共生社会・地域活性化に関する調査会 第1号
- 発言数
- 81 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 2013/02/06
会議録
○会長(直嶋正行君) ただいまから共生社会・地域活性化に関する調査会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、佐藤公治君、松浦大悟君、柳澤光美君、有田芳生君及び福島みずほ君が委員を辞任され、その補欠として山田太郎君、羽田雄一郎君、前川清成君、藤谷光信君及び吉田忠智君が選任されました。 ─────────────
○会長(直嶋正行君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に難波奨二君を指名いたします。 ─────────────
○会長(直嶋正行君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 共生社会・地域活性化に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認めます。 なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○会長(直嶋正行君) 次に、共生社会・地域活性化に関する調査を議題といたします。 「地域活力の向上と共生社会の実現」のうち、「次世代へつなげる活力ある地域社会」について調査を行うに当たって、本日は「地域活力の再生」について参考人から意見を聴取いたします。 御出席いただいております参考人は、足立区長近藤やよい君、学習院大学大学院政治学研究科非常勤講師・東京大学大槌町・仮設まちづくり支援チームコミュニティ・マネジメントチーム統括補佐新雅史君及びWWB/ジャパン代表奥谷京子君の三名でございます。 この際、参考人の皆様方に一言御挨拶を申し上げます。 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして誠にありがとうございます。 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。 議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。 また、参考人、質疑者とも御発言は着席のままで結構でございますが、近藤参考人は立ってお述べいただくということでよろしゅうございますか。
○参考人(近藤やよい君) 椅子の高さが合わないものですから、立った方が楽なような気がしまして。申し訳ございません。
○会長(直嶋正行君) そうですか。じゃ、私どもの方は御質問等は座ったままやらせていただきますので、よろしゅうございますか。じゃ、皆さん、そういうことでよろしくお願いいたします。 それでは、近藤参考人からお願いをいたします。近藤参考人。
○参考人(近藤やよい君) 東京足立区区長の近藤でございます。本日はこのような機会を与えていただきまして、本当にありがとうございます。早速発表に移らせていただきます。(資料映写) 私ども足立区では、区民の皆様方との協働で築く力強い足立区の実現というのを基本理念の一つに掲げておりますので、区民の皆様方が積極的に区政に参画をしていただけるかどうかということが、今日のテーマの一つでもございます地域活性化に大きくかかわってまいりますし、御多分に漏れず、私どもの地域でも高齢化が急速に今進んでまいりまして、平成の三十年代になりますと後期高齢者の人数が前期高齢者を凌駕するという状況もございます。共に支え合って生きていくという一つのライフスタイルを今のうちから根付かせていかなければならないという危機感を持って、今、区政運営を進めております。 足立区でございますけれども、おかげさまで急速に都市基盤整備が進んでまいりまして、特に交通の利便性が急激に向上をしております。そういったことも受けまして、近年、区内に五つ目の大学が開学するという状況がございます。そこで、人口が急増しておりまして、この三年間ほどで六十七万人を突破している状況でございます。 そこで、毎年九月に行っております区政の世論調査の結果でございますけれども、暮らしやすいというふうにお答えの方が先ほど申し上げました交通の利便性の向上等を理由にして増えております。それに比例する形で区政の満足度も、満足しているとお答えの方が区政史上初めて過半数を超えてきたという状況がございます。 ここまでですとめでたしめでたしということなんですけれども、足立区では一つ大きな問題がございます。住みやすいという評価、そしてまた住みやすいことが定住志向にもつながっておりまして、愛着を持っているとお答えの方も約七割いらっしゃいます。ここまでは大変有り難いんですけれども、では足立区に誇りを持っているかという質問になりますと、誇りを持っているという方が三割少々、逆に誇りを持てないという方が五割近く出てきている状況でございます。 考えようによっては、長く住み続けたい、そして愛着も持っているというふうにお答えの方がこれだけいるのだから、余りその誇りを持てないという人のところに固執する必要はないんではないかという意見も中にはありますが、私たち行政は、非常に今この誇りを持てないという区民が多いところに危機感を募らせています。 その理由でございますが、では、なぜ誇りが持てないというふうに答える区民が多いのかという分析になってまいります。幾つか理由はございますが、今日はまず一つ目、治安に対する問題。これは、渋谷の駅の前で足立区の地図を見せまして、一般の町行く方に、足立区についてどのようにイメージを持っていらっしゃいますかという質問をあるラジオ番組でしていただいたその結果でございます。 ちょっとお聞き苦しいかと思いますけれども、聞いていただければと思います。
○会長(直嶋正行君) それじゃ、速記を止めてください。 〔速記中止〕
○会長(直嶋正行君) それでは、速記を起こしてください。
○参考人(近藤やよい君) ということで、こういうふうに意見を述べられた方に対して、足立区に行ったことがありますかですとか、足立区にお知り合いがいますかということを聞くと、行ったことはない、知り合いもいない、東京都の地図を見せても足立区がどこにあるか分からないという方が、まるで見てきたようにこのように具体的なイメージを足立区について持っていらっしゃる。非常にマイナスのイメージです。 一体こういうイメージがどこから発生してきているのだろうかということでございますけれども、区外の方がこのように足立区を見ているのと同様に、区民も自分の住んでいる区に対して、公園が多い、買物が便利、交通が便利というようなプラスのイメージを持っている一方で、区民自身も足立区というのは治安が悪いんだと、こういうふうに思い込んでいらっしゃるということです。表からも、そして住んでいる住民も治安に対して非常に危機感を足立区に対して募らせているという現実がございます。 これはどこから生じてきているのかと申しますと、刑法犯の認知件数というのが必ず年が新しくなると一月に発表されます。そうしますと、一年間の起こった刑法犯の認知件数で足立区が一位というふうに書かれるんですけれども、確かに件数では一位なんですが、足立区では人口も多いですし面積も広い。これ、東京の二十三区の中で犯罪数を人口で割った場合には九位。これは知らない方が多いですけれども、二十三区の中で人口比で最も犯罪の多い区はどこか。このお膝元の千代田区でございます。皇居のある千代田区、国会のある千代田区が人口比では犯罪が一番大きいわけですが、実際に新聞に書かれる場合には、人口比では何位というような書き方ではございません。こうした誇張した書き方で、足立区、危険な町というふうに書かれることによって、区民も、また区外の方も足立区に対して非常に固定的なイメージを持たれている。 このマイナスイメージ自体がどういうふうに足立区にかかわってくるかということでございます。 先ほどのこうしたイメージ、これは区外の方にとってはうわさとか風評、非常に極端なイメージを固定化して足立区を語られます。そしてまた、表でこういうふうに語られることによって区民自体の体感治安も非常に悪くなってくる。ということで、現在、先ほど、便利だけれども、定住したいけれども誇れないという区民感情の底には、現在は交通も便利、物価が安いので取りあえずは住んでいるけれども、住んでいることに誇りが持てない、自信が持てない。 ですから、そういった町に対して地域参画には非常に後ろ向きということで、お子さんが生まれ、そして一定程度所得が上がってくれば、こうした町ではなく自分たちに住むことに誇りが持てる町に引っ越してしまうというようなことということで、将来は引っ越したいという思いを持ちながら、つまり、足立区というのは若いとき、所得の少ないとき、一過性、便利だから、物価が安いから住んではみるものの、いざというときにはもっとほかのところへというふうに考えられる、使い捨てられる町なのではないか。こういった思いで今生活していらっしゃる方が足立区民、多いのではないかということを非常に危惧をしています。 これから地域参画、非常に活性化をしていかなきゃならない、高齢者の寄り添い支援にも力を入れていかなければならない中で、こういうように、一時は住んでいるけれども地域に対する思いの薄い区民ばかりでは将来の安定的な成長は望むべくもないわけです。 そこでどうするかということでございますけれども、ほかにも影響が出てきます。一定程度の担税力を持った方からは忌避されてしまう。つまり、税収が上がってこない。不動産価値が上がらなければ民間の投資も進みません。また、イベント等を行っても経済波及効果も見込めませんし、こうした状況がますます区民の自己肯定感を奪ってしまう。幾ら行政や民間が努力をし一定程度の成果を上げたとしても、正当に評価をされてこない、負のスパイラルが断ち切れないという状況では、先々が本当に心配になってくるというわけです。 今日は治安を一つのテーマにしてお話をしておりますけれども、このほかにも区に対するイメージを悪くする、子供の学力が低いんではないかですとか、生活保護、就学援助の受給者が多いというような事実が足立区の暮らしやすさとイメージの大きなギャップの原因になっているということで、区では今このようなポイントの一つ一つを払拭していくために具体的な対策も打っております。おいしい給食事業を入れたり、又は治安についてはビューティフル・ウィンドウズ運動を展開したり、生活保護、就学援助等につきましても若者サポートステーションを中心として今就労支援に力を入れております。 ただ、個別のそのような対症療法では、決して区民感情又は区外からのイメージが払拭できるわけではありません。まず一つは、幾らいいことをやっていても、やっていることを区民の皆様方に伝えていかなければ評価をしていただけません。どちらかというと、行政は発信力に非常に弱い部分があります。特に、職員の意識は、いいことをやっているからそれでいいじゃないかと、それより先に、伝えていくという形の努力が非常に乏しいということがあります。 そこで、足立区では、シティプロモーション課というのを立ち上げました。地方の観光都市ではシティプロモーションというものを観光で考えているようですけれども、私どもは観光というとらえ方はしておりません。まず、シティプロモーション課の課長、係長を民間のいわゆるマスコミ等の経験のある経験者を採用いたしまして、まず職員の意識改革を中心に行っています。つまり、ポスター一枚、チラシ一枚から区民に分かりやすいものを、非常に、区民の人たちが逆に区政に関心を持ってくれるような視点で今改革を行っております。それと、とにかくマスコミですとかテレビに数多く取り上げていただいて足立区の情報を発信してもらうために、広報戦略そしてマスコミ戦略にもシティプロモーション課が中心となって力を入れております。 先ほど来お話ししております治安対策につきましては、ビューティフル・ウィンドウズ運動というものを展開しております。これは、御承知のニューヨークのジュリアーニ市長が行った割れ窓理論、ブロークンウインドーズ運動を逆に考えて、ニューヨークは汚い窓を減らすという発想でございますけれども、足立区はきれいな窓を増やそう、ごみをなくし、花を植え、美しい環境の中で暮らしていくということを発信しながら治安対策も進めているというところでございます。 先ほどのプロモーションのことを少し付け加えますと、磨くということ、区民の不満要因を払拭していくということが一つのポイント。そしてもう一つは、つくるプロモーション。満足要因をつくり上げていくことによって、愛着はあるけれどもまだまだ誇れるというところまで行かないこの足立区という状況を誇れる足立区へとつくり変えていくというプラスのスパイラルの中心にあるのが、先ほど申し上げたシティプロモーション課でございます。 ビューティフル・ウィンドウズ運動は、区と地域の区民の皆様方と、そしてここがポイントですけれども、区内に四警察署ございますが、四つの警察署、それぞれ重点犯罪等が異なっておりますので、私どもは警視庁の生活安全部、本庁と覚書を結ぶことによって、区と警察と地域の輪を今非常にいい形で回しております。様々に細かい事業を入れ込みながら、美しいまちは安全なまちをテーマに運動を展開しております。 ということで、おかげさまでその効果も出てまいりました。平成二十四年度は三十七年ぶりに認知件数が一万件を下回りましたというような効果、ピーク時のほぼ半減まで抑え込むことができております。 このビューティフル・ウィンドウズ運動ばかりではなく、先ほど申し上げた子供の学力の問題ですとか、また生活保護の問題等にも様々に手を打ちながら、今日はそこに時間がございませんので言及はしておりませんけれども、そうした様々な施策を打った一つの効果だ、成果だというふうに思いますが、昨年九月に行いました区民に向けての世論調査の結果では、満足層は横ばい、少し上向き程度でございますけれども、何といいましても不満層が激減をしている。これが一つの区のプロモーションの効果かなと私ども受け止めております。 そしてもう一つ、誇りの点でございますけれども、これも初めて、僅かではございますけれども、誇りを持てるというふうに答えてくださった方が持てないというふうに答えた方を上回ったということもございます。 まだまだ私どもの対策は始まったばかりでございますので、今後更にシティプロモーションを強化することによりまして、誇りを持っていただき、地域に貢献していただけるような区民の皆様方を増やしていきたいなと考えております。それが地域の活性化につながり、また高齢社会、お互いを支え合っていく足立区という一つのライフスタイル、足立区で生きるということは、お互い少しずつ力を出し合って支え合って生きていくというライフスタイルを今後とも発信していきたいというふうに考えております。 どうもありがとうございました。
