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180回国会参議院2012/05/16

憲法審査会 第5号

発言数
86
登壇者
17
会派数
7
開催日
2012/05/16

会議録

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ただいまから憲法審査会を開会いたします。  日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する調査を議題とし、「東日本大震災と憲法」のうち、大震災と国家緊急権について参考人の方々から御意見を聴取いたします。  本日は、上智大学法科大学院教授高見勝利君及び駒澤大学名誉教授西修君に御出席をいただいております。  この際、参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。  本日は、御多忙のところ本審査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。審査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。  これまでの経験を踏まえた忌憚のない御意見を賜り、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。  本日の議事の進め方でございますが、高見参考人、西参考人の順にお一人二十分程度で順次御意見をお述べいただいた後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。  なお、御発言は着席のままで結構でございます。  それでは、まず高見参考人にお願いいたします。高見参考人。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 本日は、陳述の機会を賜り、ありがとうございます。  早速本題に入らせていただきます。  ここでは、大震災との関連で国家緊急権について論ずることであるというふうに理解しております。したがいまして、私の陳述では、有事とか周辺事態とかテロといった対外的な問題との関連でこれを論じるものではないということをあらかじめお断りしておきます。レジュメに沿ってお話しいたしますが、事務局で作成していただいた資料を適宜参照しながらお聞きいただければと存じます。  さてそこで、まずここでの話の前提として、国家緊急権と言われるものの意味について述べておきます。あらかじめこの言葉に定義を与えておかないと、議論が混乱するおそれがあるからであります。  憲法学では通常、国家緊急権について次のような定義を与えております。すなわちそれは、戦争、内乱、恐慌ないし大規模な自然災害など平時の統治機構では対処できない緊急事態において、国家権力が国家の存立を維持するために、憲法、具体的には人権の保障と権力の分立でありますが、これらを一時停止して非常措置をとる権限を意味するというものであります。その特徴は、緊急時において憲法を停止し、平常時とは異なる権力の集中と人権の制限を可能とする点にあり、この強大な権力の下で、政府が法律に代わる命令を発する立法権を掌握し、停止中の人権に対して平常時では到底許されない強い制限を加えることが可能となるということであります。  次に、我が国において、憲法を改正し、この国家緊急権を明記すべきか否かということが問題になります。  この点について、政府の憲法調査会以来、積極、消極両論があり、その理由付けは多岐にわたりますが、煎じ詰めますと、憲法にこれを明記すべきだとする主張の根拠は次の一点に集約されます。すなわち、深刻な国家危機に際し、そもそも通常の立法での対応では不十分であることからして緊急権の発動が要請されるが、しかし、それは濫用のおそれのある強権であるがゆえにしっかり憲法に明記しておく必要があるという点に求められます。  他方、憲法に明記すべきでないとする主張の論拠もまた次の一点、すなわち、そもそも憲法にとって自殺行為にもなりかねないこの強権について、いかにその発動要件を厳格に憲法に記したとしても、過去の経験からして決して歯止めとはならず、濫用の可能性の方が極めて高いので、現行憲法の許すぎりぎりの枠内で立法を整備し、事態に対処すべきだという点に求められるものと思われます。  このように対比してみますと、積極、消極いずれの論拠も、緊急権が強力な権力であるがゆえに濫用のおそれがあるという点で一致しております。両者の違いは、緊急権を憲法に明記しなければ立法レベルで対処できないか否かという点にあります。  国家緊急権について以上のように整理しますと、本日私に求められているのは、今回の震災を機に、大災害が生じたときにも緊急権により対応し得る体制を整えるために憲法を改正し、緊急権規定を憲法に導入すべきか否かについて所見を述べよというものだと考えます。  その場合、冒頭の定義からしますと、憲法にこれを明記することにより、災害時の緊急事態において、人権の停止をも含め現行法制下よりも大幅な人権制限が可能となる点が憲法上大きな論点となることに御留意いただきたいのであります。言い換えますと、そうした人権制約を掛けなければ事態に対処できないかどうかということが論点となるわけであります。  以上がこれからお話しする前提であります。  その上で、まず初めに、現行憲法が今回のような大震災を想定していなかったかどうかについてコメントしておくことにいたします。  よく今回の事態は憲法の想定外であったと言われますが、私の理解は全く逆で、憲法の起草に際し、地震等の大災害で緊急の立法措置を講ずる必要が生じた場合に備えて、憲法五十四条に参議院の緊急集会、同七十三条に政令への罰則の委任の規定が書き込まれた経緯からして、今回の事態は憲法の想定内であったと解すべきものと考えております。この点につきましては参考資料の中で述べておきましたので省略しますが、かいつまんで申しますと次のようになります。  緊急集会と罰則の委任に当たるような規定はGHQ草案には全く存在しなかったということが起点であります。そこで、政府案の起草の際に、日本側から、我が国では毎年のように台風や地震などの大災害に遭っているが、そうした大災害が突発し、しかも衆議院の解散などで国会が開けないとき、緊急に立法措置等を講ずる必要が生じた場合にどうするかを争点化したわけであります。これに対してGHQ側は、当初、その場合には内閣が超憲法的な国家緊急権で対処すればよいと応答いたします。  そこで、日本側は、これから憲法を作ろうとするときに超憲法的な運用を予想するようでは、憲法に緊急権の定めが置かれていた明治憲法以上の弊害の原因になる、全てが憲法の定めるところによって処理されるようにすることがむしろ正しい道筋ではないかと反駁したのであります。この正論に対してGHQ側は反論に窮し、憲法五十四条の参議院の緊急集会と七十三条の政令への罰則の委任の規定が明記されることになったのであります。  昨年十一月、最高裁判所は裁判員制度に関する判決を下しておりますが、そこでは主として、憲法制定の経過、すなわち明治憲法上の裁判官による裁判という文言が現行憲法では裁判所による裁判という、一文字だけでありますけれども変更された経緯を精査し、国民の司法参加は憲法の想定する範囲内にあったと結論付けております。それと同じように、緊急集会と罰則の委任を明記した憲法の規定が置かれた経緯からして、大災害に伴う緊急事態は当然憲法の想定内にあったものと考えております。  しかしながら、もとよりこれで問題が解決したわけではないのであります。大災害が憲法の視野に入っていたというだけのことであります。問題は、この憲法上の枠組みの下で、とりわけ貴院の緊急集会も開けないような永田町直下の大震災が起こった場合どう対処するかということは立法上の課題として残されていたのであります。憲法上、この課題は第七十三条の罰則付委任立法の整備により対処すべきものとされております。  そして、それは、一九五九年の伊勢湾台風後、関東大震災級の災害が発生した場合にも対応し得るものとして立案された災害対策基本法、以下は災対法というふうに略しますが、第八章の災害緊急事態に関する制度として整備されたのであります。これにより、今回のような大震災はもとより、首都直下型の大震災についてもこの憲法の下で、とりわけ震災により国会が麻痺し、臨時会や緊急集会も開けない事態を想定した法体制が整えられているということになるのであります。  なお、念のために付言しておきますと、今回の震災で内閣は災害緊急事態の布告を発するに至らなかったのでありますが、しかし、それは三・一一当日、国会開会中であったため、政令の制定に必要な法百九条一項の国会が閉会中の要件に該当しなかったからであります。  次の話題に移ります。  三・一一の発災時、自衛隊という実力部隊を出すなら安全保障会議、以下安保会議と略しますが、を開いてしかるべきであったといった指摘がなされておりますので、この点について一言触れておくことにいたします。  安保会議を招集するには、法二条に定めのある重大緊急事態であることを要するのでありますが、そこでの事態としては、災害そのものではなく、災害に伴い生起する治安上の問題が想定されているということであります。そのことは、重大緊急事態に関する政府の国会答弁において、安保会議が地震対策をやるということではなくて、関東大震災で軍隊が投入されたような騒擾事態、つまり、仮に災害があっても、その治安の部分については安保会議で議論しなければならないということであります。  なお、関東大震災のときに発動された戒厳令でありますが、このときの戒厳令は、震災による混乱に付随して発生した治安問題に対して警察力では足りないために軍隊の力を借りた、いわゆる行政戒厳であったということであります。すなわち、それは緊急勅令をもって戒厳令の一部である第九条と第十四条のみが適用された事例であり、厳密には戒厳令による戒厳ではなかったということであります。  安保会議設置法上の重大緊急事態は、この行政戒厳に相当するような災害の混乱に付随して生起する治安上の問題であって警察力をもってしては対処できない事態、すなわち自衛隊法七十八条の治安出動に該当する事実を指示するものでありましょう。そうだといたしますと、今回の自衛隊派遣は、災対法に基づく災害派遣、原子力災害特別措置法に基づく原子力災害派遣であって治安出動ではありませんので、安保会議が招集されなかったのは理の当然であります。  ここでまた話題を変え、先般公表された自民党の日本国憲法改正草案に盛り込まれた緊急事態に関する規定について、憲法学から見て気になる点を三点ばかり指摘しておくことにいたします。  まず第一に気になるのは、緊急事態宣言の効果について定める第九十九条の規定であります。  同条第一項により、内閣は法律と同一の効力を有する、すなわち法律に代わる政令の制定権を保持するものとされております。そして第二項で、内閣が制定した政令について、事後に国会の承認を得なければならないとされております。  一見、入念な定めのように見えますが、しかし、国会が承認しなかった場合、すなわち政令が国会で不承認となった場合の扱いについて何らの定めも置かれていないのが気になります。この点、明治憲法は、緊急勅令について第八条第二項で、もし議会において承諾せざるときは内閣は将来に向かってその効力を失うことを公布すべしと明示しております。自民案に当該政令が不承認となった場合の規定を欠くのはどうしたことでありましょうか。  国会が事後に当該政令について承認、不承認の承諾をしなければならない理論上の根拠は、内閣が国会の立法権を奪い、暫定的にこれを行使したことにあるのであります。つまり、国会固有の権限である立法権を緊急事態の下で一時的であれ内閣が奪い、これを行使したのであるから、内閣は改めて国会にその承認を求めなければならないということであります。国会の側からすれば、その承認は、自己の権力である立法権を奪って行使した内閣に対してその免責を与えることを意味するのであります。したがって、その不承認は、法的に将来に向かって当該政令を失効させるとともに、内閣に政治責任を発生せしめる効果を有することになるはずであります。  そのような重大な効果が生ずる不承認に関する手続規定について何らの記載もないというのは極めて問題があるように思われます。  気になる第二点は、緊急事態の下では、宣言の対象となる地域の住民にとって一時的であれ憲法上の権利、自由が剥奪された状態に置かれるということであります。  緊急事態宣言の下における法律に代わる政令の狙いが平常時では加えることのできない憲法上の基本的人権の制限にあることは、国家緊急権の定義からして明らかであります。とりわけ自民案の場合に、既に公共の福祉というこれまで憲法が用いてきた人権制限の限界を画する概念を破棄しておりますので、新たに導入された公益及び公の秩序という概念がどの程度国民の権利、自由の制限の限界を指示する概念として機能するかは判例の集積を待って判断するほかありません。  ただ、明らかに予測できることは、国家が担うべき公共、ラテン語のレスプブリカに由来する公共の福祉とは異質の、民刑事上の公序、公益の概念がそのまま憲法上の人権制約の根拠に抜てきされたことで人権保障のハードルが顕著に低下するであろうということであります。したがって、平常時において既にその保障のハードルの低下している人権について、更に緊急事態宣言によって人権条項を停止し、政令によって無限の制限を加えるというのでありますから、ここではもはや評すべき言葉はありません。  このような危惧が生ずることを想定したからでありましょうか、草案は九十九条三項で、緊急事態宣言の下で制定される政令等による措置に際して、基本的人権に関する規定は最大限尊重されなければならないと明記されております。しかし、この規定は、緊急事態宣言の下では単なる紙切れにすぎないでありましょう。人権尊重を真剣に考えるなら、宣言が対象とする区域について時間的限定を加えた上で、事態の解消のためにどうしても制限しなければならない人権を限定列挙する形で定めるのがあるべき姿ではないでしょうか。例えばポーランド憲法は、第二百三十三条三項で、大災害が発生した場合の人権制限について、制限できる人権を経済活動の自由等に限定し、権力の行使が濫用にわたらないよう工夫を凝らすことなどしておりますけれども、そういったことを参考にすべきでありましょう。  気になる第三点は、自民党案の大規模な自然災害に伴う緊急事態について、さきに述べた安保会議設置法上の重大緊急事態ではなくて災対法上の災害緊急事態が想定されていると解した場合に生じてくる問題であります。  寺田寅彦は、災害は科学の力でもその襲来を中止させることはできないが、有事は是非とも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないものだという趣旨の名言を残しておりますが、災害と有事とでは、その性格はもとより、対処の方式も当然に異なってくるはずであります。  例えば、災害の場合には、被災地の首長が司令塔となり、知事、首相官邸が支援に当たるのが一番合理的であり、被災地域が広範に及ぶ場合でも知事が司令塔になるのであります。他方、有事は、その性質上、外交と不可分の関係にありますので、政府が一丸となって対処すべき問題であり、首相が司令塔となることは言うまでもないことであります。緊急権規定に関する憲法の在り方を通覧してみても、英米の憲法の下においてはもとより、成文憲法で緊急権について明記する大陸型の憲法でも災害と有事についてその司令塔が異なることを前提に法システムが構築されているように思われます。いわゆる立法事実に即した憲法や法律の規定の仕方からしますと、ドイツの基本法に見られるように、災害と有事を書き分けるといった工夫も必要ではないかと思うのであります。  最後に、現行憲法の下で大災害を含む緊急事態に対処するためにも基本法を制定すべきだとする提言についてコメントしておくことにいたします。  昨年の震災を機に、政府が緊急事態宣言を発し、政府と自治体が一丸となって迅速、適切に対処することができる緊急事態基本法を制定すべきだとする意見が強まってきていることは、多くの地方議会の意見書や請願書からも明らかであります。これらの提言は、ほぼ例外なく、〇四年五月の民主、自民、公明三党合意の実施を求めている点で一致しております。  三党合意とは、前年、民主党が国会に提出し、審査未了となった緊急事態への対処及びその未然の防止に関する基本法案を受け、三党間で交わした合意文書であります。そもそも民主党が〇三年に提出した法案の狙いは、有事立法の整備が図られる中で、緊急事態への対処に名を借りて政府が人権侵害を行う可能性も否定できないところから、有事、周辺事態、大災害といった事態に際しても国民の基本的人権は十分に保障されるべきことを基本法の形で明示することにあるとされております。すなわち、準憲法的性格を有する教育基本法の例に倣い、緊急事態の下においても憲法価値が損なわれることがないよう歯止めを掛けようとしたものと言えるでありましょう。  今回、急浮上してきた三党合意の実現が、この意味での憲法価値の実現、憲法保障型の基本法の制定を目指すものならば特に問題はないのでありますが、気になるのは、三党合意に明記された国家緊急事態の定義と災害との関係であります。すなわち、その定義として示された大規模な自然災害であって国及び国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が災対法の定める災害緊急事態といかなる関係にあるかという点が気に掛かるのであります。国家緊急事態と災害緊急事態が同じ事態であるならば、その場合、同一事態に対して基本法の上に屋上屋を重ねるように基本法を上乗せすることになり、二重に規定することの法的意味が問われなければならないことになるでありましょう。  しかし、改めて定義に着目してみますと、災対法における災害緊急事態とは、異常かつ激甚な非常災害が発生し、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼす事態を指し、他方、三党合意における国家緊急事態とは、さきに述べたように、大規模な自然災害であって国及び国民の安全に重大な影響を及ぼす事態を指すところから、両者は同一でないことは明らかであります。特に、後者の定義は大規模な自然災害が外部からの武力攻撃、テロリストによる大規模攻撃と併記されていることからして、安保会議設置法上の重大緊急事態のような事態、すなわち通常の緊急事態対処体制、それは警察法第六章の緊急事態でありますが、そうした通常の対処体制によっては適切に対処することが困難な事態を指すものと解されます。要するに、大災害に伴う治安の悪化により通常の警察力をもってしては対応し得ない事態を指すものと解するのが妥当であります。  大災害に伴う国家緊急事態についてこのように考えるべきだといたしますと、その枠組みとなる緊急事態基本法は、自衛隊の治安出動に対し、三党合意にあるように、日本国憲法の保障する基本的人権が最大限尊重されなければならず、人権の制約も必要最小限のものでなければならないという当然のことわりを明示する教育基本法型のものを意図していると解することができようかと思われます。  