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186回国会参議院2014/02/20

政府開発援助等に関する特別委員会 第2号

発言数
91
登壇者
16
会派数
9
開催日
2014/02/20

会議録

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) ただいまから政府開発援助等に関する特別委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告申し上げます。  昨日までに、松田公太君及び中西健治君が委員を辞任され、その補欠として柴田巧君及び小野次郎君が選任されました。     ─────────────

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。  政府開発援助等に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、政府参考人として外務大臣官房地球規模課題審議官香川剛廣君外二名の出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。  政府開発援助等に関する調査のため、本日の委員会に参考人として独立行政法人国際協力機構理事長田中明彦君、神戸大学大学院国際協力研究科教授高橋基樹君、国連開発計画(UNDP)駐日代表近藤哲生君及び独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員平野克己君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 政府開発援助等に関する調査のうち、六十周年を迎える我が国ODAの現状と動向に関する件を議題として、政府等から報告を聴取し、参考人の方々から御意見を伺います。  この際、参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。  本日は、御多忙のところ本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。  皆様から忌憚のない御意見を賜りたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。  議事の進め方でございますが、まず、外務省及び独立行政法人国際協力機構から各十五分程度報告を聴取した後、各参考人の皆様からお一人十五分程度御意見をお述べいただきます。その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。  御発言の際は、その都度委員長の指名を受けてからお願いいたします。  なお、報告及び意見を述べられる際は着席のままで結構でございます。  それでは、まず、六十周年を迎える我が国ODAの現状と動向に関する件のうち、「我が国ODAの六十年を振り返って」について、外務省及び独立行政法人国際協力機構から報告を聴取いたします。木原外務大臣政務官。

