災害対策特別委員会 第4号
- 発言数
- 85 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 2016/11/24
会議録
○秋葉委員長 これより会議を開きます。 災害対策に関する件、特に風水害対策について調査を進めます。 本日は、本件調査のため、参考人として、岩泉町長伊達勝身君、南富良野町長池部彰君、群馬大学大学院教授・広域首都圏防災研究センター長片田敏孝君、北海道大学大学院工学研究院教授清水康行君、以上四名の方々に御出席をいただいております。 この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。 本日は、あいにくのお天気の中、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、御発言の際にはその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人は委員に対し質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。 それでは、まず伊達参考人にお願いいたします。
○伊達参考人 皆さん、おはようございます。 まずもって、八月三十日のあの台風十号の災害に際しましては、当委員会の委員長さん初め理事の皆さん方が、わざわざ岩泉町までお運びをいただきました。また、その前には、それぞれの省庁の大臣、副大臣、政務官の皆さん方、あるいは総理大臣までお越しをいただきました。現地の状況をつぶさに視察をしていただいたわけでございます。 皆さん方、異口同音に、見ると聞くでは大違いだという、そういった話をされておりまして、改めて、私どもはもちろんでありますけれども、先生方におかれましてもその被害の甚大さに驚かれたことだろう、そのように思っております。 さて、私は、本日は、今まで公の席では発言をしておらなかったことをまず最初に申し上げたいと存じます。 それはなぜかと申しますと、いわゆる私自身の避難勧告指示、そういったものがおくれたことが大きな被害をもたらしたという、そういったことであったわけでありますが、実は、本日の資料として、時系列的にちょっと書いてありますけれども、まずその前に、かいつまんで岩泉町の状況を説明申し上げます。 西は盛岡市から東は太平洋までが岩泉町でありまして、面積は、ちょうど東京二十三区と横浜市を足したぐらいの面積でありまして、今回大きな被害をもたらした小本川は、約百キロの大きな川であります。それぞれの支流がたくさんございまして、一番高いところでは千三百五十メーターぐらいから海抜ゼロメートルまでという、そういった大変厳しい自然条件の中にあるわけであります。その中で、人口は一万人を切っております。ちょうど六十年前に、今の岩泉町が誕生をいたしました。 実は、五年半前には、あの東日本大震災で海岸の方が大きな被害を受けたわけでありまして、いち早く、これこそ国の皆さん方の御支援をいただいて、復旧に努めてまいった結果、何とか復旧にめどがついたそのやさきの今回の大きな洪水であったわけであります。大変地元といたしましてはショックを受けているわけでありますが、そう言ってばかりもおれませんので、しっかりとこれから見据えてまいりたいと存じます。 まず、当日、つまり三十日のことでありますが、朝早く大雨暴風警報が発令をされまして、九時には、私ども、避難準備情報を町内全域に発令すると同時に、消防団、八分団ありますけれども、その皆さん方に警戒に当たるように指示し、さらには、避難所を開設したところであります。 十一時過ぎには、それぞれの分団から出動いたしまして、もちろん、役場の職員も、役場の職員内でも消防団がありますから、消防車に乗っていち早く警戒に出ていったわけであります。当日は、消防団員二百八十八名、そのほかに私どもでは六カ所に自主防災組織がありまして、この皆さん方が実際の地域の安全を担っているわけであります。そういった皆さん方が懸命に活動しておったわけでありまして、まさに午後二時の災害対策本部を設置した際に、北の方の安家地区には避難勧告を出したわけでありますが、そのほかについてはもう少し様子を見よう、そういったことであったわけであります。 その後、四時四十七分でありますが、盛岡の気象台から、五十年に一度に相当する記録的な大雨となりますよ、そういった情報が入ってまいったわけであります。 また、五時過ぎには、小本川、つまり、下流の方にありますけれども、この水位計が警戒水位から四センチほど超えている、そういった連絡もありました。 それらの内容については、県の方からは六時二十分に担当者の方にメールが来たわけでありますが、実際には四時前から上流部には集中的な豪雨が発生しておったようであります。したがいまして、私どもの町の上流の方では、四時過ぎには大変な大騒ぎになっていた。道路に水があふれてきた、橋に材木がひっかかって道路にあふれてきたり、そういったことがありまして、そういったものの対応に終始した結果、私どもの少ない総務課の職員では避難勧告指示等々の準備ができなかったというのが実態であります。 その前に、実は、私自身も、自分の目で川の状況を確かめようということで、九人の方が亡くなりました楽ん楽んの近くの川を見ておりまして、ちょっとした雨と同じぐらいなものだなという形で帰ってきたわけでありますが、そのときには既に約三十五キロの上流ではもう水があふれていた、そういったことであります。 ですから、それぞれの消防団の皆さん方も、もちろん消防車同士では連絡するわけでありますけれども、こういう状況だというのを、つぶさな報告が本部の方には届かなかったというのが実態であります。地域の住民を避難させること、それから自分たちも逃げること、そういったことに終始したということなのであります。 きょう、なぜそのことを申し上げたかといいますと、まず、私自身の問題ではなくて、懸命な活動を行ってきた消防団員の皆さん方、そして自主防災の皆さん方、そういった皆さん方が、岩泉町は津波の経験もありながらなぜこういったことを繰り返すのかという大変な御批判をいただいたわけであります。私自身も悔しいわけでありますが、町民はもっと悔しい、消防団員ももっと悔しい、そういったことでありますので、あえてこのことを冒頭に申し上げる次第でありますので、御理解をいただきたいと思います。 また、発災直後には、それこそ、国土交通省のTEC—FORCEの皆さん方、あるいは自衛隊、宮城県の消防隊、青森県の消防隊、それから東京の消防庁からもたくさんの応援をいただきました。おかげさまで、ああいう状況で何とか乗り切った、そういったところであります。 私どもの被害の状況でありますけれども、発災当日は大体八百人ぐらいが避難をしていたわけであります。町の方で指定した避難所のほかには、それぞれの地区に学校それから小さい公民館がありますので、そういったところに皆さん方で避難をしたわけであります。 その誘導につきましては、自主防災組織並びに消防団、それから役場の職員がもちろん当たったわけであります。ですから、消防車も実は三台流されておりますし、役場の職員も次の日の夕方まで全く連絡がとれなかった、そういったこともあります。消防団員並びに役場の職員が犠牲にならなかったということが大変助かったわけであります。 しかしながら、その後のマスコミの皆さん方からの大変な厳しい取材を受けまして、当役場の防災担当の課長補佐クラスの職員が二日後に壊れてしまいました。まだ入院中であります。また、楽ん楽んで、グループホームでおじいさんを抱きかかえて朝まで泥水につかっていた看護師さんも今入院中であります。 そういったことで、こういった災害が起きますと、必ず集中的に担当者、職員が責められること、それは、必ずその職員が壊れる、そういったことから、これは全て町長の責任であるということを私は明言してきたわけでありまして、改めて、この私の当初の判断でもっと早く避難させていればよかったというのは、そういう思いはひとしおであります。 人的被害についてはマスコミ等々で報道されているとおりでありますが、実は、東日本大震災の折の私どもの町の被害は、漁業関係が多かったわけでありますが、約五十億円弱、今回はその十倍に匹敵する被害であります。道路、水道等あらゆる分野で被害が出ておりまして、そういった状況が現実でございます。 写真も少し、被害状況を添えてありますが、一番衝撃的な写真が一枚ございます。乙茂地区という、老人保健施設、岩泉乳業株式会社の写真がありますが、これは翌日の朝と午後の写真であります。翌日九時の写真、これは岩泉乳業のヨーグルト工場の写真でありますが、水が一メーターぐらい引けた後の写真だそうであります。楽ん楽んはこの右側の方にあったわけでありますが、こういった大きな水害というのは史上始まって以来であろうと。東日本大震災は千年に一回の地震、津波でありましたけれども、今回はこういう形で、経験をしたことがない、そういったことでありまして、その意味からいいますと、気象台の皆さん方の予報は当たっていたんだろうな、そのように思っております。 これが今までの経過でありますが、では、これから我々はどうするかということを申し上げたいと存じます。 それぞれの対策はとってはございますけれども、まず一つには、生活の再建ということでいろいろ考えてございますが、とにかく六十年間かかってつくったインフラがみんな壊れてしまったわけであります。道路、水道、電気、もちろん通信施設等も全部壊れてしまいましたので、それらをどのように復活させていくかというのが一番の課題であります。 急いでやらなくちゃいけないということにつきましては、まず、かなりな家屋が壊れておりますので、いわゆる半壊以下、あるいはそのほかの倉庫等についての解体撤去、そういったもの。 また、そこから発生しますいわゆる災害廃棄物につきまして、これは環境省の方ともいろいろ相談を進めてはいるわけでありますが、かなりな率で補助金は受けられるわけでありますが、どうやら東日本大震災の際の量に比べまして今回は大体二十倍ぐらいの量になるだろう、そのように思われております。ですから、仮に負担額が五%といたしましても、町の負担というのはとんでもない額になる、そういったことであります。 また、東日本大震災から五年半しかたっていないときの災害でありますので、いわゆる二重ローンの問題がまた発生をしております。そういったこと等。 あるいは、東日本大震災の減免がまだ続いているわけでありますが、そういったことから、国民健康保険等々の減免ということが出てまいります。 これらについて、何とか交付税措置でということでそれぞれお願いをしているわけであります。 また、住宅が、河川改修も出てまいりますので、集落の再編成等も出てまいります。そういった際の調査費あるいは住宅の整備、住宅地の整備、設計委託費等々、こういったものについてはなかなか予算的なものが厳しい状況にございますので、これらについての御配慮を賜りたいということであります。 また、災害復旧事業につきましては、まさに、町道、林道等、大体うちの町には六百三十キロありますが、これが大体四割から五割ぐらいまで壊れております、これらの復旧等々が上がってまいりますし、また、河川改修が出てまいるわけであります。 また、簡易水道施設あるいは下水道、それから地域の組合でつくっております飲料水の共同施設、こういったものは全部被災をしております。新聞でも皆さん方ごらんになったかもしれませんけれども、川の水をくんで料理をしたり洗濯する、そういった写真があったわけであります。 また、テレビの共同受信施設や情報通信網、携帯電話、これらも全部壊れておりますが、実は、情報関係につきましては災害復旧という制度がないんだそうでありまして、とても困惑しているのが実際であります。 また、消防車も三台流されましたし、それから、消防格納庫、屯所、そういったものもかなりな被害を受けておりますので、これらについて今後しっかりと取り組んでいかなくちゃいけないと思っております。 それぞれの省庁におかれましては、特にも、道路関係につきましては国土交通省の皆さん方、あるいは山の林道等については林野庁の皆さん方、また総務省の皆さん方からはテレビの方はどうなっているということでいち早く連絡を頂戴しておりますし、かなりなレベルで調査にも御協力をいただいております。感謝を申し上げながら、今後の御協力、御支援をお願い申し上げたいと存じます。 また、私どもの町は龍泉洞という洞窟がございます。これは三陸海岸でも有数の拠点となっておりまして、これが現在閉鎖されておりますので、岩泉町の龍泉洞のみならず、岩手県全体に対する観光客の入り込み数に大きな影響を与えております。それはやはり、陸中海岸の中での大きなポイントが現在開いていないという、そういったことからでありますので、これらにつきましては、文化庁の皆さん方に御相談をしながら、現在、その開始に向けて進んでいるところでもあります。 なお、産業再生というジャンルに行きますと、いわゆる第三セクターでもって当岩泉町は産業振興を図ってまいりました。牛乳の加工から始まってヨーグルトをつくってきたわけでありますが、その加工場あるいは情報発信基地であります道の駅、こういったものが壊滅的な被害を受けたわけでありますが、これらにつきましては、農林水産省の皆さん方あるいは総務省の皆さん方のいち早い支援をもちまして、どうやら乳製品については来年の八月ぐらいには出荷ができそうでありますし、道の駅につきましては来年の連休前にはオープンできるだろう、そのように思っているわけであります。 きょうは余りお金の話はするなという、いわゆるアングラ情報が実は入ってまいったわけでありますが、私の方のお願いといたしましては、どうしても人的な体制と最終的にはお金のことをお願いするしかないわけであります。 ちょうど、今回の災害復旧予算は大体四百五十億円ぐらいになりそうであります。そういった中で、その一割を出しなさい、一割は何とか頑張れるかもしませんが、そのほかの事前の調査費等々については算定外ということでありまして、なかなか厳しいものがあります。 人のことを申し上げてはなんでございますけれども、北の方の久慈市におきましては、財調もなかったものですから、本当にもう泣きながら、本当に市長は泣きながら今回の緊急的な予算を組んでいる、そういった状況であります。 岩泉町では、怒られはしましたけれども泣きはしませんで、何とか当初の予算は組んだわけでありますけれども、これらについて、どうしても三ないし五年間で片づけていかなくちゃいけない大きな事業でありますので、そういった中で、どうしても人口減少で大変呻吟している町でありますので、最終的にはお金の問題になってまいるわけであります。特別交付税のかさ上げ等々、特交、そういったものをぜひとも御配慮いただきますようにお願い申し上げたいと存じます。 東日本大震災の際には、これは一〇〇%国からの御支援をいただきまして、地元負担というのはほとんどなくて何とか復興ができたわけであります。それと比べて、今回は激甚指定を受けたとはいえ、かなりの開きがあります。被災を受けた家屋の皆さん方も、住宅を再建するに際しましてかなりな支援の差があります。たった二百メートルぐらいしか離れていないところで、そっちの方はこれくらい、こっちはもっと低いという、こういったことは一つの町の中でも大変差が生じるわけでありますので、同じ国民でありながらそういったことはあってはいけないことだと思います。 実は、私どもの岩泉町、六十年たつわけでありますけれども、七十年前のあの太平洋戦争の際には七百名もの戦死者を出しております。それこそ、まさに身命を賭して国のために戦って町を守ってきた、そういった町であります。 今回、自分たちが何も悪いことをしたわけではありませんけれども、こういった大きな災害を受けて苦しんでいるさなかでありますので、本委員会の皆さん方におかれましても、現地の方にも赴いていただきましたあの現状をしっかりと御認識の上、なお一層の、この日本の中の岩手県、岩手県の中の岩泉町、宮古市、久慈市がこれからもしっかりと頑張っていけるような手だてをどうぞ講じていただきますようにお願いを申し上げたいと存じます。 以上で終わります。ありがとうございました。(拍手)
○秋葉委員長 ありがとうございました。 次に、池部参考人にお願いいたします。
