憲法審査会 第3号
- 発言数
- 39 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 10
- 開催日
- 2015/05/27
会議録
○会長(柳本卓治君) ただいまから憲法審査会を開会いたします。 日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する調査を議題といたします。 本日は、参議院憲法審査会が取り組むべき課題について委員間の意見交換を行います。 まず、各会派一名一巡により、各七分以内で意見表明を行っていただきたいと存じます。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が超過した際はベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、意見のある方は順次御発言願います。 阿達雅志君。
○阿達雅志君 自由民主党の阿達雅志です。 審査会会長、幹事の皆様、本日は意見表明の機会をいただき、誠にありがとうございます。 二月二十五日の欧州派遣議員の御報告、三月四日の参考人意見聴取を踏まえ、憲法について意見を述べさせていただきます。 日本国憲法は、一九四七年五月三日の施行から六十八年を経過し、国民の間に深く定着し、日本人の共通の価値観として国民主権、基本的人権、平和主義が受け入れられてきたものと思います。日本国憲法が、この間、国家統治の基本的体制ないし根本の秩序を定める法規範という実質的意味の憲法としての本来的役割を担ってきたことは疑問の余地がありません。私も、日本国民として、日本国憲法が有する基本的価値を共有し、心より敬意を払っている一人です。 しかしながら、私は、これらの基本的価値を維持しつつも、日本国憲法の改正をすべきであると考えます。それは、一九五五年の立党以来の自民党の綱領が自主憲法制定、新憲法制定を掲げてきたからだけではありません。 憲法改正がなぜ必要か、理由は三つあります。 まず第一に、民族の誇りの問題です。制定時の主権の問題。 日本国憲法は、一九四六年六月二十五日に帝国議会で審議を開始し、同年十月に成立しました。しかし、一九四五年九月二日調印の降伏文書には、日本国政府の国家統治の権能は本降伏文書を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下に置かれるものとすとされており、一九五二年四月二十八日発効のサンフランシスコ条約によって、戦争状態が終結し、連合国は日本国民の完全な主権を承認すると規定されるまで日本国の主権は制限されていました。 また、一九四六年の帝国議会における憲法の審議の途中においても、議長を含む衆議院議員九名が公職追放に遭っています。日本国憲法が制定された後も、平和条約によって完全な主権を回復するまでは連合国最高司令官の命令が憲法に優先していました。 もちろん、このような憲法制定の経緯が日本国憲法の規定する価値を損なうものではありません。しかし、このように日本が完全な主権を持たない中で成立し、当初は最高法規性を持たなかった日本国憲法をそのままにしていてよいのでしょうか。遅きに失した面もありますが、日本国民が完全に主権を回復した後に憲法を改めて見直し、必要であれば改正することは、民族の誇りの問題として重要であると考えます。 第二に、国家の権能の変質です。 近代憲法においては、立憲主義によって国家権力を縛ることに主眼が置かれていましたが、現代国家では国民主権が進み、国政は国民自身による政治となり、国家の権能も、社会国家、福祉国家としての積極的権能が加わっています。国家権力と国民を対立構図だけで見るのは妥当ではなくなっています。 憲法においても、国家の機能の変化に応じて社会権など新しい権利を日本国憲法の中に書き込んでいくことが重要です。環境権といった、最近になって現れてきた権利も憲法に明記することも考えられます。さらに、憲法を国家権力を縛るだけのものではないと考えるならば、憲法の前文において、日本の伝統文化、価値観といった記述を加えることも考慮すべきです。現代国家の権能に沿った憲法とすべきです。 第三に、憲法のダイナミズムです。 激しい社会の変化の中で、憲法の成文と社会の現実にギャップが生じる事態も生じています。憲法が、司法、行政、立法、それぞれの解釈によってその内容を変え、また、実際の運用によってその意味を変えていくということが起きています。いわゆる憲法の変遷を認めるとか、憲法の解釈運用を弾力的に認めるだけでなく、正式の憲法改正による方が憲法保障の強化になる場合もあると考えます。 国家緊急事態という現実の前に、憲法秩序を一時的に停止することを規定する国家緊急権を憲法に規定し、憲法秩序の停止に歯止めを掛けることも重要です。 また、地方における人口減少という社会変化の結果、一票の格差問題が憲法問題として顕在化しています。現代の政党政治、社会環境において、参議院が衆議院と別にどのような役割を果たしていくかは大いに議論のあるところです。しかし、もし参議院の役割と併せて選挙制度を変え、最高裁判所の参議院選挙に関する憲法解釈とは異なる制度を構築すべきであると考えるならば、やはり憲法改正が必要となります。 憲法が常に最高規範であり続けるためには、社会のダイナミックな変化に応じた改正が必要です。日本国憲法は、一九四六年に制定された時点では国際的に見ても非常に先進的な成文憲法であったと思います。しかし、それから七十年近くが経過しています。国家権能の変化、社会変化に応じて憲法を変えていくことが必要です。 欧州視察団の基調報告においても、各国の憲法規範の内容が一様でなく、各国が何度も憲法改正をしていたという話がありました。また、参考人聴取においても、国家及び憲法について二つの考え方をお聞きしました。こうした意見を拝聴しましても、やはり時代に即した憲法が重要であると感じました。 以上、三つの理由によって、私は日本国憲法の改正をすべきであると考えます。 以上で意見表明を終わります。
○会長(柳本卓治君) 前川清成君。
○前川清成君 民主党憲法調査会で事務局長を務めております前川清成でございます。 民主党会派を代表して、憲法審査会が取り組むべき課題について意見を述べさせていただきます。 さて、かつて五五年体制下にあっては、自民党はいわゆる自主憲法の制定を党是とし、これに対して革新政党はいわゆる護憲を主張してきました。この自主憲法か護憲かの表現を借りるならば、私たち民主党は、自主憲法、護憲、いずれの立場にもくみいたしません。 まず、いわゆる護憲に関してですが、既に二〇〇五年十月に民主党が取りまとめた憲法提言には、今、求められていることは、二十一世紀の新しい時代を迎えて、未来志向の憲法構想を、勇気をもって打ち立てるということであると述べています。また、二〇一三年一月に改定した新しい党綱領においても、自由と民主主義に立脚した真の立憲主義を確立するため、国民とともに未来志向の憲法を構想していくと明記をしております。 私たちは、戦後七十年、日本が一度も戦争に巻き込まれなかったことや、経済成長など、現行憲法が果たしてきた役割を高く評価しています。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という現行憲法の基本原則は、国民各層に定着をし、法的確信を形成しています。今後も堅持し、さらに具現化の努力を続けなければなりません。 と同時に、戦後七十年が経過をし、やがて憲法も七十歳を迎えます。社会の変化に応じて、今の憲法に足りない点はないのか、改めるべき点はないのか、建設的な議論を尽くすことは当然であり、衆参の憲法審査会はその主導的役割を果たすべきです。 その際には、憲法九条も例外とはなり得ません。戦後七十年間にわたり日本が培った平和主義を堅持し、専守防衛に徹しながらも、仮に安全保障を取り巻く環境が変化をし、憲法九条に足りない点、改めるべき点があるのなら、正々堂々とこの審査会において提案し、議論するべきです。 政府・与党はこれを怠り、昨年七月一日、戦後七十年間積み重ねられてきた政府の憲法解釈を閣議決定により便宜的、意図的、恣意的に変更してしまいましたが、この歯止めのない憲法解釈の変更を許せば憲法がルールではなくなります。憲法の空洞化を許すことは、法の支配の否定、立憲主義の破壊であり、つまりは王様の時代への後戻りです。 次に、自民党の自主憲法に関してですが、憲法改正には衆参両院で総議員の三分の二以上の賛成をもって発議することを要するのであり、自民党が真実、憲法改正を実現したいと願うのであれば、何よりも広範な合意の形成にこそ意を用いるべきです。 ところが、安倍総理は現行憲法について、GHQの憲法も国際法も全くの素人たちがたった八日間で作り上げた代物だと述べ、さらには憲法の制限規範性に関して、それはかつて王様が絶対的権力を持っていた時代の主流的な考え方と述べて否定しています。 しかし、憲法の制限規範性は憲法の存在理由そのものです。人類の歴史を振り返ったとき、国家権力こそ国民の自由や平等にとって障害でした。王様の時代には、王様の政治を批判するだけで殺されてしまいました。