国民生活・経済に関する調査会 第1号
- 発言数
- 63 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 2009/11/25
会議録
○会長(矢野哲朗君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会をいたします。 委員の異動について御報告をいたします。 昨日までに、大石尚子君、亀井亜紀子君、松井孝治君、鈴木寛君、加藤敏幸君、藤本祐司君、大久保勉君、川上義博君、川合孝典君、行田邦子君、岩城光英君、佐藤信秋君、森まさこ君、山田俊男君及び一川保夫君が委員を辞任されました。その補欠として佐藤公治君、大河原雅子君、轟木利治君、広野ただし君、谷博之君、山根隆治君、津田弥太郎君、米長晴信君、中谷智司君、吉川沙織君、古川俊治君、泉信也君、塚田一郎君、鶴保庸介君及び土田博和君が選任をされました。 ─────────────
○会長(矢野哲朗君) 理事の辞任についてお諮りを申し上げます。 松あきら君から、文書をもって、都合により理事を辞任したい旨の申出がございました。これを許可することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(矢野哲朗君) 御異議ないと認め、さよう決定をいたします。 この際、理事の補欠選任についてお諮りをいたします。 理事の辞任及び委員の異動に伴い現在理事が五名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと思います。 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(矢野哲朗君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に大河原雅子君、佐藤公治君、轟木利治君、古川俊治君及び澤雄二君を指名させていただきたいと思います。 ─────────────
○会長(矢野哲朗君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りをいたします。 国民生活・経済に関する調査のため、本日の調査会に国立社会保障・人口問題研究所国際関係部第二室長阿部彩君、北海道大学大学院法学研究科教授加藤智章君、株式会社舞浜倶楽部総支配人グスタフ・ストランデル君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(矢野哲朗君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○会長(矢野哲朗君) この際、本調査会の三年目の調査について御説明を申し上げたいと思います。 本調査会は、「幸福度の高い社会の構築」をテーマとして調査を進めております。 一年目は、国民生活の現状を全般的に把握するとの観点から調査を行いました。二年目は、お手元の資料の二枚目、三枚目にありますように、三つの仮説、すなわち、仮説その一、「人口減少によって一人当たり国民所得は高まり、国民幸福度も向上する」、仮説二、「休日・休暇が多い国が国の経済力を伸ばし、国民幸福度を高める」、仮説三、「高負担・高福祉国家の国民は総じて国民幸福度が高い」を設定し、このうち仮説一と二につきましては調査を行ったところでございます。 最終年である三年目の調査につきましては、理事会におきまして、お手元の「国民生活・経済に関する調査会の三年目の調査について」のとおり進めていくことで合意をさせていただきました。 まず、本臨時会におきましては、本日、仮説三に関しまして、「諸外国のくらしと社会保障」について調査を行います。次いで、常会におきましては、「社会保障とくらし」について調査を行うこととしております。 調査会は参議院独自の機関でございます。社会保障につきましては、様々な御意見があり、党としての立場もあろうかとは存じますが、幸福度を高める福祉国家の在り方について、大所高所から御議論をいただければ幸いであります。 その後、これまでの調査の取りまとめとして、仮説一、二、三の関係及び幸福度についてそれぞれ調査を行った後、委員間の意見交換を行い、最終報告書を取りまとめることとしております。 委員各位の御協力をよろしくお願いを申し上げます。 ─────────────
○会長(矢野哲朗君) 国民生活・経済に関する調査を議題とし、「幸福度の高い社会の構築」のうち、仮説三、「高負担・高福祉国家の国民は総じて国民幸福度が高い」に関し、諸外国のくらしと社会保障について参考人の方々から御意見を聴取したいと思います。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 御多用のところ、今日は御出席をいただきまして、ありがとうございます。 本日は、皆様から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。 議事の進め方でございますけれども、阿部参考人、加藤参考人、グスタフ参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただいた後、各委員からの質問にお答えをいただきたいと存じます。 その後、時間がございましたら、必要に応じて委員間の意見交換を行いたいと考えております。その際、随時参考人の方々の御意見を伺うこともございますから、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。 なお、御発言は着席のままで結構であります。 それでは、まず阿部参考人にお願いをいたします。よろしくどうぞ。
○参考人(阿部彩君) ただいま御紹介がありました国立社会保障・人口問題研究所、阿部彩と申します。よろしくお願いいたします。 研究者としてこのような場で報告させていただくことは、この上のない喜びでございます。私は、主に貧困研究、国内の貧困についての研究を主な研究内容としているんですけれども、その一環として、諸外国の状況がどういうことかということで、特にアメリカを集中的に研究材料としております。その点で、今回、アメリカの社会保障と暮らしについて幾つかの御報告をいたしたいと思います。(資料映写) お手元の資料を御覧になっていただければと思います。まず、仮説三ということで、「高負担・高福祉国家の国民は総じて国民幸福度が高い」ということに関して、二つの視点というのを提示させていただいた上で内容について入っていきたいと思います。 まず、アメリカのように特に格差の大きい社会においては、だれの幸福度かを考えることが必要であるということです。つまり、国民の平均的な指標、例えば幸福であると答えた人が平均的にどれぐらいいるかというような指標だけでは、必ずしも全体像をつかむことができないということです。これは、今格差が広がりつつある日本についても言えることではないかと思います。 もう一つの視点というのが、幸福度といったときに、英語で言いますハピネスというような意識の問題であるのか、それともより包括的なウエルビーイングという、それは健康ですとか生活の充足度ですとかいろいろな指標で図られることができるかと思いますけれども、人間の尊厳を保つような状況であるかどうかというようなウエルビーイングという視点というのも一つ重要ではないかと考えます。 といいますのも、幸福という意識上の問題というのは、何に比べているかによって非常に大きく左右されるからです。特に、近年のいろいろな意識調査の実証研究から分かってきていることは、人間というのは、ただ単に自分がその住んでいる国の平均と比べてどれぐらいにあるかと比べるだけではなくて、例えば隣の人とか自分の地域でどのぐらいのところにあるのかですとか、それと、あと、自分の過去ですね。過去に比べて今の状況がどうかということを比較の対象としておりますので、必ずしもハッピーである人がウエルビーイング的に満たされているわけではないということは心に留めておかなければいけないと思います。特に国としての幸福度感を論じるときには、もちろん最終的にはハッピーの幸福にすることが必要なんですけれども、その前にウエルビーイングという最低限のものが充足されているかと、その視点を必ず忘れてはいけないのではないかというふうに思います。 その観点からいいますと、アメリカの社会というのは非常に論じるのが、一筋縄で論じるのが難しい国です。といいますのも、御覧いただけますように、アメリカの特徴としては非常に格差が大きいということがあります。これはOECDの二〇〇〇年代半ばのデータで、皆様も御覧になったことがよくあるかと思いますけれども、OECD三十か国中、第四位となっております。ちなみに、日本は十一位になります。アメリカより格差が大きい国は、メキシコ、トルコ、ポルトガルということになります。 これは、昔からアメリカの社会が格差社会であったというわけではなくて、これは長い間掛けて徐々に徐々に上がってきたものの経緯です。この統計はアメリカの公式な統計局のホームページから取れるものなんですけれども、これで見ますと、この三つの格差指標で出しております。どのような格差指標を使うかによって若干動きが違うんですけれども、一貫して言えることは、一九六〇年代から二〇〇〇年代にかけて格差が非常に大きくなっていると。特に、九〇年代以降はその格差の拡大が非常に大きいということです。 この所得格差の拡大がどこに起こっているのか。このデータは二〇〇六年までのデータですので、昨今の金融危機ですとか未曾有の経済不況というようなところの影響はまだ見られていない時期なんですが、それで見ても分かりますように、下の方の層、これは所得五分位ということで、国民を所得の順番に上から五分の一ずつ分けたグループの平均所得です。 見ますと、一番上のグループ、一番所得が高いグループが飛躍的に伸びている中で、そのほかの四つのグループ、特に下の三つのグループはほとんど変化がない状況が続いているということが分かります。つまり、所得格差が拡大しているのは、アメリカにおいては、富裕層がますます富裕になっているからということが言えます。 ですけれども、格差の拡大が貧困層の更なる貧困化ということじゃないということが先ほどのデータから言えるんですけれども、それは、誤解を招いてはいけないので申しますが、アメリカは元々非常に貧困率も高い国です。これはOECDの比較になりますけれども、これで見ますとアメリカは三番目に高い国ということで、日本が四位になるんですけれども、貧困率という観点から見ても非常に高い国です。ちなみにこれを年齢別に区切ってみますと、アメリカの特徴は、高齢者、子供共に非常に高いということです。日本の場合は高齢者の方がそのほかの年齢層に比べて圧倒的に高いんですが、アメリカでは高齢者も高く、特に子供の二〇%という、五人に一人というような状況も非常に危機的な状況にあるということが言えます。 アメリカは、古くから公式な貧困の定義というのを定めておりまして、非常に継続的にこれの計測を行っているんですが、ただ、ずっと高いレベルで続いているということは確かです。これがアメリカの公式な貧困率です。高いですけれども、若干二〇〇〇年以降は上昇をしつつあるんですけれども、九〇年代半ばの高いころに比べれば、例えば子供の貧困率にすれば下がっておりますし、そのほかの十八歳から六十四歳でもほぼ横ばいの状況が続いているということが言えます。ただし、二〇〇八年の一番新しいデータがあるんですが、これは一年間で〇・七%上昇ということで、近年まれに見る大きな上昇率となりました。 それでは、じゃ、貧困層が増加しないのであれば格差は容認できるものであるのかということについて、これについては幾つかの新しい知見というのが昨今出始めております。 一つが、社会疫学の分野から出されてきたもので、格差というのは、格差があること自体がその国民の健康に影響するということです。 これはただ、次のデータを見ますけれども、これは平均寿命とジニ係数の関係が左、右がアメリカの州別のデータですけれども、年齢別の死亡率と不平等度の関係になります。どちらも見ていただければ分かりますように、不平等であればあるほど死亡率が高く平均寿命が短くなるという結果になっております。 ただ、これは単に不平等度が高ければ貧困層の人たちが多くなってその人たちが平均を引き上げている、悪くしているというだけではなくて、その不平等度が高い国に住んでいるいわゆる勝ち組の人たちにも影響が出ているということが最近の一番新しい知見として分かってきています。 もう一つが、アメリカン・ポリティカル・サイエンス・アソシエーションというところが警告という形で出しているんですけれども、この格差というのが民主主義の仕組み自体を脅かしているんではないかという指摘です。 これは、民主主義の一番の根源のところは一人一票というところがあるんですけれども、そのような平等なリプレゼンテーションが既にもう達成されなくなってきている。これは、所得階層や職業階層によって政治の参加の度合い、それから影響力というのに非常に大きな格差が出てきており、それがますますその格差が拡大しているというところに起因しております。 上の方の層であれば、政治的な働きかけですとかいろいろなロビーイングですとか、いろいろな形で政治に影響力をますます持つようになってきております。その中で元々格差があった政治の参加力というのが更に大きくなってきて、過去十年間のアメリカにおける法案ですとかを見てみても、どう見てもやはり富裕層の方に有利なものが非常に多く可決されているというような研究結果がなされています。 ここまでが前のアメリカの社会の現状というところなんですけれども、ここから社会保障制度について御説明させていただきます。社会保障制度全般を御説明するには非常に時間も限られておりますので、ここではリストという形でお見せしたいと思います。 大きく分けて、年金、医療、公的扶助という三つの分野があります。年金は、老齢・遺族・障害年金という、ここでは公的年金を挙げておりますけれども、これはほかにも私的年金の税制優遇という形で保障されています。それから、医療、これは後ほど説明いたします。それから、最後の公的扶助の貧困層の部分に対する施策ということになります。 特徴を三つにまとめますと、まず民間部門による社会保障というのがまず先にあると。ですので、公的部門は非常に補完的な存在として位置付けられているという点です。