災害対策特別委員会 第8号
- 発言数
- 77 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 2013/05/21
会議録
○坂本委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、災害対策基本法等の一部を改正する法律案及び大規模災害からの復興に関する法律案の両案を一括して議題といたします。 本日は、両案審査のため、参考人として、関西大学社会安全学部・社会安全研究センター長・教授河田惠昭君、新潟県知事泉田裕彦君、釜石市長野田武則君、以上三名の方々に御出席をいただいております。 この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、御発言の際にはその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人は委員に対し質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。 それでは、まず河田参考人にお願いいたします。
○河田参考人 河田でございます。 貴重な時間をいただきましたので、お手元にカラープリントしたものがありますが、それに従ってお話をさせていただきます。 私どもは専門が防災、減災でございまして、特に東日本大震災が起こって以来、想定外の災害はこれからも起こって、しかし、被害を想定外にしてはいけないという立場で研究をしてまいりました。 脅威となっている国難候補はいろいろありますけれども、下に書いてございますように、一級災害、被害額が二百兆円以上、死者が十万人以上というのは、首都直下地震、あるいは南海トラフ巨大地震、東京の荒川あるいは利根川の氾濫、東京湾に台風がやってきて高潮が起こる、こういう場合に非常に大きな被害になるということが想定されています。 また、それに準ずる、被害額が百兆円以上、死者が一万人オーダーというものについては、大阪を南北に走っております上町断層帯地震、これは活断層地震では日本最大でありまして、政府の評価では死者が四万二千人という数字が出ています。猿投—高浜断層帯、これは名古屋市の東部を走っております。大阪の淀川の氾濫、大阪湾の高潮、あるいは伊勢湾の高潮、いずれも過去に起こった例がございます。 次のページに、脅威となっている国難は、特に、首都直下地震、南海トラフ巨大地震ということで、この二つにつきましては、専門調査会に特別のワーキンググループができております。私は南海トラフ巨大地震の検討ワーキンググループの主査をしておりまして、今週末には最終報告書を大臣に手交することになっております。ここに書いてございますように、いずれも被害額は二百兆円を超えるだろうということで、瓦れきも、首都直下で約一億トン、南海トラフ巨大地震では三億一千万トンという数字が出ております。 御承知のように、東日本大震災では二千六百七十万トンですから、十倍以上の瓦れきが出てくるということも今想定しておかなければいけない。災害救助法が七百市町村に適用される。東日本大震災は二百四十一市町村ですから、その倍以上の市町村がそういう対象になるということであります。 そして、こういう国難が起こると、日本が衰退する危険性があるということを歴史的に一つ証明しているわけであります。左が江戸末期の幕府の解体から維新政府になった流れでありますが、一八五四、五五、五六年と三年連続で。安政東海、安政南海、八・四のマグニチュードの地震が起きました。これが起こった年は嘉永七年の十一月の四日と五日でした。その被害が余りにも大きいということで、年号を嘉永から安政に変えるということをやったわけであります。 かつては百八十の改元を我が国は経験しておりますが、その半数が、災害あるいは疫病が全国的に大きな力を持ったということで年号を変えている。この安政もそうであります。 そして翌年、この東京で直下型地震が起きました。安政江戸地震であります。死者が約一万人、全壊、焼失約一・四万棟という被害が出ております。 そして翌年、東京湾に大型の台風が上陸いたしまして、高潮と暴風雨で十五万棟の家が被害を受けた。当時江戸には十八万棟の住宅があったということが言われておりますので、八〇%近い住宅が被害を受けたということなのであります。 私どもは、小学校、中学校、高等学校で、日本歴史では、江戸から明治への変化というのは、内圧と外圧が働いたからだと。内圧というのは御承知のように倒幕運動、外圧はペリーの来航に代表されるような欧米先進国の開国要求であります。ですけれども、この三つの複合災害が国力を非常に疲弊させた。江戸幕府が対応できないぐらい疲弊したということも事実であります。 ですから、一一年に東日本大震災が起きまして、そして、復興が終わらない状況で首都直下地震あるいは首都圏水没、南海トラフ巨大地震が起こると、とんでもないことになるということをとても心配しているわけであります。 右のページには、死亡率から見た災害の危険度であります。 地震につきましては、十八年前の阪神・淡路大震災では、震度六弱以上の住民の〇・一七%が亡くなりました。 高潮については、一九五九年、愛知県と三重県で非常に大きな被害が出たわけでありますが、五千九十八人亡くなりました。災害対策基本法ができたきっかけになった災害でありますが、〇・二二%。 そして、一昨年の東日本大震災では、岩手、宮城、福島でそれぞれ死亡率は違いますが、沿岸市町村人口をベースにしますと〇・五五%。 そして、二〇一一年に、台風十二号で、紀伊半島の中央部の、三重県、奈良県、和歌山県が県境を接しております大台ケ原で土砂災害が起きました。百二十二年前にも同じところで水害で土砂災害が起こっているわけですが、土砂災害の死亡率は一・三一ということで、大変大きな被害が想定されているというわけであります。 下の図が、南海トラフ巨大地震の震源域ということで、黄色が、実は、東日本大震災が起こるまでに、東海、東南海、南海三連動で八・七というマグニチュードが起こればどうなるかということでありましたが、その後の調査によりまして、太い黒い枠の中で地震が起こるとマグニチュード九・〇、それから、少し色のついた、南の方の津波の地震が起こるところ、すなわち、地震の揺れは大したことがなくても、非常に大きな津波の発生する海域を入れますと、マグニチュード九・一という数字が出てきているわけであります。 次のページには、そのマグニチュード九・一の地震と津波が発生した場合に、それぞれの各府県で最大の犠牲者数がどれぐらい出るかという数字であります。 静岡が一番大きくて、十一万四千三百人。次が和歌山、そして高知というふうに続きます。この一、二というのは、上位から数字順に大きな犠牲者の出るところを書いてございます。全てを合わせますと、四十五万人という数字が出てまいります。政府の発表では三十二万人という数字は出しておりますが、これもある種の仮定のもとでの計算値でございますので、もっと大きくなる危険性があるということであります。 そして、経済被害額は、この三月の十八日に発表いたしました。資産等の被害は百六十九兆五千億円、そして、経済活動への影響は、大体四十五兆円と、プラス交通寸断、港湾被害。津波が非常に大きなものがやってまいりますので、東京港以西の港湾が非常に大きな被害を受けるということがわかっております。 この被害は、実は一年目の被害でありますから、二年目、三年目、復旧が長引けば長引くほど大きな被害が継続するということなのであります。ですから、一年目が終わった時点で二百三十兆円ぐらいの被害なのでありますが、復旧復興が長引くと、非常に大きな被害が累積されるということなのであります。 さて、右のページは、東京で首都直下地震が起こったときの問題をまとめてございます。 非常に過密であります。人、物、情報、資源、そういったものが東京に集中している。それがまた東京の活力になっているわけでありますが、災害が起こりますとネガティブな効果が出てくるわけであります。 右の下に一から八、それから次のページに九から十六まで書いてございますが、こういった被害が起こると、現在の学術的な知見では、どういう被害になるかがきちっとフォローできないという問題を抱えているというわけであります。 その下の図は、大阪湾、伊勢湾、東京湾のゼロメートル地帯の図であります。このように、満潮のときに海面下になっているところに四百万人を超える人が住み、そこでは地下鉄、あるいは地下空間にはショッピングモール、レストランというふうに、世界の地下街の利用では、日本だけが地下空間で社会経済活動が行われているということなのであります。 私どもは先日、政府の調査団として地下鉄の調査にニューヨークに行ってまいりました。昨年の十月二十九日にハリケーン・サンディが高潮を発生いたしました。三・九メートルで、ニューヨークの地下鉄の八つの駅が水没し、道路トンネルが水没するということが起こりました。どう対応したのかというその結果を、これからの防災、減災に役立てたいということにしております。 右は、利根川の首都圏広域氾濫、それから荒川の氾濫であります。利根川は、御承知のように、昭和二十二年にカスリーン台風で大きく破堤、氾濫いたしました。荒川も、一九三三年にできた人工開削河川であります。ですから、まだ安定した河道になっていないと考えるのが妥当であります。 また、次のページには、東京湾に高潮が起こった場合の氾濫域を描いてございます。東京は経験があるのでありますが、千葉県沿岸というのは、実は、戦後埋立地ができて、これまで歴史的に高潮被害をこうむったことがないということで、対策はほとんどなされていないということなのであります。 そして、ライフラインの被害は、利根川の水害、荒川の水害でも、非常に大きな数字があるということであります。 右のページの上の図は、南海トラフ巨大地震が起こりますと、津波が大阪に四メートルから五メートルやってまいります。そういたしますと、この色のついたところに浸水が起こるわけであります。ここには、実はキタとミナミに広大な地下空間があります。例えば、キタの地下街というのは、地上と地下との連絡口が三百カ所以上にあります。これを全て水密構造にするということは不可能なのであります。すなわち、ニューヨークのように、高潮氾濫が起きますと、間違いなく地下空間は水没する、こういう危険があるわけであります。 ですから、被害をゼロにはできませんから、被害を極小化するという減災、それから、二〇〇五年に兵庫行動枠組というのが国連世界防災会議で採択されておりますけれども、我が国も、減災とレジリエンスということで、右下に図面がありますように、被害Dを小さくし、かつ早く回復する、この面積Aを少なくするという対策をこれから講じていかなければいけないということであります。 最後のページでありますが、国難災害前後で発生が危惧される緊急事態、災害対策基本法ではこのことも明示してありますけれども、これまでこれを発動したことはございません。事前の強制大量避難、災害対応用地確保などのための集団移住の必要性、百万人単位で避難しなければいけないということなのであります。大量の震災瓦れきの処理、海外からの救援基地の用地確保などがある。 また、災害によって全国的に食料品、飲料水の不足という経済秩序の混乱が起こる。我が国には、残念ながら、ペットボトルの水は十二日分しかありません。ですから、首都直下地震あるいは南海トラフ巨大地震が起きましても、いずれにしても、全国的に水も食料も足らないということは、もう今からわかっているわけであります。それをどうするんだということであります。 激甚な自然外力によって国家機能、自治体機能が喪失もしくはそのおそれがある場合、資源を集中する必要がある。また、社会インフラ機能の広域、大量喪失によって個々の国民が孤立する場合、緊急に救援の手を差し伸べる必要がある。 ATMの略奪、首都圏にはコンビニエンスストアに約六千台のATMがあります。これをどうするのか。あるいは、食料倉庫の襲撃、富裕資産家に対する強盗、銀行襲撃などの犯罪の多発など、法秩序が混乱し、暴動の発生が懸念される、あるいは発生した場合には、公権力を私権に優先して行使する必要がある、こういうふうに私どもは考えております。 国難は、起こった前後だけではなく、長丁場の復興過程も問題になります。 災害対策基本法は、十八年前の阪神・淡路大震災の後、全面的に改正されました。しかし、今この防災基本計画を見ますと、災害予防が十九ページ、災害応急対策は二十四ページに対して、災害復旧復興はわずか四ページしか書かれていない。これが実は、東日本大震災が起こってからの復旧復興事業の難航につながっているわけであります。 ですから、これをもっと充実しなければいけない。現在の防災基本計画の全面改定は阪神大震災が起こったときにやられたきりで、その後見直されていないわけであります。復旧復興の教訓がそれまでに生かされていないということであります。 東日本大震災が発生して、津波対策が二ページ追加されました。でも、第一章災害予防、第二章災害応急対策だけで、復旧復興が入っていないわけであります。こういった不十分な状態をぜひ解消していただきたいと思っております。 どうもありがとうございました。(拍手)
○坂本委員長 ありがとうございました。 次に、泉田参考人にお願いいたします。
○泉田参考人 おはようございます。 ただいま御紹介をいただきました新潟県知事の泉田でございます。 私は、知事会で危機管理・防災特別委員長も拝命させていただいております。また、中央防災会議委員も拝命をさせていただいております。 そして、今回の法案につきましては、早い段階から地方に国から御相談をいただいたという中でまとめたものでございまして、今ほど河田先生から御説明があったように、甚大な災害が発生をした際、的確に対応するために、一刻も早くこれを成立させていただきたいとお願いを申し上げたいと思います。 そしてまた、国の皆さん方には、さらに、災害で何が困っているのか、自治体の状況、それから現場の住民の皆さんの声を踏まえて対応していただければと、この場をおかりしてお願い申し上げたいと思います。 法案は全面的に賛成でございますが、幾つか積み残しの点があると思っていますので、ここの部分を、ぜひ次の、三次の改正ということをやっていただきたくて、お願いを申し上げたいと思います。特に重要な点、五点あると思っていますので、この五点について申し述べさせていただきたいと思います。そして、積み残された課題について、ぜひとも、次、取り組むという合意形成を国会でしていただけるとありがたいと存じます。 まず一点目でございますが、災害対策関係法を一本化していただけないかという点であります。 災害が発生したときに自治体は何をするのかというと、地震であろうと津波であろうと土砂災害であろうと原子力災害であろうと、関係ございません。自治体は、住民に避難をしていただき、そこに食料それから水を提供し、そしてまた避難環境を整える、それから災害時要援護者に対する支援を実施するということで、自治体の行う業務は災害の原因に依存しません。全て住民の命と財産を守るということが自治体の仕事になるわけでございます。 しかし、東日本大震災を見ていただくとわかりますが、複合災害が起きた場合に、今の法体系は、二重の対応、指揮系統が二重になってしまうという問題を抱えております。 原子力災害は原子力災害で本部が立ち上がり、また事務局が違うということになります。自然災害は自然災害で本部が立ち上がって、指示系統が違う。さらに、指示する人も違っていまして、原則でいえば、市町村長が自然災害のときは避難指示を出します。一方、原子力災害の場合は総理が出すということになっています。このため、津波で大変な事態になっているときに、同時に原子力災害が起きると、指揮系統が二重になって大混乱が生じるということに必然的になってしまうという法体系になっております。 現実、福島では、病院から移動中に大変多くの方々が亡くなるという事態が発生をしました。これはやはり、指揮系統が二重になっているということから、どこに避難するのか、そして、どういう人を優先的に、どこに行くのかという調整が行われないといけないんですが、今回の東日本大震災のときに起きた事態というのは、国、政府からは、半径何キロ、避難しなさい、これだけです。行き場所の調整をしないで避難命令を出されても、これは対応し切れないということです。 南相馬市の桜井市長もよく言われるんですが、南相馬市にはファクス一本届きませんでした。