沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号
- 発言数
- 71 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2009/06/19
会議録
○委員長(市川一朗君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、一川保夫君、草川昭三君、水落敏栄君及び藤原正司君が委員を辞任され、その補欠として横峯良郎君、西田実仁君、丸川珠代君及び加藤敏幸君が選任されました。 ─────────────
○委員長(市川一朗君) 沖縄科学技術大学院大学学園法案を議題といたします。 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。佐藤沖縄及び北方対策担当大臣。
○国務大臣(佐藤勉君) 沖縄科学技術大学院大学学園法案につきまして、その提案理由及び概要を御説明申し上げます。 沖縄振興につきましては、自立型経済の構築等を目指し、沖縄振興特別措置法及び沖縄振興計画に基づき事業を推進しているところであります。この沖縄振興計画では、二十一世紀の沖縄の振興に貢献するとともに、ひいては世界の科学技術の発展にも貢献することを目指し、世界最高水準の自然科学系の大学院大学を核として、研究所、民間企業等の集積を図るものとされております。 この大学院大学については、平成十七年度に設立された独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構により先行的に研究事業を進めるとともに、恩納村に新しい施設を整備してまいりました。また、大学院大学の在り方については、ノーベル賞受賞者を中心とした内外の著名な科学者により検討が行われるなど、開学に向けた準備も進められてまいりました。 こうした取組を踏まえ、この度、平成二十四年度までの開学を目指すこととし、そのための所要の措置を講ずるため、ここに本法律案を提出申し上げる次第であります。 次に、本法律案の内容について、その概要を御説明いたします。 本法律案は、沖縄科学技術大学院大学を設置する沖縄科学技術大学院大学学園について、その目的、役員の選任の特例、国の補助金等を定めるものです。 この学園の目的は、当該大学において、国際的に卓越した科学技術に関する教育研究を行うことであり、もって沖縄の自立的発展及び世界の科学技術の発展に寄与するものです。 この学園は、科学者を中心とした自主性及び柔軟性のある運営を行うことが必要であるため、学校法人として設立されるものです。その役員である理事には、科学技術の発達に関し特に功績顕著な内外の科学者や沖縄の振興に関して優れた識見を有する者を含めることとし、その定数の過半数は外部理事でなければならないこととしております。 国は、学園に対し、業務に要する経費の二分の一以内を補助できることとしておりますが、国際的に卓越した教育研究を実現する等の観点から、当初十年間は二分の一を超えて補助できることとしております。また、内閣総理大臣は、学園の事業計画の認可等を行うこととしております。 その他、この学園の設立に伴い独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構を解散することなど、所要の規定を設けております。 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要でありますが、この法律案につきましては、衆議院において修正が行われたところであります。 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛同くださいますようよろしくお願いをいたします。
○委員長(市川一朗君) この際、本案の衆議院における修正部分について、修正案提出者衆議院議員三井辨雄君から説明を聴取いたします。三井辨雄君。
○衆議院議員(三井辨雄君) 衆議院の三井辨雄でございます。 沖縄科学技術大学院大学学園法案に対する衆議院における修正部分につきまして、その概要を御説明申し上げます。 第一に、法律の目的に、沖縄の振興に寄与するとの趣旨を追加するものであります。 第二に、学園の評議員の選任に関する特例を新たに設け、評議員に、沖縄における経済又は社会の実情に精通している者及び大学の経営における公正性及び透明性の確保に関して優れた識見を有する者が含まれなければならないものとするものであります。 第三に、国は、予算の範囲内において、学園に対し、業務に要する経費について、その二分の一を超えて補助することができることに改めるとともに、十年間に限り業務に要する経費の二分の一を超えて補助できるものとする規定は削除するものであります。 第四に、国は、この法律の施行後十年を目途として、学園に対する国の財政支援の在り方その他この法律の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとすることの規定を設けるものであります。 以上が本法律案の衆議院における修正部分の概要であります。 何とぞ委員各位の御賛同をよろしくお願い申し上げます。
○委員長(市川一朗君) 以上で趣旨説明及び衆議院における修正部分の説明の聴取は終わりました。 ─────────────
○委員長(市川一朗君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 沖縄科学技術大学院大学学園法案の審査のため、本日の委員会に独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構理事長シドニー・ブレナー君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 暫時休憩いたします。 午後零時五十二分休憩 ─────・───── 午後零時五十五分開会
○委員長(市川一朗君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を再開いたします。 沖縄科学技術大学院大学学園法案を議題といたします。 本日は、参考人として、独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構理事長シドニー・ブレナー君に御出席いただいております。 この際、ブレナー参考人に対し、本委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。 ブレナー参考人から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。 議事の進め方について申し上げます。 まず、ブレナー参考人に二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。 御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっておりますので、御承知おきください。 また、参考人、質疑者とも発言は着席のままで結構でございます。 それでは、ブレナー参考人にお願いいたします。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 委員長、ありがとうございます。 私、発言のメモを通訳者に渡しました。そして、ゆっくりと英語で発言させていただきます。同時通訳者が付いてこられるようにゆっくりと発言をいたします。 本日は、この委員会に出席して議員の皆様方に沖縄科学技術大学院大学について説明する機会を得ましたことは、大変光栄であります。 私が理事長を、そしてバックマン博士が理事を務める基盤整備機構は、過去数年間、この機構を設置した法律に定められた目標を達成するために精力的な努力を重ねてまいりました。 この機構に与えられた目標を確認したいと思います。一つは、沖縄で高いレベルの学際的な科学研究を開始し、またそれを振興させるということ、二つ目が大学院大学の開学の準備を行うということでありました。この二つの目標は、沖縄の自立的経済発展を振興するという目的の下に追求されているものであります。 私どものこれまでの数多くの大きな成果を語るのが本日の目的ではありません。ただ、一言申し上げさせていただければ、私どもは与えられた目標を完全に達成いたしました。主任研究者も二十人を数えております。その過半は海外から来ております。また、幾つかの研究領域を確立しております。その幾つかの領域においては、既に国際的な評価を得ております。これは、我々のプログラムあるいはワークショップに対する応募者の水準にも表れています。 本日は、過去にこだわるのではなく将来を見据えてお話ししたいと思っております。この法案が採択されれば、新しい大学院大学を沖縄につくるという取組の新段階に入ることになります。二〇一二年までに、私どもは、科学者や研究者をそろえ、すべての施設の建設を完了し、学長を任命し、主要な事務職に人材を配置し、数多くの学生を獲得し、そして最先端の研究教育機関に必要な複雑な運営体制を確立するということを目標としております。 