結果として、資産テスト、いわゆる日本でいいますと生活保護制度のような公的扶助部門の比重が社会保障の中では非常に重くなってきています。 もう一つの特徴が、これも今、オバマ大統領が改革をしようと躍起になっているところでございますけれども、医療保障というのが高齢者と低所得者のみのプログラムとなっております。 三つ目として、公的扶助制度というのが、日本の生活保護制度のように医療も見れば住居も見る、生活費も見るというような包括的な制度ではなくて、いろいろなカテゴリー別、それから扶助のタイプ別の制度が並立してつくり上げられているというところです。 これは社会保障が連邦予算に占める割合になりますが、オレンジのラインが年金、それから今急増している部分が医療の部分です。この医療の急増はもちろん医療費の高騰という背景もあるんですけれども、医療の中でも医療扶助に当たる部分、メディケードに当たる部分の増大が大きくなっています。それから、所得保障が一番下の点々の部分になりますけれども、これは過去には医療をしのぐような大きさだったんですけれども、このところは横ばい状況が続いているという状況です。 医療保障制度について簡単に御説明いたしますと、メディケアという高齢者向けの社会保険制度、これには約国民の一四%がカバーされております。 その次がメディケード。これが低所得者の医療扶助制度でありまして、ミーンズテスト、アセットテストといったような厳しい所得、いろいろな要件をクリアしなければ入れないものなんですけれども、ここで国民の一九%は、もう既にメディケアを上回る人数がメディケードによって医療保障を受けております。また、メディケードが近年非常に上昇しているんですけれども、その理由の一つとしては、メディケードの中での長期ケア、いわゆる高齢者介護の部分が非常に大きくなってきているというところがあります。 最後に、これが一番新しいプログラムですけれども、SCHIPと言われる、州立につくられている子供の医療保険、保障プログラム。これは低所得の世帯に育つ子供を対象にしております。現在、七百万人程度が対象者なんですけれども、二〇〇九年二月に再承認され、それで四百万人ほど追加される見込みとなっております。 ですけれども、このようにすべての国民をカバーしていない、つまり、高齢者でなく低所得者でなく子供でもない層というのは民間の保険、主に職場からの健康保険なんですけれども、医療保険というのに依存しております。ですので、結果として無保険者というのが非常に大きな問題になります。一番新しい二〇〇八年の数値では国民の一五・四%が無保険の状態になります。 このような状況というのは、当然のことながら健康格差というものも生んでおります。これは死亡年齢の分散を表しています。分散ですので、高ければ高いほどその国民の中での死亡年齢がどのようなカテゴリー、どのような階層にあるかによって差があるということを表しています。 一番上の実線のところがアメリカになります。これで見ていただければ分かりますように、一九六〇年代から一貫してアメリカはほかの先進諸国に比べても突出して死亡年齢の分散が大きい国です。ですので、アメリカの中でも、一番最初に申し上げましたように、非常に良い医療を受けられて平均寿命の長い層もありますけれども、発展途上国以下ぐらいの、並又はそれ以下ぐらいの医療、それと寿命しか得られていないグループもあるということです。 次に、公的年金制度ですけれども、これは日本の公的年金制度と非常に似たような制度で、六十五歳未満の勤労者からの社会保障税という形での労使折半の制度ができ上がっております。この設計というのは、累進的、つまり所得の低い層の方により今まで払った保険料に比べて多くの公的年金が行くことにはなっているんですけれども、どこの国もそうなっておりますけれども、所得代替率ということで比べてみますと、OECD平均に比べて低い数値になっております。それを補完するものが多彩な私的・企業年金でありまして、四〇一kを始めとするいろいろな年金が用意されておりますし、それに対する税制優遇措置というのが完備されております。 最後に、公的扶助制度ですけれども、ここには御覧いただけますように非常に多くの制度が連立して立っております。日本ではよく論じられるのが母子世帯を主に対象とするTANFという制度ですけれども、そのほかにも補足的保障所得、これは障害者、高齢者の方を対象とする無拠出の現金給付です。フードスタンプ、今はSNAPと名前を変えましたけれどもフードスタンプ、そのほか住宅扶助もありますし、それですとか光熱費扶助といったようなものもあります。 それらに次いで、近ごろ大きく飛躍して伸びているのが税額控除の部分です。それも給付付き税額控除ということでEITC、これは勤労所得税額控除ということで低所得の勤労世帯を対象にしているんですが、主にその給付体系は勤労の子供がある世帯を対象としております。それから、オバマ大統領が承認なさってから導入をされたメーキング・ワーク・ペイ税額控除というのが新しく加わっております。 見ていただければ分かりますように、このうちの幾つかは非常に大きなプログラムです。例えばフードスタンプは、今、二千九百万人の受給者がおりますけれども、これは人口の約一〇%に当たります。EITCは二千二百四十万人ですが、これは約八%です、二〇〇六年の時点での約八%になります。もちろん、オーバーラップしている部分もあるんですけれども、日本の生活保護制度が約一%強ぐらいの国民しかカバーしていないことを考えますと、非常に大きなプログラムであるということが言えます。 大きな転換として、社会保障給付、昔はTANFが非常に大きなプログラムであったんですけれども、TANFのような社会保障の給付から徐々にEITCのような税額控除への方にシフトしています。 それでは、アメリカの今のこの所得格差と貧困というような状況について、アメリカ人の意識というものについて幾つかデータをお見せしたいと思います。 これは、アメリカの意識サーベイのものなんですけれども、「ある人々がよい仕事をもち、高い収入を得ている理由」というのと、「ある人々がわるい仕事をもち、低い収入を得ている理由」というのを挙げてもらっています。 これで見てみますと、確かに、例えば、「ある人々がよい仕事をもち」の方にも一番大きく出ているのが、「良い教育を受ける機会がなかったから」という、いわゆる機会の平等が達成されていないというような指摘も多いんですけれども、それと同じぐらいのところで、「努力の差による」というようなこともありますし、より少なくはありますけれども、「能力の違い」、それから、「神がそのように人をつくったから」というような方々も少なからずいらっしゃるというようなことがありまして、自己責任論というのと、まあ制度悪論というのはちょっと言葉が悪いかもしれませんけれども、いわゆる社会の仕組みによってそうなっているんだというのが拮抗してあるというような状況にあるかと言えます。 ですけれども、このようなもう一つの意識調査としての非常に面白い点というのは、帰属意識ということを聞いた調査があります。これは、言葉を日本語訳してしまうとニュアンスが伝わらないかと思いますので英語のまま記しておりますけれども、いわゆるこの五〇年代から二〇〇〇年代にかけて自分がワーキングクラスに属しているという人たちはどんどんどんどん減ってきているんですね。ミドルクラス、アッパーミドルクラスだと思っている人たちが多くなってきているということで、富裕層の所得というのが一番最初にお見せしたように平均以上に上昇していたんですけれども、でも中流・下流層における人々の暮らしも同時に良くなっているというような感覚があるんではないかと思います。ですので、このような状況の中では、その格差ということに対して、格差そのものの拡大についての社会的不満というのがなかなかつながりにくいということがあります。それが先ほどの意識調査で見たような、もしそれでも上に上がれないような人があるんだとすれば、それは本人の能力や努力の違いであるんじゃないかというような感覚を生み出しているんではないかと思います。 ちなみに、これは御参考までですけれども、日本では、これは帰属階級ではないんですけれども、生活意識ということで見てみますと、この七〇年代の後半から普通層はどんどん減って苦しい層が増えてきているんですね。ですので、国民の意識の動き方としてアメリカと日本は逆方向を向いているんではないかなというふうに思います。 まとめまして何が言えるかということですけれども、小さい政府というのがイコール格差、貧困が大きい社会と簡単に結び付けることはできないかと思います。ただ、結果として、アメリカの例を見ますと、小さい政府の代表であるアメリカではやはり格差が非常に大きく貧困も非常に大きいということで、特に貧困層の生活の水準の低さというのを際立たせています。それが一番分かりやすい例が医療保障がなされてないというようなところかと思います。 しかし、結果として、それに対して小さい政府のままで貧困層に対して何も手だてをしてないということではなくて、やはりアメリカでもそれに対する手だてをしている。それが公的扶助部門が今非常に肥大化している一つの理由かと思います。フードスタンプが一〇%、EITCが八%というような形で非常に多くの国民が公的扶助部門に頼った生活をしているということになります。 このようなことで、公的扶助のいろいろな手だてで貧困層の生活や又はその意識というものを下支えしているんではないかと思われます。もちろん、この中には公的扶助だけではなく、このデータ、二〇〇六年ぐらいまでしかありませんので、それまでのバブル経済ですとか今の経済危機でそれが暴露されている形になっておりますけれども、いわゆる消費経済でクレジットカードなどに依存した生活意識というのがあった中で、貧困層もそれほど不満を募らせることがなく、自分もアベレージの方に入ってきているんだなというふうな感覚があるのかもしれません。ですけれども、それがアメリカ独自の自己責任論というのを非常に継続させる結果になっているのかと思います。 ただ、これは持続可能性があるのかというと、これはまだ今のところは分からないかと思います。この二〇〇九年以降の政治的な動きとかいろいろ考えますと、経済的な動き考えますと、これが今アメリカは非常に大きな転換期に向かっているんではないかなというふうに感じております。 以上です。
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。 それでは次に、加藤参考人、お願いをいたします。
○参考人(加藤智章君) 北海道大学法学研究科の加藤でございます。 本日はこのような機会に参考人としてお招きいただき、ありがとうございます。時間も限られておりますので、早速フランス社会保障制度の概要とその特徴について説明していこうと思います。 基本的にパワーポイントで説明をしていきますが、このほか、本日、配付資料としてA4判五ページにわたりますレジュメを参考資料という形で付け加えさせていただきました。必要に応じてページ数などを明らかにしていきますので、適宜御参照ください。(資料映写) なお、今、阿部参考人がお話しした格差という点でフランスについて一言申し上げますと、フランスの場合は学歴に応じた所得の格差というのが非常に大きくございまして、これが、例えば二〇〇五年に現在のサルコジ大統領が内務大臣だったときにやや不用意な発言をした結果、植民地出身のマグレブと言われる人たちの反感を買って若干社会不安を醸成したというようなことが時々発生するということになってございます。 ここでお話をしていくフランスは、社会保障という場合は非常に狭い概念でございまして、我が国でいいますと、医療とか年金などの社会保険に家族給付と労災補償を指す場合が多いようでございます。日本と比較すると非常に狭い概念ということになります。これらに、生活保護に該当する社会扶助あるいは介護手当とか失業保険などを含めた概念を大きく社会保護といいまして、これが我が国における社会保障に対応する概念ということになります。 フランスの特徴というのを簡単に述べていきたいと思いますが、フランスは第二次世界大戦後、国家とは一線を画する社会保障制度を構築するという構想の下で制度展開を果たしてまいりました。そこには、我が国とは異なる幾つかの特徴を見出すことができます。 まず、国家とは一線を画する社会保障という点で重要なことは、法定制度に加えて、労働協約などに基づく補足制度というものが大きな役割を担っているということです。このことは今回の私の意見に通じて強調されるところでございます。 次に重要な特徴は、我が国の国民健康保険や国民年金の一号被保険者に見られる地域保険というものが存在しないということです。フランスもドイツと同じように社会保険を社会保障制度の核心とする国ではございますが、地域保険というものは存在してございません。このため、職域ごとに組織された職域保険の複数併存体制という下で、保障される人々の範囲の拡大を図ってきたということが言えます。 今回の私の報告では、民間企業の労働者を中心に組織されている一般制度というものを中心に制度の説明をしていきたいというふうに考えております。 このこととの関係で、老人保健制度とか後期高齢者医療制度のような高齢者だけを対象とする医療保険制度というものも存在しません。現役時代に所属していた制度にそのまま在籍するいわゆる突き抜け方式というものを採用しております。また、高齢者介護につきましては、介護保険方式ではなく介護手当方式というものを採用しております。 ここで、簡単に歴史的な展開過程を概観しておきたいと思います。 さきに述べましたとおり、第二次世界大戦後、フランスは国家に依存しない社会保障制度の構築というものを目指してまいりました。そこでは、国民連帯という理念の下、管理運営組織の一元化というものが標榜されましたが、労働者と自営業者とが一つの制度に加入することが嫌われた結果、一九五〇年代には職域保険制度が複数併存する体制ということになりました。言わば、職域連帯の時代ということが言えます。 その後、産業構造の高度化によって、財政的に豊かな制度と財政基盤の脆弱な制度との間で財政調整というものが行われるようになりました。この財政調整は、国庫の介入を避けるための手段であったと言われます。すなわち、国家とは一線を画することが一応、一九八〇年代までは追求されてきたということは言えます。ここまでの時代は、職域保険同士の助け合いということから、職域間連帯、職域の間の連帯という、そういう時代と言えます。 