憲法審査会 第1号
- 発言数
- 73 件
- 登壇者
- 22 名
- 会派数
- 9
- 開催日
- 2014/02/26
会議録
○会長(小坂憲次君) ただいまから憲法審査会を開会いたします。 幹事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い現在幹事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 幹事の選任につきましては、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(小坂憲次君) 御異議ないと認めます。 それでは、幹事に仁比聡平君を指名いたします。 ─────────────
○会長(小坂憲次君) 日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する調査を議題といたします。 本日は、憲法の役割、在り方等について委員間の意見交換を行います。 まず、各会派一名一巡により、各五分以内で意見表明を行っていただきたいと存じます。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が経過した際にはベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、意見のある方は順次御発言を願います。 赤池誠章君。
○赤池誠章君 私は、自由民主党の赤池誠章です。 自民党は、昭和三十年、一九五五年、立党以来、自主憲法制定が党是であります。当時の立党文書の一つである「党の使命」には次のように書かれております。国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、独立体制はいまだ十分整わず、ここに至った一端の原因は、敗戦の初期の占領政策の過誤にあると。初期の占領政策の方向が主として我が国の弱体化に置かれていたため、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって国民の負託に応えんものである。 自民党が立党して今年で五十九年となります。来年は戦後七十年、自民党立党六十年を迎えるわけであります。改めて、自主憲法制定実現に向けて、私はその意義、理由を以下三点あると考えております。 第一は、現行憲法には制定過程に問題があり、法律としての大前提である正統性がないと感じております。 御承知のとおり、マッカーサーが率いる占領軍、GHQから、占領中に言論統制された中で押し付けられたものです。現行憲法は、日本国民の自由意思で、公正で民主的な手続で起草されたものではありません。これは、占領軍が占領地の法律を尊重しなければいけない国際法の違反ともあり、何よりも、現行憲法が自らの前文にある「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」に反しています。憲法自体が憲法違反の存在というものであります。 正当に選挙もされない占領軍の最高司令官マッカーサーの指示によって短期間で英語で草案が作られ、日本国民に知らされないまま日本国政府に渡され、政府はそれを翻訳して憲法草案が作られ、衆議院、貴族院と議論されて成立したものであります。その制定過程を知る以上、国民代表である私たち国会議員がそれを是とすることはあり得ないと私は考えております。これを現行のまま放置することは恥であり、後世から叱責を受けかねないと感じております。 第二は、制定過程、その後、主権が回復して国民が十分承認をされているという反論のある中で、私は憲法の内容自体にも問題があると感じております。 現行憲法の基礎となっておりますのは、考え方は三つあると言われております。 第一は、制定過程で分かるように、日本人には自分の国を守る力を持たさず、二度と立ち上がらせないようにするという弱体化という占領政策、米国の属国化、保護国化という考え方があります。それが戦争放棄の憲法九条となっております。その条項が、激動する国際情勢の現在、国家安全保障の足かせとなっております。 第二は、人工国家、米国流の社会契約説であります。敗戦後の日本国民が契約によって新しい国家をつくったフィクションに基づいています。だから、日本の歴史や伝統、文化は全く反映されておりません。 第三は、旧ソ連の、一九三六年、スターリン憲法に影響されており、共産主義が紛れ込んでおります。第二十四条の家族生活における個人の尊重と両性の平等、二十七条の勤労の権利及び義務などはその条項に当たると言われております。社会主義者や共産主義者が護憲になる理由がここにあるわけであります。 第三の自主憲法制定理由は、国民の意識、民意であります。 自民党は、一昨年、第二次憲法草案全文を発表して、十二月に総選挙を戦い、勝利して政権を奪還しました。さらに、昨年夏の参議院通常選挙において第一党となりました。 自主憲法制定は国民の民意となりつつあります。これは、国内外の激動する情勢が国民意識を変化させてきたからだと思っております。国際社会における米国の相対的地位の低下、北朝鮮の日本人拉致事件、チャイナの尖閣諸島への侵略行為、ロシアの北方領土や韓国の竹島への不法占拠の強化、国内においては東日本大震災もありました。日本国民は、現行憲法では自分自身や自分の家族、地域や国家を守ることができないのではないかと気付いています。 以上、現行憲法の正統性のない制定過程、日本の歴史から断絶した憲法内容、民意の三点から、自主憲法制定は今まさに国政の重要課題となっております。 今後は、憲法改正国民投票のいわゆる十八歳投票年齢などの三つの宿題を解決させ、全国各地で国民の声を聴く国民運動を展開しつつ、立憲主義に基づき、改正原案を更に詰め、来るべく国政選挙において三分の二以上の国会議員を結集させるべく、私自身もその一助になればと考えております。 世界有数の歴史と伝統を誇る我が国を守り、発展させ、子孫につないでいくために、立憲主義に基づいた自主憲法を制定する決意の表明とさせていただきました。 御清聴ありがとうございました。
○会長(小坂憲次君) 次に、前川清成君。
○前川清成君 民主党の前川清成でございます。 まず第一に、これから憲法の役割を議論するに先立って確認しておきたいことがあります。それは、私たち、今この世に生きる一人一人の人間があまねく自由でかつ平等だということです。自由であり、かつ平等であるということは、基本的人権が保障されていると言い換えることも可能です。 私たちの誰もが、ただこの世に生まれてきたがゆえに尊い存在であり、だからこそ、一人一人の個人として尊重され、その個性も尊重され、したがって、どのような形の幸せを追求したとしても、他人に迷惑を掛けない限り、国家権力や他人から干渉や妨害を受けてはなりません。私たちの誰もが、ただこの世に生まれてきたがゆえに尊い存在であり、だからこそ、一人一人には様々な違いがあることを当然の前提にしつつも、人間としての尊さに違いはありません。 この自由と平等、基本的人権の保障を否定する、あるいは、政治において最優先で追求すべき価値として認めない者がいたとするならば、ここから先の憲法の議論は馬の耳に念仏となります。憲法の議論は、自由と平等、基本的人権をどのような仕組みで守るのかという議論です。 第二に申し上げたいことは、憲法の制限規範性です。 自由と平等という侵すことのできない永久の権利も、地球上に当初から横たわっていたわけではありません。まさに、人類の多年にわたる自由獲得の努力の結果です。では、人類の多年にわたる自由獲得の努力は何に対して向けられてきたのでしょうか。 例えば、人権宣言の嚆矢と評価されて、国王といえども法の下にあることを確認したイギリスのマグナカルタは、一二一五年、国王ジョンに対して封建領主らが突き付け、承認させた文書です。一七七六年からのアメリカ独立戦争は、課税の強化等苛政に苦しむ植民地住民と本国イギリスとの戦いでした。一七八九年のフランス革命は、絶対君主制、アンシャンレジームに対して第三身分、平民が自由、平等、博愛を理念として掲げた戦いでした。 枚挙にいとまはありませんが、人類の歴史において自由や平等の妨げとなったのは国家権力でした。だからこそ、憲法というルールが生まれ、憲法によって国家権力は制限されています。このように、国家権力が憲法によって制限されることを立憲主義あるいは法の支配と言います。 したがって、この制限規範性に関して、安倍総理が、今月三日の衆議院予算委員会において、王様の時代の考え方と述べたことに私は驚きを禁じ得ませんでした。安倍総理は、今国会冒頭の施政方針演説を始め様々な機会に、自由や民主主義、人権、法の支配など、基本的な価値観を共有する国々と連携を深めると述べておられますが、憲法の制限規範性を否定することは、法の支配の否定にほかなりません。 さらに、安倍総理は、今月十二日の衆議院予算委員会において、憲法の解釈に関して、私たちは選挙で国民から審判を受けるなどと述べておられますが、民主主義は憲法の制限規範性を否定しません。なぜならば、例えばヒトラーのナチス・ドイツのように、民主的な政権であったとしても、時として暴走し、自由や平等を侵害することがあります。だからこそ、王様の時代が終わり民主主義国家が成立しても、国は憲法を持ち、国家権力を制限しています。むしろ、立憲主義と民主主義とは密接に結び付いています。なぜならば、自由な討論の広場が存在しない社会に制度としての民主主義は存在し得ませんので、民主主義は全ての国民に基本的人権が保障されて初めて開花します。単に多数者支配の意味ではなく、民主主義が実を伴ったものであるためには、自由、平等の保障、そのための国家権力の制限は必須です。 フランス人権宣言第十六条が、権利の保障が確保されず、権力の分立が規定されていない社会は、全て憲法を持つものではないと述べているとおり、基本的人権の保障とそのために権力を制限することが憲法の核心的な構成要素であることを世界と歴史が承認しています。 第三に、憲法は制限規範である以上、その論理的帰結として硬性憲法となりますが、硬性憲法であることは決して不磨の大典であることを意味しません。現行憲法も施行後既に六十六年を経過しています。社会や環境が大きく変化しています。憲法も現実の社会を規律するルールである以上、社会や環境の変化に応じて変わらざるを得ない場合があります。 だからこそ、私たち民主党は、昨年三月に策定した新しい綱領において、「国民とともに未来志向の憲法を構想していく。」と述べ、昨年七月の参議院選挙のマニフェストにおいても、更に国民とともに憲法対話を進め、補うべき点、改めるべき点への議論を深めると記しています。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、西田実仁君。
