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189回国会参議院2015/04/16

文教科学委員会 第5号

発言数
76
登壇者
10
会派数
6
開催日
2015/04/16

会議録

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  昨日までに、山下芳生君、礒崎哲史君及び衛藤晟一君が委員を辞任され、その補欠として田村智子さん、森本真治君及び堂故茂君が選任されました。     ─────────────

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。  教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、文部科学省初等中等教育局長小松親次郎君外二名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 おはようございます。民主党の那谷屋正義でございます。  今日は十分ほどいただきましたけれども、この間、予算委員会そして当委員会において、大変残念な質疑をうちの方からもやらなければならないという、そういう状況になったことに対して、大変私自身も残念であり、何年か前に星陵会館で教育二十三団体を前にして、学校の先生方は給料はもう全額国で払ってもいい、とにかく定数をしっかりと改善していくというふうな強い決意を申された下村大臣としっかりと教育論について議論をしていくということが私のある意味楽しみでもあったんです。何というんですかね、いろいろと同じようなところはあるというふうに思うし、また違うところは徹底的に議論をしていくという、このことが非常に私にとっても楽しみでありました。  しかし、この間のやり取りの中で非常にやはり残念だなというふうに思うのは、ちょっと整理をしなきゃいけないんですけれども、やはり政治資金規正法の趣旨というものがいろんな意味で今回衆参の予算委員会を通じて骨抜きになっているんじゃないかという、そういうふうなことの中で質疑をさせていただいております。またかというふうに思われるかもしれませんけれども、やはりこの問題はしっかりと議論をして説明責任を果たしていただくということが大事だというふうに思いますので、今日もそれについて質問をさせていただきたいというふうに思います。  この間の問題を幾つか整理させていただきたいと思いますけれども、その前に、政治資金規正法の趣旨というもの、これを大臣はどのように認識をされているか、お聞かせいただけたらと思います。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) おはようございます。  那谷屋委員とは、教育におけるよって立つところ、違うところはありますけれども、那谷屋委員は日教組の大幹部でもいらっしゃいましたし、しかし、一人一人の子供をいかに育みながらより良い教育環境をつくるかということについては、これはまさに一致しているのではないかと思います。  義務教育国庫負担の問題も、今までの経緯の中で三分の一になりましたが、私はこれは国が責任を持って行うべきことであるというふうに思っておりますし、そういう部分で今いろんな教育改革を通じて進めているところでもございますから、是非政策の部分で積極的な議論ができれば大変に有り難いというふうに思います。  政治資金規正法については、これは法律を作ることによって国民の皆さんが政治家に対して信頼を持ってもらうような、そういう資金管理におけるルールを作ったわけでございまして、私も国会議員でありますから、そのルールにのっとって、国民の皆さんに信頼を損ねないような、そういうことについては十二分に注意して今までもそれぞれ届出また報告をしているつもりでありますが、更に御疑問の点があれば、きちっと説明をすることによって理解を得るようにしてまいりたいと思います。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 今、趣旨については大臣が言われたとおりだというふうに思いますけれども、そのことについてやはり大変疑義があるということで、この間ずっといろいろと質問を同僚の議員からもさせていただいたところであります。  少し整理をしますと、言ってみればこの地方博友会がどういうものなのかということが一番問題なのではないかというふうに思っています。普通に見れば、我々から見れば、この間の資料、そこにある言葉、こういったものから見たら、もうどう見ても政治団体にしか見えないわけであります。だとすると、そこで収支報告がされていなければいけないわけでありますけれども、大臣いわく、これは任意団体であると、大臣の見解で言うと任意団体であると。そして、年に一回程度というふうに、こういうふうにいつも固執されますけれども、私は何回であろうとそれは余り関係ないんじゃないかなというふうに思うんですけれども。そして、しかしながら、収支報告書がされないけれども、収入と支出がしっかりある。例えば、講演会だとか催物、パーティー、こういったものの中でそういったものがあるということでございます。  そして、大臣言われるところの政治団体ではない、登録されていない、収支報告もないということなので、私はタッチしていないというのが大臣の答弁でありますから、果たしてこの今の何というのかな、ある種平行線的になりつつあるこのことが、政治資金規正法の趣旨と絡めて、このままで放っておいていいのかなという、そういう気持ちも私はすごくあるわけであります。その中で、やはりお金の流れというものをはっきりとしていかなければいけないというふうに思います。  先日、予算委員会の最後の方で、同僚の小川委員あるいは安井委員から質問がありました。いわゆる寄附のお願いをするための郵送代というものがここに来て出てまいりました。これは、言ってみれば、大臣いわく、その他の経常費の中で総括表の中では一括して掲載しているというふうに言われましたけれども、それでは、そのやはり領収書というのは私はあるんだろうと思うんですけれども、それについてはいかがでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) まず、地方の博友会については今おっしゃったような状況がありますが、これはいろんなことが国会の中で議論された、また一部週刊誌でも非常に誹謗中傷に近い誤解された記事が多々ありましたので、これについては、二月十三日、全国の方々が集まった中で、今後、東京の博友会は、これは届出団体ですけれども、そこに年に一回の会合についての収支報告を入れることによって東京の博友会の中に一緒に位置付けようということは幹部の中では決めていただきました。ただ、実際はそれぞれの地方の博友会でどうするかは持ち帰って決めていただくということでありますが、そういう方向にこれからなっていくのではないかというふうに思います。  それから、地方の博友会についての寄附のお願いについての郵送領収書、これは十一自民党選挙区支部としてお願いをしておりまして、ここは国会議員関係団体なので、記載義務は一万一円以上、それ以下のものはその他支出として一括して記載して届出をしております。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 しかし、今一万一円以上というふうに言われましたけれども、領収書の保管そのものは義務付けられているというふうに思います。そういう意味では、その領収書はちゃんと保管をされているということでよろしいでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 当然そうであります。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 それでは、これは大臣というよりも委員長にお願いしたいんですけれども、その領収書について、是非御提出をいただきたいというふうに思っておりますので、よろしくお願いしたいと思います。

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 理事会で協議をいたします。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 それと、その発送代だけでなくて、やはり様々なパーティーの問題だとか、様々なその収支の問題も含めて、二十六年度全体の収支報告というものもやはりお示しいただいた方が私はいいのではないかと、こういうふうに思っているわけでありますけれども、それについてどのようにお考えでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 二十六年度ですか。二十六年度は、今年の五月末までにこれは選管に届け出ることになっておりますので、まだ作成中でございます。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 でしたら、できましたら速やかに、まあ十一月に自然に公表されるということになっていますけれども、それではやはり、こういう問題は早く解決しておくべきだろうというふうに思いますので、是非、またこれも御提出いただきたいというふうに思いますけれども、委員長、よろしくお願いします。

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 後ほど理事会で協議をいたします。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 まあ、これまでのありようでいろいろな疑義が出てきているから、このままではやっぱり良くないというふうに理解をして、二月十三日にある程度の軌道修正を図ったという、そういう考え方でよろしいでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 軌道修正ということではなくて、元々は、今までも何回も申し上げていますが、年に一度行って、二、三十人ぐらいの地方の塾とか教育関係者の方々に対して私の教育とか政治について話をしてくれということで、していた経緯がございます。ただ、大臣になって、たくさんの方々がお集まりになるような会合になったという中で、今回のような問題が週刊誌等で指摘されたり書かれたり、国会で疑義があるというような御質問があったわけでありますから、全くありませんが、しかし、何か隠しているみたいに見られるのはこれは本意ではありませんから、その辺は整理する必要があるというふうに思っております。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 済みません、時間が来ましたので、何か中途半端ですけれども、今日はこれで終わりたいと思いますけれども、また引き続き、本当に真剣に教育論についていろいろとここで議論をしていくためにも、今後ともこの点についていろいろと質疑、質問、たださせていただきたいということを明言いたしまして、私の質問を終わります。

