原子力問題調査特別委員会 第3号
- 発言数
- 139 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 2013/04/08
会議録
○森委員長 これより会議を開きます。 原子力問題に関する件について調査を進めます。 本日は、本件調査のため、参考人として、元東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員長黒川清君、元同委員会委員石橋克彦君、崎山比早子君、櫻井正史君、田中耕一君、田中三彦君、野村修也君、蜂須賀禮子君、横山禎徳君、以上九名の方々に御出席をいただいております。 この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。 皆様方におかれましては、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会、いわゆる国会事故調において、東日本大震災に伴う原子力発電所の事故の原因究明等のため、集中的な調査を行っていただき、御提言の取りまとめに御尽力いただきましたことを心からお礼を申し上げます。 原子力問題に関する事項を扱う当委員会として、皆様が取りまとめた御提言をしっかりと受けとめ、今後の委員会活動を進めてまいりたい所存でございますので、本日は、それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、黒川参考人から二十分程度御意見をお述べいただき、続いて、野村参考人から三十分程度国会事故調の報告内容について御説明をいただき、その後、各参考人からそれぞれ十分程度順次御意見をお述べいただきたいと存じます。その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、御了承願います。 なお、参考人及び質疑者におかれましては、御発言の際は着席のままで結構でございます。 それでは、まず黒川参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。よろしくお願いいたします。
○黒川参考人 このような機会を設けていただき、ありがとうございます。 それでは、最初に私から二十分ほど、委員会全体を代表してこれについての発言をさせていただきます。 これは、御存じのように、日本の憲政史上初ということで、おととしの三月十一日の東日本大震災、それに引き続いて起きた福島原発事故について調査をするということですが、実際、これが立法府、国会両院で通ったのが九月三十日、それから、委員が発令されまして、十二月八日、ちょうど震災が始まって九カ月後に発足いたしました。ほぼ六カ月ということが法律で決まっておりますので、スタッフを集めることから始まりまして、本当にゼロでございましたが、十日後にまず福島第一に全員で行きまして、内規を決め、第一回の委員会を開催して、七月五日、ほぼ六カ月ということですので、両院議長にこれを提出したということであります。 その後、いろいろなプロセスがございましたけれども、ようやっときょう、九カ月たってこのような機会を設けられたことは大変私どもは喜んでおりますし、また、世界じゅうが注目している事故でありましたので、最初の事故が起こってからの九カ月、このような憲政史上初めてのことをやっていただいた議員の先生方には、本当に心から感謝しているところでございます。 さて、その後、発表されてから、私もいろいろな機会がありまして、プレスの問題とか、プレスセンターとか、そのほかに外国でも、ワシントン、CSIS、あるいは議会の一部の小委員会ですが、そのようなところで話す機会もありましたし、その後、去年の十二月ですが、外務省大臣級の会合が福島で、その事故の安全についてどうだったのかというのが、IAEAとの共同の会議が開催され、いろいろな話でこの報告書が話題になっておりました。 私どもは、十二月八日に皆さんそれぞれ抱負を語ったわけですが、そのときの記録もウエブサイトで見られます。私は、辞令を受けるに当たって、この委員会は、国民の国民による国民のための委員会であるという認識。二番目、未来に対してのメッセージを送りたい、そのためには、過去を振り返って歴史を検証する。三番目は、これから原子力発電は世界でふえていくということも予想されますので、そのようなことからいうと、世界とこの教訓を一緒に学びたい、それから、世界からいろいろな知恵あるいはアドバイスをいただくというフォーマットにしたいということをお話ししました。 そこで、私どもは、このプロセス、これは法律にも書いてありますが、委員会を結局全部で二十回開きまして、二十回全部ウエブでオープンにし、記者クラブもなしで、一応全ての報道に公開していただけるように取り計らいました。もちろん、来られない方々も多いので、ウエブで同時に開示したということでございます。 さらに、一回目は福島で行いまして、内規を決めたのが主だったんですが、その後の十九回の記者会見も含めた委員会は全て公開しておりまして、英語の同時通訳を入れているということについても、世界から非常に高い評価を受けたということであります。 なぜかというと、この福島の事故は、未曽有の大災害といいますか、地震と非常に大きな津波ということが大きな役割を果たしていることは確かでありますけれども、世界で第三の経済大国である日本、しかも、日本という国はどういうところに強さがあるかといえば、科学技術、それからエンジニアリングとか製造、そういうことに非常に強みがある日本で起こったということで、世界が本当に驚愕したということを認識しております。したがいまして、この影響を受けて、政府の毎日にわたる公表、それからテレビ、あるいは日本の記事については世界じゅうが注目して、フォローしていたところでございます。 そのようなことで、この報告書の評価は、そのプロセスの透明性と同時に、世界とこれを共有したいという意思がはっきり見えていたということが一つであります。 その後、野村主査からも報告がありますが、私どもは、非常に限られた時間で、報告書の中身はできるだけ事実を書く、ただ、私どもの判断、ジャッジメントはできるだけ避けるということをいたしました。委員の方々も一生懸命書いていただきましたけれども、個人的な、根拠のない判断についてはできるだけそぎ落とすという処理をいたしまして、事実に基づいた記述にとめておく、それをさらに、立法府からお願いされたわけですから、立法府の先生方に七つの提言として出させていただいたというのが、これの趣旨、報告書の内容でございます。 そのプロセスと内容が、自分たちの意見ではなくて、事実を書きとめ、それを七つの提言として立法府に提出したというプロセスと、その内容、本文の英語もウエブサイトで出ていますので、それについて世界じゅうが一応見られる、それをさらに評価できるようにしたというところだと思います。それが高く評価されている理由であります。いろいろなところで話をしたりすることがありますが、世界の評価は一応かなり高いんじゃないかなと思います。 一つは、私があるところでこの話を憲政史上初だと言いましたら、講演が終わりましてから、つかつかと歩いてきた人がいます。その人はイギリスの財務省に勤めていた人だと言いましたけれども、これが憲政史上初、信じられないと言われました。イギリスでは、常に二つ三つ、国家の非常に大事な問題については、行政府、立法府が同時に一緒になって独立した委員会を走らせるということが当然のことでありまして、そのプロセスも極めて透明性を高くする。 最近のイギリスでは、メディアと政治のあり方についての独立委員会があって、答申ができたばかりでありますが、それについての政府あるいは国会の反応が二、三週間前まで非常にメディアに取り上げられていたところでありますし、もう一つ独立した委員会が走っているのは、なぜ、どのようにしてイギリスはイラク戦争に参加したのかということについて、続けてやっております。 それから、ノルウェーでもお話ししましたが、ノルウェーでもこれが非常に注目されている理由は、二年前、御存じかもしれませんが、夏の休暇のときに、少しクレージーな人が、機関銃その他でいろいろな政府の建物を爆破し、さらに、避暑に行っているたくさんの人を乱射しまして、銃殺が起こったということがございます。あれについても独立した委員会がございまして、あれだけの人があれだけの武器のようなものを集めているのに、ローカルの警察も知らなかったということはあり得ないということで、行政府に非常に厳しい答申を出しております。 それから、数週前もそうですが、スイスから原子力関係の方が来ておられましたが、その方々も私に会いたいということで、話を聞きました。これについても、事故調というのが憲政史上初と言ったときに、えっという顔をされました。 そういう意味では、私どもの認識は、特に私の認識は、どこの国でも、民主主義で動いている国は、やはり三権分立と言われている機能をどうやって維持するかということを歴史的にも常に担保しようとするプロセスを入れているわけでありますし、さらに、このように国際化と情報が開かれているところでは、どうやって三権を維持するか、独立性を維持するかということに非常に苦労しているんだなと思いました。そういう意味では、これが初ということは、みんなが非常にびっくりしているというのも当然かなと思います。 イギリスの大事件といえば、もちろん、狂牛病ということが一九八六年に起こった続きの政府の対応、その判断が間違っていたので後で大騒ぎになりましたが、これも、EUが独立したコミッションで非常に透明性の高いプロセスでいろいろなリポートを出しておりまして、ウエブでも見られますが、それを着実に政府が実行することによって、十年後にイギリスの畜産業の産物が輸出できるようになりました。羊の病気が牛にうつってから、政府の最初のミスジャッジメントがあったにしても、イギリスの牛肉が輸出されるまでに、何と二十年の月日がかかっています。 そのぐらい、一旦失われた信頼を取り戻すというのはこのような国際的な社会では時間がかかるプロセスだということと、それをいかに世界に発信しているかということが国家の信頼の回復の一番大事なことではないだろうかと私どもは思っています。 そういう意味で、全く個人的なことで申しわけないんですが、私はこれは挨拶もしていますが、本当に、国会事故調をつくってくださった国会議員の先生方、それを拝命した私どもの十人、さらにこれを助けてくれたいろいろなスタッフの方たち、あるいはこの調査に協力してくださった皆さん方、それから被災をされた方々のおかげだと思います。 皆さん、科学技術の分野では、世界の雑誌で一番評価の高いのは「ネイチャー」と「サイエンス」だということをよく言います。この「サイエンス」というのは、世界最大の科学者の集合体になってきましたが、アメリカン・アソシエーション・オブ・アドバンスメント・オブ・サイエンス、アメリカの科学を進める振興財団のようなものがありまして、これのアクティビティーの一つが「サイエンス」という週刊のジャーナルを出しているわけですが、それがことしの総会で、五つか六つか七つぐらいの賞があるんですが、科学の独立と社会的責任という賞がありますが、それに私を選んでくれました。 私もボストンの総会に行ってそれを受けてまいりましたが、そのときの私の四分ぐらいの謝辞が、ブログにも出しましたけれども、本当に皆さんのおかげで、この福島の事故の対応から日本は学ぶというメッセージを世界に伝えたということが、サイエンティフィック・フリーダム・アンド・リスポンシビリティーという賞をくれたということで、本当にみんなに感謝するという答辞をいたしました。 さらに、外交では、もちろんいろいろな外交が今非常に複雑になっていますが、「フォーリン・ポリシー」という月刊誌があります。これも非常に外交関係ではよく読まれている本ですが、それが、世界のトップ百人のグローバルシンカー、思想をしながら活動する人ということで、四年前からその百人を選び出し始めましたが、二〇一二年度には私もその中に入れてあります。 それはなぜかというと、いろいろ調べてみると、あえて、非常に内向きな国に向かって、グループシンクは国を滅ぼしてしまうぞということを指摘しているよと。つまり、非常に均一性の高い同質性の中で、デシジョンをしないということでは非常に困るという話がこの中では出ているわけです。 例えば、規制のとりこなんかもそうですが、それぞれの立場の人が、その立場立場の権限によったデシジョンをしない。もしそれが何かの事故になったときには、どういう責任をとるつもりが、覚悟があったのかということを、委員会で繰り返し、プレスでも言っておりましたが、私どもは言っておりました。そういう意味では、「フォーリン・ポリシー」で私どものアクティビティーをそのように評価してくれたというのは非常にありがたいことだと思っております。 ちなみに、去年は、ミャンマーの改革をしたテイン・セインさんとアウン・サン・スー・チーさんを一位に挙げておりますし、その前の年は、一位は十人おりまして、アラブの春を引き起こした十人の人たちが評価されているということでございますが、そのようなことで、国際的には非常に高く評価されたなと思っております。 そういうことからいうと、機会があるごとに、アメリカの規制委員会の方々も、それから、十二月のIAEAと担当大臣会合が福島で行われましたが、その席に多くの国の方々が来られました。そのときも、フランスもスイスもハンガリーもアメリカも、別個に私に会いに来てくださいました。一体どうなっているのという話を大分聞きに来られました。 二月には、OECDでパリに話しに行きましたけれども、そのときも、フランスの規制委員会、それからEDF、最大の原子力エネルギーの会社、それから、WANOと言われる世界の原子力を運営している電力会社の会長さんがいますが、ローレント・ストリッカーさんですが、その人もぜひ会いたいということで、一日前に行きまして、フランス・パリで一日、もう一つは放射線医学研究所、私どもも調査中にミッションで送りましたが、そこも訪問してまいりました。 そのように、この報告書の内容と日本がどう対応するのかということは、世界は非常に注目しているのは、やはり、今までは間違ってきたことは確かにあるよ、規制当局の長も、アマチュアと言ってはおかしいんですが、専門性のない経産省のトップの人が一年ごとにかわっているんだよということはもうみんな知っていました。IAEAでも十分知られていることでした。 そういう話が何で起こったのかということ、どう改善していくかということが、日本のことを非常に注目しているのは、日本はやはり産業でも強いし、これから必要な原子力プラントをつくるのであれば日本の技術はどうしても必要だし、日本という世界の経済大国がどこまでガバナンスをちゃんときかせるかということを、この報告が非常に高く評価されているだけに、極めて難しいプロセスであるんだけれども、政治あるいは行政府、あるいは業者の間に立って、国会がどうこれをさばくかということは非常に皆さんが懸念をしていますし、新しい規制委員会がだんだん孤立してしまうのではないかということを、世界の有力な国家は極めて懸念を持って見ているところであります。 そういうことでは、私の挨拶としては、事故は明らかにまだ収束しておりません。最近でも、福島の第一においては幾つかの問題もありますし、放射能の廃棄物のものもありますし、水の問題もあるし、ネズミ一匹の問題もありましたが、国会事故調に言われたような実地の調査も実現していないこともわかっておりますし、被害者に対する対応も遅々として進まないということも世界じゅうでわかっていることであります。これは、国連の人権問題の特別調査のアドバイザーも来られまして、この報告を引用しつつ、日本の政府の対応に非常に厳しい見解を述べているところでございます。 このようなことから、この報告書にも書きましたけれども、使用済み核燃料の問題、この対応をどうするか、それからデコミッショニングをどうするのか、福島の第一を収束させるにはどうするのか、こういうことを、やはり世界の人たちが、自分たちのノウハウもいろいろあるので、ぜひ協力できないかということがたくさん来ています。 このような国政の重大問題について、特に原子力関係というのは世界じゅうが注目しておりますが、今回のような独立した調査委員会を実施するというプロセスをぜひ国会が積極的に活用して、先ほど言いましたような、使用済み核燃料はどうしたらいいのか、エネルギー問題はどうしたらいいのか、いろいろなこの関係、あるいはそれでない問題にしても、独立したこのようなプロセスをお使いになりまして、積極的に活用されることが、国家の三権分立、つまり、三権分立というのは、立法府という国権の最高機関と、それを施行していく行政府、それからそれについて司法という三つのアーム、三つの機関が、それぞれが独立してお互いの力を抑えるように働くというのが民主主義の基本でございます。 それは、システムは、アメリカ式、イギリス、スウェーデン、フランス、ドイツ、それぞれ違いますが、いかに三権が独立してお互いの力を抑え込むかということ。一票の格差もそうですし、行政に対して立法府が、どれだけ国権の最高機関としてそれを発揮しているのか、この三権分立の方策をどのようにして取り返すかというのは、世界では、これが初めてだということについて非常に驚きを持って見たというところは、明らかに、日本の民主主義をよりよく機能させたいというメッセージだというふうに受け取っている人が多いようでございます。 これを先生方が評価され、一つ一つ着実に実行していただければ、それをどうやってメディアが広報するかというのも大事なことですが、そういうことを、三権分立を機能させるというメッセージとして、私どもは、先生方に答申した一つの大きなメッセージだと思っておりますので、御報告させていただきます。 どうもありがとうございました。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、国会事故調の報告内容について、野村参考人から御説明をいただきたいと存じます。よろしくお願いいたします。
○野村参考人 ただいま御紹介にあずかりました野村でございます。 私は、当委員会におきまして主査というお仕事をさせていただきました関係で、大変僣越ではございますが、この機会に、私どもの報告書の内容等につきまして御報告をさせていただきたいというふうに思います。 報告に先立ちまして、当委員全体の総意といたしまして、まずは、このたびの原子力発電所の事故によりまして被災された方々に対し、心よりお見舞いを申し上げたいというふうに思います。さらには、厳しい環境の中で安定化作業のために力を尽くしておられます現場作業員の方々に対しましても、感謝を申し上げたいというふうに思います。 さて、時間が限られておりますので、私の方からは、お手元の資料を使わせていただきながら、さらにはこちらのスライドを使わせていただき、内容等について御説明をさせていただきたいというふうに思います。 まず、今回私どもは、三つの仕事を法律によって使命として与えられていたわけでございますが、一つは事故の原因の究明でございます。もう一つは被害の状況の確認でございまして、そして三番目が提言という形になっております。 事故原因等についての調査内容は後ほどお話をさせていただくとしまして、まずは、やや順番が逆かもしれませんが、提言の内容について簡単にお示しをさせていただきたいというふうに思います。お手元の資料にダイジェスト版がございますので、そこに載っております提言をごらんいただければというふうに思います。 まず、提言の一番目は、規制当局に対する国会の監視をお願いしたものでございますが、これに基づきまして本委員会が設置されたというふうに承知しているところでございます。 この提言の一には「規制当局」という言葉が書かれておりますが、私どもは国会の議員を経験したことがある者がおりませんので、実際、ここでの提言の内容につきましては、文言等にかなり不明瞭な部分があり、国会議員の先生方の方でこの提言内容をそれぞれ意味ある形で受けとめていただき、御議論いただいて運営していただくということを求めているものでございます。 私どもがこの委員会に期待しております内容は、ここにも書いてありますように、一つには、お手元資料、別紙になっておりますが、国会による継続監視が必要な事項としてまとめさせていただいているものについて御審議をお願いしたいというふうに考えたものでございます。 さらには、事業者、行政機関から独立した、グローバルな視点を持った専門家の意見も聞いていただきたいということをお願いしているものでありますが、諮問機関という言葉を使っておりますので、ややわかりにくくなっているかもしれません。 私どもの本来の期待は、当委員会がしっかりと議論を進めていただくということを期待しているものでございまして、その当委員会にさまざまな知見を与えていただくための諮問機関といったようなものを想定していたものでございます。 簡単に申し上げますと、先生方の審議の中で、必要とあらば何らかの形でアドバイスを受けるというようなものを考えているわけでございまして、この重要な点は、事業者、行政機関から独立した視点を持った専門家の意見も聞きながら当委員会の活動を進めていただきたい、そういう希望でございます。 規制当局という言葉を使っておりますので、第一義的には、対象となりますのは、規制委員会と言われているところ、それから規制に関する当局、規制庁と言われているところかと思いますが、私どもとしましては、国会でありますので、行政全般に対しても報告を求めていただきたいというふうに考えているところでございます。 ただ、ここの報告といいますのは、最低限、少なくとも、国会法に基づいて規定されております私どもの提言に対して政府がどのような形でそれを実施しているのかということについて、年に一回の御報告を法律上求めているものがございますので、それを当委員会で受けとめて、御報告を受けていただきたいということを基本に据えているものでございます。 そのほか、各省庁のつかさつかさでさまざまな施策が講じられていると思いますので、場合によっては局長クラスの方々などを参考人としてお呼びいただき、状況の確認をしていただくことは必要かというふうには思いますが、そのようなものをここで定期的な報告を求めるという形で要望させていただいているものでございます。 提言の二番目でありますが、政府の危機管理体制を見直していただきたいということであります。 これは、今回の事故原因等の究明の中で、当時の政府がさまざまなことに対して指示を出していたという部分の中で、問題をオフサイトとオンサイトとに分けた上で、技術的なことについては専門家に任せるという体制をきっちりと整えてほしいということを提言しているものでございます。 提言の三は、被災住民に対する政府の対応であります。 こちらは、依然として被災住民の方々は健康に対する不安を抱えておられますので、政府が主体的に健康管理のための施策を講じていくこと、さらには、除染などの作業についてもきちっとしたスケジュールが示され、住民が安心して将来の設計を描くことができるようにしていただきたいということをお願いしているものでございます。 提言の四番目は、電気事業者の監視ということでございます。 後ほどお話をいたしますように、今回、私どもの検証の中では、電気事業者の方の側が規制をつくってしまっていたという部分が幾つか散見されましたので、そのようなことが二度と起こらないようにするために、電気事業者と政府関係者との接触等に関してきちっとしたルールづくりをお願いしたいということ。 さらには、電気事業者の方が専門性を持っているという部分がありますので、むしろ、電気事業者を上回る専門的な知見を持って、電気事業者をきちっと監視していっていただきたいということをお願いしているところでございます。 さらには、電気事業者の間では、海外ではベストプラクティスはむしろ事業者の方でそれをつくり上げていく、そういうプロセスがございますが、そういったようなものを促していただくのもお願いをしたいということでございます。 次に、提言の五は、規制組織であります。 こちらは、狭義の規制組織として規制委員会及び規制庁のことを指しておりますが、こちらについては高い独立性、専門性といったようなものを要求するということをお願いしているところであります。 特に専門性に関しましては、残念ながら、今の規制庁は以前の保安院がスライドした形になっておりまして、世界水準から見ますと専門性に乏しいという部分がございますので、この点についての専門性の強化を求めているというふうにお考えいただければと思っているところでございます。 提言の六は、原子力法制の見直しでございます。 こちらは、これまでの原子力法制は、例えば災害時に関しましても、一般災害に関する法律の上に原子力災害を特別法として乗せるという形になっておりますけれども、むしろ原子力の安全というものを前提とした上での法体系に再構築をしていただいて、原子力問題というものを真正面に据えた形での法体系に再構築をお願いしたいということを求めているところでございます。 そして、提言の七は、独立調査委員会の活用ということでございます。 これは、私どもは、今回、国会事故調査委員会というものをさせていただきましたが、ただいま黒川元委員長の方から御発言がありましたように、大変有益な活動であったというふうに考えておりましたものですから、今後も、さまざまな問題点について、国会のもとで同じような独立した調査を継続していただきたいということをお願いしているものでございます。 これらの提言がなぜ出てきたかということなんですが、時間の関係もありますので簡単に御説明をさせていただきたいと思います。 スライドをごらんいただければと思いますが、私どもの方の報告書といいますのは、調査の結論として十一項目についての調査項目を挙げて、そして、それを踏まえましてただいまの七つの提言をさせていただいているということでございます。 では、この十一項目、それぞれどのようなことが書かれているかということでありますが、まず一番最初が認識の共有化ということでございます。 これは、先ほど黒川元委員長の方からも御発言ありましたように、私どもは、依然としてこの事故はまだ収束していない、継続しているという強い意識を持っているものでございまして、この報告書が出たことによって事故の問題が解決したかのように扱われることは本意ではないということを一番最初に書かせていただいているものでございます。 次に、事故の根源的原因についてどのような認識を持ったかということでございます。 根源的な原因といいますのは、今回の事故から見ますとややリモートな原因ということにはなりますけれども、そうはいいながらも、この部分での対応が行われていれば事故は回避できた可能性もあるということで、重視しているものでございます。 その一つは、三・一一以前に、先ほども申し上げましたように、規制する方の側が規制される方の側にコントロールされる形で、規制が先送りになったり緩やかになってしまった部分があったのではないかということを問題視させていただいているものでございます。 具体的に申し上げますと、新しい耐震基準というものができたわけでありますが、これに対する対応というのを、バックフィットと言われている、過去にさかのぼって適用していく、そういうやり方ではなく、バックチェックという形で、事業者にその基準に照らして点検をさせるという形になっていたこと、さらには、その点検と言われているものが、実際には事業者の方のスケジュールに任せきりとなり、最終的には、報告が十分上がっていないまま、今回の事故を迎えてしまったということであります。 さらには、津波対策につきましても、二〇〇六年には、溢水研究会と言われているものがございますが、ここでも、大きな津波が来た場合には電源の喪失あるいは全交流電源喪失の可能性というものが議論されていたわけでありますが、それに対しての対策が残念ながら講じられなかったということであります。 さらには、シビアアクシデント対策につきましても、IAEAから指摘があったにもかかわらず、我が国におきます深層防護の考え方は不十分でありまして、世界水準であります五層の防護というものには至らず、三層どまりになっていたということが問題点として指摘されているところでございます。 これは一例ということでございますが、こういった点についての問題点を指摘させていただいたところでございます。 次に、直接的な原因ということでございます。 私どもは、直接的な原因が、津波が主原因であるということを全く否定しているわけではございません。やはり津波が大きな原因であったというふうに考えているわけでございます。ただ、他の報告書では津波だけが原因であるというふうに書かれているわけですけれども、私どもは、それは確認ができていないというふうに申し上げているところでございます。 といいますのは、残念ながら、原子炉には立ち入っての調査ができない状況にありますので、さまざまな間接的な事実の中で、津波以外の原因による何らかのアクシデントがあったのであれば、それをも参考としながら次の対策を講じるべきではないかというふうに考え、幾つかの点を指摘させていただいているところでございます。 一つには、小規模なLOCAというのがございます。亀裂ということですけれども、こういったようなものが生じていた可能性もあるということです。そのほか、津波の到達時間といったものが少し東京電力の発表がずれているということなどを踏まえますと、津波が到達する前にも何らかの損傷が生じていた可能性があるのではないか。あるいは、一号機の四階に出水があったといったような証言なども見られるところでありますので、これらについてきちっとした確認をしなければ結論は出せないということを申し上げさせていただいたということでございます。 次に、運転上の問題点というのがございます。 政府の事故調査委員会などでは、これまで私どもが申し上げてきたことよりも、現場の作業員の、特にICの操作の誤作動といったようなものを中心的に捉えて、そこに大きな原因があったかのような報告になっている部分もございますが、私どもは、ICの操作について、あるいはベントのおくれなど、こういったような問題は、根本的には、あの困難な状況の中で作業員の方々が極めて困難な作業を強いられていたことが前提であるということから、準備不足が原因なんだというふうに考えているところでございます。 正確に申し上げますと、図面などがきちっと整備されていない中で、どこに行けばどのような操作ができるのかということがわからないまま、必死になって取り組んでおられたということでありますので、そういう意味では、東京電力の組織的な対応、まさにシビアアクシデントに対する対策不足というものが原因だったというふうに考えているところでございます。 次に、緊急時の政府等の対応についてでございます。 こちらにつきましては、まず第一に、緊急事態宣言の発出が、速やかにと法律上はなっているわけでございますけれども、ややおくれがあったのではないかということを指摘させていただいているところでございます。 さらには、官邸での対応ということでございます。 こちらは、やはり東電の側の方の官邸に対する情報の伝達というものにもやや不明瞭な部分、不十分な部分があったがゆえに、官邸側の方でもかなり不信感が募っていく状況になっておりまして、そのことが、官邸からの現場、すなわち福島第一原子力発電所の所長等に対する直接的な連絡をとるということをもたらしてしまったことを指摘させていただいているわけであります。 このことは、法律のたてつけでは予定されていなかった対応ということになっているわけでありますが、果たしてこれが本当に必要だったのかどうか、これがかえって現場に余計な対応の時間を必要とさせたり、あるいは連絡の混乱、指揮命令系統の二重化といったようなことが起こってしまったのではないかというふうに考え、問題点として指摘をさせていただいているところでございます。 特に、技術的な問題につきましては、現場の者が最も知見を持ち、また、その場にいなければわからないこともたくさんあるわけでありますが、それを、技術的なことについて官邸からの指示が入ってくるというような状況は、必ずしも望ましくなかったのではないかというふうに考えていたところでございます。 次に、被害拡大の要因でございます。 こちらは、政府からの自治体あるいは被災者の方々に対する情報伝達のあり方あるいは避難の指示のあり方が適切であったのかどうかということについての検証でございます。 特に、被害拡大の要因といたしましては、被災者の方々の中には、本来ならば一度の避難で済むべきところ、どこに逃げていいのかということが適切に把握できず、線量の高いところに避難せざるを得なかったということから、何度も場所を変えて避難を強いられたという方々がおられるわけであります。中には、せっかく避難したにもかかわらず、線量の高いところに避難をしてしまったということで、大変悔しい思いをされている方もおられるということでございます。 この点については、SPEEDIと言われているものが活用できたのかどうかということについて、さまざまな見解の対立があり、我が委員会の方としましては、当時の状況の中では、SPEEDIの情報は必ずしも十分には活用できないものだったという判断をしておるわけであります。さはさりながら、実は、政府には、モニタリング等を通じた情報、線量の情報というものがさまざまな形で上がっていたわけでございますので、それらも総合的に有効活用していけば、適切な避難の指示を出すことも可能だったのではないかというふうに考えているところでございます。 次に、住民の被害の状況ということでございます。 今、現時点におきましても、避難を強いられ、あの日からまだ一度も本来住むべき自宅に戻れずにおられる方がたくさんいるという状況、これは大変深刻な問題だというふうに私どもは受けとめているわけでございます。 この避難の問題、さらには帰宅の問題というのは、除染でありますとか、あるいは被曝線量の基準の問題といったものと大変複雑に絡んでおりますが、私どもは、内部被曝との関係でいきますと、いわゆる閾値と言われているものは線量の中には存在しないという考え方から、これを前提とした上で、政府あるいは住民の方、さらには自治体の方々と、今後の対応についてきちっとその整理をしていっていただきたいということをお願いしているものでございます。 問題の解決に向けてということであります。 以上のことをさまざま考えていきますと、やはり今回の事故は、私どもの言葉でいけば、人災であったというふうに考えているわけでありますが、この人災という言葉から、特定の誰が悪いんだ、この人が悪いんだということをあげつらっていくような、そういう調査報告にはなっておりません。 むしろ、この人災をもたらしたものには、日本人全体の中で、考え方が甘かった部分、見通しが甘かった部分、あるいは思考が停止していた部分、そういったようなものが総合的にここにあらわれているということから、それぞれが自分の問題として受けとめて、どこを改善すべきなのかということを考えていく。すなわち、組織依存していくマインドセット、常識、思い込みといったようなものから根本的に考え直していかなければいけないんだということをここに主張させていただいているところであります。 これを踏まえて、事業者や規制当局の方の今後の対応といたしましては、まずは、事業者としては、ガバナンスの問題をしっかりと整えてほしい、さらには、リスクマネジメントのゆがみを是正してほしいということをお願いしているわけでございます。 特に、東京電力におきましては、リスクに対する考え方というのがやや不自然でありまして、経営上、対策費がたくさん必要となるものがリスクだというふうに考えて、そういう資料をたくさんつくってきていたわけでありますが、私どもから見ますと、地域住民の方々に悪影響を及ぼすことがリスクでありまして、そのリスクの捉え方が根本的に間違っているということを指摘させていただいたわけでございます。 さらには、原子力事業者として、特に原子力の知見のある人たちが聖域化されて、そこの部分が主導権を握った形での経営を行っていたといったようなことについても問題提起をさせていただいております。 さらには、規制当局の方としましては、先ほども申し上げましたように、事業者との関係の中で、事業者を上回るような専門的な知見がないがゆえに、結局は事業者の方に丸投げをするといったようなことが起こってしまっていたということでございます。 これも私どもの調査の中から明らかになったことでありますけれども、対策を講じなくてもいいということについての報告書を事業者の方に作文させて、事業者のつくってきた文章を政府側の報告書として取りまとめるといったようなことが行われていたということも問題点として指摘させていただいているところであります。 これをとにかく打破していくことは、独立性の高い組織であり、また専門性のある人たちにしっかりとその議論をしていただくということでありますが、さらには、当局に対して、先ほど委員長の方からもお話がありましたように、国会がその監視を続けていく、三権分立ということで任せっきりにせずに、国会自身が自分たちの問題として原子力行政をしっかりと監視していくということを求めているものでございます。 そして、最後に、法規制であります。 法規制につきましては、先ほども申し上げましたように、これまではややパッチワーク的に、事があれば対応するという形の立法でございましたが、私どもは、今回の事故を踏まえて、特に原子力に関する法制度を総合的に見直しをしていただいて、まさに国会が立法の府でございますので、法体系そのものを根本的に改めていただくことをお願いしたいということを申し上げているところでございます。 以上が、この問題点についての私どもの報告書の内容ということになるわけでありますが、先ほど申し上げました提言について、最後にもう一度確認をさせていただきまして、私の方の説明は終わりにさせていただきたいというふうに思います。 先ほど、提言のところで、特に提言の一というものについての御説明をさせていただきました。この提言の一が今まさに実現しておりまして、この委員会でさまざまな活動をしていただくということになっているわけですが、やや私どもの提言がわかりにくい形になっておりまして、二番目から六番目までの部分が、一体誰を名宛て人にして、誰に要望しているのかということがよくわからない書き方になっております。そういう意味で、私どもはこの点についてどう整理しているのかということを最後に付言させていただきたいということであります。 言うまでもありませんけれども、私どもの委員会は国会に設けていただいた委員会でございますので、提言の第一次的な提出先は国会でございます。したがって、国会議員の先生方に対してこの七つの提言を全て御提言申し上げているという形になっていることが前提だということをまず御確認いただければというふうに思っております。 ただ、国の統治機構の中では、国会が行政をやっているわけではありませんので、行政にかかわる部分というものについては、やはり政府に対して何らかのお願いをしていくということが必要になってくるわけでございます。 その一番のポイントとなりますのは、国会の方が行政の活動を監視するという形でこの提言の実現を促していただくということが一つであります。さらには、釈迦に説法でございますけれども、行政は全て法律に基づいて行われておりますので、立法という作業を通じて行政の活動等に対するコントロールを果たしていただきたいということをお願いしているということになるわけでございます。 そこで、この図を見ていただければおわかりになりますように、二番目から五番目に関しましては、これは主として政府の活動等に対する提言という形にはなっておりますけれども、行政府の履行状況を国会においてぜひ監視していただきたい、さらには、それぞれの提言を実現させるために、もし法制度の改正等が必要であれば、立法の場を通じて法改正なり立法なりを実現していただきたいというふうにお願いしているわけでございます。 さらには、原子力法制の見直しということで、提言の六は、より総合的に立法府そのもののお仕事かと思いますので、そこをしっかりと実現していただきたいということでございます。 そして、最後に、提言七でございます。 これは、先ほど黒川委員長の方からも話がありましたように、依然として、例えば福島第一原子力発電所の安定化に係る作業、これについても国民の監視が必要だと私どもは考えているわけでございます。先般の停電の問題、さらには今リアルタイムで起こっております汚染水の漏出の問題、こういったようなものについて国民は大変不安を感じているわけでございますが、これをやはり東京電力と行政庁に任せきりにしていていいのかということであります。こういう問題こそ、やはり国民の代表が、しっかりとした専門的な知見を持ち、事業者からも行政からも独立した形で、しっかりと国民目線で監視をしているんだという対応をしていただくことが望ましいというふうに考えているわけでございます。 さらには、廃炉に至るまで三十年ないし四十年、今後は促進を図られるということで、それぞれの原子炉ごとにまたロードマップを見直されるというふうには伺っておりますけれども、それでも数十年かかる廃炉に至るプロセスについても、正しく行われるのかどうか、それを国民目線で専門家が監視をする、そういう体制をぜひ実現させていただきたいというふうに思っているところであります。 そしてまた、言うまでもありませんが、事故の原因は、まだ正確には把握されておりません。やはり、線量が高く、当時はなかなか中に入って見られなかったものも、若干線量が低くなってきている部分もありますので、そういう機会に、可能な限り現場に立ち入って問題を確認させていただくというようなことをぜひ実現し、正しい原因分析をしていただきたいというふうに考えているところでございます。 以上、私の方からは、今回、私ども国会事故調査委員会が調査の結論としてまとめさせていただいたもの、それを踏まえまして提言させていただいたものにつきまして、概要を御説明させていただきました。 お時間をいただきまして、ありがとうございました。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、各参考人から順次御意見をお述べいただきたいと存じます。 まず、石橋参考人にお願いいたします。
