対して、武参考人の方から、何か御意見があればいただければと思います。
○武参考人 私もとてもそのことは心配をしています。私たちがいつも言っていることは、刑事裁判、民事裁判、審判の中で、一生謝る、償うと言った、国の機関の中で約束をしたことを果たさないことを国が許しているというか、知っているだろうに知らない顔をしているということがとても残念なんですね。だから、私は度々この話をするんですが。 今回のこの改正で、本当の謝罪を受けられるとか賠償金を払うようになるかは本当に分からないですが、つながりはすると思っています。この改正をきっかけに、教育の在り方、少年院の在り方、少年刑務所の在り方、又は刑務所の在り方、そして保護観察の在り方、全てが関連してくるので、今、それぞれが考えるきっかけにはなると思っています。 だから、私はすごく期待をしています。でないと、本当に泣き寝入りなんですよね。被害者の人たちは泣き寝入りで、命を削りながら生きているというのを私は見ているものですから、是非これが第一歩となって、それに生かされてほしいなと強く願っています。 ありがとうございました。
○寺田(学)委員 時間となりましたので。 武参考人が書かれた言葉の中に、少年法について、すばらしい法律だ、十分機能しているという声がありますが、本当にそうなのでしょうか、少年法には、少年が犯した罪に向き合って更生する仕組みが足りていないと感じていますと。 私自身、アプローチが様々あると思いますが、私は、参考人が言われた、本当の心からの謝罪であったり、しっかりとした形としての賠償金の支払いであったり、そしてまた、再犯を防いで、同じような気持ちになる方を一人でも減らすためにどうやっていったらいいのかということをこの少年法を通じて議論し、結論を導きたいと思っていますので、四参考人とも、今後とも御指導いただければと思います。 ありがとうございました。
○義家委員長 次に、藤野保史君。
○藤野委員 日本共産党の藤野保史です。 今日は、四人の参考人の皆さん、本当に貴重な御意見をありがとうございます。早速質疑に入らせていただきたいんですが、まず川出参考人と、そして須藤参考人にお伺いしたいと思います。 先ほど川出参考人が、今回、同じ保護処分という言葉でも、特定少年の場合は保護主義ではなく行為責任に基づくものになるというふうにおっしゃって、その保護処分も、行為責任の範囲内でのみ行われる、正当化根拠が違うという言い方もされました。ということは、今回、言葉は同じ保護処分なんですが、特定少年についてはより刑事処分に近づいていく、こういう理解でよろしいでしょうか。
○川出参考人 正当化根拠が異なるというのは、保護原理ではなくて、いわゆる侵害原理と言われますが、法益を侵害したことに対する非難として一定の権利の制約をする、そういう原理に基づくものですので、その意味では、従来の保護処分とは違って、刑罰に近づいたと言われればそれはそうだと思います。 ただ、目的としては、それは刑罰等が、応報が主だと言われますが、そうではなくて、あくまでその対象者の改善更生を図るということが目的ですので、その意味で、その点では保護処分と共通している。そういう意味では従来の保護処分と共通している面がありますので、その点では元々法制審で考えていた新たな処分というものを引き継いでいるということだと思います。
○須藤参考人 ありがとうございます。 結局のところ、保護処分といっても、従来のような保護処分の機能は果たし得るのかというところに大きな疑問を持っているということであります。ですから、先ほどの刑事法的な発想を持ち込んでというようなことであれば、そこにおいて保護観察の期間も定められるし、上限が定められるし、少年院も定められるし、それによって、これまで行ってきた保護処分よりは、まあ私見になりますけれども、明らかにその保護処分の機能は後退するだろうというふうに考えています。
○藤野委員 続いて、須藤参考人にお聞きしたいんですが、お配りいただいたこのパワーポイントの中で、こういうくだりがありました。ただし書によって、保護処分もあり得ることになるが、二〇〇〇年改正以降における少年法二十条二項の実務から明らかなように、犯情といった外形的な事実が重視され、ただし書の解釈も限定的になっているという御指摘がありました。 私もちょっと調べてみたんですが、例えば二〇〇〇年の改正以降に、二〇〇四年に出された裁判所職員総合研修所の総研所報という、これがあるんですが、これはまさに二十条二項の該当事件についての指摘をしていまして、そこにはこうあるんですね。