神本美恵子民主党・新緑風会

○神本美恵子君 おはようございます。民主党の神本美恵子でございます。  今、那谷屋議員が取り上げました問題について、私も前回の一般質疑の中で質疑させていただいたんですが、丸々その問題だけで終わってしまって、本当に教育問題についてやらなければいけない課題を私もいっぱい抱えておりまして、大臣にお聞きしたいことがありますので、今日はそれを中心にしたいと思いますが。  前回のときも、この政治資金の問題について、大臣は、今ある各博友会は任意団体であると、しかし様々な疑義が掛けられているので改善する形として下部組織にしたいというふうなことをおっしゃっておりますけれども、ということは、これまでの在り方にやっぱり問題があったと、疑義が持たれているという、その疑義がまだ晴れていない中で改善をしたいとおっしゃっているということは、私はやっぱりこれは御自身の中にも何かあるのではないかというふうなことを私が思っているということだけまず申し上げて、あと、今日は道徳の教科化について質問をしたいと思います。限られた時間ですので、今日全部やり切れるかどうか分かりませんが、やれるところまでお聞きをしたいと思います。  中教審が答申を出しまして、文科省としては、その答申を受けて、道徳を今の特設時間、道徳の時間から教科にする、特別の教科にするという方向で、今パブコメも終わって、学習指導要領も改訂をされて、この四月から先行実施も可というような状況になっていることは承知しておりますが、私は、この道徳を教科にするということについて、こんなに簡単にと言っては悪いですけれども、国会で十分な議論もなしに行われていくことについて大変な危惧を持っております。そういう問題意識から今日は質問させていただきたいと思います。  先月、三月十六日の参議院予算委員会で自民党の議員から、八紘一宇という言葉を使いながらこれを肯定的にする、そういう質疑がございました。  八紘というのは、四方、よもと四隅のことですけれども、転じてこれを天下、全世界と表して、宇というのは屋根のことであります。言葉そのとおり解釈すればそういうことであります。つまり、世界を一つの家とするという考え方です。  太平洋戦争期に、この言葉は日本の海外侵略、進出を正当化する標語として用いられたことは皆さんも御承知のことだと思います。ですから、この言葉は戦後はほとんど使われておりませんし、政治家の認識もそのように持っているものと承知しています。  一九八三年、昭和五十八年ですけれども、一月の衆議院本会議で、当時の中曽根康弘総理大臣は本会議の中で、「戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持った、日本だけが例外の国になり得ると思った、それが失敗のもとであった。」というふうに述べられています。  さきの参議院のあの発言に対して、八紘一宇本来の言葉の意味は違うんだというようなコメントが、ネット上でも擁護するようなコメントが見られますけれども、言葉、特に政治家が使う政治的な言語というのは、それが語られた歴史的な文脈の中で理解すべきであって、本来の言葉の意味はこうだああだというようなことは通用しないと私は思います。  そこで大臣にお聞きしますけれども、中曽根元総理の認識、こういった八紘一宇に対する認識ですけれども、それと下村大臣の認識は同じでしょうか、それとも違うでしょうか。もし違っているならどの点が違うのか、お聞かせいただきたいと思います。  そしてまた、政治的な言語、標語などは、それが用いられた歴史的な文脈の中で判断されるべきではないかという点についても御見解をお示しいただきたいと思います。  あわせて、そう言うのも、道徳のことを聞きたいのに何で八紘一宇なんだと思われるかもしれませんけれども、道徳もまた同じでありまして、それが用いられ人々の規範となった時代や歴史の文脈を抜きにしては考えられないというふうに私は思っているからであります。  大臣は先日、那谷屋議員から、教科化することが現場からの要請なのかと問われたのに対して、こうお答えになっています。歴史的経緯に影響され、いまだに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があるなどの課題が文科省に設置された道徳教育の充実に関する懇談会や中教審によって指摘されているということを紹介されておりましたけれども、では大臣御自身は、道徳教育が戦前そして戦後たどってきた歴史的経緯をどのように認識され、今回なぜ教科化するという判断をされたのか、お答えいただきたいと思います。三つほどお伺いしておりますが。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) まず、八紘一宇でありますが、これは自民党の三原じゅん子議員が三月十六日の参議院の予算委員会で発言されたことであります。私も、それは同席しておりましたから聞いておりました。  元々、三原委員がおっしゃっていたのは、八紘一宇というのは、初代神武天皇が即位の折に、天の下覆いて家となさむとおっしゃったことに由来している言葉であるということで言われている中で、この八紘一宇というのは、世界が一家族のようにむつみ合うこと、一宇、すなわち一家の秩序は一番強い家長が弱い家族を搾取するのではない、一番強い者が弱い者のために働いてやる制度が家であると、それが本来の初代神武天皇の即位のときの趣旨であると。それはそうであろうというふうに思います。  中曽根元総理がどんな発言をこのことについてされているのかということは、全てにおいて承知しているわけではありませんが、中曽根総理のときの御発言の中で、戦前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持った、日本だけが例外の国になり得ると思った、それが失敗のもとであったというような御発言とか、それから、私は、中曽根総理、当時ですね、八紘一宇という言葉には戦前の限定された意味が非常に強くありまして、私自身はそういうものは取りませんと発言されていますが。  元々も、確かに神武天皇の頃の、これは八紘一宇という言葉ではなかったと思いますが、趣旨はそういう趣旨で、それ自体はすばらしいお考えだというふうに思います。  ただ、歴史的な経緯を見ますと、この八紘一宇というのは、これは昭和十三年の「建國」という書物の中で初めて出てきた言葉だというふうに承知しておりますので、やはり八紘一宇という言葉自体の四字熟語が、中曽根当時総理が言われたように世界では取られているし、また我が国でもそういうふうに取られているという部分がありますので、私は、今この時代にもう一度、八紘一宇という言葉を使って、趣旨はともかくとして、しかし定義としては戦前のある意味では軍国主義の象徴のような言葉としてやっぱりイメージされていますから、これは、私自身、使うこととしては適切でないというふうに考えております。

神本美恵子民主党・新緑風会

○神本美恵子君 それともう一つ、道徳教育が戦前戦後たどってきた歴史的経緯をどのように認識されているかということもお聞きしたんですが、併せてお願いします。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) まずは歴史的な経緯ということで申し上げたいというふうに思いますけれども、これは、道徳の教科化が実現してこなかった過去の議論ということでありますが、平成二十年の学習指導要領の全面改訂の際に道徳の教科化についても検討をされましたが、このときの結論としては、指導内容をより体系的なものに見直すことや道徳教育推進教師を配置することなどによりまして指導の充実を図ることとして、教科化は見送った経緯があります。  しかしながら、平成二十五年二月の教育再生実行会議第一次提言におきまして道徳の時間の新たな枠組みによる教科化が提言されたことを受けて文部科学省に設置されました道徳教育の充実に関する懇談会や中央教育審議会においては、歴史的経緯に影響され、いまだに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があると。  この歴史的経緯というのは、これは戦前の修身、この修身の徳目についても、基本的には今の時代に合うものがほとんどだと思いますが、しかし、全てではなくて一部、これは戦前の徳目であるけれども今の徳目に合わないという部分があります。これは基本的に教育勅語から来ていると思いますが、そういう中で、その教育勅語そのものが戦前の軍国主義を更に加速させるための思想的なバックボーンになったのではないかというようなことがあることによって戦後それも教えられなくなったと、そういうふうな歴史的な経緯、影響があるというふうに思います。  それから、教師の指導力が不十分である、また他教科に比べて軽んじられている、あるいは読み物の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導が行われる例があるなどの課題が今現在も存在することが指摘をされました。  また、平成二十四年度に実施した道徳教育実施状況調査の結果では、道徳教育実施上の課題について、各学校も、指導の効果を把握することが困難である、あるいは効果的な指導方法が分からない、また適切な教材の入手が難しいと考えている実態も明らかになりました。  中教審においては、これらの現状を変えるために、道徳の時間を従来の教科とは異なる特別の教科として新たに位置付けるとともに、道徳科を要として効果的な指導をより確実に展開するため検定教科書を導入することが必要と提言をいたしました。  文科省としては、これらの指摘を踏まえ、道徳の時間を教育課程上の特別の教科に位置付けるというふうにしたものでもございます。

神本美恵子民主党・新緑風会

○神本美恵子君 大臣自身、戦前の修身というこの道徳教育の教科については、軍国主義的な考え方を植え付ける上で問題であったというような、その徳目の中も、今通じるところもあるけれどもそういう問題はあったという御認識は示されたんですけれども、その後、戦後またたどってきた歴史的経緯というのもまたあると思うんですね。  その歴史的経緯をどのように認識されて今回教科にするというふうに判断されたのかということについては、ちょっと今お答えは明確になかったんですけれども、昨年十月にまとめられた中教審の答申では、教科化が必要な理由について、道徳の時間は各教科等に比べて軽視されがち、道徳の要として有効に機能していないことも多く、このことが道徳教育全体の停滞につながっているということを挙げておりますけれども、道徳の時間として充実を図るのではなくて、なぜ教科という形を取らなくてはならないのかということが私には分からないんですね。  もう一度お聞きしますけれども、道徳を教科にしなければならない解決されない課題とは何なのかということをお答えいただきたいと思います。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 道徳教育は、人が人として生きるために必要な規範意識や社会性、思いやりの心など豊かな人間性を育み、一人一人が自分に自信を持って、また社会の責任ある構成者として幸福に生きる基盤をつくる上で不可欠なものであるというふうに考えます。  戦後の我が国における道徳教育は、学校教育の全体を通じて行うという方針の下に進められてきたという経緯があったと思います。特に、昭和三十三年の改訂で初めて告示として制定された学習指導要領におきまして、教科とは別に、小中学校に各学年週一時間の道徳の時間が設置されて以降、この道徳の時間が学校教育全体で行う道徳教育の要として位置付けられてきたという経緯がございます。  そして、先ほどもちょっと申し上げましたが、平成二十年の学習指導要領の全面改訂の際には、教育再生実行会議、これは当時は教育再生会議ですね、教育再生会議などにおける議論も踏まえて道徳の教科化についても検討をされましたが、結論としては、指導内容をより体系的なものに見直すことや道徳教育推進教師を配置することなどによりまして指導の充実を図ることとして、道徳の教科化というのは見送ったという経緯がありました。  しかしながら、我が国の道徳教育を全体として捉えると、歴史的な経緯に影響され、いまだに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があることや、読み物から一定の価値観を読み取るべきとする一方、形式的な指導も見られることなど各教科等に比べて軽視しがちであることなど、多くの課題が指摘されております。  また、いじめの問題などに起因して、子供の心身の発達に重大な支障を生じる事案や、尊い命が絶たれるといった痛ましい事案まで生じておりまして、いじめを早い段階で発見し、その芽を摘み取り、全ての子供を救うことが喫緊の課題ともなっております。  こうした状況の下で、教育再生実行会議の第一次提言、道徳教育の充実に関する懇談会報告や中央教育審議会答申を踏まえて、今回、道徳の時間を従来の教科とは異なる特別の教科として新たに位置付けたものであります。このことによりまして、その目標や内容等を見直すとともに、検定教科書も導入し、また見方や立場によって答えは一つでない課題、道徳は特にこれだけが正義でこれだけが正しいとは言えない部分があると思います。自分の問題として考え、捉え、そして真剣に議論するための道徳、アクティブラーニング等もここに入れる必要があるのではないかと思います。そういうふうに質的に転換をし、学校の道徳教育全体の真の要として機能する、そのことが可能になるのではないかと考えております。