○西田実仁君 公明党の西田実仁でございます。 この参議院の憲法審査会というのは、参議院憲法調査会の報告書を踏まえまして、衆議院とは異なる、独自性ある議論を行うことを旨として運営されてまいりました。 一昨年の常会では、「東日本大震災と憲法」、人権、統治機構、国家緊急権が、昨年の常会では、「二院制」、「新しい人権」がテーマとされてまいりました。この憲法審査会の設置以降、国民投票法の整備、投票権年齢、公務員の政治的行為の制限等が喫緊の課題とされる中、安倍内閣の下で憲法上の論点は、九十六条改正と立憲主義、特定秘密保護法と知る権利、集団的自衛権と平和主義等、広がりを見せております。東日本大震災と原発事故からの復興も道半ばであり、今日、憲法とは何かが改めて問われる状況となっております。 また、昨年は参議院選挙でメンバーも大きく替わっていることからも、憲法論の原点を再確認する必要があると思われます。毎年初回の憲法審査会は、そうした意味で、憲法とは何かという問いから始めるのが良いのではないかと考えております。 憲法の骨格を成す恒久平和主義、基本的人権の尊重、国民主権の三原則は人類の英知というべき優れた普遍の原理であり、平和、人権、民主の憲法精神を国民生活と日本社会の隅々まで定着させ、開花させる闘いに全力を尽くすというのが公明党の基本的立場であります。 憲法改正については、現憲法は優れた憲法であり、平和、人権、民主の憲法三原則を堅持しつつ、環境権など、時代の進展に伴い提起されている新たな理念を加えて補強する加憲が最も現実的で妥当であるとの考えであります。 民主主義国家の憲法は、国家のためにあるのではなく、国民の幸福追求のためにあります。また、人権保障の拡大と国民主権の徹底は民主主義国家の歴史の流れでもあります。したがって、憲法改正の視点は、国民の幸福追求のための人権保障の拡大と国民主権の徹底でなければならないと考えます。加憲が最も現実的で妥当であると考えるのはそのためであります。 国民主権に基づく国民の代表機関で国権の最高機関とされる国会は、本来、政府と官が法を誠実に遵守するよう見張る立場にあり、とりわけ政府から距離を置くことができる参議院は監視を行うにふさわしいと考えます。 二院制の在り方については、参議院に行政監視院を置くという構想も主張されたことがあり、参議院の行政監視機能の強化は二院制支持者の共通の認識となっております。さきの参院選後、衆参において与党が過半数の議席を占めていることからも、対政府という観点の重要性を意識する必要があると考えます。 また、良識の府である参議院では、公共の利益の実現を超党派で目指すよう努力すべきであるとも考えます。特に、行政の組織、人事に対する統制という観点、政府と官僚機構をつくる衆議院、それを監視する参議院という観点は重要であり、この観点での参議院の役割論を深めるべきと考えております。 参議院の行政監視機能強化と併せて、参議院の決算重視も語られております。ただ、決算審議の目的は予算審議へのフィードバックであり、予算審議と決算審議は本来一連一体のものとして行われるべきであることから、衆議院は予算、参議院は決算を単純に徹底すべきではないと考えております。衆参それぞれの特徴に応じた審議をする前提で参議院の決算重視の内容を考えるべきであり、年金制度、特別会計制度等、数年度にわたる長期的検討を要する事項に重点を置いた審議を行うべきではないかと考えております。 我が国政治、行政の根本問題として、真の意味での政治主導をいかにつくるかということが挙げられます。その象徴ともいうべき委任立法の増大に歯止めを掛ける必要があると考えます。特定秘密保護法の問題でも政令で定める旨の規定が多用されておりまして、法の運用が官僚に丸投げされれば、権限濫用により不当逮捕等、重大、深刻な人権侵害を引き起こすおそれがございます。同法の民主的で公正な運用を確保するためには、とりわけ官僚機構に対する国会の監視が重要であり、委任政令を適切に統制する方法を考える必要があると思います。 この点、信州大学の田中祥貴准教授は、参議院の憲法保障機能という新たな視点から、災害対策基本法第百九条第四項にある議会拒否権制度の拡大を提唱しており、注目されます。国会でもこれを研究すべきではないかと考えます。 中央防災会議・防災対策推進検討会議最終報告は、自然災害による国家的な緊急事態への対応の在り方について憲法審査会でも議論をされるよう求めております。首都直下地震など巨大災害の発生に迅速に対応するためには、国会の開会中でも行政府の権限、緊急政令を広範に認める必要がある場合が考えられますが、これは立法府と行政府の関係の根幹、三権分立の在り方が問われる憲法問題となるからであります。一昨年、「東日本大震災と憲法」をテーマとした参議院憲法審査会にふさわしい問題と考えます。ここでも人権保障のために行政をどのように統制していくかが問題の本質であり、議会拒否権制度をどう組み込むか、最重要の論点となると考えます。 以上でございます。
○会長(小坂憲次君) 次に、松田公太君。
○松田公太君 みんなの党の松田公太です。みんなの党を代表して、日本国憲法に関する基本的な考え方を申し述べたいと思います。 戦後の焼け野原の中から我が国は復興を始め、先進諸国に追い付け追い越せと、国民が一丸となり高度経済成長を成し遂げてきました。生産も所得も右肩上がりで伸び、全体のパイがどんどん膨らむような状況においては、中央集権型で突き進む方法が有効だったのかもしれません。しかし、一九九〇年のバブル崩壊以降は状況が一変し、日本国全体が迷路の中に入り込んでしまいました。それから二十五年間、我々は出口を見付けられずに同じところをぐるぐるとさまよっているような感じさえあります。 なぜ様々な政策と法改正を施しても決定打を打つことができないのか。答えは一つではありませんが、国民のニーズが多種多様化してきていることと、無力感と諦めの意識が蔓延していることが大きな原因ではないかと考えております。 それを打破するためには、やる気があればチャレンジできる、また、頑張った者が報われるという公平な競争が可能な社会、そして同時に、力を持った者がやりたい放題にやってはいけないという共助と公助の精神も張り巡らせた社会に変えていく必要があります。それを阻害しているのが、戦時中に構築された官僚統制と中央集権のストラクチャーなのです。 国民が十分主体的に活動できるような国家に成長するためにも、地域主権型道州制を実現するべきだと思います。そして、時代が変化を必要としている以上、国家の理念たる憲法も見直し、真の自由社会を希求できるようにしなければなりません。 道州制が導入されれば、国家の役割は必然的に外交、防衛、金融政策、社会保障等に限定されます。そして、議員定数の削減を経て、第四十二条を改正し、一院制へと移行するべきだと考えております。もちろん、その際には、違憲状態にある一票の格差を是正しなければなりません。また、国民の意見を集約する上で重要な存在である政党の位置付けを明記するとともに、国民から選挙で信任を得た政党が活動できるよう政党法も整備するべきです。 一方、現在の強固な官僚統制を打破し政治主導を実現するためには強いリーダーシップが求められます。首相公選制の実現により、国民の意思を反映したリーダーによる改革を行っていくべきです。 さらに、今後、首都直下型地震や南海トラフ地震の発生が予想される中、未曽有の災害に対応できるようにしなければなりません。すなわち、憲法上、緊急事態宣言を始めとした緊急事態法制に関する規定を盛り込む必要があると考えています。これにより、政府が大規模災害時に機動的な対応が可能となるとともに、その限界や責任主体を明確にすることで国家権力の暴走も防ぐことができます。 次に、憲法改正論議の前提となる国民投票法の改正について申し上げます。 憲法の硬性に鑑みれば、改正の影響は将来世代にこそ強く生じます。そうであるならば、可能な限り投票年齢は下げるべきであり、十八歳への引下げは可及的速やかに行わなければなりません。同様に、公職選挙法上の選挙権についても十八歳への引下げを行うべきです。高齢化が進む現状においては、相対的に若者の意見は少数派になってしまいます。ほぼ全ての先進国が十八歳以上の国民に選挙権行使を認める中で、日本の若者だけが未熟であるという議論には説得力がありません。 最後に、集団的自衛権を含め、九条について申し上げます。 現在、党内で話を進めておりますが、そもそも憲法九条は、一読しただけではその意味を理解し難く、我が国において不可欠な存在である自衛隊の位置付けも曖昧です。また、PKOで一緒に派遣されている密接な友好国の部隊が襲われたときに自衛隊が反撃できないという現状は、余りにも無責任だと思います。 さらに、保持はしているけれども行使はできないという集団的自衛権に対するスタンスは、国民にとって極めて分かりづらいものです。国連憲章においては、個別的自衛権のみならず、集団的自衛権も国家の固有の権利として認められています。同じ自衛権でありながら、一方は認め、他方は認めないというのは不自然です。 解釈改憲については否定的な意見も見られますが、過去にも六十六条二項の文民規定の解釈変更が行われております。 また、我々と同様に官僚依存から脱却するという信条を掲げる政党が多い中、集団的自衛権だけは内閣法制局の判断に依存するというのも整合性が取れないのではないでしょうか。脱官僚を提言するなら、最終的な解釈権限が司法にあることを前提に、国民的議論を踏まえつつ、政治が責任ある解釈を行ってしかるべきです。 激動する国際情勢の中で、日本に求められている役割も変わってきております。いつまでも同盟国に一方的に頼り切るというわけにはいきません。集団的自衛権の行使は認めない方がおかしいとさえ考えております。 以上のように、これまでの我が国は、官僚統制等による一部国民の活動や国民的な議論が阻まれてきたと考えられます。もうすぐ戦後七十年を迎える中で、時代の変化に合わせ、国家モデルを変えていくべきです。それが国際社会の中においても一人前として認められる国家へ成長するための重要な方策だと我々は考えております。 御清聴ありがとうございました。
○会長(小坂憲次君) 仁比聡平君。
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平です。 我が党は、本日の憲法審査会開会に強く反対してきました。私は、まず第一に、憲法審査会はそもそも動かすべきでないことを改めて主張するものです。 憲法審査会は、戦後レジームからの脱却、時代に最もそぐわないのは憲法九条と唱えた第一次安倍政権の改憲スケジュールの一里塚として二〇〇七年五月に強行された改憲手続法によっています。しかし、その改憲手続法自体が、最低投票率さえ定めず、公務員や教育者の国民投票運動を不当に制限し、改憲案の広報や広告を改憲派に有利にし、衆参合同審査会の勧告権限や両院協議会によって改憲発議を容易にするなど、できるだけ低いハードルで改憲案を通せるようにした不公正な仕組みであり、国民主権及び憲法制定権力の発動である憲法九十六条の理念、趣旨に反するものにほかなりません。投票権年齢、公務員などの運動規制、国民投票の対象という三つの宿題も、参議院における十八項目にも及ぶ附帯決議もそうした重大問題から発するものですが、そこで提起された課題は何ら解決されていません。 中でも、憲法審査会は、改憲原案の審査権限を持ち、明文改憲に直接つながる重大な機関であります。この審査会の活動は、勢い改憲手続の具体化、改憲原案のすり合わせとなり、国民は憲法改正を求めていないのに、改憲機運を国会が押し付けることになります。改憲手続法、そして憲法審査会は動かしてはならないのです。 第二に、憲法審査会を動かすことは、日本国憲法が決して許さない集団的自衛権とその行使を始めとした強権と戦争国家化という憲法改悪の条件づくりにほかならないからです。 自民党改憲草案に代表される憲法九条明文改憲の国民的ハードルは高く、そのハードルを下げようという憲法九十六条先行改憲も、憲法が憲法でなくなるという強い批判に勢いを失う下で、昨年の参議院選挙後、第二次安倍政権は、もはや憲法を棚上げし、無視して、多数を頼んだ憲法破壊の数々を強行しています。 戦争司令部と、司令塔というべき国家安全保障会議と一体の特定秘密保護法の強行、国家安全保障戦略に基づく自衛隊の侵略的機能強化、武器輸出禁止三原則の撤廃、辺野古新基地の押し付けを始め在日米軍の再編強化などに続き、集団的自衛権をめぐる安倍総理の国会答弁は歴代の政府見解をも根底から覆してエスカレートしていますが、戦争放棄と戦力不保持、交戦権の否認によって軍事力行使の手を縛り、国際紛争の平和的解決の道を示す憲法九条の下で、集団的自衛権とその行使が認められるはずもありません。 総理は、立憲主義は王権が絶対権力を持っていた時代の話とか、最高責任者は私だ、私が責任を持って選挙で審判を受けるなどと強弁するに至っていますが、こうなると、政府の憲法解釈の変更はもはや法的、論理的な意味での解釈でさえなく、単に国会の多数を獲得すれば時の政権が憲法解釈を自由勝手にできる、すなわち、憲法の最高規範性を失わせる憲法破壊にほかなりません。しかも、その国会の多数は、二〇一二年総選挙でも四割の得票で八割の議席という小選挙区制の虚構の多数でしかないのです。その下で与党が改憲手続法改正案を今国会に提出しようとする動きは、こうした憲法破壊と日本国憲法との相入れない矛盾を打開するための明文改憲の条件づくりというべきです。 総理が幾ら積極的平和主義を弁明しても、凍り付いたような日中、日韓関係は打開の糸口さえ見えず、日米関係のきしみも覆い隠せなくなっています。それが、靖国神社参拝強行を始め、侵略戦争と植民地支配を正当化する総理の歴史認識と政策のゆえであるところに、軍国主義の除去と民主主義の確立によって国際社会に復帰した戦後日本の原点である憲法九条と相入れない根本的矛盾が現れています。 さきの臨時国会で示された秘密保護法反対の声の国民的広がりは、日本国民の巨大な民主主義の力を示しました。 日本共産党は、憲法改悪を許さず、憲法九条を生かす北東アジア平和構想の実現のために全力を尽くすものです。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、清水貴之君。