○会長(直嶋正行君) 近藤区長、ありがとうございました。 それでは次に、新参考人にお願いをいたします。新参考人。
○参考人(新雅史君) こちらの方のパワーポイントで発表をさせていただきたいと思います。(資料映写) 私は、学習院大学と、あと今は東京大学の方で岩手県の大槌町、仮設団地のまちづくりを行っている新と申します。よろしくお願いいたします。 私は、昨年の春に「商店街はなぜ滅びるのか」というちょっと少しネガティブなタイトルの本を出させていただいたんですけれども、その商店街の話というのは、これまで商業関係者とかであったりとか、まちづくり関係者が論じるテーマでしたが、私は雇用の観点というところ、あるいは若者の例えば就職問題とかと結び付けて議論するというふうなことをこの私の本の中でさせていただきました。 今、若者の就業問題というのは非常に大きなこの十年ぐらい問題になっておりますが、この十年ぐらいで非常に強まっているのが何かというと、若者が日本型雇用慣行に対して非常に強い憧れを持っている。日本型雇用慣行というのは幾つかの特徴がありますけれども、具体的に言うと、ちょっと次のページを見た方がいいかもしれませんが、終身雇用とあと年功賃金、これに対して肯定的な若者というのが非常にこの十年くらいで増えていまして、終身雇用に関しては約九割に上っていると、肯定的な人がですね、それで年功賃金に関しては七五%までに達している状態です。これは明らかに社会構造とずれがあるわけですね。 今、終身雇用、年功賃金、提供できる企業というのはそれほど存在するわけではありませんし、実際、非正規雇用は今三分の一を超えているわけですから非常に大きなずれがあるわけですけれども、これ考えてみたら、雇用の流動化に対して若者が非常にプレッシャーに感じて、その中で過度な競争が行われているというふうなことですね。これが世に言う就活問題というふうなことになるかと思います。 ここで考えないといけないのは何かというと、若者が考えている日本の安定というのがそもそもどういうものかというふうなことを考えないといけないというふうに思っています。若者が考えている日本の安定というのは、私は大学で十年ぐらい教鞭を執っておりますけれども、ほぼ終身雇用などで安定を考えているんですね。だけど、これは戦後の日本を考えてみると、実は雇用の安定だけで日本の安定が実現できたわけではない。日本の安定というのは、端的に言うと、雇用の安定と自営業の安定のこの二つを実現できたところに戦後日本の大きな特徴があったわけですね。 この辺りは説明するとちょっと長くなってしまいますので少しはしょらせていただきますけれども、例えば学歴は低くても収入が高いとかだったりとか、こういうようなジグザグのことを地位の非一貫性というふうに社会学の分野では言いますけれども、全てが高い人、全てが低い人ということではなくて、ジグザグのコースというのを日本社会は提供できていたと。それの一番典型的なのが何だったかというと、都市の自営業、つまり商店街で就業している人たちというのが日本の中間層の非常に代表的な存在だったというふうに思えるわけですね。 だけど、今の若い人たちは、安定というと商店街の経営者というのは安定層というふうに考えていない、大企業の正社員あるいは公務員だけが安定層だというふうに考えている。そこに今の地域社会の非常に大きな問題点があるんじゃないかというふうに私は思っています。 自営業の役割というのは、大きく私は二つあるというふうに思っています。 一つは何かというと、これは日本政府がこの十年ぐらい進めてきた施策としては、自営業、特に起業の促進ということは、これはずっとこの十年ぐらい非常に積極的にやってきたと。この起業というのは、イノベーションを起こして将来的に雇用を生み出す。要するに、例えばユニクロとかだったりとか、幾つかの一代で大企業まで成長した企業ってありますけれども、そういった層に成長させる、そういった起業家というのを自営業というのができるんだというふうなところですね。それが一つの役割。 だけど、もう一つ忘れてはいけないものが、自営業が存在することによって地域というのが安定するというふうな働きもあるんじゃないかというふうに思っているわけですね。 戦後日本では、先ほども少しお話ししましたが、雇用と並んだ就労先として存在していたということと、あとこれは今のヨーロッパでも、若者、女性、高齢者の雇用というのは非常に問題になっているわけですけれども、ヨーロッパではそのときに何やっているかというと、実は自営業の促進というようなことを非常に積極的にやっているんですね。ここが実は日本とヨーロッパの非常に大きな差異だというふうに言われています。 地域を支える自営業をいかに支えていくかと。実は、戦前の日本、戦後の日本で成功した部分というのはここの部分なんですね。今ヨーロッパとかでやっていることをもう既に日本では戦後日本で成功させてきたと。それが実は戦前の商店街の話とつながっていきます。 これ、どういうことかというと、ちょっとこの辺りまで余り少し詳しくしゃべると長くなってしまいますので簡単にお話ししますと、第一回目の国勢調査というのは一九二〇年に行われて、当時は十年に一度国勢調査が行われていたんですが、通常、第一次産業、つまり農業層が減少すると大体第二次産業の人たちが増えるというふうに言われているんですが、ただ、日本では第三次産業の、簡単に言っちゃうと、農業をやめて例えば東京とか大阪とかだったりとか今の県庁所在地の辺りに来て、それで自営の小売業をやると。簡単に言ってしまうと、バラックみたいなところで商売をしたりとか、あるいは屋台を引いてそれで商売をするという人たちが急速に増えたわけですね。 そのときに問題になるのが何かというと、一九二〇年代とか一九三〇年代の例えば国会の議論とかを見ていると、その中で、例えば東京でいうと月島の辺りとかが当時スラムというふうなことが非常に問題化されていたわけですけれども、これ自営業が、それも零細の自営の小売の人たちが増え過ぎてしまうと、このままだとスラムが進行してしまって社会が不安定になってしまうと。 じゃ、どうしないといけないかと。そのときに、やっぱり小売業の人たちを安定させないといけないということで、戦前の日本がつくり出したものが何かというと、商店街という考え方だったんですね。戦前の日本が、百貨店の専門性、あと消費者協同組合の共同性、あと公設市場の公共性、この三つを生かして商店街という考え方を明確に、これは政治家も含めてつくり出して、それが花開いたのが戦後ということになります。 ですので、商店街というのは、世界的に見ると、ここまで都市の中に非常に活発に存在するのは日本だけなんですね。これは日本は誇りに思っていいところですね。だけど、これが今衰退しているというのが非常に大きな問題だということになります。 この辺りもちょっと話すと長くなってしまいますので、少し簡単にお話しすると、戦後の日本というのは二つの国家目標があって、一つは経済成長でしたけれども、もう一つが完全雇用ということで、いかに零細自営業を保護するかといったところで商店街の保護というのがあったということです。だけど、これがだんだん、商店街を保護するという施策がだんだんだんだん悪者視されるようになっていくと。それが一つあるのは日本の安定イメージの変化ですね。 日本の安定イメージの変化というのがいつぐらいに起きたかというと、私はオイルショックのころに起きたと思っております。オイルショックのときに、例えばソニーとかトヨタというような世界的な大企業ができて、オイルショックでいち早く立ち直ったのは日本なんですね。イギリスとかアメリカはオイルショックのショックからなかなか立ち直ることができなかった。日本だけが先進国の中ではいち早く立ち直ったと。 その中で、例えばライジングサンみたいなことがアメリカとかでは言われるようになるわけですね。その中で、日本はそれじゃなぜイギリスとかアメリカに比べてこれだけオイルショックの痛手から早く立ち直ったのかというと、これは男性の正社員が企業に対して非常に高い忠誠心の下で働いているからであるということで、ここから日本の安定イメージというのが非常に大きく変わっていくんですね。都市の自営業と雇用の安定ではなく、雇用の安定が日本の安定であるというイメージがオイルショック以降非常に強くなっていくということですね。 そのころと同時に、小売業の規制の法律というのが、大規模小売店舗法、大店法というふうに言われますけど、この大店法というのが一九七三年のオイルショックの年にできますが、当時の新聞見てみると、一九七〇年代から一九八〇年代、大規模小売店舗法について肯定的に論じている新聞はほとんどないですね。要するに、サラリーマンの敵であると、小売業というのは。商店街というのは非常にけしからぬ、圧力団体だというふうな議論が非常に巻き起こっていって、それであしき既得権益層だというふうなイメージがどんどん強くなっていくと。それが今に至って商店街の衰退につながっているというのが今の日本だということになります。 今、簡単に商店街の来歴をお話しさせていただきましたが、商店街の衰退の要因というのをちょっと簡単にお話しさせていただきたいと思いますが。 商店街の衰退というのは、それじゃ内部に問題がなかったのかというと、内部にも問題がありました。商店街というのは、一つはやっぱり後継ぎというのをその内部の中に取り込んでいる仕組みじゃなかったんですね。要するに、例えば私も酒屋の息子なんですが、酒屋の後継ぎといったらもう息子以外に考えられないんですね。だけど、これは例えば江戸時代の商家とかだったら考えられません。例えば、息子がいなかったら、奉公人とかを連れてきて、後継ぎを連れてくるわけですね。これは、歌舞伎とかだったりしても同じなわけです。子供がいなかったらどこからか連れてくるわけです。だけど、今の商店街というのは、実の息子、実の娘じゃないと継げないような、そういったスキームになっている、それが非常に大きな問題だということですね。 それでもう一つが、やっぱり小売業の免許というのが非常に、これもその家族の中だけのものとして免許というのが活用されてしまったと。それが非常に悪い方向で働いていったのがコンビニというものですね。コンビニは、使いようによっては非常にすごく優れた働きを持っていますけれども、ただ、日本のコンビニというのは、私の実家は酒屋をやって今はコンビニなんですが、実はこのパターンが一番多いんですね。酒の免許を持ってコンビニエンスストア、たばこの免許を持ってコンビニエンスストアと。なぜそういうパターンになったかというと、酒は夜販売できなかったんです、ずっと。だけど、コンビニエンスストアで二十四時間やると近隣の酒屋に勝てるわけですよね。ですので、その免許を生かしてコンビニやらないかというふうなところで、どんどんどんどんコンビニが増えていったということです。 あともう一つが、小売店の人たちがテナントオーナー化していったと。要するに、雑居ビルを造っていって、そのテナント収入で収入を得ようとしていったというふうなことが大きな問題としてあります。 歌舞伎町というのは、今治安とかの問題で非常に大きな課題を抱えている町になっていますけれども、実は一九六〇年代ぐらいまでは歌舞伎町は商店街でした。実は、この歌舞伎町というのが雑居ビル化していったのが一九七〇年代から一九八〇年代ぐらいです。歌舞伎町に関して言うと、テナント化していっても、ここはテナントオーナー化していって商店街から繁華街になっていったわけですけれども、同じようなことを地方の都市でやってしまったんですね。歌舞伎町みたいな町になることができるわけありません。ということで、商売に身が入らなくなった、テナント収入でやろうとした小売商の人たちが、その後全然テナントが入らずに、それでシャッター商店街化しているというのが今の日本の非常に典型的な光景ということになります。 あともう一つは、財政投融資を活用した産業政策のこれは失敗というのが明確にあります。財政投融資が一九八〇年代に非常に膨れ上がって、特にこれは日米構造協議の中でバイパスあるいは高速道路というのを非常に積極的に造って、それでインターチェンジあるいはバイパス通りの周りに工業団地というのを実は造るんですね。だけど、工業団地というのが、バブルの崩壊以降、全然工場が立地せずに、そこにショッピングモールができてしまったと。 今言ったような理由によって、商店街がその内部からも外部からも崩壊というふうなことで力が働いていったというのが日本ということになります。 じゃ、それで、これからの日本どうしていけばいいのかということなんですけれども、私はこのときに考えるべきは、福祉国家に対する考え方というのをちょっと改めてもう一度考え直した方がいいかもしれないなというふうに思っているんですね。私たちが今、日本の中で福祉国家は非常に問題になっています。要するに、給付の額が非常に膨れ上がっていて、今、社会保障費百兆の規模になっているというふうなことで、いかにこの給付と負担のバランスを取っていくかというふうなことで、消費税の問題などなど、先生方今議論されているところだと思いますけれども、実は福祉国家というのは、社会保障などの給付だけで福祉国家というのを考えるのはやっぱり無理があるというふうに私は思うんですね。これは、やっぱりお金だけの問題ではなくて、いかにルールを作っていく中で人々の生存権というのを確保していくか、ちゃんと担保させていくかということが非常に重要だというふうに思っています。 なぜそういうことを私が言っているかというと、元々福祉国家の源流というのは、ここに書いてありますイギリスの工場法から来ているんですね。日本でいうと労働基準法です。この労働基準法というところは、これ給付と関係ないわけですよね。お金というのは出ないわけです。この規制によって人々の生活を支えるというふうなことというのが非常に重要なんだけど、今は、例えば新聞、メディアとかでも、消費税、あるいはいかに年金とか、そういったお金の話ばっかりなんですね。ここのルールを作っていっていかに生活を支えていくかというふうな議論が非常に少ないというところに非常に私は不満を抱えていると。