神本美恵子民主党・新緑風会

○神本美恵子君 私がお聞きしたかったのは、道徳を教科にしなければ解決できない課題というのは何なのかということをお聞きしたかったんですが、戦後の道徳がどのように扱われてきたのかということの御説明が今あったんですけれども、中教審が言っている、さっき私申し上げました、ほかの教科に比べて軽視されがちであるとか、道徳教育全体が停滞しているというようなことを挙げて、だからこれを教科にしようというように受け取れるんですけれども。  それだけでは全く、私も現場感覚でいえば、各教科に比べて道徳の時間が軽視されているというよりも、各教科の中でも受験科目以外の芸術とか体育とかそういうものは本当に軽視されているんですね、もう実態的に。道徳の時間だけではありません。受験科目に振り替えたりというような、現場ではそういう現実対応といいますか、ことが行われているその中の一つとして、確かに道徳の時間がほかの受験科目に変えられたりという実態はあるかもしれませんけれども。  むしろ、今の道徳の時間の扱いというのは、学校教育全体で行う道徳教育の要としてそこに一時間あるのであって、あとはもう日常的に、本当に道徳教育上の課題というのは、私も経験がありますけれども、朝学校に来て子供同士トラブっている、それを解決しないと一時間目の授業に入れないというようなことが現実的に、道徳の時間一時間ではとても解決できない問題が山ほどあって、例えば一時間目の国語の時間に朝の会が食い込んで、トラブルを収めて解決を何とかして気持ちを授業に向かせて、そうすると国語の時間が減っているわけですよね。その分をどこかで取り返さなければいけないというような、まあ学校は小学校も中学校も学級担任がそういう工夫をしながら、道徳教育といいますか、学級集団づくりといいますか、特別活動といいますか、そういうことを柔軟にやっているので、決して道徳の時間を使っているから使っていないからとか、副読本を使っている使っていないとかいうことでは測れない。  そういう現状があることを考えれば、これを教科にしたからといって、そして検定教科書を配って、そして一定の評価をしたからといって、道徳教育が充実したものになるとはとても思えないので、教科にしなければならない解決されない課題とは何かということをお聞きしたかったんですけれども、逆に、これを教科にするということは、以前、那谷屋議員が質問したように、学校現場からの要求、要請ではなくて、別なところにこの教科にするという、何かあるのではないかというふうに私は危惧を持たざるを得ないわけです。  そこで、道徳教育の歴史というものを振り返ってみたいと思います。  私は、国会図書館などにもお手伝いいただいて、戦前からの道徳教育の始まりからずっと、どのように議論されて今日に至ってきたのかということを私なりに勉強させていただきました。そうすると、やはりこれを教科にして、検定教科書、まあ戦前は国定教科書ですけれども、それを作って、そして評価をするということは、大変別な意味で危惧がある、危険性があるということを歴史を学べば学ぶほど思うわけです。  それで、限られた時間ですけれども、先ほど大臣もちょっとおっしゃいましたが、戦前は修身として登場したこの教科は、改正教育令で最も重要な首位教科と位置付けられて、国語、算数、体操みたいなのの三科目ぐらいしかない中の一番上に修身というのがあって、首位教科なんですね。重視されて、先ほどおっしゃったように、明治天皇の名で出された教育勅語をその修身の時間に暗記をさせて仁義忠孝の心を植え付ける。そのためには、これは改正教育令で書かれているんだと思いますが、「幼少ノ始ニ其脳髄ニ感覚セシメテ培養スル」、つまり幼少時から洗脳することが必要だとされてこの修身が位置付けられ、そしてそれが、国に殉ずる、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」というその教育勅語の文言で分かりますように、殉国思想や皇国史観が子供たちに幼少の頃から植え付けられていったという、これは紛れもない我が国の道徳教育の始まりの歴史であるわけですね。  首位教科、筆頭教科として位置付けられてそういうことが行われてきた、そのことは何もそうやったからそのとおりになったということはないかもしれないとおっしゃるかもしれませんけれども、当時、国民学校の教員であった作家の三浦綾子さんは、実際に自分が少年航空兵募集のポスターを指しながら、まだ小学校三年生の子供たちに、大きくなったらあなた方もお国のために死ぬのよと語ったという。これは私も、戦前母親が教員をしておりましたので、母親にそんなことを問い詰めたこともあります。子供にそんなことを教えてきたのというように問い詰めたことがあるんですけれども、そういう事実や、また、修身教科書の内容を徹底する上で成績評価や入学考査が重要な役割を果たしてきていたことは、国民学校の当時、子供だった作家の山中恒さんはこう証言しております。上級学校に進学を希望する場合、何が何でもいい内申書を書いてもらうために先生に気に入られるように振る舞ったと。  このことは、戦前だからということではなくて、今でも、検定教科書が配られてそれに基づいて教科として評価をされるということになれば、こういう懸念が、これからはそんなことはないとは言い切れないというふうに思うんですね。そういう危惧を非常に強く抱くわけですけれども。  私は、その後、もう少し紹介したいと思うんですけれども、一九四五年、敗戦を迎えて、占領軍が修身教育はこれは廃止をしました。当時、文部省は、高等学校用教科書、文部省が教科書を出していたらしいんですけれども、「民主主義」という教科書の中で、民主社会では、政府が教育機関を通じて国民の道徳思想をまで一つの型にはめようとするのは最もよくないことであると述べて、修身のような教科を設けずに学校教育全体を通じて行うことにしているんですね。  それからずっと、先ほど大臣が紹介されたように、教育課程審議会や中教審や教育改革国民会議などで何度も教科にすべきというような意見も出たようでありますけれども、それはよくないということでずっと来ていたわけです。  なぜよくないかというと、道徳教育を主体とする教科あるいは科目は、ややもすれば過去の修身科に類似したものになりがちであるのみならず、過去の教育の弊に陥る糸口ともなるおそれがあるというような、文部省、その後の文科省、一貫してそういうスタンスでずっと来ていたわけですけれども、これらの考え方というのは、私は今日でも全く当てはまる、こういう懸念という、危惧というものは当てはまると思うんですけれども、今回、こうした過去の議論が根底から覆されて、教科にする、明確な教科にしなければならない、道徳教育が充実できないということはお答えがなかったんですけれども、その覆された理由は何なのかということをもう一度お伺いしたいと思います。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) まず、神本委員は現場で教師をされておられた、その体験からのお話でもありますから、大変に重いものがあるというふうに思います。  おっしゃるとおり、学校教育全体がある意味では子供たちにとって道徳的な環境であるというのはもうそのとおりでありまして、道徳を特別の教科化にすれば、そこだけに特化すればいいという話では全くないというふうに思います。  ただ、一般的にも、やっぱり教育というのは、知育、徳育、体育の三つをバランスよくきちっと教えるべきだと。徳育に対する社会からの、子供たちに対する、学校現場に対する期待というのは大変大きなものがありまして、どんな世論調査でも、道徳についてもっと力を入れるべきだと、あるいは、道徳を特別の教科とすべきだということについては、六割から高いところでは八五%ぐらいのそういう賛成があるということでありまして、なぜそれはそうなのかということを考えると、本来は家庭で徳育の部分についてはきちっとやるべきところが、家庭力が弱くなってきている部分があるし、また地域力も弱くなっている部分があるので、家庭教育、地域教育、学校教育ということであれば、学校教育に対して更に期待をしたいと、そういう表れが道徳をもっと教えてほしいという、そういう世論調査の結果にも出ているのではないかというふうに思います。  ただ、今回、なぜ教科にするということについては、戦前のような修身教育を復活しようということではないということが基本的にあります。これは、今回の道徳の特別の教科化は、昨年十月の中央教育審議会答申、「道徳に係る教育課程の改善等について」を踏まえて行うものでありますが、この答申におきまして、評価という先ほどのお話がありましたが、評価に関しては、児童生徒が自らの成長を実感し、学習意欲を高め、道徳性の向上につなげていくことや、評価を踏まえ、教員が道徳教育に関する目標や計画、指導方法の改善、充実に取り組むことが期待されることなど、一人一人の良さを伸ばし、成長を促すための適切な評価を行うことが必要と提言されていると。これは今までなかったことだと思います。  つまり、先ほどの危惧の中でもお話がありましたが、道徳を他の教科と同じように一、二、三、四、五の例えば通知表で付けるということはやっぱりなじまないということの中で、教科化にすることについては慎重な意見があったわけでありますが、そもそもそういう評価そのものをやめようということからこの中教審の答申もスタートしております。  そして同時に、道徳性は極めて多様な児童生徒の人格全体に関わるものであるから、個人内の成長過程を重視すべきであって、特別の教科道徳について指導要録等に示す評価として数値などによる評価は導入すべきでない、こういう提言がされているというのは今申し上げたとおりであります。  そのために、文科省としては、子供たちがいかに成長したかを積極的に受け止め励ます評価の確立のために、平成二十七年度に評価や道徳教育、発達障害等の専門家による会議を設け、道徳科の評価に関する専門的な検討を行う上で、教師用指導資料の作成や指導要録の改訂を行うこととしております。つまり、他者との比較ではなくて、一人一人の子供がトータル的にどのように伸びているかどうかということについて記述式で教師が書くというような、他者との比較検討ではない。  ですから、さらに、この道徳の時間も、教師が教科書にのっとって一方的に講義をする、説明をするということでなく、まあ、これは道徳だけでなく、これからの我が国において、教育全体、他教科にも必要な部分として、例えばアクティブラーニングというのがあると思います。受け身だけの教育ではなくて、子供たちが自ら積極的な主体性を育むような、あるいはコミュニケーション能力を育むような、そういう意味で、道徳というのは、正義は一つだけではないと、いろんな角度から見たときにいろんな考え方があるという典型的な、それを指導できる科目にもなるのではないかというふうに思いますし、そういうような形で、子供たちの広い意味での徳育、それは、一方的に教師が何か価値観を教科書によって与えるとかいうことではない、そういう新しい道徳ということをこれから是非考えていく必要があるというふうに思います。

神本美恵子民主党・新緑風会

○神本美恵子君 いろいろおっしゃいましたけれども、道徳性の向上の状況を記述式で評価をする。評価ですよね、これはね。航空兵のポスター見ながら、あなたたちも立派な大人になってお国のために死ぬのよというようなことは言わないまでも、教師が何らかの形で記述であれ評価をしていくということは、その方向性がそこで方向付けられるといいますか、私はこの評価というのは本当に問題だと思います。この道徳の評価じゃなくても、内申書、特別活動の記述式の評価などにおいても、もう内申書に影響するといって、やりたくもないボランティアをやるとか、高校生がやっているふりをするとか、中学生ですか、そういう話も過去に何度もあったわけですね。  ただ、これを普通の教科、科目であったら検定教科書を使って評価をするというような、一応そういうふうな考え方があるんですけれども、特別な教科であればこれは評価を要件としないということも可能じゃないですか。そんなことはできないんですか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 基本的にどのように評価することかと、評価すべきかということの今検討でありますが、まず一つは、数値による評価ではなく、先ほど申し上げました記述式の評価がいいだろうと。また、ほかの児童生徒との比較による相対評価ではなくて、児童生徒がいかに成長したかを積極的に受け止め励ます個人内評価として行うことが望ましいのではないか。また、他の児童生徒と比較して優劣を決めるような評価はなじまないということに対してきちっと留意する必要があるということ。それから、個々の内容項目、このことについてはきちっとやれているとかやれていないとか、そういう生徒に対する評価ではなくて、全体的な大ぐくりなまとまりを踏まえて評価を行うべきではないか。それから、発達障害等の児童生徒についての配慮すべき観点等を学校や教員間で共有をすることであると。それから、あとは現在の指導要録の書式における総合的な学習の時間の記録とか、それから特別活動の記録、また行動の記録及び総合所見及び指導上参考となる諸事項、こういうふうな既存の欄も含めて、その在り方を総合的に見直す必要があるのではないかということが、今基本的な方向性を前提に専門的な検討を行っていきたいと思います。  ですから、御指摘のような、何か教師にとって、あるいは教師に対して、いわゆるいい子のような態度を取ることが、それがその評価につながるというようなことでない道徳の特別の教科の評価、検討をしていきたいと考えております。