○清水貴之君 日本維新の会の清水貴之です。 我々日本維新の会の現行憲法に対する考え方、そして認識をお伝えしたいと思います。 日本維新の会は、決定でき、責任を負うことができる民主的な統治機構を構築するため、体制維新の実行を目指しています。その際、現在の統治機構を規定している現行憲法の改正が不可避であると考えています。 日本維新の会は、党内に憲法調査会を設置し、これまで二十回にわたって会合を開き、昨年六月、憲法改正に関する基本的な考え方を中間報告として取りまとめました。この報告において、財政健全化条項を盛り込むことや首相公選制の導入を前提に国会を一院制に改革することなど、新たな国と地方の在り方を示しました。統治機構改革を推進していくためにも、国会に設置されているこの憲法審査会において、財政や地方分権、緊急事態などに関する条文案の作成に着手すべきだと考えています。 しかし、衆参共に憲法審査会はほとんど開催がなく、憲法改正論議は国会の内でも外でも低調です。憲法改正の進展には、国会での論議を深め、それによって国民的議論を起こすことが不可欠です。現在、加憲論も併せた憲法改正を容認する勢力が衆参両院で三分の二を占めています。この現状は、国民が国会の場で憲法改正に関する真摯な議論を望んでいるあかしではないでしょうか。この憲法審査会も議論を深める場として活動的な会となることを希望いたします。 国と地方の仕組みを抜本的に改革するためには憲法の改正が必要です。そのためにも、まず憲法九十六条を改正し、国民の手で憲法改正ができるようにしたいと考えています。憲法の改正に必須の国民投票の不備を直す改正案を日本維新の会は昨年提出しました。このように積極的に憲法改正論議をリードしているつもりではありますが、更なる論議を惹起するためにも、国民投票法改正案の成立を目指していきたいと思います。 財政の健全化、これも我が国の喫緊の課題です。 健全財政を担保するため、将来世代を含む国民の利益を保護する趣旨を盛り込んだ財政規律条項を規定する、経常収支勘定と資本的収支勘定とに区分した上で、公会計を透明性の高いルールの下に置くことなどの基本原則を明記する、内閣総理大臣の予算、決算に関する説明責任を明記する、国会において予算の修正が可能であることを明確にすることなどを日本維新の会憲法調査会の中間報告には盛り込んでいます。 さらに、今国会での大きな議論の的となるであろう集団的自衛権についても一言述べさせていただきます。 これまで政府は、集団的自衛権は国際法上保有しているが、行使できない権利と位置付けてきましたが、行使は政策の問題であり、国際情勢の変化に合わせて政策は見直すべきではないでしょうか。国際社会と連携協力し、自国への攻撃を抑止するのは安全保障の常識であり、趣旨は国連憲章にも明記されています。集団的自衛権の行使が認められていない現状では、攻撃された他国軍を守る活動が許されず、日本の平和維持活動の足かせとなるだけでなく、日本に対する信頼を大きく損ねることにもなります。 しかし、その一方で、米国の意向で戦争に巻き込まれるのではないかという懸念もあります。そのためにも、法律によって集団的自衛権の行使に関する要件を明確にし、国民の納得と国際社会の理解を得るべきです。そのための十分な手続と説明について、我が党でもしっかりと議論をしていきたいと思います。 緊急事態に関する項目を追加するべきであるというのが日本維新の会の考え方です。 外部からの武力攻撃はもちろん、大規模な自然災害、原発事故等の大規模な事故、大規模なテロ、大規模な伝染病の流行などの緊急事態に迅速かつ効果的に対処するとともに、有事にあっても憲法秩序を維持し、権力の濫用や簒奪を防ぐため、内閣総理大臣による指揮命令権の行使と国会による民主的統制を明記し、緊急事態に対する体制を整備すべきであると考えています。 様々意見を申しましたが、日本を強く賢くするため、日本維新の会は憲法改正を含む抜本的な統治機構の改革に真正面から取り組んでまいります。 以上です。御清聴ありがとうございました。
○会長(小坂憲次君) 川田龍平君。
○川田龍平君 結いの党の川田龍平です。 まず、会派を代表して発言させていただけることを各党の各会派の皆様に御礼を申し上げます。今国会、初めてこうして会派を認めていただき、そして今回、ようやくこうして会派を代表して発言をすることができました。 結いの党は、昨年の十二月十八日に結党いたしました日本で一番新しい政党です。その中でこの憲法について是非議論をして、憲法についてを、この憲法審査会でもしっかり議論を深めていきたいというふうに考えております。 結いの党は、結党時に発表した党の理念に、「戦後、日本国憲法が果たしてきた役割を正当に評価するとともに、時代の要請に応じて不断の見直しを行う。」と掲げています。これは、現行憲法を不磨の大典とすることにはしていません。この美しい国、強い日本といった耳に聞こえが良い言葉の裏で国防軍の設置などを画策する復古的な改憲論とは一線を画し、近代立憲主義を大切にしつつ、統治機構の改革を主眼に置いて必要な改正を行うべきという立ち位置にあります。 そもそも、この法治国家における憲法とは、個人の自由を保障するものであり、そのために国家権力を制限するものであって、国家権力が侵すことのできない国民の基本的人権の保護が規定されているのが基本法典であると考えています。日本国憲法が国民の権利を強調し過ぎており、義務が少ないのではないかという意見もありますが、近代立憲主義において憲法とは、国家の有する主権を制限し、個人の権利、自由を保護するためにあり、むしろ国民への義務は必要最小限にとどめるべきというものです。もし仮にどうしても憲法に人権の制限を加える事項を追加するのであれば、その条項をいかに制約的にするべきかを第一に考えるべきと考えます。この考えに逆行するこの憲法の改正には反対です。 集団的自衛権について、解釈改憲に踏み切ると受け取られる総理の発言がありましたが、それは立憲主義の否定であり、これは断固反対をいたします。統治機構改革についても、選挙制度や政党を含めた政治改革、公務員制度の改革など、憲法改正の前にやるべきことがあると考えています。この憲法九十六条改正の前にやるべきことがあるということも訴えてきました。 集団的自衛権の拡大解釈の是非が議論になっていますが、時の為政者が憲法を拡大解釈して憲法の本来の方向性をゆがめるような行為をすることは、憲法九十九条によって禁じられています。首相が権力を持っているからといって、憲法を拡大解釈するというのは間違っていると考えます。 そもそも、憲法の目的は国民を幸福にすることであり、憲法十三条の幸福追求権にも象徴されるように、国民を幸福にするためのものです。国会議員も国民も憲法をもう一度改めて読み直して、この憲法について議論をすることが必要と考えています。 私も、この憲法については、大学時代、教職員免許を取るために憲法の授業で勉強をしてきました。しかしながら、大学の授業だけではなく、私自身が薬害エイズの裁判を通して、憲法二十五条の生存権、そして、生命、自由そして幸福追求の個人の権利について定めたこの憲法十三条、それを基に裁判で国を、争ってきたこの裁判を体験してきたことからも、私自身は、この憲法をやはりしっかり守り、この憲法をしっかりと機能させて使っていくことが大事だと考えて個人的にいます。 特に、この憲法の前文にある、日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、我らの安全と生存を保持しようと決意した。我らは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。我らは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。我らは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉に懸け、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。 この前文にあるように、私は、この日本国憲法をしっかりと機能させること、目的を失わずに憲法をしっかり議論し、そして、これを不磨の大典とせず、皆さんと議論していくことをしたいと思って考えています。 ありがとうございました。終わります。
○会長(小坂憲次君) 福島みずほ君。
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。社民党を代表して、社民党の考え方を申し上げます。 まず第一に、憲法とは何か。憲法は、国を縛るもの、国を縛る鎖です。基本的人権を保障するために国家権力を縛るものが憲法です。憲法は国民を縛る鎖ではありません。今の政府が正しいと考える道徳を国民に守らせるものでもありません。国民主権の下で、民主主義の下で、主人公は国民であり、国民の基本的人権を守るために憲法を作り、その憲法を最高法規とし、憲法に反する法律は認めないとし、いかなる国家権力も行政も国会も裁判所も憲法に従わなければなりません。 国家権力を縛るもの、国は憲法に従わなければならないというのは、憲法のイロハのイです。憲法によって統治権力に縛りを掛ける立憲主義、あるいは法治主義というのは、近代的な国家として当たり前のことです。憲法を守れというのは、国民に対してではなく、国家権力に対して課せられているものです。だからこそ、日本国憲法九十九条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」としています。 ナチス・ドイツは、ワイマール憲法を改正せずに国家授権法を作り、行政が何でもできるとしました。そのために、国家授権法が猛威を振るい、人々の基本的人権をじゅうりんしました。 最も憲法を守らなければならないのは総理大臣です。しかし、安倍総理は、日本国憲法の下で集団的自衛権の行使をできるとするのではないかと言われています。解釈を変えることを総理は答弁しています。 自民党政権は、そして全ての政権は、日本国憲法の下で集団的自衛権の行使はできないとしてきました。憲法解釈上、集団的自衛権の行使はできないのです。また、自民党政権は、憲法九条についての解釈を変えたりすれば、それは憲法への国民の信頼を失わせるので、できないとしてきました。集団的自衛権の行使を認めるのであれば、それは明文改憲によってなされるべきであり、解釈改憲でやることができないと繰り返し答弁をしてきています。これは戦後積み上げられてきたものであり、また、法律家として申し上げますが、日本国憲法の下で他国防衛のための集団的自衛権の行使を認める解釈は取り得ません。集団的自衛権の行使はできないので、日本は朝鮮戦争でもベトナム戦争でもイラク戦争でも武力行使はしませんでした、できませんでした。 イラク戦争は、武力行使の口実となったイラクの大量破壊兵器の存在が捏造であることが今日では明らかとなりました。