しかし、EU統合や継続的かつ高止まりの失業率を背景に、一九九〇年代初頭に一般社会拠出金、CSGというものを導入しました。この一般社会拠出金は福祉目的税とも言えるもので、社会保障財政の安定化を目指すものでした。日本流に言えば国庫負担金と言い換えることもできますが、この時点になってようやく財源としての租税を導入するということになります。以下で言います租税代替化というのは、社会保障財源に占める租税の割合が増加する傾向にあるということを指して使いたいと思います。 ここで注目しなければならないのは、普遍性の原理というものがこの一般社会拠出金の導入を正当化するための論理として用いられたということです。この結果、一九九〇年代以降、フランスの社会保障制度は普遍性原理に基づく皆保障の政策志向が強まってきました。このことが普遍性原理と自律性原理との二極分解の過程に移行したということにつながってまいります。 この表は、一九九〇年以降の保険料率の推移を見たものです。御覧のように、医療保険と年金保険の双方は保険料率は労使折半にはなってございません。使用者の負担率が大きくなっております。また、家族給付というものは全額使用者負担ということになっております。この家族給付というのは、一九三〇年代からフランスに導入された歴史のある制度でございまして、出生奨励機能と所得保障機能を併せ持ち、労働者、自営業者の別なく、国民全体一元化された制度として運営されているという点が大きな特徴です。 次に、料率の推移ということで注目されるのは、この一九九七年から九八年の動きでございます。特に医療保険の労働者の保険料率は五・五%から〇・七五%に大きく減少しております。これは、次のスライドで紹介します一般社会拠出金の引上げと表裏一体の関係に立っています。 また、もう一つここで注目しておくべきことは、年金保険の保険料率が二段階になっていることでございます。八・三と一・六、あるいは六・五五と〇・一という形で二段階になっております。これは、賃金全額、報酬全額に課せられる料率と一定の保険料算定上限額に課せられる料率というものが二段階で課せられているということになっております。この八・三と六・五五というのが保険料算定上限額の範囲内で課される料率ですが、現在、日本円で換算しますと、一ユーロ百三十円ということで計算しますと、この限度額がほぼ三十六万円弱ということになってございます。厚生年金保険の標準報酬等級の上限額が六十万五千円となっていることと比較しますと、この三十六万円という上限額の設定というのはかなり低いということになると思います。このことは、後から言及する補足制度の発展を促す一つの要因となっているということが言えます。 次に、一般社会拠出金の料率の推移を見たものです。 福祉目的税ともいうべきこの一般社会拠出金は、賃金だけではなく、代替所得、資産所得、投資益、賭博益などに課税されております。これは社会保険料よりも広い課税範囲を設けることによって、当初は広く薄く、現在はかなり厚くなってきておりますが、課税するというスタイルを採用したものです。 一般社会拠出金は、税金である以上、特定の人々を対象とすることに投入するのではなく、国民全体に関連する普遍的な問題に投入すべきであるという観点から、九一年に創設された時点では家族給付部門の財源とされました。この結果、説明が前後しますが、家族給付の保険料率が七%から五・四%に引き下げられたということになります。 また、一九九七年から九八年には労働者の賃金に課せられる一般社会拠出金が、料率が三・四%から七・五%に大きく引き上げられました。この大きな引上げは、参考資料の四ページのところにこの立法の趣旨を若干文章にしたものがございますが、四ページの五、普遍的医療給付の中ほどでございます。経済的な理由で医療の提供が阻害されることは最も弾劾されるべき不正義であるということから、普遍的医療給付を設けるための財源としてこの三・四%から七・五%への料率の引上げというものを導入したということになります。 この結果、労働者の医療保険のうち保険料率は〇・七五%ということでしかなくなったわけですが、この料率は、我が国における健康保険の傷病手当金の財源ということで残ったものでございます。残りはほとんどこのCSG、一般社会拠出金から賄われるということになったということでございます。 この租税代替化の結果、フランスの社会保障は職域間連帯から更に二極分解したと。普遍性原理に基づく国民連帯と、自律性原理に基づく職域連帯とに分解したというふうに言えることができると思います。 以下では、この租税代替化の帰結との関係で、医療保険と年金保険とを中心にもう少し具体的に説明をしていきたいと思います。 まず、医療保険についてであります。医療需要の側面におけるお金の流れを見ますとこういうことになります。 お気付きのように、原則として診療報酬が七割、患者負担分が三割ということですので、日本の現在の医療保険制度と極めて似ております。我が国では療養の給付としての七割相当部分が、診療報酬のところですが、ここはフランスにおいても同じように法定医療保険制度で賄われます。フランスの特徴はこの三割、患者負担の三割のところでございまして、補足制度が発達しているために現実にフランスの家計が負担している医療費は国民全体の医療費の一〇%未満になっていることでございます。 これは参考資料の三ページに数字を載せておきましたが、二〇〇八年、千七百億ユーロというのが大体フランスでおける医療費の総枠ということになります。百三十円で換算しますと大体二十二兆円ということになります。このうち七六%が医療保険で賄われており、一四%が補足給付というもので賄われております。この結果、家計の負担ということは九・四%ということになります。 次に、九九年から導入された普遍的医療給付というのは、職域保険に加入することのできない人々が低所得者を中心に存在するという問題を解消するために導入されたものです。やや複雑な制度ですが、日本円に換算しますと月額八万円未満の者に対しては患者負担分のところについても補足給付というものを支給することによって、全額医療費の無料化というものを実現しております。 さらに、八万円以上あるが月額十万円未満の者については、七割相当額に対する基礎給付を支給するという形で医療の提供をしているということになります。八万円以上十万円未満の者は、一部負担のところについては負担しなければいけないけれども、七割相当額については医療保険の方から提供を受けるということになっております。 次に、公的年金制度を中心とした所得保障制度の構造であります。御覧のように四層構造ということになっております。 法定基礎制度というものがベースになってございますが、この上に更に補足制度、公的年金の補足制度というものが乗ってございます。この存在がフランス独自の大きな特徴を持っていると言えます。当初、労働協約に基づいて発展してきたものですが、その後、人的適用範囲が拡大したということによって、一九七二年からこの二段階目の部分は加入を強制するという形になってございます。第二の法定制度ということが言えるものです。それからこの三番目は、これは任意加入の退職年金制度でございます。我が国でいうと企業年金等に相応するものです。 それから、一番下支えのところになっていますのが高齢者連帯給付というものでございまして、これは、最低所得保障を実現するということで、第二次世界大戦直後から、拠出を要件とせずに、租税を財源として保障されている制度ということになります。 まず、所得保障の一階部分は法定基礎制度ですが、年金給付額は平均賃金掛ける支給率掛ける加入期間の百六十四半期という算定式で求められます。支給開始年齢は六十歳で、平均賃金年額は、最も賃金の高い二十五年間の平均値ということになります。支給率は百六十四半期、すなわち四十年を分母にした年金受給者の保険加入期間に対応して求められますが、最高満額率は五〇%ということになってございます。 次に、補足制度の部分ですが、これは法定基礎制度に上乗せするものとして位置付けられる第二の法定制度と言われるものです。一般職員のための制度と幹部職員のための制度とに分かれておりますが、財政方式で運営されております。これに関連する数字につきましては、参考資料の五ページに、一般職員とそれから幹部職員に分けて数字を示してございます。支給開始年齢は六十五歳からですが、三十八年以上加入している者については六十歳から満額年金が支給されることになっております。 一九九〇年代以降、租税代替化が進行した結果、フランスの社会保障制度は普遍性原理に基づく国民連帯と自律性原則に基づく職域連帯のすみ分けが浸透しつつあると評価することができます。普遍性原理は拠出を要件としない給付であり、居住要件の下で一般社会拠出金や租税を財源に支給される給付の一群であります。これに該当するのは、今の意見の中で申し上げてきました家族給付や普遍的医療給付のほか、家族手当ともいうべき個人化自律手当、あるいは日本の生活保護に相当する活動的連帯手当というものがこれに該当いたします。 これに対して、自律性原理に基づく職域連帯が妥当する領域は、補足制度を含む公的年金部門、補足医療給付部門のほか、失業保険や労働災害部門が該当いたします。保険料を報酬に比例して負担することを要件に、国家には依存しない財政的自律原則と、保険料を負担する者が管理運営を担うという当事者参加原則が妥当する領域ということが言えます。 このように、フランスの社会保障制度は重層的かつ多様な制度構造を有しております。そのことは、職域保険の併存体制をベースに補足制度が充実しているということに端的に表われていると思われます。 九〇年代から始まった租税代替化というものは、繰り返しになりますが、租税と保険料のすみ分けを鮮明なものとしてまいりました。この過程で、社会保障予算の審議に議会が関与することを通じて、社会保障の運営について国家が責任を持つと同時に情報の透明性をもたらすことになるということで、社会保障財政法律というものが九五年以降導入されております。租税と保険料のすみ分けがより明確になった結果、社会保障の制度構造における結集軸が、八〇年代までの職域間連帯から国民連帯と職域連帯とに二極分解したと言い換えることも言えます。 我が国の社会保障制度が国家対国民という二当事者関係として理解されがちであります。これに対して、フランスの社会保障制度あるいは社会保護制度というものは、国家のほかに補足制度の存立基盤とも言える社会というものが存在し、さらに、三番目の当事者として、社会構成員としての国民がいるという三当事者関係から成立しているということが重層的かつ多様な制度構造を可能にしているのではないかという結論をもって私の報告とさせていただきます。 御清聴ありがとうございました。
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。 次に、グスタフ参考人、お願いいたします。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) 今日はお招きいただきましてありがとうございます。グスタフと申します。(資料映写) 現在は舞浜倶楽部という民間企業の二つの介護現場の運営をしているところですけれども、ちょうど十年前、日本の介護保険が始まる前の段階で、スウェーデン大使館の研修生としてスウェーデン福祉研究所というプロジェクトメンバーとして務めていて、二〇〇三年からそのスウェーデン福祉研究所の所長を五年間やってきました。 今日は、少しその経験の下と、あとはスウェーデンの視点から皆さんに幾つか伝えたいことがありまして、失礼な意味ではなくて。私は皆さんと違って日本を選んだ人です。私は日本生まれではないんです。私は日本を選んで日本に生活をすることにしました。それは、高校の留学の経験の下でとても日本のことが好きになりました。そうやって、ある意味では移民として日本に入ってくると、必ず思うようになるのは、自分の国から何か持っていきたいと。 スウェーデンは、皆さん御存じのように、すべては参考になる国ではもちろんないんですね。参考になるものがあるとしたらそれは何なのかというのは、それは特にこの十年間、日本全国、北海道から沖縄まで行ったことない県は二つしかないんです。二百五十か所ぐらいの介護現場を今まで訪問してきました。数万人の介護業界の職員、高齢者の方、家族の方との出会いの下で、今年の四月、「私たちの認知症」という書籍を日本語にして出版されました。この十年間の経験の下でちょっと話をしたいと思います。 まず、幸福度という、今まで私も一応日本のメディアでフォローをしましたけれども、高福祉・高負担、中福祉・中負担、低福祉・低負担という議論は、まず言っておきますけれども、スウェーデン人から見ると、必ず多分、一〇〇%のスウェーデン人が思うのは、これは非常に甘い話なんですね。というのは、当事者になってから、自分が愛している赤ちゃんが交通事故で障害者になったときに、自分が愛しているお母さんが脳の治らない病気、認知症になったときに、高福祉を望まない人はほとんどいないです。お金持ちであれば何とかなるというのは別として、それは制度ではないんですよね。制度というのは、多くの人はこういう最もつらい経験をしたときには、自分、個人が幾ら頑張っても対応できない。家族は、今までどの国でも、スウェーデンなのか、日本なのか、福祉の役割を持っていました。 ただ、私はあした交通事故で足がなくなったときには、私の家族はどれだけ頑張っても車いす作れないんですよね。これは我々の豊かな社会が作れるんです。だから、そういう意味では、個人、家族、そして社会の役割分担がありますよね。ですので、当事者になってから高福祉を望むのであれば、それをまず実践しなきゃいけないんじゃないかとは思います。 これは、一九九八年から九九年にかけて修士論文のテーマにしたのは、この元々にある理念ですね。今でも覚えていますけれども、その論文を書いたときには、認知症の分野を避けますという、最初から書いたんです。なぜかというと、とても医療的な側面も多いので難しいだろうと思いながら、結局、介護業界に入ってからたくさんの現場との出会いの後、やっぱり認知症なんですよ。認知症というのは介護現場では一番悩みになる、一番気を付けないとコストが掛かる、一番個人だけじゃなくて家族全体が苦しむようなことですので、これこそ社会として、個人ではない、家族ではない、社会としてどうやって抱えていくかということによって社会が変わるんじゃないかとは思っています。