ただ、地方議会の意見書や請願書では、そうした事態に対して政府の迅速かつ適切な対処の必要が強調されていることからいたしますと、災対法のような罰則を備えた自己完結的で強力な治安対策型の基本法の制定が意図されているようにも思われるのであります。いずれの型の基本法の制定に向かうのか、これからの国会での議論に注目してまいりたいと思うのであります。  以上で私の意見陳述を終わります。  御清聴ありがとうございました。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) どうもありがとうございました。  次に、西参考人にお願いをいたします。西参考人。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 本日は、このような機会に参考人として発言をさせていただく機会を得たことを非常に光栄に思っております。  時間が限られておりますのでちょっと早口になるかもしれませんけど、資料を見ながら説明をさせていただきたいと思います。  まず、私、書いたこととの関連で、高見先生とちょっと違う点、二つだけ最初に申し上げておきたいと思います。  一つは、災害緊急事態、これを発動すべきだったかどうか。確かに、現在の災害対策基本法では、この該当要件、要件に該当した措置かと思いますけれども、しかしながら、やはりこの災害緊急事態というものを発する、そして緊急災害対策本部を設ける、この方が国家の災害緊急事態、特にこの間の大震災、これは極めて甚大だったわけでありますから、そこでまずそういうものを布告し、そして本部を設ける、こういうことは十分可能であったし、そうすべきではなかったか。これは佐藤正久委員も前に参議院の予算委員会で御指摘なさっていらっしゃるところであります。要するに、政治的効果は非常に大きいはずである、国家がやっていくんだ、国民に是非協力をいただきたい。  それからもう一つ、安全保障会議の重大緊急事態、これはやっぱり招集すべきであったという私の考えでありますけれども、これは何といっても自衛隊、自衛官を十万以上招集をしたわけであります。そして、いろいろ防衛体制で少し問題が出てくる。そこで、そういう、国家的にどういう措置をとるか、まさに国防の最高の機関である安全保障会議で重大緊急事態というものを発することによって、自衛官のモラール、士気と、それから対外的な意味においても非常に違う。事実、当時、ロシアとか中国、こういったところから空域、海域へのいろいろ偵察行為もあったというようなことからして、やはり私は必要であったのではないか。  それから、憲法の五十四条二項、三項との関連でありますけれども、これはやはり平時における問題であって、非常な災害事態においては、これは五十四条二項、三項では対応できない、ここがちょっと違いだということを申し上げておきたいと思います。  以下、A4判の私の方の、これ時間の関係で後でどこまで資料に沿って御説明できるかどうか分かりませんけれども、まずこの提言というところから申し上げたいと思います。  これも緊急権の定義、これは、私のこの今日の皆様方お手持ちのものであれば、芦部先生の定義を用いたわけでありますけれども、ちょっと先生と引用文献は違うかと思いますけど、三十ページですね、戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限を国家緊急権という。  そこで、今日の私のテーマでありますけれども、自然災害というものが中心でありますけれども、しかしながら、やはり国家緊急権というものを考えていくと、それだけをなかなか切り離すことができない。まさに、芦部先生の国家緊急権の定義の中で考えていかなきゃいけないのではなかろうか。ただ、非常に広くして戦争まで行くとこれは問題なので、大規模な自然災害を中心としつつ、しかしこの芦部先生の定義の緊急権、こういったものにも触れていきたいと、こんなふうに思うわけであります。  さてそこで、憲法というものをどんなふうに考えればいいか。そこで、提言の(1)でありますけれども、私は憲法というものをこんなふうに考えているわけであります。  それは、すなわち、皆様方のお手元のものであれば三十九ページを御覧になっていただきたいと思うんですけれども、三十八ページから三十九ページ、これは実は私なりの憲法の家というものを考えてみたわけでありますけれども、細かいことは省略いたしますけれども、要するに、過去、現在、未来があって、我々は一つの憲法の家に住んでいる。そして、そこには個人、家族、地域社会、コミュニティー、地方自治体、国家というものがある。それらがやはり一つの国というものをつくっている。そして、自然環境、国際社会というものがあるわけでありますけれども。  何を申し上げたいかというと、どうも日本の憲法論というのは、国家権力を規制する、それが憲法だと、こういうふうに考えられてきているわけでありますけれども、私の考え方は、それはちょっと古い、絶対王政の十八、九世紀の考え方であって、今やもう大衆社会、もう選挙権も全部持っているわけでありますから、要するに、国の形というものをどんなふうに我々自身が、国民が国家権力というものと一緒に国というものをどういうふうに形成していくか、こういう中で憲法というものを考えていかなければいけない。  そこで、この私の家からいうと、個人がいて、家族、社会の基礎単位としての家族、それから地域社会、コミュニティーというもの、連帯というものに結ばれたコミュニティー、そして地方自治体、これは、三十九ページの上の方が住民の権利とありますけど、住民の福利を第一に考えるというようなこと、そして国家と。こういうものをやっぱり我々自身が、国民も一緒に考えていく、その基本法が憲法である、そういう認識で私は憲法というものを考えている。要するに、戦後憲法のどちらかといえば主流という、国家権力を規制する、これだけではない、これももちろん当然であります、しかし国家の一単位である、こういうことから考えていく必要があるんではなかろうかということであります。  それから、(2)でありますけど、提言。そうすると、憲法というのは何なのか。憲法の真価というのは、平時だけではなく、有事において、いや有事においてこそ発揮されるべきではなかろうか。我が国の憲法というのは平時憲法であります。有事を考えておりません。そういう中において、本当に国家の存続、それからまた国民の生命、身体、自由、財産、守っていけるかどうか、そういうところに憲法の真価があるんだ。私は、今の憲法というのはそういう面においてまだまだ考える必要があるんではなかろうかというふうに思うわけであります。  そして(3)、これはすなわち、そのためには憲法を改正しなければいけません。国家緊急権規定を導入すること、これは私は必要と考えております。  そして、(4)でありますけれども、憲法にまず規定を導入する。まず憲法、それから高見先生はちょっと否定的でありましたけれども、国家緊急事態基本法、そして更に個別法、災害対策基本法とか武力攻撃事態法とか、そういうものを強化する。そういう三層構造によって、いわゆる非常な災害対策を含めた緊急事態というものに対する対応ができるんではないか、こんなふうに思うわけであります。  そして、なぜ憲法というものにこの緊急事態を入れるのをちゅうちょしてきたんだろうか、なぜ憲法改正を考えなかったんだろうか。そこで、本当に時間が限られておりますので、十七ページから、これ私かなり苦労したわけでありますけれども、簡単に表を見ていただきたいと思います。  これは、十七ページのものでありますけど、各国の制定年と改正の実際を見ました。下線部分を中心に行きたいと思うんですけど、日本は新憲法、新憲法と言われていますけど、今や、私、百八十八の成典化憲法を調べたところ、古い方から十四番目で、しかも無改正であります。これを御覧になれば分かるように、世界の憲法はかなり頻繁に改正しているということであります。  そこで、十八ページ。ここでは下線部分、ネルー・インド初代首相はこういうことを言っております。下線だけを拾い上げます。憲法を固定的で永続的なものにしてしまえば、国家の成長と活気のある生き生きとした、そして有機体としての人々の成長を止めてしまうことになるだろう。もし諸君がこの憲法を抹殺したいというのであれば、憲法を本当に神聖で不可侵なものにすればよい。この憲法を神聖化するということは、すなわちこの憲法を抹殺するんだと。こういうことをネルーが言っているわけであります。  それから、どんどん行って誠に申し訳ないんですけれども、憲法の成立過程について、高見先生の論考なんかを拝見しますと、きちんと対応できるというふうにおっしゃっていらっしゃいますけど、憲法の成立過程そのものについて宮沢俊義教授が非常に本音を言う、ここで見方を披露なさっていらっしゃいます。これをちょっと読みます。憲法全体が自発的にできているものではない、指令されている事実はやがて一般に知れることと思う。重大なことを失った後でここで頑張ったところでそう得るところはなく、多少とも自主性をもってやったという自己欺瞞にすぎない。下線ありますけど、宮沢俊義先生ははっきり、今の憲法は非自発的、非自主的、自己欺瞞、こういうことをおっしゃっていらっしゃるわけであります。  それから、次の十九ページ以下でありますけれども、世界の現行憲法と平和主義条項及び一九九〇年以降の新憲法における国家緊急事態対処規定保有を少し調べてみました。これも世界百八十八か国、全部私ちょっと大変だったんですけれども入手して、まず平和主義条項でありますけれども、十九ページの下線のところを御覧になっていただければと思いますけど、百八十八か国中、私なりに十七のカテゴリーを一応分けてみました。その中で、一項目でも規定のある成典化憲法国は百八十八か国中百五十七か国、八三・五%であります。その証拠として各規定を全部整理してありますので、これ右から左に写すときに三と八を間違ったとかそういうこともあるかもしれませんけれども、これが世界の状況でありまして、日本が唯一の平和主義憲法、これはとんでもない誤りであります。  それから次に、二十五ページを見ていただきたいと思うんですけれども、一九九〇年以降の新憲法であります。何とこれ、一九九〇年から二〇一一年まで二十一年の間に、世界では九十八の新しい、全く新しい憲法ですよ、作られております。そして、その中で、いわゆる国家非常事態対処規定を保有していない国は皆無であります。この国家緊急権の中には、当然、今議論のありました災害、そういったことも含めております。だから、そういうものを含めてここでは緊急権と言っております。  さてそこで、私、実は非常に不思議に思うことが次の二十六ページであります。日本共産党と憲法九条、これは原点に立ち返ってみると、日本共産党は次のようにおっしゃっていらっしゃいます。これはもう時間がないので下線部分だけを読みます。昭和二十一年八月二十四日、共産党を代表して野坂参三氏はこういうことをおっしゃっています。下線だけ。現在の日本にとって、今の憲法九条ですね、政府の憲法九条、これは一個の空文にすぎない。その次読みますけど、我々はこのような平和主義の空文を弄する代わりに、今日の日本にとってふさわしい、また実質的な態度を取るべきであると考えるのであります、それはどういうことかといえば、いかなる国際紛争にも日本は絶対に参加しないということであると。要するに、当憲法第二章は、今の九条でありますけれども、我が国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある、それゆえに我が党は民族独立のためにこの憲法に反対しなければならない。我々は当憲法が可決された後においても、将来当憲法の修正について努力するの権利を保留して、私の反対演説を終わる次第でありますと。はっきり今の憲法九条反対をおっしゃっていらした。まあこれは、この委員会は私の方からどうこう言う、質問を呈することはできないようでありますので、もし私に対する質問とか御意見があれば、これについて何か御意見をいただければ非常に幸いである。  それから、当時の日本社会党でありますけれども、これは、このとき一生懸命努力されました鈴木義男先生、芦田小委員会のメンバーでもありました。東北帝大の教授でもありました、行政法担当であります。下線部分。局外中立、すなわち、一局に入らない、そういう中立、殊に永世局外中立というものは前世紀の存在でありまして、今日の国際社会においてこれを持ち出すのはアナクロニズムであります、時代錯誤でありますということをおっしゃっていると同時に、ここでは書きませんでしたけれども、二十二年五月三日に、憲法施行記念日に、日本社会党中央理論機関誌では原彪先生は、一生懸命我々は努力した、でも駄目だった、そこで憲法を他日改正したい、あるいは森戸辰男先生も、このすぐ後にはっきりおっしゃっていらっしゃいます。ということで、高見先生、当時のことをいろいろお調べになられましたので、当時の状況もここでちょっと申し上げておきたいと思います。  それから、二十七ページ、二十八ページ、二十九ページでありますけれども、これは一九九〇年以降のものを調べて、これは私の著書の中から取ってきたわけでありますけれども、これは先ほどのと重複しますのでここでは省略をしたいと思いますが、ただ、将来の問題として、世界の一九九〇年以降においては、環境の権利・保護とかプライバシーとか、あるいは家庭の保護、今の二十四条ではない、家族が社会の一単位である、それから家庭の保護をやるとかあるいは政党条項等、これは結論としては、二十九ページのところにデータがありますけれども、非常に多くの国の憲法で最近規定されている。  さてそこで、どんどんどんどん時間の関係で早口になっていって申し訳ございませんけれども、三十ページ、国家緊急権に関する考え方等でありますけれども、時間がございませんので、国家緊急権の提言を申し上げました。国家緊急権に関する考え方いろいろありますけれども、ここでは二つだけ、三十ページのカール・フリードリヒとその次のコンラート・ヘッセぐらいを紹介させていただきたいと思います。  まず、フリードリヒでありますけれども、三十ページ。緊急事態に対処できない国家は、遅かれ早かれ、崩壊を余儀なくされる、憲法上の士気、モラールを危険にし、それゆえ憲法秩序を危険にするという理由から、このような緊急権に反対をする論者は存在しない。しかし、どうも日本の憲法学者はかなりいるようでありますけれども。それから、コンラート・ヘッセ、こういうことを言っております。憲法は、平常時においてだけでなく、緊急事態及び危機的状況において真価を発揮すべきものである、憲法がそうした状況を克服するために何らの配慮もしていなければ、責任ある機関には、決定的瞬間において、憲法を無視する以外に取り得る手段は残っていないんだ。  そして、小林直樹先生でありますけれども、緊急権をこの憲法に入れることについては反対でありますけれども、もし万が一の場合はどうか、それは抵抗できるんだ、しかし、この抵抗権は原則的に、武器をもってしない批判、討議、説得等の持続的な国民運動によるべきである、まだ遠いユートピアにすぎない。でも、やっぱり現実的な側面から我々は考えていかなきゃいけないので、ユートピア論を憲法に持ってくるのはいかがなものだろうか。だから、私が言うところの、ちょっと言葉はどうかなと思うんですけど、戦後はそういうユートピア的な議論といいますか、何か現実を無視したごっこ的解釈ということを「正論」に後で述べておりますけれども。  そういうことから、この各国の国家緊急権規定、これを見ていきたいと思うんですけれども、いわゆる国際人権規約と言われるものですね、国際条約。これを見れば分かりますように、国民の生命を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の存在が公式に宣言されているときは、この条約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この条約に基づく義務に違反する措置をとることができる。ただし、法の下の平等とかいうものは、これは駄目だけれども、しかし、制約は可能である、国際条約の中で言われておる。  そして、各国の憲法を見ると、先ほども言いましたように、ほぼ、多くの国で緊急事態法を設けている。三十二ページはアジア諸国、我が周辺の中国、中国はもう一党独裁でありますから、平時が有事と考えていいと思いますけれども、韓国とかロシアとか、あるいはヨーロッパのフランスとかドイツとか、多くの国で、あるいは中立国のスイス、スイスでは民間防衛、非常に発達をしております。「民間防衛」という本ですね、これ三十五ページの真ん中ほどありますけれども、我々はあらゆる事態の発生に対して準備せざるを得ないというのが最も単純な現実なんだということで、この「民間防衛」という本を各戸に配って、どうするかということを厳密にといいますか、かなり詳しく周知徹底している。  そして、最後に、三十五ページの(8)でありますけれども、結局、どんな場合、どの機関が、他機関の関与・承認、それから何を、ここに書いてありますとおり、抽象的な非常事態宣言から具体的な地域の限定、人権をどこまで制約できるか、そして期間の限定等々、各国の憲法の共通の条件はこういうものでありまして、自由民主党の日本国憲法改正草案はおおむねこの世界の動向に合致している、こんなふうに思うわけであります。  あと一分少々で、結論を申し上げますけれども、最後、三十七ページですね。この緊急事態の問題というのは決して今問題になったわけではありません。高見先生のは、これを奇貨として、これを幸いとしてやるというのではなくて、もうかなり前から内閣憲法調査会、これはかなり前、一九五四年のものでありますけれども、ここからも、このときは憲法に規定すべきとする見解が多数の見解であったとか、そういう流れで今来ているということであります。  そういうような流れの中で、大災害という問題でありましたけれども、いざこの国会そのものが崩壊したらどうなるのか、政府の中枢が崩壊したらどうなるのか、そういうことも含めて緊急事態といいますか、そういうことを憲法で規定する、そういうことは私は必要である、こういうことを最後に申し上げて、私の陳述を終えさせていただきます。  どうもありがとうございました。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) どうもありがとうございました。  以上で参考人の方々からの意見聴取は終了いたしました。  これより質疑に入ります。  本日の質疑は、あらかじめ質疑者を定めずに行います。質疑を希望される委員は、お手元にある氏名標を立ててお知らせください。そして、会長の指名を受けた後に発言をお願いいたします。発言が終わりましたら、氏名標を横にお戻しください。  質疑の時間が限られておりますので、一回の質疑時間は答弁及び追加質問を含め八分以内でお願いいたしたいと存じます。  参考人の方々におかれましても、答弁はできる限り簡潔にお願いいたします。  なお、御発言は着席のままで結構でございます。  それでは、発言を希望される方は氏名標をお立てください。  江田五月さん、どうぞ。