つまり、自由がありませんでした。殿様の時代、殿様の家の長男に生まれたならば殿様になり、百姓の家に生まれたならば百姓になりました。つまり、身分によって縛られてしまい、国民は平等ではありませんでした。 これら封建的呪縛を解き放った近代市民革命とともに誕生した憲法は、何よりも国家権力を制限することで国民の自由や平等を保障する制限規範であり、自由の基礎法です。選挙で選ばれた為政者であっても、時にはナチス・ドイツのヒトラーのように暴走してしまいます。したがって、憲法の制限規範性と民主主義とは決して相反するものではありません。 故芦部信喜教授も、現代国家においても権力の制限、人権保障という立憲主義の基本原理は依然として憲法の核心を成すものと言わなければならない、現代の国家権力を、単純な国民代表の論理からそれが全く擬制化している事実に目を覆い、国民ないし国民の自由と敵対関係にないと考えるのも安易な形式論である、明日の多数者となる可能性を持つ今日の少数者の権利、自由が守られない限り民主政治は成立し得ないだろう、権力の制限と権力からの自由はこの意味で現代民主主義を支える基礎そのものと言ってよいと述べておられます。 憲法改正に向けて広範な合意を形成するためには、積み重ねられた国会の議論や立憲主義の思想とその歴史、学説、判例など、すなわち憲法の良識を尊重するべきです。素人発言や制限規範性の否定、憲法に国柄なるものを盛り込むべきだなど、独自の見解を声高に叫ぶだけでは憲法改正に対して警戒感を強めるだけであり、広範な合意形成の障害になります。 それゆえに、我が党の岡田代表も、安倍総理の素人発言に関して次のとおり発言しています。日本国憲法をここまで蔑んでいいのでしょうか、私はそういう安倍総理の下で憲法改正の論議をすることは慎重でなければならないと思いますと。しかし、さきに述べたとおり、我々は憲法の議論を拒絶するものではありません。それゆえに岡田代表も、これに続いて、まず、こういう憲法観を撤回して、そして日本国憲法の果たしてきた役割をしっかりと評価する、その上での議論でなければならないと私は思いますと述べておられます。 各党各会派が積み重ねられてきた憲法の良識を尊重することによってこの審査会が国民とともに未来志向の憲法を構想する場となることを切望して、民主党を代表しての意見表明といたします。 ありがとうございました。
○会長(柳本卓治君) 西田実仁君。
○西田実仁君 公明党の西田実仁でございます。 かねてより私は、国民主権の憲法の下、良識の府である参議院は、公共の利益、すなわち全国民に共通する社会一般の利益の実現を超党派で目指すよう努力すべきではないか、特に行政の組織、人事に対する統制という観点が重要であり、政府と官僚機構をつくる衆議院、それを監視する参議院という新たな観点から、国会の行政統制を見直すべきではないかと主張してまいりました。そのスタンスは一貫して変わることがありません。 その意味からも、財政再建や年金制度の改革に不可欠な将来推計機関については立法府にも行政から独立した機関をつくるべきであると超党派による提案に参画してまいりました。とりわけ参議院は行政を監視する機能をより強化すべきであり、参議院にそうした機能を持たせることは重要ではないかと提案しております。 さて、昨日、衆議院において平和安全法制の審議が始まりました。その適切な運用には国民主権の徹底が肝腎要であります。国民の理解が得られなければ真の安全保障は成り立たないからであります。 自衛隊の海外における活動の参加に当たっては、一つ、国際法上の正当性を有すること、二つ、国会の関与による民主的統制が図られること、三つ、自衛隊員の安全が確保されることとの三つの原則が貫かれるべきであると我が党は与党協議において一貫して主張してまいりました。中でも、国際社会の平和と安全に日本が貢献する際の後方支援については、その都度国会で審議して特別措置法を制定するのと比べて国会の関与が弱まりかねないとの指摘が出てきたことなどから、自衛隊の派遣の際には例外なく国会の事前承認を義務付けるべきであると主張してまいりました。 大事なことは、そもそも我が国の安全保障が問題となる有事という非常事態に内閣が対応する際、国会が関与することの意味について政治家が共通の認識を持っていなければならないということであると思います。 非常事態という重大な政治問題への対応は、国民主権が要請する国会の本質的な権限であり、国民の理解が得られるよう国会の関与等の民主的統制がしっかりと確保されていなければなりません。これはいわゆる議会拒否権の問題でもあり、憲法審査会で取り上げるべき最重要事項であると言えます。 さらに、我が国の場合、内閣に対する官僚機構の存在の大きさ、いわゆる官僚主導の問題にも注意を払うべきとこれまで多くの識者から指摘を受けてまいりました。特に、非常事態において委任政令等により様々な人権制限が行われる懸念があり、その点についての徹底した議論が必要です。 つまり、国民主権との関係で、内閣の統制のための議会拒否権の問題と官僚機構の統制のための委任立法の問題をセットで議論する必要があると考えます。まさに、参議院憲法審査会にふさわしい行政監視機能と憲法保障機能の問題と思います。 以下は、「あたらしい憲法のはなし」という終戦直後の一九四七年に文部省が発行した中学校一年生用の社会科の教科書に出てくる解説です。憲法審査会にとって非常に重要な指摘がなされていると考えますので、ここで御紹介をさせていただきます。 「民主主義は、国民が、みんなでみんなのために国を治めてゆくことです。しかし、国民の数はたいへん多いのですから、だれかが、国民ぜんたいに代わって国の仕事をするよりほかはありません。この国民に代わるものが「国会」です。」「国民は国を治めてゆく力、すなわち主権をもっているのです。この主権をもっている国民に代わるものが国会ですから、国会は国でいちばん高い位にあるもので、これを「最高機関」といいます。「機関」というのは、ちょうど人間に手足があるように、国の仕事をいろいろ分けてする役目のあるものという意味です。国には、いろいろなはたらきをする機関があります。」「内閣も、裁判所も、みな国の機関です。しかし国会は、その中でいちばん高い位にあるのです。それは国民ぜんたいを代表しているからです。」。 また、「国会には、国の規則をこしらえることのほかに、もう一つ大事な役目があります。それは、内閣や、その下にある、国のいろいろな役所の仕事のやりかたを、監督することです。これらの役所の仕事は、」「「行政」というはたらきですから、国会は、行政を監督して、まちがいのないようにする役目をしているのです。これで、国民の代表者が国の仕事を見はっていることになるのです。これも民主主義の国の治めかたであります。」。 こうした「あたらしい憲法のはなし」に記載されていることを通じて、この参議院の憲法審査会でもその議論を深めてまいりたいと思います。 以上でございます。
○会長(柳本卓治君) 清水貴之君。
○清水貴之君 維新の党の清水貴之です。 我々維新の党の現行憲法に対する考え方、そして認識をお伝えしたいと思います。 まず初めに、維新の党は、統治機構改革により、この国の形を決める仕組みをグレートリセットすべきであると考えています。 我が国は今、経済のグローバル化と国際競争の荒波の中で、新陳代謝が遅れ、国力が停滞あるいは弱体化し、国民は多くの不安を抱えています。我が国がこの閉塞感から脱却し、国民の安全、生活の豊かさ、伝統的な価値や文化などの国益を守り、かつ国の将来を切り開いていくためには、より効率的で自律分散型の統治機構を確立することが急務です。 このような統治機構を確立するため、まず、国と地方の役割を抜本的に見直す必要があります。国の役割を外交、安全保障、マクロ経済政策などの国家的に取り組むことがふさわしい課題に集中させる一方で、地方にできることは地方に任せるべきです。 住民に身近な課題は基礎自治体が担うとともに、広域地方政府として道州制を導入し、権限と財源の地方への移譲、さらには規制緩和を図り、国からの上意下達によらない、地域そして個人が自立できる社会システムを確立するのです。道州制は、地域、個人の創意工夫、民間の自由な競争によって経済社会の活性化を促す成長戦略としての可能性を有しています。 国家的課題に取り組むためには、国においては、首相公選制を導入し、政治主導の体制整備を図るべきです。あわせて、米国会計検査院型の強力な会計検査機関を国会に設置するとともに、財政運営のコントロールと財政健全化を盛り込むべきです。 もちろん、維新の党が提唱する統治機構改革を実現するためには憲法改正が必要です。しかしながら、現行の憲法改正手続は厳格に過ぎて、主権者である国民の皆様にその案を提示し、その手で意思決定をする機会を奪うような結果になっています。そこで、憲法改正発議要件を緩和することにより、憲法改正原案を提示する機会を増やし、国民的な憲法議論を喚起しやすくする必要があると考えます。 日本国憲法の平和主義は、我が国の領土、領海、領空、国民の生命、財産を守るためだけではなく、今日の日本の国際的地位にふさわしい貢献を国際社会全体の平和に対して積極的に行うことも含んだものであると考えます。