○池部参考人 北海道南富良野町長の池部でございます。 初めに、今回の台風による豪雨災害に際しましてさまざまな御支援をいただきましたことに、一言お礼と感謝の言葉を申し上げたいと思います。 政府及び関係各省、関係機関の皆様には、このたびの豪雨災害に当たりまして、速やかなる救援救助措置を賜り、災害救助法の適用並びに被災者生活再建支援制度の適用のほか、激甚災害の早期指定に御配慮を賜り、特に、被災地での救援救助活動を賜りました陸上自衛隊上富良野駐屯地の災害派遣部隊の皆様には、極めて厳しい災害環境のもとで、昼夜を問わず人命救助から給水支援まで大変なる御尽力をいただきました。おかげをもちまして一人の犠牲者も出さなかったことに対し、町民総意のもとに心から厚く感謝を申し上げます。まことにありがとうございました。 そして、松本大臣におかれましては、政府調査団とともに被災地にお越しくださいまして、私どもの被災地の実情をじかにごらんいただき、被災者の声に耳を傾けていただきました。心から厚くお礼と感謝を申し上げます。 また、秋葉委員長を初め災害対策特別委員会委員の皆様方には、このような発言の機会をいただきましたことに対しましても、心から厚く感謝を申し上げるところでございます。 今回の河川の氾濫による水害では、特に、本町中心地区の幾寅市街地の北側を流れる直轄一級河川空知川の堤防決壊によりまして、市街地の約三分の一が浸水をし、避難所や道の駅、特別養護老人ホーム、障害者自立支援施設などの公共施設や福祉施設を初め、農業共同利用施設、商業施設、多数の住宅家屋の浸水や損壊、農用地の流亡などの被害に加え、河川の氾濫により、JR根室本線の南富良野町幾寅駅から新得駅までの鉄道施設が被災し、地域住民の生活や地域経済にとりましては、これまでかつて経験したことのない甚大な被害を受けたところでございます。 私は、災害対策本部の責任者として、災害発生前の警戒予防活動から応急対策、復旧など一連の対応に、関係機関の協力を得ながら努めてまいりましたけれども、総じて、今回の災害について率直に申し上げますと、最大の要因であります気象状況と集中豪雨はもとよりでありまするが、その災害の規模や発生箇所数、範囲においては、本町の防災能力や対応力をはるかに上回る規模の災害であったのではないかというふうに受けとめているところであります。 その上で、今後の本町の住民の生命と財産を守るという地方自治体の本来の使命を果たしていくために、防災機能の充実強化という視点で、今回の経験を踏まえまして、要望事項も含みまするが、必要な対策を申し述べさせていただきたいと思います。 まず、ハード面でありますが、一つは、空知川の河川整備の促進を早急にお願いしたいと考えているところであります。 決壊をした空知川の堤防は、昭和四十三年建設当時、空知川の流水量を毎秒千トンとして計画され整備されたものでありまするが、今回はその流量を大幅に上回ったと推定されており、かなりの局地的な雨量による増水が堤防を越水し破堤をもたらし、被害を拡大させたものであるとのことでありますので、災害復旧による築堤とあわせて早急に河川整備計画を見直し、今回の洪水に対応できる治水対策の実施をお願いいたしたいと思います。 また、直轄金山ダムに注ぐ空知川は一級河川でありまするが、ダム湖から上流二・五キロ区間が国の管理で、そこから先は北海道の管理であります。今回の破堤箇所を含む空知川左岸の一部に堤防が整備されておりますが、その他は未整備であり、最上流の落合地区市街地では、今回の氾濫により、住宅家屋に浸水被害が発生し、また、未整備箇所に隣接する農地では、流亡による大きな農業被害が発生しておりますので、ダム湖から上流の空知川については、国と北海道と連携を図っていただき、今回の被害状況を踏まえて、堤防の整備など治水対策の総合的な対応をお願い申し上げます。 次に、直轄金山ダムの洪水調節機能の強化とダム湖下流域の治水機能の強化について対策をお願いいたします。 金山ダムは、洪水調節のほか、農業用水、上下水道用水、発電など多目的ダムとして昭和四十二年に完成をし、これまで下流域の住民の生命と財産を守ってまいりました。加えて、農業を初め各種産業の振興、発展を支え、本町では観光レク産業の資源として地域づくりに大きく貢献をしてまいりました。 今回の増水により、計画高水流量の一・五倍を超える水が金山ダムに入り、ダムによる調節も行われましたが、下流河川の水位が上昇することが予想されることから、その際には、河川管理者から連絡を受け、我が町のダム湖下流域に存する集落の金山地区及び下金山地区の低い土地の住民に避難をお願いしたところであります。隣接をする富良野市の一部住民も同様に避難をしたとお聞きしております。 幸いにも、金山ダムが大きな効果を発揮し、下流河川の水位上昇による住民への被害はありませんでしたが、今回の想定を超える雨量が現実として発生したことを踏まえますと、具体的には金山ダムの貯水量をふやすなど、洪水調節機能を強化する必要があるのではないかと思うところであります。 北海道内でも、ダムのかさ上げなどが進められていると承知をしておりますが、金山ダムも来年度には完成から五十年を迎えようとしております。我が町のみならず、さらなる空知川流域の安全、安心の確保と流域の発展のために、金山ダムの洪水調節機能の強化をお願いいたします。また、金山ダムの下流域の空知川についても、今回のケースを踏まえて、治水対策の総合的な対応をお願い申し上げます。 次に、道の駅の防災拠点機能の強化について御支援をお願いいたします。 北海道の東西を結ぶ大動脈であります国道三十八号線沿いの道の駅南ふらのは、年間三十万人の方に御利用いただいておりまして、被災当日は、国道三十八号線の狩勝峠などで土砂崩れが発生をし、通行どめとなりましたほか、集落間を結ぶ主要道路も同様に通行不能となりましたので、多くの通行客及び通行車両が町外に出られず、この道の駅に避難をしていた際に洪水被害に遭われたところであります。この対策については、現在、道路を管理する旭川開発建設部と道の駅の防災拠点化を図るべく協議を進めているところでありますので、これらについても引き続き御支援をよろしくお願いいたすところでございます。 次に、道路のネットワークによる緊急時の広域避難のためのルートの確保について御支援をお願いするところでございます。 ただいま、道の駅防災拠点機能の強化でも当時の状況を申し上げましたが、今回の災害箇所が、空知川の氾濫のほか、土砂崩れなど広範囲に及んでおりまして、落合地区住民九十九世帯百七十七名及び幾寅地区千三十五世帯千八百六十二名に多数の通行客を加え、一時孤立する事態が発生をいたしまして、この地域においては北海道の東西を結ぶ国道三十八号線がいかに重要で命の道路であることかを改めて痛感したところであります。ついては、復旧整備に特段の御配慮をお願い申し上げるところでございます。 また、今回の水害で特に堤防が決壊をし浸水被害が大きかった地域には特別養護老人ホーム、障害者支援施設がありまして、これらの社会的弱者の避難先については、今回の災害を踏まえて現在さまざまな角度から検討中でありまするが、他市町村への広域避難という選択も必要であります。 また、さきに申し上げましたけれども、地域交通のかなめでありますJR根室本線の幾寅駅から新得駅までの鉄道施設が被災を受け、復旧の見通しが立っていない中、今般、JR北海道の経営再建のもとに鉄路の廃止が示されたことにより、北海道の道北と道東を結ぶ交通体系が不安視されている状況にもございますので、このような状況も考慮をいただきまして、この地域における国道三十八号線を補完できるルートの確保について、現在の北海道の道路整備計画に反映をさせていただきたく、特段の御理解をお願い申し上げるところでございます。 次に、ソフト面の対策について申し上げますが、空知川については、国管理及び北海道管理区域を問わず、水防法に基づく洪水予報河川あるいは水位周知河川に御指定をいただき、タイムラインの策定などに御支援をお願い申し上げるところであります。 堤防決壊当日の空知川の増水に際しましては、災害対策本部では、複数の班体制により河川の巡視を強化して堤防、水位などを監視し、異変に備えるべく土のうづくりなど、警戒活動と並行して緊急時の対応に備えていたところであります。 このような中、幾寅市街地の南から市街地を通り金山ダムに注ぐ、北海道が管理する一級河川ユクトラシュベツ川が越水し、市街地に流れ込みましたが、土のうなどの対処によって水防活動が成功し、事なきを得たところでありました。 その後、金山ダムから上流の空知川については、河川事務所から水位が切迫した状況であるとの連絡を受け、巡視をさらに強化し水位の監視を行っておりましたが、関係機関の今後の降雨量の予測など助言をいただき、最終的には、およそ破堤四時間前の午後十時に避難指示の判断をいたしたところであります。 この上流域は水位周知河川の指定がされていなかったことから、地域防災計画上、避難などの判断基準は抽象的な判断基準となっておりますので、対策本部としましては、巡視による河川水位の変動や気象庁の情報などを総合的に勘案して避難判断をいたしたところであります。 今回の一連の対応を踏まえまして、より安全に、そして確実に住民へ避難を周知し誘導するために早期に判断できるよう、国及び北海道の管理区域を問わず、一本の河川として水位周知河川の指定をお願い申し上げます。また、タイムラインなどの策定に関しましても御支援をお願いいたしたいと思っているところでございます。 次に、防災及び減災の前提条件となる森林機能の強化の必要性について申し上げます。 本町は、北海道のほぼ中央に位置をする山間地域でございまして、石狩川水系空知川の最上流の流域沿いに五つの集落により町を構成しております。面積のほぼ九〇%が森林でございまして、かつては、現在の基幹産業である農業とともに林業が栄えた地域でもあります。 私は、現在、町長就任五期目の町づくりに当たりまして、喫緊の課題であります少子高齢化や過疎化対策、産業の復興などさまざまな課題に対しまして、ともにつくる共生の町づくりとして、五つの基本政策を掲げて、現在、町づくりを展開しているところであります。 その中の一つに、山づくりは町づくりという言葉で表現をしておりまするが、かつては森林産業で栄えた町でありますけれども、森林資源の活用については、将来に向けた町政の発展に極めて重要な課題でもありまして、また、地域林業を取り巻く環境は非常に厳しく、価格の低迷や林業の担い手不足により、森林荒廃が顕著になってまいりました。さらに、地球規模的な温暖化に伴う異常気象にも森林環境が密接にかかわっているのは、皆様も既に御存じのとおりだと思うところであります。 このような状況を踏まえまして、私は、山間地にある自治体として原点に立ち戻り、森林の再生と活用に積極的に取り組んでまいりました。特に、木質バイオマスエネルギーの活用については、木質チップの生産から各小中学校や福祉施設での活用などに取り組み、雇用の創出と地域経済の活性化も目的としつつ、推進をいたしているところであります。 また、北海道では、木質チップを活用した大規模な発電施設の建設も進んでおり、森林資源の活用については明るい兆しが見えてきている状況でもあると思っているところでございます。 一方で、皆様も御存じでありますが、山間地での山林は、水源涵養機能や土砂流出防止、土砂崩壊防止機能として、極めて防災や減災においては欠かせない前提のインフラでありますが、これらの造林事業などの山づくりの推進には、いまだ林業を取り巻く諸環境の現状では国の政策的誘導支援がなければ推進していけない状況でもございますので、この山環境については、さまざまな角度からその存在価値を評価していただき、森林機能の強化について特段の御支援を賜りますようにお願いをいたすところでございます。 また、本町の串内地区は、牛が九百頭孤立をした地区でありまするが、今回の集中豪雨によりまして国有林地内に多数の土砂崩れが発生をいたし、治山による災害の防止に特段の御配慮を賜りますようにお願いを申し上げるところでございます。 災害の被害状況などにつきましては、別紙のとおり、皆様方のお手元に配付をさせていただいておりますので、ごらんをいただきたいと存じます。 以上、私からの意見陳述とさせていただきます。よろしくお願いをいたします。ありがとうございました。(拍手)
○秋葉委員長 ありがとうございました。 次に、片田参考人にお願いいたします。
○片田参考人 群馬大学大学院広域首都圏防災研究センター長をしております片田敏孝と申します。 私は、きょうの風水害を含め、津波ですとかさまざまな災害に対して、災害に対して強い社会をどうつくっていくのかという社会側の研究をしている、そういう研究者でございます。 こういう研究といいますと、具体的に申しますと、災害の情報の問題ですとか、それを受けた住民の意識の問題、そして避難行動にどうつなげていくのかという問題、そして、そういった人たちを育んでいく防災教育のあり方、こういった分野が私の研究分野ということになります。 私がこういう分野の研究をしているのは、災害というのは、多分にこれは社会的な概念だというふうに思っております。時に荒ぶることが自然ですので、それであっても被害をこうむらないような社会をどうつくるかということになるわけです。 もちろん、防災施設をつくって物理的に災害を排除するということも大事だというふうには思いますけれども、東日本大震災や、きょう議論になっているここのところの風水害などを見てもわかるように、防災対策、ハードで対応するということには一定の限度があることもまた事実であるというふうに考えております。 そこで重要になってくるのが社会の対応ということになりまして、具体的には、避難情報をどう発出するのかという問題、また、住民の避難の問題をどういうふうに円滑化していくのかという問題が重要になってくるというふうに考えております。 こういう状況の中で、今二つの町の町長さんから、災害対応のその日、そのときのことを伺ったんですが、本当に大変な御苦労をし、懸命の努力をなさっております。 しかし、それであってもなかなか災害情報というのがうまく発出できる状況にない。それほど事態は急展開をするような状況になっている。また、市町村の役場の対応、そこにも、人的資源にも限界があるというような状況の中で、なかなか災害情報がうまく発出できていないという問題、これは非常に重要な問題として議論をしなきゃいけないと思っております。 また、一方で、それだけではだめだというふうにも思っております。 特に、我が国の防災というのはどちらかというと行政主導で進んでまいりました。行政が今般の災害などを含めてさらに一層防災対策を強化する、この論調だけで進んでいきますと、住民側に、防災というのは行政がやるものなんだ、危ないときには教えてくれるんだろう、危ないところの対応は行政がしてくれるんだろうというような、いわば行政対応に対する依存意識というものが非常に強くなってしまう、それがかえって国民の脆弱性を招いてしまう、そういう構造にも配慮が必要だというふうに考えております。 災害大国日本でありながら先進国のていを保っているのは、間違いなく防災の努力というものがあってこそだろうというふうに思います。 そんな中で、国土強靱化というような議論もされているわけなんですが、間違いなく、それは国民の社会的な厚生水準というのを上げるということにおいて賛成ではあります。 しかし、今申し上げましたように、一方的に行政の防災だけを進める、そして災害の排除を頑張る、それだけの論法でいきますと、国民のハード依存意識ですとか行政依存意識を助長してしまいまして、災害対応力を失わせてしまうんじゃないかということを心配しております。 今、我が国において大事なことは、こういったここのところの大きな災害というのを踏まえまして、どう国土の強靱化を図るかということに加えて、その陰で国民が脆弱になっていくという部分をどういうふうに補完していくのかという、いわば国民強靱化とでもいうような、そういった部分も大事じゃないかなというふうに考えております。 さて、きょうは風水害を中心にした議論ということですので、ここに対する私の認識を申し述べたいというふうに思います。 風水害の現状というのは、今二つの町の現場からの御報告のとおり、大変深刻な状況にあるというふうに思っております。恐らく、一般的な社会的な認識よりも現状はもっと厳しい状況にあるというふうに思っております。 その要因というのが、地球温暖化と言われておりますが、まさにそうだろうと思います。特に海洋気象の温暖化というのは、地上以上に進んでいるというふうに言われております。平たく言えば、海水温が異常に高いということなんですけれども、こういう地球温暖化の影響で二つの大きな問題が出てきております。 それは、海水温が高いものですから、非常に巻き上げる水蒸気量が多くて、一回の雨が、これまでの常識とこれまでのデータ、それとはもう全然整合しないほどの膨大な雨が降るという現象があるということ。南富良野町の話もそうです、岩泉町の話もそうだと思うんですけれども、こういう膨大な雨が降るという状況になってしまっております。 そして、もう一つは、台風が非常に強大化しておりまして、これまで経験したことのないような巨大台風に襲来される可能性が出てきているということ、これを明確に専門家が指摘しているということ。 この二つの問題は、重要な問題だというふうに思っております。 まず、一回の雨で膨大な雨が降るという問題なんですけれども、平成二十三年の十二号台風の折、紀伊半島でわずか一週間ぐらいの間に二千四百ミリを超す雨が降っております。二千四百ミリというのは二メートル四十センチ。雪の話ではございません。一週間の間にこれだけの膨大な雨が一カ所に降ってしまう。当然、今までの防災では対応できるようなものではございません。山は根こそぎ、山体崩壊というような形で崩れてきて、川があちらこちらで閉塞される。その下流域は、本当にもう危機管理対応としては危機的な状況に陥ってしまうという状況になります。 国土交通省の一つの試算におきましては、こういう雨の降り方は、今後百年向こうを見ますと、三割ぐらいまで増す可能性があるんだということを言っております。 特にこの問題で深刻になってくるのは、きょう、南富良野町そして岩泉町、これはともに北の地域ですね、特にこの雨は北の方で深刻なことになります。 もともと、緯度の高いところの雨というのは、例えば霧雨の町ロンドンと言われるように、穏やかな雨なんですね、北の方というのは。ところが、今、北の方で降り始めている雨というのは、南方で降るような雨が降っておりまして、もうほとんど対応できるような状況ではないということです。