日本があのとき武力行使をし、イラクの人々を殺していれば、その責任はどうやって取ることができたでしょうか。日本国憲法が海外で戦争はできない、他国防衛のために武力行使はできないとしていることは、日本の人々、世界の人々を救っています。 集団的自衛権に関わる従来の憲法解釈を否定しようという今回の動きは、単純に憲法九条の問題にとどまらず、行政が憲法に従うという立憲主義を否定する大問題です。立憲主義、法の支配、法治主義、民主主義の破壊です。解釈によって憲法九条を意味のないものにし、日本国憲法を空洞化しようとするものですから、憲法の否定です。どのような立場に立とうと、立憲主義を破壊させてはなりません。法治国家が崩壊します。 自民党が二〇一二年四月に発表した日本国憲法改正草案は、国を縛る鎖である憲法という理解には立たず、憲法が国民を縛るものになっている点で憲法の理解が根本的に間違っています。 第二に、自民党の日本国憲法改正草案は、人権についても根本的に理解が間違っていると考えます。 また、自民党は、QアンドAの中で天賦人権論には立たないと明記をしています。しかし、人権は、憲法によって国から恩恵として与えられるものではありません。人間であることによって全ての人が普遍的に当然に持っている権利で、国家、政府等の公権力が侵してはならないものです。人権が衝突したり、お互いの人権が守られる環境をつくるときには譲り合う必要がありますが、そのときも、たった一人の人権であっても大事にするという考え方を出発点に調整の工夫、方法をしなければなりません。 日本の憲法も世界の歴史の中にあります。このような人権の考え方は、発祥地は西洋でも、今や民主主義国では世界共通のものです。日本は、世界人権宣言を受け入れ、国際人権規約を批准し、人権の面では世界のリーダーを目指してきました。このことを否定するものです。 先日、内閣法制局長官であった阪田雅裕さんのお話を超党派でお聞きする機会がありました。阪田さんは、護憲の立場で平和憲法を守ろうとか九条を守ろうと主張しているのではありません。一貫して立憲主義を守るという観点から解釈改憲に反対をしています。 護憲か改憲派という立場を超え、立憲主義の破壊をさせてはいけないという一点で超党派で力を合わせていきたいと考えています。
○会長(小坂憲次君) 福島君、おまとめください。
○福島みずほ君 憲法が無意味になる社会をつくってはなりません。憲法の理念を生かすことを社民党は全力でやってまいります。
○会長(小坂憲次君) 浜田和幸君。
○浜田和幸君 新党改革及び無所属の会の浜田和幸です。 人間でも、六十年過ぎて七十近くなると、体が大分がたがたしてくるものだと思います。日本国憲法もアンチエージングが必要ではないかと思います。 確かに、この憲法が成立した過程においてはマッカーサー、GHQの支配下にあったという面はありますが、そういう戦争に負けた、敗戦した日本においてこういうアメリカ式の言わば価値観を押し付けられた、それは否めない事実だと思いますが、戦後、我々日本人は、そういう厳しい環境にあっても、創造力と先進的な技術開発等を通じて今日世界に誇るべき平和と安定の国を築いてきているわけですね。 また、日本国が世界の平和のために様々な平和外交を展開していることは、ある意味では、近隣国の言ってみれば法の原則を破るような、そういう国が傍若無人な行為をしている中において、世界に大変高い評価と希望を与えているものだと思います。 とはいえ、一つ一つボディーチェックをしていきますと、この憲法にはやはりもう一度、今日的に見て、新しい解釈、新しい条項を加えるべきではないかと思わざるを得ない部分も多々あると思います。そういう意味では、私は、この憲法審査会、十分な時間を掛けて柔軟な発想で取り組むべきではないかと思います。 元々、この憲法を、草案を作ったアメリカの学者たちも、こんなに長い間日本人がこの憲法に固執するとは思っていなかったということを繰り返し言っています。アメリカの場合には、憲法といえどもこれはビジネスの一環として受け止められている側面があります。フィラデルフィア・リーガルセンターは、世界各国、特に新興国の、新しい国が独立した際に、その国の憲法、国歌、国旗、そういったものを提供する、大変、憲法そのものをサービスとして捉えている、そういう側面すらあるわけですね。 そこまで、この憲法をビジネスの一環とするということは、我々は考える必要はないと思います。しかし、現状を見ると、TPPの交渉にしても、アメリカのある意味では価値観やそういうアメリカのビジネスが戦わずして勝てるような、そういう環境をつくるという背景もあるわけですから、我々憲法のことを考えるときに、そういう今の国際情勢、これまで日本が経験してこなかったようなそういう新しい時代ということに対してしっかり備える、対抗できる武器としてこの憲法をどう生かしていくかという視点でもう一度前文から全て検討し直す、そういう時期に差しかかっているのではないかと思います。 第一章の第一条の例えば天皇の地位、これにつきましても、天皇が日本国の象徴であり、主権の存する日本国民の総意に基づくということは多くの国民にとっては共通の認識だと思いますが、では果たしてどうやって日本国民の総意というものを判断してきたのかということに関しては、やはり何らかの国民に対する総意を確認するプロセスというものも必要ではないかと思います。 第二章の戦争の放棄、これも平和主義の日本にとっては大変世界にアピールできる、世界遺産と言ってもいいものかも分かりませんが、現実においては、様々な日本を取り巻く国際環境、いつ何どき日本が攻撃を受けるかも分からないというような国際情勢においては、きっちりと日本を守る、そのための自衛隊の位置付けということを明文化することも必要ではないかと思います。 そういうことをしないままに、現実には日本を取り巻く国際環境は厳しいがゆえに、自衛隊の強化、特に私の地元、美保基地等が大変、北朝鮮やあるいは中国といったところの軍事的な脅威に対抗するために様々な基地の強化に取り組んでおります。 そういう実態もやはりきちんと国民の前に示した上で、何が必要なのか、憲法でできること、できないこと、集団的自衛権ということに対する議論をこの場を通じて皆さん方と意見交換、そして新しい日本にふさわしい憲法の在り方を議論していきたいと思います。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 以上で各会派の意見表明は終了いたしました。 次に、各委員の発言希望に基づいて、会長の指名により意見交換を行います。 発言を希望される方は、お手元に配付した資料のとおり、机上の氏名標を立てていただき、会長の指名を受けた後、御発言願います。 多くの委員が発言の機会を得られますよう、一回の発言時間は各三分以内といたします。発言時間の経過状況をメモで通知し、時間が経過した際はベルを鳴らします。あらかじめ御承知願います。発言が終わった方は、氏名標を横にお戻しください。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、発言を希望される方は氏名標を立ててください。 では初めに、柳本卓治君。
○柳本卓治君 自由民主党の柳本卓治です。 憲法の役割、在り方等についてということでございますが、私は、憲法とは国家像や歴史の流れが前提になっていなければならない、すなわち、まず大切なことは、日本とは何かを問い、国民的コンセンサスを得ることなのです。その国の憲法には、その国とは何かという国家と国民、民族のアイデンティティーが込められています。これは、さきの大戦を境に戦前と戦後の時代に歴史が断絶状態に陥った我が国にとって特に大切なことであります。どの国家もどの民族も、それぞれ固有の価値を持ってこそ世界に存在する意義を持つし、そうであってこそ世界的にも貢献していけるのであります。 その上で、私は、超党派の新憲法制定議員同盟の事務局長を務めております。私たち新憲法議員同盟は、四つの願いのこもった新憲法の制定を目指しております。 その四つの願いとは何か。まず第一に、日本の歴史、文化、伝統の薫り高い憲法を作っていこう、第二に、自由、民主、人権、平和、国際協調を基本とする憲法を作ろう、第三に、国際平和を願い、他国と共にその実現のため協力し合うことを誓う憲法を作っていこう、第四に、自然との共生を信条に、美しく豊かな地球環境を守る憲法を作ろう、以上の四項目です。 五月の一日午後四時から憲政記念館で国民集会を開催いたしますから、どうぞ皆さん、御出席をしていただきたいと思います。 さて、私は、憲法とは、その時代に相応しその姿を変えていくものであることにその役割、在り方があると考えています。憲法問題というものは国家の基本であり、党派各々の信条を超えて活発な議論をなされるものであると考えます。 ここ数年、決められない政治の主原因であったねじれ状態も解消された今、二十一世紀の日本にふさわしい憲法を議論する環境は整ったと考えています。つきましては、本日を契機に、衆参の憲法審査会を定期的に開催し、活発な議論が交わされるように強く要望いたします。
○会長(小坂憲次君) 次に、小西洋之君。
○小西洋之君 民主党・新緑風会の小西洋之でございます。 本審査会は、会長の御指導の下、建設的な運営、また民主的な運営が運ばれているように承知しております。ただ、先ほど赤池幹事が意見表明をなさいました会派を代表しての意見表明、日本国憲法の正統性、またその内容、また国民に支えられる民意、その三つについての御意見、その全体について私は全く異なる見解を持つということをまず申し上げさせていただきます。 本日、憲法の役割、在り方等について議論する場でございますので、まさに憲法とは何か、その一番の真髄の価値観について私の考えるところを申し上げさせていただきたいと思います。 まさに、憲法とは、それは近代立憲主義に立つもの、つまり、国家を制限し、またその国民の自由や権利を保障する、もうそれに尽きるわけでございます。日本に豊かな伝統や文化があることは私もそれは賛同いたしますけれども、そうしたことは法律によって規定すればよいことでございまして、憲法にはただ一つ、国民の自由や権利を守る、国家権力を制限する、それ以外の役割を与えてはいけない、それが人類の長年のそのまさに血を流す歴史の上にようやくつかみ取った私は憲法観であるというふうに理解しております。 その観点で、今日的な課題として、憲法九条の集団的自衛権行使の解釈改憲の問題がございます。これもまさに立憲主義の問題でございます。 憲法九条をどのように読み解いても、頑張ってみても、もう条文、解釈変更の余地すらない。余地すらないがゆえに憲法九条の条文を変える以外に集団的自衛権の行使は可能にできない。これが長年にわたり議院内閣制の下で確立してきた政府の憲法解釈でございます。 これについて何ら合理的な、論理的な理由なく、ある日突然、安倍第二次内閣によってできると言った瞬間に、これはもう憲法九条だけの問題ではございませんで、もう日本という、政治が、内閣が、そして国会が憲法を憲法として扱わない、憲法が滅んでしまう、憲法規範そのものの存立に関わる問題であるというふうに理解しております。まさにこれが、ワイマール憲法があってもナチスが世界史にもう例のないような人権弾圧、じゅうりんを繰り広げた、また戦争を繰り広げたナチスの手口そのものであるわけでございます。こうした解釈変更を絶対に許してはいけない。そのために、この参議院の憲法審査会でこの解釈改憲の問題について私は議論することを御提案をしたいと思います。 最後に、自民党の憲法草案についても申し上げたいと思います。 自民党憲法草案、日本国憲法の立憲主義の真髄であります憲法十三条について、それを公益及び公の秩序、幸福追求権よりも優先する価値を置いて、まさに立憲主義を破壊するものを作っております。かつ、それを安倍総理は二十一世紀にふさわしい憲法であるというふうに言っております。私は、こうした安倍総理、またその安倍総理が任命した小松長官の憲法観を議会の責任において国民のために明らかにするために、この二人の参考人としての招致を提案を申し上げます。 以上でございます。