しかし同時に、自らが国際社会の脅威にならないための歯止めもしっかり掛けておく必要があります。 その意味で、我が党は、自衛権の再定義を主張しています。 すなわち、自衛権は、自国に対する武力攻撃が発生したか否かで個別的、集団的が区別されてきたため、その区分に従い、日本政府は、海外派兵を禁止する憲法の趣旨から、認められるのは個別的自衛権のみとしてきました。しかし、同時に、瞬時の対応を必要とする弾道ミサイルへの対処に関しては、我が国に飛来する蓋然性が相当に高いと判断される場合、自衛権を発動して迎撃することが許されるとしてきました。 したがって、仮に我が国が武力攻撃を受けていない状況下であっても、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性が相当に高く、国民が被ることとなる犠牲も深刻なものになる場合には、自国と密接な関係にある他国に対する攻撃を我が国の武力行使によって排撃することも、憲法の精神に従えば、個別的自衛権行使に含めることができると考えます。 こうした自衛権の再定義は、実質的にこれまで積み重ねてきた憲法解釈の枠内に自衛権行使を位置付けるもので、その意味で、自衛権行使の拡大解釈にしっかりと歯止めを掛けることができると考えます。 また、昨年七月一日の閣議決定による憲法解釈の変更のように、国会での議論もなく、政府・与党内の非公開の議論によって憲法解釈を実質的に変更することは、憲法の安定性、信頼性を著しく損なうものです。政府の恣意によって憲法秩序が揺らぐことのないようにするため、政府から独立した憲法解釈の権限を有する憲法裁判所を設置し、最終的な憲法判断を担わせることも必要ではないかと考えています。 改正国民投票法が成立した結果、いつでも憲法改正の発議をすることができる環境が整いましたが、現行制度で国民投票権年齢が十八歳となるのは改正国民投票法施行後四年を経過する平成三十年六月からで、それまでは二十歳とされています。維新の党を始めとする超党派で提出している選挙権年齢を十八歳に引き下げるための公職選挙法等改正案の早期成立を図り、選挙権年齢の引下げと同時に国民投票権年齢も引き下げられるようにする必要があると考えます。 また、成年年齢等についても、期限を明確に設定した上で、引下げに向けた必要な措置をとるべきであると考えます。 自然による大災害や感染症のパンデミック、また有事の際などにおいても、国民主権や基本的人権の尊重が侵されることなく憲法秩序を維持し、権力の濫用を防ぐための緊急事態条項を検討すること、また環境権を憲法に盛り込むことについて、その方向性には賛成しつつも、更に議論を詰める必要があると考えています。 以上で意見表明とさせていただきます。ありがとうございました。
○会長(柳本卓治君) 仁比聡平君。
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平です。 私は、今日我が国における最大の憲法問題は、安倍内閣が集団的自衛権行使容認など安全保障政策を大転換した昨年七月一日の閣議決定及び今国会への戦争法案の提出強行であり、それ自体が戦後最悪の憲法破壊であって断じて許されないことを厳しく指摘しなければなりません。 戦争放棄をうたう憲法九条の下、憲法自らが九十六条に定める国民投票による憲法改正手続さえ行わずに、どうして日本を海外で武力を行使する国に変えられるというのか、どうして日米安保条約を防衛協力指針、ガイドライン改定の政府合意だけで平時から戦時まで切れ目ない地球規模の本格的軍事同盟へと一変できるというのか。我が国の国民主権、民主主義の根本が問われています。 四月二十七日に合意された改定ガイドラインは、従来の日本防衛、周辺事態を大きく踏み越えて、文字どおり地球規模で、さらには宇宙、サイバー、武器輸出に至るあらゆる領域で日米が軍事協力を推し進める方針を明記しました。具体的な日米協力は、新たに設置する同盟調整メカニズムを通じて、平時から有事に至るあらゆる段階で日米が共同して対処する方針をも明記しました。 七月一日閣議決定と戦争法案は、この軍事協力に障害となる従来の憲法解釈を投げ捨て、これまで許されないとしてきた戦闘地域での後方支援、さらには機雷掃海など、海外での武力の行使に当たる活動に公然と踏み込もうとするものです。こうして、憲法と日米安保政策との矛盾は頂点に達しています。 日本国憲法は、戦後日本の出発点です。ポツダム宣言を受諾し、過去の侵略戦争に対する痛恨の反省を踏まえ、政府の行為によって再び戦争の惨禍を起こさないことを宣言し、憲法九条に戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認を明記したのです。 ところが、アメリカは、米ソの対決構造が強まる下で戦後初期の対日方針を転換し、日本再軍備へとかじを切りました。朝鮮戦争の勃発を契機として、朝鮮半島に出動した米軍の空白を埋めるためとして、マッカーサー指令によって警察予備隊が創設され、保安隊を経て、一九五四年に自衛隊は創設されました。その後の自衛隊の育成、増強は、米軍の任務を肩代わりする形で進められてきたのであります。 歴代政府は、自衛隊の違憲性を言い繕うために、自衛のための必要最小限度の実力組織は憲法に違反しないと弁明してきました。ところが、九〇年代以降、アメリカの新たな対日要求に付き従って、ペルシャ湾への掃海艇派遣を皮切りに、九条を踏みにじって自衛隊の海外派兵に道を開き、その後、国連PKO法、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法など、海外派兵立法を次々と押し通してきました。 それを今度は、米軍を始めとする多国籍軍支援の恒久法を作り、いつでもどこでも自衛隊が切れ目なく米軍の戦争に加担し、支援活動を行おうというのであります。戦後、歴代自民党政権が推し進めてきた米軍戦争支援国家体制づくりを集大成し、憲法を根底から覆す究極の対米従属というべきものであり、到底許されるべきものではありません。 同時に、立憲主義を踏みにじるこの解釈改憲、立法改憲の暴走は、時代に最もそぐわないのは憲法九条と唱えた第一次安倍政権以来、憲法改悪を阻んできた国民大多数の反対を前にしての焦りにほかなりません。安倍総理が幾ら専守防衛は変わらない、平和国家としての歩みが変わることはないと繰り返し、アメリカの戦争に巻き込まれることは絶対にあり得ないと決め付けても、平和憲法との根本矛盾は言い逃れようもありません。 安倍内閣は、武器使用権限が増えるので自衛隊員のリスクが増大することはないなどとごまかしますが、これまで行かないとしてきた戦闘地域に派兵し、これまで使わなかった武器を使うなら、殺し殺される危険が質的に飛躍することは当然です。 これからは武器や弾薬の提供も行うと言いますが、これまで九条が明文で禁じる武力行使と一体になるからできないと言ってきたことがなぜできるというのかとの私たちの質問に、内閣は、支援の内容は問わないと閣議決定で判断したからだと開き直り、国民を驚かせました。先日は、専守防衛には他国防衛も含むと定義を変えたと述べるなど、もはや解釈改憲の暴走が、法的、論理的な意味での解釈ではなく、時の政権の軍事的判断次第という際限のない憲法破壊にほかならないことを実証しつつあるというべきです。 戦争放棄と戦力不保持、交戦権の否認によって国家権力の暴走が最も恐ろしい戦争と軍事力行使の手を縛り、国際紛争の平和的解決の道を示す憲法九条の下で、海外で戦争する国づくりが成り立つことはないのであります。 私は今、米軍辺野古新基地建設強行を許さないオール沖縄の闘いから、国民には戦争を止める力がある、戦争をする国への暴走を止める力があることを深く学ぶべきときだと思います。安倍内閣が夏までにと強行すればするほど、国会論戦でも国民的議論の中でも、その独断ぶりは国民皆に広く知れることになるでしょう。既に多数を占める戦争法案反対、今国会で強行すべきでないの声は大きく広がり、圧倒的世論で安倍政権は立ち往生することになるでしょう。 このような憲法状況の下、憲法審査会を動かすべきではないことを最後に改めて主張するものです。 憲法審査会は、改憲原案の審査権限を持ち、明文改憲に直接つながる重大な機関であります。その活動は、勢い改憲手続の具体化、改憲原案のすり合わせとなり、国民は憲法改正を求めていないのに、改憲機運を国会が押し付けることとなり、それは国民主権及び憲法制定権力の発動である憲法九十六条の理念、趣旨に反するものにほかなりません。解釈・立法改憲による憲法破壊が生み出す日本国憲法との相入れない矛盾を、明文改憲によって打開する条件づくりを進めようなどという企てに国会がくみすることはあってはならないのです。 今、国会は、国民の声を聞こうとしない安倍政権は退陣せよという大きなうねりに包まれようとしています。日本共産党は、安倍内閣の憲法破壊を阻止し、戦後七十年、被爆七十年の夏を誇りを持って迎えるために全力で闘う決意を申し上げ、意見といたします。
○会長(柳本卓治君) 田中茂君。