これはなぜそうなるのかというと、現在、原子力災害に対応する体系の事務局が原子力規制庁ということになっていますが、当時は経済産業省ということでした。経済産業省は、やはり住民との接点が少ないということです。自治体との業務関係というのを十分熟知した職員が事務局にいなければ、三十キロという線を引いたときに、誰にファクスを送ればいいのかということすら十分把握ができない中で避難が行われた。 私も、就任直前、三十時間前に、中越の地震で大きな被害を受けるという経験をいたしました。そのとき、旧山古志村の全村避難というのを実施しましたが、無論、地方の広域自治体にとっては、地形は既知のことですから、受け入れ先、どこに避難をするのか、行政の間の調整をした上で全村避難をお願いしたということです。 そういう機能を、やはり原子力災害であろうと複合災害であろうと調整できなければいけないのに、片や避難指示が市町村長、片や総理、そして、中央で全ての地方の状況がわかるかといいますと、五十基以上の原発がある中で、それぞれを詳細に政府が把握をしているというのはなかなか難しいのではないか。 原子力規制庁についても、地方自治の専門家が一人も委員に入っていないという現状になっていまして、やはり災害の法律体系の一本化をぜひ次の課題としてやっていただけないかなということをお願い申し上げたいと思います。 新潟県の場合も、原子力災害と自然災害がダブってかかってきたような疑似体験をいたしました。柏崎刈羽原子力発電所の火災というものが発生をしたんですが、中央から避難しろと言われても、道路が途切れていたり、それから、消防車がそもそもたどり着けない。消防車も、地震災害と同時に原子力発電所に駆けつけようとすると、下敷きになっている人を助けてもらえないかというような形で住民から声がかかる、それを振り切って行けるのかというような問題もあるわけでございます。 また、沃素剤の配付を仮に国で決断をしていただいても、地震災害と同時に起きると、通信網が途絶をしております。バスの中で移動中の方々に服用指示を出すといっても、物理的に困難ということもあります。やはり、どういう形で連携するのか、国で決めたら、あと、伝達は全部地方の責任と言われても、できることとできないことがあるということです。そういう状況を踏まえて、総合的に対策をする仕組みというものがどうしても必要なのではないかなというふうに思っています。 東日本大震災で原子力発電所との複合災害が起きたということによって、多くの住民は不安を抱えております。この不安はどこから来るのかということになると、原子力発電所というのはやはり事故は起き得るんだということです。 ハードだけしっかり直せばいいということではなく、起きてしまったときどうするかという法体系を国として持っていないと、これは米国でいいますと、いざというとき、冷却を失敗すると二時間でメルトダウンに至るというのは世の中の常識になっていたということなんですが、そこのバックアップをする仕組みを、地方政府それから国といったところが法体系として持っているわけでございます。 万が一のときどうするのかという仕組みをぜひつくっていただかないと、原子力発電所の安全性についての不安、懸念は残ったままではないか、ハードだけ直したから大丈夫ということを理解してもらうのは相当厳しいのではないかなというふうに考えております。 次に、二点目でございます。包括的な適用除外措置をぜひ設けていただけないかなというふうに思います。 災害というのは、常に新しい顔でやってまいります。例えば、阪神・淡路大震災のときは、携帯電話というものは普及しておりませんでした。インターネットもまだなく、パソコン通信の時代でありました。中越の地震のとき、何が起きたか。まさに通信、連絡をとりたいということで、テーブルタップが必要ということになりました。皆さん、自分の携帯を充電したい。同じ地震でも、全く、場所によって、時間によって、時代によって、生活スタイルによって、見えてくる災害の形態というのが変わってくるというのが恐ろしいところだと思っています。 今回、改正法の中に、確かに幾つか、平常時とは違う規定を適用できるという形の規定が入っていますけれども、本来、非常事態宣言等がなされたら、包括的にその時代に合った対応ができなければ、新しい顔をしてやってくる災害には対応できないのではないかという危惧を持っております。 例えば、新潟では、FM局の開局、これは災害が発生してから七十二時間以降、現場の状況をお伝えするのに極めて有効なんですが、やはり手続に時間がかかるというようなこともあります。環境アセスメントをどうするのか。東日本大震災では、ガソリンの成分調整で時間がとられたと思います。そういったものについては、非常事態宣言ができれば、外国で車を動かすことのできるガソリンであれば、国内は動きます。確かに、環境問題でいえば若干問題がある部分があるというのはわかるんですが、それよりも、ガソリンの一滴は血の一滴、命の源と言われているときに、まず動くということが重要ではないか。 一時規定を停止するというような包括的な規定、緊急時の対応の規定が要るのではないかと考えております。 次に、専属組織の創設をぜひお願いしたいと思います。 DMAT、TEC—FORCE、いざというときに、緊急事態に駆けつける体制を平時からつくっていただきました。これは、住民から見ても、大変、安全を意識し、安心を与えてくれる制度だと思っています。 災害が発生すると、政府からよく副大臣が派遣をされるということになるんですが、往々にして、副大臣が来ていただいても役に立たないということになります。なぜかというと、結局は本省に聞かないと判断できないということですから、副大臣が来ていただくだけでは実は役に立たない。 国の職員の方々は都道府県の業務がわかりません。逆に県の職員は市町村の業務を理解できません。したがって、TEC—FORCEとかDMATのように、緊急事態のときにアドバイスをできるような組織を法律上に位置づけるべきではないか。 実は私も、最初の地震に遭ったとき、兵庫県の井戸知事から電話をいただきました、阪神・淡路を体験した局長を派遣したからと。派遣しますじゃないんです、派遣しましたから使ってくださいと。知事室の隣にいていただきました。そこからアドバイスを受けることができたので、スムーズに災害対応ができたかなというふうに思っています。 やはり、国、それから、ヘッドは副大臣でいいと思うんですけれども、都道府県、市町村から成る混成の、首長に対してアドバイスをする緊急行政DMATみたいなものが要るのではないかなと考えています。これは、法律上に位置づけないと、他県が他県に指示をするという形で、組織間に微妙な感じをもたらしますので、ぜひ制度としてつくっていただけないかなとお願い申し上げたいと思います。 それから三つ目ですが、災害救助法の見直し。 今の災害救助法は、被災した住民を被災した自治体が助ける、そこに必要なお金を国が面倒を見るという体系が成り立っているわけです。ですから、広域避難をするときに、なかなか予算措置ができない等、問題が生じる。 今の地方交付税制度というのは、自分が抱えているところの住民を支援するという形でできていますので、他県からの人を受け入れるということを想定しない体系になっているわけです。災害救助法の中に、ぜひとも、避難生活の長期化とかに、自主的、弾力的な運用ができるような制度、仕組みというのを入れていただけないかな。 災害救助法は期間制限がありますので、長期にわたる場合、対応しにくいという問題も抱えております。また、現物給付ということになっておりますので、これは、なかなか機動的な対応ができないという問題もあります。 最後になりますが、既存会計制度を災害時は停止をしていただけないか。この後、市長さんからもお話があると思いますけれども、今一番困っているのは、やはり会計処理ということではないかと思っています。 復興基本法、河田先生からもお話がありました。これは、量が少ないということのほかに、もう一つは、復興交付金をどうするのか、復興基金をどうするのかという、会計面の制約を取り払う規定が入っていない。 本県においては、基金をつくっていただくときに、最終決定権を新潟県で持てるように制度設計をしていただきました。そのため、さまざまな制度を導入することができ、それが、その後の石川県の地震、宮城・岩手県境地震、さらには東日本大震災に引き継がれたという経緯があります。 現場の声を踏まえて機動的に制度設計ができるような仕組みにするためには、財務会計制度を緊急時に全て通常時のルールでやるというところから緩和をしていただくということをやっていただけると大変いいと思っています。 以上、五点申し述べました。 この法案については、必要でございますので、早期の成立、そしてまた、第三弾の御検討をぜひともよろしくお願いいたします。 以上で御報告とさせていただきます。どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)
○坂本委員長 ありがとうございました。 次に、野田参考人にお願いいたします。
○野田参考人 岩手県は釜石市長の野田と申します。 きょうは、このような機会をいただきまして、まことにありがとうございます。 釜石市ということで、今回の東日本大震災におきまして大変大きな被害をこうむりまして、本当に今日まで皆さん方の温かい御支援と御協力をいただきながら、震災の復旧復興に努めてきたところでございます。 震災から二年が経過をいたしまして三年目に入ったところでございますが、改めて振り返ってみますと、震災当初、通信も途絶えて外部の情報が全く閉ざされた中にあって、最初に全体的な把握の情報をいただいたのが、国土交通省の東北整備局の徳山局長さんという方が仙台におられるんですが、その方からお電話をいただきまして、闇屋のおやじだと思って、何でも必要なものがあったら言ってくれ、こういう話をいただきまして、そのとき初めてほっと胸をなでおろしたというふうに、今改めて思い出しているところでございます。 岩手県におきましては、北は久慈市、南は陸前高田市までの十二の市町村が震災で大きな被害をこうむりましたけれども、その中でも大槌町とかあるいは陸前高田市というのは大変大きな被害をこうむっています。もちろんそれぞれ大きな被害をこうむっていますが、その被害の程度がやはり違うわけでございまして、そうした中にあって、十二の市町村が結束をいたしまして、同盟会をつくって、国あるいは県に要望活動を展開してきたという経過もあります。その会長を私がさせていただきながら、この国会でも被災地の現状を報告させていただく機会もいただきました。 その中で、振り返ってみますと、やはり何といってもさまざまな制度の壁がありまして、何かをやろうとするとどうしても法的な壁にぶち当たって、なかなか前に進めない。それを破るために、今度はまた財源が必要だと。そうした制度の壁、あるいは財源の確保をするためには、それなりの専門的な知識のある人材がやはり必要だということで、この制度の壁とそれから財源の確保、そして人材というところ、この三点がそろわなければ前に進めないということでございまして、今日まで我々が取り組んできた多くの時間が、実はこの三点に尽きております。 本来であれば、被災者の皆さんの暮らしの再建あるいは住まいの再建に正面から向き合っていかなければならないわけでございますが、どちらかというと、こうしたところの方に時間と労力を割いてしまったなというふうに感じているところでございまして、正直言って、へとへとに疲れているという状況でございます。 しかしながら、これは釜石市としてもそうなわけですが、例えば先ほど申し上げました、被害の大きかった大槌町とか陸前高田市のようなところにおきましては、これはもっと大変な状況にあったと言えると思います。 ですから、同じ被災地におきましても、被災の程度が違うことによって、その課題がどうしても薄まってしまう部分があるのではないかなということで、大変危惧をしています。 と申しますのは、今まで何度か我々が要望してきた中にあっても、やはり、いわゆる最悪の状況、一番劣悪な状況のところに視点を当ててもらわなければ、今回のこの震災の教訓にはなり得ないのではないかな、こう思うわけでございます。 これについては、例えば今回の災害対策基本法の改正におきましても、国の代行という制度が新たに設けられたところでございまして、これについては大変評価をしなければならないと思いますが、ただ、それにつきましても、災害復旧の代行に限らず、市のいわゆる通常事務あるいは避難所運営等、そうしたところにも国の積極的な支援体制が必要ではないかなというふうに思うわけでございます。これは、先ほど申し上げました、特に大槌町さんとか陸前高田市、そうした一番被害の大きかったところの首長さんたちが、そのことを震災当初から話をしておりました。 ただ、この十二の市町村の中では、頑張れば何とかできるという市もありまして、結果として全体のその必要性というのが薄まってきたような感じがするわけでございます。ですから、今回の新しい法整備に当たっては、最悪の状況、最悪のシナリオを想定したものが必要ではないかということをまず訴えさせていただきたいと思います。 それから、皆さんのお手元に資料を配付させていただきましたが、これは同盟会として国にさまざまな要望をさせていただいた、その一覧表でございます。項目だけでございますので、具体の中身がちょっとわかりづらいところもあろうかと思いますが、きょうお渡しいたしましたのは、六回ぐらい要望活動を展開してきた中身が、震災当初はやはり燃料の問題とか食料の問題とかから、徐々に復旧復興に向けた課題が出てきたということでございまして、要は、時間の経過とともにそうした地域の課題が違ってくるということでございます。 したがって、それぞれのステージ、段階に応じた支援策をどう講じるかというのが非常に大事なところではないかな、こう思っております。 今回の震災では、我々も全く初めての経験でございました。国においても多分初めてのところがあったと思います。ですから、目の前に見える課題を解決するためにたくさんの時間と労力を費やす、それが解決したと思うと、また次の新しい課題が見えてくる、その繰り返しで二年も経過をしてしまったという感じがします。 だけれども、これは皆さんが一生懸命やったわけなんですね。我々も頑張りました。県の職員の皆さんも頑張りました。国の皆さんも頑張りました。だけれども、その一生懸命頑張ったものが、では、結果として被災者の皆さんに評価されているかというと、やはりそうはならない。それはなぜかというと、やはり全体の仕組みがそうなっていないということではなかろうかと思います。 ですから、今回の我々のこうした経験、体験を十分に酌み取っていただいて、全体的な大きな視点の中で組み立てをしていただきたいなと思います。我々は今どこの位置にいるのか、そしてまた、被災された方々についても、今、国がどういう支援策をしているのかということが目に見える形で、そして次の展開が見える、そういうスケジュール感のある支援体制を構築すべきではなかろうかと思っております。 そのためにも、今回の震災では、災害対策本部が震災から三カ月後の六月に設立されました。復興庁はその次の年ということでございますけれども、少なくとも災害対策本部は震災直後に早く設立をしていただきたいと思いますし、また、その場所はやはり現地もしくは現場に近いところに設置をすべきだろうと思います。そして、災害対策本部あるいは復興庁については、できるだけ現場で即断即決ができるような、そういう権限を持った組織であってほしいな、こう思っております。 先ほど申し上げましたとおり、何かを決めるのにも国との協議の中で莫大な時間と労力を費やしてきた。それは、それを費やすだけの市町村の力があればできるんですが、そうでないところは、そのこと自体が大きな、大変な負担になっているということでございます。改めてそのことを申し上げたいと思います。 それから、代行ということで、先ほど申し上げましたとおり、今回の代行制度は評価をさせていただきたいと思いますが、そのような状況の中で、やはり最悪の状況を考えますと、例えば十二の市町村全部が首長がいなくなる、あるいは職員がいなくなるということも想定すべきだろうと思います。ですから、単なる災害復旧の代行のみならず、市町村の主体性を尊重しながら、国として最大限の、自治事務まで代行するような、そういう制度、仕組みが必要かと思います。 