防災ということになりますと、過去百年ぐらいのデータを見ながら、これまでの降った統計処理をやって、その上で、例えば堤防の高さのような防災のレベルを決めるわけなんですが、穏やかな雨の中で決めてきた防災のレベルですので、それをはるかに超える雨が降り始めているという状況の中では、もはや対応することができないというのが今の現状なんだろうと思います。 これから、特に北の方の、北海道や東北において、防災施設では守り切れない事態が頻発しそうだということに対して、私は大変な危惧感を持っております。こうなってきますと、もちろんハードの対策というのも、先ほどのお二方の町長さんのお話、御依頼にもあったように、もちろんそれは大変重要なことなんですけれども、それだけで対応できるレベルではないということもまた事実だろうというふうに思います。 そうなってきますと、避難情報を初めとする社会的な対応をどういうふうに高めていくのか、具体的には避難勧告の発令をどうするのかなんというような問題が重要な問題になってきます。そして、それを受けた住民がどう対応していくのかという問題、これもまた重要な問題です。行政が、このように努力をしております、このように情報はしっかり行きます、このように堤防はつくりますみたいな議論ばかりやっているものですから国民側の依存意識というものが高まっているという問題、この両者をどうバランスをとりながら上げていくのかというところが今大きな問題です。 それから、もう一つは、高齢化社会を迎えた中で、自力避難困難な方々が非常に周辺の小さな集落の中にぽつぽつと住んでおられる、こういった方々をどうお守りしていくのかというのを、これを防災としてどう捉えていくのかというのは重要な問題だろうと思います。 特に、新しい観念として注意しなきゃいけないのは、これまで防災というのは、人々の暮らしを守るということで、当然、そうなってきますと、人々が住んでいるところを守る、こういう概念だったわけですね。ところが、ことしの北海道の事例を見ておりますとわかりますように、町と町の間、ここは人々が暮らす空間ではないから保全の対象にはなってこなかった。そうなってきますと、多くの犠牲者が出ているのは、町と町の間の道路のところで被害が出ている、また、畑が大変な被害を受けるというような状況になっておりまして、これから防災というものを何を対象に、どういう地域を対象に考えていくのかというのが、一つ重要な問題だろうというふうに思います。 それから、高齢化だとか過疎化の問題と防災の関係、これは非常に重要な問題だと思います。 岩泉町が東京二十三区の一・五倍ぐらい面積があって、そこに一万人を切るような方々がいわばぽつぽつと住んでおられる。百五の集落にわたって、一つの集落で二世帯に二人とか三世帯四人とか、要は、昔であれば、数十人の規模があって、守る対象であることは明確であったものが、どんどん人が減っていってしまい、それがもう広大な地域の中に点在している。もちろん守らなきゃいけない。これはどう守るんだという、この問題です。 これは岩泉町だけではなく、日本全体に今後出てくる問題として考えなきゃいけない問題だ。もちろん、そこにお住まいになっている以上はお守りするというのは一つの考え方ではあるんですけれども、一人、二人になった集落に対して、膨大なお金を投じて守っていくということが果たしてできるのであろうかという、この現実的な問題も僕は考えていかなきゃいけないというふうに思っております。 二つ目の、台風が強大化するという問題なんですけれども、これは少し緊張感を持って考えていただきたいというふうに思っております。 といいますのは、毎年のように、九百ヘクトパスカルもしくはそれを切るような形の巨大な台風が発生しておりますね。海水温が高いからです。それも日本近海まで海水温が高いものですから、成長しながら上がってくるというような状況になっておりますね。 この九百ヘクトパスカルもしくはこれを切るような台風が頻発しているという問題なんですが、記録に残る過去最大級の台風というのは、日本の場合、室戸台風なんですけれども、これとて九百十二です。ところが、今は九百もしくはそれを切るんですよね。そして、伊勢湾台風、これも九百二十九ヘクトパスカルなんですね。全然そんなレベルではなく、九百を切ってくるような勢いで日本に今台風が近づいてきているという、毎年毎年リスクに暴露されるんですね。 日本の防災は、地震、津波が中心でここ最近動いてきているのはいたし方のない部分はあると思うんですけれども、これは、いっても時々起こるビッグイベントなわけですね。ところが、この気象災害は、毎年毎年リスク暴露される。そうしますと、一年当たり九割方大丈夫でも、二年続けて大丈夫である可能性は、九、九、八一%ですね。複利計算のようにきいていきますから、十年、二十年というオーダーを考えますと、本当に深刻な問題だという認識を持つべきだと思います。 文部科学省の二〇一二年の研究成果として、今後、八百五十を下回る可能性も出てきているんだということが専門家の間では言われている。これをどうするか、これは本当に大事な問題だというふうに思います。 こうなってきますと、特に心配なのが、高潮を併発した場合、三大都市圏がいずれも海面下の町なんですよね。そこに、広大な面積に膨大な人が住んでおられる。言ってみれば、水面下ですので、堤防という薄皮一枚で守られているわけなんですね。これが一カ所でも切れると、無限の海の水が流れ込んでくる。そして、台風が去っても水が引かない。これは、仮締めして、人為的なポンプ排水をして、初めてドライになる。こんな状況の中で、国家的な危機管理として、この問題は本当に重要な問題だと思います。 特に、数百万人規模の方々がこの大都市圏に住んでおられる、それが広域に避難をしていただかなきゃいけない。ところが、日本の防災は市区町村単位ということで、相変わらずコンパクトな領域の中で防災行政が任されている。だめですね。広域的な観点で防災というものを捉えていくことの必要性というのを強く私は訴えたいというふうに思っております。 そして、一たび水につかってしまいますと、人が大渋滞を起こして逃げられないものですから、どうやっても水の中に残るんですね。そうしますと、膨大な数の方々をどうやって救出するんだ。常総の水害も、四千人の方々を助け出すだけでも大変なことになりましたね。下手をすれば、本当に百万オーダーで人が残ってしまいますので、これはどうするんだということなんです。 そして、この状況は、さらに申し上げるならば、台風が今、発生領域がどんどん北の方に上がっていますね。そうすると、赤道あたりで台風が起こっている場合は、台風は、こう円を描いて、おおむね九州、四国、紀伊半島あたりをなめていく、こういうルートが一般で、そこを台風銀座と言っていたんですけれども、今は北の方で起こっていますから、ここを起点に台風がスタートすると、首都直撃型、そして東北を並走して北海道に行くという状況が非常に多くなるというふうに思われます。現に、ことしの台風は、まさにそういう状況の中で被害を起こしているというふうに思いますけれども、この問題に対して、ぜひ御検討いただくようにお願いをしたいというふうに思います。 そんな中での行政対応の問題なんですが、今のお二人の町長さんのお話を聞いていて、本当に現場は頑張っておられます。数少ない人数の中で、住民からばんばん電話がかかってくる、いろいろな対応をやらなきゃいけない。その中で、どれだけ頑張っても、急激に事が展開していく中で、行政の対応に限界というのがもう見えております。 日本の防災の基本というのは、災害対策基本法におきまして、枠組みは基本的には市区町村長という、首長防災と言われるような対応をしているわけです。ところが、これだけ災害が大きくなってくると、もはや市町村の対応だけではどうにもならないという問題があると思います。 特に、情報につきまして、避難勧告を出すということについては非常に難しいことになっておりますね。気象庁や国土交通省が本当に努力をしておりまして、予測情報、雨の情報や河川の情報というのは、非常に的確というのか、かなり高精度のものが出るようになっております。でも、それであっても、ここ最近の災害では、その情報を生かしても生かしても、どうやっても住民の避難を円滑に進めるだけの余裕を持って情報を出すことができないというのが現実です。 広島の土砂災害もそうでしたね。そして、長野の南木曽町で起こった土石流災害などは、大雨洪水警報すら出ていない状況の中で土石流が先に起こっている。その後に、後追い的になってしまうわけですね、勧告も何もかも。でも、これはもう、技術的な限界と言えるような状況になっております。 ここで重要になってくるのは、今、情報がこれほど高度になってきているんですけれども、それを誰が読み解くんだという問題です。市町村の役場は努力しておられます。それであっても、例えば岩泉町などは、防災担当というのか、安全、安心全てにかかわる行政の職員は四人しかいないというふうに先ほど伺いました。交通安全から国民保護から、何から何まで含めて四人です。この方々に専門性を求め、これだけ高度な情報を読み解き、適時的確に避難勧告を出せと要求することそのものが、僕は難しいというふうに思います。 そこで重要になってくるのは、そういった専門家はどこにいるのかということなんですが、これは、都道府県や国、もしくはそういったところを退職された方々が、それ相応に地域には多くおられる。こういった方々を活用しながら、どう市区町村長を支援していくのかということ、これは非常に重要な問題なんだろうというふうに思います。 現行においても、気象庁や河川管理者からのアドバイスというのは、今回の災害においても連絡は行っております。しかし、あくまで情報提供にすぎないんじゃないのかなという感じがいたします。 それ相応に、本当に細かく連絡をとっておられます。状況は厳しいですよということを言っておられるんですけれども、正直、それを受けても、どれほど深刻なのかということがわからないような状況にありまして、ここは、どうか、都道府県や市区町村長の方々を支援するような国の専門家、都道府県の専門家という方々の積極的な御支援をしていただく必要がある。 また、これは、平時の地域防災計画を立てるような段階から積極的にかかわっていただく必要があるんじゃないかなというふうに思いますし、今後に向けては、今二人の町長さんからのお話のとおりなんですね。現場は頑張っております。それでももう限界が来ているということ、この状況の中で、人的資源として、国や都道府県に職員はいっぱいおります、この方々を有効に活用していくということを考えていただきたいというふうに考えております。 以上でございます。(拍手)
○秋葉委員長 ありがとうございました。 次に、清水参考人にお願いいたします。
○清水参考人 北海道大学の清水と申します。 本日は、お手元に配付していただいてございます「二〇一六年八月北海道豪雨災害調査団報告」という資料に基づきまして、私は、土木学会の方で北海道の水害調査団というのを組織させていただきまして、それをまとめさせていただいているという立場から、北海道の水害を調査し、実態として見えてきたこと、また、その対策として参考になるようなことがあればということで、意見を述べさせていただきます。 私の専門は、土木工学の中の水に関する中で、川に関する河川工学が専門です。 資料の二ページ目に行きまして、まず、台風の実態なんですけれども、八月の台風で、まず中旬に三個の台風が上陸しました。これは、今までの歴史上、北海道に一週間に三個も台風が来るなんということは全くございませんでした。さらに、その翌週になりますけれども、四個目の台風が接近しまして、これが、地形性降雨ともいいますけれども、主に空知の一部と十勝地方に大雨を降らせました。 そのときの雨の状態がそこの二枚の図です。左側が前半、右側が後半の部分であります。左側は、全道的に二百五十ミリを超えるような大雨。右側に行きますと、そのときでもう既に北海道の山から、土壌が全部、湿潤状態が飽和状態になったのでありまして、その後の台風が、十勝地方を中心に大雨が降りまして、これもまた三百ミリを超える大雨が降って、全道で大変な土砂災害、洪水災害が発生いたしました。 三ページに参りまして、このときの雨量なんですけれども、約十五日間でもう年間雨量に匹敵するだけの雨が降ってしまったということです。その量なんですけれども、五百ミリを超える。左側の図で、白い線の中が五百ミリを超える。こんなことは今までの記録上は全くないことで、北日本は、先ほど片田先生のお話にもございますように、雨は少ないというふうに言われていたんですけれども、右の図の全国のデータと比較しますと、関東とか中部地方と同じ規模のような雨が頻繁に降るようになってきたというようなことが言えると思います。 四ページに行きまして、雨の降り方ですけれども、台風によって大量に降るということはあるんですけれども、そのほかに、最近よく言われている線状降雨帯といいまして、図の右にありますように、台風がないときでも線のように降って、これが一カ所に集中するもので、こういうような雨の降り方が非常に多くなっております。これは、二〇一四年九月に北海道で初めて大雨特別警報というのが出まして、札幌で九十万人も避難勧告が出るようになっております。 この線状降雨帯なんですけれども、二十世紀ですと年間五・八回、二十一世紀に入りまして年間八・九回、二〇一〇年では二十一回も発生しまして、この降り方がどんどんふえてきている。これは、二〇一四年広島豪雨、それから二〇一五年の鬼怒川豪雨でもたらしたこういう線状降雨帯が、北海道でも、北日本でもふえてきているということがわかっております。 五ページに参りまして、言われている地球温暖化との関係なんですけれども、IPCCの第五次報告によりますと、地球全体では恐らく二度以上の気温上昇が避けられないというようなことが言われております。 この上昇の傾向は、日本に関しましては、北日本ほど気温の上昇は高いというふうに言われております。地球の平均気温が二度上昇した場合は、我々のグループによる試算によりますと、例えば石狩川流域などですと、氾濫域が二倍ぐらいになってしまうんじゃないかというようなことが言われております。 こういう地球規模の気温の上昇、それが北日本の方でも顕著化して、今まで雨が少ないと言われていた北海道、東北地方でも雨の危険がふえているというふうに思われます。 六ページに参りまして、では、全道的にどんな被害があったかというのを示しております。河川の方でいきますと、国が管理している直轄、それから道が管理している道管理区間というふうに分けて話します。 まず、六ページは、道管理区間の前半の降雨による災害です。これは、全道的に、石狩川の上流、それから日高地方、それから網走地方などでこういうふうに氾濫とか河岸侵食、堤防の決壊などが起きまして、十七水系四十三河川において、今までないような被害が起きております。 七ページに行きまして、後半の雨ですけれども、これもやはり道管理区間。今度は日高地方と十勝地方に集中しまして、特に十勝地方では、小さな河川があちこちで大氾濫をしております。被害もひどくなっております。あと、橋梁、橋の被害が顕著で、川が暴れるもので、それに伴って橋の被害が非常に多くなっております。 八ページに行きまして、今度は直轄部分、国の管理している区間ですけれども、これは前半、後半合わせてです。箇所は少ないんですけれども、石狩川、空知川、それから十勝川水系の札内川などで氾濫が起きています。数は少ないんですけれども、大河川ですから、一旦氾濫した場合の被害は、氾濫面積などは相当なものになっております。 以上、全道的に、河川の氾濫、それから堤防の決壊などがこんなに広い範囲で起きているのは、かつてないような状況でございました。 九ページに行きまして、このとき、同時に、北海道は農業が盛んですので、農業が大打撃を受けております。 九ページは、前半の雨において、空知地方、十勝地方、オホーツク地方、それから上川地方などで農業が大被害を受けております。 十ページに行きまして、同様に、後半の雨でも、これにさらに追い打ちをするように、各地で農業関係の被害が物すごく広がっております。 十一ページに行きまして、先ほどちらっと言いましたけれども、農業と、それから道路、橋梁、これも大変な被害になっております。全道で橋梁の被害が五十カ所以上、橋が落ちて、国道、道道、市町村道も含めると相当な数が被害を受けております。特に札幌と帯広を結ぶ国道二百七十四号線、大動脈なんですけれども、これが今でも不通になっておりまして、橋梁の被害が大変な被害となっております。 あと、これ以降は水害の状況なんですけれども、十二ページ、石狩川に着目してダムを見てみたんです。どこのダムも最初の雨でほとんど満杯、こういうふうに言えると思うんです。ダムがたくさん、昭和五十六年に大災害があったんですけれども、その後、直轄ダムもふえておりまして、それらのダムがほとんど満杯状態で、そのおかげでといいますか、こういうダムがあった下流とかは、被害も当時に比べては随分減った。ダムの効果が随分あったというのがわかりました。 十三ページに行きまして、その中で空知川の金山ダムという、先ほどの南富良野町の下流なんですけれども、金山ダムも、この写真にございますように、もう満杯、あふれる寸前ぐらいまでいっています。 金山ダムの下流はダムのおかげで被害は比較的少なかったんですけれども、そのダムの上流の南富良野町ですけれども、その上流で、この写真の、十四ページの上の方に金山ダムの貯水池が見えているんですけれども、青い線のように川が蛇行して曲がって、大流量とともにそこの緑の破線のところの堤防が決壊して、そのときに大量の氾濫流が南富良野町の方に流れ込んだ。