○田中茂君 会長、ありがとうございます。日本を元気にする会・無所属会、無所属の田中茂です。 今日は、憲法審査会の取り組むべき課題として、日本人のアイデンティティーと日本国憲法における近代憲法の理念をいかに融合させて日本独自の憲法を作るか、この点に関して私の考えを述べさせていただきます。 哲学者の梅原猛氏は、国家はその成立の過程から大きく人工国家と自然国家の二つに分けられると述べております。 人工国家とは、イギリスやフランス、アメリカ、ロシア、中国に見られるように、人間の意思や概念が先行して目的を持ってつくられた国のことであります。すなわち、独立戦争や革命によって人工的につくられた国であります。 それに対して日本は、革命や独立戦争のような経験をすることなく、自然に国がまとまって成り立ってきました。もちろん、内乱もあれば戦国時代も経験してきましたが、それでも国は天皇の下にまとまってきた。縄文、弥生、大和と二千年以上も前から脈々と続く歴史と伝統、文化の上に成り立っている自然国家なのであります。文化的要素の極めて高い天皇制とともに歩んできた国なのであります。 〔会長退席、会長代理金子洋一君着席〕 日本人は、外から受け入れ、それを長い歴史の中で得た知識や知恵、経験で昇華することを繰り返してきました。それがある意味で民族の独自性ともなり、ついに今日まで一度もその形を変えようとしてこなかったのであります。ドラスチックな変化を好まなかったことは、日本の自然や風土などが生み出した日本人の気質が存在しているように考えられます。同質性の高い民族と、とりわけ聖徳太子が述べた、各自が異なることを認めた上での和の精神が民族のアイデンティティー、精神的よりどころとして形成されているのではないでしょうか。 日本国憲法が西洋の考えを表したものであることは、絶対王制や専制政治から人権や自由を勝ち取ったアメリカ独立宣言とフランス革命の人権宣言が基本となっており、その源流が遠くマグナカルタや権利の章典にあることからも理解できます。彼らは、革命の中から血を流し、戦うことで自らの権利を権力から勝ち取り、彼らの思想的バックボーンとなるキリスト教とともに近代憲法を築き上げてきたわけであります。 ところが、日本人は、ただ受け入れただけであるにもかかわらず、その憲法を不磨の大典のごとく扱ってきたのはなぜか。その理由の一つは、この憲法が、日本人がこれまでほとんど考えることのなかった人権や主権、自由などを保障したものだったからであり、もう一つは、三百十万人という尊い命の代償として得たものだったからだと考えております。 自ら積極的に勝ち取ったものではありませんが、広島、長崎の原爆の悲惨さを体験した国民が戦争を望まず、戦争放棄を規定した第九条は何よりも守らなければならないと考えたのは当然の成り行きだったかもしれません。がしかし、それから七十年も経て、守るためには憲法に指一本触れさせるわけにはいかない、それが現実の世界と適合しなくなった条文ですら変えさせない原動力となり、今日まで続いているわけであります。 さらに、世界情勢、米ソの対立の変化も日本に有利に働いてきました。日本は、戦争放棄の規定を逆手に取って戦後の経済的繁栄を手に入れたのであります。自衛隊はつくったものの、平和の守りは米軍に任せて、ひたすら経済活動に励んだ結果であります。よその国の軍隊に任せて守ってきた平和をあたかも自分で守ったかのように錯覚したのか、反戦の美名の下に、都合の悪い批判には耳を傾けることなく、ついには一国平和主義まで生み出してしまった。湾岸戦争を経験して、日本人は初めて経済力だけでは国際貢献はできないことを知ったのです。戦争を放棄しているという憲法上の理由は、国際社会の中では通用しなくなっていると思っております。 独立、革命を通じて理想の社会を築こうとした西洋人は、戦わずにそれが得られるとは考えていません。どこの国も自由は戦って勝ち取るものだと考えています。日本だけが、戦争をしない国という看板を掲げてさえいれば自由も権利も守られるという妄想の中に七十年近く閉じこもっていたのであります。 誤解がないように言えば、戦争放棄を否定するわけではありません。戦争のない世界は人類が目指すべき理想の一つであります。しかし、人類の歴史を振り返れば、まさに暴力と戦争の歴史でありました。戦争放棄は、世界唯一の国として自己評価するのは勝手ですが、裏を返せば、そんな非現実的なことを言う国は世界でも希有ということです。戦争放棄を標榜するだけで国が守れるのなら、人類の歴史はもっと違ったものになっていたはずでしょう。 〔会長代理金子洋一君退席、会長着席〕 宗教観でいえば、元来日本人は、西洋人のように絶対神への信仰よりも、神も仏も一緒に祭り、神や仏は山川草木、石なども宿っていると信じられてきました。季節は移り変わるものであり、同じように人の心も権勢も容姿も移り変わる。無常観や諦観が生まれ、だからこそ一瞬を永遠に生きるという世界観が生まれ、それが日本人の考え方や生き方、アイデンティティーを形成してきたと考えております。 日本人は受け入れることにたけていました。受け入れて日本風に昇華して世界へ発信する。その意味で、受け入れただけで日本流のアレンジを施さなかった日本国憲法は珍しい存在であります。それだけ戦争体験が大きな傷痕を残したとも言えますが、それを自らの権利として世界に主張し続ける時代はもう終わっているのではないでしょうか。憲法を改正することは戦争をするという意味ではありません。非現実的な主張ではなく、現実的に戦争を起こさないことを考えるべきであります。 今申し上げましたように、日本国憲法は西洋の思想や宗教を背景に作られたものであります。そこには日本人の国家観もアイデンティティーも含まれていません。そのせいもあり、日本人は日本国憲法を都合よく理解して、義務を果たす努力はせずに権利だけ主張してきた嫌いがあります。義務を果たさなければ権利は得られない、それが西洋の憲法が生まれた根底にあるわけであります。勝ち取るということであります。 改めて、日本国憲法に書かれた近代憲法の精神と日本人のアイデンティティーを融合させて日本独自の憲法を作るべきであります。二十一世紀に日本はどこへ向かおうとしているのか、まずは国家像の土台づくりから始めなければ何も始まりません。憲法改正は単なる条文の改正や追加であるべきではなく、日本人が初めて自らの義務を果たして将来に残すものとして作り上げることにこそ意味があると、そう思っております。 以上、私の発言とさせていただきます。
○会長(柳本卓治君) 江口克彦君。
○江口克彦君 ありがとうございます。次世代の江口克彦でございます。 現行憲法は、周知のとおりGHQから押し付けられたものでありまして、理屈はともかくといたしまして、国民自身の手で作られたものではありません。一国の最高法規である憲法は他国によって作られるものではなく、国民自らの手で作られるものであると思います。したがって、他国の手によって作られた日本の現行憲法は、当然、改正しなければならないというふうに考えます。 改正は、日本の歴史、文化や日本人固有の伝統、精神を含めて新しい憲法を日本国民の手によって作っていく必要があると思います。憲法は、その国固有のものであって、抽象的、非現実的なものであってはなりません。普遍性、時代性、国民性をワンセットにして考える必要があると思います。 国民の同意を得やすいものから改正するということになれば、パッチワーク的な改正となりまして、結果は醜い憲法になる危険性もあります。そういう点から、我が党は新しい憲法をそっくり変えるべきだという基本的方針を持っております。さはさりながら、現実的には一括改正は難しいのではないかと思います。それでは憲法改正が進むとは考えにくい。ならば、次善の策として段階的な改正を選択しなければならないと思います。その折には、最終憲法全体を念頭に置きながら段階的改正をしなければならないと思います。 我が党としては、現行憲法の精神を尊重しつつ、現在、我が党としての憲法試案を作成しているところであります。 付け加えるならば、今の憲法の前文は早急に改められなければならないと考えます。現行憲法の前文は余りにも観念的かつ非現実的、また、日本を取り巻く国際情勢とは余りにも乖離しているだけでなく、国柄や歴史、伝統あるいは国民性が全く無視されている、とても日本としての、そして日本国の憲法前文とは言えません。 平和を愛好する諸国民、あるいは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から除去しようとしている国際社会、誰が信じているんでしょうか。本当にこれを信じているとしたら、私は正気の沙汰だとは思えません。また、日本語としても誠に醜悪な文章です。普通の日本人ならこのような文章は書かないでしょう。この前文の内容と文体が国民精神、国民意識をゆがめていることは知っておかなければならないと思います。 いずれにせよ、他国によって作られた現行憲法を早急に改め、国民の国民による国民のための日本国憲法に作り直さなければ、いつまでも日本は真の独立国とは言えないと私は思います。 最後に、一つ付け加えて申し上げます。 この審査会の議論が前に進むよう議論を工夫すべき点はあるというふうに思います。憲法審査会の発足後既に三年半が経過しておりますが、これまでの議論は収束していくような方向では行われておりません。国会の憲法審査会ですから、与野党、護憲、改憲のあらゆる立場が一緒になって議論するのは分かりますけれども、それでは言いっ放しで終わってしまう場となってしまいます。議論の方法を工夫すべきだというふうに思います。 そこで、その点についての方策ですが、憲法改正についてはもはや私は勉強の期間は終わっているんじゃないか、ましてや国会議員である以上は憲法を勉強してから国会議員になるべきだというふうに思います。ここでの議論は結局は憲法改正するか現状のままでいくかということですから、それを対等な議論にするためにはどのように変えるかの具体的な案を俎上にのせることが必要ではないかと思います。憲法改正原案が直ちに用意できないのであれば、議論のたたき台を題材にしてその是非あるいはどのように修正するかを具体的に議論すべきではないかと思います。 いずれにしても、この憲法審査会の議論が常に堂々巡りをしている、同じ議論を繰り返しているのは誠に残念というふうに申し上げて、私の意見とさせていただきます。