木原誠二自由民主党外務大臣政務官

○大臣政務官(木原誠二君) 我が国ODAの六十年を振り返って御報告を申し上げます。着座にて失礼を申し上げます。  二〇一四年は、日本がODAを開始してから六十周年に当たります。この間、日本は百六十九か国に対する支援を行い、世界における主要な援助国の一つとして多くの開発途上国の開発と成長、そして国づくり、人づくりを支えてきました。  この六十年の歴史の中で日本が途上国に対して地道に行ってきた支援は、日本とこれら諸国との関係の強化や、これら諸国の国民からの日本に対する信頼の強化につながっていると考えております。象徴的な例を挙げれば、東日本大震災後、アフリカの最貧国を含む世界百七十四か国・地域からお見舞い、支援が接到いたしましたが、その際、途上国からは、これらのお見舞い、支援は日本のこれまでの支援に対する恩返しであるとの声が聞かれました。また、BBCが二〇一二年に行った世論調査、世界に良い影響を与えている国ランキングで、日本は第一位を獲得いたしました。特に、日本が戦後重点的に支援を行い急速な発展を示しておりますASEAN各国では、二〇〇八年の世論調査で、九割以上の人が日本を友邦として信頼できる、又はどちらかというと信頼できると回答をいただいております。  また、日本が支援を通じて世界の、とりわけアジア地域の発展と安定に貢献してきたことは、平和で安定した国際環境という、日本の発展にとって必要な条件をつくり出す上でも大いに役立ってきたと考えております。ODAは、日本外交における最も重要なツールの一つであり、引き続き、我が国にとって好ましい国際環境を構築するため、その戦略的、効果的実施に努めていく考えであります。  日本の支援には一貫した信念があります。第一に、自助努力支援、第二に、経済社会基盤の整備や人づくり、制度づくりを通じた持続可能な経済成長の重視、第三に、人間の安全保障の理念に立ち、人間に対する直接的な脅威に対処するための一人一人の保護と能力強化を重視する姿勢であります。  開発途上国の開発問題は、その国の自助努力なくしては解決できません。日本は、途上国が自らの成長を切り開いていく力を育てるとともに、途上国自身の努力を後押しすることを旨として支援を行ってまいりました。日本のこうした姿勢は、技術協力を通じた途上国の人材の育成を重視する姿勢にも現れております。時間を掛けて人材を育て、その国の開発の在り方を共に考え、共に歩む日本のODAの伝統は、多くの途上国から高く評価されております。例えば、ブータンの農業改革を支援した西岡JICA専門家は、二十八年もの長きにわたり現地で活動を続け、ブータンの農民の意識改革を促すところから始め、機械化を通じたブータンの農業の近代化に貢献いたしました。ブータン国王から最高に優れた人を意味するダショーの称号を授与された西岡専門家の遺志は、西岡専門家の薫陶を受けたブータン人に受け継がれ、こうした人々が今日ではブータンの農業の発展のために日々活躍しております。  日本は、貧困における一時的な対症療法ではなく、経済社会基盤の整備や人づくりを通じて経済成長を実現することを重視してまいりました。円借款の供与等を通じてインフラの整備に大きな貢献をし、これが各国の投資環境の整備につながり、民間経済の発展を下支えしてまいりました。この結果、アジアの経済発展が促進され、この地域の貧困の削減にもつながりました。  経済のグローバル化により、途上国の開発資金において民間資金がODA資金の二倍以上もの額になっている現在、貧困削減を含む途上国の開発を進める上で、民間資金を呼び込み、経済成長を実現することがますます重視されるようになっております。民間資金の呼び水となるODA実施を重視する日本の援助手法の有効性は、改めて国際社会から評価と注目を集めるようになっております。昨年六月、横浜でTICADⅤが開催をされました。アフリカは、政治、治安状況の改善とともに、豊富な天然資源と高い人口増加率に支えられ、今世紀に入り目覚ましい経済成長を達成し、躍動する大陸として世界の注目を集めています。今後はアフリカでも日本の成長重視の支援を着実に進め、成果を出していく必要がございます。  日本は、人間の安全保障の理念を提唱し、人間一人一人に着目した支援を行っております。持続的な発展を実現するためにも、個々人を保護し、能力強化していくことが重要です。具体的には、教育、保健医療、ジェンダー、防災、環境、平和構築といった分野でこうした理念に基づくODAを積極的に推進しております。アフリカを始めとする途上国で、学校建設等を通じ、子供たちの教育へのアクセスの改善に貢献しております。安全で安定的な飲料水の提供や衛生的な下水道の普及を支援する等、水分野での協力においても日本の貢献は大きなものがございます。感染症対策におきましても、世界エイズ・結核・マラリア対策基金において主導的役割を果たすとともに、ポリオの根絶に向けても多大な成果を上げてまいりました。  このように、日本の過去六十年にわたるODAは、途上国の開発、成長に貢献してきたのはもちろんのこと、日本と途上国とのきずなの構築、そして日本の国際社会における地位の向上という観点からも確かな成果を上げてきたと言えます。現在、国連におきましては、二〇一五年より先の開発目標をめぐる議論が進められておりますが、日本はこれまでの成果を踏まえつつ、主要な援助国として日本の理念、考え方を国際的議論の中に反映させるべく努力し続けてまいります。  もとより、日本のODAに不十分なところがなかったわけではございません。過去六十年、日本はODAの効率と効果を高める努力を惜しまず、改革を進めてまいりました。  一九九〇年代に入りますと、冷戦終結後の国際情勢に対応するために、ODA大綱を定めるとともに、理念の明確化や政策面での強化を進めました。また、一九九〇年代後半からは、厳しい財政事情の中で、ODAの戦略性、機動性、透明性、効率性を高めるための努力を行ってまいりました。さらに、国民参加の拡大や日本のODAに対する内外の理解を深めるための努力も行ってまいりました。その努力の一つが二〇〇三年のODA大綱の改定でございます。また、二〇〇八年には、有償資金協力、無償資金協力、技術協力の三スキームの実施をJICAに統合をし、三スキームの有機的連携による援助効果の向上をより図りやすくしたところでございます。  このような改革努力は、二〇一〇年のOECD、DACの援助審査においても評価をされております。特に、現場主義の強化や分野横断的課題の主流化、関係省庁間の調整、NGOの重視、説明責任や透明性重視等の努力が高く評価されたところでございます。  最近では、オールジャパン体制による効果的、効率的な支援を実施する観点から、政府部内の連携を更に高めるとともに、中小企業を含む民間企業、地方自治体、NGO等、優れた技術やノウハウを有する様々なセクターとの連携強化を積極的に推進しております。  また、日本再興戦略の中で、企業の国際展開や国際標準の獲得に向けたODAの戦略的活用がうたわれたり、外交・安全保障政策の基本方針たる国家安全保障戦略の中で、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、日本を含むグローバルな安全保障環境の改善のためのODAの戦略的活用の重要性が示されたりするなど、様々な分野でODAの果たす役割への期待がますます高まっております。  今後も、日本の外交政策実現のための重要なツールとして、幅広く国際社会の平和と安定及び繁栄に資するODAを推進していく考えでございます。  ありがとうございました。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 次に、田中理事長。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) JICA理事長の田中明彦でございます。  本日は、我が国ODAの六十年を実施機関の立場から振り返るとともに、今後の展望について申し述べさせていただきたいと思います。  まず、我が国ODA六十年の歴史を振り返りますと、私は大きく分けて三つの時期に分けられると思っております。  第一の時期は、一九五〇年代から一九七〇年代の半ばまでの国際社会への復帰を遂げた時期です。戦後の日本は、一九五二年のサンフランシスコ平和条約の発効後間もない一九五四年に、地域協力機構であるコロンボ・プランに加盟し、東南アジア諸国への技術協力を開始しました。一九五八年には有償資金協力も開始し、現在の日本のODAの原型ができ上がりました。世界から孤立していた日本が国際社会に復帰していく過程で、戦後賠償と併せて、国際社会の中で責任ある行動を示していくためにODAが大きな役割を果たしてまいりました。  第二の時期は、経済大国日本の時代とも言うべき時期です。この時期、日本は累次のODA増額計画を実行し、ODA大国としても成長していきました。度重なる組織改編、統合を経てきておりますので正確な数字を示すことは難しいのですが、この間に、当時のJICAでは、職員数は約一・二倍の増にとどまる中で技術協力の事業規模が約六倍に拡大し、相当な効率化を達成したと言えます。  そして、一九九〇年代から現在までの二十年は、冷戦後の新秩序が模索される中、日本は成熟した国家として、新たな課題に直面する国際社会への関与を深めてまいりました。ODA大綱の下で、JICAは、ミレニアム開発目標、MDGsへの貢献、人間の安全保障、地球規模課題への取組等を強化してまいりました。二〇〇八年十月には、JICAとJBICの海外経済協力業務が統合され、新JICAが誕生し、技術協力、有償資金協力、無償資金協力を一体的に実施する体制ができ上がりました。  この六十年の歴史を通して、ODAの成果とJICAの実施機関としての貢献について申し述べさせていただきたいと思います。  JICAは主に三つの姿勢を貫いてきました。すなわち、自助努力の尊重、経済成長の重視、それから人と人とのつながりの三つであります。  一つ目の姿勢、自助努力を尊重した支援は、自国の考えや技術を押し付けるのではなく、その国の状況に合うものを一緒に考え、つくり上げていく姿勢です。  その国の自発性や自助努力を重視し、各国に適した発展を共に考えてきました。戦後復興から僅か二十年程度で経済大国と言われるまでに成長した経験を持ち、さらに援助受取国としての経験を有する日本の特徴であると言えると思います。この姿勢は、日本が先頭に立って促進してきた南南協力に発展的に取り入れられています。途上国同士がお互いの経験を分かち合い、共に問題を解決する南南協力は国連でも高く評価され、国際潮流の一つになっています。  二つ目の姿勢、経済成長を目指した支援は、貧困問題を根本的に解決するためにはその基礎となる経済を発展させるという姿勢です。  JICAの協力は、ASEAN各国の経済成長率の押し上げに大きく貢献しました。二〇一〇年の実績から計算した数字ですが、ベトナムにおいては、全土の空港利用者数の八五%がJICA事業によって整備された空港を利用しております。同様に、タイの空港で七六%、フィリピンの鉄道で五二%、カンボジアの港湾で七三%、インドネシアの水力発電で六二%など、JICA事業の貢献度が五〇%を超える国、セクターは多く、大きな貢献であったと言えます。  三つ目の姿勢、人と人とのつながりを重視した支援は、半世紀以上にわたり日本人ならではのきめ細やかさで根気強く人づくりに取り組んできた実績でありまして、これは誇るべきものであります。相手国との信頼関係なしには国際協力は成り立ちません。  JICAは、人づくりが国づくりの基礎という考えの下、六十年間の累計で約十二万六千名の専門家派遣、約四万四千名のボランティア派遣、約五十一万六千名もの研修事業を実施してきました。  なお、この六十年間にJICAの研修を受けた方で、大臣、次官を務められた方は三百人を超えており、局長級以上の方は三千五百人を超えています。外務省の対日世論調査の結果でも日本のODAは高く評価されていましたが、これらの数字は、JICAの協力が各国との信頼関係の構築に寄与したことを端的に表していると思います。現在、JICAは、海外九十二か国、国内十四か所の拠点を窓口として、世界百五十以上の国と地域で事業を展開しております。  先ほど申し上げましたように、アジアではインフラ整備と人づくりの局面から全面的に支援を展開した結果、経済成長、民主化、日本への信頼醸成、我が国企業の投資拡大に大きく貢献しました。一九八〇年代に行われたタイの東部臨海開発では、日本のODAにより、水源もほとんどない漁村を一大工業団地に成長させました。そして、トヨタ、ホンダ、スズキ、三菱などの日本企業がタイに進出し、タイで生産した製品が世界各地へ輸出されるようになりました。日本のODAが、タイを新時代へと導き、日本とタイの関係をも変えた好事例と言えるプロジェクトだと思います。  また、冷戦終結後の援助疲れした国際社会において、日本政府は一九九三年に第一回アフリカ開発会議、TICADを開催し、本格的に取組を開始し、低迷期のアフリカ支援を下支えしました。  JICAは、アフリカにおける理数科教育、村落給水、稲作振興、国境を越えたインフラ整備支援といった事業で高い評価を得ました。近年では、人間の安全保障の理念の下、平和構築支援に活動を拡大しています。フィリピンのミンダナオ和平構築支援、アフガニスタン復興支援などでは、過酷な環境の下で日本人が率先して積極的に現地で事業を展開し、国際社会においても大きな役割を果たしています。  ODAの成果の最後に、これらの成果は多くの尊い人命の犠牲の上に成り立ったものであることを申し添えたいと思います。  JICAの事業は、ある意味で危険と隣り合わせで実施されています。六十年の間に、犯罪、事故等によって命を落とされた方は、専門家、青年海外協力隊員等を合わせて二百名を超えます。我々は、尊い人命が失われてきたことを肝に銘じ、安全対策に万全を期していく決意でおります。  ここまで、ODAの意義を再確認し、ODAの成果と実施機関としての貢献について申し述べましたが、最後に今後の展望について簡単に申し述べたいと思います。  現在、世界は地殻変動のただ中にあります。経済成長する開発途上国が新興国になり、世界経済におけるパワーシフトが起きております。新興国が世界経済の中心となるとともに、彼らが直面する様々な課題を解決することが非常に重要な意味を持つようになっております。その一方で、取り残された脆弱国家では多くの人々が内戦や貧困問題に苦しんでいます。これらの問題は、人道的に重要であることはもちろんですが、国際社会の安定と繁栄にとっても大変重要となっています。  このような課題に対し、JICAは、二国間ODAの実施機関として、日本政府の日本再興戦略と国家安全保障戦略に従い、国際社会の掲げるミレニアム開発目標、MDGsを始めとする開発目標の達成に貢献してまいります。  日本の戦後復興から経済大国に至る経済発展の経験は、多くの新興国の課題の解決を考えるときに大変貴重な知恵の宝庫です。例えば、都市開発、省エネ、防災、公害、環境保全、社会福祉等での日本の経験は、言わば日本ブランドとして世界に誇れるものであり、アジアを始めとする新興国が直面する課題の解決に大いに役立つはずです。このような日本の強みを生かした競争力ある事業を展開してまいりたいと思います。  一方、脆弱国家への支援には多くの困難が伴い、世界的に見ても成功への処方箋は必ずしも見付かっていない状態にあります。しかし、幾ら困難であったとしても、脆弱国家の問題への貢献は成熟国家としての日本としておろそかにできない責務です。また、これらを放置することは安全保障上も大きな問題となり得ます。これらの国ではミレニアム開発目標達成状況も遅れており、ガバナンス向上の支援、インフラ整備に加えて、保健医療、安全な水、女性の地位向上などの事業を積極的に展開してまいります。  これらの課題に日本を挙げて取り組むためには、開発援助に関わる国内外のアクターとの連携を強化する必要があります。民間企業、大学、地方自治体、市民社会、NGOなど多様なパートナーシップの強化に努めており、皆様のお知恵をお借りして課題解決に努力してまいります。  岸委員長を始め、委員各位の御支援と御協力を心からお願い申し上げます。  どうもありがとうございました。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 続いて、「我が国ODAの六十年を振り返って」について参考人から御意見を伺います。高橋参考人。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) このような機会を与えていただきまして、ありがとうございます。  横長の資料をお配りしております。適宜、御参照いただきながら聞いていただければと思います。  私は、ODAの六十年を振り返って、残された二十一世紀に我々が何を受け継いでいくべきかという観点からお話をさせていただきたいと思います。  私の観点は、援助の本旨というのはあくまで相手国の開発に対する支援である。日本の国益というのもこれを通じて実現されるべきでありますが、それはあくまでも情けは人のためならず、国益というのは副次的に我々に返ってくるものだというふうに捉えて評価をするべきだというふうに考えます。また、援助の対象国というのは極めて文化の異なる様々な国から成っております。そういう国々との対話のプロセス、そして対話に基づく行動のプロセスが援助であったというふうに考えます。  援助の質は相手国の人々の利益にかなっているかという観点から測られるべきであり、そういう観点から研究をする者としてODAの回顧というのをさせていただければと思います。時期区分については田中理事長がおっしゃったものと余り変わりませんので、それに従ってお話をさせていただきたいと思います。  一九五四年、援助が創始をされました。研究者の中では、戦争賠償というものが元々起源であるので、日本の援助は非常に受け身的に始まったということが言われております。これはいまだに非常に影響力のある考え方でございますけれども、最近では、五〇年代の日本の指導者の中には、植民地を失った後、対等に途上国との関係を構築し直して途上国の開発を真剣に希求しようとする考えがあったということが少しずつ分かってまいりました。ただ、始まってからしばらくの援助というのは、自国の経済的利益、特に輸出促進であるとか資源確保が際立つ援助だったというふうに言っても仕方がなかったかと思います。  その援助が大きな転換を遂げたのは一九七〇年代であったろうと思います。詳しい背景については省略をさせていただきますが、このときに日本は先進援助国として真のスタートを切ったというふうに言えると思います。それを象徴するのが福田ドクトリン。ここでは、特に日本が大国化する中で疑念や反感がございました。それを払拭するために平和主義を掲げ、相互信頼を求め、まさに対等な協力というのを大きく掲げて途上国との対話を開始したというふうに考えます。更に重要なことは、そのときに日本の援助は二つの柱を立てる、相手国の工業化を支援する、産業の発展を支援するということと、貧困の削減を真摯に追求していくことでございました。今までに続く、相互に依存する国際社会への貢献、そして人道主義というものがこのときに大きく理念として掲げられたというふうに言っていいと思います。  八〇年代、東アジアの時代が始まりました。日本は、工業化を成功させたアジア諸国に円借款や高度な技術移転を供与することによって伴走をしてまいりました。同時に、注目すべきことは、ベーシック・ヒューマン・ニーズがこの多くの国で充足をされていったということでございます。  九〇年代に世界最大のドナーになった日本は、その責任を明らかにするべく、ODA大綱というものを制定をいたしました。新しく掲げられたのは、自助努力の支援、そして環境保全を目的とするということであります。さらに、平和主義というのを前面に打ち出して、民主的価値に沿った支援をしていくということを高くうたいました。これに沿ってアフリカ開発会議が始まったということを我々は忘れてはならないと思います。  ただ、全てのことが順風満帆であったわけではございません。九〇年代の後半になると、残念ながらODA予算の削減ということが始まりました。更に難しい問題は、重債務貧困国が債務を返せないという状況に陥りました。条件の良い公的債務を返せない。ここから破綻国家あるいは脆弱国家と言われる問題が顕在化をしてまいりました。貧困というのは、以前からそうでありましたが、座視できないレベルで世界中に広がっている。特にアフリカ等では広がり、さらに深刻化をしているという状況がございました。他方で、紛争等の人道的危機が深まってまいりました。  御承知のとおり、二十一世紀になってからアフリカの成長は再開をしておりますが、こういった国家の脆弱さ、あるいは貧困の深刻さというのは存続をしておりますし、成長がもたらしているものの一つは格差の深刻化であります。重要なことは、そういった中で国際合意としてのミレニアム開発目標、これは特に教育や保健医療に集中をしておりますけれども、こういったものを地道に達成をしていくということが必要になりました。  日本は、こういう新しい内外の援助を取り巻く課題に直面をして、新しい理念とアプローチを打ち立てる必要に迫られました。それが二十一世紀の初めでございます。そういうことの模索の結果として、人間の安全保障の理念というものが定立されたというふうに私は理解をしております。現行ODAに高くうたわれております。これは、日本の平和主義、そして世界的な理念である貧困削減、そして途上国、人類社会の喫緊の要請に応える、世界に誇るべき理念だろうというふうに私は思います。  また、これまでの経験を通じて、日本が目指すべき援助モデルというものも浮き彫りになっていったというふうに思います。それは、息の長い対話型の支援、相手方の開発課題を深く包括的に理解をし、同時に、相手国の意思、主体性を尊重する。特に、相手方が作った開発戦略や自助努力というものを尊重してそれを支援していくということでございます。もう一つ付け加えるべきは、他の主体、特にほかの援助国であるとか国際機関、さらに我が国内外の、あるいは相手国の民間組織と幅広く、そして透明で公正な形で重層的に連携をしていくということでございます。  二十一世紀も十数年がたちましたが、ここまでの経験の中で培われた、ODAの六十年の経験の中で培われた我が国の資産というものがあると思います。これをほかのドナーとも比較しながら申し上げたいと思います。  一つは、地域的な広範さであります。アジアを主体としてまいりましたけれども、アフリカやラテンアメリカにも様々な活動を展開しています。さらに、日本は、援助分野、手法の多様さという資産を持っています。特に、単純化しますと、産業発展と人間開発、貧困削減といった相手国の状況と課題に対応して供与のできるメニューを多く持っているということでございます。さらに、問題がいろいろありますけれども、日本の援助は多くの案件が非常に長期的視野で行われている。その中に対話型のアプローチというのが含まれているということが非常に重要なことであろうと思います。  この六十年の歴史の中で培われた最も重要な資産というのは、国際協力の人材であろうと思います。  思いますに、私も援助に付き合いましてから二十数年以上になりますが、昔の方には失礼かもしれませんけれども、最近の人材には非常に優れた方々がおられます。昔もおられたかもしれませんが、ますます優れた人材が増えているように思います。それはODAに限らず、NGOの職員の方にもとてもすばらしい能力と知見を持った方がおられる。そういった高い能力を持った人材が、現場で一生懸命汗を流して誠意を見せ、献身をしてきたということによって勝ち取られた尊敬や信頼というのは、敗戦後あるいは一九七〇年代に先人たちが渇望してきたものが今実現をされているのだろうというふうに思います。  さて、私は、スマートな援助大国というものを目指すべきだということをかねがね申し上げてきました。スマートというのは、痛みを感じるという意味は元々の語源にあるようですけれども、大変重要なことは、単に援助を通じて相手の国と利益や成功を分け合うということだけではなくて、相手の苦難あるいは課題を共有するということが重要であり、不可欠であろうと思います。  なぜ人間の安全保障の理念が非常に優れているかというと、この理念は、人々の暮らしに困難をもたらす要因、例えば欠乏であるとか恐怖というものを正面から把握して、それに知的に対処することを我々に求めているからであります。防災がその典型であろうと思います。  こうしたことを踏まえたときに、今日本が援助国として直面している大きな課題というのは、やはりアジアの中に立っている援助先進国としてリーダーシップを発揮していくことだろうと思います。今、成長の波は東アジアから西に及んで環インド洋圏に及ぼうとしています。そこに眠る大きな潜在性は、貧困とかあるいは安全保障上の非常に深刻な問題をクリアすることなしには生かすことはできないと思います。そこに日本のリーダーシップが大きく期待されると私は思っています。  さらに、苦難というと日本国民の多くはそっぽを向いてしまうのではないかというふうに言われるかもしれません。しかし、私はそういうふうに考えるのは早計だと思います。平成二十三年の世論調査によれば、東日本大震災でいただいた支援、そのお返しのために援助を続けるべきだというふうに、答えた方の六割の方が答えておられます。  さて、今直面する具体的な課題は、やはり援助予算の再拡大であろうというふうに思います。予算削減は、特に貧困国向けの援助の運営を硬直化させています。なぜかといえば、技術協力や無償資金協力に大きな制約が掛かっているからであります。また、日本は、国際公約であるGNIの〇・七%供与という公約を、言ってしまえば一顧だにしなかったという問題がございます。予算抑制というのは、そういった意味でも非常に大きな問題であろうと思います。  実務の方々から援助スキーム間の連携というお話がございましたが、まだまだ足りないというふうに思います。一つのプロジェクトにたくさんのスキームを取り入れて、あるいは内外のNGOの力を組み入れて多くの活動を多様に行っていくべきだろうというふうに思います。  さらに、全世界にとって、あるいは日本にとって未解決の課題があると思います。それは、産業発展と貧困削減という二本の柱があるわけです。これは普通に考えれば本来相乗作用を発揮すべきものですが、なかなかこの両者をつなぐアプローチというのが見付かりません。  一つ大きな鍵は、この両者をつなぐ本来の責任は対象国の政府にございます。しかし、多くの我々がこれから相手にしていくべき国々は若い脆弱国であり、若い国の政府というのは、人々の意思に応え得ず、あるいは代表していないおそれがある。特にそういった国では、大規模な開発を行ったときに住民の権利が十分に保護されない可能性がある。我々は、援助側としてそこにきめ細やかな配慮をしていく必要がありますし、こういったことをつなぐ政府の能力の強化を助けていく必要があります。まさに、国づくりを支援する必要があるのだろうと思います。現在のように、格差が拡大する、この状況の中ではこういった支援はますます必要になっているというふうに考えます。  先ほど来お話がございましたように、国際情勢というのは構造転換をしています。日本の国の形も、申し上げるまでもなく、大きく変わろうとしている。その中で、日本のためにも途上国のリソース、活力を導入することは不可避でありますし、そのためにODAが使われるということについて異論はございません。しかし、民間経済を振興するというのはODAを超えた様々な難しい技術、スキル、知識が必要で、私は、ODA以外の政策手段の拡充をより一層図っていくべきで、現在ODAにあるいはその組織に掛かっている過重な負担というのは軽減をし、ODAの局面では公共政策支援により集中をしていくべきだろうというふうに思います。  もう一つ、新興国との様々な形の関係が生まれています。その中には、援助競争が今生まれているのかもしれません。中国は、日本に対して、援助の質がどのレベルでどっちが高いかというチャレンジをしてきているようにも見えます。こういったものを建設的な競争にしていき、さらには、できればこういった前向きな側面ではお互いの比較優位を生かして協調をしていくということが将来求められているのではないかというふうに思います。  最後に、将来、五十年後を見ますと、世界の人口の半分以上は大きな意味での環インド洋圏に集中をいたします。四分の一はアフリカに住みます。ここに対する戦略、そして支援の方向性を持たない先進国というのは、恐らく先進国の名に値しないということになると思います。そうした大きな目を持って日本のリーダーシップを考えていただき、ODAの機能、役割を考えていく必要があると私は考えております。  機会を与えていただきまして、大変ありがとうございました。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) ありがとうございました。  次に、「ポストMDGsを巡る動向と日本の関与の在り方」について参考人から御意見を伺います。近藤参考人。