農地がこういうふうに物すごい被害を受けたということです。 十五ページはその南富良野町の被害状況なんですけれども、堤防が二カ所決壊して、浸水面積が百三十ヘクタール、百八十三戸が浸水しております。 十六ページに行きますと、そのほかにも、北海道は山が多くて、山から大量の流木が出てきていまして、こういう流木も橋にひっかかったり、それから川の中で詰まって大きな被害を、これは一例ですけれども、南富良野町の橋や何かもこういうふうに被害を受けております。 十七ページは、このときの南富良野の被害の状況を私どもシミュレーションしてみたんです。背景に、昭和二十三年、戦後米軍が撮った写真を重ねてみると、現在は堤防をつくって上の方に寄せてある川が、一旦氾濫すると、氾濫原、昔の川の跡をたどるように大きく氾濫しておりますことがわかりました。ということは、全道、ほかもそうなんですけれども、一旦氾濫するとやはり昔の川の形に戻っちゃうという傾向がある。こういうような知識を今後、氾濫原の管理とか防災に役立てていけるんじゃないかというふうに感じました。 十八ページは、ここに書いてあるように、氾濫した水が昔の川の跡をどうやらたどっているようだということがわかりました。 十九ページ、これは十勝川水系の方なんですけれども、戸蔦別川という道管理の川と札内川という直轄河川が合流するところなんですけれども、赤の点線が堤防が決壊したところです。戸蔦別川の上流が決壊して、この合流点のところに氾濫して、農地を、こういうふうに氾濫して、その水で札内川の方の堤防を再び破って、また札内川に流れ込むという、二重の被害みたいな、こういうことが起きております。 二十ページに参りますと、これは、十勝地方の小さな川でたくさんこういう事例があちこちであるんです。その一例として、ふだんは、これはペケレベツ川という清水町の河川なんですけれども、ほとんど、水がちょろちょろしか流れていないような川なんですけれども、比較的真っすぐな川も、こういうふうに大きく、大量の土砂が出てきて、土砂をまき散らしながら蛇行して、橋も河岸も、グラウンドとか農地とか、それから市街地も全部削りながら、大きな被害を受けております。 二十一ページも、近くの新得町のパンケ新得川という川で、これも同じように、水色の線がもともとの川なんですけれども、今回の被害で赤い河川のように大きく蛇行して、川がえぐれて、中央にある、これはJRの札幌と帯広を結ぶ本線なんですけれども、このようにJRの橋梁も被害を受けております。現在も不通になっております。 二十二ページに参りまして、国道の被害状況なんですけれども、これは国道二百七十四号線、道央と十勝を結ぶ大動脈なんですけれども、四十キロに及ぶ区間で通行どめ、橋梁は十カ所以上が被災、そのほか道路そのものの崩壊なども含めて全体で六十カ所以上が被害を受け、その例を何カ所か示しますと、二十二ページのは千呂露橋という橋ですね、これも落ちてしまいました。 それから、二十三ページに行きまして、いろいろな橋とか、覆道といいまして、土砂崩れ、斜面の崩壊から道路を守るような覆道なども被害を受けております。 二十四ページに行きまして、堤防とか橋梁の被害についてちょっと述べさせていただきます。 音更川を例に、左側の図は、きれいに左右にぽこっぽこっと出っ張っているんですけれども、これは実はこんな川じゃなくて、もともとほとんど真っすぐな川なんですけれども、右の図にありますように、青い線のようにぐっとえぐれて、赤い点線のところが堤防がなくなっております。 二十五ページに参りますと、このときの音更川の被災前と被災後の様子を見ますと、堤防も真っすぐだったところが今回の被災で左右に蛇行して、そのときに、低水路というふだん流れている水のところが蛇行して、堤防も一緒に巻き込んで流れるようになって、左右で堤防が大きく流れているんです。先ほどの空知川の例なんかも、堤防がこのようにして削れて、そういうところに大量の水が流れてきたもので、堤防もろとも市街地の方に水が大量に出ていったということで、こういう侵食というのが大変顕著にあらわれております。 二十六ページなんですけれども、これは模型実験を水路でかつてやったものなんですけれども、このように、真っすぐな川も、時間とともにだんだん、大きな水が流れてくるとS字のように、蛇行というんですけれども、蛇行して、グリーンの線を入れてあるように、もしそこに堤防があっても、土手、土でつくっただけの堤防ですと、それは関係なく破られてしまうという、洪水の力の恐ろしさを改めて感じました。 二十七ページ、先ほどのペケレベツ川なんですけれども、橋の下を見ますと、橋桁から河床までの距離が異常に狭い、これは大量の土砂が出ているんじゃないかということで、そのときにそれの影響で土砂に突っかかって左右に大きく蛇行する、それによって侵食されて、市街地も家もそれによって流されてしまうということで、土砂の防止、上流の砂防事業なんかも重要だというふうに感じました。 以上、二十八ページでまとめになるんですけれども、最初にダムのことを言いましたけれども、ほとんどのダムが満杯状態で、そのおかげでというか、ダムのあるところでは下流の被害は最小限でした。ただ、ダムのない河川やダムの上流や何かでの被害は大変大きかった。 次に、河川の氾濫も調べてみますと、シミュレーションなんかでも確認したとおり、昔の川の跡をたどっているようだ、一旦氾濫すると。これは、やはりハザードマップなどの防災情報として、昔の川という情報は有効だというふうに思いました。 三番目、低水路の蛇行と書いてありますけれども、ふだんは真っすぐにしてあっても、大雨が降ると蛇行して、堤防も侵食してしまって、流量が多い場合はそこから大量の水があふれてしまう。これは土砂流出にも関係しているということで、今回の被害は扇状地が多かったんですけれども、そういうところは、基盤も含めた侵食対策、堤防の強化対策が必要だと思います。 氾濫しないように堤防や何かをつくっているんですけれども、やはり絶対氾濫しないということはないので、氾濫した後どう氾濫水が動くかというのを把握しておくと、被害も最小限に抑えられるというふうに感じました。 二十九ページ、最後になりますけれども、土で盛っただけの堤防は非常に弱いという感じが実感されましたので、堤防その他は、復旧するときも、その場所も含め、上下流とか低水路、高水敷と書いてありますけれども、河川敷や堤防の裏側や何かも含めた、基盤も含めたしっかりとした対策が必要というふうに感じました。 それから、計画の見直しの必要性。私の話の前半で申し上げましたように、気候の変動とか降雨の降り方が変わってきておりますので、計画の見直しも必要だ。ただ、計画をさらに超える雨も考えられますので、そういうときにどう対応するかというのも考えておかなきゃならない。例えば、河川の水は堤防を越えてあふれてくるということも踏まえた、氾濫原も含めた計画、それから防災対策が必要ではないかというふうに考えました。 そういうことで、ハードな対策も必要なんですけれども、ソフトな対策として、警報、交通遮断、避難勧告などの迅速な対応、ふだんからの水害に対する心構え、緊急時の行政と住民のコミュニケーション手段の充実なども、非常に必要性を改めて感じました。 以上、水害の調査を行いまして感じたこと、見えてきたことなども述べさせていただきました。今後の対策などに生かしていただければ幸いだと思います。 どうもありがとうございました。(拍手)
○秋葉委員長 ありがとうございました。 以上で各参考人からの御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○秋葉委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。神山佐市君。
○神山(佐)委員 おはようございます。自由民主党・無所属の会の神山佐市でございます。 参考人の皆様におかれましては、貴重な御意見をお伺いしまして、大変ありがとうございました。 今回の台風十号は、気象庁の統計開始以来初めて東北地方太平洋側に上陸したものであります。北海道、東北地方には記録的な豪雨をもたらしたわけでありますけれども、甚大な被害が生じたということであります。 伊達岩泉町長、池部南富良野町長におかれましては、大変な御苦労をされたというふうなお話をお伺いしたわけであります。今回の被害を受けて、今後の防災対策にどのような視点が必要であるかというお考えを、率直な御意見をお伺いいたします。よろしくお願いします。
○伊達参考人 ありがとうございます。 今後の防災対策といたしましては、まず、基本的にはハード面の整備をしっかりやることが必要だ、そう思っております。特に、小本川、安家川、今回氾濫をした河川につきましては、河川管理上問題がなかったのかどうかというのは、私どもは大いに疑問を持っているところであります。例えば、河床の掘削あるいは堤防の構築等々、小水害等もありましたので、そういった際には随分お願いをしてきたわけでありますけれども、河川改修には多額のお金がかかるということで、なかなか進まなかったのも実態であります。これが一つであります。 また、管理上の問題でまいりますと、これは森林の整備と関連するかもしれませんけれども、森林の整備とあわせて、河川敷に大量の木が立っていますから、こういったものの整備等もこれからしっかりやらないかぬだろうというような、これがあります。 ハード面ではそういったことだろう、そう思っています。 あと、我々現場の者の対応といたしましては、とにかく津波も、それこそ津波てんでんこということで、来たらめいめいが逃げるんだという大原則があります。私どもの町は、それこそ百五の小さい集落がありますので、その小集落ごとに、いわゆる孤立するような、孤立という用語、いろいろ問題があるとは思うんですけれども、それぞれの集落が独立をして自分たちの生命財産をどうして守るか、そういったことをこれから訓練していく、しかも、高齢化が進んでおりますので、そこのところを我々現場の行政と一緒になって取り組んでいく、それが大事だろう、そのように思っておりまして、防災体制の見直しはそういったところに観点を置こう、そのように考えております。
○池部参考人 今お尋ねをいただきましたけれども、先ほども私の陳述の中でもお話をさせていただきましたが、とにかく、ハード、ソフトを含めて我が町のところについては、いま一つまたやっていただかなきゃならないこと、そのことによって、我々もそれに合わせて、訓練もしながら、そういうものの対応をしていくようなこともしていかなきゃならないということでございますので、国、道、市町村、あわせて連携をとりながら、ハード、ソフト両面で頑張っていきたいと思っていますので、委員の先生もよろしくお願いをいたしたいと思います。
○神山(佐)委員 続きまして、二人の町長にお伺いいたします。 岩泉町では、大きな被害があった小本川について、浸水想定区域の指定がなされていなかったため、洪水のハザードマップは作成されていなかったと承知しております。 今後は、このような取り組みが進められていくことと思われますけれども、ただ、大切なのは、ハザードマップが作成された場合、住民にその内容がしっかり周知されることで、住民一人一人が、どのような状況になればどこに避難すべきなのか、日常から十分に把握するように意義づけることが必要であるというふうに考えております。そのためには、単に町のホームページや広報紙に記載するだけではなく、積極的な取り組みが求められると考えております。 お二人の町長におかれましては、洪水ハザードマップを有効に周知することについてどのような御所見をお持ちなのか、お尋ねいたします。
○伊達参考人 お答え申し上げたいと存じます。 まず、小本川についても安家川についても、いわゆる氾濫の周知河川にはなってございませんでした。今回、県の方で指定をされるということでございます。 しかしながら、先ほども申し上げましたように、上流部から中下流までは大体河川の長さが四十五キロ、今回氾濫したのが四十五キロぐらいでありますから、そうすると、わずか二時間ぐらいで、上流の方の氾濫した水が一気に流れてきたということでありまして、これはまさに逃げるいとまもなかったというのが実際であります。 そういった中で、私どもの防災計画は実は津波と火事が中心でありまして、そういったことから、津波の際には実にこの訓練をきめ細かくやっておりますし、特に立場の弱い皆さん方、どこのおばあさんを誰がリヤカーか何かに乗っけて逃げるのか、そこまで実は訓練をしているわけでありますが、残念ながら、今回の水害については、そういったことは実際にはやっておりませんでした。 ただ、自主防災組織というのが各地区にございまして、これらはまさに地元の皆さん方がしっかりと、どこそこのおばあさんが足が悪いとかいうのは全部周知しておりますので、そういったことが今回もっと早く情報が伝わっていれば、今回のそういった死亡者が多数発生するということはなかったんだろうな、そういう考えでありますので、その周知方法については、今後、自主防災組織。行政がつくっただけでは、多分、ホームページでやっていますよといっても、町民の皆さんが全部が見るとは限らないわけであります。ほとんど見ていない。ですから、そういったことは、やはり訓練の際に、どこそこの方はこっちに逃げましょう、あっちに逃げましょうということを日ごろから実際にやっておく必要があるというのを今回改めて痛感いたしました。 実は、火事とか津波については、そういったことは飽きられるほど実際にやっていましたが、河川については怠っていたのが実態であります。 以上であります。
○池部参考人 南富良野につきましては、水位周知河川に指定をされていないということでございまして、そんな中でありますので、この後、国、道の方からも水位周知河川にしていただいて、そして、それに基づいて浸水想定区域を設定しということであります。 まだ浸水想定区域もない、そういう状況の中での今回の災害であったということでございますので、そこら辺から、国、道を含めて町と連携をしながら、住民にも周知しながらやっていきたいということを思っているところでございます。
○神山(佐)委員 続きまして、伊達町長にお願いいたします。 岩泉町では、高齢者施設において大きな被害が発生したところでありますが、施設に入所している高齢者等のみならず、全ての高齢者、障害者などの要配慮者が効果的に避難するための支援策が重要な課題となっております。 平成二十五年の災害対策基本法の改正により、災害発生時の避難行動について、特に支援を要する避難行動要支援者の名簿作成が市町村長に義務づけられたわけでありますけれども、これが役立つためには、避難の支援をされる関係者に対し、要支援の情報がしっかりと行き届く必要があるわけであります。しかしながら、個人情報の漏えいの心配などから、十分な情報提供がなされていない場合もあるのではないかとの懸念もあるわけであります。 高齢者等に関する地域での情報共有についてどのような御所見をお持ちなのか、また、現在どのような対応をされているのか、また、人口が少ないことにより対応ができないというお話を伺ったわけでありますけれども、今後の町の状況を含めて、この対応についてお尋ねをいたします。
○伊達参考人 御答弁申し上げます。 私どもの町では、そういった立場の弱い皆さん方の名簿はつくっております。実はこれは、大雪等々は年にやはりございまして、一週間、十日交通が途絶することが間々あります。そういったことから、まさにひとり暮らしの方々、高齢者の方々あるいは病気がちの方々の安否の確認については、保健師あるいは社会福祉協議会各支所、こういったところで、大体一日半ぐらいで確認ができる仕組みにはなっております。 そして、そういった名簿につきましては、本当にこれは個人情報の保護の関係ですれすれになるかもしれませんが、実は、消防とそれから警察の方にも共有をしております。今回も、そういった方々のところには駐在所の皆さん方も回っておりますし、消防団ももちろん回っているわけでありますが、そういった中でも今回の事故が発生したということで、とても残念に思っております。 また、楽ん楽んにつきましては、私自身は、第一義的には施設の経営責任者が行うべきものだと思っておりますけれども、実は、そこの施設につきましては、災害の訓練、そういったものが、火災訓練はやってはおりますけれども、水害に対してはやっていなかったというようなことも伺っております。 そこの周辺は、結構、道の駅等々あるいは第三セクターの工場がありまして、従業員もたくさんいるわけでありますが、亡くなられた方は、その楽ん楽んの九名の方と、道の駅で旅行中の方が一名、それから通勤途中の方が一名ということで、そんなことでありまして、とても残念に思っておりますが、今後におきましては、そういったことをしっかりと役場の中でも周知する必要があるのだろうと思っております。 施設については、特に保健師とか社会福祉協議会が直接連絡する、そういったことは今まではしておりませんでした。 以上であります。