それから、具体的な避難行動のあり方でございますが、当釜石市におきましては、児童生徒が、常日ごろの避難訓練あるいは防災教育の成果といいますか、津波に遭遇しながら、高台を目指して安全に避難をしたという話が全国に発信をされておりまして、この避難訓練あるいは防災教育の重要性というのが盛んにうたわれているところでございます。 一方では、例えば、釜石市におきましては、防災センターという建物がございまして、その防災センターという名前がまず一つ、住民の皆さんにとって避難場所として誤解されるような場所だったということと、そこで住民の希望に沿って、避難場所ではなかったんだけれども避難訓練、仮の避難場所として訓練をしてしまったというふうなことから、実は多くの住民の皆さんが犠牲になったという例がございます。 したがって、避難場所の指定、避難場所とはどこにつくるべきかというのは、非常に大きな反省点として我々は捉えております。 それから、今回の震災で、六十五歳以上の多くの高齢者の方、あるいは体の不自由な方々が犠牲になったという例があります。その方々の多くが、実は、宮城県沖地震を想定しておりましたので、その津波の浸水想定区域外の、いわゆる安全であると称されているところに住んでいた方々が犠牲になっている。 こういうことを総合的に考えてみますと、我々としては、行政の責務は当然あるわけでございますが、それ以上に、やはり住民自身の責務ということも大きく取り上げていくべきではないのかなということを強く反省しております。行政としてやるべきものはきちんとやらなければなりませんが、同時に、そこに住んでいる住民の皆さん、あるいは国民と言ってもよろしいかと思いますが、国民の責務あるいは住民の責務というところを強く考えているところでございます。 特に、今までの例からしますと、どうしても、国、県あるいは市町村の防災計画あるいは防災指導に依存した形が続いてきたのではないかと思います。ですから、他に依存することなく、みずから常に危機意識を持ってみずからの安全を確保する、こういう意識を醸成すべきだろうと思います。それは、想定にとらわれない判断力というものが必要になってきますし、また、逃げるということの重要性をまず確認するということでもあろうかと思います。 今回の三・一一の大きな教訓の一つは、こうしたいわゆる減災という考え方ではなかろうかと思うわけでございまして、この減災とはどういう意味なのかということも改めてきちんと明確に示しながら、国民の皆さん、あるいは住民の皆さんに強く訴えていくような、そういう視点に立った基本法であるべきではなかろうかと思います。 そういう中で、今回の基本法の中にも、減災の考え方など、災害対策の理念を明確にしたということでございますけれども、改めて、その理念そのものとともに、その理念を国民の皆さんが共有する、その理念を効果的に、そして積極的に周知広報を行うということまで踏み込むことが必要ではなかろうか、こう思っております。 この件についてもう一つお話を申し上げれば、先ほど住民の責務という話をさせていただきましたけれども、やはり、みずから率先して逃げなければならない。例えば、行政としては、避難指示、防災行政無線等でそういった指示を出すわけでございますが、そうした情報を受けたらば、住民はやはりみずからの安全を確保するために逃げるんだ、こういうことをきちんと明記すべきではなかろうかと思います。 それから、これに関連いたしまして、先ほど防災マップの話をさせていただきましたけれども、こうした防災マップの作成に努めるということも今回の改正案の中に盛り込まれているようでございますが、この防災マップをただ単につくるということではなくて、先ほど申し上げました、防災マップは安全マップということになりまして、非常に危険性をはらんでいるわけでございます。ですから、防災マップをつくるという作成の過程、すなわち、住民による過去の災害の検証などに視点を当てながら、防災意識の啓発につなげるような、そういう過程を大事にするということ、これもまた明記すべきではなかろうか、このように思っているところでございます。 次に、大規模災害からの復興に関する法律案についてでございますが、今回の震災を契機に、新たなこうした法律案が制定されるということでございまして、我々としては、今回の震災の非常に大きな教訓の一つとして、大変評価をさせていただきたいと思っております。 これについては、先ほど新潟県の泉田知事の方からもお話がありましたけれども、まずは復興に当たりまして、先ほど、我々の一番の課題が制度の壁とそれから財源という話をさせていただきましたけれども、今回、五省四十事業ということで、限られた制度の中での事業を進めていかなければならないということでございました。したがって、この五省四十事業という枠にはまらない部分につきましては国の方と何度も何度も協議を重ねていかなければならない、こういう点がございまして、先ほど申し上げたとおり、我々としてはへとへとに疲れてしまうという状況になっております。 改めて、市町村が、あるいは県でもいいと思うんですが、県あるいは市町村が自由な裁量で使えるような交付金であってほしい、こういうように思うわけでございます。自治体が責任を持って執行して、万が一不適切な使い方が判明した場合は返還をさせる、そういう制度設計の方が、現場の課題に速やかに対応でき、復興のスピード化が図られる、そしてまた、地方分権の流れにも合致するものではないか、このように考えているところでございます。 最後に、一つだけ提案を申し上げたいと思いますが、今後、高い確率で大地震、大津波の発生が想定されておりますし、風水害等も全国で頻発している状況にございます。今回の震災では、国においては予備費を全額吐き出したとも言われていますが、予備費だけではやはり限界があると思います。こうした大災害時に速やかに対処できるよう、国として大きな額の災害対策基金を積み立てておくべきではないかというふうに考えているところでございます。 以上で私の発表とさせていただきます。本日は、まことにありがとうございました。(拍手)
○坂本委員長 ありがとうございました。 以上で各参考人からの御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○坂本委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。佐藤正夫君。
○佐藤(正)委員 おはようございます。 本日はありがとうございます。各参考人の皆様方から今御説明をいただきまして、また意見をお聞きさせていただきまして、本当に、想定外の災害が起きることはもう間違いない、しかしその想定外をなくさなきゃならないということだろうと思います。 まず最初に、河田先生におかれましては、わかりやすい資料をつくっていただきまして、心から感謝を申し上げたいと思います。 その中で、最後の方で河田先生が、今回の法案についても御尽力されたとは思いますが、まだまだ不十分であるという点を言われたんですけれども、もう少し詳しく御説明していただきたいなと思いますので、よろしくお願いします。
○河田参考人 非常に甚大な被害が考えられるということで、災害対策基本法ができた当時、そのような大きな災害を想定しておりませんでしたので、あくまでも、災害が起こったときには市町村がまず出る、それから県が出る、そして国が出るという形になっていて、いわゆる地方分権がそこに色濃く反映されているわけですね。ですけれども、巨大な災害になった場合には、やはり内閣総理大臣の指揮のもとでの緊急事態というものをきちっと動かせるようにしなければいけない。そういたしますと、単に法律の拡充だけでは難しい問題がある。 今回の改正も見てみますと、現行憲法で保障されている範囲内で最大限の努力をしていただいているということはわかりますけれども、国難と呼ばれるような首都直下地震とか南海トラフ巨大地震が起きますと、それをやはり凌駕するような被害になりますので、新しい枠組みがどうしても必要だと思います。それは、基本的な人権とかいろいろな問題がありますので、そういったものをどうするかというのは、国民の間で広く議論していただくことがまず肝心だと思います。 どうしても関心が被害を受けた地域の人たちに限られるという問題がありますので、人ごとと考えないようなそういう世論の形成というか、そういった期間は、少し長丁場で要るのではないかとは思っております。
○佐藤(正)委員 どうもありがとうございました。 今回、この災害特別委員会の中でも、今先生がおっしゃったような議論が大いに交わされたところであります。それを踏まえながら、今やれるところは精いっぱい、しかし、また次に向かって考える、こういう前向きな答弁も、大臣からもいただいたわけであります。ですから、一遍にできないところはもどかしさもあるかもしれませんが、やはり憲法という問題が、大きな壁がありますので、我々もそれに向かってまた発信をしていきたい、このように思います。ありがとうございました。 続きまして泉田参考人にお尋ねをしたいんですけれども、先ほど来、お話を聞いていますと、アドバイザーの件なんですね。なかなかそのアドバイザーになり得る方がそんなにいるのかどうなのか、その辺はどのようにお考えですか。
○泉田参考人 災害の際に、的確な行政対応、アドバイスできる人間がどの程度いるかということですけれども、これは経験をした自治体、経験をしていない自治体、物すごく温度差があります。 例えば、新潟県の例で申し上げますと、兵庫県を見習ったんですけれども、兵庫県は、防災担当部局に基軸を置いた人事というのをやっていまして、そこの部局長をやった後に副知事になられるという形で、専門家を育成しておられます。 実際に災害を経験された方で、国の法体系がどうなっているのか、自治体がどうなっているのか精通した人材というのが日本にはそれなりにいます。災害を経験した職員、OBになってもできるという方々もおられますし、首長経験者の中で適格な方もおられる。人事の問題ということになると思いますけれども、日本の中で、日本の法体系の中で災害危機管理ができる人材はいるということを申し上げさせていただきたいと思います。
○佐藤(正)委員 今回の場合は恐らく、知事との人間関係というんでしょうか、まず一番はそこだったんだろうと思います。それで、イの一番に御心配をしていただいて、もう派遣をしたぞということは、本来、本当に人間関係が一番大事だったんだろうと思います。システムというよりも、まず人間関係だろうと思います。 そういう意味では、そういうアドバイザーができる、また経験を持った方々の、地方でも、知事会でも、六団体でも、そういう何か組織的なものを前向きに検討されてはどうかなと。国もそうなんでしょうけれども。災害が起きたら、先ほど来からお話がありますように、まず基礎自治体から始まっていく。そして、基礎自治体から県、広域になれば国ということでございますので、まずその辺も検討されたらいかがですか。
○泉田参考人 先ほど申し上げました、兵庫県からアドバイスをいただいた経験なんですけれども、先ほど時間がなくて途中までしか言えなかったんですけれども、その後何が起きたかということを御説明しますと、実は、知事室の脇に兵庫県のチームにいていただいて、パソコンのLANも引いて、それで、こういう制度になっています、泉田さん、そろそろこういうことをやらないとだめですよとアドバイスを受けていたわけなんです。 これは、対等の自治体間ですと、今度は県組織がどう見えるかということなんですが、知事を通じて他県から指図されているという微妙な感じが生まれてきまして、そうすると、アドバイスをしているチームはよかれと思ってしていても、他県を指示するというのは心苦しいので我々そろそろ引かせていただきたいというような話が出てきて、やはり帰られるということになりました。 だから、これは、制度として位置づけるということと人間関係で済ますということは違っていて、DMATとかTEC—FORCEのように、制度化をされていればアドバイスをしてもらえるのは当然というような形にした方が円滑に動くのではないかと考えております。
○佐藤(正)委員 どうもありがとうございました。 余り深くわからないままこうやって言って、今ちょっと反省していますけれども。確かにそうですよね。よその県から来たら、まあ変な話が、よそ者が来た、そこから命令を受けているというのはなかなか理解しづらいんだろうと思います。そういう意味では制度が必要なんだろうと思います。 それから、野田参考人にお尋ねをしたいんですが、先ほど、まず逃げることが一番と。この委員会でも、私も質問させていただいたんですが、まず一番に逃げる。しかし、逃げるところが問題であって、先ほど知事からもお話がありましたけれども、では、三十キロ圏内から逃げてくれと言ったところで、どこに逃げたらいいんだろう。今回の原発については、逃げた方向が間違っていたとか。そういった意味では、逃げるということが本当に一番大事であり、その避難場所を決めるのも大事なんだろうと思います。 この委員会で私はちょっと大臣に質問させていただいたのです。避難場所の設定について、国はどう考えているんですか。地方がやはり一番よくわかっている、そこで、地方にお力をかりて、再度避難場所の検討をしっかりやると。 先ほど申し上げたように、訓練していた場所が実は一番危険な場所だったりとかいうこともあろうと思います。そういう中で、釜石市は、全国で見てもすばらしい防災教育をされていたと思います。 もう時間がありませんけれども、そこでもう一点、先ほど来、被災が起きた場合に、いわゆる人、物、お金、制度もそうなんですが、それをやるためには現場が一番だというふうにおっしゃられました。 予算委員会のときに、福島にこういう意見を聞く場がありましたけれども、そのときも福島の方が言われたのは、実は、復興庁で、国でやるとかじゃなくて、もうじかに置いてほしいと。人、物、お金もじかに置いてもらって、そこで自由に使えるように。なぜなら、現場は制度以上に人命を守らなきゃならない、そういう点で、現場に置いてほしいんだ、これは私の夢なんですけれどもと言われました。決して夢ではないと思います。 その点について、もう一度、野田市長さんの方から御意見を聞かせていただければと思います。
○野田参考人 特に震災直後というのは、まさに暗闇の中を手探りでさまざまな活動を展開しているという状況でございまして、そういう意味で、例えば、避難場所でたくさんの方が避難しているときに、食料がない、そういったときに、近くのお店屋さんからいろいろなものを、そこは人がいないわけですね、その店にも人がいない、だけれども、まずいただく。あるいは、冷凍庫の車両があって、その冷凍庫も誰もいない、でも、そこから食料を調達して何とか命をつなぐというふうなことも現実にあるわけなんですね。 ただ、そういうときに、では、法的にはどうなんだということを相談する人もいないし、今回、こういうような状況があるという中で、事前にきちんと災害救助法とかそういったものを隅から隅まで勉強して対応していればよかったと思うんですが、どの自治体もそこまで余裕がない中で対応してきたと思います。ですから、そういうときに、やはり相談できる人がそばにいるというのは非常に心強いものがあります。 先ほど申し上げました釜石市のように、職員体制がある程度維持できているところはそれでも何とかできたんですが、そうでないところもあるということを考えますと、やはり先ほどお話がありましたとおり、そういった方々、あるいは国の直接的な支援体制というのが望まれると思います。 先ほど国土交通省の東北整備局の話をしましたけれども、一番先に国の方から来たのはリエゾンの方々でございました。東北整備局は、東北全体のそういった災害状況を、防災ヘリ等で、きちんと航空写真等で状況を把握しておったんですね。我々は、全くその情報がない、電気が寸断されてテレビも見られない状況の中で、初めてそういった情報が得られたのはそこでございました。ですから、今回、非常に助かったな、こう思っております。 ですから、こういったものをきちんと制度化するというのがやはり重要ではないかな、こう思っております。
○佐藤(正)委員 もう時間が参りましたので、最後に一点。 一番使いにくかった制度というのは何ですか。知事、それから市長にひとつ、あれば。
