国民生活・経済に関する調査会 第2号
- 発言数
- 97 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 2019/02/27
会議録
○会長(増子輝彦君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、中野正志君、徳茂雅之君、アントニオ猪木君及び中泉松司君が委員を辞任され、その補欠として進藤金日子君、平山佐知子さん、松川るいさん及び藤木眞也君が選任されました。 ─────────────
○会長(増子輝彦君) 国民生活・経済に関する調査を議題といたします。 本日は、「あらゆる立場の人々が参画できる社会の構築」のうち、「豊かな国民生活の実現に向けた環境の整備」に関し、「地域コミュニティの充実」について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。 御出席いただいております参考人は、日本福祉大学大学院特別任用教授野口定久参考人、社会福祉法人佛子園理事長・公益社団法人青年海外協力協会会長・一般社団法人生涯活躍のまち推進協議会会長雄谷良成参考人及び特定非営利活動法人チュラキューブ代表理事中川悠参考人でございます。 この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。 御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして誠にありがとうございます。 本日は、皆様方からの忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願いいたします。 本日の議事の進め方でございますが、まず野口参考人、雄谷参考人、中川参考人の順でお一人二十分程度御意見をお述べいただいた後、午後四時頃までを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いをいたします。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、野口参考人からお願いをいたします。野口参考人。
○参考人(野口定久君) 日本福祉大学の野口でございます。本日は、この調査会に参考人としてお呼びいただき、光栄に存じております。 それでは、私の方からは、地域コミュニティーの充実に向けた方策についてお話をさせていただきます。(資料映写) 御承知のように、今は人口減少時代になっておりますので、その中である程度、経済成長もそう多くは望めないというところでいうと、これからは成熟社会というところでの地域コミュニティーをどう構想するかということを出しました。 それで、人口減少時代の地域コミュニティーの枠組みといたしましては、人口減少時代の特徴は、人口に占める働く人、いわゆる生産年齢人口の割合が下がってくることでありまして、この現象を人口学のところでは人口オーナス、負荷というように呼んでおります。 地域コミュニティーの行財政でありますけれども、今は財政難に苦悩する自治体がその出口の戦略をどうするかというところで悩んでいるわけですけれども、行政の事業や政策決定に住民が参加すること、それから地方財政の情報を住民に公開をする、そしてその上で新たな地域コミュニティーの財源づくり、コミュニティーファンドであるとかソーシャル・インパクト・ボンドの仕組みなど、こういう実践が進められております。 そして、地域コミュニティーのこれからのベクトルとしては、信頼に基づく緩やかな共同体の形成と社会福祉法人の公益的な活動に今着目がされているというところでございます。 そして、この図表一に地域福祉の形というのを示しました。特に、政府、市場、地域、家族というこういう構成要素の中で、マクロ、それからメゾ、ミクロ、特にメゾ、ミクロのところが地域コミュニティー、それから家族であります。ここのところを公助、共助、互助、自助というふうに並べたときに、こういうふうに政府、市場、地域、家族の要素というのは、公助、共助、互助、自助の役割であるというふうに考えております。 社会の安定を保つためには、社会の安心の基盤である社会保障制度や財源の調達が必須であります。現役世代の安心はもちろんですが、次世代の安心をも保障していくものでなければなりません。 これからの地域コミュニティーの形としては、近年では、家族が個人化し、家族構成員個々の問題を家族、世帯として受け止め切れない状況が発しております。問題が地域化、社会化する傾向が出てきております。 そして、公助、共助、互助、自助でございますが、マクロからの公共政策、これは国民国家によるナショナルミニマムに基づくセーフティーネットの基盤形成と、それから市場の中で社会サービスを多元的に供給していくと、こういうことが求められております。 それから、メゾ領域、特に地域コミュニティーのところでは、生活保障のシステムを支える再分配や財源の移譲を図る必要があると。ですから、生活保障システムは今まで公共政策として中央政府の役割とされておりましたけれども、これからは地方自治体、地域の中で生活保障の仕組みをつくっていくということが求められております。 それから、ミクロ領域の家族や世帯、個人では、互助と自助に基づいて生活力を回復をし、生活保障システムをこれによって補完していくということが重要だと考えております。 それで、今イギリスでは、孤独担当相というところが設置されました。もっと深刻な日本ではその対策があるのかどうかということでありますが、イギリスの場合には非常に、この六十五歳以上のうち三百六十万人がテレビが主な友達だというような調査も出てきております。そして、孤独でいるということは、一日にたばこ十五本を吸うのと同じくらい健康に悪いという研究もイギリスの中では出されてきているということで。 世界で孤独な人が増えている理由、これは一つは、高齢化によって一人で暮らす時間が長くなっているということであります。もう一つは、デジタル化が進み、人と人が直接触れ合う機会が減っているということも言えます。 OECDの二十一か国調査によりますと、友達や同僚と過ごす時間が余りないと答えた男性の割合は、日本がOECDの中ではトップであります。女性につきましても、世界で最も孤独な国の一つ、メキシコに次ぐ二位ということであります。 今、私も名古屋の中区という、ほとんどがマンションでございます。そのマンションの中で今孤独死が非常に増えてきているということであります。これは個人の問題にとどまらず、地域全体の重荷にもなり得るということを申し上げたいと思います。 独り暮らし高齢者の人数と割合は年々伸びてきているわけであります。特に、横須賀市などでは、葬儀や埋葬の有償契約を高齢者と交わすエンディングプラン・サポート事業というようなものも立ち上げておりますし、そこに民生委員さんや地域包括支援センターを通して地域ボランティアの方たちが独り暮らし高齢者のところを見守りということで回っております。 これは検視医の方からの話でございますけれども、孤独死の現場というのは、もうドアを開けると強烈な異臭と大量の虫が、遺体は腐敗しているというような非常に悲惨な状況であるということであります。私のマンションでもこういうことが起こったわけなんですけれども、早期に発見されても、故人に身寄りがないと判断されるまでは土地や家屋を行政が処分することはできないので、必然的に空き家の増加につながっていく、長い目で見れば地域が衰退していくというような大きな要因にもなりかねないということで、孤独死については、都市部それから過疎地域を含めてこの問題が出てきているということを申し上げたいと思います。 それで、次は、外国人労働者の受入れと地域コミュニティーの覚悟ということですけれども、現状では実習技能生の労働環境をめぐる様々な問題点が今指摘されているところであります。この状態が繰り返されてくれば、欧州のような、今非常に欧州がこの難民、移民の問題で分断された社会になってきているということでありますけれども、日本の場合も、外国人労働者の受入れというのは、生活者としての外国人を支援するために、行政サービスや医療・保健・福祉サービス、それから住宅、金融・通信サービスなどへのアクセスの確保、それから日本語教育の充実などが必要になってくる。課題は、こうした施策を外国人受入れの経験がまだ浅い自治体、それから地域社会、企業がどうそこに浸透していくかということが求められているというふうに思います。 それで、この図表二は、今非常に問題になっております生活困窮者自立支援事業の中で、制度のはざま問題というのが出てきております。それと、ソーシャルワークの包括的な支援が必要ではないかと。制度のはざま問題というのは、これは、制度がある程度限定されている中においては制度のはざま問題というのは出てくるわけでございます。 そうすると、私は、ここのAダッシュ、Bダッシュ、Cダッシュ、Dダッシュというような、こういうセーフティーネットを地域の中で張っていくためにも、その中で生活困窮者自立支援事業はこのAダッシュからDダッシュまでをカバーしているわけですけれども、特にその中で社会的脆弱層へのソーシャルワーク支援、特にこの、滑落型と呼んでいるんですけれども、ワーキングプアとかネットカフェ難民、孤独死、ニート、ホームレスというような人たちを、この社会的脆弱層のソーシャルワーク支援、特にここでは所得保障と社会サービスと相談支援、こういうソーシャルワーク支援、ここが、これから地域の中でもこういう専門職を地域に配置していくということが必要になってくるということであります。 それで、図表の三は、地域包括ケアの構図として、これはA群、B群、C群でありますが、A群は、これは各機関、施設からサービスを提供するという、これデリバリーシステム、ここは日本は介護保険制度で相当整ってきております。それから、これから必要になってくるのはB群のそれぞれの人たち、例えば八〇五〇と言われているような人たちのところでのソーシャルセーフティーネット、サポートネットワークですね、認知症の人たちを地域で見守ろうというような、こういうような活動であります。それから、もう一つ重要なのは、Cダッシュで、例えば神社や仏閣が、ここに佛子園の雄谷さんも見えますけれども、そこが寺子屋とか子供食堂とか健康体操とかいうことをやっておりますので、このような地域の資源を活用して、地域の中で住民の人たち、それから社会的に困っているような人たちがここで集まってやっていってはどうかと。そういう意味では、地域の資源というのは非常に重要であると考えております。 それから、この図表四のところでいいますと、地域共生社会、今地域共生社会の実現ということがうたわれているわけですけれども、そこのところでいいますと、当事者や家族の会、それから支援者や市民活動、それから地域住民が集まってくる場所、ここで交わっているところですが、ここがコミュニティーカフェであるとか子供食堂であるとか、そういうところでありますが、ここを数多く地域の中で膨らませていく、増やしていくという。ここには拠点施設、そして専門職の配置がどうしても必要になってくると考えております。 そして、これが地域共生社会の実現と総合相談体制の仕組みでありますが、伝統的な地域社会、コミュニティーが非常に今弱くなってきている、町内会の加入率も減ってきているわけですけれども、そこが抱えているものは、医療や福祉や介護や教育という問題を同時に抱えているので、これについては、NPOやボランティア活動など、企業や協同組合なども参画して、伝統的な地域組織と一緒になってこの問題を考えていくという、そういうところが私は緩やかな共同体ではないかというふうに考えております。そして、それを、丸ごと相談室というような総合相談体制の仕組みを持って、専門職がチームになってこれを解決していくというようなことであります。 そして、居住福祉学会というのは、私が所属しておりますけれども、これももう現場主義、現場の中から問題を解決するところを考えていきたいという、そういう学会でございます。 それで、ここでも中古住宅の流通と空き家の地域活用ということ、これも、先ほどの単独世帯が増えてきているということと併せて空き家が非常に増えてきているわけです。それも、今はそういうところで中古住宅を流通させて、空き家を先ほど申し上げたような地域で活用していくというような、こういうことが求められているのではないかと思います。 これで、居住福祉の町づくりというのは、転換期を迎える住宅政策は住宅の使い捨てから住宅を再生、活用していくということ。それから、列島、災害列島になっておりますので、日本は、そこでの居住問題ということ。それから、住まいと町づくりをつないでいくためのコミュニティーカフェや認知症カフェなどの実践は、地域社会から排除されやすい、また孤立しやすい社会的弱者の方たちの様々な居場所を福祉コミュニティーの創造の拠点として新たに位置付け直していく必要があるのではないかということであります。 これが、私が最後に申し上げたい地域コミュニティーの充実というところでは、包容社会ということを御提案申し上げたいと思っています。 分断社会から包容社会、それから緩やかな共同体への愛着ということで、第一層目がサービス、制度の中で期されているサービスでございます。それから、二番目のところが社会貢献型の市場サービス。NPO法人や社会的企業、それから企業などのサービス事業所、こういうところが一のところでは提供できないようなサービスを開発していく。そして、第三層のところでは、自治会活動の助け合いや、それから社会貢献活動、当事者との協働活動とか趣味サロン活動、認知症カフェなど、住民の方たちが社会に参加していくそういう機会を増やしていく。それによって一層、二層、三層を組み合わせたところが私は地域共生社会であると位置付けております。これで、包容社会、そして緩やかな共同体への愛着というところを目指してまいりたいというのが私の考え方でございます。 御清聴どうもありがとうございました。
○会長(増子輝彦君) ありがとうございました。 次に、雄谷参考人にお願いいたします。雄谷参考人。