○石橋参考人 石橋です。よろしくお願いいたします。 私は、国会事故調のワーキンググループの一、事故調査ワーキンググループでありますけれども、ここで田中三彦参考人と一緒に共同議長を務めておりました。 本日は、事故調の報告書を踏まえまして、これからの日本の原子力発電所の安全性につきまして、私の個人的意見の一端を述べさせていただきたいと思います。 今後の原子力発電所の運転につきましては、ほとんど全ての方が、安全性をしっかり確認してという趣旨のことをおっしゃいます。 しかしながら、私は地震の研究をしている者なんですけれども、地震、津波、火山列島であります日本におきましては、原発の安全性を確実に確認するということは、残念ながら不可能だと思っております。なぜならば、現在の科学をもってしては、いつ、どこで、どのような地震が起こるか、それによって、ある原発がどのような地震の揺れ、あるいは津波に襲われるかということを確実に予測することは不可能だからであります。これは、火山噴火についても同様であります。 ですから、必要に迫られて原子力発電所を運転するのであれば、気休め的にその安全性を確認したというのではなくて、万々が一大変なことが起こるかもしれないけれども、必要だから今動かしましょうということを国民全員が納得して合意するということが基本である、肝要であると思っております。 ですけれども、もちろん、できる限りの安全対策はするわけでありますが、要するに、人事を尽くして天命を待つという覚悟を持つことが根本的に重要であろうと思っております。 それで、その人事を尽くすというのが具体的にどういうことかといいますと、私は、IAEA、国際原子力機関が言っております深層防護、ディフェンス・イン・デプスということを本気で徹底的に行うことだと思っております。 この深層防護のことは、先ほど野村主査からもちょっと言及がありましたけれども、国会事故調の報告書や参考資料にも出ております。御承知のことかと思いますけれども、要するに、原子力施設の安全対策を多段階で設定するという考え方でありまして、IAEAは五段階、五層の防護ということを考えております。 簡単に申しますと、第一層が、安全を重視した余裕のある設計と高品質の建設、運転。それから第二層が、施設の監視、制御、保護のシステムをきちんとする。第三層が、想定事故を起こさず、それが過酷事故に進展しないための工学的安全設備と事故の対応手順をしっかりする。第四層が、過酷事故が起きてしまったときの対策。以上は原子力施設の中の対策ですけれども、第五層として、原子力施設の外側で、万一放射性物質が外部環境に放出されてしまった場合の施設外での緊急時対応をきちんとしておくということであります。 国会事故調の報告書は、福島原発事故までは、先ほど野村元主査からもちょっと言及があったように、日本では第三層までしか対応してこなかった、旧原子力安全委員会もこのことを承知していながら黙認してきたということを指摘しております。 この深層防護で非常に重要なことは、二つの原則、すなわち階層間の独立と前段否定の論理ということであります。 階層間の独立といいますのは、深層防護の各段階で、前後の階層に依存することなく、それぞれの階層で独立に最善の安全対策を尽くすということです。 それから、二番目の前段否定の論理というのは、各階層は自分の一つ前の階層の防護対策が破られることをあえて仮定して防護対策を講じるということです。 例えば、第五層の発電所外の防災対策が一例であります。原発施設内では第四層まで完全に安全だと断定できることを目指して努力するわけでありますけれども、一方で、施設の外では、第五層として、常に万一を想定して原子力災害に備えた準備をするということ、それによってこそ、万一の放射線の放出によっても公衆の健康障害を回避することができるということになります。 ですから、この二つの原則が徹底されなければ、深層防護はいざというときに役に立たないということになります。 以上のことは、国民の生命、健康、安全で安心な暮らしを守るという観点から、どなたも異論のないことであろうと思います。 さて、そういう観点で、現在、原子力規制委員会がやっていることを見るとどうかといいますと、私は、残念ながら現在のところはまだ極めて不十分であると思っております。 主なことだけかいつまんで申しますと、まず第一層で、日本の場合は万全の耐震、耐津波の設計をする。つまり、地震や津波に対する原子力発電所のいわば基礎体力を万全にするということが非常に重要なわけでありますけれども、現在審議中の新規制基準の地震・津波編というのは、この点がまだ大変不十分だと思います。特に、耐震設計の基準地震動、つまり設計の基準とする地震の強い揺れに関する想定が甘くなってしまうことを許すような点が残っている。旧耐震設計審査指針、あるいはその後二〇〇六年に改定された新耐震設計審査指針で非常に不十分だったわけですけれども、それの抜本的な改善ということがまだ行われていない。それから、地震、津波以外にも、安全設計全般に関してもいろいろまだ問題があるようであります。 それから、第四層に関する新規制基準、つまり過酷事故に対する新規制基準、これにおきましては、過酷事故対策で非常に重要な特定安全施設というものがありますけれども、例えば、第二中央制御室というようなものを原子炉から百メートルぐらい離したところにつくる、あるいは恒常的なポンプや何かをつくるということもあります。それから、特定安全施設以外に、例えばPWR、加圧水型原子炉のフィルターつきベントを設置する。こういうような大事なことが、五年間は猶予するという方針だそうです。まだ完全に決定されたものではないみたいですけれども、そういうことになるようである。これは、私としては、とんでもないことだと思います。つまり、深層防護の第四層がない、大穴があくということになるわけです。 それからさらに、原発から半径三十キロ圏の自治体の事故発生時の対策という問題がありますけれども、これが現在かなりおくれているそうで、つまり第五層がないということを意味します。そもそも三十キロ圏だけでいいかという根本的な問題もあるわけですけれども、福島事故を教訓とすれば、大変不十分だと思います。 将来、例えば、冬の北西の季節風が非常に強くて、関ケ原から名古屋まで大雪が降っているようなときに、敦賀湾—伊勢湾構造線というようなところでマグニチュード八クラスの内陸巨大地震、一八九一年の濃尾地震のようなものですけれども、そういうものが起こって伊勢湾から若狭湾まで震源断層が突き抜ける、それによって美浜であるとか敦賀であるとかの原発で大事故が起こってしまうというようなことが起こった場合には、これはもう、私は二〇〇五年二月の第百六十二回国会の衆議院予算委員会公聴会でも説明させていただきましたけれども、原発震災というようなことが起こってしまって、中京圏、それから場合によっては関西圏、首都圏、そういうところでも、十分な原子力防災対策を事前に決めておかなければ大混乱に陥るということもあり得ると思います。 そういうことで、この第五層が非常に重要なんですけれども、現在はないに等しいということであります。 ですから、日本の原発の深層防護というのは現時点ではまだ依然として大変不十分であって、到底世界最高水準の原子力安全対策が整っているとは言えない。すなわち、人事を尽くしているとは言いがたいわけです。 当委員会におかれましては、こういう現状を十分御認識くださって、今後審議に当たっていただければ幸いだと思います。 以上です。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、崎山参考人にお願いいたします。
○崎山参考人 崎山です。よろしくお願いいたします。 私は、第四部の「被害状況と被害拡大の要因」というところを横山共同委員と一緒に担当いたしました。 きょうお話しする点は三点あります。 一点は、提言三の「被災住民に対する政府の対応」で特に健康の問題というところと、それから二番目に、低線量放射線のリスクがなぜ過小評価されてきたのか、国会事故調で明らかにしたことということ、それから三番目に、緊急被曝医療体制のことについてお話ししたいと思います。 一番初めの健康問題についてですけれども、汚染地区に住む被災者の方は、長期間にわたって低線量被曝を受けていることになるわけです。その被災者の健康被害、健康不安に対応するために、国の負担において継続的な被曝線量の測定と医療の提供をするというように提言は求めています。 その場合、低線量被曝のリスクをどう評価するかということが、汚染地からの避難基準を決めたり、将来にわたる健康被害の予測、あるいはその対策を立てる面で重要な問題だと思います。 国際放射線防護委員会とか国連科学委員会を初めとする国際機関では、放射線に安全量はないという、いわゆる閾値なし直線モデルというものを採用しています。この裏づけとなっているのが、広島・長崎原爆被爆者の生涯追跡調査を初めとする各種の疫学調査、あるいは動物実験、あるいは基礎実験などの膨大な証拠があるわけです。 理論的にも放射線に安全量はないということは、生物の体を構成するいろいろな分子を結びつけているエネルギー、その大きさに比べて、放射線が持つエネルギーが桁違いに大きいということがあると思います。 放射線に安全量はないというICRPのリスクモデルから考えますと、現在の避難基準の二十ミリシーベルトのリスクでは、千人に一人のがん死率が増加するという計算になります。特に、胎児や子供などは成人の四倍から七倍ぐらい放射線に感受性が高いということで、注意が必要だと思います。 しかし、今福島では、二十ミリシーベルト以下ならば安全というような基準で政策が進められています。二十ミリシーベルトというのは、放射線作業従事者の年間限度線量です。そこに感受性の高い妊婦や子供が住んでいるというのは、事故調の提言した住民の安全と健康第一という思想からはほど遠いものがあると思います。住民に正しい情報を提供して、避難を含めた被曝低減をするということが、将来の人々の健康にとって喫緊の課題だと思います。 現在、福島県民に対してのみ健康管理調査というのが行われていて、主に甲状腺検査が行われていますが、放射能汚染をされた地域は福島県だけではありませんので、周辺の県の線量が高い地域も、福島県と同様に、国の責任において健康管理を行っていく必要があると思います。 それからもう一つ、低線量被曝のリスクがなぜ過小評価されてきたのかということですけれども、先ほども述べましたように、放射線には安全量がないというのが、科学的な裏づけを持った国際的な合意事項になっています。 しかし、福島の原発事故以後、特に目立ってきた傾向ですけれども、百ミリシーベルト以下の低線量では放射線が病気を引き起こす証拠はないというようなことが声高に言われるようになってきました。これはなぜでしょうか。 それは、問題が既に科学ということから離れて、政治、経済的な問題になっているからだと思います。 これを裏づけるような調査結果が事故調の調査でわかりました。それは、報告書の五の二の三、「最新の知見等の取り扱いを巡る議論」に書いてあります。これは余りメディアも取り上げてくださらないんですけれども、これは重要なことだと思います。これは電事連の内部資料を調べてわかったものですけれども、電事連が、放射線のリスクを低く見積もるように、安全委員会とか放射線の専門家、ICRPの委員に働きかけて、それが成功しているということが明らかになったわけです。その成果として、ICRPの二〇〇七年の勧告に電力の主張が全て反映されたという記述があります。 ちなみに、そのICRP委員の国際会議への出席旅費は、長年にわたって、電事連が放射線影響協会を通じて支払っています。 電事連はこのほかにも、研究の動向も監視しています。これは、武藤元東電副社長がおっしゃったことですけれども、それが記録に残っています。「悪い研究者に乗っ取られて悪い方向に向かわないように、研究の動向を監視しておくこと」ということを発言していらっしゃいます。これに象徴されるように、規制を強める結果が出る研究というものが悪い研究ということになっているわけです。 こういうことからもうかがえますように、低線量放射線のリスクの評価というのは、電力会社や原子力を進める行政の思惑がかなり入っている、純粋に科学的な問題として考えられていないということから、いつまでたっても、このリスクというのがあるのかないのかという議論になってしまう。科学から離れているということがあると思います。 それから、三番目の緊急被曝医療体制ですけれども、緊急被曝医療というのは、事故が起きてしまった場合には、命を守るための最後のとりでのようなものだと思うんですけれども、事故調の調査では、今回の事故では、特に初期段階でこの体制がほとんど機能しなかったということが明らかになりました。 日本の緊急被曝医療体制というのは三段階に分かれていまして、初期被曝医療機関、二次被曝医療機関、三次被曝医療機関というふうになっています。それぞれの医療機関で処置できない患者を、その上位の医療機関に移す形です。 問題は、この医療機関の立地条件、収容人数、それから、医療被曝に関する教育などに分けられます。 今回の事故で、福島県にある初期被曝医療機関、六病院のうち三病院までが原発から十キロ圏内に入ってしまって、機能しませんでした。 それで、全国にある五十九の初期被曝医療機関の原発からの距離を調べましたけれども、二十キロ圏内に五八%の病院が位置していました。三十キロまでですと、六四%がこの中に入ってしまいます。 ですから、今回のように汚染が広がった場合は、病院が役に立たなくなるということが考えられる、そういう可能性が大きいということです。 収容人員に関しましても、初期、二次被曝医療機関に収容できる人というのが、大体一人とか二人です。三次被曝医療機関は、東日本は放医研、西日本は広島大学でありますけれども、それぞれ十人程度しか収容できません。チェルノブイリのような事故で、一度に数百人という重症患者が出た場合はどのように対処するのか。ほとんど対処し切れないという大きな問題があります。 それから、さらに問題なのは、緊急被曝医療ができる医師の数が非常に少ないということです。放医研でも毎年講習会を開いていますけれども、それに参加する医師の数というのは、年に一人いるかいないかということなんです。 ですから、こういうことを考えますと、現在の日本では、事故が起きた場合、医療というこの狭い面からだけでいっても、対処できない体制だということが言えると思います。 以上です。どうもありがとうございました。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、櫻井参考人にお願いいたします。
○櫻井参考人 元委員の櫻井でございます。 ただいま、石橋委員と崎山委員の方から科学とでもいうような観点からのお話がありましたけれども、私は文系の人間でございまして、こういうことではない、違う観点から若干お話をさせていただきたいと思います。 まずもって、先ほど黒川元委員長からお話がありましたように、国会に初の調査委員会が設けられたということは、私も法曹界の一人として、詳しいことは先ほど元委員長の方からお話があったので申し上げませんが、これはやはり、国会というものの我が国における三権分立の中の位置というものを考えると大変重たいものがありまして、この中に委員会が設けられたということは、大変大きな意義があることだと思っております。 そのような意味で、私自身がこの調査委員会の一員として事故調査に当たれたことというのは、大変ありがたかったものでございます。 そのようなことの続きとして、私ども、かねてから、国会の事故調は終わりではなくて始まりだということをお願いしておりまして、本日のようなこのような委員会が設けられまして、また、私どもにこのような発言の機会が与えられたことは、大変ありがたいことだと思っております。 冒頭、まずそのことを一点、お礼を申し上げたいと思います。 それから、国会に初めて設けられた委員会ということで、若干ちょっと違う観点のことを申し上げさせていただきますと、今回の調査に関しまして、委員はもちろんですが、これを支えてくれました協力調査員、あるいは調査統括、あるいは国会の職員の方々、この方たちの並々ならぬ御尽力があったわけでございます。 今後このような委員会をつくる上では、そういういわば支えてくれる人たちというものを全体としてどのようにしていったらいいのかということもあわせてお考えいただければ、より一層効果的、効率的な調査ができるのであろうと思います。見ていて、本当によくやってくれるの一言に尽きると思います。 ただ、なぜ彼らがこのことをやってくれたかといえば、やはり、本件が、福島事故というものが日本あるいは世界に与えた影響、あるいは、現に被災者が大変苦しんでおられるということについてみんな共通の認識があったからこそ、本当に犠牲的な、ある面では全力を尽くしてみんながやってくれたんだと思いまして、その意味では、現在も事故は終結をしておりませんし、被災者は厳しい状況下に置かれていることは前とそれほど変わっておりません。そのことを私どももこれからもしっかり受けとめて、それぞれやれることをやっていかなければいけないんだなというのが、冒頭まず申し上げたいことでございます。 皆さん方も福島に行かれた方も多いと思いますが、私、この三月十一日のころは防衛省におりまして、防衛省にいて、自衛隊・防衛省が東日本大震災全部を含みます福島についてもどのように支援、いろいろな救援をしていくかということを横で見ておりました。その中でいろいろ、政府あるいは事業者である東電の発表、あるいはそれに対する防衛省等の対応ということも見せていただいておりました。そういう意味では、今度の事故の大きさというものについては、ある程度わかっていたつもりでおりました。 しかし、一昨年の十二月に初めて福島第一に訪れたとき、福島第一の物理的な損壊というのは映像等で見ておりましたが、二十キロ圏の中に入ったときのやはり衝撃は、いまだに忘れることができません。 どういうことかといいますと、二十キロ圏に入ったところ、私が思っていたほど地震による被害というのは、見た目はそれほどわかりませんでした。そういう意味では、ごく普通の生活のある地域、町がそこにあるという景色でした。しかし、現実にはそこには誰もおりません。 この話をしますと、私は報告書にも書きましたけれども、ほかの人にはゴーストタウンかと聞かれます。でも、ゴーストタウンということでは表現できないような、何とも不条理な、受けとめることのできない状況があったということです。その状況は現在も続いております。 そういうところが、私は現在に至るもあの風景を忘れることができず、やはり、その後の調査が続いていた原点だろうと思っております。 そういう中で、大島委員、野村委員と私は、どちらかというと政策面というような面の調査を担当させていただきました。そういうことを通じて何点か思ったことを申し上げさせていただきます。 まず申し上げたいことは、今度の事故の対応に当たられた方、たくさんの方からいろいろ事情を聞きましたが、政治の方、官邸の方、あるいは自治体の方、あるいは事業者、あるいは地域住民の方々が、皆さん寝食を忘れてこの事故の対応に取り組まれたということはそのとおりでございまして、それについては大変敬意を払うものでありますけれども、しかしながら、それにもかかわらず、多くの方に現在にまで至るような多くの被害を出してしまった、そのことがやはり大きな問題なんだろうと思います。 したがいまして、それがまさに私どもの担当したところからいえば、この事故、あるいは事故対応に対する深刻さを物語っているんだろうと思います。 すなわち、今回の事故の原因、あるいは原子力の事故対応、被害を最小にとどめるための対応上の問題を考える上で、ここに大きな難しさがあろうと思います。 もとより、事故そのものにつきましては、事業者であります東京電力に第一次的あるいは最大の責任があることは言うまでもないことでありますが、同時に、このような大規模災害、重大な災害の場合に、社会あるいは地域住民が何を頼るかというと、これは政府に最終的にはなろうと思います。 そういう意味では、先ほど申し上げましたように、寝食を忘れてやっておられるということは評価いたしますけれども、やはり、そこにおのずと要求水準が高くなってくるということを忘れてはいけないと思います。したがって、政府等の対応について社会の厳しい目があるということで御理解いただきたいと思います。 そのようなことを踏まえつつ、もう少し具体的なことを申し上げさせていただきますと、実は、今度の事故対応、先ほどの石橋委員のあれでいいますと、四層、五層というところが主になろうかと思いますけれども、根本にはゼロリスクという問題があったのではないかと私は思います。 原子力の立地について、やはりいろいろな地域との関係からゼロリスクということを言っておりましたが、実はゼロリスクというのは、多分、地域の方々もゼロリスクとは思っていなかったんだろうと思います。しかるに、ゼロリスクというものに、いわばしがらみでそれに縛られてしまったということがスタートにあったのではないかと思います。 そういう関係で見ていきますと、その後の措置が十分とれなくなるということは言うまでもないことであります。 なぜこのゼロリスクが始まったかということは、よくわかりませんが、私は正直のところ、この調査を始めたときに、東京電力は、対外的にはリスクゼロだということを言っていても、内部では、リスクをわかった上できちっと対応策はとっておられるんだと思っておりました。 しかし残念なことに、いろいろ調査をしていきますと、やはり東電自身が安全というものに対する見方を誤っていたということであろうと思います。そのことが、四層、五層というところの後の対応について、大変大きな影響、マイナスをもたらしていたんだと思います。 その次は、危機管理ということを若干申し上げさせていただきます。 先ほど言いましたように、やはり、最後は政府であります。そういう意味で、政府の危機管理がどうだったかということにつきましては、一生懸命やられていたにもかかわらずいろいろな問題が出たことは、皆さん御承知のとおりでございます。その体制、それから、危機に当たっての意識というものがやはり不足していたのではないかということです。 もとより、それなりの体制はつくられておりました。皆さん方、それぞれの危機意識は持っておられました。しかし、何かどこか違うんだろうとは思っております。 したがって、その辺のところは十分これからも考えていく必要があろうかと思います。 特にこの危機管理問題は、必ずしも原子力発電のことだけではございません。地震、水害、その他いろいろな自然災害も考えられるわけですから、ぜひそのところは、特に政府にですが、お願いしたく思い、また国会におかれても、そういう意味で監視していただければありがたいと思います。 その三は、情報の発信です。 先ほど、防衛省にいてどうのこうのということを申し上げましたけれども、やはり情報の発信についていろいろ問題があったことは報告書にいろいろ書いてありまして、そこは細かいことは省略させていただきますが、このようないろいろな情報発信が行われたことについて、発信した側はいろいろなことを申しております。しかし、情報というのは、受けとめ方の問題なんだろうと思います。そこのところを根本的に見直していただきたいと思います。 結局、現在に至るも、やはり、東京電力のいろいろな説明というものを地域住民や社会はかなり懐疑的に受けとめておられます。ネズミの停電の問題、現在の汚染水が漏れていること、これらについて東電が説明しても、私も真実はわかりませんが、国民は懐疑的な見方をしているのではないかと思っております。 そういうところのどこにあるかというと、基本はやはり、情報の発信と受けとめ方、これについての十分の認識がないということであろうかと思います。 何点か述べさせていただき、また、最後になりましたけれども、この国会の事故調の調査報告はこれは出発点であるということは、現在の状況も踏まえていけば当然のことと思っております。 国会の先生方におかれましても、今後も、さらなる解明あるいは対策につきまして、国会の立場として、この委員会を活用してぜひやっていただければありがたいと思います。 以上です。ありがとうございました。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、田中耕一参考人にお願いいたします。
○田中(耕)参考人 元委員の田中耕一です。 この場は自由に意見を述べていいということですので、私自身、科学技術に携わる者として、一点だけ、ある意味非常に残念なキーワード、既に櫻井さんからもおっしゃられたゼロリスクといいますか、絶対安全ということに関して、これは、実はもう既に報告書の「委員からのメッセージ」でまとめたことを繰り返すような形で述べさせていただきたいと思います。 私、皆さんが御存じのとおり、原子力の専門家ではありません。そういった私が一体どんな役割を果たせるか悩んでいるうちに半年が過ぎてしまい、ほとんど裏方の皆さんにやっていただいたことなんですが、私自身は、多くのことを考えさせられ、学ぶことができた半年だったと言えます。 最も有意義だったことは、被災された方々の声を直接伺えたことであります。大半が、本当に大変厳しい状況を切々と訴えられるお話だったんですが、中には、原子力は危険だと思い続けていた、あるいは、素朴な疑問ですね、酒の席で何げなく、原子炉がぼかんといったら終わりだよねと話されたという、私にとっては意外な話があったわけです。三・一一以前は、科学技術先進国の日本では絶対安全と言っていいんじゃないか、残念ながら私自身そういうふうにぼんやり思っていたわけなんですが、私よりもそういったリテラシーの高い方々が多くいらっしゃったことであります。 原子力などの専門に限りません。主に科学技術に関するリテラシーというのは、まず、事実に対して謙虚である、興味ややりがいを持って取り組む、そして、自分の頭で考えようとすると私は考えます。物づくり大国と言われるそういう日本におごりはなかったか、周りの空気に流されず自分の頭で考えていたか。私自身、反省するべき点が多いと思います。 安全神話が存在できると人々から思われていた分野の方々の意見もお伺いしました。日本における例えば新幹線とか航空機、みずから神話を唱えられてはいませんでした。 いかなる分野でもゼロリスクは存在しません。科学にはまだわからない部分がたくさんあるから、世界じゅうの研究者が解明に努力しています。新たにわかることで例えば安全、安心に貢献できる。わからない部分を残したままで絶対安全と断言することは、それは矛盾しています。絶対安全と思った瞬間、安全を高める力はなえてしまいます。 新幹線や航空機では、常に乗客の目があり、日本人の生真面目さも手伝って、部門をまたいで地道な活動、対策が積み重ねられてきました。それが最も大切な信頼を生む。それがなければ、正しいことを唱えても信用してもらえません。 このように、将来に向けたヒントがたくさんある日本の中に、まだ十分生かされていない特徴がある。私の個人的意見ですが、その一つが物づくりの現場であると思います。 そこには、アイデアを出し合う文化、空気がある。さまざまな分野の人々が知恵を持ち寄ることで、新たな知恵がといいますか、発想が生まれる。例えば自動車では、化学、物理、電気、ソフトウエア、機械、デザイン、環境学、安全工学などなどの分野が協力しています。異分野の人々のチームワークから独創性、創造さえも生まれています。 原子力発電が始まった半世紀前と比べますと、科学技術の恩恵も携わる人々も膨大になり、悪影響も多々無視できなくなってきています。にもかかわらず、一部の専門家だけで将来が決められていたとするなら、これは極めて残念です。 おのおのの分野の専門家とそして国民がわかりやすく誤解のない言葉でアイデアを出し合うコミュニケーションを積み重ねることで、信頼とやりがい、そして未来が生まれると感じました。 ここからはまた私ごとで申しわけありませんが、委員の任を解かれた後、実際の研究開発の現場に戻りまして、今、実際に国の大規模なプロジェクトを任されているわけなんですが、そこで五十名以上、専門家以外あるいは若手、そういった人たちが頑張って、時には、先ほどにあったような素朴な疑問あるいはアイデアというものを出す。専門家じゃないのに何を言っているのかということでそれを無視してしまったら、その疑問とかアイデアこそが、今のプロジェクトの中で、実はブレークスルーといいますか、とてつもない飛躍をもたらした部分、これは多々あります。 これは私の現場だけではありません。今、日本の中で、とかく日本はだめだだめだと言われている部門の中に、そういう今までの、空気を読むというようなことで進展を阻まれていた、例えばチームワーク、チームワークといっても、仲よしクラブじゃないわけですね。実際には物づくりの現場というのは、かんかんがくがくいろいろやっているわけです。そういったところのよい点、アイデアを生かす。そういったところを生かせば、私自身、どうしても日本はだめだだめだと言われて、それを対策するためだけに何か今後のそういった対策を考えることにとどまるよりも、それと同じことが実は逆に日本の進展に貢献するんじゃないかなという、これも、自由に意見を述べて構わないということで、済みません、この場をおかりして私の最近思っていたことを述べさせていただきました。 ありがとうございます。以上です。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、田中三彦参考人にお願いいたします。
○田中(三)参考人 元委員をしておりました田中三彦と申します。よろしくお願いいたします。 きょうここでお話しさせていただくのは、二つほどお話をさせていただきたいと思います。 一つは、福島の原発事故の原因の話と今作成中の新安全基準、あるいは新規制基準というふうに名前が変わりつつあると思いますけれども、その関係についてちょっとお話をさせていただきたい、私見を述べさせていただきたいと思います。 もう一つは、先週の金曜日に衆議院の予算委員会でも議論され、コメントを求められました東電の虚偽説明の問題についてお話をさせていただきたいと思います。 まず、新規制基準と福島原発事故の問題なんですが、私は、今、新規制基準が第四層に非常に集中的に議論され、そういう案をつくっておられるということに関しては、それはそれで大変結構なことだというふうに思いますが、重要なことは、先ほど石橋先生の方から詳しく第五層までのお話がありましたが、そのことでいいますと、第三層以降はないんだという日本の考え方でずっときたわけだけれども、その第三層がいとも簡単に破られてしまった、そういう事実があるわけです。それが福島の大事故だったわけです。 そうすると、シビアアクシデントが起きた後どうするかという問題よりも、それも当然重要ですが、第三層がどのようにして破られていったのかということを考えないと、基準というのを新しくつくっても、その部分に何かおっこってしまうものがあるのではないかということをずっと思っております。 それで、それはまさに、福島のあの大事故がどのようにして起こっていったか、その事故原因、あるいはあのプロセスにかかわったこと、それを全て明らかにしていかないといけないというふうに思っていて、そうしないと、新基準あるいは新規制基準にそれが反映されないではないかというふうに強く思っております。 そうすると、その事故原因は何だったのかということになりますと、あの場合でいえば、津波が非常に顕著にあるということはこれは当然ですが、もしかすると、事故に、プロセスの一部分あるいは重要な部分に地震の揺れという問題が関係したのではないかということを考えていかなければいけません。 それで、その問題で、三層が突破された原因として津波を考えることはもちろんのことながら、地震の揺れがあったかどうか、これを謙虚に考えるということが非常に重要だというふうに今でも思っております。 それで、そのことに関して言いますと、国会事故調の報告書は十三ページ目に、「安全上重要な機器の地震による損傷はないとは確定的には言えない」という、そういう表現になってございます。どうして確定的に言えないのか、地震はなかったというふうに言えないのかということです。 あったとは当然言えないんですけれども、確定的に、ないというふうに断言できないということの問題が重要だというふうに考えております。 それがなぜ言えないかというと、普通、事故が起きた場合には、まず現場を見ます。現場をよく見て、その現場に合った判断をしていかなきゃいけないわけですが、現場にアクセスできないという大きな問題がございます。特に二号機、三号機は、その現場に人を寄せつけないものがあります。 それで、我々としては、二号機、三号機もそうですが、一号機に関して外側から聴診器を当てるように考えたときに、どんなことが起きていただろうかということを、観念的ではなくて、運転員の方にお話を聞いたり、そういうことをしながら幾つかの疑問点を提示させていただきました。 その中では、非常に私個人としては、非常用復水器の問題と、それから逃がし安全弁、あるいは逃し安全弁、SRVとかいろいろ呼ばれていますが、一号機に関してはその作動が確認できていないという問題が、非常にそこに強い関心を今でも持っております。 この問題は、SR弁というものが、SRVというのがもし本当にうまく津波直後に作動していないようなことがあった場合には、これは、地震による配管の損傷ということがあり得るんだということを示唆します。 このことに関して専門家の方が何人か反論されておりまして、SR弁が作動しなかったというのは、燃料損傷が起きて四百五十度とか四百七十度までフランジ部分が熱くなったので、そこから漏れたから圧力が上がらなかった、だからSR弁は作動しなかったというようなことを反論を受けておりますけれども、私が言っているのは、燃料損傷が起きている時点ではなくて、津波直後です。 特に一号機の場合には、ICがもう動かなくなったことが大体判明していますけれども、そのSR弁がそれのかわりをしなきゃいけないんですが、それが津波直後から一切作動した形跡がないということです。 この問題については、非常に深刻な問題だというふうに私は考えております。 今ここでその細かい議論をするつもりはございませんが、その他幾つかの、津波の到達時間が二分も違うということ、そういうようないろいろな問題がございます。 こういう問題が津波全体の中で全て吸収されてしまって隠れてしまうということは、いけないことだというふうに思っております。したがって、できるだけ現場を見たいという気持ちが今でも強くございます。 そこで、もう一つの問題の、四階の調査に対する虚偽説明、その結果現場に入ることができなかった問題について、少し考えを述べさせていただきたいと思います。 私は、もう元委員ですけれども、今でもやはり四階のことが頭から離れたことはないんですが、毎日ずっと考えていて、その中で、昨年、東京電力が公表した文書をたまたま見た結果、四階にカバーがかかっていても明るいではないか、これは話が違うぞということで、それでも慎重に一カ月以上かけて、私の勘違いでないかどうかということを、協力していただいた当時の方と一緒に相談をしながら、間違いがないということで、この問題をことしの二月七日に、衆議院並びに参議院の議長様、それから茂木経済産業相様にその事実をお知らせして、お願いを申し上げたわけです。 お願いしたことは二つです。 一つは、虚偽説明、その事実があったかどうか、それから、それが意図性があったかどうか、そういったものについて国会で調べていただきたい。東京電力に調べてくださいということではなく、国会でそれを十分に調べていただきたいということです。 もう一つは、もしそういうことであるならば、調査ができないということが妨害を受けたということであるなら、そこへぜひ国会の主導で、私が入りたいということもありますが、それは特別の要件ではございませんが、国会が主導をとって、その事故現場というものをできるだけ早く見ていただきたいというふうに思っています。 特に、東京電力がこれまで公表しているビデオ、四階に関する動画を分析しておりますと、最近強く思うことは、非常に四階の破壊状況が激しいです。これは、五階で起きたというふうに考えられている爆風によってやられたということが本当なのかどうか。それとは違うことが起きているような気がしてなりません。水素爆発というのが仮に五階でなく四階で起きているようなことになりますと、今までの一号機に対する破壊のプロセス、水素爆発までのプロセスというのは、かなり姿が変わる可能性がある。それは仮説であって、そう私が主張しているわけではありません。 でも、そういう問題を一つ一つ潰していかなければいけないということを強く思っています。 最後に、こういう未解明問題というものを規制庁の方でやっていただくのは、それはそれで結構だと思います。しかし、国会が主導をとってまたそれをやるというのは、提言七で、こちらの事故調の報告書に書いてあるように、独自に、国会はこれからも第二次のものをやっていただきたいと思います。 その際に、二つ問題がございます。 一つは、完全に新しい第二次の国会事故調みたいなものをつくるのではなくて、連続性ということが非常に重要だと思います。それは、いろいろ事故の調査をやっていったときに入手した資料とかヒアリングの結果とかがございます。それが共有できるような法的なたてつけをしないと、またゼロからスタートというような話になるといけないというふうに思っております。 もう一つは、炉全体は廃炉プロセスへ向かっております。したがって、現場の保存ができないという問題があります。したがって、これを東京電力が、廃炉のプロセスということで現場をどんどん崩していく可能性が当然あるわけですが、それと事故原因というのは、現場保存ということがあって、ちょうど反対のことになります。この辺のバランスのとり方ということも含めてできるだけ考えていかなきゃいけない。その辺をお考えいただければと存じます。 以上でございます。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、野村参考人にお願いいたします。
