行政監視委員会 第4号
- 発言数
- 75 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 2012/05/28
会議録
○委員長(福岡資麿君) ただいまから行政監視委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る二十五日までに、竹谷とし子君、山下芳生君及び小見山幸治君が委員を辞任され、その補欠として秋野公造君、井上哲士君及び石橋通宏君が選任されました。 ─────────────
○委員長(福岡資麿君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査のため、本日の委員会に参考人として前高知県知事・早稲田大学大学院客員教授橋本大二郎君、宮古市長山本正徳君及び小布施町長市村良三君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(福岡資麿君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(福岡資麿君) 行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査を議題といたします。 本日は、行政改革と行政の役割分担に関する件のうち、地域活性化と行政の役割について参考人の方々から意見を聴取した後、質疑を行います。 御出席いただいております参考人は、前高知県知事・早稲田大学大学院客員教授橋本大二郎君、宮古市長山本正徳君及び小布施町長市村良三君の三名でございます。 この際、参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。 本日は、御多忙のところ当委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。 参考人の皆様方から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。 議事の進め方でございますが、橋本参考人、山本参考人、市村参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、まず橋本参考人にお願いいたします。橋本参考人。
○参考人(橋本大二郎君) どうもよろしくお願いいたします。御紹介をいただきました橋本大二郎と申します。 本日は、行政監視委員会にお招きをいただき、また、こうして陳述をする機会を与えていただきまして誠にありがとうございます。 今日のテーマは地域活性化と行政の役割ということだと、こう承っておりますが、このことを考えるに当たって、中央集権の現在の制度、枠組みを前提にして考えるのか、それとも中央集権の仕組みを改めた分権型の国というものを前提に考えるのか、二通りの考え方があろうと思いますが、私は日ごろから今の中央集権という仕組みを早く改めて国と地方が対等にお互いの役割を果たしていく分権型の国に変わっていくべきだということを申し上げておりますので、そのことを前提にした立場、立ち位置でお話をさせていただきたいと思います。 ただ、今日は宮古の山本市長もおいででございますので、まず最初に戦時と平時の違い、非常時と平時の違いということに少し触れておきたいと思います。 非常時、戦時と申しますのは、昨年の東日本大震災のような大規模で広域的な災害、また、これから起きるかもしれません大規模で広域的なテロ攻撃といったものを指しておりますが、このような非常時、戦時においては、国が瞬時に復興なり、また危機管理なりの組織を立ち上げて、中央集権の仕組みの中で広域調整をしながら復旧と復興の土台を築いていく、この必要性があることは言うまでもございません。 今回の東日本の大震災におきましても、例えば国土交通省の東北地方整備局が広域的な調整ということで大きな役割を果たされたと思いますし、また各被災された自治体は、今後においても国の役割ということに大きな期待を持たれていると思います。 ただ、だからといって、非常時にこんなにやはり中央集権の仕組みが機能するではないかということから、だから平時においてもそういう体制を続けていくべきだと、特にこれからは関東直下型の地震だ、東海、東南海、南海だというような広域的な地震災害も予想されていると、そういうときには今のままの中央集権の仕組みの方がいいのではないかというような考え方が何となくそのまま流れていってしまうと、これだけグローバル化が進み人口減少が進むという時代の中で国そのものが私は沈み込んでいってしまうのではないかということを思います。 ですから、その非常時、戦時の行政の仕組みがどうあるべきか、また、今のその中での中央集権の問題点ということは少し脇に置いて、非常時と平時ということをきちんと分けたまず議論が必要ではないかということを思います。 その上で、その平時の、日常の国の体制をどうしていくかということですが、私は、今の中央集権という仕組みを早く改めて、国と地方が対等に役割を分担をしていく、そういう分権型の国に早く変わっていくべきだということを思います。こういう話をしますと、ああ、やっぱり高知で知事を務めた人の話らしいなと、また地方分権の話かと、大変懐かしいけれどももう地方分権の話も聞き飽きたなというふうに思われる方も多分いらっしゃるのではないかと思います。 私は、もう今、地方分権という言葉は使わないようにしております。というのも、地方分権という四文字を頭に思い浮かべていただければいいんですが、そのまま見ると地方が国にお願いして権限を分けてもらう、そういう取組というふうに読み取れますし、多くの国民は、それが地方分権の取組だろう、つまり国と地方の権限の取り合いだろうというふうに理解をされています。しかし、国と地方の役割を分けて分権型の国をつくるというその意味は、何も国と地方の権限の取り合いというふうな瑣末な争いが目的なわけではありません。そうではなくて、国が地方の面倒を見ていくという荷物を一旦肩から下ろして、身軽になった国が今取り組まなきゃいけない戦略的な課題に集中的に力を注ぎ込んでいく、そのために私は分権型の国にしていくことが必要だと思っています。 今国が取り組むべき戦略的課題というのは幾つもございます。例えば、人口構造がかつてのピラミッド型から今釣鐘型になっておりますが、やがて逆ピラミッドになっていく、そういうことが予想される中で、ピラミッド型というものを前提にしてつくられている社会制度をどういうふうにつくり直していくのかというようなこと。また、グローバル化というのも、もう好き嫌い別にして更に進んでいくことは間違いありません。その中で一次、二次、三次の産業の構造をどう転換するか。具体的に言えば、それぞれの産業のどの部分を国内に残して競争力また生産性を高めていくのか、また、どの部分は海外からの輸入に、国際分業に委ねるのかというようなことをきちんと分けた産業構造の転換を図るということもあります。あわせて、昨年の原発の事故の後明らかになっていますエネルギーの制約という現状を前にして、これから二十年、三十年先の特に電力のエネルギーをどういう組合せでつくり直していくのかなどなど、国が取り組むべき戦略的な課題というのは今山積をしております。 そのようなときに、国が地方の事細かいことに、例えば特別養護老人ホームの廊下の幅が何メーター以上ないといけないとか、それから逆に幼稚園の階段の幅が何十センチ以下じゃないといけないとか、そういう事細かいことに口を出したり手を出したりしている暇はないんじゃないかと。また、地方から上がってくる補助金の申請を受けて、それを審査して補助金を交付してその使い道がどうなっているかということを審査をしていく、そんなことに膨大な時間と労力を使っていく暇はないんじゃないかと。そういう地方に任せていいことはもう地方に任せて、身軽になった国が戦略的な課題に力を集中をしていく、そういう国に変わらない限り、私は国全体が沈み込んでいってしまうと思いますし、それでは地域の活性化もそもそもあり得ないのではないかということを思います。 ただ、こういう分権型の社会をつくっていくためには、今国が担当しておられます事業のうち、どの部分を引き続き国が担っていくのか、どの部分は都道府県に任すのか、どの部分は基礎自治体にお願いをしていくのか、またどの部分は民間の企業やNPOに委ねるのかということを分けていかないといけないということになります。といいますのも、そうでないと、地方の受皿である地域主権というような仕組み、また民間の受皿である新しい公共というような仕組み、そういう受皿ができたとしても、そこにどういう仕事を担ってもらうのかという仕分がやっていけない、それが動き出さなければ、道しるべがないまま分権化も進まないということになってしまうからです。 事業仕分というのは本来今申し上げたようなことをするのが事業仕分ではないかと自分は思っておりますが、実際に十年前に構想日本からの提案で高知県も事業仕分をいたしました。具体的には、当時高知県の持っております事業が二千三十事業ございました。これを全部テーブルの上にのせて、どの部分はもう民間に任せていったらいいか、どの部分は本来国がやっていくべき仕事か、どの部分は基礎自治体にお願いをしていくか、そしてどの部分を引き続き県が担っていくかというようなことを仕分けていきました。 こういうような作業を同じ時期に八つの県と三つの市で行いましたけれども、その事業仕分の本来の目的は、国、県、市町村という形で二重三重に重なって行われている補助金行政の無駄というものを明らかにして、そして国の形を国と地方の縦の形から横の形に変えていく、そのためのその前提の作業としてこういう仕分をするんだという理念でございました。 ところが、昨今行われております事業仕分というのは、こういう分権型の国にこの国を変えていくという理念がどこかに置き去りになったまま、一つ一つの事業が無駄かどうかということを判定をし、予算を削っていく、従来我々が取り組んでいた仕事であれば事務事業の見直しという分野に当たることを事業仕分という名前で行っておられるように見受けられます。しかも、事務事業の見直しとしても非常に中途半端な、つまり決定したことを誰かが実行していく、そういう立場の人がいないという意味で中途半端なやり方になっているために、事業仕分という名前そのものが国民の意識からもだんだん薄らいできているのではないかな、これはとても私は不幸なことだと思います。 先ほども言いましたように、この国がやっぱり生き抜いていくために分権型の国に変えていくことが必要ですし、その前提条件として、どの事業をどのセクターが持つかという事業仕分は大変大切な作業ですので、是非もう一度国において、国が持っておられる事業全てを一定の基準、判断によって仕分けていくということを取り組んでいただきたいなということを思うんです。 今、一定の基準ということを申し上げましたが、私はそのときの判定基準は、どれをやっぱり国に集中すべきか、どれを地方に、民間に分散をすべきかということだろうと思っています。そのことを、乳幼児医療費の無料化ということを一つの切り口として少し考えてみたいと思うのですが、今申し上げた乳幼児医療費の無料化も、また高齢者、老人医療費の無料化も、これは一九六〇年代の初頭に、当時の岩手県の旧沢内村という小さな村が独自の施策として始めた地方発信の事業でした。 乳幼児の医療費の無料化でいいますと、一九五〇年代に、東京と比べて岩手県のゼロ歳児の乳児の死亡率が二倍以上高い、その中でも沢内村は岩手県の平均よりも高いということを非常に心を痛められた当時の村長さんが、まず保健師さんなんかと組んでお嫁さんに赤ちゃんの健康管理ということを教えていく、また当時の古い農村社会の中ですので、お嫁さんがそういうことに時間が割けるようにおしゅうとめさんに理解を求め、そういうことに協力をしてくださったおしゅうとめさんには表彰状を差し上げるというふうな、細かいソフトの施策とを組み合わせてやっておられました。 そのときに、一九五九年に国民健康保険法が施行をされて、健康保険によって五〇%の医療費が支払われるということになりましたので、残りの部分を村が負担をして乳幼児の医療費の無料化ということを一九六一年の四月から実施をされました。この結果、旧沢内村は、一九六二年一年間にゼロ歳児の赤ちゃんが一人も亡くならなかった、乳児の死亡率ゼロという全国の自治体で初めての記録を達成をされました。このために全国にこの制度が広がっていきました。 ただ、全国の自治体は財政状況も違いますし、様々な事情の違いがありますから、年齢が幾つまでなのか、また入院だけか、通院も含めるのか、所得制限はどうするのかということで、その対象の基準に大きなばらつきが出てきております。二〇一〇年の都道府県のその政策のばらつきというのをばあっと自分が拾って見てみましたら、大体十三パターンぐらいの違いがございました。これは私が個人的に拾った数字なので、何のオーソライズされたものではありませんが、都道府県単位で十三パターンのばらつきがあるということは、市町村レベルでいえば推して知るべしということになります。 このことに対して、福祉という基本的な部分、ベースになる政策が地方分権という名前の中でこれほどサービスにばらつきが出ていいのかと、分散が出ていいのかという御議論があります。結論からいうと、私は、ばらつきが出てもいいというふうに思っています。 なぜかというと、これを全国例えば一律のサービスにしていったとしても、それ以上の上乗せはいけませんという法律でも作るなら別ですけれども、そうじゃない限り、財政的にゆとりのあるところは必ず上乗せのいろんなサービスをしてきて、その財政力による格差というものはどこまでも止まらないだろうということが一つ。 もう一つは、先ほども言いましたような沢内村のような小さなところで実施するから地域の実情に合わせたソフトと組み合わせていけますが、それが大きな単位で実施をされれば単なる所得移転の政策になって、財政を圧迫をしていくことになると思うからです。 このことは老人医療費の問題で見る方がはっきりするのですが、老人医療費の無料化も、先ほど申し上げましたように一九六〇年に初めて旧沢内村が実施をした事業でございます。が、この後、東京都と秋田県が都県単位では一九六九年に初めて老人医療費の無料化ということを実施し、その後、一九七三年に田中内閣のときに福祉元年だということを言われて老人福祉法を改正して、全国レベルで老人医療費というものが無料化になりました。 その結果、一九七三年から八三年までの十年間に日本の老人医療費は七・七倍に膨れ上がりました。また、国民医療費も三・六倍に膨れ上がりました。なぜかといえば、先ほども申し上げましたような地域の実情に合わせたようなソフトの施策がなくて、大きな単位でこういうような事業をしていけば、サービスをしていけば、必ず財政の負担だけが増えていくという結果になっていくからです。 このようなことからも、一見、国に集中をした方が公平性ということからもいいなというふうに理屈的には見えることでも、実際には地方に分散をした方が、たとえサービスにばらつきが出ても、それぞれの地域の実情に合ったソフトの施策と組み合わせられるということで、非常に事業効果はその方が上がっていくという事例が私は多いと思いますし、まさにそのことが今日のテーマでもございます本当の意味での地域の活性化ということにもつながっていくのではないかと。是非そういう視点で、この集中すべきか分散すべきかという視点から、先ほども申し上げたような国の事業の事業仕分というものをもう一度やっていただきたいなということを思います。 以上申し上げましたように、今国と地方の関係の見直しということで取り組むべきことは、現状の中央集権の制度というものを前提にした上で少し規制緩和をするとか特区の制度を膨らますというような小手先のやりくりのことではなくて、やはり国と地方の形を縦から横に変えるというような根本的な組替えが今必要なときではないかと思います。 そうでなければ、先ほども申し上げましたような意味で、この国そのものがだんだんグローバル化と人口減少という波にのまれて沈み込んでいってしまうということになりますし、そういう中で、地方自治体で本当に元気を持って生き抜いていくところというのは非常に少ないのではないかということを危惧をしております。 ということで、私の陳述を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○委員長(福岡資麿君) ありがとうございました。 次に、山本参考人にお願いいたします。山本参考人。