○参考人(雄谷良成君) 皆さん、こんにちは。 早速なんですが、子供も若者も、それから高齢者も、障害のある人もない人も、日本人でない人も、みんなごちゃ混ぜになる場所があるかということをちょっと考えてみたいと思うんですね。決して特別な場所ではありません。ふらっと行ける場所。(資料映写) いろんな取組をやってまいりました。私たちの法人はこれで約六十年近くになるわけですけれども、その中で、これは、左側の日本海倶楽部というのは二十年前に農福連携を、ビールを始めたりとかという話をしています。この右側の、実を言うと、この三草二木西圓寺というのは今年で十一年目でありますが、廃寺をコミュニティーに開放していろんな活動が行われた。 実を言うと、子供は子供だけとか、障害者は障害者だけとか、それから、本当に縦割りにやってきたことが実を言うと大きな弊害になっているのではないかという。 この写真は、実を言うと、左側の人は重度心身障害の方です。首から下は全部麻痺です。知的障害も持たれています。ところが、この右側の足湯に入っている方は、障害のある方も認知症の方も、あるいは元気な方も、いろんな人が入っていますけれども、十一年前に、あるとき、この障害のある人に認知症の方が自分のもらったゼリーを食べさせようとするんですね。私たまたまその場にいまして、そうすると、手が震えて食べさせられないんです。職員が止めようとしたんですけど、もう少し様子見ようと。そうすると、またやっぱりおばあちゃん行くんですけど駄目なんです。二、三週間して食べさせられるようになったんですよ。 彼は首の麻痺があるので向けないんですね。我々、このごちゃ混ぜの場所ができるまでは、二年間ぐらいプロとしてリハビリやっていました、彼の。首の可動域が二年間で十五度ぐらい改善できたかなと。ところが、今この角度は七十五度以上です。三週間で、認知症のおばあちゃんと重度心身障害の方が関わるだけで、プロをほったらかしてですよ、元気になる、首の可動域が三十度も四十度も改善されると。 二、三か月たって、今度は認知症のおばあちゃんのところのお嫁さんが来ました。理事長さん、どうもいつもはって。もう本当に、一週間に二回も三回も深夜に出る。深夜徘回という言葉は使わないですね、最近は。徘回というのは目的がないというふうに取られやすいんですけれども、それに当たる、代わる日本語がありませんで、認知症の人は必ず目的を持っています。ですから、言い方にすると深夜にお出かけになるというような話になるんですけど、それが、まあなくなったわけではありませんが、一か月に一回ぐらいになる。本当に助かりましたと言うんですね。 で、一つだけ分からないことがあるので教えてもらえませんかと言うので、どうしましたと言ったら、おばあちゃんが西圓寺に行くときに、私が西圓寺に行かないとあの子が死んでしまうと言っているというんですよ。死なないですよ、別に、毎日ゼリーをあげなくても。でも、おばあちゃんは何らかの形で彼をという思いがあって、私たちのようなプロ、福祉や医療のプロをほったらかして、二人が関わったら元気になったんです。 そんなことが、これを見ると、高齢者、障害者、子供、野田町の住民ががあっと関わっていくと、どんどんどんどんいろんな人が元気になってきて、山田さん御存じですけど、小松市というのは人口減少の市です。ところが、二〇〇八年から二〇一八年までに、この廃寺だった西圓寺の周辺は田んぼしかありません。非常に不便なところです。コンビニに行くのにも車で行かないといけない。ところが、五十五世帯から七十五世帯、今七十六世帯まで増えました。二十一世帯増えたんです。 その人たちはどういう人たちかというと、若者が戻ってきたり、あるいは今まで出ていった若者が親の土地を分けてもらって家を建てたりという人たちが二十一世帯にもなったんです。なぜ残ったり戻ってきたりしたのか聞きました。そうすると、居心地がいいです、居心地がいい理由は何ですかと言うと、いろんな人がいると言うんです。いろんな人ってどんな人ですかと言ったら、障害のある人とか認知症の人とか、最初はびっくりしたけれども、何か居心地がいいと。そんなことが実を言うとごちゃ混ぜのエネルギーとしてある。 この左は、JR北陸線の美川駅、乗降客数は今七百人ぐらいです。まあ今、八百となっていますが、七百ぐらいに落ちてきていますが、駅を高齢者や障害者、いろんな若者たちが使い出すとどんどんどんどん活性化して、電車には乗らないものの、そこに人が集まってくるというようなことになってきました。 この右側のシェア金沢というのは、実を言うと、そのごちゃ混ぜの世界をプランニングしていったらどんな町になるだろうかということでチャレンジして、二〇一五年には総理以下、歴代創生大臣とかにお越しをいただきまして、それで視察者が今年間四十万人ぐらいになっています。 このベースになっている考え方というのは、これは辻一郎先生が出された、東北大学のですね、生きがいのある人は生きがいのない人と比べると、七年間追っかけた宮城のデータですけど、三倍も生存率が違うんです。あるいは、人生の目的を強く感じている人と感じていない人では、要介護になる発生リスクは何と倍も違うんです。ということは、もう福祉や医療で悪くなってから追っかけるということではなくて、地域の中で人がつながりながら生きていくという社会をつくっていく。 それで、これは、人と人は交わるだけで健康になったり、あるいは付き合うグループや地域によってその人の行動が決まったり、あるいはオフィシャルなサポートではなくて、人が人を助けるといったサポートが自然に生まれてくると。私、金沢大学の医学部で公衆衛生学というのを教えていまして、こういった観点が今、実を言うと世界中で広まりつつあるんですね。 これは私たちの本部の場所です。核がありながら、周辺にはいろんなグループホームやサ高住、そういったものが住民の中に混ざりながらつくられている、これがいろんな化学反応を生み出すんですね。 これは白山市といいまして、金沢市の隣の市ですけれども、人口は十一万人、このプロット見ると、やはり少子高齢化が分かります。 私たちの本部を更に近くで見てみると、この右側の千代野という場所は、四十年前にディベロップしたいわゆる団塊の世代がたくさんいる。しかし、この団塊ジュニアは去ってしまったということで。ところが、この左側の北安田というところは、金沢は調子がいいですから、ベッドタウンとして若者が子供育てている。そうすると、これをほったらかすと、また右みたいになるわけですね。ですから、ほったらかしておくと、こういったショッピングモールなんかも潰れてしまうと。これが全国の状況であります。 そんな中で、ごちゃ混ぜの場所を、別にいろんな福祉施設をそれぞれつくっていくということもありますが、それを機能を集めていくとどうなるかというと、こういう光景が生まれてきます。これはスタッフの職員室ですけど、ここには地域の人も入れたり、あるいは障害のある人が入れたりするような場所にしていくと。 これは、左の方はしめ縄作りの名人なんですけど、この右側の人は認知症の非常に進んだ方です。もう息子さんの名前も分からないと。ところが、俺が手伝おうかと言って手伝うと、こういうしめ縄を作れるんです。一か月で、このおじいちゃん、四万ぐらいしめ縄でもうけまして、認知症ですけど、全てを失っているわけじゃないんですね。若いときに元気だったときの力というのは必ず使える。 この青年は、二年半前にうちにやってきました。それまでは七年半引きこもりです。地域の人がごちゃ混ぜの場所に連れてきたんですね。このとき彼が言った、二年半前にうちに来たとき言った言葉は、あっ、子供だと言ったんです。何でかというと、夜中の二時、三時にコンビニに行って、あとは家に閉じこもっているので子供を見ることはないと。実物ですね。そうすると、こういうごちゃ混ぜの場所に来たときに、あっ、子供だと言う。それから二年半、一度も休んでいないんですよ。こんなことは福祉や医療にはできません、引きこもりを治す薬なんてありませんし。 例えば、この方はダンス講師の人だった。でも、だんだん股関節が開かなくなって、医者に行っても分からない、全く異常がないと言われる。ところが、どんどんどんどん可動域が狭くなっていって、あるとき生徒さんから先生大丈夫と言われて辞めることになったんですけど、なかなか一年たっても原因が分からない。この右側の女性は知的障害の高齢者の方です。あるとき彼女に、私が治してあげると言うんです。そうすると、二、三か月して良くなっていくんです。 こんなことが普通に起こる、原因の分からない股関節痛を治す外科的な手術もありませんし、引きこもりを治す薬もありませんが。 この子は、ADHDですぐ小学校から逃げ出してしまうんです。でも、ここにいる一歳半の男の子に、隣でお経が上がっているんですけど、手を合わす、手を合わせようねと。そうすると、一生懸命この子は手を合わす。そういったところに自分の居場所を見付けることができるんですね。 これは、私たちの本部の二〇一五年からのデータですけど、このオレンジのところが普通の施設、病院の利用者とそれを支えるスタッフの数です。この上の青いところは、実を言うと、全くそういったものを利用しに来る人たちではなくて、ただふらっと遊びに来たりビール飲みに来たり温泉入りに来たりする人です。一日千人を超えています。ここも、白山市十一万人の中で、年間四十万人の来場者があります。 こうやって、実を言うと、いろんな人を排除しないということです。もちろん、外国人労働者というものを進めていくということは非常に大切なことだと思いますが、まだまだ、高齢者あるいは障害者、活躍できる人たちは山のようにいます。そんな宝物を掘り起こしていくということが、実を言うと、掘り起こしていくというよりは、そうでない人たちも元気になるということなんですけど。 これは、能登の輪島のプロジェクトです。今、私たち佛子園と青年海外協力協会、年間千人の帰国隊員がいます、途上国から帰ってくる。その若者たちを今全国に振り分けながら、こういうごちゃ混ぜの町づくりを支援しています。今、来年ぐらいから更にこういったところが共生のモデルとして展開されていくということになります。 これは輪島のサービス付き高齢者住宅なんですね。これも見ていくと、ただ住む場所をどれだけ造っても駄目です。そこに必ず人が集まる場所がないと。 これは能登の切子の様子です。これはサ高住のパブリックスペースですけれども、地元の人が入り込んで毎日のように関わっている。そうすると、だんだんこうやって会話が弾んで皆さん元気になっていく。この左の方は、私も元気になってきたので働きたいと言って、こういう共生拠点の中のそば屋さんで働き始めました。家賃が六万、七万ぐらいで、このおばあちゃんはもう今八万ぐらいもらっていますので、もうそれだけで年金暮らしでもやっていける話になります。 これは先ほど紹介させていただいた日本海倶楽部の農福連携ですけれど、これは能登カボチャといって、能登のオリジナルの野菜なんですね。ところが、高齢化しまして、この小豆カボチャという、すばらしいカボチャを生産する農家がどんどん減ったと。それを、今度は障害のある人が労働として、そして体力が衰えた高齢者は技術を伝える側として一緒に助け合うと。今まで排除を受けてきた高齢者あるいは障害のある人たちがこれだけのものを作れる。今、ここは生産ナンバーワンです、奥能登で能登カボチャを作っているナンバーワンになりました。 これは鳥取南部町の柿の木です。柿の木は、もうやはり非常に付加価値の高い柿を作る南部町なんですが、跡継ぎがいないということでこの木を切ろうとしていたんですね、何百本も。なぜかというと、ほったらかすと虫が湧いて結局周辺に被害が出るわけで、切らなくてはいけないと。いや、それだったら高齢者や障害者みんなで守っていこうということで、こういったことを防ぐ。 これはやっぱり、こういった飲食店をやっていた人が非常にすばらしい技術を持ってこういうシフォンケーキとか作っていたんですけど、やっぱりもう疲れたと。そこで、やっぱりいろんな人たちがこれを支えることによって事業承継できる。 これは半蔵門にあるラーメン屋なんですけど、やはり家賃が高くて、でも非常においしい、こんなすごいおいしい麺を作るんですけど、今度輪島に移住して、この技術を持って事業承継していくと。 こんなことが、実を言うと、ごちゃ混ぜの中で可能性、日本を支えていく可能性として十分あるんではないかと。 そんなことで、今、生涯活躍のまちというのが、これちょっと古い、もう新しいデータがもう一つあるんですけど、百十四団体がこの生涯活躍のまちというものを進めようとしています。創生交付金が下りているのはこの色が付いたところですから、この二、三年でいろんな形で表に出てくるんだろうなということで。 このごちゃ混ぜという、まあ共生社会とか地域包括というのは、僕は非常に限定的な意味を持っているというふうに感じます。地域包括というのは、子供やあるいは高齢者や障害者、そういった社会的な弱者と言われた人たちを支えるサポートを集めるというイメージがありますが、実を言うとそれだけでは元気になりませんし、何よりも我々は福祉や医療のプロなので、福祉の側にも問題があります。どんなことかというと、自分たちは専門家だというおごりみたいなものです。自分たちはサービスを提供する側、あなたたちはされる側という形になると、必ずサービスを受ける側だという人のメンタリティーは下がります。どんな状況にあっても、必ずその人が役割があるというよりは、役割があるというと役割がないということにもつながるので、機能しているという、そういった形があるのかな。 先ほど一番最初に御紹介させていただいたあの重度心身障害の方、お母さんはやっぱり泣いていましたね。私はこんな子を産んで、本当にこの子はもうずっと世の中の厄介になっていくばっかりだと思っていた、ところが認知症のおばあちゃんを元気にするということがあって、私は本当に救われました。 いろんな人たちが役割を持っている。それは、日本人に限らず、たくさん今度やってくる外国人労働者の方々も、やはり言葉あるいは文化の違い、そんなものを超えてやっていくには、日本の地域がやっぱり元気でなくてはいけない。 人生百年時代で、必ず、もちろん、今、二〇〇七年に生まれる子供たちの過半数以上は百七歳以上生きるという、「ライフ・シフト」にそういったデータがありますけど、それはもう現実ですね。今生まれてくる子は更に百十歳ぐらい、半数以上は百十歳以上生きる。そうすると、そこまで延びていく寿命を、今度は質の高い地域が元気な状態を支えながら持っていく。そうすれば、今まだまだ人が少ないと言っていますけれども、私たちはまだまだやれるんじゃないかな。 私たちはやっぱり障害の重い人たちから入った施設ですので、本当にその人たちの可能性を探してきました。私も施設の中で小学校四年生まで住んでいましたので、やっぱりよく不必要な扱いを受けることも多々ありましたけど、まだまだ可能性があるというふうに思っています。 外国人の方々も、それから障害のある方も、あるいは認知症の方も、あるいはがんにかかった人も、いろんな人たちが役割を機能しながら地域の中で支え合っていくというようなことが、今、世界で一番少子高齢、人口急減を迎えている日本がこの局面を打開する方向性を見出せば、これに続く台湾、韓国あるいはシンガポール、そういったところに対して更に我々が国際貢献できるような、そういったスペースも生まれてくるのかなと思います。 ちょうど時間となりましたので、終了したいと思います。 御清聴どうもありがとうございました。
○会長(増子輝彦君) ありがとうございました。 次に、中川参考人にお願いいたします。中川参考人。