○会長(柳本卓治君) 水野賢一君。
○水野賢一君 無所属クラブの水野賢一です。 私たちは、憲法を不磨の大典であり一言一句変えてはならないという立場には立ちません。明治憲法、大日本帝国憲法は一八八九年に制定をされてから六十年近く一度も改正されず、現行憲法、日本国憲法は一九四七年に施行をされてから七十年近く一度も改正されていません。時代に合わせて憲法を変えていくということはどこの国でも行っていることであり、日本においても当然実施をされてしかるべきものだというふうに考えております。 なお、現行憲法の草案が占領下にGHQによって起草されたという成立過程を問題視する、いわゆる押し付け憲法論について言及もしておきます。 確かに、現行憲法の草案が占領期、GHQの下で作られたのは事実ですが、一方で、帝国議会の衆議院、貴族院の審議を経て、またそこでの芦田修正などを始めとする幾つかの修正を経た上で制定されたのも事実です。また、こうした押し付け憲法論は、サンフランシスコ講和条約の発効直後ならばともかく、講和条約の発効から六十年以上現行憲法を守ってきた中で、今余り説得力はないのではないかというふうに思います。こうした観点に過度に立脚するのではなく、あくまでも数十年も変わっていない憲法が、時代に合わせて憲法を変えていく、発展させていくという観点に立つべきではないかというふうに考えます。 なお、憲法九条が話題になりますけれども、平和を守るということというのは、憲法を掲げていれば、掲げていさえすれば平和が守れるというほど単純なものではなく、現実にのっとった政策が必要です。しかし、憲法の平和主義の理念や精神は守り発展をさせていくべきだというふうに考えています。 では、私たちが憲法改正をするという場合にどこに力点を置くべきかという点について申し上げたいと思います。 もちろん、いろいろあるでしょうけれども、とりわけ統治機構の在り方というのは改革をされていくべきだというふうに考えております。 この審査会においても今後議論をされていくのでしょうけれども、二院制、一院制の問題というのも重要な観点です。私たち無所属クラブの所属議員四名は全員みんなの党の出身者でありますけれども、前身であるみんなの党も一院制を唱えておりました。誤解なきように申し上げると、いわゆる参議院廃止論ではなく、衆参統合をした一院制ということを唱えていたわけですが、もちろん、こうした問題についても様々な観点からの議論はあるというふうに思いますけれども、タブーにすることなくしっかりとした議論を行っていくべきだというふうに思います。 総じて申し上げれば、私たちは、憲法改正をすることは必要である、しかし、復古主義や時代錯誤のような憲法を持ち出すのではなく、憲法の精神を発展させ、時代をますます推進し、人類の、また日本国の進歩のために寄与するような憲法にしていくべきだというふうに考えております。 以上です。
○会長(柳本卓治君) 福島みずほさん。
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。 社民党を代表して、憲法についての見解を申し上げます。 社民党は、日本国憲法の理念や条文を実現することこそ必要だと考えています。日本国憲法は、日本人の三百万人、アジアの二千万人以上と言われる人々の犠牲の上に平和憲法を手にしました。まさに日本国憲法を生かしていくことこそ戦後の私たちの使命だと考えています。 日本国憲法は、十三条幸福追求権、十四条法の下の平等、二十五条の生存権を始め、また、前文の平和的生存権、九条を始め、憲法のそれぞれの条文が十分に生かされてきたでしょうか。 戦後たくさんの裁判があり、議員定数不均衡や政教分離、表現の自由を求める裁判、婚外子が民法の規定が憲法違反だとする裁判、働く人たちの裁判、たくさんの憲法訴訟が提起をされ、多くの国民がまさに憲法の理念を生かすべく現場で、裁判で闘って、勝ち取ってまいりました。憲法は六法全書の中に閉じ込められていたのではなく、まさにみんなが価値の実現のために闘ってきたものです。 現在、沖縄辺野古で新基地建設で沖縄の人々が闘っていますが、それはまさに憲法の前文が規定する平和的生存権を生かしていくべく全力で闘っているのだと考えています。 私たちは、憲法尊重擁護義務を負っている国会議員です。国会議員は憲法尊重擁護義務を持ち、まさに憲法が規定する憲法の理念をどう生かしていくかをこの憲法審査会で議論すべきだと考えます。 戦争法案が昨日、審議入りをいたしました。集団的自衛権の行使を認める中身、また、いわゆる後方支援という名の下に、戦場の隣で米軍などに弾薬を提供することを可能にする法案です。今まで違憲であり、できないと歴代の自民党政権も六十年以上言っていたことが、なぜ一内閣の考えで変更できるのでしょうか。 憲法はまさしく国家権力を縛るものです。国家権力が恣意的に独断で権力を振るわないように、国家権力を縛っています。だからこそ、憲法九十九条の憲法尊重擁護義務は、国民ではなく、国務大臣、国会議員などに課しているのです。 社民党は、憲法九条の明文改憲に反対です。また、解釈改憲によって憲法九条を実質的に変更し、憲法九条違反の法律を審議し成立させようとすることは、立憲主義を破壊するものです。解釈改憲は明文改憲より以上に更に憲法を攻撃し、憲法を破壊し、立憲主義を破壊するものです。憲法の最大の危機が訪れています。 国会議員の中で、国民の皆さんたちで、憲法の最高法規性を否定する人は誰もいないでしょう。しかし、今、憲法は最高法規たり得ているでしょうか。憲法が最高法規として取り扱われているでしょうか。 日米ガイドラインは、日米安保条約と憲法九条に明確に反しています。そして、戦争法案は明確に憲法九条に反していると考えております。憲法審査会の設置趣旨の第一、最大の趣旨は、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制についての広範かつ総合的な調査です。だとすれば、今回提出された戦争法案が本当に憲法に適合しているのか、この憲法審査会でこそ、憲法に合致しているかどうかをとことん審議することこそ使命だと考えます。 集団的自衛権の行使はずっと違憲とされてきました。法学者で合憲だとする人はごくごく限られております。政府もその見解を維持してまいりました。昭和四十七年の答弁を理由に集団的自衛権の行使が合憲だと安倍内閣は言いますが、そのようなことは全く論理整合性がなく、言うことはできません。集団的自衛権の行使を日本国憲法下で認めることができるのか、とことんこの憲法審査会で議論を尽くすべきです。 また、後方支援という名の下に一体となって戦争をすることも、国際平和支援法、私は米軍戦争支援法だと考えますが、この恒久法案も憲法違反です。 イラク特措法における、名古屋高等裁判所は、イラクで自衛隊が何をやったのか、自衛隊や民間人を運ぶよりも米兵を運んだ、武装した米兵を運んだ、弾薬を運んだ、この実態に合わせれば、これは憲法九条一項と、イラク特措法が仮に合憲だとしてもイラク特措法に反すると断じました。大森四原則の原則をしっかり引用し、違憲だと断じたわけです。 後方支援という名の下に弾薬を戦場の隣で提供することは、まさに裁判所が違憲と言ったことを実現するものだと考えております。駆け付け警護や邦人救出や武器使用についても憲法との関係で問題があります。今まさに、憲法への挑戦、憲法への危機、憲法破壊が行われようとしております。明文改憲についてももちろん問題ですが、解釈改憲でやることは問題です。 ナチス・ドイツがワイマール憲法下で国家授権法を作り、基本的人権を内閣限りで制限するとしたために、限りなく暴虐が生まれました。日本国憲法の下で違憲の法律なのか、憲法適合性についてとことんこの憲法審査会で議論すべきだと考えております。それこそが、憲法の価値を生かす、憲法尊重擁護義務を負う国会の使命だと確信をしております。 以上です。
○会長(柳本卓治君) 主濱了君。