それはちょっと後で話に戻りますけれども。 こういった難しい話をするためには樹を使います。スウェーデン人も日本人もとっても樹が大好きなんですね。樹の非常に便利なところは、根っこがあって、根っこによって幹が出てきます。幹から枝が出てきます。そして最後に、スウェーデン人も日本人も大好きな葉っぱがきらきらのように出てきます。 この、認知症になっても安心、認知症になっても大丈夫という今、日本の厚生労働省がやろうとしているキャンペーンなんですけれども、なったとしたらこれは非常に、哲学的な発言で申し訳ないんですけれども、きれいな葉っぱなんですよね。ただ、それを実現するためには、まず根っこは理念なんですよね。どの考え方、どの社会の下でこれをつくっていくかということ。その理念に基づいた社会から社会制度が出てきます。その社会制度の根本的なものにならなきゃいけないのは経済力なんですよね。そこから、福祉用具はどういうふうになっているのか、施設の造り方はどうなのか、地域社会の介護がどうなるかということなんですね。これが成功したときには希望が現れるんです。 私が見た日本では、これもストレートで言いますけれども、スウェーデンより超えた施設、スウェーデンより超えた福祉用具、スウェーデンより超えた地域社会も見たことあります。例外です。全体的に見ると、北海道へ行っても、沖縄へ行っても、日本の非常に多くの方が悩んでいるのは例えばこの認知症の問題です。 理念のことについては、まずスウェーデンの高福祉のことについての考え方を少し分かりやすく説明したいと思います。 理念というのは、国の根っこになるはずなんですね。しかも、この理念、国民性、考え方、これも御存じのように変わるんです。スウェーデンの基本理念は大きく変わりました、この何十年間で。これも、今までもう何百回講演活動もしてきましたけれども、一度、忘れられないんですけれども、愛媛県でちょっと怒っている日本の方に聞かれたのは、スウェーデンは何よ、その福祉先進国って。これ、簡単な答えになるんですけれども、先に経験した国だということなんですよ。 これは偉そうな話じゃなくて、スウェーデンは百年以上前からの高齢化社会なんですね。多分、先進国の中ではスウェーデンとフランスは一番先に高齢化社会になったんですね。御存じのように、日本はつい最近までは高齢者の非常に少ない国でしたよね。一九七〇年までは七%まで行ってないですね。それで世界一のスピードで高齢化した日本はどうなるんでしょう。 スウェーデンのこの社会、理念の考え方をまず説明するためには、この写真がとても好きなんですけれども、この女性の方はサービス産業で働きながら子育てもやっているんです。しかも障害者であると。これは、例えば三十年前のスウェーデンだとしたらあり得ない写真なんですね。それぐらい、ちょっとだけ前の考え方としては、障害者はかわいそうな人たちが施設に入れてもらって、そしてそこで安心して暮らせればいいという考えだったんですね。 五年前だと思いますけれども、テレビ東京の「ガイアの夜明け」という番組の一部だけをコーディネーターとして担当いたしましたけれども、私もそのテレビチームと一緒に見ましたのは、知的障害があってもスウェーデンのサービス産業で納税者として働いているという、まあスウェーデンの特殊な会社で勤めているんですけれども、サムハルといいまして、障害は持っても納税者になれるためのという、これがスウェーデンの今のごく典型的な考え方なんですね。人権を守るとはいいながら、冷たい分析をしながら経済力も持つ、これを可能にしたのは確かにスウェーデンなんです。 スウェーデンだけじゃなくて、フィンランド、デンマーク、ノルウェーも、少なくともこの四か国は似たような高福祉・高負担制度をやっていますね。教育から始まると言ってもいいと思います。 三十年で大きくスウェーデンが変わったのは、「あなた自身の社会」という実は日本語になった中学生の本がありますけれども、これも分かりやすいんですけれども、人権のことについて、ケアのことについて、年金のことについては若い段階から教え始めるんです。変わってきたのは、それを教えてもらいながら、隣に障害者もいたりするんですね。いろんな福祉用具を使いながら、いわゆるパーソナルアシスタント制度というのがあって、それを使いながら、子供がなるべく同じ教育を、同じ機会を得られるという制度なんですね。 移民の多い国です。とはいっても、六〇年代までは移民はスウェーデンにはほとんどいません。ほとんどいない国から非常に多い国になったのがスウェーデンです。スウェーデンの移民に対する考え方は大体同じですけれども、一つ言えるのは、多分だれも知らないスウェーデンの小さな町ソーデルテリエは、イラク戦争からの難民をアメリカ全体より受け入れた町があります。基本的な出てくる数字は、人口の約一六%なのではないかというのは移民なんですね、今。これは、日本だとしたらもう二千万人超えるんですよね。そうはいっても、いろんな問題がありながらそこまでの多くの移民を受け入れる社会は、民主主義であれば、これは国民が納得した上じゃなければ不可能なんですね。納得しています。非常に大きく社会、経済に貢献している人たちです。 こういった制度は少しずつ、この理念、QOL、クオリティー・オブ・ライフ、生活の質を複雑になっても守るという考え方です。それは現実的に経済力を持ってという意味なんですね。社会制度、経済が、これは本当に今日は時間が限られてしまうので簡単にしか紹介できませんけれども、確かにこういった社会制度をつくるためにはお金が掛かるんですね。費用がもちろん絡んでくるんですね。スウェーデンは御存じのように税金でやっています。それぞれの国は、税金なのか、保険制度なのか、自己負担の多いなのかというのは、いろんな形でやろうとしていますけれども、とにかくコストがありますよね。 だから、コストをどうやってカバーするかということは、まず、とにかく間違えてほしくないのは、スウェーデンから何かを伝えるとしたら、まず、高福祉を目指していく。スウェーデンのような高福祉は絶対日本ではできないという、日本の政治家の方が日本で書いたんですけれども、これは、私は何でスウェーデンというのが出てくるのかなと思いましたし、あともう一つは、これは日本に対して失礼じゃないかと思いました。日本は、私が見たケア現場の中では高福祉を実現したところは出てきています。これは、スポット的にはできているのであれば国全体的にはできる。日本の国民性の中にはその力があることは、私の十一年間日本で暮らしながら感覚として思います。 確かに、スウェーデンと日本の違いが様々あります。よく言われるのは、スウェーデンは小さな国だからということなんですね。これも作り話だと思いますけれどもね。だったら、高福祉・高負担の制度を経済力を持ってやっている国、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークを見てみると、とにかく二千四百万人ぐらいの地域になりますね、ヨーロッパの北の方。その二千四百万人が高福祉・高負担をやりながら、各国はGDP、一人当たりのGDPのトップテンに入るんです。世界のトップテンの一人当たりのGDPの経済力を持ちながら高負担・高福祉をやっているんです。ヨーロッパの北の地域ができているのであればほかの国ができないとは思えないんですね。 これは、幾つかのこういう、何か日本に対していじめのような数字ばっかりなんですけれども、そういう意味ではなくて、幾つかの角度から見ると、確かにスウェーデンだけじゃなくて、北欧全体的にはこの分野では長い歴史を持って成功していると。そういった経済力を持った社会制度、それは幹だとしたら枝はどうなるかというと、確かに環境のハードとソフトは出てくるんです。 先ほども認知症の話をし始めたんですけれども、少し、一つの番組に取材を受けたことがありますけれども、その五分だけをちょっと見ていただきたいんです。
○会長(矢野哲朗君) 速記を止めてください。 〔速記中止〕
○会長(矢野哲朗君) 速記を起こしてください。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) もう一つありますけれども、本当にこれが最後なんですけれども、この先ほどの番組は三秒だけ実はその番組の中では言いたかった部分があります。ちょっとそれをまた済みませんが上映ください。
○会長(矢野哲朗君) 速記を止めてください。 〔速記中止〕
○会長(矢野哲朗君) 速記を起こしてください。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) 先ほどの三秒ぐらいで終わった御夫婦のストーリーとしては、我々が入ったところでは、奥さんがコーヒーを出したりケーキを出したりして、だんなさんは面白いおしゃべりしてくれるんです。みんなテーブルの周りで楽しい話をしながら、いきなりにやろうとこの男性が言って、楽器を弾いてくれたんです、夫婦で。終わったら、だんなさんが奥さんに向かって、今日はよくできましたと言ったんですね。我々に向かって何と言ったかというのは、いや、最近は難しくなっているんですけれども、あれだからと言って、あれだからと言われた奥さんが笑いました。 皆さん、先ほどのすてきな女性の方が笑ったのは、自分のアルツハイマー病のことについて笑いました。御存じのように、アルツハイマー病は笑うものじゃないんです。必ずつらいことになるんです。ただ、笑えるということは一つのポイントです。笑えたということは、彼女は六年前アルツハイマー病の診断を受けたんです。症状が始まったのは七、八年前なんです。七、八年前、脳の治らない病気を抱えながら、在宅で夫婦らしく、お客さんが来たときには一緒にコーヒーを飲んでいるんです。 これはスウェーデンの例外ではなくて、これはスウェーデンでは普通になっているんです。結局、その方は施設に入ると思います、認知症はそういうものですから。だけど、その前の段階までは夫婦らしく生活ができているというのは非常に誇りを持つべきだと思います。それは、トップテンの一人当たりGDPのリストに入りながら、できているのであれば、実現すべきだと思います。 最後の最後は、いつも、人格の尊厳、尊重を守ろうとするというのは、これはスウェーデンの法律の中にも入っているんですけれども、人の価値は地位、財産、職業には関係ない、知識、能力だけで人を評価すると過ちを招く、知識を生かす心と行いこそ大切である、人の価値は心と行いから生ずるというのは、非常に人格の尊重、人格の尊厳をよく定義しているものだと思うんです。 我々は、自立支援、人格の尊厳を言ってしまうと、これ約束になるんです。難しくなっても、お金が少なくても、守るべきだと思っています。これはスウェーデンどうのこうのの話ではなくて、これは福井県の永平寺に書いてあります、千年前からの日本の知恵です。 御清聴ありがとうございました。
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。 それでは、これより参考人に対する質疑に入ります。 本日の質疑でありますけれども、質疑者は挙手の上、会長の指名を待って着席のまま御発言くださるようお願いします。答弁の際も同様であります。 なお、質疑に当たっては、参考人の方々の御意見の確認など、簡潔に行っていただきますよう御協力をいただきたいと思います。 それでは、質疑のある方の挙手を願います。 広田一君。
○広田一君 民主党・新緑風会・国民新・日本の広田一と申します。 本日は、三人の参考人の皆さん、貴重なお話をいただきまして、本当にありがとうございました。それぞれ示唆に富むお話だったんですけれども、以前、この調査会に神野直彦先生が来られました。そのときに神野先生が言いましたことは、悲観的な未来というものを描いてしまうと、そしてそれを信じてしまったら本当にそうなってしまうんだと、だから肯定的なビジョンというものを描いて取り組んでいかなければならないと。 今のこの日本を見たときに、安心といったものが崩壊して、そういった中で、今後、信頼社会というものをどのようにつくっていかなければならないのか。本調査会の場合は、このような思いを持って幸福度という、本来であれば非常に政治家として議論をしなければいけないんですが、具体的に取り組むのが大変難しいテーマを掲げて今このように調査会等を進めさせてもらっているわけでございます。 そういうふうなことを踏まえて、まずグスタフ参考人にお伺いをしたいんですけれども、高福祉社会は日本ではできないというふうなことについて、いや、そうではないんだというふうなお話をされました。 実は、私の大学の恩師もスウェーデンの研究家でございまして、スウェーデンのまさしくこの実験というものについて非常に取り組まれたわけでございますけれども、しかしながら、高福祉の前提になる負担について、非常に日本の場合は、今政権を取っている民主党も自民党も、消費税含めてなかなかそれに向かおうとしていないわけでございます。高福祉のちょっと前提の財源のところが大変まさしく不安になってしまうわけでございますけれども。 私の認識では、スウェーデン人がなぜ高負担に耐えるのかというふうな一つの最大の理由が、やはり平和であったからだというふうに言われております。スウェーデンは、ナポレオン戦争以降、戦争をいたしておりません。第一次、第二次世界大戦にも参加をしていない国でありまして、だからこそ、国民の皆さんが、自分たちが払った税金は将来必ず返ってくるんだという政府に対する信頼というものが、高負担ということに国民の皆さんを耐えさせている一つの大きな理由であるというふうに私は認識しているんですけれども、社会の理念として、先ほども申し上げた理念として、こういったことが広く国民の皆さんに受け入れられているのかどうかということを一点お伺いしたいと思います。 そしてもう一つは、これちょっと具体的なところで恐縮なんですけれども、認知症の問題というのは、これから我が国もますます世界でもうトップ水準の高齢化が進んでいく中で、飛躍的に増加をするんだろうなというふうに思います。確かに、在宅でケアをしていこう、その中の様々な具体例の御紹介があったんですけれども、しかしながら、私自身も難しいなと思うのは、自分が認知症であるという自覚をまず持つということの難しさ、それを家族、周りの人間がどのように対応していけばいいのか。