○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。 それでは次に、佐々木さやか君。
○佐々木さやか君 公明党の佐々木さやかでございます。発言の機会をいただき、ありがとうございます。 私からは、憲法の役割、在り方を考える際に重要な立憲主義について申し上げたいと思います。 憲法とは、権力を制限することにより、国民の自由、人権を保障するものであるというのが立憲主義の考え方であります。人類の歴史の中で確立されてきた権力の行使を憲法に基づかせようという考え方であり、主権者である国民が権力を名宛て人として定め、遵守させるのが憲法であります。 基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という日本国憲法の三大基本原則、これは人類普遍の原理であって、これを今後も維持すべきであるというのが平成十七年四月に作成をされました参議院憲法調査会日本国憲法に関する調査報告書での一致をした意見でございました。この三原則を維持するということは、立憲主義の憲法としての日本国憲法を維持するということであります。 日本国憲法は、人間の尊厳に価値の根源を置き、全ての人が生まれながらに有する基本的人権を保障すると規定をしております。そのために、国民主権の下、権力分立を定め、権力の濫用から国民の自由、人権を守る統治機構を規定をしております。さらに、国家による最大の人権侵害ともいうべき戦争を放棄し、平和主義を宣言しております。このように、日本国憲法は権力から国民の人権を保障しようとする立憲主義憲法であって、三原則は立憲主義と不可分のものというべきであります。 三原則を維持するためには、権力を制限し、国民の不断の監視の下に置かなければならない、これが私たちが歴史から学ぶ真実であります。立憲主義は、これからも日本国憲法の本質として維持されていかなければなりません。権力に対して懐疑的であって、国民の人権を保障するために権力を制限するのが憲法の在り方でなければならないと思います。 以上でございます。ありがとうございました。
○会長(小坂憲次君) 次に、丸川珠代君。
○丸川珠代君 自由民主党の丸川珠代でございます。 まず、憲法審査会の開催に御尽力をいただきました幹事始め関係各位の皆様方にまず敬意を表したいと存じます。 私は、憲法とは国家国民が国家の在り方を規定するものであり、憲法の役割とは国家をどのように運営するかという国民の意思を示すことにあると考えます。 我が国は、戦後六十八年の間、国家の統治に憲法の意思を忠実に反映すべく極めて誠実な努力が積み重ねられてきた国であると考えます。それゆえに、我が国においては、国家が国民を支配するという近代立憲主義の精神もさることながら、国民が国家に命令を下し運営をするものだという国民共通の理解が実体を伴って確立されているという現状認識を、私はあえて申し上げたいと思います。 憲法の役割を考えるに当たり、国家の権力や国家による国民の支配という側面にばかり目を向けることは、その機能に不足を来すことになると私は考えます。 この審査会においては、調査会において既に幅広く憲法についての調査が行われたことを踏まえ、国家のある側面にのみ注目するのではなく、我が国の憲法が国民による国家運営の意思を示すものとして十分であるかどうかという観点から議論が進められるべきであると考えております。そのような観点から、我が国の憲法について私は幾つかの不足があることを指摘しておきたいと思います。 現行の憲法においては、国民を国民たらしめ、国家を国家たらしめているゆえとは何かについての規定が不十分であると考えます。 そもそも国家とは、国民とその政府を意味するのでありますから、憲法は国民の在り方をも示すものであります。人々は、歴史の積み重ねの上に国家を形成し国民となるわけですが、現行憲法においては、国民が積み重ねてきた過去のうち何を国民として共有するのかということについて十分に示されているとは言えません。これは、過去への省察を日本国民が自らの手で行い、共有する歴史を確かめ、その上に立って進むべき道を確認するという作業を十分に行ってこなかったことと表裏一体であるとも言えます。今後その作業を十分に行う必要がありますし、憲法には理想や未来のみならず国民が共有する歴史を示すことが必要であると考えます。 また、国家と国民は、人々が自らの統治機構を国家として形成し、国家が領土と主権を確保することによって初めて、人々が国民となり、国民としての権利を擁護されることになります。 領土と主権の確保、すなわち国の独立が守られていなければ国民の権利は擁護され得ず、国家は統治機構として存立し得ません。ゆえに、国家と国民の存立のため、国家が独立を守るための手段として何を保持し、あるいは講じるのかについて規定されなければならないところ、我が国の憲法にはその規定がありません。これは憲法として不十分であると考えます。 日本を取り巻く環境は変化し、日本の領空、領海が頻繁に脅かされる状況が常態化しつつあります。実力によって主権が脅かされる事態に対処するに当たり、憲法の規定は十分ではなく、その不足を満たすために改正国民投票法を早期に成立させ、憲法を改めるべきであると考えます。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 石井正弘君。
○石井正弘君 自由民主党の石井正弘でございます。 私は、長年地方自治に携わってまいりましたが、その経験を踏まえまして、地方自治の充実につきまして是非憲法改正論議の中で議論をしていきたい、こういう思いで意見を述べさせていただきたいと思います。 第二次大戦、その後の荒廃の中で新しい憲法、新憲法の中で国民的な統合がなされ、我が国は戦後の復興復旧を成し遂げてまいったわけでございます。ただ、このシステムは中央集権的な、言わば中央省庁が主導する形で復旧復興が進められてきたわけでございますけれども、地方の自主性とかあるいは独自性、自立性、こういったものが損なわれてきたんではないかという指摘があろうかというふうに思っております。 高度成長時代が終えんいたしまして、国民の皆さんの価値観というものは今大きく変わってきているわけでございまして、個性尊重、先ほど申し上げました自立性の追求、こういったところに大きく転換をしてきていると思っております。 こういった大きな社会経済情勢の変化の中で、やはり我が国の国家戦略といたしましては、国と地方の役割分担というものに思いを致していかなければならないというふうに思います。国はもう自らの活動を、外交、防衛、金融、あるいは国全体の経済政策とか社会制度の改革、こういった本来国が果たすべき役割に集中していく。そして、地方に任せられるものは地方に任せる。こういった言わば地方分権という考え方に立った戦略というものが今求められていると、このように思っているところでございます。 こういう意味におきまして、第八章に地方自治が設けられております。そして、地方自治の本旨が明示されているところでございますけれども、是非とも、地方分権を更に確立をしていくためには、国の最高法規でございます憲法の中にありまして、地方自治の尊重、そして具体的な保障手段、これを是非明記をすることが必要ではないかというふうに考えております。 言わば住民の自己決定権、これに基づく国の、国民の皆さんには国民主権があるわけでございますが、真の国民主権を実現をしていくと、そういう見地から地方自治をより充実していくという方向での議論が進んでいくことを是非求めたいと思います。 以上でございます。
○会長(小坂憲次君) 次に、和田政宗君。
○和田政宗君 みんなの党、和田政宗でございます。 現行憲法は速やかに改正すべきであると考えます。現行憲法は米国占領下においてGHQ草案を基に作られたことに鑑みれば、大日本帝国憲法が発布されたときのように、日本人の手により、日本国の伝統や日本国民ならではの考え方を熟考して取り入れた憲法改正がなされるべきであります。かつ、現行憲法は、実質的に戦勝国が敗戦国の憲法を作るという、国際法上その有効性について疑問が生じることから、速やかに日本人の手により改正が行われるべきです。 改正において、具体的には、天皇陛下を日本国の元首と明記すること、国旗を日章旗とし、国歌を君が代と明記すること、我が国を防衛するために自衛隊を保持することを明記すること、また、道州制を取り入れ、政府は国家経営の本来業務である外交、防衛、マクロ経済政策、社会保障、基本インフラの整備等を進めることに立ち返るべきであり、そのような憲法改正がなされるべきであると考えます。 そして、特に憲法前文については、米国の憲法や宣言などの諸文書を継ぎはぎしたような内容であり、これを日本の歴史、文化、伝統にのっとり日本人の信念を取り入れたものになるよう全面的に作り直すことが必要であると考えます。 加えて、集団的自衛権について述べます。 そもそも、国際法上、国家の自衛権には個別的自衛権だけでなく集団的自衛権も当然に含まれるものであります。昨今の国際情勢に鑑みれば、我が国を守るためには、国際法上の原則に立ち返り、集団的自衛権を行使できるようにすることが重要です。速やかに諸体制や諸法制を整備すべきであると考えます。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 前川清成君。
○前川清成君 先刻、硬性憲法に関して触れましたが、誤解のないように申し添えますと、私は、硬性憲法であることの論理的必然として一義的に両院の三分の二以上の賛成を要すると考えているわけではありません。 硬さの程度に関しては様々な立場があり得ます。しかし、それにしても、自民党憲法改正草案が掲げる両院の過半数による発議に関しては、衆参のねじれでもない限り、通常、政権与党は衆参両院で過半数の議席を有しており、仮に過半数での発議を是認してしまったならば、時の政権に対する憲法の縛りが極めて弱くなってしまい、立憲主義が空洞化してしまいます。また、政権交代のたびに我が党の憲法が発議されることにもなりかねず、政治を極めて不安定化してしまうおそれがあります。 また、硬性憲法であることは決して不磨の大典であることを意味しないと申し上げましたが、現にアメリカは、憲法の改正に上下両院の三分の二以上の賛成に加えて五十州のうち四分の三以上の賛成も必要としていますが、戦後、すなわち一九四五年以降だけで既に六回も憲法を改正しています。日本と同様に第二次大戦の敗戦国、ドイツも、憲法の改正には両院の三分の二以上の賛成が必要ですが、戦後、既に五十九回も憲法を改正しています。 それでは、なぜ日本では戦後一度も憲法が改正されなかったのでしょうか。それは、そのときの与党だけではなく、野党も含めて、少なくとも主要政党間の広範なコンセンサスが成立しなかったからです。それでは、東西冷戦も終わり、イデオロギーの季節が過ぎたにもかかわらず、なぜ広範なコンセンサスがいまだ成立しないのでしょうか。 私は、憲法を政争の具や選挙の争点にしてはならないと考えています。憲法の伝統的な考え方と学説や判例など過去の議論の蓄積の上に立って、冷静でかつ理性的な議論を尽くすことが肝要ではないかと考えております。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 現在までに十一名の御登録をいただいておりますが、更に余裕がございます。もし御発言の希望のある方がいらっしゃいましたら、札を立てておいてください。 それでは次に、北村経夫君。