神本美恵子民主党・新緑風会

○神本美恵子君 それが不可能だと言っているんです。これも現場経験からですけれども、むしろ国語、算数、理科、社会のように、何らかの知識のテストをしたりして、そしてここまでは到達したからといって数値で評価をするというのは、これはもうはっきりとした根拠が子供にも分かるし、保護者にも分かるからいいんですけれども、文章表現でやる評価というのは、本当に教師自身の受け止め方とかになるわけですから、さっき山中恒さんのことを紹介しましたけれども、この成績、修身の評価によって自分の上級への進学に影響するから教師の気に入るような人間になろうと、そういう振る舞いをしようというようなことに、これはもう確実になる。そういう弊害があるということで、そういう弊害が単なる教師の気に入るようになろうというだけではなくて、教師がどういう人間を育成しようとするかによって一つの方向に行くということを私は戦前の歴史から学ぶべきだという意味で、評価はすべきでないというふうに思います。  なぜ、なぜ教科にしなければいけないのか、なぜ教科にしたいのかということについて、やはり私はどうしても危惧が拭えない。それは、敗戦後、修身が占領軍によって廃止された。その後、日本が主権を回復した後も、教科にしようというような動きがあったりしたけれども、それでも文部省は教科にしない、評価をしない、検定教科書を使わないということでずっと来たのに、なぜ今こういうことをやろうとしているのかということについて、私は、安倍内閣の戦後レジームからの脱却、第一次安倍政権のときにおっしゃっていましたし、今第二次政権になってから、その間も学習指導要領の中に愛国心というような言葉が出てくるようになった。前から出てきていますけれども、それを低学年からやるという、愛国心を強調しようとしているというようなそういう動きを考えますと、教科にして評価をする、検定教科書については今日はちょっと触れる時間がありませんでしたけれども、評価をするということは、これはやっぱりやってはいけないことだというふうに思いますけれども。  これからどういう評価をしていくかということは検討されるとおっしゃっていますけれども、もう一度聞きますが、その検討の中で評価をしないということも可能性としてあるのかどうか、お伺いしたいと思います。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) まず、今、神本委員がおっしゃったような、まあこれは危惧というふうに申し上げたいと思いますが、それは当てはまらない。そういう教育を、つまり何か全体主義的な、国民主義的な教育を復活させようとか、そういう思いは毛頭ないということを申し上げたいと思います。  先ほど内申書のお話をされましたが、私の方も内申書、いわゆる指導要録のことを申し上げましたけれども、そこの内申書へどう記述するかどうかということがその具体的な評価につながっていくのではないかと、そういう危惧だと思いますが、これは、内申書、指導要録について、先ほど申し上げましたように、総合的な学習の時間の記録とか特別活動の記録とか行動の記録とか総合所見及び指導上参考となる諸事項、これは全部記述式で書くことになっておりますが、そこに新たに道徳の、特別な教科化になったらどう記述をするのかということがやっぱり出てくるというふうに思いますので、既存のそういうふうないろんな欄も含めてトータル的にその在り方を総合的に見直すことにしておりますので、道徳だけの記述を書き込むかどうかということについては、今のような御指摘も踏まえながら専門家の方々に検討をしてもらいたいと思います。  少なくとも、先ほど申し上げましたように、これから目指す特別の教科道徳というのは、一方的に例えば教科書とかあるいは教師が一つの価値観を子供たちに教えるということではなくて、アクティブラーニング、子供たちが議論をしながら、一方で、やはり人が人として生きるということはどういうことなのか、幸せというのはどういうことなのかという基本的なそういうことを子供たちにきちっと考えさせる、議論をさせると、また、その中で必要な教材に教科書を使ってそれを考えさせるということはやっぱり大切なことなんではないでしょうか。数学も英語も国語も大切でありますけど、同時に、人が人として生きるという基本的なそういう意味での徳育、これは偏向教育とか特別な価値観を与えるということではなくて、主体的に子供たちに自ら考えさせると、そういう時間を持たせるということについては大切にすべきだと思います。

神本美恵子民主党・新緑風会

○神本美恵子君 時間が来ましたので、あと教科書の問題などについては、また後日質疑させていただきたいと思います。終わります。

新妻秀規公明党

○新妻秀規君 おはようございます。  まず、国立天文台が参画をする二つの国際プロジェクトについてお尋ねをしたいと思います。  今配付している資料の一を御覧ください。  国立天文台は宇宙の謎に迫る二つの国際プロジェクトに参画をしています。一つが大型電波望遠鏡ALMA、そしてもう一つが超大型、光と赤外線で見る望遠鏡TMTです。  まず、ALMA望遠鏡から見ていきましょう。先ほどの資料一なんですけれども、この資料というのは写真、何かちっちゃい円盤がたくさん、白いやつがありますね、これがアンテナです。このALMA望遠鏡は標高五千メートルの南アメリカのチリのアタカマ高地にあります。これまでの望遠鏡とはもう桁違いの性能を誇る電波を使って見る望遠鏡で、宇宙、銀河、惑星がどのように生まれたのかを探ります。世界に二つとはない、そういう望遠鏡です。  資料二を御覧ください。この真ん中の写真がALMA望遠鏡で捉えた惑星の誕生の現場の様子なんです。左がハッブル宇宙望遠鏡の写真、右側がCARMAという従来型の電波望遠鏡の写真。違いは本当に一目瞭然だと思います。中心部が太陽系でいうと太陽なんです。その周りに円盤状に暗い溝ができていますね、これが星間ガスが惑星に取られて暗くなっていると。なので、これは惑星ができている証拠だという写真なわけなんです。この写真はALMAが世界で初めて撮影に成功をしました。  また、次のページ、資料三をおめくりください。これは惑星が生まれている現場で、糖類の分子を発見したときの写真なんです。これも世界で初めての発見です。ALMA望遠鏡は光を詳しく分析する能力があります。なので、こういう成果が上がりました。生命に密接に関連する分子が惑星がつくられている領域でできていることが分かったんです。なので、これは地球生命の起源は宇宙から来たのかという疑問に迫る重要な研究成果です。  じゃ、このプロジェクト、どういうふうに進められているかというと、資料の四を御覧ください。このプロジェクトは、日本とアメリカ、ヨーロッパの三者と用地を提供するチリの四者の国際協力体制の下に推進をされています。日本は、この緑の帯のところにあるように、二五%の予算分担をすることになっています。  一枚おめくりいただいて、この資料の五が、じゃ日本はどんな仕事をするんですかというこの三者間、日本、アメリカ、ヨーロッパの間の合意事項です。A、B、C、D、各項目あるんですけれども、A、まず観測所の運用経費、B、日本製造担当装置の保守経費、C、各地域センターの運用経費、D、将来開発経費、この四分野について日本は予算を分担することになっています。  でも、この下のグラフに示すように、平成二十七年度では前の年と比べて大幅に予算が削られてしまいました。総額で言うと、二〇一四年、このグラフの左側では総額は三十億円、二〇一五年度が二十・九億円と九億円以上減額をされてしまいました。  この予算の減額によって、このBに示した日本の製造担当分の保守作業の一部であるアンテナ等の保守、そしてDの将来開発の全ての作業をせずにしのぐというふうに聞いております。最悪の場合、日本のアンテナだけが稼働しないという可能性があります。また、充実した保守ができないために今後の影響も懸念をされます。また、一年間飛んでしまうので、国内の実際に保守、開発を扱うメーカーのそうした保守・開発体制が解体をされてしまって技術が途絶えてしまうということもあり得ると思います。こうした事態が発生をしてしまえば、科学分野での国際貢献における我が国の評価は確実に下がると思います。これは天文分野のみならず全ての科学の分野に及ぶ可能性があると思います。  それでは、もう一つのプロジェクト、TMTについて見てみようと思います。一枚おめくりいただいて、資料の六を御覧ください。  この資料六の右上がTMTの完成予想のCGです。TMTの望遠鏡はALMAと違って光と赤外線を使って見る望遠鏡で、この鏡の口径が三十メートルあるのでTMT、サーティーメーターテレスコープの頭文字を取ってTMTと呼んでいまして、今ハワイ島に建設を予定をしております。  一枚めくっていただいて、この資料の七がどんなような絵が見えるのかなという予想図なんですけれども、この右下ですね。これまで世界をリードしてきたハッブル望遠鏡が上の写真ですね、よりもはるかに鮮明に見える。また、世界を引っ張ってきた日本の望遠鏡すばるよりも解像度が四倍とか、感度も四倍から十四倍という、はるかにすばらしい望遠鏡になることが期待をされています。  じゃ、どのような国際分業体制かというと、資料の八のように、日本はこの円グラフの右上の赤いところにあるように、総費用の四分の一を分担することになっています。  じゃ、細かくはどんなことをやるのかと申しますと、もう一枚めくって資料の九になります。これ、望遠鏡の本体構造なんですけれども、この絵のうち、副鏡とか観測装置とか第三鏡とか書いてある以外のところ全て、これ日本がやるんですよね。望遠鏡の目そのものの鏡も作ります。  じゃ、その鏡はどういうふうになっているかというと、この鏡は、この資料九の水色の部分なんですけれども、これは次のページ、資料の十。これが、三十メートル、この細かいガラスを組み合わせて作るんですけど、これ日本じゃなくちゃ作れないんです。神奈川県の工場で作っているんですけれども、温度が高くなっても下がっても、もう膨らみもしないし縮みもしないという特殊な技術を使って作っています。  こういうすごい望遠鏡を今作ろうとしているんですけれども、資料の十一、もう一枚おめくりいただきまして、じゃ予算はどうなんだと。左が今年度の要求に対して、実際付く予定の予算が右の方ですね。この望遠鏡の新規製造というところでがくんともう削られてしまっているわけなんです。総額でも五十六・一億円要求したのに対し二十九・九億円ということで、もう半分ちょいという予算の付き方になってしまいました。  これによってどうなるかというと、今年度、平成二十七年度予定をしていた望遠鏡の本体構造の製造開始を来年度以降に延期せざるを得なくなってしまいました。また、全体工程の遅れとコスト増のおそれについては、今プロジェクトの他国と協議中です。国際共同事業における日本への信頼が崩れつつあります。非常に残念なことだと思います。  ALMA望遠鏡とTMT望遠鏡はそれぞれ役割が異なりまして、補い合う関係にあります。この二つのプロジェクトが進みますと、資料の十二に示しますように、第二の地球があるのか、また生命の手掛かりはどこにあるのか、こういう謎に迫ることができるんですね。  次のページ、資料の十三、これは宇宙がどのように進化してきたのかという、そういう歴史。今、宇宙ができて百三十五億年になりますが、それをどんどん遡っています。すばるというすばらしい望遠鏡が十億年ちょっと前まで遡りました。でも、ALMAとTMTで五億年ちょっと前まで遡れるという、宇宙の誕生の起源に迫る、こうした成果が人類の世界観とか宇宙観に大きな影響を与えると思います。  四月七日の本委員会で、大臣は、オランダの大学では今でもラテン語が教えられていると、こういうことを通しまして、西洋の社会では目先の実用性にかかわらず知の基盤を大切にする文化があるんだということを紹介してくださいました。国立天文台が今取り組むこの二つの国際プロジェクト、これは確かに目先の実用性は余りないかもしれません。ただ、人類の宇宙観また生命観に関わる根源的な取組だと思います。こうした科学を大切にすることができるかどうか、ここに国の文化の高さ、また矜持が問われていると思います。  是非、来年度、平成二十八年度はこの両プロジェクトを推進していただけるよう前向きに検討していただきたいと思うんですけれども、大臣の御所見をお願いします。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 改めてこの資料で学ばさせていただきまして、ありがとうございます。  御指摘の大型電波望遠鏡ALMAは、日本、米国、欧州の三者の国際協力によりチリに建設され、また、三十メートル光学赤外線望遠鏡TMTは、日本を含む五か国の国際協力により、御指摘のように現在ハワイ島に建設中の国際プロジェクトであるわけであります。  天文学分野における大型の研究計画であるこの二つのプロジェクトは、国際協力体制の下で、我が国も国立天文台を中核として多くの研究者が参画するなど重要な役割を果たしているというふうに思います。学術研究の大型プロジェクトについては、多額の投資を要するものでありますので、研究者のコミュニティーによる優先度の評価も参考にしつつ、各プロジェクトの進捗状況に応じて必要な支援を行っているところでございます。  資料でもありましたが、文科省ではそれなりの概算要求をしているわけでありますが、財務当局によって厳しく査定されてしまっているという部分もございます。国立天文台のこの二つのプロジェクトについては、学術研究の大型プロジェクト全体の中で予算措置をしているところでありますが、御指摘がございましたが、今後とも国際協力の下で円滑に推進できるようしっかり努めてまいりたいと思います。

