憲法審査会 第8号
- 発言数
- 35 件
- 登壇者
- 23 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2017/06/08
会議録
○森会長 これより会議を開きます。 日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件、特に憲法第一章(天皇)について調査を進めます。 これより自由討議に入ります。 この自由討議につきましては、幹事会の協議に基づき、まず、各会派を代表する委員が順次発言を行い、その後、各委員が自由に発言を行うことといたします。 それでは、まず、各会派を代表する委員の発言に入ります。 発言時間は十分以内とします。 発言は自席から着席のままで結構です。 発言の申し出がありますので、順次これを許します。根本匠君。
○根本(匠)委員 自由民主党の根本匠です。 憲法第一章をテーマに、党を代表して発言をいたします。 日本国憲法は、国民主権という人類普遍の原理を採用しながら、同時に、第一章において象徴天皇制を規定しています。象徴天皇制は、普遍的な原理というよりも、日本固有の歴史、伝統を考慮し、尊重する立場から、これを憲法上規定したものと考えられます。 明治憲法における天皇が、神勅に基づいて、国家統治の淵源であるとともにその中心たる地位にあって、強大な権能を持っていたのに対し、日本国憲法における天皇は、国民の総意に基づいて、国家及び国民統合の象徴的地位に立っています。 このような象徴天皇制について、国民は幅広く支持しており、これからも維持していかなければならない重要な憲法上の原則であると考えます。しかし、天皇が有する国家及び国民統合の象徴的地位について、特にその象徴の意味するところについて、我々国会議員を含めて国民はこれまで深く向き合ってこなかったのではないかと思います。 それを考える契機となったのが、昨年八月八日の天皇陛下のお言葉でありました。 お言葉において、天皇陛下は、国事行為を行うとともに、象徴と位置づけられた天皇の望ましいあり方を日々模索しつつ過ごしてこられたと述べておられます。陛下のお言葉から、象徴天皇制にとって、象徴としての行為、すなわち公的行為がいかに大切なものかということを酌み取ることができます。 また、天皇が象徴であるとともに国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に天皇という象徴の立場への理解を求めるとともに、天皇もまた、みずからのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民とともにある自覚をみずからのうちに育てる必要があること、そして、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、天皇の象徴行為として大切なものと感じてこられたことを述べておられます。 このように、昭和天皇と今上天皇が長きにわたって国民と向き合い、象徴天皇としての役割を果たされ、あるべき姿をお示しになられたことで、国民の総意に基づく象徴天皇制のあり方はでき上がったものと考えます。あの東日本大震災の際、陛下のビデオメッセージや、被災地に足を運ばれ、国民と悲しみを共有しながら励まし続けてこられた陛下のお姿に、我々国民はどれだけ勇気づけられたことでしょうか。 以上を前提としつつ、象徴天皇制を考える上での各論的な論点について意見を述べます。 日本国憲法の解釈上、天皇が元首であるかどうかについては争いがあります。外交的に天皇は諸外国から元首としての待遇を受けていますが、内治、外交の全てを通じて一国を代表し、行政権を掌握している存在を元首と観念するのであれば、天皇は元首ではないということになる一方、国の象徴であり、かつ、外国の大使、公使の接受など、一部ではあっても外交関係において国を代表する職責を有していることに着目すると、元首と言うこともできると政府は答弁しています。 この後者のような考え方に立ち、国民が敬愛し、国家及び国民統合の象徴としての地位を元首と考えて、こうした実態に合わせて、天皇を憲法上元首と位置づけることもあり得るのではないでしょうか。 いずれにせよ、憲法を改正して天皇を元首と明記する必要まであるかどうかについては、なお議論が必要な論点です。 次に、皇位継承については、現行憲法は、「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」と定めた上で、皇室典範において、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」とされています。 皇位継承については、国民の間にもさまざまな意見があるところであり、簡単に結論が出る問題ではありませんが、安定的な皇位継承は象徴天皇制の維持にとって重要な問題です。我々国会議員は、今後、真摯な議論を重ねていく必要があります。 次に、公的行為を憲法上明記するかどうかという論点があります。 この点に関し、陛下が公的行為、すなわち象徴としての行為に真摯に向き合い、国家及び国民統合の象徴としての役割を体現されてきたこと、そして、そのような陛下のお姿を国民一人一人が敬愛してきたことに目を向ける必要があります。 こうした実態に合わせ、公的行為を天皇の重要な行為として憲法上明確に位置づけるべきではないでしょうか。その際、日本国憲法下において陛下が体現され、国民が受けとめてきた陛下の象徴としての役割を実質的に検討することが重要と考えます。この点についても、今後の議論が必要です。 国旗・国歌や元号を憲法上明記すべきかどうかという論点もあります。 この点についても意見が分かれるところでありますが、諸外国においては、例えばフランスのように、国家の標章は、青、白、赤の三色旗であると憲法に規定する例もあります。これは、近代立憲主義にのっとって、憲法の理念などを憲法上に明記した点に意義があると考えられます。 我が国において、日章旗・君が代は、国旗・国歌として国民に広く定着しております。国民に新たな義務を負わせるのではなく、こうした実態を踏まえて国旗・国歌や元号を憲法に明記し、我が国の理念を示すこともあり得るのではないでしょうか。 一方で、国旗・国歌や元号は法律で規定されており、憲法で明記する必要があるのかという意見もあるでしょう。国旗・国歌や元号を憲法上明記する必要があるかどうかについては、なお議論が必要と考えます。 当審査会の前身である憲法調査会は、平成十二年に設置され、五年の議論を経て平成十七年にまとめた報告書では、憲法全般にわたって論点整理を行うとともに、憲法改正手続を早期に整備すべきとされました。これを受けて、平成十九年には国民投票法が成立し、主権者たる国民に憲法の改正を問う環境も整備されました。そして同年、当審査会が設置されました。その役割は、国会法において、「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査する」とされています。 憲法改正は、国会が国民に発議して、国民によって国民の総意を見つけ出すプロセスです。今、我々に求められているのは、国民がみずからの憲法のあり方を考え、必要があれば見直すことができるように選択肢を用意し、国民に示すことではないでしょうか。 このように国民が選択する機会を設けることは、憲法で保障された国民主権の理念にも沿うものと考えられます。その実現に向けて、各党で検討項目を絞り込み、審査会で憲法改正に向けた議論をしていく必要があります。 今回のテーマである現行憲法における象徴天皇制は、昭和天皇と今上天皇が長きにわたって国民と真摯に向き合い、あるべき姿をお示しになられてきたことで、国民の総意に基づく重要な原則となっています。そのような実態を踏まえ、天皇制について意義のある議論がなされることをお願い申し上げ、私の冒頭発言を終わります。
○森会長 次に、岸本周平君。
○岸本委員 民進党の岸本周平です。 私は、昨年八月八日の天皇陛下の次のお言葉を国民全体への問いかけとして重く受けとめました。 このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。 国民の理解を得られることを、切に願っています。 天皇陛下は、象徴天皇のあり方として、積極的に国民の声に耳を傾け、思いに寄り添うことが必要であると考えられ、その信念に基づき、みずからのお務めを行ってこられました。このことは、憲法第一条に規定された、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、その地位が国民の総意に基づくという天皇の位置づけにかなうものであります。このような天皇陛下のお姿を国民は敬愛し、天皇陛下は日本国の象徴、日本国民統合の象徴としての役割を果たしてこられたのです。 以上のことを前提に、以下、各論点について我が党の見解を申し述べます。 まず、元首について申し述べます。 政府見解によれば、現行憲法下において元首とは何かを定めた規定はない、天皇が元首であるかどうかという問題は元首の定義いかんに帰する問題である、かつてのように、内治、外交の全てを通じて国を代表し、統治権を掌握している存在を元首と定義するなら、現行憲法のもとにおいて天皇は元首ではないことになる、他方、実質的な国家統治の大権を持たずとも国家におけるヘッドの地位にある者を元首と見るとの定義によれば、外交関係のごく一部ではあるが国を代表する面を持つ天皇は、現行憲法上、元首であると言っても差し支えないことになろうとされています。 天皇が元首であるかをめぐってはこのような二つの見解がある中で、現行憲法のもとで行政権を保持していない天皇をあえて憲法において法的に元首であると規定することは、誤解を招くおそれがあるのではないでしょうか。 さらに、日本の天皇はヨーロッパの王政や中国の皇帝とは違う存在であることから象徴という言葉を日本国憲法で用いたことは、既に国民的にも定着をしていると思います。あえて他国の大統領や国王と横並びに扱うような元首という言葉を使って天皇の地位を憲法上位置づける必要はないと考えます。 次に、象徴天皇制にとって、皇位の安定的継承は何より重要です。そして、象徴天皇制を支える皇族の皆様の御活動についても、安定的に維持されなければなりません。 皇位が男系で継承されてきた歴史的経緯を踏まえつつ、皇位継承資格者を確保し、皇位の安定的な継承をどうやって維持するか。そして、高齢化や女性皇族の御結婚に伴う皇籍離脱により、天皇陛下及び特定の皇族方に御公務が集中している現状を改め、皇室の御活動をどのように安定的に維持していくか。現実に差し迫った重要な課題であり、速やかに検討されなければなりません。 皇族の御活動の安定的な維持については、旧民主党政権の野田内閣において、女性皇族の婚姻後の身分の問題に絞って整理、検討を行い、皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理を公表した経緯があります。 民進党としては、皇族の御活動の安定的な維持について、以上の経緯等を尊重しつつ、女性皇族が御結婚後も皇族の身分を保持し、当該女性皇族を当主とする宮家の創設が可能となるよう皇室典範を改正すべきだと考えています。 今般の退位の問題については、民進党は、党内に皇位検討委員会を設けて、昨年十二月に皇位継承等に関する論点整理を取りまとめるなど、率先して真摯に取り組んでまいりました。 正副議長取りまとめにおいては、「安定的な皇位継承を確保するための女性宮家の創設等については、政府において、今般の「皇室典範の附則の改正」及び「特例法」の施行後速やかに検討すべきとの点において各政党・各会派の共通認識に至っていた」と明記され、民進党の検討の成果が取り込まれることとなりました。これを受けて、天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議においても、「女性宮家の創設等」という文言が明記されました。 我が党としても、安定的な皇位継承を確保するための女性宮家の創設等につき、しっかりと党内の議論も行い、より先駆けての提案も進めていくことにより、国家の基本にかかわる象徴天皇制を支えるための努力を引き続き行ってまいりたいと考えています。 なお、女性宮家の創設等に関する検討結果の国会報告の時期について、法案成立後一年をめどとすべきという主張に変わりはありません。党内のみならず、国会、政府においても積極的に議論を行うよう求めていきます。 安定的な皇位継承については、小泉内閣において、皇室典範に関する有識者会議報告書が提出されています。 皇位の安定的継承のため、旧宮家の皇族復帰を進めるべきという意見もありますが、現在の皇室とは親等が大きく離れていること、旧宮家の誰かだけを復帰させるロジックが技術的に難しいことなどがあり、非現実的と思われます。