○参考人(山本正徳君) 岩手県宮古市の山本正徳でございます。 今日は、震災における行政の役割につきましてこのような機会を与えていただきまして、本当にありがとうございます。 座らせていただきます。 昨年の東日本大震災におきます我々行政の役割あるいは働きというものを、どのようなことだったかということを御説明して、この参議院におけるその考え方の参考にしていただければというふうに思っております。 資料に基づきまして説明をさせていただきたいと思います。 岩手県宮古市は、平成十七年と二十二年に二度合併をした一市一町二村の合併した町であります。旧宮古市、旧田老町、旧新里村、そして旧川井村でございます。今回被災しましたのが旧宮古市の沿岸部、そして旧田老町の全域でございます。それを発災後から支えたのが旧新里村、そして旧川井村の地域でございます。宮古市は本庁舎が宮古市沿岸部にあり、そして旧田老町、そして旧新里村、そして旧川井村の役場がそのまま総合事務所となっております。 面積は千二百六十平方キロメートル、岩手県では一番広い市でございます。全国では八番目というふうになっております。六十五歳以上の高齢者の割合がもう既に三〇%を超えております。新幹線の最寄り駅であります盛岡駅からは車で二時間、それから花巻空港からは車で二時間三十分でございます。人口五万人以上の都市で東京からの時間距離が最も遠いところというふうになっております。 この度の被災状況でございますが、死者は五百十五人、それから家屋倒壊数、全壊、半壊のみではございますが、四千六百七十五棟は岩手県で一番多い棟数となっております。この中で、死者のうち、消防職員が四人、消防団員が十六人、警察官二人が殉職をいたしております。これらに対する対応が今後の課題というふうに思っております。 震災前後の人口の推移でございますが、震災前は六万人あった人口が、今現在は五万八千人というふうにやや、千人ほど流出しておる状況でございます。 避難の状況でございますが、市が設定しました避難所の数は十九か所でございますが、実際は被災した市民が避難所とした場所は八十五か所あります。行政が決めたところに必ずしも避難するということではないことがお分かりかというふうに思っております。 発災初期でございますが、大体これは発災から三日ぐらいでございます。この時期、最も行政的に対応をしなきゃならないのは、基礎自治体がしっかり責任を持ってやるということだと思いますが、役所が被災した場合はなかなかこれができないわけでございます。今回の場合、宮古市におきましては、本庁舎二階まで浸水をいたしておりまして初動が次の日ということになりましたので、その間は、昼でございましたので、学校等は教職員の対応、それから地域の住民が対応したというふうなことでございます。 公用車七十台は、全て被災して流失しております。また、停電等によりまして通信等が全て断絶いたしまして、情報収集、伝達が次の日まで行えないということになります。次の日から数日間は、なかなか通信が戻りませんので、徒歩等での情報の収集が行われております。これから、日常からのコミュニティーというのが非常に大事ではないかなというふうに思っております。 発災から次の段階に移りまして、いろんな国あるいは県からの機関の活動が始まります。特にもうライフラインが寸断しておりますので、その面におきましては道路の啓開というものが非常に大事だというふうに思いました。その面におきましては、国土交通省の東北整備局あるいは三陸事務所、そして県の沿岸振興局土木センター、それから我々都市整備部、これら三つの箇所が連携をいたしまして、国道、県道、そして市道にわたって道路を啓開し、その後に水道を通し、そして電気を通していったということでございます。 と同時に、自衛隊が次の日より入りまして、その活動の後方部隊となったり、それから不明者の捜索等に当たられております。また、数日後には避難しました市民の方々への支援等も行っております。 海におきましては、海上保安庁あるいは国土交通省の港湾等が港を再開いたしまして、そして港からも支援物資を運び込むようなことをいたしております。 また、警察あるいは消防、それから医療チーム等々入ってきまして、その後の対応は国を挙げての対応というふうになっております。 仮設住宅の建設が始まりまして、全て仮設住宅に入りましたのが八月でございます。仮設住宅の戸数は二千十戸でございます。この沿岸地区は特にもう被災しておりますので、平地が少なくて建てる場所がなかなかなかったということで、六十三か所の箇所にこの二千十戸を建設をいたしております。 災害廃棄物についてでございますが、災害廃棄物は被災後すぐに国土交通省で全て一次仮置場に搬出をしております。道路啓開と同時に災害廃棄物の運搬も始まりまして、国土交通省、そして県、そして我々市と三者が廃棄物を一次仮置場に搬出をしております。 現在は、災害廃棄物の量は五十七万四千九百トンでございます。広域処理をお願いをいたしておりますが、なかなか進みませんので、一昨年より地元にも最終処分場の建設をお願いしているところであります。なかなかこれが進みません。災害廃棄物の発生量が余りにも大きいために、県が委託を受けて、今は現在、県管理というふうになっております。 それから、被災箇所数でございますが、一万五千二百三十一か所の被災箇所で、被害の総額が約二千億円というふうになっております。その中でも多いのが水産関係でございます、二百十億円。それから、住宅が一千億円というふうになっております。沿岸地区が被災しますと水産業が一番ダメージが大きいので、水産業を中心とした産業形態を取っておりますので、水産業が復活しなければほかの産業も復活してこないというような状況にございます。 次です。 この東日本大震災の復興計画でございますが、国あるいは県との整合性を取りながら基本計画あるいは推進計画、そして被災した地区まちづくり計画を行っております。宮古市の特徴といたしましては、この地区復興まちづくり計画の中に、住民による地区復興まちづくり検討会というのを被災戸数が百戸以上の箇所に設立して行いました。小さいところは市と直接話合いをして決めていくという方針を取りました。検討会を立ち上げ型が十か所、それから全体協議型が二十三か所、三十三か所が被災地区でございます。 復興に向けた宮古市の取組でございますが、三つの柱を中心に行っております。すまいと暮らしの再建、産業・経済復興、安全な地域づくりでございます。現在、すまいと暮らしの再建と、それから産業の復興を同時進行で行っております。 住まいは今ある程度仮設住宅で安定した生活を送っておりますが、仕事がなくている方々がまだまだたくさんございます。やはり、仕事をして、そして自立をして生活をしていくということをしていかなければ復興に向かっての皆さんの気持ちが前向きにならないということで、そのような形を取らせていただいております。これに関しましては、国の四分の三グループ補助、それから県の二分の一補助等、行政の補助メニューの中でしっかり産業が回復するようにしております。今現在、宮古市におきましては、大体七〇%から八〇%被災前の状況に戻っている状況でございます。 それからもう一つは、これから、防潮堤等が破壊されておりますので、今危険な状況でございます。この危険な状況の中で、もしそれが建設、復旧される前に津波がもう一度来た場合にはどのような対応を取るかも、国あるいは県そして我々市とともに協議しながら、その防潮堤なりハードの面で整備が行われる前の段階でも次の災害に備えるということはやらなければならないということで、これは行政中心に今行っているところでございます。 最後になりますが、大規模災害における地域主権の改革の視点ということでまとめさせていただきました。 大規模災害が発生した場合は、初期の段階は、やはり我々基礎自治体が中心となって支援体制を取らなければならないと。次に、各行政機関がいち早く現場の実態を把握できるような組織体制を明確化しなきゃならないと。そういう面におきまして、我々の近いところに大きな力がある組織を持つ必要があろうかというふうに感じました。そういう面におきましては、国の出先機関が我々の近いところにあったというのは非常に私は機能したのではないかなというふうに思っております。それから、各行政の機関が一体となりまして連携をよく取るということが非常に大事なことだと。役割をしっかり明確にして、そして事に当たるということが大事なのではないだろうかというふうに思っております。 それから、これからの復興に関しましてですが、やはり中心は基礎自治体が、そしてそこに住む住民の方々が自分たちでどんな町をつくるかということが非常に大事なことではないかなというふうに思っております。それを、国がきちんとそれに対する財政措置等を担保していただくということが大事なことではないかなというふうに思っております。復興計画がもうほとんどの地域立っておりますので、これにつきまして十分な支援体制を、基礎自治体も、そして県も、そして国も一体となって連携しながら、自分のその役割分担をしっかり決めて対応していくというのが大事だというふうに思っております。 以上、報告を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○委員長(福岡資麿君) ありがとうございました。 次に、市村参考人にお願いいたします。市村参考人。
○参考人(市村良三君) 御紹介をいただきました長野県小布施町町長の市村良三でございます。この度はこのような機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。 今日は、橋本先生、また宮古市の山本市長さん、おいでです。改めて、三月十一日以降の状況に対して被災地の皆さんにお見舞いを申し上げます。 私どもでは交流をさせていただいている市町村が多く、東北でもかなりございます。現在は、岩手県の大船渡市、宮城県の女川町、福島県の南相馬市などの皆さんと私どもあるいは町民の皆さんがそれぞれ直接交信をさせていただいておりますが、今日を機に宮古市の皆さんとも協働させていただければ大変有り難いと思います。よろしくお願いいたします。 今日は、長野県の北の外れにあります小布施町、面積十九・〇七平方キロ、長野県で一番小さい町でありますが、人口一万二千人弱の小さな町の具体的な町の活動をお話し申し上げて、地域の活性化ということを御一緒にお考えいただきたいと思います。 今現在日本人が持つ価値観の多くがこの五十年間の間に形成されたというふうに考えております。五十年前というと随分昔のような気がいたしますけれども、私はもう中学生になっておりましたのでそんなに昔でもないなというふうに思うわけでありますが、その価値というもの、積み重ねた価値、その経緯につきましては前回の堺屋太一先生のお話につまびらかなところでありますけれども、東京を始め大都市を中心に国土の均一的発展を図るという策は、日本全体を押し上げたことはもちろんあるわけであります。随分恩恵ももたらしていただきましたけれども、同時に、地方の持つ価値は相対的に弱められたという感じがしております。 三十年間、二十年前まで三十年間このことで突っ走ってきましたが、バブル崩壊後は、二十年ほどは惑いつつ、地方の時代などとも言われてきましたけれども、日本人の持つ価値観とそれに伴う仕組みが変わっていないので一向に進んでいないというふうに思っております。資料一で申し上げているところでございます。 地方の持つ価値は、全てがなくなったわけではありませんけれども、かなり見えにくくなってしまっております。都会の価値観によって多くのことが測られるようになっているそのままだというふうに思っています。例えば、公共性というようなことも行政が一方的にその大部分を担うようになり、個人は、税というものを筆頭に、その対価をお金で支払えばよいというような考え方、価値観であります。 昨年の大震災を受けて、日本人の意識、価値観は随分変わってきたと思います。というより、五十年前のある部分を思い出したという方が適切かもしれません。今こそ、国、県、市町村など行政、私どもですね、そして今日御参会いただいております先生方のような政治に携わる皆さんはそのことを強く認識をしていただいて、もう一度国全体の仕組みづくりに力をお注ぎいただきたいと思います。 さきの政権交代で鳩山総理大臣にまず就任をいただきましたけれども、新しい公共というようなことをおっしゃいました。その担い手は、個人の力、ボランティア、それからその結集であるNPOというようなところに方向付けをされましたが、もちろん私も同感ではありますけれども、私は、日本でやや粗略にされている企業の力というのをもう一度見直しをしていただきたいなというふうに思っております。企業というものは元々公共性を強く持っているものだからであります。 これが資料一の三ページ目に書いてございます。持続力が強い、高い企業というものも是非もっともっと加えていただいて、見えにくくなっている地方の価値の再編集をしていただくと。個人やNPOや企業の力を、全体を担い手とするその協働ということが大変大切だろうというふうに考えております。