この先やらなければならないことはまだまだたくさんあります。しかしながら、その多くに関しては既に取組を開始しております。しかし、それを実行に移していくためには法案の成立が必要です。この困難な事業に立ち向かっていくに当たって、我々が確信を持って取り組んでいけるように皆様方の強い支援が必要であります。また、沖縄の県民の皆様、沖縄の各機関、そして日本国民全体の揺るぎない支持が必要であります。 さて、このプロジェクトは、沖縄や日本にとってのみ重要なのではなく、世界全体にとっても重要であると考える理由を説明させてください。 私がこのプロジェクトの立ち上げに参加した理由は二つあります。 一つは、日本は科学のイノベーションの能力を十分に生かしていないと感じたからであります。大学教育研究の制度の下で、若い科学者に独自の研究をさせる機会が十分に与えられていないと考えました。私ども年寄りもまだ熱心に科学に取り組んでおりますが、やはりイノベーションというのは若い人たちの力を解き放つことで生まれるわけです。 それから、二つ目の理由といたしましては、新しいアイデアというのは旧来からの様々な分野の学際的なところでいつも生まれるものだからです。この学際的な分野で新しいアイデアが生まれるという事例は、生命科学の分野で五十年間何が起きたか御覧いただければ分かることと思います。生命科学の新しい発見は、化学、物理、数学、そして計算科学の融合する分野で生まれたのでした。 大学というのは通常厳格な学部体制がしかれておりまして、このように多様な科学者のグループ同士のやり取りを融合していくことが難しいことが多いのです。そしてまた、既得権益によって壁ががっちりと用心深く守られてしまっています。したがって、旧弊あるいは旧制度を脱却して全く新しいものを融合してつくっていくということが非常に重要な課題になるのではないか、そしてやりがいがあることではないかと考えた次第です。 かなりこの方向性で既に進捗が見られておりまして、今回、将来の発展に有益な条項を盛り込んだ本法案が可決すれば、その作業を進める上で制度的な基盤が整備されることと思っております。 本構想プロジェクトの最も重要な点は沖縄とのつながりです。多くの人たちが、沖縄という場所では科学技術大学院大学のような先端的機関を設立するには開発が不十分な場所ではないかとお感じのようです。しかし、私の考えでは、研究プロジェクトからまず始め、そして主要な中心地から離れて、その既存の体制の言わば遺産から離れたところで活動を始めれば、我々独自の文化あるいは風土づくりができるのではないかと考えた次第です。若い苗木は古い大木の林の中では日陰になってしまって育たないからです。また、私たちの使命は沖縄の経済的自立に貢献することであると重々承知をしております。これは将来的にますます重要になってくるでしょう。 この先、本学の活動を重ねる中で、私たちの研究から経済的な価値を生み出せるようにしてまいりたいと考えております。そして、そのためには質に重点を置いてまいります。本学の科学者の質、そして私たちが育てる人材の質に重きを置くことで達成していきたいと思っております。 そして、なかんずく重要な点としては、科学の国際舞台においてきちんと認められ、そして国際的な科学者のネットワークの重要な位置を占めてまいりたいと思っております。一部の分野で既にこれは達成をしております。本学の募集ポストへの応募人材の質にも見られますし、本学ワークショップに参加する生徒の質にも反映されております。そして、さらに厳格に高い水準を維持しハイレベルのイノベーションを維持すれば、産業界にも来ていただける、そして沖縄にそれによって裨益できると思います。 このように、垂範率先することによりまして生まれる新しい文化が是非広まることを私としては期待しております。私たちの教育、そして発信内容の中には、多くの問題を抱える世界にとって科学技術が重要な役割を果たすのだということも訴えたいと思っております。 沖縄発のこの試みが日本中に広がればうれしく思いますし、新しいアジア太平洋の科学者のコミュニティーが世界に広まれば、この上なくうれしく存じます。 以上です。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○委員長(市川一朗君) ありがとうございました。 以上で参考人の意見陳述は終わりました。 これより参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○今野東君 民主党の参議院議員今野東でございます。 ブレナー博士には、世界中を飛び回っていらっしゃる大変お忙しい中でこの時間を割いていただきましておいでいただきまして、本当にありがとうございます。 私たちはこの沖縄科学技術大学院大学について準備を重ねているわけでありますが、そういう中で大変御苦労をしていらっしゃることに、議員の一人として敬意を表します。 さて、私は、今日ブレナー博士にお話を伺うについて、一番最初に、なぜこんな大変なお仕事をお引き受けになったのかという理由をお尋ねしようと思いました。しかし、そのことは既にお話をしてくださいましたが、まず一つは、科学的イノベーションを生かしていないということをおっしゃいましたが、それはどういう点で見受けるのか。具体的に、こういうところが足りないというようなこと、具体例をお話しいただきたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 私、思いますに、科学のイノベーションを活用するという問題ではないと思います。科学的なイノベーション、日本はうまく活用していると思います。私が申し上げたかったのは、科学イノベーションの創生、それを生み出すということであります。日本の国立大学などでは、若い人たちが独立した科学研究を行う機会が非常に少ないと考えておりました。それが、私がこの職務を引き受けた大きな理由であります。 しばらく前、私は、ある物理学部のレビューを行う委員会に参加しておりました。東京大学有馬学長の時代ですが、そこでその作業に参加して、そこでいろいろな機会が失われているということを目の当たりにしたからであります。
○今野東君 ありがとうございます。 今、有馬さんのお名前が出ましたが、この仕事の最初の段階でお話をされたのは有馬さんだったんでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 元々、この話を最初に持ってこられたのは尾身様であります。この仕事に就かないかということではなくて、そのもっと早い、初期の段階の議論に参加してほしいというふうに尾身様に声を掛けられました。沖縄の可能性について検討する作業に参加してほしいということで、これは随分前のことでありました。この理事長の職というのは、そのもっと後で設置されたものであります。 それからもう一点、有馬教授はその検討のグループのメンバーでありました。
○今野東君 よく分かりました。ありがとうございます。 それで、この沖縄科学技術大学院大学を開学させるに当たって、この大学院大学が沖縄の自立的発展にどうつながるのか、私たちはこの大学をつくるために一生懸命努力している役人の皆さんから話を随分聞いたんですが、もう一つその科学技術大学院大学構想が沖縄振興策の一つであるということがどうも分かりにくくております。 沖縄振興特別措置法という法律がありまして、この法律の目的には、「沖縄の自立的発展に資するとともに、沖縄の豊かな住民生活の実現に寄与することを目的とする。」とあります。私は、この沖縄科学技術大学院大学がどのようにして沖縄の自立発展に資するのか、またどのようにして沖縄の豊かな住民生活の実現に寄与するのか、どうもいろいろな方のお話を伺っているんですが分かりにくいんです。そこのところは、ブレナーさんはどういうふうに考えていらっしゃるでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 単純な形でお答えをしたいと思います。 様々な例を引くことができると思います。このような活動を開始することによって経済的な価値が生まれると。つまり、こういったセンターで科学を行うことによってそれがその周辺に広がっていくということが世界の様々な地域で既に行われているわけであります。ここで認識すべきことは、そういった実例が既に多く存在するということであります。 私が一番よく知っている二つの例、これは私が実際に関与した例でありますが、サンディエゴで全く新しい活動、研究所を設立したということがありました。これはバイオテクノロジーの大きなセンターとなっています。それから、英国のケンブリッジ大学、ここにも私はおりましたけれども、このケンブリッジ大学もその周辺で多くの産業を創出しております。それは大学からのスピルオーバー効果ということで生まれているわけであります。 ただ、残念ながら、そういったことが実現するには時間が掛かります。そして、乗数効果があるということが言えると思います。より高い生活水準の人たちを関与させるということで様々な影響をもたらすということが言えると思います。最先端の科学、技術、またそういった特定の姿勢を持った人たちを導入することによって人々の暮らしをより豊かにすることにつながる、またその様々な活動につながっていく、大学が重要な地位を占めるようになればそういった影響が期待できると考えます。