○泉田参考人 法制度と予算ということなんですが、法制度は、私のケースでは、特別立法をお願いして、事前に受け側の行政組織でチェックをさせてもらいました。弾力運用をやっていただいたおかげで、かなりそのデメリットの部分は解消できたかなと思っています。予算については、基金をつくっていただいたということで解消できたと思っています。 やはり、規制とお金、これの調整というのに仕事の八割方をとられるという感覚、野田市長に全く賛成です。
○野田参考人 いろいろな、要は全ての制度が壁になってしまって、それを何とか解決していくということできょうまで来たわけですが、その中で最大のと言われますと、やはり復興交付金ではないかなと思います。当初は使い勝手がいいということで言われてきたわけでございますけれども、実際は、何かをするたびに国の方と協議をして、やっと認めてもらう。それでだめなものは効果促進事業でと。今度はそちらの方もまた協議をしていかなければならないということ。 冒頭申し上げましたけれども、被災者に対してのいろいろな活動を展開していかなければならない中で、国との協議の方で本当に時間と労力を費やしてきたと思います。結果として、我々の主張が認められて、いいですよということになるわけなんですが、だったら最初からそうしてもらえれば何も苦労はなかったのに、こう思うわけでございます。ですから、これから災害が発生した場合には、そこのところをよく御理解していただいて、苦労のないようにしていただければありがたいと思います。
○佐藤(正)委員 大変貴重な意見、ありがとうございました。
○坂本委員長 次に、小宮山泰子君。
○小宮山委員 生活の党の小宮山泰子でございます。 きょうは、大変お忙しい中、また、大変貴重な御意見、御提言をありがとうございます。 準備をしていたものもあるんですけれども、やはり参考人の皆さんのお話を聞くと、それについても伺いたいなということが出てまいりました。それも含めて、時間内で御質問させていただきたいと思います。 まず最初に、東日本大震災のときには、TEC—FORCEもそうですし、また、地方整備局がくしの歯作戦等をやって、ミッシングリンクというか、やはり被災地にきちんと行けるようにすること、これは大変重要なんだというふうに思っておりますし、私自身も、新潟での震災のときには、仲間とともに炊き出しの応援に行かせていただいたときには、迂回路があるかないかで、やはり目的地、現地とはボランティアセンターを通じて連絡はしていたんですけれども、現地は埼玉から遠くはないんですが、行く道が当日までわからないということも経験をいたしました。 そこで、ミッシングリンク、つながっていない高速道路の整備や主要幹線道路の災害対策の重要性について、どのようにお考えになるのか、もっとこれを進めるべきなのか、こういったことに関しての御所見を、まず河田参考人からお聞かせいただければと思います。
○河田参考人 今御紹介ありましたように、東日本大震災では国道四号と東北自動車道がほとんど無傷でしたから、いわゆるくしの歯作戦ということで、内陸から海岸に向かって、きょう御出席の釜石、あるいは大船渡、いろいろなところへ行けたわけであります。大体百キロ行けば到達できるということだったんです。 東日本大震災はそれでクリアできたんですけれども、その秋に、台風十二号で大台ケ原が大きな被害を受けた。ここでは、実は、東日本大震災よりも対応が難しかったということがわかっています。なぜかといいますと、道路が寸断されて、しかも山岳地帯ですからヘリコプターも近づけないということで、現場に入れないという問題があったわけであります。 将来、心配しております南海トラフ巨大地震が起きますと、紀伊半島南部あるいは四国南部が全く孤立するということがとても懸念されています。特に、紀伊半島はまだ高速道路が六十三キロにわたってつながっていないということで、陸の百六十八号、百六十九号も山岳道路でありますから、土砂災害で通れない。しかも、海からは津波がやってまいりますから、港湾、漁港も使えないということで、東日本大震災どころではない対応の困難さが今から想定されていて、これは高知県、徳島県もそうであります。 ですから、いわゆる社会インフラとしてだけではなくて、生活、命を守る道路として高速道路を早急につなげるということはとても重要ではないかと考えております。
○小宮山委員 私の出身が埼玉なものですから、津波のことが非常に、今回の震災におきましては、大変、防波堤にもなって、中と外では被害が随分違うという意味では、高速道路網というものはまた新たな意味があるんだなということを実感もしました。また、鉄道網につきましてもやはり住民の足として大変重要でもあるということで、この高速網や鉄道網など、交通網をきちんとつなげるというのは大変有効な防災、減災につながるんだというふうに思っております。この点に関しましては、多分どの党も反対することはないんだとは思っておりますので……(河田参考人「ちょっといいですか」と呼ぶ)御意見があるそうなので。
○河田参考人 ライフラインというのは、電気、ガス、水道、上水道、下水道、それから通信、道路、鉄道とありますけれども、阪神・淡路大震災からの十八年の私どもの経験からいきますと、一番重要なライフラインは道路です。これは、高速道路、一般国道、全て、道路が通れないと現地に入れないという問題があります。警察、消防、自衛隊も道路がなければ大量に現地に入れないという問題がありますので、電気ではなくて道路だという認識がとても重要だと思います。
○小宮山委員 ありがとうございます。 それでは、続きまして、泉田知事の方からもございましたけれども、専属の組織をもっと強化、法律的に、また制度的に制定してほしいということで、DMAT、またTEC—FORCEのことを言っていただきました。これに関しては、恐らく野田市長さんの方にも同じような思いはあるかと思います。 私自身も、東北地方整備局ももちろん現場で、特にひびの入ったような自動車を使って、本当に命がけでずっと日夜、復旧、また救助に当たられたということは本当に敬服いたしますし、改めて、この整備局のあり方や国の機関のあり方というのを考えさせられた、また、必要なことというのも痛感をしたところでもあります。私のエリアですと関東地方整備局、もちろんこちらの方も、このときには当然出動もしております。全国から救助、また応援に入っているということであります。 その中におきまして、また、先ほど野田市長さんの方から、一番の障壁というのはある意味制度の壁であったり、また財源の問題、この点が多く言われました。 地方分権、地域主権、やはり現場が一番決定権を持ち、責任を持ってできる、そして、その判断というものは尊重される、後ほどとがめられるべきものではないと思います。そのときの最善を皆さん尽くしていらっしゃるんだと思っておりますので、そういった制度の中で、これはやはり日ごろからの訓練というか日常からの備えもあってこそ、その場での判断もできる。できる組織、地方自治体につながっていくんだと考えておりますが、この点に関しまして、改めて御意見を深くお聞かせいただければと思います。
○泉田参考人 先ほど申し上げましたのは、首長は、地方の場合、選挙でかわってしまいます。必ずしも災害の法制に詳しい人がトップをやっているとは限らないという中で、いざというときに住民の生命財産をどう守るか、やはり的確なアドバイスをできる組織が必要ということではないかと思っています。 そして、例えば東日本大震災のときの例を出しますと、避難所と避難場所の区別が果たしてできていたのかというところは、私、少し疑問に感じています。 旧山古志村の全村避難、これを決定した最大の理由は、道路だけではなく、通信、電気、ガス、水道、全部ライフラインが切れてしまった。山古志小学校、山古志中学校は機能していました。機能しているところから避難をしてもらうという決断をしたんですけれども、それはなぜかというと、道路、ライフラインが切れたところに支援を続けるのは極めて難しい。自衛隊も今回、東日本大震災では五月ぐらいまで物資を運び続けました。 もし、このライフラインが切れているところから人を救助していればどうなるのか。 新潟の例でいいますと、初日からボランティアが入れました。初日から民間企業が物資を運べました。本来、物資を運ぶとか、それからさまざまなケアをする、そういうことが、ボランティアは来ないでくださいという形でアナウンスをされたというのは、全体判断の問題というのがあったのではないかと思っています。むしろ人命救助に自衛隊は注力をしていただいて、そして、民間ボランティアが当日から入れるところまでラインを下げるという判断。これを、当時であれば権限を持っているのは市町村長です。ここに的確にアドバイスをできるチームというのは、やはり制度化をしてつくるべきではないかと強く感じております。
○小宮山委員 同様に、その制度に関しまして、被災地の現場である野田市長さんにも伺わせていただければと思います。 現場の判断として、大変だったこととかがありましたら、また、どういった支援組織があったらよかったとか、そういったこともちょっとお聞かせいただければと思います。
○野田参考人 震災直後からたくさんの方々が支援に参りまして、特に自衛隊の皆さんの活躍というのは非常に大きかったわけでございますし、また、特に関西広域連合の皆さんが消防隊を結成いたしまして支援に参りました。 特に我々が一番困っていたのは、被災された方々の避難所生活はもちろんでございますが、瓦れきの中から、避難した方々の救助作業がございました。それが過ぎますと、次は御遺体なんですね。瓦れきの撤去の中から、御遺体が発見される、あるいは海の中から発見される、車の中から発見される。こうした御遺体に対して、どのような手続で遺体の安置所まで持っていくか。あるいは、遺体の安置所から、今度は検視、検案というふうなことから、今度はいわゆる火葬とか、一連の流れがほとんどできない状況でございました。 そういう中に、本当に、そういった体験のない職員もそこに担当者として対応していかなければならなくて、結果として精神的に耐えられないような、そういう状況にもなってまいりました。でも、地元の消防団とか、警察官の皆さんとか、さまざまな方々の御支援をいただいて何とか対応はできたんですが、これはやはり大きな課題ではないかなと思います。 どちらかというと、避難所の方々の避難所生活、食料とか衣類とか、そういったところには十分な対応ができたんですが、このいわゆる遺体というところの視点については、全くといいますか、ほとんど支援体制がなかったと思います。 最終的に、我々は、火葬場を、本当は土葬しろと、何人亡くなったかというのはわからなかったんですね。数がわからない。遺体安置所にたくさんの方が来るんですが、今度は、海上からも遺体が発見されるだろうというふうな話も出まして、当時、港が使えたのは釜石だけだったんですよ、岩手県の中では。釜石港にそういった御遺体がたくさん運ばれるというような状況になったときに、ではどうするんだ、では土葬しなくちゃならないという話もあって、本当に、ある程度の時期を過ぎますと、今度は遺体との毎日の取り組みがずっと続きました。まず、その点、一つ大きな課題だと思います。 それから、ボランティアの方々についてですけれども、たくさんのボランティアの方々が参りました。我々としては、ボランティアセンターをつくって、そこで、では次はこちらの仕事をしていただくというようなことで対応はできたんですが、恐らく、大槌町さんとか陸前高田市のように役場としての機能が果たせないようなところは、いわゆるボランティアを区分けするといいますか、対応するということが非常に困難だったのではないかな、こう思っております。 ですから、要は、最悪の状況、機能不全に陥っている役所と、何とか対応できるところと、さまざまな段階がある中で、やはりそれに応じた対応をしていただきたい。例えば、今回は静岡県が対口支援でしたね、岩手県の場合は。それから関西広域連合とか。いわゆる対口支援という格好で支援をしていただいたという形が非常によかったのではないかなと思っています。 ボランティアは自主的な活動ということを趣旨としているわけなので、それにいろいろと歯どめをかけるのはいかがかとは思うんですが、そのボランティアの方々の派遣先とか、あるいはその活動内容につきましては、今の対口支援のような格好で、事前に、ある市町村がその窓口をするとか、何かそういう仕組みがあれば非常にやりやすいのではないかな、こう思っております。
○小宮山委員 大変つらい部分も含めて伺わせていただきまして、ありがとうございます。 法文では出ない、御遺体との対峙をする、そういった意味では、本当にハードだけではなくソフトの部分もきちんと応援をして、そして併用していかなければならぬなというふうに思っておりますし、また、先ほどから、私ども生活の党としては、やはり基本的には基礎自治体を基本としてということで、一括交付金という形でもっと自由度を高め、そして地域の判断をできるように、国の財政のあり方も変えていかなければならないと思います。 また、先ほどから何回か御指摘がありますが、これだけの震災であります、単年度では対応できないということは、やはり、地域におきまして、復興に関しては複数年度ができるような基金の設立というのもきちんとした制度として認めていくこと、これも重要かと思います。 また、最初にありましたけれども、やはり緊急事態、このことに関しての決断というのは、通常の法律や通常の組織ではできないんだということも皆様のお話から実感もいたしましたし、私どもの憲法論の中では出ているんですが、きちんと緊急事態を制定するということの規範、またそういった規定なども設けなければ、今後の対応ができないんではないかということを改めて認識させていただきました。 本当に貴重な御意見をいただきましたことに感謝を申し上げ、質問を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○坂本委員長 次に、大見正君。
○大見委員 自由民主党の大見正であります。 本日は、河田教授、また泉田知事、野田市長さん、それぞれ参考人として御出席をいただきまして、ありがとうございます。 私が事前に用意したものもありますけれども、せっかくお話をいただきましたので、いささか雑駁で、また、抽象的な質問になろうかと思いますけれども、何点か御質問をさせていただきたいというふうに思います。 河田先生の方からは、国難災害、これをしっかりと捉えて、受けとめて、対策をしていく必要があるではないかというようなこと。それから、泉田知事さんの方からは、以前、私も県会議員当時に、中越地震発災後半年ぐらいしてからお伺いをしたときに、やはり知事室に、隣に職員の方をお招きして対応していく、時系列でいろいろなことを教えてくれて、そうしたことが大変役に立ったというようなお話もいただきましたけれども、そうしたことのほかに、複合災害が起こった点、あるいは時代とともに変わる災害の形態に対応した想定をしておく必要があるじゃないかというようなこと。それから、野田市長さんからは、最悪のシナリオを想定した対応が必要であるというようなことをお話しいただいたというふうに理解をしております。 そこでまず、自治体の準備として、最悪というものをしっかりと考えておく必要があるのではないかなということが、お三人の中の共通の一つの点だろうということ、それから、それについて時系列の対応、あるいは復興計画まで含めた、最大限できる、考え得るものを、今の法体系とは別の体系もつくることも含めて、相当柔軟なものをつくっておく必要があるのではないかということ、そういうこともお話をしていただいたというふうに受けとめました。 それで、実際それをつくっていこうとするときに、例えば、最悪のものを想定するというのは、それぞれの自治体によってどういうものが最悪なのかというのは当然地域によっても違ってまいりますし、それから、最悪ということも、どこまでが最悪なのかというところもいささかこれは難しい。特に、複合になった場合は大変難しいのだろうというふうに思います。 そしてまた、それをそれぞれの自治体が想定するということも技量的にも難しいでしょうし、それを想定した場合、対応をどうするかというところはもっと難しいのかなというふうに思いますので、まず、最悪の事態というのをどのように捉まえて、どこまで想定をしたらいいのかというところを、どんなふうに具体にお考えなのかというところが一点。 それからもう一つは、それの対応ですね。復興計画あるいは時系列の対応、こうしたことも含めて、自治体として、国と連携をし、都道府県と連携をしながらどこまで対策がとれるのか。 これは、最悪を想定するときであれば、例えば私は愛知県でありますので、先ほど先生のお話の中には南海トラフ巨大地震もありました、スーパー伊勢湾台風のこともあるでしょう、それから海抜マイナス三・八メートル地域といって、アメリカのカトリーナ台風よりもひどく水害が起こるという想定ができている地域もありますけれども、そうしたものが全部複合で起こってきたときに、いたずらに住民の不安をあおるようなことばかりになってもいけない。すぐに対応ができないということは事実でありますので、そうした場合に、想定はするけれども、実際の準備として、対応をどこまで、どういうふうにしていったらいいのか。 これは、自治体の長なり政府も含めまして、想定をする以上、その方策というのを当然きちっと考えていかなければいけないというところの中で、大きなジレンマ、住民に対しては大きな不安を与える結果にもなろうかというふうに思いますので、復興計画は必要かもしれませんけれども、その対応をどうするのかという点。 この二点について、それぞれの御意見が伺えればというふうに思います。