規制というと何か悪いことであるかのように論じられるというのは、非常にこれは問題だなというふうに思っています。 そのときに私は考えないといけないのは、福祉国家というのを給付という部分と規制のこの二つから考えていくということが重要であると。そのときに、私はちょっとマトリックスを書かせていただきましたが、規制といっても個人に対する規制と地域に対する規制というのがあると。あと、給付に関しても個人に対する給付と地域に対する給付があるというふうに思っています。個人に対する給付は公的扶助、いわゆる生活保護ですよね、生活保護、社会保険、社会手当が個人に対する給付ということになります。地域に対する給付に関して言うと、これもよく悪者視されますけれども、公共事業、地方交付税ですね、これが給付ということになります。 一方で、個人に対する規制としては労働基準法とか派遣の規制ということになります。地域に対する規制としてはゾーニング、距離制限ということになりますけれども、ここのマトリックスの中でいうと、この二十年、三十年ぐらいで考えると二番と三番が弱くなっているんですね。二番は今相当議論になってきて、例えば派遣に関しても、派遣の規制強めた方がいいんじゃないかというふうなことで、二番に関しては大分見直しが進んでいるんですが、三番に関する再評価というのがまだ行われていない状態なんですね。これをどうするかというふうなことが、やっぱりこれは国会の中とかでも議論しないといけないところではないかというふうに私は思っています。 ということで、今地域の中で何が問題になっているかというと、ここの三つ目のところ、ここを見ていただきたいんですが、今地域の中で何が問題になっているか。実はこれは、被災地へ私行っていますけれども、やっぱり引きこもりの問題とかというのが非常に問題になっているわけですけれども、そのときに、お金の問題というのももちろんあります、仕事の問題ももちろんあるんですけれども、他人に対する信頼感、ここの部分がうまく醸成できていないと。あともう一つ、共同意識が希薄化している。先ほど先生からもちょっと御発言ありました、足立区の話ありましたけれども、共同意識をいかにつくっていくかというのは、これはもうどの地域でも非常に大きな問題になっているんですね。これはやっぱり給付では解決できない問題なんです。 それで、今エリアマネジメントというのが非常に流行していて、エリアマネジメントというのは、これ簡単に言うと、ここをちょっと見ていただきたいんですが、地域に関係するアクターが協力して、それでみんなで議論して様々なことを自己決定していこうというふうなことでエリアマネジメントというのが進んでいて、例えば丸の内の再開発というのもこういったエリアマネジメントの活用というふうなことが行われていますし、これは例えば被災地のところでもエリアマネジメントというのは使われています。 これは、言い方を変えると、ガバメントからガバナンスの変化というふうなことが言えると思います。図にするとこういった形ですね。今までは、例えば中央政府とか地方自治体というのが決定権を持っていたりとか、あるいは規制に関してもここが様々な形で差配していたと。だけど、そうじゃなくて、関係するアクターが協議して、その中で課題解決していくと。 これは、今、まちづくりあるいは協議会などで大体どこでも取られている手法なんですけれども、私はこのやり方というのはとてもすばらしいと思いますし、このエリアマネジメントというのは積極的に進めていきたいとも思っているんですが、ただ、私は、大槌町などで活動していて非常に大きな実は課題にぶつかっているのが何かというと、関係者の方たち集まってください、商業関係者集まってください、漁業関係者集まってきてくださいといったときの、そもそも職業団体自体が力を失っているんですね。商店街の方集まってくださいと、いや、俺もう、ちょっと商売うまくいっていないから来れないよと。来れる人は、実はもう商売で生計立てていなかったりとかするんですよね。テナント収入で生計立てていたりとかするんですよ。その地域の職業集団というのが非常に力を失っているのに、協議すればいい、関係する人たちで協議すればいいといっても、それぞれの関係する集団が非常に力を失っているという中で、それだけだとちょっと問題があるなと。 東京は、これはいいんですよ。東京だと、企業とかが力を持っていますから、エリアマネジメントというのは非常に活用できるんですけれども、特に東北とかでは非常に限界があります。ですので、例えば東北みたいなところでは、今の特に被災地とかでは、まず商店街、まず漁協、こういった職業集団をいかに再生させるかということをやっていかないと、ガバナンスあるいは協議の場というだけで決定していっても、十年、二十年後の将来の姿というのはなかなか見えないということになる可能性があるなというふうに思っているんですね。 私が職業集団のことについて非常に強く言うのは、これは、職業集団というのは外部からの支援がなくても自律的な活動が可能なんですね。ある程度地域の中で富というのを蓄えて、その中で活動していくと。東日本大震災の中でも、一番最初に例えば安否確認をやったのは、実は商工会とか商工会議所とかなんですよ。やっぱり職業集団というのは非常に強いなというふうに私は思いました。ですので、特に地方では、ガバナンスの前にいかにして強い地域集団をつくるか、強い職業集団をつくるかということに力を注いだ方がいいんじゃないかなというふうに思っています。 これは、ここもちょっと簡単にお話しすると、今労働組合の組織率も下がっていますし、農協、漁協にしても組織率が下がっています。こういった中で、じゃ地域の中で組織ってあるのか、つながりってあるのかというふうなことになっていくと思うんですね。全国商工会議所の会員数に関しても非常に激減しているというふうな状態です。 じゃ、地域を守る規制というのはどういうふうにしていけばいいのかということですけれども、地域に対する規制といったときに、全くないわけではありません。ゾーニングとかだったりとか、高さ規制とかだったりとか、環境アセスメントみたいなことがあるんですが、これが地域の職業集団の育成につながっていないというところが非常に大きな問題だなというふうに私は思っています。 その中で、それじゃ、どういうふうな形の規制があり得るのかということですけれども、ここのページもちょっと時間がないので飛ばさせていただくと、ちょっとこれは私が今考えている規制の実施スキームというふうなことなんですが、実はまちづくりの行っているスキームとそれほど変わらないものなんですけれども、これは例えば商店街が存在すると。今までの、旧来の例えば規制だったら、この商店街に対してどんな商店街でも一律に規制を掛けていたわけですけれども、私はそれじゃ駄目だというふうに思っているんですね。今の例えばまちづくりとかでも非常に重要になっているのが、その地域集団に自ら目標値を設定させる、あるいはルール作りも含めて地域に任せていくというふうなことが非常に重要になってきているんです。 ですので、この商店街に対する規制も、設定したテーマと目標値を超えた場合に商店街を保護する施策、規制を実施するというふうに私はしていった方がいいんじゃないかなと。一律で網を掛けて規制を掛けるのではなくて、ある程度、私たちの商店街というのはどのような目標を達成したいのかと。だけれども、全部フリーハンドで商店街にそれじゃ目標値の設定というのを任せるわけにいかないので、ある程度行政がモニタリングの指標とアセスメントの指標というのを決めていく必要があるだろうと。 それは例えば何かというと、例えば住民組織とかNPOとか行政との協同の場を設けているか、こういうのは必須項目にすると。あと、商店街事業そのものが成立しているかと。だけど、選択項目としては、例えば次世代育成を盛り込めているかどうか、あるいは医療・福祉サービスとの連携が行われているかと、こういうような幾つかの選択項目を含めて、ある程度の項目を満たした場合その商店街に対して育成をするというような形の、下からうまく行政とマッチングさせていく、その中でいかにして規制を実施することができるかというふうなことですね。 国と地方自治体のここのプライオリティーをモニタリングのところの項目として挙げていくと。それでフィードバックしていって、例えば二年とか三年を期間としてそれで定期的に見直しをしていって、規制といっても、その規制を一律で距離制限であるいは免許制で、ずっと一生の間に続く免許制とか一生の間続く距離制限とかそういったものではなく、行政がちゃんとモニタリングすることができる、かつ地域住民との協議の場の中でそれもモニタリングすることができるような規制というのが作ることができないだろうかと。 今、私が……
○会長(直嶋正行君) 新さん、済みません、ちょっと時間が来ていますので、まとめていただけませんか。
○参考人(新雅史君) 済みません。 それで、発言させていただいたスキームというのは、これはイギリスのコミュニティー戦略のところから使わせてもらったものでございます。その辺りは、ちょっともう時間もありませんので、これにて終わらせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○会長(直嶋正行君) どうもありがとうございました。 それでは次に、奥谷参考人にお願いいたします。奥谷参考人。
○参考人(奥谷京子君) 皆さん、こんにちは。WWB/ジャパンの奥谷と申します。(資料映写) ちょっと舌がこんがらがりそうな名前なんですけれども、ウイメンズ・ワールド・バンキングという世界的なネットワークの中の日本支部ということで現在活動させていただいています。今日、お手元の資料の一番最後のところに概要といいますか、簡単な紹介も入れさせていただきましたので、併せて御参照いただければというふうに思います。 私もちょっとふだん講義とかをするときに立つことが多いので、済みません、立たせていただいてお話しさせていただこうというふうに思っています。 今日私がお話しさせていただきたいと思っているのは、三つのポイントがあるんですけれども、私どもWWB/ジャパンというのは、これは株式会社の組織です。一九九〇年から活動を行っているんですけれども、予算とかに全ておんぶにだっこで頼らずに続けてくるというその継続の鍵はやはりコミュニティービジネスではないかということで、女性の起業家というのをキーワードに三つのお話をしていこうかなというふうに思っております。 まず一つ目が何かといいますと、先ほどもちょっとお話ありました、東日本大震災において女性の活動というのをどういうふうにしているかというところと、そして私どもの概要と、そして最後、行政と市民とどういうふうに役割分担をしていったらいいだろうかというところも含めて、今日は三つのお話をさせていただこうかなというふうに思っております。 まず一個目の被災地の活動ということなんですけれども、三・一一東日本大震災が起きて、私もこれまで全国に女性起業家の方たちとのつながりがありまして、被災した地域でもレストランを実際に流された方がいらっしゃいました。 私はすぐに、当日とっさに電話を掛けて、大丈夫かという安否確認をしたんですけれども、ここの写真にあるとおり、完全にもう流されてしまって、防潮堤の内側にあったレストランなんですけど、全て流されてしまったという、そういう状況でした。 これは岩手県の洋野町という青森県境のすぐ近くの町のレストランをやっている庭静子さんという方なんですが、この方が自分のことよりもとにかく雇っている従業員を何とかしたいという、そういう思いを語ってくれたということから、じゃ、みんなで何か再建をしていくためにお金を集めようということで、全国の起業家の方に声を掛けて、三日間、四日間で合わせて二百万円のお金を集めて再建に取り組もうということで、彼女の山側にあったおうちの一部屋を加工場に変えて現在活動しています。 これは四月の初めに私が洋野町の方に訪れまして、それで、その三日後ぐらいにすぐにお金を集めて、もう六月末には立ち上がったということで、非常に復興のスピードが速かったということもあって、今全国であちこちデパートなどにも呼ばれて彼女の商品が出ていっておりまして、今女性の従業員もスムーズに働いているということです。 その彼女とお話をさせてもらって、いかに手を動かすことというのが大事なのかと。何もしないでぼうっと待っているというよりも、やはり手を動かして働くということがいかに大事なのかというのを彼女にすごく教わりました。 〔会長退席、理事難波奨二君着席〕 そこで、被災の方たちと何か一緒にできないかと。でも、しかもお金が掛かってしまってはなかなか返済したりというのも大変だと思いますし、そうではなく、お金を掛けないで、いつでもどこでもやれるようなことができないかということから、次に考えたのがソーシャルニットワークプロジェクトという編み物を通じた仕事づくり、生きがいづくりというのを始めました。 これ、六月に福島県の会津若松、ここは第一原発のところから避難されている方たちがいたんですけれども、そこからスタートをさせていただきまして、現在、岩手県の宮古、それから大槌、それから岩泉、それからさらに青森県に現在避難している福島県民の方々と一緒にネットワークをつないでやってもらっています。 東北のお母様たちは非常に編み物が得意な方が多いということで、初年度は私どもの仲間で起業家されている編み物のプロのデザイナーに入ってもらってデザインをしてもらったんですけれども、もう今は、二年目からは自分たちでデザインも起こして販売するようになっております。 後から追加させていただいた資料でカラーのチラシもちょっと入れさせてもらったんですけれども、実際に商品をやはり売らなければこの方たちの継続は見込めないということで、いろんな仲間に声を掛けて販売網を現在広げて頑張っています。ここには六十人というふうに書いたんですけれども、昨日数え直してみたら六十九人、約七十人の方がこのプロジェクトにかかわって頑張ってくれています。 そして、先ほども言ったとおり、お金を掛けないということで、毛糸は全部全国から寄附でいただいています。もう入り切れないほどの毛糸をいただいているおかげで現在倉庫まで借りるに至ったんですけれども、それぐらい皆さんからの御協力をいただきながらやっております。 さらにもう一つ、私も毎月岩手県とかを行き来しているんですけれども、その中で、山田町のところで出会った水産会社の女性社長の方とお目にかかりまして、この方と一緒に現在ボランタリーツーリズムという企画をやっています。 