新妻秀規公明党

○新妻秀規君 財務省との闘いも含め、是非とも前向きに取組をお願いをいたします。  それでは次に、在外教育施設への派遣教員の課題についてお尋ねをしたいと思います。もう一つの資料を御覧になりながらお聞きいただければと思います。  昨年四月の本委員会で質問をさせていただいた海外子女教育の環境整備については、この資料にありますように、派遣教員数は、長く続いた減少傾向から、今年度は昨年度比で十四名の増加と転じました。大臣の力強いリーダーシップに心より感謝をいたします。  その一方で、まだ課題も残されていると思います。この増員の十四名のうち八名は、新しくできましたカンボジアのプノンペン日本人学校の教員であり、既存の在外教育施設への増分は六名と伺っております。  また、近年は特別支援が必要な生徒も増えていると伺っております。特別支援が必要な生徒数はまずどれほど増えたのでしょうか、御答弁をお願いします。

小松親次郎文部科学省初等中等教育局長

○政府参考人(小松親次郎君) お答え申し上げます。  日本人学校等に在籍する児童生徒数が平成二十六年四月現在で約二万一千人でございます。このうち、特別な支援が必要な児童生徒数、お子さん方の数は五百三人となっております。なお、二年前の平成二十四年四月現在では三百五十三人でございまして、これと比べますと百五十人、約三〇%の大幅な増加となっております。それから、調査方法が異なりますために単純な比較はできませんけれども、例えば平成十八年四月現在は百六人であったということでございまして、近年増加傾向にあると考えます。

新妻秀規公明党

○新妻秀規君 かなり本当にいらっしゃるということが分かりました。やはり、きちんとした対応が必要なんじゃないかなというふうに思います。  こうした特別支援の生徒さんへの対応も含めて、グローバル人材育成のために派遣教員数を増やすことを前向きに検討していただきたいのですが、大臣の御所見をお願いをいたします。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 御指摘のように、海外における子供たちの在籍、日本人学校、補習校ですね、大変最近増えているわけであります。社会経済のグローバル化の進展に伴って、これから多くの企業が海外へ進出、更にしていくのではないかと思います。こういう中で、海外にいる子供たち、我が国の主権が及ばないところに在住はしておりますけれども、少なくとも義務教育段階においては国内における教育に近い環境が整備されるよう、国としても最大限の援助を行うことが必要であると考えます。  そのため、文科省では、外務省と連携して、日本人学校と補習授業校に対して教員を派遣するなどの支援を行っているところであります。文科省から日本人学校等に派遣している教員は、厳しい財政状況の中、近年は減少傾向に陥っていたわけでありますが、御指摘のように、この二十七年度においては九年ぶりに派遣教員定数を十四名増加し、新設されたカンボジア・プノンペン日本人学校に八名、それから特別支援対応として六校に計六人配置したところでもございます。  文科省としては、今後とも、海外に居住する日本人の子供たちのために教育環境の充実をしっかり図ってまいりたいと思います。

新妻秀規公明党

○新妻秀規君 是非とも大臣が今おっしゃったような取組をお願いをしたいと思います。  次に、遠隔授業の推進について伺いたいと思います。  今、急速に少子化が進んでいます。離島や中山間地域の小規模な学校では、教員不足から、免許がない科目を特別な許可を得て教える免許外教科担任が少なくありません。こうした状況に対応するために、テレビ会議システムなどを使って離れた場所にある学校同士をつないで双方向の授業を行う遠隔授業の文科省モデル事業が、平成二十五年度から北海道の礼文高校など離島にある高校など六校で行われていると承知をしております。多様で質が高い授業を学校の規模や場所にかかわらず受けられるこの遠隔授業の取組は、我が党としても重点政策として推進を訴えております。  長崎県では、県独自の取組として、壱岐や対馬など離島の県立高校で平成二十五年度から試験的に遠隔授業が導入されているそうです。  対馬高校では、情報という科目について遠隔授業を行っているそうです。教頭先生にお話を伺ったところ、こんな声が寄せられました。教員と生徒が対面する授業にはかなわないけれども、優れた教員の授業なのでその弱みは改善されつつある、遠隔授業は双方向を保つことが大切である、モニターを通して先生が生徒に質問を振ったり生徒から質問を投げたりすることで活気がある授業になる、そのためにも技術的な側面は重要である、導入の当初はスピーカー、マイクと映像が同期しなかったり、マイクが音を拾わなかったりしたことがあった、こんなようなお声でした。  長崎県では、通信環境やモニター、マイク、カメラのような映像・音響機器のようなハード面、これは県の教育センターがシステムの設置を担当して、一たびシステムが設置された後は対馬の現地の教員が授業のたびごとにセットアップを担当しているということです。今は現場の職員も習熟をして、負担なくセットアップできているということなんですけれども、やはり初期のトラブル対応は負担があったのではないかと考えます。  ここでお尋ねします。今年度から遠隔授業をこうした実証事業以外にも広く認めるように制度を変更したと聞いております。遠隔授業を導入する際の技術的なサポートの体制、具体的にはICT支援員の存在が重要と考えます。また、運用開始後のトラブルに対応するための相談体制も必要と考えます。さらに、遠隔授業のモデル事業や今後の導入拡大による技術的なノウハウ、指導上のノウハウの蓄積もされていくと思います。こうしたノウハウの共有は効果的な遠隔授業の実施に役立つと考えます。こうした諸課題についてどのようにお考えか、またどのように取り組まれていくのか、答弁をお願いをいたします。

小松親次郎文部科学省初等中等教育局長

○政府参考人(小松親次郎君) お答えを申し上げます。  まず、御指摘のありました制度の変更でございますが、高等学校における遠隔教育につきましては、離島や過疎地等の教育機会の確保や多様かつ高度な教育に触れる機会の提供といった観点から、対面授業に相当する効果を有すると高等学校が認める場合において、同時かつ双方向的な遠隔教育を、一定の単位数を上限として、通信制のみならず全日制、定時制高等学校でも導入できるように本年度から制度化をいたしたところでございます。  そこで、この遠隔教育を始めといたしましてICTを活用した教育を普及、定着させるためには、御指摘のとおり、ICT支援員の配置によりまして技術的なサポートを行うことが効果的と考えております。この点につきましては、一つ、第二期教育振興基本計画では、地方公共団体に対してICT支援員の配置を促すこととしておりますとともに、ICT支援員の配置に係る所要の経費について地方財政措置が講じられているところでございます。  さらに、文部科学省では、今年度から、高等学校における遠隔教育の普及促進を目的としたモデル事業を行うこととしております。御指摘のように、こうした事業を通じまして優れた実践事例を創出し、その成果等を教育委員会等に周知することとしたいと思っております。  これらの諸施策を通じまして、必要な事柄の充実を図ってまいりたいというふうに考えます。

新妻秀規公明党

○新妻秀規君 今おっしゃったような取組を、是非とも推進をしてください。  以上です。ありがとうございました。

柴田巧維新の党

○柴田巧君 維新の党の柴田巧です。  新妻さんの大宇宙の壮大な話をもっと聞きたかったところもありますが、順番になってきましたので、私から、極めて現実的な話になりますが、お聞きをしたいと思います。  今日は、まず教育バウチャー制度のことをお聞きをしたいと思うんですが、私どもは、いわゆる補助金からバウチャーへということを唱えておりまして、特に子育て、教育、保育、そういう分野に使途を限定したクーポンを子供や保護者に直接配付して、それによって競争を促して質を高めていきたいと。例えば、教育分野においてはこれまでいわゆる教育提供者に軸足が置かれてきたんですが、そうではなくて、今申し上げたように、児童生徒や保護者にクーポンを直接支給をして選択の幅を広げて競争を促していく、それが学校の教育の質を上げたり学力の向上につながると思っているわけですが。  一方で、この教育バウチャーというものは低所得者層の教育支援にも役立つものと我々は考えているところで、今、御案内のとおり、一六・三%、子供の貧困率、六人に一人が我が国の場合はそういう状態に置かれていると、大変ゆゆしき事態になっているわけですが、その低所得者層の子供たちが十分に教育を受けられないことによって貧困の連鎖が続いていくということが見られるわけです。したがって、親の経済力に左右されて子供の学習機会に格差を生じないように、低所得者層の子供たち、家庭の教育支援というのをしっかりやっていかなきゃならぬと思っています。  特に、年収と学力ももちろん比例しますが、平成二十四年度の文科省の子供の学習費調査によれば、年収一千二百万の世帯の中学生の補助学習費、塾代などの学校外活動費ですが、これが三十二万六千円ほどになるのに対して、年収四百万未満の世帯では十五万八千円と大変大きな開きがあって、これが学力の格差に、また将来のいろんな格差につながっていくということで、これを放置をしておくと、先ほど申し上げたように貧困の連鎖がいつまでたっても続いていくということだと思います。  したがって、今大阪においては、塾代助成事業と言っていますが、学習塾のほかにスポーツ教室や習い事などに使用できるクーポンを、就学援助をもらっている中学生の家庭を対象にしていますが、月一万円を上限に配付をしています。平成二十四年から西成区で試行して、一昨年から全市内の中学校で実施をしておりますが、こういう取組もしておりますけれども、大臣は大阪でのこういう学校外教育バウチャーの実施についてどのように評価をされておられるのか、まずこの点からお聞きをしたいと思います。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) まず一般論として、教育バウチャーは、私は今後更に議論をするに対象とする大変重要なテーマであると思います。  ただ、そのときに一番ポイントになるのはやっぱり財源問題で、新規に増えるわけですから、じゃ、その財源をどこから持ってくるかということについては相当の議論をしていく必要があるのではないかと。単純に上乗せするということについては非常に厳しい財政状況がございます。  そういう中で、大阪で進めるということに対しては大変注目をしております。大阪市において、子供たちの学力向上と子育て世帯の経済的負担の軽減を図るため、一定の所得要件の下、学習塾等の利用に係る経費を助成する学校外教育バウチャー事業を平成二十四年度から実施しておられる、今年十月からは所得要件を緩和し、更に助成対象を拡大する予定というふうに聞いております。  この事業については、経済的状況にかかわらず、御指摘がありましたが、子供たちや保護者が多様な学習機会を選択できるようにする有効な方策の一つでもあるのではないかと思います。私としても注目をしていきたいと思います。