○神山(佐)委員 ありがとうございました。 池部町長にお伺いいたします。 JR北海道ではこれまで、脱線事故の発生、老朽化対策への投資などから、多大な経費を要することとなっております。資金不足による経営難が続いている、このような中、今回の台風十号の被害でもJR根室線が大きな被害を受け、経営難に追い打ちをかけたと伺っております。 JR北海道では各線区の廃止とバス転換が検討されているということでありますけれども、根室線の富良野—新得間も廃止の検討対象となっているとのことですが、この線区には、亡くなられた高倉健さん主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」の舞台となった幾寅という駅もあり、ことしも二万五千人の訪れがされるということで、大きな観光スポットとなっているようであります。この線区がなくなるだけでも、現在通学や通院に利用している方々はもちろん、観光による地域の振興にも大きな影響が出るんだというふうに認識しているわけであります。 このような状況を踏まえ、南富良野町長として、地域の交通の確保についてどのように取り組んでいくのか、JR北海道とどのような協議をしていこうとお考えになっているのか、お尋ねをいたします。
○池部参考人 お答えさせていただきます。 今委員の方から、本当に北海道の置かれているJR問題、さらには、その中での今回の台風、先ほど北大の清水先生の方からもお話がございましたけれども、北海道はおいしいお米がとれるようになったなと喜んでいる反面、まさに北海道も、本州と同じように台風がまとまって来るような北海道に変わったということであります。 そういう中で、広い北海道、鉄路をどう維持していくのか、さらに、それに合わせて道路もどう整備していくのか。それと空路と、鉄路と道路、さらには海路を含めて、広大な北海道をそういう中での交通ネットワークをつくっていくということは、大変重要なことだというふうに思っているわけでございます。 そんな中、JR北海道、まさに名前のとおり民間の会社であります。昔は国鉄でございました。私の父も国鉄の職員でございました。そんな中、父の駅まで、毎日毎日、泊まりのときには弁当を持っていったものです。そういう鉄路が、今一つの民間会社となって、ここの線路が消える、あそこがなくなるということは、私にとってもつらい思いをしているところでございます。 昔は国鉄でありましたけれども、今は民間だというだけで北海道を考えるんじゃなくて、私はこう思うんです。上下分離と考えるのであれば、昔の三公社五現業に戻れというのは無理だとしても、下は国がやり、上はJR北海道がやる、それぐらいのお考えをいただけるようなことで、私は個人的にそんな思いで、富良野—新得間が消える、これはもう百年以上続く大事な十勝につながる線路でございますので、根室本線を含めて富良野から新得までつながり、大雪山連峰と日高山系の間を縫っていく唯一の鉄路でございますので、切らないようなことでぜひともお願いしたいという思いでございます。
○神山(佐)委員 続きまして、清水参考人にお願いいたします。 清水参考人におかれましては、このたびの北海道における台風被害について、土木学会の北海道豪雨災害調査団の団長として活動され、詳細な調査を実施されたと承知しているわけであります。 気象庁は先日の委員会の答弁で、将来において今回と同様の気圧配置となり得ることはあり得るとのことでありますけれども、その場合については、台風が同様の進路をたどる可能性はあると述べていたが、どこまでの降雨を想定していくべきなのか。この台風被害の特徴、大きな被害をもたらした原因を踏まえて、参考人の所見をお伺いいたします。 また、今回の被害を教訓に今後どのような防災対策が求められているのか、海外の取り組みなどにつきましても、御意見がありましたらお伺いいたします。
○清水参考人 まず、今回の台風による豪雨ですけれども、今後、そういう雨が、また台風が来る可能性は十分あるという話で、我々もそういうことは感じております。 今回の復旧については、単に現況を復旧するだけではなくて、河道、河川とかその前後も含めて、その場所だけじゃなくて広い範囲で復旧、現況復旧というよりはランクアップといいますか、さらに今までの計画を超える台風とか雨を考慮したような復旧が必要だというふうに感じました。 それから、気象の変動というのが非常に顕著になっているというのがありますので、そういう気象の変化も踏まえた、降雨の変化も踏まえた治水計画を今後考えていく必要があると思います。 何よりも、いろいろ対策をしてもそれを上回る洪水というのは必ず発生するので、その時点では、それを上回ったときにどう対応するかという、整備されたものを超えた水害に対する対応というのを考えていかなければならないというふうに思いました。 以上です。
○神山(佐)委員 時間でありますので、片田参考人に対しまして質問ができなかったわけでありますけれども、これで終わりにいたします。 よろしくお願いします。ありがとうございました。
○秋葉委員長 次に、佐々木隆博君。
○佐々木(隆)委員 きょうは、それぞれ大きな被害を受けられた両町長さんにもおいでをいただきまして、大変貴重なお話を伺わせていただきました。我々も、しっかりとそれを踏まえて今後の対策に役立てていかなければならないというふうに思っているところであります。 私は北海道でありますので、八月下旬に来た台風以降、私も、八月下旬から、やや九月いっぱいかかりましたけれども、北海道内、約一カ月ぐらいかかって、被災されたところを回らせていただきました。その中でいろいろまた教えられることもたくさんあったわけでありますが、それと、きょう参考人としておいでをいただいた皆さん方のお話とあわせて、少しお伺いをさせていただきたいというふうに思います。 最初に、岩泉町長、伊達町長にお伺いしたいんですが、先ほどの中で、激甚災害、指定を受けたわけですが、そのほかにも山ほどやらなければいけないことがあって、特交とか交付金とか特別措置とか、いろいろ求めておられました。それはまさにそのとおりだと思うんです。 ただ、その中で、これだけ頻繁にこういう災害が来るということを考えたときに、もうこれは激甚災害の中に入れた方がいいのではないかというような対策もたくさん出てきているのではないかと思うんですね。極めて特殊なものは特交か何かで対応するしかないと思うんですが、そういった意味で、もうこれは激甚災害の中の項目にしてほしいなというような思いは、町長、現場におられてお感じになられているのがあれば、ぜひ教えていただきたいんです。
○伊達参考人 先ほども申し上げましたが、今回一番困ったのは、情報通信関係に災害復旧という項目がないんだそうであります。その項目がなければ激甚災害指定になるわけがありませんので、それで、今、総務省さんの方にいろいろ御相談を申し上げているわけであります。 実は、過疎対策の一環として、大震災の後にブロードバンドを全部引っ張ったわけであります。携帯電話もいろいろな手だてを講じて全世帯に通じるようにしたわけでありますが、今回それが、全部とは言いませんけれども、ほとんど壊れてしまったわけであります。 そういたしますと、それを単独で改修しろというのは、これはとても無理な話でありまして、そういった項目は、特に情報通信関係、特に防災無線等もそうでありますし、それから避難所についても、今まで安全だと思ったところが、かなり、根こそぎ流されたところもありますので、そういった避難所の装備といいますか、そういったものについてもぜひ加えていくべきだろう、そのように思っておりますので、よろしく御検討をお願いします。 以上であります。
○佐々木(隆)委員 大変参考になりました。この次お伺いしようと思っていたことにも少し関連するんですが、こうした緊急事態というのは、情報がいかに迅速に伝わるか、あるいは掌握できるかということがかなり大きな部分を占めているんだろうということは、私も予測ができるわけであります。 そこで、今度は池部町長にお伺いしたいんですが、災害対策本部というのは、先ほど先生からもお話がありましたが、これは首長さんがつくるわけですよね。そういうことになっているんですよね。だから、市町村長が全ての責任を持つ、ある意味でそういう仕組みになっている。 ところが、現実には、国の出先機関とか、あるいは、北海道でいえば北海道の出先機関とか、もちろん市町村長はそうですが、そのほかに民間のダムがあったり民間施設があって、それも対策上は、どうしても情報を共有しなければうまく対策できないというものがたくさんあると思うんですよ。 私も回らせていただいて、民間の発電ダムがあって、そこは何としても町長の言うことを聞いてくれなくて大変だったというお話も聞いたんですが、そうした情報を、対策本部を担われて、その辺のふぐあいというか不都合をどう感じられたのか。 それと、私は、常設のそうした協議体をつくっておくべきではないかということを感じているんですね。そうしないと情報が、対策本部ができれば、それは首長さんが命令権を持ちます。しかし、それまで、民間の発電所の人に来てくれとか言っても、そんな権限はないわけですよね、ふだんは。だから、そういうことからいうと、そういう防災のための常設の何らかの機関が必要なのではないかというふうにも思うんです。 今回経験をされた中での、対策本部としての情報はどうだったのかということと、常設の機関をつくるということについてどう思われるか、二点お願いします。
○池部参考人 お答えさせていただきます。 今、岩泉の町長さんもお話をいたしましたけれども、防災無線さらには避難所、これらも、私のところでは避難所が浸水をしたんです。それで、垂直避難ということで、上の方に、二階に上がってもらうということで事なきを得たわけでありますけれども、今のお話のありますように、防災の機能、首長が一人で責任を持つということは、これは本当に、岩泉の町長さんを含めて、どこの災害もそうだと思うんですけれども、もう大変な心労があります。 そんな中で、今の委員のお話のように、各関係機関とそういう部分での常設のものをつくっておけばいいという思いもありまして、実は、私の町でも、防災安全室というのをつくったばかりだったんです。それがあったので、まだ何とかこういう形で窓口としての対応ができたんですけれども、いろいろな方がわあっと集まってきて、どうするんだ、どうするんだということで、もうてんやわんやの状態になるわけでありますから、そこら辺を常に連携をとりながら、うちの町としての窓口も今回つくらせてもらって、うまく作動したということでありますので、今の委員の御指摘のように、そういう常設の施設は必要であろうというふうに思っているところでございます。
○佐々木(隆)委員 ありがとうございます。 現場で指揮をとられた経験などもぜひ御指導いただいて、そうした対策にも私は取り組むべきだというふうに思っておりますので、またこの場所でそのことも議論をさせていただければというふうに思っているところであります。 もう一つ聞きたいところがあるんですが、先にちょっと先生方にお伺いしたいことがございます。 それは、私も現地を回らせていただいた中でつくづく感じたことが、確かに、今回は都道府県管理の川はもちろんですが、国管理の川、直轄と言われている川が氾濫をしたという意味では、いかに雨の量が多かったのかということを物語っているというふうに私も感じました。 その中で、ちょっと言い方が、誤解をされることを恐れずに言わせていただければ、私は、堤防のかさ上げよりも、いわゆるしゅんせつというんですか、川底ざらい、これが相当の期間行われていないのではないかという、それはちょっと誤解があるかもしれませんが、かつて公共事業が華やかなころには必要以上に砂利をとっていたんですが、公共事業がずっと下火になると、環境団体のせいにして、ほとんど川底ざらいをやられていないのではないかという気がしてならないんですね。 特に河畔林、まあ、河畔林は多少残さなければいけないと思うんですが、中州になっているようなところ、ここに相当ひっかかったり、あるいはそこで流れが急に変わったりして堤防が破られ、あるいは土砂が持っていかれたというようなところを何カ所も、私は今回視察をして感じました。 川の管理という中で、堤防ももちろん最終的には必要なんでしょうけれども、堤防の前に、川の管理というのは一体、ずっと今までの経過の中で、どこかが調査をしてちゃんとやってきているという経過があるのかどうか、そして先生方はどう感じておられるのか、お二人にお伺いしたいと思います。
○清水参考人 まず、川のしゅんせつなんですけれども、一時期、おっしゃるとおり、砂利採取とかで大量に川の土砂をとったため、一時問題になったのは、川底が下がってしまって、橋梁とかが危険になったり、それから護岸というところのが垂れ下がってしまったり、そういうのもあったんです。 今回のを見ますと、そういうところももちろんありますけれども、大量に土砂が出てきて、それによって川が侵食したということもありますので、そういうところは、土砂をコントロールする方法をきちんと検討して、必要に応じて土砂を採取するのは必要だと思います。そういうところも必要だ。 それから、堤防のかさ上げよりは、かさ上げももちろん必要な、場所によると思います。下流の方では、そんなに流れが強くないところでは、断面積が足りないところは堤防はかさ上げしなければならないところもありますけれども、今回、中心的に災害を受けた急流な河川では、土砂のコントロールという意味から、場所によっては河道内の整理。それから、河道内の土砂もそうですけれども、物すごくたくさん樹木が生えていて、流れを妨害しているような場合もありますので、そういうところは、土砂とともに河道内の樹木もきちんと計画的に整理していく、中州のも含めて整理していく必要があると思います。 今までの河川は、どちらかというと、雨、水、それから断面積というようなことだけだったんですけれども、これからは、土砂がどう出てきて、それから河道内にどれだけたまって、どれだけ掘れて、海までどれだけ出ていくかというようなことも含めて考えていかないと、一部、大きな川では考えられつつあるんですけれども、そういう小さな川も含めて、土砂のコントロールを含めた計画を立てて維持管理をしていくのが重要だというふうに思います。
○片田参考人 お答えいたします。 私は必ずしも現象の専門家ではございませんので、技術的な部分については今の清水参考人の御意見でよろしいかと思います。 ただ、私は、今回、私も北海道を見たりとか、岩泉町も見せていただいたんですけれども、ハードの対策というのは、これまでのレベルではもう追っつかなくなっているということは確かなものですから、堤防のかさ上げ、そして土砂の管理を含めてやっていただく必要があるとは思うんです。 ただ、一方で、北海道にしろ、岩泉町もそうなんですけれども、とにかく保全の対象が広いわけですね。全部全部ハードで対応していくのかという問題、これは無理じゃないかなという思いもあるわけなんです。 先ほど申し述べましたように、北海道のような場合、やはりこれまでもそうなんですけれども、防災の対象というのは、人々の暮らしということ、まずそれが一義的に守られるべきであってということで進んできたものですから、どうしても地域と地域の間の部分が、この防災をどう考えるんだ。例えば道路の防災、それから橋の防災も含めてなのでそうなんですが、防災の何を対象にという、地域的な優先度の問題だとか、守るということ、これを少し計画論を立てていかなきゃいけない。優先は何なのかということを議論していかなきゃいけない。その中に、先ほど申し述べたような高齢化の問題、小さくなってしまった集落、これをどうお守りするのかという問題、こういったことも含めて、防災の対象をどうするのかということを考えていかなきゃいけないということだろうと思います。
○佐々木(隆)委員 片田先生のおっしゃった、そのことを私も大変共感をいたします。 私も、地方議員からずっと三十年ぐらいやっておりまして、災害が起きて視察に行ったら、全然違うところを川が流れていてびっくりしたことがあるんです。これはどうしたんですかと言ったら、これはもとの川ですと言われて、もとの川のところへやはり流れていこうとするわけですよね。地形的にそうなっているんだから、そうなるんだと思うんですが。 いっとき、人は自然を克服できると思っていた時代があって、そして、川を真っすぐにしたり堤防を高くしたりした時代があったんですけれども、もういかに共生していくかという時代なのかなということを、今回の災害も含めてつくづく感じているところであります。 先ほど先生が、そうした対策を、ソフト面の対策のところで、専門家をどうやって協議の中に入れていくかというのは大変私も参考になって、退職者も含めてぜひ考えるべきだということ、そのためには、やはり国とか都道府県のリストアップのお手伝いとか何かがないと、市町村にそれを探せと言われても、なかなかそうはいかないので、そうした連携も必要なのかなということを感じました。 そこもお伺いしたかったんですが、ちょっと先に、時間がなくなってまいりましたので、両町長さんにお伺いしたいのは、今回、災害があって、その後、災害の復旧のための御努力も大変だったというふうに思うんですが、大きな川の切りかえとかなんとかということを除いて、全壊していない、また使えるような住宅とか、あるいは周辺の復旧とか、そういったときに、最終的にボランティアの皆さん方が大変活躍していただいたというふうに、テレビでも拝見しましたし、現場も私も見せていただきました。 そのボランティアの皆さん方がお手伝いをするに当たって、私は、時代的に何らかシステムが必要なのではないかという気がしているんですね。それを、現場で特に毎日当たられてきたお二人に、ぜひ、ボランティアの皆さん方がよりボランティアしていただきやすいようなシステムについて何か御意見があれば、お二人からお伺いしたいんです。