これは何かというと、東京とか大阪とかにいる方も、なかなか被災地に、じゃ行こうというふうに思っても、ただ東北に行くだけでお金を落とすので本当にいいんだろうかと思っている方たちも多いと。それから、ニュースもだんだん聞こえなくなってきたりとか、そういう中で、やっぱり自分の目でちゃんと確かめたい、それを直接生の声でやっぱり聞きたいというニーズが都会の方々からもすごくあるんですね。 さらに、山田も含めて地元の方も、そういう体験を話してもいいよという方がいらっしゃるということで、じゃ実際来てもらってお仕事の体験をしてもらいながら、お金も払って、さらにそこの地元の応援をしていこうということで、ボランティアをしながら観光を楽しもうというような、そんな企画を現在やっております。 一回一万円ということでお土産とお昼代を付けてやっているんですけれども、こちらもマスコミなどを通じて来てくださって、読んでくださった方が、八十歳を超えたこの間も東京からの女性の方が来てくださって、非常に喜んで帰ってくださったんですけれども、そんな形で、実際に被災地とのつながりをつくりたいという方に向けたこんな活動も去年の秋ぐらいからスタートをさせていただきました。 継続の鍵はビジネスにしたことというふうに書かせていただいたんですけれども、やはりこれをどこかから何か補助金もらってとか助成金もらってとかというと、なかなかこれはすぐにはスタートしないと思うんですね。とにかく私たちは、必要なところにすぐにお金を出したりとか、あるいはそこで稼げるようにしていこうということで、ビジネスをやっぱり生み出すことというのをかなり意識してこの震災の後の仕事づくりというのをやっています。 〔理事難波奨二君退席、会長着席〕 先ほどちょっと言いました、二百万円を集めたという庭さんは、一口五万円という形でお金をいただきまして、それで、その分だけの商品を後ほど返すという購入予約という方法を使ってやっています。 それから、なるべくニットでは材料費とかを掛けないで全国から集めたりとか、そしてまた共感できる方たちを集めたりとかということをやったり、それでさらに、そういうことにかかわっているということに喜びを感じてくださるファンをたくさんつくるということで、現在これをプロモーションしています。 それで、おかげさまで、ソーシャルニットワークの中では宮古市の女性たちが、やはりこれまでお世話になっていたので何とか自分たちで自立をしていこうということで、この春から事業協同組合というのを立ち上げて、自分たちで編み物のチームをつくろうということで、今準備を進めているところです。それも本当に、今まで震災がなければ会ったことがないというような、そんな方たちが集まって、二十人近くのメンバーで、現在、事業協同組合をつくろうなどというような、そんな活動を行わせていただいています。 そもそも、このWWB/ジャパンという組織は何をやっているかというと、先ほどちょっとお話をしましたが、女性の人たちの経済的な自立の応援というのを目的に始まった活動でして、それで、主には女性起業家を支援するセミナーというのを全国各地でこれまでやらせていただきました。受講生が大体六千人ぐらい、そしてその中で千人ぐらいの方たちが実際事業を全国で起こしています。 一応、分布図ということで、大体都道府県別にこんな感じの方がいるよということで、割合も含めて書かせていただいたんですけれども、東京、それからあとは中国地方とかも結構多いんですが、これは山口県でうちちょっと事務所を持っていたりとかということもありまして、山口県の方で力を入れたりとかいろんなことがありまして、大体合わせると約千人ということでやっています。 ビジネスというと、何となく、先ほどもちょっとお話ありましたけれども、将来たくさんの雇用を生んでとかビッグビジネスにしていくとかというのもあるかもしれませんが、女性起業家の場合というのはどちらかというと地域に根差した、まさに問題解決型のビジネスというのが非常に多いです。実際に、自分が病気で倒れてしまったとか、自分の子供がアトピーで困ったとか、それからあとは、周りで働いているお母さんを見ていると預ける保育園がないとか、そういう身近な問題を形にしていく、そして継続させていくというような、そういうビジネスというのがメーンになっております。 割合としては、女性ならではということで食というのも多いんですけれども、食ということだけではなくて、やはりそこが地域の寄り合いの場になっていたりとか、あるいはお年寄りの方が集まったり、若いママたちが集まって子育ての相談をしたりというような、ある意味そういう相談機能みたいなものなんかも最近非常に増えているなというのも感じております。それから、あとは高齢者のビジネス、子供向けのビジネス、それから癒やしということでやっているものもありますし、様々なビジネスが今生まれていて、約千人の起業家がつながっているということです。 起業家セミナーというのは商工会議所とかも含めていろいろ全国にありますけれども、うちがほかと違うところというのをあえて申し上げさせていただければ何かというと、セミナーだけでは終わらせないということだと思うんです。その関係性をつなげるために、例えば会計サービスということで、やはり一人で帳面も付けるのも大変な方の支援をしたりとか、それから私なんかも含めてアドバイスをしたりとか、そして私自身もカフェを持っていて、そういうところに気軽に遊びに来れるような場を持っているということであったりとか、そこで定期的な交流会を持ったり、そして地域問題解決に向けた商品化作りということで、例えば、私、結構農家関係の講演会へもよく行くんですけれども、そういうところで、規格外のトマトが出てしまったんだけどどうしようとか、そういう相談を受けたときに、レストランをやっている方に、皆さんに一緒にレシピを考えてもらうとか、そういう知恵を持ち寄ってみんなで解決していくというようなネットワークを今までずっとつくり続けていました。それが今の現状で、先ほどの東日本大震災のときにも、いざというときに動いたのはこの女性起業家の人たちの力、知恵だったというふうに思っております。 さらに、今日、私、実はインドネシアから帰ってきて、今朝こちらの方に戻ってきたんですけれども、海外とも今コミュニティービジネスということで一緒にやっています。今、日本で培ってきたノウハウというのをこれからASEAN諸国などとも一緒にやっていこうということで、海外とともに女性起業家の知恵も生かしていこうということも現在考えております。 時間がないのでちょっと早口になってしまって申し訳ないんですけれども、最後に、行政と市民の役割はということで、少し私の方で考えてきました。 これからの社会の在り方というのを考えたときに、女性の起業家の方たちの視点というのは、なるべく、いかにお金を掛けないで工夫していいサービスを提供するかという、こういうアプローチが多いんですね。さっきのニットワークもそうなんですけれども、なるべく資本を使わないでみんなからの持ち寄りで作っていくという、こういうことをやるのが非常に女性の方たちというのは得意なところがあります。 そういうことで、倹約、節約というのでスタッフを育てたり仕事を回したりとかというのがあるんですけれども、一方、行政の仕事を見ていると、受託団体が例えば節約してお金を返すとかというのはこれはもってのほかということで、ちゃんと全部使い切ってくださいというふうに言われることが多いですよね。それというのは本当に、ビジネスをやっている側からすると、せっかくいいことをやっているのに、どうしてお金を返しちゃいけないんだろうかというところが疑問に思うところもあります。 そういうことから考えると、省庁間の争いというのが、これまではいかにお金を、たくさん予算を引っ張ってこれるかという争いだったと思うんですけれども、いかにお金のやりくりを工夫していいサービスを提供できるかという、財政難の時代のテーマというのはこれではないかというふうに私たちは思っていて、これはまさに女性起業家の精神から学べるところというのがたくさんあるんではないかなというふうに私ども考えております。 従来型の行政主導の税金が入ったような事業というのも、もちろん決してなくなるわけではないとは思いますけれども、ただ、そのボリュームよりも、自分たちで立ち上がっていくだったりとか、あるいは先ほどのニットワークのようにいろんな方の協力を得て支え合っていくようなビジネス、こういうものなんかがもっともっとこれから増えていく必要というのがあるのではないかというふうに私ども考えております。 それで、私の方から何となく何ができるかなというのをちょっと考えてみたんですけれども、幾つかあるんですけれども、例えば、この間、二番目のところに書いたんですが、宮古市で仮設住宅にちょっとお邪魔して、ニットの編み物のお母さんのところに遊びに行ったんですけれども、そのときに、だんだん県営住宅の方に皆さん引っ越されて、空きの仮設住宅というのがどんどんでき始めていると。ただ、今残っている皆さんの中には、漬物を漬けるのが上手だとか、そういう方なんかがたくさんいらっしゃっていて、もしここが食品加工なんかができる加工場が一個あれば、これでビジネスというのができるんじゃないかというような御意見を実はいただきました。 なるほど、確かにそうだなと。そのためには衛生許可とかそういうものは必要ですけれども、そういう一つの場があれば、もしかしたらそこの地元のお母さんがお小遣いを稼げるチャンスというのはもっともっと出てくるんじゃないかということで、こういうような活用の仕方というのもあるのかなというふうに思っていたのと、それからあと、四番目のところに書いたのが、先ほど新参考人が自営業のお話をされていて、本当まさにそうだなというふうに私も思っているんですけれども、今、例えば雇用保険とかそれから社会保険とか、サラリーマンで働いている人たちというのは多分一番よく守られているのかなと、むしろ自営業をやる人というのは本当果敢なチャレンジをしないと誰も守ってくれる人がいない、自分で何とかしなくちゃいけないというところがあると思います。だからお金をくれではなくて、何かほかのインセンティブというのがあるんじゃないかというふうに考えております。 例えば、女性の起業家ということで私がふだん接している方たちとお話をしていて思うことは何かというと、本当に子供を保育園に預けるというときに預ける場所がないということだったりとか、それから急に御両親のどちらかが倒れてしまって、じゃ老人ホームを探そうというふうにいったときにすぐに見付からないとか、こういうことですごく苦労されているというようなお話なんかもたくさん聞いています。なので、あえてこうやって自分で自ら、雇われるということではなくて、自分が自分で仕事をつくっていこうというふうに思っている方へのインセンティブとして、例えばこういうような女性の人たちが働きやすい環境をつくるということで、女性の自営業者、特にコミュニティービジネスにかかわるような方たちにこういうチャンスをもっと増やすとかというような、そんなことができるんじゃないかなというふうに思いました。 それから、あとは、地域に持ち寄れる行政スタッフというふうに書いたんですけど、これは何かというと、私も商工会議所とか自治体の方ともお付き合いさせていただくことが多いんですけれども、窓口つくりました、専門家派遣しますということで、立派なチラシと窓口は、看板はたくさんあるんですけれども、そこで待っている人が多いんですよね。うちは何が違うかというと、やっぱりそこに自分たちが自ら入っていくことだというふうに思うんです。 やっぱり、待ちのビジネスというか、待ちの事業から攻めの事業にどうやって変えていくかというのは、これはこれから大きな課題でもありますし、地域活性化というところに対しては、こういう地域に自分の汗と知恵を持ち寄れる行政スタッフをどうやって育てていくかというのは大事ではないかというふうに思います。それが、逆に言うと、女性起業家の方たちが今まで地域で人を育ててきているというノウハウも、もしかしたら生かせるチャンスもあるのではないかというふうに私自身考えております。 そして、市民の側からできることということで書いたんですけれども、市民もこれまでのようにお金下さい下さいということで、助成金とかに頼っていたNPOということではなくて、自分たちで自立して自分たちで稼いでいくということがやはり問われていくというふうに思います。現在、コミュニティ活動基本法というのができるのではないかという話を私も聞いたんですけれども、まさに市民が主体で動いていくということが問われるということは、市民も、頼ってはいけない、自分でやっていかなければいけないということが問われていると思います。 ただ、何にもできないかというとそうではなくて、私は今までの自分の経験からいうと、先ほどの毛糸ではないですけれども、本当に一回新聞記事とかテレビに出ただけで四百件とか五百件の方たちが、皆さんが毛糸を提供してくれるということで物すごい量が集まります。なので、参加しやすいとか、こういうことだったら自分が協力できるという具体的なメニューをたくさん作れば、持ち寄れる市民というのはまだまだたくさんいらっしゃるというふうに私は確信しております。なので、そういう形で、お金以外でもいろんなものが持ち寄れる仕組みというのをどうやって生かすかというところが私は一つ鍵ではないかというふうに思っております。 それからあと、先ほどちょっとインドネシアのお話ししましたけれども、ベテランの女性の社会起業家の活用というふうに書いたんですが、現在、私たち二十二年活動していて、四十代に始まった方たちが今息子さん、娘さんの世代に今の事業をちょうどバトンタッチする時期に移っています。でも、お母さんとしてはやっぱり気になるので、息子、娘のことをずっと見ているんですね。でも、ずっと見ていて口出しをしているとなかなか息子さん、娘さんが育たないということで、私の今の役割はこういうベテランの起業家の人たちをやっぱりもっと地域のほかのビジネスとか、ほかの人育てであったりとか、あるいはアジアの人材活用だったりとか、そういうことに生かしていかなければいけないということを考えています。 実際に、例えば茨城県の陶芸屋さんをやっている方がいらっしゃるんですけれども、この方は地域に目が向いて、近くの農家の果物を集めたカフェをこれから立ち上げるという計画を二十年にして始める方もいらっしゃいます。それからあと、北海道のアイスクリーム屋さんの方は、十年以上ビジネスやっているんですけれども、もう息子さん、娘さんが全部担ってくださるようになって、自分のお庭をきれいにして、そこで障害者の方たちの雇用を生んでいこうというような、そういう次の展開というのを考え始めています。こういうところをもっともっとベテランの女性の社会起業家の人たちを活用して、次々地域の問題解決という場に生かせていけたらいいかなというふうに私考えております。 ちょっと時間が押してしまいました。申し訳ありません。 一例しか御紹介できなかったんですけれども、女性起業家とともに創意工夫でこの価値観の変化とか発想の変化に今こそ気が付かなければいけなくて、そういう可能性を女性起業家は秘めているのではないかということで、このお話を締めさせていただきたいというふうに思います。 御清聴ありがとうございました。