○河田参考人 まず、最悪の被災シナリオの問題ですけれども、今、研究としては、首都直下地震が起こったときに東京が壊滅するにはどういうふうな攻め方をすればいいのか、南海トラフ巨大地震が起こったときに日本が壊滅するにはどうするのかという逆の発想で研究をしています。 というのは、これまでの研究というのは、防災対策も含めてですけれども、やればやるほど安全になる、そういう特徴がありました。ですから、時間がたてばたつほど安全になるという錯覚がありました。それを超えるものが来た途端に、効果がないということがわかったわけであります。これは、原発の問題が一番端的にあらわれているわけですが。 ですから、最悪のシナリオというのは、現存のシステムを壊すにはどうすればいいのか、こういう研究をやれば、そうならないようにするということが防災対策、減災対策につながるということなのであります。 それから、そういう研究をやっていますと、複数の被災シナリオが出てまいります。そのときに、自治体であれ企業であれ、一番起こりやすいシナリオが一体どういうものなのか、そういうボトルネックになっている被災シナリオを見つけるという作業が次に残ってくるだろうと考えております。 いずれにしましても、被害を極小化するという立場に立って、これまでは被害を起こさないという立場でいろいろな対策をやっていただいていたんですが、それを乗り越えるものが来たときには、そういうアプローチは余り効果がないということがわかりました。 それから、二点目の問題ですけれども、実は先日、アメリカ合衆国に調査に参りました、ワシントン、ニューヨークに行ってきたわけですけれども。実は、二〇〇五年のハリケーン・カトリーナで大失敗をやりました。今から十年前の九・一一のあの同時多発テロで、アメリカ政府は、連邦対応計画から国家対応計画に変えて、それから、国土安全保障省という省をつくって十八万体制で新しい取り組みを始めたわけでありますが、それで迎えたハリケーン・カトリーナで大失敗をやりました。 なぜそうなったかというアフターアクションという形で検証した結果、実は、いろいろな点がわかってまいりました。 今御指摘のありましたように、タイムラインと申しまして、災害が起こる可能性のあるときに、どれぐらい前から準備をするかということなのであります。今回のハリケーン・サンディでは、百二十時間前からタイムラインに沿って、連邦政府が中心になって、各省庁、十五の課題について責任を持ってやる。そこに州政府、市政府がぶら下がったわけであります。 このように、地震も津波も高潮もそうですけれども、どういうことが起こるかということがあらかじめわかってまいりますので、それに対してどこが責任を持ってどういう体制でやるか、そういうプログラムをつくっておく。そして、プログラムどおりには災害は推移いたしませんので、それに合わないところをどうするんだ、そういう縦の糸と横の糸をどうつないでいくかというシステムづくりをぜひ国の防災体制の中で充実させていただきたいと思っております。
○泉田参考人 まず、一つ目の御質問ですが、最悪の想定はどう考えるかということですが、自治体で行う想定というのは、やはり計画に基づいたもので、甘く考えないというところに尽きるんだと思います。津波、地震、火山、土砂災害、水害、原子力、高潮災害等、それぞれ対策編の計画をつくっていますので、そこで真摯に向き合うということ以上のことはなかなか難しいというふうに考えています。 自治体としてどこまで対応をとれるかということなんですが、最悪のシナリオの定義というのはなかなか難しくて、求められるのはクライシスマネジメントということだと思います。特に、海外の方々とお話をすると、日本語で防災と言うんですが災害は防げるんですかと驚かれます。防げないことが起きるというのが災害ということです。 一つ例を申し上げますと、本県でも歯科医師会から、防災訓練に参加させてほしいという要望をいただきました。これは、今までタブーなんです。なかなかできない。なぜ歯科医師会が参加できないのかというと、歯科医師会が参加をするときは、死者が出るという前提ということになるわけです。 それを想定できるかどうかということなんですけれども、クライシスマネジメントと防災というのはやはり違っていて、起きてしまった後、社会を混乱させずに復旧復興させるという意味では、自治体ができるやるべきことを、やはり危機管理、クライシスマネジメントと定義ができるかどうかということが大変大きくて、最大の災害を想定して全て防ぐというのは、残念ながらなかなか困難ではないかと考えています。
○野田参考人 最悪のシナリオということでございますけれども、我々からすると、市町村の立場でございますけれども、市町村が住民の命と財産を壊滅的に失うということが最悪のシナリオでございまして、また、そこに住んでいる方々にしてみると、自分の家族を失ったり、あるいは家屋を流失したりということ、これがまさに最悪のシナリオ。そういう点からすると、今回がまさに最悪のシナリオでございまして、まさに、千年に一度と言われているような状況に今見舞われたということでございます。 ただ、冒頭お話し申し上げましたとおり、同じ最悪のシナリオでも各市町村によって被害の程度が違うということから、何か最悪ということが少しずつ薄められてきているような感じがするんです。ですから、私は、今回の被災地の中で一番被害の大きかったところが、その状況が今回の被災の状況だというふうに認識をしていただくべきだろう。それを一つの反省、教訓として、これからの体制を組んでいただきたいというのが我々の願いでございます。 その中で考えられるのは、行政の責任、国の責任の中で、先ほど申し上げましたように、やはり住民の責務というのもあるだろう。そこに住む以上は、そこの住民がどのような考え、意識、危機意識を持って生活をしていくかというところをやはりきちんと位置づけていかなければならない。きちんとお互いがその責務を分かち合いながら、そこに新たな町をつくっていく、そこに住み続けていく、次のステップに向かえるのではないかな、こう思っております。
○大見委員 もう既に残り時間が少なくなってまいりましたけれども、最悪のシナリオをどうするか、それに対する対応、これは本当に全て想定をしていく、いろいろなことを考えていくという、イマジネーションが豊かな形で捉えることができるような人材というのが必要だというふうに思います。これは自治体においても必要だと思います。 野田市長さんの方からのお話の中にありましたとおり、住民の責務という点では、住民自身もやはりいろいろな想定、自分で柔軟な対応ができるような人材というか、人になっていかなければいけないというところで住民の責務ということを強調されたのではないか。釜石の奇跡というのは、まさにその中で具現化できた事例ではないかというふうに思います。 そういう意味では、防災教育あるいは防災訓練を通した災害意識の向上というのが必要になってくるのではないかというふうに思いますけれども、例えば、自治体の総合防災訓練なんかを見ましても、朝、中学校か小学校に避難をしてまいりますと、もう事前にテントが立っていて、ブルーシートが敷いてあって、座ればお茶が出てくる。そして、まことにスムーズな防災訓練が繰り広げられ、終わりのころには非常食が振る舞われる。こういったことは、多分あり得ない話だというふうに思っております。 ところが、自治体の中ではそういった訓練がされていて、この訓練に参加をされた皆さん方というのは恐らく安心をして帰っていかれるのではないかと思いますけれども、実際はそうではないというところに、やはり自治体自身の住民の防災教育というものの実践的でない部分というのが出てきているのかなというふうに、私自身は感じております。 その意味で、防災に強い人を育てるという観点から、河田先生には、人と防災未来センターの所長さんということもありますので、そうした点から少し御見解をいただきたいと思いますし、また、泉田知事さん、また市長さんからも同じような観点で御示唆がいただければというふうに思います。
○河田参考人 人と防災未来センターはことしで十一年目を迎えていますが、自治体の防災担当職員、これまで四千六百名の研修を終わりました。研修といっても一週間、二週間という長丁場の研修でございますので、全国の自治体の職員で研修を受けておられない方はほぼいないという状況になっております。これを今後とも継続したいと考えております。 また、防災教育につきましては、実は、防災訓練につきましては定番メニューと新規メニューという二つの組み合わせでなければいけない。今御指摘ありましたように、毎年同じことを繰り返す、しかも、自治体の職員は担当は二年ごとにかわりますので、毎年同じことをやっているという意識は余りないんですね。 ですから、半分は毎年同じことを繰り返す。例えば消火器の使い方とか、あるいは自衛隊がやってきて家の中から人を助け出すとか、そういう訓練はいいんですけれども、例えば小学校六年、中学校三年間、九年間訓練することによってどういうスキルを身につけることができるか、こういう防災訓練の目標が今ないというのが実は現状です。自治体の防災訓練もそうなんです。 ですから、例えば五年継続すれば最初と最後はどこが違うかというような、そういうことがわかるような形での訓練を、いわゆるプログラムをつくらないと、毎年同じことを繰り返しておると住民が飽きてしまうということで、そういうことをぜひお願いしております。
○泉田参考人 人材の育成ですが、河田先生からもお話ありましたように、やはり一般住民、特に小中学校、義務教育と、それから職員にかかわる部分があると思っています。 この小中学校につきましては、新潟県では、義援金をいただいたもののうち端数、まさに河田先生に委員長になっていただいて、最後、一円単位で配分するということではなくて、教育用の教材をつくるという形で、地域に合った、海際の学校、それから土石流の発生しやすいところ、水害が危険な地域、これを郷土の地理とともに勉強するという体制を整えました。これが効果を発揮することを期待しています。 職員についてですが、二つあると思っています。一つは、兵庫県を見習ってサケ・マス人事を今実施しております。それから、もう一つは二重辞令、これも兵庫県を見習ってということなんですけれども、防災担当職員が異動しても、いざというときに役割を持って駆けつける体制をつくっているという形で、二年ごとにかわって一からやるということではなく、常に対応できる体制をとっていく。これは、全国でできるような制度化が何かできるといいのではないか。資格がいいのかどうか、これは検討の余地があると思うんですけれども、対応が必要ではないかと考えています。
○野田参考人 先ほどお話がありましたとおり、各市町村で行われている防災訓練、避難訓練というのは、どちらかというとイベント的なものになっているということは否めない事実だろうと思います。 ただ、それをやらないよりはやった方がいい部分もあるというのも正直なところございまして、我々としては、どうしても継続せざるを得ないということになります。 しかしながら、今回の震災でやはり大きく反省、教訓としていかなければならないのは、先ほども申し上げましたけれども、住民としての意識というものを改めて持っていただく。 今までの反省点の一つに、津波というものに対する、これは津波のみならずさまざまな災害があるわけですけれども、例えば津波というものを取り上げた場合に、津波の訓練をしている中で、津波とは何なんだ、津波とはどれほど怖いものなのかというそのイメージをやはり共有できなかった部分があったと思うんです。 過去においては、明治二十九年とか昭和八年にも三陸の大津波があって、たくさんの方が犠牲になりました。あるいはチリ地震もありました。ただ、そういうことを経験してきた年配の方々が、だんだんだんだん年ごとに少なくなってきて、いわゆる生き証人といいますか、そういう生の証言が薄れてしまう。それとともに、やはり住民の意識も低下をしていくだろうと思います。 ですから、改めて今回の震災で一番我々が印象に残っているのは映像で、これが広く地域の皆さんで共有できるということ。今までこれはなかったんですね。ですから、言葉だけ、あるいは石碑で、ここから下にうちを建てるなとか、そういう文章とか言葉だけだったと思うんです。 今回は映像が残りました。この映像がすごく私は大事だと思います。この映像をもとにしながら、やはり住民としての意識の大きな変革、つまり、他に依存しない、自分で物事を考えて進んでいく、そういう住民をやはりきちんと育てていかなければならないし、みずからそういう住民になっていただきたい、こう思っております。
○大見委員 ありがとうございました。終わります。
○坂本委員長 次に、三日月大造君。
○三日月委員 三名の先生方、また知事、市長の皆さん、ありがとうございました。また、野田市長におかれましては、昨年の三月に私が釜石にお伺いしたときに現場からの貴重な御示唆をいただきまして、代行制度の創設等々、御提言いただいたことが今回この特別委員会で審議される法案になっております。改めてお三方に心から感謝を申し上げ、時間がありませんので、私の方からは、最初にお三方に三点問いたいと思いますので申し上げ、順次お答えをいただければと思います。 一つは、発災後七十二時間対応のことなんです。やはり、発災後七十二時間の間にいかに人の命を一人でも多く救うのかという視点の教訓は、今回、東日本大震災でどこにあったのか。 私たちは今党内で検討しておりまして、まずは、地域、自治体の人のことをよく御存じの消防という組織に権限を与え、その消防を中心に、例えば自衛隊、海保、警察等々との連携を図っていく、その体制を構築すべきではないか、情報無線体制も含め。そして、中長期的には、先ほどもお話が出ておりました危機管理庁ならぬFEMAのような組織を、これは国全体でつくり、地方に組織をまた細分化してつくっていくということが必要ではないかと思いますが、この点で、先生方の御示唆をいただきたいと存じます。 二点目は、先ほど野田市長の方からもございました財政、財源のことなんです。 復興も、地域によっては、段階によってはそれぞれ違いがある。また、今回の東日本大震災は大変広うございましたので、それぞれの地域、自治体でニーズの段階が違ってくるという状況の中で、野田市長からは、基金なるものを設置してみてはどうかというお話がございました。 私たちも、復興増税を行い復興のための財源を工面してきたつもりではありますけれども、いざ住民を救う、いざ復旧復興をやるというときの足かせにならない財政、財源のあり方。また、ややもすれば、南海トラフ、首都直下、これから防災対策を急ピッチで行っていく必要があると思うんですけれども、膨らみかねない防災対策の財政支援のあり方について、特に河田先生、御示唆、御知見をいただければと思います。 三点目は、今、最後に話題になっておりましたが、やはり人材、防災を担う人材、そして防災教育を担う人材のあり方なんです。 今、お三方からお答えがございましたので、私は、それぞれの自治体の職員の育成、確保ですね。これは、いろいろ調べてみますと、この委員会の中でも議論がございました。平成二十三年に発災いたしましたが、平成二十四年の段階で、では当時、発災したときに職員であられ、その後、一年間たってまだ今もその担当でいらっしゃる方というのが、例えば、内閣府の防災担当でも三七%、内閣官房安全保障・危機管理担当でも三五%しか残っていない。三割しかそのときの経験をした職員の方が、人事の関係もあると思うんですけれども残っていない、そういう状態もございます。 この、主に教育、防災対策の中核を担う自治体の職員の方の育成、確保という観点で、お三方の御意見を賜れればと思います。 私がしゃべるよりも先生方にしゃべっていただいた方がいいと思いますので、よろしくお願いします。