○今野東君 最先端の技術の導入で人々の暮らしが豊かになるというお話は大変よく分かります。それは、日本全体の利益ということを考えた場合にそれは言えるのかもしれませんが、それが沖縄のと前に付くと私にはなぜなのかというのが分からなくなるんです。それは、またこの法案の質疑がありますので、そこでいろいろお尋ねをすることにいたしますが。 さて、二〇一二年度までに開学を目指していくという沖縄科学技術大学院大学ですけれども、ブレナー博士の努力によりまして、今二十名の研究者の方々が既に研究を始めている、また続けているわけですが、私が聞いているところによりますと、五十名の研究者を予定していると聞いております。今はまだ二十名なんですが、これは見通しはどうなんでしょうか。 大変お忙しく世界各国を回って、様々な科学者の方々とお会いになっていろいろ御苦労をしていらっしゃることは承知をしておりますが、五十人まで研究者を集めるということは開学までには可能でしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 私どもの目標はおよそ五十人確保するということであります。厳密にちょうど五十人ということでもありません。それから、大学の学長もその大学に魅力を感じて来てもらわなければならない。そうすると、彼の、その学長のアイデアも導入する余地を少し残しておかなければならないということで、およそ五十名の研究者を確保して開学したいと考えております。それは可能であるということについては自信を持っております。 そして、過去一年、二年の間に分かったことは、私としても驚いているのですが、出願者、応募者の質、彼らの研究の質、彼らのこれまでのバックグラウンドを見ると大変なものがあると。で、まだ施設として開発途上にある我々のこの施設に来てもいいという人がこれだけいるということに驚きを感じています。そして、今後も多くの人たちが来てくださると考えております。今年の年末までには二十五人以上確保できると期待しております。 元々、十分なスペースが確保できないと人を呼んでくることもできません。今後二年間であと二棟、施設を、建物を建設しなければなりませんので、そのスペースができなければ人も採れないということもあります。こういった状況をいろいろと考えますと、目標は十分に達成可能だと私は考えております。
○今野東君 研究者を招聘するに当たって、少し現実的なお話をさせていただきたいんですが、研究者にはそれぞれ家族がおいでになるでしょう。沖縄という場所においでいただくには、これは研究者の間ではそれほど有名な場所ではないと思いますので、この新しい土地においでいただくのはそれなりの条件を示さなければならないと思いますが、これはブレナー博士がお示しになる条件というのは、それは我が国の限られた予算の中でやらなければならないことで、またそこは大変御苦労をお掛けしているところですが、それで十分でしょうか。あるいは、こういう条件が提示できればもっと優れた科学者が、沖縄に来てもらうことができるんだがというようなことをお考えの点はあるでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 私、もちろんこの機構の規則の中で職務をしなければならないという、その制約を抱えております。大学は、大学として判断をしなければならないということになると思います。その時点で十分に条件が提示できるようにするということが我々の仕事であります。 一つ我々がやってきたことは、住宅ですね。教職員、それから学生のための住宅、宿舎を整備するということに取り組んでおります。単にその研究棟を造るというだけでなくてコミュニティー全体をつくっていく、そこで生活をするための環境を整えていくということが必要であります。これは十分にできていくというふうに考えております。世界の若い科学者たちに対して良い条件を提供できれば、独自のそれぞれの研究を行う環境を与えられれば、彼らが最も求めているのはそれなんですね。それは過去の例にも示されています。そして、それは我々ができることだと考えています。 そして、もちろん沖縄というのは非常に美しい土地であります。物理的にも地理的にも非常に美しい場所です。仕事をするのに適した環境を提供できれば、若い科学者はそれに魅力を感じると、関心を持つと思います。
○今野東君 いろいろ御苦労をいただいていること、本当にありがとうございます。 ちょっともう一つお尋ねをしたいんですが、さっきブレナー博士は、大学の周囲に企業が集まって、また大学院大学から出てくる科学的成果を利用する企業がそこに集まってくる、知的クラスターがたくさんできるのだというような話を私たちも聞いておりますけれども、それは、さてどれぐらいの時間が掛かるのでしょうか。そこのところは私たちは大変心配をしているところです。 ブレナー博士が時間が掛かるとおっしゃったのは、なかなか予想は難しいと思いますが、数年なのか十年なのか二十年なのか、あるいは百年なのか、どうお考えでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) ありがとうございます。 あと何年も私は生きておりませんので、その成果が頂点に達するのを見届けることはできないかもしれませんけれども、プロセスとしてはしたがって時間が掛かるということです。 ただし、既に二社、二つの企業と協力合意をしております。電子顕微鏡を作るということで日立と契約を結んでおりまして、この協力を継続するということになっています。それから、二件目はホンダでありまして、研究を支援してくれています。銅谷先生の研究を支援してくれているのがホンダです。したがって、既に関心は産業界において見られるということで、この計画に上乗せをいたしまして、キャンパス内におきましてもある地域を決めて会社が自分の研究室を構えられるような場所を設けたいと思っています。そういった決定をすることで役に立つんではないかと思います。 どれぐらいの時間が掛かるかということですが、何年か、あるいは二十年なのか百年なのかとお聞きになられましたが、二十年ぐらいというのが何か形のあるものができるのに掛かる時間ではないかと思います。時間は掛かるということです。
○今野東君 この大学のスタートは、整備機構としてスタートしたわけですけれども、このときのスタートのときのメンバーと少し今のメンバーは違います。三木理事が辞職をされました。こうしたスタッフの動き、あるいは辞めていってしまっている人もいるという、内部の人的なコミュニケーションというのはうまくいっているという報告を受けていらっしゃいますか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 内部のコミュニケーションには問題はありません。 三木先生は個人的な理由によって辞職をされたと記録にあるとおりです。お辞めになったほかの方々も短期的な任期で、その任期終了に伴ってお辞めになったということです。それから、もう既に代わりの方を入れて、辞めた方の数に比べ二倍のスタッフが増えています。科学的な組織としてはこれは典型的でありまして、職員の多くの人たちが短期的な契約であるというのは普通のことです。
○今野東君 私が質問をさせていただく時間はもうなくなりましたが、最後に、短くで結構ですが、世界一の先端を行く科学技術大学院大学に育てていくためにはどういうことが必要でしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) ごく手短にお答えいたしますと、最も優秀な人たちをできるだけ集め、そして提供できる最も優れた環境に置き、彼らに任せることです。
○今野東君 ありがとうございました。サンキュー・ソー・マッチ。