○会長(直嶋正行君) どうもありがとうございました。 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。 これより参考人に対する質疑を行います。 本日の質疑は、あらかじめ質疑者を定めずに行います。 質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようお願いをいたします。 一回の質疑時間は、答弁及び追加質問を含め最大十分としておりますので、よろしくお願いをいたします。 なお、質疑者には、その都度答弁者を明示をしていただくよう御協力をお願いをいたします。 それでは、質疑のある方は挙手を願います。 藤谷光信君。
○藤谷光信君 民主党の藤谷でございます。 三人の参考人の先生方にお尋ねしますが、今日はお三人の皆さん方、本当にありがとうございました。 近藤参考人の方からは、いろいろとアイデアを生かして地域の発展のためにやっておられますし、また新参考人には、分析を含めて非常に内容の濃い、もっともっと、ちょっとお話もっと聞きたかったぐらいのところではあったんでございますが、大変ありがとうございました。それから、奥谷参考人の方には、いろんな、どういいますか、アイデアというかアイデアプラス実践ということで、感銘を受けて聞いておりました。 実は、私は今参議院議員ですけれども、その前に市会議員も経験しておりますし、それから県会議員も経験しておりますので、地域活性ということでは非常に関心が高いと自分では思っております。 以前、昔の、大分前のころの時代の話ですけれども、地域の活性の三種の神器は、飛行場とそれから大学と放送局がある地区が発展するんだということがありまして、私は山口の岩国なんでございますが、岩国につい先日、錦帯橋空港というのが開港しまして、羽田へ向けて四便出ておりますが、これが地域の起爆になるかなと思ったりしておりますけれども、まあ大学は全国あちこち皆ありますが、放送局というのはどうしても中都市以上でないとなかなかないわけでございますが。 具体的にいろんなことを聞きたいんでございますが、時間がありませんので、今言いましたように地域の活性のためにはこれだというキーワードのような、あるいはこれがということがありましたら、一つでも二つでも結構でございますので、お三人の先生方から一言ずつちょっとお尋ねしたいと思っております。 どうぞよろしくお願いいたします。
○会長(直嶋正行君) それでは、近藤参考人、お願いします。
○参考人(近藤やよい君) 座ったままでよろしいでしょうか。
○会長(直嶋正行君) どうぞ、座ったままで結構です。
○参考人(近藤やよい君) 先ほども申し上げたように、一定程度の人口が集まってくるについては基本的な社会基盤整備というのが大前提にはなると思いますけれども、そうはいっても、こういった御時世ですから一定程度までそれが進むと更にというのは難しくなってくるわけですが、そうした基本的な社会基盤の上に次は何かと言われれば、私は子供の教育だというふうに考えております。 東京都では、今若者の就労支援が非常に大きな課題となってきておりますけれども、都立高校を中退するお子さん、年間に数千人都内でもいらっしゃるわけですけれども、中退されるお子さんのほぼその学力を調べてみると小学校三年生、四年生ぐらいの学力である。つまり、時計が読めない、それと掛け算ができないですとか、そういった個々の問題もありますし、これから若者が更に少なくなっていく中でも若者が支えてくれなければ社会が崩壊していくわけですから、その基本となるのは何かといえば、生まれたときからそれぞれの時代に合った的確な教育に尽きるのかなというふうに私自身は考えております。
○参考人(新雅史君) 私も、今回のテーマが次世代ということですけれども、次世代の育成の仕組みというのをどういうふうにつくっていくかというのが非常に重要だなというふうに私自身は考えているんですね。昔、社会学では家というふうに言いますが、世代を超えた事業の継承の仕組みというのは幾つもあったんですけれども、今やっぱりそういうのが株式会社ぐらいしかないんですよね、仕組みが。 やっぱりそういった、私たちが工夫して今ある仕事とかを次の世代に引き継いでいくような仕組みというのをどうやってつくっていけるかというのがすごく重要で、特に商店街とかに関して言うと、今日はちょっと時間もなくて余りお話しできませんでしたが、商店街の組織の中に次世代育成の仕組みというのをどうやって入れ込んでいくかという、例えばチャレンジショップとか幾つかの試みありますけれども、そういった形でいかにその地域がうまく、サステーナブルというんですかね、続いていくような仕組みをつくっていけるかというのが非常に重要だなというふうに思っています。
○参考人(奥谷京子君) 私は、ちょっと大ざっぱな言い方かもしれないですけれども、面白がる方をどれだけ人として確保できるかというところかなというふうに思っています。 やはり今まで私も大学とかでも教えたりとか地方に入ったりとかということもしていますけれども、真面目にこつこつやっていて、駄目だ駄目だと言われている子たちが非常に実は多いなというのを私も感じていまして、小さな成功でも積み重ねていくという、その体験というのが薄いなというのもすごく、次世代ということも含めて考えていくと、とても感じています。 あと、昔みたいにやっぱり親方のような、何でしょう、何でもやらせてあげる、チャレンジさせてあげるという懐の深い人たちというのも確かに今少なくなっているなというのもあると思うんですけれども、そういう本当にチャレンジができる場というのがどれだけあるかというのが私はすごく大事なことかなというふうに思っています。失敗しようが成功しようが、それがきっと彼らの糧になっていくというふうに感じています。
○藤谷光信君 ありがとうございました。
○会長(直嶋正行君) それでは、渡辺猛之君。
○渡辺猛之君 自由民主党の渡辺猛之でございます。 三人の参考人の先生方には、大変示唆に富んだ貴重なお話を聞かせていただきましてありがとうございました。 時間が限られておりますので、それぞれの先生方に質問させていただきたいと思っているんですが、まず新参考人にお尋ねをしたいと思うんですけれども。 先生のお話の中でも少し触れられておりましたけれども、地域の商店街の衰退ということを考えると、やっぱり二〇〇〇年のまちづくり三法、もうあれから本当に急激に地域の商店街は元気を失っていったと恨み節のような声が非常に聞こえてくるわけでありますけれども、この二〇〇〇年のいわゆるまちづくり三法について先生のまずお考えをお聞かせいただければということを思っております。
○参考人(新雅史君) まちづくり三法がどのような影響をもたらしたかというのは、地域によって大きな違いもあるのでなかなか一口には言いにくい部分もあるとは思うんですけれども、一つは、それは今回のプレゼンテーションのところでも少しお話しさせていただきましたが、まちづくりといったときに、例えばゾーニングとかだったりとか様々な規制を掛けるというふうなことで、まちづくりとかだったりとか、あるいは市街地活性化みたいなことというのは随分これまで行われてきましたけれども、それがうまく商店街の組織とかを強くするというふうなところとやっぱりつながらなかったというところが相当大きな問題だったのかなと。 具体的に言うと、例えば法律とかでいうと、商店街の組織をつくる、強くする法律というのはまた別個にあるわけですね、商店街振興組合に関する法律とかというのが。それが、まちづくりとかだったりとかゾーニングの話ともう全然分けてやられるので、私としては、まちづくり三法どうだったとか、あるいはその前から含めて様々な議論あると思うんですけれども、一つのやっぱり問題点は、そこの部分の、空間の管理と事業者の育成の部分をどうやってつなげていくかというふうなところの、そこの立法の工夫みたいなところをもう少し考えていく必要があるのかなというふうなことはちょっと思います。
○渡辺猛之君 ありがとうございました。 もう一点、新先生にお尋ねをしたいんですけれども、中小都市の商店街に行きますと、もう基本的に職住一致というか、表は自分のところの小売店舗だけれども、その裏にはもう実際家族が生活をしていると、ほとんどがそういう商店街なんですよね。今、商店街の空き店舗がどんどん増えている中で、確かにもうそこに住宅としても人が住んでいない空き店舗と、お店は閉めちゃったけれども住宅としてはまだ裏に住んでいて普通によそに勤めに行っているというようなところがある。 基本的に、やっぱり商店街の活性化をしていこうと思うと、それぞれの店舗を選んでいくにしても、例えば後継者じゃない第三者の方にお店を継いでいこうとしても、結局、お店は継ぐんだけれども裏では家族が普通に生活をしているということを考えると、基本的にその商店街自体を大幅にまさに店舗として建て替えをしなければいけないというようなことも想定されてくると思うんですが、その点、先生どうお考えになられるか、ちょっとお知恵があれば。
○参考人(新雅史君) なかなかそれも、住居と店舗が共同であるというのは、強みとしては、やっぱり商店街に住む人がいないと、管理の部分とかで、例えば古い商店街とかだと非常に火事とかだったりとか災害の問題とかの発生のこととかもあって、住んでいないところだと管理人を置けなくて、私、地元北九州ですけど、何回か火事が起きていたりとかというふうなこともあるので、そういう弱み、弱みというか、住んでいないことの弱み。強みとしては、災害とかだったりとか管理とかの部分で非常に強いというふうな部分。 けど、弱いところとすると、先生が先ほど言われていたような第三者がなかなか入りにくいというふうな部分もあると思うんですけれども、これも工夫次第かなというふうにはちょっと半分思っていて、店舗と住居の部分が完全に混然一体化しているところというのは逆に少ないような感じがするんですね。 ですので、あともう一つは、商店街の組織自体がしっかりしているところだと、完全に全部住んでいるというところは逆に非常に少ないような感じがするんですね。どこかには空いているスペースがあると。その空いているスペースをどういうふうに活用できるかというのは、商店街の組織としてしっかりそこの商店街の空間自体をちゃんと管理できているかどうかというふうなところによると思うんです。それは、ここ最近でいうと、例えばTMOとかだったりとかあるいはまちづくり会社とかがそこの地域全体を管理するというふうなことで様々な取組というのは行われていると思いますけれども、そういった形でやっぱり地域をどれぐらいしっかりと、商店街、その個々の店が管理しているんじゃなくて地域全体で管理できているかどうかというのが多分キーになってくると思うんです。
○渡辺猛之君 ありがとうございました。 時間も限られておりますので、近藤参考人に一点だけ御質問をさせていただきたいと思いますが、私もここずっと長いこと地方議会を経験して参議院に来させていただきましたけれども、その経験から見て、やはり地方というのは自治体のトップが替わると非常に職員の人も大きく変わっていくと。 先ほど区長さんのお話の中で職員の意識改革ということがございましたけれども、区長さん御自身が職員の意識改革に対して御自身として一番気を遣っておられるところというものがありましたら、御紹介いただけたらと思います。
○参考人(近藤やよい君) 何を目指していくかという方向性をきちっと末端の職員まで理解できるように、分かりやすく、あらゆる機会をとらえて発信していくということだろうと思います。つまり、区の向かっている方向も分からず、一番何を優先課題としてトップが考え施策又は予算化をしているかということを、その事業を遂行する末端の職員が理解しないままでは組織としての総合力を発揮できないと考えておりますので、そういった意味で、様々な機会をとらえて、表に発信するだけでなく、職員とのミーティングも、なるべく管理職ばかりでなく、実際に事業を担っていく入ったばかりの非常に若い職員などもあえてその中に入れながら、何というんでしょうね、考え方を伝えていく努力を常にしていくということを心掛けております。
○渡辺猛之君 ありがとうございました。以上です。
○会長(直嶋正行君) それでは、横山信一君。
○横山信一君 三人の参考人の先生方には、大変にありがとうございました。 お一人ずつ伺ってまいりたいと思います。最初に近藤参考人にお伺いいたします。 私も地方公務員の出身で、また地方議会から参りましたので、区長のおっしゃっていた、このシティプロモーション課というのをつくられて、じゃ実際にそこの職員がどういうことを考えるだろうかということを、自分がもしその場だったらというのを考えながら伺っていたんですけれども。 地方公務員としてはやはり制度の中で何ができるかということをいろいろ考えるのが仕事ですから、そういう中にあって、イメージ戦略を行政課題にしていくというのは非常になかなか取っ付きづらい分野だっただろうと思うんですけれども、参考のために、具体的な何か苦労話とかがありましたら教えていただきたいなということと、また、このプロモーション課を設置するに当たって、先ほどニューヨークのジュリアーニ市長の話がありましたけれども、参考にしたようなところがあったかどうかということもお聞きをしたいと思います。