柴田巧維新の党

○柴田巧君 ありがとうございます。  また、この教育バウチャーは、不登校のといいますか、フリースクールの学習あるいは経済的支援にも極めて有効なものだと思っていまして、御案内のように、不登校の生徒、今十二万ほどあると聞いておりますが、一時は減る傾向にありましたが、またちょっと増える今傾向を見せております。  今までは、正直どちらかというと子供たちや家庭や親の責任の部分が多いんじゃないかと言われたりもしましたけれども、やはり教育というのは、この前大臣もおっしゃったように、全ての子供たちにかけがえのない存在であると感じることができるように手助けしていくものだと思っておりますが、したがって、この不登校の対策、いろいろ抜本的な見直しをしていかなきゃならぬと思います。  現に、今、文科省ではフリースクール等に関する検討会議もできていると聞いておりますが、特に経済的な支援でいうと、フリースクールは、物によって違うところがあるかもしれませんが、一年間で百万ぐらい掛かるとも言われています。小学校の場合、児童一人当たりで公的支出は年間九十一万、中学校の場合だと百二万と、学校に通っている子供たちはこれだけ公的支援があるんですが、いろんな事情があって不登校になり、またフリースクールに行っている子供たちには、百万ぐらい掛かるとしても、法律上の位置付けが今のところありませんから、国からの補助金もないということになるんですが、このフリースクールなどで学ぶ子供たちの保護者を経済的に支援するという意味でもこのバウチャー制度というのは有効なものじゃないかと私は思うんですが、大臣の御見解をお聞きをしたいと思います。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 御指摘がありましたように、今、文部科学省の中において、フリースクールについて、それから不登校について検討会をつくりまして改善策について議論をしているところでございます。  特に小中で不登校が十二万を超えると。その中身を見ますと、貧困家庭の層の割合が六割前後はあるのではないかと、また発達障害に占める子供たちの割合もやはり半分を超えているのではないかと。また、これは貧困家庭に関係するかもしれませんが、一人親家庭の子供も相当、数としても普通の学校の子供たちに比べると多いというような、いろんな問題、ハンディキャップを抱えている子供たちが多いと、あるいはそういう家庭だと。その家庭で、今御指摘があったように、じゃフリースクールに行かせるということになると、公立の小中学校であれば義務教育ですから基本的には無償でありますけれども、フリースクールについては相当のお金が掛かるということで、より大変だという状況があるわけでございます。  その中の一環として、今バウチャー制度の導入という提案でありますが、まずこのフリースクール等で公費負担の在り方についてどうするかということを検討していきたいと思います。また、その際、フリースクールそのものもやっぱり多様性を尊重することが必要でありますので、枠にはめる、これがフリースクールの対象でこれはフリースクールの対象にならないということもなかなか決められない部分もあるのではないかと思います。  一方で、一人一人の子供の学習機会を保障するという観点はこれは極めて重要であり、この基本を大切にするということになると、御指摘のように、教育バウチャー制度によって、そういう機関補助じゃなく個人補助で、どういうふうにそれで使うかどうかと、そういう教育に特定したバウチャー、クーポン券なりいうようなことを考えるというのがあるのではないかという、そういう創意工夫についての論点について今検討しているところでございます。  いずれにしても、子供たちの視点に立ちながら教育環境の改善に向けて柔軟に対応し、不登校の子供であってもチャンス、可能性が提供できるような、そういうバックアップ体制について是非考えていきたいと思っております。

柴田巧維新の党

○柴田巧君 とにもかくにも教育バウチャー方式の助成というのは、利用目的をこの場合は教育に使途を限定をするわけで、子供の学習機会を提供するという一つの投資だというふうに我々は思っています。単なるばらまきではなくて、しっかりその明確な投資効果を狙った戦略的な施策だというふうに我々は考えているわけで、文科省は、大臣の所信でのお言葉を借りると、未来を切り開く未来省であると考えているとおっしゃっていますが、また総理も、私はこの前の代表質問で総理にもこの点をお尋ねをしましたが、教育バウチャー制度については、子供や保護者の選択肢の拡大、低所得世帯の学習機会の充実という観点から傾聴に値する御意見だと考えているとお述べになりましたが。  であるならば、第一次政権で教育バウチャー研究会という、ちょっと正式名称違っているかもしれませんが、文科省の中にも正式なバウチャーを検討する機関を設けて議論をされました。残念ながら、第一次政権が退陣して、というよりも何よりも文科省が余り正直やる気がなかったというところもあると思いますが、立ち消えになってしまいましたけれども、大臣もそういう、今、そもそもバウチャーに関しては積極的な考えをお持ちだと、「教育立国論」も読ませていただきましたが、総理も先ほどのように答弁をされていますので、ところどころで、いろんな場面で検討はされていますが、正式にこの教育バウチャーを検討する機関を、文科省において本格的な導入に向けた議論をやっぱり開始をすべきだと思いますが、大臣にお聞きをします。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 随分前ですけど、私が文部科学大臣政務官のとき、省内に私的勉強会でこの教育バウチャーについての勉強会をずっとしてきた経緯がございました。  その中の財源問題としてやっぱりどうしても引っかかるんですけれども、今の総枠の中から教育バウチャーについての財源をもし確保するとなると、既存の学校に行っていない子供、行けば、先ほどの御指摘のように一人百万ぐらい税金投入されているわけですね。実際行かないから、それを教育バウチャー券として子供に、全額とは言いませんけど、例えば半額、権利を与えて、そしてほかのところで、フリースクール等で使えるというようなことを考えたときもありましたが、そうすると、まず既存の学校が反対すると、関係者がですね。それから、私学も意外とこれは反対をして、そのことによって結果的に自分の学校に来なくなるのではないかというのがあって、ほとんどが反対ということもあって進まなかったという経緯がございます。  ただ、今御指摘のように、この教育バウチャー制度というのは、個々の教育費の負担軽減策を考える中で、創意工夫しながら様々な論点について検討に値するものではないかと思います。  財源について、機関補助という考え方もあるし、それから個人補助という考え方がある。世界を見ていても全部が全部機関に対して助成をするということじゃなくて、個人に対して助成すると。また、我が国でも一部そういう部分も実際あるわけでありますから、その辺、教育の中でもコンセンサスを取りながら機関補助を個人補助にシフトするとか、財源があれば更に個人に対してこの教育バウチャーのような形でプラス支援をするとかいうことも含めた議論というのは重要だと思います。  一人一人の子供たちの視点に立った教育環境の改善に対して柔軟に取り組むということの中で、一つは、今、不登校やフリースクールのそれぞれの検討会の中でこのバウチャー制度の導入についても今議論をしてもらっていますので、その議論の状況を見ながら、これからどうするかということについては更に検討していきたいと思います。

柴田巧維新の党

○柴田巧君 是非、総理もそう述べていらして、大臣もそういう考えをお持ちです。しっかり進めていただきたいと思いますし、大阪の場合は、二十五億、今掛けてやっていますが、御案内のとおり身を切る改革によって財源を捻出したということだけ申し上げておきます。  済みません、いろいろあとお聞きしたいことがありましたが、時間が参りましたので、これで終わります。ありがとうございました。

田村智子日本共産党

○田村智子君 日本共産党の田村智子です。  今日は、我が国の学術研究の現状についてお聞きいたします。  学術研究の成果を示す指標の一つは、論文がどれだけ発表され、どれだけ引用されたかというものです。文科省科学技術政策研究所発表の「科学技術指標二〇一四」では、論文引用数の国際比較から、質的指標とされるトップ一〇%補正論文数シェア及びトップ一%補正論文数シェアの変化を見ると、日本は一九八〇年代から二〇〇〇年代初めにかけて緩やかなシェアの増加が見られたが、その後急激にシェアを低下させていると指摘しています。  資料でお配りしました資料一の一ページ目、トップ一〇%補正論文数、これは注目をされて引用度がトップ一〇%の論文数、これを見ますと、一九九〇年から九二年の平均、日本は世界四位。二〇〇〇年から二〇〇二年、同じく四位。ところが、二〇一〇年から一二年の平均は八位に低迷をします。二ページ目、引用数トップ一%で見ますと、六位、五位、十一位というふうになっています。中国の急激な伸びということはあるにしても、上位の国の中でこのように順位が低下した国は日本だけです。  文部科学省は、この低迷の要因をどのように分析していますか。

川上伸昭文部科学省科学技術・学術政策局長

○政府参考人(川上伸昭君) 先生御指摘のとおり、世界のトップ一〇%補正論文数及びトップ一%補正論文数につきましては、日本も全体の数は増加している中ではございますが、シェアにつきましては低下をしているという、こういう状況でございます。  引用度がこのように高い論文につきまして増加の伸びが小さい理由といたしましては、大学の研究開発費の伸びが主要国に比べて低いということに加えまして、国際共著論文や学際的、分野融合的な研究領域への参画が主要国と比べて十分でないというようなことが考えられるというふうに私どもとしては分析をしているところでございます。

田村智子日本共産党

○田村智子君 こうした論文数の分析を行っているのはトムソン・ロイター社というところなんですけれども、そこが分析した資料を更に見てみます。  資料の二、三枚目になりますね。国公私立大学別の論文数の推移が分かります。これは二〇〇〇年を起点として私立大学というのは直線的に増加傾向にあります。ところが、国立大学が、二〇〇〇年半ば以降、明らかに低迷をしています。先ほど御答弁で、研究費、この伸びがなかなかないと、これが一つの低迷の要因だというふうに文科省も分析しているということですけれども、私もそうだと思います。  国立大学がなぜこんなに低迷しているのか。やはり、国による基盤的投資と言える運営費交付金がこの十年間で一割以上削減された、これが低迷の要因ではないかと思いますが、文科大臣、いかがですか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 御指摘のように、日本が主要国と比べて被引用度が高い論文数の増加の伸びが小さい理由、今御指摘がありました。    〔委員長退席、理事石井浩郎君着席〕  これは、大学の研究開発費の伸びが低いことに加えまして、国際共著論文や学際的、分野融合的な研究領域への参画が十分でないことなどが考えられます。  国立大学法人の運営費交付金の削減だけが低迷要因として議論するということは適切ではないと考えますが、一方で、学術研究、基礎研究の振興のため、大学の研究環境の整備は重要でありまして、長期的な視野に基づく多様な教育研究活動の基盤を支える国立大学運営費交付金の役割は重要であるというふうに考えます。