○河田参考人 今、三つの質問がありましたので答えたいと思いますが、まず、七十二時間対応というのは、実はこれは、れんがとか石づくりの建物が壊れた場合に、すき間があって、そこで生き埋めになっている場合は助かるということなのであります。木造住宅がぺちゃんこになる場合は、七十二時間ではありません。阪神大震災でも、死者の九〇%は十五分以内の即死です。ですから、この七十二時間というのは、あくまでもヨーロッパの、いわゆる建物の構造の違うところでの教訓ですので、それを余り我が国に適用してはいけないということなのであります。 さて、この七十二時間対応で一体どういうことが問題になるか。御承知のように、東日本大震災では、現場に入れないということがあって、情報が全くないという段階で動かざるを得なかったという問題がありました。 御承知のように、消防団、二百五十四人が亡くなりました。消防団とか消防署員というのは本当に現場を持っておりますので、非常に地理に明るい、しかも人をよく知っていただいているということで、議員が今御指摘のような警察、自衛隊よりもはるかに地元密着型になっているわけです。これは民生児童委員もそうであります。そういう方が今度大量に亡くなったということで、そういう方を中心にするのはいいのでありますが、それを強化するという方向をあわせて持っていかないと、今の体制では、高齢化が進んで、どんどんその力が損なわれているということなのであります。 それから、アメリカのFEMAというのは、オールマイティーではなくて、先ほど申しましたように、各省庁がやるべきこと、十五をきちっとやっていただく、そのすき間埋めを連邦の危機管理庁がやっているわけで、連邦危機管理庁が全て指揮命令しているわけではないのであります。各省庁ができないところを横断的にFEMAが調整している、そういうレベルであります。 そして、およそ七千億円という基金を持っておりますので、これは、直後に大統領が宣言をいたしますと、FEMAが独自の判断で使えることになります。ですから、現場でこの基金を使った対応が可能になります。そして、その使ったお金は、後から連邦の財源から補填されるという仕組みができています。ですから、大統領の非常事態宣言というものがあれば、FEMAが非常に自由に活動できるというところが特徴ではないかと考えております。 それから、財源の確保ですけれども、実は、御承知のように、復興基金というものは、一九九一年の雲仙・普賢岳で長崎県が初めてこの制度を活用いたしました。阪神・淡路大震災でも、兵庫県と神戸市が合わせて九千億円という復興基金をつくりました。新潟県中越地震、二〇〇四年に起きましたが、新潟県も五百億円で復興基金をつくりました。 県が中心になって財源を何とかするという方向がこれまでできてきたわけでありますが、東日本大震災では、残念ながら、この復興基金が県レベルではできませんでした。ですから、全てが国費になっている。ここに、町づくりあるいは地域づくりでいわゆる小回りのきく資金が要るのにもかかわらず国費を投入しなければいけないというところに、非常に使いづらい大きな問題があると私どもはにらんでいます。 ですから、やはりここでは、災害対策基本法というのは、基礎自治体それから都道府県レベルの自治体が全力を尽くすということになっておりますので、そういう被災県の前向きの姿勢が今回は非常に脆弱だったと私ども研究者としては判断しております。そういう意味で、県レベルでの復興基金をなぜつくらなかったのか。こういうことが、今の復興まちづくりの遅延というものにもつながっていると考えております。 次に、人材のあり方ですけれども、我が国だけが、防災担当職員がほかの職員とルーチンで二年ごとにかわるということを踏襲しています。ですけれども、高知県では例えば担当職員が八年間その職にとどまる、あるいは、三重県でもそういうことをやっているわけでありまして、人事考課というところでの物の考え方をもう少し柔軟にとっていただく。これは、海外ではそういうことは当然のごとく、ドイツでもオーストリアでも、こういう防災あるいは危機管理をやっている職員が五年、十年単位で職場にとどまっているということを通常化しておりますので、我が国だけがほかの職員と同じように二年ごとにルーチンで動くというふうな体制はいかがなものか、私はそう考えております。 以上です。
○泉田参考人 三点、お答えをいたします。 まず、七十二時間対応についての御質問を頂戴しましたが、これは、過去の災害を見てみますと、公的機関、すなわち消防、警察、自衛隊等で救助された方々は一割に満たない、救助された方々はほとんど近所の方、家族というところで救助をされているということであります。 問題なのは、孤立をした後、食料が届けられるのか、それから、水害の際に二階に取り残されて発見がおくれる、災害時要援護者の方に十分ケアができないというようなケースも散見されるところでありまして、むしろ、情報共有、助かった方々、ここにしっかりとケアをできる体制をどうつくるかということ、これは大きな問題だと思っています。 公的機関の問題でいいますと、やはり自衛隊が七十二時間フル活用できるかどうか、人命救助に特化できるかどうかというところが重要で、その七十二時間が食料輸送にエネルギーをとられました等々というのは、これはいかがなものか。 先ほども申し上げましたが、新潟の例でいいますと、旧山古志村から人を救助してもらえれば、運ぶ物資の量が減るわけです。下におりてさえしまえば、ボランティアが、民間がケアはできるということになりますので、この部分を、やはりまず命を守るために公的機関を使うという対応が必要なのではないかなと。 そして、自治体側は、情報収集です。待っていても情報は来ません、通常の行政と違って。新潟県の場合は、職員に担当を決めて、市町村に職員を派遣する、それでも足りないときは避難所に職員を派遣して、情報を上げることを市町村に要求しなくても情報を直接とれる体制というのをつくっていますので、そういう仕組みというのが要るのではないかと考えています。 二つ目の財源確保ですが、これは、量でなくて質。使い勝手、これは使っていいのかどうか、後でだめだと、返済ということになるとやはり使えないということだと思います。河田先生からもお話がございましたが、内閣府にぜひ基金を設けて、災害時に対応できるようにしていただけると大変いいと思います。 もう一つは、時間とともに変化をもたらす。最初のうちは、善意でやっている人しかいません。ところが、それが半年、一年といくと、事業で入ってくる人がいて、使われ方がおかしいんじゃないかというケースが出てくる。災害直後というのは事後チェックでいいんです。でも、時間がたってきたときは事前審査が必要ということになりますので、どこかでギアチェンジをするための仕組みというのを同時に入れればいいのではないかと考えています。 三つ目の人材育成ですが、先ほども申し上げましたとおり、サケ・マス人事、二重辞令ということで、やはり人事的には考慮が必要で、警察とか教員と同じように、ひょっとすると特別な給与体系を認めるというようなことがいいのか、もしくは資格を何か出した方がいいのか、この防災については専門職としての扱いが必要ではないかなと考えております。
○野田参考人 七十二時間ということでございますけれども、まず、いろいろな災害がありますから一概には言えないと思いますが、我々は津波の方の経験から申し上げれば、津波の場合は、ある一定の区域が全滅するわけでございますので、要は亡くなるか生きるかという二者択一しかないという状況の中で、何とかして、例えば、高いビルのようなところで命からがら助かったという方々もおられます。 実は、そういう方をどう助けるかというのが大きな課題になっておりまして、周りは全部一面瓦れきの山で救助のしようがないという状況の中で、どうしても自衛隊の皆さんのヘリによる救助作業等に依存せざるを得ないというのがまず第一点。したがって、自衛隊、消防隊、警察隊、いろいろ協力をしていただく機関はたくさんあるわけでございますが、こうした大災害の場合は、やはり自衛隊の力に依存をしていく率が非常に高い、そしてまた、今回は、そのことによって多くの方が助けられたという事実もあります。まずこれが第一点です。 それから、要は、瓦れきの山で道路も閉鎖されている中で、国道は国が啓開作業をする、県道は県が、市道は市がというふうな役割分担でやらざるを得ない状況の中で、当初は、これも一々国だからとか県だからというのじゃなくて誰かが全部片づければいいんじゃないかというふうなこともあったんですが、そういった事情があって、おくれている部分もありました。 国の方におきましては、先ほどお話ありましたくしの歯作戦で、非常に早い段階でこの作戦が進められたということもございましたけれども、それぞれの集落ではなかなかそれが思うように進まなかったというのもあります。そういう作業の中で生存者を救助していくということをしていかなければならない、非常に難しい状況でした。 ですから、自衛隊のヘリによる救助とあわせて、やはり道路がそういう状況になるということを考えますと、いわゆる林道とか山道といいますか、そうしたものの活用というのは非常に大きいと思います。 先ほど財源の話がありましたが、道路のミッシングリンクの話もありましたけれども、要は、主要な幹線道路はもちろんきちんとつくるということが必要ですけれども、そういういわゆる迂回路、避難道のようなものを、災害が想定される地域におきましてはそういうものをきちんと整備しておくというのも必要だろうと思います。 したがって、財源の話を先ほどからしているわけでございますけれども、先ほど先生方がおっしゃっているとおりでございます。あわせて、そういったものにもやはり使わざるを得ないのではないかということでございます。 それから、人材の育成ということでございますが、先ほど、職員体制もそのとおりでございまして、これはどこの市町村も同じような状況ではないかと思います。 ですから、今回の震災を契機に、こうした実績といいますか経験というものがやはり重要視されると思いますし、専門的な見地の、専門的な知識のある方が必要だということも改めて痛感をしたところでございます。 改めて、そういう意味では、大学の防災のところできちんとそういった研修を踏まれた方々を職員として採用するとか、そういった仕組みをやはりきちんとつくっていかなければならない、こう思っております。
○三日月委員 ありがとうございました。終わります。
○坂本委員長 次に、山之内毅君。
○山之内委員 日本維新の会、鹿児島から参りました山之内毅と申します。 参考人の方々におかれましては、お忙しい中、本日はまことにありがとうございます。改めて御礼申し上げます。 今回、災害対策基本法等の一部を改正する法律案、また大規模災害からの復興に関する法律案、こちらは東日本大震災の痛ましい被害の教訓をもとに改正、立法されているものと思います。改めて、死者の方々の冥福を祈りたいと思います。 さて、災害対策においては、平成二十三年十月十一日、中央防災会議防災推進検討会議等が設置されて、計十三回報告をされている。これまでの過去の経緯もあると思います。さんざん議論をされていらっしゃると思います。 その中で、我が日本は古来より、自然の恵みを享受されていると同時に、自然に感謝し、自然を恐れ、敬ってきたと思っております。その中で、自然災害と向き合ってきたと思っております。 今、現代においては、近来まれに見る、目覚ましく経済発展をして、海岸にまでインフラ設備を整えた現代日本にあっては、今後、将来どのようにそれに向き合えばいいのか。ハード面、ソフト面から防災、減災しなければいけないと思っております。 片や、防災、減災に関してでございますが、先ほど河田先生も御指摘されましたとおり、極めて国難の候補の災害、これに関してですけれども、被害総額は二百二十兆円、死者は三十万以上、これは最大の推定であると思いますけれども、こちらは我が国のGDPの約半分を占めるという状況だと思います。 また、国、地方の財政でございますが、今借金は一千百兆円、こちらがございます。当然、時代によっては、全て支援したくてもできないというような状況、もしくは、すると極めて国難な状況になってしまう、こういったものも想定されると思います。 先ほどありました日本衰退のシナリオ、東日本大震災、首都直下地震、そして首都圏の水没、南海トラフ、これが同時に来る、そういったものも想定して、極めて国難の時期に対応しなければいけない。その中で、優先順位を決めたハード面の設備、減災のもの、これは、もちろん人命が第一ではございますけれども、優先順位、ある意味、費用対効果もあると思っております。 この中で、まず優先順位一番に何をすべきか、そして二番目に何をすべきか、きめ細やかなタイムスケジュールが必要だと思います。この点について河田先生にお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。 〔委員長退席、林田委員長代理着席〕
○河田参考人 非常に難しい問題だと思います。それは、国の観点と地方の観点が同じではないということなんですね。 というのは、やはり災害の問題というのは被災者を中心に物事を考えなければいけない、これは阪神・淡路大震災の大きな教訓です。ですから、政府がどうあるべきか、自治体がどうあるべきかという前に、被災者を中心に置いた議論を進めていかなければいけないということにつながると思います。 そうなりますと、まず、例えば南海トラフ巨大地震も首都直下地震もそうですけれども、人的な被害をどう軽減するのか。命は大切で、生きていくことは貴重だというような概念がなかなか今希薄になっている。ですから、避難勧告が出ても、今風水害が危険なときにわずか五%しか避難しない、そういう状況になっている。つまり、情報がどうあるべきかという問題よりも、生きていくために必要なそういう情報なんだという認識が国民の中で非常に希薄になっている。これはやはり防災教育等も本腰を入れてやっていかないと、ハウツー物になってしまってはいけないということだと思うんです。 ですから、目標をしっかりと据えて、長丁場で努力する、そういう流れをいろいろなところでつけていけないと、特効薬はないというのが私どもの見解ですので、そういうものをどう将来にわたってつなげていくかということなんであります。 そして、災害対応で一番大事なことは、これは阪神・淡路大震災からも共通ですけれども、社会基盤の整備をきちっとやらないと、災害復旧復興はとても長丁場になるということがわかっています。災害に強い社会インフラというものをどう構築するか、これはやはり国家の骨格に相当する部分であります。そこのところを、例えば道路にしても、鉄道にしても、港湾にしても、そういったものは、ふだんは便利ということが余り実感されないわけですけれども、災害が起こった途端に、それをなくすということが大変大きな問題になる。 ほかのライフラインにつきましては、ほとんどが民間が実は持っているものであります。電力にしても、通信にしても、水道にしても、国あるいは自治体が主管的にやれるものではないということなんであります。例えば、被害想定につきましても、電気あるいは都市ガスあるいは通信にしましても、全て企業が評価したものを自治体あるいは政府はそのまま使っているわけでありますから、それは、逆に言うと、政府あるいは自治体がコントロールできるものではないということなんですね。 ですから、社会基盤整備の中でも特に国あるいは自治体が関与しておるものについては、優先的にきちっと整備しなければいけないということは間違いないかと思います。 それから次に、経済基盤の強化であります。 これは、あらゆるものが私企業という形になっているわけですけれども、東日本大震災あるいはタイのチャオプラヤの災害でもそうでありますけれども、今企業活動はグローバルに展開していますから、そういう視点での社会基盤整備というものも心して行わなければいけない。 例えば、南海トラフ巨大地震が起きますと、東京港以西の太平洋、一部瀬戸内海に面した港はほとんど機能を失うということが危惧されております。そういたしますと、船を使った輸送ができないわけであります。例えば、トヨタ自動車は名古屋港と三河港から船で完成車を輸出しているわけですから、これが全くできなくなってしまう。 こういうことが企業のBCPの中でどれぐらい勘案されているかというと、それは企業の努力の範囲を超えているわけでありますから、そういったところで、国家戦略として基盤整備というものを進めなければいけないものもあると思います。 以上です。