○北村経夫君 ありがとうございます。自由民主党の北村経夫でございます。 私は、長い間新聞記者をやっておりまして、その中で憲法についていろいろなことを考えてまいりました。本日は、個別具体的なことというよりも、時間の制約もございますので、憲法改正が必要であるという立場から、三点について意見を述べさせていただきます。 一点目は、制定されてからの時間の長さと時代の変化の大きさに鑑み、全く憲法を改正しないでいるということはどう考えても無理があるというふうに考えます。その意味で、憲法改正に向けて真正面から議論していく必要があると考えます。 二点目は、憲法の成り立ちであります。 日本国憲法は、間違いなく帝国議会の承認を得て成立したものであります。しかし、当時はまだこの国は占領下にあり、憲法制定時に占領軍の無言の圧力にさらされていたということは事実であります。憲法前文を読んでみても、日本語として美しいかどうかという前に、不自然な表現が多い。英文で作られた憲法草案の翻訳が入っていることは明らかであります。そうした憲法を大事に守っている限り、この国は真の独立を果たしたとは言えないのではないでしょうか。 三点目は、本質的な問題でありますが、国民の間でもっと国家の在り方や憲法について議論する必要があると思います。 憲法とは国民のためのものであるにもかかわらず、憲法改正論議がしっかりと情報発信がなされてこなかったと感じております。有権者の皆さんとこの話をするたびに、政治と国民の間に距離を感じてしまう。憲法のリテラシーが余りにも低いと感じております。私は新聞というメディア出身でありますが、情報とは、伝えることが問題ではなく、伝わっているかどうかが問題であると考えます。 参議院の役割は、政治の本質的議論をする場所であり、それを国民に対して大いに発信していかなくてはならないと思います。この参議院の憲法審査会の役割は非常に大きいと考えております。国民の間で議論が深まることが、憲法改正の下地をつくっていくことにつながっていくものと考えております。 そうしたことから、国民投票法改正案の早期成立を図り、国民の間で議論を深くしていくことが非常に大事だというふうに考えております。 以上でございます。
○会長(小坂憲次君) 次に、滝波宏文君。
○滝波宏文君 ありがとうございます。福井県選出の滝波宏文です。 二点申し上げたいと思います。 まず一点目は、一票の格差問題に関連しますが、憲法が反映すべきこの国の形についてです。 日本は、東京、大阪、名古屋だけで成り立っているわけではありません。シンガポールのような都市国家ではなく、北は北海道から南は沖縄まで、日本列島全体の力で、力を寄せ集めて厳しい国際情勢を乗り切っていく、これが日本の形です。同じ国に属する地方が、エネルギーや水や人、食料などを確実、安定的に供給し、いざというときの備えも含めて確保してこその東京であり大阪であるということを忘れてはなりません。 この点、都会の生活しか知らない方々が増え、裁判官もそうなのでしょう、一票の格差についての違憲ないし違憲状態判決が続いておりますが、一つの地方、特に百年以上風雪に耐えている都道府県を代表していることの意味が余りに軽視されているのじゃないかと思います。 極論ですが、どこかの県、例えば沖縄で、日本の中央は十分に自分たちの意見を吸い上げてくれていないということで、住民投票をして日本から出ていくと過半数で決したらどうするんでしょうか。そういったことが起きないように、中央政府において各県、都道府県代表がしっかり参画していることが単なる人口割り以上に大事です。安易な平等主義だけでは国は保てません。 そもそも、国が成り立つためには、人口だけでなく国土が必要です。最近、尖閣や竹島など国境近辺の国土に対する意識は高まってまいりますが、肝腎の我が国大半を成す、国土の大半を成す地方に対する意識が相変わらず希薄だと感じております。 我が自民党が示している憲法改正草案では、現行四十七条、選挙に関する事項に後段を追加し、選挙区は単に人口のみで決められるものではないということを明示しております。現行憲法でも、このような我が国の形を選挙区区割りを含め護持することが十分に解釈上可能であり、適切だと考えておりますが、バランスの欠いた一票の格差の議論に終止符を打つためにも改憲をすべきときだと考えます。 第二点は、この延長線にもなりますが、やはり改憲自体の重要性です。憲法改正というと、勢い九条改正が議論になりますけれども、この第一点のように統治機構の修正も同様に重要だと思っております。 現行憲法が制定されたのは七十年近く前、この間、大きく国際情勢も社会情勢も経済情勢も変わってまいりました。グローバル化の中、今後も変動は更に大きくなっていくでしょう。にもかかわらず、七十年前に制定された我が国のグランドデザインを一言一句も変えることができずこの変動を乗り切れというのは、我らが子や孫に手足を縛って海に突き落としてさあ泳げと言うようなものであります。 我らの将来世代を信じ、彼らに自己決定権を贈るためにも、一条でもいいですから早急に、両院、国民が合意し得る憲法改正を早急に実現し、憲法は全く変えることができないという障壁を速やかになくすべきだと考えます。この関係で、国民投票法改正も速やかに通すべきであります。憲法審査会、こちらにおきましても活発な開催、議論が続くことを期待しております。 ありがとうございます。
○会長(小坂憲次君) 吉良よし子君。
○吉良よし子君 日本共産党、吉良よし子です。 私は、この場で発言する機会を与えてくださった有権者の皆様に心から感謝します。それは、憲法が掲げている理想に日本の現実を一歩でも二歩でも近づけていくことこそが政治の果たすべき役割であり、その仕事をしたいと訴えて議員になったからです。 私が政治活動の中でぶつかった現実は、憲法と懸け離れています。大学を卒業しても仕事がない、奨学金ローンを抱えているのに就職できないことを苦に自ら命を絶った若者もいます。若者の二人に一人は低賃金で不安定な非正規雇用で働かされ、正社員でも、長時間過密労働、パワハラで心も体も壊すブラック企業で働く人も増えている。子供を預けないと仕事を失うと、必死で保育所を探すお母さん。低い年金でかさむ医療費や介護の負担に苦しんで、長生きするんじゃなかったと話す高齢者。主権者である国民から生きる希望を奪い、生活に不安を押し付ける。憲法が保障する豊かな権利とは懸け離れたこの現実を憲法に恥じない姿に変えていくこと、それが私たち政治家の仕事だと思います。 何より、私の原点は平和です。私は、三百万人の日本人、二千万人のアジアの人々を犠牲にした戦争の惨禍は二度と起こしてはならないという国民の決意の下生まれた平和憲法九条を誇りに生きてきました。イラクに行った自衛隊員も犠牲者が出なかったのは憲法のおかげと語っているように、保守政治の下でも海外での武力行使は行わないという立場が曲がりなりにも守られてきたことで、戦後六十九年、日本でも海外でも一人の戦死者も出さなかったのです。 それが今、安倍政権の下で強引に変えられようとしています。しかも、そのやり方は、内閣の一存でそうした立場の根拠となってきた憲法解釈を一方的に変えて進めようという乱暴さです。憲法の立憲主義の根本をひっくり返すこんな横暴を憲法擁護義務を課せられた内閣の手でやろうという、絶対に許されないことだと思います。事は、改憲の必要があるかないかの違いを超えた、日本が法治国家であり得るかどうかの根本的な問題ではないでしょうか。 私は、行政府によるこうした暴走に警告を発し、歯止めを掛けることこそ、国会、参議院に課せられた使命であると思います。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、豊田俊郎君。
○豊田俊郎君 千葉県選出の豊田俊郎でございます。 先週の土曜日でございましたけれども、千葉県の東金市というところに訪れる機会がございました。実は東金市、旧千葉県選挙区第三区でございます。そこから選出をされておりました、四十年前でございますけれども、石橋一弥衆議院議員がおられました。実は、石橋一弥衆議院議員でございますけれども、東金の市長を務められ、その後衆議院に、国政に転じたわけでございますけれども、石橋先生の使命としてこういうことが伝えられております。とりわけ憲法問題については、まず国会議員は国民の代表たる国会においてオープンな憲法議論を目指すべきであるという、これが先生の信念でございました。 実は、平成八年に自由民主党内に憲法調査会が設置をされております。このときの初代の会長が石橋一弥先生と伺っておるところでございます。千葉県民といたしましても、大変誇りに思うところでございます。 その後でございますけれども、平成十一年に衆参議院において憲法調査会が設置をされる経緯ということになっております。その際でございますけれども、五年間をめどに審議を尽くしたということでございました。衆議院においては六十八回の会議、そして参議院においては七十六回を数える時間を要し、平成十七年に日本国憲法に関する調査報告書が提出をされたと伺っております。 ただ、問題なのはその後でございますけれども、平成の十九年に衆参両院において憲法調査会に替え憲法審査会を設置することが決定をいたしておりますけれども、参議院においては、その後平成二十三年までこの会議が開かれていなかったというふうに伺っておるところでございます。平成十九年からのこの四年間でございますけれども、御案内のとおり、ねじれ国会の繰り返しであったというふうに伺っておるところでございます。 石橋先生のいわゆる政治姿勢からとってすれば、国民のために常に憲法においてはオープンな場で代表たる国会議員は議論を尽くすということが肝要だというふうに思っております。私も初めてこの会議に出席をさせていただきましたけれども、この信念に基づいて、私も国会議員としてこれから鋭意頑張ってまいりたいというふうに思います。 ひとつ決意を申し上げて、意見といたします。ありがとうございました。
○会長(小坂憲次君) 次に、赤池誠章君。
○赤池誠章君 自由民主党の赤池誠章です。 民主党の小西幹事にです、一言申し上げたいと思います。 先ほどの発言の中で、一国の内閣総理大臣、安倍晋三総理に対しまして、ヒトラーと同一視するかのごとくの発言をしております。是非改めて、違うというのであれば何が違うのか。そういう発言として私は聞こえてしまいました。是非その辺をもう一度、議事録に残ることでございますので、弁明をいただきたいと思います。(発言する者あり)
○会長(小坂憲次君) 静粛に願います。 小西洋之君。
○小西洋之君 民主党・新緑風会の小西洋之でございます。 自分の意見を重ねて申し上げさせていただく前に、今の赤池幹事の許し難い指摘について反論をさせていただきます。 まず、ヒトラーと同一視というようなことを私は安倍総理に対して申し上げておりません。私が申し上げましたのは、憲法を憲法規範として扱わず、憲法に何が書いてあろうが時の国家権力が好きに国民の自由や権利を制限できる、また戦争を起こすことができる、そうしたことをするというのは、まさに、ワイマール憲法があるにもかかわらず、世界で最も優れた、当時、ワイマール憲法があるにもかかわらず、世界で最もすさまじい人権弾圧、人権じゅうりん、そして世界大戦を引き起こしたまさにナチスの手口そのものであると、憲法規範を滅ぼす、憲法を破壊するナチスの手口そのものであるというふうに私は申し上げた次第でございます。それが違うというのであれば、具体的にそのことを御指摘ください。 以上でございます。 続きまして、今皆様の、同僚委員の皆様の意見を伺いながら、私の思うところを申し上げさせていただきます。 日本国憲法が押し付けという主張がございますけれども、私が考えております歴史認識として、残念ながら、GHQが与えてくれたチャンスがあったにもかかわらず、当時の日本政府が、松本私案という、立憲主義、近代立憲主義にも合わない、そういうレベルのものしか出せなかった。なので、いろんな国際情勢もあり、GHQ草案が出てきて日本国憲法が作られた。しかし、そのでき上がった日本国憲法というのは、初めて実現された普通選挙の下で、憲法二十五条の生存権の規定、あるいは教育を受ける権利、あるいは国民主権という明文規定もその議会によって制定されたものでございます。そして、その内容は、アメリカ合衆国憲法をはるかに凌駕する、豊かな世界屈指の人権法典でございます。そうした歴史的事実、そして憲法の本質を理解せずに押し付け憲法という議論をなさるのは、私は余り適切ではないというふうに考えております。 また、七十年間余りあるから変えないのはおかしい、あるいは不磨の大典等々の御意見がございますけれども、それは私も、間違いでございます。日本国憲法に規定されている憲法十三条、全ての国民が個人として尊重され、そしてその幸福追求権が我々統治機構の下で最大限尊重される、こういう人間社会は日本の歴史に、日本国憲法十三条が規定されるまでは一秒たりとも残念ながら存在しなかったのでございます。そして、この人権保障とこの基本原理でございますけれども、この日本という土地に人間が、市民が、国民が住む限り、絶対に変えてはいけない、永久不変の原理でございます。我々立法府の責務は、この憲法十三条の下で、先ほど吉良委員あるいは川田委員がおっしゃっていたような、今なお国民に実現されていない尊厳や人権保障のための立法を作ること、そのことであるというふうに認識しております。 ありがとうございました。