行政や政治に携わる人たちはそのお手伝いをする、あるいはそういう仕組みを担保することが役割であろうというふうに考えているところでございます。 小布施町でこの四十年間起こってきたこと、あるいはこれから起ころうとしていることをお話をいたします。資料二に移ります。 四十年前というと、まだまちづくりの概念というか名前もないころでありましたけれども、私どもの町は動き出しました。まず、そのころは高度経済成長の真っただ中でありますから、どの町、村も工業立町というようなことを目指したのでありますが、私どもの町は農業に絞り農業立町ということを目指しました。それから、江戸時代に残していただいた文化遺産も今に生かすということで文化立町ということを脇役として置いたわけであります。そして、その資料に書いてありますような事業や施策を官民一体となって行ってまいったわけであります。私が見る限り、この五つのポイントが小布施町のポイントだろうというふうに思っております。 一に、人口の施策であります。それから二に、文化のシンボルとしての北斎館の開設、三に、CIがきっちり行き届いている地場産業である栗菓子屋さんのそれぞれの活躍、それから四番目に、町並みの新しい価値創造である町並み修景事業、お手元の本に詳しく書いてございますけれども、町並み修景事業、そのことによって町民の中に芽生えた景観という意識を大切にした花のまちづくり。 こうしたことをタイムリーに、また複合的に行った結果、町にはかなり大勢のお客様、ざっと数えますと百三十万人ぐらいのお客様がお訪ねをくださるようになりました。これをもって世間では観光として成功した町というような御評価もいただいておりますけれども、私はもちろんですし、町の人は観光の町という認識は全くございませんし、これから先もそれを目指すということはございません。やはり、根幹の産業である農業を中心にして農業立町、それからいろんな意味での文化的な生活を楽しむ文化立町ということを目指しております。 平成十六年、自立を選択をいたしました。町はまちづくりの第二ステージに入っていると思います。そのとき私は今の立場に立たせていただきましたが、三位一体改革の中でありましたので、財政を始め弱いところだらけでした。ですけれども、町を歩き回って強みを幾つか見付けました。その強みを磨くということで戦略を立てたわけであります。その強みとは次の五つであります。 町民の皆さんの協働する力あるいは交流する力、町民力ですね、これが非常に高いこと。それから、明治二十二年の町村制のときに十六の村が合併をして二つの村になり、昭和二十九年に町制が始まったわけですが、元々の明治二十二年の十六か村の文化と歴史というものが今も生きていると。これは非常に強みだなというふうに思いました。それから、制度やら、あるいは私どもの町が果樹農業だったということもありまして、農村景観とその暮らしがきっちり守られている。それから、面積の小ささ、この辺が非常に強みだなと。それを更に言えば、お訪ねをいただける皆さんの求めですね、懐かしいとかほっとするとか安らぐとか癒やされる、これにぴたり合うではないかというふうに思ったわけであります。 で、協働と交流という戦略を立てました。交流と協働ということでありますが、これはどこでも言われることでありますが、小布施の場合はかなりこれが顕著であります。協働の中には、普通その地域の住民と我々行政の協働ということが多く言われますけれども、私は四つあるなと思っております。その辺も資料に書いてございますので、御覧をいただきたいと思います。 それから、交流ということは産業になるなと。今、日本で、いろんなものが駄目だから観光にシフトしようやというようなことが立てられておりますが、あれには私は反対であります。いかにも底が浅い。今日何人おいでいただいて幾ら落としていただいたと、最後の勝負がそこになっていると。そうではないでしょうと。お訪ねいただいた方と地域の人との信頼感とか親しみ、これが基になった産業というのが必ずあるはずだというふうに私は考えておりますし、それを町の町民の皆さんは実行をしていただいているところであります。 一方、先ほど申し上げましたけれども、国土の均衡ある発展ということを目指してきた都市計画法も、手直しをされていますが、その考え方がいささか古い概念ですし、制度になってきておると思います。 例えば、全国町村によくあることでありますけれども、町の中心を大きな幹線道路が走って、車がびゅんびゅん走っているというような情景ですね。私どももそういうものがございます。四〇三号という三桁国道でありますけれども、三桁でありますから県管理であります。これが地域住民にとっても来訪するお客様にとっても非常に車の通行が多く危ない道になっております。そこで、改良を県にお願いしたところ、国道だからとか道路構造令があるからとか、いろんなことをおっしゃって、既存の道路拡幅事業しか採用されないというのが今の日本の現状であります。ですけれども、この道路拡幅事業というものをやりますと、町は更に死んでしまいます。全国一律の道ができるだけということであります。 町内にはバイパスに面した迂回路が二本もありますので、町を迂回していただく、その付け替えを前提にして、デザインされた道を造っていただきたいということであります。昨年一年掛けて専門家、住民の皆さんによるデザイン会議を開いていただいて、五十メートルスパンで一・九キロの道を全てデザインをしていただいたということであります。六月に国、県、中部電力にお願いに参ります。町の中心部を走る道のあるいは先駆けになるような事業だというふうに思っております。 いろんな法律が昭和二十年代に整備をされて、その心の根底がまだまだそこに残っているような気がいたします。都市計画法と並んで、農地法なども相当見直す必要があります。県などの権限を市町村に移譲して、本当に実情に合ったものにしていくということが重要だろうというふうに思います。 四十年というまちづくりを振り返ったときに、原点であったことは、基幹産業である農業をどうするかということと人口の問題でありました。二つながら日本では大変難しい問題でありますけれども、この二つに挑戦をしていこうというふうに考えております。 農業の問題は、後継者、販路、生産インフラの見直しと集約、この三つを同時進行させる。日本全体の農業の再生は困難でも、まず一つの小さな町からそのモデルをつくっていきたいというふうに考えて、やりようはあるというふうに思っております。 それから、人口の問題。自分のところだけが良ければいいというような話にお聞こえになるかもしれなくて恐縮なんでありますが、おおむね三十五歳以下の方をこれから導入をしていきます。このまま十年放置しておきますと、自然減で三百人から四百人の人が減ります。これもそれぞれの分野でお若い方、三十五歳以下の方を、いろんなインセンティブやその策をつくりまして十年の間に六百人から八百人是非お招きをしたいということであります。 これは去年から始めておりますが、かなり手ごたえがあります。例えば、今年の九月でございますけれども、これも三十五歳以下の方、学生さん、社会人の方中心に全国から二百人ほどお集まりをいただいて若者会議というものを開いていただける。四十年ほど前には学生運動というようなことがございましたけれども、今お若い方はそういう発言の場所がない。これを東京でやったのでは余り見向きもされないですが、地方の寒村でやることによって、そこに強い意味が生まれてきます。例えばそういうことを連続して仕掛けていく中で、農業後継者十人、起業家五人、ベッドタウン希望の方五人、はっきり二十人と定めて十年間続けます。そうすると、志望者だけで二百人、御家族をつくっていただけるから六百人から八百人の計算であります。こういうことを行っていきたいと思っております。 ただ、国の新規就農者支援策というのが今年から始まりましたけれども、これも県などを通ずることでややこしい、ちょっと面倒なことになっております。先生方には国会で議決されたことがすんなりと市町村に下りていかない実情ということにも注視をしていただきたいというふうに考えております。 最後に、時間がなくなってまいりましたけれども、活性化と行政の役割ということでありますが、まず国の役割ですが、例えば国防、外交、通貨、通商、大きな自然災害、大規模事故などについては、文字どおり国の根幹にかかわることを国にお願いをしたいということであります。それから、地方は財政が弱いです。これはもうお願いするしかないわけでありますが、今の税制あるいは配分の仕方が今のままであるならば、地方財政計画をひも付きでなく、先ほど橋本先生もおっしゃいましたけれども、立てていただいて配分をしていただき、裁量は市町村にお任せいただきたいということであります。 次に、県とか道州とかいろいろ言われておりますけれども、中間組織は今のように曖昧なものであるならば本当は必要ないのではないかというふうに思っております。国と市町村では余りに乱暴ということであれば、県とか道州は市町村の特性を本当に引き出していただけるような調整能力、強い調整能力を持っていただきたいし、それから、ある規模以上の地域でしか具現化できない戦略性をきちんと発揮したビジョンの構想と実行をお願いをしたいと。今のままでは、言葉が悪いですけれども、伝言ゲームになっているところもあるかというふうに感じております。 最後に、市町村こそが自治の大基本だというふうに思っております。その市町村は、更に小さいコミュニティーやあるいは企業あるいは個人の公共性をいかに発揮していただくか、そのためのあらゆる方法や手段を講じていくこと、これからの日本において最も大切なことの一つというふうに考えております。 どうもありがとうございました。
○委員長(福岡資麿君) ありがとうございました。 以上で参考人の方々からの意見の聴取は終了いたしました。 これより質疑を行います。 本日は、まず各会派一巡で十分ずつ質疑を行います。その後、午後四時ごろまでを目途に自由質疑を行いたいと存じますが、質疑の時間が限られておりますので、委員の一回の発言は三分程度となるよう御協力をお願いいたします。 参考人の方々にお願い申し上げます。御答弁の際は、委員長の指名を受けてから御発言いただくようお願い申し上げます。 また、質疑の時間が限られておりますので、簡潔な御答弁をお願いいたします。 なお、質疑及び御答弁は着席のままで結構です。 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
○徳永エリ君 民主党・新緑風会の徳永エリでございます。 三人の参考人の皆様、今日は大変貴重なお話をありがとうございました。 東日本大震災以降、国民の価値観というのは随分変わってきていると思います。量的な拡大よりも質的な充実というものを非常に求めているのではないかと思いまして、そういうことを考えますと、本当に中央集権、座らせていただきます、中央集権型からやはり地方の自立型へ転換していくということが非常に重要なのではないかと思います。 最初に、橋本参考人に御質問させていただきます。 今日伺ったお話はもう全くそのとおりだと思います。そこで、中央集権から地方自立型の行政システムに確立していくために、まずどういうことをしなければいけないかということです。 例えば、私の地元は北海道なんですけれども、北海道は道州制に向けて十四支庁の再編というのを行いました。九つの総合振興局と、それから五つの振興局に分けたんですが、実際には地域の皆さんの声を聞くと何も変わっていないという実態があります。 実は私、今、幹事長室の陳情担当をさせていただいているんですけれども、全国から実に様々な御要望をいただきますが、本当に限られた地域の問題であってもその地域にとっては非常に重大な問題だということがたくさんあります。国民の間の生活格差、それから地域格差、またいろんな社会問題も起きている中で、本当に地域の問題を中央でしっかりととらえて対応することができるんだろうかと、対応が遅れている間にどんどん問題が深刻になっていくのではないかと思います。 私は、この地域自立型の行政システムに変えていくというのは、もう今喫緊の課題だと思いますけれども、どうしたらいいのかということと、それから、道州制のほかにも広域連合とかそれから九都県市首脳会議など最近いろんな動きがありますが、どのような形で行われることが望ましいとお考えなのか、橋本参考人の御意見をお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(橋本大二郎君) まず、中央集権から地方分権型の社会へと変わるために必要なことは、一言で言えば政治のリーダーシップでございます。政治のリーダーシップを発揮して、その決断をするということがまず第一に必要だと思います。 その次に、先ほど申し上げましたように分権型の国に変えていくためには、国が持っている事業を仕分をしていかなければいけない。民主党の使っておられる表現で言えば、地域主権という受皿と新しい公共という受皿と、そういうものを新しい公共の法整備は一定なされてきておりますけれども、そういう受皿をつくってそこにどうやって移していくかということを政治のリーダーシップで決めるということに尽きるのではないかと思います。 それから、広域連合などの取組は、それはそれぞれの地域によりますので、一般論として言えることではないと思いますが、何か広域連合でやっていくのであれば何をやるんだというやっぱり目標が必要であろうと。目標が明確であれば、広域連合で何かをやっていくことは、道州制がどうかということは別にして、次のいろんな自治の組み直しに役に立っていく。だけど、何か目標もなく、はやり言葉のように広域連合といって何かやろうと、何をやりましょうかねといって議論するんだったらば、余り効果は上がらないんではないかというふうに思います。