○野村参考人 野村でございます。改めて発言の機会を頂戴しますことを、お礼を申し上げます。 以下、私の個人的な意見でございますが、今現在、国民の間には、原子力発電所をどうするのかということについてさまざまな意見がございます。また、意見は対立しているというふうに思います。 具体的に申しますと、やはりこの福島第一原子力発電所の事故があったのだから、もう日本は原子力発電というものを一切やめにして新しいエネルギー源を確保すべきだという意見も強くありますし、他方において、やはり、エネルギーの安定的、廉価な供給というものの見通しが立たないうちには原子力発電所をやめるわけにはいかないという意見もよく聞かれるところであります。 特に、原発事故の後には、やはり、エネルギーを海外からの輸入に依存せざるを得ないという状況の中で我が国の貿易収支も黒字から赤字に転落しておりますし、さらには、昨今の円安の状況の中でコスト高が生じているという意見も聞かれるわけであります。 こういう中で、さまざまな意見が対立しているものを一体誰がどうやって決めていくんだろうかということが、今、実は一番問われているんだろうというふうに思うわけであります。 私は、結論をどうしてほしいということを今ここで申し上げるつもりはありません。国民は、たくさんの意見を持って、かなり心配してこの問題を見詰めているという状況の中で、やはり、民主的なプロセスで最終的には決めていくということになるんだろうというふうに思います。 国民は、選挙を通じて国会議員の先生方を選出し、そして、そこが自分たちの意見を闘わせられる場所だというふうに信じているわけでありまして、各党各派のさまざまな意見に対して賛同して一票を投じた国民の意見が国会の場できちっと議論をされて、そして、そこで結論が得られたことに対して国民は一定程度の納得感を得るというプロセスがあってしかるべきだというふうに考えるわけでございます。 そういう意味で、この国会にこのような形での特別委員会というものが設けられて、まさに今全ての日本人が課題として抱えているこの原子力の問題について国会がしっかりとした形で議論してくださるということになったことは、大変喜ばしいことですし、また、私どもはそれを期待し、その提言をさせていただいていたということでございます。 そういう中で、では一体何が必要なのかということでありますが、これまでのさまざまな決定のプロセスの中では、誤った前提、伝えられていたことが事実に反していたというようなことがあったために、国民はその決定に対して不信感を持っているわけでありますから、私としては、今後この問題を決定していくに当たっては、現在、さまざまな各界各層から示されております懸念、さまざまな問題点を全てつまびらかに明らかにし、そして、どこに問題点があるのかということを共有した上でしっかりと決定していただくということが必要なんだろうというふうに思うわけであります。 例えば、これまでの立地に関して言いますと、原子力発電所というのは、過酷事故が起こったとしても、その放射能は人の住んでいないところにとどまるという基準のもとに立地されてきているわけでありまして、これまで我が国が立地してきた原子炉というのは、全て、原子炉のサイトの中でその放射能がとどまるという計算のもとに設置されてきたということになっているわけであります。 しかしながら、実際にはこの事故で何が起こったかといいますと、原子炉の外に大量に放射能が放出したということは事実なわけでありまして、やはりその事実を踏まえた上で、今度は、どのような形で原子力発電所とつき合っていくべきなのかということを考えていかなければいけない。 つまり、国民が与えられていた情報は随分違っていたということをまずは前提としていただくことが必要だろうと思うわけです。 したがいまして、まずは正しい知識を共有していただくということで、この特別委員会におきましては、さまざまな専門的な知見を持っている方からのヒアリング等を通じて、正しい知識をまずは確認していただくということをお願いしたいところでございます。 さらには、今、原子力規制委員会あるいはそれを支える原子力規制庁というところで、国際的な基準に合わせて、その新しい基準づくりというものが行われています。これに対してもさまざまな評価があり、先ほど来から出ておりますように、不十分だという意見も多数聞かれる中で、厳し過ぎるんじゃないかという声も聞かれるところであります。 ただ、後者の、厳し過ぎるのではないかというその指摘に対して一点だけ申し上げさせていただければ、その厳しさの原因というのは、これまでサボってきたことにあるということは間違いがないわけでございます。 夏休みの宿題が最後の方になって大量に余っていますと、これはたくさん過大な宿題だったんじゃないかというふうに思うかもしれませんが、毎日毎日しっかりと課題を積み重ねていけば、決して厳しいものではなかったのかもしれないということを考えてみる必要はある。 そういう意味では、国民は、国際的に見て、ある一定程度の通用性のある規制に変えていただくことを求めているということは事実ですので、その点はぜひ実現していただきたいというふうに思うわけであります。 しかしながら、やはり制度というのは、私は法律家でありますので、一〇〇%納得のいくものができるというわけではもちろんありません。そこには、先ほど来から出ておりますように、ある一定の危険、リスクというものとどうつき合うのかということの政治的な決断という問題も当然出てくるはずであります。 そうだとしますと、やはり国民に知らされなければいけないのは、このような形でその原子力発電所を稼働させるとすれば、このぐらいの危険がこのような形で生ずるんだということをはっきりと示した上で、どういう決断をするのかということを決め、決断したことに対しての対策を万全に講じていくということをお願いする必要があるんだろうというふうに思うわけであります。 そういう中で、私どもがこの報告書の中で規制のとりこということを強く主張させていただきましたが、残念なことに、この規制委員会なり、さらにはそれを支える規制庁というものが発足した後も、原子力事業者との間で秘密裏に交渉が行われていたということも発覚しているところであります。 こういうことを聞きますと、国民は、やはり同じかというふうに思ってしまうわけでありまして、こういうところをしっかりと国会で監視をしていただき、絶対にこういうことが起こらないようにしてもらうということこそが、国民の信頼を回復する道筋だろうというふうに思うわけであります。 この経緯を聞いたところでは、電力事業者の方の側から規制庁に対して、その規制を事前に教えてほしい、原案を教えてほしいと言われたので教えたのだというようなそういう説明がありますが、例えば、私は大学の教員でありますけれども、私のところに入試問題を教えてくれというふうに聞きに来る人はいないわけであります。それはなぜかというと、教えてはもらえないものということが共通の認識になっているからであります。 それが、聞けば教えてもらえるという体質が変わっていないということをやはりしっかりと考える必要があるだろうというふうに思います。こういうところを一つ一つ直していくことが大事だと思います。 さらには、先ほど来からも出ておりますが、今、目の前に起こっております汚染水の問題も、きょうあたりの報道によりますと、三月の中旬から実は漏れていたという可能性がある。それを東京電力が気づかなかったというふうにも報じられています。真偽のほどはよくわかりません。 しかし、そのような報道があれば、またかというふうに思うわけですし、多くの国民は、知っていたけれども隠したんだろうとも思っているわけであります。 こういったようなことが信頼の回復ができなければ一歩も先に進まないというこういう状況の中で、やはり私どもが一番期待しておりますのは、自分たちが一票を投じて国会に選出された先生方が、まさに民主的な統制のきく国会という場を通じて、今申し上げた規制の行政の現状、あるいはその事業者の現状、こういったようなものに対する国民の不信感を払拭する役割を果たしていただけることにあるだろうというふうに思っているわけでございます。 そういう意味では、私どもが、やや差し出がましいといいましょうか、本来私たちの能力を超えるような提言をさせていただいた部分もあるのかもしれませんが、それを、本質を受けとめていただきまして、ぜひこの特別委員会というところを中心に、原子力行政あるいはこれからの原子力のあり方等について真摯に御議論いただければというふうに思っている次第であります。 以上であります。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、蜂須賀参考人にお願いいたします。
○蜂須賀参考人 元委員の蜂須賀です。 今避難している会津は、ことしは大雪の冬でした。毎日のように、どこかの仮設に救急車が来ます。狭い狭い、仮設住宅での生活です。 その会津にも桜が咲こうとしています。三回目の桜です。一回目は、涙で桜を見ることができませんでした。二回目は、薄い色の会津の桜を見ることができました。三回目は、私たちは自分のふるさとの桜を見ることができません。季節が変わるたびにふるさとを思い浮かべる毎日です。 昨年は、委員として事故の事実を知ることにより、避難者、被災者の皆さんより多くの情報を知ることに苦しい思いをしました。しかし、この事故の事実がこれからの原子力に役に立つことだと信じ、現実に向き合い、事故調査委員会は国会に対して提言を提出いたしました。 しかし、国会の対応は、大変申しわけございませんが、私、被災者にとっても歯がゆいことでした。 本日、この場に立たせていただいたことに感謝をし、事故調査委員、また、自分に与えられた被災者の代表として、この二年間の不安、悲しみなどを伝えられたらと思います。 一つの光が見えたと思えば、その光が、手にとる前にまた一つの黒い雲がかかってしまいます。そして、私たちはまた闇の底に落とされてしまいます。毎日報道される原子力発電所のトラブル、事故原因があやふやにされた中でのトラブル、何一つ私たちの心の安心がありません。 電力会社においては、トラブルが起きるとただ謝るばかり、二年たっても全て仮設設備。なぜに本格的な整備、設備ができないのでしょうか。なぜ、政府、国会はそれに命令ができないのでしょうか。 私たち避難者は、国の命令で避難させられました。国民の命を守るための避難命令ならば、今の電気事業者の危機管理の意識の甘さに対しても強い命令を出すべきだと私は思います。提言三、被災者住民に対する政府の対応、提言四、電気事業者の監視、これを私は強く望みます。 まだまだ事故は続いています。福島第一原子力発電所の事故の処理に当たっているのは、事故によって避難させられた人々です。自分の命を削って、将来の子供たちのふるさとを取り戻すために、懸命に原発の現場に行っています。原発で働くことが雇用と言えるでしょうか。 国民の安全、被災者の苦しみ、私は思います。この場所、国会においては先生方はわからないです。話し合いだけではだめです。 委員に選ばれたとき、黒川委員長が私に尋ねてくれました、蜂須賀さん、私たちは一番先に何をすると。そのとき、現場、福島第一発電所を見てくださいと答えました。すると、そうだねと。第一回目は福島でした。第一発電所を見ることからスタートしてくれました。このときです、大変失礼かと思いましたが、この九人の先生方を信じよう、絶対に私たちを救ってくれると思ったときでした。 被災者の今の生活、家族六人、その家族が六人ともばらばらな生活、なれない場所でとどまっている老人、口に入れる一つ一つの食べ物に不安を感じながら食べる食べ物への不安、どれもが全てストレスとなっています。私たち避難者は、精神的にももういっぱいいっぱいの毎日です。 人災という報告書を出させていただきました。危険、危ないと言われやらなければならなかったことがこの事故を大変なことにしたことだと思っております。今の第一原発もそうです。きちっとやらなければならないことをやらないから、いろいろなトラブルが起きているのです。 トラブルならまだいいです。まだ大熊町に原子力発電所があったころ、小さなトラブルがいっぱいありました。電力会社は、トラブルです、事故ではありませんという説明を私たちにしておりました。今もトラブルです。しかし、これが事故になったら、今の福島第一発電所のような事故になったら、日本はどうなるでしょうか。 私たちには、今何を信じればいいのかわかりません。国会は、政府は、私たちに、信じて生きられる、不安のない、将来に対して生きることを考えることができる心の安心を下さい。 以上です。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 次に、横山参考人にお願いいたします。
○横山参考人 元委員の横山でございます。 私は、崎山元委員と被災地住民の問題について作業いたしました。 レポートをお読みいただくとおわかりいただけるかなと思うんですが、常に住民の視点から発想するというふうに書いてございます。 具体的に言いますと、政府がこういう情報を提供しなかったとかいう言い方ではなくて、こういうときにこういうことが知りたかったけれども手に入らなかったというふうな書き方をしています。 例えば、十二日の早朝、六時前に、退避してくださいということを言って回ったわけですが、何ゆえに退避しなきゃいけないのかというのがわからないまま、二、三日で帰れるのかなとか、そういう感じで鍵もかけないで家をあけた。あるいは、屋内退避をしてください、何で屋内退避をするのか、それは、プルームが通る間は屋内退避をしていて数時間の話なんだよということが説明されていないから、何日も屋内退避をしていて冷蔵庫のものがなくなっちゃったというような、知りたいことが説明されていない。 我々がいろいろ現地でヒアリングしたときも、町長さんたちは、情報がないから、テレビを見ながら判断して行動したということを言われているわけですね。 したがって、そういうふうな住民からの視点という観点で全部書いてございますのでごらんいただきたいと思いますが、全体の印象を申し上げると、多重性、多様性とおっしゃるけれども、多重、多様というのが一緒じゃないので、多重であっても多様でないことが今回すごくあったというのが非常に多いわけです。 多様性という中のもう一つの問題は、この原子力にかかわっている人たちは、余りほかの分野のことを御存じないという印象がございます。先ほど田中耕一委員から御発言ありましたけれども、ほかの分野のほかの工夫というのはいろいろあるわけです。 例えば、今回、新幹線は事故を起こしていないのですが、これは石橋元委員の御専門の分野で、私が申し上げるのもなんですが、地震にはS波とP波があって、その時間差がありますから、その時間差にちゃんと対策を打つような仕組みになっている。というのは、地震は予測しても始まらないので、新幹線は日本じゅうを走っていますから、事が起こったときにはすぐ対応できるという仕組みになっている。航空機は航空機の仕組みがあります。全然違います。 だから、そういうことは意外と御存じないというのが、私のインタビューした感想です。 そういう感想は別にして、三つのポイントを申し上げたいと思います。 それは、時間軸あるいはスケジュールの問題。それから第二は、住民の命を守るという視点があるのかないのかという問題。それから三番目は、システムデザインの観点から組み立てるということはできないのか。これは、組織の組み立てとか社会のシステムの組み立て。その三つをざっと申し上げたいと思うんです。 時間軸をはっきりさせてスケジュールを決めるということなんですが、例えば、シビアアクシデントマニュアルがあったのかなかったのかと。余りなかったようなんですが、あったとしても、ではどんなふうにつくるべきかというと、これは時間軸できちっとつくらなきゃいけないので、その分野によりますけれども、事が起こって一時間以内にやらなきゃいけないことを一日以内にやっても、もう遅いわけですね。一日以内にやらなきゃいけないことを一週間後にやっても、もう遅いわけです。一時間後、一日、一週間、一カ月等々の時間軸に沿ったシビアアクシデントマニュアルというのがどこにもないわけです。 思い起こしていただければ、冷却というのは時間との闘いであったわけですね。だから、そういうのがちゃんとマニュアルとしてあるべきだ。 それから、沃素剤というのは、配って投与するかどうかというのを、結局、逡巡しながら投与されなかったことが多いですが、これも、おくれて投与しては始まらないのであって、八時間以内に投与しないと効果がないとか、全て時間軸があるわけですね。 そういう時間軸に沿ったシビアアクシデントマニュアルというのが存在していないというのは、大きな問題である。 それから、もう一つの時間軸は、住民の期待値というのはその直後からだんだんと変わっていきます。今、蜂須賀元委員のお話にあったように、だんだんと期待値は変わっていくわけですね。それと、持っている不満、そういうものが変わっていくわけです。 だから、例えば、事故が起こった直後は全住民に退避ということがあるわけです。それから帰れるのか帰れないのかというふうに、気持ちは変わるわけですね。それから、帰りたい人と帰りたくない人というのは、気持ちが分かれていくわけです。 そういうふうに、フェーズごとにいろいろ住民の思いというのは変わっていきますから、それに対応できるような対策が打たれてきたのかというと、一律のみということですね。それで、どこかでばあんと切ってしまう。こっちの人はこっち、こっちの人はこっち、白か黒かのような分け方で物を決めて、当然、不満が出てくるのは明らかなわけであって、そういうことが余りきちっとされていないなと。 それから、先ほど崎山元委員からありましたけれども、放射線の影響というのは個々人の世界であって、例えば遺伝子的に非常に敏感な人たちがいるし、子供は違うし女性は違うし、それで、遺伝子的に敏感な人たちというのは百人に一人ぐらいいるということが言われているわけですね。そうすると、福島全体で最大三千人ぐらいいるはずなんです。では、その人たちの対応というのは何か特別にやられているかというのは、やられていない。 だから、直後から数カ月はそんなことは考えておれなかったけれども、半年後ぐらいから、きちっとそういうことを個別対応に変わっていくというふうに、フェーズを決めて次のステップ、次のステップとやっていくべきなんですが、それがされていないというのがあります。 それから、スケジュールをきちっと決めるということは、政治の状況に余り左右されないで、政局だどうだということに左右されないで、こういうスケジュールでやるぞと決めたらそういうふうにやっていただくという意味でも、時間軸とスケジュールというのは大事である。 それから二番目の、住民の命を守る、生活を守るという視点なんですが、先ほど来出ていますように、IAEAは五層の防護ということを言っているわけですが、三層まではオンサイトですね。二層はオフサイトなわけです。 今回わかりましたように、オンサイトというのは、本店がどう言おうと、官邸がどう言おうと、やらなきゃいけないことは割とはっきりしていたわけであって、現場が責任を持ってやるべきである。それで、そのように行動されたと思います。 ところが、オフサイトは、住民の命を守るということ、最後の二層ですね、これは誰の責任なんだ、どういうふうにやるんだということが余りはっきりしていない。 今何が起こっているかと。今のまた蜂須賀委員のお話にありましたように、住民側というのは、今も緊急事態体制なんですね。ところが、中央政府は数カ月後から通常体制になっている。どういうことかというと、土日休んでいるということです。ということは、日本には緊急時対応システムが存在しないということなんです。 それはどういうことかというと、超法規的にやらなきゃいけないとか、そういうことが決められない。要するに、縦割り省庁ということが、縦割り行政というのがいつも問題になっている。通常時に問題になっている。 ところが、緊急時に縦割りがうまくいくなんということはあり得ないわけであって、当然、緊急時の対応のシステムというのは、縦割りからがらっと変わらなきゃいけない。単純なことを言えば、大部屋にみんな集まって一緒に仕事をしてもらうとか、何かの工夫が必要なわけです。 そういうのは世の中にあるので、シェルサイトというんですね、そういうリスクマネジメントの世界では。なぜ、それをつくらないんだ、初めからマニュアルの中に入っていないんだということです。 ということは、今申し上げたように、システムの問題だと言いましたけれども、システムに関してちょっとお話ししたいと思います。 各国の社会風土、事情というのは違うわけです。だから、アメリカはこうやっているから、フランスはこうやっている、イギリスはこうやっているからこうやりましょうというわけにはいかないんです。その国の事情それから社会風土に合わせたシステムというのが必要です。 例えば、アメリカはチェック・アンド・バランスの国なんです、基本的に。それから、多数の電力会社がある。それに応じたシステムができ上がっている。フランスは一社のみです。EDFのみという体制なんですね。そうすると、アメリカのやり方とは全然違う。 ということは、二〇〇六年に原子力安全透明化法というのをつくりました。すごい名前だと思いますね。この分野は、どこの国もみんな隠蔽体質なんです。それを透明化しようというふうに考えて、私は行ってインタビューをしましたけれども、地域情報委員会というのが三十ぐらいあるわけですが、ここで、賛成の人も反対の人もいろいろな人も、素人も何もかも参加して、かんかんがくがくの議論を年に四回ぐらいやっている。これはいかにもフランスらしいといえばフランスらしい。 日本にそれをやりましょうというわけにはいかないかもしれませんけれども、その国に合ったシステムというのがデザインされるべきだということですね。 また緊急時のシステムに帰りますけれども、最高意思決定者が内閣総理大臣であるというのはよろしいんでしょうか。どなたが内閣総理大臣になっておるときに何が起こるかわからない。やはり、リーダーといえども得意不得意があるわけであって、通常時のリーダーと緊急時のリーダーは違うかもしれないし、そういうときに今のままのシステムでよろしいんでしょうかということですね。 それから、透明性ということも大事であって、さっき、何でこういうふうにされるのかわからないという住民の気持ちがありますけれども、規制委員会に関しても、誰がどういうクライテリアで任命するのかということですね。 フランスですと、アメリカもそうですが、フランスもASNというところは、五人の委員、必ず奇数で、多数決をすると必ずどっちかに決まる。そのうち二人は上院、二人は下院、一人は大統領が任命するとはっきりしているわけですね。それで、どういう理由で任命するかというのも多分決まっていると思うんですね、クライテリアも。それをちゃんと説明してみんなにわからせる、それに合っているかどうかという議論をしていただくというのが必要であります。 それから、一九七〇年ごろにできた原発というのは、耐震の基準というのはありませんでした。だから物すごく余裕を見ていると言われているんですが、建築というのは大体二十七倍の余裕を見ていますから、当たり前なんですね、余裕を見ているというのは。 ところが、その後いろいろなことがわかってくる。わかってくると、それを常に継続的に組み込んでいけるようなシステムになっているのかと。バックフィットだバックチェックだ、言葉は言葉なんですが、常に継続的に改良しなきゃいけないんだ、全部わかっているわけではないということは、田中耕一元委員も言われましたけれども、わかっていないことはたくさんあるんです。 例えば土木建築の世界で有名な例は、一九四〇年にワシントン州のタコマのつり橋が崩落しました。これは、あそこには台風はありませんけれども、かなりの風が吹いて崩落しました。そのときに、全てのものには固有振動数というのがあって、風が息をすることによって共鳴して落ちたということがわかったわけですね。 だから、新しいことがこれからもわかる可能性というのは幾らでもあるので、それを常に組み込んでいくというシステムが必要なわけです。そういうことがやはりなきゃいけないということですね。 だから、最初のデザインの不足部分を常に変えていく。非常時の電源というのがああいう形になっているのは多分まずいだろうということで、多様性という観点からまずいわけで、それを変えるというのが組み込まれていくというシステムが必要なのだと。 それから、緊急時と通常時の人材というのは多分違うだろうというのは今回おわかりいただいたと思うんですが、そうすると、人材育成と配置のシステム、今後何十年、今世紀中ずっとやらなきゃいけないときに、どうやって人材育成と、人材を配置するんだったらどういう基準で配置するのかと。 私は東京大学の建築学科におりましたけれども、そのころ、原子力工学科というのは超人気学科だったんですね。それが七〇年代には人気がなくなってしまった。人がもう集まらないので、原子力という名前を消さなきゃいけないというふうな状況になっている。このままでいいのかということです。どういう人材を育成して、どういうふうに訓練して配置するのかということをやはり決めるということが必要である。 最後に、問題の裏返しを答えにしないでいただきたい。 今回、問題の裏返しを答えにしている例というのは、ジェー・シー・オーの経験によってモニタリングポストだとかオフサイトセンターとかができたと思うんですが、地震を想定していませんから、モニタリングポストもかなりの部分が地震でだめになってしまったと。地震の経験を生かしたのは、柏崎刈羽の地震の経験を生かしたのが、あの免震重要棟なわけですね。これは、とても運がよかったことに、津波の届かないところにあったと、津波は想定していませんから。だから運がよかったんですね。 だから、問題の裏返しを答えにしている限りにおいては常に新しいタイプのリスクには対応できないということで、問題の裏返しをお答えにしないで、やはり組み立てる。だから、法律をつくる場合に、法律の前にシステムをちゃんと決めて、それを法律にしていただきたいというのが私のお願いでございます。 以上です。(拍手)
○森委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。 午前十一時四十七分休憩 ————◇————— 午後一時開議
○森委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。塩崎恭久君。
○塩崎委員 自由民主党の塩崎恭久でございます。 本日は、国会事故調の提案によってできました原子力問題調査特別委員会、この第一回目の委員会に当たりまして、黒川委員長を初め国会事故調の皆様方ほぼ全員がお出ましをいただいて、けさほどは御報告をいただきました。そしてまた、思いのほどを聞かせていただいたわけでありまして、改めて感謝を申し上げたいと思います。 きょう一時から五時まで、各会派から質問をさせていただく機会を頂戴いたしておりますので、何とぞよろしくお願い申し上げたいというふうに思います。 国会事故調の提言どおり、規制当局を監視する目的でこの委員会はできました。二回目からは、規制委員会そのものに来てもらって、規制委員会委員長からお話をいろいろ聞いてこようと思います。 けさほど来、国会事故調の意味合いについて、そしてまた皆様方のお考えについて、いろいろと聞かせていただきましたけれども、黒川委員長がおっしゃるとおり、憲政史上初めて立法府に、行政府の失敗をチェックする、そういう委員会ができて、独自の強力な調査権、あるいは罰則つきの国政調査権に匹敵するものをバックに、活用できる、民間専門家による委員会ができたわけでありまして、それも、政府の任命ではなくて、国会による人選、そしてまたお願いをした面々にお願いをした。 そしてもう一つは、事務局の皆様方に対する感謝のお言葉がたくさんございましたけれども、今回は、政府の人間も、もちろん原子力事業者の人間もいない、まさに委員の先生方と一緒に調査をしていただく方に来てもらってやっていただくという、これまでにない手法をとらせていただきました。 大体、政府の調査委員会とかあるいは審議会というのは、事務局は全部霞が関のお役人でありますから、皆様方がここはおかしいと言っても、聞いてくれないというのが相場であります。それに対して今回は、先生方みずからが調査スタッフをお連れいただいて、委員長が我々協議会と話し合った上でお決めをいただいたその他の調査スタッフ、そしてまた国会の我々のスタッフ、この組み合わせでもってやっていただいた、本当に画期的なものだと私たちも思っているわけでございます。 今回の報告書はきょう改めて御報告いただきまして、ここまで時間がかかったことをまずおわび申し上げなければいけないと思っています。委員長が冒頭、九カ月、九カ月と大分言われましたが、本当に遅くなってしまったことは、誰が悪かったかとかいうような話はさておいて、国会としておわびを申し上げ、しかし遅過ぎることはないということで、きょう本当に勉強させてもらいたいと思っております。 特に、この事故はまだ終わっていないんだという基本的な認識、そしてまた、複雑に絡み合った規制のとりこのもとで起きた明らかな人災である、自然災害じゃないという明快なメッセージを委員会は発していただいたわけであります。 黒川委員長を初め委員の皆様方に、この作業に対する情熱に本当に改めて感謝を申し上げたいというふうに思います。 そこで、まず黒川委員長にお尋ねいたしたいと思います。 先ほど、ボストンで賞をお受けになられた米科学振興協会でも、それからほかでもいろいろと御評価をいただいているというお話がありました。先ほどのお話ですと、憲政史上初めてこういうものができたことへの驚きというのを大分お聞きになったようでありますが、それはそれとして、この調査の中身について、あるいは今回の一連の委員会の活動の評価については、海外ではどのような御指摘を受けてこられたのか、ぜひ御開陳いただければ参考になるなと思います。
○黒川参考人 ありがとうございます。 このプロセス自身が憲政史上初ということでびっくりされているところもありますが、報告の内容は、本文ももうウエブに出ておりますし、それから、英語のエグゼクティブサマリーも、日本語の全文を国会の両院議長に提出したと同時にオンラインに載せていますので、言ってみると、皆さんはそれをダウンロードして、かなりやはり関係者は目を通しているんですね。そこにはリコメンデーションも内容もありますが、英語のエグゼクティブサマリーは、まだ本文ができていませんでしたので、日本語とはかなり様子が変わっています。というわけですが、それに結構目を通してくださっていまして、非常にいい報告だと。世界の原子力の業者といいますか、原子力の協会の会長も、これは私たちにも極めて参考になることで、全体としてこれを進めていきたいということを言っております。 それから、規制の委員会については、日本が新しくつくりました、三条委員会でという話が国会でありましたけれども、この規制委員会も、ぜひ頑張ってほしいと。日本の原子力をつくる技術については非常に高く評価されていますので、どうやって規制委員会が孤立しないようにするのかということが、世界の規制委員会の中でも先進国の間では非常にそこのところが懸念されております。 当然、そういうことは、政治、それからいろいろなところの意見があるわけなので、それをどうやって守っていくかということについて、WANOと言われるワールド・アソシエーション・オブ・ニュークリア・オペレーターズも、それから、NRCを初めとした、フランスあるいはイギリスの規制の委員会も、日本の規制委員会をぜひ応援したいという話は随分聞きますが、この辺のところが先進国としても非常に気になっているところだという話は聞いております。 したがって、これは内容についても十分高い評価があることで、それは、私が最初に言ったように、できるだけ事実に基づいたことで、私どもの意見というかジャッジメントはほとんどしていない、細かいところはウエブで全部見てくださいという話をしているので、その委員の進行のプロセスについても非常に評価されているんだと認識しております。
○塩崎委員 野村元委員から、事故の原因についての御説明がきょうございましたけれども、その中身についての評価の中で、事故の原因についての分析という面において、海外からの評価というのはいかがだったんでしょうか。
○黒川参考人 ありがとうございます。 今、フルテキストも出ておりまして、これについても、それぞれの専門家が、読んでみると、非常にいい分析になっているということを言われております。 それで、実は、御存じだと思いますけれども、アメリカの議会も、これについて学ぶことが非常に多いということで、去年の七月から、二年間にわたる福島の事故調査をアメリカはどうやって生かすのかという、国会のやはり独立した委員会を発足させております。第三回のこの委員会は、東京に来まして私どももヒアリングをされましたし、福島にも行っておられますけれども、この委員会の主な目的は、法律とか制度上の問題ではなくて、むしろ、福島の原発の構造、操作その他がどうなっているのかということを非常に気にしておりまして、それが中心になるような独立調査委員会を立ち上げている。そこも、これは参考になる資料だといって、非常に高く評価されていると思います。
○塩崎委員 ありがとうございます。 提言の二に「政府の危機管理体制の見直し」というのがありまして、先ほど来、何人かの先生方から、櫻井先生あるいは横山先生からもいろいろとお話がありました。 私たち、規制委員会の法案を、これは自公民で成立させたものであります。先ほど、野村元委員からの説明にもたしかあったと思いますけれども、いかなる災害があろうとも、ちゃんとした一貫した体制で対応ができるように、その中に原子力の事故の対応というのがあってしかるべきじゃないかというのを我々は考えていて、それで、原子力規制委員会設置法の附則に、言ってみれば日本版FEMAのようなものをやはり考えるべきではないのか、行き当たりばったりのことでやっていたのでは、危機管理は国家としてできないんじゃないかということを言っているわけでありますが、その点について、もし御意見があればお願いできたらと思います。
○黒川参考人 これは、そういう意見が幾つもあることは承知しておりまして、調査委員会の途中に、五月だったと思いますが、ワシントンを訪問しまして、正式なルートでアメリカ大使館からいろいろなところにアポをとりまして、FEMAの方等にもヒアリングをいたしました。その後でGEニュークリアのノースカロライナのヘッドクオーターも行きまして、それから、規制委員会のトレーニングセンターがテネシー州チャタヌーガにありますが、そこにも行ってまいりました。 やはり、見てみると、かなり国の状況も違いますし、歴史上も違うけれども、これをどういうふうに統治していくかという話と、いざとなったときにどうやって守るかという話については、非常に真剣に常にやっているなという気がいたしました。確かに、御存じのように、スリーマイルアイランドの一九七九年の事故以来、あのときから始めて、規制委員会、それから業者の両方がどのように独立してガバナンスを強めていくかという歴史的な背景もありますが、そういう意味では、世界が変わっている中に、自分たちでやることをきちんとやっているなということを非常に感じました。 FEMAもそうです。FEMAのオペレーションの仕方とか、そういうところでは日本は非常に学ぶことが、もしつくるのであれば、やったときに勘違いをしないように、常にそういう交流を続けていることが大事なんだろうと私どもは非常に強く感じました。
○塩崎委員 先ほど横山先生から、それぞれ国によって違うんだから、別にフランスがやっているからどうとか、そういうことではないんだというお話は、そのとおりだと思うんですね。 ただ、イギリスも、やはりコマンドシステムということで、特に原発事故だけに対応する体制なんというのはつくっていなくて、それはもう、ブリザードであろうと台風であろうと何であろうと、ちゃんと対応できるということであり、恐らく、一番大事なのに日本で欠けているのは、常設で専門家がずっといるという場所がない。一応、内閣府に防災担当のところはありますけれども、五十人しかいませんから、その程度で本当に今回のような大複合事故と災害を処理できるかというと、多分できないんだろうと思うので、提言に書いてあるように、「指揮命令系統の一本化を制度的に確立する。」ということが黒川委員会の大事な提言じゃないかなというふうに思っています。 さて、蜂須賀元委員にお願いしたいと思うんです。 きょうは、入学式があって、実は、今回、教育委員に御就任をされて、本当は入学式に出る御予定だったんですけれども、他の委員の先生方と日程調整するときょうしかないものですから、無理を言って教育委員会の入学式を取りやめていただいてこちらにおいでいただいたことに、改めて感謝を申し上げたいと思います。 先ほど、大変感動的なお話を頂戴いたしました。その中で本当に一番大事なことをまず言っていただいたんだろうと思うので、むしろ、それ以上のことはないのかもわかりません。しかし、もう少し具体的に、我々、この事故調をつくった側としてお聞かせをいただきたいことがございます。 それは、一つは、今回のこの報告書を、大熊町の皆さん方や被災地、あるいは立地市町村、あるいは福島県の皆様方がどのように受けとめられて、事故原因についてや、東電のあり方や、あるいは規制当局がこれまでやってきた数々の、サボってきたこと、間違ったこと、隠してきたこと、いろいろなことがあったと思いますが、そういうことが洗いざらい書いてあるこの報告書を地元の皆様方はどのようにお受けとめになられたのかということについて、少しお話をいただければと思います。