○会長(小坂憲次君) 次に、前川清成君。
○前川清成君 何度も発言の機会を与えていただいたこと、感謝申し上げます。 その上で、私は先刻、憲法も決して不磨の大典ではないと、民主党も、国民とともに憲法対話を進め、補うべき点、改めるべき点の議論を深めるというふうにマニフェストに書いたというふうに申し上げました。しかしながら、自民党を代表して発言された赤池委員の憲法制定のプロセスに関しては本当に驚きました。 まず、日本はポツダム宣言を受諾しました。その結果として、国際法上の義務として国民主権の憲法を制定する責任がありました。しかし、それは、先ほど小西さんの話にもありましたが、政府内で松本さんを中心に検討したけど、うまくできなかった。そこで、マッカーサーが、GHQが案を示したわけであります。しかし、この案もそのまま政府案になったわけではありません。GHQの案は一院制でした。つまりは、参議院はありませんでした。政府案が作られる段階で、私たち参議院がつくられました。その上で、初めて女性が参加をした、日本で初めて女性の参加をした普通選挙が行われて衆議院議員が選ばれ、そして衆議院で政府案が議論されました。その中で数多くの修正がなされましたけれども、例えば憲法二十五条、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すという二十五条や、あるいは憲法九条の二項に前項の目的を達するためにという修正も加えられました。その後、衆議院で圧倒的な多数で可決をされ、当時の貴族院に送られました。貴族院でも修正が加えられました。その上で、当時ですから、枢密院で議論をされ、最後は昭和天皇が裁可をする形で今の憲法が生まれています。 赤池委員に、あるいは自民党を代表されたのですから自民党の皆さん方にお尋ねをしますけれども、この経過も承知の上で、それでも今の憲法は一方的に押し付けられた、先ほどの表現をお借りすると、現行憲法は憲法違反だというふうにおっしゃるのか、私は大変疑問に思っております。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、寺田典城君。
○寺田典城君 結いの党の寺田でございます。 集団的自衛権、今盛んに議論されております。それと憲法の解釈についてなんですが、仮にですよ、国家の安全が憲法に優先する場合があり得るとしても、現在議論されている集団的自衛権の行使がそれに当たるとは私は思いません。 集団的自衛権に関して濫用的な事例が発生しないようにするためには法律で縛りを掛ければよいという意見もありますけれども、集団的自衛権の合憲性の議論を通り越して法律の議論をするというのは、そのもの自体が前提を欠いているんじゃないかと、そう思います。これまでの議論の積み重ねを前提とする限り、集団的自衛権の行使は憲法上認められる余地はないということに私は思います。 しかし、国際貢献や同盟国の関係強化などの点から集団的自衛権の行使が我が国の国益にかなうという国民の理解が得られるとすれば、コンセンサスが得られるというのであれば、これまでの憲法解釈について精査をして、場合によっては憲法改正をしてでも取り組まなければならないのではないかと私は思います。時間が掛かるからといって、今回の特定秘密保護法案のように数の原理で押し通してよい問題ではないと思うので、慎重に国会で議論すべきだと思います。 以上でございます。ありがとうございました。
○会長(小坂憲次君) 次に、赤池誠章君。
○赤池誠章君 自由民主党の赤池誠章です。 改めて小西幹事の御発言を聞いておりまして、まさしく安倍内閣総理大臣をヒトラーと同一視しているということを改めて確認をさせていただきました。 小西幹事の名誉に含めてお話をいたします。是非取り消していただきたいと思います。 集団的自衛権行使、これを保有するというのは小西幹事もお認めだと思います。保有するというのはお認めになっていると思います。それを行使するかどうかという議論を今展開しているだけでありまして、それがなぜヒトラーの問題につながるのか、お話を聞いていても全く理解できません。それは集団的自衛権行使に対する批判は結構でありますが、ヒトラーに結び付け、さらに内閣総理大臣を批判するのは是非取り消していただきたいと思います。 それから第二番目としまして、小西幹事また前川議員の方からもお話がありました日本国憲法の制定過程の問題でございます。 これに関しましては、松本私案というものが御承知のとおり二月一日に毎日新聞にスクープされたことによって、マッカーサーが改めて草案の起草を指示したと、これは御承知のとおりであります。 当時、松本烝治国務大臣は、大日本帝国憲法、ここに皆様方と大きな見解、誤解の違いがあるというふうに感じております。 大日本帝国憲法は、御承知のとおり、プロイセン憲法を下敷きにして作られたと言われている。そのプロイセン憲法というのはベルギー憲法を引き受けております。そして、そのベルギー憲法は、御承知のとおり、立憲君主国としていまだに改正を続けて、現在のベルギー王国としてそのまま運用そして行使をされているわけであります。 当時の松本国務大臣を中心とする日本のリーダーの方々は、さきの大戦はあくまで戦時下の問題であって、大日本帝国憲法を改正することによって十分民主的な、そして戦後の日本は運営できるという判断の下で松本私案を提案をしようとしていたわけでありまして、それは先ほど御説明いたしましたようにベルギー王国がそのとおりで、今ベルギー王国が何らEC、EUの中で問題を抱えている国とならないのと同じという判断が当時あったわけであります。 その中で、様々な改正がありましたが、骨格はマッカーサーの草案、そしてそれを提示されて翻訳された政府原案。当然、前川議員御指摘のように、一部修正や様々な形はございました。ただ、骨格は、御承知のとおり、昭和三十四年、憲法調査会が、逐条でどういうふうに変遷したかという資料を全部私も見せていただきましたが、骨格はマッカーサーの英語の草案であるということは、これはもう、この場ではなく憲法調査会もお認めになり、国会図書館の日本国憲法の誕生という調査も明確じゃないですか。是非、その辺は共通の認識でしていただきたいと思います。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、福島みずほ君。
○福島みずほ君 二度目の指名していただいたことに感謝をいたします。 二点について申し上げます。 第一点、押し付け憲法であるかどうかということが議論になっております。私は憲法審査会のずっとメンバーでもありました。先ほど佐々木委員がおっしゃってくださったように、そのときの議論が記録としてもありますし、一つにまとまっております。 当時、憲法審査会の下で押し付け憲法か……
○会長(小坂憲次君) 調査会ですか。
○福島みずほ君 憲法調査会、ごめんなさい。憲法調査会の下で日本国憲法の生い立ちや成り立ちについて随分議論いたしました。当時GHQのメンバーとして活躍をされた、御存命であったベアテ・シロタ・ゴードンさん、プールさんも来て、この憲法調査会で発言をしてくださいました。御存じ、日本の中においても、憲法研究会を始めとして多くの皆さんが憲法改正案を出されたこともそのとおりです。 そのときの憲法調査会の結論では、様々な議論を本当に大いにして、その結果、日本国憲法が誕生をした、私の理解では、報告書にもありますが、押し付け憲法であったということはその共通認識とはなっていないというふうに考えております。 二点目に、小西委員の発言について私は擁護をしたいというふうに考えております。 私もナチス・ドイツのことについて言及をいたしました。今日の議論は、憲法とは何かという議論です。佐々木委員始め多くの皆さんも立憲主義について言及をされました。憲法とは何か、立憲主義のことを、今日、私たちはまた議論をしたというふうに考えております。 日本国憲法の下で集団的自衛権の行使は認められないというのが現時点における自民党政権でもあり、その見解をずっと取ってきました。だからこそ、憲法が許されないことを私たちは解釈として認め得るのかという問題が大変議論になったわけです。ナチス・ドイツがワイマール憲法を改正せずに国家授権法を作り、法律が憲法を食い破っていく、法律が憲法を無力化した、そのことを許してはならないんではないかという比較の問題で言っているわけで、立憲主義を私たちがどう考えるのかという議論をしたつもりです。 立憲主義を破壊させてはならない、憲法を守れというのは、総理大臣こそやらなければならない。立憲主義の問題についての議論であり、私も小西委員と同じ立場であり、その立場から発言をしたいというふうに思いました。
○会長(小坂憲次君) それでは、和田政宗君。
○和田政宗君 みんなの党の和田政宗でございます。 押し付け憲法論がありましたので、これについて見解といいますか意見を述べさせていただければというふうに思います。 ポツダム宣言についても発言がありましたけれども、ポツダム宣言第十三条におきましては、日本の降伏というのは全日本軍の降伏ということでありまして、日本国全体が降伏したという解釈が成り立つかどうかというところは、ここは議論があるところでございます。でありますので、そもそも日本人の手によって憲法改正がなされるべきであったというふうに私は考えます。 これは、当時の状況を見ますと、やはり戦勝国が敗戦国に対して混乱の中で憲法を押し付けたというふうに解されるというふうに私は思っております。もし百歩譲って、そうではないというふうな場合であったとしても、やはり戦後の混乱の中で作られたという事実は否めないものがあるというふうに思っております。 大日本帝国憲法、これは日本人の手によって作られたすばらしい憲法であったと私は思っております。伊藤博文、そして井上毅、綿密に諸外国の憲法等を研究して練り上げられた憲法であったというふうに思っております。 私は、日本人の手で現行憲法がしっかりと日本の伝統、歴史、文化にのっとった形で作り直されることを切に希求するものであります。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、小西洋之君。