近藤哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表

○参考人(近藤哲生君) 皆様、本日は参議院政府開発援助等に関する特別委員会の席にお招きいただきまして、私からは、ミレニアム開発目標の進捗状況、ポスト二〇一五開発アジェンダの動向、また国際社会の日本への期待といったことについて御説明をさせていただきます。  私、本年一月一日に国連開発計画駐日代表を拝命いたしました近藤哲生でございます。これまで勤務してまいりましたチャド、コソボ、東ティモール、イラクといった途上国、紛争国においても、このようにその国のリーダーの方々にお話をする機会を頂戴いたしました。そういった国々では間違ったことを申しますと命に危険が及んだわけですが、この席では、とても晴れがましい席ではありますが、間違ったことを言っても、部下から殴られることはあっても命に危険は及ばないだろうと安心しております。  ミレニアム開発目標、MDGsの進捗と日本の貢献でございます。  進捗状況をまず申し上げます。  MDGsは多くの分野で進捗が見られますが、地域と目標によってかなり達成にばらつきがあります。極度の貧困で暮らす人々や、改善された安全な飲料水にアクセスできない人々の割合、これは半減され、減らすことができました。マラリアによる死亡率も十年間で二五%低下しております。一方、乳幼児や妊産婦の死亡率に関する目標の進捗は遅れております。また、地域を見ますと、サハラ以南アフリカや南アジアでは達成に遅れが見られます。お手元に私どもの事務所からお配りしたミレニアム開発目標パンフレットの六ページに記載がございますので、御覧いただければと思います。  達成期限の二〇一五年まで、あと七百日を切りました。UNDPは、MDGsの達成に向けて、引き続き各国政府の取組を応援しております。アフリカや紛争後の国々、小島嶼国、内陸国などは特に支援を加速する必要があります。  日本は、MDGsの進捗に向けて大変に大きな貢献をされてきました。日本政府は、ODA政策の中核である人間の安全保障の実現のために世界各地で様々な支援を実施されています。アフリカ開発会議、TICADを通じた農業、教育、保健などの分野の支援は高く評価されております。また、日本政府はUNDPを通じて、アフリカ、中東、アフガニスタンなど平和が脅かされている地域で、貧困削減、平和構築、選挙や議会支援といった民主的ガバナンスの事業に資金を提供されております。日本政府が拠出されているUNDPのプロジェクトについては、日本・UNDPパートナーシップ冊子というお手元の資料の七ページにございますので、また御覧いただければと思います。  本日はJICAの田中理事長が御出席ですが、現場においてUNDPから拝見しておりますと、JICAを中心とする日本のODAは、極めて丁寧で細かく、クオリティーが高いという評価がございます。UNDPは、日本政府拠出事業では特にJICAとの補完性、連携を心掛けており、それによってUNDPのプログラムのクオリティーも高まるという相乗効果が得られております。田中理事長はUNDPの人間開発報告書のアドバイザリーパネルのメンバーでもあり、JICAとUNDPは開発政策のアドボカシーでも協力をしております。  私がおりましたチャドですが、日本政府が資金拠出をされたUNDP案件の事例として、地方分権化プロジェクトというものがございました。チャドの憲法は独立して間もなく一九六〇年代にできましたが、地方分権化について規定があるにもかかわらず、地方自治法がございませんでした。その結果、選挙が行われなかった。このプロジェクトを通じて、チャドの歴史で初めて地方議会選挙を行いました。また、選ばれた約九百名の全国の地方議会議員に対して研修を行って、彼らの責任について認識を深めてもらった。MDGsの達成には地方行政能力が不可欠なんです。日本政府は、UNDPと協力してこのように重要な支援を行ってこられたことをまず強調したいと思います。  次に、ポスト二〇一五開発アジェンダ、二〇一五年以降どうなるんだろうということについての見通しを御説明申し上げます。  ポスト二〇一五開発アジェンダですが、貧困撲滅が中心となる、持続可能な開発アジェンダになります。途上国のみならず、先進国を含め、国境を越えて取り組むべき課題が含まれています。MDGsよりも幅広く普遍的なものとなることが予想されます。  これまで、当初、MDGsの後継であるポスト二〇一五開発アジェンダと、二〇一二年にブラジルで行われました国連持続可能な開発会議、いわゆるリオ・プラス20で合意された持続可能な開発目標、サステーナブル・ディベロップメント・ゴールズ、SDGsというものがダブルトラックで別々に議論されてきたわけです。これを、昨年九月の国連総会とMDGs特別会合で採択されました合意文書で、ポスト二〇一五開発アジェンダとSDGsを統合する道筋が明確になりました。  UNDPの総裁が議長を務めます国連開発グループでは、世界各国並びにインターネットのウエブサイト上で国際的な公開協議を行いました。これには百九十か国以上から百七十万人が参加して、主要なメッセージをまとめることができました。  六点ございます。まず第一に、MDGsの達成に向けては最後まで加速する努力をすべきだと。第二に、格差の是正が不可欠である。第三に、働きがいのある人間らしい仕事、いわゆるディーセントワークが優先課題である。第四に、正直で効率的な政府を望む。第五に、より変革的、イノバティブで普遍的な目標を望む。そして最後に、各国政府の結果に対する説明責任と定期的なモニタリングが必要であるという意見が多く見られました。  今後でございますけれども、昨年末より、持続可能な開発目標に関するオープン・ワーキング・グループが議論を活発化させておりまして、このグループが本年九月までに報告書を取りまとめる予定でございます。これを受けて、九月から政府間交渉が開始されます。国連事務総長は、今年末までに全てのインプットを統合した報告書を作成いたします。明年九月の首脳会合で新しい開発目標が採択される見込みでございます。  日本政府は、このポスト二〇一五年開発アジェンダの策定のプロセスで大変に有益な主導的役割を果たしてこられました。ポスト二〇一五開発アジェンダに関心を持つ非公式な会合、いわゆるコンタクトグループを、主要な関心国や国際機関に呼びかけて、二〇一三年三月までに六回開催してくださいました。二〇一二年五月には、UNDPとILOが雇用と成長をテーマとして第一回のテーマ別会合を東京で開催いたしまして、外務省とJICAが共催してくださいました。政府関係者だけではなく、学識経験者、市民社会団体等から活発な出席が得られ、議論が行われました。  UNDPがポスト二〇一五年開発アジェンダに加えられるべき重要な分野として考えていることが三点ございます。これは、日本もこの点を強調されているというふうに考えております。  まず第一に、防災。日本の防災と災害からの復興に関する幅広く高度な技術、知見、経験は世界各国が認めており、共有が期待されております。来年三月に仙台で開催される第三回国連防災世界会議では、二〇一五年に期限を迎えます防災のための兵庫行動計画の枠組みが後継の枠組みに取って代わられることになります。ハイチの地震やフィリピン台風に見られますように、災害はせっかくの開発を後退させてしまいます。ポスト兵庫行動枠組は、ポスト二〇一五年開発アジェンダの一隅を占める国際的なコミットメントになることが重要であると考えております。  第二に、ジェンダーの問題でございます。女性のエンパワーメント、女性と女の子の能力強化というものは、MDGsのほかの目標の加速化に資することは間違いありません。数々のプロジェクトを見てまいりまして、そのように確信しております。ポスト二〇一五開発アジェンダでは、全ての目標、ターゲットにおいてジェンダー平等に配慮することが期待されており、協議プロセスにおいて女性の声がひとしく反映されることが重要だと考えます。紛争や災害の影響を受けた国における女性の生活向上支援や女性の政治参加推進への支援等の成果、教訓をポスト二〇一五開発アジェンダに活用することができると考えております。  三点目が保健、すなわち、世界中の全ての人が必要な保健医療サービスを負担可能な費用で受けられる、いわゆるユニバーサル・ヘルス・カバレッジでございます。多様化する保健のニーズに対して保健サービスへのアクセス格差をなくすために、健康長寿社会である日本の経験を踏まえた貢献が期待されます。ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現には、法律、政策、ガバナンスへの取組も不可欠です。  最後に、国際社会が日本に期待していることを申し上げます。  二〇一五年以降の持続的な開発目標が策定される重要な時期である今、日本に期待されているのは大きく次の三点がございます。第一に、国際機関を効果的に活用していただくこと。第二に、MDGsの達成と二〇一五開発アジェンダに対する民間企業の参加を促進していただくこと。第三に、人間の安全保障を実現するためのODAを推進してくださることです。  国際機関の有用性、特に日本が活用できる点を二つ挙げますと、まず第一に、国際機関は世界共通のルールを規範として形成し、実現していくことができます。防災のように日本が持つ知見、経験を世界に普及していくためには、国連などの多国間の場を活用していただくことが効果的と思います。  第二に、国際機関は多国間や活動主体の調整能力、それから動員力を持っております。日本が限られた資源を有効に活用するためには、他の開発パートナーとの緊密な連携が不可欠です。さきに閣議決定されました国家安全保障戦略にも国際機関との連携の必要性が言及されております。途上国の現場で国際機関を是非活用いただきたいと思います。  以前のODA特別委員会の記録を拝見いたしますと、二〇一三年三月にタンザニアとモザンビークに派遣された議員団の方の報告がございました。国連の主導する援助協調の枠組みが有効であり、必要であったという所感を見付けました。このような国連の意義、役割に対する理解は大変に心強く思います。  UNDPは、国連開発グループの議長として、現場では国連常駐調整官の制度を運営しております。百七十七か国で活動しております。日本が国連の調整機能や動員力を活用する際に日本人職員が果たす役割は大きいと思います。二〇一四年から二〇一七年までのUNDPの戦略事業計画が採択されております。これは安倍総理が国連の一般演説で主張された女性のエンパワーメントや平和構築といった点を共有しており、UNDPとの協力、連携が更に有効かと思います。  また、民間企業の参加でございますが、UNDPは、現在、ビジネスパートナーシップ、民間企業による開発への参加と事業の収益を両立する革新的なビジネスモデルの構築を支援しておりまして、御活用いただけるかと思います。  人間の安全保障は、先ほどもほかの参考人の方から御説明がありましたように、人間の尊厳、恐怖や欠乏からの自由を確保するために、それを科学的に解明して効果的に取り組む重要なツールです。国連を通じて是非実現していただきたいと思います。  私の前任地のチャドでは、二〇一三年の開発指標を見ますと、百八十七か国中百八十四番目の大変に厳しい順位でございます。平均寿命は四十九・九歳。二〇一五年以降、私が残してまいりました同僚や部下の家族や子供たちが今よりも健康で長生きし、平和で豊かな生活を送ってほしいと願ってやみません。  日本においても、自分や友人の家族、子孫が、今よりも格差が減り、自然環境が豊かで災害に強い社会で生活してほしいと切に願います。一五年後をどのような世界にしたいのか、これからの一年間、日本でもポスト二〇一五開発アジェンダの議論を活発化し、国際社会に発信していただきたいと思います。  UNDP、国連開発計画は、皆様とともに、二〇一五年以降の開発目標に対する皆様の声を反映させていただきたいと思います。  御清聴ありがとうございました。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) ありがとうございました。  最後に、「アフリカ支援の現状とTICADプロセスの評価」について参考人から御意見をお伺いいたします。平野参考人。

平野克己独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員

○参考人(平野克己君) アジア経済研究所の平野でございます。アフリカに焦点を当ててお話をさせていただきます。  皆さんからお話があったとおり、日本の援助政策というのは、第二次世界大戦後、アジア経済、アジア世界を再建するという世界的な機能を背負って生まれたものです。つまり、アジアからイギリスやオランダといった旧宗主国が撤退をしていって、そしてアメリカと協力しながら、現在のアジア、世界経済を牽引するアジア経済を構築していく中で、日本の経済協力政策というのは重要な機能を果たしてきました。  これに比較すれば、アフリカにおける日本のプレゼンス、これは援助のみならず、民間企業においても、アジアに比べるとはるかに小さなものです。それに対する一つの対応策として、つまり、援助においては日本がリージョナルドナーからグローバルドナーに、そしてナンバーワンドナーになっていく過程の中で、一九九三年、TICAD、アフリカ開発会議というのが開始をされました。  日本経済にとってアフリカというのは一体どういう意味を持っているのかというのを簡単に見ておきたいんですけど、日本とアフリカの経済関係というのは、実は長い間自動車産業が支えてきました。アフリカから日本は、まずメーンにプラチナを買っています。このプラチナというのは排ガスの浄化に必要なものなんですが、買っています。世界中の自動車産業がプラチナを買っているわけですけれども、日本が最大の自動車企業がございますので、日本が最大のバイヤーです。世界のプラチナの九〇%は南アフリカという国に埋まっています。ですから、日本がアフリカから輸入するのは常にこのプラチナが中心、そして日本がアフリカに輸出するのは、日本の輸出の半分以上、六割近くは自動車なんです。この点から見ても、日本とアフリカの経済関係はずっと自動車産業が支えてくれた。  ところが、これがここに来てちょっと変化が見えます。実は、日本とアフリカの貿易は初めて貿易赤字が継続しています。なぜかというと、電力用のエネルギー、特に天然ガスのアフリカからの輸入が急増しているからです。これは、福島後の日本のエネルギー状況に対する対応の一つ、これがアフリカとの経済関係にも強く反映されているということなんです。こういった動きの中で、かつて日本の総貿易の一%を占める、大体それぐらいの比率であったアフリカが、現在、その倍ぐらいの規模になっています。  ここで、もう一つ考えておかなきゃいけないのは、二〇〇三年から始まった世界経済情勢の変化で、それはまず資源高ですね。資源が高くなりますと、これは七〇年代もそうなんですが、先進国経済よりも途上国世界の方が経済成長率が高くなります。高くなりますと、先進国から途上国へと投資が行われるようになります。これは八〇年代、九〇年代にはなかったことでした。八〇年代、九〇年代は先進国の方が経済成長が速かったので、日本企業はむしろアフリカから撤退するという、そういう傾向にあったんですが、世界を挙げて、日本を含めてアフリカに投資のブームが起こるというのがここ十年の動きです。  こういった世界全体、世界経済全体の情勢変化を踏まえて、実は援助政策も各国で変化が、著しい変化が見られます。まず、一番目立っているのは中国で、中国は高度成長を維持するために大量の資源が必要ですから、新たに資源供給地として開発されてきたアフリカに早い段階にコミットし、今の中国の七%成長は、まあ年によってはまだ二桁が可能ですけど、多くの部分、アフリカから輸入する資源によって可能になっています。つまり、今の中国にとってアフリカは全く不可欠の貿易パートナーになっています。  実は、中国だけが目立っていますが、先進国も、特に最近ではイギリスやカナダといったところが援助政策を抜本的に変えてきました。これは、民間との協力、それから官民連携の中でアフリカに対する開発促進及び経済的な権益をきちっと確保していく国益優先型の援助ということを、かつて人道主義を強く掲げていたカナダやイギリスが掲げるようになってきています。つまり、ODAの機能の見直しがここ急に行われるようになってまいりました。  その中で、実はTICADも変化をしてまいりまして、二〇〇八年に開かれたTICADⅣ、第四回会議で官民連携アプローチが日本の援助にも初めて導入をされました。アジアのときはもちろん官民一緒になってやっていたんですが、その後、援助においては民間の動きとは絶縁する状態になったんですけれども、これが連携をしていくというアプローチが取られるようになりました。  考えてみれば、援助政策というのは途上国を相手にした外交政策の一部ですから、外交政策がそうであるように、国益から自由であるはずがありません。国益を脇に置いた援助が許されるはずがありません。国益は語るまでもない援助の大前提です。国益の中に、別個に考えておかなければいけない国際益、国際社会のためにする日本の努力というのがございますが、国際益もまた日本の国益の観点から判断されなければなりませんし、また、もっと言えば、強い国でなければ、日本が元気であることが最大の貢献ですから、強い国でなければこの国際益の貢献というのは可能ではありません。その観点からも、援助は常に国益を考えて実行されなければいけないというのが私の考え方です。  こういった動きの中で、ODAの定義を見直そうというのがOECD開発援助委員会の中でも最近盛んに議論をされるようになりました。今、近藤さんの方からMDGs、ポストMDGsの議論がございましたが、ポストMDGsも大変大切ですけれども、実務的にはこのポストMDGsよりもはるかに重要なのは、ODAをどういうふうに定義するかの変更だろうと思います。これは、日本の援助、現在の算定方法ではランクを五位まで落としている日本の援助の見直しにおいても非常に重要な意味を持っていると私には思えます。  その背景には二つのことがあって、一つには、先進国よりも途上国の方が経済成長率が高くなって投資が急増しているので、金融の役割をもう一回見直そうじゃないかという大きな動きがあります。これまでは、無償援助の方が援助本来の姿で、有償援助、日本でいうと円借款はそれに次ぐ二流の援助という位置付けだったんですが、いや、どうもそうじゃないぞというのをヨーロッパ諸国も言い出してくるようになりました。  もう一つは、新興国ドナー、先進国以外のドナーの台頭です。これは中国が最も典型的ですが、そのほかにも、アジアでいうとタイやマレーシア、インドネシアというところはもう既に援助国ですし、それから韓国はもうOECDのメンバーですし、あと南米においてはブラジル、こういったところが、あるいは中東産油国が援助国です。そのプレゼンスが非常に大きくなってまいりました。  開発においては、民間においては競争が重要ですが、開発においては協調が重要です。こういった新興ドナーと協調していくためには、新興ドナーの援助というのは常に開発金融ですから、金融をきちっと前面に出して見直していくということがどうしても必要になります。こういった変化がODAの定義の見直しということに結び付いているというふうに考えます。  ここにおいて、日本において重要なのは、もう一つの重要な課題は、エネルギー問題もそうですが、日本経済の再生です。日本経済の再生には多くの課題がありますけれども、この途上国との関係において一つ重要な点を述べさせていただきますと、日本の世界最低とも言える貿易依存率の引上げだと思います。  世界には現在百九十六の国がありますけれども、日本は下から六番目の貿易依存率しかありません。現在、日本の輸出というのはGDP比で見て大体一五%ですが、これを平均並みに四〇%に上げる、あるいは平均に届かなくても、倍にして三〇%にするだけで日本経済には大変な成長余力がある。  つまり、どの地域を見ても、アフリカにおいては特にそうですが、日本のプレゼンスが小さくなっていくというのは、自動車を除いた日本製品の浸透力が徐々に徐々に弱くなってきているということなのです。このことは日本経済の体力にも大いに影響していて、途上国における日本企業の体力をもう一度向上していただかなければならないと思っています。  アフリカビジネスというのは、言ってみるとフロンティア市場でして、私はこれはビジネスの道場だとも考えているんですが、ここでもう一度、日本企業の力を試していただきたいと思っています。実際、非常に収益力の高い日本企業は既にアフリカでネットワークを張り、大いに有望なビジネスを展開されています。これに続く企業の数をどんどん増やしていかなければならない。その中で、日本社会の収益力を高めていく必要があると思います。収益力を高めていくということは、労働人口が減っていく、比率が減っていくということの対応でもありますし、財政基盤の強化にもつながるお話です。そのためには、日本がもう一度グローバルに国を開いていく必要があると私は強く考えております。その中に援助政策の重要性もあるというふうに思います。  今お話ししたように、ビジネスにおいてのアフリカの重要性、それから経済における重要性、これが前面に出てくることによって、十年ぐらいまで行かなくても、日本でもここ五年ぐらい、アフリカに関心を持つ日本人の数が非常に増えてまいりました。そのことを実感しております。以前はアフリカ物のコアの読者、雑誌とか本の読者というのは大体千人に満たなかったんですが、日本全体で、現在は恐らく二万人ぐらいいると思います。  これは、NGOのようなマイノリティーだけでは駄目なので、日本の場合、企業社会ですから、企業の方がアフリカに関心を持っていただく、いや、もっと言えば、アフリカを超えて世界のかなり条件の厳しい市場にも関心を持っていただくということが重要になってきます。そのことを通じてリスクを恐れない活力のある日本社会を実現していく、その中に援助政策も一つのツールとして組み込まれていく必要がある、これが日本の援助のこれからの課題であろうと私は思っております。  ありがとうございました。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) ありがとうございました。  以上で報告及び意見の聴取は終わりました。  これより質疑を行います。  なお、発言は全て起立の上、お願いいたします。  また、各委員の発言時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。  それでは、質疑のある方は順次御発言願います。