○島尻安伊子君 自由民主党、島尻安伊子でございます。 ブレナー先生、今日は本当にありがとうございます。 本日は、独立行政法人沖縄機構の理事長という立場でいらしていただいておりますけれども、国際的な学術界におきましては、ノーベル生理学・医学賞というもう大変な賞を受賞された分子生物学の世界的権威であるということで、こういった、ちょっと手元にメモがありますけれども、この文字を見るだけでも世界的な権威であるということがよく分かりますし、そういう先生に来ていただく中で直接お話を伺う機会を与えていただいたこと、大変に光栄に思います。 私は、沖縄県の地元の選出の参議院議員でございまして、そういった立場からこのプロジェクトについてブレナー先生の御意見を伺いたいと思っております。 世界最高水準の研究大学院ということは、まさに世界の、あるいは人類全体の発展に貢献するものであるというふうに考えておりまして、そういった機関が沖縄に存在するということになると、これだけでも私は県民の誇りになるというふうに思っております。 そこで、沖縄ということに関して率直な御意見、御感想をまずお聞かせいただきたいというふうに思うんですが、先ほどお話の中にもありましたが、沖縄は大変美しいと言っていただきました。大変に、その環境という中で大変に私も美しいところだというふうに思いますが、一方で、沖縄に住む人々、人たちの温かさから大変に暮らしやすいところではないかなというふうに思うんでございますけれども、その点についての御感想と、それから、そういった点で自然科学の研究をする場として、例えば東京とか大阪とかあるいはほかの大都市と比べても私は優位性というもので優れているというふうに思うんですが、御意見を、御感想をお聞かせいただけませんでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) ありがとうございます。 私から申し上げたい点として、一つ先ほど申し上げなかった点がございます。二年ぐらい前、新しい分野の開発を始めました。環境科学であります。環境科学を二年前に分野といたしまして立ち上げまして、何名かの科学者がその分野の研究を執り行っております。特に、海洋環境、海の環境の研究を行います。したがって、これは沖縄の地理的な立地を考えると極めて適切であると思う次第です。そういう意味で、この分野におきます重要な貢献を世界に対して行うことができるのではないかと思います。 当初、これは必ずしも好感視されませんでした。伝統的な科学をやるべきではないかと言われたものです。しかし、時間の経過とともに環境科学というのが世界でも最も重要な分野になってきました。気候変動の問題もありますし、海洋環境が変わっているという問題もあります。したがって、この分野、環境科学の分野が重点分野となることを楽しみにしています。 それからまた、この機会をとらえまして琉球大学とのつながりも強化したいと思っています。また、琉球大学以外のほかの沖縄の大学機関等とも連携していきたいと思っております。 私は、小さな町に今まで住むことを好んでまいりました。これは個人的な理由なんですが、ニューヨークや東京など大都市に住むのが好きな人もいるかもしれません。私は小さな町が好きです。ケンブリッジも小さな町です。ほとんど私の人生、大半はケンブリッジで過ごしてまいりました。知的な作業、特に高水準の知的な作業はプレッシャーなくして小さな町で行うことができると思うんです。特に若い人たちで、家族が若い、沖縄はそういう意味では理想的な環境だと思います。 それから、沖縄に住むという経験を楽しんでいただきたい。いつも沖縄にいるということではなくて、将来的には若い人たちは世界中、日本中にも行かれるわけで、是非とも影響力を広めていただきたいと思います。 それからまた、沖縄の市長、多くの方々に会ってまいりました。私どものスタッフも地元の地域社会といろいろとやり取りをさせていただいています。オープンハウスも開催いたしましたし、できるだけ地域社会に溶け込んでいきたいと思っています。また、学校でも講義、レクチャーを行ったりしてまいりました。とても若い人たち、若い子供たち、六歳の子供が科学技術に大変高い関心を持ってくれることをうれしく思います。それだけやりがいがあると感じています。沖縄でやることの意義があると思っています。
○島尻安伊子君 今先生のお話の中にありました環境関連の研究というのは、今後大変に注目される分野であるというふうに、私も大変に注目をしているところでございます。 今、アメリカのオバマ大統領がおっしゃった環境政策の中にもスマートグリッドということがありますけれども、そのグリッドという意味では本当にいろいろな地元の、今お話にありました琉大とかそういった大学の機関と、それだけではなくて企業と、それから地域がそのグリッドといいますか、そのつながりが持てるという意味でも、もう大変に私としては期待するところであります。 特に沖縄は、先進国にはない亜熱帯地域であるということ。先生のお話にもありました、もう既にサンゴのゲノム研究をなさっているということで、こういった沖縄の特性を生かした研究というのがイコールこれからの世界が注目する科学技術の研究につながっていくものだというふうに考えております。 もうまさに、温暖化とか地球環境、生命システム、こういった分野はまさに沖縄にふさわしい研究テーマではないかというふうに思うんですが、その辺の御感想をいただければと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) はい、全く同感であります。今おっしゃられたこと、全く同感です。 我々、これを非常にユニークな大学にしていきたいと考えております。様々な科学の領域、環境にかかわる科学の分野をまとめてあらゆる領域をカバーするということは非常に大変なことです。海洋学、遺伝学、生物多様性、大気物理、地球物理、化学、こういったものすべてまとめていかなければならないわけですね。これを通常の大学でやろうとしても非常に難しい、あるいは不可能であるわけです。そういった様々な科学を横断した形で教育をするというのは非常に困難であると。しかし、我々は、沖縄では融合的な取組を行うことができると考えております。それが我々の科学技術研究の一つの頂点を示すことになるのではないでしょうか。
○島尻安伊子君 ブレナー先生は、自らがノーベル賞受賞者であるばかりではなくて、お聞きしたところ、指導なさった方の中からこれまで五名もまた別のノーベル賞受賞者が出ているというふうにお聞きをいたしました。もう大変にすばらしいことだと思っておりますが、この人を育てるというところですね、それも世界最高水準を目指す若手研究者を指導し、育成していくというところのポイントを教えていただいてもよろしいでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) これは私の秘密ではないので、秘密だった教えないところですが、お話ししましょう。 どのようにしてやるのかと、育成をするのかということですが、若手の研究者の研究に直接かかわることです。よく言うんですが、メンタリングというふうに英語では言いますけれども、メンターとして彼らが歩んでいくのを助けていくと。彼らが将来をつくっていく、私のような人間ではなく、彼らが将来をつくっていくわけですから、彼らを正しい方向に向けてそして必要な支援をしていく、様々な施設を提供していく、そういったことが必要だと。それが実にこの新しい大学で可能になると考えております。
○島尻安伊子君 お聞きしたところ、もう既に地元の高校生が今ある研究施設に行って、もう将来は科学者になりたいんだという志を立てて、大学を卒業して今その研究所に入っているという大変うれしいお話を聞いたことがありますが、本当にそれが、例えば、むしろ地元の、沖縄の子供たちが将来大変に大きな志を立てるというものになってほしいなというふうにも思いますし、それが沖縄のみならず、日本の中の子供たちが科学技術というものに注目をしてくれるような、そんなものになっていけばいいなと私も思っているところであります。 このプロジェクトが沖縄振興にどのように役立つかという観点から一つお話を伺いたいんですけれども、クラスターということで、内閣府の皆さんからもそういったお話を伺っているんですけれども、何もこういったクラスターは世界的に見て今回初めてではなくて、先ほど先生のお話の中にサンディエゴの例がありましたけれども、シンガポールとかほかにもこういったクラスターが形成されていると、知的クラスターが形成されているというふうにも聞いております。 沖縄振興というところとこの知的クラスターというところの今後果たす役割といいますか、それについてちょっとお聞きしたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) ありがとうございます。 先ほども申しましたように、一番重要なことは、その研究自体がまず経済活動であるということですね。それが第一点です。つまり、この大学開学のときに五百人以上の人が雇用されるということになるわけであります。比較的高い生活水準を享受する人たちであります。そして、彼らに対し様々なサービスやアメニティーを提供していく、それによって沖縄の能力が向上すると考えるわけです。 研究支出の中には設備の購入、化学薬品の購入などが含まれます。そして、そういった購買に基づいて大学の周辺にサプライヤーが生まれるという、直接的な影響も期待しています。 また、それに加えて間接的な影響もあります。つまり、アイデアを持っている人たちがそういったところに出資を仰いで、ベンチャー企業を大学の周りで起こしていく、そしてそれが成長していくということが期待されるわけであります。東京とか大阪、京都などに、あるいは関西のそういった地域にあるような高いレベルの技術では当初はないかもしれませんが、しかし、例えばソフトウエア開発といった領域では、沖縄でそれを行うということに非常に興味深い可能性があるのではないかと思っております。そういったところも伸ばしていきたい。 それから、より優秀な職員を招くことができれば、そこからすべては成長していくというふうに考えております。