○徳永エリ君 ありがとうございます。 続いて、山本参考人にお伺いいたします。 私も、実は三月十一日以降、定期的に宮古のお隣の山田町というところに入らせていただいております。瓦れきの山ができておりまして、ガスがたまって自然発火して火災なども起きておりまして、御地元の皆さんにとってはこの瓦れきの処理というのは大変な問題だと思います。 それに関連してなんですが、先日、細川元総理が理事長で、横浜国立大学の名誉教授の宮脇先生が副理事長で、東日本大震災で出た瓦れきを活用して、盛土にし、そこに木を植えて防潮林を造ろうという森の長城プロジェクトが設立いたしました。私は、山田町で復興計画の住民説明会に出たこともあるんですけれども、あの三陸の海岸線にコンクリートでできた大きな防潮堤を造るのはいかがなものかと反対の声も随分上がっていたんですね。特にこの瓦れきの問題は、たくさんのお金を掛けて、また住民の反対を押し切って広域処理するという部分もあるんですけれども、それよりも基金を募って海岸線に緑の防潮堤を造ろうというのは、私は非常に大事な意見なんではないかというふうに思います。 そもそもこの構想は、昨年の四月二十八日に復興構想会議に向けて、四千万本の木を植えた植物生態学者の宮脇昭さんの緊急提言として出されていたそうです。しかし、復興構想会議でこの提言についてどう検討されたのか、議論されたのか、そのこともよく分かりません。 この広域の瓦れき処理に関しても、私たち議員の間でも十分に果たして議論したかというと、そうではないような気がするんですね。こういう民間の知恵やアイデアを行政は検討してどうして取り入れることができないのかということと、それと、なかなかこの資金面の援助ということも難しいですよね。 そこで、この森の長城プロジェクトに関する被災県としてのお考えを聞かせていただきたいということと、それから民間の意見がなかなか取り入れられない、支援がなかなかされないと、こういうことに対する行政のお考えや事情をお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(山本正徳君) 大変貴重な質問、ありがとうございました。 瓦れきの部分で、瓦れきの中の土の部分を使って植樹をしようというのは、その山田町の隣の大槌町というところでは一部始めております。あとは、我々の方も、例えば宮古市なら宮古市でも、場所の問題とかいろいろあって、すごくいいことだというふうに思っております。なるだけ、いろんな、瓦れきといっても、木質から、あるいはメタルから金属から、それから不燃物から、それから土砂の部分、それからコンクリートの部分、たくさん、分別するといろいろ種類があるんですね。ですから、その中でもそういういろんなそれをどのように活用するかというのは、どんどん意見を出してもらってどんどん取り入れて、それをそういう方向に持っていくべきだというふうに私は思っております。 それから、各被災市町村でもそのように考えております。ただ、スピード面でなかなか今の段階では付いていっていないというのが現状かというふうに思っております。
○徳永エリ君 ありがとうございました。 それでは、続いて市村参考人にお聞きしたいと思います。 市村参考人のお話を聞いておりまして、私、長野県の小布施町に行ったことがないんですけれども、とてもきれいな町なようで、一度行ってみたいなという気持ちになりましたので、近いうちお邪魔したいと思います。 お話を聞いておりまして、やはりまちづくりにはビジョンとか目標が大事だなというふうに思いました。それと、やっぱり人ですよね。特に町長さんが情熱を持っておられてやっておられるということが非常に大きいのではないかと思います。一万二千人という人口の町に年間百二十万人もの方々が訪れるという、その町の持つポテンシャルを最大限に生かした魅力的なまちづくりというのは本当にすばらしいと感銘いたしました。 市村参考人は住民主体のまちづくり運動の中心人物として、かつては様々なイベントや事業を成功させていらっしゃいましたけれども、以前は、町長さんになられる前は民の側で、行政に対して求めることや、なかなかうまくいかないことなんかもいろいろあったんじゃないかと思いますけれども、特に資金面が大変だと思います。イベントをやろうと思ったり何か事業を起こそうと思うと、私も地元で映画祭をお手伝いさせていただきましたけれども、毎年毎年何が一番大変かというと、運営するための資金集めなんですね。どんなにその映画祭がどんどんどんどん評判になって大きくなっていっても、逆に資金が、どんどん増えていくのに、集まってこないと。先ほど企業の力が非常に重要だとおっしゃいましたけれども、志の高い企業と出会うこともとっても難しいんですね。 恐らく資金面ではいろいろとお悩みがあったんじゃないかと思いますけれども、民の側で行政に対してあるいは企業に対してどんな思いを持っておられたか、またそれから御自身が町長になられて、今度は行政の側から、その民とのかかわりや活動支援に対してどんなお考えをお持ちなのか、そして新しい公共の在り方という面に関してお話をいただきたいと思います。
○参考人(市村良三君) ありがとうございます。 まず、民の立場だったときにどうだったかということなんですけれども、私は自分でも企業経営ということをしておりましたし、先ほどちらっと申し上げましたけれども、企業というのは非常に公共性の高いものだというふうに思っているんですね。それを何となく否定されちゃっているところがあるような気がするんですけれども、それを出やすくしてあげるというのが非常に重要なんだろうなというふうに思います。 つまり何が言いたいかというと、地域が良くなることが自分たちの事業もうまくいくんだということの、その条件というのが必ずあるはずだと思うんですね。やっぱり支持していただくということでしょうかね。そういう観点からずっと民間でやってきましたけれども、私どもの行政のところは割合それをよく分かっていただいてきたような気がいたします。ですから、それは行政もそれから民間企業においても、同じように資金を出していただいたというふうに思っております。 自分が立場を変わって、ではこういう町長というような立場に立たせていただいたときに何を一番感じたかというと、先ほども申し上げましたけれども、私の住んでいる町というのは自分が想像していたよりもずっと奥が深いということでありました。それは、これだけ町の中を回ったことがなかったという、人間の行動半径というのは意外と、その考えにしろ、実際にしろ、狭いものだなという感じをいたしました。 もっと奥深い、もっと魅力的なものがたくさん実はあったんだということに気が付いて、そこを町民の皆さんと一緒にどうやって掘り起こすかということがとても楽しみな作業にもなりましたし、実際、町の人は、そういうことに対しての理解と、それから実行する力が強い方々ですので、新しいことが、今まで思ってもみなかったようなことができるようになったというふうに申し上げていいかもしれません。 それから、何でしたっけ、最後は。
○徳永エリ君 今度、御自身が町長という行政の立場になられて、民間の活動をどう思われるのか。
○参考人(市村良三君) やっぱり、これは今、昔で言ったら企業誘致なんでしょうけれども、企業誘致ということじゃなくて、一緒にまちづくりをお願いできませんかと。私どものところで何かしていただいても余りもうかりませんけれども、今の時代ですので、あの町のまちづくりを一緒にやったということがあるいは一つの企業価値を上げるということにつながるかもしれませんというような、非常に巧妙なお願いをして、随分御協力をいただいております。
○徳永エリ君 橋本参考人、山本参考人、市村参考人、どうもありがとうございました。 以上で質問を終わります。ありがとうございます。
○中山恭子君 自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会の中山でございます。 今日はお三方に貴重な御意見いただきまして、ありがとうございます。 では、着席して質問いたします。 まず、それでは橋本知事にお伺いいたします。 もう二十年も前になります。四国財務局長として勤務しておりましたときには、高知県知事としていろいろ御指導いただきまして、ありがとうございました。そのときから高知県に非常に新しい風が吹き込まれたというのを見ておりまして、大きな動きが出てきたなというふうに感じておりました。今日またお話を伺いまして、非常に地方分権という、主な考えは地方分権でいらっしゃると思うんですけれども、それの中でも極端に全て地方にというのではなく、本来取り組むべき戦略的な課題というものを国が集中的に取り組むというお考えを伺いました。非常にもっともな御意見であろうかと思っております。 ただ、今、では国が取り組むべきものというのが何かということを非常に真剣に考えなければいけない時期に来ているかと思っております。 現在の国際情勢を見ますと、非常に厳しい状況の中にある。先ほど戦時というお話がありましたが、戦時に近いような状況が出てきている。そういった中で、日本が一つのまとまりを持って、中央政府が国際情勢を見極めて、そして地方と緊密に連携していかなければいけない時期に今あると考えております。 そういった中で、どういう言い方がいいのか、私、新しい言葉を見付けてはいないんですけれども、中央集権型又は地方分権型という固まったものではなくて、中央と地方の間に緊密な連携があって、それぞれの役割分担がより明確になるような、非常に調和を超えた、そういった在り方というものをみんなで検討する時期に来ているのではないかと思っております。 また、日本が大きな災害に見舞われ、またこれからも災害が起きるかもしれないというようなときにどう対応していくのか、そういったことも含めて、また財源がどのようなものなのかをしっかり検討する時期に来ていると思っております。 そういった意味で、橋本知事は、先ほどのお話に追加して、更に財源の問題などお考えをお知らせいただけたら有り難いと思っています。 三人続けて御質問してよろしいでしょうか。
○委員長(福岡資麿君) はい。
○中山恭子君 山本宮古市長には、まず、その災害で命を落とされた東日本の皆様、そして被害に遭われた方々に心からまず哀悼の意をささげます。 東日本全域のことではありますが、宮古市においても市民の方々が計り知れない悲しみに沈んで、立つ力も失われてしまったような状態にあったのだろうと思いますし、山本市長におかれましても、どんなに悲しい思いをなさったことか、困難な状況に置かれたことだったでしょうと思いを巡らせております。本当に大変なことだったことと思っております。よく頑張られたなと思いながら先ほどお話を伺っておりました。 この東日本の災害の復興に関しましても、私自身は、もちろん地域の、地方の御意見を伺いながらというのは当然のことでございまして、ただ、地方が考えなければ国は動かないというようなことはあってはならないと思っております。 例えば地盤、地域が海に沈んでしまったような地域、そういった場合には国がその沈んだ地盤又は使えなくなった地盤を造り上げる、土地がなくなった場合には堅固な構築物でもいいと思います、いろんなやり方があるかと思いますが、今後住んでいく場所、学校の施設や保育所、保健所なども必要だと思います、そういった地盤を国が造り上げる、そのくらいの覚悟を国がして、国家プロジェクトとして復旧復興に当たるべきということを考えておりまして、財政金融委員会でも災害の直後に、この場合は野田財務大臣でございましたけれども、いらっしゃいましたが、そういった主張を続けてきております。 なかなか理解されておりませんけれども、そういった意味で、しっかりした復興を行う、その地域の方々の意見を聞きながら、国家プロジェクトとして資金も全てを賄いながら国が復興事業を行う必要があると考えているところでございます。 東日本が世界から今後たくさんの方が訪れるような地域、世界の中でも美しい地域、そして安全な地域に復興させること、これが国としてしなければいけないことであり、亡くなられた方々に対する鎮魂であると考えております。 そういった意味で、地域の意見を聞く、地域の意見から事が始まるというだけではなくて、国も一緒になって復興事業に当たるという必要があろうかと考えておりまして、それについての御感想というとおかしいかもしれませんが、より国がかかわってよいのではないかと。特に社会インフラですね。道路はもちろんなんですが、今、新しく町をつくっていく場合には、ずっと主張しておりますのは、東日本には全ての町に共同溝を造るべしと。共同溝というのは、電線はもちろんですが、水道、ガス、そういった社会インフラを全て道路の下に入れて、場合によってはごみ処理もそこで全て行うという、美しいまちづくりにつながるものでございますが、それを行うべきではないかと思っておりまして、思い切って希望を出されてみてはいかがでしょうかと思っております。 さらに、市村参考人には、すばらしいまちづくりを進めていらっしゃること、大変感動しております。私自身は、日本の町が全て小布施町のように美しい町になる、それを理想として、夢として掲げております。夢だけではなくて実現に向けて動いていきたいと、そこに力を尽くしていきたいと思っているところでございます。まさにそのお手本でございまして、これがそれぞれの町に、公共の部分とそれから私的な部分のすみ分けといったこと、それから、そこにはまた日本人が持っている文化、日本の文化は非常に貴重なものだと思いますけれども、なかなか理解されないので、世界の方々に訪ねてもらう。そうすればすぐ日本文化は理解される。そのためには全ての町が美しくあるべしと思っております。 済みません、時間がちょっと掛かっております。ありがとうございました。よろしくお願いいたします。
○参考人(橋本大二郎君) ありがとうございます。 中山先生と久しぶりにお目にかかって、二十年前に知事になったとき、財務局長としてお会いをしたのを思い出します。当時、各出先機関の長が集まって、官衙長会というのがあって、私、その官衙長会という名前を聞いたときに、県庁の役人に、官衙長ってどんな字を書くんだと、どういう意味だと言って聞いたことを思い出しました。 ちょっと余談になりましたけれども、本論に入りますと、まず、その中央集権と地方分権、分権型というのを、二者択一の対立概念ではなくて、もう少し友好的な緊密な関係でとらえられないのかという御質問でございますが、私は、中山先生の大変優しいお人柄からいって、対立の概念よりもとおっしゃる意味はよく分かりますし、今のシステムの中でもいいところはございます。 しかし、やはり国土の均衡ある発展などからもう何十年という時間がたち、そして日本列島改造論からももう四十年という時間がたつ中で、やっぱりそういう制度、仕組みが完全に古くなってしまって、もうそこから抜け出さないと新しい発展がないというところまで来ていると思いますので、私は、対立というよりも対等という関係で見ていただいて、きちんとその権限を分けていくということが必要ではないかと。そうではないと、中山委員のおっしゃった、全ての市町村を小布施のようにという思いは今のシステムの中では私は実現しないだろうというのが自分の思いです、細かいことは申し上げませんけれども。 あと、財源のことに関しては、これは非常に難しい問題です。国と地方だけではなくて、東京都と高知県でも全く利害関係というか考え方が異なりますので、非常に難しい問題ですが、これができないで国の仕組みというのは絶対に変わらないので、やっていかざるを得ないということになります。 そのとき、私は、自分が首長を辞めてからこういうことを申し上げるのは山本参考人にも市村参考人にも大変失礼なのですけれども、やっぱり財源が激減してもやっていけるような自治体になっていかないといけないのではないかと。今が緩いということで申し上げているのではありませんけれども、今のそれぞれの首長さんの選び方を見ても、まだまだ、まあ誰がやってもどうにかなるかという感じで選ばれているところが数多くあると思います。本当に厳しくなったときに自分の地域の経営者を誰にするかということを本気で、山本さんなり市村さんを選ぶように、皆さん選んでいかれるのではないかと。 そういうことを実現していくためにも、私は、財源というのはかなり減っても、地域の自立に任せていくということを思い切ってやっていく、そのことが必要ではないかと、辞めた後言うのは失礼な話ですけれども、そう思っております。