中西祐介自由民主党

○中西祐介君 自由民主党の中西祐介でございます。  本年は、この政府開発援助が始まって六十年、ひもとけば、アジア及び太平洋の共同的経済社会開発のためのコロンボ・プランに加盟して六十年ということでございまして、今年の十月六日がその国際協力の日ということで国内でも制定をされておりますが、そこで六十年という節目を迎えるということであります。大変大きな節目の中でこうした委員会審議をしていただくことになりました。委員長を始め、また政府、本日お越しの参考人の皆様にまずもって感謝を申し上げたいというふうに思っております。  限られた時間でございますので、続けて二つの質問をまずさせていただきたいと思っております。  この六十年の間、政治やあるいは安全保障環境の変化というのは大変大きなものがあると思っております。このODAにつきましても、元々協調体制であったものがバイの形、二国間のものが中心となっておりまして、あるいは、先ほど来経済の話もたくさんありますが、新興国への投資資金流入ということから民間資金を呼び込むための大きな触媒というふうな、役割も変化があるというふうに存じております。二〇一三年のODA白書では未来への投資ということで日本でも方向を打ち立てておりまして、先ほど木原政務官からもありました、その支援の在り方、三つの大きな柱に基づいて、これからも日本がしっかり役割を担っていく必要があろうかと、このように思っております。そんな中で二つの点について伺いたいと思っております。  先ほど高橋先生から、何を継続をし何を変革をするかと、大変大きなお話だと思っておりますが、これほど国際社会情勢が変わる中で、まず、日本が果たしてきた役割の大きな柱の中で円借款というものがございます。  日本は、先ほど御説明があったように有償支援が中心でありまして、この四割超が円借款の有償支援ということでございます。これは先進国でも突出をしているものでありまして、戦後間もない頃に無償支援しにくいという国内の情勢があり、同時に、援助国は自立促進を図るために大変重要な役割を果たしてきたと存じております。  二〇一四年度では、昨年比八%増の九千六百五十億円、十四年ぶりの高水準ということもございます。この大きな要因は、過去の元利金の返済が大きく戻ってきたことによって新たに再投資をするという循環ができているということでございまして、これからは、途上国に有償支援をしていたものを今度は中進国やあるいはアフリカ等の新しい援助国にどんどんと支援を回していける、そういういい環境にあると分析ができると思っております。  ちょうど今、アジア向けの円借款の上限額が二十億ドルに、昨年十二月でしょうか、安倍総理が倍増させるという大きな方針も打ち出していただきました。またさらに、中国向けの円借款が残高が一兆六千億円ということでございまして、これからその回収したものを再投資するという大きな今チャンスがあろうかなと、こういう思いがしております。  こんな中で、先ほど言及のございました高橋先生と、そして木原政務官にもお伺いしたいと思っておりますが、今のアフリカを含む新興途上国、私も昨年ブルキナファソとガーナにも行かせていただきましたが、大変グローバル企業が現地に進出をしているという現状がございます。また、当該国も、雇用創出やあるいは技術移転につながりやすいということで、民間の資金を受け入れるのを大変歓迎をしているという状況にあります。  そんな中で、日本が、これから大きな武器の一つになるであろう円借款、有償支援の在り方、今問われているんじゃないかと思っております。民間が来るということは、いろんな制約が付く円借款の需要がもしかしたら先細りするかもしれないんじゃないか、あるいは無償支援の方が実は現地の国にとっては有り難いんじゃないか、そういうふうなニーズがこれから急激に増えていく可能性があると、そうしたときに、日本のODAの在り方について、今後の方向性について是非伺いたいと思っております。  続けて、もう一点、伺いたいと思っております。  私は当選して三年半ですが、公務といいますか、派遣で十一か国これまで行かせていただきました。その中で、必ず現地の方々とミーティングをするメニューの一つに、青年海外協力隊、現地で活躍されている皆さんとの意見交換の場を持たせていただいております。  もうどこの国に行っても、先ほど高橋先生だったでしょうか、誠意と献身といいますか、もうその二つのキーワードが本当に腑に落ちる、もう大変な御活躍をされている日本人の若い皆さんの姿に直面をするわけでありますが、必ずと言っていいほど、その各国、国々で活躍されている皆さんが、例えば三年間、二年間、現地に派遣をされたときに、着任をするときに大きなやっぱり課題を抱えるんですね。民間企業から実は出向という形が取れないので、自分が就職した仕事を辞めて、そして、自分の人生の一期間をボランティアに費やす。現地に行った三年間、何から始まるかというと、帰って日本に戻ったときにどういう企業に再就職できるのだろうか、そういう悩みから入って現地の三年間、二年間がスタートするわけであります。  先ほど言及がありましたが、企業がODAについて関心を持つ重要性は大変私も認知をしておりますが、例えば、CSR活動、今多くの企業が環境問題についていろんな取組をやっていますが、企業から何人輩出、海外協力隊に応援をしたとか、あるいは帰って受け入れた人材がこう活躍しているということも大きなこのCSRの活動になるんじゃないかと思っておりますが、こうした貴重な日本の象徴である、ODAの象徴である青年海外協力隊、これからどう生かしていくべきなのか。  金融の面と、そしてJICA、青年海外協力隊、人の面、両面で伺いたいと思います。お願いいたします。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) どなたに。

中西祐介自由民主党

○中西祐介君 二点目は田中理事長、よろしくお願いします。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 一点目は。一点目は誰に。

中西祐介自由民主党

○中西祐介君 一点目は、先ほど申し上げた木原政務官と高橋先生、よろしくお願いします。

木原誠二自由民主党外務大臣政務官

○大臣政務官(木原誠二君) 御質問いただき、誠にありがとうございます。  結論から申し上げれば、今後ともやはりローン、有償資金の重要性は変わっていかないというふうに考えてございます。  御指摘いただきましたとおり、我が国はやはり被援助国の自助努力を促していく、その意味でいいますと、我々がローンでお貸ししたものをそれぞれの努力の中からしっかりお返しをいただくということが、一つのトラックレコードを作る上においても非常に重要であるということもあり、このローンに取り組んできたわけでございます。  また、大変重要なこととして、やはり援助のメニューが多様化、様々な援助メニューを持っているということも非常に重要なことでありますので、今後とも技術協力、無償資金協力又はローン、これを有効活用しながらしっかり取り組んでいきたいというふうに思っております。  その中で、アフリカのお話を頂戴をいたしました。他方で、ODAだけではなかなか開発援助資金は足りていないという現状がございます。その中で民間資金をしっかり導入をさせていくというのが非常に重要でございまして、その点においても、やはりローンがある種の触媒として、民間資金を導入する一つの触媒機能として果たすべき役割は非常に大きいかなというふうに考えてございます。  私どもといたしましては、ODAだけでは足りない部分をしっかり民間企業にも担っていただくという意味において、引き続きローンも含めたODAを活用しながらアフリカの開発援助に取り組んでまいりたいと、このように思ってございます。  十分なお答えになっているかどうか分かりませんが、以上であります。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) 先ほど平野参考人の方から、他の先進国が援助モダリティー、援助の供与の仕方を多様化させているというお話がございました。確かに金融の役割は非常に大きくなっておりますが、一方で申し上げておかなければいけないことは、それに伴い、英国議会での議論では、貧困国については依然としてグラントの役割は非常に大きいということを一回確認をしているということでございます。一方、イギリスは先にまた歩んでいるところがございまして、途上国支援のために、例えば株式、証券の類いを活用していくという発想も持ちつつあります。  これを申し上げると実務の方には御迷惑かもしれませんが、私は、予算削減あるいは予算の逼迫の折、円借款の原資が戻ってきているというところもございますので、これを非常に柔軟に使っていく必要があるのではないか。場合によっては、円借款、戻ってきたものについては、手続がうまくいくのであれば無償化して供与するということもあり得ることかというふうに思います。  済みません、協力隊のことについて、私、申し上げてもよろしいですか。  人材については、協力隊出身者というのは極めて重要なODAの人材源でございます。私は、それを大学院で教えておりますが、協力隊のプロセスを是非人材養成のプロセスとして活用していただくことを御検討いただきたいと思います。  以上でございます。ありがとうございました。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) 青年海外協力隊、JICAボランティアについてお答え申し上げますが、先生方、途上国へ行っていただいたときに、いつも協力隊の人々と会っていただいて御激励いただいて、本当にありがとうございます。激励が彼らの活躍の支えであろうかと思います。協力隊、できたのは一九六五年で、来年五十周年迎えますので一層の御支援をいただければと思います。  ただ、中西先生おっしゃっていただいたように、やはり就職先ということは多くの協力隊員にとって重要な関心事でありますので、高橋先生がおっしゃったように、協力隊員こそ日本が求めるグローバル人材であるということで、民間企業を始め日本各層、この協力隊員の活用ということで一層御関心を持っていただけると有り難いと思っております。ここ何年間か、大震災もありまして協力隊への応募数が低下傾向にあったんですけれども、昨年の秋以来、上昇に転じました。これも、青年海外協力隊を支援する議員連盟を始め、多くの皆様方の御支援のたまものだと思っております。  それから、JICAでも、やはり公務員とか学校の先生の場合は戻ってもう一回復職できるということを前からやっておりましたけれども、民間連携ボランティアという名前で、企業さんに登録していただいて、そこの企業さんから協力隊に出ていただいた人はまたその企業に戻ってもらうという制度を始めまして、まだ人数少ないんですけれども、これまで十四名ほど東南アジアなどに派遣しております。登録している企業さんは今のところ四十三社でありますから、これからますますそういう形で御参加いただけると、比較的安定した形で協力隊事業、参加していただけるものと思っております。  以上です。

中西祐介自由民主党

○中西祐介君 終わります。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 少し時間がオーバーしているようでございますから、質疑者、答弁者とも御協力をお願いいたします。

石橋通宏民主党・新緑風会

○石橋通宏君 民主党・新緑風会の石橋通宏でございます。  参考人の皆様方、今日は大変お忙しい中、貴重な御意見を賜りまして、本当にありがとうございます。たくさん質問したいことはあるんですが、時間が限られておりますので、私の質問が高橋参考人とJICA田中理事長に集中してしまうかもしれませんが、御容赦をいただきたいと思います。  まず最初に、高橋参考人にお伺いしたいんです。  冒頭、援助の本旨というところからスタートをしていただきました。事前に参考資料もいろいろ読ませていただきましたが、高橋参考人が強調されておるのは、やはりODAの本旨というのは相手国の開発なんだ、相手国の人々の利益にかなっているかどうかなんだ、それはやはり貧困の削減ということが大変大きなテーマなんだというふうにおっしゃったと理解をしております。  翻って、今日冒頭、政務官から、そしてJICAの理事長も、経済成長重視という言葉がございました。この点について、高橋参考人、どう受け止められたのか、そのことをまずお伺いしたいと思います。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) 私は、一応経済を研究をしておりますので、経済成長なしに持続的な貧困削減はないというふうに考えております。ただ、我々が相手にしている脆弱国は、その経済成長の成果を貧困削減に広くつなげるメカニズムが非常に欠けている、こここそODAで支援をしていかなければならないところだというふうに確信をしております。