江田五月民主党・新緑風会

○江田五月君 今日は、高見先生そして西先生、お忙しい中、私どものためにお越しくださいまして本当にありがとうございました。また、有意義な御意見をお聞かせいただきまして心からお礼を申し上げます。  国家緊急権というものを一般的、抽象的に議論すれば、それはいろんな議論があると思いますし、私ども民主党も、結党以来、憲法について様々な議論を重ねてまいりました。その中で、今の憲法を神棚に上げてもう一切指を触っちゃいけないという、そういう態度は取らないということで様々な議論の中で、あるときは創憲と言ってみたり、いろんな、憲法を変えることにしり込みをしないという態度でやってまいりましたが、しかし、現実に憲法を変えるということになりますと、これはもう今の憲法が衆参両院三分の二以上の議員でこの発議をしなきゃならぬということですから、各党がそれぞれ俺が俺がと言っても始まらないということで、私どもは、自民党さんは最近も草案を作られたようですが、そういうものにまとめることはせずに、むしろ国会の中でどういうふうにすれば三分の二という多数が得られるのかということに心を砕こうという態度でこれまでやってまいりました。  そんな中で、国家緊急権についても、これは国家緊急権というものが憲法典の中に存在することは十分考えるべきテーマであると。しかし、今申し上げたように、そのことをテーマにして憲法改正を具体的な政治過程にのせるという、そこへどういうふうに行き着けるかという問題もありますので、私たちの取りまとめた憲法提言というものでは国家緊急権を取り上げてはおりますが、それほど制度設計を深く決めてしまうというところまでいっておりません。  一般的、抽象的にはそういうことでありますが、今回はこの参議院の憲法審査会のメンバーの総意として、東日本大震災という大変な事態が起きているわけで、それを各法制上どういう要件に合致するかという、これは細かな検討は要るかと思いますが、いずれにしても大変な事態が起きていることは事実で、この大変な事態と憲法との関係をよく考えてみようということで、基本的人権、そして統治機構、そして今日は国家緊急権ということを東日本大震災との関連で考えようということで今日に至っているということでございます。  それをまず前提にして、安全保障会議について、高見先生の方は、今回招集する要件に合致しないし、また招集しないことは妥当であった、その上で自衛官十万人を超える人たちに出動を要請して災害対応に当たっていただいたということで、それでよかったという御意見だと思いますが、西先生の方は、これは安全保障会議を招集すべきであったという、ここをもう少し掘り下げて聞きたいんですが。  今、西先生の御意見をお伺いした限りでは、一つは自衛官へのモラールを確立できたんではないか、もう一つは国民の安心感を確保できたんではないかということでありますが、私は閣内にいまして、自衛官の皆さんの仕事ぶりも、まあ霞が関からですからちょっと遠かったかもしれませんが、十分自衛官の皆さんはモラールを持って本当に必死になってやってくれ、そしてそのことが国民にも伝わって、自衛隊に対する国民の認識というのはこれを機会に随分変わったんではないかと思っておりまして、モラールの確保という観点から安全保障会議が必要だったということはどうなのかなと。  もう一つ、国民の安心感ということですが、西先生が設置法上安全保障会議を招集する要件を満たしておるというようにお考えなら、それはそれでいいのかもしれませんが、そうではなくて、そういう小さな要件のことなどにこだわらず、むしろ超法規的に安全保障会議を招集してやるべきだったというようにお考えだとすると、そういうその超法規的な運用というものが国民の安心感を確立することにプラスになるのかマイナスになるのか、その点もひとつお教えをいただきたいと思います。  そのほか、権限集中という問題について、例えば消防というものをこの場面に登場してもらうのについて、消防は自治体消防ですから、これは現実には今の状況の中で各消防署に内閣総理大臣なり内閣、政府が直ちに指示を出すということはできません。そういう仕組みの中で、しかし、私どもいろいろ知恵を絞って、東京都の消防庁にも働いていただいたとか、そういうようなことがあって、私は必ずしも今回の東日本大震災の中で、憲法上こういうところが不都合だから我々何もできなかったという点はないんではないかと思うんですが、今の国家安全保障会議のことと消防のこの動かし方について、済みません、ちょっと私の方がしゃべり過ぎましたが、お二人から御意見を伺いたいと思います。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ただいまもう既に十七名挙がっておりまして、時間的には三時半までということでございますので、その三時半になりましたら打ち切らせていただきます。御了承をいただきたいと思います。  順番に、できる限り各党バランスよく指名をしてまいりたいと存じます。  それでは、恐縮でございます。参考人の方、御答弁をお願いいたします。  お二人に御答弁をお願いしたいということでございますが、どちらから先に。

江田五月民主党・新緑風会

○江田五月君 どちらかといえば、高見先生の方は簡単で結構ですので、西先生、少し私の問題提起に。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) それでは、西先生から先にお願いいたします。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) ありがとうございました。  まず、重大緊急事態かどうかということですけれども、国民の安心とモラールと、それからもう一つは対外的な意味、これがあったかと思います。やはり、国家機関が重大緊急事態という、マグニチュード九という、チェルノブイリと同じあるいはそれ以上という、そういう事態というものをきちんと認識するというような意味において、私はこの要件にも該当し得るのではないか、こんなふうに考えております。  それからもう一つは……

江田五月民主党・新緑風会

○江田五月君 自治体消防をどういうふうにすれば動かせたかという話。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 自治体ですか。  要するに、自治体自身が、例えばこの現場では自治体そのものがもう崩壊した、こういう自治体もございましたね。そういうことじゃないんですか。

江田五月民主党・新緑風会

○江田五月君 ごめんなさい。その自治体の消防は、それはいいんですが、よその消防から持ってくる場合に、政府がよその消防にそのことを指示できないという体制の中でしかしやってもらった。それはそれなりの工夫をしてやったんです。それでいけないかということです。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) これはバックアップをしておくとか、そんなようなことはやっぱり必要ではなかろうかと。今後、そういう消防とかいう問題が問題になってくる場合にはバックアップをしていくというようなことでカバーし合っていく、こういうことが必要ではなかろうかなというふうに思いますけれども。よろしいでしょうか。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) まず、安全保障会議の方ですけれども、今回の事態のような場合に、仮に安全保障会議を招集してということになると、むしろ政府の方が設置法の解釈、運用を誤ったというふうなことになると思いますので、やはりそれは慎重であってしかるべきだったし、当然の措置であったというふうに思っております。  それから、消防をどう動かすかということでありますけれども、これは今回、消防に限らず、自治体がどういう形でこういった問題にかかわれるかということも関連したと思うんですけれども、やはり、こういう大災害というか大きな災害ということを前提にして自治体間の消防まで含めてのそういう協力関係というか、そういうものをきちんとやっておくべきであっただろうというふうに思います。  ですから、そこのところが今回うまくいかなかったということですので、当然それが反省材料になると思うんですが、政府としては、多分法的には口出しできないわけですから、当然そういったことをお願いするというふうなことでしかなかったのかなというふうに思っておりますけれども。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) それでは、次、魚住委員、お願いします。