これ、スウェーデンで何か事例等、参考になるような取組があればお示しをしていただきたいなというふうに思います。 そして次に、阿部参考人の方にお伺いをしたいんですけれども、お話の中で、この四ページ目の貧困層が増加しなければ格差拡大を容認できるのかというふうなところで、格差は勝ち組の健康にも影響しているという指摘ということと、格差が民主主義の仕組みを脅かすという指摘というものがあるということなんですが、これをもう少し具体的に御説明をしていただきたいなと思います。 特に、格差が民主主義の仕組みを脅かすというふうなことなんですが、オバマ政権が誕生した際に、やはり個人献金の飛躍的な拡大等々ということで、先ほど御指摘のあったように、非常に金持ちのそういったロビー活動に対して、オバマがそうじゃないところの支持を多く集めたというふうなことからいうと、オバマ政権になってこういった流れが大きく変わろうとしているというふうな御認識なのかも含めて、この点について具体的に教えていただければなというふうに思います。 最後に、加藤参考人の方に、これはアメリカの方の事例も含めて、やはり一九九〇年代というのは本当に大きな社会保障を考える上でも節目だったのかなというふうに思います。租税代替化とCSGの導入というふうなところのお話の中でEUの統合というふうなことをおっしゃったわけなんですが、これについて、その当時のフランスの抱えている経済状況等々の中で、これはむしろフランスの方が積極的にその方向に進んでいったのか。いや、そうじゃなくて、伝統的な職域保険の複数併存とか財政調整ということで、本来だったらそこで何とか耐えていきたかったけれども、それが許されない状況等があったのか。この点についてと、最後に、これは参考までに教えてほしいんですが、普遍的医療給付についての御説明を興味深く聞いたんですけれども、これの人口に占める割合ですね、ここについてちょっとデータがあればお示しいただいて、この線引きがなぜこの基準でされたのかということも併せて分かれば教えていただきたいと思います。 以上です。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) ありがとうございます。 確かに、この高福祉の先に高負担は、ではスウェーデンではどういうふうな、少なくとも考え方は多分お伝えできると思いますけれども。 神野先生って東京大学の、「あなた自身の社会」という本もよく推薦していただいているんですけれども、確かに約二百年間の平和の国なんですけれども、スウェーデンは。ただ、忘れちゃいけないのは、二百年前まではずっと戦争ばっかりやっている国なんですね。結局、ヨーロッパの一番貧しい国だということ、その認識度から、しかもアメリカへ四分の一ぐらいの人口が、元々人口の少ない国から逃げたという背景もあります。危機感なんですね。こんな危機感の中では、だれでも安心できる、だれでも自分の夢と能力を生かしていけるような社会が必要だというのは、これはちょうど百年前ぐらいの危機感だと思います。ちょうど明治維新と同じような危機感、危機の時期だと思いますけど。 ここから、特にヨーロッパはほぼすべての国が戦争状態になりそうな三〇年代のときには国民の家という考えが始まりました。国は何のためだということなんですね。国民の家という考え方は、本当に、申し上げたように、難しくなっても、障害であっても、高齢者になっても、安心して暮らせる、望むような生活できる。 私は最初日本に来たのは一九九二年です。ちょうど日本は三%の消費税を導入した年です。テレビで見て、片言の、まだ日本語話せなかったんですけれども、ホストファミリーに聞いたら、これは何なんですかって。答えられたのは、三%の消費税に対する反対運動だって言われたんですね。何これ、三%で反対運動起きるの、うちは二五%ですけどと思いましたけれども。 これは、要するにスウェーデンの百年間を見ていただければそんな不思議なことではないと思うんですね。国民が選んだ制度です。一番コアな部分になるのは民主主義です。スウェーデンの投票率は、八〇%以下になったときにはもう大きなスキャンダルになるんです。自治体から国のレベルの選挙には八〇から九〇%の投票率があるんです。その八〇から九〇%の投票者がこの制度を選んだんです。なぜ選んだかというのは、希望を持って選んだんです。 もう一つは、地方分権だと今思います。スウェーデンの地方分権は非常に進んできました。特に日常的に国民、市民としてかかわる教育と福祉、この教育と福祉は八割ぐらいの自治体の予算なんですね。その予算は直接自治体が取るんです。所得税の約三〇%ぐらいは自治体の市民から取るんです。それを直接使うんです。何を使うかというのは福祉と教育です。したがって、若いスウェーデンの二十代のカップルが子供生まれたときには、教育どうするんだというようなこと、貯金どうするのかというような、仕事どうするんだという、女性だとしたら、にならない。高い税金を払いながら、教育は無料ですから、子供生まれてくるというのは経済だということは考えなくていいんです、子供は国の財産ですから。その子供が適切な教育を受けたとしたらこれも国の財産だという、こういう考え方です。 そうすると、税金が高いか低いかという、それは皆さんが選ぶんです。選ばれなければ信頼感の問題、民主主義の問題じゃないかと思います、ちょっときついことを言いますと。高い投票率の下で、税金なのか保険なのか自己負担なのかというのは、これは不安じゃなくて安心して選べられるんです。 認知症に関しては、スウェーデンは約十五万だと思いますけれども、日本は二百万人ぐらいがこの認知症を抱えるようになりました。マイナーなことではなくて社会として抱えなきゃいけない。そのかぎは、日本がやろうとしているところなんです。まだ途中だと思いますけれども、早期発見、在宅から終末ケアまで、介護度が上げない介護、なるべく介護が必要としない介護、これはまた多分時間が掛かるのでそれで終わりにしますけれども。 済みません、答えになったかどうか分かりません。
○参考人(阿部彩君) 格差について、格差のいろいろな悪影響というところについて御質問があったかと思います。 まず一番最初の健康のところですけれども、元々、人々の健康というのは、その人が属する社会階層や経済階層に非常に大きく依存するというのはもう昔から分かってきたことでしたし、日本においてのデータについても確認されております。 ただ、今回新しく分かり始めてきたところというのが、たとえ同じ所得であっても同じ階層であっても、格差の大きい社会に生きているのか、格差の小さい社会に生きているのかということがどうもその人の健康に影響するんではないかということです。これについては、一〇〇%統一的な見解というのがなされているというわけではありません。ただし、非常に活発に分析がなされている分野かと思いますけれども、既に多くの所見ではそのような傾向が明らかに確認されているという状況であると申し上げます。 二つ目の政治的なところですけれども、このアメリカン・ポリティカル・サイエンス・アソシエーションがこのような警告を出したのは二〇〇五年のことですので、非常にアメリカの中でも政治的な倦怠感みたいなものがあったような中で生まれてきたものだというふうに思われます。 ただし、そこで警告されているのは、政治団体への活動、戦争キャンペーンへのボランティア活動、政治家へのコンタクト、それから反対運動とかに参加する、そういうことについては、時間的や金銭的な余裕のみならず、自分の考えをまとめ、政策について情報を収集し、それを発信する自信と能力というのが必要であり、それは必ずしもすべての所得階級や社会階層の人に均等にあるわけではないと。そのことを忘れて、すべて物事を進めてしまうと下の方の層への声というのが小さくなってしまうんではないかということに対する懸念だと思うんです。 オバマ政権がこのような中で発足したということは、そのアメリカ社会の根本的な性格というのを変えたのか、それともただ一時的にあるたまっていたものが噴出して政治的なものになったのか、そこのところはまだ分からないと思います。 ただ、私たちが気を付けなければいけないのは、日本においてもそのような政治のリプリゼンテーションの格差というのが明らかに存在するだろうということかと思います。 以上です。
○参考人(加藤智章君) まず一九九〇年代の動きでございますが、フランスは、御承知のようにドイツとフランスとがECの組織化というか、に非常に貢献してきましたし、特に九〇年代は、ECからEUに変わるということと、それからユーロを導入するということの関係で、財政赤字を削減するということが通貨統合の一つのメルクマールになったということなので、ここの部分で財政健全化ということが志向されたということが一つ。 それからもう一つは、フランスは八〇年代から非常に一〇%ぐらいの高い失業率がずっと持続してまいりました。職域保険ということを基本にすると、失業者の増大というのは個別の職域保険制度の財源の安定化ということを阻害する要因として出てきますので、この高失業率とそれから通貨統合という流れの中でいよいよ国庫に依存せざるを得ない租税というものを導入しようという動きが出てきたというところです。ただ、フランスにとって幸いだったのは、先ほども述べましたが、家族給付制度というのは、労働者、自営業者関係なく一元的な組織で運営していたという背景がございまして、それに入れるんだという理屈は非常につくりやすかったんだと思います。 それから、普遍的医療給付の内容でございますが、四ページの一番先にちょっと数字を載せております。これは、九九年にこの法律を制定するときに、やはり職域保険との関係で職域保険を組織化できないような人たちが必ず出てくるというので、あるいは、何というか、所得が十分ではなくアルバイトを繰り返しているような人たちはなかなか職域保険に入ってこられないという事情がございまして、法案の中で説明されたのは、大体七十万人ぐらいが医療保険に加入できないんだという説明がございまして、人口は大体日本の半分なんでございますが、うち五十五万人は何らかの形で任意保険というのを利用しているけど、十五万人については全く医療保険は加入していないんだという説明がございました。 具体的な数字は統計等が出ていまして、実際に今受給している数はこれよりもかなり上だと思いますが、ちょっと具体の数字は、申し訳ございません、今持ち合わせておりませんが、百万のオーダーではなかったかと記憶しております。 以上、簡単ですが。
○会長(矢野哲朗君) 古川俊治君。
○古川俊治君 続きまして、自由民主党古川俊治の方から御質問をさせていただきます。 三人の参考人の先生方、ありがとうございました。 我々が今、高負担・高福祉国家の国民は総じて国民幸福度が高い、これは諸外国、特に高負担・高福祉でやられている国の状況を学びまして、これを日本の参考にしたいということでやってきているんですが、よく私、こういった制度の国際比較をやるときに考えるのは、医療制度にしてもあるいは年金制度にしても、日本は日本なりに今まで苦労してつくってきたところがございまして、特に日本人の歴史あるいは国民性、そういったものに根差して今の現制度があり、そしてその上で政策を行っている、そういった背景があるわけですね。これを無視して国際比較だけでいきなり外国の制度を持ってきても恐らくうまくいかないだろうと考えているわけなんです。 そこで先ほど、例えば阿部先生の方から、加藤先生も基本的に同じでございますが、特に経済面のことについて、給付と負担の在り方、今回こういうテーマでございますので、御説明いただきました。そこでいきますと、主に、先ほど阿部先生の言葉を使わせていただきますれば、ハピネスの前にまずウエルビーイング、これは経済がかなりかかわってきますよね。ただ、ハピネスを考える場合には、恐らく社会的あるいはカルチュラル、文化的な面を考慮しないと、国民がお金の体制だけによって本当に、経済面だけによって幸福になれるかどうか恐らく分からないだろうという気がします。 それを考えますと、欧米において、アメリカあるいはヨーロッパ諸国においては、まず第一がキリスト教文化というのがそちらに恐らくあると。基本的に日本はそれを持たない。それは基本的な問題でございますが、そういった背景があると。これは宗教的な背景。 それから、一般的に言われるのは、欧米諸国では個人主義が強いと、日本に比べてですね。逆に、日本の場合は家族のきずな等を大事にします。家族の縁を大事にして、親の介護なんというのは、ちょっと前の日本まではかなり義務的に社会としても認容するし、子供も義務と思うのが当然と思われてきたわけでございます。一方で、欧米諸国においては、逆に個人の尊重、先ほど最後に、人格の尊重という概念が早くから育っておりまして、これは逆に言えば、他人の尊重ですとか、いわゆる自己責任といった意識につながっていったと、こういう違いもあると思うんですね。 そこから、こうした経済的な面、この制度比較は、いろんな面から解説していただきましたけれども、それとともに、これに対して、社会文化的あるいは宗教的な背景がどのように国民の幸福に影響してくるか、これが私はちょっと関心がございまして、その二つの面からです。 特に年金、医療、こういった自助の部分ですね、特に保険、自助の部分。それから、もう一つが公助、社会保障、社会給付ですね、公的扶助。この公助の部分のほかに、恐らく社会的な共助の部分というのがあるんですね。宗教的なドネーション、これはアメリカで多いと考えられますし、あるいは近隣の助け合いみたいなそういった共助、そういった社会システムにどういう影響を及ぼしているか、市民の活動の面から。それが第一点。 もう一つの面として、民族間の精神性の違いですね。日本人とアメリカ人、フランス人あるいはスウェーデン人を比較した場合のハピネスの感じ方の違い、ウエルビーイングからハピネスに来るところですね、その部分でどうその違いをお考えになるか。これは日本に制度を導入する場合に、考える場合に重要な点と思いますので、三人の参考人の先生からそれぞれお話をいただきたいと思います。