○主濱了君 生活の主濱了であります。 本日のテーマは、参議院憲法審査会が取り組むべき課題についてと、こういうふうなテーマになっております。テーマに関する認識をまず申し上げておきたいんですが、これは平成二十四年の六月の十二日の幹事会の懇談会でテーマを二院制とすることについてこれは合意をされている、それから、二十四年九月七日の幹事会で同様の確認をしていると、これはこういうことで私も認識をしております。 ただ、今、日本国憲法について極めて重大な事態が起こっている、これも併せて考えなければいけないというふうに思っております。現状は、昨年の七月一日の集団的自衛権の行使を容認する閣議決定、そしてこの閣議決定を受けて、今年の五月の十五日、安保法制関連法案が提出をされた、こういうことで、これは日本国憲法にとって本当に重大な事態に至っていると、こういうことでございます。 昨年七月一日の閣議決定は、私は憲法の明文に違反するのではないか、こういう考えを持っております。 端的に言いますと、憲法第九条の第一項には、これは皆さん十分承知していることなんですが、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」、こういうふうに述べているんですよ。武力の行使、これは威嚇もそれから行使もこれは永久に放棄をする、こういうふうなことを規定をしていると、こういうことであります。今進められている安保法制の中には、この武力の行使に関する規定がたくさん含まれております。こういう観点から、私は憲法に抵触するのではないかと、こういう危惧の念を持っております。 また、立憲主義にも反するのではないかと、こういうふうに考えております。立憲主義というのは様々な考え方が確かにあります。最大公約数というのは、憲法は国家権力を縛るために存在すると、こういうふうなことであろうというふうに思っております。国家権力を縛るのが憲法、その憲法の内容を、権力を制限されているはずの、縛られる側の国家権力そのものである安倍内閣が、しかも解釈の変更などという手段でその内容を変えようとしている、これはまさに立憲主義に反することそのものではないかと、このようにも考えているのであります。 さらに、憲法九十六条、ひいては民主主義にも反するのではないか、こういう懸念も持っております。憲法改正の手続は憲法九十六条に規定されている、これももう皆さん既に御承知のとおりであります。憲法解釈によって憲法を実質的に変えることはまずできない、こういうことだというふうに思っております。また、よく言われておりますが、総選挙で認められたからそれで変えてもいいのだ、これもあり得ないというふうに思っております。やはり憲法を変えるにはこの九十六条を使って、この手続に従って変えなければいけないと、このように思っております。 ただ、平和主義など憲法の四大原則は、これはやっぱり変えられないというふうに思っております。そこまで、憲法の四大原則まで変えるとなるとこれは新しい憲法になってしまう、こういうふうなことであります。 また話を元に戻しますと、政府は今の安保法制法案を今国会で成立をさせようとしているわけでございます。そして、私どもこの憲法審査会というのは、この役割の中に日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について調査という項目が含まれているのであります。冒頭に戻りますけれども、この幹事会、かつての幹事会の確認、二院制という確認、そして今日の幹事会でも二院制をテーマにするという確認、これは尊重はいたしますけれども、やはり日本国憲法にとって今重大な事態が生じている、これはもう見逃してはいけないと、このように思っております。 したがいまして、立憲主義、あるいは憲法九条と集団的自衛権、さらには解釈による実質的憲法改正、こういったようなことについては適宜取り上げていかなければいけない、このように考えております。どうぞ会長におかれましては、この辺、今大変な事態が差し迫っていると、ここのところを御認識をいただいて、幅広く取り上げていただきますようお願いをして、私の意見とさせていただきます。 ありがとうございました。
○会長(柳本卓治君) 以上で各会派の意見表明は終了いたしました。 次に、各委員の発言希望に基づいて、会長の指名により意見交換を行います。 発言を希望される方は、お手元に配付した資料のとおり、机上の氏名標を立てていただき、会長の指名を受けた後、御発言願います。 多くの委員が発言の機会を得られますよう、一回の発言時間は各三分以内といたします。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が超過した際はベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。発言が終わった方は、氏名標を横にお戻しください。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、発言を希望される方は氏名標を立ててください。 北村経夫君。
○北村経夫君 会長、ありがとうございました。自由民主党の北村経夫でございます。 私は、柳本会長に敬意を表して、先日行われました大阪都構想の住民投票について感じたことを述べたいと思います。 今回の住民投票によって、大阪市民は問題意識を持ち、議論し、危機感を共有化しました。そして、打開の方策について考えました。その結果、投票率も上がりました。まさに議論することの大切さを世に問うたのが今回の住民投票だったと思います。 一方、我が国の国政選挙における最近の投票率はどうか。各国の国家立法機関における議会選挙のデータによると、日本は世界で百五十四位になっています。投票を義務化している国の存在を差し引いても、余りにも低い位置にあります。これは、国家の危機と言ってもいい、ゆゆしき問題だと思います。 多くの国民は、国家運営は政治家のやること、国家の安全は自衛隊とアメリカに守ってもらうと考え、国家の直面している問題点を我が事として考えていない。私は、戦後七十年は、まさに福沢諭吉の言う日本人の独立自尊の心が希薄化していった七十年であったというふうに思います。 憲法改正の必要については、成立過程の問題、自衛隊など現実と乖離していることなど、参議院憲法審査会でも既に十分議論されておりますが、何よりも私は、憲法改正を議論する最も重要な意義として、国民が国家の在り方について考える契機をつくり政治参加意識を醸成することができる、そして具体的には投票率を上げる起爆剤になり得るという点を挙げたいと思います。 加えて、もう一点申し上げます。 今回、憲法の改正を行って最も影響を受けるのは、これから長い人生を歩んでいく若者たちであるという点であります。 憲法は国家の在り方を規定しますが、その新しい憲法が指し示す国家を生きていく若者の意見に我々憲法審査会が謙虚な気持ちで耳を傾け、それを積極的に反映させようと考えているという姿勢を示すことが重要ではないでしょうか。我々は若者たちの中に積極的に入っていかねばなりません。その対象は国民投票法の規定する十八歳以上に限りません。もっと若い世代の声にも耳を傾け、真剣に自分たちの未来を考えてもらうことが、彼らが十八歳になったときに成熟した判断のできる成人に成長させることにつながると私は思っております。 以上でございます。
○会長(柳本卓治君) 小西洋之君。
○小西洋之君 民主党・新緑風会の小西洋之でございます。 私も幹事の一人でございますので、柳本会長の下の幹事会あるいは幹事懇におけるその方針、二院制について議論を進めていく、そうした方針について尊重しつつ、委員の一人として意見を申し上げさせていただきたいと思います。 本審査会が取り組むべき課題でございますけれども、それはまさに先ほど主濱先生、福島先生がおっしゃられましたように、本審査会の設置目的のその趣旨、本審査会は、日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行い、日本国憲法の問題等を審査するということが明記されておりますので、であるならば、まずしなければいけないのは、昨年の七月一日の憲法九条の解釈変更、すなわち解釈改憲でございます。 解釈改憲ができる憲法であれば、幾ら日本国民の国民投票をやって憲法改正をしても意味がないわけでございます。憲法が憲法でない限りは、解釈改憲ができる憲法であれば、憲法改正自体が意味がないことでございますので、まず、その解釈改憲なのかどうか、それについて議論を尽くす必要があると思います。 この点、我が参議院の憲法審査会におきましては、昨年の六月十一日の国民投票法の改正に際して決議されました附帯決議におきまして、第四項から第六項におきまして、歴代内閣が採用をしてきて安倍内閣も踏襲するとしている政府の憲法解釈の考え方、その適合性について、事前に、解釈の変更の前に徹底的にこの憲法審査会で議論を尽くすということが付されているところでございます。まさに参議院の我々の憲法審査会の附帯決議にもう真っ向から違反をして行われた解釈改憲でございます。 この点、先ほど前川委員からも御紹介がございましたけれども、先月、四月の二十八日にまとめました民主党の党見解におきましては、まさに今申し上げました政府の憲法解釈の考え方、その適合性についてチェックをした結果、七月一日のその解釈変更については、それは昭和四十七年見解の便宜的な意図的な読み直しである、すなわち、昭和四十七年見解にある外国の武力攻撃という言葉、これは当然法理として我が国に対する外国の武力攻撃以外あり得ないものを、それを同盟国に対する外国の武力攻撃と読み替えて集団的自衛権を解禁しているという驚くべき暴挙であるということが民主党の党見解にも明記をされているところでございます。 また、その昭和四十七年見解を作った内閣法制局長官が、憲法九条においては集団的自衛権は読んでも読み切れない、また、有名な、国民の生命、自由及び幸福追求の権利は、他国に武力攻撃が発生している段階ではそれが根底から覆ることはあり得ないと、その作るきっかけになった質疑で明記をしているところでございます。 すなわち、安倍政権の解釈改憲は崩壊しているわけでございます。それをこの我々の憲法審査会でしっかりと安保法制が今走っている中で議論をする、それがこの憲法審査会の本来意味であるというふうに存じます。 柳本会長の下ですばらしい民主的な運営をなされると思いますけれども、かつて会長も幹事懇で附帯決議について議論いただくというふうにお言葉をいただきましたので、今後、幹事懇の中でまた御議論をお願いしたいと思います。 以上でございます。