○参考人(近藤やよい君) まず第一点目でございますけれども、就任が私、十九年の六月でございました。就任した直後に、恥ずかしながら、二つばかり新聞にたたかれるような大きな問題を抱えての船出だったわけですけれども。そのときに、当時まだまだ毎日、学力テストのときに、校長、クラスの中を回っている先生が、間違った解答をしている児童に対して、それは違うよ、正しいのはこっちだというような指さし呼称したとかというような状況もございまして、毎日のようにマスコミの記者会見を開かざるを得ないような状況だったわけですが。 当時、まだ足立区の体質は基本的に後ろ向きと申しますか、いいことは出すけれども、悪いことについては徹底的に、隠していくというわけではありませんけれども、情報を提供するという視点に立っておりませんでした。逆にそのことが、ないことも何か勘ぐられまして、悪い方へ悪い方へと引っ張られるような状況もありました。 まだまだ現在でも多くの自治体がそういった考え方、なるべく臭い物には蓋という考え方だったと思いますけれども、逆にそのときに蓋をしようと思ってもできない。今は内部の告発もございますし、インターネット等で情報が全国津々浦々すぐ出てしまいますので、逆に隠すことの方が自治体が被るリスクが大きいということを職員と一緒に共有できたということが大きかったんだろうと思います。 ただ、そうはいいましても、いいことはやはり区民の皆様方は評価してくださるわけですが、職員のミスですとか悪い情報の発信についてはそれなりに、地域の方始め御批判をいただく中で、職員共々、自治体がその地域の皆さん方に対して裸になる覚悟と申しますか、その覚悟があって初めて区民との信頼関係が得られ、その信頼を前提として協働が進んでいくというふうに今感じておりますので、ようやくそうした考え方が、管理職も含め、特に管理職の頭が固うございましたので、その辺が大分柔らかく、そうした考え方が浸透してきているなというのが今実感でございます。 二つ目のジュリアーニ市長のブロークンウインドーズでございますが、いろいろ聞いてみますと、徹底的な取締り、厳しい取締りで実を上げてきたというのがニューヨークのやり方だと聞いておりますが、逆に足立区では、警察が前面に出る取締りよりも、区民の皆様方に様々な防犯、パトロールですとか花を植えたりする活動、又はお子さんの通学に立っていただいて、交通整理をしていただいたり声掛けをしていただく。自分たちの町を自分たちで変えていく。その変えていった事実が出てくることによって、区民も自信を持ち、自己肯定感に結び付いていくということで、私どもの場合には、警察を主体とした取締りの強化というよりも、いかにこの運動に区民の皆様方を引っ張り出して大勢でかかわっていただけるのかというところを逆に差別化を図って行っているというところでございます。 ありがとうございました。
○横山信一君 ありがとうございました。 続きまして新先生にお伺いいたしますが、地域の商店街が既得権益を守るためにと、それが大店法ができるところにそういう見方をされたというマスコミの話の紹介もありましたけれども、今グローバル化の中で、やはり日本が持っていた商店街を含め、私は地方にいるものですから特に感じるんですけれども、農協であったり漁協であったりという、そういう協同組合の、一人が万人のためにという、そういう非常に、何というか、小さなものたちがお互いに助け合ってきたという、そういったものがどんどん壊されていくというか、それが一方では既得権益を守っているというふうに見られるという、それはその大店法成立時と非常に似ているかなというふうにも感じているんですけれども。 そういう中で、商店街のようなそういうものを今後の社会の中で生かしていく様々な示唆を先ほど教えていただきましたけれども、同じことを繰り返さないためにはどうしたらいいかということについて教えていただければと思います。
○参考人(新雅史君) 幾つかあるかと思うんですけれども、一つは中間集団、先ほど私がお話しした職業集団というのは中間集団と社会学では言うんですが、これは農協にしろ漁協にしろ労働組合にしろ、大体一人一つしか入っていないということが多いんですね。よくそれが、例えばNPOとかの運動からしてみると、そういった在り方自体が、一人一つしか入っていなくて、そこにボスがいて、そこのボスが地方のあらゆることを決めていて、そこに排除される人たちがいてNPOの新しい市民運動が起きたというふうによく対立的に論じられるんですけど、私はそこを対立的に論じるべきではないと思いますし、そういうふうに話をしない方がいいと思っているんですね。商店街の組織に加盟している人がNPOの活動をするというのは十二分に考えられることですし、先ほど奥谷さんがお話しなさっていたようなこととかでも、例えば女性の起業家が商店街でやるということは十二分に考えられるわけです。それを対立的にやるんじゃなくて、一人の人が二つの組織の中に入っている、そこの商店街の地域の活動をやりながら例えばインドネシアのフェアトレードをやるというのも十二分に考えられるわけですね。そういうような複数の組織の中に入って地域を支えるというふうなことがこれから非常に重要になっていくんじゃないかなというふうに私は思っています。 あとは、そういった中間集団の働きということを、それをある程度知っている人たちというのが、今の日本社会のある程度の一定の年齢以上だったらもう皆さん分かっているはずなので、やっぱりそういった人たちがいかにその働きというのをもう一度ポジティブにとらえ直すか。 地域の集団というのは、一回壊れたらもうなかなか取り戻すのは非常に難しいんですね。それが壊れないうちに、どういった働きをしていたのか、なくなったらどういった問題が起きるのかと。これ災害のときにレジリエンスという回復力みたいなことが問題になりましたが、東日本大震災を見ていても、やっぱり地域の集団がない地域というのは非常に回復力が遅いので、そういったことも含めてそういったことを伝えていくというのが非常に重要になっていくと思います。
○横山信一君 じゃ、最後に奥谷先生に手短にお願いしたいと思うんですが、女性によるコミュニティービジネスというのを私非常に期待をしております。共助社会をつくり出す原動力にもなっていくんではないかというふうにも、先ほどのお話の中でも出てまいりましたけれども、この女性によるコミュニティービジネスの拡大というのは今後社会の中にどのような影響を及ぼしていくと考えられますか。
○参考人(奥谷京子君) 非常に難しい課題をいただいたような感じがしますが、つまるところ、多分、男性、女性とかというのは余り関係ないのかもしれないですけれども、ただ、それぞれの方がやはり地域で問題になっていることに目を向けやすいという意味では女性の方が多分リードしていくだろうというふうにすごく感じています。 やっぱり何か動かなくちゃいけない、先ほどの東日本大震災のときもそうですけれども、確かに私たちが仮設住宅で編み物をやっていると、男性の方も見に来られるんですけれども、女のやっているところには行きたくないなとかというふうに言って遠巻きに見ていらっしゃったりとかということがあって、なかなか一緒にやっていくということが難しいんですね。 なので、まずは女性がリードして形を見せていくということが私は大事なのではないかなというふうに感じておりますが、特に性差が違うから、男性だから女性だからこれができるできないとかということではないんではないかというふうには考えております。
○横山信一君 ありがとうございます。
○会長(直嶋正行君) 山田太郎君。
○山田太郎君 みんなの党、山田太郎、本名でございます。よろしくお願いします。 本日は、近藤さん、新さん、奥谷さん、ありがとうございました。 質問は新さんにさせていただきたいと思います。 実は、新さんは、二十年前、学生時代だったころ、同じプロジェクトを数年やっていた経験がありまして、ここで偶然にも会うというのは大変光栄なことだと思っています。 話は、実は先日、私自身が石巻とか女川にいろいろ支援の方で入ってつぶさに現場を見ました。仮設住宅はあるものの、結局、商店街の復活というのができないんですね。商店街の方にはなかなかお金が付きにくかったりします。漁協とかそういうものは結構お金が回っているんですが、その商店街が復活しないために、仮設住宅はあったとしても、例えば床屋さんとか美容院がなくて、結局、人が居着かなくなっちゃって町が壊れていくと、こういう現状を見てきました。 そう考えると、町の復興は、どちらかというと復興というよりももはや過疎の問題というんですかね、それに近いのではないかなというふうに思っています。そういう意味で、商店街の保護とか育成というのは復興においても極めて重要だということは理解しています。 ただ、ちょっと意地悪な質問をさせていただきますと、とはいうものの、ロードサイドそれから大型スーパーができますと、やっぱり商店街というのはそれ以外の地域ではどんどん崩れていっていくと。圧倒的な例えば効率性とかコスト差。消費者のもはや利便性から考えると、確かになかなか商店街を選びにくいという事実もあるのかと思います。 そういった意味で、二点質問なんですけれども、もし守るとしたらば、規制で守るのとそれから給付で守るという論点があったんですが、規制で守るといろいろ地域の自由とか自律をやはり阻害してしまうのではないかと。給付の方がどちらかというと地域の自由度というのが担保されるのではないかと、そういう観点もあると思うんですが、新さんの方はどちらかというと規制の方を少し見直すべきだという御意見がありました。それをもうちょっと深くお伺いしたい。 二点目は、給付であったとしても規制であったとしても、やはりそういう商店街の役割がもしかしたら変わった現状の中で、国や行政がこれ以上そこを守っていく必要性が本当にあるのかどうか。ちょっと厳しい質問かもしれませんが、あるとすればそれはどんなポイントなのかといったところを是非教えていただければなと思っています。
○参考人(新雅史君) なかなかちょっと難しい質問で、うまく答えられるかちょっと不安ですけれども、自由と規制の問題ですが、規制をすると自由が失われるのではないかというふうなことですよね。 確かに、その側面が全くないというふうには言えないと思いますけれども、以前のやっぱり規制と私がちょっと提言させていただいた規制の大きな違いというのが何かというと、今までの規制というのは完全に個人に与える規制だったんですよね。あるいは家族に与える規制で、言い方を変えると属性主義と言ってもいいかもしれません。この人には規制あげるけど、それ以外の人たちにはもう規制とか免許というのが全く関係のないものというふうな形で、部外者にはもうそこに全く入れないというふうなものなわけですよね。 だけど、これからの規制で非常に重要になっていくのは何かというと、個に規制を与えるのではなくて、あくまで共同体、共同という言葉を使うとちょっとイデオロギー的な響きがあるかもしれませんけれども、組織と言ってもいいかもしれません、まちづくり会社でもいいんですけれども、そういった、ある程度集合したところに免許なり規制の主体というのを与えて、そこの中で流動性というのを担保させていくと。例えば、TMOの中で例えば個人で事業を行うといったときに、若い人たちとかがそこに関しては自由に入っていけるというふうな形ですね。そういうふうなことを私は考えています。 それで、山田議員が言われていたことで、大規模の商業施設の話ありましたけれども、今地方で問題になっているのは、大規模商業施設が撤退している地域というのが非常に問題になっていますね。 大規模商業施設が撤退するのと商店街が衰退するのは全然ダメージが違うんですね。大規模商業施設が撤退すると、まず間違いなくその跡地には何も入りません。で、突然買物難民になります。商店街の場合には、ある程度衰退しても元に戻せるまだ時間的な余裕があるんですね。そこの部分というのをどう考えるかというのは非常に重要な点になるかなというふうに思います。 今お話ししたところがちょうど二番目の話とつながっていくんですけれども、商店街というのはそもそも今必要なのかと。商店街を守る意義というのがどこにあるのかというふうなことなんですが、実は、私が考えている商店街というのは、かなり生活必需品を扱っている商店街というふうなことを結構想定しているんですね。 生活必需品というのは、これは単に欲求で考えることが非常に難しいところだと思うんです。よく福祉の分野ではニーズとかというふうな言葉ありますよね。ニーズというのは、要するにこれ、病院というのはなぜ市場サービスで行われずに社会保険の中で行われるかというと、市場競争をやってしまうと、価格でサービスの差が出てきてしまったりとか地域で差が出てくるので、全国でちゃんと統一してサービスを提供しているわけですよね。同じようなことというのは、実は生活必需品にもある程度は当てはまるかなというふうに思っているんですね。 ですので、商店街が必要じゃないんじゃないかというふうな意見に対しては、私は、半分は、実は商店街があるかないかというのは病院があるかないかと半分似たような問題だと思っているんですね。病院がない方が、なくてもいいよねというふうな議論はほぼ成立しないと思うんです。それは、憲法の二十五条の生存権というのをある程度肯定するんだったらその議論は成り立たないと思うんですね。同じように、生活必需品が入らないというのは、これ生存権に問題が出てくるんじゃないかと。実際に今の地域はそういった問題があるというふうなことでよろしいでしょうか。
○山田太郎君 ありがとうございます。 じゃ、二点目、これは近藤さんに御質問したいと思います。 実は私も大田区に住んでおりまして、大田区民として足立をそういうふうには見ていなかったんで、どちらかというと私は足立は下町っぽいいい町だなというイメージを実は持っております。 ただ、質問は何をしたいかといいますと、例えば私の住んでいる大田区ですと、大田区だけで物を今や考えていても成り立たないのかなと。どういうことを言いたいかといいますと、例えば大田区ですと、蒲田と大森というのが中心街になるんですが、残念ながら、住民はほとんど東横線で渋谷に抜けていったりとか、違うルートを通って生活圏をつくっている。大田区の住民は、もしかしたら大森、蒲田を通過しないという実態にあるかと思っています。 そこで御質問したいのは、もうちょっと広域というんですかね、区だけではなくて、例えば城北とか城南とか城東とか城西というような形で区長さんたちが例えば集まって、その枠組みの中で生活圏というんですか、ある程度閉じたというか有効な生活圏の大きさというのはあると思っておりまして、それがいわゆる区として物を考えていくサイズが妥当なのかどうかということをちょっと私は疑問を持っておりまして、そんなところで、もし区長さんの切実な、行政をやっていらっしゃると思いますので、御意見をちょっといただければなと。広域で近くの区と区長さんが話をすることによって地域の活性化を図るという試みについて、何か御意見があれば。