○参考人(阿部彩君) 非常に難しい問題だなと思いますけれども、ウエルビーイングという言葉を使っていただきまして、ありがとうございます。 ただ、私が用いたウエルビーイングのコンテキストというのは、例えばグスタフ参考人がQOLというような言葉を使われましたけれども、それに似たような観点だと思うんですね。例えば、必要なときに医療が受けられるかですとか、三食きちんと食べられるかですとか、学校に行って自分が受けたい教育を受け取ることができるかというようなことというのは、宗教ですとか個人主義ですとか、どのような、いろいろな文化を持っている国でも共通して、やはり国として保障すべきものだと思うんですね。それは共助でやるべきところだから公助はやらなくていいというようなものではなくて、でも、現実問題としてもう既に自助、共助が足りない部分というのが露呈しているところですので、それを補う、それを保障するのが国家の責任ではないかなというふうに考えます。 そういう意味で、制度の設計の理念のところはどの国でも変わらないんではないかなと思いますけれども。
○参考人(加藤智章君) 私にとっても非常に難しい問題なのですが、共助という点で少し述べさせていただくと、先ほども言いましたように、日本の場合は、簡単に言うと、国家対国民ということで社会保障を語る場合が多いと思うんですが、フランスの場合は、ピエール・ラロックという人が一九四四年にイギリスのベバレッジ報告というものを意識しながらフランスの戦後の社会保障制度をつくるといったときに、社会保障制度はイギリスとは違って自分たちでやるんだと、労働者と使用者で形作ってきた戦前のスタイルを維持しながら社会保障制度というのを展開してこようという、そういうスタンスでつくったときに、私は報告で言いましたが、国家とは一線を画する社会保障を構築しようということで制度設計をしました。 それはある意味ではそういいながらも水準が低くて、その表れは、例えば年金の保険料算定限度額というのが非常に低く抑えられているとかということに表れているんですが、それを上回る部分については労働協約等で労使間の交渉の中でつくっていこうと、いわゆる共助の部分はそういうところで育っているんだろうと僕は考えています。そういう意味では、国家ではなくて労使関係の中、基本的には労働者を中心に話をすると、労働協約等の中で上乗せの給付というものをつくっていくというのがありまして、それがどんどん浸透しているというのはフランスのありようなんだろうと思います。それはやはり国家と国民という関係ではなくて、もう一つ自分が所属しているところの職業との関係で一つの社会というのは形成されているのかなというふうに思います。 精神性の違いというのは、ちょっとそういう観点からは私は研究していませんので、すぐにはお答えできませんが、共助という部分についてはやはりかなりフランスは、特に税金を投入することとの関係で自分たちのこだわりというのを持ちつつ、そこは恐らく財政的に困っても残そうとするメンタリティーというのはかなりあるのではないかというふうに私は見ております。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) ありがとうございます。 自分の経験からの話しかできないかもしれませんけれども、確かにこういう国民性と伴う制度じゃないともちろん機能しないだろうということはあると思いますので。 あとは、おっしゃったキリスト教の影響とかということは、これに関してはまず、よく誤解されていると思いますけれども、実は、北欧は特にそうなんですけれども、今教会へ行くスウェーデン人のデータしか持っていないんですけれども、九五%は教会へ行かないんです。非常に実は宗教のない国なんですね、今は。それはいいことか悪いことかというのは、これは別の議論だと思いますけれども。 ただ、そういった下で、政治の中では結局話になるのは、この福祉に関しては確かにおっしゃったようなQOLの話なんですね。生活の質を守るという、あるいは維持をするということが目的になると、生活の質は何なのかというと、一つの、私から言うと、定義は、我々は当たり前のように思っている貴重な日常生活の話なんですよ。そんな複雑な話じゃないんです。貴重な日常生活が、しかもなるべく私が望むような形でできるか、それは私にとって、個人にとって意味のある生活。 この意味のある生活は、これは心理学の例えばビクトール・フランクルとか、こういういろんな非常に分かりやすいいい定義があったりしますけれども、意味のある貴重な日常生活をするためにということは、これは介護の世界に入ってしまうと、例えば申し上げたように、自分のお母さんが認知症になったときには、どんなに頑張っても、家族がやるといっても、家族ができない問題なんですね、家族は脳の専門家ではないから。同じように、家族は車いす作れない。家族はもしかしたらパーキンソン病の専門家でもない、まあほとんどなんですね。そのときは社会制度が必要だというのは、これはすべて共通点です。ですので、それをシステム化するためには共通点が多いとは私は思います。 何よりも、障害者なのかいわゆる健常者なのかということは、人間の貴重なところは、日本人なのかスウェーデン人なのか、夢を持って、そして能力はある、その夢を持って自分の能力を生かしていけるとしたら健康なんだという議論もあります。健康という一つの定義は、その有意義性を感じた上で自分の力で対応できるという、これは実は介護の世界では最も大事な定義なんですね。施設に入っても意味のある生活になっているかどうかというのは、これ非常につくりにくい環境なんですけれども、これはまたスウェーデンと日本は変わりません。だからこそ、お互いのところでは参考になるのではないかと思います。 以上です。
○古川俊治君 一点だけ済みません。 じゃ、阿部参考人に、アメリカの民間の例えばNPOみたいな法人がこういった国民負担では足りないところについて活動していると思うんですけれども、それがどういう影響を及ぼしているかという点については何かございますか。もし知識があったら教えていただきたい。
○参考人(阿部彩君) 特に、もう私がよく知っている分野なんかでは、ホームレスの対策なんですけれども、シェルターは、日本ではホームレス自立支援法で公的なものとしてつくっておりますけれども、アメリカではほとんどが教会であったりコミュニティーであったりというような団体が運営しているわけです。そういうところで公助が至ってない部分というのを多分に補完しているとは思います。 そのようなカルチャーというのがあるというのも、これも事実でありますし、実際にそのような運営まで行かないにしても、いろいろな資金面で優遇されているということで寄附等がやりやすいというようなことで、NPOが非常に発展しやすいというバックグラウンドはあるとは思います。
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。 よろしいですか。 澤雄二君。
○澤雄二君 公明党の澤雄二でございます。 阿部参考人、加藤参考人、グスタフ参考人、今日は本当に貴重な意見ありがとうございました。 阿部参考人とグスタフ参考人にお聞きしたいと思っていますけれども、最初に阿部参考人。オバマ大統領が進めようとしている医療保険の拡充ですね、この間世論調査の結果をテレビで見てびっくりしましたが、五〇%以上の人が反対をしていますね、アメリカ国民の。これは、阿部参考人が言われたアメリカのその社会風土の中には格差を容認するという気持ちがあるんだということを言われておりますけれども、その格差を容認するということがこの医療保険の拡大ということに反対する数字の率になっているのかということなんであります。 私、前職のときにニューヨークに三年間おりました。そのときに、前歯四本差し歯治さなきゃいけなくなって歯医者へ行きました。テレビ局に勤めていましたので、プライベート保険ですが、相当いい歯科専門のプライベート保険に入ってくれていました、と思うんですが、見積りをしてもらったら、四本差し歯治すと一万ドルと言われたんです。当時、一ドル百円ですから百万円。えっ、そんなの金ないよと言ったら、ジューイッシュの先生で、じゃ手術を二回に分けたことにしようと去年と今年といって、それで八千ドルになりました。ボーナス全部はたいて八千ドル払いました。 これ、相当いい歯科の医療保険に入っていてそれだけの負担。日本だと、前歯は保険の利かないところも一部ありますから、それでも五万円出せば治る。これがアメリカのそのプライベート保険なんですね。これ、こんなに金払う保険に入っていてもですよ、格差を容認するという社会なのかという疑問ですね。 それから、これは非常にうがった見方でありますけれども、新型インフルエンザがはやりました。アメリカは最初の方、ずうっとこのインフルエンザは心配ありませんと。あのニューヨークの市長は、テレビに出て、みんな働いているじゃないですか、消防士も警察官もみんな働いているじゃないですか、何の心配も要らないと、ずうっと世論をそうやって鎮めてきました。 なぜ危険じゃないって言い続けたのかというそのうがった見方でありますけれども、つまり、危ない新型インフルエンザだって言った瞬間に、低所得者含めてみんなが治療を受けに病院に殺到するかもしれない。でも、その人たちは医療費を払えないですね。全部病院の負債として残ってしまうという、これ非常にうがった見方ですよ、だから危険じゃないって言ったんだという説もあるんですが。 つまり、そんなに阿部参考人言われたようにアメリカは医療保険、全然進んでいません。でも、それを進めようとしたときに半分以上の人がこれに反対をするというのが少し納得できないので、説明をしていただければというふうに思います。 それから、阿部参考人にはもう一つお聞きしたい。 先ほども質問ありましたけど、格差が民主主義の仕組みを脅かすという指摘があると。下に、政治参加、影響力の格差って書いてあって、これは何となく分かるんですが、こういうことではなくて、格差が直接的に民主主義を脅かすというようなことですね。つまり、格差、貧困が進めば、ナチスとかって言いたくありませんけど、ファッショだとか、民主主義そのものを直接的に攻撃していく。国民が貧困、格差に陥れば陥るほど、その不満をどうやって解消できるかという何か新しい力が出てきてしまう。 日本もいざなぎ景気を超える景気拡大がこの十年間で続いたんだけど、実は同じ十年間で給与所得ってマイナス十兆円まで下がったんですね。これ、格差を増大させた何物でもないんですね。つまり、格差が広がるということは民主主義そのものを脅かすというのはすごく意味のある言葉だと思うので、もう少し御説明をいただければというふうに思います。 それから、グスタフ参考人、お聞きします。 日本では高福祉・高負担は無理だろうと言う人が多いと。特に政治家に多いと。その理由は、日本は大きい国だけど、スウェーデンは小さい国だという話。小さい国とはスウェーデン思わないですけど、多分それは人口が多いか少ないか、ここにある九百万と一億三千万という、人口が多いか少ないかという意味だと思いますけど。 実は私も、日本では高負担・高福祉は難しいだろうと思っていました。それは、人口の多い少ないということと直接かかわってくることでもあるんですけれども、それは、これだけ人口が多いと所得の捕捉が難しいんですね。どれだけ収入を一人一人が持っているかというその所得の捕捉であります。 日本は、御存じかどうか分かりませんが、クロヨンとかトーゴーサンとか言われてサラリーマンは一〇〇%捕捉されるけれども、そうじゃない人たちというのは、六分とか四分とか三分とかって言われていて、その所得を捕捉するということがすごく難しい。この所得の捕捉が正確にできないと、高負担・高福祉というのは実現できないんですね、世の中に不公平感だけ広がりますから。 だけど、スペインのように消費税を上げれば公平じゃないかという話はあるかもしれませんが、消費税は逆進性が高いから、日本も今格差が広がっていますので、特に低所得者層には大変な負担増になるので、この消費税で解決するわけにいかないということになると、どうしても所得に比例して租税を課していかなければいけないということが必要なんだけど、これがすごく日本では難しい。 ただ、今日グスタフさんに大変勇気付けられたのは、政治家でありますから、人間は知恵と努力があれば何でも解決できますので、何とかそういう障害を乗り越えて、できるだけ負担を少なくして高福祉の世界を築いていければなと思っていますけど、その所得の捕捉ということについてはどういうお考えでしょうか。 以上です。
○参考人(阿部彩君) アメリカの医療改革について五〇%が反対しているということについてどう思うかというお話なんですけど、ここはもう学術的なきちんとしたデータに基づくというよりか印象としか申し上げられないんですけれども、アメリカ国民には元々やはり大きな政府に対する非常に嫌悪感というものはございます。ただ、それでもアメリカの社会は社会保障制度というのを構築してきたわけでありますので、なぜ今の段階だと医療保障制度というのについて人々が反対するのかということですが、ここではアメリカの政治学者のバーテルスという人の言葉を借りて御説明いたしますと、彼が言っているのは、無知な自己利益、アンエンライティッド・セルフインタレストというような言い方をするんですね。 つまり、今回の例えば医療制度の改革についても、それによってアメリカの社会の中での無保険者がどれぐらい減って、アメリカの中にどれぐらい信頼感が生まれて経済的にも寄与するだろうというようなことよりも、自分の保険料が上がるか上がらないか、自分の今持っている職域の保険についてどのような影響があるかによって人々は反対すると、反対したり賛成するというようなことなんですね。ですので、ここにもそのような力といいますか、自分の利益についてつい考えてしまうというようなところが働いているのではないかなというふうに思います。 ちなみに、バーテルスという方がこの言葉を用いたときは、一連のブッシュ減税のときだったんですね。そのときには高所得層にはすごく大きな減税があったんですけれども、低所得者にも少しですけれども減税があったんですね。その格差は明らかに高所得者の方がいっぱい減税、枠が大きかったんですけれども、それでも低所得者層の人はそれに賛成したんです。というのは、自分もやはり減税の部分があったと、少しですけれどもあったということで、全体像を見るんじゃなくて、自分にとって利益があるかどうかだけを見てそれに賛成するか反対するか決めたということで彼はこの言葉を使っているんですけれども、今回の医療改革についてもそのようなところが非常に大きいんではないかなというふうに思います。 また、格差と政治的な民主主義についてですけれども、どの時点まで格差が増えれば、それが爆発的なもので社会改革の変容の力になっていくのかとか、そういうようなことははっきりとは申し上げられません。 