民進党は、皇位継承資格について、女性や女系の皇族に拡大することについても国民的な議論を喚起していくべきであると考えます。 続いて、天皇の国事行為との関連で、解散権について指摘をしておきたいと思います。 歴史的に見ると、王政時代に議会に対して解散権を有していたのは王権でした。議会は王権を制約するための機関であったため、解散権は、議会と対立、緊張関係にある王権が議会に対抗、抑制する手段として位置づけられていました。 しかし、民主制下での議院内閣制では、内閣と議会の間にこのような対立関係はありません。内閣は議会の多数派によって選出され、行政府と議会の多数派が政治的に一体化した制度となっているからです。 その結果、二十世紀半ば以降、行政府による議会の解散権には強い制約が付されるという傾向が世界的に強まっています。 ドイツでは、第二次世界大戦後、解散権行使の要件が厳格に絞られており、内閣不信任の場合などにしか解散が認められていません。 カナダでも、二〇〇七年の選挙法改正により、行政府の解散権を制約することになりました。 議院内閣制の本家と言える英国でも、二〇一一年に議会任期固定法を制定し、下院の解散は、任期満了による自動解散の場合、下院が政府不信任案を可決し、その後十四日以内に何らかの政府信任案を可決しない場合、下院が定数の三分の二以上の多数で繰り上げ総選挙の実施を可決した場合に限られることとなり、従来自由であった内閣による下院の解散は認められなくなりました。そして、本年四月十九日、この法律に基づき繰り上げ総選挙を求めるメイ首相提出の動議を下院がほとんど全会一致で可決した結果、まさに本日、英国は総選挙当日を迎えております。 一方で、内閣による自由な解散権の行使を肯定する立場からは、現代の議院内閣制において、解散には、国家機関の間の紛争の解決、国民投票の代用、内閣の安定化などの機能が期待されていると説明されます。 しかし、そのような立場に立つ憲法学者からも、解散は国民に対して内閣が信を問う制度であるから、それにふさわしい理由が存在しなければならず、解散権の行使は衆議院で内閣の重要案件が否決あるいは審議未了になった場合などに限られるべきであり、内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は不当であるなどと、解散権の行使について自制を求める意見が示されています。その意味で、世界各地で見られる解散権制約の動きに反して内閣の自由な解散権の行使を認める我が国の議院内閣制は、内閣と国会との間の抑制と均衡を損なっています。 内閣による解散権の行使を内閣不信任の場合に限定するとともに、英国の例に見られるように、衆議院による自律的な解散権を創設することとし、解散権を衆議院に戻して議院内閣制本来の姿を取り戻すことこそ、憲法審査会が真摯に議論すべきテーマであると考えます。民進党内においても、具体的な提案ができるよう、真摯に議論を進めてまいります。 終わりに、今般の退位特例法の取りまとめの前提として、本年一月十六日、衆参正副議長の四者は、憲法が天皇の地位を国民の総意に基づくと定めていることを念頭に、全国民の代表機関である立法府が国民の総意を見つけ出すべく努めることは当然の責務と述べ、立法府に全体会議が設置されて、両院正副議長の御指導のもとで議論が開始され、最終的に、三月十七日、衆参正副議長による議論の取りまとめが了承されました。 このプロセスは、憲法改正論議にとっても大いに参考になります。憲法改正原案は、退位特例法のように閣法は想定されておらず、国会みずからが発議するものです。憲法改正は、各党各会派が真摯に向き合い、あるときは堂々と主張を述べ合い、あるときは小異を捨てて合意形成を優先し、最終的に、国会が国民に発議して、国民投票によって国民の総意を見つけ出すというプロセスであり、両者には共通するものがあります。 今回の退位特例法のプロセスで得られた、各党各会派が真摯に課題に向き合い合意形成を図っていくという経験を大切にしつつ、今後の憲法改正論議に臨むべきことを強調して、私の冒頭発言を終わります。
○森会長 次に、北側一雄君。
○北側委員 公明党の北側一雄です。 昨年八月八日の天皇陛下のお言葉を契機に、今上天皇の退位に関し、国会では、衆参の正副議長のもとに、各党会派の代表者が集まり、八回の全体会議を実施し、与野党を超えた議論を行ってまいりました。意見の違いも多々ありましたが、三月には衆参正副議長による議論の取りまとめが了承され、これに基づき、政府から、天皇の退位等に関する皇室典範特例法案が提出され、先般、圧倒的多数で衆議院で可決され、参議院においても、明日、可決、成立の見通しでございます。 ここまで、各党各会派間での真摯かつ熱心な論議がなされ、合意の形成に至りました。両院の議長、副議長を初め関係の皆様の御尽力に心から敬意を申し上げたいと思います。 日本国憲法第一条では、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く。」とあります。全国民を代表する議員によって組織された国会が、国民の総意を見出すべく努力し、一定の結論を導き出したことを率直に評価したいと思います。 天皇陛下の退位に関する特例法案の論点については、議長のもとでの全体会議や衆参の委員会にて私どもの考え方を述べておりますので、ここでは省かせていただきます。 日本国憲法で定められた現行の象徴天皇制を、国民の多くは理解し、支持をしていると思います。国民主権のもとで、象徴天皇制が安定的に維持、継承されていくためには、象徴天皇制が広く国民に理解され、支持されることが何よりも重要と考えます。 これに関連し、象徴天皇制の意義に関し、二点確認をしたいと思います。 第一に、いわゆる公的行為と言われている天皇の行為の位置づけです。 今上天皇は、昨年八月八日のお言葉の中で、次のようにお述べになっておられます。 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。 さらに、 天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。 このようにお述べになられておられます。 このお言葉にあるとおり、日本国憲法下でのあるべき象徴天皇の姿をみずから模索し、つくってこられたのは今上天皇であったと思います。こうした今上天皇の御活動を通じて、多くの国民も陛下を身近に感じ、深く敬愛してきたと思います。 天皇の行為は、三つに分類されています。第一に、憲法に明記された十三の国事行為、第二に、象徴としての地位に基づく行為、いわゆる公的行為です。第三に、私的行為などその他の行為です。 天皇の公的行為は、憲法上の明文の根拠はありませんが、その時代時代の天皇の思いが国民の期待とも相まって形づくられるものと理解されます。被災地へのお見舞いや戦没者への慰霊など、今上天皇の御活動を通じて、多くの国民は、天皇陛下が日本国の象徴、国民統合の象徴として大きな役割を果たしておられると受けとめています。公的行為は国民とともにある象徴天皇の重要な行為で、憲法上も当然認められると考えます。 次に、憲法第四条一項の趣旨です。 憲法第四条一項では、天皇は「国政に関する権能を有しない。」と定めています。これは、天皇に政治上の責任問題の生ずるおそれをなくすことによって、国民主権のもと、象徴天皇制を安定的に維持するという趣旨と考えられます。また、政治の側からはいわゆる天皇の政治的利用は禁じられていると解されております。 ちなみに、議長のもとでの全体会議でも議論となりましたが、天皇の退位の御意思を退位の要件とすることは、皇位の継承という国家の重要事を天皇の意思に直接係らしめることになり、憲法第四条一項に抵触する疑いがあると考えられます。 皇位の継承について、憲法第二条では、「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」とあり、皇位の世襲のみ憲法上で規定されていて、皇位継承の資格や順序等については法律に委ねられています。 皇室典範第一条では、皇位の継承資格は男系男子と規定されています。また、同第六条では、嫡出でなければいけないと規定をされています。男系男子としたのは明治の皇室典範からで、過去十代八方の男系の女性天皇が即位されていたことはよく知られているところです。また、嫡出としたのは現行の皇室典範からであります。 また、皇室典範第十二条では、女性皇族が皇族以外の者と婚姻をしたときは皇族の身分を離れると規定しています。これは、皇族女子に皇位継承資格を認めていないため、明治皇室典範と同様に、婚姻に伴う皇籍離脱制度を採用したものと説明されています。一方、江戸時代までは、皇族女子は皇族以外の方と婚姻しても皇族の身分を保持していたとされています。 そもそも、皇族制度の目的はどこにあるのでしょうか。 皇族制度の主な目的は、第一に、皇位継承者を確保するということ、第二に、皇族として天皇を支え、皇室活動を担うことにあると考えられます。 現在、皇族は十八方、うち皇族男子は四方、皇族女子は十四方です。また、今後、婚姻により皇族の身分を離れる可能性のある女性皇族は七方いらっしゃいます。さらに、皇族男子で、悠仁親王殿下の世代はお一方のみとなっております。 安定的な皇位の継承をどう確保するのか、皇族制度をどう維持していくのか、いつまでも先延ばしできない、極めて重要な課題であることは明らかです。 政府もこれまで、皇位の安定的な継承をどう図るか、また皇族制度をどう維持をするのか等、何度か議論をされてきたことは御承知のとおりです。 小泉内閣での平成十七年十一月の有識者会議報告書では、安定的な皇位継承を可能にする制度の構築が必要との観点から、皇位継承資格を女性また女系に拡大する考え方が示されました。また、野田内閣での平成二十四年十月の有識者ヒアリングを踏まえた論点整理では、皇位継承制度のあり方とは切り離して、皇族数が減少する中で皇室の活動をいかに維持するのかという観点から、女性宮家の創設などが検討されました。さらに、今般、天皇陛下の退位等に関し、平成二十九年四月の有識者会議最終報告書が提出されたところでございます。 野田内閣での論点整理で指摘されていますように、皇位継承の安定の確保という課題と皇族数減少の中での皇室活動の維持という課題とを当面切り離して論議をすることは、私も必要と考えます。安定した皇位継承のための制度の構築については、極めて重要な課題ですが、拙速な議論を慎み、一定の時間軸の中で、国民意識や皇室の状況等も見きわめ、国民合意を形成していくことが適切と考えます。 多くの国民は、我が国の象徴天皇制と皇室が安定的に継続していってもらいたいと願っております。我が国の伝統を踏まえつつ、現代社会にもふさわしい安定した天皇、皇室制度をどう構築するか。象徴天皇制のもとで、何よりも国民の理解と支持が不可欠であります。政府にしっかりと検討してもらうことを要請するとともに、私ども国会においても引き続き丁寧かつ慎重な議論を積み重ねていきたいと考えます。 以上です。
○森会長 次に、赤嶺政賢君。
○赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢です。 日本国憲法は、前文で、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と述べています。そして、第一章第一条に「主権の存する日本国民」と明記しました。前文と一条で国民主権の大原則を確立し、天皇主権であった明治憲法から根本的に転換しました。 明治憲法は、冒頭、第一条で、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定め、天皇に統治権を委ねました。四条は、天皇は国の元首であり、統治権を総攬すると定め、立法権や軍の統制権も天皇が有していました。まさに絶対主義的天皇制というべきものです。 このもとで、日本は中国大陸に侵略し、十五年戦争へと突き進み、アジア太平洋地域の各地で二千万人以上、国内で三百万人を超える犠牲者を出しました。地上戦になった沖縄では、二十万人以上が犠牲になりました。天皇の名のもとに、子供から老人まで県民が根こそぎ動員されて、正規軍人より一般住民の犠牲者数がはるかに多かったのであります。天皇主権の軍国主義のもとで侵略戦争に突き進んだというのが実態です。 軍国主義の敗北によって日本が受諾したポツダム宣言は、軍国主義を駆逐する、民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去するという二点を日本に求めました。これは、侵略戦争を起こした日本への国際社会の要求であり、日本の再出発の前提条件でした。そのために、日本国憲法の制定において、民主主義と平和主義を確立し、天皇主権から国民主権へと大きく転換することは不可欠でした。まさにこの点が、日本国民の日本国憲法の制定をめぐる焦点となったのであります。 ところが、当時の日本政府は憲法改正は必要ないとの立場であり、さらに、国体護持に固執しました。毎日新聞がスクープした政府案は、天皇は君主という一条から始まり、内外から批判を浴びました。そのもとで、国民主権の原則を打ち出したマッカーサー草案が提示されましたが、国体護持派は、主権を有する国民とあった部分を日本国民至高の総意という文言にした憲法草案を国会に提出し、最後まで抵抗しました。しかし、国民主権への転換を迫る国際社会と日本国民の批判を受けて、最終的に、憲法制定議会において政府案を修正して、主権が国民に存することを宣言したのであります。 こうして、前文と一条で国民主権を明記することになりました。したがって、一章の核心は、国民主権を確立したことにあります。 この観点から第一章を見ると、日本国憲法下での天皇は象徴であり、その地位も、主権の存する日本国民の総意に基づくものとなっています。神聖にして侵すべからずとした明治憲法とは根本的に違います。国民が主権者であるからこそ、天皇の行為は十三の国事行為のみと限定し、国政に関する機能を有しないと明記しました。天皇の機能を非政治的で形式的、儀礼的なものにとどめて、天皇の政治関与を徹底的に排除したのであります。これはまさに、侵略戦争が天皇の名のもとによって進められた反省からきたものと言うべきです。 しかし、歴代自民党政権のもとで、天皇の政治利用がたびたび国会でも問題になってきました。その端的な例が、第二次安倍政権のもとで行われた主権回復の日の式典です。 安倍首相が政権復帰した翌年の二〇一三年、サンフランシスコ平和条約が発効した四月二十八日に、政府主催の主権回復を記念する式典を開催し、天皇の出席を求めました。 一九五二年四月二十八日は、日本が形式的には独立国となったものの、同時に結ばれた日米安保条約によって、実質的にはアメリカの従属国の地位に縛りつけられた日にほかなりません。サンフランシスコ条約第三条で、沖縄、奄美、小笠原は、本土から切り離されてアメリカ占領下に置かれました。沖縄にとっては、まさに屈辱の日であります。 四月二十八日を主権回復の日とすることに国民的合意が存在せず、このような式典に天皇の出席を求めることは、時の内閣の都合や政治判断で天皇を意のままに動かそうとする、天皇の政治利用にほかなりません。 指摘しておきたいのは、この式典が、戦後レジームからの脱却を掲げる安倍政権のもとで行われたことです。戦後レジームからの脱却とは、戦後の民主化の中心である日本国憲法の平和、民主主義の原則を根底から覆そうとする政治的な意図を持ったものにほかなりません。 もう一つ問題なのは、自民党改憲草案です。 自民党の改憲草案は、第一条で、「天皇は、日本国の元首」と定めています。自民党は、明治憲法の規定を復活させようというのでしょうか。これが国民主権の原則と相入れないことは明白です。 憲法制定議会において、金森担当大臣は次のように述べています。元首と申しまする言葉は、常識的に申しますれば、国の主権者であるという意味であります、だから、この元首という言葉を使いますと、天皇の地位を必要以上に権力的に考え得るおそれが十分あろうと思います。要するに、金森大臣は、天皇に元首という言葉を使うことは国民主権に反すると指摘しているのであります。 さらに、自民党改憲草案は、「国事に関する行為のみ」の「のみ」を削り、「公的な行為を行う。」と規定しています。一体、自民党は、天皇を国政に関与させてどうしようというのでしょうか。こうした改憲を主権者である国民が求めていないことは明らかであります。 最後に、国民主権と今の政治について述べます。 安倍政権は、二年前、憲法違反の安保法制を、国民多数の反対を押し切って強行しました。この五月には、安倍首相は、二〇二〇年と期限を切って、九条改憲を提起し、改憲案の年内取りまとめを自民党に指示しています。一方、沖縄では、県民の圧倒的多数の民意を踏みにじり、住民の反対を押し切って、辺野古新基地建設を今まさに強行しているのであります。この政治のどこに国民主権の原則があるというのでしょうか。 私は、こうした民意無視の安倍政治に抗して、九条の平和主義、国民主権、民主主義の諸原則を貫く闘いが重要だと表明しておきたいと思います。 以上であります。
○森会長 次に、足立康史君。
○足立委員 日本維新の会の足立康史でございます。 議題に沿って、憲法第一章の規定について意見を申し述べます。 我が国において天皇に関する規定が近代憲法に定められてから、長い時間が経過しました。大日本帝国憲法制定から約百三十年、日本国憲法制定から七十年となりますが、日本の皇室は、そうした近代憲法よりもはるかに長い歴史と伝統に根差したものとして、日本国民に受け入れられており、国際社会における我が国のアイデンティティーの根幹をなしております。このため、どれほど時間がたっても、変えるべきでない部分があることは当然です。 一方で、皇室が安定した形で継続するために、時代の変化に応じて変える必要が生じるならば、議論をタブー視すべきではありません。我が党は、日本国憲法の定める象徴天皇制を堅持すべきと考えており、その安定的な継続のために必要な議論があれば、しっかり行うべきと考えています。 しかしながら、皇室典範の改正はあり得ても、天皇について規定する憲法一条から八条については、現状において、憲法を改正するべき立法事実、すなわち憲法事実は存在しないと考えています。 にもかかわらず、本日のテーマ、第一章は、憲法審査会の幹事懇で合意されてきた今後議論すべきテーマ八項目に含まれていないにもかかわらず、民進党のたっての要請からセットされました。民進党は、憲法一条から八条の規定について、改正するべき立法事実、すなわち憲法事実があるとお考えなのでしょうか。 かつて、民進党の辻元清美委員は、私は今護憲派と言われているわけですが、本当のことを言えば一条から八条は要らないと思っています、天皇制を廃止しろとずっと言っていますと発言されたと報じられています。 また、辻元委員は、かつて著書に、皇室について、「生理的にいやだと思わない? ああいう人達というか、ああいうシステム、ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない」と書いておられます。 蓮舫代表の安倍首相と同じ空気を吸うのがつらい発言も、この辻元発言と同根なのかもしれませんが、こうした発言を繰り返す辻元清美氏が、憲法遵守義務のある国会議員となった後も、何の弁明もなく長年にわたって憲法審査会の幹事として要職にあることは、私は適当ではないと考えています。 まさか、民進党が党として辻元委員と同じ考えであるとは思いませんが、民進党を代表する武正筆頭、辻元幹事は、辻元発言について必要な弁明を行うとともに、民進党が憲法審査会で第一章をあえて取り上げ、何を議論しようとしているのか、明確に説明する義務があると考えます。 同じことは、共産党についても言えます。 共産党は、二〇〇四年、綱領において、「天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである。」としつつ、「一人の個人が世襲で「国民統合」の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだ」との立場を明らかにしています。 二〇一二年一月には、共産党本部で開催された綱領教室で、日本の将来の発展の方向としては、天皇の制度のない、民主共和制を目標とすると述べたと報じられているとおりです。 さて、皇室に係る憲法上の規定については以上のように考えておりますが、皇室典範に定める皇位継承のあり方については課題があるものと承知しており、必要な議論等は行うべきとの立場です。 課題の一つは、超高齢化社会における皇位継承のあり方であります。これは、今般成立の天皇退位特例法によって一定の解決がなされようとしているものです。もう一つは、皇族の減少に伴う諸問題であり、今後の議論が必要なものです。 天皇陛下が御在位のまま御高齢になられた場合の皇位継承のあり方は、超高齢社会の現代では当然想定しておくべきことです。皇位継承の原因を崩御に限るか否かという問題は、戦後間もなく現行の皇室典範を制定する際にも検討され、結果として否定されたとのことでありますが、当時にあっては、高齢化社会の諸課題が今ほど現実的で切実な問題ではなかったためかもしれません。しかし、天皇陛下が御公務を果たし得ず、国民との接点もない状態が長時間続く場合でも、常に終身在位制とするべきでしょうか。 この問題につき、昨年八月八日の天皇陛下のお言葉で重い問いかけがなされました。陛下のお言葉を契機に、譲位を認めるべきという現代の日本国民の意思も明らかとなり、これを可能とするため、天皇退位特例法がつくられました。 この法律は、皇室典範と一体をなす特例法となっているので、皇位継承を皇室典範で定めるとする憲法二条に反しないと考えますし、立法の経緯からいって、天皇の政治的行為を禁じる憲法四条にも違反しないと考えています。 この特例法は、形式は一代限りの特例法となっていますが、皇室典範と一体をなすものとして、今後の皇位継承に当たって事実上の規範として機能するべきものと考えます。さきに述べたとおり、超高齢社会の現代にあっては、譲位による皇位継承がしばしば起きる可能性もあります。そうした事態を政府も国会も想定しておくべきであり、この特例法が今後の重要な規範となるべきであります。 二つ目の課題は、皇族数の減少に伴う諸問題であります。 高齢化や女性皇族の御結婚に伴う皇籍離脱によって、皇室の御公務の維持や皇位継承資格者の確保が難しくなることが考えられます。我が党は、この点について、国会で早急に協議する場を設けるべきことを主張しております。 天皇退位特例法の附帯決議には、女性宮家の創設に関する検討が明記されました。我が党は、女性宮家については、これまでも議論しておらず、賛成とも反対とも決めておりません。今後、党内で議論してまいります。政府は、女性宮家の創設について、公務負担軽減のみを目的として検討し、皇位継承の問題と切り離すとのことでありますが、我が党も理解をいたします。 天皇退位特例法の附帯決議に関する協議において、我が党は、当初、皇族数の減少への対策として、一つの選択肢だけが明記されるべきではないとの理由から、女性宮家という文言のない案を提案しました。しかし、立法府の総意として特例法による譲位を実現しようとするに当たり、各党各会派がまとまることを前提に、女性宮家の文言を入れることに理解を示したものであります。 問題は、今後、安定的な皇位継承のあり方について、どのような議論を進めるかです。特に、女系・女性天皇の是非は極めて重要な問題でありますので、国として検討を始めるのであれば、慎重な国民的議論が必要であります。冒頭に述べたとおり、皇室に係る制度は、長い歴史と伝統に基づくものであります。これまで続いてきた男系による皇位継承を軽々にゆるがせにするような検討の仕方は避けるべきであります。 現行の皇室典範制定の際にも、女性の皇位継承者を認めるかが議論され、否定されたという経緯もあります。皇族数の減少に関する対応は、さまざまな面から長所と短所を冷静に比較検討すべきであると申し上げ、私の発言とさせていただきます。 ありがとうございました。
○森会長 次に、照屋寛徳君。