石橋通宏民主党・新緑風会

○石橋通宏君 ありがとうございます。  私も全く同感でありまして、その点でJICAの田中理事長に是非確認でお伺いしますが、今日お話あった中で二つ目の姿勢、経済成長を目指した支援ということを強調された、そのくだりで同じように、貧困問題を根本的に解決するためにはというくだりもありましたが、しかし、今、高橋参考人がおっしゃられたとおり、やっぱり根本的な問題は、経済成長が貧困の撲滅につながっていないと。つまり、アフリカにしたって、経済的には上向きだ、アフリカの時代だと言われていますが、しかし貧困はむしろ拡大をしている、格差は拡大をしている。  だから、JICAとして言っていただくならば、これはやはり貧困撲滅を最大の課題なんだと、そのためのというふうに言っていただかないといけないんではないかと思うんですが、理事長、いかがですか。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) 私が経済成長、重要だと申し上げたのは、貧困、さっき高橋先生がおっしゃったのと同じ認識からそういうことを申し上げております。ただ、貧困削減のための手段というのは様々ございますけれども、経済成長に最終的に結び付くような形の支援というのをやっていかなければ貧困削減は持続的には達成できないと思っております。  ただ、そこに達成するための手段というのは、何も最初から大規模な工業団地を造るということが一番正しいというわけではなくて、それぞれの国々に適した形でやっていく。日本が行ってきたものの中でいえば、そういうものの中で非常に重要なものをもう一つの点で申し上げましたけど、人づくり、こういうものが大事なのであって、こういう人づくり、そういうその他の側面を踏まえた上でやっていく。  JICAのビジョン、インクルーシブ・アンド・ダイナミック・ディベロップメントというふうに申し上げておりますけれども、この最初のインクルーシブというのは、経済成長の中で取り残される人間があってはいけないということでございます。

石橋通宏民主党・新緑風会

○石橋通宏君 この辺、是非今後も議論させていただきたいと思いますが、大変重要なポイントです。是非、JICAの理事長として発信も、やはり目標は当該国の貧困削減、国民の利益、その辺をまず強調していただければと。そのための経済成長なんだということだと思いますので、順序が逆転しないように要請をしておきたいと思います。  その上で高橋参考人、もう一つ、スマートな援助大国という、これも私、大変共感を覚えるわけでありますけれども、じゃ、果たして今の日本のODA、そうなっているでしょうか。この貧困国、被支援国、裨益国の課題や問題やいろんな災難や、こういうことを本当に共有しながらそれに対する支援ということになっているのかどうか、端的に所見をお願いします。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) 過去に比べてなりつつあると思いますし、もっとそういうふうにしていかなければならないと思います。大学の役割は大変大きいと思っております。  以上です。

石橋通宏民主党・新緑風会

○石橋通宏君 なりつつあるということですが、是非その方向でみんなが協力していけるように目標を設定していただきたい。私は個人的には残念ながらその辺まだまだ課題が大きいだろうというふうに思っておりますので、是非この委員会でもその辺についてもしっかりと議論をさせていただければと思います。  もう一点、NGOの力を組み入れてということも大変強調していただきました。私もこの辺大変重要な点だと思っておりまして、高橋参考人の資料でも、やっぱり対話、現地の皆さんとの対話、NGO等も、日本のNGOもそうだけれども、裨益国のNGO、民間当事者の方々の参加というのも大変重要だと思っております。  その意味で一点、個別の例を取り上げてあれですけれども、事前にいただいた資料の中で朝日新聞の記事、モザンビークの事例を取り上げておられました。モザンビークで今、プロサバンナ、先般安倍総理も行かれて巨額の援助供与を表明されておりますが、それに対して懸念のコメントを出されておりましたけれども、我々も実はモザンビークの今のプロサバンナ事業、残念ながら当事者である小農民の皆さんが大きな懸念を表明されておりまして、対話のプロセスがうまくいっていないという理解をしております。  この点、高橋参考人、どうこれ、当事者の今後の御意見もいただきながら、本当に当該国の国民の利益、当事者の利益、農民の利益になるためのODA、展開していけるのか、もしコメントがあれば是非御示唆をお願いします。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) アフリカの国々の場合、根本的には人々の土地に対する権利というものが制度的に保障されていないということがございます。このことを行政や司法が自分の責任として受け止めていない、そういう行政が、あるいは司法が行われている。このことをつくっていかなければならない。そのための取っかかりをこの事業を通じて、あるいは我々の調査を通じてやっていかなければならないというふうに考えます。  手短ですが。

石橋通宏民主党・新緑風会

○石橋通宏君 是非この点は、モザンビークは一つの例でありますけれども、やはり裨益国の当事者の方々との対話、これは結果だけを報告すればいいということではなく、プロジェクトをそもそも企画立案する段階からしっかりと当該国、当事者の方々を含めていく。これは前回も、田中理事長には昨年お願いをさせていただいておりますが、改めてそのことは強調させていただきたいと思います。  時間がなくなってまいりましたが、もう一つ、これは近藤参考人から触れていただいたディーセントワークの大切さというのを、大変私も全く同感で、当該国のやはり真っ当なちゃんとした雇用をつくっていく、当該国の中でやっぱり皆さんが自立、生計を立てられるようなちゃんとした雇用をつくっていく、そのために貢献をしていくという観点は非常に重要だと思いますが、この点、JICAの田中理事長に、じゃ、このディーセントワークを当該国、裨益国でつくっていくという観点でJICAがどのような努力をされているのか。その点に関して、例えば事業を発注する際、請負の際、現地で基本的な労働者の権利ですとか労働安全衛生、基本的な労働条件、そういうものが確保されていることを要件、担保とするんだということもしっかりJICAとしてやっておられるのか、その点、確認をさせてください。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) JICAのプロジェクトは環境社会配慮ガイドラインにのっとって行っておりますので、まず、この環境社会配慮ガイドライン、これは国際的にまず一番進んだレベルにあると思っております。  それに加えまして、事業で、私、昨年、この一年掛けて、とにかく安全基準は日本並みにしてくださいということを言っております。開発途上国へ行かれると、よく工事現場、大変危険な状況でやっているところが多いのを御覧になると思いますけれども、JICAのやる事業に関してはもう日本スタンダードでやってくださいということを常に言っておる次第であります。  それ以外にも、ディーセントワークということであれば、非常に重要なテーマでありますけれども、JICAは元々職業訓練、そういうものを重視しておりますけれども、とりわけ中進国の格差の問題、そういうことを考えると、そのディーセントワーク、雇用の面というのは重要だと思って、日夜努力しております。

石橋通宏民主党・新緑風会

○石橋通宏君 時間が来ておりますのでこれで終わりにしますが、今触れていただいた環境社会配慮ガイドライン、これは大変すばらしいものなんですけれども、それが残念ながらきちんと守られていないのではないかという様々な声も内外からいただいております。この点、是非、当委員会でも今後もしっかりと、このガイドラインが守られているのかどうか、その評価システムがどうなっているのか、議論させていただきたいと思いますので、最後にそのことを申し上げて、私の質問を終わりにさせていただきます。  ありがとうございます。

谷合正明公明党

○谷合正明君 公明党の谷合です。  日本では当たり前のものが途上国では新鮮であったり、また宝であったりするということがよくあります。昨年、参議院の招待でウガンダから上院議長一行が来られました。ウガンダに戻られて現地の日本の大使館にいろいろお話しされたわけですが、日本に来て何に一番関心持ったのかというと、それは時間の正確性だったと。新幹線が定時定刻に出発するといったところに大変感銘を受けられた。  これは、ODAの現場でも納期という言葉もあるわけでありますが、ほかにも、有名な話では母子保健手帳とかございます。これは、いろんな国で今、日本の経験が生かされております。そのほか、最近でありますと、公民館というのも今ユネスコが着目いたしまして、持続可能な開発のための教育をつくっていくために日本の公民館というのが有用ではないかといったことも調べているわけであります。そうしたことは、今、今日の参考人の皆様、また外務省、JICAの方からもそうしたことは報告があったと思います。  そこに加えまして、ODAが六十年、私は新たなステージに来ているのではないかなと思うことがあります。それは、むしろ国連とか途上国での知見や経験が日本国内に役立てられるのではないかと。  相互扶助という観点から更にもうちょっと踏み込んで、今、日本では、例えば東北の大震災で、いまだに仮設住宅にたくさんの方がまだ暮らしております。三年たってもここまで仮設住宅に暮らすということは、実は大変な状況でございます。また、限界集落における課題もございます。ディーセントワークというのも、何もこれは国外の問題じゃなくて国内の問題でもあります。そして、子供の貧困や、女性の登用というのもむしろ途上国より日本の方が遅れていたりするわけでございます。  その意味では、例えば人間の安全保障という概念はありますけれども、それは開発途上国だけではなくて日本国内に当てはまるということで、私はこれから新たなステージに来ているのではないかなと。つまり、日本と途上国が分断されるわけじゃなくて、国内、国外の問題は共通の課題を取り組むことによって共通の利益を拡大していくというこの方向性が、私は今後必要なODAのパラダイム転換、発想の転換になっていくのではないかなと思っております。  そこで、今私は注目しているのが、来年仙台で開かれます国連の防災会議であります、近藤参考人の方からも言及いただきましたけれども。この防災会議で、世界が改めて日本を見習ってほしいと思う反面、日本もこの会議でいろんなことからいろんなことを学んでほしいというふうに私自身は思っておるわけでありますが。  近藤参考人にお伺いします。  この防災会議に対して、日本政府に対する期待であるとか役割、また日本のODAの役割、期待というのは何であるかということを改めて御所見を伺いたいと思います。

近藤哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表

○参考人(近藤哲生君) 御質問ありがとうございます。  日本は、度重なる大きな災害を迅速に乗り越えてきた、世界の模範となる防災国家です。その日本の国民の皆様の御決意、コミュニティーを回復することへのコミットメントを是非世界に示していただきたい。そのために、僅かな財政的な支援でいいかと思います、そういった現場で日本の復興に携わられた方が、世界で様々な災害に遭っている地域にそういったお話、体験、知恵、教訓といったものを話しに来ていただきたいと。そういった場をつくることは国連としても是非させていただきたいと思いますし、人の移動ですから当然お金も掛かりますし時間も掛かりますが、それを最小限にとどめながらも、是非交流を進めていただければと思います。  以上でございます。

谷合正明公明党

○谷合正明君 端的にお答えいただきまして、ありがとうございます。  もう一問、近藤参考人にお伺いします。それは人材の確保という点でございます。  先ほども青年海外協力隊のお話が、中西委員の方から話がありました。ややもすると、青年海外協力隊、NGOあるいは国連のスタッフというのは、そういう援助機関の中でのキャリアを積むだけしかないというか、つまり、国外で積んだキャリアがなかなか日本国内で生かされない。逆もまた同様でして、日本国内で、例えば医師の方が海外に出ようと思っても、海外で医師を三年やってしまうと日本の国内に戻れないということもあったり、私はこれから、国内、国外の人材をしっかり双方向に橋渡ししていく必要があるんじゃないかなというふうに思っております。  国連の日本人職員という観点でお伺いしますけれども、国連の日本人職員の数は財政の支出規模に比べるとまだまだ足りないというふうに私は承知しているわけでありますが、この質と量の確保という点について、日本政府が取るべきアクションというのはどういったものがあるでしょうか。近藤参考人にお伺いします。

近藤哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表

○参考人(近藤哲生君) 国連におきまして活躍されている日本人の職員の方々、最近大変に増えてきているというふうに実感しておりますが、やはり日本が行っている財政的な貢献度からいえば、もっともっといてもいいと、もっと前面で日本の旗を振ってほしいというふうに思います。  ただいま、例えばUNDPですと八十五名の邦人職員がおります。これ、十二年間でほぼ倍増してまいりました。この陰には日本政府の、特に外務省の皆様の応援で、邦人職員を増やすためのアクションプランというものにUNDPは署名をいたしまして、例えば日本への採用ミッションの派遣、あるいは、同等の能力を持った人がいた場合、日本人、特に女性に活躍していただく場を設けていきたいというアクションプランがございまして、これで実現を目指しておりますのは、二〇一六年までに現在おります日本人職員を八ないし一〇%増加していくということについてUNDP側は日本政府と合意をしております。このようなプラクティスをほかの国際機関にも当てはめていけば、日本人職員をより増やすことができるのではないかと思います。  以上でございます。

谷合正明公明党

○谷合正明君 最後に、二分残っているので、木原政務官にお伺いします。  アクションプランというキーワードが近藤参考人から出ました。これを各国際機関としっかり結んでいくことが日本人職員を増やしていく具体的なステップだと思いますので、外務省におかれましてもその取組をしっかりしていただきたい、邦人職員を増やしていく、質と量を確保していくということをしっかりやっていただきたいと、その決意を伺いたいというふうに思います。  ちょっともう一つ、あと女性の登用というような話がありました。これは質問ではないんですが、今、百数十か国日本の大使館がありますが、その中に当然大使がいます。その百何十人いる大使で、女性大使、何人いるか御存じでしょうか。一人です、もう答えますけれども。やはりこれは余りにもちょっと私は少な過ぎるのではないかと思いますので、そうした面についても外務省としてこれから何か取組をされるべきではないかと思いますが、政務官の御決意を伺います。

木原誠二自由民主党外務大臣政務官

○大臣政務官(木原誠二君) 冒頭、援助国と被援助国、双方が学び合う必要があるというお話を、先生からお話をいただきました。  先日、アフリカの女性起業家の皆さんにお越しをいただきまして、外務省からは何か話をしろと、こういうことでありますが、実はアフリカの方が女性の登用が進んでいるという現実もございます。そういう意味でいいますと、私ども、やはり学ぶべきことはしっかり学んでいくということが大変重要だろうと思います。その機会において、日本の女性の大使何人いるのかということも聞いた都合上、知っておりますし、非常に愕然といたしました。そういう意味では、これからその点はよく努力をしてまいりたいと、このように思っております。  なお、国連の職員につきましては、委員御指摘のとおり、やはり我々の拠出に見合っただけの人材はまだできていないというのが状況でございます。私ども、JPOの定着率を上げていく、あるいは、先ほど近藤参考人からもお話ありましたとおり、合同ミッションを送っていただいて、そこになるべく多くの日本の方に参加をしていただくといったようなこと、これからもしっかり取り組んでいきたいというふうに思いますが、アクションプランにつきましてもしっかりと取り組ませていただきたいと。是非、また御指導、御協力をいただければというふうに思っております。