○島尻安伊子君 それでは次に、この大学院大学の自立的経営の見通しということをちょっとお聞きしたいというふうに思います。 当初の案では、全体の運営費のうち半分を国が補助して、残り半分を自主財源で賄うということが原則でございました。衆議院の修正案で国費で全額助成できるという形になりまして、より安定的な支援が可能となったということであります。 実際の大学院大学の関係者の皆様は、このことについて、将来の自立に向けてどのような見通しを持っておられるのか。具体的に言えば、この大学院大学が競争的な研究資金若しくは企業からの寄附、共同研究等々で自主的な財源を運営費の半分程度まで確保できるようになるまでにはどのぐらいの年数を考えていらっしゃるのか、お聞きできますでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) ありがとうございます。 この段階ではお答えできません。まだ人が少なく、そしてまだ実績が積み上がっていないからであります。つまり、当初はそれは実現できません。しかし、数年後、大学が発展してくれば、日本の中でも非常に有利に競争できる、競争的資金を獲得するに当たっても十分に競争力を発揮できると考えております。 そういった形で五〇%を確保できるかというのは、これはまた別の問題になります。実際にこの教育を維持しそして研究棟の維持を行うためには、そういった、いわゆる間接費ですが、それがかなり高額に上る、運営を続けるだけでかなりの経費が掛かるということがありますので、半分をいつ出すようになるかということは分からないんですが、しかし、競争的資金を獲得するという意味では競争力を発揮できるというふうに考えます。 それから、将来的にはもう一つ収入源が考え得ると思います。つまり、我々が真に国際的な大学を確立できたならば、国外からの資金も目指すべきではないかということであります。 私、欧州の分子生物学研究所、ハイデルベルクの設立にかかわりました。それもゼロからスタートしたのですが、その研究所は複数の欧州の国の政府の支援を受けています。つまり、その研究所が人の教育をするということについて大きなメリットをもたらすという理解の上で多くの国の政府がそれを支援しているわけです。 したがって、私の夢としては、この大学がアジア太平洋のセンターになるということであります。そして、国際的な参加も増えれば国際的な資金の獲得も可能になってくるというふうに考えます。私は、この後、長くを続けることはありませんけれども、もし続けるとしたらばそういったところを一つ大きな目標に据えると思います。
○島尻安伊子君 もう終了の紙が来てしまいましたので、これで私の質問を終わりたいと思います。
○木庭健太郎君 公明党の木庭健太郎と申します。 今日は、ブレナー博士、わざわざこの国会までおいでいただきまして、貴重な御意見、本当にありがとうございます。 この沖縄の科学技術研究基盤整備機構の姿ですけれども、中期計画を読まさせていただきますと、設立当初は研究のみを実施して、その後、大学院としての地位を獲得したそういう前例というか例として、ロックフェラー大学であってみたり、スクリップス研究所であってみたり、コールド・スプリング・ハーバー研究所及びウッズホール海洋生物学研究所、この四研究機関があり、これを先例としたい、例としたいということがこの機構の将来計画の中に書いてございました。 こういった世界レベルの大学院や研究所、これらが世界最高水準になるためには、やはり大きな要素は、先ほどからお話があったように、どれだけ実力のある主任研究者を確保するかということとともに、もう一つは、やっぱりブレナー博士のように、ノーベル賞を受賞したような功績のある科学者を例えば学長に据える、学外理事として招聘する、こういったことも一つ大きな要素であるような気がいたします。 そこでお尋ねするわけですが、こういったノーベル賞受賞者など、言わば功績が顕著な科学者を学長や学外理事へと招聘を行う場合、どういった点を重視していけばいいのか、どういった点をきちんと考えていけばいいのか、この辺を教えていただければと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 難しい御質問です。なかなかお答えするのが難しい。 と申しますのも、人々の生活の中で、それぞれ人生で何を達成したいと思っているか理解しなければいけないからです。いろいろと研究をして、いろんな成果を出していて最後のチャレンジを追求しようとしている人、人生の最後の段階で人類に貢献したいと願っている人たちもいるわけです。そういう意味では、ユニークな仕事を求めている人もいる。そうした人を探すべきだと思います。 それから、ノーベル賞受賞者というのは、必ずしも学長として優れた資格ではないかもしれません。ほとんどのノーベル賞受賞学者は、学校、大学の運営の仕方を知りません。したがって、だれか探すとすれば、成果を上げてきた、そして自分の仕事はやり遂げて、最後のチャレンジを求めたい、最後何かチャレンジをしたいと思っているような人を探すべきです。そうすることで成長に貢献をしてもらうと。なかなか探しづらいかもしれませんが、そういう人材を探すべきだと思っています。
○木庭健太郎君 もう一つは、これからこの大学院大学、研究から次は大学院大学として学生を入れていくわけですが、先ほども地元沖縄の高校生が、大学院大学まだできていないんですけれども、わざわざ来られて入っているというような話もありましたが、この大学院大学の教育課程というのを見させていただくと、教育課程は博士課程をやる、学位はドクター、博士とし、そして、学生の募集というのは特定の国とか特定の地域とかいう入学枠は設けずに自由に募集するということが予定されているようですけれども、そうなると、もちろん主任研究員、研究者の側に優秀な方々が来ることも大事ですが、優秀な学生をどう集めるかが一番これからまたもう一つの課題になっていくと思うんです。 国際的にそういった卓越したような有能な学生、学ぼうというような学生を確保するためには、やはり大学としても戦略的な取組ということをしておく必要があるのではないかと思うんですが、学生の獲得ということについてどんなお考えを持っていらっしゃるか、お聞きしておきたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 既に私ども教育は始めております。もちろんまだ学位は出せませんし、そのための認定はまだ十分受けておりませんが、ただ大学院生は既におりまして、ほかの琉球大学、それから奈良の先端科学研究機関等との連携を通じて教育をしております。この活動を拡大していきたいと思うわけです。そして、最終的には学位を付与できる機関になりたいと。したがいまして、教育は既に始めております。 優れた学生を研究に呼ぶ、そのためにはやはり優れた研究者が必要です。優れた研究者がいれば学生も集まります。研究者が優れていれば、一流のサイエンス、科学を行うことがキャリアの中でできるようになるわけです。それが唯一の引き付ける方法だと思います。人によっては、もっとお金を出さなければ沖縄には来てくれないと言う人もいますけれども、研究の条件、それから知的な環境がむしろ重要なのだと私は思います。
○木庭健太郎君 今も少し議論を島尻先生がしていただいたんですけれども、今回、この法律案が通りますと、ある意味では研究費の問題について今までと考え方がひとつ変わってきまして、衆議院でこの法案を修正したことで、安定的な研究費の確保、一つの研究班当たり平均でやっぱり年間二億円、日本円にして二億円程度要するというような報道もちょっと読ませていただいたんですけれども、一応、それについて安定的な研究費を法案修正によって確保できるというふうな仕組みに法律はなっております。ですから、一生懸命とにかく法律を通さなくちゃということはもちろん思っているんですけれども、ただ、そうはいうものの、やはり将来的なことを考えれば自主財源をどうするかという問題の御指摘がございました。 やはりこの自主財源ということに対する基本的な考え方、先ほどよその国から言わば研究費を、さっきヨーロッパの例を挙げていただきましたけれども、そういったケースもあると思うんですが、基本的にはやはり、先ほどからおっしゃっているように、そこに来た企業との関係、相互に連携しながら、例えば企業の受託研究のような問題ですね、こんなところを獲得していく努力というのを大学としてもやっていくということにはなるんだろうと思うんですが、その点について、言わば研究費、お金が掛かる問題についてそれをどう確保していこうとなさっているのか、具体的な取組があればもう少し、先ほどの御発言に付随してお話しされる点があればお聞きしておきたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 先ほど申し上げましたように、可能だというだけではなくて、確実に競争的な形で、競争力を持って、そして研究助成金を日本において獲得できると思っております。 いわゆる業界からの委託研究はそんなに請け負わない。コストが安いからです。むしろ共同研究をしていきたい。より長期的な関係の下においてです。委託研究というのは産業界の出す費用が余りに安いわけです。 したがって、イノベーションということであれば、必ずしも委託研究ではなく、むしろ共同研究をしていきたいと思います。産業界との共同研究を進めることによりまして、非常に強力な基盤づくりができるのではないかと思っております。私自身、産業界と連携する経験をしてまいりました。主にイギリス、アメリカにおいてです。 したがって、そのような共同研究といったような協力関係を築くことによってメリットを享受できると思っております。 それから、将来的に資金調達を自前でどうやっていくのか。もちろん、だれでも将来どうなるかは分かりません。まあ、研究者をもっと育てて銀行員を減らせば、むしろ資金調達しやすくなるんじゃないかと思うんですが。