○照屋委員 社会民主党の照屋寛徳です。 日本国憲法が施行された直後の一九四七年八月、当時の文部省が発行し、全国の中学一年生の教科書として使用された「あたらしい憲法のはなし」を改めて読み直してみました。「あたらしい憲法のはなし」の中では、天皇陛下について、次のように書いてあります。 「こんどの戦争で、天皇陛下は、たいへんごくろうをなさいました。なぜならば、古い憲法では、天皇をお助けして国の仕事をした人々は、国民ぜんたいがえらんだものでなかったので、国民の考えとはなれて、とうとう戦争になったからです。」「ですから、天皇は、憲法で定めたお仕事だけをされ、政治には関係されないことになりました。」「これからさき、国を治めてゆく仕事は、みな国民がじぶんでやってゆかなければなりません。天皇陛下は、けっして神様ではありません。国民と同じような人間でいらっしゃいます。」 以上、当該項目の一部のみを抜粋し、紹介しましたが、加計学園問題に見られる現在の文科省の隠蔽体質、政権べったりと違い、当時の文部省は、象徴天皇制の正しい認識のもと、すばらしい憲法教材を発行し、実際に生徒たちが使用しております。 明治憲法のもとで、天皇は現人神であり、天皇の地位は、アマテラスオオミカミの意思、つまり神勅に基づくものとされ、その権威に基づいて、天皇は統治権の総攬者であり、国家権力の全ての作用を一手にしておりました。これぞ天皇主権の国家体制です。 日本国憲法第一条は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と定め、国民主権と象徴天皇制は不離一体のものとして定めております。 日本国憲法前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」とし、憲法の三大原理の一つである国民主権を宣言しております。国民主権とは、国を動かす力が天皇ではなく国民にあるということです。 日本国憲法第一条で、天皇の地位は、神勅に基づくものではなく、国民の総意に基づくものだとされました。神ではなくなった天皇は、国家権力を動かす根拠を失ったので、憲法第四条第一項に基づく形式的、儀礼的な国事に関する行為しかできないのです。 ところが、自民党日本国憲法改正草案第一条は、天皇が日本国と日本国民統合の象徴である点は現憲法と変わりませんが、新たに、「天皇は、日本国の元首」と規定しております。 社民党は、改憲の上、天皇を元首とすることには反対です。 自民党日本国憲法改正草案QアンドAによると、「我が国において、天皇が元首であることは紛れもない事実」と説明していますが、憲法学者の多数説は、日本で諸外国の元首に該当するのは内閣または内閣総理大臣との見解です。 自民党日本国憲法改正草案前文では、我が国は「天皇を戴く国家」であると規定しており、天皇の神格化と天皇を中心とした国づくりを目指すものだと強く批判せざるを得ません。 もしも自民党日本国憲法改正草案どおりに憲法が改正されると、天皇のお仕事が大幅に変わります。現憲法第四条では、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」と定めておりますが、自民党日本国憲法改正草案第五条では、「のみ」の文言が外れ、天皇は国事行為以外のことでもやりやすくなります。 また、自民党日本国憲法改正草案第六条第四項では、現憲法第七条において天皇の国事行為に内閣の助言と承認を必要と規定しているのを、「内閣の進言」に変更しています。進言とは、目上の者に対して意見することを指す言葉です。天皇が上、内閣は下。ここにも天皇を中心とした国づくりの意図が見え見えです。 自民党日本国憲法改正草案第六条第五項で、天皇の国事行為や私的行為ではない公的行為を明言していることも大問題です。内閣が関与しない公的行為の明記は、天皇の権限強化であり、国民主権に反します。 象徴天皇制とは、天皇が日本国の象徴としての役割を積極的に果たしていくことではなく、象徴としての非政治的行為しかできないという意味だとの憲法学者らの意見を肝に銘ずるべきであります。 天皇の公的行為との関連で思い出すエピソードがあります。 二〇一三年四月二十八日、安倍内閣は、サンフランシスコ講和条約が発効した一九五二年四月二十八日にちなんで、天皇陛下臨席の上、主権回復・国際社会復帰を記念する式典を挙行しました。ところで、その日は沖縄にとって屈辱の日であり、沖縄では、同時刻に抗議の県民大会が開催されました。政府式典では、臨席した天皇のお言葉もなく、式典終了直後に安倍総理初め出席者が天皇陛下万歳を唱道し、天皇の政治利用だと批判されました。 改憲の上、天皇の公的行為拡大を明確にすることは、このような天皇の政治利用を加速させるものであります。 最後に、自民党日本国憲法改正草案第百二条第二項は、現憲法第九十九条の天皇、摂政の憲法尊重擁護義務規定を削除しております。立憲主義に反し、天皇自身の憲法逸脱行為と天皇の政治利用をたくらむ権力者の野望に資するものだと社民党として強く批判をし、意見表明を終わります。
○森会長 これにて各会派を代表する委員の発言は終了いたしました。 —————————————
○森会長 次に、委員各位による自由討議に入ります。 発言を希望される委員は、お手元にある名札をお立ていただき、会長の指名を受けた後、御発言ください。発言が終わりましたら、名札は戻していただくようにお願いいたします。 発言は自席から着席のままで結構です。また、発言の際には、所属会派及び氏名をお述べいただくようお願いいたします。 なお、幹事会の協議によりまして、一回当たりの発言時間は五分以内といたしたく存じます。委員各位の御協力をお願い申し上げます。 発言時間の経過については、終了時間一分前及び終了時にブザーを鳴らしてお知らせします。 それでは、発言を希望される委員は、名札をお立てください。
○船田委員 自由民主党の船田元でございます。 本日の天皇に関する議論、各党とも大変真摯な議論を行っていただいていることに敬意を表したいと思います。 私の考えを述べさせていただきます。 天皇の権能は、その中で国事行為が決められております。制限列挙という形でありますが、これらにつきましては、対外的に見ると元首と位置づけることも可能ではございますけれども、それも全て内閣の助言と承認によってのみ行われる形式的なものであるということ、あるいは、天皇の権能としては、権威は持つけれども権力は持たないという定説もございます。その意味では、元首という表現がふさわしくないというふうに考えてもよろしいかと思っております。 次に、今上陛下が大切にされてこられた公的行為、例えば国民的行事への御臨席、それから被災地あるいはかつての激戦地を御訪問することなどは、象徴としての天皇の役割を具現化するものでありまして、国事行為と同様に大変重要なものと考えております。このことも憲法に位置づけるということは大事ではなかろうかと考えております。 次に、皇位継承に関する件であります。 現行憲法は、皇位継承そのものは皇室典範に委ねられておりますので、我々としては、憲法そのものでの議論ではありませんけれども、憲法改正には直接かかわる問題ではありませんが、憲法と密接にかかわる附属法でございますので、その内容を議論するということは大変意義のあることと思っています。 皇位継承に対する私の考え方は、あるいは決して我が自由民主党内のメーンストリームではないかもしれませんが、お話をしたいと思います。 男系男子をもととしました皇位継承の有資格者は、戦後の旧宮家の皇籍離脱なども手伝って、極めて少数になりつつあり、皇族の危機ではないか、このようにも認識をしております。 そうした中で、旧宮家の復活という議論もございますが、七十年間も皇族を離れた一般の方々が戻るという話になりまして、なじみがないということもあり、また、旧宮家の方々の中には、覚悟を持たれている方はそう多くはないと仄聞をしております。そういう意味では、旧宮家の復活あるいは養子という形は現実的な手段ではないと考えております。 女性宮家の創設という議論もあります。 この点につきましては、まず、現在の象徴天皇の職務を周囲が手助けするという点におきましては、大変有効な手段であると認識をしております。さらに、過去、八人十代の女性天皇が存在したということに鑑みて、将来の女性天皇に道を開くという点では、私自身は賛成であります。 さらに、女性天皇のお子様、これは男女を問わずでありますが、天皇になるという女系天皇の考え方でありますが、これはさまざまな議論がありますけれども、百二十五代にわたり男系が続いてきたという重い歴史を崩すことはちゅうちょしなければなりませんけれども、さらに、それ以上に、天皇家そのものの世襲が途切れるという最悪の事態との比較において、これを議論する余地はあるのではないか、このように考えております。 以上でございます。
○津村委員 女性天皇について発言いたします。民進党の津村啓介でございます。 象徴天皇制をめぐる本質的かつ喫緊の課題として、私たち国会議員は、二つの大きな問題に急いで答えを出さなければなりません。 一つは、皇族の減少と御高齢化に伴う公務の御負担のあり方の問題、もう一つは、男性皇族の極端な減少を直視した皇位の安定的継承の確保の問題であります。 先ほど我が党の岸本委員より、民進党の皇位継承に関する基本的な考え方として、二点言及がありました。一つは、女性皇族が御結婚後も皇族の身分を保持し、当該女性皇族を当主とする宮家の創設が可能となるよう皇室典範を改正すべきという提案、もう一つは、皇位継承資格について、女性や女系の皇族に拡大することについて国民的な議論を喚起していくべきとの提案でございます。 一点目の女性宮家創設の主張は、先ほど私が触れました二つの問題の双方に深くかかわる大変緊急性の高いテーマであります。 秋篠宮眞子様の御婚約、御結婚という国民的慶事が本年から来年にかけて行われることが見込まれる中で、眞子様御自身に今後も女性の宮様として皇族にとどまっていただくか否か、この大切な判断は、同じ直宮としてこれから適齢期を迎えられる佳子様や愛子様の重要な先例になることは明らかであります。つまり、この一年が決定的に重要な時間であります。 そのことを指摘した上で、本日、私は、第二点のテーマ、すなわち、女性天皇、女系天皇の問題、とりわけ、より喫緊の課題である女性天皇、すなわち、男系女子の皇族方に皇位継承資格を拡大するテーマに絞って議論を提起いたします。 女性天皇を母に持つ女系天皇につきましては、先ほど船田先生から大変高い見識の御発言がありましたけれども、仮にこれを容認したといたしましても、最も早い場合で、現在十五歳の敬宮愛子様や二十五歳の秋篠宮眞子様、二十二歳の佳子様の次の世代の話になりますので、立太子される場合でも数十年、即位される場合は五十年以上先になることが見込まれます。 しかしながら、女性天皇をどう考えるかは、来年末とも再来年年初とも言われる皇太子殿下の天皇即位の後、皇太子が直ちに不在になることを考えれば、今こそ議論を深め、結論を出すべきテーマであるからです。 結論から申し上げますと、敬宮愛子様が皇室典範二十二条の定める皇太子としての成年年齢である十八歳になられる再来年、二〇一九年十二月一日までに皇室典範第一条を改正し、皇位継承資格を男系女子の皇族に拡大して、愛子様に皇太子になっていただくべきであります。 憲法第二条は、皇位の継承につき、「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」と定め、皇室典範は第一条で、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」と定めております。 この結果、現在、皇位継承権のある皇族は四方、第一位は五十七歳の皇太子徳仁殿下、第二位は五十一歳の秋篠宮文仁親王殿下、第三位は同じく秋篠宮家で十歳になられた悠仁親王殿下、第四位は八十一歳の常陸宮正仁親王殿下でございます。今後、お子様が生まれる可能性がある方は十歳の悠仁親王殿下のみというのが客観的な状況だと思います。 平成十七年、二〇〇五年十一月二十四日にまとめられた皇室典範に関する有識者会議報告書、これは小泉純一郎内閣の最後の年に、吉川弘之元東大総長を座長、園部逸夫元最高裁判事を副座長として、十カ月の間に十七回の会議を開催してまとめられたものでございます。 既に十二年が経過をいたしまして、衆議院議員、数えましたけれども、ちょうど約半数入れかわっておりますので、この報告書のポイントを簡潔に御紹介いたしますと、まず、「はじめに」で、「現行憲法を前提として検討する」とし、「まず、現行の皇位継承に関する制度の趣旨やその背景となっている歴史上の事実について、十分に認識を深めることに力を注いだ。」とした上で、「問題の所在」の項目で、「現行の皇室典範を前提にすると、現在の皇室の構成では、早晩、皇位継承資格者が不在となるおそれがあり、日本国憲法が定める象徴天皇制度の維持や長い歴史を持つ皇位の継承が不確実になりかねない状況となっている。」と指摘されています。 また、大変重い指摘ですけれども、「男系継承維持の条件と社会の変化」という項目の注では、「試みに、仮に現世代に五人の男系男子が存在するとして、現在の社会の平均的な出生率を前提に、将来世代の男系男子の数を確率的に計算してみると、男子・女子の出生の確率をそれぞれ二分の一とすれば、子の世代では三・二三人、孫の世代では二・〇八人、曽孫の世代では一・三四人と、急速な減少が見込まれる。」出生率の改善を見込んで仮に出生率を一・五としても、曽孫の世代で二・一一人となると指摘をした上で、最終的な結論として、「女性天皇や女系の天皇を可能とすることは、社会の変化に対応しながら、多くの国民が支持する象徴天皇の制度の安定的継続を可能とする上で、大きな意義を有するものである。 このような意義に照らし、今後における皇位継承資格については、女子や女系の皇族に拡大することが適当である。」と結論づけています。 この報告書がまとめられた翌年、平成十八年、二〇〇六年の通常国会で、皇室典範の改正が議論されました。その審議が活発に行われていた時期、まさに予算委員会の開会中に秋篠宮家紀子様の御懐妊が報じられ、その後、同年九月六日に悠仁親王がお生まれになりました。これは大変大きな御慶事でありました。 しかし、男系男子の皇族の数が危機的に減少して、皇位の安定的な継承が中長期的に見て大きなリスクにさらされているという現実は、根本的には解決しておりません。男系を基本としてきた日本の皇室制度には、八方十代の男系女子の女性天皇の前例がございます。皇位の安定的継承のためのリスクを大きく回避し、伝統を維持する当面の現実的な方策として、女性天皇の容認は急ぐべきテーマであると考えます。 旧宮家の皇族復帰の問題点につきましては、先ほど船田元委員から御指摘がございました。 一つは、男系の血統で見れば、現在の皇族の方々と三十親等以上離れた方々であります。 二つ目には、複数ある旧宮家のさまざまな御事情を抱えられた方々に皇位継承順位を付与する場合、優先順位や手続など、さまざまな技術的な困難が伴います。 また、先ほど船田委員も言及されましたが、多くの旧宮家の方々が御辞退されているという事実もございます。 最後に、再度申し上げます。 私たち国会議員は、女性宮家そして女性天皇を、今こそ議論を深め、答えを出さなければならない時期に来ております。この一年が大変決定的な重要な時間でございます。 発言の機会をいただきました民進党、そして憲法審査会の皆様、また、私の主張に深く理解をしていただき、差しかえとして発言の機会をいただきました細野豪志代議士に感謝を申し上げ、私の発言を終わります。