刑事処分以外の措置の許容性を検討するに当たり考慮すべき事項は、事案の重大性に着目して原則検察官送致と規定した法の趣旨を踏まえると、何よりも事案に関する事情であるということになると。その後に、少年の資質及び環境に関する面から見れば刑事処分以外の措置を選択したいと考える事例もあろうが、そのことのみをもって処分を決めることができるものではなく、あくまで事案に関する面を中心とした検討の結果、特段の事情が認められた場合でなければならないことに留意する必要がある。 要するに、こういうふうにしなさいというように裁判所職員総合研修所の、出ておりますし、二〇〇七年にはこういうことも書いているんですね。平成十九年度少年実務研究会というのの中に、刑事処分以外の、要するに保護処分などが多いと思うんですが、刑事処分以外の措置を相当と認める特段の事情の存否の判断においては、少年の性格、年齢、行状及び環境などの事情については、犯行動機の形成や犯行態様に深く影響したと認められる範囲で考慮するにとどめるべきというふうになっておりまして、要するに、犯罪に着目しろと。それ以外、その背景とか、今保護処分のときに考えているようなものは極めて限定的に考慮するにとどめるべきだというふうに書かれておりました。 ですので、もちろんばらつきがあると思うんです、こういう方針が出ても、家裁の調査官がしっかり調査される場合もあるでしょうし。ただ、ばらつきが出ていて、先生が配っていただいた資料の、「世界」の、二〇一二年の中では、先生自身の思いとして、二〇〇〇年以降、こういう意見の欄に書くところの最後のところがつらいんだと。要するに、逆送の部分でというお話がありました。 ですので、今回の法改正によってそのつらさが増すんじゃないかと思うんですけれども、その点についてはどのようにお考えですか。
○須藤参考人 ありがとうございます。 二〇〇七年当時は、私、研修所の教官もしていましたので、その経緯はよく存じ上げております。 御指摘のとおりだと思っていまして、一二年改正のときにこういう少年法の二十条二項が設けられたけれども、家裁の調査官は調査を尽くすんだということで、当時の私も、そういう調査を尽くすんだということに取り組んでまいりました。 ただ、先ほどおっしゃられたように、いわゆる少年法二十条二項においては、二段階論といいまして、そういう特段の事情がない限りは保護処分は認められないということなんですね。そうすると、要保護性の調査をしっかりしても、そこが処遇意見に帰結していかないという、そこが出てくるわけです。なかなか、その外形的な事実を重視しておりますので。 結果的にどういうことが起きるかというと、少年調査票の意見欄、これはよく笑い話みたいな形で言われますけれども、読んでいくと、非常に詳細な調査をして、分析されて、そうすると、あれ、これは保護処分かなというふうに、読み取る弁護士とかは思う。そうすると、最後の数行で、しかしながら、本件は二十条二項該当事件だから検察官送致であるというような書き方になってくる。 この辺が実は家裁調査官の調査をしているところのつらさというか、要するに、保護処分の許容性というのは、他の要保護性に関しては科学的な調査の中で論理的に導くことができますけれども、許容性というのは、ある意味、価値判断に関わることなので、調査官の調査の中で、科学的に許容性がある、ないということが導き出されないという、そこが根本的な問題としてはあるだろうというふうに思っています。
○藤野委員 いわゆるこれは死亡事件、死亡が起きた事案についての場合でありまして、今回、それをかなり広げるわけですね、短期一年以上と。短期一年以上に広げて、更にこういう形で、要するに、周辺事情はいいんだ、犯情だけ、犯情の軽重、文言上も犯情の軽重しかないんですね、六十四条には。 ですから、今回、ここで既に実務として行われているようなものがかなり広い犯罪に広がっていくとなりますと、きめ細かな個別性というものが本当に影響を受けるのではないかというふうに、ちょっとお話も聞きながら思いました。 あともう一点、須藤参考人にお聞きしたいのは、この十六ページに、十八歳に近い十七歳の少年というお話があって、大変興味深く聞いたんですが、これについて、ちょっともう少し詳しく教えていただけますか。