○参考人(山本正徳君) ありがとうございます。本当に我々のところを心配してくれまして、本当にありがとうございます。 今、復興に関しまして、先週の金曜日に第二次の第三次補正予算の交付金が発表になりました。今度は一次と違ってかなり大きい額をいただきましたけれども、やはりどんな場合でもそうですけれども、財源を握っている方が決定権があるわけですよね。これが非常に大変なのですね。我々がやろうとする思いと、それから国が考えている思いが違うと、それを平野大臣は何遍も被災地に来て聞き取りをしてはおりますが、それでもなかなか規制が強くて、我々がやる優先順位とまた国が考える優先順位とが違って、なかなか苦労している部分もたくさんございます。 今の分権の話とかいろいろありますので、やっぱり財源というものがどこに置かれるかによって我々が自立できるかできないかがやっぱり決まってくるのではないかなというふうに思っておりますが、橋本先生言うように、ないはないなりに頑張りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
○参考人(市村良三君) 今の中山先生の御質問にちょっとうっとりして、参考人がうっとりしていちゃいけないんでしょうけれども、大変感動いたしました。 というのは、まず東北、山本参考人がいらっしゃるのに失礼な話ですけれども、東北の復興については、先生おっしゃるように、本当に日本のこれまでなかったような美しい町、村をおつくりいただきたいなと。そういうことでは、共同溝なんというのは絶対に国策でやっていただきたいなと、モデルになってほしいなとまずは思います。 それから、私への御質問ですけれども、私は、公共ということが、先ほども申し上げましたけど、何でこんなに行政に頼るようになっちゃったんだろうという、これがやっぱり日本人が失ったものの大きなものだなというふうに思います。それは行政の側もいけないですね。これは行政の権限だみたいにどこか錯覚しちゃっているところがあると。 私どもで行った町並み修景事業というのは、官民境界の取っ払いです。どこからが私のものでどこからが公共のものか分からない、そういうことが実は重要で、両方ともその大事な部分を担っているんだということをもう一度思い直す必要があるのではないかと。それは、中山先生が今おっしゃった日本人が本来持っている特質だというふうに信じておりますし、町の中でもそういうお話をさせていただいております。 それから、今、橋本先生がおっしゃった財源の問題はやっぱり考えていかなきゃ駄目だと、サステーナブルじゃなきゃ駄目だという、もちろんそのとおりだと思います。そのためには、やっぱり公共のある部分を元々人々が持っていたものもやっていただくというようなこと、それから、地区ごとに、さっきサービスが違ってもいいんだと、これが我々にできる精いっぱいということを、その地域の人は財源なりにやっぱり甘受をしていただくということもあるではないかと。その代わり、そこに住むということはこういう価値があるんだということをみんなで分かり合っていこうというようなことが必要なんだろうというふうにも思っております。 以上です。
○秋野公造君 公明党の秋野公造です。今日は、三人の参考人の先生方、貴重なお話を本当にありがとうございました。 まず、橋本前知事に伺いたいと思います。 地域主権に全く賛成の立場から、権限の移譲、それから財源の移譲をしっかり行うべきであるという、その前提となる現状の交付税の財政均衡機能に対してどのように御評価なさっているでしょうか。すなわち、もっともっと例えば地方に傾斜配分をしていくべきであるとか、あるいはそういうものはもっとなくしていくべきであるとか、そういうことを含めて、この地方交付税の財政均衡機能に対してどのような評価をお持ちか、教えていただけたらと思います。 それから、山本市長には、先ほど地方整備局のお話がありました。国の出先機関の廃止について話合いが行われているようでありますけれども、こういったものを廃止をすることができるのかということ、お考えを伺いたいと思います。そして、平時と緊急時と分けるという話も橋本前知事からもありましたけれども、平時に地域のことをよく知っていただいておかないと緊急時にはなかなか対応できないとの思いから、こういった地方整備局みたいなものを平時又は緊急時に役割を分担することができるのかということについてもお考えを教えていただけたらと思います。 それから、市村町長には、非常に若い人をこれから呼び込みたいというお話がありました。若い人を町に呼び込むに当たっての、何といいましょうか、理念といいましょうか、そういったものを、ございましたら教えていただきたいと思います。特に、コミュニティーの中に入れていく、町に入っていただくだけでなく町の中のコミュニティーの中にしっかり若い人を溶け込ませていくような、そういった何かお考え、秘策といいましょうか、そういったものがあれば教えていただきたいと思います。 なお、農業立町の話、非常に興味深く伺いましたが、この考え方は、ある程度の自治体であればどこでも行うことができるとお考えになりますでしょうか。また、町長がもしも一万二千人規模の人口規模ではなく、例えば三十万とか大きな規模の自治体をお持ちのときに、あるいは広いところ、広い面積のところをお持ちのときに同じような考え方は通用するとお考えになりますでしょうか。これは、今後地方分権が行われていく上で基礎自治体の大きさをどうするかという議論があるかと思いますので、ちょっとその上でお話を聞かせてもらえたらと思って伺いました。 よろしくお願いをいたします。
○参考人(橋本大二郎君) ごく大ざっぱにお答えをさせていただきますけれども、各自治体の財源、財政を調整をしていくという機能は、今のままの地方交付税かどうかは別にして、そういう機能のシステムというのは必要であろうということを思います。 しかし、その分け方をどういう形でやっていくかというのは、先ほど申し上げましたような集中と分散というふうな基準でどういう分野を地方が担っていくのかということを決めるときに、併せてその保障すべき財源としてどういうものを決めていくかということが必要なので、今の段階から額とか割合が決められるものではないと思います。 つまり、分権型ということを考える場合には、もう一度、今のままの地方交付税ではない形で、財政、財源の調整機能を持つ新しいシステムというものが必要だろうというふうに思います。
○参考人(山本正徳君) 国の出先機関についてでございますが、出先機関の機能というのは災害時に本当に必要なものだというふうに思っております。先生おっしゃったように、じゃ災害時だけそこにいて、急に来てやれるのかといったら私はやれないと思うので、やはり平時からあった方がいいのではないかと。 それからもう一つ、今、広域連合にそれを移管しようと。県の立場から見れば広域連合に、自分たちの近いところに来た方がいいというふうな形で国から離してその機能を持ってきたいという思いがありますけど、我々市町村から見れば、国の出先機関でも広域連合でも下から見れば同じ位置にあるんですよね。ですから、何も今の段階で、この今、大変な復興をこれから十年間しなきゃならないときにそういう組織改正をする必要があるのかというふうに思っております、今の時期にですね。これからその辺はゆっくりもうちょっと考えていかなければならないと思います。 県の立場から見た場合、この組織が、県の立場から見た場合と我々市町村から見た場合だと同じような位置にあるんですね。もし県と我々の位置の間に入る行政組合みたいなところに来るんであれば、我々はまた違う考え方をしていくんだと思います。 ですから、見る人の、あるいは考える人の立場によってこれが少し変わると思うので、もうちょっとこの辺の議論はしっかりしていかなければならないんではないかなというふうに思っておりますので、今の時点では、やはり国のこの出先機関というのは、この復興なり、それから、これから災害が起こるであろうというふうにすごく心配している時期にこれにメスを入れるというのはちょっといかがなものかなというふうに思っております。
○参考人(市村良三君) 若い人を入れるに際してということですが、その御指摘のとおりだと思うんですね。いきなり地域のコミュニティーに入れと言っても、なかなかこれ、きついところがございます、田舎ですし。ですから、それは我々の責任として中二階が必要だろうと。半分は地域に入っていただくけれども、半分はかなり文化度の高いサロン的なものが要るなと。そういうふうな中で、ちょっと右足と左足の着地の仕方が違う形が望ましいと。そういうことを私たちは仕組みとしてつくらなきゃ駄目だろうなというふうに思っています。 それから、農業立町ですけれども、これはその町、村のやり方次第だなというふうに思っております。小布施の場合は、大勢お客様がおいでをいただいて、農村部が特にきれいだということございます。そうすると、今は、スーパーなどに行きますと私が作りましたと、いわゆる顔の見えるというようなことが安心、安全だと言われますけれども、圃場まで問われるときが来ているなというふうに思っています。ですから、町の中だけじゃない、農村の圃場の美しさみたいなものもこれからは非常に安全、安心を呼ぶ武器になっていくだろうと。ですから、どこの町、村でもそれは可能性があるだろうというふうに思います。 一万人だからいいんだけれども、百万人だったらどうするということでございますが、非常に煩わしいことかもしれませんけれども、百万人の都市でもやっぱり四、五百人、あるいは多くても千人ぐらいの単位が絶対に必要だなというふうに思います。百万人の中に暮らしていても、私はここにいるという、そういう証明が人間というのは欲しいんだというふうに私は思っていますし、そのことがやっぱりしっかりと生きていくということにつながっていくのではないかと、そういうふうに考えております。 以上です。
○秋野公造君 ちょっと時間があるので、もう一問質問いたしたいと思います。 橋本前知事に伺いたいと思いますが、平時と緊急時、その組織の在り方、これもまた、何を国にするか自治体にするか民間に分けるかで考え方は変わってくるかもしれませんが、平時と緊急時のスイッチをどのような形で入れるかということ、何か一考があれば教えていただきたいと思います。 例えばこの震災のときに、何もないときから急に、今地方整備局の話も質問させていただきましたが、何かぱっと組織がそういう場合に変われるものかということに少し疑問を持ちました。教えていただけたらと思います。
○参考人(橋本大二郎君) 今、山本市長がお答えになったように、今の制度、国、県、市町村という仕組みを前提にすれば、こういう戦時の場合には間違いなく地方の出先機関というのは必要ですし、また、それが平時からその地にいない限りはすぐには動かないというのはおっしゃるとおりだと思います。 ただ、例えば先ほどからお話に出ている道路ということを考えましたときに、今の制度でいいますと、直轄と補助の国道があって、それから主要と一般の都道府県道と市町村道がそれぞれあると、それを全て一応国が管理をされているという形になっております。こういう制度、仕組みの中では、やはりその出先である国土交通省の地方整備局がそこにいない限りは全体像は全く分からないということになります。 しかし、その分権の制度設計のときに、直轄と補助の、補助の部分をどうするかは別にしてなんですけれども、直轄の部分を国にして、あと全て地方の権限にということになっていきますれば、日常からその広い範囲の様々な道路状況というものを地方が把握をしながら仕事をしていくということになりますので、戦時の場合に、もちろん国も出てきて一緒になって取り組んで、すぐに様々な復旧復興の絵がかいていけるだろうと思います。つまり、そういう制度設計をしないでいきなりやられては困るというのはもう山本市長のおっしゃるとおりだというふうに私は思います。
○秋野公造君 ありがとうございました。 終わります。
○寺田典城君 みんなの党の寺田典城でございます。よろしくお願いします。 特に橋本参考人につきましては、大変、地方行政時代、御指導いただきまして、誠に感謝申し上げる心でいっぱいでございます。それで、橋本さんのおっしゃることは全くそのとおりでございまして、できますれば早く国会に来て、もっと厳しく追及していただきたいなという率直な思いをここで深めているわけなんですが。 私は、この中央集権のまま、このまま行ってしまったら日本の国が沈んでしまうんじゃないかと、そのように危惧しております、率直にですね、中央集権のままですね。そのとき、親亀こけたら子亀まで全てこけてしまうという、これが一番の危惧じゃないのかなと、率直にそう思います。 この間、総務委員会で私はこういう指摘しました。三月十一日のあの大震災の折、各省庁は、国民の生命と財産を守ることは各省庁も一生懸命だったと思いますが、その中で自治体消防があります。あれは、要するに消防庁が要請とか指示で全て動きました。ですから、全てが、各省庁がその権限を持たなくても自治体消防の中であのようなこともできるということは、私、分権の会議の中で指摘もしましたけれども、各省庁はなかなかそれについては理解を示してくれなかったということも事実なんです。 今のは全く、何というんですか、地方行政は、小泉改革の三位一体の改革で、それこそ交付税が十八兆円ぐらいまで平成十八年なりました。今は臨時財政対策債入れると二十四兆円ぐらいなんですね。あれがトラウマになっているのか知りませんが、地方は全く私から見ると要求団体になってきてしまっていると、トラウマになっちゃっているのかなと、率直にそう見ています。ですから、自立心がなくなっているということと、全く国に頼っていると、このまま行っちゃったらいいのかと。 ですから、地方分権一括法が二〇〇〇年始まって、市町村合併が平成十七年ですから二〇〇五年で、あれ以来消えてしまったような感じでなっているようなんですね。そして、各政党というんですか、民主党も自民党さんも、地方にたくさん金、借金しながら金を送ればいい政治、地方の支持得られるだろうというような形が私が一番危惧しているところでございます。 その中で、橋本さんにお聞きしたいんです。このとおり、世界フラット化になってしまって、情報から物から全てが入ってくるような時代、デフレ傾向です。そして、労働分配というか、それこそ三割、四割の方が非正規労働みたいな低賃金で働かざるを得ない中で、このまま行ってしまったら、私はそれこそ大変な社会になっちゃうなということなんです。それはやはり分権型の社会にしていかなければ、それこそ中央、国政は地方の自立のサポーターになるべきだと、そう思っています。 ですから、私はここ四、五年で後もたないだろうという話をした、沈んでしまうんじゃないかということを、橋本参考人はどのようにお考えになっているか。私はそのように思っているんです。その辺を一つお聞きしたいと思いますし。 また、宮古市長さん、すごい災害のことで軽々しくは言えないんですが、今は特別交付税だとか交付金だとか、そのような形でまちづくりをしようとしているんですが、地方議会の位置付けというのはどうなんでしょうかということですね。ということは、身近に復興特例債、要するに地方に復興特例債を特別認めて速やかに、何というんですか、まちづくりを進めていける方法だってあり得ると思うんです。私はそれを主張しました。ですが、そのことが交付金だとか特別交付税だとかという形で、地方の声というんですか、自立心が見えないというんですか、その辺がちょっと心配でございます。もちろん、地方債を発行した以上は、復興地方債を発行した以上は、国はそれに対して補填するというのは当たり前のことだと思うんですが、その辺をひとついかがなものでしょうか。 それと、小布施に私も三、四年前、一泊だったんですが、奥穂高に登る前に町を見させていただきました。非常に的を絞ったまちづくりをしているなと、だけども、これをするためには日本の都市計画法が大変に障害になっているんだなということをそのとおり見てまいりました。ですから、私は、都市計画法は国の、中央で作っているんですが、これを地方が上書き権できる、地方の条例をもって決めることできるというような運動を起こすつもりはございませんでしょうか。 この三点。 以上でございます。