○会長(柳本卓治君) 石田昌宏君。
○石田昌宏君 自由民主党の石田昌宏でございます。 総論の議論が一周しましたので、私の方からは各論、特に国民同士の権利と権利の衝突ということについて考えてみたいというふうに思います。 昨年、東京地裁はグーグル社に対して仮処分命令を下しました。ある男性が自分の名前をグーグルで検索したところ、過去に不良グループに属していたという情報がヒットしたために、これを人格権の侵害として提訴し、地裁がグーグルに削除命令をしたというものです。これはいわゆる忘れられる権利の問題として認識が広がっております。しかし、一方で、我々には知る権利があるわけです。例えば、幼い子供を持つ親にとって性犯罪の情報は公開してほしいと思うのは理解できる心情です。 また、表現の自由との兼ね合いもどう整理したらいいのでしょうか。インターネットの普及により、昔はほぼ不可能であった、個人が世界に向けて情報発信することが今やコストもほぼゼロでできるようになりました。裏を返せば、表現の自由の下に個人が他者の権利を害する加害者にも容易になり得るということです。 忘れられる権利、知る権利、そして表現の自由の衝突をどう考えていったらよろしいのでしょうか。 こういった事例もあります。保育園の新設に対して住環境の悪化を唱える住民の問題です。少子化対策として保育園の新設は喫緊の課題ではありますが、子供の声がうるさい、運動会の音楽がうるさいなどという住環境の悪化を理由に近隣住民が反対を訴える例が各地で頻発しています。そして中には訴訟に発展する例もあるのです。これは、公共の利益と個人の人権の衝突というふうに整理することができると思います。 日本国憲法では、平等権、自由権、社会権などが定められています。これらの中には、今言ったような国民同士の間での権利の衝突、若しくは公共の利益と個人の利益の衝突を起こす可能性があるものが多くあります。さらに、今後議論されると言われています新しい人権、例えば環境権とかプライバシーの権利、若しくは知る権利はまさにコンフリクトを起こしやすいような問題だと思います。 憲法を為政者の権力を制限して国民の権利や自由を守るといういわゆる立憲主義的な観点からだけ見てしまいますと、国民と国民、若しくは公共と個人の間での権利の衝突を考えることは極めて難しくなります。ですから、国民が世界に向けて発信できるような、このことができるようになった現代社会に求められる憲法とはどうあるべきなのか、改めて考えていく必要があると思います。 この点を踏まえ、今改めて国民同士の権利と権利の衝突ということについて私ども立法府の者たちがどのような方向を憲法として目指すべきか、改めてこの場で具体的な検討に入っていただきたいというふうに思いまして、以上を意見表明とさせていただきます。 ありがとうございました。
○会長(柳本卓治君) 矢倉克夫君。
○矢倉克夫君 会長、ありがとうございます。公明党の矢倉克夫です。 本日の議題は参議院憲法審査会が議論すべき課題ということでありますが、特に二院制下における参議院の重要性、意義というのを重視する見地から改めて提起させていただきたい課題は、先ほど我が党の西田幹事も述べておりました参議院の行政監視機能でございます。これを憲法上、また法令上どのように位置付けていくのかというところ。 そもそも参議院も、言うまでもないことではありますが、衆議院と同じ全国民の代表である、これは揺るがせない原則であると思います。その上で、参議院の特徴というのは、議院内閣制においては、どうしても政府との一体性が図られる衆議院とは違い、行政監視をする権能があるというところが特徴であると思います。とりわけ現代国家はどうしても専門性や技術性で行政国家化する部分もあり、委任立法に見られるような行政国家の肥大化というところもあるわけですが、安易に国会が官僚に丸投げするような委任立法がどんどん増えるというような状態は、これは議会制民主主義の危機でもあるかと思っております。 とりわけこのようなリスクがやはり大きくなっていくのが自然災害等の国家的な緊急事態においてより顕著に見られると、そのようなときこそ参議院の憲法保障機能も含めた行政監視機能というのが重要になってくるというところが我々の見解でもあります。 今、とりわけ憲法改正の関係でも、緊急事態条項というのが一部議論にのっている、報道でもなされているところであるかと思います。この条項自体は、概念もどういうものであるのか、また、自然権である人権との関係がどういうものであるのか、公共の福祉との関係をどう捉えるのか、また、現状の法令の体系の中で位置付けられるものではないのか、その運用で必要なのではないか、それ以上の条項の入れ込みが必要かというところはまた議論があるところではありますが、いずれにしろ、緊急事態においてやはり緊急政令等が発令をされて人権侵害というようなことが出てくる。 このような場合に、参議院がどのようにしっかりと議論を果たしていって憲法保障機能を果たしていくのかというような議論は必要であるかと思っております。行政監視の役割を持っている参議院が、そのような自覚を持って中身についてもまたしっかり議論をしていくことはやはり大事であるというところを、私の意見としてもまた述べさせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○会長(柳本卓治君) 佐藤正久君。
○佐藤正久君 自由民主党の佐藤正久です。 緊急事態条項と憲法九条あるいは国防について考えを述べたいと思います。 緊急事態には、大規模自然災害だけではなく、外国からの攻撃、テロ行為、国内治安の乱れ、エボラ熱の感染症など多くのケースが考えられ、それら全て個別の法律で網羅して対処するのは限界があり、緊急時には総理は想定外の対応が求められないとも限らない。そのための基本法である憲法にしっかりと緊急事態条項を設けて、柔軟に対応する必要があると考えます。 政府の責任で緊急事態を認定し、緊急政令により、生存権を含む公共の福祉の維持等の観点から個人の権利や自由を一部制限する、あるいは一部の機関や個人には協力の義務を課す必要があると考えます。 国際条約で日本も批准しております人権規約B規約は、緊急事態において危機を乗り切るために基本的人権の一時的制約も認めております。また、緊急の財政支出も必要となるでしょう。大規模災害対処だけの限定的な緊急事態条項では、国民の命や暮らしを守ることは難しいと考えます。 また、現憲法には、国防の項目もなければ自衛隊に対する記述もありません。あるのは戦争の放棄の章立てだけです。これでは抑止力上も不十分と言わざるを得ません。 さらに、自衛隊は、憲法九条との関係もあり、警察予備隊から発足しましたが、政府は国内的には軍隊とは認めていないが国際法上は軍隊と言っている、極めて不思議、分かりにくい現状からしても、実態に即して役割を明記した上、軍として位置付けるべきだと考えます。 また、軍の名称ですが、どこの国も自衛権に基づいて軍隊を持っているわけでありますから、あえて自衛権を行使するからといって自衛という言葉に拘泥する必要はないと思います。 さらに、英語名セルフディフェンスフォースは、海外では自警団的なニュアンスに聞こえるとの意見もございます。名は体を表すとの言葉がありますが、防衛大学校がナショナルディフェンスアカデミーとの名称であるように、ナショナルディフェンスフォース、国防軍という、国家国民を防衛する軍という名称が自然だと考えます。 国防軍の構成は、陸海空、宇宙、サイバーと、どのようにするかは法律事項で定めるべきというふうに考えます。 今後、本審査会でも、どう国を守るのか、生存権を含めた国民の権利をいかに守るか、本質的な議論を進めていただければというふうに考えます。 以上です。
○会長(柳本卓治君) 吉良よし子さん。