○参考人(中川悠君) 皆さん、じゃ、よろしくお願いします。ちょっと意気込んでしまいまして、とてもボリューミーな資料を作ってしまいました。二十分で収められるように頑張りますので、よろしくお願いします。(資料映写) 今、雄谷さんがお話をされたシェア金沢とか金沢の事例に比べると、かなりちっちゃなというか、とても現場主義なお話でございます。 最初に、前段としまして障害者福祉の中で挑戦してきたことをお話をして、最後の方に地域食堂というお話に持っていきますので、少しだけお付き合いいただければと思います。よろしくお願いします。 ざざっとプロフィールを書いておりますが、少し変わった経歴を持っておりまして、母方の祖父が大阪で精神病院を営んでおります。父親が身体障害の方の義肢装具、義足とか義手を作る技術者だった。その息子が雑誌の編集者だったというよく分からない経緯なんですが、なので、企画ができるとかデザインができるというところの力を何か障害者福祉であるとか社会の困難なことに対して使えないかというようなことをやってまいりました。 一つ目の社会課題です。福祉施設で働く障害者のお給料、工賃が低いというお話です。これはよく知っていらっしゃる方も多くいらっしゃるかもしれませんが、こんな感じです。 B型施設というようなものなので、A型、B型、就労移行、働くところは三種類ありますが、全国的な平均値が一万五千円、月二十日間施設に通ってもそうなる。このお金は何から算出されるかというと、施設が得た収入、例えばパンを作る、作業をする、の収入から原価を引いた残りの利益を来た方々で分配をするんですね。結論的に言うと、施設自身の収入が低いからこそこうなってしまう。 何を隠そう、大阪府、我々が動いている大阪府は全国ワーストワンです。横に全国の情報を付けていますが、北海道が一万八千円台、岩手県も一万八千円台。正確な言葉ではないですが、やはり向こうの方には農作物とか漁獲というのがあって、加工ができる世界がある。対して大阪は、パンを作ってもクッキーを作っても、目の前にコンビニがあったりとかスーパーがあったりもする。なので、独自のものをつくるのはなかなか難しい、だからこそ、内製というか軽作業の方に行ってしまって工賃が低いというふうに考えられています。 その中で、ざざっと時間がないので先に行きますが、二〇〇九年、約十年前からいろんな取組をつくりました。 パンを作って売れないという悩み事を持っている施設と関わって、じゃ冷凍のロールケーキを作りませんかということをしました。パンを作って売れなくて捨ててしまうのではなくて、物を作って、ロールケーキを作ってすぐに冷凍庫に入れる、注文があったら出すということをすると、比較的きちっと売れました。問題点としては、障害者福祉職員が障害者さんがお休みになったときに自分たちが製造に入らなきゃいけないというところを、きちっと冷凍という時間の制限を使うことで、就職率が年間六倍に増えたということがありました。 飛ばします。 電子書籍スキャンプロジェクトというのをしていまして、これは、スマートフォンが出てきた、これからPDFの時代だ、電子書籍の時代だという中で、障害者福祉施設がスキャナーを取り入れて、本当にこれ原価は安いんですが、全国から集まった論文とか書籍等々をスキャンしてPDFで送り返すというような事業をつくりました。これも八年間続く中で結構ないろんな実績はあったんですが、飛ばします。 最後、お墓参り代行サービスというところもやりまして、これはすごいんですよ、対人じゃないので、知的障害の方も精神障害の方も非常に良い。一つのところは九千五百円でやっています。二、三千円がお花代で、五、六千円手元に残る。福祉施設のからくりでいくと、そこに随行する福祉職員のお金は支援費、報酬という国費で見られます。車代も国費で見られます。要は、原価の掛からない、しかも高付加価値なものをつくるとこんなに良くなるのだということで、画面の中にありますが、数か月たつと、お墓の土地を買いました、種が飛んできます、草ぼうぼうになります。それを二、三時間掛けてゆっくりと仕事をすることで比較的高いお給料をもらうことができるというようなことをつくりました。 二つ目の課題、黄色い世界に行きますが、済みません、資料が多くて。 福祉施設で働く職員は、支援のプロであるが、営業、製造のプロではない。今、雄谷さんのお話でも福祉職員自身が持っている課題というのがありますが、彼らは支援のプロですが、営業、製造のプロではない。例えば、ビジネスモデルは間違っていない、でも、我々外部の者が関わった期間だけ状況はプラスになるが、離れると、やっぱり営業ができないとか企画ができないというところはどんどんどんどん元に戻っていくというのがありました。 ちょっと悪口にはなるんですが、精神保健福祉士、社会福祉士という福祉職員がパンを作る、軽作業をつくるというのが一般的ではあるんですが、彼らは製造のプロではないというような問題がある。ビジネス能力、もちろん支援能力は高いがビジネス能力は低いとか、ここで言うのもあれですが、厚生労働省は、工賃、お給料を上げていきましょうということが自立の一歩だというふうに言っている。 私は、いろいろ調べまして、例えば精神保健福祉士を学ぶ専門学校のカリキュラム、ざざっと事例だけなんですが、ここの中には製造も改善も営業も企画も広報もありません。でも、彼らは疑問を特に思わずに、福祉施設に入って、パンを作ったり製造の中に入っているという少しずれた世界があります。 これもどういう捉え方をしていいか難しいんですが、偏差値というもの自身が決して社会福祉学の中では高くはない。これは捉え方が非常に難しいんですが、障害者福祉の社会福祉の中の発展を考えると非常に難しい問題だと考えています。東京の偏差値も入れておきました。 では、じゃ自分なりの施設をつくってみようということで、二〇一四年、つくったのがB型作業所のギブ・アンド・ギフトというものでした。これは大阪の都会の中にあります。淀屋橋という町、一つ上の駅が梅田、要は大阪駅です。その一つ下の町、オフィス街ですね、淀屋橋、本町、堺筋本町、北浜のちょうど中心地につくるということで、ほぼ全員が電車で通勤をします。ほぼ全員が大阪市の内外から集まってくるというような少し変わったつくりをしました。一階がカフェスペース、これは福祉と言っていません。二階が厨房施設、三階が軽作業というエリアです。 考え方の図表が今画面に出ていますが、郊外型の施設の考え方でいきますと、辛辣なことを言っていますが、ビジネス経験の浅い福祉職員が商品を考案し、マーケティングということがなかなかなく商品を作られて、流通力と販売力がなく工賃が低いまま、でも、都会の中で作るには、例えば、うちの生産品は、カフェメニューは管理栄養士がちゃんと入っていますよとか、どこそこ産の野菜ですよということのブランディングが必要になる。カレー屋さんも非常に多い町なので、例えばカレー一つについても、どの金額でどの辛さかを考えていくと、やはりオフィスのランチタイムには行列ができてすぐに完売をするようなお店になりました。高い方では月々三万円、通常の倍の金額になる、我々B型施設は約三万円を目指して活動をするというのがあるんですが、ということになる。こんな風景ですね。ちょっとおしゃれめな感じとか、製造、顔を隠していますが、こんな感じの空間。 こんなハッピーを生み出しましたというものに関しては、都会で電車で通勤をするので女子がどんどんおしゃれになっていきます。メークをし出します、夏はスカートが短くなったりもします、男の子は余り変わりません。例えば、電車で都心に通う力を身に付けます。これは、彼らが就職をするときにほぼ、必ずではないですが、都心の方が仕事が多い。これから縮小な日本になっていく中でいくと、都心にやっぱり仕事が集まっていく可能性を考えると、やはり都会に通う力が必要になる。手掛けた料理が、福祉カフェは結構時間的余裕がある施設が多いんですが、やはり忙しい。ちゃんと作ったものを食べてもらっているという実感値からの責任感も出る。オフィス街、中心地は就職先も多かったりもするので、就活をしやすくなるというのがありました。 しかし、残念ながら、昨年十二月に大阪、結構激しい地震がありまして、建物が古い建物を使っていたものですから、少しこの場所を離れなきゃいけなくなって、少し閉じた、で、移転をしていたというのがあります。 本題はここからではあるんですが、産業を取り巻く経済も縮小しているんじゃないか、いろいろなことをやっているんですけどね。小さな経済で回る障害者福祉は、もしかしたら、縮小する産業、後継者不足であるとか人が雇えないというのの担い手になるのではないかということで、京都市とともに伝統工芸の跡継ぎをつくるというちょっと変わった取組もしています。 画面上には全国の繊維製品の伝統工芸品の産業の経済的な推移がありますが、京都の中でいくと、西陣織は、これは公称になるんですが、昭和三十年代を一〇〇とすると今が三と言われています、生産量が。今、いろいろな世界と関わっておりますが、職人さんの平均年齢が七十歳を超えてきている。となると、あと五年ぐらいで結構多くの伝統産業がなくなってしまうのではないかということを言われています。今彼らが抱えている問題は、先ほどのお話にもありましたが、後継者の問題、あとは、どうやってその仕事を発注していいかが分からない問題があります。 一つは、ろうそくの話です。和ろうそくといいまして、植物性のろうそくなんですが、今我々がよく見知っているのは石油ろうそくです。今、神社仏閣は石油ろうそくからLEDに変わりつつあります。なので、消費額はどんどん減ってはいるんですが、そうすると職人さんはどんどんやめていってしまう。このろうそくに絵を描く人が本当にいなくなってきていて、それを、例えば絵を描くのが上手な障害者さんだと描けるんじゃないかというような取組が、これは二年前の事例です、始まりました。 我々は現場に入りまして、どういう工程で作っているかということを福祉的な見識で物を見て障害者さんができる状況をつくっていくがありました。結論的には、いろんな体験会をしたりとかいろんな施設をつなげる中で、一人、精神障害の方が職人として雇用されたというようなことがありました。二年目、去年になりますが、それは京鹿の子絞りというのの糸入れとか絞り、くくりという作業自身の跡継ぎさんがどんどんいなくなってくるというところをやったりもしています。 四つ目の課題からが今日のコミュニティーというところになるんですが、今までの前段、工賃が安いであるとか後継者不足であるかというところを、一つ、空き家の問題、高齢者の孤食の問題につなげていくことができないかということが今の話です。 杉本町、大阪市住吉区にある町で始まりましたちっちゃな取組なんですが、空き家はどんどん増えている、それは周知の事実です。大阪市内は百軒につき十七軒あります。大阪府住宅供給公社というところから、福祉の力で空き家で高齢者の孤食支援ができないかという相談がありました。地域で食事作りをしている障害者施設は比較的多いので、その施設と組んで高齢者の応援ができないかというような取組を始めようと、昨年の八月から始まりました。 物件はこんな感じです。本当にマンションの一〇二号室、一つの部屋なんですが、この物件、結構難しい状況で、七十一部屋ありまして二十部屋が空き部屋です。高齢者優良賃貸の物件が多いので、六十五歳以上の方が三十四部屋、単身者が十九名。これから時代がどんどん五年後十年後になっていくと、どんどん人が減っていく。十年間ここは横のコミュニティーがなかったという物件をモデル事業として動き出しました。 同じ図表を使っていますが、こういう場所を株式、NPOが関わっていくと、やはり提供する食数が少ないのでなかなか収益が出ない、そうすると人はどういうふうに雇うんだろうという問題になる。これを、地域の障害者福祉施設があると、先ほどのお墓参りの事例に近いんですが、支援員自身は福祉施設が雇っている、障害者の方々はそのお給料をもらうことができるというので、比較的ちっちゃな経済で回り続けることができるのではないかというのをやりました。 今、毎週三回、昼御飯を三百五十円で提供しています。多世代の交流ということで、地域に大学が二つあるんですが、そんな彼らが手伝ってくれたりとか。パソコン教室してほしいわとか、補聴器修理してほしいわみたいなことがあると、我々が横のつながりでこのようなことをサポートしたりもしています。 ちょっと社会背景を飛ばしまして。 風景はこんな感じです。本当にマンションの一室なので、地味なんです。ここのお給仕さんというかウエーター、ウエートレスを障害の方がやり、お料理を作っています。そこに対して、日々十二時から十四時までの間、高齢者の方が続々と食べに来るという風景があります。中では、こんな御飯がありますよであるとか、最初四百五十円だったんですが、男性の単身の方を誘ってあげたいからもっと安くしてくれというところから金額が少し下がりました。こんなイベントをしています、イベントも簡単なんですが。 中で一つだけ面白かったのが、おばちゃんが一人現れまして、私たちは死ぬまでにもらえる年金がもう決定しているんだと、なのでもう五千円でも一万円でも、何かお仕事をしながら役に立ててお金を稼ぐことができたらとてもうれしいと言われたので、京都の職人不足というところのお裁縫、糸入れという仕事を試験的にお願いをすると、おばちゃんが続々と集まってきていて、みんなで仕事をしていくというのがありました。 いろんな声がありました。人生の恩返しとして障害のある方ともっと関わりたいわというおばちゃまがいたりとか、ずっと耳が聞こえなかったけど、話を聞いていくと、補聴器が修理していただけやった、でも直し方が分からない、なので一緒に調べたとか、株式が運営母体やったら絶対信じへんかったけど、NPOで障害者関係だったからこそ信じることができたとか。 その最後に、五つ目の課題があります。これは提言というか提案なんですが、地域には空き家がたくさんあります。孤食に悩む高齢者もたくさんいます。障害者福祉施設もほぼ必ずあります。でも、食堂の担い手が存在しない。それらをつなげたら、結構いろんな地域でその地域の孤食支援の食堂ができるんじゃないかと考えました。 これは、子供食堂がめっちゃ増えたという話と、ただ、場所の問題、人の問題がなかなかうまくいかなくて、やめてしまっているものが増えているというような事例の紹介になります。 でも、実際空き家が多いが、地域の障害者福祉施設にお話をしに行っても、新しい食堂を経営したいという方はなかなか存在をしなかったというのがありました。 ステークホルダーとしましては、こんな方々がいます。障害者の福祉職員であるとか行政職員であるとか企業とか、障害者の状況を変えていこう、良くしていこうというようなマインドを持つ方はこれだけいらっしゃいますが、次のページにありますように、なかなかそれぞれが前向きに動き出すことが難しいというのがあります。ちょっと悪口になるので、読み飛ばしていただければと思うんですが。 今、新しい取組で、今のステークホルダーの中で唯一、障害者福祉を前に動かすために鍵になるものがある、それが、今注目をされていますが、企業の法定雇用率の達成。 これは、本気でそれを達成したい方と、本気じゃなく利便性のために達成したい方が多くいらっしゃるのは分かるんですが、いろいろな企業から相談受ける中で、彼らはハローワークしか求人の方法が分からない、でも、我々は福祉施設なので山ほどの施設を知っていて、就職したい方を知っている、だが、そこがつながっていない。じゃ、ここをつなげることができれば、何か地域のコミュニティー活性化の担い手を生み出すことができるのではないかと考えました。 次は、離職が多いであるとか、労働条件、人間関係の悪化による離職が多い。要は、企業側が障害者の方々をきちっと雇用し、彼らの仕事をつくり出し、中の人間関係を生み出すのはなかなか難しい。 今、取組を始めている新しいものがありまして、これが、企業の障害者雇用の方々を企業さんがお雇いし、その方々が地域食堂の担い手になる、出向させるというようなモデルができないかということを今、新しく動き始めています。 繰り返しになりますが、課題としましては、企業は障害者を雇用したいけど、仕事の切り出しと雇用管理が難しい。では、障害者さんをお雇いしなきゃいけないのであれば、彼らを雇っていただき、その本社で採用した障害者は地域の食堂に勤務をして地域の担い手になる。 実際、事例も生まれていまして、企業の中でなかなか難しい、いろいろいじめに遭ったという方々が多い中で、福祉食堂に入ると、やはり高齢者の方々は多世代と話ができる。自分自身が料理ができる、調理、清掃ができる、洗い物ができるであるとか、いろんなことができる。そんな方々を、ちょっと飛ばしますが、こういう流れで今、雇用し始めています。 ちょっとこういうような取組をしておりまして、最後に行きますと、実際に我々はいろんな取組をしてきました。工賃が安いであるとか担い手がいないとかという中で、今、社会保障費の中で唯一、障害者というもの自身が持っている社会保障自身を一つの鍵にすることができれば、地域食堂の担い手ができる。でも、それ以外のものはなかなかないんですね。ボランティアもNPOもなかなか続けることができないという中で、まとめとしましては、空き家、高齢者が増えていく中でニーズは増えていくであるとか、コミュニティーが生まれていくであるとか、食堂の担い手の中では小さなビジネスをつくっていかなきゃいけないというのがあります。 最後に、企業の障害者雇用を地域食堂に生かせれば企業の悩みも解決して食堂の持続可能な人材を獲得ができるというのと、これは一つ、僕自身の思いでもありますが、障害者の方々が相談ができる窓口、働いた後の窓口は多くあれども、企業の人事担当者の窓口がない。なので、これがつくれないかということを強く思っています。 済みません、時間をオーバーしてしまいまして。ざっくばらんになりましたが、ちょっと今、地域の中でこつこつと動いている事例を駆け足でお送りしました。地域の食堂自身が必ず増えていく、でも、担い手がいない中で、僕自身、障害者福祉というものをつなぎ合わせればいろんな課題が解決できるのではないかと思っております。 御清聴ありがとうございました。