○山尾委員 民進党の山尾志桜里です。 時代の変化にかかわらず、憲法第一章に規定された天皇制という制度の根幹を守るためにいかなる制度の変更が必要とされるのか、再考する大変重要なタイミングで発言の機会を与えていただき、ありがとうございます。 この点、冒頭に三つの論点を提示いたします。 一つ目は、現憲法における象徴行為の意義です。 天皇を人間と位置づけた現憲法のもと、天皇陛下が国事行為と並んで象徴行為を大切になさり、現に国民統合の象徴として国民の敬愛を受けていることから、象徴行為の意義の重要性を共有すべきときです。 この点、このたび正副議長による議論の取りまとめにおいて、今上天皇の象徴としての行為は国民の幅広い共感を受けているとされ、特例法においても同旨の記載がなされたことは、この意義の共有に大変資するものだというふうに思います。 二つ目は、高齢化社会における譲位のあり方です。 日本社会全体で高齢化が進む中、時の天皇陛下が象徴行為を含めて御活動を十全になさるために、生前退位による譲位が制度として必要とされています。 この点、いわゆる生前退位の制度的担保については、このたび確かに特例法という形式がとられました。しかし、取りまとめにおいても、また法の審議における政府答弁においても、先例となり得ることが確認されました。今後、先例となり得る制度が先例となっていくような場合には、さらに皇室典範本則に一般的要件を書き込む形での恒久的制度化も国民的議論となっていくのではないかと考えます。 三つ目は、皇族減少という現状に鑑みた皇位継承、皇室の御活動維持のあり方です。 女性宮家が認められず、皇位継承が男系男子に限られている現行制度がこれを不安定にしており、こうした制度の見直しが必要とされています。この問題の解決策として、女系・女性天皇、女性宮家の議論を速やかに開始すべきであり、退位の後に先送りすべきではないということを幾つかの論拠で申し上げたいと思います。 これまで皇位は男系で継承されてきたという歴史的経緯と今後も男系に限るべきだという価値判断は、少なくとも論理必然の関係には立っておりません。そして、今後も男系に限るべきかどうかについては、歴史的経緯のほかに正当性の根拠があるのか、すなわち、昔からそうなってきたからそうなのであるという以外に根拠があるのか、深く考える時期に来ていると思います。 このことについて、皇室典範制定時の帝国議会において、金森徳次郎大臣はこのように述べています。男系によるということがなぜに正しきや否やということの議論は、相当に難しいことであると存じまするし、今後とも深き研究を要するものと思いまする。この答弁は昭和二十一年十二月五日であります。 しかし、七十年の時を経過した今も、その正当性の根拠として、歴史的経緯の尊重ということのほかに真に合理的な根拠は聞こえてこないように感じます。 しかし、時の経過は当然のことながら皇室の構成を変え、現代において男系継承を維持することは、すなわち皇位継承を不安定にすることに直結しております。 天皇そして皇室が歴史的な存在である以上、男系継承という歴史的経緯の尊重は、私は正当性を持つと思います。しかし一方で、この過去を尊重するが余り、将来に向けた皇位継承が不安定になるのであれば、それは考え直されてしかるべきではないかと考えます。 この点、今回成立した皇室典範特例法に対する附帯決議では、こういった課題について、本法施行後速やかに政府が検討を行い、国会に報告することとされました。この法律二条は、施行日を退位日と定めておるので、機械的に当てはめると、施行後速やかにとは、退位された後速やかにと解されることとなります。 しかし一方で、次のような事情があります。 取りまとめの時点においては、施行日が退位日であるという前提はとられていなかったこと。むしろ、今回成立が予定されている特例法においては、公布日から施行される条文、退位の日から施行される条文、退位の翌日から施行される条文の三種類があり、そうだとすると、公布日を施行日として定めた上、それ以外の条文についてはその旨別に定めるという立法形式が採用されても全く不自然ではなかったこと。しかし、取りまとめの後、内閣が法律案の立案に着手して示された骨子においては、施行日を退位日とする立法形式が採用されたこと。 立案検討の際には、施行日が皇位継承等の議論が開始される時期を画するという要素は、およそ考慮されていなかったと思われること。 また、全体会議の中では、こういった課題についての検討時期をいつにすべきかという論点は提示されていたものの、退位されるまでは退位に万全を期すべきで、検討はその後であるというような主張は全くされていなかったこと。 こうした事情を総合的に考慮するならば、取りまとめの後に、たまたま施行日が退位日とされたという事実を機械的に当てはめ、議論の開始を退位の後に先送ることは、取りまとめに至る全体会議の議論の趣旨にそぐわない上、適切とも思えません。 また、女性宮家が認められるのか否か、男系男子の限定が変わるのか否かによって人生が変わる女性皇族方がいらっしゃること、男系男子の限定は男子のお世継ぎ誕生への期待を不可避的に伴わざるを得ないこと、こういったことを今私たちはもう一度深刻に受けとめるべきだと思います。 最後に、政府は、したがって、速やかに議論を開始すべきでありますし、何よりも、国民統合の象徴たる天皇とそして国民とをつなぐのは、私たち国会議員、立法府でありますので、この国会において速やかに議論を開始することが憲法の精神に沿うものであると申し上げて、私からの意見表明とさせていただきます。 ありがとうございました。
○赤枝委員 赤枝恒雄です。ありがとうございます。 私は四十年間産婦人科をやっております。特に、三年前には、キューバの世界性同一性障害の、アジア代表で講演をしてまいりました。 一体何を申し上げたいかというと、男か女かというのは、女性は男性になれるというふうにもう法律で書いてある、男性も女性になれると書いてある。女性のお子さんが一人しかいない場合に、その女性が、男性になりたい、私の性はもともと生物学的に男性だと言い張って、二人のドクターの、確かにそうだということで認知を得られれば、性器を取り外して完璧に男性になれる、そこには立派なペニスもつけられる、性行為もできる、全く男性になれる話なのに、この皇位継承が男か女かというよりも、では、Y染色体の話をすればいいんじゃないか。Yがつながっていればいいんじゃないか。そうじゃなくても、では、遺伝子がつながっていればいいんじゃないか。 法律の中身の中で、憲法の中身の中で、要するに、性同一性障害は病気ですよ、病気なんだから、男か女になるというのは法律で認めましょう、出産したって実子と認めますというところまでいっているのに、この皇位継承のところで男か女かという議論が私にはとてもむなしく感じるので、その辺ちょっと、私、どうするんだろうなというのがあって、Y染色体の問題と、あとの常染色体の、つないでいく問題、ここで解決してもらうのが一番合理的な話なのかなと思っております。 以上です。
○大平委員 日本共産党の大平喜信です。 明治憲法での絶対主義的天皇制のもとで、人権が抑圧され、侵略戦争へと突き進んだ反省から、日本国憲法は、前文とあわせて、第一章一条に国民主権を明記しています。 私は、この国民主権との関係で、教育勅語の問題について意見を述べます。 教育勅語は、天皇主権体制を根拠づけるものとして、天皇の家来である臣民が従うべき道徳律を説いています。そして、その内容の一つ一つが、天皇を中心とし、天皇に絶対随順する道であるとされました。 戦前の教育では、この教育勅語を修身処世の大もととし、その奉読などが強制され、天皇のために命を投げ出すという思想がたたき込まれました。こうして、教育勅語は侵略戦争推進のてことされたのです。 したがって、ポツダム宣言の受諾と日本国憲法の制定によって、軍国主義を駆逐し、民主主義と国民主権が確立されたもとで、臣民への命令としての戦争遂行のために用いられた教育勅語が排除されるべきであったことは当然のことでした。 しかし、安倍政権のもとで、この国民主権に反する教育勅語を肯定する動きがあることは重大です。安倍政権は、「憲法や教育基本法等に反しないような形で教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではない」などとする閣議決定を行い、稲田防衛大臣や菅官房長官は、教育勅語には今日でも通用する内容があるかのような発言をしました。さらに、義家文科副大臣は、朝礼での教育勅語の朗読も問題ないと答弁したのであります。 私が指摘をしたいのは、こうした教育勅語の使用は戦後の国会での議論で何度も否定されてきたということです。 一九四八年六月十九日、衆議院は教育勅語の排除に関する決議を、参議院は教育勅語等の失効確認に関する決議を採択しました。これにより、主権在君を根本理念とする教育勅語は、日本国憲法に反するものとして、教育から完全に排除することを宣言したのです。 重要なことは、なぜ衆参両院でこのような決議が行われたのかということです。 その背景にあるのは、戦後の文部大臣が、教育勅語は人間としての行く道をお示しになっている、教育勅語と教育基本法の間には矛盾と称すべきものはないと国会で答弁するなど、教育勅語の内容はいまだに有効であるかのような態度をとっていたということです。そして、そのもとで、学校教育においても教育勅語の朗読などその使用が続けられたのです。 だからこそ、衆議院の本会議で、決議の提案者が趣旨弁明において、教育勅語の部分的内容についても、「勅語というわくの中にあります以上は、その勅語そのものがもつところの根本原理を、われわれとしては現在認めることができない」と述べたのであります。そして、この決議に対し、森戸辰男文部大臣も、「教育勅語は明治憲法を思想的背景といたしておるものでありますから、その基調において新憲法の精神に合致しがたいものであることは明らか」と発言したのです。 このことは、戦後幾度も確認をされてきました。例えば、一九八三年に、ある私立高校が生徒に教育勅語を朗読させていたことが国会で問題となった際、当時の瀬戸山三男文部大臣は、「教育勅語を朗読しないこと、学校教育において使わないこと、また衆参両議院でもそういう趣旨のことを決議されております。でありますから、そういうことで今日まで指導してきておるわけでございます」「率直に言って遺憾なことであると思っております。」と述べ、県を通じて中止を指導したのであります。 この過程を見れば、教育勅語は、侵略戦争を否定し、国民主権と民主主義を掲げた日本国憲法に反しており、どのような形であっても教育の中で使うことはできないということは明白であります。内容はよいという発言や、ましてや朗読も問題ないなど、到底認められるはずがありません。 安倍政権が教育勅語を肯定しようとするのは、自民党改憲草案が天皇を元首としているように、国民主権を制限しようとする姿勢のあらわれだと言わなければなりません。 さらに、九条改憲発言に見られるように、日本を戦争できる国へとつくりかえようとするものにほかならないということを指摘して、私の発言を終わります。