谷合正明公明党

○谷合正明君 終わります。

山田太郎みんなの党

○山田太郎君 みんなの党、山田太郎でございます。  私も政治家になる前は海外で随分仕事をしておりまして、世界五十か国ぐらい、中国、アジア、アフリカ、実は中南米等も行っておりまして、そこで随分国際機関の方々、特にJICAですね、あるいはジェトロというところに助けられましたので、大変尊敬しているところであります。また、本当に今日初めて数字を知りましたが、二百名もの命を懸けて、命を賭してやっている国際機関だということでもありまして、大変敬意を払わなければならないと思いますが、ただ、ここは国会ですので厳しいことも言わなきゃいけないということで、その観点の質問を幾つかさせていただきたいと思います。  一つは、実はこれ、去年の岸田外務大臣に対しても質疑をしたところなんですが、ODAの債権が過去累積で一兆円実は債務免除されているということであります。国民としては、貸したつもりのお金がいつの間にか贈与になっていると、こういった現実もありまして、その辺を今後、国民、国会へどういうふうに説明していくのか。今日、参考人の中からも、一つ、このODAの役割が金融としての役割も担っているし、民間も参加していかなければならない。であれば、特にこの説明は極めて重要なことになるだろうと思います。これは、もしかしたら政府になると思いますので、木原政務官の方が適任かと思います。  併せてなんですが、先日、IDA、国際開発協会の方の法律の改正案がありまして、継続ということで審議しておりますが、これ四百二十億ドルの、これ四兆二千億円に日本円はなりますけれども、また拠出があるということですが、実際お聞きしたところ、この拠出も返済のめどがないと、こういうお話を伺いました。  本当に人道的な立場ということにおいては確かに必要だということは分かるんですが、であれば、こういった国際機関を通じた途上国への融資というものは全体でどれぐらいの規模になっていて、かつまた返済のめどはどれぐらいないのか、はっきりしておいた方がいいかと思っておりますので、その辺り、数字をお持ちであれば、なければ後で教えていただきたいんですが、まず政府の方に教えていただきたいと思います。よろしくお願いします。

木原誠二自由民主党外務大臣政務官

○大臣政務官(木原誠二君) 後半の部分につきましては事務方の方から数字を含め、あれば御説明させたいというふうに思います。  委員御指摘のとおり、過去において私どもが提供いたしましたローンについて、リスケあるいは債務免除といったことが起こっていることは事実でございます。とりわけ、HIPC諸国、最貧国の諸国に対する国際社会、同時の債務免除という措置もあったこともございまして、私どものローンもそれに当たっているという現状がございます。  もとより、これは全て国民の税金、血税でございますので、御指摘は重々踏まえながら、これから一つ一つのプロジェクト、また被援助国の状況等をよく勘案しながら、なるべくそういうことがないようにしっかり取り組ませていただきたいという決意だけ、まずは述べさせていただきたいというふうに思います。

石兼公博外務省国際協力局長

○政府参考人(石兼公博君) 今、木原政務官から御答弁申し上げたとおりでございます。今、手元にちょっと数字はございません。これは後ほどまたきちんと御報告申し上げたいと存じますが、いずれにいたしましても、債務免除等々をするに当たりましては、IMF等、国際機関等、よく連携をしていきながら、その国がどういう形で今後経済成長、あるいは経済を立て直しをしていけるのか、財務状況を改善していけるのか、ここら辺をきちんと見定めながら、債務の免除をし、今後のことを考えていかなくてはならない、このように考えております。  政務官から申し上げましたとおり、やはり国民の税金を使わせていただいたものが残念ながら返ってこなかったということは、我々は重く受け止めなくてはならない。その上で、円借款がやはり今後の日本の投資あるいは民間資金を呼び込むための触媒となるというこの機能をしっかりと発揮できるようにしていきたい、このように考えております。

山田太郎みんなの党

○山田太郎君 次に、このODA六十年目の節目、特にODA大綱が十年ぶりに改正されるということで、今後どういう検討状況なのかということもお伺いしたいんですけれども、一つ、先ほどからお話をお伺いしていまして、経済成長重視と、これが、人命の方が先ではないかというような質疑もあったわけでありますが、やはり経済成長というものもベースメントとしては重要だというふうに我々も考えています。  特に、その中でもタイド、アンタイドの問題、実はこの職になってODAの委員になりましたので、実は去年もいろいろ夏、個別に海外を回らせていただいて、地元の日本大使館にその話をお伺いしたところ、水面下では一生懸命ODAで提供されたお金を日本の、まあ国益と言っていいのかどうか分かりませんけれども、是非日本企業に落ちるようにというようなことで頑張っているという話をいろいろ伺わさせていただきました。  これに関しては、多分少し意見のトーンが違うのかなと思って、それぞれの御意見をお伺いしたいというところで、これは平野さん、それから高橋さんにお伺いするのがいいのかもしれませんが、そういったタイド、アンタイドの問題、もちろんOECDの定義では、いわゆるODAは基本的に政府に対する支援ということでありますから、根本的にはこれはアンタイドということでありますが、今後、もしかしたらそういう定義も変わってくるのかどうか。あるいは、先ほどお話のあった、民間のお金も併せて活用して、足りない規模を足して、現地の経済成長に資するという意味においては、やっぱりその辺りも少しもう考慮していかなければ、現実問題としては規模を大きくできないんではないかと、こんなふうにも思っているわけであります。  そういった意味で、今後の日本のODAの在り方を、ちょっとタイド、アンタイドということも含めた上で、あるいはOECDの定義見直しという動きも含めた上で、まず多分これは平野さんからお伺いした方がいいのかと思いますが、平野参考人、それから高橋参考人の方からも是非御意見いただきたいと思います。

平野克己独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員

○参考人(平野克己君) 御質問、ありがとうございました。  日本はOECDのメンバーであり、先進国でありますから、既に約束をしているファシリティーについてアンタイドであるということは、恐らく破ることはできない。ただ、私、申し上げましたけれども、新興ドナーがどんどん増えているという現状の中で、中国それからインドもそうですが、新興ドナーの援助というのは全てタイドですから、その目でいうと、同じサービス、建物あるいは物財がより貧しい国に供与されるという観点から見れば、タイドとアンタイドで一体その現地の国に開発効果はどれだけ違うんだというのは違う観点からも見なきゃいけない。そうじゃないと、恐らく新興ドナーの方は納得をしないんではないかと私には思えます。  最近、問題、御指摘の問題というのは、これは無償援助のところもアンタイド化していこうという議論のことだというふうに推察をいたしますけれども、その観点からいっても、同じサービス、例えば今でいいますと、インフラが、道路や橋やあるいは鉄道がそういった形で提供される場合、実際現地にもたらされるサービスや機能というのは、それは金額の問題ではなく物財の問題ですから、そういう観点から、高橋さんも指摘されましたけれども、開発効果から実はその援助国のアクティビティーを測ってみるというアイデアもあると聞いています。  そういうふうに考えてみると、私は、新しい議論の仕方も可能だと思いますし、日本の貢献もそれによってもっと広げる、そういった可能性もあるというふうに思っております。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) ありがとうございます。  非常に極端な議論をしますと、技術協力さえひも付きをやめるという議論もヨーロッパにはございました。すなわち、協力隊員もイギリス人であるかもしれない。非常に難しい問題でございます。それは国民が決めることではないかと思いますが、日本人が培ってきた知というものをもし技術協力で伝える場合、これはひも付きでやらなければならない部分もあるかと思います。  他方、例えば食料援助を考えたときに、アメリカで作られた食料をエチオピアに持っていって貧困な人たちに配る、これは何者かを傷つけています。それはエチオピアにおける食料を作っている農民の利益を侵害しているわけですね。こういう場合、エチオピアで食料を調達すればいいので、こういった形で、ひも付き、あるいはひも付きでないということは簡単に決めるのではなくて、それぞれの状況に合わせてきめ細かく考えていくべきというふうに考えます。  以上です。

山田太郎みんなの党

○山田太郎君 ありがとうございました。

辰已孝太郎日本共産党

○辰已孝太郎君 日本共産党の辰已孝太郎です。  二〇一〇年に国連の総会が開かれまして、このときのミレニアムサミットの成果文書に対するフォローアップということで、国連事務総長の報告書が出されております。その中で、貧困削減に関する進展は一様でなく現在も脅威であるという報告がされておりまして、ちょっと引用しますけれども、世界銀行のよく引き合いに出される一日一ドルという、二〇〇八年に二〇〇五年の価格で一日一・二五ドルへと改定された国際的な貧困ラインに従えば、一九九〇年の十八億人からは下がったけれども、依然として二〇〇五年、ちょっと古いんですが、十四億人の人々が極度の貧困の中で生活をしている、しかしながら、中国がこの減少の大部分と考えられるので、中国を除くと進展はそれほど促進しているようには見えないと、こういう指摘がされております。  そこで、私がお聞きしたいのは、サブサハラ、以南の南アフリカの現状なんですね。私、参考人の三人の方にお聞きしたいと思うんですが、ちょうど御三人はアフリカ研究などもされているということですので。  平野参考人の文書を見ますと、アフリカの圧倒的な農業人口、これが六割だと、しかし、生産性の低さから所得も上がらずに貧困がなかなかここではなくなっていかないと、都市部で増え続ける人口を養うことが、アフリカ自身が養うことができないという文書を目にいたしました。逆に、アフリカでは食料の輸入量が、日本では食料自給率というのが低いと言われていますが、それ以上の輸入というのがあるということでありました。  私が参考人三人にお聞きしたいのは、今後どのようにこのアフリカのとりわけ農業支援、日本が強めていったり、また今まで問題点があれば問題点は何なのか、これからの課題がどういうものにあるのか、そのコミットメントを日本がどうしていくのかということをそれぞれお聞きしたいと思います。

平野克己独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員

○参考人(平野克己君) ありがとうございます。  農業支援の場合は、先んじて技術支援です。アフリカという風土、農業というのはその土地の風土に合った技術を提供しなければ生産性は上がらないので、技術移転、これを行うしかありません。ただ、日本は今、その農業の技術移転をやるだけの国内のインフラが十分にあるとは恐らく言えません、日本の農業は今こういう状態ですから。そうすると、恐らくは国際協調、田中理事長も指摘されましたけれども、南南協力、日本がかつて技術提供をさせていただいた例えばアジアの国との協働、こういったところが突破口になるのではないかというふうに考えております。

近藤哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表

○参考人(近藤哲生君) 国連で現場におりました経験から申しますと、アフリカで農業の問題、農業を一番脅かすのは何かと申しますと、これは人災と自然災害です。人災というのは紛争です。自然災害というのは干ばつ、それから水害なんです。  サヘルの地域の人道危機に対する国際社会の支援額を見ますと、日本が一番なんです。人道支援に資金を投入することは極めて重要な、人の命を助けることですから重要なことではありますが、これが改善していかないとなると、いつまでたってもお金が必要と。社会を強靱なレジリエンスのある社会にすることによって農業が定着して、食料の自給というのが可能になってくるというふうに考えます。  以上です。    〔委員長退席、理事松山政司君着席〕

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) 手短に、三つのことが必要かと思います。  二人の参考人がおっしゃったことは全て私もそのとおりだと思いますが、まず、高い技術を普及させるためには、それがもうからなければならない。市場を導入するということが制度的にも重要だと思います。  もう一つ、市場の恩恵に浴せない人たちも飢えないためには、彼らが自分の手にするものを使って自給自足の力を高めるということが次に大事になると思います。  三番目に、食料を自分で作るだけが人々の飢餓を、あるいは貧困をなくす手段ではございません。やはり現金稼得能力というのを農業の枠を超えて高めるということもまた重要だと思います。  以上でございます。

辰已孝太郎日本共産党

○辰已孝太郎君 もう一つ、ちょっと全く別の話に移りますけれども、今日のNHKのニュースで、自衛隊の医療支援とODA、初の連携というニュースがありました。自衛隊がタイ中部の学校で地域住民への医療支援などに当たったということでありまして、その後に医療施設を日本のODAで造っていくということが報道をされております。自衛隊の活動と結び付くのが今回が初めてで、日本の存在感を高める狙いがあると。その背景には中国が、中国軍がこれらの地域に進出してきているということであります。政府としては、今後、自衛隊の海外でのPKO、平和維持活動で応用するなど、自衛隊とODAの連携を国際貢献の新たなモデルケースとして検討していきたいというふうに今日のNHKでは報道をされているところであります。    〔理事松山政司君退席、委員長着席〕  今自衛隊の海外の活動というのは、このPKOの中でも様々拡大をされている中で、私はこういうことは慎むべきではないかと思っておりまして、現行のODA大綱の中にも、軍事的用途及び国際紛争助長への使用は、これODAは回避するというふうにはっきりと書かれているわけですので、このことを一言だけ、私たちはこういうものにODAを使うべきではないと、ではないかということを申し上げて、私の質問を終わりたいと思います。

アントニオ猪木日本維新の会

○アントニオ猪木君 元気ですか。元気があれば何でもできるということで、今日は質問に立たせていただきます。  今日はスポーツと開発ということで、ODAについて議論をさせていただきますけど。  ちょうど私は平成元年に参議院に立候補いたしまして、そのときに、テーマはスポーツ交流を通じて世界平和というのが私の理念で、そして今日に至っておりますが、闘魂外交とも言われていますが、例えば平成の二年でしたか、ちょうど私が議員になってすぐなんですが、湾岸危機が起こりまして、本当に世の中が大変な騒ぎになって、当時政府も、あるいは外務省も国連も打つ手がなしという状況の中で私がいきなりイラクへ飛び込んだものですから、大変大騒ぎになりました。  ただ、スポーツ外交ということで、ウダイ・フセインというスポーツ大臣と話をして、かつてはイラク・バグダッドはダラサラームという、平和の町という、そこから平和を訴えましょうということで大変私の話に耳を傾けてもらって、その後、私の行動に対して、当時の人質になっていた奥さん、長谷川さんという奥さんが私の部屋に来て、どうですか、もう皆さんがどうにもならないのであれば、みんなで自分の大事な御主人を取り返しに行きましょうという、非常にみんなその私の提案に乗っかりました。大変批判もあったと思いますが、結果的には私の言っていること、そしてまた一人一人の思いが伝わりまして、湾岸戦争の前に人質解放が実現しました。  私がスポーツ外交という部分で言っていることは、なかなか当時理解しにくかったと思います。スポーツと政治は関係ないよという、ある先生からも意見をいただきましたが、今まさにスポーツ外交という、今回、安倍総理もアルゼンチンに行かれ、またソチにも行かれ、そういう中で、二〇二〇年のオリンピックに向けてもっともっと日本が腕を、胸を広げて世界から受け入れて、一つには北朝鮮問題も、一九九五年に、私の師匠の生まれ故郷が北朝鮮なので、その思いを届けようということで行きまして、翌年、十九万人、二日間で三十八万人の大イベントになりました。いまだに向こうの人たちが私を見ると手を振って挨拶をしてくれます。今年も何とか対話の環境づくりをしようということで、皆さん、あるいは平壌でのイベントを今計画中です。  そういうことで、一つには、今、二〇〇三年の十一月に国連総会で、教育を普及、健康を増進、そして平和を構築する手段としてスポーツを重視し、各国の政府はそうしたスポーツの持つ可能性を積極的に活用すべきであるという内容を含む決議が採択されております。私も年来それを普及し、今後もそれを続けていこうと思っております。  また、近年は、スポーツ・フォー・ディベロップメント、開発を後押しするためのスポーツという考え方が注目されております。UNDP、国連開発計画などの開発機関も開発プロジェクトをスポーツと連動させて展開し、民族融和のほか教育や健康の意識を高める試みも行われていると聞いています。  そこで、まず外務省にお伺いします。  これまで日本が行ってきた六十年というODAの歴史の中、スポーツの力をどのように活用してきたのか、またその評価をどのように捉えているのか、見解をお伺いしたいと思います。