○会長(増子輝彦君) ありがとうございました。 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。 ─────────────
○会長(増子輝彦君) この際、委員の異動について御報告いたします。 本日、藤木眞也君及び斎藤嘉隆君が委員を辞任され、その補欠として佐藤啓君及び神本美恵子さんが選任されました。 ─────────────
○会長(増子輝彦君) これより質疑を行います。 本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに、まず各会派一名ずつ指名させていただき、その後は、会派にかかわらず発言いただけるよう整理をしてまいりたいと存じます。 質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って御発言くださいますようお願いを申し上げます。 質疑及び答弁は着席のまま行い、質疑の際はその都度答弁者を明示していただきますようお願いをいたします。 なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十分以内となるよう御協力をお願いをいたしたいと思います。 それでは、質疑のある方は挙手を願います。 山田修路君。
○山田修路君 会長、ありがとうございます。 自由民主党の山田修路と申します。本日はどうもありがとうございました。 まず、雄谷理事長に二つお伺いをしたいと思います。 お話にありましたのは、ごちゃ混ぜの場をつくる、そして、そのためにはいろんな人が集まる場所が必要だというお話でありました。私も石川県ですので、佛子園さんの施設、幾つか回らせていただきました。全ての市町村が佛子園さんの施設をつくるというわけにもいきませんし、先ほどお話がありましたように、生涯活躍のまちの取組が百十四自治体であったり、あるいは意向があるところが二百四十五という御紹介もありました。こういった、その地方自治体が自分たちで取り組もうとしたときに、いろんな方が集まる場所をつくっていくということなんでしょうけども、自治体に対して、こういうふうなやり方が必要だとか、あるいはこういうところはちょっと気を付けた方がいいというようなアドバイスがありましたら、その点をまず教えていただきたいというのが一つです。 それから、雄谷さんの話でちょっとありましたけれども、青年海外協力隊との協力、協会との協力ですね、という話がありました。雄谷さんのいろんな資料を見ると、その外国での経験というのは非常に役立ったというお話をよく書いておられるんですけども、今若い人たちなかなか出たがらないということもあるんですけども、そういう若い人たちにその外国でいろんな生活を送るということについてアドバイスをするとすれば、こんないい点があるよとか、あるいはこんなことが役立つよというような点があればお話しいただきたいと。この二つでございます。お願いします。
○参考人(雄谷良成君) どうも御質問ありがとうございます。 場づくりのところに関しては、やっぱり何か特別なものをつくりに行ったりとか、あるいはイベントみたいなもので引っ張っていこうとすると非常に無理があるということを感じます。人がふらっと寄れるというところですね。ですから、福祉のにおいがしたり医療のにおいがしたりすると人は集まれないというところがありますので、そういったところを気を付けて、本当にゆったりとする。その中には障害者とかあるいは認知症の人たちがいるということで場ができていくというのもあるんですね。誰か決まった人がそこにいるという安心感というものがすごい今大切なのかなというふうに思います。やっぱり二十歳代、三十代でがむしゃらに働くということだと、なかなか地域のどこかに一定時間いるということは非常に難しいわけで、そういった中で居どころづくりを探していく。 創生交付金もそうなんですが、今、僕は、ちょっとシビアな言い方になるかもしれませんけど、創生交付金が下りるのは、計画は自治体が、地方自治体が作成すると、そして事業の実施は自治体はやってはいけないという、そこのところは僕は非常に面白いなと思っています。やはりKPI、しっかりとした目標を目指すというところがありますので、そういったところは。しかし、全国で聞くと、やはりその事業主がなかなか見付からないということも一つ問題としてあるのかなという気がしました。 ですから、口は出す、口は出さない方がいいんですよね。そこは非常に思います。 それは、今、二つ目の質問とつながっていくんですけど、私はやっぱり青年海外協力隊、経験として一番思ったのは、隊員がやっちゃ駄目なんです。二年間という期間の中で、私、四年いましたけど、二年間の中でやっちゃったら、若しくはうまくいっても帰ってくるとなくなるんですよ。失敗したら、やっぱり日本人が来て裸踊りして帰ったなみたいな話になるんですけど。ですから、必ず現地の人が主体になってやらなければいけないと。 そこは、私たち、実を言うと、場づくりの中でPCM、プロジェクト・サイクル・マネジメントという、住民自治をつくっていく、住民自治を主体とした地域づくりの手法を、国際協力手法を使って今国内で活躍をしています。 簡単に言うと、我々、佛子園でもある程度経験値を積んできたので、いろんなところから相談を受けると、特に若い職員は答えたがるんです、こういうことができるよって。それを言わないで、その地域にどんな問題があるのかとか、あるいはどういうふうにしたいのかということを、まずは自分たちが自らの力で発言をして、それを認識して、それをうまく形に変えていく。ですから、黒子という形ですかね、そこに徹するやっぱりアドバイザーというようなものが必要なのかなというふうに思います。 ちょっと、海外に行く人を増やせという話はなかなか難しい話だなと。今、皆さん御存じですか、青年海外協力隊は、私たちの代、僕は昭和六十一年度二次隊の隊でしたけど、そのときは男性が七割から八割ぐらいありました。今、六、四から七、三で女性です。女性が圧倒的に強いんです。ここはどうしたものでしょうか。断られる理由があるんですね。合格しても断られる理由が、ママに反対されたという息子が断るという、そんな話があります。そこのところはどう解決したらいいのか、反対に皆さんに御指南いただければと思うんですが。
○山田修路君 ありがとうございます。 では、次に中川さんにお伺いをいたします。 いろんな工夫をされて活動をされているというお話も大変感心をしましたし、それから、障害者福祉を学ぶ過程の中で、その働く、製造とか軽作業とかいうのがないというのも確かにそうだなというふうに思いました。 事例として挙げられていたギブ・アンド・ギフトですか、これはまさに、あそこの表にもありましたけれども、都心、都会型の施設として成功すると。一方で、郊外型という、田舎型はちょっと余りうまくいっていないよというお話もありましたけれども、いろんな活動の中で、田舎でもこんな可能性があるよ、逆に言うと、都会は人が多いのでいろんな可能性があるんですが、田舎にもきっと可能性があると思うんですけれども、その郊外型というか田舎型について、何かこんな事例があるというか、こんなことをやっていったらいいんじゃないかとか、そういうアイデアがあったら教えていただきたいと思います。
○参考人(中川悠君) 例えば、先ほど一番最後の五つ目の課題に出したような地域の孤食支援であれば、本当に人材がなかなかいないというのがありますので、その企業支援というのがどうかは別にしたとしても、外部の企業側が入ってくるという方法があると思います。 事、大阪に関して言いますと、やはり先ほどの工賃の表にあったとおり、農福という事例であるとか漁福という事例が比較的少ないんですね。それは、生産側がある中でいくとそのつながりがないので、まずは、自分たちで製造するのではなくて、製造する中での担い手がいないところにきちっと入っていくというような整備をすると確実に工賃は上がると思います。 もう一つ付け加えると、やはりその担い手がどんどん高齢化をしている。大阪の農業も六十歳以上の方々が八割ぐらいか、なってきている中でいくと、どの業種もやっぱり担い手不足になっているというのは全国的にはあるので、そこがやっぱり障害者福祉が入っていきやすい。若い、集団性があるというところがあるなと思っているので、地元の産業につながっていってほしいなと思います。
○山田修路君 それでは、野口先生にお伺いします。 先ほど地域コミュニティーの充実という話をプレゼンの中でされておりまして、その例として、住民参加とか情報公開とか、あるいは財源というお話がありましたけれども、具体的に、やはりこの地域コミュニティーを強化充実していくというのはなかなか難しい、人が絡んでいるので難しいと思うんですけれども、どういった方法があるか、あるいはプレゼンと重複されるかもしれませんが、少しお話しいただけたらと思います。
○参考人(野口定久君) やはり地域コミュニティーは、先ほどお話しいたしましたように、そこの基になるのはやっぱり町内会とか高齢者、老人クラブであるとか、まあいわゆる地縁の組織なんですよね。そこが、今、日本の社会が非常に加入率も減ってきていると。それで、町内会の加入率も大分減ってきていますので、そういうところをこれからどういうふうに補強していったらいいかということになると、やはり先ほど申し上げましたので、そこは地縁組織が、例えば認知症の高齢者とか独り暮らし高齢者というところは非常に関心があるわけですね。ここを、NPOであるとか社会福祉法人であるとか、そういうところと一緒になって、地域拠点、まあ認知症カフェであるとか、そういうような集まるような場所を地域の中でこれはやっぱり意識的につくっていく必要があると。そのときに必要なのが、やはりそこを取り持っていく専門職だと思うんですね。やはり、そこを住民だけでやりなさいということについては、これはやっぱりちょっと今のところでは体力がないんじゃないかなというふうに思っております。
○山田修路君 ありがとうございました。
○会長(増子輝彦君) 川合孝典君。
○川合孝典君 国民民主党・新緑風会の川合孝典と申します。 三名の参考人の皆様には、大変示唆に富んだお話を頂戴しまして、誠にありがとうございました。 お話を伺う中で幾つか私自身も疑問に感じたことがございますので、それぞれの参考人の皆様に幾つか御質問させていただきたいと思います。 まず、野口先生、お願いしたいんですけれども、漠然とした質問で大変恐縮なんですが、先生の資料の中に、日本人は男性も女性も世界一孤独な国の一つだという御指摘がございましたけれども、先生は、なぜ日本は男性も女性も世界トップレベルの孤独な国民なのかということをどのように御認識されているのか、お教えいただきたいと思います。
○参考人(野口定久君) 孤独というのはいろんな定義がありますけれども、日本は、意外と家族それから地域との交わりが強いのではないかという意識がやっぱり従来からあるわけですね。実際に見てみると、やはり家族も個人個人で今はもうばらばらになって、それでそこでスマートフォンでつながっていると、デジタル化でつながっているというような。だから、こういうところの、孤独であるというところの認識をやはり日本人はもう持つ必要があるんじゃないか。そこを社会とか地域の力で、そこを孤独の段階から支え合っていくというような、こういう意識をやはりつくっていかないと駄目ではないかというふうに思います。 意外と、介護保険のところでもそうですが、家族がいろんなものを担い切ってしまうんですね。しかし、デンマークの場合にはもう介護はいたしませんので、デンマークの場合にはまあこれ税金でやるわけですから。しかし、家族は毎日高齢者のところに電話を掛けたり、あるいは施設に行ったりとかいうような、こういう交流は非常に強いんですね。だから、日本の場合には、そこのところの交流というところが、やはり今弱くなってきている原因ではないかというふうに思います。
○川合孝典君 ありがとうございました。 直接対面で話をするということを基本に我々の世代は考えるんですけど、今どきの若い人たちは、SNSで話するだけで十分交流が成立しているという認識の方もいらっしゃいますので、そういう意味でのその価値観のスケールというものも時代によって少しずつやっぱり変わってきているのかなという気もちょっといたしまして、御質問させていただきました。 もう一点、野口先生にお伺いしたいことがございますが、これも先生の資料の中に、伝統的地縁組織が弱まってきていると。十一ページの御資料に御提示されておられますが、これに対して、NPOやボランティア活動や企業や協同組合なんかが参画することで緩やかな共同体をどう構成していくのかといったようなことについての問題提起をいただいたんですけれども、いろいろと考えておりまして、例えば駅前商店街の町おこしを行うだとかというようなことであった場合には目的意識がはっきりいたしておりますので、既に様々な地域でそういった取組が、同じこういった形での取組が進んでいるということは私も知っておるんですけれども、一般的ないわゆる住宅地ですとか、特に町おこしを必要としないような地域において、伝統的な地縁組織といわゆるボランティア団体ですとかというものがあえて共同して地域づくり、コミュニティーづくりを行っていくことの道義付けを行うのが非常に難しいような気がいたしまして、そういった一般的な住宅地で、町づくり、共同体、コミュニティーづくりをするに当たってどういった配慮が必要になってくるのかということについてお教えいただきたいと思います。
○参考人(野口定久君) やはり今、地域社会というところでいえば、今、地域社会は非常に大きな問題が抱えているわけなんですが、それが表に表れてこないわけですね。一般の住宅地のところでは特にそういうのがあるんですが、先ほど申し上げたように、その中でもやはり孤独死とか、地域が抱え込んでいる問題があると思うんですね。それは、孤独死の問題などは伝統的な地縁組織ではもうどうにも対応できないわけですよね。これは認知症の人たちが事故を起こすとか、そういうようなことにおいてもなかなか伝統的な地縁組織では無理なので、そしてそこに意識的に仕掛けていくということでいえば、NPO法人であるとかあるいは社会福祉法人がそこのところを、伝統的な地縁組織を巻き込みながらそこの関係をやはり意識的に仕掛けてつくっていくというような、そういうことが今の地域社会では求められているんではないかというふうに思います。