○参考人(近藤やよい君) ありがとうございます。 二十三区は、確かに昨日も区長会主催で就労支援研究会というシンポジウムを行いました。ですから、様々な、東京都独自の問題もありますし、共通の課題を二十三区で協力しながら解決していこう、突破していこうという考えももちろんありますが、一方で、自治体間競争という問題もあるわけです。より魅力的に、より区民の方に選んでいただくための施策という点もございますので、一方で様々に協力しつつ、また一方で、やはり大田区よりも足立区に来ていただきたいなという思いも思いながら自治体運営をしているわけですけれども。 おっしゃるとおり、沿線自治体、これは東京都二十三区に限らず、埼玉県ですとか千葉県等の沿線自治体の中でも同じ、例えば千代田線沿線ですとかつくばエクスプレス沿線等でアートを切り口にしたイベントで沿線の活性化を図っていくというようなことも取り組んでおりますし、様々な切り口、それがただ単に生活圏というだけではございませんけれども、ある意味、もう先ほども申し上げたシティプロモーションという観点では、一方でお互いしのぎを削りながら、また一方では協調しながら総合的な、何というんでしょうね、規模の経済的な効果を狙うような事業展開もしている。ですから、物によりけりということになってくるかと思います。
○山田太郎君 ありがとうございました。
○会長(直嶋正行君) それじゃ、田村智子君。
○田村智子君 日本共産党の田村智子です。どうもありがとうございます。 まず、奥谷参考人にお聞きをいたします。 今、女性の社会的地位向上に本当に大きく寄与されている皆さんの女性起業家の応援の活動を大変感銘を受けてお話をお聞きしました。紹介された事業は、利益追求型というよりは自らの生きがいとかまさに地域への貢献という、そういう起業理念や目的がしっかり根付いたものだなというふうに思えたんですね。これは新しい事業の在り方として非常に注目をしたいんですけれども、同時に現実の日本社会では相当に、先ほどの規制緩和の話もありましたけど、まさに生存競争のような、やっぱり企業の競争社会がいまだそのままなわけですね。 そういう中で、今その利益追求型とはちょっと違う、利益は全くないとは言いませんけれども、そういう事業を継続させ発展させ、場合によっては拡大するということのためにはどんな課題があるのか、問題意識をお聞きしたいと思います。
○参考人(奥谷京子君) ありがとうございます。難しい質問を投げかけていただきまして、ありがとうございます。 確かに、私たちが活動しているものは、社会起業とかコミュニティービジネスという言葉が生まれる前から、生活密着型とかという言い方であったりとか、そういう言い方をして私たちもずっと応援をしてきたんですけれども、ある意味成功の定義、何というんですか、イメージというのが違うかもしれません。もしかしたら、逆に言うと女性の場合というのは本当にワーク・ライフ・バランスというのがありますので、やはり働き過ぎても家族に迷惑が掛かるとか、介護の問題を抱えているとか、そういうことなんかもあるので、何がそれぞれの人にとって成功なんですかというところをまず一番初めにはっきりさせるというのが私たちいつもお話をするときにしていることです。やっぱりたくさん稼ぎたいよという方はその稼ぎ方に関して一緒に知恵を出しますし、それから、やはりそんなにたくさんは稼がなくてもやはり生きがい追求型でいきたいという方は無理せずでもやれるような形でということで、それを自分で選択するやっぱり働き方というのがこれからすごく大事なのではないかなというふうに思います。 ただ、それで一つ、先ほどの震災の話でニットプロジェクトの話を言いますと、やはり一、二年ここで活動している限りでは、今も注目していただいていますし応援されていますけれども、今、阪神・淡路大震災のときにずっとそういう手芸の活動をされている方とたまたまこの間お目にかかったんですが、やはりそういう話題にしてもらえるのは大体五年ぐらいだというふうに言われたんですね。なので、そういうことでいうと、その後じゃどうやって次なる展開にしていくのかとか、そこは今の私たちの宮古を始めニットのお母さんたちの課題だねというふうにお話をしているんですけれども。 なので、これはちょっとフェアトレードとも非常に似ているかもしれないですけど、例えば大変そうだから助けてあげようとか、そういうことで買うのではなくて、やはりその商品自体をどうやってクオリティーを上げていくかというところがまさに本当に大事なところでありまして、私たちの場合は幸いにそういうニットデザイナーの卒業生がいたりとか、実際プロで活躍している人たちの協力なんかも生かしながら、ここの部分はもっとこうしたらいいんじゃないかとか、色の組合せはこうしたらいいんじゃないかというアドバイスをいただきながら、やはり売れる商品をどうやって作っていくか。それを安くたくさん買ってくださいではなく、いい物を高く売るというのをどうしていくかという、今その付加価値をどうやって付けていくかというのをまさにやっているところです。 なので、それぞれ多分ケースは違うと思うんですけれども、一例を挙げればそういうことを今考えております。
○田村智子君 ありがとうございました。 新参考人に次にお聞きしたいんですけど、やはり住んでいるからこそ地域活性化と一体不可分なんだというのが自営業者や地元中小事業者の役割だと思うんですね。そこが先ほどお話のあった、もうからないから撤退するという大手のやり方とはまさに対極にあるんだろうなというふうに感じています。 この調査会、地域活性化という調査会なので、だからこそ、そういう目で商店街やあるいは町工場も見ていかなければいけないと思っていて、先ほど、商店街は、チャレンジショップを含めて、もう自分の代で終わりだ、次世代につなげないという商店街を救う手だてや、タイムラグというんですか、そういうのはあるのかなと感じているんですけど、より深刻なのは、町工場など、物づくりでそこに住み、働いているという中小の事業者や自営業の方だと私は感じていまして、物づくりにかかわるような産業で、同じようにやはり地域の活性化と一体にということでの、何というんですか、方策というか課題というか、御意見がありましたら是非お聞きしたいと思うんですが。
○参考人(新雅史君) 私の専門外のところなのでうまく答えられるかちょっと分かりませんが、基本的に商店街の議論とそれほど変わらないのかなというふうには半分思っています。 一つは何かというと、商店街で私のプレゼンテーションで主張させてもらったことというのの半分は、これまでの商店街というのは行政の保護とか行政の免許というのにやっぱり甘えてきて、商店街の本当に組織の中で、ちゃんとしっかりした横のつながりというのが多分欠如してきた、あと、それを次世代につないでいくということを真剣に考えてこなかったツケというのが今来ているというふうなことだと思っているんですね。同じことというのは、恐らく製造業分野以外、製造業だけじゃなくてほかの多分産業のところにも恐らく当てはまるんだろうなというふうに思うんです。 一つは何かというと、同じ立場同士の中で、どれぐらいちゃんと協力して、その地域の中で根差して活動するかということをどれぐらい真剣に考えてきたかということと、あともう一つ、次世代の、自分の子息以外のところでどうやって外部の人たちを積極的に入れていくかという仕組みをつくってきたかというふうなことが非常に重要になってくるのかなというふうに思います。 ただ、だけど、それは、僕が言っているのは、決してそれを事業主の責任に帰したいわけではなくて、例えば今の教育システムというのは、自営業に関する知識なんというのは一切教えないんですよ。例えば、年収三百万の自営業と雇用の三百万って全然違うんですよね、経費などがあるので。だけど、若い人たちは全然そういうのを知らないんです。町工場の収入とかを聞くと、その収入じゃ御飯食べていけないというふうにすぐ思っちゃうんですけど、そうじゃないんですよね、本当は。立派に大学とか行かせているわけですよ、子供たちを。 そういうような姿をどうやって町工場以外の人たちに伝えていくかということがすごく重要になってくると思うんです。それをやっぱり教育の場とか様々な場で教えていくということをどうやって仕組みとして入れていくか。大学では就職活動講座というのはあるんですけど、自営業の講座というのはないんですよ。おかしいですよね、考えてみたら。割合的に言うとすごく大きいのにというふうにはすごく思っています。 以上です。
○田村智子君 あと一分ありますので、済みません。 先ほど新参考人のおっしゃられた商店街の問題と生存権を重ねた御意見というのは大変感銘を受けました。その一言を付け加えたいと思います。 近藤参考人に最後、一問お聞きしたいと思います。 先ほど、私も綾瀬の駅を使っている一員で、足立区のお隣に住んでおりますので、非常に足立区のことはよく分かりますし、マイナスイメージとしていろんな宣伝があるというのも我が事として胸を痛めてまいりました。 先ほども御紹介あったそのマイナスイメージの中に、生活保護や就学援助の受給者が多いと。これは、政策的に都営住宅や初期の公団団地が足立区やその周辺の区にたくさん造られたということと一体不可分だというふうに思っているんですね。そうであるならば、やはり生活保護や就学援助を受けている方、そういう方々も排除するのでなく包摂をして、そういう方々も含めて足立区に誇りを持てるというふうな政策が求められているんじゃないかというふうに思っているんですけれども、その観点から一言、問題意識がありましたら。
○参考人(近藤やよい君) おっしゃるとおりだと考えております。
○会長(直嶋正行君) ありがとうございました。 それでは、ほかにございますか。 相原久美子君。
○相原久美子君 民主党の相原でございます。 十分の時間をいただきましたので、新参考人にお伺いしたいと思います。 商店街という部分についてお話をいただきました。私は比例なものですから、全国を歩いていまして、本当に商店街が寂れてきていると町全体がもう活気がなくなってきているなとすごくやはり憂慮していまして、これでは地方からどんどん人が出ていくのは間違いないなと。 そんな思いから、それともう一つ非常に思っていますのが、温泉街と言われる街が今なくなってきたなと実は思っているんです。日本の特徴である温泉、ここを、昔は温泉街でした、本当に温泉に行って、そしてまた皆さんがそぞろ歩いて、そしてまた宿に戻ると。でも、今は一つのホテルなり旅館でもう完結しちゃう。 そのときに、この先生の本の中に生活と商業の乖離というのをちょっと見たんですけれども、私、商店街もそうですし、温泉街等々についてもやはり生活と商業がもう乖離してきた、それがやはり日本の町、これを崩壊させてきているのではないかなと一部は思っているので、そこの手だてとして何かお考えがあればお伺いしたいと思いますが。
○参考人(新雅史君) もう先生のおっしゃる点は私も最近すごく気になっていて、ちょっと本の中ではその論点を余り深めることはできなかったんですけど、最近そのことばかり考えています。 今、被災地に行って、私、仮設団地の中のコミュニティー育成みたいなことをずっとやっているんですが、一つ被災地の中で非常に私が限界として感じているのは、これは決して悪いことではないんですけど、仮設住宅ができて、非常に寒い地域なので、例えば追いだき機能を付けるというふうなこととかだったりとか、倉庫を設置するというふうなことを立法措置としてやられましたけれども、全然外に出ていかなくなってしまったんですね、追いだき機能とか非常に便利になったがゆえにですね。家の中に閉じてしまって、それで例えば買物しに行くといったときに、シェルター化された住宅からシェルターのような車に乗って、それでショッピングモールに行くんです。そこの間の空間というのは何にもないんですけど、車に乗っているものなので、そこの何にもない空間を苦しいというふうに感じるきっかけみたいなのがないんですよね。 これは、被災地が一番典型的なんですけど、恐らく地方都市どこでもそうだと思います。住宅がどんどんどんどん便利になっていく。商業の施設がどんどんどんどん便利になっていく。間の空間というのは車で通るだけなんです。 僕は、通りというのは元々交通の、例えば車を走らせる場所だけではなかったと思うんですね。そこでは例えばお祭りをやったりとか、例えば出会いの空間とかだったりとか、そこの道で歩いていて例えば同級生に会ったりとか、そういうような出会いの場でもあったはずなのに、通りというのが本当に車が通るだけになってしまったと。それで、シェルター化された場所からまたシェルター化された場所、それで生活というのがもう本当に住宅の中で閉じちゃっていて、商店街というのがもう本当に商売をやるだけというふうになっているんですね。 ですので、一個は、商店街の強みというのは、やっぱり生活の部分というのを半分持っているというのが商店街の逆に強みだと僕は思っているので、先ほどのちょっと質問の中にもありましたけれども、例えば住居と商業を一緒にしている地域ではそういった生活が半分入っているよというのを積極的に打ち出していったらいいと思うんですね。 私の知っている事例でいうと、例えば町家みたいなところで、生活空間が見えるようなところでは、例えばびょうぶみたいなのを立ててわざとそこの空間が見えるようにしていると。それを売りにしていたりとかするんですね。あと、例えば昔の商家なんというのは、店の奥の方に中庭みたいなのがあって、そこで子供たちが遊んでいたみたいなことがあったんですけど、それを積極的に打ち出していくとか、要するに子供たちが遊べる空間というのが商店街の中にあるんだよと。そうすることによって、買物をやらなくても商店街にいてもいいんだというふうなことを地域の住民たちに知ってもらうと。そうすれば、何かあったら商店街に行けるというようになると思うんですね。それが僕の考える生活と商業の一体化というんですか、交ぜていくというふうなことで考えているところです。
○相原久美子君 ありがとうございます。 それでは、もう一点、奥谷先生にお伺いしたいのですが、今、新先生からお話があったように、私も本当に、ある種、生活とやはり商業というものが一体になっていくことによってまちづくりというのがつくられていくと、これが大都市は別としても地方都市にとっては非常に有効であると思うんです。 その点からいくと、女性の今回のいろいろな起業の実例を見させていただきましたけれども、まさに、何でしょう、大きな企業で雇われて、一定のところに通勤して、そしてまた帰ってきてということと違う、やっぱり商業圏域というんでしょうかね、それから雇用関係もつくるのかなと思っているのですけれども、そこでちょっと少しそういう姿勢がありましたらお知らせいただきたいと思います。