○鬼木委員 自由民主党、鬼木誠でございます。 私は、日本国憲法が、天皇の神聖性、正統性が語られない憲法となっていることに歴史の断絶を感じております。これは、戦争と結びついてしまった明治憲法への深い反省からきているものだとは存じておりますが、日本の歴史において天皇とはどういう存在だったのか、私たち日本人が改めて学ぶべきときが来ていると感じております。 天皇の祭主として祈る役割は憲法上保障されておりません。それは、政教分離によってむしろ否定されているような状況にあります。憲法上保障されているはずの信教の自由、祈るという役割が、かえって不自由なことになっていないかと感じます。 また、今の日本で、義務教育で日本の神話を教えることは困難だと思われます。神話を忘れた民族は滅びるという言葉があるといいますが、神話とは、何千年語り継がれてきた民族の歴史であり、記憶であります。 日本の憲法は、日本の歴史とアイデンティティーを守る憲法であるべきだと考えます。天皇の歴史というものは日本の国の歴史と重なります。日本の歴史を守るということは、天皇の歴史を正しく後世に伝えることだと思います。その根本を大事にすることのできる憲法であるべきと考えます。 したがって、天皇の定義さえも変わってしまいかねない女性宮家という議論に私は危惧を覚えております。 日本の天皇は例外なく男系で継承されてきました。王朝は男系で継承するというのは世界でも普遍であります。女系で継承すれば、そこから先は違う王朝になるということであります。イギリスにおいても、ヨーク朝からチューダー朝、チューダー朝からスチュアート朝、そこは継承がかわった、そして王朝がかわったということであります。 日本の宮家というものは、男子の皇位継承権者を確保するために複数存在していたわけでありまして、宮家の当主は必ず男性で継承してまいったわけでございます。したがって、女性宮家というものはこれまでの日本に歴史上存在しなかったわけでございます。もし、女性宮家ができ、女性皇族が海外留学し、そこで海外の方と結婚され、その子供が天皇に即位されたなら、そのときから日本の王朝は、その男性の姓をとって、何々王朝、ジャクソンさんが相手ならジャクソン王朝、李さんが相手なら李王朝ということになるわけでございます。 それでは、女性宮家にかわる方策に代替案は何があるのか。私は、旧宮家の皇籍復帰だと考えます。 日本の歴史上、過去にもそうした危機は必ずあったわけでございまして、最大で十親等、二百年までさかのぼったこともあります。そうして日本の天皇の歴史は男系で継承を続けてまいりました。 AIが人類の思考を超えようとしている今、人知を超えた究極の知恵というものは、長い歴史にかえてきた伝統ではないかということを最近私は考えております。 以上をもちまして私の発言を終わります。ありがとうございました。
○辻元委員 民進党の辻元清美です。 本日は、象徴天皇制についての私の考えの変遷と、そして、特に象徴天皇と平和主義との関係について意見を申し述べたいと思います。 三十年ほど前、私が学生のときに、先ほど御指摘があったような発言をし、天皇制に疑問を抱いたことがございます。それは、戦前の天皇と戦後の天皇のあり方について疑問を持っていたからなんです。 戦前の天皇制のもと、戦争で多くの若者が亡くなりました。私は、自分の祖父も太平洋の南の島で戦死しているんですけれども、天皇陛下万歳ということで戦死したのかというような割り切れない思いから、天皇制について疑問を抱いたのは事実です。 その後、私はこの思いを土井たか子さんに聞いていただきました。土井さんからいろいろなことを学び、戦後、日本国憲法のもとで日本は生まれ変わった、戦争放棄の国になった、そして、憲法に規定されている象徴天皇をしっかり尊重しなければならない、そして、平和主義と象徴天皇の関係、多くのことを学びました。私は、自分の考えが一面的だったと痛感をし、そのとき深く反省をいたしました。 その後、さまざまな立場の方たちとも議論を積み重ね、この象徴天皇の歴史的な背景や、そして立憲主義の大切さ、そして国会議員が憲法尊重擁護義務を持つことの重みをかみしめるようになりました。 天皇皇后両陛下は、アジアの歴訪の際、慰霊をされます。このときに、特に私は感銘を受けるのは、日本の私たちの先人の慰霊だけではなく、現地の人たちの慰霊もされるということです。 昨年、フィリピンを訪問された折に、フィリピンの市民の慰霊を先にされたんです。ちょうど一月二十七日にフィリピン人の犠牲者の無名戦士の墓を慰霊され、そして一月二十九日、日本人犠牲者の戦没者の碑を慰霊されています。そのときに、さきの大戦でフィリピンが日米の戦場となり、多くの市民が犠牲になったことについては、私ども日本人が決して忘れてはならないこととお述べになりました。私は非常に感銘を受けました。 そんなさまざまな象徴天皇としての御公務やお務めを拝見するに至り、私は、今の天皇皇后両陛下が象徴天皇のあり方を模索してきたんだという御発言をされたこと、この重みをしっかり受けとめなければいけないと思っています。 そんな中で、この日本国憲法の、特に平和主義の理念を体現するんだという強い決意を私は両陛下から感じております。 戦争という壮絶な体験のもと、天皇皇后両陛下を初めとする先人たちが、どんな思いで、どんな戦後をつくろうとしてきたのか。私は自分の祖父の戦死からさまざまなことを考えてきましたけれども、多角的な目を持って私たちはこの象徴天皇制についてのあり方を議論しなければならないなと思っております。そして、あまたの犠牲から生まれた日本国憲法の価値をしっかり次世代に受け継いでいくというような思いも、私は今の天皇皇后両陛下から感じております。 そういうことも踏まえまして、象徴天皇制と平和主義の関係について議論を深め、そして、過去の戦争のようなことが二度とないようにしていくということを本審査会でも提起させていただいて、私の個人の変遷と、そして現在の関係を述べさせていただきました。 ありがとうございました。
○安藤委員 自民党の安藤裕でございます。 本日は、発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。 きょうは天皇制ということでテーマになっておりますけれども、先ほど来御意見が出ておりますが、私自身は、天皇の継続性について国民的な議論にするということには、以前もこの憲法審査会で話をさせていただきましたけれども、やはり少し違和感を感じております。 と申しますのは、やはり今、私たちは、国会議員も含めて、天皇がどのような先人たちの努力で今まで継続しているのかということについて、深く理解をしている国民というのはなかなか少ないのではないかというふうに思います。 そして、私たちは保守主義の政党ですから、一番大事にしなくてはならないのは、先人たちが培ってきた知恵、これを一番大事にするのが保守主義の考え方だと思います。今の現代人の考え方ではなくて、天皇制はもう二千年以上もずっとつながってきた制度ですから、これを我々の考え方で変えていいものかということについて一番恐れを抱くのが我々保守主義の考え方ではないかというふうに思います。 そして、天皇をどのようにつないでいくかということに対して一番真剣に考えておられるのは、やはり天皇陛下、皇太子殿下を初めとする皇族の皆様方だろうと思います。 したがって、私たちは、まず天皇陛下、そして皇太子殿下がどのようにお考えなのか、そのことをどなたかがきちんとおまとめになって、それに私たちはしっかりと従っていくというのが本来の日本の皇位継承の知恵であったというふうに思います。 そして、やはり日本においては、天皇の権威とそれから政治の権力とはずっと分離をされておりました。今、我々国会は国権の最高機関という位置づけになっております。つまり、国の政治権力の一番の頂点にあるということであります。そして、この政治権力者が最高の権威に対して口を出すというのは、これは一番抑えなくてはいけないことではないか、一番これは抑制的にしなくてはならないことではないか。日本の今までのどのような政治権力者も、天皇に対して、ああしなくてはならない、こうしなくてはならないということは言ってこなかったはずでありますし、それが日本の知恵であった。権威と権力を分離する、だからこそ、天皇というのは今まで継続をしてきたのではないかというふうに思います。 私は、今の日本国憲法の第二条には、皇室典範は国会で議決をするという決め方をしておりますけれども、以前も申し上げましたけれども、本来は、この皇室典範は皇族の皆様方でお決めをいただいて、我々はそれに従うというのが本来の日本の古来の知恵だったと思いますし、我々がここで皇位継承についていろいろな意見を闘わすのは、これは本来の日本の知恵ではないのではないかというふうに思います。 以上でございます。
○土屋(正)委員 まず最初に、先ほど大平委員から教育勅語の話が出ましたので、それについて意見を申し述べさせていただきたいと存じます。 公立学校であるのか私立の学校であるのかということをきちっと分けて考えないと、過つことになると思います。 私立の学校に教育勅語的なものを規範としてはならないということになると、教育の自由、思想信条の自由、こういうことに触れてくるんだろうと思います。これは宗教立の、例えばキリスト教立とか、イスラム教立とか、あるいは仏教立とか、そのほかの宗教立の学校を考えればよくわかることで、それぞれの教義に従って一定の教育をしているわけですから、それも含めて、今日の日本は教育の自由、こういうことがあるんだろう、まず最初にそのことを意見として申し上げておきたいと存じます。 次に、天皇陛下の存在は象徴であるのか元首であるのか。自民党の憲法改正草案の中には元首として位置づけました。しかし、残念ながら、私はそのとき落選をしておりまして、発言の機会がなかったわけでありますが、あの当時と比べて、自民党の構成メンバーも約半数以上がかわっております。そういうことも踏んまえて申し上げますれば、私は、元首というのはいささかというか相当抵抗があって、象徴ということの方が、より歴史上の存在、天皇の存在にふさわしいんだろうと思います。 なお、これは芦田均先生の「新憲法解釈」という、昭和二十一年、新憲法がこれから公布されるというときに、昭和二十一年十一月に書かれた「新憲法解釈」という、これを私も何回か読んでいるんですが、この中にこういうくだりがあります。元首といえば大統領も君主もある、元首なる言葉に天皇としてふさわしい尊厳性があると考えるのは間違いである、こういう記述があります。 私は、象徴から元首になるのは、言ってみれば、わかりやすく言うと格下げだ、このように考えている次第であります。 長い歴史に鑑みると、天皇家という存在が権力の具体的な執行者から離れて千数百年の歴史があるわけですから、こういったようなことを踏んまえた上で、これからきちっと歴史の上に立って考えるべきだ、このように考えております。 三点目として、この間申し上げましたが、地方自治の項目について、ぜひ、今後この議論をするときは、地方自治の現場にいる方々大勢に意見を聞いていただいて御判断をお願いいたしたいと思います。 今の地方自治体は、例えば基礎的な自治体も、百六十八名の東京都青ケ島村から三百七十万の横浜市まであるわけですから、そういったことが今後どのように地方自治の中で変化をしていくのか慎重に考えるべきだ、このように申し上げておきたいと存じます。
○照屋委員 天皇の退位等に関する皇室典範特例法案が衆議院で可決、成立をいたしました。 社民党は、常任幹事会のもとに天皇の退位等に関する検討委員会を設けて、党内議論をこの間進めてまいりました。 その結果、社民党として、第一点、天皇の退位を認めるべきである、第二点、今上天皇のみに限定するのではなく、将来の全ての天皇を対象とする一般的な恒久制度として考えるべきである、第三点、特別法ではなく、皇室典範の改正によるべきである、第四点、皇位継承問題について引き続き議論をするべきであるという結論に至りました。 その上で、衆参両院正副議長のもとで、全党全会派が真摯な協議を尽くして特例法案がまとまりました。社民党も賛成をしました。それを受けて、きょうは皇室典範と皇位継承問題について意見を申し述べます。 皇室典範については、憲法の基本原則に合致するよう、不断に見直しを行っていくことが求められております。とりわけ皇位継承の問題について引き続き議論を急ぐべきであります。 憲法第二条は、「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」と定めておるだけで、男女の区別や男系、女系の区別をしておりません。皇室典範によって、皇位の継承資格は、皇統に属する男系の男子とされているにすぎません。女性・女系天皇については世論の多くも支持しており、皇位継承資格者を男系男子に限ることは、合理的根拠もなく、国際的にも民主主義の見地からも問題があると考えます。 皇位継承は、憲法の原則にのっとり、象徴天皇の皇位継承として解決されるべきであります。 社民党は、男女平等の観点から、女性にも資格があるというのは当然であり、女性・女系天皇を積極的に認めるべきだと考えております。 今後とも、引き続き、女性・女系天皇、女性宮家などの論点についても議論を行っていくことを望みます。 終わります。