○川合孝典君 野口参考人に続けての質問になりますけど、その場合には、やはり国や行政機関が一定の、もちろん利益を目指してということではございませんけれども、赤字覚悟でというわけにもいかないということを考えたときに、何らかの仕掛けというものは国なり行政なりがつくるということの必要性については先生はどのようにお感じになられていますでしょうか。
○参考人(野口定久君) 私は、それは先ほど申し上げたように、地域で全ての人たちが安心して暮らし続けることができるという生活保障の一環だと思っています。ですから、やっぱりセーフティーネットを、これはやっぱり行政が基本となって、これ行政がやるということは、これはもうある程度の税をそこにやはり提示して、そしてそれを、今日御報告あったような社会福祉法人であるとかNPO法人であるとかそういうところに委託をしたり、あるいは補助金を出してそこを担ってもらうというような、こういう政策上の合意を自治体の中でつくっていかないとやっぱり安心できないですよね、セーフティーネットがないと。そこで助け合いなさいということだけではやっぱりもう無理だなというふうに思っております。
○川合孝典君 ありがとうございました。 時間なくなってまいりましたので、雄谷参考人にお伺いしたいことがございます。 ごちゃ混ぜのお話、大変興味深く聞かせていただきました。何かいろいろ考えさせられたんですけど、とてもすてきな話をたくさん聞かせていただいたんですが、この施設を実際に運営していらっしゃる上で一番苦労されたことって何でしょうか。
○参考人(雄谷良成君) シェア金沢をつくったときには、あれは創生交付金とか全く入っていないんですね。それで、一般的な社会福祉施設の建築助成で成り立っているんです。 ところが、まずは、例えば介護保険の助成による高齢者デイサービスのお部屋と、それから生活介護の人、それは支援費ですね、障害者の、出どころが違います。そうすると、隣り合わせでごちゃ混ぜにしようとしているのに、それぞれ違った交付金だから廊下を二本造りなさいというような話が最初ありました。そうすると、ごちゃ混ぜにしたいのに、これは高齢者の廊下、これはという、最初はやっぱり縦割りのそういったものがあって、非常にそれを突破するのに相当なエネルギーを使いました。 今、そういったことを先駆けてやれたことで、我が事・丸ごとという、ああいった一本化してもいいよという話が進んできて住みやすくはなりましたけど、依然としてそういった問題は多々あろうかと思います。ですから、そこら辺のところは、やはりそっちもごちゃ混ぜにしていただけたらなというふうに思います。
○川合孝典君 まさにそういう話を聞かせていただきたかったわけで、大変参考になりました。ありがとうございました。 終わります。
○会長(増子輝彦君) 難波奨二君。
○難波奨二君 立憲民主党の難波奨二でございます。今日は、お三方、大変貴重な御意見、プレゼン、ありがとうございました。 まず、中川参考人にお伺いいたします。 就労型Aの話でございますけど、私は岡山県倉敷の、今住んでいるんですけど、御案内のように、大量解雇、大問題起きまして、国会でも取り上げたんですけど、国は制度をつくればいい、制度をつくったら今度はもう地方自治体に丸投げなんですよね。しかし、御案内のように、行政改革でもう地方に、市役所、公務員、これも人がいない。そういう中でいろんな事業を展開していくわけなんですけど、この就労型AにしてもBにしても、非常に崇高な理念の下につくり上げられた制度なんですけど、これが実態的にはうまくやっぱり運用されていないという、そういう現象が全国で起きたわけなんですよね。 中川参考人も関わりを持ってこられて、この就労型支援事業、どこにどう問題があって、何を国や行政に求めるかということをお伺いしたいと思います。
○参考人(中川悠君) まさかこの場でそんな質問が飛んでくるとは思っていませんでした。言葉を選ばなければなりませんね。難しいですね。 ただ、B型施設を、仲間内が、新しくつくりたいという仲間が幾つかいます。それは、既存の福祉に対していろんな思いがあって、もっとこうできるのにというようなことがあるんですけど、その気持ちの中には、自分たちがこうしたいが強くあるけど、そこで働いている障害者の姿が見えていないケースが多く見られます。 A型施設は、難しいですよね。もうけるためだけにつくってしまったケースが非常に多かったりもするし、そういうことを、つくったらもうかりますよと言っているコンサル会社がいることも知っているので、まずは、つくる前の審査というか行政審査の中で、それはきちっとできますかということを見るべきだともちろん思います。それはAもBも一緒です。 A型の施設も、よく御相談に来られるんですが、本当に、百均の部材を組んでいる仕事、どう考えても収益が折り合わへんものがあったりとか、新しい仕事でこんな仕事を持ってきたんだというのがあっても、元々は多分製造ラインがきちっとあって、それの仕事を、先ほどの漁獲とか農業の収穫物に近いんですが、を障害者福祉に置き換えていくことで仕事をつくるというのが僕自身は本質的やろなと思うので、A型で一から仕事をつくるのはほぼ不可能ではないかと僕は思っているんですね。 なので、精査をしていくべきではないかと正直に思っているし、もちろん福祉施設が潰れるとそこにいらっしゃる障害の方々が困ってしまうというのはあるんですが、それでも、やはり数、適合するきちっとした施設を残していきながらほかの施設は縮小していってもらった方が多分世の中的にはハッピーになると思うし、つくる間際の問題を行政側がきちっとチェックをすることができると、もう少し健全に使われるのではないかと正直に思っております。
○難波奨二君 ありがとうございました。 次は野口参考人にお伺いいたしますけど、地域コミュニティー、福祉活動事業、社会福祉法人だけで可能なのか、NPO法人だけでやり切れるのか。 様々な法人の体系はあるんですけど、先生の資料の中に協同組合という四文字がございます。協同組合というのはお互いの助け合いでつくって事業を行っていくんですけど、今、日本の中には協同組合なんというのはもう少なくなっちゃって、元々の理念でいくと、私はこの後、我が国の中で協同組合の可能性あるんじゃないかというふうに思っておるんですけど、野口先生のこれまでの御経験なりあるいは我が国にある現状ですよね、少し御披瀝いただければと思いますが。
○参考人(野口定久君) おっしゃるように、協同組合というのは、私も、社会福祉の分野でいうと非常に大きな活動の拠点になっているわけなんですが、そこのところは、今、スウェーデンの場合には、やはりスウェーデンは御承知のように社会民主主義というところでありますけれども、そこで今、やはりスウェーデンの中にも新自由主義というのが浸透してきているんですね。 そこで、今注目されているのが協同組合、協同組合型。福祉国家論を説いた、ペストフという福祉国家を議論している人がいるんですけれども、その人の考え方というのは、やはり協同組合を軸にしながら、そして福祉国家を支えていくというような理屈、理論なんですね。だから、これはやっぱり日本の中にも非常に有効な意味を持っておりますので、やはり協同組合というところがこれからNPO法人や社会福祉法人とどのようにコラボレーションしていくかというところでいえば、これからの組織として可能性は非常に大きいというふうに思っております。
○難波奨二君 それじゃ、最後の質問になるかと思いますけど、雄谷参考人にお伺いいたしますけれども、いずれにしても、このような活動というのはやり手の問題がやっぱり非常に大きいというふうに思うんですよね。学校現場でそうした人材の育成に向けたカリキュラム等々もあるのかどうなのかといった課題もございましょうけど、人づくりに向けての今非常に問題となっているというか課題となっているテーマがございましたらお話しいただきたいと思いますが。
○参考人(雄谷良成君) 昨日、内閣府のまち・ひと・しごと創生本部の要請で、生涯活躍のまち支援アドバイザーというものを、やはり人を育てるという観点で進めたいということで講義をしてきました。 全国で手を挙げたところの中で更に踏み込んでやっているところ、十五自治体に対してそういうトレーニングというか、やったんですが、やっぱりそこで一人を例えば県に戻しても、確実に討ち死にします。それは、そんなに簡単なものではないからです。やっぱり心が折れるというか、いろんな事例にぶつかって、それは当然地域の問題を解決していくことにつながるんですが、必ず、戻ってきてそれを誰かと協議するという場が必要なんですね。 そうすると、やはり横のネットワークというか、県をまたいででもいいですし、あるいは一つのチームとして存在するということが必要なのではないかと。スーパーマン一人では太刀打ちできないという状況があるのかなと。それをたまたま彼らとキャッチボールをしながら、そういった、そうだよね、じゃ、どうやって心が折れないような、討ち死にしないような在り方を模索していったらいいかという、それ、今回はそこまででしたけど、そういった問題が一つあるのかなと思います。
○難波奨二君 ありがとうございます。替わります。 大変ありがとうございました。
○会長(増子輝彦君) 宮崎勝君。
○宮崎勝君 公明党の宮崎勝でございます。 今日は、大変すばらしいお話を伺いまして、大変勉強になりまして、ありがとうございました。 最初に中川参考人からお伺いしたいと思うんですけれども、今、国の方でとか地方公共団体ですけれども、いわゆる公務部門の障害者の雇用で水増し問題がございまして、それで、大量の障害者の採用というのが今進んでおりますけれども、一度に多くの障害者を雇用すると非常に数合わせになってしまうのではないかというような懸念もしているところでございます。 そういったことも踏まえて、民間も含めまして、障害者の方が雇用するときとか、それから職場への定着ですね、そうしたことについてアドバイスといいますか、こうしたものを重要視した方がいいということありましたらちょっとお聞かせいただきたいんですけれども。
○参考人(中川悠君) 今、いろんな企業さんから普通に相談が来まして、例えば、ホテルの数が今から外国人観光客が増えるので倍増する、そうすると清掃で雇っている障害、高齢、ママさん世代の人が倍増する、そうすると障害者をいっぱい雇わなきゃいけないであるとか、指定管理を受ける企業さんが、プレゼンテーションのときに障害者を雇っている数値自身が点数に変わるので雇わなきゃいけないとかというような、ちょっと善とも悪とも知れない相談があるんですね。 結構その話自身を僕自身もいろいろ聞く中で、いろんな人事担当者の方とお話をする中で、根本として、企業の障害者担当の方々がなぜ障害者理解がないかという問題って、持論ではあるんですが、中学校のときから普通校と支援学校に分かれちゃうんですよね。 うちの施設の中で、例えば障害を持った子供たちを集めたイベントをしたことがありました。障害を持ったお兄ちゃん、お姉ちゃんがお料理を教えるというイベントでした。そこに健常の小学生が交ざっていました。終わった後も、そのときに障害を持った子供たちは泣き叫んだり逃げ出したりという、環境の変化に対応ができなくて、あって、そこに居合わせた健常の男の子にどうやったと言うたら、いや、いつもどおりですと、いつも学校で見ている姿がそこにあったから何も思えへんかったみたいなことがあった。あるいは、青空学級というのがありまして、中学生が交ざっていて、どうやったと聞くと、怖かったになるんですよ。それが高校生になり大学生になり社会人になって、望むか望まないかは分からないけど人事担当者になっても、恐らくよく分からない怖いものというものを解決するすべがないんですね。 ということは、一つは教育やとは思います。中学校、高校、大学生の中でもっと障害のある方々と交ざり合うことができれば、恐らく一つの問題は解決をしやすいのではないかというのがあります。 もう一つ、我々の施設にも、無理やり企業が採用をしてしまったがゆえに一か月で辞めた精神障害の方とか、現場自身は受け入れる体制がなく、人事担当者が入れてしまったがゆえに心が折れてしまった障害の方というのがよく目の前に現れますというと、なかなか解決方法がないんですよね。 なので、もう一つ、施設は結構ネットワーキングがあって、定着支援という半年間の施設が介入するものがあるんですが、一番最後に書いたとおり、企業人事の方々が相談ができる相手がほぼ存在をしないんですよ、僕の知っている限りでは。ほかの人事とほかの人事の、他の会社がそれを相談している気配もなさそうである。なので、そこのネットワーキングがもしできて、職域開発、行政側がそれを支援している場合もありますが、職域開発とか、こういうふうなことがあるという事例がきちっとマニュアルとしてあるであるとか、コミュニケーションの組織体ができるとかというのがあると、もう一つの問題が解決しやすいのではないかと思います。 ただ、これから多分どんどん、急激に障害者雇用が進んでいるので、そこから、採用はされたけどあぶれてしまう障害者が絶対に増えるというのは今から待ち受けている問題だとは思います。
○宮崎勝君 次に、雄谷参考人にお伺いしたいと思います。 大変すばらしい取組で、事前にいただいた参考資料の中で、タウン型、ビーズ行善寺というんでしょうか、タウン型で顕著なのは、周辺に住む一般の方々が、民度とか、セーフティーネットとしての機能が飛躍的に上がっているということで、福祉という領域を超えて町が良くなっていく感じがあったということをお述べになっていらっしゃいますけれども、町中にそういう施設をつくるときに、例えばこういう、よくある例えば批判とか摩擦とか、そうしたものがなかったかどうか、ちょっとお聞きしたかったんですけれども。 〔会長退席、理事川合孝典君着席〕
○参考人(雄谷良成君) 二十年ぐらい前ですかね、まだ入所施設から地域移行ということでグループホームつくると。今までうちの法人はこれで六十年近くやっているわけですけど、これだけやってきて、障害のある人たちが地域に、佛子園さん頑張っているけど、地域に出るということもいいことだけど、うちの隣に住むというのはちょっと困るというようなことがありました。それまでやっぱり何回もいろんなイベントとかをやってきたわけですけど、イベントではやっぱり突破できないと。 日々やっぱり人が関わる、奇声を誰かが上げる、そのことを理解しているということが大切だと思いましたので、そういったものは最初はやっぱり皆さん分からないんですね。障害者というよりは、障害というものが分からない。ですから、そこをうまく小さいときから接点を持つと、それは普通になります。そんなことがまずは大切なのかなと。 今、でも、反対に、昔明らかに施設建設反対と言われた人が今は毎日お風呂に入りに来て、いい支援者になっていますので、そういった意味では、まあそれもありかなと。そういったことをみんなで相談して突破していくというのが地域で、問題は一〇〇%なくなりませんので、それに向かっていくということなのかなというふうに思いますけれども。
○宮崎勝君 ありがとうございます。 野口参考人にお伺いしたいと思います。 特に、個人化、孤立化ということが先ほど来出ておりますけれども、やっぱりこういう地域コミュニティーを充実させる上で、やはり支援を必要としている人というのは、なかなかそこに確実に支援の手が差し伸べられないということがやはりなかなか課題だと思うんですね。そういう人たちをどう見付けて掘り起こし、支援していくかということだと思うんですけれども。 そういう中で、先生が御提示いただいた地域共生社会の実現と総合相談体制の仕組みというところに丸ごと相談室というイメージが掲げられておりますけれども、このイメージをもうちょっと説明していただければと思うんですけれども。