ただ、分かっているのは、格差が大きい社会というのは社会の中での信頼感というのが低くなっているということです。これ、ソシアルキャピタルという言葉で、社会学者は使ってそれを説明するんですけれども、例えば、あなたは道で人に会ったときにその人を信頼しますか、それともこの人は自分のことをだまそうとしていると考えますかというような意識調査で見たりしますと、明らかに格差の大きい社会の方が人に対する信頼度、信用というのが少ないんですね。信頼が少ない、ソシアルキャピタルが少ない社会がそのまま進展していけば、後々に社会的な安定というのが崩れていくというのも容易に想定できる範囲であるのではないかなというふうに思います。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) ありがとうございます。 負担に関しては、所得税か消費税にどっちかにするかということ、多分どっちでも、とにかく地方分権と伴わないとなかなか払いたくならないと思うんですね、国民が。 というのは、私、払ったお金はどういうふうに使われているのか、本当に私の利益になるのかというのは、こう思わない人たちは税金払わないんですよ。これはもう北欧全体的には自信を持って言えるんです。私は、北欧で払った税金は私のためになると思って、三〇%なのか四〇%なのか、これ投資という形で、要するに税金取られるという言葉自体がないんですよ。取られるというのは日本人なんですよね。取られるものじゃないんですよ。私は、預けたお金で、そしてそれが私のためになるんだったら、三〇%、四〇%、五〇%、六〇%でもいいんじゃないですか、自分のためになると思っているのであれば。 ただ、それは余りにも遠いところで、しかも、そしてそれはどういうふうに使われているかというのが分からないのであれば、これは実は現実にスウェーデンでも議論されているのです。どこでそれはその議論があるかというと、EUに関してなんです。EUの選挙もあります。先ほど八〇%、九〇%、投票率の話をしましたけれども、EUの選挙はそんなないんです。四〇%になったりするんです。なぜかというと、非常に遠いところで何をしているか分からない、私のためになっているかどうか分からない、確認できないというところではお金払いたくない、投票したくないということなんです。それは多分一つの事実だと思います。 もう一つは、要するにすべてはコストの話ですので、この話は参考になるかどうか分かりませんが、ちょっと実験的に。定期的にスウェーデンに帰ったりしますけれども、興味を持って自分の同じ年齢の同じ子供を持っている幼なじみに質問したのは、貯金しているかどうかというのをちょっと興味を持っている、プライベートな質問ですけれども。貯金してないとしている友達がほとんどですけれども、少し、例えば十万円とか二十万円を持ったりしているんです。だけど、私はいいなと思いました。子供二人がいて、私は百万円の貯金を持ったとしても、結果としてはマイナス三千九百万円なんですよね、私立の幼稚園から大学まで行かせようと思えば。私は百万を持っているわけじゃないんです。私は今、これからずっと払わなきゃいけない、計算できるものはずっとあるわけですから、お金は持っている意識はしないんです。私、うらやましいなと確かに思ったんですね。私の、子供を持っているスウェーデンの友達が百万持っているんだったら持っているんですよ。消費税、医療、福祉、介護、もう払ってあるんです、毎日の所得税と消費税で。そうすると、取られるという意識にならないんですね。 以上です。
○澤雄二君 どうもありがとうございます。
○会長(矢野哲朗君) 引き続きまして、山下芳生君。
○山下芳生君 日本共産党の山下芳生です。 お三人の参考人の先生方、ありがとうございました。 まず、グスタフ参考人に伺いたいと思いますが、最初に言われた高福祉を目指すべきなんだという理念に非常に共鳴をいたしました。その理念がスウェーデン社会にどのように生まれてきたのか、こう聞こうかと思っていたんですけれども、参考人、最後に福井県永平寺にもこういうふうに書いてありますよとおっしゃられましたので、日本でもそういう理念は古くにあったんだと。そうすると、日本とスウェーデンのどこに差があるのかと。一人一人の市民の心と行動に違いがあるのか、あるいは政治の役割はどうなのか、少しちょっとこの感じるところをお話伺えればと思います。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) 済みません。じゃ、なるべく短くいたしますけれども。 だけれども、この福祉国家をつくるという、間違いなくきっかけは危機感ですよ、国の危機なんです。その国の危機は百年前のアメリカに四分の一のさっき申し上げたように国民が逃げている国なんですね。もう一つは、三〇年代、戦争状態になりそうなヨーロッパ、この中では国の役割はということは国民の家だという考え方が始まりました。国民の家であれば、それはみんなの家なんです。この人は駄目、あるいはこの人はあのコーナーだというようなことじゃなくて、そういう、スウェーデンではよく使う言葉が、国民同士の連帯感というんですけれども、連帯感という、日本語で何ですかね、ソリダリティーという。 ただ、スウェーデンは、それはまた誤解していただきたくないんですけれども、これは、例えば今悩みになっているのは、所得税はこれ以上バランスとして取れないだろうというのは確かに今なっている話なんです。前の選挙では福祉制度をやめていくじゃなくて変更させるという、保守党というんですかね、が勝ちましたけれども、ただそれでいきなりに税金を減らしたわけではないんですね。いただいている税金の使い方を考え直しましょうということになったんですね。スウェーデンの場合は、これは非常に合理性の考え方だと思うんです。今、先ほど申し上げた認知症の分野なのか、障害者の分野なのか、今の投票の分野なのか、スウェーデンはそういう意味では非常に合理的な国だと思うんですね。人権を守って合理性をという、これが伴うから成功しているんですね。 私の意見としては、日本は非常にいきなりに高齢化してしまいました、少子化と伴った。この中ではまだ日本らしい合理的な道が現れていないんじゃないかという、ちょっとざっくばらんな話として思います。温かい心だけでは駄目だというのは、これもまた介護業界からのメッセージなんですね。冷たい頭も必要なんです。じゃないとプロにならないんですね。これは社会全体の、スウェーデンが何とか今成功したところじゃないかなと思います。
○山下芳生君 ありがとうございました。 加藤先生に伺いたいと思います。 社会保障の費用負担は税金と保険料だと思いますけれども、先生の資料三ページのところで御説明にあったとおり、フランスでは一貫して保険料の使用者負担が高いと。医療保険だと七対三ぐらいでしょうか。それから年金保険で六対四、それから家族給付はもう十対ゼロと。何でフランスでこういう割合になっているのか、その歴史的な経過。例えばフランス革命以来の市民のいろんな運動だとか闘いの反映なのか。それから、この使用者負担が一貫して高いということを見直そうという動きがこれまであったのかなかったのか。それから、経済界からその点での要望や動きはあったのかなかったのか、教えていただけますでしょうか。
○参考人(加藤智章君) まず、この料率の格差というか、使用者の方の保険料率が高いのは戦後から一貫してこういう形になってございます。その理由は幾つかあるとは思うんですけど、結局、使用者の負担というのも労働者がつくり出しているんだという発想がフランスはかなり強いところがございまして、そうである以上使用者の方が高くてもいいんじゃないかというのと、あとちょっと、対独協力したことの腹いせなんだというような、その当時のですね、要するにドイツに協力した企業というのが多かったということに対するサンクションなんだという説明がずっと定着しているんだということも、どこまで信憑性を確認したわけではありませんが、ございます。 一貫して保険料率は使用者の方が高いままに来ております。当然、経営側は低くしようということを常に主張するわけですが、ただ、割と使用者も社会保障については国家の介入というよりは自分たちでやろうという意識、要するに労働者と一緒になって守っていこうという意識が強かったというのは一つございます。ただ、もういつも国際競争力との関係で大変なんだということは繰り返し主張されてきたことで、恐らく私は、この医療保険の一二・八対〇・七五というのをフランスの経営者側がいつまで維持できるのかという、そこに次のフランスの社会保障制度の大きな見直しというのが来るのかなと思っていますが、これ今恐らく地下でいろいろな動きが出ているんだと思いますが、はっきりしたところはまだ出ていないということです。
○山下芳生君 阿部先生に伺いたいと思います。 二問あるんですけど、一問は今の質問と同じなんですけど、企業の保険料負担、社会保障の費用負担は諸外国と比べて日本の場合は私は低いんではないかと、税と社会保険料を合わせますとですね。これ、少しいかがなものかと考えているんですが、先生のお考えを伺いたいということと、それから、先ほどオバマ政権の公的医療保険制度の提案に対して、残念ながら、残念ながらというか、アメリカの中でかなり反対の意見や行動が起こっていると。先生は先ほど無知な自己利益という考えというふうにおっしゃられたんですが、私、かつてのアメリカの独立宣言などに見られるような民主主義の先進国としてのアメリカのそういう伝統なども考えてみると、そういう目先の利益だけでそういうふうに多くの方が行動するというのはどうもなかなか理解できないんですが、ひょっとすると、民間保険会社が公的医療保険制度ができることによって利益が減少するという点で、それを反対する大キャンペーンを巨額の経費も使って展開しているんではないかというようなこともちょっと考えてしまうんですが、そういうことがあるんでしょうか。もしお分かりでしたら教えていただきたいと思います。
○参考人(阿部彩君) 企業負担というのは確かに高いという声は上がりますけれども、今までの過去の、余りこの十年間ぐらいはその社会保障税のところは改革がないんですけれども、例えば医療保険料率の改革ですとかあったときには、どちらかというと負担が増えたというか、負担を増やしてきたというようなところがあります。例えば、上限がありましたけれども、報酬に対する、の撤廃を図ったりというようなところで、結果的に企業の負担も増えるような形で改革は行われてきたということがあるかと思います。 二番目のオバマの医療改革ですけれども、もちろんそういう面もあるとは思います。物すごいネガティブキャンペーンが張られているということで、でも、ネガティブキャンペーンの中身としては、あなたの保険料は高くなりますよですとか、あなたの保険がカットされますよというようなことでキャンペーンを張っているんですけれども、その背後のモチベーションが一番大きなところがどこにあるのかといったら、もちろん既にもう利権がありますので、そのような団体があるということもあるかとは思います。
○山下芳生君 ありがとうございました。
○会長(矢野哲朗君) よろしいですか。 一巡したわけでありますけれども、改めて質疑を求めたいと思います。 吉川沙織さん。
○吉川沙織君 民主党の吉川沙織です。三人の参考人の先生方、今日は本当にありがとうございました。 今日は格差と貧困という観点からお話もございましたし、私自身も若年者雇用問題に特化していろいろ取組をしてまいりましたので、その観点から幾つかお伺いをさせていただきたいと思っています。 今、あらゆる層で格差や貧困が広がっていて、格差自身は、これまでの政府はなかなかお認めにならなかったけれども、格差は実際にあって、そしてようやく貧困率も明らかになってきたというような状況があります。その中でも特に若年者、私自身も本院で議席をいただいている中で今一番若い議員の一人ですけれども、そういう中で今二十代三十代、今またその再来と言われております就職氷河期もありますけれども、二十代三十代、働いても働いてもなかなか報われにくいワーキングプアというような状況があったり、あと、二十代三十代の死因がほかの先進国にはない自殺が死因の一位となっている、そういうような状況もあります。また、社会保障の観点からいっても、国民年金の納付率、実質納付率は、若い世代ほどやっぱり信頼感がなかなか持てないということもあり、そしてまた、払いたくても払えない、そういう状況もあって低いというような状況があります。私自身、物心が付いて、そして社会に出るとき右肩上がりの経済社会というものをなかなか実感できるような、そういう世代では残念ながらございませんでした。 そういう中で、私たちが求める幸福とは何かというのを今三人の先生方のお話伺いながら考えていたんですけれども、なかなか難しいというところがあります。 そこで、阿部参考人と加藤参考人にお伺いいたしたいんですが、阿部参考人のお話の中で、格差と貧困についてアメリカ独自の自己責任論によって容認している節があるという、そういうお話がございました。日本においても、特に若年者雇用問題は、社会経済の構造的要因に踏み込まずに、どちらかといえば若者自身に人間力が欠如しているから、そして七五三現象に見られるように離職率が高かったり我慢強くなかったり、本人の問題にどちらかといえば責任転嫁されているような政策がこれまでは多かったように思います。 そこで、阿部参考人には、その自己責任論、日本においてはその自己責任論をどこまで問うべきか、それとも社会構造の問題に切り込む必要がもっとあるのではないかというその御見解。そして、加藤参考人におかれましては、冒頭、学歴による格差という御発言がございました。これは自己責任ととらえられているのか否かという点についてお伺いしたいと思います。
○参考人(阿部彩君) 日本でももちろん貧困や生活困難に対しては自己責任論というのが非常に強かったというふうに私自身は認識しております。むしろ余りにもそれが強過ぎて、例えばホームレスの問題が最初に論じられたときも、あの方たちは好き勝手にやっているんだろうというようなことが言われましたし、今、若年者でもおっしゃるとおりのことが言われますし、母子世帯に関しても好きで離婚をしたんだろうというようなことが言われ続けてきたわけです。 今、ようやくそれが構造的な、社会的な構造的問題であるんではないかということがようやく認識され始めかけたかなというようなところで、私の見解としては、もう自己責任論を超えて、社会の構造について、社会側の問題についていろいろ考えて、これからいろいろ手だてを打っていかなければいけない時期にやっと到着したなというように感じております。