○木庭健太郎君 もう一つ、最後にお尋ねしますが、沖縄に来られて沖縄の産業というのを見ていただくと、支えているのは日本の中でもやはり小さい企業、日本では中小企業といいますが、そういった小さな企業が沖縄の経済なり産業を実際は支えております。例えば、観光の面であってみたり、情報通信の面であってみたり。 ただ、先ほどからお話をお聞きしておりますと、大学院大学が研究されることということは、どうも何か大企業というか大きな企業との連携の中では役立つような話になりはしないか。言わば地元のそういう小さい企業に対してもこの研究の成果というのがうまくマッチして生きていけば、まさに、先ほどから御指摘があっている沖縄振興とか沖縄の自立的発展についてまさに効果が生み出せる。 そういった意味では、大学院大学とこの小さな企業との連携、そして研究開発もあるんでしょうが、そういった関係をどんなふうにお考えになっていらっしゃるか。私は、非常にこれ、地元の中小企業と大学院大学がある意味じゃ一体となったような一つの姿が描ければすばらしいものになるんだろうと思いますが、その点についてのお考えを伺って、私の質問を終わりたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) これもまたお答えがなかなか難しい御質問です。といいますのも、中小企業の大きな問題は、日本だけではなく世界中において中小企業が大きな科学研究をやっていないということです。したがって、その課題を克服していかなければいけないということです。 私ども、最も人類の行動にとって重要な研究分野である神経科学もやっているわけですから、神経科学の分野の研究によりましてシステムづくりをする、人が使えるシステムづくりなどにつながればと思っています。 ただ、最終的には、例えば、五十名の教授陣で始まる大学ですが、MITは一千人も教授を持っています。私どもの二十倍の数の教授、教職員を持っているわけでありまして、したがって、私どものような小さな大学院大学がすべてを執り行うというのは余りに要求が厳しいのではないかと思う次第です。
○木庭健太郎君 ありがとうございました。
○紙智子君 日本共産党の紙智子でございます。 今日は、ブレナー先生、御出席本当にありがとうございます。ずっと一人に続けてお聞きしているのでお疲れかと思いますけれども、もう少しよろしくお願いしたいと思います。 それで、御承知かと思いますけれども、沖縄には我が国に駐留する在日米軍基地の七割が集中しております。そして、米兵の犯罪も多くて、沖縄は大きな基地の負担を負い、そして基地被害を受けています。沖縄振興は、こうした基地の現状をなかなか解決し得ないまま整備などにお金を投じているという点では根本的な問題があります。 そういう中でも、沖縄は依然として失業率が全国一で、県民の所得は最低水準になっております。私たちは、この法案については賛成するわけですけれども、やはりそういう状況の中でこの大学院大学が本当に沖縄振興に役立つものかと、役立たせなきゃいけないというふうに思うわけですけれども、自立的発展ということをこれから進めていかなきゃいけないということでは、若干の懸念も持ちながら、やっぱり本当にやるんであれば成功させなきゃいけないという思いなわけです。 それで、先生の御所見を伺いたいわけですが、まず研究員の確保の問題で、主任研究員の確保、これまで先生が大変御尽力をされてきたということを承知しているわけですけれども、大体五十人くらい目指して現在二十人と。この二十人の方々が沖縄の研究基盤整備機構のどの点が魅力になって来られているのかということと、逆に主任研究員が沖縄大学院大学で研究しようということで来るためには障害になっていることがないのか。あるとすればやっぱり取り除かなきゃいけないと思うわけですけれども、そういうことがないのかどうか。それから、これからの研究員の、研究者の確保の取組についてこれまでと違ったことなども考えておられるのかということについて、最初にお伺いします。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 私ども、よい機会を生かしながら採用してきております。一番最初の人たちを採用するのが最も難しいということでありました。人が入り始めれば、そこから人の輪がつながって、そしてほかの人が入ってくるという連鎖が生まれるからであります。既に十分な研究者が確保できたと考えております。ここに既にいる人たちがいるからといって、これから多くの人が来てくれると考えております。そういうわけで、新しい取組は特に必要ないと考えております。 もちろん、様々な障壁はあります。外国に行って、文化とか言語も違うところに行くというのはそれなりに大変なことなわけです。しかしながら、既に来られた方、非常にうまく適応しているんですね。非常に熱心に溶け込もうとしている。我々は、その基本的な社会的なアメニティーを提供しようとしています。例えば、セブンイレブンのお店を設けて、長距離移動しなくても基本的な買物ができるようにするとか、そういったことが必要だと思います。 そして、家族、子供たちのことを考えなければなりません。彼らが短期間に日本語が学べるように支援をしていかなければならない。実際、彼らはうまくそういったことをできていますが、そういった子弟のために日本語の教室などを提供しています。また、日本人の方々に英語の講習も行っています。といいますのも、そういった交流を、日本人と外国人の間の交流を進めていかなければならないと考えているからです。 これまで最大の障壁、問題であったのがハウジング、住宅の問題であります。特に学生たちがキャンパス内に居住できるようにする、そして研究棟に簡単に行って、夜十一時まで研究して、長い距離運転しないでも宿舎に帰れるというのが非常に重要でありますが、この問題も解決に向かっております。ですので、完結した科学村が確立できると考えております。そして、そこから大きなコミュニティーが将来生まれてくると思っております。 それから、これ、最後にもう一言だけ言わせていただければと思いますが、我々、新しい生活様式、雇用を受け入れていかなければならない。つまり、テクノロジーのリソースが集中していない沖縄の状況に対応していかなければならない。それは歓迎すべきことだと思うんですね。グリーンケミストリーとかエネルギーの生産などについて、世界の考え方がこれから変わってくると思うわけです。また、海洋資源の活用というのも今後重要性を増してくる。そういったところで新しい雇用が将来多く生まれてくるというふうに思います。 というわけで、私は将来に関しては非常に楽観的にとらえております。私は、人間の合理性を信じております。問題は人間活動によって解決できると信じております。そういった一般的なコメントを今の御質問に関連する形で述べさせていただきました。
○委員長(市川一朗君) ちょっと速記止めてください。 〔速記中止〕
○委員長(市川一朗君) 速記を起こしてください。
○紙智子君 それじゃ続けさせていただきます。 この構想をまとめた当時の尾身大臣が、二〇〇二年ころですけれども、沖縄に優秀な先生が来るかどうかのかぎは、給料にもよりますが、情報格差をなくすことだと思います、沖縄で情報が収集できず、社会に取り残されてしまうのではないかと心配される教授、先生方が多いということを雑誌で語っておりましたけれども、こういう心配はなくなったと言えるのでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 今の質問を明確に理解できたか分かりません。尾身大臣がおっしゃったことが明確でないのかもしれませんが、その情報ギャップというのはどういうことでしょうか、科学に付いていけないというのはどういうことでしょうか、そういうことなんでしょうか。 科学というのは日々学習を続けなければならないというものです。少しでも手を抜けばすぐに遅れてしまうんです。特に、近年、科学というのが急速に、また技術というのが急速に発展をする時代になっています。ということは、常に継続的に自らの更新を図らなければならない、そして最新の情報を入手しなければならないと言えます。将来の科学にとって一つ問題となり得るのはその点です。つまり、そういった情報をいかにうまく把握して、そしてそれを社会の中で活用していくかということです。これは世界的な課題であります。 私がこれまでに学んだことは、人々は情報を収集するということ、また、それを配布するということについては功績を認められるけれども、情報を整理するということについて十分に功績を認められていないと思います。我々の研究機関、その情報を整理するということにも力を入れていきたいと思っています。情報が利用可能な形に整理していきたい。そうでないと、そういった情報は埋もれてしまう、どこかのコンピューターの中に埋もれて活用されないということになると思います。