○伊達参考人 お答えします。 当岩泉町にも、延べでまいりますと、多分きのう現在では七千人から八千人ぐらいいらしていただいているんだろう、そう思っております。 そして、その中では、NPO法人をつくっておられて、例えば東京の方からバスをチャーターして夜行で行って夜行で帰ってくる、そういった皆さん方もおりますし、また、何といってもやはり地元の人たちがとても多かったわけでありまして、大変頭が下がる思いがしております。 その中で、今回私どもがとても悩んだのは、全町にわたっての被害でございましたので、どこをどう優先していくか、これがとても悩ましい問題でございました。 大震災、大津波の際には、被災をした地域は小本という地域だけでありましたので、これはそれほど難しくはなかったわけでありますが、今回は、先にその地域にボランティアをお願いしますと言いますと、違うところからは、何で俺たちのところは後回しされるんだ、そういったことがあります。 そういったものは、まさに地域の割り振りの、内部の問題だとは思うんですけれども、これからこういった災害がどこでいつ起きないとも限りませんので、これは、岩泉町のみならず、少なくとも都道府県単位、あるいは東北とかそういった大きなエリアでのそういった組織づくり、仕組みづくりはぜひとも必要だと思いますし、その中で、地元が受け入れる際には何をどこまで準備するのか、そういったことまで、それこそ仕組みとしてつくっておくべきだというのは、今回私どもはつくづく感じた次第であります。 以上です。
○秋葉委員長 それでは、池部町長、時間が来ておりますので、簡潔に御答弁をお願いいたします。
○池部参考人 お答えいたします。 ボランティアの関係についてのお尋ねでございますけれども、南富良野は、札幌を含め、全国から来てくれました。それはなぜかといいますと、南富良野、これは、富良野も南富良野も中富良野も上富良野も富良野、北海道に観光に来た方々が、富良野が大変なことになっているということで、全国の方々から御支援もいただきましたし、ボランティアの方々も来てくれました。 さらには、串内牧場というところで牛が九百頭孤立をいたしまして、この牛を助けてくれというお話をした関係もございまして、牛を助けてやってほしい、そういう声も全国からいただきまして、義援金を含めて、大変なる方に南富良野に御支援をいただいたところでございます。 ボランティアの方々のお力、南富良野の人口は二千六百人の小さな町でありますけれども、それの三倍近いボランティアの方々が南富良野に足を運んでいただきまして、泥出しをやっていただきました。そのことによって、住民も、泥出しを見ず知らずの人がしてくれる、これじゃ頑張っていかぬとならぬなという力をいただいたということで、本当に二千六百人、ボランティアの方々には感謝を申し上げ、さらには、全国の皆様方に温かい御支援をいただいたことに感謝をするところでございます。ありがとうございます。
○佐々木(隆)委員 大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。 委員長、時間を少しオーバーしまして済みません。これで終わらせていただきます。ありがとうございます。
○秋葉委員長 次に、佐藤英道君。
○佐藤(英)委員 おはようございます。公明党の佐藤英道でございます。 きょうは、四人の先生方、貴重な御意見を本当にありがとうございました。 私は今、北海道に住んでいるのでありますけれども、出身は東北でございまして、あの東日本大震災で一千人以上の方がお亡くなりになった、また行方不明の方がいらっしゃる宮城県の名取市でございます。 きょうは本当に、岩泉の伊達町長、また南富良野の池部町長の被災地の生のお話を伺って、大変に胸に迫る思いがありました。きょうは、ぜひとも応援団の一人として、幾つかお伺いをさせていただきたいと思っております。 最初に、伊達町長におかれましては、お話の冒頭、岩泉乳業のお話をされました。この岩泉乳業は、もう本当に町にとっては、従業員約五十名近くの規模の企業でありますし、また牛乳やヨーグルト、またプリンやサイダーなど、大変に町の基幹産業にもなっているのではないかなと思います。 来年何とか再開ができるようになったというお話を伺っておりますけれども、現状と、またもし課題等があれば、まずお聞かせをいただければと思います。
○伊達参考人 大変ありがとうございます。 皆さん方には、発災以来、第三セクターの再建について大変御心配を頂戴いたしましたことに、まずもって感謝申し上げたいと存じます。本当にありがとうございました。 岩泉乳業並びに産業開発等々、株式会社四つの第三セクターを、実は、震災復興から前へ行こうということで、この春にホールディングス化したばかりでございまして、そのやさきに今回の大きな被害が出たわけであります。 今の課題といたしましては、今回の再建の事業主体としては、この乳業ではなくてホールディングスの方を事業主体にするわけでありますけれども、実は、災害対策債を補助金の残りに充てようと思っているわけでありますが、残念ながら農林水産業施設ということで充当率が一〇〇%ではないわけでありまして、そうすると、約三十億かかるわけでありますが、そのうちで大体五億円ぐらいを別に負担せないかぬという、そういったことがあります。 この災害対策債そのものを、補助金の残りを、充当率を一〇〇%にしていただきますと、私どもとしては大変ありがたい、そう思っておりますので、そこのところが大きな課題であります。ぜひ御検討いただきますようにお願いいたします。
○佐藤(英)委員 次に、池部町長にお伺いさせていただきたいと思います。 八月三十一日に空知川が決壊をいたしまして、宅地とか農地、約百三十ヘクタールが浸水をされました。町の職員が住民宅を一軒一軒訪問されて、人的被害は出ずに済んだところでございますけれども、橋や道路の損壊またポテトチップの工場の操業停止など、大変に大きな打撃があったことと思います。 そんな中で、石井国土交通大臣、また我が公明党の山口代表も、相次いで現地を訪問させていただきました。いずれも私も同行させていただいたわけでありますけれども、本当に、二回ともやはり池部町長の姿が今でも目に焼きついて離れません。 先ほども九百頭の牛の話をされました。道路の寸断によって、毎日のように水の摂取が必要な牛たちの命を守るためにも何とかしてほしいと涙ながらに石井国土交通大臣にお訴えされたあの姿は、今でも忘れることができません。 また、山口代表が行かれた九月の十一日には、それこそ新規就農されている幾寅の山畔地区、鳥羽農園さんにもお伺いをさせていただきました。そのときは、十年前に新規就農した鳥羽さんから、新規参入者が廃業したり、後に続く人がいなくならないようにというお話もいただいたところでございます。 ぜひ、牛の状況、また、新規就農の方々の、大変に御苦労されているのじゃないかなと思うのでありますけれども、現状と課題についてお話をいただければと存じます。
○池部参考人 お答えいたします。 今、佐藤英道先生からもお話しいただきました、本当にその節には公明党の皆様方には大変お世話になりました。 特に、山口代表が我が町に来ていただきまして、新規就農の、本州から北海道に渡ってきて十年たって、頑張ってやっとハウス農業が目に見えてきた、そんな彼が大災害に遭って全部ハウスから何からなくなってしまう、これで、北海道に来て頑張ろうと思ったけれども、もうやめようか、そういうところに山口代表に来ていただいて、温かい声をかけていただいて、私からもお話をさせていただきました。北海道で農業をやろうと思って来た人たちに、ここで折れて帰すようなことをやったのでは、北海道にもう来てくれる人はいなくなる、何とか、山口代表、力をかしてほしいというお話をさせていただきました。 山口代表も、頑張れ、応援すると言って帰っていただいて、早速指定もしていただき、今回もいろいろな角度から、激甚指定の中から、さらには新規就農の彼もハウスの補助も含めて何とか出していただけるようなことでのお話が、今詰めていっているところでございますので、何とかそこら辺もお願いをして、彼も頑張ろうというふうに思っていますし、さらに彼に続く、新しい、また北海道に農業を目指そうという若者を入れられるようなことで、我が町も頑張っていきたいと思っております。 さらに、これは北海道全体で、農業の後継者のいないところに、あいてくる農地をまた有効に使っていただけるように努力をしていきたいと思っております。 石井大臣においては、本当に、人の命は助かったのでありますけれども、牛が孤立をして、放牧をしていた、これは公共牧場でございまして、五市町村で富良野圏域でやっている牧場でございましたけれども、この大事な牛が、農地も被災を受けて水害で大変になったところに、牛九百頭、農家の人のを預かっているものをこのまま見殺しにするわけにいかないという思いで、石井大臣にお話をさせていただきましたら、早期に道道の復旧を命じていただきまして、道の方で、五日でやれないのか、一週間というものを五日でできないのかと知事がおっしゃり、さらにそれが三日で完成をし、その間に牛は出るように態勢をとって、九百頭牛救出大作戦が無事完了したということでございます。 そこら辺につきましても、石井大臣の御判断、道路の復旧、早期に道道の復旧をやりなさいと道の方に御指示をいただいたことが本当に助かったと思っておるところでございます。 どちらにいたしましても、佐藤英道先生を含めて公明党の皆さん方には大変お世話になったことをこの場をかりてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
○佐藤(英)委員 次に、片田先生にお伺いをしたいと思います。 片田先生のインタビュー記事をちょっと読ませていただいたときに、本当に片田先生が防災研究者としての使命を深く自覚されて、そのきっかけというのが二〇〇四年のインド洋の大津波だと。そしてまた、インドで泣きながら子供が親をだびに付す光景を目にしたときに、悲劇の原因を突きとめたいと誓われたと伺いました。 また、現在は、日本各地だけではなく、海外においても、特に中米ニカラグアでは防災教育を数年前から支援しており、防災、BOSAIを世界に浸透させるような活動をされるということも伺っているところでございます。 そこで、お伺いさせていただきたいんです。先日、福島また宮城に津波警報、本当に東日本大震災の記憶を呼び起こすような地震が起きたわけでありますけれども、先生として、今回の対応、東日本大震災の教訓というものが今回生かされたんじゃないかと思っている部分、また、こうしたところはまだ課題じゃないか、こういったところももうちょっと力を入れていくべきじゃないか、いろいろな所見またお考えがあったのではないかなと思うんですけれども、ぜひ先生の忌憚のないお話をお聞かせいただければと思います。
○片田参考人 つい先日のことですので、私もずっとこれまでかかわりを持ってきた東北のことです。皆さんどのような対応をされるのか、また、東日本大震災の教訓というのは本当に生かされたんだろうかということで注目してまいりました。 率直に申し上げます。生かされた部分と、そして生かされていない部分が明確にあるなという感じがいたします。それ相応に逃げておられるということは確かだろうと思います。しかし、これだけしか逃げていないのというような状況もたくさんあったというふうにも報道されております。 それを見るときに、本当にあの教訓を生かして逃げたということなのか、それとも、ついこの前のように覚えている、それがフラッシュバックのように恐怖喚起となって逃げたのか、その境はどこなんだろうか、そんなことを考えながら住民の皆さんの行動を見ていたんです。 正直申しまして、教訓を生かしてちゃんと逃げたんだろうかということに対して、多少の疑問を感じております。ついこの前のことだから恐怖に駆られて懸命に逃げたというのが、その多くがそれを占めるんじゃないのかなという感じで見ております。 といいますのは、大変、車の渋滞の問題がまたもや言われております。さんざん言われ尽くしてきたことです。それであっても、やはり同じような行動をとっていく。もう恐怖に駆られた行動としか思えない、とても教訓を生かしたという状況にはないんじゃないのかというふうに思うわけです。 そこで、何が課題になってくるかということなんですが、もし、今回の一連のそれ相応に逃げたという行動が、フラッシュバックのような形で、恐怖喚起で逃げたというのであるならば、次の世代、つまり経験をしていない世代は、それは生じないわけですね。そうしますと、東日本大震災を経験した人は逃げましたけれども、それを経験していない世代になったときに、これはもはや、フラッシュバックであるならば、教訓として残されないんじゃないか、そんな思いで現場を見ました。 少しこれから検証作業をやっていきたいなというふうに思っておりますが、本当に生かすということは、東日本大震災のあれだけの教訓、あれを、次の世代に、次の社会にどう根づかせていくかということなんだろうと思います。 そういう面では、単に恐怖に駆られている今回の行動をもって、それ相応に逃げているね、よかったよかったではなく、本当にこれが社会に根づいた教訓になり得ているのかということをちゃんと検証しなきゃいけない。そして、次の世代が、経験はしていないんだけれども、言わずもがなでちゃんと逃げるという中で育まれるという環境をどういうふうにつくっていくのか、それが今課題になっているんじゃないかなと思いますし、私もそこに向けて頑張っていきたいというふうに思っております。
○佐藤(英)委員 ありがとうございます。 次に、清水先生にお伺いをさせていただきたいと思います。 先ほどの先生のお話を伺いまして、今後の治水対策についても言及をしていただきまして、ダムや遊水地とか、かさ上げも含めてお話があったところでございます。私も北海道でありますし、先生も北海道で御活躍をされていらっしゃいますので、北海道の今のダムの現状、今後の治水対策で力点を入れるべきこと、ぜひ、先生、もうちょっと先生の思いも教えていただければと思います。
○清水参考人 ダム、遊水地ですけれども、実際、ダムの整備も随分進んでおります、遊水地も一部。石狩川の遊水地や何かも今回初めて水が入って、そのおかげもあって、昭和五十六年災害と比べて目に見えるように遊水地の効果があって、被害はなかったと思います。 ただ、残念ながら、ダムのない河川とか、ダムがまだ未整備の河川や何かでは非常に被害が大きかった。そういうところでは、今、計画のないところももう一度考え直して、ダムや何かも進めて、整備も進めていくべきじゃないかというふうに感じました。 以上です。
○佐藤(英)委員 実は、私は国土交通委員会にも所属をさせていただいているわけなんですけれども、国土交通省の社会資本整備審議会が、去る二十二日に、今夏の八月の北海道や東北を襲った豪雨で氾濫被害が相次いだ中小河川について、防災対策の検討を始めたところでございます。住民の避難誘導に向けた迅速な情報提供などに関して、年内にも答申案をまとめるというようなことも伺っているところであります。 そこで、中小河川の防災策を検討するに当たって、きょうは時間の関係で伊達町長と池部町長お二方になってしまうかもしれませんけれども、ぜひお話をいただければと思います。 特に、中小河川は大規模河川と比べて水位が急上昇しやすい、災害時に自治体が避難勧告を出す十分な判断材料ということについてもぜひ御意見をいただければと思います、水位観測とかも含めてですね。また、危険性の高い地域で防災などの整備を進めるために、自治体が管理している河川でも、高度な技術が必要な工事は国が代行する仕組みも検討するとも伺っていますし、中小河川を管理する都道府県と避難勧告を出す市町村との連携も強化を図る、そうしたことも新聞で報道されているところでございますけれども、こうした点についても、ぜひ両町長から御見解を寄せていただければと思います。
○伊達参考人 実は、岩泉町におきましては、自主防災組織の皆さん方が町管理の河川については結構パトロールをしていただいております。砂防堰堤もある箇所もありますし、それから、冒頭申し上げましたような、河川に入っている、流れを邪魔している流木がありますから、そういったものを皆さん方で、これはボランティアなんですけれども、伐採をしていただいている、そういったことでありまして、実は、今回、私どもの龍泉洞の上流部分は、その地域の皆さん方が河川の流木を整理した後でございました。したがって、そこは小さい橋にも流木もひっかかることがなくて、あふれることもありませんでした。 そういったことを、大きな工事も必要ですけれども、地元は地元として、小まめに、やはり自分たちが今まで使ってきた川なんだ、活用している川なんだという意識を持って、一緒になって、共存といいますか、そんなことを図っていくべきだろう。 ただし、そこで、どうしても町で対応できないような大きな砂防堰堤、そういったものについては都道府県あるいは国でおつくりいただく、そういった筋道をつくるべきだと私は考えております。
○池部参考人 お答えいたします。 中小河川、特に川は一本であります。その川は、国が管理をし、さらに道が管理をし、さらには市町村が管理をしという形で、一本の川をみんなでそれぞれ区分けをして管理しているという実情であります。 そんな中では、川は一本でありますから、人間が区分けを単純にしているだけであって、これはやはり情報を共有しながら、お互いに連携をしながら、その川一本をみんなで守っていかなきゃならないし、そのことによって川から得る幸せが、農業であり、飲み水であり、いろいろなものになって、治水であり、下流域の農作物を育てたり、そういうことがダムになったりしていくわけであります。 そういう意味では、都道府県を含めて、市町村も含めて、川を恨まずに、これは、天を恨んでも人を恨まずというか、私はそう思うんです。町民にも言うんです。空知川を恨んでも、この空知川から得て、我々はここで生活を長年させてもらってきたんだ、だから、ここで川を恨むんじゃなくて、川とともにまた生きていくんだという思いで、連携をとってこれからも頑張っていきたいと思っておりますので、お力添えをいただきたいと思います。