○参考人(橋本大二郎君) このままでは日本そのものが沈んでしまうのではないかという御質問は、私もそう思いますと一言言ってしまえば答えが終わってしまいますので少しだけ膨らませて言いますと、例えば、先ほど中山委員も、世界の情勢を見たときのいろんな危機、もちろん安全保障上の危機もございますし、例えば人口がもう地球上で七十億を超えていて、今後、食料の不足だとか食料危機の問題というものは必ず出てくるだろうと思います。 そのときに、日本の食料自給率、今四〇%、三九%を五〇%に一〇ポイント上げるという話は出ているわけですが、こういうものも農産物の輸出ということをもう飛躍的に増やしていかない限り自給率というのは絶対に伸びない今の日本の農業であれば構造になっていると思います。そういうことができる今の体制、仕組みがそうかというと、私はそうではないので、そこをやっぱり変えていかないとそういう面でも駄目ですし、また、世界の人口が七十億になる中で、やっぱり食料危機が起きないように世界にいろんな援助をしていかなきゃいけない、そのノウハウというのは日本が一番持っているだろうと思います。そういうものをまさに集めてきちっとしたパッケージとして世界に送り込んでいくということを国がやっていくためには、もう地方の細かいことに手を出したりしている暇はないのではないかと。 そういう意味でも、今は農業のことだけ申し上げましたけれども、早くやはりもう地方の面倒を見てあげたいという優しい気持ちは捨てていただいてと言うと山本さんや市村さんに大変失礼なんですけれども、まさにもうそういうことをしている場合ではないので、国としての戦略的な課題に集中的に取り組まなきゃいけないのではないかというふうに私は思っています。
○参考人(山本正徳君) 宮古市が合併したとき、十七年に合併したわけです。そのときは一市一町一村で合併しました。その一町の田老町というところが私の出身地であります。私も合併協議会の委員でございました。 この合併、何のためにするかといえば、なるだけ自立したいがために、私の町の場合は、ある大きさをもって合併することによってなるだけ自立したような市町村にしたいという意味で合併をいたしました。その後の合併は、隣町がどうしても一緒にやりたいというので合併しました。 その意味におきましては、寺田先生言うように、なるだけ市町村は自立していかなければならないというのは私も非常に感じております。ただ、今回の場合は余りにもお金がないので、町をつくっていく、住むところさえもどうしてもつくれないために、やはり国の方の支援が要るというので今国の方にお願いするのが多くなっているというふうに思っております。平常時であればなるだけ頼らないで自分たちで何とかしたいと。 それからもう一つは、復興債。復興債でも交付金でも私はいいと思うんです。どんな形にしろ、ここに財源を持って、それでもって復興計画の下に復興していくことができれば私はどちらでもやっていきたいという思いはありますが、みんなは、みんなはという言い方は悪いんですが、なるだけ国がやってくれるんであれば国にお願いしたいという気持ちが多い人がたくさんいますので、その辺は何とかいろいろ考えていきたいというふうに思っております。
○参考人(市村良三君) 寺田先生の御質問ですけれども、おっしゃるとおり、都市計画法、邪魔になることばっかりが多いですね。 農業の町を目指しているので、農地を守るのは当たり前のことなんですね。ですけれども、農業や農地を守るためにある一定の部分にやっぱり拠点みたいなものが必要なんですね。それをやる場合にもノーと言われてしまうというようなことですね。ですから、この辺はもう本当に権限は移譲していただきたいなと。農地を守るために、あるいは農業を守るために法だけで規制をしても駄目だと、実情をやっぱり見てほしいなということはあります。 以上です。
○寺田典城君 もう時間、まだまだお聞きしたいんですが、もう一言よろしいですか。 私は、宮古の市長さんに、復興債ですね、地方特例復興債というんですか、もちろん国が補填すると。そうすると、議会で議論するわけなんですね、交付金とは違って、特別交付税とは違ってですね。そうすると、より身近なところでまちづくりができるんじゃないかと、そういう意味でお聞きしたんですが、その辺のお考えはどうなんでしょうか。
○参考人(山本正徳君) 確かにそういう必要性は出てくると思っております。その辺も少し検討していきたいというふうには思っています。
○寺田典城君 お三方、どうもありがとうございました。
○田村智子君 どうも参考人の皆さん、御意見ありがとうございます。 地方分権、私たちは、憲法がうたう地方自治がやはりもっと光が当てられて、その実現に国の側も力を入れるべきときを迎えているんじゃないだろうかと、こういう問題意識でお聞きをしたいんですが、今日は是非行政の監視という立場からも三人の方に御意見をお聞きしたいと思います。 橋本参考人にですけれども、事前にいただきました橋本参考人のいろんなお書きになったものの中に、道路特定財源の例を挙げて、そして三位一体の改革の失敗から学んだ教訓があるというふうにお書きになっておられます。地方分権という言い方、中央集権型から抜け出すという言い方がやられた出発点は、やっぱり三位一体の改革がトップダウンでやられたことだと思うんです。やはり、それについての総括が果たして国の中でちゃんと行われているだろうか。 高知では、例えば土佐の教育改革などの取組見てみますと、改革をやる過程の中で、必ず当事者の方、教職員や地域の方や保護者の方も交えた総括というのを時々で行いながら改革に取り組んでこられたと思います。 そういう意味で、国の中でこの三位一体の改革、一体、総括が、地方公共団体の首長さんお呼びして意見を交換して共通の認識にしたようなことがあったかどうか、あるいは橋本参考人が今どういう評価をされておられるか、その中心点を、短い時間で申し訳ありませんが、お答えいただきたいと思います。
○参考人(橋本大二郎君) 私は、三位一体の改革の結果というものを受けて、それが第一次の分権改革の流れの中で出てきたことですけれども、もうこれ以上国とその分権ということで議論してもらちが明かないじゃないかと、だから一旦ここでやめるべきではないかということを知事会でも発言をいたしました。けれども、やはり多くの知事さんは、かなりの地方から見たときに裏切り行為であっても、財源の移譲ということが少しでも風穴が空いたと、これは歴史的に非常に大きなことなので、その風穴を大切にして、もう一つ大きな風穴を空けるステップを踏もうということで第二次の分権改革というものに進んでいきました、二〇〇六年の話だったと思いますけれども。 私は、自分の思いとしては、もうそこでやめない限り、さいの河原の石積みのように、幾ら石積んでいってもぱらぱらぱらぱらおっこってそういうことを繰り返していくのではないかということを思って、今も思っております。 三位一体の改革についての国と地方の間での総括があったかというと、私の知る限りそういうものはないだろうと思います。知事会においては今のような総括というか評価があって次に進んだということですが、自分の個人的な意見は違ったということになります。
○田村智子君 ありがとうございました。 続いて、山本参考人にですけれども、もし今の三位一体のことで御意見あったら一言お聞きしたいんですが、むしろお聞きしたいのは、今やはりこの災害からの復興ということで、復興庁ができることで施策がスピードアップするんだということが最大の、何というんですか、国の側の主眼としてこの間政策が取り組まれてきたと思います。 しかし、私、別の調査会の中で若干お聞きした意見の中では、復興庁できたけれども、復興庁は窓口であって、そこから結局は国土交通省だったり様々な省庁に話が分けられていく、要望が分けられていく、そういう言わばワンストップサービスのようなところはできたけれども、それでスピード感を持って施策が進むというふうにはなかなかなっていないんだというような御意見も受けたりもしました。 そこで、この復興庁ができたことで、今、しかしここの改革が足りないんじゃないかと、問題意識として思っておられることがありましたら、是非具体に一、二点をお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(山本正徳君) スピードが余り変わらないのは先生おっしゃるとおりだというふうに思います。 元々、例えば災害支援法だとか、それから今度の例えば防災集団移転とかも、防災集団移転も津波みたいな災害を想定していないので、震災を中心にした災害に対しての法律みたいな形でできていますので、ですから、実態と合わない部分が出てくるんですね。 そういう場合に、例えばそこに、実態と合わないので、崖地危険移転補助金とかというのを使ったりして、いろんな制度をそこに持ってきて使おうとするんですが、またこれが合わなかったりして、それに対して、例えば崖地の場合は基礎とか何かが残っていて、それを証明しなければ例えばほかに移転した場合にその移転した先での利子補給ができないとかいう規定があったとしますと、もう今どんどんどんどん復興が進むので、その基礎とか何かそこにうちがあったという証拠はどんどんなくなるわけです。でも、実際、例えば除去してしまう前に写真があったり、あるいは登記簿に載っていたりすればいいんじゃないかという話を持っていったんですが、なかなかこれに対する回答が非常に遅い、何か月と掛かるんですね。そういうこともあります。 また、それが、大丈夫できますよというのがしっかり被災地に、全部の被災地に届いていないとかいう話があったり、なかなか、法律をいろいろ駆使しながらこの対応をしていかなきゃならないような今の状況の中では、スピードは上がっていないというのが現状でございます。
○田村智子君 ありがとうございます。 課題が多いんだなと本当に思います。今ある法律の転用ではない新たな仕組みが必要だということで、今後私たちも検討していきたいと思います。 最後に、市村参考人、私、長野県小諸市の出身で、長野の銘菓は小布施の栗菓子だというように帰省するたびに買って帰ってきているんですけれども、今日はありがとうございます。 私も、まちづくりということで、余りに中央集権的なやり方がいまだに続いているということは非常に問題意識を持っています。おっしゃるとおり、道路やダムの計画が何十年前のものであろうとも、いざゴーサインが出れば何十年の計画のまま、そのときに引かれた線のままで造られていくというのは、余りにその当該地域を無視したやり方ではないかなというふうに思っているところです。 先ほど御紹介のあった国道の拡幅、歩道の側を拡幅しながらという取組は非常に学ぶべき点が多いなというふうに感じています。道路でいいますと、確かに交通渋滞の解消というのが道路整備の一番の主眼になってきて、それがために国道でいうと拡幅、あるいは踏切の除去でいっても大きな道路が二本なければ高架化する補助金が出ないなど、余りに国の側が引いた線での道路の工事というふうに縛られてきたように思います。それを、こういう独自の強みを、独自性を生かした国道の計画というふうにするに当たって、国との関係で御苦労をされたようなことというのがありましたら、是非この際お話しいただければと思います。
○参考人(市村良三君) ありがとうございます。 田村先生の質問ですけれども、今、国土交通省はこういうことに逆に大変理解をしていただいています。これネックになるのはむしろ県ですね。 道路、国道が特にそうですけれども、人と物を安全にある程度のスピードで運ぶという最大のあれがあるわけですけれども、日本の町、村はちょっとそれに、もちろんその恩恵は大きいわけですが、そろそろやっぱり町、村を迂回するというか、その町を抜けるときはちょっと遠慮をして迂回をしていきましょうというような、町の中はできるだけ車じゃない社会というようなものを目指していくべきだと思っておりまして、国土交通省は理解をいただいているところでありますので、逆に県などがそれをもうかなり一方的に解釈してしまっているところがあるかと思います。
○田村智子君 あとちょっと一分ぐらいあるので。 今のその県の側が硬直的に理解しているというのは、国の方針を逆に硬直的にとらえているという意味なのかどうか。
○参考人(市村良三君) という意味です。はい。
○田村智子君 どうもありがとうございました。
○委員長(福岡資麿君) これより自由質疑を行います。 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。 足立信也さん。