魚住裕一郎公明党

○魚住裕一郎君 公明党の魚住裕一郎でございます。御指名ありがとうございます。  両先生、今日は貴重な意見、本当にありがとうございます。  それでは、まず西先生からお願いをしたいと思いますが、緊急事態に対処していくに当たって、いろいろ法体系を考える場合、個別法の制定と運用、あるいは、その上の一般法あるいは基本法で制定をしていく、さらには憲法典の中に規定をして、そして下位規範を作っていくと、いろいろ思考過程があると思いますが、この基本法なり一般法を含めて法律による対応では限界があるというふうに西先生はお考えなのか、具体的にどこにあるか御所見をお伺いをしたいと思います。  反対に、今度、高見先生にお伺いをしたいんですが、高見先生のお立場だと、緊急事態に対処するには基本的には法律レベルで対応できるというお考えになるだろうと思うんですね、いろいろ中身は吟味をしていかなきゃいけませんけれども。それを全て法律レベルでできるというふうにお考えなのかということがあります。  あともう一点、高見先生に教えていただきたいんですが、国家の緊急権というと、やはり立憲主義を守るために立憲主義を停止するというような、そういう非常に困難な問題になると思うのでございますが、近代立憲主義では、個人の尊重を、そこに価値観を置いて、基本的人権の保障を憲法そして国家というものもその機能を果たすというような考え方だと思うわけでございますが、さっき西先生の方からは、日本国憲法の家というような、そういう表現があったわけでございますが、そのような立場でいった場合、どのように国家というものを考えていくべきなのか、高見先生の御所見をいただきたい、御教示いただきたいと思います。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) まず、いわゆる既存の法体系だけでは駄目なのか、憲法でなぜ規定する必要があるのか、そういうことが私に対する大きな質問だと思うんですけれども、これは何といっても人権を制約する必要があります。非常に、いわゆる私が言うところの災害を中心にした緊急ということになると、大災害もそうですけれども、居住移転の自由とかいろいろ問題はあります。そこで、そういう緊急事態に対しては、重大な緊急事態に対しては、やはり国家が対応するためには人権もある程度制約が必要である。となれば、人権を制約するということになりますと、憲法で、まずこんな場合に人権が制約されますよということを憲法に規定することは非常に意味があるのではなかろうか、またそうしなければいけないんじゃないか。人権制約という、そういう点からやっぱり憲法に規定する必要があるだろう。  それからもう一つ、私の憲法の家をおっしゃられましたので、それに付随して申し上げると、自民党の案では、もしそういう場合は国と国民が協力して、そして国民の責務として、常に公益及び公の秩序に反してはならないとか、そういう場合は我々自身もやっぱり緊急事態に対応しなければいけない。  自民党の憲法案の九十九条の三項には、緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、法律は基本だと思うんですけど、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。いざという場合には我々も協力していくんだというようなことをやっぱり何か憲法で規定しておく方が私は本来あるべき姿ではなかろうか、私はそんなように思っていますけれども。よろしいでしょうか。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 二つ御質問をいただきました。  一つは、これは法律でもってどこまで対応できるのかということであったかと思います。  今回のテーマが大震災と国家緊急権ということでございまして、大震災に関して言えば、最初にお話しというか御報告申し上げましたように、少なくともその部分については憲法は既に予定していたということですよね。ですから、憲法に基づいて、その憲法の下で言わば法整備がなされればそれで対応できるということです。  これが九条絡みでどうするかということになると、これは当然、ですから九条の下での制約というのは現在ございます。ですから、現在の憲法の下で国家緊急権というのを法律でもって整備していくということは、これは限界があるということでございます。特に、それは公共の福祉との関係での限界というのは非常に大きいと思います。先ほど西先生もお話ししました人権保障との関係ですね。  それから、二点目でございますけれども、じゃ高見はどういう国家像を描いているのかということであるかと思うんですけれども、これは大変難しい問題で一言で申せませんけれども、西先生が出されている三十九ページの大きな家ですよね、これになぞらえて申しますと、これを見ながら思い出したことがございます。それは、日本国憲法ができたときに、これはGHQがかなり裏に回っておりましたけれども、国民に対して日本国憲法のイメージをこういう一軒の家のモデルを使って説明したパンフレットがございます。  それを見ますと、まず一番この場合ですと下ですけれども、ここに国民と書いてあるわけですね。国民の上に、次に地方自治体が乗っかります。その上に、三権に当たる国会それから内閣、裁判所という、三つのパーツを持ったそういう家というのをイメージするわけですね。多分、日本国憲法の国家イメージというのはそういうものであろうかと思います。つまり、国家は国民を基盤にして自治体それから三権の政府というか権力というのを置いていくと。これ、ひっくり返してもいいわけですけれども、多分そういう国家イメージというかを前提にしながら議論している。これは、私も基本的にそういう発想で議論しております。  以上です。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 次、西田昌司君。

西田昌司自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○西田昌司君 自民党の西田昌司でございます。  両先生、ありがとうございました。  それで、私は先に立場を明らかにしておきますと、今の憲法自身が制定過程においても内容においても憲法としてはふさわしくない、むしろ無効の存在であるという考えを持っております。  そんな中で、今非常事態、緊急事態の話が今日大震災に関連してあったんですけれども、高見先生にまずお伺いしますが、日本国憲法がこの非常事態、緊急事態を想定しているというふうにおっしゃったんですけれども、私にはとてもそうは思えないわけでして、特に一番の非常事態でいいますと戦争ですよね、侵略。これについて全く、憲法の前文で平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼するという形で宣言をし、そして九条で戦争を放棄するという形で、つまり、そういう国家の緊急事態については、占領されていますからGHQがそれはするんだ、国内のそういう内政についてだけやるんだという前提でそもそもの法律ができていると思うんですが、緊急事態もそういう意味では想定していなかったんじゃないかと。特に、戦争との関係ではそうでないかと思うんですけれども、先生の御意見を改めてお伺いしたいと思っております。  それから、西先生におきましては、先ほども紹介ありましたように、共産党と社会党の先人の先生方、大変立派であったなと今更ながら感心するわけですけれども、我々も、ですから、本来はこのおかしな、不備な状況であったものを、緊急事態も書いていないわけですから改正すべきであったんですけれども、そもそも改正しようとしましても、この無効のものを改正するとなると、無効のものを改正した瞬間、有効であったということに逆になってしまうのではないかと。むしろ、今自体が、実は憲法の仕組みの一番が、実際には九条があるにもかかわらず自衛隊ができていますから、その時点である種の無効、憲法を超えたことがなっているんじゃないか、実は本当はそこで憲法の効力自体が失われているんじゃないかと。あとは、今までの慣例により様々なものをやってこられているわけで、そういうことから考えますと、そもそも憲法自体が果たして必要であるのか、むしろ個別法で全て対応できるのではないのかという気もするわけなんです。だから、緊急事態も含めて個別法でできるのではないかという考えもあるんですけれども、これはどういうふうにお考えかということを西先生にお伺いしたいと思います。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 緊急権の問題ですけれども、典型的な国家緊急権の発動の仕方でありますけれども、これは基本的に軍隊というものを前提にしております。  日本の場合、明治憲法の下でもそうですけれども、典型的にはというか、国家緊急権というのはフランスがモデルになっていますので申しますと、基本的には軍司令官が、もちろんこれは緊急事態を宣言して戒厳をしく場合ですよね、戒厳をしく場合には、もう特定地域を限りますので、そこの軍司令官ですね、軍司令官が三権全部持ちます。そういう形で機能させるものですよね。ですから、当然そこは人権停止になっていますよね。権力を三つ、それを全部握ると。オールマイティーに持っちゃいますよね。  そういう意味での国家緊急権の規定、日本国憲法へ入れるはずがないですよね。つまり、九条でもって陸海空その他の戦力を持たないと言っているわけですから。ですから、それは当然持たなくて、しかしながら、災害のときのやはり緊急事態についてだけはともかく憲法へ入れてもらわなきゃ困るというのが日本側の要求だったんですね。ということで、今の憲法ができているということです。  ですから、それだけで私の回答はいいかと思いますけれども。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) まず、西田先生の今の憲法無効論でありますけれども、私は有効だと考えております。一応、明治憲法七十三条の手続を経ました。経たけれども、経て、その結果今の憲法ができましたので、やはり手続的には有効と見た方が私は素直な見方ではないかと思います。  しかしながら、GHQの非常に圧力があって、そして制定を余儀なくされたという意味において無効論も絶対ないわけではありませんけれども。それから、明治憲法とのかかわり合いをどうするのか。天皇主権から国民主権へ移った、じゃ、これは無効ではないか、いろいろ考え方があると思いますけど、その辺のところは余り深入りするといかがかと思いますけれども。そこで、学界では法的意味における八月革命説などがありますけれど、私は実は八月革命説を取っておりません。憲法改正無限界という立場を取っているものですから、一応、天皇主権から国民主権に変わっても、憲法改正手続を経ている以上は別に無効とは考えられないということで有効論を取っているということですので、基本的な立場を申し上げておきたいと思います。  それから、個別法についてちょっと分からなかったんですけれども、この緊急事態だけの個別法なのか。もう憲法全体が要らないんだ、憲法全体が要らないんだ──ああ、そうですか。  これは、やっぱり国の基本法としてのまず憲法というのがないと、ただ個別法、イギリスのように長い歴史の中で憲法典がないということも絶対ないわけじゃないですね。ニュージーランドもそうですしね。だけど、日本の場合は、今まで明治憲法があり日本国憲法がある、そういう中でずっとやってきましたから、いきなりイギリス型の、憲法は要らないんだということはちょっと私は賛成できないということで、やはりきちんとした基本法というものの憲法をまず制定する、そんな中でいろんな法体系をつくるという一つ法段階といいますか、そういうことがあるべき姿かなというふうに思っているということを申し上げておきたいと思います。よろしいでしょうか。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 次に、井上哲士君。

井上哲士日本共産党

○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。  今日は、大震災と憲法、国家緊急権というテーマでありますが、私どもの憲法九条に関することについて、制定当時の国会の議論の引用とか、また当時発表した憲法草案についての資料の提示も行われております。  一言だけ申し上げておきますと、当時いろんな党が案を出す中で、我が党として出したり議論をしたものでありますが、現在や今後の我が党の行動をこれを基準に図るものではないということは繰り返し明らかにしておりますし、二〇〇三年にたしか西参考人が憲法調査会時代に来られたときにも同じように申し上げているはずなんですが、また持ち出されるのはちょっとテーマからいってもいかがなものかということは申し上げておきたいと思います。  その上で質問をいたしますが、震災の政府の対応が不十分だということと絡めて改憲の議論があるのは、私は震災便乗だというふうに思っておるんですが、政府が行った、設置した事故調査・検証委員会の中間報告見ましても、その中で指摘されているのは、非常事態権限の欠如が招いたというよりも、現行の法や制度が本来予定していた組織や機能が適切に機能しなかったとか、それから権限が有効適切に行使されなかったことに問題があるという指摘をしているわけですね。  両参考人にお聞きしますけれども、今回の震災と原発事故について、憲法に非常事態条項がなかったことで政府として対応ができなかったという問題があるとお考えか、あるとすれば具体的にはそれはどういうことだったのか、お示しいただきたいと思います。  それから、憲法制定時には、やはり非常事態というものは想定をしたが、いわゆる条項については盛り込まなかったというのが高見先生からもお話がありました。  憲法制定議会のときの当時の担当大臣の金森徳次郎氏は、緊急勅令及び財政上の緊急処分は、行政当局にとりましては実に重宝なものであります、しかしながら、重宝という裏面におきましては、国民の意思をある期間有力に無視し得る制度であるということが言えるのであります、だから、便利を尊ぶか、あるいは民主政治の根本原則を尊重するか、こういう分かれ目になるのでありますと、こういう答弁をして、結果としてこの民主主義の根本原則を尊重する方式を取ったということだと思うんですが、私は、こういう当時の国会での議論は非常に重いと思うんですが、こういう結論に至った背景、そしてこういう結論に至った評価について、まず高見先生、どうお考えかと。  それから、西参考人については、これに関連して、先ほど、今回の震災、原発事故においてもいわゆる緊急事態などを使うべきだったと。それは対外的な意味とか自衛官のモラールにかかわる問題だということは先ほど御答弁もあったと思うんですが、そうしますと、一旦憲法に緊急事態条項というのを設置をすると、自衛官のモラールとか対外的な意味という理由において、国民の人権を制限したり国会の立法権を一時停止をするということにつながっていくんではないかと、そういう危険性を私は逆に示していると思うんですけれども、その点いかがでしょうか。  以上です。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) それでは、高見参考人からお願いいたします。二問ずつということですね。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 二ついただきましたけれども、一番目の問題ですけれども、要するに、憲法上何か問題があったのかと、今回の事態との関係でですね。これは私、報告で申しました中でるる申したことと関係しますけれども、要するに、問題はなくて、やはり運用できっちりいけたはずなんだけれども、ですから運用がうまくいったのかどうかというところは、これは大いに検証しなければいけないところであるというふうに考えております。  それから、二番目の問題ですけれども、金森徳次郎の緊急勅令であるとか緊急財政処分ということでやることは、やはり、これは明治憲法の下でそういう制度ができておりましたけれども、問題があるということで現行のような制度になったということですけれども、それはそのとおりでございます。  その背景を少し申しますと、憲法を作るときの基本的な理念というか考え方というのは、これはポツダム宣言に出ておりますけれども、民主主義の復活強化という言葉を使う、復活のところはここでは申しませんけれども、民主主義を強化するということであったわけですね。民主主義の強化ということで、何を意味したかというと、議会の権力が弱過ぎたから議会が強くならなければいけない。つまり、その限りでもって政府をコントロールするような、そういった統治システムをきっちり整えなければいけないということであったわけです。ですから、そういう中で、政令ですね、緊急政令のようなものを政府が独自に立法権として行使することについてはこれは非常に問題があるという、多分そういう文脈の中で金森さんのこの意見というのは出ているということでございます。  一例を申しますと、今日お話ししました、じゃ大災害が東京で起こったときに、議会がないときにどうすればいいのかというときに、最初に日本が持っていったのはこの緊急政令でもって対応するということだったわけです。緊急政令だけで対応するのはまずい、それは駄目だということで、だから法律によって政令に委任した上でやりなさいということだったわけですね。そうしなければ議会優位の形で運営ができないからだということです。ですから、そういった背景があってこの金森意見というのは出ているということでございます。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) ありがとうございます。  私も、二〇〇三年に何を持ってきたかちょっと覚えていませんけれども、あるいはこれとは違った資料だったんじゃないかなと思ってもう一度これを持ってきたということでございます。  そこで、今先生、当時の状況で適切に機能しなかった、これは先生も全くそういう御指摘ですから、私もそういう意識を持っております。ただいたずらにいろんな会議を設けたとかそういうことで中央の情報に、指令がきちんと把握できなかった、いろんな問題点があるという点で、先生のおっしゃる適切に機能しなかったということはそのとおりだと思います。  そこで、憲法にそれがなかったためにそうなのか、あったためにどうか、いろいろ御質問かと思いますけれども、今回、一応憲法がなくてもそれなりの対応ができたわけですけれども、ただ、やっぱり意識が違うんじゃないかと思います。憲法に規定があるということになると、ふだんから、憲法に規定があるわけですから、そういう危機意識、危機管理認識、そういうものはやっぱり違うんじゃないかなというふうに思います。ですから、今の憲法がなかったからといって対応ができなかったということに直接にはならないかもしれませんけれども、対応する意識、認識、これがやっぱり違ってくるんじゃないかなということを申し上げておきたいと思います。  それからもう一つ、御懸念の緊急事態条項を入れることによって国民の権利が制限されるんではないか、そういう御懸念でありますけれども、これは国会のコントロールだとか、あるいはもう今マスコミもいろいろ発達をしているわけでありますから、そして私は国民意識もかなり成熟してきているように思います。そういう中で、ただ政府が制限できるというわけでもない。そういう意味においても、まずは何ができるのかということをきちんとしておく。  そういう意味においても、一つは、憲法とかそういうものに規定するということは、政府を規制するそういう規範になる、そんなようなことにもなってくるんじゃないか、私はそんなふうに思いますけど。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。  次、福島みずほ君。