○小西洋之君 民主党・新緑風会の小西洋之でございます。 私、幹事でございますので二度以上の発言は控えさせていただくつもりであったんですけれども、赤池幹事から指摘を受けましたので、まあ名誉毀損に該当すると思いますけど、反論をさせていただきます。 まず、私は、安倍総理をヒトラーと同一視する、そうした趣旨の発言は一切しておりません。しておりませんので、取消しもいたしません。 繰り返しになります。先ほどさせていただいた御説明でございます。私が申し上げましたのは、憲法規範があるにもかかわらず、それを無視して国家権力が国民の自由や権利を侵害する、あるいは、してはいけないはずの集団的自衛権の行使という戦争を起こす。それはまさに、ワイマール憲法があるのに世界の歴史に例のないような人権じゅうりん、人権弾圧、そして世界大戦が行われたまさにナチスの手口、あえて申し上げますけれども、安倍総理の閣僚でございます麻生副総理がかつておっしゃいましたナチスの手口そのものだということを申し上げたのです。これは憲法論的に言ってそれと同質だということを申し上げたことでございまして、それと違うのであれば御反論をいただきたいと思います。 また、先ほど、私の集団的自衛権に対する解釈改憲に反対する意見に関連して、集団的自衛権を保有しているけれども行使できないのはおかしいのではないかというような御意見をおっしゃいましたけれども、持っているけれども行使しない、つまり、主権国家において、国際法違反でないことを自分の憲法で制限することはいかようにもできるわけでございます。例えばオーストリア、永世中立の国でございます。オーストリアも本当は集団的自衛権の行使はできるんでしょう。しかし、それは国防原則としてしない。当たり前のことでございます。こんなことは、国際法でも国内法でも持っているけれども制限するということは幾らでも例があることでございます。 また、先ほど憲法の制定過程でハーグ陸戦法規違反ではないかというような御意見がございましたけれども、ハーグ陸戦法規というものは戦闘が終わる前の話でございまして、日本国憲法が作られたのは終わった後でございますので、それも当たらない。 つまり、こうしたごく基本的な歴史事実、あるいはごく基本的な法令に関する知識、そうしたものをまずはこの憲法審査会でしっかりと議論をして、そして憲法は何かを議論をして、今、私は、この安倍政権によって行われようとしている解釈改憲、あるいは自民党草案を振りかざしてのこの憲法改正の動きというのは、もう日本の戦後最大の危機だと思っております。 私は、こうしたものに、この議会の代表としてこの憲法審査会がしっかり議論することを皆様に御提案をさせていただきたいと思います。 以上でございます。
○会長(小坂憲次君) 会長から一言申し上げます。 発言の取消し云々につきましては、今後の議論については幹事会において取り上げさせていただきたいと思います。 また……(発言する者あり)いや、議論をしていただくのは自由でございます。ただ、今後同じような議論を繰り返すのであれば、幹事会で議論をさせていただきます。 ただ、まだ、更に御発言をされることを制限するものではございませんが、個別の応酬もある程度枠の中でお願いをしたいこと、また政党間としての議論を更に深めていただくことをお願いを申し上げて、次に、前川清成君。
○前川清成君 四度目になりますので、手短に申し上げます。 先ほどの赤池議員の御発言ございましたけれども、明治憲法、確かに日本はアジアで最初の立憲国家になったわけです。その当時において、ある種世界水準の憲法を持っていたと思います。 ただ、私の話を聞いていただきたかったのは、日本はポツダム宣言を受諾した結果、天皇主権の憲法から国民主権の憲法に改正する国際法上の義務を負っていたわけです。松本私案がその水準に達していないということでGHQが草案を示したわけですから、ポツダム宣言を受諾して国際法上の義務を負っていたことを無視して、明治憲法のままでよかった、明治憲法を改正すればよかったという議論は、私は全く成り立たないと思っております。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、丸川珠代君。
○丸川珠代君 小西議員の発言を、憲法の規範を無視するのであれば、それはナチスの手口そのものであるというふうに解釈をさせていただきたいと思います。その上で、安倍内閣が憲法の規範を無視しているかどうかということは、憲法の解釈を変えることによって規範を無視しているというふうに私は考えませんので、それは当たらないというふうに思います。 平成十二年五月二日、この憲法審査会の前身であります憲法調査会におきまして、憲法の制定過程に携わった元GHQの職員から意見聴取を行っております。先ほど福島議員からも御指摘のあったとおりでございますが、その中に、行政権を担当したアメリカ陸軍中尉のミルトン・J・エスマン氏のこのような発言がございます。 憲法で何よりも重要なのは基本的原理であり、これが尊重される限り、将来直面する問題は条文の合理的な解釈で解決できる。米国では、環境保護など二百年前の憲法起草者に考えられない問題も憲法解釈で解決をしてきた。我々、五十五年前の起草者も、解釈で政府が必要なことを行い、国際的義務を果たせることを知っていた。このような発言でございまして、日本国憲法はその制定の過程から解釈の変更があることを内包していたということを示唆するものでもあろうというふうに理解をいたします。 我が国が他国の主権を脅かし、また乗っ取ることを目的としてではなく、自らの独立を守り、また国際的な協力の下、平和を維持するために自らの実力を謙抑的に行使するということは、日本国憲法の基本的原理をないがしろにするものではございません。憲法の解釈は、集団的自衛権の行使を可能にするよう変更し得るものであります。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、白眞勲君。
○白眞勲君 御指名ありがとうございます。 いろいろな様々な意見を聞いておりまして、そういう意見の中で私も一言しゃべりたくなっちゃいましたので意見表明をさせていただきたいというのと、一点質問があります。 まず、意見表明の方から言わせていただきますと、今まで様々な、日本国憲法に至る経過、日本国憲法としての今の位置付けについての各委員の皆様方からの様々な意見表明を聞きながら一つ思ったことは、やはりここで今、その当時の、第二次世界大戦、太平洋戦争を経験した当時の先人の方々が、もう戦争は懲り懲りだという思いの中から日本国憲法というのは私は制定され、それを、私が見ている限りにおいては、ほぼ多くの国民が熱狂的にその憲法を歓迎していたんではないんだろうかという事実が、私はこれは否定できないんではないんだろうかというふうに思っております。 押し付けられたとかそういう議論というのがもしあるのならば、当時から相当大きな声がそういうふうにあったんではないんだろうかなというふうに思うんですけれども、残念ながら今の、赤池先生も恐らく戦後生まれではないかなというふうに思いますし、そういう中で、戦後に生まれた我々が当時のその戦前からの経験の中で生まれた人たちのことを思いながらやるときには、やはりよっぽどその辺は研究していかなければいけないんじゃないのかなというふうに私は思っております。 それともう一点、赤池先生に御質問をしたいんですけれども、冒頭の意見表明というのは、これは各会派から一名ずつ代表者ということで、赤池先生は自民党代表として表明をされたわけなんですけれども、その中で私はあれと思ったのがあったんですが、ちょっと聞き間違いかもしれないんですけれども、現行憲法は憲法違反の憲法だとおっしゃったんですね。ということは、何の憲法違反、どこの憲法がその憲法なんでしょうかね。そこをちょっと教えていただければ有り難いというふうに思っております。 以上でございます。
○会長(小坂憲次君) 次に、福島みずほ君。
○福島みずほ君 本日は集団的自衛権の解釈改憲について議論になっておりますので、再度私は確認というか共通認識をしていただきたく申し上げます。 自民党政権の下で質問主意書や答弁がたくさんなされております。その中身は、憲法九条についての解釈改憲は許さないというものです。私は、それはやっぱり憲法九条、集団的自衛権の行使というのは極めて大きな問題である。今までも世界で集団的自衛権の行使とされた例は十五件ほどでしかありません。イラク戦争、ベトナム戦争、ニカラグアへのアメリカの侵攻など非常に限られたものです。集団的自衛権の行使を認めるかどうかは極めて重要な問題なので、自民党政権も今までこれは、九条についての集団的自衛権の行使の解釈改憲はできない、そんなことをしたら憲法秩序を侵害すると答弁をし、質問主意書で答えてまいりました。また、これはまた答弁の中でもはっきりと、解釈では駄目だと、仮に明文改憲でやりこそすれ、解釈改憲では許せないと自民党政権そのものがずっと積み上げて答弁をしてきたことというのを、少なくとも自民党を始めとした議員の皆さんとは共有したいというふうに考えております。 二点目、押し付け憲法論が議論になっておりますが、ちょっと私は、大日本帝国憲法下でおまえは生きたいか、日本国憲法下でおまえは生きたいかと問われれば、間違いなく日本国憲法下で生きたいと答えます。先ほど白眞勲さんが国民によって歓迎されたとおっしゃいました。そのとおりです。大日本帝国憲法下では女性は選挙権も被選挙権もなく、国立大学の進学もほとんどできず、そしてその当時の民法はまさに男女不平等、家制度を基本としておりました。日本国憲法が国民の多くによって歓迎されたということを私たちは共通認識としたいというふうに思います。 以上です。
○会長(小坂憲次君) 次に、小西洋之君。
○小西洋之君 重ねて申し訳ございません。民主党・新緑風会、小西洋之でございます。 本意ではございませんのですが、私についての言及がございましたので、意見を申し上げさせていただきます。 集団的自衛権の行使の解釈改憲でございますけれども、憲法九条との関係で、集団的自衛権の行使はもう解釈変更の余地すらない、憲法九条の条文そのものを変えない限りそれは不可能だというふうに言ってきたのが歴代の政府の憲法解釈でございます。それを、議院内閣制の下で国会はそれをよしとしてきたわけでございます。 しかし、今、安倍総理が国会でおっしゃっていることは、衆議院において、憲法の解釈変更でできるというふうに考えていると総理としてお答えになりました。また、国民の審判を自分は受けるのであるから、自分でやるんであると。そしてまた、こういうことを閣議決定のみでやる。つまり、国会でその解釈の変更の理由、またその論理的な根拠を示さずに、閣議決定だけでやる。もうこれは、まさに憲法規範を憲法規範として扱わない、まさに私はナチスの手口そのものであるということを申し上げているわけでございます。 これがどれぐらい質が悪いことかということでございますけれども、憲法二十一条、言論の自由を定めた規定がございます。言論、報道の自由、テレビにも新聞にも雑誌にも、全ての媒体に認められます。この九条の解釈改憲というのは、憲法二十一条について、いや違うと、今日からテレビについては原則として言論、報道の自由を与えない、政府が定めるその国益に準じた放送基準を従うもののみに放送免許を与える、そういったことぐらいすごいことでございます。 私は、かつて、霞が関で働きまして、内閣法制局にも何度も行きました。内閣法制局長官から直接の審査も受けました。内閣法制局長官というのは、分かりやすく申し上げれば、宮大工の棟梁のような方でございます。ああした壮麗な建築を、材料を選び、そしていろんな人員を指揮し、いろんな技法を駆使して、それをまとめる棟梁でございます。小松法制局長官は国際法の専門家でございますけれども、それは一つの建築物を造るあるいは審査する能力がある、審査の経験もあの方は職務としてはないわけでございますけれども、あるに過ぎないわけでございます。 つまり、法制局長官は、内閣法制局設置法において、法制局の審査事務、意見事務を統括することが国会の立法によって定められております。そうした資質を明らかに欠くと言わざるを得ない方を連れてくる、このこと自体が既にこの立憲主義の破壊の一歩ということでございます。 こうしたものが積み重なっていることを、この国民の代表の憲法審査会でしっかり立憲主義の本質について議論いただくことを御提案をさせていただきます。 以上でございます。
○会長(小坂憲次君) 他に御発言はございませんか。──他に御発言もないようですから、委員間の意見交換は終了いたします。 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午前十一時五十二分散会