○佐藤(英)委員 四人の参考人の方々に貴重な御意見をいただいたこと、お礼を申し上げまして、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
○秋葉委員長 次に、堀内照文君。
○堀内(照)委員 日本共産党の堀内照文です。 きょうは、貴重な御意見をいただきまして、本当にありがとうございます。 改めまして、犠牲になられた方々、そして被災者の皆さんにお悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。 とりわけ二人の町長におかれましては、発災時、文字どおり不眠不休の救援活動に当たられたことでしょうし、今後も復旧復興へ向けて本当に重責を担っておられることだ、その思いを十五分ではとても語り切れない、そういうことだろうときょうは聞かせていただきました。 それだけに、私は国の支援は本当に大事なんだと思っています。伊達町長からは、とりわけ人的、財政的支援ということで強調もされました。その角度から、私は幾つかきょうはお伺いしたいと思っています。 一つは、伊達町長に伺いたいと思います。 九人が犠牲になられました高齢者施設楽ん楽ん、こういう悲劇をいかに繰り返させないのかということでお伺いしたいと思います。 小本川は、今ありましたように、浸水想定区域に指定されておりませんでした。指定されていましても、指定された区域内にある要配慮者施設は避難計画の策定を努力義務として今課されているわけですが、始まったばかりでありまして、進んでいる県は進んでいるんですけれども、おくれているところは非常におくれもございます。岩手県では、ことし三月末時点では、対象三百四十五施設中、まだ一施設でしかありません。 区域指定をやって、正確なハザードマップをつくって、しっかりお知らせする。施設も、しっかりそれに基づく計画を策定する。これはもちろん大前提で進めなければなりません。 同時に、報道を見ましたら、別の施設では、日ごろからともに訓練していた消防団に助けられたんだという報道もありました。また、さきの鳥取地震では、要支援者避難の個別計画を対象者の八割まで持ちながら、支援者が決まらないということもあって、機能しなかったという報道もありました。 とりわけ要配慮者施設での避難ということは、人的にも非常に人員を要するわけであります。訓練を通して日ごろから地域や種々の行政組織としっかり連携を図っていくということも大事なんだろうと思います。今、そういう個人情報については消防や警察とも共有されているというお話もございましたし、自主防災組織がいろいろ活躍しているんだという話もありました。 各施設での避難計画のこういう策定や、そして何より日常の訓練、そういうことなど、今回のような犠牲を二度と繰り返さないための対策を実際に進めていく上で何が必要であるかということ、国への要望も含めてお考えをぜひお聞かせいただきたいと思っております。
○伊達参考人 お答えをいたしたいと存じます。 例えば、私どもは津波の避難計画の避難訓練、年一回は必ずやるわけでありますけれども、実は、数年前まではそういった避難の訓練には学校は参加をいたしませんでした。これはなぜかといいましたら、津波のそういった避難訓練は早朝にやるものですから、学校は早朝は出てこないということで、大分時間をかけてお願いをして、避難訓練の開始時間をおくらせて、小学校、中学校も参加させるようにしたわけでありますが、そういったことから、地域みんなが参加しなければ訓練は意味がない、私はそう思っております。 しかも、その中で、必ず地域には動けない人もいます。それから、病気の方もいらっしゃいますので、そういったものをやはりどこまで周知するかは、これはちょっと個人情報の関係がありますけれども、少なくとも地域の担当する保健師とか自主防災組織の皆さん方はちゃんと把握しておいて、例えばAさんはBさんのところへ行って確認をしておんぶしてくるとか、そういった形まで実は津波の際には訓練をしているわけでありますが、先ほど申し上げましたように、河川の場合にはそこまではまだ至っておりませんでした。 今回は、そういった形で、ハードの点についてお願いすることはもちろんでありますけれども、まさに、いざとなったときにどうしたら命を守れるかを最優先した訓練というものをやはり継続して続けるべきだろう。しかも、その中で、先ほども申し上げたように、大事なのは、学校の参加をぜひお願いをして、まさに防災訓練というものを、防災教育というものを、小学校、中学校も共有をしていかないとだめだというのを今回また改めて感じたところでありますので、そういった方向で進めてまいりたい、そう考えております。
○堀内(照)委員 ありがとうございます。 池部町長にもお伺いしたいと思います。 南富良野でも、浸水想定区域ではなかった。そこで、福祉避難所である「みなくる」ですか、保健福祉センターも浸水をして、再避難を余儀なくされたということも報道で拝見いたしました。この点でも、しっかり区域指定し、それに基づく避難のあり方ということが必要だと思うんですが、とりわけ避難所のあり方、ここへの課題や今後の改善に向けて、国への要望も含めて、ぜひお聞かせいただきたいと思っています。
○池部参考人 今の堀内委員のお話は、本当にありがたいお話を今いただいたなと思っているんです。 実は、南富良野は、今までも災害があったとき、特に冬なんです、ほとんど狩勝峠の国道三十八号線がとまるということの中で、それに伴った避難が、今の「みなくる」で随分やってきました。観光バスで来た方が、狩勝峠がとまって、狩勝を越えられない、それで観光バスの方々も避難をしたり、ここ四年の間に大体三回ほど、今回は特に水害ということで、冬もとまったし、夏もとまったということでありまして、まさに国道三十八号線、命の道というお話も先ほどさせていただきましたけれども、そんな中では大切な避難所としていたのでありますけれども、今回は夏場の堤防決壊という想定外の中での浸水でありました。 それで、二階に上がって、垂直避難ということで事なきを得たのでありまするけれども、道の駅含めて、いた車がざあっと流されて、ヘリコプターで人をつり上げる、そんなような状況の中でも何とか人命をなくすことなく頑張れたということは、先ほどもお話をしたとおりであります。 今、施設についてでありますけれども、何とか道の駅の整備をまたしなきゃならないんです。これを防災拠点道の駅にしていきたいというふうに思っているんです。狩勝越えをする、十勝につながる唯一の道の駅でございますので、ここをランク上げしたいと思っているんですけれども、そういうところに本当は今度避難所をまたつくらせていただきたいと思っていますし、そういう部分についても、ぜひともまた国の方からの御協力もいただければ、なければできませんので、ぜひともそこら辺についてもお力添えをいただければと思います。
○堀内(照)委員 ありがとうございます。 続いても両町長にお伺いしたいんですが、職員の体制の問題なんです。 先ほどもございました、本当に少ない職員の中で、上流部が大変なことになっている、住民からもいろいろな問い合わせがあるということで、なかなか対応がおくれたという報道もありましたし、南富良野でも、全戸へ電話や訪問も含めて、とにかくたたき起こしてでもということもありましたが、しかし、避難指示が伝わらなかった福祉施設もあるということも報道されておりました。 今回の経験を踏まえて、こうした体制上の課題、これはどのようにすれば克服ができるのか、これが一点です。 もう一点は、その中でも、やはり防災の専門家の配置、これは本当に大事なんだと思うんです。避難勧告一つとっても、山合い、谷合い、一つ谷筋が変わるだけでも随分状況が違ってくる。そういったことも、知見を有した専門家がいるといないとでは全く違ってくるんだと思うんです。 そうした人の配置、配置が難しくとも、そういう方と連携をしていく、そういったことなんかがやはり今後必要なんだと思うんです。そして、そこへ国がどう支援するかということが本当に求められていると思うんですけれども、その点についてのお考え、両町長にお伺いしたいと思います。
○伊達参考人 お答えをいたします。 実は、どこの市町村でも、全国的にそうでありましたが、十数年前から行政改革ということでかなり強烈に指導をされたわけであります。人員を何%削減しなければどうのこうのという形があったわけでありまして、私も町長に就任してからかなりな職員を減らしてまいりました。そのやさきがあの東日本大震災の大津波であったわけでありまして、やはりこれは限界があるというのをつくづく感じたわけであります。 特に、その後、大震災の後で構成しているのは、その前からもあったんですが、役場の職員で消防団を結成しておりまして、例えば、どこかで火事があったとかいうときには、消防車一台、古いものではありますけれども置いておきますので、それがいち早く駆けつけられるような、そういった体制までもつくっております。 ですから、書き物でつくる、あるいは人を、プロを配置する、そういったことはもちろん第一義的には必要でありますけれども、問題は、そういった事件といいますか事故が発生したときに、いち早く柔軟に対応できる人材をどう育てていくかというのがより難しいんだろうなと私は考えております。 ですから、専門家、専門家とよくおっしゃいますけれども、専門家にまさるような柔軟性を持った地域住民といいますか職員といいますか、そういったものを育てていきたいというのが今の私の願いであります。もちろん、防災士の資格を持ったのも数名おります。資格を持っていてもそれを生かさなければ意味がありませんので、そういった資格があってもなくても柔軟にすぐ行動できるような、そういった職員を育てていくという、そういったことを今回新たに決意をした次第であります。 よろしくお願いします。
○池部参考人 お答えさせていただきます。 職員が一生懸命、一軒一軒回ってやったんですけれども、隣のうちには来ていたようだけれども私のところには来なかったよという話も現にあるんです。そんな中では、一生懸命回ったといいながらも、職員の数も、今、岩泉の伊達町長さんからもお話がありましたように、職員の数も減らしてきた経過もございますので、やはりそこら辺は、マンパワーでやる部分については限度があるということでありますので、今後は防災無線を整備していかなきゃならないんじゃないかというふうに思っているところでございます。 しかし、これについては大変なお金がかかるわけでございまして、これらにつきましても、特にそういう被災をしたところ、またぞろそういうことがあってはならないわけでありますので、ここについてはぜひともまたお国の方で、何とか防災無線に対する補助をしていただけるようなことでお願いをしたいと思います。 防災に対する専門員をというお話も今いただきました。 先ほどもお答えをした中でもありましたけれども、初めて防災室というのをつくらせていただいて、こんなことになったわけでありますけれども、やはり役場の職員ではそこら辺の専門的な部分で、地域のコミュニケーションをとっていく、コミュニティーという部分についてはできますけれども、なかなか具体的なそこまでの部分が難しいので、これらにつきましても、専門家を置きたいというふうに現在思っているところでございますので、またお力添えをいただければと思います。
○堀内(照)委員 ありがとうございました。 片田先生と清水先生、お二人にお伺いしたいと思うんです。 きょう、お話の中で、清水先生からは、気候変動や降雨特性の変化を踏まえた計画の見直しとそれから想定を超えるような対応、その点ではソフト対策ということも言及があったと思うんです。 片田先生の雑誌でのインタビューでしたか、私、拝読させていただきましたが、子供たちへの教育、十年続ければ大人になり、さらに十年で親になる、これはよかれループになるんだという話も、ああ、なるほどなと思いました。 先日、この委員会の質疑で我が党の議員が質問したんですが、政府から、公立高校での地学の履修者、地学基礎は二六・九%、地学というのを履修したのはたった〇・八%だということでありまして、自分が住んでいる地域の成り立ちや災害の危険度合いを知るという上ではこういう教育は本当に大事だなと思ったんですが、この点で御所見ございましたらよろしくお願いします。
○片田参考人 御指摘のとおりだと思います。 大学の入試を見ておりましても、理科の受験科目、生物や地学や物理やいろいろあるんですけれども、地学で受験してくる受験者はほぼゼロです。それは、高校の中で地学教育がなされていないということ、そして、どちらかというと原因は逆のように思います。大学入試の中で地学というものを、選択になっているんですけれども、義務にしていないということによって、高校での教育がなされないという形になったと思うんですね。 我が国は、先進国の中にあって、これほどあらゆる災害が頻発する国でありながら、国土の地勢、地理、自然災害の現象そのものをこれほどまで教えていないという状況は、僕は非常にゆがんでいると思います。 学校教育の中で地学がこれほど教えられていないということに対する問題点の指摘をいただきましたこと、自然災害にかかわる者として大変うれしく思いますし、先生おっしゃるとおりだと思います。その要因の中に、どうも大学入試で地学が扱われていないというところが大きく作用しているんじゃないかなというふうに思います。 災害大国日本です。国土をちゃんと知るということは、日本国民として最低限必要なことだろうと僕は考えております。どうか地学が幅広く教育されるようになっていけばいいなというふうに考えております。
○清水参考人 私も片田先生の御意見と全く同じでして、地学というのは、地形がどうやってつくられるか、例えば今回災害や何かも頻発しております扇状地というのは川が暴れながらもともとできてきたというような知識ですとか、そういうような知識がやはり防災上非常に大事だと思います。 そういう意味では、地学というのが、それはやはり大学側の入試のシステムとして、地学は勉強しなくても大学に入れるというような、理系の大学、理系の講座でも入れるというようなところがちょっと問題があるんじゃないかというふうに私も常々思っておりました。その辺は、今後検討していただければいいと思います。 以上です。
○堀内(照)委員 最後に、両町長に被災者支援について伺いたいと思います。 岩泉では、東日本大震災に続いての被災になりました。特に、中小企業向けのグループ補助金の返済がまさに始まりつつある中で、復興への歩みを始めたところに新たなおもしになりかねないと思うんです。十月二十三日に、宮古、久慈両市とともに台風十号災害復旧・復興期成同盟会として、我が党にも御要望をいただきました。東日本並みのということで、これは本当にそうだなと思っております。そうした被災業者の実情を少し教えていただきたい。 南富良野町長には、特に農地の復旧、百十ヘクタール被害があり、八十は町でやる、年内五十着工ということを伺いました。しかし、復旧限度額、これは他の都府県が単価三十万七千円に対して、北海道は事業単価が六万七千円だ、四倍ほど違うわけで、ここはやはり実態に見合って見直しが必要じゃないか。これはずっと国会でもやりとりがありまして、参議院の我が党の紙智子議員が取り上げたんですが、政府の方の答弁は、調査を進めてしっかり検討していきたいという答弁はございましたけれども、すぐの見直しは難しくとも、それらに見合う何らかの国の支援が必要じゃないかと思っております。 それぞれの町の課題についてということと、被災者生活再建支援法、これは全壊と大規模半壊以外は対象になりませんので、被災実態を見ればやはりそういうところも支援が必要じゃないかと私は思うんですが、それをあわせて、町の問題と支援法の拡充ということで、御両名に、済みません、よろしくお願いします。
○秋葉委員長 申し合わせの時間が来ておりますので、簡潔に御答弁をお願いいたします。
○伊達参考人 お答えをいたします。 グループ補助金のような制度はぜひともお願いをしたい、私はそう思っております。 これは、東日本大震災でも被害を受けて、今回はダブルで、ちょうどこの借金を返し始めた、そういった事業者がたくさんいますので、こういった手だてを講じませんと、残念ながら立ち直れないだろう、そういう思いがあります。 それから、被災者の皆さん方に対しましては、いわゆる法律で支援することのほかに、町としても単独で若干の支援をしていきたい、そういった考えであります。 これは、県の方でも単独で若干の予算を組みましたので、それに積み増しをする形で、住宅の再建、特に、全壊とか大規模半壊という判定でありましても、何とかしてそこの家を少しでも直して住んでいきたいという方が結構出てくるだろう、そう思っております。そういったことから、なるべく生まれたところにもう一回住宅を構えるような手だてをどうしたらやれるかということをいろいろな形で組み立てていきたい、そう考えております。 よろしくお願いします。
○秋葉委員長 では、池部町長、簡潔にお願い申し上げます。