○紙智子君 先生は、二〇〇五年の整備機構発足式で、最も優秀な若者を引き付けることができる大学院大学にしたいと、日本は構造的な問題から本来の潜在力を発揮していない、全く新しく始めることで我々のやり方がスタンダードになるようにすると述べられております。 日本の構造的問題とは具体的にどういうことを言っておられたのか、それは現在変わったのか変わってないのかということについてお聞きしたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 私の知る限り、基本的なところはまだ変わっていないと思います。 今でも若い研究者に十分な地位が与えられていない。例えば、アメリカのアシスタントプロフェッサーあるいは英国のレクチャーシップというような地位が十分に提供されていないというふうに感じます。彼らが自主的な独立した研究をする機会が少ない。様々な助手としての仕事はありますけれども、そうすると、教授の言うとおりに研究をしなければならないということなんですね。世界の多くの機関で、また特に日本の機関において、その学部間、部門間で非常に強固な壁があって縦割りの組織になってしまっていて、その学部の中だけで、その部門の中だけで研究をするというようになってしまっています。必要な相互作用が生まれないということになっています。人々が新しいアイデアを生み出すために協力するということが十分になされていないと感じます。
○紙智子君 ありがとうございます。 では、沖縄の振興ということにかかわってですけれども、沖縄振興法の中でこの法案、位置付けられて進められているわけです。 それで、沖縄の歴史の中で、自然科学の研究と沖縄の産業とをしっかり結び付けた成功例として沖縄県が歓迎しているものにウリミバエの根絶というのがあります。亜熱帯地域の農業ということで虫との闘いが本当に大事で、ニガウリとかスイカとかキュウリなどのウリだけでなくて、トマトやピーマン、パパイヤ、マンゴーなどに付くハエで、この被害が非常に大きくて、被害を受けた果実についてはもう売り物にならないし、人間の食用にならないというので大きな打撃を受けていたわけですけれども、沖縄の当時病害虫の技術センターが研究をし、実験をし、殺虫剤を散布するのではなくて不妊のウリミバエを放すことで根絶をしたということで、非常に、何というんでしょうか、沖縄の産業とのかかわりでいっても成果として評価されているものなわけです。 それで、研究成果をすぐに実用できるということが必ずしもいつもそうではないわけですし、それにとらわれずに自由に行うということも大事だと思うんですけれども、大きな視野で見たときに役に立つということがやっぱり大事で、ブレナー博士は、こうしたことに対する、ウリミバエでいいますとどのように評価をされるのかなということと、それから、今後期待される大学院大学の可能性として沖縄の地域特性を生かした研究分野、先ほどもお話しになっていて、環境科学が加わったという話もありましたけれども、どういうことが期待できるのだろうかと思いますので、それについてお話しいただければと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 数多くの質問が今の一つの質問に含まれていたと思います。すべてにお答えできるか分かりませんが。 一つ根本的な考え方として、我々が見ているものは一つのスナップショットであるわけですね。つまり、施設を造ると、それに対して活動があると、そのある一瞬の状況をとらえて考えがちなんですが、すべてこういった活動というのは流動的に常に動いているものなんですね。 例えば、大学院大学の学生が様々な変化をもたらすかもしれない。大学自体が何かをするというのではなくて、学生が変化を生み出すかもしれない。そういった変化を生み出すために必要な十分な活動のレベルを維持するということが重要だと思うわけですね。 分子生物学の研究所、私がかかわったところですね、長年全く無駄だと批判されました。そこから何も生まれてこないと。分子生物学ではだれも治癒していないではないかと言われたわけですね。でも、だれも殺してもいないではないかと私は反論していたんですが。時間の経過とともに、五十年取り組んできた後、分子生物学というのは様々な領域の基礎になっているわけですね。製薬会社にも分子生物学の研究部門が置かれるようになったと。一つの研究所でそれをやったからというのではなくて、社会的な運動につながったからこそそういった分子生物学が世界的に活用されるようになったと言えるわけであります。 そういうわけで、今非常に大胆なコンセプトの下に取組を行っているわけであります。日本がそういったものに取り組んでいるということは非常に称賛に値することだと思います。それは必ず時の経過とともに結果を生むものと確信しております。
○紙智子君 もう一つお聞きします。 知的クラスターの形成ということを政府は言っているわけですけれども、今、日本の国内では余りこの知的クラスターということでは成功しているというふうに、そういう例がまだ余り生まれていないというふうに思うわけです。 それで、沖縄で知的クラスターを形成していくというために必要な条件といいますか、あるとすればそれはどういうことでしょうか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 一つの必要条件と申し上げるのであれば、やはり人々がリスクを取ることが必要になると思います。 日本は、お国柄としてリスクを回避される傾向がある。日本の方々はリスクを余り取りたがらない。しかし、科学的な研究は継続的なリスクの連続です。うまくいくかどうかいつも分からないのです。うまくいくと分かっていたら研究など必要ありません。リスクがないということです。私たちはいつもリスクを取らなければいけない。これを試みてみよう、やってみよう、うまくいけばすばらしい、失敗したらまた違うことをやってみようという態度が必要です。そのような考え方、環境が必要です。 先ほどの発表でも申し上げましたように、変えていく風土が必要です。みんながリスクを取る必要はないんですが、何人かがちゃんとリスクを取っていくことが必要です。クラスターとはそういうものです。人々がリスクを冒してアイデアを何かに関して進めていくこと、そうすることで世の中変わるかもしれないのです、うまくいけば。でも、その前にはいろんな失敗も想定しておかなければいけません。でも、失敗というのが日本では余り許容されないのではないでしょうか、ほかの国に比べると。ですから、私たちが学ぶべきは、失敗はしたけれども、その失敗から学んだ、ですからまた再びやってみようと、そういう態度が必要です。 ですから、沖縄ではある意味余り開発が進んでいない、ですからそうしたことに余りとらわれない住民性があるかもしれませんので、ある分野ではリスクをもっと取れるかもしれません。
○紙智子君 ありがとうございました。
○山内徳信君 私は社民党・護憲連合の山内徳信でございますが、今日はもう既に各政党の代表の方からたくさん、細かい質問までございましたから、私はちょっと角度を変えて、先生と文化論とかあるいは環境論とかあるいは沖縄の歴史について少し申し上げておきたいと思います。 最初に、この学園法案が衆議院から参議院へ送付されてまいりました。当初この構想が打ち上げられたときに、一体どうなるんだろうと、このことは。私は、琉球大学の敗戦後の建設に向けての動き、あるいは沖縄大学とか国際大学とか、そして北の名護市にできました、名桜大学ができるわけでございますが、そういう大学ができる背景には必ずいろんな人々の建設的な、あるいは将来への夢を含めた動きがありました。 沖縄といいますと、アメリカ軍の基地の七五%が現在もありまして、いつも基地問題で重苦しくて、沖縄の青少年たちも基地におびえ、米軍におびえておるという状況があるわけです。そういう状況の中で、重苦しさから解放され、やはり世界につながる、国際社会につながるようなそういう構想の学園の法案がついにできて、ここまで来て、今日はシドニー・ブレナー博士をお迎えをして、博士の構想だとかあるいは目的とかをこの場でお伺いできますことを私は沖北の委員の一人として大変感謝をしております。感激いっぱいでございます。 そういう感謝の言葉を申し上げてから、もう余り難しい質問はよしておきまして、今学園が立地しようとしておりますところは非常に自然の豊かな、山紫水明、非常に自然の残っておる恩納村でございます。そこに学園を建設をしていくということはある面では地の利を得ておると、こういうふうに思っております。 そこで、博士の研究されておる専門分野とは少し違うのかもしれませんが、沖縄はかつて琉球王国と言われたところです。その琉球王国の時代から今日まで、沖縄の人は世界に羽ばたいていって、世界の中心は琉球であると、沖縄であると。私は今でも読谷村の青年たちの新年の集いでは、世界の中心は読谷であると、こう言うんです。こういうことを申し上げるわけでありますが。 それで、そういう世界観を持っていた沖縄の象徴的な城は首里城でありますが、首里城を訪問された、あるいは観光として見学に行かれたことございますでしょうか、お伺いいたします。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) いえ、ちょっと観光などの時間は沖縄に赴く際ございませんで、残念ながら首里城は見ておりません、訪れておりません。