○参考人(奥谷京子君) ありがとうございます。 ほとんど生活密着型といいますか、家と一緒という方も結構、中にはいらっしゃいます。 例えばですけれども、京都で町家を使って小物を作っている女性の方がいるんですけど、この方は、着物を着なくなった文化というのを何とか京都らしさを出して売っていこうということも含めて今やっている方が一人いらっしゃるんですけれども、彼女は全てデザインも自分でやっているんですけど、作るのを、子育てをやっていらっしゃる方とか介護をしながらおうちで面倒見ていらっしゃる方とか、そういう方たちにかなり分業をしてやっています。初めにかなり教えるということを徹底的にやっていただいて、今では京都でお店を出しているんですけれども、愛媛県に旦那さんの関係で仕事で引っ越したとか、そういう方とかでもちゃんとできるように体制をつくって、やはり家をベースとしてその商品をみんなでせえので作るとかということだったりとか、こういうやり方というのが結構やはりありますね。 私のこの、またちょっと被災地の話になっちゃうんですけど、ニットのプロジェクトもそうなんですけれども、一人だけで作るというともう数も含めて限界なんですけれども、六十人いれば相当の量がやはり作れるんです。今回もある大手の化粧品メーカーの方からちょっと作ってほしいという依頼があって、二か月もたたない、一か月ぐらいで何百個という形で作ったんですけれども、やはりそういうことが、家をベースとしてもみんなが協力すれば一斉にできるという、そしてまた、それをやっている姿を息子さん、娘さんが見たり、家族の方が見て応援したりとかということができるという、こういう形でやっている方というのも被災地でも起きているという、そういう現状があります。
○相原久美子君 ありがとうございました。終わります。
○会長(直嶋正行君) ほかにございますか。 柴田巧君。
○柴田巧君 みんなの党の柴田巧です。 今日はどうも参考人の皆様にはありがとうございます。 まず近藤参考人にお聞きをしたいと思いますけれども、人間関係が希薄化して、非常にこのきずなをいかに取り戻すかというのがそれぞれの地域の大きな課題になっていると思います。 そういう中で、先ほどからもお話がありましたように、治安の問題に取り組んでおられて、ワーストワンを、刑法犯の認知件数が少なくなったという成果を既に上げておられるわけですが、こういうものはやっぱり油断をしてしまうとまた元に戻ることにもなりかねないわけで、これまでのこの成果といいますか実績を基に今後どういう更に取組をしていくおつもりなのか、特にどこに力点を置いていかれるのか。 やはり、その周知、教育、啓発とか、区を挙げた取組が必要だろうと思いますし、足立区さんの場合はどれぐらいの在住の外国人の方がいらっしゃるのか分かりませんが、いろんな慣習や法律の違いによって、日本では犯罪なんですがあちらでは犯罪じゃないというケースもあると思いますので、そういった方々を含め、今後更に区を挙げてどういうところに特に力点を置いてこの治安対策を進めていきたいとお考えか、まずお聞きをしたいと思います。
○参考人(近藤やよい君) 先ほども申し上げましたけれども、まず基本は、区民の方に一人でも、大勢こうしたムーブメントに参加をしていただけるような促し、機会を様々な場面でつくっていくということだと思います。 特に、大変頼もしいのは、中学生、高校生、大学生等が自分たちで町を変えていくという非常に前向きな気持ちでかかわってくれていることもございますので、この辺をてこにしてボランティア活動につなげていく、そして、自分たちが自分たちの町を良くしたという、先ほども申し上げましたが、自信を持って子供たちの一つの教育の場面としてもそれを提供していけるような機会をこれからも多くつくっていきたいということだと思います。 それが基本ですけれども、東京都、警視庁等がやはり犯罪の抑止に一番効果があると今力を入れているのは防犯カメラの設置でございます。 私が都議会時代は、商店街に設置をするに当たっても大分地域の方、商店街の方も抵抗がありました。プライバシーの問題等で一つの商店街に付けていくことも困難だったんですけれども、本当に隔世の感があるなというふうに感じますのは、今は年間に何度も何度も補正予算を組まなければならないほど地域の方が、町会又は商店街又は個人、それぞれ非常に強い関心を持って、こうした補助金を使ってカメラをというようなこともございます。 ここのところ犯人の検挙に非常につながっているというような報道もあることも後ろ盾になっているかと思いますけれども、具体的には、やはりカメラを主要な箇所にきちっと設置をしていくということも一つの抑止効果につながってくるかと思います。 また、外国人のお話でございますけれども、私どもも国籍百二十を超える国の方が区内に在住ということもございますので、多文化共生というのも一つのポイントになっております。特に問題となるのはごみ出しの問題等でございますので、町会、自治会の中で訪問していただいて理解を深めていったり、又は年間数回の、そうした外国人の方に主体となるような、主役になれるようなイベントを開催したり、若しくはボランティアの方に通訳をお願いして区の様々な決まり事について理解をしていただくというようなきめの細かい対応を進めております。 ありがとうございました。
○柴田巧君 ありがとうございました。 続いて、もう一つ近藤参考人にお聞きをしたいのですが、今日は特にお触れにはなりませんでしたが、足立区さんがやっておられることで大変私が個人的に関心を持っておりますのは、いわゆる高齢者の孤立や孤独死を防ぐ取組を非常に先駆的にやっておられると承知をしております。 御案内のように、誰にもみとられずに亡くなっていくお年寄りが、まあいろんな調査ありますが、年間一万五、六千人あると言われておりますが、その約八割がいわゆるセルフネグレクトの状態にまずなって、その後孤独死ということになっていくと指摘をされているわけですが、そういう中にあって、ちょっと具体的な、孤立ゼロプロジェクト等々を始められたり、いわゆるごみ屋敷の問題のいろんな取組もされておるとお聞きをしておりますが、そういう早期発見、早期予防をしていくためにもいろんな、行政のみならず地域の方々やいろんな生活関連の業者の方々等の連携、あるいは情報の共有というのが非常に重要になると思っていますが、そこら辺はどういうふうな取組をされているか。 また、セルフネグレクトそのものを高齢者虐待防止法の中の虐待と位置付けるべきじゃないかという考えもあると思いますが、現場でそうやっていろいろやっておられて、国の例えばこういう支援策があれば孤立死などがもっと防げるのになと現場で実感されるようなものがあれば教えていただければ幸いです。
○参考人(近藤やよい君) 一番の情報共有のネックになるのは、プライバシーの問題でございます。 今回、私ども、七十歳以上でお一人でお住まいの方、七十五歳以上で御夫婦だけでお住まいの方の全件悉皆調査をこの孤立ゼロプロジェクトの中で実施をしていくに当たりましては、条例を制定させていただいて、区内でも三万三千件程度の調査になってまいりますので、とても今までお願いをしていた民生・児童委員の先生方では回り切れないということになります。 そうしますと、どなたになっていただくかということになると、町会、自治会の役員の方にお願いせざるを得ないわけですが、町会、自治会役員の方に七十五歳の方がここにお住まいですよというような情報を流すことは今の法の中ではできません。ですから、それぞれの自治体が条例を作って、それを抜いていかないと、仮に一つの町会、自治会で完全な見守りの調査を行いたいというふうに好意的に申し入れていただいても、こちらの方で名簿を提供することができないということで、今回は、名簿を提供するに当たって、前提として町会、自治会の方々に誓約書を取る、つまり知り得た情報を口外しないというようなこと、そしてまた、町会役員の中の誰と誰がその名簿に目を通すのかといった名簿を私どもに出していただくというような幾つかの条件を付けて名簿を町会、自治会の役員の方に提出させていただくような条例を通していただいて、初めて全件の調査が可能になりました。 もちろんプライバシーは尊重されなければなりませんけれども、そのプライバシーと、これから更に高齢化していく孤立社会の中で、どのように必要な情報を見守っていこうという気持ちのある方に提供できるかということにつきましては、一自治体というよりも、もう少し国の中で一つ踏み込んだ方針を出していただくと、更に広い自治体の中で具体的な対応が進んでいくんだろうと考えております。 また、セルフネグレクトにつきまして、今回は私ども、もう来てくれるなというふうに言われた場合には、町会、自治会の方に見守りをお願いするのではなくて、地域包括支援センターの方で、拒否をされても、面会はかなわないまでも名刺を置いてくる、又はお元気ですかと一言書いたメモを置いてくるということで、拒否はされても決してその方とのネットワークを切らないということが今回の一つの孤立ゼロの考え方でございます。当初は拒否をされても、やはりそこには、度重なる人間関係をつくっていくことによってセルフネグレクトを突破して、それしか、結局人と人とのつながりの中で道を付けていく以外にないというのが私どもの考え方でございますので、長い道のりではございますけれども、こつこつと進めてまいりたいと考えております。 ありがとうございました。
○柴田巧君 ありがとうございました。終わります。
○会長(直嶋正行君) では、岡田広君。
○岡田広君 自民党の岡田広です。 三人の参考人の皆さん、今日はありがとうございました。 私は、近藤参考人に一点質問をして、一点要望をさせていただきたいと思います。 「愛着から誇りへ」ということで資料も見せていただきまして、この十七ページの表の中に誇りを持つ人が持たない人を逆転したという表もありますから、まさに近藤区長さんが進める行政運営、目標に向かって近づいているのかと思いますけれども、その中で、先ほど教育が大事というお話もありました。私も教育が一番大切だと考えていますが、その中で生涯学習社会をどう構築していくかというのがとても私は大事かなと思っているんです。 私も水戸で市長をさせていただきまして、三十一の小学校区あるんですが、一小学校区一公民館ということで、地域の人たちが集まる場所をつくろうということで、三十一番目ができたときに生涯学習都市を宣言をしたんですけれども。その公民館なんですが、教育委員会の所管ですけれども、その後市長部局に所管を移しまして、教育行政だけじゃなくていろんな形に地域の人たちが集まれる、地域の福祉の支援ネットワークをつくるとか、防災のネットワーク組織をつくるとか、地域の人たちがそこをよりどころにして集まっていろんな組織ができました。やっぱり地域の問題は地域で解決をするというのが住民自治の在り方なんだろうと思うんですけれども、そういう中で生涯学習社会を進めていくために足立区でどんな政策をやられているのかということを一点お尋ねしたいこと。 もう一点は、つくばエクスプレスの開通によってまた人口も増えたということもあるのかもしれませんけれども、つくばから秋葉原までなんですが、毎年毎年乗降客が増えまして、今、一日二十七万という乗降客、これを超えていますけれども、この二十七万というのがまず最低限の、秋葉原から東京駅に延伸するための最低条件の一つなんですが、これもう十分クリアしてきましたので、茨城、つくばや守谷市ではこの東京駅延伸を今協議会をつくってやろうということなので、それを是非頭に入れて御協力をいただきたい。これは要望です。 以上です。
○参考人(近藤やよい君) 生涯学習の政策でございますけれども、私どもの足立区も、今まで教育委員会の方にございました生涯学習を私ども区長部局の方に移しました。そして、地域のちから推進部という部を立ち上げて、その中に今所管をしてございます。ですから、生涯学習も今本当に、御指摘のあったとおり、地域の活性化ですとか高齢社会をみんなで支えていくためのという横串に刺しながら様々な場所で展開をさせていただいております、人の寄り集まるところ全てが生涯学習の場という考えでですね。 ただ、学習と言ってしまうと、どうしてもその学習というところがイメージが膨らんでしまってなかなか敷居が高いというふうに考えられる方もいらっしゃいますので、私どもの方では公民館というのはございませんけれども、地域学習センターですとか住区センターといった場所、又は図書館も区内に点在しておりますので、そうしたところでそれぞれの持っている施設の魅力を最大限に発揮して、人々にそういったところに集っていただくような施策は充実して展開させていただいております。
○岡田広君 ありがとうございました。
○参考人(近藤やよい君) 後段につきましては、もちろん私どもも交通の利便性に資するところでございますので協力させていただきます。
○会長(直嶋正行君) ありがとうございました。 他に御発言はございませんか。──他に御発言もなければ、以上で参考人に対する質疑を終了いたします。 参考人の皆様方には、長時間にわたり貴重な御意見を賜りまして誠にありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手) ─────────────
○会長(直嶋正行君) 次に、政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 共生社会・地域活性化に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 なお、その手続につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 ─────────────
○会長(直嶋正行君) 次に、委員派遣承認要求に関する件についてお諮りいたします。 共生社会・地域活性化に係る東日本大震災による被災地域の実情調査のため、福島県に委員派遣を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認めます。 つきましては、派遣委員、派遣期間等の決定は、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後三時二十九分散会