○参考人(野口定久君) この十一ページの図は、丸ごと相談室というのは、今はそれぞれの専門職が、制度とかそれから法律によって所属しているところがばらばらなんですね。 〔理事川合孝典君退席、会長着席〕 ですから、今の時代は非常に、八〇五〇であるとか、ある地域包括支援センターのところでの調査では、一人、その一軒当たり大体三・六ぐらいの項目が同時にあるんですね。非常に複数の問題を抱えているんですね。その人たちが地域包括支援センターに相談に行っても、あるいはそれぞれのセンターに行っても、そこの専門の人しか対応できない。そういう意味では、その世帯、問題を抱えている世帯丸ごとを支援することができない状況が今あるんですね。それが今、総合相談支援体制を各自治体の中でつくっていって、そしてそのときに専門職チームをつくっていくということですね。 そういうような取組をこれから自治体の中で、非常にこれは自治体の中でもセンターとか部署の再編に関わることですから、ここも、そこのところはもう垣根を取っ払っていくようなことをしていかないと、もうこれからの問題に、複雑になってくる問題にやっぱり対応できない、それから早期発見ということも非常に難しくなってくるというふうに思います。
○宮崎勝君 終わります。
○会長(増子輝彦君) 藤巻健史君。
○藤巻健史君 日本維新の会の藤巻です。 まず、野口参考人にお聞きしたいんですけれども、先ほど川合議員の方から、なぜ日本人が世界有数に孤独感を感じているかという御質問があったんですが、それと少し関係あるかもしれないんですけれども、孤独死が多いという話を参考人はされましたが、これは考えようによっちゃ日本が高福祉国家だからとも考えられるわけですよね。 要は、高福祉であるがゆえに地域で、家族の代わりに地域で高齢者の面倒を見ようと。ですから、家族から離れるような経済環境が成り立ってしまって、昔だったらば家族と一緒にいないと生活が成り立たないと。ですけれども、高福祉になったおかげで、子供たちがどんどん外に出ていっちゃう、親は社会、地域が面倒を見ればいいということになって独り住まいが増えると。先ほど先生のおっしゃったように、デンマーク人みたいな国民性であって、遠くに離れていても毎日電話をするような国民性であればいいんですけれども、そうでない日本人にあってはやっぱり親子は大家族でないとどんどんどんどん孤独を感じると。 こういう考え方については、どういうふうに反論をされますでしょうか。
○参考人(野口定久君) 非常に今の日本の家族関係のところの本質的な御質問であって、我々も非常にそこのところはどういうふうに理解していいのかということを悩んでいるところでありますけれども。 事実として、今独り暮らし世帯が増えておりますので、そこのところから、あるいは家族がいても孤独であるということですよね。それが、やはり日本の場合にはどうしても、これ、障害のある人もそうなんですが、やっぱり家族が抱え込んでしまうという、こういう意識が非常に強いわけですよね。ですから、その辺りのところを社会の方でこれだけのやはりサービスを、あるいは地域の方でこういう支えをあるんですよということをお示しして、そしてその上で、家族の支えはここまでだったらできますねというようなことだと思うんですね。 私は、家族の愛情というのは、介護にしても子育てにしても、これは私は家族の愛情というのは非常に重要であると思っています。それを発揮できるためにも、社会のサービスとか地域の支えというのを用意しておくということがこれから日本の社会では求められていることであるというふうに考えております。
○藤巻健史君 今お聞きしていますと、確かに子供のためには、今まで子供が大変だった仕事を地域社会が担ってくれるという面ではいいかもしれないんですけれども、親の立場からすると、それがゆえに子供が離れていっちゃって孤独死を迎えるというようなことにも考えられるなと。単なる、別に感想ですけれども。ですから、その辺の折り合いというのは考える必要があるのかなと思いますね。もしあれば。
○参考人(野口定久君) それが、家族の個人化あるいはその核家族化というのが進んでいくので、今、一九七〇年代から八〇年代ぐらいに建てられた郊外の大型団地がこの問題に今直面しているわけなんですよね。子供たちが外に出ていって、高齢者だけが残ってくるということですよね。 それで、そのときに今問題になっているのは、地域との関係づくりとかそういうのを、そういう団地とかいうところでは非常に、今までその関係をつくるのが嫌で団地住まいを選択してきたということがあるので、その辺りがまだ昔のあれはある、思いはあるんだけれども、現実として、どうやって隣近所の人と結んでいったらいいのかというのが分からないところにある。だから、この辺りをやはり丁寧に実践を含めて地域の中でこしらえていくということが必要ではないかと思います。
○藤巻健史君 雄谷参考人にお聞きしたいんですけれども、ごちゃ混ぜ社会ということで、確かに障害者の方にとってはこれ非常に重要かなと思うんですが、ただ、高齢者に限って言うと、ちょっとこの価値の一面性だけというかな、気がするんですよね。例えば、私なんか、テレビで見ていると、施設に入った高齢者が何か皆さん童謡を歌ってなんてやっていますことをよくテレビに映りますけど、私、そういうところに入りたくないなと思うわけですよ。 例えば、学者の先生で学問を今までやっていた方が、はい、皆さん、皆さん一緒に童謡を歌いましょうねなんて強制的にやられたらとんでもないと思って、やっぱり何かそれこそ施設の方の目上からの視線で何か高齢者を子供に見ているような感じがしていて。だから、そのごちゃ混ぜ社会とかそういう施設はいいんですけれども、それが全てではないと、そうではない人たちもいるという認識もやっぱり必要なのかなと思いますが、いかがでしょうか。
○参考人(雄谷良成君) ごちゃ混ぜを施設と捉えるか地域社会として捉えるかという問題だと思うんですね。ですから、地域というものの定義を考えたときに、人が継続性と密着性を持って経験を共に有しながら暮らす場所ということですから、箱物というよりはやっぱりエリアというんですかね、そういう考え方だと思うんです。 ですから、やはり一人でいるのがいいと、おっしゃるとおり、童謡なんて歌いたくないと、それはもちろんしかるべきだと思いますし、僕も誰かが押し付けるようなそういったサービスには非常に抵抗感を持っています。
○藤巻健史君 ちょっと今日議題が違うかもしれないんですけど、先週の日、月と中国、日中議員連盟で北京に行かせていただいていろいろ視察してきたんですけど、AIが発達していまして、向こうの国は、そのAI技術と、それからロボットで、例えばコンビニの従業員を十分の一にできると自慢しているわけですよ。十分の一の数でコンビニを経営できるといったときに、日本人は足りないから外国人を入れると。これじゃどんどん、これはAIがまた北京に、中国に負けるなという認識があったんですが。 介護の方で、そういう社会を含めて、AIという感じ、日本ではどうなんですか。もうちょっと入れないと、私は、ちょっと議題が違っちゃうかもしれないので申し訳ないんですけれども、単に人だけのと言っていると全てが遅れちゃって、介護こそAIを入れていくべき分野なのかなという気もしているんですけれども、いかがでしょうか。
○会長(増子輝彦君) どなたにですか。
○藤巻健史君 雄谷参考人。
○参考人(雄谷良成君) いろんな仕事がありますので、介護というと対人サービスだというだけではなくて、実を言うと、例えば会議をしたときに会議録を取ると、あるいはいろんなデータを書き写すとかというときには、例えば文字化、言語の文字化、AI、これは非常に有効だと思います。 そうすると、本来の我々が人間として関わる業務が増えるわけですから、質の高いものができると。そういった意味では、非常にやっぱりそういったものに目を向けていくということは大切だと思います。
○藤巻健史君 終わります。
○会長(増子輝彦君) 岩渕友さん。
○岩渕友君 日本共産党の岩渕友です。 三人の参考人の皆様、今日は本当に貴重な御意見いただいて、ありがとうございました。 まず、野口参考人にお伺いをいたします。 参考人の資料を読んだ中に、一九九〇年代からの失われた二十年の中で、地域間格差、あと世代間格差、そして所得間格差が広がって、リーマン・ショックを受けて正規から非正規の転換が進んでワーキングプアが生み出される、こうしたことがある中で、家計の崩壊がコミュニティーの崩壊につながったというふうに述べておられる部分がありました。この経済的に弱っていたところにあの二〇一一年の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が起きて、被災地では二重の被害を受けるということになりました。 私は福島県の出身なんですけれども、あの原発事故によって、その避難によって地域でのコミュニティーが壊されたと。そもそもコミュニティーの中における人々の結び付きが非常に強い地域だったということもあって、それだけに失ったものの大きさというのは計り知れないなというふうに感じています。だから、それに伴う精神的な苦痛も含めてコミュニティーの喪失というのは重大な被害です。 今、被災地では災害公営住宅などの孤立死などの痛ましい事件が起きていて、でも、現場ではその孤立死を防ごうということでいろんな努力が行われているわけなんですけれども、そのコミュニティーを再建させるということが命に関わる課題の一つになっていると思っています。 被災地の復興を進める上でコミュニティーの果たす役割についてどう考えておられるのかということと、あと、コミュニティーの確立のために政治がどういう役割を果たす必要があるとお考えかということをお聞かせください。
○参考人(野口定久君) 今、もうすぐ三月十一日になるわけですけれども、私は、今の災害の、先ほど申し上げましたように、今、日本は災害列島になってきているわけですから、こういう大災害がこれからも頻繁に起こってくるわけですね。 そのときに、やはり今までは、避難所、それから仮設住宅、それから復興住宅というような、こういう、私たちで、居住福祉学会でも言ったように、これ単線の復興なんですね。その中でコミュニティーをつくっていきましょうということなんですけれども、私どもはその被災された人たちや地域の生活を再建していくということが重要だと思っております。雇用ですね、働く場、それから住宅、それから健康等、こういうようなことをセットとして支援できる体制をつくっていくということだと思うんですね。 その中に、私は、コミュニティーをつくっていくということが含まれるのであって、今はそこのところでコミュニティーだけをつくっていこうとするから、冒頭言われましたように、家計のところが非常にもう、つまり生活が成り立っていかないところは、これは、日本社会がやはり貧困や格差というのが想像以上に今膨らんできているということだと思うんですね。 これはOECDのジニ係数で見てももうはっきりと出てきているわけなんで、その辺りが地域の中で出てきた、元々あるところに災害が起こったときに、そこが生活もコミュニティーも崩れてしまうというようなことになるので、そこのところを、今、地区防災計画というのを立てなければならないわけなんですが、地区防災計画の中にそういう生活再建やコミュニティーの再建ということを、常日頃から、平時のときからそれを入れていくということが重要ではないかと思っています。
○岩渕友君 ありがとうございます。 次に、中川参考人にお伺いをするんですけれども、就労継続支援B型事業所の運営に取り組んでおられるということで、先ほど御紹介もありました。 冒頭に、賃金が非常に低い実態があるというお話もあったんですけれども、報酬改定の影響で減収になったという話もいろいろ聞いているので、その基本報酬の見直しが必要なんじゃないかなというふうに考えるんですけれども、参考人はどのようにお考えでしょうか。
○参考人(中川悠君) 大体月額一万五千円ぐらいが平均工賃が出ているところは、報酬改定後も余り状況は変わらないと思っています。パーセンテージが今すぐには出てこないんですが、それより低いところが圧倒的に多くて、そこが減算という世界の中にいるというのが僕らの中の体感の基準値なんですね。 じゃ、その低いところが、その工賃と仕事づくりなんですが、実際のお仕事をつくっていけるんだろうか、つくれる体制があるんだろうか。恐らく多くの福祉施設がその状況にないと思っています。これは、僕自身も結構全国いろんな施設に行かせてもらった中でも状況は余り変わらないので、減算が締め付けなのかというのはいまいち難しいんですが、そこなのかなと思うところはあります。 ちょっと駆け足になってしまった説明の中では説明できなかったんですが、淀屋橋という都会の施設をつくったときに三万円の工賃を払われた方がいらっしゃいました。複数名おられて、僕は、三万円になったらおのずと就職したいと言うと思っていたし、そこに障害者年金も入るので、独り暮らしをしたいと言う人が誰か出てくるやろうと思ったんですけど、いなかったんですよ。結局、工賃というものとその生活とか、工賃というもの、就労というのは僕の中では余り結び付きがなくて、それより、料理をすることができたとか洗い物ができた、掃除をすることができた、人とコミュニケーションができた、親亡き後に多世代と話す能力が身に付いたとか電車に乗れたとかの方が、僕は生きる力と言いますが、圧倒的にその方が就労に結び付きやすいんですね。数値的には難しいんですけど。 なので、工賃じゃないのではないかと僕自身は途中から思ってきたので、減算をしたり締め付けをするからもう少し軸の考え方を見直すべきなのではないかなと思っている感じです。
○岩渕友君 ありがとうございます。 そうしましたら、もう一度野口参考人にお伺いをするんですけれども、先ほどの、原発事故によって避難指示区域の外から避難をされた方たちもいらっしゃるんですよね。その避難の継続を希望する方もいらっしゃいますし、事情があって次の住まいを見付けることができない方もいらっしゃるわけなんですけど、その中で、住宅の無償の提供が打ち切られて、今年の三月末で家賃の補助も打ち切られると。 前回の調査会の中で、住まいの確保をテーマに参考人質疑を行ったんですけれども、住まいは地域コミュニティーの土台だということを確認されたんですよね。その居住権を保障することの重要性についてお考えをお聞かせください。
○参考人(野口定久君) 我々の日本居住福祉学会は、この居住、住居は福祉の基礎であるということをずっとうたっております。やはりそこに住み続けることができるということ、これをベースにしているわけですね。そこの住居の質を保証することによって、そして、そこに社会保障であるとか社会サービスであるとかいうようなところが成り立っているという、こういう考え方を持っておりますので、そういう意味では議員の言われるところを我々も重視していきたい、いくということであります。
○会長(増子輝彦君) よろしいですか。
○岩渕友君 はい。ありがとうございました。
○会長(増子輝彦君) 平山佐知子さん。