○蜂須賀参考人 この報告書を、最初に申し上げましたとおり、人災という言葉でまとめさせていただきましたけれども、本当にそうだなというふうな意見が大半でした。 黒川委員長とこの報告書を、一軒一軒、十二市町村を回らせていただいたときにも、ありがとうという言葉もいただきました。被災者、そこの立地町である私たちが思っていたこと、思っていても口に出せなかったことが明確にこの報告書に記載されたことによって、私たちが声を上げることができたんですね。 我慢して我慢していたこと、なぜかというと、私たち大熊町に限らず、立地町は、東電というか電力会社でみんな働いています。関連会社でも働いております。それがゆえに、言いたくても言えないことがいっぱいありました。でも、こういうふうに活字になったことで、本当にそうだ、これは私たちが、僕たちが、俺たちが思っていたことだよ、よくぞやってくれたというふうに、責められるのかなと正直思ったんですけれども、帰ったときに、ありがとうねという言葉をいただきました。 それがゆえに、国会の先生方には、本当に私たちの提言を一刻も早くやっていただきたかったなというふうなのが正直な思いです。
○塩崎委員 ありがとうございました。 そして、午前中、いろいろお述べになった最後に、何しろ心の安心を下さいということがまとめのお言葉でありました。 今、この国会事故調の提言にあるとおり、ちゃんとやってくれというのが、被災地、立地町村の皆様方の声だということだと思うんですけれども、もう少し具体的に、言ってみれば大まかな順番でもって、何が優先順位として真っ先にやってもらいたいことなのか、そして、その他、どうしてもこれだけは絶対にやってほしいということをお話しいただけるとありがたいと思うんです。
○蜂須賀参考人 済みません、まとまらなかったら申しわけないんですけれども、私たち、今、二年たって、どうしようという気持ちが多くあるんですね。 そのどうしようは、一年目のどうしよう、方言でどうすっぺという言葉なんですけれども、避難してどうしよう、原子力発電所事故が起きてしまってどうしようというふうなどうしようが一年目でした。 今、二年たって、自分の将来、大熊町に帰れるのか、双葉に帰れるのか、それともまた会津にいなければならないのか、知らないいわきに住まなければならないのか、その方向性を国が示してくれないんですね。私たちは、もう帰還困難区域というところに入っています。私のところは四・二キロしか離れていません。除染しようが何しようが、もしかしたら帰れないかもしれません。その帰れないという被災者の気持ちがあるにもかかわらず、方針を出してもらえないもどかしさです。きちっとした方針を出してほしいと思います。 まず、復興住宅もそうです。 今、私の住んでいる仮設は、四畳半と六畳、縦に一列になっているだけで、カーテンを閉めて、玄関を閉めると、窓がありません。ほこりはすごいし、電気は一日つけていなければならないというふうなところで二年間生活しています。今、やっと畳が入りました。去年の暮れには、お風呂に追いだきが入りました。そうすると、もっとこの仮設にいなければならないのというふうな思いがあるんですね。 そして、復興住宅、災害住宅を建てる。今、私は会津にいますので、会津のことを言わせていただきますと、五百戸建てる。でも、大熊町民だけがその復興住宅に入られるわけでない。被災している人たち、津波の人も地震の人も、みんなそこの復興住宅に入らなければならない。でも、入るならば、もっと早くつくってほしい。 できれば、私たちはそれぞれに、アパートの生活なんかしたことはありません。一戸一戸の住宅に住んでおりますので、隣の声を聞くような生活も、生まれてこの方、したことはありません。ですので、一戸建てのうちが欲しい、隣の音が聞こえないようなうちが欲しい。 でも、そのうちに住むのにも、家賃を払えと言われました。なぜ、避難命令で避難している私たちが、家賃を出してその場所に住まなければならないのか。だったら、電力会社に後で請求すればいいでしょうと言われました。なぜ、私たちが請求書を書いて事業者に請求しなければならないんですか。それは、国が、国会の先生方が、私たちのかわりに電力会社に請求を出して、私たちが安心して、そんな一々一々、どうやって書いていいかわからない、請求書一つもそうです。七十、八十の老人は、どう書いていいかわからないような請求書です。その請求を出さなければ、補償金も賠償金も出さない。ましてや、住むうちを奪っておいて、家賃を出しなさい。そんなばかげた話はないでしょう。ですから、私たちはまずは住むうちを与えてほしいです、一刻も早い、一軒一軒の。 それと、家財とかいろいろな賠償、補償の問題もありますけれども、それも全然進んでおりません。ひとり暮らしを例にさせてもらいますと、精神的慰謝料、一人には五年で六百万です。五年です。私は一人ですので、六百万です。私にもし旦那がいれば、一千二百万でしょう。子供がいれば、一千八百万です。何とか五年は生活できるかもしれません。でも、一人でも、使う電気、ガスは一緒なんですね。六年目の補償がまだ私たちにはされていないんですよ。それもやはり心が痛んでいる一つの原因です。 ですから、大熊町に帰れない。帰りたいというふうな思いもあります。でも、もう半分以上は、本当に帰れないのかなというふうな思いが、今、二年、三年目に入って、ひしひしと感じてきているんですね。それに対して政府は何の道しるべも出してくれないです。私たちにはもう覚悟は決まっていますので、きちっとした、私たちが安定して、私も六十一になりました、あと何年、避難者でありながらも心休まる生活をさせていただきたいというふうに思っております。 電力会社を監視することも大事なことかもしれません。皆さん、行って、現場を見てわかるとおり、全部仮設のホースで、去年の問題は、根っこが入ってきてあのホースに穴があいたと。当たり前じゃないかというふうに思いますね。あの現場の中に私たちがもう一度帰っていけるかといったら、いけないと思います。 ですから、私たちが生活する上で、高速道路も陳情しなければ無料化してくれない、お願いしなければ何にもしてくれないんじゃなくて、私たちが今苦しんでいること、苦しんでいることを先取りして、私たちが苦しまないような対応を先手先手で打っていただきたい。それが私たちの心の安心なのかなというふうに、これは私個人の考えです。私が二年間、あの仮設の中で生活している中での本当の思いですね。 時々、自分がどこに寝ているんだろうなと、夜中に目が覚めて思います。今、大半の人たちが安定剤、睡眠薬を飲んで眠っております。でなければ、夜眠れないんです。一年目は、疲れ切ってぐっすり寝ました。でも、二年、三年目に入って、将来のことを考えると眠れなくなってくるんですね。ですから、もっともっと早い早い道しるべというか光を私たちに見せていただきたいと思います。 ごめんなさい、取りとめのない話で。
○塩崎委員 ありがとうございました。 大変重たいお話でありますし、また、国会事故調が扱ったこの事故の重さ、これを存分に、原因を含めて示していただいたわけでありますから、今の蜂須賀さんのような、被災地での被災者の皆さん方の気持ちをきちっと踏まえながら、我々この委員会を含めて対応していかなきゃいけないということを改めて感じさせていただきました。 続いて、櫻井元委員に御質問させていただきたいと思います。 特に危機管理の点を御担当されておったということで、この提言二を見ますと、オフサイトとオンサイトの仕分けをきちっとすべきであるということも書いてございます。 まずお尋ねをしたいのは、改めて、櫻井元委員から見て、事故直後の官邸の対応ぶり、あるいは政権と言ってもいいのかもわかりませんが、それについて、どのように見ておられるのか、どこに一番問題があったのかということについて、簡単にお話しいただければと思います。
○櫻井参考人 ただいま、オフサイトとオンサイトの仕分けというような御質問であると理解しておりますが、基本的には、オンサイトの問題は事業者に、オフサイトは国その他というふうに仕切るのが整理かなと考えております。 現実にどうであったかということは、詳しいことは報告書に書いてあるとおりですが、やはり、まず、オンサイトに対する官邸等のいろいろな注文というか介入というのが多かったために、大変オンサイト側では対応に混乱を来したということで、その一つの例が、指揮命令系統が複数できてしまったということであろうかと思います。 この点につきましては、やはり事柄が大きければ大きいほど、指揮命令系統はすっきりさせておかなければならないということです。 細かいことを申し上げますと、官邸からの話というのが福島第一の方に行っている場合に、この官邸からというものが、組織としての官邸の場合と場所としての官邸という場合、実は二通りあった。発信する方は官邸からと言うため、現場は、場所的な官邸を実は組織としての官邸というふうに理解されて対応したようなところもありました。 もともと、そういうそごが出るような状況を出したのは、やはりオフサイトとオンサイトのきっちりした仕分けができていなかったことからなんだろうと思います。先ほど野村委員からの説明もありましたけれども、やはり技術的な問題は現場、オンサイトという、あるいは東電の本店ではなくてむしろ福島第一の方こそやるべきことでありまして、そこの仕分けが十分なされていなかったことが、ベントの問題、海水注入の問題、その他もろもろのことで、そこにいろいろなことができてきたんだろうと思っております。
○塩崎委員 まさにそのとおりだと思いますし、言ってみれば原子炉の中のことまで政治家が口を出すという法律だったのを、我々は、それはやはりやめた方がいいということで、一義的にはまず事業者だし、それから、専門家に任すという意味で、規制委員会に原子炉の鎮圧については任せようじゃないかということで、総理が口を出すことはやめるようにしたわけであります。 ところが、今、櫻井元委員がおっしゃった、混乱の一つの原因であった官邸というものでありますが、実は、原子力規制委員会は九月十九日に第一回目を開いておりまして、このときに配られた紙の中に、緊急時の五人の委員がどういう割り振りで配置されるかというのが書いてあるのを御存じでしょうか。御存じかどうかなんですけれども、簡単に。
○櫻井参考人 詳細は把握しておりません。
○塩崎委員 これはどう書いてあるかというと、緊急時には、何と五人の委員のうちの四人が今おっしゃった官邸というところに行くことになっているんです。もう一人は事業者の本部、つまり東電の本部に行くということになっていて、原子力規制委員会が空っぽになる、こういうスタイルになっているわけですね。一体これは何を学んで、国会事故調のどこを読んでこの規制委員会というのは運営されているんだろうかとちょっと心配になっているわけであります。 おまけに名前まで決まっていまして、官邸総理周辺に行くのが委員長、中村委員、審議官一人と書いてある。委員だけでいけば、委員長と中村委員。ただ官邸と書いてあるのが、官邸も地下から駐車場からいろいろなものがありますが、官邸のあるところに行くというのが島崎委員と大島委員なんですね。更田委員だけが事業者本店等に行く、こう書いてあります。 これだと、多分同じような混乱が起きるような気がするんですけれども、櫻井委員、いかがでしょうか。
○櫻井参考人 ある意味、現実に起こってみないとわからない仮定についての御質問で、大変お答えづらいんですが、今回の三・一一のときの対応というのは、官邸もそうですが、保安院、あるいはほかのところも、組織として対応がされていないというところがやはり一つの大きな問題があったと思います。 そういう意味では、ただいまの塩崎先生の御質問についてのお答えになるかわかりませんが、いる場所をどこにということはちょっと脇に置きましても、やはり組織として対応するためには、そこにどんな橋渡し、連絡体制が必要かということをあわせて考えていただく必要があろうと思っております。
○塩崎委員 まさにそのとおりだと思います。これは場所が書いてあるだけで、組織として機能を、何を担ってどこに行くのかということが何もないというのが非常に、今回のこの深刻な事態から何も教訓を得ていないような、そんな対応をしているような気がしてならないので、大変心配になる。この委員会ができたので、まさにそういうことを我々は追求していかなきゃいけないというふうに思っております。 次に、野村元委員にお尋ねをしたいと思います。 先ほど食事もしながら民主党の古川筆頭とも一緒に話をしていたんですけれども、初めての試みでこの委員会を国会につくった、そうすると、やはり振り返ってみると、いろいろ至らないところがたくさんあって、委員の先生方には大変な御苦労をかけてしまったわけであります。 例えば、調査期間は約六カ月ということになっていましたけれども、事務局の立ち上げというのは、事務局というのは基本的には委員長が任命されるものですから、協議会と委員長と協議の上で決めるのにいろいろやってみたら、一カ月ぐらいかかっちゃったんですね。そうすると、六カ月の調査期間が五カ月になってしまって、また皆さん方に負荷をかけてしまったという大変反省もあります。例えば、常勤しか前提にしていない予算取りをしていて、非常勤の方しか、半年ですから、常勤で勤めるような方はなかなかおられないので、そういうことになるとなかなか支払いができないというようなことで、人集めにも苦労した。いろいろあるんです。 野村元委員は、主査ということで、いろいろな事務的な処理も、調査の中身も、全部しわ寄せが行ったんじゃないかと思いますが、もし提言七に従って、もう一つ新しいものを、こういう独立調査委員会みたいなものをつくろうとするならば、こういう失敗はなかなか繰り返すわけにはいかないので、どういう点を注意しておけばもう少しうまくいったかなということを率直に、私も反省を込めて聞かせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
○野村参考人 今回苦労を一番されたのは委員長ですので、本来委員長がお答えすべきところなのかもしれませんが、そのほか、事務スタッフの中でその種のロジスティックを担当していた者も相当苦労しましたので、苦労話を少し交えてお話しさせていただければというふうに思います。 その前提としましては、今回のこの国会事故調査委員会というのは、黒川委員長は何度もおっしゃっておられますけれども、憲政史上初めてということで、これは非常に意味のあることだと思います。 私は、高校生などにも時々、大学の教員としてこういう話をするときに、憲政史上初めてと言ってもぴんとこないものですから、将来、三十年、四十年たてば学校の教科書に必ず載るよ、要するに、日本の歴史の中で初めてのことなんだから、教科書に載るようなことなんだよということを説明すると、何となく腑に落ちるような顔をしている部分があって、そういう意味では、国会という部分で調査が行われたというのは非常に有益なことだろうというふうには思っております。 そういう中で、やはり実際にやらせていただきまして苦労しましたのは、一つには、スタッフの確保というところが大変苦労いたしました。それぞれの委員がそれぞれお願いをしますと、やはりこれは国家の一大事なのでということで、本当にボランティアでたくさんの方が集まってくださったわけでありますが、例えば、大量に人を派遣してもらうような大規模な調査を外部に委託することになりますと、そういう場合には競争入札が必要ですというふうに言われまして、仕様書をいろいろ書いて、やるわけですが、それを実際やっていきますと、あと三カ月ぐらいはかかりますねと言われると、もう調査は終わってしまうわけなんですね。 そういうような、いわば、今まで普通にやっているときだったら通用するようなものを、やはりちょっと工夫して対応しなきゃいけないという部分があると思います。 それから、資料の公開等についても、一応我々は法律の十二条を用いて強制的に提供していただくことはできるわけでありますが、例えば、大きく問題となりました東京電力のビデオの公開といったようなものについては、私ども委員としては、東京電力に行って見せてもらうということができておりましたので、それ以上のことは求めることができないというような状態になっており、最終的には、最後の最後まで一般には公開されないまま終わるというような形にもなったわけであります。 そのほかにも見せてもらえない資料というものは幾つもあったわけでありまして、そういう点では、資料を実際上強制的に開示していただけるような手続について整理しておく必要があると思います。 その理由は、開示した後の取り扱いということに対しての不信感というんでしょうか、不安感というものが相手先の方に存在しているために、これが最終的にどう保管されるのかわからなければ開示できませんというお答えが返ってきてしまっていた。そのことは、実際、やはり書類の保管や公開、将来にわたっての公開等について、現に今でもルールがなく、我々が聴取した資料等については、公開の手続が決まらないまま保管しているという状態になっておりますので、このあたりのところを整理していただくことが必要なんじゃないかなというふうに思います。
○塩崎委員 今、野村先生から最後にお話がありました資料の問題につきまして、いろいろ議員の中からも質問や御批判をいただいているわけであります。 今お話があったとおり、とりあえず国会図書館に全部資料は移っていますので、言ってみれば、国会の資産、財産になっているということであります。ただ、その扱いをどうするかというのを、本来は事前に、保管期間とか開示の時期とかそういうものを定めておくべきだったところを、それをきちっと定めていなかったものですから、それで御苦労された上に、今まだそれが宙ぶらりんになっているものですから、これはまた先生方と御相談をして、これをどうするかということを決めていきたいというふうに思っております。これは、むしろ議員の先生方にお伝えを申し上げておきたいというふうに思っております。 そして、最後に、規制のとりこという言葉が今回も随分御報告から出てまいりました。要は、専門性がない、専門性の逆転というか、規制される側の方が規制する方よりも能力があるという中で、いろいろいびつなことが起きてしまったわけであります。 そこで我々は、専門性を高めるということは極めて大事だし、言ってみれば文化を変えるぐらい大変いろいろなことをやらなきゃいけない、こう思っておりました。その中の我々としての、自公案の工夫の一つが、原子力安全基盤機構と原子力規制委員会組織との統合、これを我々は想定して、ぜひ去年の九月からやるべきだということを強く主張いたしました。残念ながら、それをなかなか当時の与党・政府が受け入れてくれなかったので、附則に廃止をするということを書いてあります。そして、公務員化を含めてと書いてありますけれども、我々は、規制委員会組織に合流するという形で、能力のある人たちが入ってもらうと。 もともと、実はアメリカは、百基ぐらいの原子炉に対して四千人のNRCの職員がいます。日本は、JNESを統合したとしても合計で約千人弱、これで五十四基ですから、言ってみれば、日本はそれでもアメリカの半分しかいないという中で、実は、なかなか今、規制委員会も、それから政府も、このJNESを統合することに余り熱心ではありません。 我々はそれを非常に懸念していて、福島の被災者の皆さんからの信任も、やはり専門性があってのことだろうというふうに思っていて、この提言の中でも、専門能力ということであるわけでありますので、私としては、これを統合することが一番大事だと思っておりますが、今の田中委員長は残念ながら後ろ向きで、法律に書いてあってもそんな簡単な問題じゃないというふうに恐ろしいことをおっしゃっているのでありますが、その点について、野村委員のお考えがもしあれば、最後にお聞かせ願いたいと思います。
○野村参考人 私が答えるのが適切なのかどうかわかりませんが、私どもの提言の中には、やはり規制組織の専門性を高めるということは強く求めているところでございます。 原子力規制委員会というところには専門家の方々がおられますけれども、原子力規制庁というところには、かねてからの保安院の方々、いわゆる役所、経済産業省に入省して、たまたまその部署に所属、配属になられたというような方々が大量におられるわけでありまして、この部分の専門性を高めることなくして規制のとりこは解決できないだろうというふうには思っております。 簡単に申し上げますと、先ほどちょっと入学試験の例を出しまして、余り望ましい例じゃないかもしれませんが、教員の方の側が専門性がなく、問題がつくれないので、受験生に問題をつくってくれというような形になっていたのでは、厳正な人選はできないわけでありまして、管理運営がしっかり行われるためには、むしろ監督当局の方の専門性を高めていくことが必要だろうというふうに思っております。
○塩崎委員 ありがとうございました。
○森委員長 次に、近藤洋介君。
○近藤(洋)委員 民主党の近藤洋介であります。 黒川元委員長初めそれぞれの先生方に心からまず敬意を表したい、こう思います。国政に議席を預かる者として、この提言を重く受けとめ、先ほど蜂須賀元委員から貴重なお話がございましたけれども、被災をされている方々、皆様方は当然でありますけれども、日本の未来のために、この提言を生かし、国会として責任を果たしていかなければいかぬとまず冒頭申し上げたい、こう思います。 塩崎先生の方からも貴重なお話がございましたけれども、若干かぶりますが、大事な点なのであわせてお伺いしたいと思っています。 まず、黒川委員長にお伺いしたいと思います。 憲政史上初の、国会のもとでの独立調査委員会ということでスタートをした。先ほど来お話があったとおり、スタッフの方々を含めて、大変献身的な努力の成果のもとの結集である、こういう話がございました。まさしくそのとおりだろうと思います。野村元委員からも、多くの苦労があったという御発言もございました。 情報公開、情報のルールについての整備、塩崎委員からも御発言がありましたが、私も、大変重要な問題でもあるし、これは議会として取り組まなければいかぬ課題だな、こう思います。 その前提として、この調査期間六カ月間というのは、改めて聞いてみますと、スタッフの集め方等々も含めて、これはいたし方ないというものの、やはり結果論で言うと若干短かったのかなと私は受けとめました。 いろいろな理由の中でこの期間になったわけでありますが、委員長、この六カ月間というのを振り返ってみて、やはりもう少しあった方がよかったのか。提言の中にも常設のものをということを書いているということは、逆に、いつスタートしてもできるようにということでありますでしょうけれども、この六カ月間という期間の適当性について。 もう一つは、国政調査権をいずれにしろ発動されなかったわけであります。野村元委員からもさまざまな御発言がございましたけれども、国政調査権を発動するという議論、委員の中でどこまで真剣に議論をされたのか。されようにしても、結局、竹光として、発動する意味がなかったのかどうか。その辺も含めて、国政調査権の発動がなぜ行われなかったのか、経緯も含めてお答えいただけますでしょうか。
○黒川参考人 どうもありがとうございます。 まず、六カ月ということですが、確かにそのころ、さっき塩崎議員がおっしゃったように、初めてだったので、この法案をつくり、両院通すことに非常に苦労されたということは、後で本も出されております。さらに、委員十人をどのように選ぶかという話も、これも初めてだったので、やはり両院で通過させるための政治的なやり方ということがあったと思いまして、私も、拝命したときが十一月の半ば過ぎだったと思いますが、本当にこんなことができるかなと思いました。 私の場合は、外国でやっているやり方のことは割合に知っていたので、だけれども、実際にできるかどうかは全然別の問題です。スリーマイルアイランドも六カ月、それからスペースシャトルのチャレンジャー号も六カ月ということで、いろいろなシンクタンクの人とかアカデミーの人たちがそういうことをハンドルすることに非常になれている国は六カ月ということでよかったんだと思いますが、ルールも決まっていますので。そういう意味では、六カ月というのは非常に厳しいなと思いまして、最初の記者会見でこれはミッション・インポッシブルだと言ったのはそういう意味であります。 両院協議会がありますので、それのやり方について、どういう法案の趣旨があるのかと大分詰めさせていただきまして、最初、やはり委員の方々は何を考えているかというのもやるために、委員一人一人に面会をしまして、私どもがみんなの意見をそれぞれ言うわけではなくて、これはスリーマイルアイランドのケメニーの十二人の委員のように、世界から見られているから、調査はしていただくけれども、まとめるのはそれなりに、受け取る側がわかりやすく書くという話をしまして、事実に基づいて、自分たちの意見はできるだけそぐということをやって、七つの提言にまとめさせていただいたということであります。 そういう意味では、各委員について調査を手伝ってくださる方の任命のやり方、それから、中央にいて、野村さんに主査をやっていただきましたけれども、どういうチーム編成をするか、主査の裏側で調査統括をやる人、これも国会の承認が必要でしたので、非常に苦労しました。宇田左近さんという人がいるなということは私は知っていましたし、彼にぜひ頼みたいということで電話で口説いたら、やってくれるという話をしてくれたので、これで何とかまとまるかもしれないという気がしました。 その後は、この六カ月、皆さん、チーム、協力してくださったいろいろな方、それから国会の職員の方も七人、国会図書館の調査の三人も、本当に死に物狂いで、土曜も日曜も昼も夜もなく、物すごい勢いでやらせていただきました。最後の印刷物をつくるのにも、いろいろ交渉したんだけれども、十日間かかるということで、両院議長のアポをとるのにその辺の下回りもして、相当に苦労しましたけれども、大変いい経験になりました。 これはぜひ、この経験を将来、どういうふうにやったのかということは記録に残しておきたいと思っておりまして、現在執筆はしております、ちょっとおくれておりますが。そういうことだと思います。 それから、調査権のことでありますが、確かにこれは、かなりメディアのアテンションもありましたので、注目されていましたので、私たち、まず二つのことは非常に気にしました。 一つは、非常に注目されているので、ほとんどの人がフルタイムではありませんから、どうしてもメールとか携帯電話の連絡をすることが多いので、どんなメールをとっても十くらいのサーバーを通りますから、盗む気になれば幾らでも見られます。 ということで、これをどうやってやるのかというので、交渉して、大体九十台ぐらいのラップトップを借りてきまして、ダブルセキュリティーをかけて、これ以外は使っちゃいけないということを皆さんに指示しました。だけれども、この辺の交渉事も非常になれていなかったので、国会の職員も大変に苦労したと思いますが、協力してもらいました。携帯電話も皆さんに渡して、これに関することは、これ以外は使っちゃいけないと。この記録も全部ディスクに入っておりまして、国会図書館にそのメールの交流も全部入っております。証拠を残すというのが非常に大事なので。 そのほかには、国政調査権ですが、最初は、どういう方に来ていただいて何を聞こうかという、資料が全くないので非常に苦労しましたが、第一回は福島に行き、現場を見、第二回は、ちょうどそのときに、政府の方の畑村委員会の中間報告、それから文部科学省の中間報告、それから東電の中間報告が出ましたので、これは始まって一回目の一カ月後に、それだけ時間がかかりましたけれども。その後も、全体で十二、三回かと思ったんですが、結局二十回やれることになったのは、だんだんペースが上がってきてやり方がうまくなったというのもあります。 皆さん非常に、国政調査権があるというので、プライベート、私企業の方々は断ってもよろしいんですが、やはり協力していただきまして、来ていただいた。それを、皆さんが見ている前で、ウエブで公開したというのが非常によかったんじゃないかと思います。 それで、国政調査権につきましては、皆さん協力していただけましたので、渋々かもしれませんが、発動することはなかったという経過でございます。
○近藤(洋)委員 ありがとうございます。 続いて、黒川委員長と横山参考人にお伺いしたいと思うんです。 規制のとりこによる人災であるということ、これが今調査報告書の大きな柱であるわけであります。この点について、規制のとりこになってしまった経緯、また事実についても詳細に調査をされておるわけであります。 その中で、例えば、この規制のとりこになってしまった原因、推進と規制が一体である、経済産業省の中に保安院がありといった構図が取り上げられているわけであります。 我々は、この保安院の分離というのを野党時代に提言して、なかなか時の政府はけんもほろろだったわけでありますけれども、政権を預かってから、その具体的な研究に着手をし、議論を始めたやさきに、この事故が起きてしまったということだと思っています。 この新しい委員会が、そして規制庁ができた。そうすると、器はできたわけでありますけれども、問題は、先ほど横山参考人もお話ございましたように、人材であります。人材をどう集めて配置するかという御発言がありました。これは極めて重要な点だろう、こう思うわけであります。原子力発電、放射線の分野等々、技術分野の育成、配置をどうするか。ほかのさまざまな、原子力自体は巨大なシステムでもございますから、どうするのかというのは最大の課題なわけであります。 他方で、今、規制委員会、規制庁、新しい機関ができたけれども、これは将来的に、この行政機関というか、この分野に人が入ってくれるのか、集まるのかという不安をされる方々も内部にたくさんいらっしゃるのも事実であります。 そもそも、先ほど、東京大学でかつて原子力工学は人気科目であったけれども、今やというお話もございました。恐らく、今後ますますそうなるわけでありまして、若い有為な人材が、かつてベスト・アンド・ブライテストが入った原子力の分野と言われたかもしれませんが、誰も入らないという入り口の問題。将来も展望がないとなれば、余計入らないという課題があろうかと思うんですね。そこの人材育成をどうするのか。 米国の場合は、恐らく、これは私の想像でありますけれども、一応、軍というものがあって、フランスもそうなのかもしれません、軍という大きな組織があって、その中で原子力というものを、人材を回しておるのかもしれませんが、我が国において、果たしてどのように人材を集めるのか。国際的にそうした人材を交流することでも考えるべきなのかどうなのか。 原子力政策も全く先が見えない中で、我々は三〇年代ゼロを目指し全力投球という方針を固めましたが、現政府は白紙のままである中で、この分野にどうやって人材を集め、配置するのか。どうするのかという妙案が全く見当たらないのですが、黒川先生そして横山参考人、何かお考えがあれば。
○黒川参考人 まず、七つの提言について説明させていただきましたが、この一番に「規制当局に対する国会の監視」と書いてあります。これは、実は私どもは、規制のあり方についてということはこの法律で御下問を受けておりましたので、しかし、それにもかかわらずどんどん進んでしまいましたので、このように書いております。 そのときには、ノーリターンルールとかいろいろなことがありましたよね。ですから、こういうふうに書いていますが、できてみると、今はむしろ、規制当局をしっかり、この規制当局が、いかにそれにオーソライズするかというのが政治の役割だということが世界でも認識されているので、今やっている規制当局に対して、やはり業者の方はそれを超えるようなベストプラクティスをさらに進めるということが大事なわけで、そういう意味では、この規制当局に対する国会の監視という言葉が誤解されるのはいけないなと思っております。 むしろ世界では、新しい規制当局は、日本の人たちが入って日本人だけですから、そう簡単には意識が変わらないかもしれないけれども、あれがどうやって独立して、権威を与えるというのが政治のガバナンスの問題だというふうに認識しているようでありまして、それをぜひ立法府としてお願いしたいというのがこれの趣旨であります。 そこで、提言の五を見ていただきますと、「新しい規制組織の要件」というのがありまして、これも御下問があったので書きましたけれども、それの先に、三条委員会で、先ほど塩崎議員が御発言なさったようなことがどんどん進んでしまいましたので、私どもとしてはこの程度にしか書けなかったんですが、その後、政府としては、フォローアップ委員会というのがありまして、民間事故調の北澤さんが委員長になり、畑村委員も私どもも委員となりまして、どのように具体的にするかということの各所の提言ということを一応報告させているのが先々週出たと思います。 そこで、私がいろいろなところへ行って聞くところによると、やはり原子力というものの規制については先進国では非常に大事な問題になっていますので、むしろ、日本の規制の委員会がどれだけ独立性とオーソライズされるかということが日本の政府は問われているということで、私も話しましたが、例えば、アメリカもイギリスもフランスもスウェーデンも、規制にかかわる人たち、特に若い人たち、やはり三年ぐらいお互いに交流しよう、どんどん向こうに行かせなさい、向こうからも来させなさいと。それぞれの国がどうやってこれの独立性とオーソリティーを維持するかというのは、歴史的、社会的にも違いますが、一生懸命やっているので、むしろ三年ぐらい若い人たちを交流させようよという話をして、向こうからも来る、こっちからも行くということは、非常にみんな切望していますね。 そういうことによってお互いのピアレビューができ上がってくる、学問も同じですが。それによってお互いに信頼できるような安全の規制ができるということになると、これがインターナショナルな、これからもどんどんふえてくる可能性もありますが、国際ライセンスみたいなメカニズムになってくると、多くの国民により安心をさせてあげられるのではないか。そういうようなことを、日本がこれを機会にしてやることが大事じゃないかな。 例えばJNESにしても、しょせんは日本のもともと官僚の方たちと学者の人ですから、それほどマインドセットは変わってこないですよ。だけれども、やはり若いうちに三年ぐらいフランスあるいはイギリス、アメリカなんかと交流をして、向こうからも来てもらうとなると、お互いにこれはかなり魅力的な機関になるんじゃないかというふうに思います。また、五年に一回ぐらいは、半年とか一年、違うところに行くとか、そういう開かれた場にしていくということが日本としては非常に大事なことじゃないかということで、そのフォローアップ委員会には入れ込んでいただきました。 実際、これをやるのにはお互いの旅費以外はほとんどお金がかからないわけですから、それは向こうの国も、ぜひ、そういうことをすると、お互いの国の制度のあり方、それからやはり事業者との関係のあり方、そういう意味では、非常にこれをポジティブ、この事件をきっかけに、人材の交流ができるのではないかというのが、私どもが一つは考えたんですが、これは御下問の中には入りませんでしたので、提言五、ぼやっと書いてありますけれども、具体的な政策は幾らでも打てると思います。 それからもう一つ、行って聞いたことですが、規制の当局が、御存じのように、経産省の下にあるエネ庁のまた外局みたいになっていますが、だから、規制当局のトップが、経産省の専門性の少ない人が一年交代で来ているよねということは、IAEAその他がもう全部知っていることでしたね。ですから、それで大丈夫なのかなという話は、みんな懸念はしていたけれども、IAEAは、それを強制する力はないから仕方がないなといって見ていたということは聞きました。 そういうことが今までの日本のあり方で、これを契機にどう変えるか。おっしゃったように、軍の関係とかいろいろな話もあるにしても、どうやって質のいい人材、この質のいいというのは、世界の規制の人として、お互いにピアとして認識されるような人をどうやってつくってくるかということが大事じゃないかと私どもは思っております。
○横山参考人 魅力のない仕事はない、魅力ないやり方で仕事をやるやり方はあるという言い方があります。だから、これから原子力が魅力のない分野だというふうに決めつけることは多分ないだろうというふうに思うんですね。 例えば、NRCは極めて魅力的な職場、NRCに勤めるということはプライドであるというふうに聞いております。それは、三十年間原発というのをつくらないという状況にあったにもかかわらず、そういうプレステージとモラールを維持してきたというのは結構すごいことである。だから、これは今、委員長の話にもありましたけれども、魅力的な仕事、それから責任、使命というものをやはり意識的につくり上げていくということが必要であると思いますね。 原子力といっても非常に幅広い分野であって、原子力工学の専門家が原子力科学をすごくよく知っているということもない、また放射線医学をよく知っているということもないわけですね。多種多様な分野ででき上がっている総合的な科学分野で、工学でも、土木もあれば、設備工学も、いろいろなものがあるわけです。 それを、きれいなマップをちゃんとかいてみて、それぞれにどういうぐらいの人材が必要か、それにどういうキャリアパスを与えていくのかというのをきちっとデザインすべきだ、さっきから申し上げている、デザインすべきだと私は思います。 例えば、変な例ですけれども、日本では大工さんは減っているわけですね、八十万人から四十万人切ったと思いますから。でも、アメリカはちゃんと維持しているわけです。なぜかというと、貧乏で高校卒でフレーマーになっても、そこからずっと段階を上がって、国家試験で、最後はインスペクターになれる。インスペクターというのは、世間的には極めて尊敬されるポジションなんですね。そういうキャリアパスがちゃんと示されている。だから、野心的で、大学に行けなかった人たちは、そういうキャリアを求めるということもあるわけです。 だから、魅力的なキャリアをデザインし、最終的にはどういうところに行けるのか。別に経産次官になる必要はないわけであって、別のキャリアとしてのポジションができていくということを見せる。それによって、だんだんと、これはやはりやる価値のある分野である。その中に、今の委員長の話の中にありましたけれども、これはグローバルな課題であり、グローバルに解決しなきゃいけないので、日本に閉じこもっているような状況じゃないんだよというのも、ある種、魅力のつくり方だというふうに思います。 そういうふうなことを試行錯誤、まだ試行錯誤をやる時間がありますから。きょう、あすの問題ではない。でも、十年後は問題なわけですね。そのころには、これは魅力ある職場であり、キャリアパスであるなというふうにつくり上げていく。それは、別に官になるわけではない、ある種のパブリック、公的組織の中でのキャリアパスだというふうに認知されていくということがあって初めて大学で学生が入ってくるようになるというふうに私は思います。 十年間、時間はあると思います、まだ消えてなくなるわけじゃないですから。それをつくっていくべきだというふうに思います。