木原誠二自由民主党外務大臣政務官

○大臣政務官(木原誠二君) 委員、ありがとうございます。委員が様々な場面で平和構築のためにスポーツのイベント開催等を含めて御努力いただいてきたことを心から感謝を申し上げたいというふうに思ってございます。まさに委員御指摘のとおり、やはりスポーツの力、今まさにソチでオリンピックが開かれている中で我々、そのスポーツの力というものを日々感じているわけでございます。  今、この六十年の歴史の中でという御質問でございましたが、そのことをお答えをする前に、実は二〇二〇年東京オリンピック招致が決定したことを受けまして、私ども、スポーツ・フォー・トゥモローという新しいイニシアチブを立ち上げさせていただきました。これは、世界百か国以上、そして一千万人以上の皆さんにやはりスポーツのすばらしさを知っていただこうと、そのためにスポーツの施設、あるいはまた器材の供与、あるいは指導者の育成、こういったことに取り組んでいこうと、新たなスポーツ・フォー・トゥモローというプロジェクトを立ち上げさせていただいたところでございます。  六十年の我々の歴史の中で具体的にどのようなものがあったかということについては今日すぐ手元に資料がございませんが、私ども、今後ともこうしたイニシアチブを通じてしっかりとこのスポーツの問題にも取り組まさせていただきたいというふうに考えてございます。

アントニオ猪木日本維新の会

○アントニオ猪木君 無制限一本勝負と思いましたが、五分か三分で勝負は決めようと思いますが。  最後に、ソチ・オリンピックが今開かれております。オリンピックを見れば、スポーツが国を一つにする力を持っていることがはっきり分かると思います。また、スポーツは、ルールを守る、秩序がある社会をつくるためにも役立ちます。  最後に、スポーツの開発への貢献について、近藤参考人、平野参考人からも一言コメントをいただきたいと思います。よろしく。

近藤哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表

○参考人(近藤哲生君) UNDPは、スポーツが、アントニオ猪木委員御指摘のように、国を一つにする、世界を一つにする、国境を越えて人々を一つにする力があるということに着目いたしまして、開発のプロジェクトにもスポーツを取り入れる、また、貧困撲滅のためのアドボカシーにもスポーツの選手の方々に御活躍いただくということを進めております。  この三月四日にもベルンで、マッチ・アゲンスト・ポバティー、貧困対策のためのサッカーの試合というのがございます。これには、UNDPの親善大使を務めていただいておりますロナウドさん、ジダンさんといった方々に御参加いただいて、世界の方々に貧困対策の重要性を訴える機会にしていきたいと考えております。  ありがとうございます。

平野克己独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員

○参考人(平野克己君) 余り得意なお話ではありませんが、一つだけ思い浮かんだことがあって、それは、先般亡くなったネルソン・マンデラ南アフリカ元大統領が、大統領に就任して直後、ラグビーワールドカップを招致して、癒えない人種の壁、白人と黒人の間の怨恨の壁を乗り越える非常に大きな力になった。マンデラ大統領は、このスポーツの効用を物すごく強く認識をしてスポーツ振興を図った大統領であったということを思い出しましたので、そのお話をさせていただきました。どうも。

小野次郎結いの党

○小野次郎君 結いの党の小野次郎です。  結いの党のと初めて今日名のれるようになりました。委員長、また同僚議員の皆様の御配慮に心から感謝申し上げます。  いただいた予定表よりも同僚議員の質問が早いのでどうしてかなと考えておりまして、なかなか人間って自分のことは気が付かないので、私がこの度入れていただいたので、その時間を皆さんが捻出していただいているんだと気が付きました。無駄に時間を使わないように、貴重な質問の機会を充実した質問でさせていただきたいと思います。  それでは、最初に木原政務官に伺いますが、今、安全保障をめぐる議論が大変国会でもかまびすしくなっておりますけれども、私はやっぱり安全保障の、日本の場合、特に基本というのは外交だろうと思うし、特に平和外交というのが今までもこれからも日本の安全保障にとっても一番大事な部分だろうと思うんです。その意味で、このODAを使っての開発援助ということについて、日本の安全保障にどんなふうに役立っているんだろうかという話をお伺いしたいと思うんですね。  この外務省のペーパーにもありますけれども、やはり六十年前に、日本自身が決して豊かでなかった頃からこうした援助をしてきている。賠償と並行で始まったみたいに書いてありますけれども、やはり私たちの親の世代の頭の中には、日本が戦争に巻き込まれず、戦争をせず、繁栄をする配当をその一部でも、途上国というか、あるいは戦乱でなかなか生産、消費が活発にならない地域に還元することによって、それが再びまた日本の平和を維持していくための一助になるんじゃないかという視点があったと思うんです。  だからこそ、日本自身が豊かでない頃からそういった援助を始めてきたという意味があるんじゃないかと思うんですが、今、この二〇一四年の時期でこういったODAを使った日本の政府開発援助が日本の安全保障にどんなプラス効果があるのか、意義というものをもう一度御見識をお話しいただければと思います。

木原誠二自由民主党外務大臣政務官

○大臣政務官(木原誠二君) 小野委員、本当に御質問いただきましてありがとうございます。  御案内のとおり、昨年末、国家安全保障戦略というものを作らせていただきました。国家安全保障戦略の中でも防衛、外交を両輪として記載をされてございます。まさに、一たび何か起こったときのための防衛ということと同時に、そういったことが起こらないように常に努力をしていくという意味での外交と、両輪あって初めて我が国の安全は守られていくということであろうかというふうに思います。  その中で、外交の最大のやはりツールの一つがこのODAということではないかと考えてございます。小野委員からも御指摘いただきましたとおり、やはり我が国にとって安心で、そして、居心地よいという言葉は余り良くないかもしれませんが、しっかり平和な国際環境をつくっていくという意味においてODAが果たしてきた役割は非常に大きいというふうに考えてございます。とりわけ、ASEANを含めたアジア諸国との関係においては、私ども、そういうことが言えるであろうというふうに思っております。  また、今日の質疑の中でもるるお話がございますが、アフリカ支援という文脈で見ましても、私どもは二十年を掛けて着実に地道にやってきた、その効果がしっかりと出てきているというふうに考えてございます。  いずれにいたしましても、私たちのODAはやはり一人一人の被援助国の国民に裨益をすると、人間の安全保障という原点に立ってございますので、人と人との信頼関係を築いてきたという面においても、安全保障上、私たちにとって非常に有益であったと、このように考えているところでございます。

小野次郎結いの党

○小野次郎君 次に、田中理事長にお伺いしますが、JICAの活動というものも世界中をカバーして、人的にも大変多くのエネルギーを投入してきたわけですけれども、一方で、私たち国内中心にいる人間からすると、特にアフリカに長くおられた近藤さんなんかにはちょっと聞きづらいかもしれませんが、ざっくばらんに申し上げれば、それぞれの国、ODAの対象になっている国が対立が全然収まっていないとか、紛争が常に続いているとか、あるいはコラプションというんですかね、腐敗があって、いろんな支援が本当に目的どおり一〇〇%使われているのかということについても大いに疑問のある地域や国もあると。  そういう、何というんですかね、どんなものにも、それは何%かの使われない部分がどんな仕組みにもあるだろうというのはあるんです。それが余りにも大き過ぎるんじゃないかという感じもするんですが、しかし一方で、じゃ、やめてしまえば良くなるわけでもないわけなんですが、そういったその指摘というのは、まあこれ、今日、僕がするだけじゃなくて皆さんからも聞くと思うんですけれども、理事長のいろんな経験なり知識の中で、こういった腐敗の問題とか地域の紛争だとかで有効に使われていないんじゃないか、効率性が悪いんじゃないかということについて、しかし、それでもなお、そういう地域だからこそまたやっていかなきゃいけないんだという面もおありなのかもしれないので、その辺についての御見識をお話しいただければと思います。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) 委員、大変重要な御指摘だと思います。  私の発表の中では、いわゆる脆弱国家、脆弱国家というのは政府機能そのものが紛争とか内戦とかで破壊されつつあり、インフラも破壊されつつあり、そういう中で人材も育っていないと。そうしますと、そういうところは、ただ、放置しておくとまた紛争が起きるかもしれない、あるいは、放置しておくと紛争が起きるだけじゃなくて、そこにテロリストとか犯罪集団とかが住み着いてしまうかもしれないということがございます。ですから、先ほど委員の御質問がありましたけれども、日本の安全保障という観点からしても、その脆弱な国家を放置しておいていいかというと、大変問題だろうと思うわけです。  ただ、これどうやって対応するかというのはなかなか難しいものでございまして、そもそも体制がそうでございますから、その政府にお金を贈与で渡せばそれで済むかというと、これ、渡したところでそれがちゃんと使われる保証がないというのがそもそもの脆弱国家たるゆえんでございます。ですから、どうしたらいいかと、これ国際社会が今悩んでおるところでございます。  ただ、私どもとしましては、そういう中でできる限りその現地の人々に直接役立つような形で何とか支援ができないかということを常に考えております。ですから、その場合は、できる限り、何というんでしょうか、国民の目に見えるような形で、橋が壊れていたら橋を直すと、できる限り目的をはっきりさせた上で、そのお金がよそに行かないような形でやっておくということを心掛けているところです。  国際社会の中でも、援助のやり方として見ると、政府の予算にお金を足すのが一番いいんだというような議論もあるんですけれども、JICAは、そういうとりわけ脆弱な国家においては、そういうことよりは、私どもの人間が直接行って、その現場を見ながら、現地の人々に役に立つ職業訓練所をつくったり給水施設を造ったりという、そういうことを心掛けているところでございます。

小野次郎結いの党

○小野次郎君 もう一問だけさせてください。  近藤参考人にお伺いします。  近藤さんとは二十数年前、在外で一緒に勤務したこともある、それからアフリカで長くお勤めになって、今、国連の職員ということですから、日本政府の職員とまた違って、ほかの国のこともよく見れているんじゃないかと思います。  今、日本国内では、脱原発あるいは脱原発依存、若干の差はあるけど、なるべくそれは原発依存度を減らしていきたいというどの政党もお考えは持っているわけで、そのときに、再生可能エネルギーの産業というんですかね、分野というのが何とか原発依存を超越するための一つの動きにできないかと。  誰もが今心配している中でなぜそれが一気に進まないかというと、やっぱりマーケットが小さかったということとか、コストが高くて原発と比較してもなかなか伸びてこなかったとかあるんですが、さっき近藤参考人は防災の話、これも日本のいろんな経験を踏まえておっしゃいました、武器になるんじゃないかという、武器というか、テーマになるんじゃないかとおっしゃいましたけれども、この再生可能エネルギー、何かアフリカなんかは太陽光発電なんかすごく向いているようにも思うし、風力が向いているところもいろいろあると思うんですね。バイオマスなんかが向いている地域もあると思うんですが、何かそういう御示唆をいただきたいんですけれども、この再生可能エネルギーというのを日本のODAの、何というんですかね、一つのテーマとしてどんどん進めることで、翻って日本の自然エネルギーの分野がコストダウンなんかしてもっと広がりやすくなるというような、そんな展望、何かアドバイスはないでしょうか、お聞かせいただければと。これを最後の質問にしたいと思います。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 簡潔にお願いいたします。

近藤哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表

○参考人(近藤哲生君) 再生可能エネルギーを開発に使うことによって災害に対して強靱な社会をつくることができるという例は多数見てまいりました。アフリカで特にそういった例がたくさんございます。これは、都市で使うエネルギーと農村部で使うエネルギーとでは必要なエネルギー量が全然違いますので、それをそれぞれのコミュニティーに合ったエネルギーの計画を立てるということが重要かと思います。その点では日本は非常に進んだエネルギー計画の技術を持っておられると思いますので、生かしていただければと思います。  以上でございます。

小野次郎結いの党

○小野次郎君 終わります。     ─────────────

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) この際、委員の異動について御報告いたします。  本日、西村まさみ君が委員を辞任され、その補欠として田城郁君が選任されました。     ─────────────

又市征治社会民主党・護憲連合

○又市征治君 社民党の又市です。  参考人の先生方、大変どうも今日はありがとうございます。本当は皆さん全部に一つずつ聞けばいいんですが、時間の関係がありますので何人かに限らせていただきますが、高橋先生にまずお伺いをします。  以前、日本の役所は援助は外交の道具だと言い、あたかも援助独自の目的を否定するがごとき言説がなされていたと、援助は相手国の開発に資するというそれ自体の固有の役割があることを再認識しなきゃならぬというふうにおっしゃっていたことがございますね。  つまり、ODAの中の不十分さといいますか、そういう問題を御指摘をなさっておりましたが、そのような問題が起こった背景といいますか、それは何だったというふうに御認識なさっているのか。また、今、本当に六十年を経て、更にこれから進めようとするときに、そのことがどの程度改善をされたというふうに御認識なさっておるか。その点のまずお伺いをしたいと思います。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) 大変難しい、しかし重要な御質問をいただきました。  私は、国民のためにという観点から様々な政策が決められていく、そのこと自体に基本的には問題はないと思うんですが、ただ、国会あるいは国の政策を決めていく方々は、国民が何をしたい、政府にしてもらいたいと思っているかという観点からも政策を考えるべきではないかというふうに思います。  例えば文化とかスポーツ、芸術といったものに対する支援というのは、国民のためということよりも、社会として何を実現しなきゃいけないかという観点から行われていると思います。ODAはまずそういう観点から物を考えるべきで、そのものが国際社会を支えていくという、平野参考人も言及なさっていた国際益につながっていくということがあると思います。  時折、日本の国がいろんなことに窮して、例えば長い間のデフレとか、あるいは震災の後の非常な苦しさとかいったときに、何か犠牲にできるものを見付けたときに予算が減ったり、残っている数少ないODAを、応援団が余りいないものですから別の目的に使ってしまおうということがあるやに私は受け止めております。  それは、残念ながら、日本の国がほかの途上国、特に途上国の状況に関して無関心であるという部分がある。これは、大学で教える者として我々も非常に反省をしなければいけないことでございますけれども、こういうことを改革していくべきですし、マスコミや教育者その他その他が、市民社会全体がまだまだ力を付けていかなければいけないことだと思っております。  お答えになっていれば幸いです。