○平山佐知子君 無所属クラブの平山佐知子です。 今日は本当に、それぞれの参考人の皆さんのお話、大変勉強になりました。特に、その中でも人と人が支え合う地域づくりということで、雄谷参考人の話にもありましたけれども、まずは支援を受けている人たちが今度は支える側にも回って、それが重度の方であってもということで、その方の居場所にもなるし、生きがいづくりにもなるんだなというふうに、それが、その本人はもちろんなんですけれども、家族の方のまた喜びにもなっているというのは、ああ、なるほどなというふうに感じました。私も、地元が静岡県で、地元の障害者関係の方ともお話しする機会が多いんですけれども、やっぱり人にずっと支援を受ける側でいるということは心苦しくて、なかなか外に出るのが申し訳なくなってしまって引きこもってしまうという話も聞くので、ああ、こういう社会づくりというのは重要だなというふうに改めて思った次第でございます。 その上で、ちょっと質問もさせていただきたいんですけれども、まず、野口参考人にお伺いいたします。 事前に読ませてもらった資料の中にあったんですが、社会的に弱い立場の人々の地域での生活を支えていくには、家族ですとか近隣、友人によるインフォーマルな助け合いのネットワークをつくっていく必要があると。また、コミュニティーソーシャルワークには、従来の待機型の相談援助ではなくて、求められれば自分から相手の生活の場にも入っていってそこで一緒に考えて、その中で援助をするような、より積極的な姿勢が求められるというふうにあったんです。 確かにそれをやっていかなくてはいけないなというふうに思いますけれども、先ほど野口参考人もおっしゃっていましたけれども、やっぱり家族の在り方が個人化してきたり、町内会に入らない、子供会にも入らない、そういう方々が増えてきていて孤立化をしている。そしてまた、そういう中で、様々な、何というんだろう、施設ですとか家庭ですとか、つなぐネットワークの在り方というのがすごく難しくなっているなというふうに感じている中で、どうやってもっと積極的に入っていったらいいのかどうか、もし具体的な事例とかお考えなどありましたら、例えばつなぐ人がもっと必要だとか、そういうことがありましたら教えていただきたいというふうに思います。
○参考人(野口定久君) 私が提起いたしましたのが、八ページ目の図のところなんですけれども、やはりインフォーマルなネットワークであるとか、あるいは専門職自体が出向いていってそこで対応、ニーズを発見していくというような、ここをこれからどうつくっていくかというところなんですけれども、そのときに、私はやはり、今そこのところだけを強調するようなところもあるものですから、もう少し先ほどから申しているような安心できる地域社会、これは行政の果たすべき役割は非常に大きいと思うんですね。 サービスを提供するかどうかということはこれは別の団体でもできるわけですから、それを支えるだけの政策とか施策をやはりきちっとやった上で、住民の方たちの支えるネットワークであるとか、それから専門職も外に出ていけるような、そういう仕組みをつくっていくということが、やはり根底にはそこのところがないと、どうしても住民のネットワークで支えましょうということになると、どうも何かはしごを外されたような形がやっぱり住民の中にはあるんではないかと思うんですよね。そこのところの行政との信頼関係をまずつくっていくというところだと思うんです。それは、皆さんがやっておられる実践がそれを証明されていると思うんですけれども。
○平山佐知子君 ありがとうございます。 先ほど雄谷参考人がおっしゃったような黒子の存在というか、そういうものをやっぱり政策的にもしっかりと行政側も含めて考えていかなくてはいけないのかなというふうに本当に思っているところであります。 雄谷参考人のごちゃ混ぜの場ということで、人が支え合うようなと先ほど申し上げました地域づくり、ちょっとお伺いしたいんですけれども、シェア金沢にしても、一つ一つの施設という見方ではなくて、面で、地域全体でという考え方、本当に共感をいたしますし、ああ、どこのところでもやっていけたらいいんじゃないかなというふうに思っています。 その中で、静岡県内でも結構山間地、中山間地の問題とかあるんですが、町中でというお話があって、歩いて行けるところにいろんなものがあって、そこでつながってという話がありますけれども、例えばそういう中山間地でこういうことをやりたいよという場合は、何かアイデアとかこういうことはどうですかというものがあれば、ちょっとお伺いしたいなというふうに思います。
○参考人(雄谷良成君) 今、広島の安芸太田で、まさに中山間地なんですけれども、やはり人口が密集していないところに対していろんなものがこうというのは非常にやっぱり難しい状況があります。そんなときに、国交省でいうところの例えばコンパクトシティーとかスマートウエルネスとか、やっぱりそういったものを先々を見据えながらやっていくという必要があるのかなと思います。 例えば、豪雪地なんかで孤立するような場合にはこれは非常に危険な状態になっていくと。まだ何軒かある場合はいいんですが、もういよいよ一軒になったという場合には、居住区を例えば、でも、先祖代々の土地を離れるわけにはいかないという感覚も起こるわけです。そうすると、居住区をまずは集中したところに持っていきながら、例えばそこに畑仕事をしに行くとか、そういったケース・バイ・ケースで、やっぱり何らかの形でコンパクトにまとめていきながら、皆さんがそういった自分の長い間培ってきたものを切らないようにやっていくという工夫は必要なのかなと思います。
○平山佐知子君 ありがとうございます。 では、中川参考人にも伺いたいと思います。 私も地元のB型事業所の運営に携わっている方々から相談を受けることが多いんですけれども、例えばA型に入らなかった方がB型の方にだんだん下りてきてという、報酬改定の後、そういう事例もあって、B型の方も重度の方も受け入れてくれるところがなかなかなくて、私の知り合いの方はどなたでも受け入れるということで、だんだんと重度の方も増えてきてしまって、しまってというか、重度の方が増えてきているという状況の中で、中川参考人のカフェの運営とかも、いろんな精神、知的、身体の方もたくさんの方が入っていらっしゃるということがありましたけれども、例えば重度の方が多い事業所の中で、何かその中でもアイデアといろんな考えで何か運営して、前向きに捉えてそれをやっていくことができるのかどうか。また、そういうアイデアがもしありましたら、イシューキュレーターとしての御意見がありましたら伺いたいなというふうに思います。
○参考人(中川悠君) B型をする中で非常に難しい問題があって、それは、居場所としてずっといたい、一生そこにいたい方と就職をしたい、就労したい方というのが同居するんですね。そうすると、支援側は、いつか就職をするんだから、こうやって頑張って目標に向かっていこうねという言葉が一斉に通じない場合がある。そんな言うたかて、僕ずっとここにいたいわということを言われると、一瞬で言葉が無効化してしまうベースがあります。なので、できればB型でも、これはBダッシュという言い方をするんですけど、その就労に近しい気持ちを持たれた方と分けるべきではないかなと個人的には一つ思っているんですね。 じゃ、B型の中で重度の方で仕事をつくらなきゃいけないときに、これ結構いろんな施設に聞くんですけど、近隣の企業をどこまで知っているということと、B型で、ほかの町でも他府県でもいいんですけど、事例を持っているのは知っていると言うと大体知らないという、そこが多分問題ですね。 地域の中では本当に、淀屋橋という町では都会のオフィス街の企業さんが町というものです、杉本町では住民が町を構成しているので形は違うんですが、どちらでも、障害者さんにもっと関わりたいねんとか応援したいねんという方は必ずいらっしゃるので、例えばケーキ屋さんでもいいし、お肉屋さんでもいいし、農家さんでもいいし、そんな方々と本当におつながりになると、途端に工賃がわっと増えることがあるし、その中でのお仕事をその応援したい側がつくってくれるケースも多くあると思います。 伝統工芸なんかも結構面白くて、職人さんのテンションが上がってきて、僕、これ障害者の方々にこんなのしてあげたいわみたいな、今までの長年、何十年掛けてきたものを自分でねじ曲げてでも仕事のしやすい状況をつくってくださる事例もあるので、まずはその近隣の方々の地域資源、先生もおっしゃっていましたが、地域資源をもうフル活用をするということをつなげてくると何かの化学変化があるかなと思います。
○平山佐知子君 ありがとうございました。
○会長(増子輝彦君) 以上で各会派の一巡目の質疑は終了いたしました。 他に質疑の希望のある方は挙手を願います。 川合孝典君。
○川合孝典君 改めまして、国民民主党・新緑風会の川合孝典でございます。 先ほど質問をさせていただいた中で、中川参考人の方に御質問をさせていただく時間が取れませんでしたので、中川参考人に少しお伺いしたいと思います。 まず、お配りいただきました資料の中で、いわゆる企業で雇用した障害をお持ちの方を出向させるといったような御提案がございましたけれども、実際に今どういった形でこの取組をなさっていらっしゃるのかという実情についてもう少し御説明いただけると有り難いなと思いますので、よろしくお願いします。
○参考人(中川悠君) ありがとうございます。 この取組自身がまだスタートをして間もない世界ではありますが、事例が少しずつ増えてきました。 僕ら自身が結構、早口でばあっと言ってしまったんですが、結構悩みながら地域に関わっていて、僕らが離れてしまうとやっぱりなかなか生活が立ち行かなくなる、まあ生活立ち行かなくなることはないんですが、ちょっと話はそれて、孤独の話が今日結構出たんですけど、結構その地域食堂に関わって、僕、孤独死の概念が少し変わったんですね。 今関わっているその杉本町の中でも一人の八十代の女性の方がいらして、話を少しずらしてしまうんですが、私は孤独じゃない、孤独な悲しい高齢者扱いをしてほしくないということをおっしゃられるんですよ。でも、新聞、メディアは必ず孤食支援だとか悲しい高齢者がと言うんですが、彼女は彼女としてプライドを持って生きていて、毎日どんな生活をしているんですかと言うと、確かにその食堂ができるまでは、旦那さんを二年前に亡くされて介護されていて、ずっと本を読んでいて、テレビを見ずに、夜十九時ぐらいから一時間ぐらい歩いて帰ってきて、自由に本を読んで寝る。確かに食堂ができてからは話せる場所ができたんだが、孤独が大好きなのですと。私は自由奔放に生きて自由に死ぬので、孤独死というのは他人が決めることであるということをおっしゃられて、はあ、そういう考え方があるのかと。それを何人かの高齢者に聞いても、結構同じ意見があるんですね。 なので、孤独死というのは孤独死なんだろうか、確かに状況は孤独死なんですけど。でも、今いろんな議論がある中で、高齢の方々もかなり自由に経済を持ちながら生きていくことができてきた中で、彼らは多分、その地域コミュニティーに入りたくないとか、関わりを持ちたくないとか、高齢者施設に入りたくないとかという中で、選択ができる権利というか生きる権利がある。その中でいくと、それを外部が、僕らみたいなものが応援をする、興味を持ってねと言う、関わらないと言われる、興味を持ってねと言う、関わってくるみたいなのが、相乗効果の中でどうなるかは分からないんですが、ただ、もう少し高齢の方々はもっと解放された存在ではないのかなと思っている世界があります。 その中で、じゃ、どんな方々が、例えば地域に本当にニーズがあって、今でもその杉本町以外でも、大阪市内でも一つで、滋賀県、京都、淡路島でも同じような地域食堂をしたいという声が続々と集まってきています。本当に、この八月に始まってから五例ぐらいが相談を持ちかけてくるんですね。空き部屋があるんだ、高齢者がいるんだ、でも担い手がいないんだと。孤食は確かにそこにあるんだというのがあって、企業の相談事でも、やっぱり障害者自身の生かし方が分からない、善意を持って雇いたいが社内ではなかなか理解がないというところ、でも法定雇用率は達成せなあかんという中でいくと、やっぱりその企業からの、どういうふうにお雇いした方々をハッピーにできるのかという相談が確実に増えてきています。 もう一個、変わった事例の相談があって、それは、既存社員がいました、交通事故に遭いました、半身不随になりました。実際あした会いに行くんですが、そんな方々は会社としては受入れ体制はもちろんなかったりもする。ただ、解雇をするわけにもいかない、長く一緒に働いてきた仲間なので一緒に働きたい、だが働ける場所をつくれる体制がないという中でいくと、彼らがもう少し、企業CSRなのか分からないんですが、生かす場所があるのであれば、地域の困り事にコミットをしていくという方が彼らの人生にとってもいいんじゃなかろうかというような声が少しずつ集まり始めているというのがありますので、間違えてしまうと、ていよく障害者を雇用したんだが、そこに押し付けてしまう形になるかもしれないというのは危惧はありながらも、一つ、障害者雇用としては、大阪だけでも六千九百五十五人の障害者枠があって、障害者さんにとってみては一万五千円のお給料が十万円前後、十五万円近くまで上がっていくことができると。それは非常に双方の経済にとってみてもハッピーではなかろうかというのがあるので、今本当に、これは一つ、僕らの中でいくと日本の未来を支えていく鍵になるんじゃないかなと思っていて、押し広げていく感じです。
○川合孝典君 ありがとうございます。 先ほど御説明の中にもありましたように、ハローワークしかチャンネルがないところに参考人のようなお取組をされている方々がうまく企業とマッチングを行うという、そのマッチング機能をどう強化するのかということについては確かに余りこれまでここでも議論されてこなかった話でありますので、非常に重要な示唆が御意見の中にあったのかなというふうに思いました。ありがとうございます。 あと、それともう一点なんですが、企業で雇用した障害者を出向させる形を取るという、こういう形を取ることについて、現行の障害者雇用の法定雇用率だとかという、いわゆる障害者雇用の現行法の枠組みがこうした取組を行う上で何か障害になっている部分とか、現行法上の運用上の問題点とかというのが、何かお気付きになったことってありますか。
○参考人(中川悠君) 実は、厚生労働省関係というか、の方にも御意見を間接的に伺うことができたんですが、現行の法令では問題はないそうです。もう一つ、派遣法になると、監督責任の問題があるのでなかなか難しい。出向型であると監督責任さえちゃんと維持できていれば問題がないというのがあるので、結論としては、現行の法制度では問題がないとなります。
○川合孝典君 いわゆる労働者派遣法の適用ではなくて、障害者の法定雇用率云々のところでこれはできるという。
○参考人(中川悠君) できます。派遣法ではないので問題なくできますというのがありますが、確かにそれが正義なのか悪なのかということはきちっと見極めないといけないなとは思っています。
○川合孝典君 現状、新たな試行錯誤しながらのお取組ということですから恐らくそういうことなんだろうと思うんですが、今後、ビジネスとして実際に大規模に展開していくようなことになった場合に、要は善意だけでなかなか物事が動かないような事例だとか、いわゆるブラックなビジネスといったようなものというのも油断をしているとはびこる危険性もあるわけでありますから、今後、そうした切り口からの障害者雇用の、障害をお持ちの方々が職を身に付ける、仕事をされるということについての枠組みをつくっていく上では、恐らく法整備だとか、新たな法整備も含めて議論しなければいけないんじゃないのかなと思いましたので、また機会がありましたら意見交換をさせていただきたいと思います。 以上で終わります。
○会長(増子輝彦君) 他に質疑の御希望の方はございますか。 伊藤孝江さん。