○近藤(洋)委員 ありがとうございます。 規制当局のつくり方というのは、これまでも、例えば金融の世界では、金融監督庁、そこから金融庁になり、これは全く質は違う分野でありますけれども、いずれにしろ、規制、財務省というものから外して、新しいものをつくったわけであります。 ただ、私が若干心配しているのは、まさに、これだけ社会的にも大きな、被害を受けている方も多くいるという事故、人災ということを受けての話でありますから、原子力という分野にきちんとした人材が集まるかというのは、やはり心配であります。 村は壊すべきでありますが、別の村をつくっても全く意味がないわけでございまして、今、横山参考人からございましたように、まさにそういった、世界に広げたものをどう構築するか。十年、時間があるのかどうか、どうなのかということはありますけれども、残念ながら、今ですらそれほど人材がいなかったわけでありますから、結果として。どうであれ、つくり込むためには、やはり急がなきゃいかぬのではないかなという思いを持っています。 さて、もう一点、これは櫻井元委員と野村元委員にお伺いしたいのです。 情報公開の原則を徹底されたということは大変意義深いことだった、こう思います。そして、こうした国会事故調の大きな流れに沿って、現在の規制庁、規制委員会も、こうした情報公開と説明責任といったことについて行政を行っているな、こうは認識をしております。委員会の内容を例えばユーチューブで見ることもできるというところまで行っているわけであります。 ただ、一点、実は気になる点がございます。 規制委員会というのは、大変大きな物事を決める重要な委員会であります。その委員会の討議の、各委員の先生方の発言等々が、物事が全て決まる前に、こういう情報を集めて、こういう議論がされたというのは私は否定はしないし、大事なことだと思うんですが、最終的な結論が出る前に同時進行的にオープンになるということが果たしてどこまで適正なのかということなのであります。 何を申し上げたいかというと、これは、例えば裁判所の裁判官の方々の討議というものが同時公開されることはないわけですね。判決が下される前に、裁判員裁判であるけれども、いろいろな意見は聞く、公開で聞く、さまざまなそれぞれの立場の方々は聞く、だけれども、裁判官の中の議論というのは公開されない。 かつて、私は公正取引委員会の情報公開を求めていたときに、公取というのは、これまた極端に情報公開がおくれているところでありまして、一切公開はされません。公正取引委員会の議事録は要旨、しかも非常に簡単な要旨しか公開されません。私は、これは少なくとも事後に一定程度の議事録は公開すべきではないかと言っていますが、政府はいまだに拒んでおります。簡単な議事録です。その理由は、準司法機関であるからだということであります。 公取の対処がいいかどうかは別にして、同じ三条委員会として規制委員会ができた。このことが、例えば一つの例でいうと、物事が決まる前に、ある委員が、ここはちょっとこういうことかもしれませんなということをおっしゃった、そのことが既成事実のように物事が走ってしまうということなわけであります。違った知見ができたときに、それをどこまで訂正し得るのか。全部公開をされてしまったときに、結論からいうと、利害調整も図るわけですから、何でこの委員はAの立場からBの立場に変節したのかと違う立場からは言われてしまう、こういうリスクも負うわけですね。 何を言いたいかというと、委員の規律というんでしょうか、そこにまだ、ある意味、何かが必要なのではないか、こう私は考えるんですが、公開の原則は公開としつつ、その辺、法曹御経験のある櫻井元委員、そして野村委員、主査として、お考えがあればお聞かせいただきたいと思うんです。
○櫻井参考人 ただいまのは大変難しい御質問だろうと思います。 裁判員裁判のところを非公開にするというのは比較的わかりやすいんですが、そうでないところの非公開というのについてはなかなか御理解を得ないところもあるかと思います。 結局、情報の公開というのは何のためかというと、国民皆さんがそれを知ることができるということで、ただ、その知ることができるの反面で、討議その他が自由にできるということの両方が守られなければ、やはり公開というのはできないのではないかと思います。 御承知のとおり、私どもの委員会は、いわゆる公開でヒアリングをやった方と、そうでない方とおられます。片方において、ヒアリングを公開でやるべきということの判断と、そうでない方について、なぜ公開しなかったのかということは、いろいろな問題、検討があったわけですが、一つには、プライバシーに係る問題に触れる、あるいは保秘上の問題に触れる、いろいろなことについて、公開では聞けないような部分も当然あるし、また、それを残すことがいかがかと思うこともあるわけで、結局、調査をしっかりやるという意味で、やはり全てを公開ということでは必ずしも進まないのであろうということで、その調和の上であったと思うんですね。 規制委員会のことについてお尋ねですが、私は規制委員会のことにつきまして直接お答えする立場にありませんが、やはり規制委員会の議論というのも、全てを公開するのがいいかどうかというのは、先ほど申し上げましたような二点の調和の問題であろうかと思っております。 余りお答えになっていないかと思いますけれども、この程度で。
○野村参考人 私も、今、櫻井参考人の方が御発言されたことに特につけ加えることはないんですけれども、恐らく、国民がこの種の会議に対して不信感を持っておりますのは、単に非公開だというのではなく、秘密会議というようなことで議論されたような会議では、都合のいい人だけが集まって先に話し合いをしていた、こういう事実が存在していたことが社会的問題になっているんだというふうに思います。 その種の会議の場合には、別途公開の場で会議が行われているにもかかわらず、別な意見を持っている者はきょうが初めてだと思いながら議論しながら、実は、根回しのような形で、非公開の会議が事前に行われているというようなことがあったがゆえに、国民は全面的な公開を求めているんだと思います。 このようなことを過去やってきた以上は、やはり公開の原則というのを最優先させるということが信頼回復にとっては重要だと思いますが、今言ったようなゆがみが生じない形で、他の法益を守るために、例えばプライバシーでありますとか、あるいは本音ベースでの議論をまずは闘わせてみるというような形で、参加している者がフェアな形で議論ができるのであれば、それは委員会の運営としてさまざまな工夫があってもしかるべきだろうというふうには思います。
○近藤(洋)委員 大変貴重な御意見をありがとうございます。 規制委員会は、まさに全く新しい組織でありますし、私は、公開の原則は当然だと思うんです。 問題は、その公開というものが、情報の、例えば時間軸もあるわけでありまして、その辺も含めながら、原則、政府のあらゆるものは、いずれの時間軸であれ全て公開されるというものの前提に立って、しかしながら、どう実りあるフェアな議論ができるかという仕組みづくりというのは、日本の場合、恐らくまだ発展途上なんだろうな、こう思いますし、そこはやはり大至急つくり込んでいかなければいけないんだろうということ。 あと、これは当委員会でもこれから規制委員会の方々もお呼びして議論を進めていくわけでありますが、規制委員の選び方の話については横山参考人からもお話、御提言がございましたが、その行動規範といいましょうか、対外的な発言等々についても縛るつもりはございません。ただ、よりフェアな議論が、そして正確な情報が、何よりも大事なのは、規制委員会に正確な情報が集まることだろう、こう思いますので、その点に立った運営の仕方というのがあるだろうという思いがございます。 さて、次は、これは黒川委員長と横山参考人にお伺いしたいのです。 それぞれの委員の先生方から、全て原発というものはリスクがあるんだということ、かつ、大きなリスクが内在しているんだということ、これは我々ほとんどの国民が認識をしているところかと思うわけでありますが、御発言がございました。 その中で、この報告書でも、そのリスクのあるものを保有する事業者として、東京電力経営陣が、残念ながら、ちょっと言葉はあれですけれども、不適格という、経営陣はその大きなリスクに耐え得る経営をしてこなかった、組織としてもそうであったということが示されておるわけであります。 このことは東京電力一社だけなのかどうかというのは検証してみなければわからないわけでありますが、まさに、ほかの電力会社においてもどうなのかということを国民全体は見ておるわけであります。また、各社は、何とかそこを改善しようということで、当然のごとく努力もしているかとは期待しているわけでありますが、そこは、大きな課題として、東京電力一社の問題ではないということだろう、こう思うわけであります。電事連の問題も、まさにそこに象徴されるわけでありますから、そういうことなんだろうと思うわけであります。 その中で、現在、電力システム改革というものが議論をされています。この調査委員会ではこうした議論は範疇外であるということで、当初からそれは外されているということは十分承知の上で、あえて伺いたいのですが、しかしながら、この電力システム改革という議論は、電力会社の発電送電分離、小売の自由化等々、経営体を大幅に変える改革論でございます。 問題は、私が危惧するのは、この電力システム改革の議論の中で、では、原子力というものをどういう事業主体が担うべきなのか、どうあるべきなのかという議論は、政府内の議論ではぽかんと抜け落ちております。国会事故調の提言は、そこはもう少し踏み込まれて、今ではだめだという提言を出されておるわけであります。 ところが、他方で、事業者の大きな議論が、例えば国そのものが、要するに、民間事業者であってもいいけれども、より国が大きくかかわらなければいけないのかどうかといった議論も含めて、やはりこれは切っても切り離せないものだろう、こう思うわけであります。 伺いたいのは、少なくとも、規制のとりこにならないためには、分離をした方がプラスなのかマイナスなのかといったことが一点。 二点目。少なくとも、この議論の中でもう一つ、国は、今の政府は、原子力についての決着を出しておりません。白紙であるとだけ言っています。我々民主党は、三十年かけてゼロを目指すという方針を出していますが、国は、今の政府は何も示しておりません。リスクはあると承知の上で、しかしながら、維持するのかしないのか。国として、やはりそこは明確なビジョンがなければ、安全の議論というのはできないのではないかとも考えるわけであります。 あわせて、この議論をしない限り、例えば原子力委員会なるものが果たしてどういう役割を果たすのかということも、規制の上に立った制度論もストップしてしまっているわけでございまして、大きな問題ではないか、私はこう思うわけですが、黒川参考人そして横山参考人、お答えいただけますでしょうか。
○黒川参考人 御質問ありがとうございました。 一つは、先ほど野村委員からも言っているように、これは規制のとりこだということを言いました。規制のとりこというのは、世界じゅうどこでも起こります。それで、実際に起こっています。これをウィキその他で調べると、幾らでもエグザンプル、サンプルが出てきます。日本の原子力規制当局もそうであったということが書いてあります。 私どもが言いたかったことは、これをさらに進めてしまうと日本文化論になってしまうので、それはちょっと目標が違うので書かなかったんですが、日本に起こりやすい独特の背景はあるのかという話を考えてみたということです。どこでも起こるんだけれども、日本には独特の起こりやすいのがあるかということですね。 一つは、就職すると、いつまでもそこにいると日本人はみんな思っている思い込みです。例えば、経産省に入ると、ずっと経産省にいるのが当たり前だと思っていますよね。東電もそうですよね。銀行もそうですね。どこでもありますけれども、これは日本以外には、役所の次の事務次官は何年入省なんということを今でも言っているような国がほかにあると思いますか。そういうのが起こりやすいわけじゃないですか。 九月十一日のテロのアタックだって、あれは原子炉がテロのアタックの対象になるということをすぐに察知したわけですよね。ですから、アメリカは、ナイン・イレブン・コミッション・リポートというのがありますけれども、わざわざ日本の政府を呼んで、日本の原子炉は大丈夫かというスペシフィックなブリーフィングをしましたよね。だけれども、当然、日本の人たちは、そうだよと言った途端に大騒ぎになるので、自分がいるときは待っていようとなっちゃうインセンティブがききますよという話なんじゃないかと私は個人的に思っています。そうすると、都合の悪いことは先延ばしにして、自分のときは、あと一年すればオフだなと思っているところに一番起こりやすいのが起こる。 それからもう一つは、電力の九電力が独占に近いことになっているということは、どうしてもやはりレギュラトリーキャプチャーが起こりやすいですよね。ロビーイングをするとか賄賂をするとか、いろいろなメカニズムは世界じゅうどこでもありますよ。だけれども、こういうのが先進国日本でもやはり起こりやすい構造があるんじゃないか。 その構造を支えているのは、日本の皆さんが、どこかに就職すると、ずっとそこにいるのが当たり前だと大部分の人が思っているところにあるんじゃないかということが初めのところに書いてある。もしこれを直すのであれば、そういうところを直していくということがやはり非常に大事なんじゃないか。それでなければ、また起こるということですね。 それからもう一つは、最近は、世界じゅうでリスクマネジメントというような言葉がはやりになってきました。そこで出てきたのがレジリエンスという言葉ですね。弾発力というか何というか知らないけれども、あれが突然、世界的なグローバルアジェンダのキーワードになってきました。 それはなぜかというと、世界じゅう、今までの歴史で起こらなかった事故なんというのはないんですよ、だって、事故は必ず起こるんだから、機械は必ず故障するんだから、人間は必ず誤りを犯すんだからという三原則を忘れてしまったんじゃないかという話なんですね。ですから、安全だ安全だと言っていること自身が非常にリスクがあるというのが今世界じゅうの認識になっているわけなので、そういうところで日本は何か欠けていなかったのかということ。 それから、スリーマイルアイランドでも、あれから、事業者は自分たちでインスティチュート・オブ・ニュークリア・プラント・オペレーターズというのをつくりまして、三十年かかって、どうやってガバナンスをきかせてくるかと物すごく努力していますよね。最初のウイリアム・リーという人が物すごく業界で頑張ったそうですけれども、そういう世界じゅうが見ているところで、日本がこういう特有な問題をアドレスしながら、どうやって変えていくかということが日本の課題になっていると私は思います。 ありがとうございます。
○横山参考人 原発は是か非かとか、収束かどうかという二元論的な議論の展開もあると思うんですが、私は、どちらにしても、進むも地獄、退くも地獄の状況だろうというふうに思います。廃棄物処理の問題というのは、相変わらずアメリカでもっても解決していないわけですから。そうすると、どういう結論が出るか以前に、こういうことはちゃんとやるべきだというふうに思います。 一つは、原子力というものが、ライフサイクル全てのコストを載っけて計算して、どういうことになるのか。それは、廃棄物処理コストもそうなんですね。そのコストを誰がしょうのか。 民間か国か、あるいは発送電分離かという以前に、今、民間企業はやはり営利の事業体であって、バランスシートに非常に重いものを載っけているわけですね。そうすると、稼働率というのが物すごく大事なわけです。そうすると、当然、企業としての行動は、稼働率を維持するという方向になります。だから、そういう行動をさせるのがいいのかどうかという議論。 それから、電事連はどちらかというとやはり一番の兄貴である東電の意思が通っている部分はあると思いますけれども、各電力会社はそれぞれの努力をしている。だから、バランスシートにおける原発の比率というのはばらばらなんですね。それによって経営行動は違っている。 そういうことをよく見ていただくと、これはある種の答えようがあるのではないのか。やはり、営利の事業体が面倒を見られる部分というのはある種の限界があるだろう。フルサイクルコストをしょえるというふうにはならない。 例えば、今ドイツで廃炉の作業をやっていますね。一種の試行錯誤も含めてなんですが、既にもう、東ドイツのソ連型の原子炉だと思いますが、五千億円かかっている。だから、みんなが言っている廃炉のコストというのはそんな金額じゃなくて、もっとすごいかもしれない。 そうすると、これは一事業体がどうこうできる問題なのかどうかというのは当然あると思います。それが一つ。やはり、ライフサイクルコストを全部載っけて計算するというのをちゃんと見せるべきだ、みんなに。 それから、もう一つあるのは、電力全体の需要の中で、原子力というのはフレキシビリティーのないもので、当然、運転し始めたらずっと運転しているんだけれども、だから、揚水発電所とかそういうのがあるんですが、揚水発電所も、もうつくりにくくなってきているわけですね。そうすると、技術開発というのはやはりすごいものであって、蓄電の能力というのはぐんぐん今ふえている。揚水発電所は三千億ではもうできなくなったけれども、蓄電で三千億使うとかなりの規模の蓄電ができる。そうすると、ピークシフトということが言われるけれども、そのシフトというのはいよいよやりやすくなる可能性がある。 これは政府の意思次第だと私は思います。初期コスト、固定費を誰がしょうか。それができると、今ある日本のキャパシティーで賄える部分が結構あるのではないか。私はそう思っていますが、それは検証していただいたらいいと思うんですね。 それから、典型的には電炉がそうですが、一旦動かし始めたらずっと動かさなきゃいけない。夏のピークはやめるぞというわけにはいかない。だから、そういう融通のきかない産業から、ピーク時はちょっと休んでいるということができる産業に、産業シフトはしているのではないのかというふうに私は思っています。だから、ピーク時を、カットオフ契約というのがカリフォルニア州なんかはありますけれども、そういうことを日本でやろうと思って、できなくはないという部分がある。 これは、では需要があるというのはどういう計算がされているのかと私調べたんですが、初めに需要ありきでスタートした日本の電力というのは、産業構造の変化による需要の弾力性ということは、どうも私の調べた限りでは、十分やっていない。だから、初めに電力需要ありきじゃない、そういう経済成長の時代じゃないので。この値段でこれが提供されるんだったらこういう産業ができる、カットオフ契約で安くしてくれるんだったらこういう産業ができる、有利になるとか、そういうところまで入って需要を見て、需要と供給という弾力性をちゃんと持てる時代が来ているんじゃないのかというのも検証すべきだというふうに私は思っています。
○近藤(洋)委員 ありがとうございます。終わります。
○森委員長 次に、小熊慎司君。
○小熊委員 日本維新の会の小熊慎司です。 黒川参考人初め元事故調の皆様には、本当に、これまでの御努力に感謝を申し上げます。 また、とりわけ蜂須賀さんにおかれましては、私も会津でございますので、浜通り、会津、同じ福島県ですけれども雪国と南国ぐらいに差がある気候の中で、我々、雪国に暮らしている中でも、雪のすばらしさ、また文化の奥深さもあることながら、やはりなかなか雪の大変さというのも、ずっと暮らしている私たちにとっても大変な中で、なれない雪国生活、本当に大変なことだと思います。雪が降るだけじゃなくて、大体冬は晴れやかな空が浜通りは当たり前なのが、我々は、冬の間はずっと鉛色の空で、暗く閉ざされた中で、そういう意味では、気分もうつうつとしてしまわないかと心配をするところであります。 こうした原発事故災害といったものを検証していただきましたけれども、これまで指摘がありましたとおり、炉心溶融の部分がしっかりとまだ把握できていないということに関して言えば、廃炉を速やかに進めて、原発事故を一日でも早く収束しなければならないという反面、先ほど御指摘が田中参考人からありましたとおり、やはり事故の状況といったものをしっかり検証する意味では、そこをバランスをとっていかなきゃいけないというのは全く正しい指摘であろうかというふうに思っています。 今回のこの事故の反省を踏まえて、こうした事故調、またこの委員会も開催をされたところではありますけれども、やはり、これは我々政治の側もまだまだ、この委員会設置については皆さんから御評価をいただいて、国会の役割に関しても大きな期待の発言が各参考人からありましたけれども、残念ながら、私は、国会はもう少し反省をしなければいけないというふうに思っています。 私は、解散前は参議院、そして復興特別委員会にいまして、この事故調の報告書が上がったときに、その復興特別委員会の中で、皆さんをお呼びしてこうした委員会を開くべきだということが提案されたんですけれども、過ぎた話でありますが、一党だけが反対をして、結局、参議院の特別委員会では、こうした参考人の意見陳述、質疑が行われなかったというのが事実としてあります。 反対した党は、事故調は調査報告書を上げた段階で役割は終わっているからそれでいいんだということでありましたけれども、そうした認識自体が、事故が収束したと言い切ってしまった一部の政治家や一部の専門家たちと同じ部類であるというふうに言わざるを得ません。 まだ終わっていない、事故は収束していないという中においては、これは我々国会議員も、一人一人しっかりと、もう一度原点に立ち返って取り組んでいかなければならないというふうに思っています。 まず最初に、黒川参考人にお聞きいたしますけれども、事故が収束していないという御認識を共有した、これが非常に大事な前提であるというふうに思いますが、しからば、この事故の収束というのは、定量的に、感覚的でも結構ですけれども、どういった点が、どういった課題を解決すれば事故を収束したと言い切れるのかどうか、お聞かせ願います。
○黒川参考人 ありがとうございます。 一つ一つ、個別にどうしろということではありませんが、やはり福島のあの四つの原子炉は、収束しているとは直観的に思えないですよね。それを説明するというのもなかなか難しいと思うんですが、最近の起こっている事故を見てもそうですね。それから、水で冷やしていますけれども、その中に入ってくる放射能をどうするのか。あそこには地下水がたくさん流れているということもだんだんわかってきました。 私どもは、先生方から法律によって立ち上げられた事故調というのは初めてですが、その間に、政府はもちろん、あの畑村先生以下の委員会があって、これは事故を起こした当事者というか、そのときの政権ですから、自分で自己点検するのは当然で、あそこのスタッフは各省の人たちが出ている。それから、東電も事故の当事者ですから、自分たちで自己点検するのは当然だ。民間事故調というのも、独立してやるのは、それは皆さんがやってくださいよということですね。保安院も、福島の反省を得て、三十項目の技術的なことを検証しましたということはやっていますよね。 実を言うと、あの民間事故調もそうですが、その後に、いろいろな人がいろいろな本を書いたりレポートを出しました。海外からもいろいろなレポートが出ています。それを読み比べると、一つ一つのレポートがそれぞれの独立した民間事故調なんですね。 だから、そういう話のうちで、国民の皆さんが、一体どうやって原子力が出てきたのか、それから現在はどのようなシステムとして運用されているのか、どのような経営状態あるいはシステムでなってきたのか、みんなわかってきました。 そこで、私どもの特徴は、やはり立法府から委嘱された、法律に基づいているというのが非常に特徴でありまして、そこで公開でやることによって、例えば、東電のあそこのビデオがみんなありますね、菅総理が来たときは、あそこだけ録音されていなかったんですねと。それから、福島第二に行っても、あの時間はなぜかハードディスクがいっぱいだったという話しか聞けませんでした。どこかにあるんじゃないかと思いますが、それは、やっているときに随分プレスでも聞かれました。だけれども、私たちはあくまでも立法府から委嘱されているので、事実を淡々と言うだけで、それを調査するのは私たちの仕事ではないんですよね。それを越えてしまうと、これは司法の問題ですからという話を繰り返し記者会見でしました。 したがって、私どもは、事実は書きまして、それをジャッジメント、判断はこれだ、あれだということはできるだけ避けまして、七つの提言を立法府にしたというプロセスを皆さんに見てもらっているというところであります。 ですから、さいはそちらに投げられているんですけれども、そこから先が、三権分立がどのように機能してこれを収束させていくかというプロセスがすごく大事なんだと思います。 そういう意味では、実を言うと、これは世界的な事件ですので、これの収束の、例えば、福島の溶けてしまった核燃料をどうするのか、それから使用済み核燃料をどうするのか、第四プラントの上にあるような千五百本をどうするのか。みんな、世界じゅう、物すごく気にしていますよ。だけれども、世界からいろいろなオファーをしようとすると、何か非常に受け入れてくれないんだそうですね。 この間も、米国のエキスパートが来て、除染について何かアドバイスをするという話があそこの大使館に来ていますけれども、担当の人に聞くと、もう余計なことをしないでくれというわけではないんですが、しかも、その人に担当でしょうと言うと、そうなんですけれども、何とかという話で、そういう話になっちゃっているんだということが見え見えなんですね、世界に。 ですから、世界は、これをどうやって学ぼうかというのと、どうやってヘルプできますかという話をしているんだけれども、相変わらず誰もデシジョンできない、しない、聞きたがらない。自分たちでやりますという話になっているんだけれども、外で見ていると、はらはらしていることだらけだという話になっているというのが今の現状じゃないんでしょうか。
○小熊委員 ありがとうございます。 事故調も、これは国会の事故調、政府の事故調、東電の事故調、あと民間においてはさまざまな提言、報告書も出されているところでありますけれども、国会の事故調がとりわけ秀逸であったというのは、これは人災ということを明確に言い切っているところであります。政府の事故調も、何となく人災っぽいけれども、そう言い切ってはいませんから。人災と言い切った点は、私自身は、読み込んでみると、的確な判断であったというふうに思います。 調査報告書の人災と言い切ったところの一つの原因としては、津波も想定内に置けただろうということを報告書でも指摘はされていますけれども、東電の言いわけが、あり得ないことが起きましたというのは今回に限ったことではなくて、先ほど蜂須賀さんがおっしゃられたとおり、それまでさまざまなトラブル隠し、データ改ざん、事故隠しというのを東電は繰り返してきた中で、事あるたびに、あり得ないことが起きました、想定外でしたという言葉を使い続けてきた企業ですから、そこに、今回、そうではないんだという御指摘をしていただいたことは大変よかったなというふうに思います。 ただ、これはほかの報告書とも比べたと思いますけれども、どなたでも結構です、東電の報告書は手前みそな話ですから比べるにも値しないんですけれども、政府の事故調と国会の事故調の差の部分で、津波が想定外、想定内という、とりわけ想定内に置いたという判断のところをもう少し詳細にお伝えしていただきたいと思います。
○黒川参考人 それは、本当に委員の方々と協力調査員の方が猛烈に調べてくれました。 もちろん、簡単に、みんな津波だったよねと言えば、これは気楽な仕事ですよ。 それが、実を言うと、私どもが地震に非常にこだわった理由はもう一つありまして、もちろんそれは石橋委員あるいは田中委員の御苦労もありますけれども、大きな地震が世界じゅうで起こっています。そのうちのかなり大きなもの、例えばマグニチュード四・〇とか五・〇だとか、大体二〇から三〇%は日本近郊で起こっていますよね。そのうちで、まだ五十台あるわけです。そうすると、日本にはそういうリスクが高いのに、ああ、津波だったねといってほかのことはほっぽらかしていいかというと、そんなことはあり得ませんよね。 ですから、そういう意味で、地震であるということの証拠はないかという話に結構時間をかけたのは、もちろん、国会の御指示もあったので、相当力を入れてやっていただいた。田中さんは福島の設計者でもありますから。間接的ですけれども、地震の影響があっただろうという幾つかの証拠があるということで、津波のビデオを見せていただきました。 そういうことからいうと、それを証明するのは私たちの仕事ではなくて、こう出たんだけれども、そちらで証明してくださいねというようなプロセスなのか、司法が動くのか、その辺は私どもではないですよという話は繰り返し言っていたところであります。 もし、ほかの委員でもつけ加えることが、よろしければ。私は、基本的にはそういう認識でやらせていただいたということです。
○野村参考人 お尋ねの点については、恐らく、津波というものについて想定外であったというふうに政府の事故調がまとめているのに対して、私どもはなぜ人災という結論に至ったのかという点も含んでおられたかというふうに思いますので、その点についてだけ一点申し上げさせていただきます。 政府の事故調の報告書もよく読むと、恐らく、かなりの部分で私たちと共通の認識を持っているやに思います。ただ、想定外であったけれども想定すべきだったというフレーズからは最後まで外れなかったということだと思います。 それに対して、私どもは、例えば二〇〇六年の溢水研究会などのさまざまな資料を収集した結果、さまざまなタイミングで津波に対して検討が加えられている。しかし、それが経営の方に移っていく中で、それに対する対策費が余りにもかかるので、この問題は、発生の確率との関係で、取り上げることはできないという経営判断が行われてきた。そういう事実があるわけなので、その事実を捉えれば、そこのときにもう少し、もし万が一津波が起こって電源の喪失等が起こった場合に甚大な被害が発生する、その被害の甚大さの方に着目をしていれば優先順位は変わったんじゃないか、そういうふうに見たということです。そこで、東京電力のリスクマネジメントに対する考え方にも苦言を呈しているということです。 私が申し上げるのはどうかとは思いますけれども、やはり政府の事故調の委員の方の中にも私たちと同じような、共通の認識を持った者はいたとは思いますが、私どもと政府の委員会との決定的な違いは、事務局が役所の者ではないというのが私たちの特徴でありますので、やはり、事務局の方の側に役所のさまざまな意見が入り込んでいるところでは、乗り越えられないような壁というものが存在するんじゃないかなというふうに思います。
○横山参考人 想定外か想定内かという問題について申し上げますと、想定外を想定する。ちょっとレトリックのように聞こえますが、そういうものである。 例えば、実は戦争というのは、保険の世界ではフォースマジュールといって絶対免責になっていますけれども、これは想定外を想定しているわけです。津波というのは想定内なんですね、基本的に。 だから、うかつだった、想定外であったとエンジニアはおっしゃるけれども、エンジニアがおっしゃるのは構いません。エンジニアは、小さな間違いはしないが、間違うときは大きく間違う。なぜかというと、境界条件を決める人たちではないんですね。境界条件を決める人たちというのは経営者なんです。だから、経営者にとっては全ては想定内であるというふうに考えるべきだ。これは個人的な意見ですが、そういうことです。 実際に、それを想定して残った建物がある。それは、雄勝町の硯伝統産業会館ですね。これは残った。なぜかというと、貞観津波を想定していたからです。なぜ設計者は想定できたかというと、七ケ浜の出身で、おじいさんが漁師なので、漁師仲間で貞観津波のことを言っていた。したがって、建物が海抜五メーターなので、建物を十メーターにして、その上に古文書と非常用電源を置いた。それで残ったわけですね。だから、想定できた。 ただ、私が非常に問題だと思うのは、一本松が残ったというので、今、一生懸命保存しようとしていますね。ところが、この雄勝町の記念館は壊されることになっています。八メーターの堤防をつくるために、邪魔だからのける。なぜ八メーターなのか、それ自体もよくわからないんですが。これはやはり、想定内でやった人もいるんだという証拠として残すべきで、堤防を少し曲げればいいのであって、そういうことをしないで壊すというのは、何か証拠隠滅のように私には思えます。 以上です。
○小熊委員 ありがとうございます。 そうした過去の検証を生かせないということが、また同じような事故を起こしてしまいかねない。この反省に立たない限り、事故は繰り返されるというふうに思いますし、全てを想定内に入れておくというのは、まさにそのとおりであります。 野村さんから、二〇〇六年の指摘もあったという中では、これは気負った言い方かもしれませんけれども、私自身もそういう意味では人災に加担した一人であるというふうに、今、反省に立っています。 というのは、この議会にも、国会にも、またこの委員にも、福島県議会の先輩たちはいますけれども、いわゆるデータ改ざん、事故隠しの検証が始まったのは、二〇〇三年、福島県議会で、そのとき私は初当選をさせていただいて、さまざま取り組んできたところでありました。 今回の国会事故調の報告書より多くの資料を渡されて、シュラウドがどうで、シュラウドなんて何だ、何ミクロンだとひびが大丈夫で、何ミクロンだとだめなんですという説明を受けても、専門家じゃないですから、よくわからない。当時の東電の社長の勝俣さんを呼んだり、保安院から呼んだり、さまざまな専門家を呼んで、議会でもやり、また県知事のもとでもいろいろやった中で、二年かけて、結局、安全をしっかり担保にとって、あと、保安院は分離した方がいいでしょうというようなことの意見を入れながら、県議会としては再稼働に了という判断をしてしまいました。 そのときの自分自身を振り返ると、安全神話というよりも、安全願望なんですよね。大丈夫であってほしい、大丈夫だろう、大丈夫のはずだ。安全神話というのは、多分、何か情報があって、それにだまされて信じてしまったというのだが、実体のないものを信じようとした。神話どころじゃないんですよ。もう願望なんですね。 これは、福島県議会だけではなくて、あの当時のことを考えると、原発をとめていましたから、東京でも、ピークアウトするんじゃないか。はっきり言って、あのころ、Jヴィレッジというのができていましたから、福島県はごねて、またもう一個Jヴィレッジが欲しいのかとか。 片一方で、今、本当に地元の双葉郡の方々は大変な避難生活を送っておられますけれども、実際、原発立地の地域と同じように、双葉町村会も、双葉町村議長会も、これは安全を確認できたら早く動かしてくれ、地元経済が回らないんだと。立地町村の方々も福島県民もまた、この電気は関東のための電気でしたから関東の人たちも、福島県もそんなごねていないで早く動かせという論調がマスコミを含めてありました。我々だけじゃなくて、国民全体を挙げて検証したのかと言えば、していません。 あのときの勝俣社長の言葉を覚えていますけれども、あり得ないことが起きました、これからは、情報は隠すことも罪だけれども、不作為におくれることも罪だ、そういう意識のもとに、企業体質を変えてやっていきますと言ったんです。言い切ったんですよ。でも、結局、変わっていないんですね。 この事故が起きた後、この間のネズミの配電盤のときも、県庁に行って東電が説明したことは、あり得ないことが起きました。これでは、先ほど野村参考人がおっしゃったとおり、事実をしっかり公表してこれを生かしていく、またいろいろな判断をしてもらうという、その前提が成り立たないんです、東電では。この東電のミスを、十年前も、政治は、国民はとめられなかったんですよ。 そうしたことを考えれば、先ほど御指摘のあったとおり、この事故調査委員会といったものもまたさらにバージョンアップをしてやっていかなければいけないですし、いわゆるリスクマネジメントという言葉は二〇〇三年、二〇〇四年も我々は使っていましたけれども、何ら進展がない、変わりがない、同じことの繰り返し。 この東電の体質をどう変えていったらいいか。事故調査のときも非常に苦労したと思います、情報をとるのに。その御苦労も踏まえながら、この東電の体質、この改革、これはある意味、東電だけじゃなくて電力業界全体になるかもしれません。そういったものに、皆さんの事故調査を受けて何か御指摘することがあればお願いします。
○黒川参考人 まず、お返事する前に、一つ、先ほどの訂正です。先ほど、津波の到着時間をビデオと言いましたけれども、いろいろな写真の判断その他でさせていただきました。訂正します。 それから、これをどうするかというのは、本当に、今いわゆるグローバル世界になってしまって、いろいろなネットがつながって、ウィキリークスも出るぐらいですから、もし何かあったときのアカウンタビリティーというのは、隠せば隠すほどまずくなっちゃうわけですよね。隠しおおせるのかということが問題なのかもしれませんが、そういうところに、日本には、企業のガバナンスもそうですけれども、一般的な組織のガバナンスが問われてきちゃっているんじゃないかなと思います。 東電の事件の最中に、オリンパスの事件みたいなのが起こる。そういう話になると、社外重役を入れているかというような話が、日本のやり方は違うんだと言っていても、グローバルカンパニーと言われるものですと、それで済むのか。そういうこと一つ一つが今問われてきているんじゃないだろうかと思います。 ですから、二〇〇四年の先ほどのお話は、メディアも同じだと思います。つまり、ジャーナリストという人が独立して本当にいるのかというような、日本のあり方そのものが世界に今見えてきているわけです。俺たちはそれでいくんだというのは、それは日本の国の決定であるし、そうするところもあるのかもしれないですけれども、その辺が、世界第三の経済大国で、しかも、科学技術、それからエンジニアリング、物づくりではこれだけ有能な国がこういうガバナンスだったのかという話を一つ一つ今問われているんじゃないだろうかと思います。 そういう意味では、今回のことでいろいろな本が出たのは本当に勉強になりましたし、皆さんが知らなかったことがどんどん出てきたという話だろうと思います。これを契機にどうやって日本が直るのか、変わっていくのかというのは、時間はかかると思いますが、少なくとも変わる方向への一歩一歩を踏み出していくというのが、政治としては、立法府は問われているなというふうに私どもは思います。