○須藤参考人 犯情を考慮するというのは、処分時の年齢ですね、たしか、この改正案ですと。 ですから、ここで示した十七歳十か月、十一か月の少年の調査を、例えば私が調査官として調査しますといったときに、要保護性の調査をしっかりするわけですね。そこから処遇意見を出すわけですけれども、実際には、本人、十八歳になったときに審判するとすれば、犯情の軽重ということで、例えば、保護観察なりでも、当然に、通常の保護観察ですと二十歳までということになりますから、それで十八歳数か月だと二年間ということになりますけれども、そこで犯情の軽重で期間が決められるといったことになると、本来の本人の問題性を解決するために保護観察にするわけですから、そのためにはこれぐらいの期間が必要だということが当然にあるわけですけれども、そこの要保護性の判断と犯情の軽重というところがかみ合わなくなる。そのときに犯情の軽重の方が多分優先されるということになって、じゃ、何のために社会調査をするのかといったところの問題までなってきます。 更に言うと、十七歳の少年たちに対しては、いろいろ、本当に可塑性が富んでいますので、試験観察ということが十分活用されるということを期待されるわけです。 そういったときに、じゃ、十七歳十か月、十一か月の子に試験観察をしました、そして、三、四か月後、十八歳一か月、二か月のときに審判をします。そのときに犯情の軽重で処分が決められるというのは全くかみ合わないおかしな事態になってきて、それだったら、要保護性の調査は、試験観察はしないで、現時点での要保護性の判断で、本来はもう少し試験観察で要保護性を見極めて処分した方がいいというケースもあるわけですけれども、それはそうしないで審判するという、急いで十八歳になる前に審判するという事態になって、これは全くもって実務がおかしな形になりやせぬか。 ですから、十八歳、十九歳の問題だけでなくて、十七歳の少年の調査とか処遇にも必然的にこれは影響が及ぶんだということを知っていただきたいと思っています。
○藤野委員 ありがとうございます。 本当にそういう点では、これは少年、いわゆる処遇全体に大きな影響を与えるというふうに実感をいたしました。 引き続いて、武参考人とそして片山参考人にお聞きしたいと思うんですけれども、やはり、犯罪被害者の人権保障、そして犯罪被害者のケア、これは本当にまだまだ不十分な面が大きいと思います。しっかりやるべきだと私たちも考えております。 その上で、今回の法案が、被害に遭われた方やその御遺族への真の意味での反省と謝罪につながるのか。先ほど同じ質問があったんですけれども、私もちょっとお聞きしたいので、改めてお二方に御見解をいただければと思います。
○武参考人 私は、今回の改正案が第一歩だと思うので、これが改正にならないとやはり先に進みにくいと思うので、まずは改正していただいて、関連のことがたくさんありますので、教育の問題、もちろん教育の問題が大きいんですけれども、少年院に入った直後から、少年刑務所に入った直後から、刑務所に入った直後から、被害者の視点を入れた被害者からの聞き取りをして、状況の聞き取りをして、そしてそれを加害者側に、教育に生かすというのを、最初の入った時点からそういう視点を取り入れることが大事だと思うんですね。今まではそういうことをされていないので、そういうことに今回つながると私は思っています。 だから、それが真の反省につながり、又は、損害賠償を請求した人であれば、計画まで立てるとか一緒になって考えるとか、それをどう続けさせていくかという教育もしていくわけですから、そういう被害者に対しての謝罪や被害弁償の、そういうことに私はつながると信じています。 この法案が通ることによって、私たちの会の人ですけれども、みんなが私と同じ考えであって、この法案が通ることをとても望んでいて、国がこうやって一つ一つ少年法の改正案を考えていくということが励みというのはおかしいですが、やっとそういうことをしてくださるようになったというのを一つずつ私たち遺族は感じることができるんですね。 だから、今日も私は会の人に行ってきますと言ってきたんですが、こういう場所でこういう被害者のことが取り上げられながら法案が考えられていく、このこと自体が生きる力になります。そして、又は加害者の教育につながった場合には、何というんですかね、国を信じられるというか、国の法律を本当に信じたいわけです。だから、ああ、やっと法律は、国は、被害者のこともやっと振り向いてくださって考えてくださったって、そのことを本当に、国の法律に、何というんですかね、取り残されている感がとても強いので、それは私は少しずつでも回復できると思うんですね。つながると思っています。信じています。 ありがとうございます。