○山之内委員 ありがとうございます。 やはりハード面、ソフト面、そして一瞬ではなく長丁場の対策、こちらが必要だと思っております。 私も九州・鹿児島の人間でございます。さきの東日本大震災、これの影響は全くございませんでした。一部、経済が混乱したのはありましたけれども。この中で、やはり防災教育、こういったものを、被災をしていない都道府県、そしてまた今後被災が起こり得る都道府県、そういった方々にこの教訓を伝えなければいけないと思っております。 先ほどの資料がございます。鹿児島でも犠牲者数が千二百七十想定されている。恐らくこちらは日南海岸下の志布志の方だと思います。こういったこともありまして、いかにこの経験、被災経験を被災されていない方々に伝えるか、これが問題だと思っております。 私も、恥ずかしながら、その実態はなかなか存じ上げませんでした。当時、私は一国民であり、今回、新人でございます。現場には行っておりませんし、その中で、御遺体、先ほども野田市長の方からありました。「遺体」という映画を私は拝見させていただきました。その中において、体育館の中に御遺体が運ばれてくる。それを歯科医師の方々が歯形をもって検視をしていく、あの実情、現状、これが国民の皆さんに本当に伝わっているかというと、なかなかまだ伝わっていない部分もあるかと思います。これを伝えて、悲惨さとともに、教訓、防災教育が必要だと思います。 また、私は、平成二十三年四月十二日、総務委員会に泉田知事それから野田市長が来られた議事録を拝見させていただきました。震災発生から約一カ月後の委員会だったと思います。それから二年二カ月たっておりますけれども、改めて、その当時から振り返りまして、この二年間、どのような課題がありまして、今どのように思われているか。泉田知事、野田市長、よろしくお願いいたします。
○泉田参考人 東日本大震災発災以来、やはり、被災者の生活再建をどのように進めていくのかというところ、ここについてはもう少しスピードを上げられないだろうかという思いは強く感じております。やはり、難しいのは何なのかというと既存制度の中にあるわけでございまして、新潟県の場合もそうだったんですけれども、生活を再建するためには、再建ができるための住宅、仕事、これを確保しないといけないわけであります。 住宅を再建するためには資金が必要で、その資金を出せない方々、例えば被災者生活再建支援法等で支援はあるんですけれども、それでは再建はできないということになります。 一方で、どこまで支援するのかという議員の御指摘、まさに国家財政、国のありようということと一緒ということなんですが、それをいかに公正にするかというところの制度、仕組みをやはり国全体として動かさないと、今の状況からなかなか脱することはできないのではないかということを感じています。 御参考までに、新潟の場合なんですけれども、新しく生活、住宅を再建する場合に、お金がない方々はどうするのかということになると、公営住宅という手段も無論あるんですが、もう一つ、地域のコミュニティーの中で、やはり人と人との気持ちを一体としてきずなを持ったまま地域を再生したいという方々には、リバースモーゲージを提供いたしました。 これはもしかすると焦げつくかもしれないという制度なんですけれども、リバースモーゲージで再建をしたところに愛着を持たれた方は、返済をみずから進んでしていただいているというようなこともありまして、これは、持っているお金、どれだけ支援が必要なのかというのが表面上わからない方に対しても適切な、公正な支援ができるということではないか。 今のところまだ焦げつき事案というのは発生しておりませんので、新しく再建をする、そうじゃないと、値段が暴落をした土地に、坪何千円かで買って、さあ、うちを建てろと言っても、これは難しいところがあるわけです。 あと、職をどう確保するかということ。これが総合的に取り組まれていくということが復興につながるのではないかなということを、はらはらしながら見ているというのが現状でございます。 〔林田委員長代理退席、委員長着席〕
○野田参考人 この二年間どのような思いでというお話でございましたが、これについても先ほどお話し申し上げましたので繰り返しになりますけれども、いずれ、被災者の皆さんの暮らしの再建とか住まいの再建ということが最大の責務ということで、一生懸命取り組んできたつもりでございますが、国との協議の中でなかなか思うように前に進まない。これは決して国が悪いというのじゃなくて、要は、前にどのような課題があるかということを先に想定して、それに取り組んでいくというそのスケジュールを誰も知らないということによるものでございます。 ですから、まさに今、道を切り開いている状況にございますから、この我々の体験、経験を、東海、東南海、南海の来るべき地震、津波の地域の皆さんにぜひ教訓として伝えていただければありがたいな、こう思っております。 その最大のものは、やはり、我々の場合は津波が二十分から三十分、釜石の場合は三十分でございましたけれども、東海、東南海、南海はわずか数分で来る、そういう地域もあるというふうにお聞きをしております。ですから、東日本大震災と全く違うものが、しかもそれ以上の規模の大きい被害が想定されているということでございますから、もう我々以上の、先ほど最悪のシナリオというテーマで何度かお話しされていますけれども、本当に最悪の状況を想定した計画、防災体制を構築するべきだろう、こう思います。 一つお話し申し上げれば、ただ、早くというのも、必ずしも早ければいいというものでもないんだということでございまして、例えば、我々は、避難場所で生活をしている中で、今まで住んでいた場所の次の地域づくり、町づくりということもテーマにしながら話をするわけですけれども、家を流され家族を流されている人たちに次の町づくりはどうしましょうかという話をしても、全然、誰も相手にしないんですよ。こういう時期もあります。 ですから、その時期時期に何を被災された方々と相談していくかというのは、タイミングといいますか、スケジュール感がやはり必要だということでございまして、必ずしも、何でもかんでも早くやればいいというのではないんだ、このタイムスケジュールというものをきちんとやはりつくっていかなければならないと思います。 そういう中で、やはり、一人一人の被災された方々が新しい住まいの再建、暮らしの再建ということを想定されるような、そういう復興にしていかなければならない、こう思います。ですから、行政としての復興のあり方と地域としてのあり方、そして被災された一人一人の復旧復興というものがあるわけでございまして、これをうまくやはりタイミングを合わせていかなければならないのではないかな、こう思っているところでございます。
○山之内委員 ありがとうございます。 国、都道府県、市町村、そして民間企業も含めた連携、そして地域住民の本当のオール・ジャパンの体制で臨んでいかなければならないと思います。私も一国会議員としてこの意識を喚起することをここに誓いまして、質疑を終了させていただきます。 ありがとうございました。
○坂本委員長 次に、樋口尚也君。
○樋口委員 公明党の新人の樋口尚也でございます。 きょうは、お三人の皆様から、本当に示唆に富むお話を頂戴いたしました。大変有意義な御意見を頂戴したと思っており、心から感謝を申し上げます。ありがとうございます。 私も、事前の準備とは別に、今お伺いをした話を中心に御質問をさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。 私どももいつも支持者の皆様、市民の皆様に申し上げている、日本は、世界のたった〇・三%という国土面積の中で、例えばマグニチュード六以上の地震は二〇%以上起こるという世界屈指の自然災害大国でございますから、何としても今備えなければいけない、防災、減災、そしてレジリエンス、懸命に取り組んでまいらなければいけないし、一刻も時間は残されていないという認識で取り組んでいきたいというふうに思っておりますので、ぜひ御指導方をお願いしたいと思います。 まず、きょうお話を伺った中で、一点目は、先ほど野田市長さんから、実務的に、お金、財源について、東日本大震災の復興交付金の対象が五省四十事業に限られていたということについての改善が今後必要だというお訴えをいただきました。この点について、ぜひ河田先生と泉田知事の御意見をお伺いしたいというふうに思います。
○河田参考人 私ども、研究を進める中で、速やかな復旧復興をするにはどうしたらいいかということを標榜しているわけですけれども、先ほど答弁にもありましたように、地域がどういうものを目指しているかというものは全て一律同じではないということなんですね。それは、被害によって随分内容が異なるということだと理解するべきだと思うんです。 ですから、基礎自治体が被害を受けたときに、何を優先して復旧復興を進めていくかというそのイニシアチブを財源の方がカバーするという方向で動かないと、上からの目線で、復旧はこうあるべきだ、復興はこうあるべきだというプログラムにのっとった対応だけでは不十分だということなんですね。ですから、その意見が反映できるようなシステムづくりが、我が国の場合はまだまだおくれているということは言えると思います。
○泉田参考人 資金使途が限られているということは、災害の本質からやはり外れているのかなと思っております。 先ほども申し上げましたが、災害は一度たりとて同じ顔を見せないと言われています。同じ地震でも、時代により、場所により、そして陸上なのか海なのかによって被害が全部変わってくる、そこで必要な手当てというのは毎回違ってくるということですので、前例にのっとって、財源にキャップをはめるという意味で資金使途があるんだとすると、これは大変残念で、キャップのはめ方は別にして、資金使途は自由にしていただく。 全体の中で優先順位をつけろというのは地域の話し合いの中でできます。資金使途を限られてしまうと対応し切れないということですので、総額にキャップをはめる話と、資金使途でやるというのは、やはり別な話ではないかと考えています。
○樋口委員 大変貴重な御意見、ありがとうございます。 次に、野田市長にお伺いをしたいと思います。 先ほどのお話の中で、法的な壁、財源の壁、そして専門的人材の不足という三つの困難があったというお話でございましたけれども、その後にお話をいただきました代行の仕組みですね、今回も出てまいりますが、この代行の仕組みについては、発災当初のことだけでなくて、復旧復興までしっかりカバーをするような仕組みが必要だというお話を頂戴したと思います。少し詳しく御意見を聞かせていただけたらありがたいです。
○野田参考人 当初、災害の応急対策としての代行というのは、ぜひこれは必要だと思っております。 先ほど申し上げましたとおり、被害の程度がやはり違うところがございまして、繰り返しになりますが、例えば岩手の場合は、大槌町では町長さんも亡くなって、結局、その指揮をとったのが副町長さん。副町長さんも任期があって、その任期が来た時点で、今度はたしか課長さんだったと思うんですが、課長さんがそういう対応をしたという一連の流れがございました。これは非常に大変な負担なわけですね。 そういう地域もあれば、例えば陸前高田市さんの場合では、市長さんは命は助かったわけですけれども、例えば家族を失って、職員の方々が大勢流された。こういう中で、自分がその指揮をとるだけの精神的な状況にない、こういう方もあったと思います。 例えば釜石市の場合は、確かに被害はありましたけれども、私は何とか命は助かりました。職員も、被災はしましたけれども、何とかかんとか、コンクリートの上で寝泊まりをしながら対応ができたということで、その市町村によって震災直後の状況というのは全く違うんだ、こういう状況の中で、どうしても県あるいは国の代行が必要なところがあるんだということをやはり認識していただきたいと思うんです。 ですから、繰り返しになりますが、全体からすると、何かやっているんじゃないか、みんな何とかかんとか頑張っているんじゃないか、こう思われると思うんですが、そうではない地域もある。そこの地域の方にやはり視点を当てるべきだというのが、私がぜひこの場でお話ししたいと思っていたことでございます。 復興の方は、確かに状況が変わってきます。例えば大槌町さんを例にとると、選挙で新しい町長さんが誕生して、町長さんがきちんと対応がとれるようになっていますから、要は、復興の時期になるとそういう状況になるわけなので、あえていわゆる自治事務まで代行する必要はないのかもしれません。 ただ、これは想定されるところでは、今、現地ではそうなっていますが、もしかして、もっと被害が大きくて、それができない状況も続くのではないか、そういう最悪のシナリオを想定した代行制度が必要ではないかな、こう思っております。 これについては、先ほどいろいろお話ありました地方分権ということで、市町村の主体性というものはやはり大事にしていかなければならないと思いますし、今回、震災対応でそういった点が非常に重視されたということは、我々としては大変ありがたいと思いますが、それができない状況もあるということも、ぜひ御理解をいただきたいと思います。
○樋口委員 ありがとうございます。 次の質問に移ります。 先ほど河田先生からも、二年程度で人材が、スペシャリストの方がころころかわるようではといったような御指摘もいただきました。私も、大臣への御質問の中でもさせていただきましたけれども、やはり、FEMAのように、二十数年、大ベテランで、国の防災、減災対策、また災害対策にいそしんでいらっしゃる、ずっと、災害対策といえばこの人というような方が世界じゅうにはいらっしゃるということを聞いております。 日本の中央政府の、今は内閣府に専門の方八十名とか、今後百名にしていく、こういったような話もありますけれども、この中央の防災の、また災害対策のスペシャリストの育成、数的なことと組織的なこと、ぜひお三人の方に思いを教えていただければなというふうに思います。
○河田参考人 先日、ワシントンのFEMAに行って、日本は防災をどうしているんだということで、内閣府が五百人、それから防災担当が八十五人定員だと言ったらびっくりしまして、そんなことではできないだろうと。実は、アメリカのFEMAは今、五千人体制です。これは、二〇〇五年のハリケーン・カトリーナで、当時二千五百人の職員だったそうですが、倍増になっているということなんですね。 やはり、アメリカの場合、FEMAというのは災害だけではなくていろいろな危機を対象にしていますから、日本とは直接比較はできないんですけれども、こういう災害多発時代、あるいはこれからさらにそういう大きな災害が起ころうとしている中で、この体制は、我が国の場合はまだまだ充実させなければいけないと考えています。 それから、この体制をサポートするところが実は要るわけで、例えば内閣府の場合は、私が知る範囲では、各省庁からの出向組が大半であります。つまり、生え抜きの職員が少ない、そういう問題を抱えている。つまり、防災の文化が省庁の中でなかなか育ちにくいということが指摘できると思いますので、やはり、定員をふやしていただいて、生え抜きの職員がそこで生涯にわたってこういう危機管理という全体の仕事ができるような風土をつくらなければいけないと思っています。