○足立信也君 お三方どうもありがとうございます。民主党の足立信也でございます。 地方分権三法の成立もあり、義務付け・枠付けというのはかなりの分野で規制が解かれるような事態で、地方分権ということについては現状も進んでいるし、今後も更に進んでいくんではなかろうかと私自身はそのように思っております。 まず、橋本前知事と山本市長さんに、自治体、地方と言われた場合の自治体の範囲という観点から質問したいと思うんです。 先ほど橋本前知事は、岩手県の沢内村から始まった乳幼児医療費の無料化の例を取られてお話しされておりました。それから、山本市長は災害のことで出たわけでございますけれども。今、自治事務としてエリアとして市町村、基礎自治体がやるべきことについては、市町村国保、それから介護そして高齢者医療、あるいは予防接種、生活保護というような形になってくるんだと思うんですけれども、現状余り国民の皆さんが共通に理解されていないのが、実は法令上、医療費の自己負担というのは就学前までは二割で小学校一年生から六十九歳までは三割だと、それに対して地方単独事業という形で助成をされているというような事態なわけですね。 今後我々も予防接種法を改正して、最低六つ、できれば八つ法定接種を加えたいと思っている予防接種については、これ本来自治事務で地方がやられるべき問題なんですが、そこら辺で財源の問題でまた不安定であるということで、市町村がやるべき範囲というものに対して私は都道府県の関与を更に強め、あるいは財源それから責任も強めていかないと現状は非常に難しいんではなかろうかと、先ほど挙げました四つのことについてそう思っているんです。 それから、災害のことについて申し上げますと、岩手県は盛岡、花巻と内陸にあった、で、カバーができた。東海、東南海、南海の三連動があった場合に、高知県の場合は大きな都市が海沿いにあって、海抜も低いということで非常に心配しているわけです。高知の長宗我部信親が最後に大友・島津の戦いで戦死したところは私の地元中の地元でございまして、非常にそういう面でも心配しているもので、高知県の場合、沿岸部にある主要な市が災害を受けた場合に内陸部からの支援というのが非常に厳しい面があるんではないかということが心配されておりまして、そこら辺の県の関与、あるいは県間の共同の取組というものをどのように考えておられるかということもお聞きしたいと思います。 それから、市村町長には、この人口減少社会で、まず交流人口を増やしてそしてそれが定住人口の増加につながってきたというお話だったと思います。しかし、これは人口減少ですから、一つの例えば小布施が定住人口が増えるとその周りはきっと減っているはずです。そのことについて周りの市町村がどのように思われておられるのか。あるいは、当然そう集中が起きてくる、減少社会ですから、そうなった場合のそのエリア全体としてのどういう解決の手段を考えておられるかと。言葉は良くないですが、独り勝ちみたいになるといけないと思うんですね。そこら辺の解決の方向性というものをどのように考えておられるか、それをお伺いしたいと思います。
○参考人(橋本大二郎君) ちょっと御質問がよく分からないと言っちゃ失礼なんですけれども、十分のみ込めないところがございましたけれども、都道府県の権限を強めないと市町村だけに任せてはおけないのではないかという御趣旨の御質問かと思います。 このことは、先ほど冒頭に私陳述で申し上げたように、何をやっぱり国に集中をしていって、何を地方に分散をしていくのか、また何を都道府県、何を市町村にということを、今お挙げになりました医療、福祉関係のものを含めてきちっとやはり議論をして決めていかないと、今の現状の中でどういう形をつくっていくかということを議論しても、それはいわゆる分権化にはなかなかつながらないのではないかなと。基本的にきちんとそれぞれの業務をどこが担当していく、そういう国の制度設計にしていくかということを議論することが必要ではないかというふうに思います。現状を前提にすればまたいろんな、どの部分は都道府県が持つというような議論は出てくるだろうと思いますが、それをもう一つ遡った本来あるべき姿はという議論が必要なのではないかと思います。 それから、高知県の沿岸部の市が軒並みやられたときに内陸部からの応援ができるかということは、私、今知事を離れてもう四年以上たちますので、尾崎知事の権限の部分に余計なことを申し上げられる立場ではございません。しかし、現実問題としてはもう無理だと思います、それは。高知県という形状と、今お話があったように、沿岸部を抜ければもうほとんど人の住む場所が非常に少なくなる、高知市だけでもう三十何%の人口が集中している県でございますので、とてもそれは無理だろうということを思います。ですから、それは自衛隊も含めてでございますけれども、広域的な支援体制というものを考えていかなきゃいけない。 これは私がいたときと三月、去年の三月十一日を経験した後はもう全く状況がドラスティックに変わっていると思いますし、津波高の予測も、先日出ましたものなどは私がおりましたときとは全く異なるというか、もっと大きなものになってきております。ですから、それに対する備えというのはきちんと尾崎知事始め高知県でやっておられると思いますが、そこまでの今私は知識を持っておりませんので、そこはどういうふうになっているかまではちょっとお答えをすることができません。
○参考人(山本正徳君) まず、どこが何をするかというのはやはりしっかりこれは決めていかなければならないので、その予防接種だけ一つを取って、どっち、どっちという形ではないというふうに、私も橋本参考人と同じように思っております。 ただ、地方自治、地方と言ったらば、私の感覚では地方と言ったらばやっぱり基礎自治体だというふうに私は思います。基礎自治体とそれから国の間の、やはりいきなり国に、地方自治体たくさんあります、この地方自治体の中を国に持っていくまでの間の中間的な、調整したり、いろんな意味でのまとめ役というのが県というふうに私は認識しております。ですので、基本的には基礎自治体がやるか、あるいは国がやるかというふうな形になろうかというふうに思っております。
○参考人(市村良三君) 足立先生の御質問にお答え申し上げます。 おっしゃるとおりで、例えば日本の中で緑を増やしましょうという運動を展開していて、山から木を抜いてきて、それを平地に植えるという、そんなようなところが確かにあるんです。だけれども、そういうことで本当に諦めてしまっていいのかという気持ちもあります。 私は、周りの市町村からというよりも、やっぱり都会からというふうに思っておりますし、それを少しずつ実現しようというふうに思っております。これは、まずはおいでいただくお若い方々やお住まいいただくお若い方々にやっぱり産んでもいいなという環境をおつくりをしなきゃいけないんだろうなと。それはいろんな、例えば教育環境や教育そのものの問題も含めてそうだと思います。 そういうことが、よそからおいでをいただくことで、やっぱりある種の刺激とかにもなるのではないかなと。既存の方に産んでいただくのが一番いいわけですが、それだけではなかなかということで、そういうことで山から木を切ってきて平地に植えたみたいなことなのかもしれませんけれども、やはりそういうことで諦めないで、どこかでやっぱりモデルみたいなものが欲しいなというふうには思うんですよね。ですから、それはおっしゃるとおりなのかもしれませんけれども、私はその辺を諦めないでやりたいというふうに思っております。
○委員長(福岡資麿君) ほかに質疑のある方は。 長谷川岳さん。
○長谷川岳君 自民党の長谷川岳です。今日はありがとうございます。 今日は市村参考人に伺いたいと思いますが、私も小布施町は何度も行かせていただいておりまして、小布施マラソンのランナーとして参加をさせていただいておりますけれども、二点伺います。 町を何度も入らせていただいて、国の陳情をしたことあるんだろうかというぐらい、国に対して陳情を出したことがあるのかという、全く必要のないというか、そんな感じをいたしました。高井鴻山さんが葛飾北斎さんを支えたような、企業が文化人を支えるというようなそういう文化が最初からあるように、国の陳情を実際、最近した例として、先ほどの国道以外に何かあったら教えていただきたいというふうに思います。 というのは、私、先週北海道の市町村をかなり回ってきたんですが、市町村長の皆さんが口をそろえて言うのが、過疎法の適用をしてほしいという声が圧倒的に多いんです。過疎法の適用をすると様々な自治体の計画がスムーズに行くから、できれば過疎法の適用をさせてほしいという、本当に市町村の窮状を訴えられるところが多いんですが、一方、こういう法律が地方の窮状を支援する制度にはなっていても、なかなか自分たちで自立していこうという志の極めて高い市町村にインセンティブを与える制度になっていないところも事実でございますが、例えば、こういった国の陳情を今後出していかない、出さない宣言をした自治体に交付金の増額をするような制度があるとするならば、それはどのようにお考えかということを一点伺いたいと思います。 それともう一点が、私、今自民党の農業政策の担当者の一人として、様々なやはり人材育成、特に私たちと同年代の一次産業の従事者をどうやって担い手として育てていくかということを非常に悩んでおりますが、やはりどうしても農業育成に関しては、生産性とかあるいはマーケット戦略ということに非常に陥りがちでして、先ほど小布施町に行って私が感じたのは、やっぱり文化と農業の両方の感覚が私は一次産業の経営者に特に必要ではないか、そのように思っています。特に、そういった文化を農業経営者に持たせるための具体的な施策というのを町で考えていらっしゃるのかということを伺いたいと思います。 それは、今、たまたまなんですが、小布施ワイナリーの御子息が今北海道の余市町に来まして、北海道でワイナリーを設立をして非常に注目を集めています。やはりそこには、北海道の農業の強みということはもちろんありますが、何となくやはり小布施で育ってワイナリーの経営をされている方が長野から来たということに対して非常に着目をされている経過がありまして、やはりこの文化という部分を若手の農業従事者にどのような形で教えていらっしゃるのかということについて伺いたいと思います。
○参考人(市村良三君) 長谷川先生には大変小布施町はお世話になっていまして、ありがとうございます。 国に陳情ということなんですけれども、まあ陳情というよりも御相談が多いですよね。国道をこういうふうに町の人は思っているんですけれどもどうでしょうかというようなことで、相談が多いということと、それから、やっぱりちょっと見極めていただきたいみたいなところがありますよね、自治体を。やっぱり、その地域によって違うんでしょうけれども、こういう方法を取っているところがあるので、そういうところはどっちかといったら了とするみたいなことはあってもいいのかなという感じはいたします。それが第一の御質問です。 それから、農業育成ということですけれども、私も同感なんですね。余り食料とか、そういうことばっかりで考えていちゃいかぬのだぞこれはというふうには思いますね。日本の貿易額にとってそう大きな金額でもない、まあ食料をそういうふうになめちゃいけないということはもちろん分かっていますけれども、でも、自給率とかそういうことばっかりで論じちゃいけないものだろうというふうには思っています。 文化ということなんですけれども、これはやっぱり多くの企業と協働することによって生まれてきますね。例えばJR九州であるとか、例えば新宿高野であるとか、そういう企業ですね。そういう中で、どういう形でその文化性をそこに醸すんだということを、農業を実際やっていらっしゃる方が一緒になってそういうところのいろんな形を受け継ぐというようなことですね。 今度、スーパーを農業地の真ん中に誘致をしたわけですけれども、これは農業振興ということを目的にお願いをしたいということで、今、もう本当に、何というんでしょうね、近郊型というんですか、周り型ですね、町部にもないと、それとも全然違う、農村型のもので農業振興をやっていただきたいと。これに極めて反応をしていただきまして、小布施で作ったものを三十店舗に全部流したりとか、そこで加工とかそういう付加価値を付けることをやってみたい、そういう商品を小布施モデルとして作りたいという。 そういうようなことで、やっぱり何事にも、全体がこうだからああだみたいな話ではなくて、一つ一つのモデルみたいなことを、どこの町、村にもあるはずなんですよね。それをちゃんと見極めてということはお願いをしたいところだなというふうに思います。
○長谷川岳君 ありがとうございます。 ─────────────
○委員長(福岡資麿君) 質疑の途中でありますが、この際、委員の異動について御報告いたします。 本日、石橋通宏君が委員を辞任され、その補欠として斎藤嘉隆君が選任されました。 ─────────────
○委員長(福岡資麿君) 引き続き、質疑を続行いたします。質疑のある方は挙手をお願いします。 ツルネンマルテイさん。
○ツルネンマルテイ君 民主党のツルネンマルテイです。 私は、橋本参考人に一つの質問をさせていただきます。 実は、この質問の内容そのものは市町村の活性化についての質問ですけれども、なぜこれを橋本参考人にするかというと、自分の県、高知県の中でいろんな市町村の活性化の取組をよく知っている、一つの市だけではなくて、よく知っていると思います。 そして、この活性化の場合は、その発想というかアイデアがどこから出てくるかという問題ですけれども、いろんな方法があるんですね。例えば、首長選挙のときは候補者が、自分が当選されたらこういうことで活性化を図ります、あるいは議会の方からもアイデアがあるかもしれません。あるいは市民の方からも、いろんな市民団体の方からも発想とかアイデアがあるかもしれません。 こういうことではなくて、よそからもしその活性のアイデア、発想が出てくると、これをどういうふうにその町が扱うべきかということですね。よく、例えばよそ者がその町に住み移して、そしてそこで外から見た目で全く新しいアイデアを発想して、それで少なくとも小さい町はこれで非常に活性化した。あるいはもう一つは、こういうプロの形でまちづくりのプランニングのグループが来て、そして自分たちが提案する。 私の質問の関心は、もしこういうふうにこの二つの方法で、よそから、よそ者から、あるいはそういう専門家のプロの方からの活性化はどのくらいの成功率があるか、あるいはそれは、橋本参考人がこういうよそから来るアイデアをどう思っているかという質問です。 お願いします。