○片山参考人 矯正の中のことというのはなかなか外部では知れ渡っていないことが多いと思うのですが、この際ですから、少し補足をさせていただきたいと思うのですが、被害者の視点を取り入れた教育というものは少年院でも刑務所でも両方とも行われています。それは日本中どこの施設でも行われております。それは全て大変すばらしいものだというふうに思っております。 この国においては、再犯防止法というのができまして、職業のあっせんであるとか居場所の確保、この中で、一般改善指導といって、規範意識を持ってもらうということも行われるようになってきて、私も関わっています。 非常に、今回の法案に照らし合わせてみると、それがどのように変わるのかということなんですけれども、例えば推知報道の禁止解除につきましては、少年の持つ被害者性が強調されてしまい、より内省が深まりにくくなってしまうのではないかという危惧があります。加えて、職業選択の自由が狭まるということですね。それが、前科前歴がつくことによって自分の就きたい仕事に就けなくなるということ、それによって自分の被害者性が強まってしまう、それによってより心からの謝罪ができにくくなるなど、これは弊害の方が大きいのではないかというふうに思って、反対の意見を表明させていただいているところでございます。
○藤野委員 ありがとうございました。今後の法案審議に生かしたいと思います。 終わります。
○義家委員長 次に、高井崇志君。
○高井委員 国民民主党・無所属クラブの高井と申します。 今日は、四人の参考人の皆様、本当に貴重な御意見をありがとうございました。 本当に、今日のお話を聞いていて、難しい法案だなとつくづく感じます。被害者の御家族の方でも意見が分かれるところもありますし、今、我が会派でももう既に議論を始めていますけれども、大変激論で、賛否両論の激論があります。 そんな中で、ちょっと私が、最初に片山参考人にお聞きしたいんですけれども、ただ、この法案のプロセスがちょっと残念だったんじゃないかなということがありまして、片山参考人は六月に意見書を出されていると思うんですけれども、六月二十九日ですね、森法務大臣や法制審会長宛てに。 これはどういう意見書かというと、実は、法制審で議論している途中に、六月二十四日に、自民、公明両党の実務者が検討する案というのが新聞に出たということで、ちょっと与党の皆さんがいる前で言いづらいかもしれませんけれども、その意見書には、法制審の議論が続けられている中で、法案化に向けた結論を提示することは、法制審への口出し、政治介入と取られても仕方がない暴挙だと言わざるを得ないという大変厳しい御指摘。 私はもう本当にそのとおりじゃないかなと思いますが、改めて、ちょっと、この意見書を提出された思いをお話しいただけますでしょうか。
○片山参考人 ありがとうございます。 法制審議会には度々意見書を出させていただいておりましたが、その頃は非常に緊迫感が伝わってきておりまして、三年以上にわたる議論がそろそろ終盤に近づいているというような情報も伝わってきておりました。そこで、様々な報道を読んでみますと、与党の先生方がプロジェクトチームをつくって、少年法の今後について話し合われているということを新聞で読みました。それを見ますと、微妙に、非常に重要な部分が差異があるということに驚きまして、法制審議会で十八、十九歳のことを、その時点では正確に、少年扱いにするということは明言しておられなかったわけですけれども、与党PTの方の御意見によると少年扱いになる、この辺の大きな違いは非常に大きなことではないかというふうに考えている次第でございます。 少年法一条の精神を全ての法案に適用するのかしないのかということは根幹に関わる問題ですので、これはここだけに絞って、是非、要望書をお出ししたい、意見書をお出ししたいという気持ちでお持ちしたわけでございます。
○高井委員 やはり、その法律の順番として、政府、しかも法制審というところで三年かけて議論してきたことが、ちょっと先取りするように政治が決めて、実際、法制審もその後止まったというか。 それから、ちょっと次、川出先生に法制審に出ていられた立場からお聞きしたいんですけれども、審議が止まるというか、与党の結論を待つような状況にもなり、また最終的な答申も、最終的な立法は政府に任せる、法務省に任せるというような、ちょっとやはりこれだけ議論している中で、もちろん最後は、法律ですから、立法府が決めるんですけれども、まずは専門家、有識者が案を出して、それを政府が決めて、そして最終的には立法府が決めるというのがやはり順番であると思いますが、その辺り、法制審で議論されていて、当時、与党からそういうふうな案というか、出てきて、どのように受け止められたか、率直なところをお聞かせください。