福島みずほ社会民主党・護憲連合

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。  今日は両参考人、本当にありがとうございます。  まず、緊急事態条項を設けることのメリット、デメリットということをお聞きしたいんですが、高見参考人にお願いいたします。  明治憲法八条には緊急勅令とあったわけですが、関東大震災のときは多くの人々が様々な形で殺され、大杉栄さん、伊藤野枝さんも官憲に殺されました。ですから、官憲が人を殺したんだというのが関東大震災のときに起きたわけですが、市ケ谷刑務所に憲兵隊が行って、主義者たち、社会主義者だと思いますが、主義者たちを出せと交渉をすると。しかし、そのとき所長が頑張って受刑者たちを引き渡さなかったために殺されることはなかったわけですが、実際、緊急勅令、緊急事態ということで何が起きるか。ある種の戒厳令であったり、ある種の人々の基本的人権が紙くずのようになるというのを私たちはこの九十数年前にやっぱり経験をしているということが非常に大きいというふうに思っています。そのことについてどうお考えなのかということが一点目。  それから二点目は、先ほど公益及び公の秩序に常に国民は従わなければならないという自民党憲法改正案のことを言及をされました。現憲法は公共の福祉によって制限できるとしていますが、裁判の長年の蓄積により、これは人権間の比較衡量によってどのように人権を制限するかがかなり精緻になってきております、御存じ。表現の自由については、ダブルスタンダードや、明白かつ現在の危険や、より制限的でないものでやるとか、様々な人権制限の基準を設けてやってきております。  ですから、公益及び公の秩序ということで基本的人権を制限するとハードルが低くなってしまうという参考人の意見に私は同じ懸念を持っておりまして、公益及び公の秩序によって制限できるというその人権制限規定が緊急事態条項を設けることによってなおさら低くなって、ある意味とても基本的人権が予想以上に制限されることが起きてしまうのではないか。  その二点についてお聞かせください。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 二つあったと思うんですけれども、一つは、これは関東大震災のときの状況を私よく知らないんですけれども、書かれたものを読む限りにおいては、基本的にあそこで戒厳令の一部が使われて、これは美濃部先生が行政戒厳という言葉を使って説明されておられたのを私ここで使わせていただいたんですけれども、もちろんそれはいろいろなことがあって、警察が焼き討ちに遭ったとか、あるいは非常に混乱が生じて、そこでもって最終的に軍隊を出さざるを得なかったということであろうかと思います。その前に多分パニック状態に国民がなっていて、国民というか被災者の間でなっていて、いろんな風評が流れたわけですよね。そこでもって治安が維持できなくなってきたという、そういう状況があったと思うんですよね。そういう中で、警察力をもってしては対応できないというのがオフィシャルな政府の見解で、そこでもって、勅令でもってその戒厳令の一部を使ったということであったかと思います。  こんなことを考えますと、今回の震災で、むしろというか世界中から評価されたのは、ほかの国だったらおかしくなったかもしれないようなそういう事態で日本の人々は実に整然とというか、対応していたということの評価ですよね。ですから、そういうときに、そういうときにというか、そういうことを前提にした上で、どういう意味で、災害緊急時にも、いわゆる緊急事態というような、そういった制度設計をして対応しなきゃいけないかという、その辺のところは多分これから皆さんというか国会の方で議論していただければいいテーマなのかというふうに思っております。  それから、二番目の方はおっしゃるとおりでありまして、公共の福祉という概念というのは、これは憲法で申しますとというか、国家自体の存立目的が言わば国民の権利、自由というのを守るということが前提になって組み立てられているという、そういった概念なわけです。  したがって、この公共の福祉という概念というのは、人権を制約する場合には少なくとも内在的な制約ということでしか説明は付けていないわけですよね。これは、外在的な制約でもって人権制限できるとなると、これはつまり、特定の国家のある目的を引っ張り出してくればそれによって人権制限ができるという、そういう議論になるわけですね。そこのところをぎりぎり、そういったことは駄目だということで組み立てている理論なわけです。したがって、これに公益とか公序という民事法上あるいは刑事法上の、刑法上のそういった概念を用いて説明するとなると非常に広がってしまうわけですよね。  そういう意味で、公共の福祉の概念を破棄して新しい人権制約原理を入れてきたということ自体は、やっぱり非常に平常時における人権保障の在り方から見ても問題のある概念であろうというふうに思っています。ましてや、それが緊急時においてそれすら停止されるということでありますから、福島先生おっしゃるように極めて問題であるという、そういうことであろうかと思います。

福島みずほ社会民主党・護憲連合

○福島みずほ君 どうもありがとうございました。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 次に、舛添要一君。

舛添要一新党改革

○舛添要一君 どうも今日は両先生ありがとうございました。  一つお二方に御質問を申し上げたいんですけれども、要するに、緊急事態に政府、内閣が例えば政令で行う、それはだから、元々立法府が行うべきことを、罰則まで付けるとすれば、委任の有無を別として、行政権が行うわけですね。  それで、私はフランスで勉強していたものですから、フランスの場合、憲法院、コンセイユ・コンスティテューショネル、これが憲法の番人であるわけです。したがって、違憲立法審査権、これについて言うと、日本の場合は最高裁判所が持ちます。そのときに間接的か直接的かという、その違憲立法の形である意味では間接的に行っているわけですけれども、今回のこの問題は違憲立法審査権との絡みをどう考えるのか、三権分立をどう考えるのか。  戒厳司令官の場合は、先ほど高見先生がおっしゃったように全部持ちます。要するに、元々は立法府が行うべき立法を政令という形で行政権が行う。それが問題があるかどうかというのは、今の日本国の体制におきましては国会で後で事後的に承認をするというようなことになります。しかし、議院内閣制ですから、政府・与党、今のようなねじれ国会ではなくて完全に両院とも与党が多数派を握っている場合には、そう簡単に国会でひっくり返りませんね、ある意味で、政府が決めたことは。  しかし、間接的な違憲立法審査を最高裁判所がやるというのは時間も掛かるかもしれません。フランスの場合は、申立てがあれば、それは国会とか両院の議長や、六十人ぐらいだったと思いますが、国会議員の申立てがあれば三十日以内にできる、六十日たてば自動的に憲法院が審査をするということになります。ですから、私は、もし本当にこういう緊急事態を入れるならば、憲法改正の一つの方向として、これはずっと議論してきたんですけれども、違憲立法審査を直接的に行うような憲法院のようなものがあると分かりやすい。ドイツはそういうふうになっていません。むしろフランスの例を今私は引いて申し上げているんですけれども。  だから、三権分立との絡み、それから違憲立法審査権との絡みで、こういうものの中で最高裁というのは国家緊急権を規定する場合にどうするんですかと。非常にこれ難しい問題で、ずっと私この問題考え続けてきているんですが、高見先生も先ほどちょっとそういう問題おっしゃったし、西先生はずっとそれが必要だということをおっしゃったんですが、私の問題点について何か御参考になるような御意見、両者にお伺いいただければと思います。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) それでは、高見先生から。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 大変難しい課題、テーマを与えられたという感じがいたします。  フランスの場合には、デクレロワという形で法律と同じ効力を持つ政令自体を出す権限を与えられておりますので、そういう意味では話は簡単であるかと思うんですけれども、仮にその緊急政令というような形を出したときの対応ということであれば、これはちょっとそのときに裁判所がコントロールするだけの時間的な余裕があるかどうかというそういう話になってまいります。  フランスの場合には確かに憲法院という形で事前の審査ができるわけですけれども、これはやはりノーマルな状態を前提にしているものであって、これが緊急事態宣言をしいた上で機能させるということはやはりこれは基本的には難しかろうというふうに思うわけです。そういう意味では、裁判所がこの問題に絡んでいくということは緊急事態ということが宣言された後では難しいというふうに、その性質上極めて難しいであろうと思うし、本来的に難しいであろうというふうにお答えする以外にないかと思いますね。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 本当に、舛添先生の違憲審査権の在り方、これは非常に困難、非常に重要な、また難しい問題だと思います。  そこで、今、高見先生もちょっとおっしゃいましたけど、事前審査制にするのか事後審査制にするのか、あるいは具体的な違憲審査制にするのか抽象的違憲審査制にするのか。フランスの場合、十六条、大統領の非常措置権、これがアルジェリア暴動のときに発令されたんですね。それに対して憲法院は、結局は統治行為の理論、こういうことで処理をしたということがあります。ですから、もちろん日本の場合は具体的違憲審査ですから、今の緊急事態において具体的にどういう権限が失われたのか、どういう事件でどういう問題があったのかということのやっぱり待ちの具体的審査権であり、あと事後審査ということですよね。  結局、そういうことにするのか、あるいはフランスのような言わば事前審査制にするかということは、これはまた別の次元で真剣に考えるべきだと思いますけれども、たしか先生のところでおやりになられた前の自民党の憲法案には憲法裁判所は入れてなかったと思いますけれども、だから、これはそういう違憲審査制をどうするかということで、私は結論的に言うならば、事前審査の憲法裁判所を設けた方がいいのではないか。  私はそういう意見で、その場合に、先生のおっしゃる諸問題もそこでいろいろ考えていくべきではなかろうかということで、答えになったかどうか分かりませんけれども、憲法裁判所的な考え方はこれからの憲法論で入れていってもいいんじゃないか。そういう中で、こういう具体的な大震災の問題とかそういうものも考えることができるんではなかろうかということですけれども。

舛添要一新党改革

○舛添要一君 ありがとうございました。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 次に、松田公太君。