又市征治社会民主党・護憲連合

○又市征治君 ありがとうございました。  それじゃ、もう一問、これは平野さんにもお聞きしなきゃいかぬのかなと思うんですが、先生は「日本の対アフリカ援助外交の変遷」の中で、日本の東アジア諸国への円借款を中心とした援助の成果に言及されつつ、対アフリカ諸国への支援についても、高橋さん、お述べになっているわけですが、それと関連してお聞きするんですけれども、東アジアへの日本の支援についての評価はともかくとして、これら東アジアの国々が大きく成長したのは事実でありますよね。それに対して、アフリカ諸国では市場原理の導入などを柱とする構造調整政策では深刻な停滞から脱出できているとは言えない、こういう現状にあるんだろうと思うんです。この原因について、もう少し具体的にお教えをいただきたいというふうに思います。  その際、東アジアとアフリカとの歴史的、社会的、あるいはまた政治的状況の違いというのも影響を与えておるのかもしれませんが、その点について、高橋参考人と平野参考人からお聞かせいただければと思います。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) やはり、時間がありませんので端的に申し上げれば、アフリカは国が若い。そして、多くの国は税金をきちんと取れておりません。ですので、公共財を自分でつくり出すという力がないということに根本的な原因がアジアと比較した場合にあるかと思います。ここの強化こそ貧困削減と経済成長を結び付けていく一番大事な鍵だと私は理解をしています。

平野克己独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員

○参考人(平野克己君) 物すごく大きな問題を御質問なんですけれども、一つには、先ほど御質問もありましたが、農業の差だと思います。  東アジアとアフリカの大きな差というのは、人口密度が全く違うんですね。東アジアの土地って、日本も含めてですけど、アフリカに比べますと物すごく肥沃なんです。ですから、物すごく人口密度がある。言ってみますと、社会という最も貴重なインフラを東アジアは持っている。それが、緑の革命と当時言いましたけれども、東アジアの農業を急速に発展させまして、今、アフリカと比べると東アジアの農業の生産性って五倍ぐらいあるんですよ。ですから、五分の一の人で国全体を養うことができる。これは、逆に言うと、農村が東アジアの国にとってみると市場でもあった、購買力でもあったということなんですね。この差は非常に大きかったと思っております。

又市征治社会民主党・護憲連合

○又市征治君 次に聞こうと思ったところを全部お答えいただいたんですが。  じゃ、そこで、これは田中理事長にもお伺いしたい、平野さんからもお伺いしたいんですが、そうしたアフリカ諸国が、実際上はこのアフリカにおける貧困人口の削減のために、今ありましたように農業部門の発展が不可欠なわけでしょうけれども、さて、それぞれの諸国政府内部でどのようなこれは論議がされてそこを強化をしようとしているのか、もし御承知であればそこらのところをお教えいただきたいということがありますし、もう一つは、そういう状況の中で、日本のODAとしてはこのアフリカの農業部門の振興にどのような方策が必要で、あるいはどのような方針を持って臨んでいこうとしているのか、ここらのところを御両方からお伺いをしたいと思います。平野さんから。

平野克己独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員

○参考人(平野克己君) 田中理事長の前に、私からお話をさせていただきたいと思います。  アフリカの国、実は六〇年代に独立をいたしましたが、当時のアフリカの国は実は農業政策には余り関心がございませんでした。特に食料農業については関心がなかったと言っていいと思います。これはアジアとの大きな差でした。  しかし、今、この資源ブームの中で、かなりの国が農業政策に力を入れるようになってきています。食料自給を達成しようというスローガンを掲げるようになってきています。アフリカ全体でいうと、アフリカ連合、AUというのがアフリカにあるんですが、ここで数年前に、財政の一〇%は農業に手当てをしようという決議がされています。ただ、残念ながら、これを守っている国はまだ五、六か国しかないというふうに承知をしておりますが、ただ、農業それから食料自給に対する機運が高まっていることは事実で、それを考えると、これは日本だけじゃありませんけれども、中国も含め先進国ドナーも農業支援ということをもう一回声高に言い始めているというのが現状だというふうに私は理解しております。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) アフリカの内部での農業に対する認識は、今、平野先生おっしゃったとおりで、私もそのように、アフリカの指導者の中でも農業を重視するという姿勢が非常に強くなっていて大変結構だと思っております。  その中で、日本それからJICAは、昨年のTICADでも表明いたしましたけれども、先ほどこれは高橋先生もおっしゃった話ですけれども、JICAのケニアでやっておるプロジェクトで、小農の方の市場志向型の農業、作ってマーケットで売ると、自分の食べるだけじゃなくて売るという、そういうような地道な技術協力プロジェクトというのをやっておりまして、これはSHEPと言うんですけれども、このプロジェクトが大変うまくいっているので、これを十か国に今広めようというふうにやっております。  それからもう一つは、やはり日本が農業を支援するといったとき、これは平野先生おっしゃったように、だんだん、なかなかこちらの体制もあれなんですけれども、やっぱり何といっても日本の支援というとお米なんですね。最近、アフリカの方々は大変お米が好きになっていらっしゃって、稲作普及というと非常にもてるのでありまして、これのためにCARDという稲作普及のための連合というのをやっておりまして、この間のTICADⅣから、十年間でこの稲作の生産を倍にするというプロジェクトを今アフリカの各国でやっております。

又市征治社会民主党・護憲連合

○又市征治君 ありがとうございました。  それじゃ最後に、あと二分ありますから近藤さんにお伺いしますが、この間、ODAあるいは支援、援助といえば対外的な問題という受け止め方が一般的だったと、こう思います。ところが、事前に読ませていただいた弓削昭子さんのポスト二〇一五開発アジェンダに関する文書からは、途上国支援のためにも先進国内部の改革が必要だと訴えておられる、こういう印象を持ちましたが、なぜこのような論議が出てきているのか、また具体的にどのような施策を先進国に求められようとしているのか、この点について簡潔にお答えいただきたいと思います。

近藤哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表

○参考人(近藤哲生君) MDGsは、過去十五年間にわたって人類が協働して貧しい国をどう助けるかということで取り組んできたわけですが、この十五年間の経験を見るに、貧困や災害や戦争などで苦しんでいるのは貧しい国の人ばかりではない、先進国の貧困層もある。それを放っておいて、あるいは中進国の貧困層を放っておいて貧困対策というのでは片手落ちではないかと、これらを共に同じ地平で取り組むことによって人類の連帯ということから貧困対策をしていこうというのがポスト二〇一五の発想でございます。

又市征治社会民主党・護憲連合

○又市征治君 ありがとうございました。  終わります。

浜田和幸新党改革・無所属の会

○浜田和幸君 ありがとうございます。  今日は私が最後の質問者ということで、新党改革と無所属の会を代表して幾つか質問させていただきたいと思います。  まず、高橋参考人にお伺いしたいんですけれども、やはり世界のODA、一番日本にとっての強力なライバルは中国ですよね。この事前に頂戴した高橋さんのこの論文を読ませていただいて、アフリカ協力において、中国と競合や協調の在り方、これもやはり世界の二大援助国として日本も考えるべきではないかと、そのことによって全く新しい関係が成立するという御指摘ですよね。これ、しかしなかなか、言うはやすし行うは難しですよね。  この二〇一四年一月の中国外務省のコメント、驚くべき内容です。まさに日本のパクりと言ってもいいぐらいな。今、中国は三億人の移民をアフリカ大陸に送り込んで、アフリカを中国色に塗り替えようとぐらいしている国、そういう中国と日本がODAの分野でどう手を結んで、言ってみれば新しい関係を結ぶ、もしそうなればすばらしいことだと思うんですけれども、具体的にどういう形でそれが実現できるとお考えでしょうか。

高橋基樹神戸大学大学院国際協力研究科教授

○参考人(高橋基樹君) 恐れ入ります。もしかしたら平野参考人に補足していただいた方がいいかもしれませんが、例えば大学人、アカデミー、研究者の間では、開発の在り方や援助の在り方について実は交流がございます。こういうことを、今我々ができることとしては細々とでも続けていかなければならないというふうに思っております。  それから、実は中国はいろいろと日本から学んでおります。現場では中国大使館からJICAの事務所に様々なアドバイスを求める電話があるということを伺ったことがございます。例えば、ボランティア、協力隊員の待遇であるとか、こういったことを我々はやっぱり地道にやっていくということが一つ、私の口からは申し上げられることかなと思います。  書きましたとおり、安倍総理は御就任の直後に、いろんなことで食い違いがあっても協力できるところではしていった方がいいということをおっしゃいました。例えば、貧困削減、中国人の言葉を使えば民生安定という言葉を使っていますけれども、そういう政治的なことから少し遠いところについては積極的にやっていくべきではないかというふうに私は思っております。  将来、国際情勢が大きく変われば、中国人が持っているたくさんの大きなお金と日本人の知恵というものが組み合わされる状況というのが生まれれば本当に理想的だと思いますし、両国の友好につながることではないかと思いますが、それは私の範疇を超えていますので、以上にさせていただければと思います。

浜田和幸新党改革・無所属の会

○浜田和幸君 ありがとうございます。  後で田中理事長に、日本と中国がODAの分野で協力できる可能性があるとするとどういう分野が考えられるのか、お考えをお聞きしたいと思うんですね。  その前に、平野参考人に、この資料、一番最後のところを読ませていただくと、中国の言ってみれば農村部の人たちを対象にして、上海などの国内の都市に出稼ぎに来るのではなくて、海外へ働きに行きなさいと政府が促していると。これは言ってみれば、アフリカの資源を獲得するためにも中国政府が後ろ盾となって三億人移民計画なんかが動いていると思うんですけれども、何かこれは具体的に中国政府がこういうことを促している、要するに国内のある意味では格差とか貧困を海外に出かけることによって改善しようという動きとも読み取れるんですけれども、中国政府の意図というものを確認できるような、何かそういう情報をお持ちでしたらお教えください。

平野克己独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員

○参考人(平野克己君) この政策は走出去政策、ゾーチューチーと言いまして、中国は過剰生産、過剰投資の国ですから、技術の高い外資系はまだしも、国内の特に中小企業は中国の国内ではほとんど利益が取れていません。そういう企業を、アフリカだけじゃありません、周辺のアジア諸国にも出て行って鍛えてきなさい、利益を取ってきなさいという政策を走出去政策と言います。走出去政策の対象にはアフリカもリストアップされて、今委員御指摘の資料ということでいうと、資料の前にもうガイドブックのような、電話帳のようなものがあります。私もあるアフリカの国の中国大使館に訪れてそれを見せてもらったことがありますが、それはどの国のどの産業だったら中国政府からどんな支援が出るということがばあっと書いてあります。  この走出去政策というのは結構有名な政策で、これで中国人が増えていくんですけれども、ただ、一方で、恐らく世界で中国だけがアフリカに製造業を移転しようと考えている国でしょう。それから、アフリカに自分たちの農業技術を人付きで送っていこうと考えている国でしょう。これは危険な側面もあるかもしれませんが、アフリカにとってみると、もしかすると非常に有効な活用できる動きなのかもしれません。そういうところを見極めて、アフリカにおいては、少なくとも日本は中国の政策に対して客観的、ニュートラルに観察をしていく必要があるというふうに私は思っております。

浜田和幸新党改革・無所属の会

○浜田和幸君 ありがとうございます。  田中理事長にもお願いします。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) 中国と日本とのアフリカにおける協力の可能性ということでございますけれども、今、平野先生おっしゃったように、今の段階ではできる限りの情報収集、それから可能になれば情報の交換というようなことから進めるということじゃなかろうかと思っております。JICA研究所というのもございまして、それでかなり中国が世界中でやっておる援助はどういうものかということを研究しておりますけれども、こういう体制を進めていくということだろうと思っております。  それから、具体的なプロジェクトというようなことになりますと、これは私ども、技術協力がかなり強いものだし、いろいろブレンドするというか、三スキーム混ぜるというようなことをやっておりますと、これはどこの国とでもそんなに簡単にすぐできるというものではございません。  ですから、中国との関係でいいますと、この膨大なアフリカにおけるインフラ需要ということを考えますと、中国がAUとかのインフラ開発プロジェクトの一部をやってくれれば、日本もその一部をやるわけですから、結果として見ると、日本と中国、それに加えて世銀なりアフリカ開発銀行なりヨーロッパからの様々な資金供給によってアフリカ全体のインフラが整備されるということでありまして、結果として見ると、そういうのは日本も中国もその他の国際社会も協力しているということにつながるのではないかと思っております。

浜田和幸新党改革・無所属の会

○浜田和幸君 ありがとうございます。  やはり、日本がこれまで六十年間積み重ねてきたODAの基本的な発想は、相手の国の利益になるような形、相手の国を搾取して自分たちの国の発展に必要な資源を収奪するということはあってはならないと思うんですね。是非、日本的なODAの価値観を、やはり中国と激突しているわけですから、是非中国を、考え方を変えさせるような、そういう方向で自信を持ってODA進めていっていただきたいと思います。  それで、もう一つ最後に田中理事長にお伺いしたいのは、人づくりですよね。ODAを通じて、あるいはJICAの活動を通じてたくさんの外国から研修生受け入れておられますが、JICAとは別に、国際研修協力機構もございますよね。ここはもう八十万人を超える途上国からの外国人の技能実習生を受け入れているんです。そういうところとも連携する可能性はないのか。あるいは、国際交流基金が文化という面で様々な支援をしています。そういうところでも、日本の文化、価値観を広めるという意味では、JICAとジャパンファウンデーション、そういったところの協力の可能性があるのかどうか、その辺りについてお考えをお聞かせください。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 簡潔にお答え願います。

田中明彦独立行政法人国際協力機構理事長

○参考人(田中明彦君) 海外からの日本に来られた方というのは日本にとっての財産でございますから、JICAのみならず、その他の機関を通して受け入れた方々とのその関係も是非強化してまいりたいというふうに思っております。

岸宏一自由民主党

○委員長(岸宏一君) 以上で質疑を終了いたします。  この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。  本日は、貴重な御意見をいただきまして、誠にありがとうございました。本委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。  本日お述べいただきました御意見は、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。  どうもありがとうございました。(拍手)  本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後三時三十五分散会

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