○参考人(加藤智章君) ありがとうございます。 学歴格差の問題と自己責任との関係ですが、総体的には所得が低い層が学歴を恵まれないということは恐らくあると思いますが、それが例えば人種を理由にしているとかそういうことは、基本的にフランスはそういう差別を非常に排斥するというか、そういう国ですので、それはありませんが、しかし、経済力が学歴に反映されるということは、しかもそれが要するに再生産されるというところは否定できないところだろうと思います。 そういう意味では自己責任と言えるのかどうかちょっとはっきりしませんが、なかなか競争状態が同じというところではないということはあるんだろうと思います。
○吉川沙織君 ありがとうございました。 では続いて、先ほどから同僚議員から何人か質問出ていましたけれども、格差が民主主義の仕組みを脅かすという指摘、政治参加、影響力の格差という観点から阿部参考人にお伺いしたいと思います。 これもまた若い世代の投票率という観点に置き換えて少し考えてみたんですけれども、格差が民主主義の仕組みを脅かす。そして、日本においていえば、先ほどグスタフ参考人の方からスウェーデンでは高い投票率によって今の制度が構築されているというお話がありました。日本においては社会保障の給付、例えば現金給付にしては、ほとんどが年金に充てられていて労働保険ですとか生活保護になかなかそのお金が振り向ける余地がないと言えばそれまでなんですけれども、そういうような状態にあります。 そういった中で、例えば二年前の参議院選挙の投票率を概観いたしますと、高年齢者層ほど投票率が高く、若い世代に行けば行くほど残念ながら投票率が低い、しかもかなり低いというような状況にあります。そういった中で、もちろん、幸福が感じられない政治に希望を持てない、バブル崩壊後に社会に出た、そういう背景はあるんですけれども、政治参加をしていかなければなかなかその若い世代、そして子供の貧困に対して焦点が当たっていきにくいのではないかという、そういう疑問点を持っています。阿部先生の論文の中でも、「もともと、アメリカ国民の政治参加は、選挙行動でみると所得が高い層に偏りが生じていた。」というふうに書かれておられます。そういったことも含めて、アメリカにおける政治参加の影響力と日本における投票率とは一概には比較はできないと思うんですけれども、もし何らかの御示唆いただければ、いただきたいと思います。
○参考人(阿部彩君) おっしゃるとおりに、投票率というのを見ますと明らかに世代間の格差というのがありますし、それを今の、例えば子供の貧困ですとか社会保障給付での高齢者と若者に対する給付の割合の差というのに結び付けることは簡単なんですが、私は日本の格差問題を世代間問題とすり替えるべきではないというふうに思っています。 例えば貧困率一つを見てみても、アメリカからちょっと話は外れますけれども、日本の貧困率を見てみても、高齢者の貧困率の方が若者の貧困率よりも圧倒的に高いです。特に高齢女性ですとかの貧困率は非常に高いものがあります。ですので、高齢者対若者ではなくて、高齢者の中でも貧困者があり、そうでない層があるという、すごく大きな、一番格差が大きい世代ですね。若者の中でもうまくエスカレーターに乗れる人もあればそうでない人もあるわけですね。ですので、そこのところをただ単に世代間的に問題をとらえてしまうと、それを、妙な世代間抗争みたいなのをよりあおってしまうんではないかなというふうに私は思っております。 ですので、社会保障関連給付に関しても、高齢者の方が多くて子供の方が少ない、若者の方が少ないということで、じゃ高齢者のをカットしてそれで若者に回すというのは余りにも短絡的な発想であって、そうじゃなくて、高齢者の中でもだれが必要か、若者の中でもだれが必要かということはもう少しきちんと見ていく必要があるのではないかというふうに思っております。
○吉川沙織君 ありがとうございました。 同じ世代の中でもだれが、そしてだれに必要かというようなお話、すごくよく分かりました。 最後に、生活保護についてお伺いしたいと思います。 加藤参考人に。フランスの中では社会保護の中に入ってしまうのかもしれませんが、生活保護の漏給問題というのはフランスにおいても問題としてとらえられているんでしょうか。
○参考人(加藤智章君) 済みません、生活保護、何問題ですか。
○吉川沙織君 漏給問題。日本では、本来受けられる人が六百万人ぐらい受けられていないというような状況があります。フランスでは、同じような問題は見受けられるんでしょうか。
○参考人(加藤智章君) これは、阿部参考人の話にもございましたが、フランスの場合も日本におけるような生活扶助というような費目はございませんので、例えば若年者であるとか失業者であることに対して所得保障するということなんですね。 漏給というのは、どうなんですかね。確かに、フランスにもホームレスみたいな方もいらっしゃいますから、そういう人たちに対して手が差し伸べられていないという側面はあるんだと思いますが。 具体的にこういう問題として出ていますということは、今述べる能力はありません。申し訳ございません。
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございます。 よろしいですか。
○吉川沙織君 はい。ありがとうございます。
○会長(矢野哲朗君) 松あきら君。
○松あきら君 公明党の松あきらでございます。 本日は三人の参考人の先生方、大変示唆に富むすばらしいお話をありがとうございます。 当調査会は、「幸福度の高い社会の構築」ということで、大変漠とした、難しい、けれども非常に大事な問題ということで、仮説やあるいは逆説などを立てまして今まで議論を重ねてきたところでございます。 今日は、お伺いしようと思うこと、かなり質問に出ましたんですけれど、時間の関係で手短に、お一方一問ずつお伺いをしたいと思います。 まず、阿部参考人でございますけれども、私もベーシックインカム、当調査会で四月にちょっとそのことで問題提起させていただいたわけでございますけれども、アメリカの、先ほど出ましたEITC、あるいは英国のWTCですね、日本もこうした給付付き税額控除というのはもう導入すべきときが来ているんじゃないかと私は考えるんですけれども、しかし、アメリカではこの方式で少なからず不正受給があるということを聞きました。この問題に対してどう対処しているのか、こういう問題が看過できる問題なのかどうか、一点お聞きをしたいと思います。 それから、加藤先生は、私も先ほど使用者負担のことでお伺いしようと思ったんですけど、もうこれは聞かれましたので結構でございます。 一つ、私は、アメリカで例のアンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットのカップル、これはもう御存じのように、年収両方で数十億円というこの二人に育児助成プログラムということで二十八万五千円が支給されましたよね。日本では多分これから子ども手当を民主党さんもされようとしておりますけれども、今から、もう手当てされる前から所得制限云々の話は出ているわけで、先ほどオバマ政権の公的な保険の云々もありましたけれども、フランスでは、例えばこうした問題に国民が、あれだけ何十億も稼いでいる人たちには要らないんじゃないのとか、もう少し低所得の方に手厚くした方がいいんじゃないなんていう問題が出ないのかどうか、ちょっとそれをお聞きをしたいと思います。 それから、グスタフ参考人、私も今日は本当に目からうろこと申しましょうか、本来、認知症になられた方も、在宅である程度のところまではきちんと自宅で過ごせると、最終的には施設へ入ることも仕方がないことだと思いますけれども、それを可能にしているシステムということを伺いまして本当にびっくりいたしました。そこまでは知りませんでした、いろいろなシステムですね。けれども、日本の中では、高負担・高福祉ということで、なかなか難しい問題もあるとは思います。 実は、少し前でございますけれど、この高負担について、現役世代が、負担が多過ぎるということでヨーロッパの他の国へ出たということが報道された時期がありました。今はまた戻ってきたようでございますけれども。これはまた、どういうことで戻ってこられたのか。 それからもう一つ、これは今も現在もそうであると聞いておりますけれども、これも話題になりました、手厚くされている高齢者の方にアルコール中毒ですとか自殺率が高い、こういう点に関しての、ちょっと、それがどうしてかなということで不思議な気がいたしますけれども、少しお話しいただけたらと思います。 よろしくお願いいたします。
○参考人(阿部彩君) 確かに、アメリカのEITCは、一時不正受給の率が非常に高いということで問題になりました。ただし、不正受給のほとんどのケースは、子供があることを条件としているところが非常に大きいんですけれども、その子供の定義なんですね。というのは、アメリカでは非常に離婚や再婚率が高いですので、その子供を扶養している親がだれかというものがそれほどはっきりと決まらなく、そのEITCの条件というのに何か月間一緒に暮らしていなければいけないですとかいろいろな条件が付きまして、必ずしもぱっとそれが分かるものではないんですね。そのような社会背景がある中での不正受給だったということで、今はそれも、例えば子供にソーシャルセキュリティー番号というのがありますので、その子供のソーシャルセキュリティー番号をEITCの申請書に書かせることによって、例えば離婚している親の両方が同じ子供を書かないようにというようなことが防げるようになりました。それで不正受給も大幅に減りました。 ただ、このような問題というのは、例えば日本の児童手当でも同じような構造で、子供がある、所得制限がある中で支給するということでは同じ条件ですので、ありまして、それについては不正受給というようなことは余り聞きませんので、日本で問題になるとは思いません。
○参考人(加藤智章君) ありがとうございます。 フランス人にとって家族給付は非常に自慢の制度のようでございまして、すごくいい制度だとみんな言っておりますが、これにつきましても、ただ家族給付という単体でぽんとあるものじゃなくて、いろいろな例えば単身の親に対する手当とか幾つかございまして、かなり充実したものだと思いますが、恐らく所得要件を設けて支給を排斥するというようなことは基本的にはないというふうに考えております。だったと思います。むしろ、家族給付をもらうためには居住の条件とかを要するにランクアップしないといけない、要するに引っ越さなければ、いい家庭環境というところを確保しないと家族給付はもらえないというようなこともあるやに聞いておりますので、そういう意味では、基本的にそういう所得要件を設けるということはなかったというふうに思います。
○参考人(グスタフ・ストランデル君) ありがとうございます。 まず、今日の特にこの認知症の御夫婦の話も、本当に個人的にもとても分かりやすくていいなと自分も思っています。それに関しては一言だけで、そこまでできるようになったのは一人でやろうとしているわけじゃないからこそなんです。家族だけで隠して、問題を、何か恥かくんじゃないかとかと思わないで自然に社会から受け入れてくれるからできているんです。プロの介護職員、そして家族の方、そして御本人が、この三角のとてもいいコミュニケーションと関係ができた上でチームワークができています。そのチームワークができたからこそ、彼女のアルツハイマー病の症状が出たときにはその症状のコントロールができます。そうすると、だんなさんの家族支援にちゃんとなります。 これは、四本の柱というのは世界保健機構が定義している緩和ケア理念と言うんです。これは今までがんの分野では使われたりしていたんですけれども、スウェーデンは今積極的にこれを初期の段階から認知症の分野でやろうとしています、制度として、理念として。これは、実は日本スウェーデン福祉研究所という株式会社が日本で今認知症の分野では広げているんですけれども、結果としては非常にああいう分かりやすい映像になるんですけれども。 あとは、戻ってきた、ボルグとかアバとか、こういうだれでも分かるスウェーデン人が、確かにほとんどの人たちがスウェーデンに戻ったというのは同じような議論だと思いますよ。確かに戻ると税金は高いんですけれども、取られるということじゃなくて、そのためには安心していい生活できるからということで戻ってきたんじゃないかと思います。 あとは、自殺に関しては、確かに高齢者の分野では自殺が今でも多いです。特に認知症の方はうつ病の方が非常に多いんです。これは、御存じのようにうつ病と自殺というのは非常に近い関係があったりしますので、これはまだまだ対策が必要な分野ですね。ただ、もう一つ事実としては、この対策が積極的に始まっているんです。スウェーデンは何か一時期有名だったんですよね、自殺の高い国だとよく日本でもあちこちで言われたことあるんですが、これはもう事実じゃないんですね。全体的な自殺率が非常に低いんです。それは、積極的に対策が成功したからなんです。 ほうっておけば、自殺があったりしますね。今の人口の十万人当たりの件数は、スウェーデンは一三・二なんです。日本は二三・七なんです。だから、悪い意味ではこれは共通の課題になったりして、ただ、スウェーデンよりもこれは日本の大きな問題なんです。一緒に解決していきましょう。 以上です。
○松あきら君 ありがとうございました。
○会長(矢野哲朗君) よろしいですか、松君。 その他、御質疑ございますか。よろしいですか。 他に御発言もなければ、以上で参考人に対する質疑を終了いたします。 阿部参考人、加藤参考人、グスタフ参考人、大変今日はお忙しいところ本調査会に御出席をいただきまして、ありがとうございました。 本日お述べいただきました御意見、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表しまして心から御礼を述べさせていただきたいと思います。 ありがとうございました。(拍手) 本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十一分散会