松田公太みんなの党

○松田公太君 御指名ありがとうございます。みんなの党の松田公太でございます。  両先生、今日はありがとうございました。大変参考になりました。  私の質問は、西先生にお聞きしたいと思います。  西先生が提出していただきました資料の中に、トマス・ジェファースンの言葉、人間の作品で完全なものはないとございますが、私もこの言葉は大好きでして、もしかしたら私が非常に不完全な人間だからかもしれませんけれども、そのとき、つくったときは完璧だと思ったとしても、やはり時代の流れとともにこれはもう必ず変わるものだなと。ですから、改革、改正、こういったことは日本国憲法においても必然だなというふうに私は感じております。  今日の私の質問は、今日のテーマである国家緊急権についてではないんですけれども、西先生が他国の例をここまで広く研究されていまして、敬服の気持ちをお示しするとともに、これについての御質問なんですけれども、今の日本のように、例えば何十年にもわたって、憲法を改正する、これがある意味議論されながらも、ちょっと袋小路のような状況に陥ってしまった、膠着状態になってしまっている、このような国がかつてあったのかどうか。これが何十年でなかったとしても、何年であったとしてもですね。  そしてまた、最初にやはり改正するというときが非常に大変ではないかなというふうに思うんですけれども、その改正に当たって、どのようなきっかけをもってその改正に結び付いていったのか。例えば、この資料を見ますと、オーストリア、一九九六年から十五回改正したというふうにございますが、元々の憲法が制定されたのは一九二〇年、そういう意味では七十六年ですか、これは改正がされなかったということですよね。ですから、最初に改正されるときというのは相当な議論があったんじゃないかなというふうに思いますが、そのような例がありましたら是非参考に教えていただければというふうに思います。  ありがとうございます。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 最後のオーストリアの例ですけれども、九六年から具体的にどういうものがあったか、そこまで詳しく今すっとは出てこないんですけれども、先生、私は読み上げませんでしたけれども、ジェファースンの例を取り上げていただいたこと、非常に私としてもここに持ってきたことの意味があったんじゃないかなというふうに思います。  そこで、憲法改正のきっかけというようなことも先生の御質問の中にありますよね。それからまた、世界の憲法で改正しなかった例はどうだろうかということですけれども、この十七ページの表でありますけれども、これは制定年はこのとおりで、改正されたという実際を申し上げたわけでございます。  なお、ついでに申し上げると、日本に次いで憲法を改正されていないのがデンマークなんですね、一九五三年だったと思いますけれども。これは、中山先生も今日お見えかと思いますけれども、中山先生が衆議院の憲法調査会の会長のときにデンマークから見えていろいろ議論があったということでございます。だから、そういう一回も改正されていない国としては、日本に次いではデンマークかなというふうに考えております。  そこで、憲法改正のきっかけでありますけれども、これは先生のみんなの党が憲法改正論を出されました。それから、私とすれば、まさに改正のきっかけがすなわちここだろうというふうに思っているわけであります。やはりここで議論を活発にしていただいて、例えば今日の問題の緊急権、大震災が中心でありますけれども、果たして大震災だけでなくて、私がちょっと広げておりますところの、いわゆる芦部先生の定義するところの緊急権というものを憲法に入れるべきかどうか、まさに議論になっているわけでありますから、ここで是非そういうことを御審議いただきたいと同時に、もう一つだけ申し上げると、実際問題として、衛藤征士郎先生の一院制の方ですね、もう何かオンテーブルされたようでありますし、また、九十六条の改正ということも多くの議員の先生方の賛同を得ていらっしゃるようなので、私はやっぱり憲法をどうするかということについてまず動かしていただきたいということですね。  ここで大いに議論していただいて、そういう議論が既にもうあるわけですから、まずはそれを素材にしていただいて、ここでオープンにして議論を活発にしていただく、これが憲法改正の一つのきっかけになるんじゃないかなというように考えておりますけれども。よろしいでしょうか。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。  では、次、今野東君。

今野東民主党・新緑風会

○今野東君 ありがとうございます。  まずは、震災に便乗して憲法に緊急事態条項を入れるべきという意見は、私は警戒すべきだと思っておりまして、実際に高見先生がおっしゃるように、憲法五十四条には「参議院の緊急集会を求めることができる。」となっておりまして、加えて、災害救助法二十三条を見ますと、十項目に及ぶ救助の種類が書かれておりまして、収容施設の供与ですとか、食品の給与、被服、寝具、医療、助産、被災者の救出、埋葬というところまで書かれてあって、憲法とそれから現行法の範囲で、これはかなりのことができると思っております。まあ、これは私の意見でありますが。  両先生にお伺いしたいのは、直面している現実の脅威が何であるかということを確認する必要があるのではないかと私は思っておりまして、震災の直後から今日に至るまで、私たちは多くの地域あるいは国から支援を受けてきました。百三十の国々、NGO、個人で来たボランティアの方々、こうした被災地への連帯と協力の動きを人間の安全保障のテーマとして練り上げることの方が重要ではないかと思います。  また、復興に当たっては住民の意思を反映させることが大事ですし、憲法の地方自治の原則がここでこそ生かされなければならないと思っておりますが、地方自治原則の活性化ということについて両先生はどういうふうにお考えか、お尋ねします。  また、西先生に、国民の自衛隊の支持、これはどこに今あるかというと、これは災害救助で様々な形で活躍をしてくださいました。しかし、これは主たる任務ではありません。自衛隊の主たる任務は国の防衛でありますからこれは従たる任務でありますが、この従たる任務についても安全保障会議で議論をしなければならないというふうにお考えでしょうか。  以上です。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) それでは、高見参考人から先にお願いします。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 現実に、その起こっている事態に対してどういう形で対応するのが一番いいのかということですよね。ですから、これは事態そのものの性格から見て考えていくということになろうかと思います。  寺田寅彦の文章を引いたのはまさにそのためであったわけなんですけれども、要するに、震災のような場合と、それから、つまり外交努力とか人の力でともかくぎりぎり瀬戸際でもって食い止めることができるようなそういった事態と、ともかく幾ら予測してあるいは予知してもこれは来ることはもう避けられない、そういった事態とでは、やはり法律的な整備の仕方でも当然違うだろうということですよね。そういう意味で、災害に関して言えば、やはり災害独自の一つの扱い方というのがあるはずですから、それに対応するようなそういった法システムというのをきっちり組み立てていく、あるいは今不備があればそこを補っていくという、そういう形で災害緊急に対しては対応してほしいというのが私の願いであります。  そういうことから申しますと、これは政府の力を幾ら強くしてもしようがない話ですよね。つまり、現場に対していかに協力体制を組んでいくかということでもあるかと思います。ですから、それこそ日ごろからというか、遠くの自治体との間でそういう連携を深めていて、いざとなれば、やはり人が足りなければそこに協定に基づいて人を派遣していくと。多分そういった形で、現在もできておるようですけれども、そういう形で言わばネットワークをつくって対応していくということで、しかもそれが連帯ということだと思うんですけれども、それしかないのかな。  それから、外国からの援助の場合もそうですよね。これは、災害対策基本法に百九条の二という形で、外国からの支援が、救助隊が来る場合の規定を入れ込んだのは、これはたしか阪神・淡路大震災の後ですよね。そういう形で、やはり法律の方を不都合のあるところを整備していくという形でやっていけば、少なくとも自然災害に関して言えば対応できているはずというふうに思っております。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) まず、先生の、この大災害を、今度の大震災に乗じて憲法改正という便乗論といいますか、少なくとも私はずっと前からこの緊急事態法が必要だということは言っているわけで、これに乗じたわけでは決してないということを申し上げておきたいと思います。  それから、先生の、キーワード的には地方自治の活性化、これをどうするかということの御質問だったかなと、それが一つのキーワードだったかと思います。  今の憲法九十二条では、「地方自治の本旨に基いて、」ということで、かなり抽象的であります。ですから、私は、一つには、住民の一つの基礎自治体というものをつくり、そしてそれから道州制、そして国家という、そういうこれも三層構造がいいかなと思います。そして、今回のものはまず地域の自治体ということが対応するのが必要ですけれども、やっぱりこれは限界があったというようなことで、いろいろ国家からこれを支援するということは当然必要だと思いますけれども、地方自治の活性化というこういうことについては、むしろ憲法で、九十二条の地方自治の本旨というこういう抽象的なものではなくて、例えば住民の一つの基礎的な自治体とかそういうようなことを、これは憲法改正論になりますけれども、そういうものをも含めた憲法の見直し、再構成というものが必要であろうというふうに私は感じております。  それから次に、自衛隊の従たる任務についても安全保障会議を開く必要があったかどうかということでございますけれども、今回、いわゆるある地域のところだけではないわけであります。そういう災害派遣とは全然違う、規模が違うということ、それから、先ほど申し上げましたように、十万という多くの自衛官を派遣したということによって、自衛隊の全体の組織、任務、体制、これがどうなるかということをやっぱりきちんと考える必要がある。  そういうような意味において、私は、従たる任務とはいえ、いわゆる普通の災害派遣とは違ったというようなことで、国家の意思を表示するというような意味におきましてやはり安全保障会議が必要であったということで、これは見解の相違がいろいろあるかと思いますけれども、私はそんなふうに考えているということで御理解をいただきたいと思います。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。  次に、礒崎陽輔君。

礒崎陽輔自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○礒崎陽輔君 自由民主党の礒崎陽輔でございます。  今日は先生方、御苦労さまでございます。  まず一点目は、私も役人のときに武力攻撃事態対処法であるとか国民保護法というものの立案に参画したものであります。そのときもマスコミが人権人権と騒いだんですけれども、最後、国民保護法できて皆さんにお見せしたときには、入っているのは、例えば、被災者を救援をするために医薬品や食料を売ってくださいとお願いしたときにそこのところが売ってくれなかったら、その場合は物資を収用しますよとか、あるいは、けがした人がいるから病院を建てたいんだけど土地を使わせてくださいとお願いをしても駄目だと言われたときにその土地を収用するとか、それぐらいのことしか入っていないわけで、そんなに緊急事態だから人権を制限するというようなことは私はないと思うわけであります。  そこで、これは高見先生、西先生、両方にお伺いいたしますけど、やはり仮に人権の制限があるとしても、こういう緊急事態の法制というのは、国民の生命、身体、財産という大きな人権を守るためにより小さな人権を制限することもあるのかなと、私はそういうことだと思うわけでありますが、これについて、両先生、どのようにお考えでしょうか。  それから、先ほど少し自由民主党の憲法改正草案について出ております。私も自民党の憲法改正推進本部起草委員会の事務局長でございまして、全部お答えするものではありませんけれど、例えば緊急政令も今日何回か出ておりますけど、これは現行法制にあるんですね。災害対策基本法に一件、国民保護法に二件あります。特に、国民保護法はこれ自民、公明、民主党の賛成で決めた法律でありまして、特にこれを憲法違反だと言っておる政党もないと私は考えておりまして、現行法で全く問題ないんだと考えるところでございます。  それから、自民党の今回の案で、公共の福祉を公益及び公の秩序と変えたことについての御議論もありました。参考のことだけ申し上げておけば、まず公共の福祉は、GHQ草案ではパブリックウエルフェアというのとパブリックグッドというのとパブリックインタレスト、三通りの書きぶりがあったんですね。それを、日本国政府が全部これを公共の福祉と訳してしまったんでありまして、非常にそのウエルフェアというのが分かりにくいので、今回はインタレスト、公共の利益、もっと短縮して公益にしたわけでありまして、意味が変わるものではないと私は考えております。  それから、公の秩序を加えたのは確かに事実でございますけど、これは社会秩序という意味でありまして、これは平穏な社会生活でありますから、人権を保障するには平穏な社会生活を乱していいんだと言う人もいるのかもしれませんけれど、私はそこまでは言えないんじゃないかと思っておるところであります。この辺はちょっと私のコメントだけにしておきますが。  三点目に、高見先生が、いわゆる有事とか社会混乱、内乱のようなものと自然災害は違うと。確かに、人為で起こるものと自然で起こるものは違うというのはもちろんおっしゃるとおりでありますけれど、緊急事態法制において、私はそう本質的に変わるものじゃない。今回の大震災でも、やっぱり国民保護法が適用できたらもっとよかったんじゃないかなと私は思うんでありますが、そこを武力攻撃とか内乱とかいうものと自然災害を分けなきゃならぬということについて、もう一度、高見先生の御意見と西先生の御意見、両方ちょっとお伺いをいたしたいと思います。  それから、最後の三点目は、西先生の、憲法というのは国家権力の規制だけではありませんよと。憲法とは何かと問われれば、私は国家の基本法と言うのが一番正解だと思っておりまして、そのことにはいろんなことを定めなきゃならぬと思います。そのことはもうあと論じませんけれど、今回の自民党の憲法改正草案における緊急事態の法制についてはおおむねいいんだという御評価をいただきましてありがとうございます。その中で、盛り込んだことが、例えばもっとこんなことも入れたらいいんじゃないかというような御評価があれば率直に、その効果の方ですね、こういう緊急事態の効果、こんなもの付けたらいいなという御意見があれば、これは西先生にお伺いをいたしたいと思います。  以上、高見先生に二点、西先生に三点、お願いをいたします。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) まず第一点目ですけれども、確かにというか、緊急事態においても制限されなければいけない、あるいはその制限の対象になる人権というのは、これは何のためかというと、そもそも国民の多くの人たちの生命、身体あるいは財産を保護するためであると。したがって、ある意味で公共の福祉の範囲内の制限であるから何も問題ないんではないかという、恐らくそういう趣旨の質問であろうかと思います。  国民保護法の制限の態様を見ますと、基本的にやはりその態様というか、そのロジックなんですよね。つまり、国民保護法の場合にも、最終的にはこれは周辺事態ということを受けての国内体制ということだと思うんですけれども、住民の生命、身体、財産を守るためにこれだけの制限をしますと。  ですから、結局のところは、国家緊急権ということで入れ込んでも、国民の生命、身体、財産を守るためということであれば今の国民保護法のところがぎりぎりの人権制限ということになるんであって、それ以上のことにはならないんだろうというふうに考えております。それを取っ払おうとすれば、国家緊急権でもって人権が全て停止できますよという、そのやっぱりロジックを一つかませないとそれ以上の制限というのはできません。それが第一番目です。  それと同じレベルの話になってくるわけですけれども、公共の福祉というのは、そういう意味でも、国民の身体、生命、国民の権利、自由という、もう少し広いですけれども、それを言わば保障するために国家はどこまで制限できるか、それを保障するためにどこまで制限できるかということですよね。その調整の問題でありますので、公共の福祉という概念を取っ払ってしまいますと、これはまた初めから全部積み上げていかなければいけない。ですから、公共の福祉と同じものを公の秩序あるいは公益ということで含意しているんだということで本当に説明が付けばそれはいいわけですけれども、やはりこれは全然それぞれの出自の違う概念なわけですよね。  多分、先ほどの話ですと、GHQの言うパブリックウエルフェアというのが一番公共の福祉という日本が採用した概念に当てはまると思うんですよね。インタレストになりますと、これは極めて多様でありますし、様々なものが入ってまいりますし、ましてやパブリックオーダーということになりますと、これは社会的な言わば秩序の中で考えられる、そういった調整概念でありますので、そういったものを人権の制約概念として取り込んでしまうということは、これはやはりよほどしっかりした議論がその前提としてなされなければならないだろうというふうに思っております。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) まず第一問として、人権を守るための緊急権をどう考えるかということでありますけど、私は、人権だけじゃなくてまさに憲法秩序、立憲主義的な基本原理、これを守るというような意味もこの中に含まれると思います。  例えば、先ほど時間がありませんでしたのでこれは引用しなかったんですけど、三十一ページ、これは川添利幸先生、中央大学の憲法教授から学長におなりになりましたけど、この下線部分をちょっと御覧になっていただきたいと思いますけど、立憲主義的基本原理を維持又は回復するために、権力の集中や人権保障の一部停止など、立憲主義の一時停止がやむを得ない措置として許されるということでなければならない。要するに、立憲主義的な基本原理を維持、回復する、こういうことのための立憲主義の一時的停止だと、これを認めないと立憲主義そのものが崩壊してしまう、そういう可能性があると思うんですね。それから、次の大石眞先生は、たとえそういう憲法典に明文の根拠規定がなくても、国家や政治的共同体というものの存立を認める限り国家緊急権は不文憲法上の機能である、ただ、願わくば憲法の中に入れろと。私もこういう考え方であります。  そういうことで、緊急権というのは、人権を守るんじゃなくて憲法秩序そのものを守る、こういう点で必要であるということでございます。  それから第二に、公共の福祉、公の秩序ということを入れられたことでありますけど、実は私は公共の福祉を、先ほどちょっと福島先生御指摘になりましたけど、日本のどちらかというと通説的なのは、公共の福祉イコール個人の人権間の調整原理、こういうような認識なんですよね。私はこれはちょっとおかしいんじゃないかと思います。  まさに公共の福祉ですから、個人と公共の関係、その中の公共の福祉をどうするか考えるわけであって、これは宮沢先生が最初おっしゃったわけでありますけど、個人の人権間の調整原理、そういうことだけでは私は公共の福祉の意味ではないんじゃないか、公の秩序、そういう意味において、自民党が公の秩序とかいうものを明確に出された、そういう疑問を解くため公の秩序を前面に出されたことはこれは賛成であります。  第三点といたしまして、自民党の憲法案をどう考えるかということでありますけれど、これは、私はこれを見ておおむね妥当であると思いますけれど、つらつら自民党の憲法草案どう思うかということについてはまだこの場でどうかなと思いまして、自民党の何かお呼びいただければまた申し上げますけど、これは自民党の案ですから、ちょっとこれは今ここでは控えさせていただきます。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。  大島九州男君。