○伊藤孝江君 公明党の伊藤孝江です。 今日は、三名の先生方、本当にありがとうございました。 まず、中川参考人にお伺いをしたいんですけれども、先ほどの質問に引き続きという形でお聞きできればと思うんですが、障害者の方を雇用した側のサポートというか、その相談窓口をしっかりつくっていくことが、やはり離職率もそうだし、就職をマッチングをしていくことも含めて大切なんじゃないかという点なんですけれども、今現在、働く障害者の方の側からしてハローワークぐらいしかないというようなこともそうだし、会社の側からしてもハローワークに出しているというような中で、仮に会社側に対しての相談窓口、サポート体制をつくるとした場合に、どういうところがどういう形でしていくのが望ましいというようなことについて、もし御意見があるようでしたらお伺いできればと思うんですが。
○参考人(中川悠君) 企業側がいろんな相談を持ちかける中で共通して出てくる問題点というか課題が、求人の方法というのと、もう一つが、職域開発というんですが、どんな仕事をすればいいかということと、三つ目が、その障害者の指導役はどれぐらいのコストが掛かるのかというこの三つに大体集約をされるんですね。それは、もう本当にどの企業家さんから御相談を受けても同じことをおっしゃっている形になります。 特に、そこで我々、行政側がというか、行政の方々が注力するのは職域開発、どういうふうに仕事をするかなんですが、求人に関しては、就労移行支援事業所というのが世の中にはありまして、大阪市内でもかなりの数があります。そこに例えば二十人ずつ障害者がいるとなると、結構な就職をしたい希望の方々がいる。でも、それはハローワークと少し直結をしているわけではないし、企業さんはその存在を知らない、就労移行支援事業所はそういう企業に会える営業力はないというのがミスマッチがあるので、そこはつなげるとある種いいことが起こるのかなと思っています。 企業側の障害者雇用に関する問題点が共通しているのであれば、職域開発に関しての媒体は行政がよく出してはいるんですけど、その仕事、雇用した後というのが本当に各それぞれのブラックボックスに入っちゃうんですね。なので、そういった方は中で絶対同じ問題点があるし、絶対同じ課題があるしというのがあるので、そこを開示をしながら、今々、今、本当に注目を集めている中で、問題点をつなげていくような人的ネットワークができれば、集約される部会が本当に三つぐらいに多分収まっていくんだろうなと思うので、そういうのができるといいなと思っているし、何かつくっていきたいなと思っていますね。
○伊藤孝江君 ありがとうございます。 続きまして、雄谷参考人と中川参考人に同じ質問をさせていただければと思うんですが、今日のお話の中で、地域の方々であったり健常者の側からして障害者の方を見たときに、分からないとか怖いという感情がどうしても先に出てくる現状があると。その中で、雄谷参考人の方は接する機会をたくさんつくっていったらいいんじゃないかと。また、中川参考人の方も教育という、きっと根本的には同じようなことをおっしゃっているんだろうと思うんですけれども、そういう障害者の方のことを理解をする、分かり合う、ふだんから接するというようなことを今後意識していくということをするために、国というか行政の側でもっとここをこういうふうに社会の中でつくっていくべきじゃないか、していくべきじゃないかというような御意見等がありましたら是非お伺いしたいと思うんですけれども、いかがでしょうか。
○参考人(雄谷良成君) 特別な教育をするという形ではなかなか定着しないと思いますね。やっぱりその地域で生まれて一緒にいるということなのかな、継続しているという形ですね。 それから、面白いのは、誰かが今大きな声を上げるんですよ、こういうごちゃ混ぜの拠点で。そうすると、普通は振り向きますよね。御飯食べているときに後ろの人がわあっとどなると振り向くんですけど、今誰も振り向かないんです。そうすると、振り向いた人は視察で来ている人なんですということ、で、そのときに周りを見ると、あれ、自分だけが振り向いていると、自分がそこで学ぶんですね。 ですから、何というんですかね、誰かが障害者ってこういう人たちだよということを教えることはもちろん大切なんですが、それではなかなかうまくいかないんです。全体のいろんな人がいる中にほんの一人いるという、それが特別じゃないということを経験としてやらないと、だから縦割りにしたことに相当な無理があるというか、だと思いますね。 だから、そういう機会を特別な施設とかじゃなくて、教育とかではなくて、一緒にいるという場づくりが大切なのかなと思います。
○参考人(中川悠君) 教育というのが、一つは工賃のところから逆算をしていくと、なぜそこに働くを教える場がないのかというような怒りにも似たものがあるんですけど、先ほど、中学校から人生が分かれていくというお話のとおり、確かに接点がないんですね。 共に暮らすというのが一番いいんですが、なかなかその環境がなかろうとも、本当に中学校までは、小学生はダイバーシティーの中にいるんやということはもう間違いなくそこにあるので、それをもし、もうなかなか難しいのも分かりますが、延長させることができれば、多分今のようなずれというのは絶対減っていくと思うし、叫んでいても、ああ、叫んでいるなと日常の中で振り返りもしない世界ができるとは思うんですね。 うちの施設は、軽度の方が多いんです、自力通所ができる方なので。見に来られた、見学をされた方はほぼ一〇〇%、普通っぽいねと、恐ろしい普通という言葉を使うんですね。じゃ、普通っぽくないと思っていたのかというと、多分彼らは、障害者というものは叫ぶ子もいるし逃げる子もいるし暴力も振るう子がいるというような本当にイメージだけであるんですが、個々それぞれ本当に特性も違うし、穏やかな方もいっぱいいるし、なので、それは見に来たらいいというのでは余りないんですけどね。共に暮らすんですかね、やっぱり。共に暮らします。
○伊藤孝江君 ありがとうございます。 最後に、野口参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。 参考人の今日の資料の中でも、居住福祉学会ということで、現場主義というところで、町づくりとか居住福祉をしっかりと考えていく取組をされているという御紹介もあったんですけれども、ちょうどこの調査会でも、先週は住宅の確保という観点からのあらゆる立場の人々が参画できる社会をという形で参考人の方からもお話をお伺いしたんですけれども、この今、居住福祉学会の活動の中で一番トピックになっている議題であったり、これをやっていこうとしているというようなことがありましたら、是非お教えいただければと思います。
○参考人(野口定久君) 今、特に取り組んでいるのは、やはり住宅とか、それから生活に困窮している人たちの居住支援をどうしていくかという、ここが今、それで今いろんな講座を設けながらやっているんですね。 だから、居住福祉学会は、やはり建築学や医学や社会福祉学や法学や経済学、いろんな学問分野の人たちが集まって、そして先ほど申し上げたような、現場で考えて、現場から理論や政策を考えていこうという、こういうところですので、今のところではそういうところですね。 それから、あともう一つは、地域の中にある居住福祉資源というふうに呼んでいるんですけれども、居住福祉資源をやはり発見して、日本の社会にはそういう資源がいっぱいあるんですね、これストックと言うんですけれども。そこのところにもう少し注目をして、それでそこをみんなで活用できるような、そういうことが必要であるということで、居住福祉資源の発見と開発というところを今やっております。
○伊藤孝江君 ありがとうございました。 以上で終わります。
○会長(増子輝彦君) 他にございますか。 松下新平君。
○松下新平君 自民党理事の松下新平です。 本日はありがとうございました。 私は、今年四月一日から新たな外国人の労働者の受入れが始まります、その観点からちょっとお伺いしたいんですけれども、この調査会は三年間の調査テーマが「あらゆる立場の人々が参画できる社会の構築」ということで、これまで参考人の先生方からの意見とかいろいろ積み上げてきたわけですけれども、外国人の受入れが五年間で三十四万人、最大ですね、ただ、見直しをしていきますからもっと多くなると思います。 よく日本は島国で外国人の受入れについて課題もあると言われておりますけれども、実は日本人も海外に移住したというのが、最初が百五十年前だそうです。ハワイに移住した。それから、ブラジルとかですね。そのときに、本人たちの努力もあったんですけれども、外国の方の受入れ、このことも高く評価をされていますし、昨年の天皇陛下の誕生日の記者会見のときにもそのことを触れていられました。我々も、その外国人の皆さんの受入れ、教育の現場であったり、また地域のコミュニティーでしっかり融合していくというか、そういうのが大事だと思っております。 実際、今の、ベトナムの方とかフィリピンの方とかそれぞれ職場にいらっしゃいますけれども、日本人が忘れていた優しさであるとか勤勉性とか、そういったのを思い起こしたと、そういった事例もあると思うんですけれども、四月一日からいよいよ新たな外国人労働者の受入れが始まりますけれども、それぞれ参考人の方々がその外国人に対して期待されること、また課題とかございましたらお披瀝いただきたいと思います。
○会長(増子輝彦君) それでは、中川参考人からお願いします。
○参考人(中川悠君) 大阪でも外国人居住者の方の支援をされているNPOが、まあ仲間というかおりまして、その期待をしているところというのは労働力としては多分あると思うんですが、防災時に結構、昨年災害が多かったので、その災害で携帯がアラームが鳴るけどよく分からないとか、車で避難してくださいというのが大雨の中やっているけど皆さんがおうちの中にいたとかというような問題があるとか、最近も、新聞の中でも、新一年生の中で外国人の方が多かったとか、大阪の中央区でも結構な割合で外国人の子供たちが多いとかというのがあって、結構教育が崩壊をしていきつつあるというお話は現地の方からも聞いたことがあるんですね。先生の配置がなかなか人数的に限界があるので、労働力としてはもちろんいいのかもしれないのですが、彼らが日本の中で生活をしていく環境はまだまだ整っていないんだろうなということを個人的に心配をしています。 そこに対する、支援NPOに対する予算って余りないそうなんですね。それは、いっときにはあったお金がもうどんどん、もっと重要な日本人の中の貧困であるとかいろんな問題の方に予算がつぎ込まれていって、外国人居住者の支援の団体の予算はもう結構ないとその団体は嘆いています。 やっていらっしゃる方々は、六十代以降の元小学校の先生がボランティアで無償でやっているケースが非常に多かったりもするので、日本語教育とか生活教育とかというのがもう少し進んでいったらいいなというのがありました。 あと、高齢者介護の中でも、外国人の方が来られて面白かったエピソードが、日本人のおばあちゃんが車椅子を押してもらっている、中国籍の方が車椅子を押していらして、今日キツネの嫁入りやわって雨が降ってきて言ったときに、ああ、おばあちゃんがぼけたというふうな、キツネも嫁もおれへんのにということがほんまにあったらしくて、というエピソードを集めていらっしゃる方もいるんですが、というぐらい、文化の違いというところをどう言葉として補っていくかとかというのも結構あるので、結構な問題点がそこには隠れているんやろうなと思っております。
○参考人(雄谷良成君) 先ほど控室で、最近日本に来る、これは石川県の例なんですけど、小木漁港というところにインドネシアから研修生が来る、これは山田さんから先ほど、その質が下がっているという話をお聞きしました。それはなぜかというと、日本は在留期間を最近十年に延ばしたわけですけど、周辺各国はもう既にとっくの昔に十年にしていたわけです。なかなか受け入れる体制というか、そういったものが、様々な権利の問題もありますし、選挙権の問題等々もあります。 ですから、そういったものに関して、じゃ、どうやって、そういったことも同じパイの奪い合い的なところがあるんですけれども、僕は一番悲しいのは、労働力と見ているということが大きな問題だと思います。そんなことでは多分、国際社会の中で日本というものの品格が疑われるのではないかなというふうに、僕は開発途上国に行って何よりも、自分が向こうでしてきたことよりも学んだことが多いんです。そのことが、僕は中米のドミニカ共和国に行っていましたけど、そこでごちゃ混ぜというものを学びました。それを、なぜあんな貧しい国なのに連帯感やつながり感があるのかということを考えると、それを日本で何とかこういったものを絵にできないかなという、ベースに流れています。 ですから、かといって、なかなかそういったものを、先ほど、障害のある人たちの問題と同じで、やはりそれを教育しようよという形で進めていっても非常に難しい問題があると思います。ですから、僕はやはり、外国人という話はありますが、先ほどの問題と同じで、人がまずは一緒にいる場所をつくり、そして関わっていく。 先ほどの私たちの本部のところで、中国人の家族がやはりいじめに遭うんですね、子供がですね。で、なかなか、不登校になっていくと。ところが、今このごちゃ混ぜの場所でいろんな人と関わって、反対にいじめをしている人間に対して、そこの一緒にお風呂に入っている人間が、それはいかがなものかという話をできる、そんなことが大切かなと思いますし、彼らを受け入れられるだけの地域をやっぱり一生懸命つくっていくという努力が必要なのかなと思います。
○参考人(野口定久君) 今、社会福祉施設の施設長がベトナムとかそれからミャンマーに行っているわけですね。そこでは、地元のブローカーの人たちが、やはり日本に来るベトナムやミャンマーの人たちは一ランクちょっと下の人たちなんですよ。上の人たちはもうカナダとかそれから韓国とかそういうところを選んで行くんですね。だから、日本の場合にはその辺りがちょっとこのままでいいのかなというのがあります。 それで、そうすると、やはり日本人の若者が減ってくるわけですから、その若い人たちの労働の場を外国人の人たちが埋めていくという、介護の世界なんかは特にそうなっていく可能性もあるわけですよね。その辺りのところで、これから、まずはやはりベトナムやミャンマー、そういうアジアの方から来る人たちの質の高い人をいかに日本に来てもらうかということを、そこを考えていかないと、先ほどから言っているように、単なる労働力の不足を補っていくという発想ですと非常にそこが問題になってくるところで、これは、ヨーロッパでも問題になっているのは、要するに外国の人たち、難民とか移民の人たちの問題というのは、社会保障のフリーライダーなんですよ。ただ乗りというのが出てくるわけですね。これも、医療の世界でももう今出てきていますから、その辺りの日本人と外国人労働者の社会保障や待遇の問題を非常に詰めてやっておかないと、一ランク下の人たちが日本の地、現場とか地域に入ってきたときに、もう日本の社会自体の形ががらっと変わっていくようなことになりますので、その辺は十分に詰めた議論がこれから必要になってくるなというふうに思っております。
○松下新平君 ありがとうございました。 終わります。
○会長(増子輝彦君) 他にございますか。──他に質疑の希望もなければ、以上で参考人に対する質疑を終了いたします。 一言御挨拶を申し上げます。 野口参考人、雄谷参考人及び中川参考人におかれましては、長時間にわたりまして貴重な御意見を賜りまして、誠にありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手) 本日はこれにて散会いたします。 午後三時四十七分散会