○小熊委員 今ほどお話しさせていただいたように、二〇〇三年、四年を過ぎたら、我々も、喉元過ぎればで、もう大丈夫だ。さっき野村参考人が言ったように、二〇〇六年、指摘を受けて、それは我々県議会も知り得た事実で、それを知ったら、もう一度この原発の議論をしなきゃいけなかったのに、あそこでもし福島県議会が福島県内で議論していれば、外部電源の喪失とかそういった対策をとるべきだと議会でやっていれば、これは想像の範囲ですけれども、変わったかどうかわかりませんが、やはり、やれたことをやってこなかったという反省を、私は、本当に罪万死に値するというふうに自分自身で思っています。 今、あのときの感覚でいうと、震災二年たって、これだけ皆さんが努力した事故調査報告書も出ていながら、先ほどお話しさせていただいたとおり、また安全神話、安全願望に、昨今のさまざまなメディアを通した国民の原発政策に関するアンケートをとると、安全といっても、しっかり検証していないにもかかわらず、やはり経済のためには必要だねという原発再稼働容認に何の科学的エビデンスもないのになってきているというのが、福島県が通ってきた道をまた今度は全国民が歩もうとしている、私はそういう感覚を持っています。 しっかりとした事故検証が行われた中で、対策をとった中で進んでいくなら別ですけれども、していないですよ、はっきり言って。 この点に関して言うと、先ほど御指摘があったとおり、委員会を我々は立ち上げていますけれども、またもう一つ事故調査委員会というのを新たにつくって、まさに、本当に炉心溶融のところも含めて、あと、今度は、人々の生活の部分もありますから、風評被害といったものの実態調査とかも含めて、事故調査というのは原発施設だけ見ればその実態が把握できるということではありませんから、先ほど崎山委員のおっしゃったとおり、放射性物質の飛散の部分も、どこまで飛散したのかというのも検証した上で原発政策というものをつくっていかなきゃいけないわけですから、そうすると、今度は広範囲に、また長期にわたってその都度調査をしていくということが私は必要だというふうに思います。 そういった意味で、先ほどもまだ炉心の部分が明らかになっていないという指摘もありましたけれども、あの六カ月という時点では時限的制約はありましたが、やはり幾つか積み残して、調査しなければいけないものがあるとすれば、ちょっと端的に幾つか挙げていただきたいというふうに思います。
○黒川参考人 それは、炉心溶融もそうですよね。あそこでどのぐらい下に入っているのか、コンクリートがどうなっているのか、それから地下水の問題がどうなっているのか、今の冷やしている水をどういうふうにこれからやっていくつもりなのかという話が全然見えていないですよね。常に、一つ言うと反応しているというだけの話で、大きな政策は、これは国がやるのか東電がやるのか、両方一緒だと思いますけれども、しっかりした大きなプランを出す。 それから、私がこれを引き受けたときに最初に言った言葉に世界というキーワードを使ったのは、やはり、この経験をオープンにして世界の英知を集めるということは、東北のこの事件でもそうですし、将来もしいろいろな国で原子力を使うのであれば、これから学んで、よりよいシステムをどうやって構築していこうかというのを世界で共有したいんだということを言ったのは、そういうつもりだと思います。 収束していないのは当たり前だと思いますけれども、どうやってこれからその次をやっていくかというのは、物すごく悩ましいんですけれども、しなくちゃならない。 十二月八日に、私は、ちょうどこれが四月八日だから、またこれもどうしてかなとちょっと思っていたんですけれども、あのとき、最後の言葉というのを、一言言えというわけで、言いました。 あのときは、きょうはちょうど真珠湾から七十年ですねという話をしました。太平洋戦争の生き残りの証言というのは、毎年八月ぐらいに特番があります。それと、ちょうど辞令をいただいたときに、NHKで福島の特番というのが出てきました。あれも、そのときの責任者が、そう思っていたんだけれどもできなかったとか、いろいろなことをおっしゃるんですね。だから、あの太平洋戦争の生き残り、みんなお亡くなりになっていますが、それから、東電の今回のいろいろな証言を見ていると、多くの国民は、えっ、何も変わっていないなと思っているに違いないと。 だから、どうしてそういうことが日本では起こるのか、どこでも起こるのかもしれませんが、起こるのかというような基本的な考え方を考えてみたいというのを私は言ったのですが、そういうことなんじゃないだろうかと思います。 現場の人は本当にそう思っていると思いますし、それが国権の最高機関であるというところから発せられたということは、やはり世界も注目した一つの理由だと思います。
○小熊委員 次のテーマに行きますけれども、SPEEDIに関して、これは各事故調査委員会のを見ると、政府の方も、東電の方も、また民間の方も、これをもう少し有効活用した方がいいという報告の内容なんですが、逆に、国会の事故調の方は、SPEEDIの効果に関してはちょっと限定的な調査報告書を出されています。 これまでの国会のさまざまな検証、委員会の中で検証したときも、SPEEDIの情報開示によって、特に浪江町の方々の避難経路が、SPEEDIがちゃんとしていればしっかりした判断のもとに避難できただろうというような指摘もさまざまされている中ですけれども、この国会の事故調はSPEEDIに関して余り期待的な報告書ではなかった。その点に関してお願いいたします。
○櫻井参考人 SPEEDIというものが全く活用できないという趣旨で書いているわけではございません。 今回のように事故の進展が大変早い場合にどこまでこれが活用できるかということと、もう一つは、実は、あの当時、風は回っているわけですね。三キロの避難区域を決めたとき、それから十キロの避難区域を決めたとき、その後のという段階段階を見てみますと、報告書の中に図面が入っておりますが、三キロ、十キロは、海の方あるいは南の方というか、そちらに風が向いているわけであります。 私どもが大変懐疑的ととられるような記載をしているのは、情報公開あるいは地元に対する発信との兼ね合いというものなしに、このSPEEDI問題というのは考えられないんじゃないかということなんです。 具体的にどういうことを申し上げますかというと、端的に言えば、例えば、三キロのときに何かのことであの図を知った方はどっちに逃げるかといえば、北に逃げます。それから、十キロの時点で見た人も北へ逃げます。二十キロの段階になりますと、今度はどうかなということになって、この人たちが一緒にかち合ったらどういう事態を生じるんだろう。わしは、危ないから北へ逃げるんだ。わしは、危ないから南へ逃げるんだ。果たしてこういう使い方で、単位量での測定自体はやっておりますが、果たしてそれが真に情報公開であり、また、避難あるいは住民の方々の保護になるんだろうかということをやはり深刻に考えざるを得なかったということが第一点。 それからもう一つは、二十三日の図形というものが、結局、線量の高いところを表示しているということで、あれが事前に公開されていればということが相当取り上げられましたが、それは報告書によく書いてありますが、あれは実は、二十三日になって逆算して当時どうだったかということをしたものであって、予測のものではないわけですね。あれを避難の際に使うことは、物理的に不可能な話です。 ところが、あの図面があのように広まったということで、かえって住民の方にいろいろな不信感を持たせてしまった。それは大変悲しいことでありまして、SPEEDIの使い方、活用というものを考える上で、もう少しきっちりと、どこが限界で、どれはどういう情報公開をしたらいいのかということを考えておかなければ、やはり、ある意味、図形というのは大変わかりやすい、一目で目に入るだけに、いろいろな心理を起こすのだろうと思います。そういうことを考えますと、少なくとも今回の時点で、即SPEEDIを公開するのがどうだったかということ、活用するのがどうだったかということについては、疑問を呈しているわけです。 ただ、SPEEDIが使える場がなかったのかといいますと、例えばベントをするかどうかというようなときには、あれはまさに活用できる話だろうと思っています。しかし、それを積極的に活用できたかというのは、ベントの開始時間が実は大変狂っていった関係がありまして、その辺のところで難しいことはあるということです。 SPEEDIそのものの活用を、抽象的なものではなくて今回の事故を考えてみますと、SPEEDIについてどうだったかなということを申し上げているわけで、あるいは、SPEEDIの機能というものをもう少しいろいろ考えていくと、もっと使い方はできたのではないか、そういう意味で私どもは反対したというふうに御理解いただきたいんです。
○小熊委員 ありがとうございました。 この点については、今後の原発事故災害における避難計画のつくり方にも大きくかかわってくることですから、我々国会の中でもしっかりこのSPEEDIの活用の仕方というのは今後深く議論していかなければならない点だなと思いますので、引き続き、さまざまな見地から御指導賜れればというふうに思っています。 委員長の報告の序文、英語版の中には、日本の文化の深くしみ込んだ因習といった文言があって、私は納得しているんですけれども、一部海外メディアからは、事故の根本的な原因を文化論で片づけてしまっていいのかといった指摘もあったところではあります。私は、それは文化の違いも確かにありますし、本当にこれは企業風土といったものにもかかわっていたりして、的確な表現ではあったというふうには思いますけれども、海外メディアから批判は受けました。 そういった点について、委員長、一言いただければ。
○黒川参考人 メディアは最初の一週間はいいことを書かないだろうと思っていたので、しかも、海外のメディアといっても、あれは二つはオプエドですね。投稿記事を出しているんですね。ですから、それは余り気にしなかったんです。 個別の話になってしまうと、先ほど言ったように、これは中根千枝さんの本も大分読んでみたんですし、日本語についてもいろいろ読んでみましたが、やはり、大学を出て就職すると、同じところにいるのが常識だというのがなぜか日本人にはしみついているというのは中根さんも言っているわけで、これが縦社会の構造の意味ですね。 そういうことになってしまうと、どうしても年功序列になりやすいんですよ、どこでも。だから、そこに、日本の人たちがみんな当たり前だと思っている、つまり、責任あるポストにつくと、何か起きたときに、自分の責任は何なのかと、デシジョンしなくてはいけないわけですよ。それができなかったときのアカウンタビリティーというのは、みんな説明責任と言っていますけれども、そんなことはありませんよ。あれは、何か起きたときの、あなたは責任者なんだよということを言っているわけですね。 だから、そのときにどういう責任のとり方をするんですかということを、私は繰り返し記者にも聞かれたので、そういうふうに返事をしていました。つまり、社長になると言われたときに、社長になって、内容を知っていて、自分は本当にそれがわかったときに責任をとる気があるのか、どういう責任をとるつもりなのかという話を聞いているんです。 もう一つは、あそこの英語で書いてあるのは、実を言うと、あそこの「はじめに」と、各委員も皆さんの思いがあるので、なるべく自分の意見をそぎ落としているところもあったので、皆さんに一ページ一ページ書いていただきました。要約にも書いてあります。 私も初めと終わりのところにも書きましたけれども、大事故、例えばスリーマイルアイランドの大事故とかスペースシャトルの事故もそうですが、両方見てみると、マインドセットという言葉が繰り返し出てくるんですね、これが問題なんだと。つまり、思い込んじゃうんですよ。 スペースシャトルの場合も、エンジニアの思い込みとマネジャーの思い込みで全然違うんですね。エンジニアで、四回続けて成功したんです。一回目は物すごくナーバスになって、二回目も物すごくナーバスになっていますけれども、二回うまくいくと、三度目はちょっとリラックスできるんですね。四回成功すると、まあいけるだろうと思い出すというところに人間の弱さがあるんだということを繰り返し報告も出しています。それから、スリーマイルアイランドのもマインドセットというところがあって、やはり、それぞれの職業あるいはポスト、そういうところでの責任感、思い込みがあるんじゃないかということを指摘させていただいたわけです。 日本の場合は、中根さんが言っているような、一旦経産省に行くとずっといるとか、三菱銀行の人はずっといるというようなのが何で常識なのかなというのは私も前から非常に不思議に思っていたので、そういうところがああいう話が起こりやすい。しかも、そうなると、横並びになりやすい、年功序列になりやすい。すると、上司に向かっていろいろなことを質問しにくいというカルチャーができているんじゃないかなということで、一ページにまとめたのは、ああいうふうに書いたというのはそういう意味ですけれども、中の私の最初の二枚と一番最後の一枚を見ていただけると、随所にそういうことの意味していることは書いてあるというふうに思います。 そういうわけで、そう言っていただくと、ちょっと私も安心します。ありがとうございます。
○小熊委員 とりわけ、東電の体質というものは、先ほども御指摘させていただいたとおり、私も十年前に感じ入ったところでありますし、御地元の蜂須賀さんなんかも本当に肌身に感じているところであるというふうに思います。 きょうは参考人に対する質疑ということではありますけれども、ぜひ、委員長の手元でまたこの委員会を早急に開催して、東電の人たちも呼んでしっかり検証しなければ、先ほど来御期待をされている、我々国会としての、立法府としての役割を果たしたことになりません。 きょう、私は衛視さんに確認しましたけれども、当然、東電の人が来ていてしかるべきだと思ったんですよ。来ていないんですよ。本来であれば、ここに来て、生でこの質疑を聞いて、また、企業の再生のためにそうした知見を生かそうという態度があってしかるべきなんですけれども、そういう企業なんですよ。我々はもう何回もその不利益をこうむっていて、今回が初めてじゃないんです。 そうした点を考えれば、委員長、この委員会の役割というのは、非常に果たすべき役割は多いわけでありますし、ぜひ、委員長の手元で、今後、こうした東電そのものを検証するということも含めて、早期の委員会の開催をお願い申し上げて、質問を終わります。 ありがとうございました。
○森委員長 次に、伊佐進一君。
○伊佐委員 公明党の伊佐進一と申します。 本日は、黒川委員長を初め事故調査委員会の委員の先生方、お忙しい中、このように御参集いただきまして、このように質問の機会をいただきましたことを、まず心より御礼申し上げたいと思います。 私、昨年末に初当選をさせていただきまして、これまではずっと十五年間、文部科学省でさまざまな仕事をしておったのですが、実は、その中で二度、原子力の事故の経験をしております。 一度目がジェー・シー・オーの東海村の臨界事故、その当時、私は原子力の危機管理の対応の係長をしておりました。当時は、オンサイトが経産省、オフサイトが文部科学省、当時の科学技術庁ということで、私は、このオフサイトの放射線防護のさまざまな担当をさせていただいた。その当時は、原子力災害に対する法律、法制度すらなかった状況でした。それを機に、ジェー・シー・オーの事故を機に、原子力災害特別措置法というものをつくろうということになりまして、私もタコ部屋に放り込まれまして、そこでさまざま、その一部でも貢献をさせていただいたということもありました。 二度目に対応させていただいたのが今回の事故でございます。私は当時、民主党政権下の副大臣の秘書官というものをしておりました。目の前で、政府の混乱であったりとか、あるいは官邸の混乱というのを目の当たりにしてまいりました。この対応対応がどうしても後手後手になってしまう、あるいは場当たり的な対応しかできない、被害だけがどんどん拡大していくというのを目の前で見ておりまして、本当に無力感というものを感じたことを今でも覚えております。 その当時は、その特措法の枠組みも超えてしまって、官邸が直接事故現場に指示を出してというような状況で、結局は特措法自体もワークしなかったということでございました。 こうして二度事故を経験させていただく中で何よりも私が思いを強くしたのは、まず何を差しおいても優先すべきなのは国民の命であって、住民の方々の安全であってと。ところが、この当然のことが、制度もあるいは機構もそうなっていないということだったと思います。 この件については、国会の事故調の皆さんに書いていただいた御報告書の中でも随所において記載されていることだと思います。 これまで、私は月に最低でも一回は福島の地に足を運んでおります。そこで現場の声をまずいただいて、それを反映していこうということで今取り組みをさせていただいているところですが、思いますのは、この代償としては、代償といっても余りにも重い、膨大な、莫大な代償で、そういう代償ではありますが、今回のこの事故の全容をしっかりと分析をして、また、今後のこの原発の廃炉をどのように行っていくのかとか、あるいはどのような規制が必要かとか、あるいは、何よりもこの被災者の方々にどのように向き合っていくのかということについて、しっかりと全力で取り組んでいきたいと思っております。 委員会の委員長また委員の方々、そして今回の事故調査委員会の先生方には、御指導賜りますようよろしくお願いいたします。 まず、事故の根源的原因と指摘されているところでございます。 原因のところ、恐らく野村先生の範疇かなと思いますが、今回、根源的な原因と指摘されているところ、何度もきょうも出てまいりました。規制する立場とされる立場が逆転している、結局、規制当局というのが電気事業者のとりこ、こう表現をされております。 例えば耐震基準を改定する。そのときには、当然既設の発電所に対しても新たな耐震基準というのを適合しているかどうか確認しなきゃいけない。いわゆるバックチェックと言われるもの、これがどんどん大幅におくれている状況でも、そのおくれについては規制当局は黙認していたということがありました。 また、先ほど来出ております津波への対応もそうです。津波が来れば全電源喪失するということは、これは、規制する側もされる側も共通認識として当時は持っていた。ところが何の指示もしなかった。 こうした、本来であれば何度も対応を打てる機会というのがあったにもかかわらず、結局明確な指示というものを出さなかったということを指摘いただいております。 こうした反省を踏まえて報告書で具体的に提言されていますのは、規制組織に対するさまざまな要件として、例えば高い独立性であったりとか透明性であったりとか、あるいは専門能力とか、さまざま要件を提言していただいております。これが昨年の七月の報告書。その後二カ月後に、新たな規制機関として原子力規制委員会、そしてまた、その事務局としての原子力規制庁というものが誕生いたしました。 それから半年間にわたってこの原子力規制委員会と規制庁はさまざま仕事をしてきたわけですが、まず最初の質問をさせていただきたいのは、現在の原子力規制委員会の仕事ぶりというのをごらんになって、国会事故調の先生方が指摘した点についてきちんと果たされているのかどうかということについて御所見をお伺いしたいと思います。
○野村参考人 まず、独立性についてお答え申し上げます。 独立性については、規制委員会というものが三条委員会になっておる関係で、その独立性というのは組織法上確保されているという面があろうかと思いますが、実際、その規制委員会というものを支えております規制庁というところが、これがどのような独立性を確保できているのかということが最大の問題点であろうというふうに思っております。 そういう点では、本来、附則の中では原則ノーリターンルールということになっているはずでありますが、実態としては、それに対する一定期間中のリターンというものが許容されるような仕掛けになっているということもあって、やはり、かなりの部分で出身のところに対する配慮というものが存在するのではないかというふうに思われます。 といいますのは、もともとこの独立性の背景にありましたのは、御案内のとおり、経済産業省の中で、推進部署であります資源エネルギー庁と規制当局であります保安院というものが同居していることというのが一つの原因であり、そして、電力事業者の方は、保安院という人たちが実は経済産業省の中でエネ庁に比べてやや力が弱いということを見透かして、どちらかといえばエネ庁と手を握れば物が済んでしまうという形になっていたやにも見える部分、この部分を独立性によってきちっと解消してほしいということになっているわけでありますが、そうなった場合、仮に、省庁が異なる形のところ、外に出たやにも見えましても、将来的にはその役所に戻りたいという意識を持っている方々が多数占めていて、また、ある一定期間は戻れるということが事実上あり得るとするのであれば、それほど大きな変化はもたらさないのではないかというふうにも思うわけであります。 やや私の個人的な経験で恐縮でございますが、先ほどちょっと出てまいりましたけれども、大蔵省で不祥事が起こったときに金融監督庁という役所ができました。この役所に民間人として最初に採用されたのは私でございまして、私は四年間非常勤職員をやっておりました。 そのときにみんなが言っていたのは、ノーリターンだということ、逆にそれは当初は厳しいノーリターンだったんですが、だんだん緩やかになってしまいまして骨抜きになったという部分があるんですが、当初が相当厳しいノーリターンルールがしかれていたために、もう戻れないんだという発想が新しい組織に新しい命を吹き込んでいたということを私自身は実感しております。 そういう点では、ここの部分が緩やかになっていることは極めて大きな問題ではないかなというふうに考えているところでございます。 専門性の問題については、先ほどもちょっと答弁させていただきましたが、やはり、世界の水準に比べて専門性はややまだ乏しいのではないかなというふうにも思っているところであります。 具体的な事例等については先ほども言及いたしましたので、以上のお答えで終わりにさせていただきたいと思います。
○伊佐委員 ありがとうございます。 こうした組織の体制をどうしていくかということと同時にまた、この具体的な中身の話なんですが、ちょっと具体的な話として「事故の直接的な原因」のところで触れられているものです。 今回の報告書において、安全規制のあり方というものでさまざま提言をいただいておりますが、例えば、シビアアクシデントの対策というのをしっかり行っていこうであるとか、あるいは、既設の原発、先ほど申し上げたバックチェック、米国のバックフィットというもの、新しい基準に対してきっちりと適用していきましょうという制度であったりとか、あるいは火災とか火山とか、これまで外部事象の原因として考えられてこなかったところもしっかりと対応できるようにしましょう、さまざま提案いただいております。 その中で、まさしく今取りまとめを行っておるのが、新規制基準、昔は新安全基準と言っておりましたが、最近は新規制基準と先日から言われるようになりました。この中で恐らくおおむね採用されているのではないかというのが、先ほど午前中、田中三彦先生から御指摘いただいたところだった、まさしく深層防護の第四層の部分じゃなかったかと思います。 もう一つ重要な点がありまして、それは、この提言の中でも指摘されておりますとおり、未解決の技術的な課題というところです。引き続きの調査あるいは検証が必要だと。本来であれば、当然、実地検証して、さまざま原因、あるいは何が起こったかということを検証していく必要がある。 ところが、現時点においては、線量が高くてなかなか現場に入れない、検証できない、だから解明できないんだという技術的な課題ですが、その大きな一つが、午前中にまさしく田中先生からおっしゃっていただいた、主要な原因として果たして本当に津波だったのかどうか、地震だったのか津波だったのかどうかというところだったと思います。 東電の報告書では、要約してしまえば、原因というのは津波であって地震ではなかったというようなことを主に書いてある。ところが、その地震に対する対策自体は大きな問題じゃなかった、そういうふうに東電の報告書では書いているわけでございます。 こうした分析について疑義を唱えていらっしゃるところでありますが、私がもう一つ少しお伺いしたいのは、先ほど、設計思想の部分で田中先生が触れられたところ、つまり、午前中伺ったのは、SR弁について疑義ありとしたところで反論されたという話、その内容というのが、高温の中だったのでSR弁が機能しなかったという話を、反論されたというのを伺いました。でも、もしこれが本当に事実だったとしても、私はそれはちょっと変な話だなと思うんです。 というのは、緊急時で冷却しなければいけない、そういう状態のときこそSR弁というのを使わなきゃいけない。ところが、冷却できないときには使えませんということになると、これは自己矛盾に陥るわけです。つまり、設計上の設計思想の問題があるんじゃないかと思います。 また、同じように、最も大事なベントの機能、圧力を逃がす機能ですが、このベントについても、やはり設計上問題があるんじゃないかというふうに言われております。非常事態に必要な最も大事な設備であるにもかかわらず、その配管の部分の耐震の要求、この要求がCクラスになっている。一番厳しいのはSクラスです。ところが、この一番大事なベントの機能の配管がCクラスの耐震要求しかないという、こうした設計思想上の問題もあるのではないかと思っております。 結局、プラントの内部に入って実地検証しないとわからないところというのが依然たくさんあるわけです。でも、こうした事故原因の検証なく、これが不明なままで先ほど申し上げた新規制基準というものが七月に取りまとまって、公布をされてというような状況になっているわけです。 私がお伺いしたいのは、当然、これは未完成のものだと思うんです。これから、実地検証であったりとか、あるいは新たな知見を得て、どんどん改定していかなきゃいけないものだと思います。そうした中で、この新規制基準というものが、現時点で、それでも安全を確保するという上で有効性があるのかどうか、あるいは、どれほどの実効性を持つのかどうかということについてどういう評価ができるか、お伺いしたいと思います。
○田中(三)参考人 難しい問題だと思いますけれども、まず、SR弁の話はちょっと微妙な御質問だったと思います。 SR弁というのがきちんと機能していれば、長時間はともかく、とりあえず、ある程度の限定された時間の間では、SR弁がきちんと機能しているということで燃料損傷というのを防ぐことができるわけですね。 今みたいに、SR弁の問題ではなくて、もう既に燃料損傷に入ったからSR弁が動かなくなったんだというのが某専門家の御意見ですけれども、私が言っているのはそういうステージの話ではなくて、まだ原子炉の温度が二百八十度ぐらいの普通の運転状態の温度、それで津波直後のときにもう既にSR弁が機能していなかった可能性を指摘しているのでございます。 それは今はここではどうでもいいことですが、新基準と既存の原発との関係が、福島の事故と非常に密接に関係しているというふうに私は思っています。 まず、今は当然のごとく、ベント、ベント、あれがついていればという話ですけれども、あれがついていなかった時代というのが一九九〇年まで日本はあったんですね。もし一九九〇年までにこの事故を起こすと全部爆発です、格納容器が。それで、これは一九九二年ぐらいに、ようやく日本がアメリカに倣って、それでベントというのをつけたということです。 格納容器というのは第四番目の壁と言われていますが、これを突破されては大公衆災害になるということで格納容器というのは設計されているわけです。しかし、格納容器というのは、その設計圧力になっているものは、ある仮想事故を想定したものに対して設計圧力が大体四気圧前後になっているんですが、日本の場合には、それ以上にはなり得ないという考えでずっと一九九一、二年ぐらいまで来ていたはずです。 それで、アメリカがスリーマイルの検討等をして、格納容器に関して、本当にこれが最後のとりででいいのかどうか、もし設計圧力を超えていった場合に対し、これはシビアアクシデントですけれども、そういうことが起こったときにベントをつけなきゃいけないんじゃないのかということを言われて、ようやく一九九一、二年ぐらいから、日本の原発にはベント管というのが、耐圧ベントと称するものがついていくようになったわけですね。そうしますと、日本がみずから進んでつけたものではないんですよ。 まず、そういう前提があったということも知っておく必要が我々はあると思います。 それから、今の御質問の中にあったように、設計思想が違うということは、その問題が非常に重要なんですね。私は、そのことで福島の事故を非常に重視するわけです。 福島第一号の一号、一F一ですね、あれは一九七一年に運転が始まりますけれども、設計がされたのは一九六〇年代の半ばです。それで製造されていくわけです。 もっと極端なことを言いますと、福島の前に敦賀の一号と美浜の一号が、大阪万博のときに、一九七〇年に運転を開始します。原子の灯がともったということで非常に有名になった。私はちょうどそのころ設計を始めたんですけれども、その原子の灯をともしたものは、あれは化学プラントとして構造設計されているんです。決して原子炉として設計されているのではないということです。 したがって、ああいうものを何と言うかというと、デザイン・バイ・フォーミュラといって、公式を使って単純に計算をしていくという、そういう非常に伝統的なやり方で設計されたものです。 それに対して、それ以降、告示五〇一というのがようやく一九七〇年にできますが、これは、アメリカが一九六三年に初めてつくったニュークリア・プレッシャー・ベッセルズ、そういうものに対するASMEの行動を翻訳したものです。それが一九七〇年に七年おくれで日本でできました。これはただの翻訳本です。翌年の七一年には、アメリカはASMEを大きくさま変わりさせて、設計思想を変えます。そのことが日本には、一九八〇年、昭和五十五年に新しい告示五〇一号として出てきます。 それで、そこのあたりまで日本には耐震設計審査指針というものはありません。全くないんですよ。だから、ある程度、自主的に耐震設計の方法というものを使ってやっていた。 そうやって考えると、一九八〇年代までに建設、運転された原発というのは、その後一九八〇年以降に設計されたものとは、設計思想も違うし、それから材料技術、構造計算の仕方、そういうものが全然違うんだということです。 その代表として、一九六〇年代から七〇年代にかけて設計、建設された福島一号というのは、事故を起こしたという意味でいうと、ある意味でいうと、一九六〇年代、七〇年代に設計、製造、建設された原発というのはどういうものだったかということをよく検証する必要があります。 そういう意味で、私は、新技術基準というものを適用していくときに、一九八〇年代以前の原発、耐震設計審査指針もないような時代の原発、あるいは、古い告示五〇一号で設計されたような原発、こういうものはもう除外すべきだというふうに思うんですね。 それで、それ以降、耐震設計審査指針もできるし、それから告示五〇一も新しく改善されていく。さらに今度、新しい耐震設計がつくられたのは二〇〇六年ですかね。それまでにつくられた原発というのは、それはある程度、バックフィットだとかなんとかということで補強することがいいかもしれない。だけれども、それ以前の原発というのは、例えば、細かい話になって申しわけないけれども、構造上、バックフィットをしようと思ったってできないところがいっぱいあるんですよ。 そういうものをどうするんですかという、例えば、電力会社でやると、金がかかるから自然に淘汰的にそういうような原発は消えていくというそういう消極的なやり方をするのか、それとも、一九八〇以前の原発はもうこれは廃炉しかないんだ、その上で残った原発についてバックフィットできるものをしていくとか、そういうことをやる必要があると思う。 そういう意味でいうと、福島の事故というのは、古い原発がどういう事故を起こしたのか、これを徹底的に検証する必要があって、あのマーク1型と同じ原発というのは、日本に残りまだ十あるんですね。その問題が片づいていないというふうに僕は思っております。 それでもう一つ、長くなって恐縮ですが、今、循環注水冷却ということで原子炉に水を注入すると、底が抜けている、あるいは脇の方が壊れている可能性も僕は見ているけれども、とにかく漏れる。あのフラスコのようなところへ入っていく、それがなぜか漏れて下へ流れていくというそこのルートが見えないですよね。 そうすると、格納容器は一体どうやって壊れたのだろうか、どこに穴があいているんだろうか。初めは、あの格納容器に水をいっぱい入れる水棺方式というのを考えたはずです。しかし、それが入らないということがわかった。ということは、格納容器がどこかで大損傷しているんですね。そうすると、その損傷のモードというのはどうやっていっただろうかということをきちんと考えないといけない。 恐らく、これは私の想像ですけれども、メルトダウンをして原子炉そのものが底が抜けたときに、非常に高い圧力で、高い温度のガスと水素ガスと、あれは水の中に凝縮しないですね、それが多分格納容器に放出される。それは千数百度だと思うんですけれども、そうなると、それがそのまま猛烈な勢いでサプレッションチェンバーに飛び込んでいくわけですけれども、その過程の中で構造がやられているのかもしれないし、何かそういう非常に高温での動荷重的な問題というのも考えなきゃいけないと思うけれども、そういう議論は一切出ていないですよね。 ですから、格納容器に関してどうやって壊れたかという問題というのは、格納容器の中に入って非常に調べなきゃいけない。 損傷するといった場合に、我々がぱっと見た瞬間にめちゃくちゃになっているというのはこれはもう論外でして、例えば現場溶接線のところがぱくっと口が割れていれば、これは損傷です。こういうものはなかなか見ることができません。それから、ベローズというのがあるんですが、そういうところに損傷が入ったって、見ることができない。 こういうものは、見てわかるという世界になるには、三十年とか四十年、廃炉でほとんどみんな崩していく、その中で、こんなことになったということで、多分まだ生まれていない世代が、あの当時言われていた議論に初めて決着をつけていくというようなことがあると思うんですけれども、そういうものであると思うんですよ。 そうすると、わからないものに関して、あるいは危険なものに関して可能性を否定するのではなくて、そういうことが起きたかもしれないという、どちらかというと安全側に考えるコンサーバティブな考え方をとって、それでやっていくというやり方があると思うんですよ。 我々が耐震の問題について石橋先生と一緒になってその問題にすごく執着したというのが、まさに、一九八〇年代以前の原発が三・一一以前の耐力を持っていたかどうか。そのことで、非常に脆弱であった。それから、積極的に原発が耐えたという証拠がないということです。むしろ、特に一号に関しては、怪しいなと思われるところが幾つかある。 それからあと、我々がこう言っているときに、津波の問題とかSR弁の問題だとか小LOCAの問題とかいろいろ提起していますけれども、この一年、まだたちませんが、十カ月近くの間に、重大な反論というか、東電からあるいはどなたかから、これに対してそうではないよということを言われてはいないという、そういう問題だというふうに認識をしております。
○伊佐委員 プラントについて本当に詳細な説明をいただきまして、ありがとうございました。 少し離れまして、今度は被災住民の対応についてお伺いをしたいと思います。崎山先生にお伺いしたいと思います。 今回の事故の被害の認識として報告書にも書かれております。年間五ミリシーベルト以上の空間線量を発する可能性のある地域は、福島県内で千八百平方キロメートル、政府の避難指示によって避難した人は全部で十五万人ということが書かれております。 もちろん、こうした避難されている方々が一刻も早くふるさとに戻れるようにということで今除染を行っているところでありますが、その除染については、この提言三でこう書かれています。除染場所の選別基準と作業スケジュールを示すと。 現在の除染作業のやり方というのは、線量の高いところと低いところを分けて、高いところは国がやる、低いところは地方自治体がやる。いずれにしても最終的な目標として掲げているのは、年間で一ミリシーベルト以下の被曝線量にしましょうということでございます。 この目標達成に向けて今関係者の皆さん努力をされているところですが、実は、一方、地元の方からはこういう声もいただいております。 例えば今回、福島県の県知事のお話を引用させていただきますが、一ミリシーベルトの除染目標の達成には苦労している、科学的な根拠に基づいて、帰還のために中期的な数値を示してほしいという訴えがあったと伺っております。 つまり、小さいお子さんを抱える例えばお母さんであると、一ミリシーベルト以上であればふるさとには戻りたくない、そういう御家族も当然いらっしゃいます。また、同時に一方いらっしゃるのは、とにかく一刻も早くふるさとに帰りたいという方々、私も福島に仮設住宅でお伺いした多くの方々は、例えばお年を召した方々は、何とか元気なうちにふるさとへ戻りたいんだ、最後はそこで住みたいんだというようなお話もいただいております。 つまり、この一ミリシーベルトというものを除染目標としてどう考えるかということがあると思います。 御存じのように、従来、我々が普通の日常生活で受けている被曝線量というのは、例えば空から、あるいは地面から、食べ物から、大体平均で二・四ミリシーベルトと言われています。それに加えて、例えば一般的な医療で、レントゲンで、さまざまな医療行為で大体一人当たり平均二・三ミリシーベルトさらに放射線量を受けていると言われています。 こういう状況の中で、果たしてこの一ミリシーベルトというものを、この健康影響というものをどう評価するのかと。中には、本当に帰還できずに避難生活をずっと送り続けてストレスがたまって、そのストレスでさまざまな方が苦しまれて、中には亡くなる方もいらっしゃるというのを伺っております。 中期的な数値目標というこの考え方についてどのように評価されるか、お伺いしたいと思います。