○山下委員 自由民主党の山下貴司でございます。発言の機会をありがとうございます。 私は、女性宮家の問題について御指摘をしたいと思います。個人的な意見でございます。 この女性宮家の問題については、皇位継承の問題と女性皇族の御結婚後における皇族としての御公務の継続、こういう面があるんですが、私は、まず、皇位継承の問題とは切り離すべきだというふうに考えております。 というのは、既にさまざまな意見が提示されました、象徴たる天皇の地位が男系で引き継がれてきたという歴史的事実、このことは既に御紹介がありましたが、私としては、もう一つ、これは既にある皇位継承順位の事後的な変更をもたらしかねないというところ、これも指摘したいと思います。 すなわち、現行は、第一順位は皇太子殿下、第二順位は秋篠宮殿下、そして第三順位は悠仁親王殿下でございます。しかしながら、以前の内閣での有識者会議報告書であるとか、あるいはヨーロッパで見られるような、皇位継承について、直系優先、長子優先という原則をとった場合に、第一順位は皇太子殿下でございますけれども、第二順位は愛子内親王殿下、第三順位に秋篠宮殿下、第四順位に眞子内親王殿下、第五順位に佳子内親王殿下、そして、悠仁親王殿下は第六順位になるわけでございます。 現在、第三順位である悠仁親王殿下の皇位継承順位、これが、年齢であるとかそういったことを考えると、事実上なきものにするということになりかねないということでございます。これは、年齢差から考えると、もしかしたら、秋篠宮殿下の皇位継承順位もなきものにするということにもなりかねない。やはり、そうしたことも踏まえて議論しなければならないと思います。 私は、皇位継承の安定のための議論は必要でありますけれども、先ほど言ったように、既にある皇位継承順位を人為的に、事後的になきものにするということについては極めて消極的でございます。 そして、これは個人的な意見ではございますけれども、皇位継承の安定を図らねばなりませんが、それにつきましては、さまざまな観点から考えなければならないところ、それには、皇籍離脱をされた旧宮家の皇籍復帰についても、歴史的に見ても、最初から排除するということは考えるべきではないのではないかというふうに考えております。 二つ目の論点である女性宮家について、女性皇族の結婚後も、御皇族としての活動をお続けになり、皇室の天皇皇后両陛下の御公務をお支え願えないかということでございますけれども、これにつきましては、そもそも、天皇そして御皇族の公的行為というのは何かというのは、憲法上位置づけるべきではないかと個人的に思っております。 というのは、憲法上は、天皇は国事行為のみを行うとされておりまして、また、御皇族の公的行為についても位置づけが憲法上は明記されていないわけであります。そうだとすれば、我々自民党が示した改正草案にもありますけれども、象徴としての公的行為を憲法上位置づけ、さらに、御皇族としての行為について、例えば、象徴たる天皇の皇族としての、公人としての行為ということを、憲法上位置づけるかどうかは別にして、そういったものであるというふうに位置づけるべきだと思います。 しかし、そのために女性宮家まで創設することが必要かについては、私は慎重に検討すべきだろうと思っております。 宮家とは、宮号を持つ個人の資格ではありません。当主と血縁関係を有する家族全体の問題でございます。そうした家族法の問題だということを考えますと、私は法律家でありますので、細かくなって恐縮ですけれども、例えば、女性皇族の配偶者は皇族となるのか、あるいは、その子、孫は皇族なのか、その子や孫の配偶者も皇族となるのかという問題があり、あるいは、大変恐れ多いことですが、不幸にして配偶者が事後的に離脱した場合には皇族たる身分を失うのか維持するのか、そういった問題もございます。 そうしたことを考えると、個人としての皇室活動を継続していただく問題を一足飛びに家の問題として議論すべきだということについては、私は違和感を覚えるところでございます。 そして最後に、憲法審査会の進め方について一言申し上げれば、この憲法審査会、きょうは、天皇の問題を含め、網羅的に議論をしていたところでありますが、一つのテーマからは顔を背けている部分があると私は思います。それは憲法九条であります。憲法九条の問題について、この憲法審査会は、国民が願っているにもかかわらず、正面からテーマとして取り上げたことはございません。 私は、与野党を通じて、この議論から逃げるべきではないと思っておりますので、そのことを最後に申し上げて、私の意見とします。
○大平委員 先ほど土屋議員から私への意見がありました。教育勅語の問題について、公立、私立を分けて考えよとの意見でした。 先ほども意見の中で述べましたが、安倍政権による閣議決定、あるいは各閣僚の発言など、自身も別に、公立、私立を分けて言っているわけではありません。 そんなことに問題があるのではなくて、戦後の教育の根本原理である日本国憲法、教育基本法と教育勅語は相入れない。だからこそ、国会で全会一致で排除をされ、歴代の文部大臣も否定をし続けてきた。みんな、これを分けて言っているわけではありません。それを復活させることは決して許されないということを述べたわけでありまして、御批判は当たらないということを訴えたいと思います。 以上です。
○保岡委員 先ほど辻元幹事が御発言になったことにちょっと触発されてお話しします。 私は、この平和国家日本が、戦争を終結して新しい第一歩を踏み出した、これは天皇陛下の御聖断あってのことと思っております。 終戦間際にした広島、長崎に原爆が投下される中で、宮中の地下十メートルの十五坪ほどのお部屋で、総理大臣以下関係閣僚、そして陛下がそこで会議を持たれて、いわゆる御前会議です、これは二回にわたって行われている。一回は、ポツダム宣言を受諾するかどうか。国体を維持することを前提に受諾する旨伝えたが、なかなか返事が来ない。十四日になって、やっと第二回の、その返事をもとにする、これで国体維持ができるのかどうかという議論があって、意見が分かれる。戦争を継続する者が半分、戦争はやめるべきだという者が半分。まさに、鈴木貫太郎総理が陛下に御聖断を仰いだ。 陛下は、とにかく、このまま日本民族が滅びてしまえば、日本という伝統ある国を将来につなぐことができない、ここは、戦争をやめて、将来の新しい日本の建設にみんなで取り組もうというような趣旨のお話をされ、それが世界の人類の幸せにもつながるとまで言われる。 この記録は、別に議事録があるわけではないが、そのとき内閣の書記官長で、そこに一緒に同席した迫水久常、私の郷里の先輩の先生ですが、この方が記録したことを発表されて、それが残っておる。 私にしてみれば、阿南陸軍大臣が、最後の一兵まで戦おう、玉砕してでも青史に日本民族の名を残そうと言うのに対して、東郷外務大臣を初め、海軍大臣も含めて、戦争を継続することをやめようと言う、大変対立する、二分するその中で決断をされたのが陛下だ。その思いは、日本国憲法の公布の日の勅語によくあらわれている。皆さん、この勅語を読まれたかどうか。 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みづから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。 朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。 これが勅語です。 私は、あの終戦の決断をされた後、一年余り、憲法公布の日にこの勅語を述べられた陛下の気持ちが今日の平和愛好国日本の出発点、そういうふうに思います。 ですから、そういった意味で、総理が終戦七十年の談話を閣議決定した中にあるように、これからは実力で国の主張を切り開くことはしない、あの悲惨な戦争を二度と繰り返してはならない、平和愛好国としての道を、この国を子孫に渡していくんだということを安倍総理が閣議決定で決めて全世界に発しています。これが日本の行くべき道の基本だ、これが憲法の精神の一番大事なところだと私も思っております。 したがって、先ほど九条についてどう議論すべきかという山下議員の発言もありましたが、そういうことを基礎に、日本がどういう形で平和を維持し、日本の存立を維持し、国民の平和と幸せを確保し、人類の平和や繁栄に貢献するか、まさに九条の議論をする中で、そのことを我々は大いに議論したらいいと思っております。 以上です。
○武正委員 民進党、武正公一です。 本日、憲法第一章が取り上げられる経緯についてお話をさせていただきたいと思います。 五月十八日、会長所感でも確認されたように、当憲法審査会の目的は、憲法及び憲法にかかわる基本法制の調査、改正の発議、それから国民投票にかかわる審査、この三点でございます。 そういった意味では、憲法及び憲法にかかわる基本法制ということで、昨年、今上天皇のお言葉に端を発し、臨時国会、今国会と、政府そして国会でも議論を行っている皇位継承についての議論も、この憲法審査会、憲法第一章ということでやはり取り上げるべきではないかということで提案をしてきた経緯がございます。 また、各国憲法を比較しても、第一章に天皇すなわち王、皇室すなわち王室が位置づけられるということは極めて少ないということも指摘をしておきたいというふうに思います。 皇室をいただくこと、日本の国の成り立ち、歴史、日本及び日本人の歩み、物の考え方を体現するということを見られることは、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇、皇室ということで、私たち日本及び日本人にとって皇室制度が持続可能な制度として広く国民の支持を得られることが極めて肝要である、このように考えます。事実上元首と各国から見られる位置にある天皇を現在の象徴として憲法上元首と位置づける改定は、ふさわしくないとする立場をとるものでございます。 また、第四条、天皇は国政に関する機能を有しないことをもってして、昨年のお言葉に端を発したことを理由に皇位継承の議論の進展に異を唱える議論があったのは極めて残念であります。 というのは、かねてより皇位の安定的継承についての提起がされ、国会でも議論がされてきた一方、この四年にわたる国会としての不作為があったのではないかということがあるからでございます。平成十七年十一月二十四日の皇室典範に関する有識者会議、そして平成二十四年十月五日、皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理ということで、相次いで政府としての取り組みが行われたわけですが、翌年、第二次安倍内閣はそれを白紙に戻したと報じられたところがあるからでございます。 今般、皇室制度の皇位の継承にかかわる法令についての附帯決議でも、女性宮家の創設等についての速やかなる検討が合意をされております。本日、同様、国会での積極的な議論を進めていく必要は論をまたないというふうに思うのは、こうした点からでもございます。 また、先ほど民進党の岸本委員からも提起をいたしました憲法七条、天皇の国事行為に関しましては、戦後の二十三回の衆議院の解散のうち、不信任決議案の可決によるものが四回、そして天皇の国事行為によるものが十九回となっております。やはり前解散・総選挙は解散権の濫用ではなかったかという指摘は何度となくこの場でさせていただきましたが、ちょうど本日行われる、イギリスにおける二〇一一年議会期固定法による解散は、解散に関する国王の大権は廃止をされております。また、ドイツ基本法六十七条では建設的不信任決議というものが認められております。こうした解散権のあり方について、民進党としては、さらに議論を深めてまいりたい、このように考えております。 最後に、憲法九条、顔を背けてはいないかというお話がございましたが、平成二十五年、憲法審査会では、憲法九条を含めて、全章を、各章ごとに各党意見表明を行った経緯がございます。これまでも、与野党、丁寧に議論を行おうということでテーマを選んでおります。しかしながら、決して多数決で発議内容を決めるものでもなく、衆参合同審査会の開催による発議案の検討、あるいは国民投票と衆参選挙は別々に行うことなど、この間、各党が合意をして進めてきた経緯をもって、過日の会長所感を踏まえて、この憲法審査会として進めていくべきだと考えております。 以上です。