田村智子日本共産党

○田村智子君 重要だと言いながら、伸びどころか一割削減をしてきたと。この影響というのは直視をすべきです。  第三期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方についての中間まとめが出されています。こういう指摘があります。「有期の競争的経費の獲得による様々な成果が、運営費交付金の活用により、各国立大学の中に組織化されることが困難となっている。」と。科研費などによる研究の成果を長期的な研究に組織化する、これが困難になっているというふうに認めたものなんですね。  競争的資金を得てこそ国際的な競争力も強化されるんだと、日本ではこういう政策の下で様々な競争的資金は創設されてきました。しかし、その一方で、運営費交付金を削ったままでは、国立大学は学術研究の低迷から抜け出すことはできないというふうに思いますが、大臣、いかがですか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 文科省の国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会が四月八日に取りまとめました中間まとめにおきまして、運営費交付金と競争的研究費を含めた大学内外の資源配分を見直すことが求められております。  このため、文科省では、運営費交付金の改革の検討と並行して、研究成果を持続的に最大化することを目的とした競争的研究費改革に関する検討会を設けまして、今議論を進めているところであります。    〔理事石井浩郎君退席、委員長着席〕  運営費交付金と、そしてこの競争的研究費の改革を両方を一体的に進めることによりまして、必要な予算の確保に努め、大学における教育研究活動のこれまで以上の活性化を図ってまいりたいと考えております。

田村智子日本共産党

○田村智子君 これは競争的資金との組合せで、競争的資金が伸びればいいのか、そうじゃないと私は思うんですね。運営費交付金、削っていったら駄目なんだと、これは少し質問で更に聞きたいと思います。  競争的資金の研究というのは、おおむね三年から五年のスパンです。そうすると、研究者は、次の資金獲得を準備しながら研究や論文の執筆を行わなければならないし、研究の途中段階でも審査機関への報告があり、また非常勤で研究者を雇いますから、その人事評価も行わなければならない。また、出された申請を審査するのも大学に属する研究者です。  これ、科学技術振興機構研究開発戦略センターは、我が国の研究費制度に関する基礎的・俯瞰的検討に向けての中間報告というのをまとめていますが、その中でも、「近年の我が国では競争的資金に係る業務による研究時間の圧迫が深刻になっている兆しがみられる。」と、こう指摘をしています。  大臣、この指摘、どう思われますか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 競争的資金の充実は、研究費の選択の幅を拡大し、競争的な研究開発環境を形成することにより、研究活動を活性化させるという点で意義あるものであるというふうに考えます。また、国費を原資とした競争的資金により研究を行う以上は、説明責任を果たす観点から、申請や報告などの一定の事務負担を負っていただく必要もやはりあると思います。  一方で、御指摘がありましたが、競争的資金の増額に伴ってこれらの事務負担が増え、研究時間の減少の要因の一つであるとのそういう指摘も私も聞いております。研究費の獲得に当たりまして、研究者の事務負担を軽減することはやはり重要であるというふうに考えます。このため、これまでも各種手続の簡素化に取り組んできているところでありますが、今後も引き続き研究現場の意見を酌みながら、更なる改善についてはこれはしっかり取り組んでまいりたいと思います。

田村智子日本共産党

○田村智子君 今挙げましたその中間報告の中では、こう言っているんですよ。「我が国の大学等で研究時間の確保が重要となっている現状があるにもかかわらず、現実には研究者は近年ますます競争的資金関連の業務に時間を割かざるを得なくなっている。その理由の一つには、基盤的経費が削減され、」、運営費交付金のことです、「基盤的経費が削減され、大学等が競争的資金に依存せざるを得なくなっていることがある。大学等のなかには、所属する研究者に科研費への申請を半ば義務化し、申請を行わない研究者には基盤的な研究費を減額する等の措置をとっている大学もある。」と。これは、そうしなければ、今科研費では間接的経費で一部水光熱費などを見たり、大学にあげていいよというお金を持っていますけど、それを獲得してもらわなかったら、もはや大学が運営できないという事態にまでなっているから、ここまで厳しい指摘がJSTによって行われているわけですね。  さらにお聞きします。運営費交付金の削減は、国立大学の常勤ポストの削減に直結をいたしました。ポストドクター一万人と旗を振りながら、若手の常勤雇用のポストは増やすどころか大きく減少をしてしまったわけです。これは競争的資金を拡充しても解決ができない問題です。  お配りしました資料の三、四ページ目になります。東大、京大など国立の九大学と早稲田、慶応の十一大学が今RU11という学術研究懇談会というのを組織しています。この十一大学の雇用形態、見てみますと、四十歳未満の若手の常勤ポストは急減をしています。近年急減です。そして、競争的資金による雇用、つまり資金を受けている期間だけ、三年とか五年とかだけ雇用される、そういう若手研究者が急増しているわけです。  独立行政法人全体を見ても、二〇〇七年から二〇一〇年度、この僅か三年間で三十七歳以下の若手研究者の任期なしの常勤ポスト、これは五百人近くも減っているわけです。これでは日本の学術研究は先細りになりかねないと思いますが、大臣の見解をお聞きします。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 御指摘のように、我が国が成長を続け、新たな価値を生み出していくためには、科学技術イノベーションを担う創造性豊かな若手研究者の育成確保は極めて重要であると思います。一方、学校教員統計調査によりますと、近年、大学の本務教員に占める三十九歳以下の若手の割合は低下していると、御指摘のとおりであります。  文科省としては、若手研究者支援のため、一つは、自らの研究活動に専念するための経済的支援やテニュアトラック制の導入促進、大学改革の一環として年俸制やクロスアポイントメント制度の導入等によりまして、教員の流動性を高めつつ、若手ポスト確保の支援などに取り組んでいるところであります。今後とも、このような取組を通じて若手研究者の活躍促進を図ってまいりたいと考えます。

田村智子日本共産党

○田村智子君 常勤ポストを増やす、確保する、これもう運営費交付金にしかできないことなんです。競争的資金というのは年限が決まっているから、常勤ポストは絶対増えないんです。ここの問題を真剣に取り組まなければ、これはもう若手研究者は日本の国立大学を見限るということさえあり得ると、私はそれぐらいの危機感を持っているんです。  法人化後の十年間、運営費交付金というのは毎年ほぼ一%削減されて、総額約一千三百億円もの削減となりました。二〇一二年度の国立大学法人の収支状況を見ますと、運営費交付金の収益は三六%弱、一方、支出の方を見ますと、人件費が三八%、ということは、もはや運営費交付金は人件費分にしかならない、研究に充てるお金にもならない、また人件費にも足りない。  これは個別大学で見ると、交付金が最も多いのは東大なんですけれども、その東大でも人件費は交付金で受け取る額の九〇%になるんです。地方大学の中には一二〇%と足が出ているところもあるわけですよ。運営費交付金では人件費も賄えない。  第三期中期目標期間に向けて、経営協議会外部委員が連名で、地方国立大学の予算強化を求める声明を発表する動きが次々と起きています。北海道教育大学、東北、山形、福島、静岡、福井、奈良教育、和歌山、高知、山口大学、こういう十大学で次々と声明が上がっているんです。いずれも、大学の経営努力は既に限界である、運営費交付金は国立大学発展の要である、その確保を最優先にすべきと訴えています。その外部委員の中には、歴代の文部大臣である有馬朗人氏、遠山敦子氏、またファミリーマート代表取締役会長、福井県経団連会長など、経済界の方々も名前を連ねているわけです。運営費交付金の削減はもってのほかである、まずその確保をすべきであると、私はこの声を真剣に受け止めるべきだと思うんです。  ところが、先ほど紹介した運営費交付金の在り方についての中間まとめ、この中には、運営費交付金の削減、してはならないとも書いていない。増額すべきだということも全く書いていない。これでは、国立大学、一体どうなってしまうのか。  文科大臣、最後に、やはり運営費交付金はもう削るべきじゃない、増やすべきだ、こういう立場を示すべきだと思いますが、いかがですか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 文部科学省の国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会の中間まとめでは、基盤的経費である運営費交付金の確保は不可欠である、厳しい財政状況であるが、文科省としても必要な予算の確保に引き続き努力が望まれるとの提言をいただいているということであります。また、運営費交付金と競争的研究費を含めた、大学内外の資源配分を見直すことが求められております。  文科省としては、運営費交付金と競争的資金の改革を一体的に進めつつ、必要な予算の確保に努めてまいりたいと考えておりますが、各国立大学の強み、特色を生かした教育研究を伸ばしていくためには、また喫緊の課題である国立大学改革を強力に推進していくためにも、マネジメント改革による学長のリーダーシップの確立、各大学の強み、特色の最大化などの自己改革に積極的に取り組む国立大学に対してめり張りある重点配分をすることによって支援をしてまいりたいと思います。

田村智子日本共産党

○田村智子君 終わります。

松沢成文次世代の党

○松沢成文君 次世代の党の松沢成文でございます。  私は、先週の予算委員会で、総理並びに大臣に、国立大学における国旗掲揚、国歌斉唱の問題について質問をさせていただきました。図らずも、それを大臣が国立大学側に要請するという発言をめぐって、大手新聞も社説で取り上げて大論争になっていまして、今日は、ちょっと大臣の考え、文科省の考えを確認する意味で幾つか質問をさせていただきたいと思います。  まず、これ国立の大学であるわけですから、国の意思を大学側に伝えて要請するということは、法的にも、私は道義的にも全く問題ないと考えております。  また、大臣は、これお願い、要請であり、実施するかしないかは大学の判断として、大学の自主性にも配慮しておりまして、これまた全く問題ないというふうに考えています。  さらに、要請にどう応えるかは、あくまでも大学の自主的な判断なのであって、その結果が運営費交付金の支給に影響を与えるようなことがあってはならないとも考えております。  この三点について大臣の見解をいただきたいと思います。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 松沢委員が予算委員会で取り上げたことが今大論争で、マスコミでも、また昨日の衆議院の文部科学委員会でも取り上げられました。  文科省としては、国旗掲揚や国歌斉唱が長年の慣行により広く国民の間に定着していること、また、平成十一年八月に国旗及び国歌に関する法律が施行されたことも踏まえ、各国立大学において適切な対応が取られるよう検討要請をしていきたいと考えております。  その上で、御指摘のように、各大学の自主的な判断でありますし、また国立大学、先ほどもありましたが、例えば運営費交付金等の配分に影響を及ぼすということについては、これは考えておりません。