○崎山参考人 それはすごく難しい問題であって、個人で随分違うと思うんですね。 高い線量のところを除染して、それで住民を戻すというようなことは、この中ではそういうことを書いてありませんけれども、個人的には、余りしない方がいいだろうと。除染をしている間の被曝というものもあると思うんですね。それと、周囲が非常に線量が高いところで被曝をしながら除染をしても、またもとに戻る。飯舘村なんかに行ってみますと、そういうところが随分あるんですよ。 ですから、そういうようなことをやめて、住民が住んでいるところを集中的になるたけ線量を低くしていく、そういうような除染の仕方をしなければいけないだろうと。 除染というふうにいっても、除染というのはできないですよ。要するに移染なんですね。放射能を消すことはできませんから、それをどこかに置かなければいけない。そういう置き場が実際にないところで仮仮置き場とか、そういうのを置きながらやっているということがあるわけですよね。ですから、移染をする、まあ除染というふうに言いますけれども、そこの選択というのが非常に難しいだろうというふうに思うんです。 その一ミリシーベルトを、もちろん、国際放射線防護委員会の通常の公衆の限度というのは一ミリシーベルトですから、事故前の一ミリシーベルトに戻すということは必要だと思うんですけれども、それもやはり、年齢とかその家族構成によって判断が随分変わってくるだろうと。 例えば五ミリシーベルトになっても、私たちのような高齢者でしたらそこへ住んでいても余り問題ないかもしれないですけれども、子供とか感受性の高い人たちはそういうところにはなるべく住まない方がいい。そういう被曝を避けるという意味では、やはり、除染ということよりも避難のことを考慮した方が効率がいいのではないかというふうに私は思っているんですが。 でも、それもやはり、人、家族によって違いますので、その家族がどういう選択をするか、例えば、一ミリシーベルト以上でしたら避難をしたいと言う人がいたら、その避難を国が積極的にサポートするというようなシステムをつくっていく。それが、原発安全というふうに言ってずっと推し進めてきた政策ですよね、それの責任のとり方ではないかなというふうには思っています。
○伊佐委員 ありがとうございます。 本当におっしゃるとおりで、このきめ細かな対応がどこまでできるかということが非常に大事なことであると思います。先生おっしゃるとおりで、やはり難しいのは、特に、低線量被曝をどう評価していくかということがポイントかなと思っております。 先ほど来、崎山先生おっしゃっていただいたとおり、急性被曝、例えば髪の毛が抜けるとか皮膚の障害とか、こういうものについては閾値があります。この線を超えると症状が出てきますという線があります。でも、残念ながら、今回の低線量被曝、いわゆる晩発性の症状と言われている、例えばがんであったりとか遺伝的な影響があるとか、こういうところについては、リニアモデルという、多く被曝すればその分リスクが高い、少なく被曝すればその分リスクが低いということになるということを午前中おっしゃっていただきました。 ただ、その中で問題になるのは、百ミリシーベルト以下のところ、ここの部分についてはどれぐらい影響があるかというと、実際は、日常生活の例えば喫煙であったりとか飲酒であったりとか、我々が日常普通に生活する中でのリスクに紛れてしまうということをよく指摘されます。 今回、この事故で報告書にもあるとおり、住民の皆様約一万四千人の方々がどれぐらい被曝されたか、事故後四カ月のデータとして掲載していただいていますのが、一ミリシーベルト未満五七%、一ミリシーベルト以上で十ミリシーベルト未満、これが四二・三%、十ミリシーベルト以上が〇・七%と。この数字は、急性の障害の対象には当然ならない。晩発性の低線量影響というものがどれぐらいのものかという評価が大事だと思うんですが、相対する二つの研究成果がありまして、ここでそれをちょっと紹介させていただきたいんです。 まず一つ目は、日常生活のさまざまなリスク、先ほど申し上げた喫煙であったりとか飲酒であったりとか、これと放射線のリスクを比較します。それで寿命が平均的にどれぐらい短くなるかという研究です。 一番このリスクが高いものは何だったかというと、それは、男性が独身で居続けること、これが平均寿命三千日縮むそうです。二番目のリスクが喫煙、これが二千五百九十日。その次が炭鉱での労働、一千日です。寿命が縮む。同じぐらいなのが肥満。その後は、ベトナムへの兵役リスクが大体一年ぐらい、四百日というのが続いて、お酒が続いて、受動喫煙が続いて、放射線業務従事者、いわゆる法律で規制されて、一年間で上限五十ミリシーベルトまで放射線を浴びることが認められている方々、この方々が寿命二十三日分縮むと言われております。 これが一つの研究の成果。百ミリシーベルト以下の放射線被曝については、ほかの生活上のリスクに紛れてしまいますというのが一つの成果なんです。 ところが、全く相対する研究成果があって、これは何かというと、ウクライナの報告書です。二〇一一年の四月にウクライナでキエフ国際科学会議というのが開催されました。そこで提出された報告書。 これは、二十五年間にわたってチェルノブイリの事故の影響、患者さんをずっと診続けてきたお医者さんの方々が、全部で三十五人の方々で執筆されました。二百三十六万人のカルテをデータ化した。その結果何がわかったかというと、これまで低線量被曝として考えられてこなかった慢性疾患、心筋梗塞であるとか血管の障害、こういうものを増加させる可能性があるという結論が出ています。 これまでは、放射線の影響というのを考えたときに、国際的な合意の中では、例えば国連科学委員会であったりあるいはIAEAであったり、認めているものは、白血病であったり白内障であったり、あるいは甲状腺がんだけなんです。こうした心筋梗塞とか狭心症とか脳血管障害というのは、今の国際的なIAEAなどでは認められていないという状況です。 全くこれは違うわけです。データが違う。もちろん、このウクライナの例というのは、福島の方々と比較して被曝量が一桁も二桁も多いわけですから単純には比較できないんですが、ただ、同じ事象について全く違う研究成果が出ているということだと思います。 こういう状況、こういうようなお話を伺うと、我々素人は当然混乱する。被災者の方々はより不安に陥れられるという状況だと思います。 そこでお伺いしたいのは、この相対する二つの状況をどのように評価されるかについて伺いたいと思います。
○崎山参考人 初めの、肥満とか独身とかたばことかいうリスクですけれども、それが寿命を縮めるというそのデータがどの程度信頼性があるかということは、私はちょっと比較できないというふうに思うんです。 それとあと、たばこなり肥満なり、そういうものは自分の意志で選択可能なリスクであって、今度の場合のように、放射能が勝手に飛んできてそこが汚れる、それで被曝するというものとリスクの受け方がまるっきり違う。ということで、そういう直接比較はできないだろうというふうに思います。いろいろなリスクがあるんですけれども、そのリスクというのは、自分で気をつけて低くするということが選択的にできるわけですよね、たばこはやめる。子供、赤ちゃんはたばこは吸いませんし、そういうのを直接比較するというのはできないだろうというふうに思います。 それからもう一つ、非がん性の疾患に関してですけれども、それはずっと前から言われているんですね。広島、長崎の原爆被爆者のデータでも、心筋梗塞とか脳梗塞、そういうものが線量に応じてふえていくということは、ずっと前から報告されています。ただ、専門家の方が特にだと思うんですけれども、それを余り皆さんに知らせなかったということがあります。 それで、非がん性の疾患の発生の機序、それは余りよくわかっていなかったということもあると思うんですけれども、最近は、放射線が体に与える影響というのはラジカルが与える、ラジカルができるということが細胞の老化を促進するということなんですね。放射線は非常に老化を促進するファクターであって、老化はどうして起こるかということはなかなか研究が進んでいなかったんですが、放射線を使って老化の研究ができるようになってきた。 その老化はどうしてするかというと、細胞の中のテロメアというのが短くなって、細胞分裂がもうできなければ老化する。それは、自然に、私たちが年をとっていけばテロメアはずっと短くなっていって細胞分裂能力はなくなるんですけれども、放射線によってそれを促進していくというようなことがあって、そうすると、細胞が老化すると動脈硬化の原因になって、動脈硬化ができると脳梗塞とか心筋梗塞が起こる。そういうようなメカニズムが放射線の研究以外のところからだんだんわかってきている。 ですから、今まで非がん性の疾患というのはほとんど無視されてきていたわけですけれども、そういうのもだんだんよくわかってくるようになるだろうというふうに私は思っています。
○伊佐委員 もう時間ですので終わります。ありがとうございました。
○森委員長 次に、椎名毅君。 〔委員長退席、塩崎委員長代理着席〕
○椎名委員 みんなの党の椎名毅です。 黒川委員長及び九名の委員の皆様方、国会にいらっしゃっていただきまして、改めてありがとうございます。 二〇一一年の十二月八日に委員に選任されまして、それから、十二月十九日に第一回の委員会を開かれて、七月五日に両院議長に報告書を提出するまで、本当にお疲れさまでございました。 私は、この国会事故調におきまして、先ほど来何度か話題に上がっておりますこの事務局のメンバーとして実際に、原発事故の原因、それから被害拡大の原因、事故の背景にある原子力政策などの調査、こういったことのお手伝いをしてまいりました。 先ほど、お疲れさまでしたと申し上げましたけれども、正直なところ、これは本当に実感のこもっている、感情のこもっている言葉でございます。報告書提出直前に先生方が徹夜で報告書を書いている場面を目の前で見ていますし、私自身も徹夜でお手伝いしていました。こういった非常に民主的な意味合いの深い仕事に従事されたことについて、本当に敬意を表したいというふうに申し上げたいと思います。 私自身、国会事故調で学んだことを生かしまして、立法府が機能すること、そして日本の行政をきちんと監視していくこと、これ自体が一番必要なことではないかということを考えまして、このたび、十二月の総選挙に立候補いたしまして、当選させていただくことができました。 早速でございますけれども、質問に入ってまいりたいと思っております。 まず、国会事故調の存在意義という点について野村先生にお伺いしたいと思います。 まず一点目は、法の不備に関する部分ですけれども、昨年の七月五日、報告書を両院議長に黒川委員長から提出させていただいた後、翌日、解散ということだったと思います。しかし、実際のところ、委員会自体はそれ以降も動いていたというのが正直なところだと思います。 委員会の各先生方が報告書を現地の地方自治体の長のところにお届けに上がり、そして報告書の概要を御説明するというようなこともやっておりましたし、それから、英訳の手続のチェック、こういったこともやっていらっしゃったということだというふうに思っています。これらは全部法律の外で動いているということでありまして、福島に出張するなどの要するに旅費、そういったものについても、基本的には自腹で負担していらっしゃったということだと思います。 さらに言えば、実際に事故調の委員として国会に報告書を提出した後、ようやく九カ月たちまして、名宛て人である国会からこのたび初めて意見を聞く機会というものを得ることができたわけでございます。 こういったところで、どう考えても、少し手続的には事故調の存在としては不備があったんじゃないかなということを私自身も思っておりますけれども、これに対して感想を野村先生からおっしゃっていただいて、その次に、今後類似のというか、第二事故調を設けることを提言七でおっしゃっているわけですが、この独立の調査委員会をもう一回国会に設置するという段になったときに、どういった法整備をしていった方が望ましいかというようなことを御提言いただければと思います。 〔塩崎委員長代理退席、委員長着席〕
○野村参考人 御質問いただきましてありがとうございます。 先ほど来から、私どもの活動に対してやや法的に十分なサポートを受けられなかったことがあるということをお話しさせていただいております。これは初めてのことですから、十分予想がつかないことがたくさんあったということを前提の上で、今後の改善点ということでお話をさせていただきたいというふうに思います。 まず、終わった段階で、当然のごとく私どもの活動に対してはさまざまな反響がありましたし、また、何よりも被災地の方々にこの報告書を届けなければいけないというそういう思いがありましたので、終わってしまってもやらなければいけないことはたくさんありました。 そのほか、原発の立地県にはそれぞれの県庁などでの委員会等がありますので、そこにも呼ばれまして、私どもの報告書の内容の御説明をさせていただいたというようなこともございます。 さらには、原子力安全委員会などそういうようなところでも、この知見を求めて会議への招集がございましたので、さまざまな出席をさせていただきました。 しかし、そのときは、残念ながらいずれも元委員ということでの発言ということになり、先ほどちょっと御指摘もありましたけれども、旅費等の捻出等は当然できませんので、私どもの方がボランティアで活動してきたということがあるわけでございます。 そういう点では、やはりもう少し期間を設定していただいて、フォローアップができるような形にしていただきたかったというのは正直なところでございます。 他方で、今御指摘がありましたように、私どもは報告書を上げました。報告書を上げたときに少し期待外れだったのは、国会に報告をしましたので、当然国会に招集していただけるものというふうに思っておりましたが、それがなかなかかなわなかったということがあります。 これも、やはりいろいろな考え方があって意見が合わなかったということだと思いますが、あらかじめ、この国会の事故調査委員会の報告書が上がったらどうするのかということを決めておいていただければ、混乱というのはなかったのかもしれないというふうに今だと思うわけであります。 逆に、もう最初から、報告書を上げるので最後ですよというふうに言われていれば、私たちの方にはそういった期待感が生じなかった部分もありますので、その点、決めておいていただければありがたかったなというふうには思っております。 他方で政府でございますが、政府の方は、これは国会の事故調査委員会なので、国会に報告書を上げても私たち政権側の方には関係はないというそういう御発言が当時の政府の方からたくさん発せられておりましたが、これはやや勘違いではないかと私は思うんです。 事故調査委員会というものを国会が全会一致で設置された際、国会法の改正が行われておりまして、国会法には附則が設けられ、定期的に政府は、私ども国会事故調査委員会の提言に対して政府がどのように対応したのかを国会に対して報告をすべしということが明記されておりますので、そうだとすれば、私たちは何を提言しているのかということを政府はまず聞かなければ何を対応するのかということはわからないはずでありますので、そういう意味では、政府としても、私たちの提言に対して耳を傾けていただく機会があってしかるべきだっただろうというふうに考えているところであります。 そういった点でやや不満というところは残っておりますが、大事なことは、過去のことをいろいろとほじくり返して批判合戦をしていても余り意味がありませんので、今後のことという点で御指摘をさせていただくとすれば、やはり、まずは私どもの経験をよく聞いていただいて、次の活動のときには幾つかの知恵をインプットしていただければというふうに思っているところであります。 特に、事故の原因分析といったようなことを行うということはやや後ろ向きの活動という形になりますが、実は、私どもの提言の七のところで提言させていただいているのは、今のこの安定化のプロセスそのものをやはり第三者委員会で検証する必要があるということを申し上げているのですが、これは、リアルタイムで一緒に走っていくそういうタイプの検証というんでしょうか、監視のシステムということになりますので、過去に起こったことを時間をかけて検証するのとは、またちょっと違った意味合いでの作業というものが必要になってくるだろうというふうに思っています。 そういう点では、単に私どもの方の経験だけによらずに、新たな、そういった同時に走り込んでいくようなそういうタイプの委員会については、それなりの新しい工夫というものが必要だということを御理解いただければありがたいなというふうに思っています。 それからあと一点でございますけれども、私どもは、この提言をさせていただいたときに、「提言の実現に向けて」ということで、きょうお配りさせていただいていますこのダイジェスト版にも掲載されておりますが、最後の部分に、国会に対してこの提言の実現に向けた実施計画を速やかに策定し、その進捗の状況を国民に公表することをお願いしたいということを書き添えているわけでございまして、まさに、こういった委員会を開いていただくこともさることながら、私どものこの提言に対して、どういうスケジュールで何を着手し、どういうふうに実現していっていただくのかということについて、その具体的なスケジュールを御検討いただき、国民に対して公表していただきたいということもお願いしているわけでありまして、そういう意味では、ぜひこの委員会でその点についての御検討をいただければありがたいというふうに思います。
○椎名委員 ありがとうございます。 政府からの情報聴取という点でいうと、先ほど、国会法の附則の改正の話もおっしゃっていただきましたが、昨年の十一月から内閣官房におきまして、事故調フォローアップ審議会というものが行われているかと思います。黒川先生と田中三彦先生が御出席なされていたかと思います。 このフォローアップ審議会で国会事故調の報告書の内容がどう取り扱われ、そして、先ほど野村先生がおっしゃっていたような、定期的に国会に対して報告をする義務を課しているという国会事故調の提言と比べてどのような扱いだったのかということと、今後、政府に対してどういったことを期待していきたいかということを、黒川先生と田中三彦先生にお伺いできればと思います。
○黒川参考人 あのフォローアップ委員会は、各省庁がどういう対応をしたのかということを内閣官房がヒアリングしたという形に基本的にはなっていますが、私が特に強調したかったのは、規制庁が変わっても人が変わらなければ、やはり外から注目されていますので、先ほど言ったような具体的な案としてはいろいろ申し上げましたけれども、少なくとも、私がこれを提出してから海外のいろいろな人に会ってみると、やはり、先進国同士の規制の委員会の仲間づくり、お互いのピアレビューをしようよという話は結構皆さん期待しているようで、むしろこれは日本が、先ほど言いましたように、アメリカ、フランス、イギリス、スウェーデンなどそれぞれ歴史が違いますけれども、どのようにして今のような規制委員会の独立性と信頼を構築していくかということを非常に苦労していますので、お互いにその苦労を分け合って、世界の仲間をつくろうということをかなり強調させていただきました。
○田中(三)参考人 私は、先ほど来問題になっている規制庁の実力の問題、その問題には関心を持っていたので、幾つか発言をしたと思います。 それからもう一つは、今回、私たちが事故調報告の中でも書いておりますけれども、シミュレーションということで、シミュレーターを使って運転の訓練をすればいいんだ、そういうような感じを持っているのではないかという発言がありましたので、今回、私たちの事故調で書いているように、シビアアクシデントになると、シミュレーターで、現場がないんですよ。どういうことかといいますと、中央制御室で全てコントロールできるという意味でのシビアアクシデントはあるんですけれども、そうではなくて、今回のように、外へ出てバルブを閉めてこいだとかあけてこいだとかいったときに、そのシミュレーターから外へ出るとただの自然の景色なものですから、ですから、そういう現場がないという問題があります。だから、相当訓練をしっかりしないとだめですよということも議論をさせていただきました。 それから、古い原発の文書保管ということが非常に問題で、今回も、先ほど言いましたような耐圧ベント、後からパッチワークのようにしてつけられたものに関して、完成された、独立した図面がないんですね。そのためにそれを探しまくるという、そういうことがあったということもあります。 報告書に書いてあることをもとに、幾つか、これからシビアアクシデントが実際起きたときのものについて議論をさせていただきました。
○椎名委員 田中三彦先生に引き続き伺いたいんですけれども、それは、実際に規制庁の方としては、聞いてもらった上で、今回の新安全基準改め新規制基準に反映していくというお言葉というのはいただいていらっしゃるんですか。
○田中(三)参考人 そういうことはありません。フォローアップのレポートがもう出ていますけれども、それがどのように規制委員会で取り上げられ反映されていくかというそのプロセスについては、わかりません。
○椎名委員 それでは次に、話題になっている、この規制委員会と規制庁のあり方につきまして伺いたいと思います。 事業者からの独立性という観点、これについても提言五の中で御指摘いただいているかと思います。こちらについて再び野村先生に伺えればというふうに思います。 現在、規制庁で行っている新安全基準の骨子の策定、それからパブリックコメントの反映、そして条文化という作業が規制庁の中で行われているわけでございます。 この新安全基準改め新規制基準、これをつくるに当たって、規制庁の中で二十回を超える検討会が行われております。この検討会には事業者のメンバーも参加をしているということでございます。他方で、金曜日の予算委員会で私が田中三彦委員にも伺ったんですけれども、在野の研究者というものは、この検討会に参加しているそぶりがなかなか見えないということでございます。さらに言うと、せんだって報道されていたかと思いますけれども、この検討会のメンバーが事業者からお金をもらっていた経験がある人がいるというような報道もあったかというふうに思っております。 こういった新安全基準の定め方についてですけれども、この提言五との関係で御意見があれば伺いたいと思います。
○野村参考人 今御指摘の現時点での決め方については、さまざまな問題点がまだ残されているだろうというふうに思います。 といいますのは、規制のとりこということが議論されてきた中では、やはり事業者の方の側が、自分たちにとって都合のいい意見を言ってくれる人を自分たちの周りに置いていくというこういう現象が、最終的には事業者自身を裸の王様にしてしまうわけなんですね。つまり、事業者にとって本当は不都合な事象が生じているにもかかわらずそのことを誰も言わないということになりますので、結果的には、一番大変な目に遭うのは実は事業者なわけです。 ところが、事が起こらないときには、耳ざわりがいいことを言ってくれる人たちを周りにはべらせておいた方が自分たちにとっては都合がいいということになり、それになれ親しんでいくがゆえに、自分たちにとって都合のいい意見を言う人と言わない人をあらかじめ明確に色分けをし、そこで異なる意見は寄せつけないという現象になってくるということを見てきたわけであります。 これはもう先ほど、崎山参考人の方からもICRPの話があったかと思いますけれども、まさに、異なる意見を持つ者によって混乱させられることを回避することが一番大事なんだということを、電事連などの会議の中で議事録に残すような状況が生じてしまっていたということです。 そういう点で考えてみますと、やはり一番大事なことは、公開の場で議論するということも大事ですけれども、やはり、異なる意見を持っている人たちをしっかりとその議論の中に巻き込んでいくということが必要なんだろうというふうに思います。 その上で、そうはいっても、やはり最終的にはこういう結論になったんだということが、同じ結論に至ったとしても、このプロセスの違いによって国民や住民の納得感ははるかに違うということでもありますし、また、そのプロセスの中で何らかのヒントがあって、そこから将来の事故に対する対応というものが生まれてくる可能性も出てくるわけでありますから、仮に結論は一緒だというふうに思って、だったら聞く必要がないだろうというふうなそういう安易な決め方ではなく、そのプロセスを大事に決めていっていただくことが大事かなというふうに思います。 そういう点では、まだそういう点が十分確保できていないのではないかというふうに思っている次第であります。
○椎名委員 ありがとうございます。本当にありがとうございます。 そうしたらその次に、「電気事業者の監視」というところについて黒川先生と田中三彦先生に伺えればと思います。 この四月五日の深夜、もう四月六日の未明かもしれませんけれども、東京電力福島第一原子力発電所の中での汚染水漏れのニュースが報道をされたわけでございます。これは、四月五日に予算委員会で七時間のぶっ続けの原発、エネルギー集中審議が終わった後に発表されたと。これは意図を持って四月六日の未明に発表したんじゃないかというふうに思われても仕方がないんじゃないかなというふうに私自身は思っています。 この東電の隠蔽体質ということについては、いろいろな指摘がなされているところだというふうに思っています。二〇〇二年には原子炉の中の設備の損傷隠し、こういったものが発覚いたしましたし、二〇〇七年には、制御棒の駆動装置の検査というところで問題が登場したわけでございます。 こういった東電の隠蔽体質について、この一連の流れの中で、この間の予算委員会で問題になった、田中三彦委員に対する東京電力の調査妨害、虚偽情報の提示といった問題も基本的には考えた方がいいのかなというふうに私自身は考えています。 こういった体質を持っている東京電力という会社に対して、私自身、この事故の収束について、一任をするというか、任せきりにしているところに大きな問題点を感じざるを得ないわけでございます。 特に、本年の十一月から四号炉の千五百三十三本の燃料棒の移動をするということを言っているわけでございます。しかし、炉自体は全然安定していないわけで、一号炉も二号炉も三号炉も四号炉も、たびたびたびたびいろいろな問題が生じているわけでございます。 こういったところで東京電力に問題を委託し続け、昨年、四号炉について問題点が指摘されていたところについて、政府の方から、当時の細野大臣だったと思いますけれども、四号炉については、東京電力の説明を聞き、そして、その一部を一時間半視察をした結果、大丈夫であるというような宣言をされていたかと思いますが、こういった形で東京電力の発する情報に依存をし続け、東京電力の行う事故収束プログラムに依存をし続ける限り、結局、新たなる安全神話というか新たなる規制のとりこというか、そういったものが生じるんじゃないかというふうに私自身は非常に危惧をしているわけでございます。 東京電力にこの事故の収束を任せ続けること、それ以外のオルタナティブとしてほかの手段があり得ないかということについて黒川先生に御意見を伺いたいのと、それから、現実的に、この四号炉の問題について東京電力に任せ続けて二年程度で終了するのか、それから、それに対する代替手段がほかにあり得るのかという点について、田中三彦先生にそれぞれ伺えればと思います。
○黒川参考人 それは椎名議員の御意見のとおりだと思います。今までのこの経過を見てみると、四月五日の予算委員会でのいろいろディベートがあり、次の日に発表するなんていうのは、疑われなくてもいいことをわざとやっているのかどうか知りませんけれども、おっしゃるとおりだと思います。 そういう意味では、今のところ世界じゅうがウオッチしているということがあって、東京電力もそれなりの対応はして、国際的なアドバイザリー委員会ゆえ、入れるということはしていますけれども、その人たちも私のところに内々来て、あんなことをやって、形だけじゃないの、言うことを聞くつもりがあるのかねなんて話を結構していますから、そういう国の姿そのものが世界から見られているということだと思います。 放射能の予算委員会の翌日というこの話もみんな知っていることですので、それで本当にアカウンタビリティーと言われるか、信頼されているのかという話が、何かちょっと、非常に国のそのものですよねということになるんじゃないかなと思います。 四号にしても、これは田中三彦さんへの質問ですが、二本だけ取り出しましたよね。あの後の記者の発表では、その次のそういうまた取り出すということについては、来年、つまりことしですけれども、ことしの十二月に予定していますなんて言ったのでみんなびっくりしたと思うんです。実際、私が内々に聞いたところでは、経産省のさる政府高官も、余りの発言にあきれ果てたと言っていましたけれども、そういうことは皆さん感じているんじゃないだろうかと思います。
○田中(三)参考人 四号炉の話について言いますと、結局、四号は危険性が非常に伴うので、当然、例えばいろいろな解析をするんですね。その解析を東京電力がする、そしてそれを国に提出して、それを見て安全だというふうに言われると、またやると言う。これは昔と何も変わらないシステムですよね。これがまさに規制のとりこの話なんですね。 私は、ちょっと我田引水になって申しわけないけれども、一九九〇年にまさにこのことを言っていて、東京電力、実はメーカーですけれども、メーカーと東京電力の持っている知識に当時の資源エネルギー庁の原子力発電安全審査課とかそういうところは対応できない。だからやりたい放題であるということです。決して計算書を突き返すということができなかったという問題を九〇年に指摘しています。その伝統をまたこの中でやるんですかという気持ちがいたします。 それで、どういう問題があの四号に関してはあるかというと、これから、十二月からまた取り始めて、一年ぐらいの間に千五百三十三体の燃料集合体をおろして、そして共用プールへ持っていくわけですね。 考えてみますと、その間に地震が来たらどうなりますかという話が非常に重要なんですね。いや、地震なんてめったに来ないからというふうに思われるかもしれないけれども、十二月から取り始めて一年間、毎日のように何かが空中に浮いて、そしておりていくんですよ。ですから、一日じゅう必ずそういうことが行われている作業現場の中に大きい地震が来るか来ないか、それが落ちたりぶつかったりいろいろなことが起きませんかということがあるわけだけれども、こういう計算結果を東京電力は当然するわけでしょうけれども、その結果を評価するそういうプロセスの中に何か落とし穴みたいなのがあるような気がしてしようがない。 私は、午前中の中で議論があったと思いますけれども、だからそれを主導するところが、東電ではなくて、国というか、国会が積極的に当たっていくというようなシステムがないとやはり心配であるという気がいたします。
○椎名委員 ありがとうございます。 私自身も、五階と四階のところにある使用済み核燃料プールからクレーンで千五百三十三体の燃料集合体を取り出し、それを地面に置き、そして、それをまた別の冷やすところに持っていくというプロセスの中で何かが起きるんじゃないかとどうしても気になってしようがありません。ですので、先生の御指摘自体は非常に得心するところでございます。 聞きたいことも幾つかあるんですけれども、時間もないので最後になるかと思います。蜂須賀先生にお伺いしたいと思います。 先生は、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアというところに行かれて、現地で、チェルノブイリ原発から二十六年間たった後、その三カ国が住民に対して、健康を維持増進するためのどういったサービスを提供しているか、そういったことについてごらんになってこられたのではないかというふうに思います。 チェルノブイリのところにつきましては、報告書の中に随時ちりばめられてはおりますけれども、最終的に提言の中に細かく反映はされていないと思います。 ですので、蜂須賀先生がこのベラルーシ、ウクライナ、ロシアを見てきて学んだこと、そして、今、事故から二年たった被災地の状況等を踏まえまして、今後の日本の被害緩和策として望ましいもの、何かございましたら御指摘いただければというふうに思います。 特に、先ほど来質問の中でもございましたが、事故等によるストレスからの緩和というところ、それから、積算で被曝する放射線量の緩和という観点からさまざまな取り組みがかの三国でも行われているというふうに理解をしています。 そういったところに関して、今後の日本の国で、被災者の、特に福島の住民の皆様方の被曝緩和のための学びというか、そういったものがあれば、蜂須賀先生の現状と踏まえて御指摘いただければと思います。
○蜂須賀参考人 私があのベラルーシを見させていただいて一番同じ思いだなと思ったのは、向こうは移住者という名前で呼ばれていますけれども、二十六年たっても帰りたい。一年、二年たった私たちが帰りたい思いは当たり前だなというふうに実感してきました。 それとあと、向こうは、子供に対しての放射能に関しての教育がかなりされております。まだまだ福島県の教育の中には、その放射線に対するいろいろな知識が少ないと思います。子供に教える先生方の知識も少ないと思いますので、先生方を教育、そしてまた同時に子供たちにも、放射能の、怖さではないんですけれども、正しい知識を教えていけたらなと思っております。 あと除染なんですけれども、あそこの三十キロ圏内から入りましたところ、きれいに森林が整地されているんですね。除染はしたんですかと聞いたところ、除染しませんよ、伐採をして山の手入れをしていますというふうな答えでした。なぜ伐採して山の手入れをするんですかと聞いたら、火事が怖いですと。あれを聞いたとき、日本もそれをすべきじゃないかなと。森林の除染をするなじゃないんですね。森林の除染も必要かもしれないけれども、それに関するお金のことを考えれば、山の手入れ。 実際に広野町で火事が一昼夜起きました。あのときに放射性物質はどのぐらい出たんですかというふうに質問したところ、〇・〇三とかそういうふうな数字を聞きました。あっ、煙をはかってくれたんだなというふうに思いました。でも、これは、見に行って現場からのそういうふうな情報を得たからそこまで私が考えがあったのかなと思って、それが、向こうに行かなければそういうふうな考えは全然ないですね。 あとは健康管理なんですけれども、私たちは、健康手帳、広島、長崎の方も健康手帳というのを出していると思うんですけれども、向こうではパスポートという名前で出ておりました。ああ、いい言葉だなと、パスポートというのは一人一人持っているのかなというふうに思ったら、違います。政府が、国が一人一人を管理しているらしいんですね。ですから、今、蜂須賀が会津にいますけれども、これが東京に行った、九州に行ったといっても、蜂須賀がその病院にかかっても、全部のデータがあるらしいんです。ですから、そういうことも私たちは必要なのではないのかなと。 ただ、原子力発電所の作業員にはそのシステムが今あるらしいんですね。えっ、蜂須賀さん、そんなの俺らは持ってるよ、どこの現場に行っても、自分が幾らぐらい浴びているかというのはわかるよというふうになっているんですけれども、それが、福島なり日本全国の皆さんがそういうふうなのを持っていれば、それこそ安心というか、できるのかなというふうな思いもしております。 済みません、まとまらないんですけれども、その思いです。
○野村参考人 先ほど、私の発言がちょっと間違っていましたので、訂正を一点させていただきたいんです。 先ほど、私どもの活動が終了したのが法律の条文に基づくかのような発言をしてしまいましたが、ちょっとこれは気になったので、改めて条文を見ていましたら間違っておりましたので、訂正させていただければというふうに思います。私は法律家なので、ここでちょっと間違うと権威が保てませんので、恐れ入りますが訂正です。 委員会法自体はちゃんと施行日から一年間の効力期間がございまして、委員の身分は一年ちゃんと確保できるような法律になっておりました。ただ、報告書を出すと調査は終了するという条文がございます。 一応調査活動は終わったということだったわけですが、この段階で私どもが委員の職を解かれるかどうかというのはまだ選択の余地があり、実は私どもの中でも議論があり、委員の中にも、早く職を解いてほしいというそういう要望もあったこともあり、そのような事態になっているという部分もございます。したがって、法の不備というわけではありません。 ただ、運用上の問題点としては、委員の地位を残しておいてほしかったという要望を持っている委員もいたかもしれませんので、そういう意味では、今後の活動の際には、そのあたりのところを明確に決めておいていただきたいという発言に修正させていただければと思います。済みません。
○森委員長 承りました。
○椎名委員 ありがとうございます。
○森委員長 次に、笠井亮君。
○笠井委員 日本共産党の笠井亮です。 本日はお忙しい中、参考人の皆さん、ありがとうございました。 先ほど来、ようやく九カ月ぶりにこういう機会ということがございましたが、東京電力の福島第一原発事故の調査委員会が、まさに憲政史上初めて全会一致で国会のもとに設置されて、昨年の七月に報告書が提出された。本当に大変な御苦労があったと思います。その御努力に心から敬意を表したいと思います。 そして、これを受けて、今通常国会において新設されて、本日ようやく開催の運びとなった当特別委員会の果たす役割は非常に大きいと思います。先ほども参考人の方の中から、終わりでなく始まりというふうに言われた、重要な内容の報告書と提言、重く受けとめて、生かす決意でございます。 そこで幾つか伺いたいと思うんですが、まず、黒川参考人、元委員長に伺います。 今回の報告書の冒頭で、「福島原子力発電所事故は終わっていない。」と明言をされた。そして、きょうも冒頭の話の中でも、事態は今も変わっていないと言われました。私自身、あの事故から二年目直前の三月九日に原発サイトにも行きまして、四号機のそれこそ最上部にも上って、いろいろと見ながら、いまだに、収束どころか事故の真っただ中であるということを改めて痛感いたしました。 そこで黒川参考人に伺いたいんですが、報告書を出されて以降今日までの事故の現状、それから、さまざまな動向あるいは事態、動きがあるという状況の中で、ごらんになっていて、改めて、報告書が「結論」の冒頭で「事故は収束しておらず被害も継続している。」ということを指摘されたことの意味といいますか、国内はもちろんですが、委員長がおっしゃったみたいに、対外的にも、世界に向けてもそういう指摘をあの時点でしたことを、今の時点でどういう意味を持っているとお考えかを伺いたいんですが。