○池部参考人 お答えいたします。 北海道は六万七千円、本州の方は三十万七千円ということで、大きな差があるわけであります。これらにつきましても、北海道も同じ農地でありますし、広いわけでありますけれども農地を復旧するに当たってはやはり同じだと思いますので、ぜひとも北海道についても復旧単価を上げるのをお願いしたいというふうに思っているところでございますので、お力をおかしいただきたいと思います。
○堀内(照)委員 ありがとうございました。
○秋葉委員長 次に、河野正美君。
○河野(正)委員 日本維新の会の河野正美でございます。 きょうは本当に、お忙しい中、また足元の悪い中、四人の参考人の方、本当に貴重な御意見を賜りまして、心より感謝申し上げます。 私も岩泉町の方には先日訪問させていただきまして、また丁寧に対応いただきまして、ありがとうございました。町役場の方々も、本当に親切にいろいろと御意見をお聞かせいただきました。 最後の質疑者でございますので、貴重な意見を伺って、またさらに委員の先生方からも質問がありましたので、ほとんど私が考えているようなことと同じようにお聞きになったかなと思います。 ちょっと視点を変えながら、多少重複しながらお聞きしたいと思いますが、岩泉町におかれましては、やはり鮮烈に、行ったイメージが強いんですが、ということで、町長に幾つかお聞きしたいんです。 まず最初に、今、行方不明者がおられるということで、お亡くなりになった方に心より御冥福をお祈り申し上げるところでございますが、行方不明者の現状というのはどのようになっておるんでしょうか。 〔委員長退席、工藤委員長代理着席〕
○伊達参考人 現在におきましても、月命日、つまり三十日に、警察署の方で消防団と一緒になって捜索を継続しております。そういう状況であります。まだ発見されておりません。
○河野(正)委員 できる限り早く発見されることをお祈り申し上げます。 いろいろ要望書をいただいておりますし、先日の委員会でも要望書はきちんと議事録の方に残っていると思いますので、そういった要望は受けとめておりますけれども、きょうの資料の中にも、伊達町長の資料で、人口流出について述べられているところがあるかと思います。 災害に伴う町外への人口流出による過疎化ということを懸念されておりますが、実際にこういった人口流出というのは、もう今傾向として見られるんでしょうか。
○伊達参考人 東日本大震災の際には、それほどといいますか、ほとんどなかったわけでありますが、今回は全町全域にわたっていることから、特に山間地帯の皆さん方は、もうこの際子供のところに出ていこうかという方がこれから出てくる状況にあります、残念なことでありますけれども。これを何とかして食いとめるのが、私どもの今の最大の課題であります。 以上であります。
○河野(正)委員 まさに、ずっと町内各所を見せていただきましたけれども、そういった懸念があるんじゃないのかなと思います。 先ほど来、二百メーター家の場所が違うだけでいろいろと差が出てくるということもお聞きしましたし、また、こういった広大な町でどこにお金をかけていくのか。四百五十億円ということも出ましたけれども、本当に大変な予算組みをしていかなければいけないのかなと。少ない予算であれば、どこに投入していくのかという問題も出てくると思います。 実際、先ほど来、二百メーターの違いでということがありましたが、住民の声としてはどういった声があるでしょうか。
○伊達参考人 五年前と同じにしていただきたいというのが、宮古市、久慈市も同じ、共通した意見であります。 そうはいっても、実際的に法律も違うということでもって被災者の皆さん方にはお願いをしておりまして、何とか現在の制度の中での支援で我慢をしていただきたいということで説得をしている、そういった状況であります。
○河野(正)委員 先ほどお話ししたように、いろいろ要望書はいただいておるわけですけれども、これだけは言っておきたいとか、あるいは、ほとんどが自民党の先生、与党の方がたくさんおられますので、この機会に町長としての思いを言っておきたいということがあれば、両町長からお聞きしたいと思います。
○伊達参考人 冒頭にも申し上げましたが、多額が復旧事業にかかります。地元は、通常ですと百億円弱の予算でありますので、まさにその四倍規模の事業をこなしていかなくちゃいけないということでありまして、その負担に耐えられるかどうかというのが、今、ぎりぎりの線であります。 恐らく、場合によっては、ある地区の復旧、あるいはある路線の復旧、ある事業の復旧というのは断念せざるを得ない、そういったことが出てくるかもしれません。とても残念なことでありますが、そういったことにならないためには、何とかして、東日本大震災並みとはいかなくても財政的な支援、これがぜひとも私は必要だ、そう思っておりますので、どうぞ特段の御支援をお願い申し上げたいと存じます。 以上でございます。
○池部参考人 今先生から言われました、自民党、公明党含めて与党の先生方がいるので話があったら言っておけということでありますので、言わせていただきたいと思います。 ポテトチップの工場が南富良野町にございます。実は、種芋をつくっている南富良野の町でございました。ところが、シストセンチュウが発生をいたしまして、それによって種芋がつくれないところができました。ここで、加工用の芋をつくらざるを得ないということになりまして、加工用の芋をつくっても価格的に合わないものですから、何とかそれを安定した所得に結びつけるために、ポテトチップの工場をふらの農協がつくりました。 そして、我が町に、二千六百人の町で百三十人の雇用があるんです。これを、今、三カ月工場が動かないで、みんなだめにしちゃうと、また百三十人の雇用を集めてくるというのは難しいわけでございまして、そこらを含めて、三カ月間人件費を払いながらふらの農協が確保しているわけであります。 南富良野町にとっては、大きな六次化産業の工場でございます。そして、南富良野にとっては、基幹産業が農業の中で、大いなる雇用の場であります。ぜひともここらにつきましても特段の工場に対する御支援のほどもお願いをいたしたいというところでございます。
○河野(正)委員 ありがとうございました。 与党席の方に聞いていただきましたが、野党もしっかりと応援していくことになると思いますので、これは超党派で検討していかなければいけない問題だなというふうに考えております。 本当に今さまざまなところで災害があって、さまざまな場面に、現地へ赴かせていただいておりますけれども、そういった中で、やはり本当に地域に人が住んでいるということは物すごく大切なことだと思って、今、私、小さな政党ですので、いろいろ領土問題とかも担当しているんですけれども、そういった中において、やはり人が住んでそこに文化がある島とかいうのは強いんじゃないかなと思っています。 そういった意味も含めて、本当に、過疎地域と言われますけれども、そういった山や畑を守っていただく方というのは貴重な方々だと思っておりますので、しっかりとした支援をしなければならないんじゃないかというふうに思っているところでございます。 そして、何人かの方から道の駅のお話が出ました。防災機能の強化ということを言われて、まさに私もそうだなと思っていたところなんですが、実際、岩泉の方では残念ながら道の駅で人がお亡くなりになったということで、さまざまな、これから道の駅、どのように対応していくのか、防災拠点としてどうしていくのかということを考えていかなければいけないと思うんですが、両町長におかれまして何か具体的に御意見があればお聞かせいただきたいと思います。
○伊達参考人 道の駅いわいずみにつきましては、東日本大震災の際には完全な後背地の基地になったわけであります。しかも、自衛隊の、旭川からいらしていただいたんですが、川の向かい側の方に基地をつくりまして、そこから宮古市、隣の田野畑村へ応援に行った、そういった形でありました。 ですから、いろいろな方々がそこに集まっていろいろ情報を交換する、あるいは休息する、そういった基地として十分に機能してきたわけでありまして、これはぜひとも復活をさせなくちゃいけない、そういったことでありまして、とりあえず以前の形で今回復旧をさせるということに一応決めてはおります。 ただ、今のこの規模では、やはり沿岸と盛岡の方を結ぶ約百キロの真ん中にある道の駅としては多分これは機能不足だろう、そう思っております。三陸沿岸道路の道の駅としては陸前高田等に大きなものをつくる予定ではありますけれども、それに匹敵するぐらいの、何があっても万全の体制がとれるような、そういった機能をつけ加えたような形の復活というものを考えておりますので、特段の御支援をお願い申し上げたいと存じます。 ありがとうございました。
○池部参考人 お答えいたします。 南富良野にございます道の駅は、国の方の指定をいただきまして、北海道で三番目に指定をいただいた道の駅でございます。先ほどもお話をさせていただきましたけれども、国道三十八号、狩勝峠を越えて唯一十勝につながる、上川と十勝につながるルートでございます。 そんな中、先ほどの中でも言いましたけれども、その道の駅に駐車していた車が今回の堤防の決壊で流されたということでございまして、これを強靱化する中で、十勝につながる峠の町としての南富良野の道の駅の機能を充実させ、防災拠点道の駅にしようということで、今、旭川開発建設部の方と協議を進めているところでございます。 そんな中、防災拠点にするということになると、今、岩泉の町長さんの方からもお話がありましたけれども、ちょうど北海道の真ん中なんです、富良野は。南富良野はちょうどその富良野の下に、南側に位置をするわけでありますけれども、この道の駅を大きくして、そして、通行する方もそうですけれども、例えば防災用のヘリコプターに離発着をしてもらう。 圏域全体の中でいきますと、国道三十八号線、さらには、今、日勝峠が不通になっておりますけれども、国道二七四、それから上川に抜ける三国峠、これらを含めた体制の中で、ちょうど南富良野が位置的には真ん中になるわけでございます。ここがヘリコプターの離発着だとかをして防災資機材を運んだりする、そういうことになればヘリコプターのそういう部分も必要なのかなという思いで、ここら辺も含めて、中心の役割である南富良野が全体的な、鵡川、沙流川、十勝川、空知川、石狩川、この上流域のところに、大雪山連峰と日高山系のところにある南富良野でございますので、全体的に対応できる、空からも含めた防災機能の役割も果たせるかなというふうに思っているところでございますので、よろしくお願いいたします。
○河野(正)委員 ありがとうございました。 私は福岡なんですけれども、九州ではたびたび台風というのが来ております。そういったことから、今回本当に、観測史上初めてとかいうことで、北日本の豪雨あるいは北海道の台風ということで、先ほど、防災の概念が変わるというようなことも言われておりました。 片田参考人にお聞きしたいんですけれども、やはりこれから我が国の防災ということはもう本当に政策上も変えていかなければいけないのかなと思うわけでありますが、何かこういった、今立法府として我々が求められているもの、どういったことを考えておけばいいのか、もしコメントがあればお願いしたいと思います。
○片田参考人 防災という分野で仕事をやっておりまして、私、もともとは土木なんですね。当然、そうなりますと、堤防だとかハードで守るということを一義的には学んできたわけなんですけれども、それであっても、やはり自然というのは時にそれを超えてくるということですよね。 こうなってきたときに、やはり社会の対応の重要性というのは、今まさに認識され、こういう場でも議論されているんですけれども、まだまだ、情報をどうするか、そして行政としてどのようにお守りするかという議論がどちらかというと先行しがちだろうと思うんです。もちろん、行政に携わる者としてそのような意向になるとは思うんですけれども、どうにも住民側のそこに対する依存意識がどんどん高まってしまって、非常に言葉としては厳しいんですけれども、いわば災害過保護の状態になってしまっているような状況に僕はあるように思うんですね。 その中にあって、これからの行政の中で何をやっていかなきゃいけないかということなんですが、行政と住民がともに災害に向かい合っているんだという、連携関係というのか共闘体制をどう住民と行政が築いていくか。行政が一義的にやって、守られるのが住民である、こういう考え方はもう変えていかなきゃいけない、ともに頑張るんだという形にしていかなきゃいけないと思います。 そうなってきますと、災害対策基本法の枠組みを見ていますと、国民の命を守る責務は行政にあるということを前提に全てが進んでおります。そこに対する依存意識が非常に大きくなってしまっている現状の中で、国民に対してその対応力をつけていくという、防災教育だとかコミュニティーのありようだとか、そういったところに力を入れていかなきゃいけないんじゃないかなというふうに思います。特に、防災教育の重要性というのは、荒ぶる自然災害の中で子供たちが自分で生き抜く力を持っている、これは何も防災だけの話ではなくて、これからの日本国民をどうつくっていくのかということと連動しているというようにも思います。 それと、情報の問題が、きょうは風水害の話なものですから、重要な話になると思うんですけれども、これまでの情報というのは、避難勧告や避難指示をお出しして、そしてそれに従っていただく、こういう体制、つまり行動指南型の情報だったと思うんですね。でも、もうこれだけ荒ぶって、情報を幾らとっても、適時適切に避難勧告を出せる状況になっていないというのも現実なものですから、そうなってくると、もう避難を考えるに値する状況になっていますよというような状況をお伝えし、そして国民一人一人が我が事感を持って主体的に行動をとれるというような仕組み、形に日本の防災の形を変えていかなきゃいけないんじゃないかなというふうに思います。 行政に責任を放棄していいんだと言っているわけではなく、いかに共闘体制として、国民も我が事感を持って防災に向かい合えるような状況をつくっていくのか。そのときに、一方的な防災サービスだけを議論しているというのは片手落ちじゃないかなというふうに思うんですね。国民が、本当に一人一人が災害というものにちゃんと向かい合えるような社会をつくっていくこと、その重要性を感じております。 〔工藤委員長代理退席、委員長着席〕
○河野(正)委員 ありがとうございました。 先日の委員会でもちょっと発言させていただいたんですが、私も病院管理者をしていた経験がありますので、本当に、入所者の方、入院している方をどこで避難させるのか。 楽ん楽んというところも行かせていただきました。本当に残念な状況だったと思いますけれども、あの日、施設の方にお聞きしたら、まだ大雨が降っていた状況だったということですので、では、早期に避難していた場合に、それによって事故が起きる可能性もあります。お年寄りが豪雨の中、車椅子で避難することによって肺炎を併発して亡くなるとか、そういったこともありますから、どのタイミングでどのように判断するのかという非常に大きな問題があって、夜間の夜勤者とか、昼間であっても少ない人数でそれを決断していくというのは大変な問題だと思います。 やはり、そういった意味を含めて、共通にあらかじめ考えておかなければいけないことなのかな、みんなで考えてみんなで責任をとっていく、個人攻撃をしないということでやっていかなければいけないのかなと思います。 最後に、清水参考人にちょっとお聞きしたいんです。 まさに、たしか楽ん楽んのところも、道路があったところはもともと川だったというようなことをお聞きいたしました。やはり自然の力というか、先ほど資料の方にもありましたけれども、川があったところをいろいろ人間の手でいじくっていくと大変なことになるのかなと思いますが、そういったこれからの土木等々の行政に関して御意見があればコメントをいただきたいと思います。
○清水参考人 確かに、人間が川を一部追いやって、もともと川だったところに住んでいるわけなんですけれども、そうはいっても、人間の方で引くわけにももういきませんので、人間が住んでいかなきゃならない、農業もしなきゃならないんです。ですから、やはりある程度というか堤防はちゃんとつくって、それも、今回、私、印象的だったのは、やはり堤防が余りにも弱いというか、侵食してくると、高さとか断面積があっても余りにも侵食によって破壊するのが弱いので、堤防も、土で盛るプラス何らかの措置を、強靱な堤防をつくっていかなきゃならないというふうに感じました。 それと、堤防は最後のとりでじゃないんですけれども、堤防があって絶対氾濫しないというんじゃなくて、堤防が決壊した後でも、では、どうやってそれに対応するかという備えをちゃんとしておくというのが非常に大事じゃないかというふうに感じました。 以上です。
○河野(正)委員 本当に貴重な御意見をどうもありがとうございました。 これで質問を終わりたいと思います。
○秋葉委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。 参考人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表しまして厚く御礼を申し上げ、これからの審議にしっかりと参考にさせていただきたいと思います。まことにありがとうございました。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時五十六分散会