○泉田参考人 河田先生のお話と重複をいたしますが、やはり、二年で人事異動が生じているというのは大変障害だと思っています。実態をわかっている方々が、六月を越えると顔ぶれが変わってしまう。また一から説明というのは、もう本当に被災地にとって大変大きな負担になっておりますので、ぜひ、国の方では、防災担当の職員、これを固定化するような人事をしていただきたいなと思っています。 また、危機管理監も、これも河田先生からお話があったとおり、ルーチンで異動してしまうという状況になっています。そうすると、複数の災害を経験していないんですね。むしろ地方の首長の方が複数の災害を経験しています。 では市区町村長はどうかというと、例えば新潟でも、短い期間に二回地震があったんですが、メーンに被災したところが違うんです、市町村は。 そうすると、本当に危機管理に対応した人というのが日本国でどこにいるんだということになると、やはり任期の長期化、さらに、役所の場合は定年があってそこでどんどんかわっていってしまいますけれども、一番枢要になる人は専門職でサポートをできるような体制、これをどうつくるかというのは大変難しい課題だと思いますが、ぜひとも専門職としての養成をお願いできればと思います。
○野田参考人 今、河田先生あるいは泉田知事の方から話がありましたけれども、まさにそのとおりだと思います。 現場の我々としては、やはり、要するに、特定の固定した関係者の皆さんと常日ごろ連携をとりながら、いろいろと指導を仰ぎながら進められる、そういう環境が一番大事だと思います。国あるいは県においてはそのようにしていただきたい。 我々市町村としても、市町村自体のいわゆる防災課と称するところの職員体制もまさにそういう状況にありますので、市町村は市町村としての責務といいますか、やはりきちんと対応するような体制をとっていきたい、こう思っております。
○樋口委員 最後に一問だけ、河田先生にお伺いをいたします。 「東日本大震災からの復興の進め方」という、第三回の復興構想会議で御発表されている論文を見せていただきました。非常に感銘をいたしました。我が国は災害発生から復興まで科学的知見がそろう世界唯一の国だ、こういう背景とか、我が国は千名以上もの防災学研究者が組織された世界唯一の国だということで、今後、予算をつけてこういう研究を長きにわたってやっていかれるという御決意と、ぜひこれを私どもも応援してまいりたいなというふうに思うんですけれども、この点について、御意見をひとつお伺いできればと思います。
○河田参考人 実は、一つ問題があります。 それはどういうことかといいますと、文部科学省が原子力の行政も所管しているということなんです。これは阪神・淡路大震災のときにはそうではありませんでした。科学技術庁が原子力の施設の担当をして、あるいは当時の通産省が担当していたわけです。 ですから、文部科学省は、今回、国際学術研究としてこの東日本大震災の教訓を発信するということを本当はやらなければいけなかったのでありますが、現実的には、東北大学を中心とした地元の大学に予算をつけるという形でこの研究が推移してきているという反省があります。 実は、阪神・淡路大震災のときは、オール・ジャパンで復旧復興の過程を、現在も追跡しているということなのでありますが、今回、残念ながら、オール・ジャパンでこの東日本大震災の教訓あるいは体験を学術面でどう世界に発信するかという動きが、経費的な負担もほとんどなされていないということで、地元の大学にしか予算がついていないというところに非常に大きな問題があると私どもは考えています。
○樋口委員 ありがとうございました。 防災、減災、そして自然災害に対応するということで私どもは全力で頑張ってまいることをお誓いして、質問を終わります。 ありがとうございました。
○坂本委員長 次に、高橋千鶴子君。
○高橋(千)委員 日本共産党の高橋千鶴子です。 きょうは、三人の参考人の皆さん、本当にお忙しい中御出席いただき、また貴重な御意見をいただきました。ありがとうございました。 こう言っている時間も惜しいくらいですので、早速質問をさせていただきたいと思います。 初めに、河田参考人に伺います。 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループの主査を務められました。また、きょうも非常に熱意を込めてそのことを訴えられたと思います。 それで、この被害想定を、二百三十兆円という大変ショッキングな数字でありましたが、三月十八日に古屋防災担当大臣とともに記者会見で先生が発表されまして、そのときに、防災、減災に特効薬はなく、対策の積み重ねが必要だ、このようにおっしゃったと報道されています。私は、特効薬はないというのは非常にそのとおりだと思いまして、やはりあらゆる知見とそして経験を総動員させて、国民の命と財産、国土を守っていかなければならないと思っています。 そこで、本日の資料の最後に、減災とレジリエンスということで提起をされています。この考え方は、既に先生は二〇一一年の五月に復興構想会議に対して、災害にしなやかに対応できる安全、安心な地域、都市づくりという形で提言をされています。 政府は、今、レジリエンス、国土強靱化法案という形で、法案で準備をされているわけですよね。だけれども、正直言って、しなやかに、どんなときにも対応できるというのは、政治そのものじゃないかというか、全部じゃないかというような気がするんですね。それを施策にするというのはなかなか難しいと思うんですけれども、どのようなイメージをされているんでしょうか。伺いたいと思います。
○河田参考人 もともと、被害をゼロにする防災というのは非現実的だと私どもは二十数年前から主張しておりまして、被害を極小化する減災というものを目標にしなければいけない。これは、東日本大震災復興構想会議の委員にも私、なりましたので、これからの我が国の防災対策では減災ということを中心にしなければいけないということで採択していただいたわけであります。と同時に、このレジリエントという、非常に回復力のある、力強い国土づくりといいますか、こういったものが必要だということなのであります。 そうなりますと、一体何から手をつけるかといいますと、例えばレジリエントな社会というのは、言いかえれば、民主主義が非常に成熟した社会になっている。すなわち、自助、共助、公助がうまく組み合わさっている、そういう社会だろうと考えています。 そういたしますと、まず基本となるものは自助であります。つまり、自己責任の原則というものがきちっとそこで担保されなければいけない。例えば、これからもますます防災情報というのは充実してくると思います。例えば津波の避難勧告にしても、正確に、詳細に、そして内容が非常に適宜出てくるというふうな時代になっていくことは間違いないわけですけれども、肝心の国民がそれにどう対応するかというところが実はとても大事なわけで、防災教育の大事さというのはまさにそういうところに尽きるわけであります。 ですから、レジリエントというものを具体的にどう具現化するかという形になりますと、やはりその基本になっているのは国の骨格をつくっている社会基盤整備、これがまだまだ不十分だということに実は尽きるわけであります。 といいますのも、結局、ソフトが大事だと申しましても、あるレベルまではハードで守らないと、ソフトだけではいかんともしがたいわけであります。ですから、ハードでカバーできないところをソフトがカバーする、こういう互換的な意味を込めて、ソフト対策も強靱化の中できちっと組み合わさなければいけない。つまり、ハードとソフトをどう組み合わせていくかということがこれから問われている。 そして、お金のない時代ですから、全てをハードですることは不可能です。そうすると、どこまでソフトをみんなが認知するのかというところが、実は民主主義の成熟と非常につながっているということに私どもは気づいたわけで、そういう制度的な設計の充実と、もう一つはやはり自己責任の原則を中心とした民主主義の成熟というものを軌を一にして進めなければいけないと考えている次第です。
○高橋(千)委員 ありがとうございました。 さらに伺いたいところですが、次に進めたいと思います。 次に、泉田参考人に伺います。 知事は、先ほど少し紹介もありましたけれども、中越地震や中越沖地震など、たび重なる災害を通して本当にさまざま先駆的な経験をされてきたのではないかと思っています。私自身も、地震のみならず、雨、雪、さまざま、新潟に通わせていただきましたけれども、やはりこれまでの既存の制度というのをさまざまな形で乗り越えてきた。例えば、長岡の高町団地のような人工の擁壁でもやはり公共と結びつけて支援をする、またそれを柏崎では山本団地の再生に結びつけること、そして公共に結びつけた上で基金がさらに個人を支援するというふうな形で乗り越えてきたのではないかと思っています。 それで、今回の大規模災害からの復興法案というのは、復興の枠組みをあらかじめつくっておく。ただ、やはりさっき言ったように災害によって違うので、基本方針はその都度つくらなければならない。それから、財政は全く決まっていない。その事情によって財政は措置すると書かれているので、下手すると全く同じ道をたどってしまうことになりかねないわけですよね。ですから、さっき野田市長もおっしゃったようなスケジュール感の問題と、やはり復興基金の問題というのがあらかじめ一定決まっておかないとうまくないんじゃないかなと思っているんですけれども、伺いたいと思います。
○泉田参考人 御指摘のとおり、やはり災害はそのときそのとき顔が違いますし、優先順位も地域の事情によって異なってくるということだと思います。住居中心の大都市部と、それから住居兼店舗もしくは漁業等の仕事の場というところがあった場合に、同じ優先順位にはならないですよね。住む場所だけ確保すればいいということじゃなくて、仕事とセットになるケース、さまざまあるわけですから、どの順番でやるかは、やはり住民の希望にかなった形で優先順位をつける、こういう制度が必要ではないかと思います。 一方で、では無限に支援できるのかというところについても、やはりキャップの議論というのは出てくるわけですから、これぐらいの被害が生じたらこれぐらいの金額というのをまずキャップを決めて、そして優先順位を地方で決められるという制度にしていただくと精度が高まるのではないかなと思っています。 新潟の場合は、復興基金、これは県に任せていただける制度設計にしていただいたということで、優先順位を決めることができました。やはり、これが新しい制度に結びついていったということがありますので、国全体のマネジメントとそれから地域のニーズを整合させるような運用というのをぜひお願いできればと思います。
○高橋(千)委員 ありがとうございました。 今おっしゃるとおりだと思うんですね。ある程度の、経験を生かした標準的なものと、同時に自治体の裁量でもう最初からこれは任せるよという、当然、何が一番大事なのかということを自治体が一番よくわかっているわけですから、ぜひそういうのが早く、積み残しと言わずに具体化していけばいいなと思っているところです。 同様の趣旨で野田市長にも伺いたいと思うんですが、私、二〇一一年の四月の頭に釜石の箱崎の漁民の皆さんと避難所で懇談をした際に、避難所にも入ったばかりなんだけれども、仮設住宅、二年で切られちゃうんだってとか、そういう声がすぐ出たりとか、あるいは、家は高台でもいいけれども、仕事場だけは浜に欲しいとおっしゃった。そうした際に、土地は買ってくれるんだろうかということをおっしゃった。 なので、たった今のことで、なかなか先のことは考えられない、でも、ある程度、ここまでは国が支援できるということがわかっていれば、多分持ちこたえられるんだろう、そういうことが、すごく私が実感して思っていることなんですね。市長が言っているスケジュール感というのもそれに近いのかなと思うんですけれども、少しお話しいただければと思います。
○野田参考人 先ほどもお話し申し上げましたとおり、やはり地域によってさまざま、被害の程度も違いますし、また、個々それぞれのお立場によって、自分は助かった、家族みんな助かったという方もおられれば、いや、全て流されたという方もおられます。 同じ避難所の中でそういったさまざまな方々がお住まいになっていますから、一概には言えないんですけれども、ただ、今までの流れの中で言えることは、例えば、いつ仮設に入れるんだとか、仮設に入ったら、二年という期間がどうなるんだとか、やはり心配になるわけですよ。特に高齢者の方が多いものですから。我々からすれば、それは何とか国がちゃんとやってくれるから、そんな細かいことを心配しなくていいんだと思うわけですけれども、実際、被災された方々にとってみれば、その日暮らしの中で、そういうところが実は大事なんですね。ですから、国の方で、そういったところが、もう心配ないですよというメッセージがちゃんと伝わるようにしていただければありがたい。 我々も、先ほど制度の話をしましたけれども、全てが法で決まったとおりに来ているわけで、例えば、法律が変わった、仮設が二年から今度一年延長になりましたというふうな話は、結局新聞等でわかるわけなんですね。ですから、新聞を見ている人と見ていない人が何か混在するというふうな状況の中で、やはり国の強いメッセージというものを復興庁なり対策本部なりがきちんと被災者に対して出す。これがちゃんと一人一人に伝わるような出し方も必要ではないかなと。 先ほどのスケジュールというのは、まさにそういう一つ一つのことが、被災者の立場に立った目線で、全体の流れが見えるような仕組みが欲しいと思います。 冒頭申し上げましたが、今回我々がやってきたのは、目の前がどうしたらいいかわからない暗闇の中で、少し何か、課題があって改善をしていく。次も一メーターの、明かりがちょっと見えてくる、またそこで課題を解決。振り返ってみると、今やっと全体像が見えてきたという感じなんですね。これは我々だけじゃなくて、実は国もそうなんですよ。県もそうなんです。誰もその先を示してくれる人がいなかったと思います、きちんとした形で。だから、先ほどスケジュール感という話をさせていただきました。 これは、国も県も市町村も、そして個々の被災者の皆さんも同じ共有できるものをぜひ示していただければありがたいと思います。
○高橋(千)委員 ありがとうございました。 それで、もう一度泉田知事に伺いたいと思うんですけれども、先ほど、法体系に対しての積み残された課題ということをおっしゃいました。知事の提案はかなりの部分が今回の法改正に盛り込まれたと思っているんですけれども、新潟県は真っ先に今回、南相馬市の方たちを受け入れて、現在、五千二百三十二人の避難の方を受け入れていらっしゃいます。 それで、今回、災害救助法に基づく支援策について、求償制度を変えるべきじゃないかというのは昨年やってほしかったんだけれども、それができないで、今回は国が立てかえるという形で、一歩前進だと思っております。それで大体解決するのか、あるいは現場の混乱からするとまだ課題があるのかを伺いたいと思います。
○泉田参考人 今回の地震、津波、そして原子力災害、やはりちょっと特殊なところがございまして、特に福島県からの避難者の皆さんは帰れるかどうかということの確信を持てないでおられます。そういった中で順次支援策が打ち切られていくという状況の中で、二重生活を強いられている避難者もおられます。そして、その支援の程度も、もと住んでいた場所によって違うというようなことになっておりますので、本当に困っておられる方々の支援を今のままできるのかということになると、やはり限界がある。 実際に、受け入れている自治体が把握をしている避難者のニーズをどう実現していくかということについては、またもう一歩前に進んでいただけるとありがたいなと考えています。
○高橋(千)委員 ありがとうございます。 残念ながら時間になっちゃったんですけれども、新潟県は、これまで母子世帯などへの高速道路料金の支援を行っていまして、さっきおっしゃったように、国が無料化をやると言ったんだけれども、支援の対象外のところを引き続き継続して支援をされるということを決められました。本当にありがたいことだと思っています。そうしたことが本当に国の支援策の中で生かされて、同じ避難者という形で支援ができればいいなということで、今後とも頑張りたいと思います。 きょうは、本当にありがとうございました。
○坂本委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。 参考人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。 次回は、来る二十三日木曜日午前八時五十分理事会、午前九時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時七分散会