大島九州男民主党・新緑風会

○大島九州男君 会長の御指名に感謝を申し上げまして、簡潔に質問させていただきたいと思います。  まず、日本国憲法というのは、よく権力者の番人だとかアメリカの押し付けだとかいろんなことを言われますけれども、私の考えは、目には目を、歯には歯をのアメリカの国民性から、原子爆弾を二発も落としたその日本の報復から逃れるために交戦権を持たないこういう平和憲法を持たされたのではないかという、そういうちょっと考え方を持っているんですが、今回の震災で、アメリカが強く推進した原子力発電によって三度目の被曝を受けたと、この因縁の深さも強く感じるところであります。  今回、国家緊急権というものは今議論をこれからされるんでしょうけれども、自然災害等で発動される場合というのと、もう一つ、また、いろんな外国からの働きかけやいろんなことから発動される場合、こういう場合はどういったところに我々政治家はしっかりと留意しなければならないのかというところを教えていただきたいというふうに思います。  といいますのは、やはりいろんな緊急事態が起こったときに、仮に交戦権を持つような戦争のような形になったときに、最初は自衛隊が行くんでしょうけれども、そのうち警察だとか、そしてまた国家総動員だみたいなことになって、どこで歯止めを掛けるのかというのは大変厳しい状況じゃないかと。原子力発電事故にあるように、一度動き出したら止められないというようなことがあるんじゃないかと。  本来、政治とは宗教と道徳を内面化したものだというふうに僕らは教えていただいたところもあるんですけれども、そういう緊急事態に平時のような正しい判断ができないような状況になることもあるのではないか。だから、そういう意味で、この国家緊急権の中に我々政治家が注意しなければならないところはどういうところかというのを教えていただきたいと思います。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 両先生ですね。

大島九州男民主党・新緑風会

○大島九州男君 はい、両先生です。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 高見参考人、お願いします。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) やはり基本的には、自然災害と、それからここでは有事という言葉を使わせていただきますけれどもそういった事態とでは、基本的に対応の仕方ということを、対応する場合の言わば法的な仕組みをつくる場合の要点というかがあるんではないかというふうに考えております。  自然災害の場合には、これはともかく起こってしまうということですね。それから、それを前提にして、いかにしっかりした、今政府の方でも立てたり、それが自治体まで計画という形で見直しが進んでおりますけれども、やはり防災計画というのをきっちり立てるということだと思うんですね。その上で、いかに減災が図れるのかということをしっかり自治体レベルというか、自治体レベルがじゃなくて、やはり一人一人、個人ですよね、個人あるいは家と言ってもいいわけですが、個人かあるいは家庭ですよね、そこまで含めて、自分はそのときどうするかということをしっかりやはり心構えまで含めて立てていく必要があるんだろうということですよね。  いざ起こってしまえば、これはまず第一番には自分の身を守ることから始める以外にないですよね。それで、家族がどうしているかというところで連絡取り合ってという形での対応しか基本的にないわけですね。そういうものに対して、自治体がどうやって動いていけるのか、あるいは自治体を束ねている都道府県がどういうふうに対応できるのか、あるいはそれに対して政府がどういう形でかかわっていけるのかという、そういう仕組みをしっかりつくっていくということが多分法律の整理の仕方ということで重要であるというふうに思うわけですよね。  有事の場合には、これは要するに人間の力でもって、ある意味で、先ほども申しましたけれども、瀬戸際でぎりぎり止めることもできる、そういう事態なわけですね。  ですから、そうなってきますと、例えばドイツの場合にもこの緊急事態を分類して、グレードを付けて、四つぐらいグレードを付けておりますけれども、そういう形で、防衛事態、緊迫事態、それから同意事態、同盟事態という、同盟というのはEUとの関係だと思うんですけれども、いずれにしても事態のグレードを、周辺事態に関してはそういった対応の仕方だと思うんですけれども、それは緊急事態に関しても、有事に関して言えば、今どれぐらいの可能性というか、プロバビリティーというんですか、そういった事態にあるのかということで対応の仕方を組み上げていく、そういう法制度の整備の仕方というのは当然あり得るということであろうかと思います。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) まず、最初にちょっと触れられた交戦権をアメリカによって認めさせられないというようなことについて一言申し上げて、それから先生の、特に政治家が留意するべき点ということについて私の見解を申し上げたいと思います。  まず第一の、総司令部からの押し付け云々でありますけれども、ただ極めて象徴的に言えるのは、昭和二十年十一月八日、日本占領に対して初期基本的指令というのがありまして、ここで日本の今後の目的といたしまして、日本国が再び米国と世界の平和及び安全に対する脅威とならないため、できるだけの大きな保障を与えるというような大きな、要するに日本は戦争をした、そして今後再びアメリカと世界の平和に、安全に脅威を与えない、これが前提だったということは確かであります。そういう中での憲法制定もずっとそういう流れで来たということは確かであります。  さてそこで、政治家の方に口幅ったいようでございますけれども、先ほどいろいろ議論になりました、やれ災害緊急事態の構成要件に該当しているかどうか、安全保障会議を招集すべきその要件に該当しているかどうか、そういう法的な、ちょっと言葉はどうかなと思いますけれども、法的な、ちまちまといいますか、そういうものではなくて、例えば災害緊急事態の布告に伴ってどういう政治的効果があるのか。先ほど、災害緊急事態の布告でありますけれども、これは確かに今の構成要件には該当しております。  しかし、この災害緊急事態について言うならば、阪神・淡路大震災までは、災害緊急事態が発令されて布告されて、それから緊急災害対策本部を立ち上げる、こういうことになっていたんです。しかしながら、阪神・淡路大震災以降、緊急災害対策本部、こちらの方を立ち上げたら災害緊急事態は布告しなくてもいいということになったものですから、今回それが適用されたわけでありますけれども、私は、災害緊急事態というものの意味、これはかなり大きいと思うんですよね。だから、そういうものをきちんと布告をする、こういうことの政治的な効果、その要件に該当しているかどうかではなくて、そういう政治的なもっと広い視野からこういう災害緊急事態をどう考えるべきか。  これは、災害緊急事態と非常災害についてどう考えるかは、たしか参議院で何か附帯決議でこういうことを考えようということ、たしかあったように思いますけれども、そういうようなものをここで是非もう一度、現在ある条項に該当しているかどうか、そういう問題ではなくて、こういう場合は一体どうするのか、こういう存在している、ザインとしての法ではなくて、ゾルレン、すなわちあるべき法体系どうかということを、憲法にまでいけばいいんですけれども、しかし、現在の体系、それから高見先生のをちょっと見ますと、災害対策基本法は強力な法的措置とありますけれども、最高は懲役六か月又は三十万円以内になっているんですね。これが強力かどうかということになると、横流しいろいろあって三十万円罰金ならばもっとやってもいいとか、果たしてこれが強力な罰則かどうか、そういうことをも含めてもっと広い面からお考えいただければ、私はこういう法的な、微視的なじゃなくて、政治的な効果、そういうものを広い意味から見直していただければというふうに思っております。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。  残り五名いらっしゃいます。できましたら、簡潔な御質問、御答弁をお願いいたします。  それでは、丸山和也君。

丸山和也自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○丸山和也君 ありがとうございます。自民党の丸山和也です。  二点、できるだけ簡潔にお伺いします。主として西先生に、それから補足的に高見先生にとも考えて質問いたします。  まず一点目、こういう緊急事態宣言と、それから先ほどもちょっと関連した質問がございましたけど、司法手続との関係ですね。  それで、違憲審査権のことが出ましたけれども、いわゆる緊急事態宣言に基づいて例えば内閣等から法律と同等の効力、政令が発せられたと。それによっていろんな規制なり制限が加えられるとして、その効力を争ったりあるいはその執行の停止を求めたり、そういう、いわゆる本来なら行政的な命令に対していろいろ法的な、司法的な歯止めといいますか、抵抗する手段といいますか、争う手段があるんですけど、こういうことは一元的に停止するというようなことまで考えておく必要があるのかどうか。それは、緊急事態においてそういう争うこと自身が事態にそぐわないんだということではやっぱり済まないと思うんですね。これが一点。  なぜこういうことを聞くかといいますと、例えば一昨年の尖閣諸島事件におきましても、あれは那覇地検の検事の見解によって釈放したと。これはまあうそなんですけど、公的にはそういうふうに言われています。それで、これは例えば指揮権発動という枠内でも解決はできたと。しかし、これは緊急事態宣言と例は違いますけれども、例えばあれがもう裁判を起訴していたと、裁判手続に入っていたとなると、指揮権発動というわけにはいかないわけですね。そうすると、裁判で一定期間それが審理されたりして、その間に非常に外交関係、日中関係が火の付くように炎上していたというようなときに例えばどういう措置をとるのか、また緊急事態というようなことの関係でまたとれるのかどうかと、こういうことも含めて、司法手続との関連が一点。  それともう一個、いわゆる典型的な外患、武力による攻撃ですね、領土とか国民に対する。これが、もちろん直接的な武力が今まさに行われたときということは問題ないと思うんですね、発動するのに。例えば、それが行われてしまって一旦停止したと、占拠されてしまったという、それから恒常化していくわけなんですけど、そういう状況において緊急事態宣言というのを発動する本当はもっと必要があると思うんですよ。  例えば、やや類似の例を言いますと、竹島とか北方領土だってそうですよね。あれ、だから占拠されているわけですよ。非常事態が生じているわけですけど、もうそれは何十年たっているということで全く放置されるわけです。こういうことに対して緊急事態宣言というのは、緊急事態のとらえ方の問題に入ってくるんですけど、どのようにお考えになるか。  この二点について見解をお聞きしたいと思います。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 私に対して二つということですね。  まず、第一の政令等によって地方自治体の権限などを停止できるかどうかということですけれども、簡潔に結論だけ言うと、これは停止しないとその意味はないと思います。やはりそれだけの緊急事態で内閣が中心になってやっていくわけですから、これはきちんとした強力な効力を持つということが必要だろうと思います。  それから、実際問題として、尖閣の問題とか、こういう問題をどうするかということでありますけれども、これは国家緊急権の定義から見ると尖閣も国家の存立だということになるかもしれませんけど、やっぱり国家権力とか憲法秩序が停止されているというわけにもいかないので、これはいわゆる緊急権の対象外であるというふうに思いますけど。これは、まさに政治的な、いろんな外交問題とかいろんなことで処理していく問題であって、その占拠というのは、あくまで一部の占拠なのか、あるいは、本当に本土が占拠されるとこれは大変なことになるわけで、そういう占拠をされないためにもどうするかということを憲法できちんと規定しておくと。そういう意味で、私は憲法で規定しておくことの意義があるんではないか。ということで、答えになったかどうか分かりませんが。