○川出参考人 与党から出されたあの案というのは、法制審でもたしか参考資料として出てきたと思います。そういうものはあるということで、我々としては議論をしました。 最終的な結論で、少年法の適用対象年齢を引き下げるかどうかは立法府に委ねるということになっているんですが、あれは結局、あの法制審の段階で、どっちにするかというのはもう決められる状態じゃなかったので、そこはある意味オープンにしたということです、結論としては。 ですから、そういう与党案が出たので、それに合わせて何か結論を出したというものでは、少なくとも私の認識ではありません。
○高井委員 分かりました。 これは、また改めて政府に聞こうと思いますけれども。そういう法制審からなかなか結論が出なかった部分を、じゃ、どうやって最終的に法務省が決めたのかというのは非常にやはり重要なことだと思いますので、聞いていきたいと思います。 それでは次に、私、武参考人がおっしゃった言葉が非常に重要だなと思っていまして、保護観察中の少年が少年法で守られていると分かっていて犯罪を犯してしまう、やはりこれはあると思うんですよね。やはり、非行の少年の中には、少年法というので守られているんだというのは、かなりもうそういう認識があると思いますし、やはりそこを払拭しないと安易に甘えになってしまいますから、ここは重く受け止めなきゃいけない御発言だったと私は思います。 あと、川出参考人からも、法制度全体の整合性、やはり民法との関係をどう取っていくのかということも大変重要な、でも一方で、少年法の役割も非常に大きいと。確かに犯罪率も減少傾向にあるし、私は、少年法の、家庭裁判所やあるいは少年院の役割というのは非常に重要だし、そこを否定するものではないので、そこのバランスをいかに取るかということの中で、ちょっとこれも川出参考人に伺いたいんです。 川出参考人も、最初は少年法から外すと思った、特定少年という概念をつくるんじゃなくて、この十八歳、十九歳は外すと。外しても、私は、少年法のいい部分というか、例えば、家庭裁判所とか少年院のいい部分を取り込むという知恵はあったんじゃないかな、そうすることによって、武参考人がおっしゃったような懸念はなくなる、少年法から一旦外れるということでね、そういう知恵はあったんじゃないか、今でもあるんじゃないかと思いますけれども、川出参考人、いかがですか。
○川出参考人 おっしゃるとおりで、少年法の適用対象から外した上で、その手続とか処分について特別な措置を定める、それは十分あり得る制度だと思います。それが、私自身は、その方が制度としては分かりやすいかなというふうに思っていたんですが。 ただ、少年法の今の手続とか、試験観察なんかも含めて、そういったものを十八歳、十九歳の者についても適用するということをより説明しやすいという意味では、少年法の適用対象年齢を維持するという選択肢もあり得ただろうというふうに思います。 ですから、法的な、法形式としては両方あり得た中で、今回の改正法案は適用対象年齢を維持するという方向を取ったんだろうと。その上で、最初に申し上げましたが、保護原理が十八歳、十九歳の者については適用されないというところを維持されるのであれば、私自身が考えていた意味での整合性ということは保てますので、それも一つのやり方としてはあるんじゃないかというふうに考えています。 〔委員長退席、伊藤(忠)委員長代理着席〕
○高井委員 今の御発言を聞いて、ますます法務省に、どうしてこういう結論に至ったかというのは明確に聞かなきゃいけないなと思いましたけれども。 それでは、同じ質問を須藤参考人にもお聞きしたいと思うんですが、家庭裁判所で経験された、働かれた経験で、やはり、今私が申し上げたような、少年法の枠組みから一旦外すけれども、しかし、家庭裁判所とか少年院とか、いい部分は制度として当てはめるということがいいんじゃないかなと私もちょっと個人的には今思っているんですが、それはまずいというか、やはり少年法の枠組みに入っていないと実際できないものなんでしょうか、家庭裁判所や少年院の役割というのは。