松沢成文次世代の党

○松沢成文君 こうした大臣の要請に対して、いわゆる大学の自治を脅かすとか大学の自治に反するという批判もありますが、そもそも大学の自治というのは、憲法解釈上、研究の自由、研究発表の自由、教授の自由といった学問の自由を保障するために認められているものでありまして、国立大学の入学式、卒業式という節目の式典で国旗を掲揚し国歌を斉唱することが、学問の自由を侵害し大学の自治を損なうということには全くならないと私は考えておりますが、大臣はいかがお考えでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 大学の入学式、卒業式における国旗や国歌の取扱いについては、これは各大学の自主的な判断に委ねられていることであります。  今回の要請はあくまでも要請、これは文書で出すということじゃなくて、国立大学の学長会議等があるときに口頭でお願いしたいと思っていることでありまして、当然、大学の自治それから自主性の妨げとなるものではあり得ないと思います。

松沢成文次世代の党

○松沢成文君 国立大学の役割の一つに目的養成、目的を持って学生を養成するという意味ですね、目的養成というものがあって、これは二つ掲げられております。一つは理工系人材育成に寄与すること、二つ目は教員育成の中核を担うことと定められているんですね。そのために、国立大学八十六校のうち、約半数の四十四の大学や学部が教員養成目的で設置されているんです。何々教育大学というのがまさにそうですが、専科大学が十二、そして大学の中に教員養成学部があるところが三十二だと思います。  その卒業生の多くは小中高校の教員となるわけなんです。そこで、国旗・国歌の意義を理解させ、尊重する態度を育てるという学習指導要領解説書の方針を理解しておく必要があるわけですね。そのためにも、国立大学では国旗掲揚、国歌斉唱は必要ではないかと私は考えておりますが、いかがでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 国立の教員養成大学・学部は、教育に係る国の責任に鑑みまして、安定的に質の高い教員を一定数養成する観点から、原則として各都道府県に設置され、初等中等教育分野を中心に教員養成について主要な役割を果たしているところであります。  また、教育課程及び指導法に関しては、国立大学だけでなく全ての大学の教職課程で履修することとなっておりまして、その内容は学習指導要領に則したものでなければならないとされているところでもございます。  各国立大学におきましては、こうしたことも踏まえつつ、国旗・国歌の取扱いについて検討していただきたいと考えます。

松沢成文次世代の党

○松沢成文君 今回、大臣は適切な対応を国立大学側に要請するということになったわけですが、これは、おっしゃったように、強制とか指導ではなく、あくまでも国としての要請、お願いであるということを踏まえた上で、私も大学の自主的な判断を最終的に尊重すべきだとは思います。  ただしかし、その上で、もし国立大学側が実施しないとした場合は、その理由を尋ねて、それを私は文科省は国民に公表すべきだというふうに思います。  というのは、国立大学であれば、どのような理由で国旗掲揚、国歌斉唱を実施しないのか、これは主権者である国民に知らせる義務があると思います。この情報公開こそが国民に開かれた国立大学のあるべき姿であって、国民の知る権利に応えるものだと私は考えます。大学の自治は秘密主義であってはならないわけなんですね。そうした情報をもって国民は、あるいは受験生も各大学を正しく評価できるのではないかと思いますが、大臣の見解はいかがでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) それはまさに各大学が自主的な判断によって行うべきことだと思います。

松沢成文次世代の党

○松沢成文君 各大学が自主的に判断をするのは、それは私も容認しているので、いいと思いますので。ただ、どういう理由なのかですね。大学の自治というのを捉えて私たちはやらないんだというのもあるでしょうし、ひょっとしたら国旗・国歌は好かないから、嫌だから揚げないんだという大学もあるかもしれません。でも、大学がどういう理念で自分たちは運営しているのか、あるいは卒業式、入学式の運営をしているのか、これきちっと国民に公開してもらって、やっぱり国立大学ですから、国民はそれを知った上で、ああ、なるほど、この大学はこういう理念貫いていい大学だ、あるいはこの大学はちょっとおかしいんじゃないか、国民常識からしてみて、こういうふうに評価できるわけですね。それで、受験生にも私は一つの評価材料になると思います。  情報公開の時代ですから、情報公開で知る権利、これよく言われますよね。決して私は大学の自治というのは秘密主義であってはいけないと思っていまして、是非ともその点も今後考えていただきたいというふうに思います。  さて、最後に大臣、今日、昨日のニュースだったので私、通告していないんですが、大臣のお考えをお聞かせいただきたいんです。  実は、昨日、産業競争力会議というのがあって、その中で、大臣も御出席されたそうですが、全国の国立大学を三分類に分けていこうと。一つ目が世界トップクラスの研究をする大学、二つ目は分野ごとに優れた研究をする大学、三つ目が地域のニーズに応える研究をする大学と。大学側が自ら分類を選んで改革に取り組む、その取り組む大学に運営費交付金を重点配分するとなっているんですね。これを、国立大学の経営力戦略というのを今年の夏までに策定をして、新たな研究領域の開拓や人材育成を大学に促していくということなんです。  それで、私は、大臣が大学の自治というのを尊重して、国旗・国歌については、強制や指導じゃなくまず要請をして、あとは自主的な判断を促したいと言っているんですが、事この研究分野に対しては、国が政策をつくって、それで大学を選ばせて、それで選んで頑張る大学には資金も重点配分しますよと。これは、私は大臣を応援したい立場なんですが、文部科学省としてダブルスタンダードじゃないかなと。  つまり、大学の自治というのを都合良く使い分けているんです。自分たちが無理に強制しちゃまずいなというのは、大学の自治があるからできません。でも、自分たちが国家の政策としてこれはやっていこう、産業競争力に必要だと思ったら、研究分野でもこういうふうにやってくださいね、やってくれれば資金付けますよ。これは大学の自治、学問の自由をある意味で侵害してしまっているとも考えられるんですね。  これ、文部省だけじゃなくて国立大学側も、国旗・国歌で大学の自治があるからそんなことは、要請なんか認められないという大学があるとしたら、じゃ、こういう分野では分かりましたと、研究分野はこれとこれで分かりました、うちの大学も決めて文科省の方針に従います、だからお金下さいと。これじゃ、大学の自治の完全にダブルスタンダードですよね。ですから、これは文科省側にも大学側にも是非とも私は本当に聞いてみたいと思うんですが、大学の自治とは何ぞやと。それを、大学の自治をテーマによって使い分ける、このダブルスタンダードはおかしいんじゃないかと。  だから、結論として言うと、もしこういう政策分野で国立大学を、こういうふうにやりなさいと、お金付けますよということを政策分野でリードしていきたいのであれば、文科省がですよ、国旗・国歌についても、だってこれ、国際人を養成する国際常識ですよ、今、大きな式典で国旗・国歌があるというのは。ましてや国立大学なんだから、そこできちっとやってくださいというふうに要請してもいいんじゃないですか。それが私はポリシーのある文科省としてのスタンスだと思いますが、いかがでしょうか。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) 結論からいうと、ダブルスタンダードというのは当たりません。つまり、国立大学が現状維持でいいというところについてはそれでも別に構わないんですね。ただ、今激しい競争のグローバル社会の中で、今までのような国立大学であったら、国立大学であってももう国民から選択されない、廃校もあり得る、そういう危機感を持っていく必要があると思います。  その中で、産業競争力会議の中でも、新研究領域の開拓とか、それから地域ニーズに適切に合ったような産業構造の変化に対応した人材育成等、やはり時代の変化や地域の状況に応じて国立大学も、どんな養成をしていくか、教育と研究ですね、それは時代の変化に対応していく必要があるのではないか。  その中の三つの指針というのを先ほどおっしゃったようなことで掲げました。ですから、そういうことに対して各大学が努力をするということについてはプラスの更なる支援をしていくということでありますが、今のままでいいという大学については、それはそれで、別に否定するわけでは全くないと、まさにそれは各国立大学の判断ということであります。

松沢成文次世代の党

○松沢成文君 学問の自由の中の研究の自由というのがあるわけでありまして、そこについて国がここまで政策的に踏み込むのであれば、私は、国旗・国歌についてもしっかりと、要請よりも指導をしていただけた方が分かりやすいのかなというふうに思います。  もう最後にいたしますけれども、これ、国立大学の設置法である国立大学法人法第一条の「目的」の中に、「大学の教育研究に対する国民の要請にこたえる」、これが国立大学だと書いてあるんですね。  やはり私は、国旗・国歌については、学校現場で随分混乱もありましたが、もうしっかりとコンセンサスができて、きちっと教育の場でも国旗・国歌の重要性を教えていこうと、あるいは国民も大きな国家的な行事の場では国旗掲揚、国歌斉唱をやっていこうと、大分私は自然の姿になってきたと思います。それで、大きな国民の支持も得られていると思うんですね。  是非とも、国が、今は正確には設置者じゃないですけれども、独立行政法人つくってやっていますから、国が設置や運営に大きく関与する国立大学においては、是非とも式典において国旗・国歌をしっかりやっていただけるように、大臣にきちっと要請することを改めてお願いをいたしまして、質問を終わります。  ありがとうございました。

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 本日の調査はこの程度にとどめます。     ─────────────

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 次に、独立行政法人大学評価・学位授与機構法の一部を改正する法律案を議題といたします。  政府から趣旨説明を聴取いたします。下村文部科学大臣。

下村博文自由民主党文部科学大臣

○国務大臣(下村博文君) この度、政府から提出いたしました独立行政法人大学評価・学位授与機構法の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  政府においては、行政改革の一環として独立行政法人に係る改革を推進するため、平成二十五年十二月に独立行政法人改革等に関する基本的な方針を閣議決定したところであります。  この法律案は、同方針を踏まえ、独立行政法人国立大学財務・経営センターを独立行政法人大学評価・学位授与機構に統合するための所要の措置を講ずるものであります。  次に、この法律案の内容の概要について御説明申し上げます。  第一に、独立行政法人国立大学財務・経営センターを解散し、その業務を独立行政法人大学評価・学位授与機構に承継します。  第二に、独立行政法人大学評価・学位授与機構の名称を独立行政法人大学改革支援・学位授与機構に改称します。  第三に、独立行政法人国立大学財務・経営センターが解散することに伴い、権利義務の承継等所要の経過措置を定めます。  以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概要であります。  何とぞ、十分御審議の上、速やかに御可決くださいますようお願いいたします。

水落敏栄自由民主党

○委員長(水落敏栄君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。  本案に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこれにて散会いたします。    正午散会

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