○上川委員 自由民主党の上川陽子でございます。 本日は、第一章の天皇制についてをテーマに、実に真摯な御議論をいただいているものというふうに考えております。私は、この審査会におきまして、今後こうした議論をさらに深めていくということができるよう、ぜひ二点につきまして御検討いただきたいということで申し上げたいというふうに存じます。 まず第一点につきましては、昨年百九十二回の臨時国会、さらに今回の通常国会、二つの国会にわたりまして、この審査会におきましては、延べ九回に及ぶ真摯な御議論を重ねてきたというふうに思っております。 昨年は、十一月十七日に、憲法の制定経緯、公布七十年を振り返って、さらに、十一月二十四日には、立憲主義、改正の限界、違憲立法審査制、さらに、ことしに入りましても、三月十六日、そして二十三日と、参政権をめぐる諸問題、また、国と地方のあり方、地方自治の問題につきましては、四月二十日、五月十八日、また、新しい人権等については、五月二十五日、六月一日、さらに本日、六月の八日、象徴天皇制をめぐるテーマを扱っているところでございます。 また、そうした中で、外部の有識者の方々もこの審査会にお招きをして、参考人として、それぞれのテーマにつきまして、国際的な動向や、また学説上の議論、また国民によりましての憲法改正議論のあり方などにつきまして、大変示唆に富んだ御議論をいただき、この審査会における厚みのある議論に大きな御貢献をいただいたものというふうに思っております。 各審査会におきまして、それぞれの委員の皆様からの御発言につきましては、その要旨につきましても、例えば憲法のニュース等で御紹介をしているところでございます。国民の皆様にもその内容につきまして広く御理解をいただくことができるということでございます。 この二つの国会を通して、この場で真摯な議論を重ねてきたということを踏まえて考えると、これからの議論をよりさらに掘り下げていくためにも、ここは、会長そして会長代理におかれましては、この間の九回の審議を総括していただくような形でのメモを、レポートというような形でおまとめをいただき、またその次なるステージにおいての議論を深めていくための大変大事なものとしてこれを発表していただくことができればというふうに思っておりますので、その点についてどうぞよろしくお願いしたいというふうにも思います。 さらに、二点目でございますが、先ほど根本委員の方から御発言がございましたけれども、この審査会におきましての議論でございますが、あくまで国民投票によって国民の総意を見つけ出す、憲法改正のプロセスはそうしたプロセスを大切にしながら進めていくべきものであるということでございます。これが国民主権の理念にもかなうものというふうに考えるところでございます。 この審査会におきましても、これまで議論を重ねてきた長い歴史的な積み上げの中のところをさらに掘り下げていくべく、具体的でまた現実的な案を提起することができるような場をさらにこの審査会においても深めていただくことができるように、この二点につきまして、どうぞよろしくお願いを申し上げ、発言とさせていただきます。
○森会長 予定の時間もありますので、この自由討議における御発言は、現在名札を立てている方までとさせていただきます。
○土屋(正)委員 先ほど大平委員から再度御発言がありましたが、私は、この問題は相当深い話になると思うので、また改めて時間をかけてやるべきだと思っておりますが、ポイントだけ申し上げますと、教育の自由ということの裏には、思想信条の自由、信教の自由、こういうことが根っこに根本的な発想としてあるわけで、そこを前提とした上で教育の自由をどう見るかということなんだろうと思います。そのことを申し上げたいと存じます。 また引き続き議論に参加させていただければと思います。 それから、二点目として、先ほど申しおくれましたが、天皇陛下の退位のお話が出て、このところ、そういう話題が町の話題としてよく出るわけであります。私も、地元に帰ると、そういうことがよく出ます。 その際、国民の皆さんが、ほとんどといいますか、相当な部分が御理解をしていないところが、女性天皇と女系天皇の区別の仕方だろうと思います。これについて、今後大いに、国民の大多数の方が御理解いただけるような議論を深めた上で、その上で、先ほどは津村先生もいろいろ御開陳をいただきましたが、こういった議論を深めていくことが大事ではなかろうか、こんなふうに思います。 日本国の国のあり方、昔流に言うと国体にも関することなので、そこは大いに議論をして、国民の皆さんと一緒に考えていくということが必要だろう、こんなふうに思っております。 一言ですけれども……。
○北神委員 民進党の北神圭朗でございます。 今まで、党内で私は少数派だということを余り皆さんにばれたくなかったので余り発言しなかったんですが、きょうは自由に皆さんが発言されているので、一言だけ発言したいと思います。 天皇については、安藤先生がおっしゃったように、余りとやかく、みだりに発言すべきではないと私も思いますが、これは日本国憲法の話でございますので。 特に私が心配しているのは、やはり継承の問題でございます。男系男子というのは、私も基本的に、できればそれでやるべきだというふうに思っております。これは、合理的理由とかいろいろ言われますけれども、合理性だけでは割り切れないものが世の中にあるということがありますし、あえて言えば、合理的に言えば、やはり皇統というものが変化してしまう、女系になりますと。だから、そういった意味では、私は男系男子が重要だというふうに思っております。 昔だったら、藤原家に乗っ取られるおそれがあるとかそういったこともあったと思いますし、また、これに関連づけて言えば、日本の精神的な帰属意識、アイデンティティーそのものでもございまして、多分、一番日本が歴史の中で国家意識が明確になったときは蒙古襲来の後だというふうに思っておりますが、その後に北畠親房さんが「神皇正統記」という本を著しておりまして、この中にも、大日本は神国なりという文章で始まっておりますけれども、これはよく読むと、中国とか天竺との比較において、我が国の本質というのは何か、こういうことを著して、中国は常に易姓革命というものが絶えず行われている、我が国は違うということを示したものであって、この部分は、合理主義とかそういうものではなくて、大変尊重すべきだというふうに思っております。 ただし、残念ながら、側室制度の回復もなかなか難しい、養子縁組も難しい中で、皇室が絶えないことが私は一番重要だというふうに思っております。ただ、旧宮家の復活とか、継体天皇の事例もございますし、こういうことをできるだけ可能性を探求すべきだとも思っております。 ただ、時間はございませんので、この委員会がいいのか、どういう場所がいいのか、安藤先生に怒られますけれども、超党派で静かに議論する場所を設けるのか、とにかく早くこれを決めていかなければ、私は時遅しになるというふうに危機感を覚えております。 最後に、山下先生から話があった、我が国国民、領土のみならず、皇室文化、これを守るための安全保障の議論をぜひやるべきだというふうに思っておりまして、九条についても積極的にこの委員会で取り上げていただくことを強く要請を申し上げたいというふうに思っております。 以上でございます。
○太田(昭)委員 保岡先生、また武正先生からも話があって、天皇制ということについての議論は深いものでなくちゃならぬということを言われたというふうに思います。 私は、憲法を見て、前文とそして特に第一条というところを見まして、中曽根先生の白寿のこの間出された本を読んだり、いろいろな憲法、読売憲法草案でもそうなんですが、諸外国の憲法を見ましても、主権は国民に存するという一言が真っ先に普通出てくるということで、ゼロ条ということを中曽根憲法改正草案等では言っていたり、第一条に主権は国民に存する、こういう言葉を試案として出しているのが多いんですが、現憲法は、第一条に天皇制、そして、主権の存する日本国民の総意に基づくとして、天皇というところにそれが書いてある。 先ほど保岡先生がおっしゃったように、この憲法をつくるときの状況というものが第一条にも反映をしていたし、その第一条というものをつくるということに当たって、どれだけ当時の人たちの激烈な闘いの果てにその第一条というものが形成されたかという重みを、私たちはよく考えて論議をしていくのが審査会の役割であろうというふうに思います。 象徴天皇というのは、当然、戦後から現憲法でうたわれたわけではなくて、本来、日本の天皇制というのは、もともと象徴天皇ということが本質である。その中身は、先ほどから話のありましたように、権威はあれども権力を持たない。 その権威というものを、国民の究極的なよりどころの権威という尊崇の念の対象というものを置いて初めて混乱期に日本がおさまってきたということは、錦の御旗とかいろいろなことがあったりして争奪戦が行われたりしましたけれども、あくまで象徴天皇として、権威はあるけれども権力を持たない。 時折、権力を持とうとした天皇が生まれて、後醍醐天皇を初めとして数少ないんですけれども、ほとんど失敗をしているということからいって、本来の天皇制というのは象徴天皇制であったし、それは昔からそういうことであり、これからもそれを貫いていくということが大事だということがよくわかるわけでありまして、そこを踏まえなくてはいけないというふうに思います。 その尊崇の究極の対象としての天皇というものが、象徴天皇という現憲法下で、いかなる振る舞いの中で形成されるのかというところに、先ほど我が党の北側委員が言ったように、私的行為と公的行為と、そして国事行為、国事行為から話をする方が多いんですけれども、本来の、私が申し上げた象徴天皇ということからいくと、思想的にはかなり多くの方がそうしておっしゃるわけなんですが、天皇というのは国民と国土の安寧を祈る存在としての象徴天皇というものだということからいきますと、私的行為というものは、私的でありながら、実はかなり本質的なものであろうというふうに思います。 その中で、国事行為は、これは憲法で書かれていることで、結構なことなんですが、問題は、先ほど北側さんが言ったように、公的行為というものについて、昭和天皇も今上天皇も、いかにそうした象徴天皇というものがあらねばならないのかという大変な模索をされてくる過程の中で、被災地を回ったり、さまざまな行為をされてきているということの深いお考えを我々は受けとめていくということが大事だというふうに思います。 昨年八月八日のお言葉の中に、その象徴天皇というものを模索するという中で、「国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。」このように陛下はお述べになっています。 象徴天皇の姿をみずから模索してつくってこられたというのが今上天皇であり、その思いを抑制的に述べられていたのが昨年の八月八日で、その公的行為というものが、本質的というか思想的な象徴天皇というものに加わって初めて現在の日本の国民に敬愛の情というものが生まれてきているんだという事実を、我々はよく認識しなくてはいけないのではないかというふうに思います。 天皇の公的行為は、憲法上の明文の根拠はないわけでありますが、それを形に書くということは私は適当ではないと。そして、それぞれの天皇がその思いというものを継承しながらその形を発揮していただきたいという我々の気持ちがなくてはならないのではないかというふうに思っています。 したがって、この公的行為は、国民とともにある象徴天皇の重要な行為で、憲法上でも当然認められるべきものですが、余りにも形というものを書くとかいうことについては、私は、慎んでいかなくてはならないのではないか、このように思っています。 また、元首ということがよく指摘をされるわけでありますが、本来の象徴天皇ということからいって、これは、権威は持つけれども権力は持たないということを徹底するという象徴天皇制の本質論からいって、万世一系と言われて、ほかの国々の王とは違うということをもって、元首にはすべきではないということを、元首とも呼べるとか呼べないとかいう内容ではなくて、本来、象徴天皇制というものは、そうした元首ではないということが大事なんだろうということを私は個人的には考えています。 以上です。
○中谷(元)委員 きょうは、第一章天皇につきまして、各党の代表の御意見、また、それぞれの考えに基づいて、幅広い視点で各委員からも議論が展開をされまして、どうもありがとうございました。 かなりの論点が出されまして、非常に国民的な議論になった審査会だと思っております。非常にこの国会におきましてもそれぞれのテーマにおいて議論がされてまいりまして、かなり濃密な、深い御意見、論点が展開されました。 これはやはり、これまでせっかく議論してきたことを今後さらに深く議論するために、一度こういったテーマごとに論点整理をいたしまして、会長そして会長代理のもとで、各党でもう一度確認をいたしまして、これをより深く議論する必要がございますので、次回からもこういう観点で審査会の議事を進めていただきたいと思います。 先ほど、各テーマの中で、憲法九条の問題、これを正々堂々と議論をすべきであると。まさにこれは重要な発言でありまして、社民党の照屋幹事からも、平和主義ということで議論という要望もありました。 これは、国にとりまして、この平和主義をどう考えるかという点で非常に大事なテーマでございます。賛成の立場、改正に反対の立場、これはしっかりと議論しなきゃいけない問題でございますので、ぜひ審査会で議論できますように、よろしくお願いしたいと思います。 以上です。
○森会長 これにて自由討議は終了いたしました。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時三十三分散会