丸山和也自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○丸山和也君 占拠された後といいますか。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 日本本土が。

丸山和也自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○丸山和也君 本土なり島とかですね、日本固有の領土が。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 島が実際占拠されているわけですよね。占拠されているわけだから、これは国家緊急権だ、それは踰越といいますか、そういうように私は思いますけれども。

丸山和也自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○丸山和也君 できないと。  そうすると、素早くやらないと、やる時機を失えばもう駄目だということなんですか。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) だから、それは政治的な側面ということで対処、処理していくということが求められるんじゃないかなと思いますけど。今の緊急権をそのまま尖閣に対応するのは……

丸山和也自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○丸山和也君 尖閣、竹島、北方領土とかございますね。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) まあそれはありますよね。それはやっぱり政治的な問題でやっていくべきであって、緊急事態、その辺はまたいろいろ考えなきゃいけませんけど、私は現段階ではそこまではいかがかなというふうにちょっと思いますけど、その辺はまたいろいろ考えておくべき宿題かなと思いますけど、一応今そういうように考えているということを申し上げておきたいと思いますけど。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 高見参考人、何かございますか。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 例えば、二つレベルを分けた方がいいと思うんですけれども、災害対策基本法でありますとか様々な法律でもって緊急事態についての宣言がなされた場合の規定というのがございます。今度も鳥インフル禍の法律もできたようですけれども、あれも緊急事態の宣言というのを内閣総理大臣が発するという権限を持たせております。  これは、そういった法律について言えば、その宣言をしたときの言わば法的な効果というのも同時に法律の中に定められておりますので、ですから、それによって司法権まで縛るということには基本的になっていないはずですので、これは当然裁判にかかるということになろうかと思うわけですね。むしろ司法に対する制限を掛けてあればこれはまたいろいろそういった法律について言えば様々な議論ができるかと思うんですけど、そうでなければ普通の事案と変わらないだろうというふうに思います。  国家緊急権という形で憲法にそれを入れ込んだときにどうなるかということですね。これは、ですから先ほど申しました定義からいえば、やはりその三権の権力分立を停止しちゃうということが前提になっておりますので、その概念を一応踏まえる限りにおいては、これはそこで司法権だけが独自に働くということはあり得ないだろうということでございます。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。  那谷屋正義君。

那谷屋正義民主党・新緑風会

○那谷屋正義君 民主党の那谷屋正義でございます。  今日はお二人の参考人、どうもありがとうございました。今日のこの国家緊急権の部分については憲法を改正する上で大きな柱の一つになるんだろうというふうに思いますけれども、そういう意味では、私の感想から申し上げれば、まさに対極的なお二人の意見を聞かせていただくことによって大変勉強になったということをまず御礼申し上げたいというふうに思います。  その上で一つお聞きしたいのは、まず西先生の方にお聞きしたいんですけれども、高見参考人からのお話の中で、いわゆる日本国憲法の制定過程において起草時にGHQと様々今やり取りがあったというお話が実はございました。先生は、言ってみれば日本国憲法はある意味押し付けだというか、あるいはGHQの圧力が相当あるというふうに言われているわけですけれども、その高見参考人のお話を受けてどのように思われるのかということが一つお聞きしたいことであります。  それから、一方で外国の憲法は本当に何回か変えられているというお話もございました。アメリカからの押し付けである、GHQからの押し付けであるというふうなことを御指摘される一方で、外国が変えているから日本も変えなければならないという、何となくそういうふうな、ちょっと私としては理解しにくい、矛盾しているような部分を感じざるを得ないんですが、その点についてどのように御説明いただけるのかということが二点目。  それから、高見参考人にお伺いしますけれども、いわゆる緊急集会制度というものでありますけれども、解散がない参議院において、その利点を生かしてぎりぎりまで議会の事前統制を行うという意味では大変重要なことだろうと思いますが、ドイツにいわゆる緊急時の対応というのがあるわけですけれども、そのドイツの緊急時対応にも通じるものが何かあるのではないかなというふうに感じたわけでありますけれども、その辺について先生の御見解をお聞かせいただけたらと思います。  以上です。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) まず、GHQとのやり取りでありますけれども、これは高見先生の御論考でかなり詳しいわけですけれども、その中で日本は、もし万が一の場合、参議院の緊急集会のほかに、あらかじめ衆議院と参議院で常置委員会、絶えず閉会でも設けておく常置委員会というそういうものをやって、絶えずあるわけですから、国会でもし何かあった場合にはその常置委員会でやる、こういう議論も出しました。しかし、やっぱり向こうからの非常に厳しい壁でそれを突破することができなかった。  それから、もう一つ申し上げると、GHQはどんなことを考えていたかというと、もしそんな場合は、行政府のエマージェンシーパワーズで対応できるじゃないか、こういう考え方であります。これは英米法的な考え方であって、大陸法的にはきちんと書くんですけれども、英米法的にはエマージェンシーパワーズがあれば、これは必要性の理論で、内閣が、行政府が全責任を持ってやれるんだ、そういう考え方を考えればいいじゃないかということですけれども、これはやっぱり日本の従来の憲法認識あるいは法体系とは入れない。アメリカの英米法的なエマージェンシーパワーズというものは、やっぱりここに、日本には入ってこない。それで、妥協の産物として今の緊急集会が入ったわけでありますけれども、これは日本側、当時としてはかなり不満であったというようなことで、かなり大きな壁があったということは事実と考えます。  それから第二の、世界の憲法が改正されているから日本も憲法改正しろという、そういう私から皆さんへ対する押し付け的な意見では決してございませんので、どうも日本の場合、憲法改正ということになると、かなりタブーがある。どうもこの緊急権の問題にしても、まず緊急権を考えたくない、私から言うと、ダチョウの平和的に、見たくない、使いたくない、それから憲法も改正したくないということがかなりあるものですから、世界の憲法改正はこうですよ、緊急権、平和主義はこうですよという、あくまで資料の提起であって、これをこれだからこうということを私はどうこう言っているわけではありません。ただ、もしそういうアレルギーがあるとすれば世界の状況を見ていただきたい、こういう資料として提起したということでございます。よろしいでしょうか。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 参議院の緊急集会の制度を入れ込むときに、もう一つ日本側が最初に提案いたしました。それは、常置委員会を設けろということですね。国会の常置委員会を設けておけばいいじゃないかという案です。  常置委員会というのは、戦前、帝国憲法の時代に、特に昭和に入ってからですけれども、議会改革というのが盛んによく行われました。つまり、二大政党が争って、政治腐敗が進行しちゃって議会に対する不信というのが国民の間で高まったわけですけれども、そのときに、議会を立て直すというときに、常置委員会という制度を設けてはどうかという話になったわけですね。常置委員会というのは、国会、議会が開かれている期間は非常に限られておりますので、議会が閉会中もその議会の機能を担う小さな小ぶりの委員会です。それを提案したわけですけれども、そちらの方はGHQの方は余り積極的に乗ってこなくて、参議院の緊急集会という形に落ち着いたということです。  それとの関係で申しますと、今ドイツでは、災害時のときには、これは州政府が責任を持ちますけれども、対外的な有事の問題になりますと、これは、議会が開かれない、議会が集会不能であるとかあるいは議決が不能である場合に、それに代わる組織として合同委員会という制度を設けております。合同委員会が三分の二の多数決でもって今緊急事態にあるかどうかということを認定を行って、議会に代わる権限を行使するという、そういうシステムになっております。  これは、各州から一名ずつ、参議院からですね、連邦参議院から一名ずつ、各州一名ですから十六名ですか、それと、あと連邦議会の方は、これは会派構成ですけれども、会派の議席に応じて三十二名。ですから、合計四十八名の議員でもって言わば連邦議会、それから連邦参議院に代わるそういった組織として運用するというふうになっています。ですから、日本の本院の機能に近い、緊急集会に近いようなそういった制度というのを設けておりますということです。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございました。  谷合正明君。

谷合正明公明党

○谷合正明君 公明党の谷合です。  時間の問題もありますので、高見参考人に一問質問させていただきます。  今出ました参議院の緊急集会についてでありますが、この参議院の緊急集会の制度については、高見参考人は積極的な評価をされておられます。ただ、この制度自体については幾つか指摘もありまして、例えばそれは、条件を厳格にする必要があるとか、あるいは国会の召集の規定とのアンバランス、参議院の緊急集会を天皇の国事行為としていないとか、また緊急集会が議決した内容について衆議院が同意しなかった場合の失効の経過措置の不存在などを指摘する見解もございます。  そこで、参議院の緊急集会の限界についてどのようにお考えなのか。先ほど来の大規模災害と、また有事と、これを分けて考えるという話もありましたけれども、それぞれの前提に立ってどのような緊急集会の限界について考えを持っていらっしゃるのか。また、限界があるとすればどのように乗り越えるべきとお考えなのか、御所見を伺いたいと思います。

高見勝利上智大学法科大学院教授

○参考人(高見勝利君) 今御指摘のような不都合というのは、基本的に私はないような感じがいたします。  つまり、参議院の緊急集会というのは、あくまで国会が開けないということを前提にして、国会の権能を言わば一時的、臨時的に、暫定的に行使するということであります。したがって、そこで決まったことは言わば暫定的なものですから、衆議院が機能するようになれば、初めてそこで衆議院の承認を得なければいけないですし、それが得られなければそこでもって失効していくという形になるわけですから。ですから、制度設計上は問題ないわけですし、基本的に参議院の緊急集会はそれほど運用されているわけではないんで表面化しておりませんけれども、常識的に考えて、国会の機能を一時代行しているんだということでありますから、後の後始末というのは当然できるということですね。ですから、天皇が召集しないのは当然ですよね。ですから、天皇がこれを召集するという形で機能させるような、そういった状態にないということを前提にしておりますので、これも何も不都合はないであろうというふうに思っております。  ですから、あとは限界ということですけれども、限界というのは、つまり、私申しましたように、参議院の緊急集会も開けないようなときにどう対応するかという、そのシステムをきっちりつくっておくということだと思うんですね。それは最初に申しましたように、災害対策基本法は、そこのところは憲法七十三条でもって、一応法律によってあらかじめ政府に委任することができるという、その形で、政府が委任を受けた命令の範囲内で措置するという形で参議院の緊急集会が開けない場合についての措置を一応とるシステムを取っておりますので、それに類するものをほかの緊急時についても入れ込んでいけばいいだけの話ではないかというように思っております。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) ありがとうございます。  谷合委員の御協力感謝いたします。  御協力いただきましたので、参考人の御理解もいただきまして、最後、片山さつき君の質問で最後とさせていただきまして、山谷えり子君におきましては、大変恐縮ですが、最後に挙げられましたので、今回は御遠慮いただきたいと思います。

片山さつき自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○片山さつき君 会長の御指名に感謝いたしまして、短めにさせていただきます。  西参考人とは先週も憲法の討論会で御一緒させていただいたんですが、緊急事態のような事態を想定してこういった条文を我々自民党としても作っているわけですが、護憲派の方と議論をいたしますと、ワイマール憲法時のナチスの経緯、それからアルジェリア危機、ドゴールということをよく言われまして、少なくとも緊急事態については議会の事前承認を義務付けるべきだという案がございます。  ただ、これはもう緊急事態というバイデフィニションの定義からしてほとんど実行が不可能なというふうに我々は考えて事前又は事後というふうにしたんですが、それと、もちろんいろいろな基本的人権の制約を最低限にするためにという議論がある上で我々のその案を大変評価していただいたんですが、その部分を補強する上でどのような補強措置があるのかということを最後に一問だけ伺いたいと思います。西参考人だけお願いします。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 今のは自民党案の国家緊急権自体に関するものですか。それとも、それをも含めた全体的なあくまで緊急事態。

片山さつき自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○片山さつき君 私どもの案については事前事後となっておりまして、そういうことでございます。

西修駒澤大学名誉教授

○参考人(西修君) 分かりました。  その前に、ワイマール憲法の問題でありますけれども、これは御存じのように、一九一九年ワイマール憲法ができました。世界で最も民主的だと言われました。そこから生まれたのは何かというと、世界で最も独裁的なヒトラーが生まれた。そういう経験を踏まえて、先ほど高見先生がおっしゃいました、また私の三十四ページ、ドイツ連邦共和国の規定がありますけれども、内閣ではなくて、いわゆる防衛事態と言っているんですけれども、それを連邦議会が連邦参議院の同意を得て行うんだ、防衛事態というものはやっぱり議会が行う、国会が行うんだというようなことが一つの歯止めとして作られてきたということであります。  ですから、そういうものを踏まえて、先ほど礒崎委員の質問にも答えた答えになりますけれども、自民党のこの憲法改正草案の第九章の緊急事態につきましては、いろんな側面から私は詳細に検討しているまでの時間的余裕がありませんでしたので、これについてはちょっと宿題として、自民党に対して意見などを申し述べさせていただきたいということにさせていただきたいと思います。十分な答えにならなかったと思いますけれども。

片山さつき自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○片山さつき君 ありがとうございました。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) それでは、以上でよろしいですね。

片山さつき自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○片山さつき君 はい。

小坂憲次自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会

○会長(小坂憲次君) 予定の時刻も参りましたので、以上で参考人に対する質疑を終了いたします。  この際、一言申し上げます。  本日は、高見参考人及び西参考人におかれましては、貴重な御意見をいただきまして、誠にありがとうございました。審査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手)  本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後三時三十二分散会

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