○吉良よし子君 日本共産党の吉良よし子です。 私は、改めて憲法九条の価値について述べます。 先日、五月二十二日にNPT再検討会議が閉幕しました。残念ながら最終文書の採択はされなかったものの、その当初案では初めて核兵器禁止条約などによる期限を切った核兵器廃絶について言及されるなど、これまでにない変化もあったと聞いています。そういう変化が見られたのは、日本の被爆者を先頭にした世界の市民による反核平和運動があったからです。 実際、今回国連に届けられた核兵器全面禁止アピールの署名は六百三十万筆を超え、国連事務総長もこの署名を高く評価し、各国が市民社会との連携を深めるよう会議の場で訴えています。 そして、私も四月末、このNPT再検討会議に合わせてニューヨークで開かれた、市民による核のない平和で公正で持続可能な世界をめざす国際平和地球会議に参加してきました。 この会議は、平和な世界のため、核兵器廃絶はもちろん、環境、貧困などあらゆる課題に取り組む世界中の市民が集まって交流し展望を開く有意義なものでしたが、私がこの会議に参加して印象に残ったのが、世界の市民による日本の捉え方です。 例えば、韓国のNGOの方が、アジア地域の平和のために必要なこととして、日本の憲法九条が鍵だという発言をしました。また、アメリカの市民からは、ニュースで日本が新たな軍拡に踏み出すと聞いたが本当かと、安倍政権による安保法制改悪案への懸念が示されました。 つまり、世界の平和を求める市民は、日本の憲法九条が世界の平和を実現するために重要な存在であると信頼を寄せている一方、その九条を無視し、米国とともに軍備拡大しようとしている今の日本政府の安全保障政策に危機感を持っている、こう私は実感しました。 私は、度々この憲法審査会において、日本の現実を憲法の掲げる理想に近づけていくことこそ政治のやるべき仕事だと発言してまいりました。憲法前文は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいとの決意を述べています。 まさに今、平和を求めて多数の市民が行動している国際社会において、日本が名誉ある地位を占めるためになすべきは、憲法九条違反の安保法制の改悪を進めることなどではなく、憲法九条の価値を再評価し、その立場を決して揺るがさないこと、そして核兵器禁止条約に向けて率先して足を踏み出していくことなのではないか、このことを強調し、私の発言といたします。
○会長(柳本卓治君) 豊田俊郎君。
○豊田俊郎君 自由民主党の豊田俊郎でございます。 私は、地方行政に長く携わってまいりました。この行政を担う中で、政策を決定するには二つの方法、大きく分けて二つの方法があるというふうに思います。一つは、市民、いわゆる住民の機の熟すのを待って政策を決定する方法、もう一つは、反対意見がある中で強く住民を説得してこれを成し遂げる方法、大別して二つの方法があるというふうに思います。よく見極めながら市政に携わってきたわけでありますけれども、今回のこの憲法改正に取り組む中でも相通ずる考え方ではないかなというふうに思っておるところでございます。 審査会においては、衆参それぞれ活発な意見交換がなされておるわけでございますが、国会と併せて大事なのは、いかに国民の皆様の間でも幅広い議論が重ねられることが不可欠であると考えます。 しかるに、今どうすべきかということになるわけでございますけれども、これは、公聴会という形で各地、各党で開催をするとか、広く公開討論会を開催するとか、とにもかくにも幅広い国民の議論への参加がなければ合意形成にはおぼつかないというふうに考えております。 具体的な方法ですが、さきに述べたとおり、国民の間で大きく意見が分かれる部分について、いきなり議論を開始しても一定の合意形成にたどり着くには至難の業であると思います。私といたしましては、多くの国民の合意形成が得られやすい部分からまず着手するのがよいと考えております。現行の憲法が制定された当時には想定できなかった部分で、現代の時流に照らして改正が不可欠だと考えられる部分からまず始めるべきではないかと考えております。 以上、私の意見といたしたいというふうに思います。
○会長(柳本卓治君) 江口克彦君。
○江口克彦君 どうもありがとうございます。次世代の江口克彦でございます。 簡単に三点、考えを述べさせていただきます。 護憲派の皆さん方が、憲法は国家権力を縛るものだということをよく言われますけれども、憲法学者の誰が言われたのか。アメリカの元大統領のトマス・ジェファーソンが言ったというようなことも聞いていますが、今、私、調べているんですが、トマス・ジェファーソンのどこに書かれているのか、それが一向に見付からない。いつ頃からこういうことを言われたのか、それからその根拠はどこにあるのか、寡聞にして私は聞いていない。 もし憲法が国家権力を縛るものであるとするならば、二十六条の教育の義務、それから二十七条の勤労の義務、三十条の納税の義務は国民を縛るものであり、私は、護憲派の方々が、憲法は国家権力を縛るものであるということであるとするならば、この辺の改正をおっしゃらなければならないのではないだろうかというふうに思います。 また、二点目は、九条ばかりいろいろお話しされていますけれども、八十九条に「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」、これがいわゆる私学に助成をしているということは、これは憲法違反にならないか。それは私学助成法で助成金を出すように、いろいろと、これも解釈憲法だというふうに思います。この辺はいかが考えるべきかと。 それから、三点目は、先ほどどなたか言っておられましたけれども、解釈憲法ということについては私も非常に危険だと思います。これは、今現行憲法は解釈、解釈で進められているわけでありますけれども、この解釈憲法をさせないためにも、行わせないためにも、憲法をきっちり改めて、憲法を勝手に解釈できないようにしなければ、今のままだとそのときそのときの為政者によって勝手に憲法を解釈されるのではないだろうかということを懸念しているということを申し上げておきます。 以上です。
○会長(柳本卓治君) 藤末健三君。
○藤末健三君 民主党・新緑風会の藤末健三でございます。 私は二つのことを申し上げたいと思います。一つは、先ほど吉良委員から憲法九条の話がございましたけれども、九条とともに私は前文というものは価値があると思っていますので、それについてお話しさせていただきます。そして、もう一つございますのは、北村委員から大阪市を廃止する構想、いわゆる大阪都構想の話がございましたので、住民運動についてどのように考えるかということをお話しさせていただきたいと思います。 まず、憲法の九条、戦争放棄の条項とともに、私は日本国憲法の前文にあります二つのセンテンスが大事じゃないかと思っております。一つは、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という部分でございます。様々な批判はございますが、平和を愛する諸国民、諸国ではなく諸国民の公正と信義に信頼して安全と生存を保持しようという理想。そしてまた、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と。全世界の国民がひとしく恐怖、暴力や戦争の恐怖や欠乏、病院に行けない、食事ができない、水が飲めない、学校に行けないという欠乏から免れ、平和に生存できると。そして、この前文の一番最後には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」とございますので、この点につきましても是非この我々の審査会で議論してはどうかということを提案させていただきたいと思います。 次に、大阪市を廃止する構想、いわゆる大阪都構想でございますが、先ほど北村委員からもお話ございましたし、柳本会長も関係されていると思いますが、私は、この議論、やっぱりメリットとデメリットがございますので、これを是非、住民投票を行いました、国民投票が行われるであろう、我々が作りました日本国憲法の改正手続に関する法律、いわゆる国民投票法でございますが、是非ちょっと議論しておくべきじゃないかと思います。 まず、この住民運動、市民運動につきまして様々な規制が掛けられないという話でございまして、例えばCMとか、あとはインターネット、ラジオとかいろんなものがございますけれども、折り込みもございます。制限が掛けられないがゆえにどんどんどんどん加速化していくのではないかという問題点。ひいて言えば、資金があるところが世論を動かす可能性が高いということが懸念されるのではないかと思っております。 一方で、関心が高まり、投票率が高まるということもあるとは思いますが、是非、我々がこの場で議論した、作りました日本国憲法の改正手続に関する法律、これに基づく国民投票の、規制というよりも、どうやって投票率を伸ばし、そして公平にするかどうかを議論することを御提案申し上げます。 以上でございます。ありがとうございました。
○会長(柳本卓治君) 他に御発言はございませんか。──他に御発言もないようですから、委員間の意見交換は終了いたします。 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後二時三十一分散会