○参考人(橋本大二郎君) そうではない、答えが間違っているかもしれませんが、私は成功率はゼロ%ではないかというふうに思います。 外からの意見というのは、身内の物の見方を変えていくという、意識を変えていくということには非常に役に立ちます。というのは、日本語で言えば、思い込みと思い入れというのが違いますよね。地域に対して、自分たちのふるさとに対して思い入れを持つということは当然必要なことです。だけど、大体その思い入れが思い込みになってしまって、ほかから見るとおよそ面白くないものを、いや、うちの自慢なんだと言って自慢しているような事例が非常にたくさんあります。ですから、そういう思い込みを目覚めさせて、もう一つ、一皮むいた次のステップに進めるという意味では、外からの意見というのは非常に重要だと思います。 だけど、それが本当に形になって、物づくりでも、また地域に人を呼んでいくような新しいサービスでも、そういうものにつながっていくかというと、なかなかそこまではいかないのではないかなと。そこは、その最初のきっかけと後の運動の組合せですけれども、やはり地域の人たちがきちっと理解をしながら動いていかないといけない。 また、いろんな意見を外からもらうにしても、ほかの地域でこういう成功例があるからやってみたらというような絵を何か企画の代理店みたいなところが作ってきても、それはもうほとんどゼロ%だと思います。やはり地域にあるもの、先ほど小布施の市村さんがおっしゃっておられるように、地域にあるやっぱり伝統とか文化というのをどうやって磨いて、それを物の価値にしていくか、地域の価値にしていくかということが必要だと思いますね。 高知県の場合に一番有名なのは馬路村という、もう人口が千人ちょっとの小さな村ですけれども、元々ユズを作っていたということで、そのユズの果汁が余ってしまったときに何か使い方がないかというので、「ごっくん馬路村」というジュースだとか、「ゆずの村」というユズポン酢を作って大きな成功を収めたという村があります。 そこは杉の産地でもございますので、宣伝になって恐縮ですが、私いつも持っておりますこのバッグは、杉の間伐材を薄くむいてそれを張り合わせて作っております。これも馬路村のつくっております株式会社のエコアスというところが売り出しているものですが、単に木の製品というだけじゃなくてデザイン的な価値を付けて世界の市場にも、また東京の市場にも出ているというもので、つまり、やはり何か地域に根差したものがないと、そのことに地域の人が目覚めて、そこにいかに付加価値を設けていくかということがないと、外に売っていくにしろ、その地域に外から来てもらうにしても、なかなか成功例というのはないのではないかと、自分の経験では思います。
○ツルネンマルテイ君 ありがとうございました。
○委員長(福岡資麿君) それでは、他に質疑のある方は挙手をお願いいたします。 それでは、中山委員より発言を求められていますので、質疑をお願いいたします。
○中山恭子君 橋本知事にお伺いいたします。 もちろん、今の中央政府の在り方が全ていいとは思っておりません。縦割りが余りにもしゃくし定規だったり、いろいろございます。例えばなんですが、社会保障関係を地方に任せるということが可能とお考えでしょうか。ある県によっては非常に豊かな社会保障が得られるとか、そういったことで、それぞれの地域が特徴を持つということは非常に重要なことだと思っておりますが、迷っていますのが、社会保障などを任せた場合、どういう状況が出てくるかなというのがつかみ切らなくて今迷っているところなんですが、もしお考えがあればお知らせいただきたいと思います。
○参考人(橋本大二郎君) 大変逆質問して恐縮なのですが、その社会保障制度ということで、イメージというか、おっしゃっていらっしゃる具体的なものは例えばどういうものを指していらっしゃいますか。
○中山恭子君 年金問題などは非常に難しい問題があると思いますが、医療関係ですとか、子供の手当ですとか、老後の世界とか、そういったことについて地方にお任せした場合、今も相当それぞれの地域でやっているはずでございますが、どういう状況が出てくるか、お考えがあったら教えていただきたいと思います。
○参考人(橋本大二郎君) 答えを逃げるようで恐縮ですが、基本的には先ほど言いましたように、やはり国レベルで、何を国で持つ、何を地方に分散させるかということをきちっともう一度議論し合うことが必要だと、まず大前提としては思います。 今お話があったうちでは、やはり年金は分散化さすことは無理だと思いますし、すべきではないと思います。ただ、医療ですとか子供に対することだとか、先ほど乳幼児の医療費の無料化のことを事例に挙げましたけれども、そういうものはかなりばらつきが出て、それが本当に福祉というテーマでいいのかということは疑問に思われる方はいっぱいおられると思います。だけど、やはり地域の実情、さっきの物づくりの伝統文化ではないですけれども、やはり暮らしのその一番根っこにあるものというものと結び付くような施策があることによって、単なる財政支出に終わらずに、それが効果的な政策になってくるという場合が医療にしろ福祉の関係にしろ非常に僕は数多くあると思いますので、なるべくそれは分散する方向でお考えをいただいたらいいのではないかなということを思います。 今話題になっていることでは、あと生活保護をどういう形でやっていくかと。これは地方に任すというときに財源の部分とその運用の部分がございますので、生活保護などについて地方に財源をということはとても今の現状では無理な話だと思います。そういうようなお話が一時期ございましたけれども、非常に無理な話だとは思います。だけど、運用の中でいろいろ地方の創意工夫を加えていくということは十分可能だと思います。今ちょっと制度的にどこまでができてどこまでできないかということは分かりませんけれども、そういうことも、これはこれだけやっぱり議論になってきている問題の中で、私、十分勉強していないので分からないんですけれども、かなり融通性を持たせるべき時期に来ているのではないかというふうに思います。
○中山恭子君 ありがとうございました。
○委員長(福岡資麿君) 他にございますでしょうか。 鈴木寛さん。
○鈴木寛君 お三方、どうも今日はありがとうございます。 今、橋本前知事のお話もございましたのでちょっと伺いたいんですが、私もどういう行政を国がやり県がやり市町村がやりということをきちっともう一回議論し直すべきだということについては全く大賛成なんですが、さらにそのときに、私は割と文教をずっとやってきているんですけれども、やっぱり適正教育行政単位という、こういう議論をいつも議論しています。 このことは恐らく適正医療行政単位とか、あるいは適正まちづくり単位とか、こういうことに読み替えられるんだと思うんですが。つまり、世田谷区は八十七万人です。しかし、市区町村です。結局、永田町では何か、国と県と市町村と、こういう議論をするわけでありますが、あるいは横浜市の人口とまさに宮古市の人口、これは政令市ということはありますけれども、それにしても、何十万という市もあればそうでない市もある。これを同じ市と議論することにもう既に私は無理があるというふうに思っていまして、例えば義務教育段階の行政ですと、人口規模でいうとやっぱり三十万から六十万ぐらいが割と適当なサイズだといういろいろな報告があるんですけれども、そうしたやはり大都市圏とそれ以外と。それからさらには、北海道や鹿児島や離島や、まあ高知などもそうだと思いますけれども、あるいは岩手も岩手県一つで四国と同じだけの面積があるわけで、そういう中山間地、三つぐらいに分けてやっぱり議論をしなきゃいけないんじゃないかなというふうに思っていまして、それぞれお三方に伺いたいということなんです。 それからもう一つ、国と地方の対等ということをおっしゃったんですが、私全くそのとおりだと思いますが、私、先ほど市村参考人からもそういうお話があったかと思いますが、県と市町村との対等ということも同様に重要ではないかと。むしろ、そこの上下関係の方が昨今いろいろな場面で障害になっているようなことも私見受けられますので、その辺りのお話。 それから、今日お配りをいただいたこの「小布施 まちづくりの奇跡」という本の中で癒着ということについて書いてある部分があって、それを受けて御質問させていただくんですが、結局、行政とかあるいは法律というのは、平等というものを推し進める社会的な装置ですよね。そうなったときに、やはりどうしても形式的平等というものが、法律やそれをつかさどる行政ということに任せておくと、そのことがあるとき行き過ぎるときがあると。やはり、正義にかなう不平等といいますか、違う取扱いと言った方がいいと思いますけれども、そういう問題をどういうふうに補整するかというものをもう一つ持っていないといけない。 これは、基本的には、例えば四年間選ばれた首長というのは、まさにその正義にかなう不平等取扱いを実施する権限と権能を与えられていることになっているはずなんですけれども、しかしながら昨今、それぞれの首長や、まあそのことをオーソライズするのは議会ですけれども、それについてやっぱりかなりいろいろな意味でのチェックといいますか、個別のチェックというものがあって、それがこの平等にもとるのではないかというようなことがあります。 例えば、ちょっと、ある県で県知事さんが本当に市民の皆さんと御一緒に積み重ねてきて、まさに企画段階からいろんなプランニングをやってきたので、そこと一緒に組んで何かをやりましたと。恐らくそういうことをやっておられる。しかしそれが、ある別の市民オンブズマンから、要するに公正競争入札をやっていないではないかということの指摘があって、そしてそのことがメディアでもある程度報じられて、もちろん県議会でも一部問題になって、積み上げてきた議論がそこで少し今、まあ頓挫はしていませんけれども、ペース、スローダウンをしているという事例があります。 こういう問題をもう少しちゃんとアジャストしないと、結局は、今日お集まりいただいた方々はそうしたことを乗り越えて、そしてすばらしい試みをしておられるすばらしい方々に今日はお越しいただいたんですけれども、多くの行政やあるいは選ばれた首長であっても非常に、何かすると結局いろいろな、まあ百点ということはありませんから、そうすると、少数派ではあるけれども非常に声の大きな人たちへの対応にいろいろなエネルギーを取られてしまうと、こういう悪循環に少し陥っているようなところもあって、話は漠としておりますけれども、それぞれ、今のどの点でも結構ですので、御感想を賜れば幸いでございます。よろしくお願いいたします。
○委員長(福岡資麿君) それでは、まとめてお答えください。
○参考人(橋本大二郎君) まず、最初の適正な行政単位ということは、おっしゃったように三つぐらいのやっぱりブロックに分けて考える必要があると思います。今、教育のお話をされましたけれども、保健医療圏域なども非常に、例えば神奈川県と高知県というようなことでいえば、相当無理のある制度だろうというふうに思いますので、こういうこともきちっと私は今おっしゃったような形でやり直す必要があるんじゃないかということを思います。 それから、国と地方だけではなくて県と市町村の対等が必要だというのは、非常に耳が痛いんですが、そのとおりなのです。 自分の言い訳で言いますと、県の仕事を市町村にお願いをしていこうと、お願いと言うとおかしいですけれども、やりませんかと言っても、なかなかやっぱり手が挙がってこないということがあります。これは、本当にやりたいものを回していないからだという御意見もあるだろうと思いますけれども、やはり人の問題が一番だと思います。今、市町村は一人の職員がもういろんなものを担当していくという状況になっておりますので、その中で、本当に県から下りてきたものを、やりたい仕事でもできる状況かということがありますので、それは公務員制度の中の給与の問題だとか、いろんなことも技術的には絡んできますけれども、こういうことをもっとやりやすいような形に、労使関係も含めてなんですけれども、やっていかないとなかなかうまくいかないなというのは実感として思いました。 最後におっしゃいました、四年間選ばれた首長の権限というのは、もうまさにおっしゃるとおりでございます。 私、競争入札というものがある限り地域の文化はもう次々と崩れていくだろうというふうに思います。というのは、安かろう悪かろうで一番入札価格の安いところがとにかく取っていくということになれば、文化的な施設でも何でもごくつまらないものばっかりが全国に広がっていくということになります。四年間与えられた権限というものは、まさにそういうところも含めて有権者に判断をしていただいて、四年後にこいつの判断は駄目だということで次の人に替える、経営者を替えるというような制度、仕組み及び国民の意識に変わっていかなきゃいけないというふうに思います。
○参考人(山本正徳君) まず、基礎自治体の問題でございますが、制度上、国とか我々の側から見ればやはりどこかでまとめなきゃならないのかなというふうな思いもありますが、やはりそこに住む住民の方々、それから基礎自治体のどういう形にするかを見れば、なかなかどういうまとめ方をしたらいいのかちょっと私自身も今の時点ではよく分からないというのが実態であります。 それから、いろんな、あると思うんですが、自分が選ばれてどうの、そのシステムのことですけれども、やはり橋本先生と同じように、必ずしも競争入札だけがいいのではなくて、我々のところもいろんな施設によったりいろんな場合に応じて総合評価してみたり、いろんなことをやりながら、自分たちのまちづくりの中でいかに自分たちの町らしくするためにはというようなことは考えながらやらせていただいております。 それから、県と市町村ですけれども、私の岩手県の場合は、今は、私は宮古市をあれしていますけれども、県とはほとんど対等でいろいろお話合いをさせていただいております。特にこの震災がなってからは、いろんな復興に関しては必ず連携するような形でお互いに話し合いながらやらせていただいて、いい関係にあるというふうに思っております。
○参考人(市村良三君) 規模の問題というのはとても難しいんですけれども、私、何度か繰り返させていただいていますけれども、やはり何百万人その地域と言われるところにおいでになろうとも、やっぱり私一人ここにいますよという、そういう存在証明みたいなものはとても大事なことではないかというふうに思っております。 それから、県と市町村の問題はもう全くおっしゃるとおりだというふうに思います。 それから最後の、とても悩ましい問題であるんですけれども、やっぱりそうしないと特色は出ないというところはやっぱりあります。橋本先生おっしゃった、文化がもうなくなっていってしまうというところは確かにあろうかと思います。それはもう本当に、審議会が決めただとか逃げないで、自分がこうだということを責任を明確にしながら申し上げていくしかないというふうに思っております。 以上です。
○委員長(福岡資麿君) 他に質疑のある方はおられないでしょうか。 他に御発言もないようですので、本日の質疑はこの程度にとどめます。 この際、参考人の方々に一言御礼申し上げます。 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手) 本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十三分散会