○須藤参考人 ありがとうございます。 現行少年法がきちんと機能しているという、そういう評価はいただいているとは思うんですね。その中で、なぜ十八歳、十九歳について、今おっしゃるような、例えば引き下げて別の手続を取るかというのは、それは、要するに、その必要性がどこにあるのかということを十分御議論する必要があるんじゃなかろうかと思っております。 ですから、まず引下げありきで、それで、法制審の議論を見ていますと、引下げするという前提で、そこでいろいろな問題が出てくるわけですね。結局、十八歳、十九歳の比較的軽い罪を犯した人たちについては、起訴もされないで、全部、何も手当てがなく終わっているじゃないか。一方で、家庭裁判所の現行であれば、軽い万引きとかそういった、軽い万引きというか、万引きのような比較的軽微な非行と呼ばれるものでも必ず家裁調査官が調査して、必要な手当てもするし、あと、場合によると、要保護性が高い場合には少年院送致というのも視野には入ってくると。 そういったことができないので、失われて、これはまずいぞと。じゃ、家庭裁判所が今やっている手続を損なわないように何かできないかというふうに加えていこうとしたのが、あの法制審の議論だったように私は思っています。 ですから、議論の順番が逆なんじゃないかというふうに思っています。
○高井委員 分かりました。 それでは、最後に同じ質問を武参考人と、それから片山参考人に、あと三分程度なので一分半ずつぐらいで。 今申し上げましたとおり、少年法の枠組みからは外すけれども、少年法のいい部分は制度として残すという、法制的にどこまでできるかというのはあるんですけれども、大きな考え方として、そういうことであれば、両者のいいところを取れるというか、折衷案というか、よりよいものになるんじゃないかなと感じるんですけれども、お二人のお考え、いかがでしょうか。 〔伊藤(忠)委員長代理退席、委員長着席〕
○武参考人 私も、そのとおり、そういうふうになった方が分かりやすいし、それを望んでいました。 ただ、正直な話、法制審議会に出席をしていまして、その会議の中でも、やはり反対意見が結構、強い反対意見があったんですね。だから、なかなか結論には行かないというか、そういう空気はずっと感じていたので、どこかで折り合いをつけなきゃいけないというか、収めなきゃいけなかったんだろうなというのが私の感想です。 でも、本当は、私は、年齢は引き下げて、引き下げた上で救い上げられるものを救うって、今までの家庭裁判所の仕組みのようなことをして救うということが本当に分かりやすいと今も思っています。 だから、そうなってほしいなとは思っていますが、今は、まずこの法案を通して、それにつなげていただきたいです。一気にはやはり難しかったです。残念でしたが、一気にはいろいろな問題があり過ぎて難しかったので、これをまず法案を通していただきたいなと思います。 ありがとうございます。
○片山参考人 私は、少年法の理念はとても大事だというふうに思っておりますので、全くいじる必要はないというふうに考えております。 ただ一方で、成人の事件につきまして、特に高齢者の方の受刑生活を見ておりまして、非常に、これは保護精神にのっとって受刑された方がよりふさわしいのではないかというふうに感じることが多々ございます。 したがいまして、少年法の理念を、むしろ高齢者にも適用するような方向で拡大していく方がよりふさわしいのではないかというふうに考えているところでございます。
○高井委員 まだ時間、ありますね。じゃ、もう一問、聞いて大丈夫ですね。 それでは、最後に、これは川出参考人にお聞きしたいと思うんですが、片山参考人から、やはり推知報道の解除は、今のSNSがこれだけ普及した中でどうかという御意見があったんですけれども、私もそこはちょっと同感で、やはりSNSのこれだけの普及を考えると、今ここでやるのはいかがかと思うんですが、法制審にいらっしゃってそういう議論があったか、あるいは個人の見解でも結構ですが、お聞かせください。
○川出参考人 そういう弊害が生じ得るというのは、そのとおりであります。 推知報道の話は、結局、やはりその一方には表現の自由とか知る権利の問題があって、それから、他方に、少年の今後の改善更生、社会復帰という問題、そこのバランスをどう取るかという問題で、その中で、今回は十八歳、十九歳の者について、やはり、中間層として位置づけられて、かつ、起訴されて、公判で、もう公開の法廷で審理がなされている、そういう状態にあるにもかかわらず、なお推知報道を禁止するということが、バランスの問題としてどうなのかというところから結論を導いたものですので、これも、論理的にそうなるべき問題というよりは、そこの政策判断として今回の形が取られたんだ、そういうふうに評価しています。
○高井委員 大変勉強になりました。ありがとうございました。
○義家委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。 参考人の方々には、貴重な御意見をお述べいただき、誠にありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時十三分散会