○山内徳信君 観光はやはり単なる表を見るという営みじゃなくして、観光は文化なんです、文化。先生の専門的な研究されておるのも文化なんです、大きい概念で見ますと。是非、日々御苦労が続いて、とてもそういう一般的に言う観光をする時間はないんだろうと思いますが、首里城行かれなくても、学園が建設されようというところから少し北の方に行きますと、きれいな石積みのホテルがございますね、万国津梁館というんです。そこは行かれたことございませんですか。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) ええ、行ったことがあります。はい、参りました。
○山内徳信君 そこは、万国津梁という言葉は、万国に、アジア、具体的には当時の朝鮮半島、中国、東南アジア含めて、日本本土含めて、そこの中心は当時の琉球、今の沖縄であると、こういうふうに言われておるんですね。それからあやかって万国津梁館というあの立派なホテルの名前になっているわけです。 したがって、その近くに立地するこの学園は、私は、万国津梁というこの発想と同じように、やはり沖縄の自立発展だけに貢献するものではなくして、国際社会に、世界に羽ばたいていくようなそういう学問、そういうものに貢献をしたいと、この二つが大きな目標になっておるわけですね。 したがって、是非、この万国津梁館に行かれますときには、そこの関係者に少しお尋ねしてみたら面白いと思います。そうすると、博士が今進めていらっしゃる国際社会に貢献できるようなという、分野は違うのかもしれませんが、やはり根っこの方で国際社会に貢献できる、沖縄というところに造るけれども、日本はもとより世界に通ずるような、そういう国際的なやはり学問や技術その他を育てていきたいと、こういうものに相通じていくんだろうと、こういうふうに思います。 どういうふうな、私の今文化論を申し上げたんですが、博士のお気持ちを伺っておきたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 私の考えでは、科学ではある意味矛盾する気質を持った人間が必要です。ある段階では、非常に素直にオープンな考えを持っていて幅広い関心を抱かなければいけない、いろんなアイデアをいろいろと考えられる、いろんな方向で考えられる人が必要です。しかし、ある段階では、一方向に決めてひたすら真っすぐにそれを追求し、自分の考えを証明しなければなりません。場合によってはれんがの厚い壁も乗り越えなければいけないわけです。両方できる人は数多くありません。この二つの極端な相矛盾する気質を併せ持った人は少ないのです。しかし、それが必要なんです。 したがって、広範な視点と、それから、何かこれと決めたらばそれに重点的に取り組める人、で、重点的に取り組めて初めて成果が出るのです。これが最も重要な特徴の一つ、性格の一つだと思います。 まあ学生は気付いていないかもしれませんけれども、彼らは貢献しているのです。この惑星で人類が今までつくってきた最大の宝、すなわち私たちの世界における合理性、合理的な考えのシステムづくり、それに科学は寄与をしてきたわけでありまして、研究者はそれを意識する必要があります。この国がどうとか、この都市がどうとか、あるいはこの時代がどうということではありません。時代というのは連続的なものです。ですから、どこで研究をやっていても関係ないのです。世界につながっているからです。そして、世界の中から私たちは確固たる地位を確立していくつもりです。それが私の考えです。 一つだけ追加して申し上げますと、私がこのポストに就く前、いつもノーベル賞を受賞して後悔したことがあるとすれば、OISTの、基盤整備機構の理事長になってしまったわけですけれども、果たしてそれで良かったのか分かりませんが、とにかくこのポストに就任する前に沖縄の歴史に関する本を読ませていただきました。非常に興味深いものがございました。琉球王国など、それから独立した文化を何世紀にもわたって持っていたということは、狭い知識ながら知っていたんです。そして、アメリカの植民地になりかけたこともあると。ペリー提督が来た際が一回目、それから大戦後が二回目、危うく植民地になりかけたということも知りました。 沖縄は日本の一部でありますが、独自のアイデンティティーを持っています。それは、歴史あるいは地理的な位置によって規定されているものであります。それを評価すべきであります。実際にそこで研究をすることになる人たちもそのことは非常に高く評価するだろうと思います。 今の一般的な御質問に対してこれ以上付け加えることはありませんが、ただもう一点だけ強調したいことがありまして、過去の、二〇〇四年からのこれまでの経緯を振り返りますと、日本はこういったことを成し遂げてきたのだと、日本の国民、日本の政府は自分たちの将来のためにこういった取組をされてきたのだと、皆さんの夢を成し遂げるために私たちはお手伝いをしているにすぎない、沖縄に全く新しい、全くこれまでと違うものをつくるという夢を実現するお手伝いをしているにすぎないと感じます。
○山内徳信君 最後に一つ、博士の、外から見た人の沖縄というのをお伺いしたいんですが。 実は、フランスのナポレオンがエルバ島でしたか、そこに島流しをされていたときに、当時、イギリスの大航海者がおりまして、バシル・ホールというのがおるんです。彼が当時の沖縄を見て、沖縄の人々の生き様を見て、イギリスに帰りながらナポレオンに会いまして、当時の沖縄の話をするんです。この地球上にそんな国があるのか、想像できないと。やはりナポレオンというと、ああいう、何といいますか、戦争が好きといえば戦争が好きな征服欲のある人でしたから、彼から見ると、当時の琉球王国はもう想像できなかったと言われておるわけです。 そこで、イギリスとかオーストラリアとかアメリカの生活をされた博士の立場から、この今の沖縄というのはどういうふうに映っておるんでしょうか。あるいは、やはり少なくとも、基地の島とも言われておるわけですが、それを乗り越えていく、やはり私は新しい学問の動き、科学の動き、学問であり科学だからこそ、科学や学問や文化には国境という壁はないわけです。そういう意味で、沖縄県の恩納村の山紫水明、自然豊かな場所に立地をする、そしてこれは同時に、日本全体のために、あるいは国際社会のために大きく貢献をしていく、するために努力する、その基盤をつくるために博士は沖縄に来られた。その博士から見て、今の沖縄の現実あるいは将来への可能性を含めて、お考えを少しお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) まず、私は非常に小さな町、南アフリカの小さな町で育ちました。決して先進国、先進的な社会ではありませんでした。そして、私が科学に関心を持ったのは、非常に若いときでしたけれども、本を読むことによって科学に関心を持つようになったわけです。人々に刺激を与えるのに最も重要なことの一つは世界のことを学ぶ機会を与えるということです。本を読んだり人から話を聞いたりして世界のことを学ぶというのが重要だと思います。私もそれによって大きな可能性が広がりました。非常に不思議な夢のような人生でありました。科学者になるとは、南アフリカの小さな町で育っていた子供には想像も付きませんでした。 もちろんその後、欧州、米国、英国、いろいろな国で過ごしてきましたけれども、実は沖縄のようなところというのは世界中にあるんです。つまり、開発がそれほど進んでいないというような特徴を持っているところというのはたくさんあるわけです。そして、その歴史というのはその土地に大きな影響を与えるというのはあると思うわけですね。ただ、我々の力ではできませんが、そこのところは必要に応じて変えていかなければならない、世界が変化するのに合わせて変えていくべきところは変えていかなければならないと思います。 一つだけコメントしたいと思います。沖縄に来てどう感じるかということですが、沖縄に国際空港があってほしいというふうに思います。沖縄に来るのに関西とか成田を経由して、いったん北に行ってまた南の方に戻るということをしないで済むようになればどんなにすばらしいだろうかと思います。そういうわけで、沖縄というのはもっと世界のいろいろな地域とつながっていく必要があると思います。我々のこの大学ができることによってそういった国際的なつながりが増えていくかもしれないと思います。この地域の中でのそういったつながりも強化できるのではないかというふうに考えております。 以上でお答えとさせていただきます。
○山内徳信君 ありがとうございました。 終わります。
○委員長(市川一朗君) 参考人に対する質疑はこの程度にとどめます。 この際、一言御礼を申し上げます。 ブレナー参考人には、長時間にわたり大変有意義な御意見をお述べいただき、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。(拍手) 本日はこれにて散会いたします。 午後二時四十九分散会