○黒川参考人 私ども委員十人で、本当に最後の二、三カ月は毎日徹夜のようなことでした。委員の先生方は、自分たちで調査をし、それで原稿を書くというプロセスがありましたので、本当に大変だったと思います。 主査のもとに切ったり張ったりいろいろ議論はやっていましたけれども、実際それを書き出すと、新たな疑念がどんどん出てくるわけですね。その間も調査をどんどんと進めている、そうするとまた足すことが出てくるという話で、最後の十日間の印刷、それが国会の両院議長に招集されるまでに間に合うようにするスケジュールをつくるので、本当に、最後の編集のところは大変だったと思います。みんな、言いたいこともたくさんあるんだけれどもという話で、しているうちに私はこの「はじめに」を書き出していたんですけれども、皆さん同じ気持ちじゃないかなと思います。 もちろんあのときは、その前の年の十二月に一応福島は収束したという話がありましたけれども、誰もそんなことを思っていなかったんじゃないかなと。これは皆さんの思いだと思いますし、これで始まる「はじめに」というのは、この報告書としてはよかったんじゃないかなと。 あれだけ十分にいろいろなことが注目されていて、たくさんの本が出て、すばらしい報告もたくさんで、それから、政府の畑村さんのが七月の後半に出るということがわかっていましたので、これだけ注目されているのは、やはり始まりにはどうしても、福島の発電所事故は終わっていないということと、科学技術先進国の一つである日本で起こったということで世界に物すごい衝撃を与えたわけですね、そういう話をまず最初に書くべきだと私も思いまして、これをドラフトとして出して、皆さんで議論していったということであります。
○笠井委員 蜂須賀参考人に伺いたいんですが、先ほどもお話の中で、事故は続いている、それで、国会の対応に歯がゆい思いをするということで述べられたことを重く受けとめたいと思うんです。まさに私自身も、収束どころではない福島原発、そして、十五万人の方々が県内外に避難を強いられていて、除染や賠償もなかなか進まない、被害も継続して拡大している現実ということで、何度も伺いながら、やはり、国と東電の果たすべき役割、責任、国会の責務を非常に感じるところなんです。 先ほどのあのお話しあった中で子供の教育というお話があったんですが、特に、県の教育委員をなさっているということでいうと、今、二年たって子供たちが置かれている現実はどんなぐあいか。大変だというようなことはわかるんですが、ちょっと端的な例を伺えれば。 そして、そういう中で、対応として何がその子供たちのために、今の健康もそうですし、これからの子供たちの人生があると思うんですが、国に求められていて必要かということについて伺いたいと思うんですが、いかがでしょうか。
○蜂須賀参考人 済みません、私の意見でよろしいでしょうか。(笠井委員「はい」と呼ぶ) 教育委員を仰せつかりましたけれども、私も十月に仰せつかったばかりで、ちょっと県の方の教育委員の中身がわからないというのが申しわけないんですけれども、自分で感じているのは、自分にも孫がおります。その孫が、今まで感じていなかった放射線に関してすごく敏感になっているんですね。これ食べていいの、これ飲んでいいの、だから、検査したから大丈夫だよと。一つ一つ検査をしながら口に入れるということと、あと福島県全体としては、先ほど述べさせていただいたとおり、先生方が放射線に関しての関心がすごく高いんですね。これを子供たちに伝えなければならないというふうな思いがいっぱいありますので、国は、文科省は、それをもう少し福島県に対して、子供に対する放射能に対する考え方のいろいろなものをバックアップしていただきたいなと思っております。 小さい子供さんたちはそうなんですけれども、あとは、サテライト校といって、立地町にある高校が今間借りの生活をしております。それも、一つの校舎を二つに区切って、二つ、三つの高校が使用しているんですね。そうしますと、今年度の受験をしている人たちがいなくなっている部分もあるんですよ。ですから、その子供の教育がしっかりできるような国の施策を考えていただきたいと思います。
○笠井委員 ありがとうございました。 田中三彦参考人に伺いたいんです。私も予算委員会で取り上げさせていただいたことでありますが、非常用の復水器が、東電の主張と違って地震の直後に壊れた可能性があるという問題で、昨年二月、国会事故調が決めた福島第一原発の調査が東京電力の虚偽説明によって妨げられたということで、参考人は、経緯の解明と現場調査の実施を求めるということで言われました。 翌日、私が予算委員会で質問したのに対して茂木経産大臣は、「何らかの意図を持って虚偽の説明をしたとすれば、断じて許されない」ということで、東電に報告を指示したというふうに答弁をして、東電は第三者委員会をつくって、そしてその結果として、当時の担当部長の勘違いであって、組織的なものじゃなかったんだという結論を下しました。 参考人もこの間予算委員会でもやっていましたが、そういう東電の態度について受けとめの問題と、それから、そういう対応と相変わらずの姿勢で何が妨げられて、そのことがどういう重大な意味を持つというふうにお考えでしょうか。
○田中(三)参考人 ありがとうございます。何が妨げられたかということでしょうか。 この間もその委員会の場でもちょっとお話ししたかと思いますが、妨げられたものは、結局、私たちが何かを探ろうとしていたということ、そのことを妨げたんだと思っておりますが、具体的に何ということは多分なくて、あの場に入られると何を引きずり出されるかわからないということがあったのではないかと思っています。 それから、この議論をするに際してきちんと申し上げておきたいことは、非常用復水器が壊れていたというふうに私が非常に強調していることはありません。その可能性としてあるということです。ですから、どういう壊れ方をしているか、それが非常用復水器なのか別の配管なのかわかりませんけれども、可能性のあるものとしてはそれがあるということで、あそこで起きたということを強く私たちが推測をしているわけではないということもまず一つ言っておかなければならない。だけれども、可能性としてはそのことがありますということです。 もう一つ、入りたいと思った当時は、黒川委員長がおっしゃっていたように、一カ月間で体制を整える、十二月の発足で一月から始まったわけですけれども、その前に私は、その作業をしていた方から、あそこで水が出たよという話を伺いました。私は、個人的に三・一一直後からデータをずっと見ていて、それで、ICの運転の仕方に対する答弁がおかしいなとずっと思っていたこととあわせて、とにかく入って見たいというのを最初の調査活動の一つとしてそれを黒川委員長にも申し出て、それで二月の初めに、東京電力にそのことを調査したい旨を事務方を通してお願いしたわけですね。 そのころは、実を言うと、まだ東京電力はその出水ということについて事実を知らないということがあります。したがって、私たちは、出水を見たいとかICの状態を見たいとか、そういうことを具体的に申し上げたわけではなくて、東京電力には、とにかく一号機の四階というのは入って見たいんだと。当然、狙いは非常用復水器にあるんだろうなということは向こうはわかるわけですけれども、その非常用復水器をめぐってその周辺を見たいというのは、私たちはそういう出水と絡めて見たかったということでございます。
○笠井委員 黒川参考人、この問題に関する東電の対応についてどのように思われているでしょうか、今回の問題をどう見られているか。
○黒川参考人 ありがとうございます。 そのとき、田中委員がおっしゃるように、調査協力員もだんだんふえてきまして、何人か指名されて手続が終わって、そのころから田中委員からは、どうしてもそこを見なくてはいけないんだと、彼は設計にもかかわっておりましたので。しかし、そのときに放射能が高いとかいろいろなことがありますが、放射能も高いよ、どうするんだという話も大分しました。だけれども、それは今の放射能から計算すると、いろいろな装備をしながら入っている時間が限られていることはわかっています、それでも私は行こうと思っていると言うので、それだったらぜひ事務的にまず話を進めようということをしたということが、実際、私どものプロセスでありました。
○笠井委員 それで、その後東電とのやりとりがありまして、あの第三者委員会をつくってそういう結論を出したということについて、それも含めて何か感じていらっしゃることはあるでしょうか。黒川参考人です。
○黒川参考人 どうも申しわけありません。それについては、東電関係はその後ずっと野村参考人が随分調べておりましたので、もし野村さんの方から言うことがあれば。よろしいでしょうか。
○野村参考人 今回のまずは事実については、東電の第三者委員会の方からも明らかになっていますように、虚偽の事実を伝えたという事実はもう確定した事柄になっているというふうに理解はしております。 そのことによって調査の希望をしていたものが断念という形になったということも、私どもの報告書にかねてより記載させていただいているところでありまして、この事実についても、そのとおりだというふうに思っております。 昨今問題となっておりますのは、その第三者委員会が私どもに対してヒアリングをせずに報告書を上げたということに対する御批判が出ておりますが、私どもの方としましては、もともと東京電力は私たちが調査をしている対象でしたので、その調査をしている対象が任命した任意の委員会が私どもの調査のプロセスを調査するというようなことは、あってはならないというふうに思っております。 といいますのは、そのようなことが許されるのだとしますと、今後、このような形の、国会のもとに調査委員会を設置しましても、最終的には調査対象者からのまたさらなる調査を受けるんだということになって、それが牽制的効果となり抑制が働くんだとすれば、この私どものミッションは果たせないということがあるからであります。 したがいまして、第三者委員会の方に対しましての私たちの基本的なスタンスは、この私たちに対してヒアリングをするのであれば、それは国会の先生方が御了解をしていること、とりわけ、国会の議長が私たちを調べろというふうに指示を出されたのであれば、それは私どもを任命した方でありますからその指示に従いますけれども、任意に設置された第三者委員会から私どもの方に任意の調査を求められても、それは、その求めに応じることはできないというのが基本的なスタンスであります。 この状況の中で、例えば、言った言わないのことを確認していくということは必ずしも生産的なことではなく、私どもにとっては、そのときできなかった調査が今かなうのであれば、それは直ちに調査をすべきだというふうに思っているわけでありまして、その調査権限を私どもは今持っておりませんので、それはまさにこの委員会におられる先生方、この国会の先生方がこれを直ちに調査すべきだと言うのであれば、そういう組織を組成するなりなんなりの形で直ちに調査に入っていただきたいというふうに思っております。 私どもは今はもう解散した身でありますので、調査をする権限がありませんので、ぜひ先生方の方で、この問題について国会主導で調査をやっていただきたいというふうに思っているということであります。
○笠井委員 ありがとうございました。 今の最後のところは重く受けとめて、委員会としてやるべきことだと私は思っております。 田中三彦参考人にさらに伺いたいんですが、国会事故調の報告書の中で、「「原発はもともと安全である」と主張して、事故リスクに関する指摘や新知見を葬り去ってきたわけで、こうした考え方が今回の事故を招いたと言うことができる。」というふうに述べた部分がございます。 ところが、今の問題もそうですが、つまり、調べなきゃいけないことが調べられていなくて、事故の原因も究明されていない中で、電力業界の方は、規制委員会が新たにつくろうとしている基準さえ守れば原発は安全だということで、原発を再稼働させようとする動きにあります。 しかし、事故が起きても規制基準を守れば安全となれば、新たな安全神話に陥ることになるんじゃないかと思うんですけれども、その辺については、田中参考人、いかがお考えでしょうか。
○田中(三)参考人 ありがとうございます。 そうだと思います。私は、今まで言いましたように、新規制基準ですか、あるいは新安全基準ですか、それを第三層以降、四、五というところを中心に広げようとしていること自体に反対するものではないんですね。ところが、三・一一以降、私たちの安全意識というのが大きくそれによって変わっているという、そういう不安を持っています。 それはどういうことかといいますと、昔は、よくも悪くも三層以降はあり得ないということをずっと言ってきた。なぜかというと、三層は突破されないんだ、そういう論理だったと思います。それはある意味で非常に大事なことなんですね。 今回は四層、五層をやっているから大丈夫ですということを言うと、私たちは、福島の原発の事故を経験した結果、三層以降に行く可能性というものの中、それを防げるから大丈夫なんだという、非常に拡大された、あるいは崖っ縁の安全論みたいなところへ引きずられてきているというふうに思っているんですね。 そういう意味でいうと、三・一一で何を学んだかというと、三層は突破されるかもしれない、だけれども四層、五層で何とか守るから、それで運転させてくださいというそういう話に聞こえるんですね。それは何か逆手にとった論理のように聞こえて、むしろ、なぜ突破されたか、それから古い原発と新しい原発の仕分け、そういうものをきちんとやるということがまず最初にあるべきじゃないかというようなことを思っております。
○笠井委員 野村参考人に伺いたいんですが、先ほど来議論がある問題なんですけれども、この国会事故調の報告書の中で、事故の根源的原因というのは、歴代の規制当局と東電の関係について、規制する立場とされる立場が逆転関係、いわゆる規制のとりこということになることによる原子力安全についての監視、監督機能が崩壊が起きた点にあるということで、明らかに人災であるということを結論づけられたわけであります。 それで、参考人からも、現在、原子力規制委員会によるいわゆる新規制基準づくりの過程においてもさまざまな問題が起こっていますよねというお話もるるあったところでありますが、そういう中でこの規制のとりこという問題を明記したということの意味を、あそこで明記した以降の事態からどう考えておられるか。 あわせて、それとの関連であれなんですけれども、まだ事故の安定化に関しても国民の監視が必要ということで参考人もおっしゃいました。報告書が出て以降、直近の汚染水の漏れの問題とか、あるいは冷却機能停止に至るまで、福島第一原発でもさまざまな事態が起こって、東電と規制当局、あるいは政府の対応が厳しく問われていると思うんです。 安定化と言われるそういう過程の中でも、この二年余りの対応をごらんになって、福島第一原発における規制当局と東電の関係が改まっているというふうに言えるかどうか、その辺を率直に伺いたいと思います。
○野村参考人 発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。 まさに先生の御質問の中にも込められている思い、私が共有しているものだというふうに思います。 今お話がありましたように、もともと規制のとりこという言葉を私どもの報告書の中で記載させていただいたこの背景には、これは、ジョージ・スティグラーという、ノーベル賞を受賞された先生の研究から私どもは参考にしてこの言葉を使わせていただいているわけでありますので、ある意味では、世界共通のというのでしょうか、こういったような独占企業体による事業を監視、監督するところでは起こりがちなこういう規制の問題点というものを指摘させていただいているわけです。 そういう意味では、世界共通の課題だということで、先般、もとのNRCの委員長であったヤツコさんとの対談もさせていただきましたが、そのときにも、やはり同じものが存在しているというふうに言っておられたところであります。 そういう点では、これはもうとにかく原子力行政というものの共通の課題として乗り越えていかなければいけないもの、いつでも起こり得る問題だというふうに考えていかなきゃいけないんだと思います。 そういう中で、ちょっときょう黒川元委員長の方からは、日本の文化といったようなものもその規制のとりこをもたらした原因なので、そういうのも徹底的に取り除いていく中で新たな原子力行政というものを構築していかなければいけないんだというふうには思っております。 そういった意味では、私ども、これを指摘できたことは有意義だったというふうに思っているわけであります。 ただ、かつて、例えば護送船団方式という言葉がありました。護送船団方式というのは、金融行政がゆがんだところの原因を、いわば、事業者を先導する形で規制当局が船隊を組むかのようにコントロールしていた姿をあらわしたわけですけれども、この言葉がはめられたことによってわかった気になってしまったという部分も実はあって、ああ、これは護送船団方式だよね、これが護送船団方式の弊害だよねということで片づけられてしまったという問題がある。 ですから、言葉をあてがうことによる危険というのは、その言葉で説明するとわかってしまうことになるというところがあるので、ぜひそこのところは乗り越えていかなければいけないところだというふうに思うわけです。 その点で、今、現にリアルに起こっていることを眺めさせていただきますと、廃炉に向けてのプロセスもそうですが、安定化のプロセスということで、この間の停電などを見させていただいて、やはり愕然とする部分というのがあるわけですね。なぜバックアップ電源がなかったんだろう、なぜ、このプールについてはバックアップはなくてもいいと考えていたんだろうとか、あるいは、こんなような状態で配線しているというのは、震災直後であったらあり得るかもしれませんが、もう直っているだろうと信じていたものがそうじゃないというものを、やはり国民は見て驚いたんだと思うんです。 では、なぜ規制当局はこれを見ながらそのことを指導していないのかという疑問がやはりあるわけで、そこにお互いになあなあでよしとしている部分がもし残っているのだとすれば、こここそ監視をして、補強し強化していかなければいけない部分だというふうに考えている次第であります。
○笠井委員 時間はわずかなんですが、石橋参考人、もし一言伺えればと思うんです。 この世界一の地震大国が世界有数の原発大国であることの意味について、端的にどんなふうに思っていらっしゃるか。先ほどもお話があったと思うんですが、一言伺えればと思います。
○石橋参考人 それは、元国会事故調の委員の立場を超えたことだと思いますのであくまでも個人的見解ですけれども、もう時間もありませんから端的に言えば、非常に怖いことです。
○笠井委員 終わります。ありがとうございました。
○森委員長 次に、小宮山泰子君。
○小宮山委員 生活の党の小宮山泰子でございます。 本日は、大変お忙しい中、参考人の皆様方には、朝からお時間をいただいたことに心から感謝を申し上げます。また、調査をしたその思い、その御苦労や、その中で得た事実やそういった見識ということに関しましては、本当に深く敬意を表させていただきたいと思います。私どもは、やはり福島から学ぶことがまだまだたくさんあり、そしてそのために行動しなければならないんだということを、けさ、皆様からの聴取を聞いて改めて思ったところであります。 私ども生活の党は、本国会では、参議院の方では脱原発基本法を出させていただいております。やはり事故は収束していないという思いもございますし、また、これだけ地震大国でもあり、安全神話が崩れた、本日の委員の中に、安全願望だったという言葉、これがもしかすると本当に言葉としては合っているんだと思います。こういった願望で物事を進めてはいけないんだということ、これは、事故調査をされた皆様方が事実をのみ書かれたという、そこには本当に学ぶところがまたあるんだと思っております。 そこで、皆様方にお伺いしたいと思います。 まず、国会事故調の報告書作成のもとになった聴取資料などの活用方法についてぜひお伺いをさせていただきたいと思っております。 昨年の七月五日に、報告書をまとめられ国会に提出されておりますけれども、委員会での議論のもとになる聴取資料や提出資料などは、その後、国立国会図書館に保管をされているわけです。これらの資料の公開、閲覧あるいは活用方法についての判断は、国会図書館館長に判断権限がなく、国会図書館の規定に基づいて現在までに数件の情報公開の請求が行われておりますが、いずれも、その権限がないとして公開されておりません。 実際に文書としてありますけれども、開示しない理由というものにおいては、「本件対象文書は、事故調法に基づく立法活動に資するための事務の遂行に伴い生じた文書の一部であり、「立法及び立法に関する調査に係るもの」に当たるものというべきであり、事務文書に該当しない。」というような回答をされているのも現実であります。 ただ、これらの資料の取り扱いについては、議院運営委員会の理事会におきまして、公開をするべきであるということを野党を中心に今発案をしておりまして、また、これを議論する図書館の小委員会というのが議運委員会にございますけれども、こちらの方でやはり取り扱いを検討するべきだということも話が出ておりまして、これは進んでいくのではないかなと思っております。 また、政府事故調での福島第一原発の吉田元所長への聴取資料が検察に押収されたことも二月四日に判明しておりますし、また、この国会事故調の資料は国会にその公開や処分方法、保管方法の判断権限はありますけれども、政府事故調の資料はほかの政府資料と同じ扱いであるからなどとして、その上で、差し押さえしやすいなどの事情があったということもあります。 これら資料というものは、今まで話があった中において、廃炉に向けての現場というものがどんどん姿を変えていくということも考えますと、この当時、皆様方がお集めいただきました資料というものは、その現場を知る、現実を知る、大変貴重な資料かと思います。 この資料の取り扱いについて、公開をするべきかどうか、してもいいかどうかということを、ぜひ皆様方から、これだけお集まりいただけることもめったにございませんので、賛否を伺わせていただければと思っております。
○野村参考人 私が責任を持って対応してきた部分もございますので、回答させていただきたいと思います。 まず、法解釈の問題でありますけれども、情報公開法の対象外であるということについては、法律上明確であるというふうに私どもは理解しております。したがって、その情報公開法に基づいて一般市民等あるいは取材等の関係からの情報公開を求められても、私どもの方のこの聴取した文書については、これは立法資料の一環ということでもありますので、公開の対象にはならないという整理でございます。 これは、もともとそういう理解のもとで、私どもは、公開されませんということを、情報公開の対象にならないということをその調査対象者に明示した上で調査を行っておりますので、この点の解釈については、一定程度、法制局等にも確認をした上での対応ということになっております。 次に、集めている文書についての取り扱いということになっておりますが、もちろんこれは、今たまたま保管を国会図書館にお願いをしておりますけれども、図書館長に権限移譲しているものではございませんので、図書館長が開示するとかしないとか決めるような立場にはないということだと思います。 私どもの方は既に解散しておりますので、決定の権限は国会の皆様方がお持ちだということだと思いますが、この点、御留意いただきたい点は、聴取をするときに、相手方に対して幾つかの類型を示して、これについては永遠に開示されないものということを前提として聴取しているものがございますので、やはり、これについてはその約束を遵守していただきたいというふうに思っております。 といいますのは、やはりその中には、プライバシーにかかわる情報等を開示しないという条件のもとにお示しいただいたものが多数含まれておりますので、この点についての御留意をいただかなければ、今後このような形での活動が幾ら法律によって設置されたとしても、事実上活動が困難になる可能性がありますので、十分御配慮いただいた上で対応していただくことが必要かというふうに思います。 私どもは、文書をとる等において種別を分けておりまして、それぞれについての一応の整理をしているところでございますので、もし、国会の方で御審議をいただき、何らかの対応をされるのであれば、ぜひその際にも、私どもの方の参考の意見を聴取していただきたいというふうに思う次第でございます。
○小宮山委員 大変参考になる意見、ありがとうございます。 また、当然、収集されたときの条件というのもあると思いますので、この点に関しましてはもちろん考慮をさせていただきたいと思いますし、また、こういった憲政史上初めてという形での独立委員会の意義というものも、ここにあるのかとも思います。 この点に関しまして、集めた資料、そういったものの取り扱い、当然、五十年とか三十年とかいろいろ期日はありますけれども、その後の公開ができるのかも含めて、ぜひ、今後御意見を聞く機会がいただければというふうに思います。
○野村参考人 済みません、言い忘れた点がございますので一点追加させていただきますが、公権力、とりわけ警察権力によっての捜査の一環としての差し押さえについては、政府資料であれ、私どもの資料であれ、それは分け隔てなく調査されるものと理解しております。 この点については、警察権力の範囲内での調査であればプライバシーの侵害等はないというふうに理解しておりますので、この点での仕分けはないというふうに理解しているところでございます。
○小宮山委員 先に進ませていただきます。 これに関しましては、恐らく特別委員会の設置も、議院運営委員会の方で設置をするということを最終的に決め、また、国会で決めるものでありますので、この取り扱いについても、今後、もちろんこの事故調査の結論というものを生かすにおいても、大変議論をしていくものになるかと思っております。 さて、先ほどからずっと、安全神話がつくられたという話をされておりました。昼のときに蜂須賀参考人ともお話ししたときに、いつの間にかというような感覚があるのかなという思いがしております。つくられた安全神話だというふうに私は思っておりますが、何となく、原発は安全なエネルギーであるという言葉また思いというものにとらわれるようになってきた前提条件というものがいつの間にかつくられてしまったのか。 そういったところに関し、このプロセスというのを見なければ、またいずれ思い込み、前提というものが醸成され、そしてその上から議論をスタートされてしまう、そんなことも起きるのではないかという懸念を、きょう伺っていて改めて思いました。 この点につきまして、どうしてこういう安全神話がつくられ、また、現場にいた方たちはどこかやはり不安を持っていた、これが安全願望という言葉の方がもしかすると適切であり、今後はそういった言葉に置きかえて使った方がいいのかとも思う面もありますが、ぜひその点に関して、過去の反省から未来へつなげるためにも、お聞かせいただければと思います。
○黒川参考人 簡単に、またほかの方も何か言われるかもしれませんが。 私どもはそれも考慮して、あのころはやっていた安全神話ということと原子力村というのは、よく使われていましたけれども、一切使っておりません。それを書いた途端にみんなそれぞれの解釈をすると思ったので、使わなかったということであります。 もう一つは、常に政府というのは、国家というのは非常に権力が強いですから、それをやるとなったらいろいろな手を使うのは当然の話でありまして、そこが、今のようなネットの時代とか、やはりそういう意味では国民目線になかなかなっていないんじゃないかなというのが私どもの感じでありまして、あるところのヒアリングのコミッションでも言いましたけれども、ある政治家の方が、何か起きたときに、やはり中央官庁の人たちよりは、自分たちは地元に毎週帰っているので、そういうところの苦労についてはすぐに直観的に何か感じることがあるんだということをおっしゃっていましたけれども、そういうものかなと。だけれども、やはり国家権力というものはそういうものじゃないかなと。 それにやはりどういうふうに情報を公開していくかという話が世界の流れだろうと思っています。 これは私のコメントです。
○崎山参考人 安全神話の形成に関しては、事故調の方でいろいろ調べることができなかったということがあって、非常に残念なことだと思っています。 私個人の見解ですけれども、この安全神話というものの形成には、それは、メディアもありますし教育もあります。それで、特に経済産業省とか文部科学省が、子供たちに教える教育というもので原子力安全ということをずっと教えてきたということがあると思うんですね。 それと、これから明らかになってきていると思うんですが、今、放射線安全神話というのが新たにできてくるようなそういうことを私は恐れているんですけれども、過去のそういう安全神話の形成というような過程をきちっと批判というか反省しないと、また同じことが起こるのではないか。非常に危惧しているところです。
○小宮山委員 ありがとうございます。 引き続きましてぜひお伺いしたいんですけれども、改めて今回の福島から学ぶということもありますし、この国会事故調から学ぶこともたくさんあるんだと思っております。 それは、今後この第三者機関を制度として、システムとして活用するため、これはきょうも随分と話は出ておりますけれども、必要と思われること、各委員会、当然私どもも委員会の予算等もございます。今回は本当に最初ということでボランティアでスタートしていただき、また、スタッフ等も本当に徐々に集まるというようなプロセスを踏まれました。 こういった中で、今後、この形というものをどうするべきかということがございましたら、改めてお聞かせいただければと思います。
○黒川参考人 これの趣旨が、これが憲政史上初ということをいろいろな国で話をすると、えっという顔をされるんですね。イギリスでははっきりそれは信じられないことだと言われましたけれども、三権分立というのは、立法府、行政府、司法、三つがそれぞれ独立してお互いを牽制し合う、行け行けどんどんにならないようにお互いに牽制するというのが民主主義の基本ですから、そういう意味で、こういう世界にも重大なことについては、独立した委員会で、いかにそっちの委員から透明性を持って発表していくというのがすごく大事なことだと思います。 最近イギリスで起こったことは、メディアと政治という話で、これも独立委員会で出たところ、行政府のトップであるデービッド・キャメロン氏は、そんなものは要らないよと、メディアを監視しろという話ですね。ところが、立法府の方の中でかなり議論が分かれまして、結局、法律にはしないんだけれども、そういうことについては十分テークノートしましょうという話になったという非常に健全なディベートが行われているというプロセスが、一つ参考になるんじゃないかなと私は思いました。
○野村参考人 このような個別の第三者委員会というものも必要かと思いますが、諸外国の中には、行政を監視するためのオンブズマンのような組織は、国会のもとに、議会のもとに置かれているというのが常識でありますし、また、アメリカでは会計検査院のようなものも議会のもとにあって、予算の執行状況を国会が監視をする、議会が監視をするということが行われているわけでありますので、私どものこの活動は、そういった大きな流れの中の一つとして位置づけていただければありがたいなというふうに個人的には思っております。
○小宮山委員 私自身は、きょうのお話を伺いまして、国会の方も、ある意味、慣習であったり前例というものを大変大切にするところでもございます。 ただ、今回、私も議院運営委員会の委員の一人として見ておりますと、さまざまな新しい審査の仕方であったり、これは同意人事にありますけれども、そういった形をとっていたりすることもございます。また、委員会におきまして、こういった一対一で話す形もあれば、さまざまなやり方、憲法調査会のような自由討議のような形をとっていたりとか、国会の質疑自体もいろいろな形をとることができるわけです。 そういう中に、やはり独立した委員会とともに歩く、国会の審議を深める、そういった調査委員会というものがあっていいなというふうに改めて思っているところでもございます。 そういったときに、実際に憲政史上これしかないわけですので逆に伺いたいんですけれども、より具体的に、予算であったり、どういったスタッフを最初まずそろえておいて機動的に動いた方がよかったなという、振り返ってからの思いだと思いますけれども、実際経験をされた皆様方にお伺いしたいと思います。 よろしければ、ぜひ国会に対し、さらなる、より具体的なアドバイスをいただければと思うんですが、いかがでしょうか。
○黒川参考人 大変苦労しました、やはりやったことがないのですから。私どもはパートタイムというかフルタイムではありませんが、事務方の方も、国会の方にしてもこんなことは初めてなので、最初、私のところに、何ができるでしょう、調査できませんよという話が来ましたけれども、予算その他で執行のやり方がありますので、それをお願いしますということでお願いしました。 国会の図書館の調査員は非常にすぐれていますねというのが僕らの感じで、皆さんマスターを取っている理科系の人ばかりで、何を頼んでも物すごく効率よくやっていただけるという、すばらしい人たちがいるんだなということがわかりました。 もう一つは、ほかの事務の人ですけれども、フルタイムで国会の職員を半年やりませんかなんということでオーケーする人がいると思いますか。そういうことはないんですよね。 だから、そういう意味では、実はこのアプローチした人たちのうちで、守秘義務とかいろいろありますので、私どもは公募するわけにもいきません、つてを伝って誰かに参加してもらう、またその人の紹介でということで、この人は誰の紹介という話は全部中で把握していましたけれども、そういうことで非常に苦労しました。 ですけれども、中には、これに参加したいという話で、某大新聞にいる若手の人ですけれども、やめてこれに参加した人もいます。 そのぐらい若い人たちにとっては、物すごく大事な、人生の転機になるような経験をさせてもらったという人たちも多いんですが、そういう意味では、こういうプロセスをどのような組織あるいはシステムとして日本に組み込むかということは、やはり、雇用とかそのあり方のさっき言ったマインドセットですね、同じところにいるんだという話がもうちょっと変わってくるのではないかなと思います。
○小宮山委員 ありがとうございます。 大変御苦労されたと思いますし、また、私どもの方もこういった経験は初めてでございますので、どういうふうにするべきかというのは、また今の御意見を参考にさせていただかなければならないと思います。 さて、本日の回答の中で、蜂須賀参考人なんですけれども、放射能の正しい教育が必要ということを触れていらっしゃいました。また、事故調査のメッセージというところにおきましては、崎山参考人も、本調査には盛り込めなかったということで原子力教育の問題ということを触れられていらっしゃいます。 原子力というものが、やはり生活になくてはならない、経済活動になくてはならないという思い込みもあるかもしれませんが、こういった中で、今後どのような教育をすることで、過去から学び、未来につなげていく日本の原子力教育というものがあり得るのか。この点に関して御示唆がございましたら、教えていただければと思います。
○崎山参考人 学校に配られている原子力の副読本、そういうものとか、いろいろな学校教育の中で、原子力が持つ負の部分というのを教えてこなかった。 特に、事故が起きてからすぐ回収された「わくわく原子力ランド」、「原子力ワールド」とか、ああいう、日本原子力文化振興財団がつくって学校に配付しているようなそれは、例えば地震が来ても、原発はかたい岩盤の上にあるんですから大丈夫です、津波にも耐えますというような、そういうことをずっと教えてきているわけですよね。 それで、原発の立地県の方に私たちがヒアリングして伺ったときに、すごい地震だったわけですよね、私は千葉に住んでいて、原発はどうなったろうというふうにすぐ思ったんですけれども、そばに住んでいらっしゃる方は原発のことを心配なさらなかった。それは、小さいときから東電のTEPCOの展示館とかそういうところに行って、絶対原発は安全なんですというようなことをずっと教えられてきている。それで、あんなに地震があっても、原発はどうだったろうということを心配なさらなかったということは非常に驚きなんですけれども、そういうような小さいときからの植え込み教育というのをやめて、今度のようなことがあるんだということをきちっと教えて、負の部分も教えるということなんだと思うんですよね。 でも、この事故が起こった後、放射線に関する副読本がまた文科省から出たんですけれども、その三冊、小学校、中学校、高校と、その事故のことが「はじめに」に二、三行書いてあるだけで、汚染地図とか、どのぐらいの放射能がどのぐらいの地域を汚染したとか、そういうことは一切書いていない。 そういう偏った教育というのをしていると、やはり同じことを繰り返す。きちっと教えるということが大切だろうというふうに思います。
○横山参考人 今は教科書の話ですが、私も崎山元委員と一緒に作業しましたので、ほかの国の教科書も見る機会がありました。 御参考までに申し上げますと、フランスの高校の教科書には、極めて明快にプラスとマイナスの部分が書いてあります、長々と。基本的な素粒子物理学の原理、それから広島のあの原爆の写真、それからチェルノブイリの事故の写真、全部入っています。それで最後に、これは正しい、これは間違い、これはまだわからないときれいに整理して書いてあります。極めてロジカルな、それでページ数もすごく多いですね。 それに比べると、今、日本の教科書というのは、崎山元委員がおっしゃったようなことです。非常に違いがあります。
○小宮山委員 ありがとうございます。 きょう、本当にさまざま深い見地の中での言葉には、感動する、また心動かされるものがたくさんありました。田中耕一参考人の、事実に対して謙虚であれという、本当にそのとおりだと思います。私どもも、この点に関しまして、今回の国会の事故調の開拓をされたこの方法や、また、事実を述べる、その現実を見る謙虚さというもの、これも私どもも学んでまいりたいと思っております。 最後になりますけれども、できなかった調査が残ってしまったかと思います。できるなら実施をしたいという、野村参考人からも先ほど発言もございました。この点に関しまして、委員長、この特別委員会が設置されました。ぜひやはりできなかった調査ができるように、理事会におきまして協議をしていただきますことをお願いしたいと思います。
○森委員長 理事会において検討させていただきます。
○小宮山委員 ありがとうございます。 私どもはこの事故から多くを学びました。失ったものも多い。しかし、ここから学び、また得るものも多かったと思います。これを生かすために、この国会という場、私どもが真摯にこの現実と向き合って、これからも各党が議論を継続できるそういった国会をつくっていかなければならないということ、そのためにみんなで努力をしていくことを伝えさせていただき、終了とさせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○森委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人各位におかれましては、国会事故調査委員会において献身的な御尽力をいただきました上に、本日は、貴重な、また忌憚のない御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時十二分散会